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平成28(行ケ)10032審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成29年2月22日
事件種別 民事
当事者 被告ダイキン工業株式会社
対象物 フッ素置換オレフィンを含有する組成物
法令 特許権
キーワード 実施61回
審決46回
無効6回
進歩性5回
特許権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等 原告は,発明の名称を「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」とする特 許第4571183号(優先日:平成16年4月29日,出願日:平成17年 4月29日,登録日:平成22年8月20日。以下「本件特許」という。また, 上記優先日を「本件優先日」という。)の特許権者である。

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判決文

平成29年2月22日判決言渡
平成28年(行ケ)第10032号 審決取消請求事件
口頭弁論終結の日 平成28年12月6日
判 決


原 告
ハネウエル・インターナショナル・インコーポレーテッド

同訴訟代理人弁護士 飯 村 敏 明
同 末 吉 剛
同訴訟代理人弁理士 小 野 新 次 郎
同 松 田 豊 治

被 告 ダ イ キ ン 工 業 株 式 会 社

同訴訟代理人弁理士 林 雅 仁
同 菱 田 高 弘
同 森 嶋 正 樹
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間
を30日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求

特許庁が無効2011-800035号事件について平成27年9月29日
にした審決を取り消す。
第2 前提事実(いずれも当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯等
原告は,発明の名称を「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」とする特
許第4571183号(優先日:平成16年4月29日,出願日:平成17年
4月29日,登録日:平成22年8月20日。以下「本件特許」という。また,
上記優先日を「本件優先日」という。)の特許権者である。
被告は,平成23年2月28日,特許庁に対し,本件特許を無効とすること
を求めて審判請求をし,特許庁は,当該請求を無効2011-800035号
事件として審理をした。また,原告は,同年6月22日,別紙1のとおり,本
件特許の特許請求の範囲及び明細書について訂正請求をした(以下「本件訂正
請求」という。)。
これに対し,特許庁は,平成27年9月29日,「訂正を認める。特許第4
571183号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。」
との審決をした(なお,出訴期間として90日を付加している。以下「本件審
決」という。)。その謄本は,同年10月8日,原告に送達された。
原告は,平成28年2月3日,本件訴えを提起した。
2 特許請求の範囲
上記のとおり,本件特許に係る特許請求の範囲及び明細書については本件訂
正請求がされたところ,本件審決はこれを認めた。訂正後の特許請求の範囲請
求項1~4の記載は,以下のとおりである(下線部は上記訂正に係る訂正箇所
である。以下,訂正後の請求項1~4に係る発明を,それぞれ「本件発明1」
のようにいうとともに,これらを併せて「本件各発明」という。また,上記訂
正後の明細書及び図面を「本件明細書」という。)。
【請求項1】

自動車の空調装置における2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HF
O-1234yf)を含む組成物の冷媒としての使用。
【請求項2】
前記組成物が潤滑剤をさらに含む,請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記潤滑剤が前記組成物の30~50重量%の量で存在する,請求項2に記
載の使用。
【請求項4】
前記潤滑剤がポリアルキレングリコール潤滑剤を含む,請求項2に記載の使
用。
3 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本
件各発明は,以下のとおり,進歩性判断の基準日である本件優先日前に頒布さ
れた甲1(特開平4-110388号公報。以下「甲1文献」という。)に記
載された発明(以下「甲1発明」という。)並びに甲3(「自動車工学シリー
ズ カーエアコン[第2版]」渡辺敏監修,カーエアコン研究会編著,平成1
5年1月15日,株式会社山海堂発行。なお,甲3,27及び40は同一出典
の文献であり,以下では併せて「甲3等文献」という。)及び甲4(「代替フ
ロンの探索」乙竹直編著,平成元年12月20日,株式会社工業調査会発行。
以下「甲4文献」という。)に開示された当業者の周知(慣用)技術に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたものであり,いずれも特許法(以
下「法」という。)29条2項により特許を受けることができないものである
から,訂正後の特許請求の範囲の請求項1~4に係る発明についての特許は法
123条1項2号に該当し,無効とすべきものである,というものである(な
お,以下では,原告主張に係る取消事由と関連する部分のみに言及する。)。
(1) 甲1発明

「分子式:C 3H mF n(ただし,m=1~5,n=1~5かつm+n=6)
で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱媒体
であって,該有機化合物は2,3,3,3-テトラフルオロプロペンである
場合を含む熱媒体と,ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油とからな
る熱媒体組成物の,ヒートポンプにおける使用。」
(2) 本件発明1と甲1発明との対比等
ア 一致点
「空調装置における2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO
-1234yf)を含む組成物の冷媒としての使用」
イ 相違点1
本件発明1では,「自動車の空調装置」であるのに対して,甲1発明
では,「ヒートポンプ」である点。
ウ 判断
(ア) 相違点1について
甲4文献及び甲7(「HFC系冷媒 ハンドブック」被告作成,平成
10年12月頃発行。以下「甲7文献」という。)にも記載されている
とおり,CFC-12等のクロロフルオロカーボン類,HCFC-22
等のハイドロクロロフルオロカーボン類及びHFC-134a等のハイ
ドロフルオロカーボン類を含むフッ素化炭化水素化合物,いわゆるフロ
ン化合物を,空調装置,特にカーエアコンすなわち自動車の空調装置に
おける冷媒として使用することは,本件特許に係る出願日(本件優先日)
前における当業者の周知慣用の技術であったと認められる。
そして,甲4文献に記載されているとおり,カーエアコン等の蒸気圧
縮型空調装置の冷媒化合物を選定するにあたり,使用温度領域(環境温
度及び排出温度(凝縮温度))がその冷媒化合物の(標準)沸点以上臨
界温度未満の範囲にないと冷媒として使用できるものではないことが当

業者の技術常識であるところ,甲6(「Technical Report No.52 ヒート
ポンプの応用と経済性」早川一也監修,昭和59年2月27日,株式会
社シーエムシー発行。以下「甲6文献」という。)にも記載されている
とおり,従来,空調装置における冷媒として使用されるCFC-12は,
-29.65℃の沸点及び111.8℃の臨界温度を有するものである
のに対して,甲1文献及び甲5(ロシア特許第2073058号公報。
以下「甲5文献」という。)にもそれぞれ記載されているとおり,HF
O化合物のうちハイドロフルオロプロペン化合物は,概ね-16~-1
7℃程度の沸点及び121~126℃程度の臨界温度を有し,特にHF
O-1234yfは,-29℃(244.9K)の沸点と97℃(37
0.4K)の臨界温度を有するものであるから,90℃前後までの排出
温度が許容できるカーエアコンのフロン化合物系の冷媒として選択する
ことは,当業者が適宜なし得ることである。
また,本件明細書の記載並びに甲1及び甲3~6文献の各記載を検討
しても,甲1発明におけるヒートポンプに使用されるハイドロフルオロ
カーボンの一種である2,3,3,3-テトラフルオロプロペンなるハ
イドロフルオロオレフィンを含む熱媒体組成物を,自動車の空調装置に
おける冷媒として使用することを妨げる技術的要因などが存するものと
も認められない。
そうすると,甲1発明のヒートポンプに使用される2,3,3,3-
テトラフルオロプロペンを含む熱媒体組成物を,上記当業者の周知慣用
の技術に基づき,自動車の空調装置における冷媒として使用することは,
当業者が適宜なし得ることと認められる。
したがって,相違点1は,当業者が適宜なし得ることである。
(イ) 本件発明1の効果について
本件発明1に係る2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO

-1234yf)は,従来技術であるHFC-134aを使用した場合
に 比 し て , 相 対 能 力 ( 比 ) の 点 で 優 れ , 相 対 C O P ( Coefficient of
Performance(成績係数))(比)及び排出温度の点で劣るものと認め
られるから,冷却/空調サイクルにおける熱力学的特性の点で,本件発
明1に係る冷媒(組成物)が格別顕著な効果を奏するものとは認められ
ない。
また,環境問題に係る効果につき,オゾン破壊係数(Ozone Depletion
Potential 。 以 下 「 O D P 」 と い う 。 ) 及 び 地 球 温 暖 化 係 数 ( Global
Warming Potential。以下「GWP」という。)は,いずれもその物質の
有意量が大気中に放出された場合に関する物質の特性であって,実質的
な閉鎖系である自動車の空調装置の循環系の中での冷媒としての使用に
おける発明の効果であるとはいえない。
さらに,甲1文献には,甲1発明におけるヒートポンプに使用される
2,3,3,3-テトラフルオロプロペン等の熱媒体が,「要求される
一般的な特性(例えば,潤滑油との相溶性,材料に対する非浸蝕性など)
に関しても,問題はないことが確認されている」から,本件発明1にお
けるHFO-1234yfを使用した場合が,潤滑油との相溶性又は材
料に対する非浸蝕性等に係る効果において,甲1発明に比して特段に優
れるものと認めることはできない。
そうすると,本件発明1の効果が,甲1発明の効果に比して格別顕著
なものであるということはできない。
(ウ) 小括
したがって,本件発明1は,甲1発明並びに甲3及び甲4文献に開示
された当業者の周知(慣用)技術に基づいて,当業者が容易に発明をす
ることができたものである。
第3 当事者の主張

1 原告の主張
(1) 本件審決には,以下のとおり,本件発明1に関する認定及び判断の誤り
があり,これは,同発明の構成要件をすべて備える本件発明2~4にも当て
はまる。この認定及び判断の誤りは,本件審決の結論に影響を及ぼすことが
明らかであり,本件審決は違法なものとして取り消されるべきである。
(2) 取消事由1(本件発明1の認定の誤り-「自動車の空調装置」において
使用される冷媒)
ア 本件審決は,「カーエアコンなどの蒸気圧縮型空調装置の冷媒化合物を
選定するにあたり,使用温度領域(環境温度及び排出温度(凝縮温度))
がその冷媒化合物の(標準)沸点以上臨界温度未満の範囲にないと冷媒
として使用できるものではない」と認定し,さらに,HFO-1234
yfの沸点及び臨界温度を甲5文献に基づいて認定した上で,沸点及び
臨界温度のみに基づいて「(HFO-1234yfを)カーエアコンの
フロン化合物系の冷媒として選択することは,当業者が適宜なし得るこ
とである」と判断した。これによれば,本件審決は,「自動車の空調装
置」において使用される冷媒とは,沸点及び臨界温度によって画される
温度範囲が「自動車の空調装置」の使用温度領域を包含する冷媒を意味
すると解釈しているものと理解される。
イ しかし,本件優先日前の時点では,CFC-12及びHFC-134a
という2つの冷媒のみが自動車の空調装置用に実用化されたところ,C
FC-12のODP(1.0)及びGWP(10,900)がいずれも
大きいことから,HFC-134aがこれに代替するものとされたもの
の,HFC-134aも,ODPは0であるもののGWPは依然として
問題のあるレベル(1,430)であったことから,更に業界ではGW
Pの低い新たな自動車の空調装置用冷媒への差し迫った必要が存在して
いた。これに対し,HFO-1234yfのODPは0であり,GWP

は4という低い値である。
また,自動車の空調装置におけるサイズ及び重量の制約ゆえに,冷媒
の変更に伴いその設計を大幅に変更することは困難であることとともに,
再設計に伴う各種コストの回避の観点からも,当業界では,「自動車の
空調装置」で使用される新たな冷媒について,HFC-134aに対す
る能力及びCOPがほぼ1であることが求められていた。このことは,
本件明細書の記載によっても裏付けられている。
このため,本件優先日当時,「自動車の空調装置」において使用され
る冷媒については,沸点及び臨界温度によって画される温度範囲が「自
動車の空調装置」の使用温度領域を包含するという特性のみならず,(ⅰ)
地球温暖化防止のため,低減されたGWP,(ⅱ)既存の自動車の空調装置
に大幅な変更を施す必要がないように,HFC-134a(本件優先日
に自動車の空調装置に使用されていた冷媒)の能力及びCOP(とりわ
け能力)とほぼ等しい能力及びCOPといった特性をも有する必要があ
ることは,技術常識であった。
この点で,本件審決は,「自動車の空調装置」において使用される冷
媒の認定を誤っている。
ウ 本件審決は,「本件発明におけるHFO-1234yfを『従来の自動
車の空調装置の冷媒であるHFC-134aに対するドロップイン置換
できる冷媒として使用』することは,本件明細書に記載した事項ではな
い」と認定した。
しかし,本件明細書は,新たな冷媒の使用に当たり装置の設計の大幅
な変更が望ましくないという技術常識に言及するとともに(【000
9】),比較的高い能力の冷媒に関する発明と比較的低い能力の冷媒に
関する発明という2つのタイプの発明を開示するところ(【003
0】),本件発明1は前者に当たるのであり,本件明細書には,HFC

-134aのHFO-1234yfによるほぼドロップイン置換の発明
が記載されている。
エ HFO-1234yfのGWPは,本件審決も認定するとおり,極めて
低い。にもかかわらず,本件審決は,低いGWP及びODPは「実質的
な閉鎖系である自動車の空調装置の循環系の中での冷媒としての使用に
おける発明の効果であるとはいえない」,HFO-1234yfが大気
中に放出されることにより生成される生成物によって「新たな環境問題
(例えば『酸性雨』など)を生じる可能性が高い」と判断した。しかし,
自動車の空調装置では,定置型と比較して冷媒漏れが生じやすいこと,
GWPは,地球環境にとって,分解生成物よりも重大な問題であること
を踏まえると,本件審決の認定は当業界の技術常識に反している。
また,本件審決は,HFO-1234yfは,HFC-134aと比
較して「相対能力(比)の点で優れ,相対COP(比)及び排出温度の
点で劣る」とし,「冷却/空調サイクルにおける熱力学特性の点で,本
件発明に係る冷媒(組成物)が格別顕著な効果を奏するものとは認めら
れない。」とする。しかし,「自動車の空調装置」において使用される
冷媒には,能力及びCOPがHFC-134aよりも高いことが求めら
れていたわけではなく,HFC-134aよりも低いGWPを有し,か
つ,HFC-134aとほぼ同等の能力及びCOPを有する冷媒が求め
られていた。そのような冷媒は稀にしか存在しないところ,HFO-1
234yfの能力及びCOPはHFC-134aのそれらと予想外にも
ほぼ等しいことが見いだされたのである。
にもかかわらず,本件審決は,GWPを無視したことに加え,冷媒の
能力及びCOPのいずれもがHFC-134aのものよりも高くあるべ
きであるとの誤った認定に基づく判断をした。
オ 以上のとおり,本件審決は,「自動車の空調装置」において使用される

冷媒の認定を誤り,その結果,本件発明1の予想外かつ顕著な効果を看
過した。したがって,本件審決は取り消されるべきである。
(3) 取消事由2(引用発明の認定の誤り)
ア HFO-1234yf
本件審決は,甲1発明として,前記第2の3(1)のとおりの認定をした
ところ,これは,C 3 H m F nという一般式の化合物だけでなく,HFO-
1234yfという具体的な化合物のヒートポンプにおける使用の発明
も,甲1文献に記載されていると認定したものである。
しかし,甲1文献に記載された実施例のうち実施例5がHFO-12
34yfに関するものであるところ,実施例1~4には具体的な結果が
記載されているのに対し,実施例5のみ記載の具体性が著しく乏しい上,
そこで「ほぼ同様の結果が得られた」とする実施例1の結果も誤ってい
る。したがって,HFO-1234yfのヒートポンプにおける使用は,
甲1文献には記載されていないというべきである。
そうすると,甲1文献に記載された発明は,以下のとおり認定される
べきである。
「分子式:C 3 H mF n (ただし,m=1~5,n=1~5かつm+n=
6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からな
る熱媒体と,ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油とからなる熱
媒体組成物の,ヒートポンプにおける使用。」
そして,甲1文献には,C 3 H m F n の化合物をHFO-1234yfに
特定する動機付けはない。
イ ヒートポンプ
本件審決は,甲1発明の「ヒートポンプ」は空調装置を包含すると認
定した。
しかし,加熱用のヒートポンプと冷却用の自動車の空調装置とは異な

る上,甲1文献のヒートポンプは,空気ではなく水を加熱する装置であ
り,空気を冷却する自動車用の空調装置とはかい離している。
ウ これらの引用発明の認定の誤りは,いずれも結論に重大な影響を及ぼす。
(4) 取消事由3(相違点の判断の誤り(1)-HFO-1234yfの沸点及び
臨界温度を技術常識として認定したことの誤り)
本件審決は,相違点の判断に当たり,HFO-1234yfの沸点及び
臨界温度に関し,甲5文献を引用しており,同文献に基づいてHFO-12
34yfの沸点及び臨界温度が技術常識であると認定したものと理解される。
しかし,甲5文献はロシアの特許文献であり,1つの,しかも当業者に
アクセスし難い特許文献により,その記載が技術常識となることはない。
また,本件優先日当時,HFO冷媒分子の沸点及び臨界温度のデータは
必ずしも正確ではなく,複数の文献が異なる値を報告することがあった。こ
のため,甲5文献にHFO-1234yfの沸点及び臨界温度が記載されて
いても,そのデータを信頼することはできなかった。
以上のとおり,本件優先日当時,HFO-1234yfの沸点及び臨界
温度は,技術常識ではなかった。そのため,甲1文献に接した当業者は,自
動車の空調装置の使用温度範囲がHFO-1234yfの沸点及び臨界温度
の範囲内にあることを認識できず,まして,HFO-1234yfが低いG
WP並びにHFC-134aとほぼ同程度の能力及びCOPを有することを
予想できなかった。
したがって,HFO-1234yfの沸点及び臨界温度が技術常識であ
ったとの本件審決の認定は誤りであり,本件審決は,これにより相違点の判
断を誤った。
(5) 取消事由4(相違点の判断の誤り(2)-甲1文献の阻害事由の看過)
甲1文献の実施例5には,「実施例1と同様にして,ヒートポンプの運
転を行ったところ,実施例1とほぼ同様の結果が得られた。」との記載があ

る。同文献記載の実施例1(HFO-1243zf)の結果によると,その
能力はCFC-12を上回るとされている。
しかし,実際には,HFO-1243zfの能力はCFC-12の約7
0%にすぎず,この低い能力は,当業者に対し,HFO-1243zfが自
動車の空調装置に適していないことを示している。そうすると,当業者は,
「実施例1とほぼ同様の結果が得られた」との甲1文献の記載から,HFO
-1234yfの能力もCFC-12の70%であると予期し,装置の大幅
な再設計なしには自動車の空調装置に適していないと理解したはずである。
このことに,本件優先日前にHFC-134aはCFC-12とほぼ同等の
能力及びCOPを有することが知られていたことを併せ考えると,当業者は,
HFO-1234yfは,HFC-134aの代替物たり得ず,「自動車の
空調装置」において使用される冷媒に適さないと結論付けるしかなかったは
ずである。
したがって,甲1文献には本件発明1に想到することの阻害事由がある。
(6) 取消事由5(相違点の判断の誤り(3)-予想外かつ顕著な効果の看過)
前記のとおり,本件発明1のHFO-1234yfは,GWP及びOD
Pが低いとともに,能力及びCOPがHFC-134aのものとほぼ同等で
あるという顕著な効果を奏する。加えて,その顕著な効果の例として,毒性
が低く許容し得ること,燃焼性が低く許容し得ること,圧縮機潤滑剤との混
和性が優れていること,機器及び潤滑剤との安定性が優れていることが挙げ
られる。
このうち,低毒性及び低燃焼性は,以下の理由から重要である。すなわ
ち,自動車の空調装置では,フレキシブルホースの浸透性や走行時の振動の
ため,定置型と比較すると,ホース及びジョイントから冷媒漏れが起こりや
すい点や,車内空間が一般家庭の部屋と比較すると狭い点から,その冷媒に
は特に,毒性が低いことが望まれる。また,自動車事故等による漏洩に起因

する火災のおそれから,自動車の空調装置では特に,燃焼性が低く許容でき
る冷媒が求められる。
本件優先日当時,一般的な傾向として,フッ素化オレフィンの毒性は高
く,燃焼性も高いと考えられていた。しかし,本件発明1のHFO-123
4yfは,フッ素化オレフィンに該当するにもかかわらず,毒性及び燃焼性
が低く,いずれも許容し得ることが予想外に判明した。
本件審決は,これらの予想外かつ顕著な効果を看過したものである。
(7) 取消事由6(相違点の判断の誤り(4)-不飽和化合物の使用に関する阻害
事由の看過)
HFO-1234yf(CF 3 -CF=CH 2 )は,炭素-炭素二重結合
を有するフッ素化オレフィンであり,不飽和化合物に分類される。一般に,
本件優先日当時,フッ素化オレフィンは,飽和化合物と比較すると反応性が
高く,安定性に欠け,及び/又は毒性が高いと当業界では予測されていた。
自動車の空調装置は過酷な運転条件でも使用され得るため,反応性及び
安定性の劣る冷媒は,自動車の空調装置には適していない。このため,当業
界において,フッ素化オレフィンの冷媒は,自動車の空調装置に適していな
いと認識されていた。
したがって,HFO-1234yfの前記構造そのものが自動車の空調
装置の用途の阻害事由であるところ,本件審決はこの阻害事由を看過してい
る。
2 被告の主張
(1) 本件審決における本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点1の認定
は妥当である。また,ある冷媒がカーエアコン,すなわち自動車の空調装置
における冷媒として「使用できるか否か」を検討するに当たり最も重要とな
るのは,その使用温度領域(環境温度及び排出温度(凝縮温度))がその冷
媒化合物の(標準)沸点以上臨界温度未満の範囲にあるか否かであるところ,

本件審決は,このような判断基準でHFO-1234yfを自動車の空調装
置における冷媒として選択することは当業者が適宜なし得ることであると認
定(論理付け)したものであり,この認定は妥当である。
よって,本件各発明に係る特許を無効とする本件審決の判断は妥当であ
る。
(2) 取消事由1(本件発明1の認定の誤り-「自動車の空調装置」において
使用される冷媒)について
ア 実用サイクルの中では,冷媒は潤滑油と混合されて使用される場合が多
いため,甲4文献に示されるように,目的に沿う臨界温度と標準沸点以
外の要件として潤滑油との相溶性等が二次的に考慮されるとしても,前
記のとおり,ある冷媒がカーエアコン,すなわち自動車の空調装置にお
ける冷媒として「使用できるか否か」を検討するに当たり最も重要とな
るのは,その使用温度領域(環境温度及び排出温度(凝縮温度))がそ
の冷媒化合物の(標準)沸点以上臨界温度未満の範囲にあるか否かであ
る。
イ 原告は,自動車の空調装置には,定置型の空調装置と比較して様々な制
約が課されている旨主張する。
しかし,原告の主張に係る自動車の空調装置の特徴(冷媒漏洩のおそ
れ,空調装置のサイズ及び重量,空調装置の冷房能力,冷媒の毒性及び
燃焼性)は,それ以外の定置型の空調装置においても同様に求められる
特徴であるか,用途に限定されずに冷媒一般に求められる特徴であり,
自動車の空調装置が他の空調装置と比べて独特の技術分野に属するとい
う原告の主張に理由はない。また,自動車の空調装置が定置型の空調装
置と比較して様々な制約が課されていることは,本件明細書のどこにも
記載されていない。
ウ 原告は,自動車の空調装置において使用される冷媒は,地球温暖化の防

止のための,低減されたGWP,既存の自動車の空調装置に大幅な変更
を施す必要のないように,HFC-134aの能力及びCOPとほぼ同
じ能力及びCOPを持つことという特性を有する必要があることが技術
常識であった旨や,本件発明1にはGWP及びODPの低さ,能力及び
COPがHFC-134aとほぼ同等であることのほか,毒性及び燃焼
性の低さ,圧縮機潤滑剤との混和性,機器及び潤滑剤との安定性といっ
た顕著な効果がある旨を主張する。
しかし,原告の主張する本件発明1の顕著な効果は,いずれも甲1発
明と比較した有利な効果ではなく,進歩性判断において参酌されるべき
ではない。
すなわち,原告の主張するGWP,ODP,毒性及び燃焼性は,いず
れもHFO-1234yfの冷媒としての固有の特性であって,その程
度が,HFO-1234yfを「ヒートポンプ」に使用した場合(甲1
発明)に比べて,「自動車の空調装置」において使用した場合(本件発
明1)の方が優れているというものではない。また,能力及びCOPの
点についても,HFO-1234yfを「ヒートポンプ」及び「自動車
の空調装置」のいずれにおいて使用したときであっても同じように得ら
れる効果である。
ドロップイン又はほぼドロップインの効果の点については,本件明細
書にはHFO-1234yfがHFC-134aのドロップイン又はほ
ぼドロップインの代替冷媒となり得ることについては記載されていない。
しかも,HFO-1234yfがエネルギー効率,相対能力及び排出温
度の点で好ましくないことが本件明細書の実施例1に示されているため,
相対COP及び相対能力のデータだけを根拠としてHFO-1234y
fがHFC-134aのドロップイン又はほぼドロップインの代替冷媒
となり得ると当業者が理解し得たとは見られない。さらに,本件発明1

は,HFO-1234yfをHFC-134aの代替冷媒として使用す
る態様に限定されておらず,原告の主張するドロップイン又はほぼドロ
ップインの効果は,本件発明1の全体において奏される効果でもない。
この点に係る原告の主張は,本件明細書の記載に基づくものではない。
潤滑剤との混和性,機器及び潤滑剤との安定性の点についても,HF
O-1234yfを「自動車の空調装置」に使用される潤滑剤及び機器
とともに使用したときの混和性及び安定性の程度が,「ヒートポンプ」
に使用される潤滑剤及び機器とともに使用したときのそれらの特性より
も優れていることは示されていない。しかも,HFO-1234yfと
ともに使用されるべき潤滑剤が,「自動車の空調装置」用途であるか
「ヒートポンプ」用途であるかによって変わるというものでもない。
仮に原告の主張する一連の効果を考慮に入れたとしても,本件発明1
の効果は,本件審決がいうように,当業者が予測できた範囲を超えるも
のではない。
エ よって,この点に関する原告の主張には理由がない。
(3) 取消事由2(引用発明の認定の誤り)について
ア 甲1文献の実施例5には「熱媒体としてF 3 C-CF=CH 2 を使用す
る以外は実施例1と同様にして,ヒートポンプの運転を行ったところ,
実施例1とほぼ同様の結果が得られた。」と記載されているところ,
「ほぼ同様の結果が得られた」との記載は,実施例1の後段「R-12,
R-22およびR-502を使用するヒートポンプと同等以上のサイク
ル性能が得られる」という結果と「ほぼ同様の結果が得られた」ことを
示しており,簡略な記載ではあるものの技術的意味は明確であって,当
業者をして本件発明1に到達せしめる出発点たり得ないということはな
い。
よって,HFO-1234yfのヒートポンプにおける使用が甲1文

献に記載されていることは明らかである。
イ 甲1文献の記載から,同文献の実施例1は冷房運転に関するCOPと冷
凍効果の評価を行っていることは明らかである。このことから,甲1文
献のヒートポンプが,冷房運転に関するCOPと冷凍効果の評価を行っ
ている点で,空気を冷却する空調装置を意味していることは明らかであ
る。
ウ よって,この点に関する原告の主張には理由がない。
(4) 取消事由3(相違点の判断の誤り(1)-HFO-1234yfの沸点及び
臨界温度を技術常識として認定したことの誤り)について
ア 「自動車の空調装置」(相違点1)は,概念上甲1文献に開示される
「ヒートポンプ」に包含されており,それを選択することは当業者が適
宜なし得る設計的事項であり,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎな
い。そして,本件審決は,その選択が当業者の通常の創作能力の発揮に
該当することの根拠の1つとして,当業者が甲1文献及び甲5文献に開
示されている事項を参酌し得た旨述べているのであって,原告が主張す
るように,「甲5号証に基づいてHFO-1234yfの沸点及び臨界
温度は技術常識であると認定した」わけではない。
また,進歩性判断において,当業者としては,本願発明の属する技術
分野の出願時の技術水準にあるものすべてを自らの知識とすることがで
きる者を想定すべきであるところ,技術水準は,先行技術のほか,技術
常識その他の技術的知識から構成されるものであるから,当業者が,ロ
シアの特許文献である甲5文献といえども出願時の技術水準にあるもの
としてそのすべてを自らの知識とすることができたと考えるべきことは
疑いようがない。
イ 原告は,甲1文献及び甲5文献におけるHFO-1243zf及びHF
O-1261yfの臨界温度の報告に異なる値が記載されていることを

指摘し,したがって甲5文献にHFO-1234yfが記載されていて
もそのデータを信頼することができない旨指摘するけれども,両文献に
おいて,HFO-1234yfの物性値に関しては大きな相違は見られ
ない。仮に両文献において原告の指摘に係るそごが存在するとしても,
そのことが当業者をして本件発明1へと想到させることを妨げるほどの
事由とはいえない。
ウ よって,この点に関する原告の主張には理由がない。
(5) 取消事由4(相違点の判断の誤り(2)-甲1文献の阻害事由の看過)につ
いて
HFO-1243zf及びCFC-12の能力に関する原告の主張は,
REFPROPソフトウェア(Version7.0)による算出結果に依拠するとこ
ろ,同ソフトにより計算される理論値の精度は,使用される状態方程式等の
精度に依存するが,同ソフトにはHFO-1243zfの状態方程式は組み
込まれておらず,上記算出に際し使用されたと推測される状態方程式を使用
した場合には実測値との間に数%程度の誤差が含まれることなどから,上記
算出結果には誤差が含まれると見られる。また,同ソフトによる計算では,
得られるのはあくまでCOP,冷凍能力等の理論値であり,実際の機器にお
いては機器の構造,潤滑油等の影響によって伝熱の低下,圧力損失等が生じ
ることから,理論どおりの値が得られないことは当業者にとって周知である。
したがって,甲1文献の実施例1のHFO-1243zfの実測値と,
上記ソフトウェアによるHFO-1243zfの計算値とを比較し,両者の
値に差があることを議論しても,同実施例の実測値に誤りがあることを示す
ことはできない。まして,実測値と計算値との間に差があるとしても,それ
が甲1文献の開示全体の信頼性を損なうことにはつながらない。
そうである以上,甲1文献の実施例5が「実施例1とほぼ同様の結果が
得られた」と記載しているとしても,同実施例5は当業者が本件発明1を想

到することの阻害事由になるといえない。
よって,この点に関する原告の主張には理由がない。
(6) 取消事由5(相違点の判断の誤り(3)-予想外かつ顕著な効果の看過)に
ついて
前記のとおり,冷媒の毒性及び燃焼性に関しては,冷媒であれば毒性及
び燃焼性が低いことが一般に要求されており,自動車の空調装置だけ特に毒
性及び燃焼性が低いことが要求されているわけではない。原告が本件発明1
の顕著な効果として主張する効果がいずれも甲1発明と比較した有利な効果
でないことも,前記のとおりである。
よって,この点に関する原告の主張には理由がない。
(7) 取消事由6(相違点の判断の誤り(4)-不飽和化合物の使用に関する阻害
事由の看過)について
甲1文献にはHFO-1234yfを空調装置の冷媒として使用できる
ことが記載されている(実施例5)。また,本件優先日前に公知の甲11
(特開平5-85970号公報)には,不飽和分子である2-トリフルオロ
メチル-3,3,3-トリフルオロプロペンを空調装置の冷媒として使用で
きることが記載されている(請求項1及び段落【0004】)。これらの文
献は,本件優先日において,フッ素化オレフィン(不飽和化合物)が冷媒と
して使用可能であったことを明確に示している。
よって,この点に関する原告の主張には理由がない。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1の認定の誤り-「自動車の空調装置」において使
用される冷媒)について
(1) 本件明細書の記載
本件明細書には,次のような記載がある(甲66)。
ア「【0001】

発明の分野
本発明は,特に冷却装置(refrigeration systems)を含む,多くの応用に
用途を有する組成物,およびその組成物を利用する方法と装置に関する。
好ましい面において,本発明は,本発明の少なくとも一つの多フッ素化
オレフィンを含む冷媒組成物を対象とする。」
イ「【0002】
発明の背景
フルオロカーボン系の流体は,多くの商業上および工業上の応用にお
いて広範囲にわたる用途が見出されている。例えば,フルオロカーボン
系の流体は,空調,熱ポンプおよび冷却への適用などの装置における作
動流体として,しばしば用いられる。…
【0005】
地球の大気と気候に害を与える可能性について近年関心が高まってい
て,この点について特定の塩素系化合物が特に問題のあるものであるこ
とが確認されている。空調装置や冷却装置における冷媒としての塩素含
有組成物(例えば,クロロフルオロカーボン類(CFCs),ヒドロクロロ
フルオロカーボン類(HCFCs),その他同種類のもの)の使用は,それら
化合物の多くのものと関連するオゾン破壊性のために,嫌われるように
なっている。従って,冷却と熱ポンプの適用のための代替物を提供する
新しいフルオロカーボンおよびヒドロフルオロカーボン化合物および組
成物に対する要求が増大している。例えば,塩素含有冷媒を,ヒドロフ
ルオロカーボン類(HCFs)などのオゾン層を破壊しないであろう冷媒化
合物で置き換えることによって,塩素含有冷却装置を改造するのが望ま
しいとされている。
【0006】
しかし,代替の冷媒として可能性のあるいかなるものであっても,最

も広範囲にわたって用いられている流体の多くのものにおいて存在する
特性,中でも,優れた熱伝達特性,化学的安定性,低い毒性または非毒
性,不燃性,および潤滑剤適合性のような特性も備えていなければなら
ない,ということが重要であると一般に考えられる。
【0007】
多くの適用において潤滑剤適合性が特に重要であるということを,出
願人は認識するに至った。…
【0008】
使用効率に関して,冷媒の熱力学的性能またはエネルギー効率の低下
は,電気エネルギーに対する需要が増大することから生じる化石燃料の
使用の増大によって環境への二次的な影響をもたらすであろう,という
ことに注目することが重要である。
【0009】
さらに,CFC 冷媒の代替物については,CFC 冷媒を用いて現在使用され
ている在来の蒸気圧縮技術に対して大きな工学的設計変更を行わずに実
施されることが望ましいと,一般に考えられる。
【0010】
多くの適用について,可燃性はもう一つの重要な特性である。すなわ
ち,特に熱伝達への適用を含む多くの適用において,不燃性の組成物を
用いることが重要であり,また必須であるとも考えられる。従って,不
燃性の組成物や化合物を用いることがしばしば有益である。…あいにく
と,多くの HFCs は,その他の点では冷媒組成物において用いるのに望ま
しいかもしれないのであるが,不燃性ではない。例えば,フルオロアル
カンジフルオロエタン(HFC-152a)とフルオロアルケン1,1,1,-
トリフルオロプロペン(HFO-1243zf)はそれぞれ可燃性であり,従って
多くの適用において用いるのに実行可能ではない。

【0011】
高級フルオロアルケン,すなわち少なくとも5個の炭素原子を有する
フッ素置換アルケンが,冷媒として用いるために提案された。米国特許
第 4,788,352 号(Smutny)は,少なくともある程度の不飽和を有するフッ素
化C 5 ~C 8 化合物の製造を対象とする。Smutny 特許は,そのような高級
オレフィンが,冷媒,農薬,絶縁性流体,熱伝達流体,溶剤,および
様々な化学反応における中間体として有用であることが知られることを
確認している…。
【0012】
Smutny に記載されたフッ素化オレフィンは,熱伝達への適用において
ある程度の有効性を有するかもしれないが,そのような化合物は一定の
不利益も有すると考えられる。例えば,これらの化合物の幾つかのもの
は,支持体,特にアクリル樹脂やABS樹脂などの一般的な用途のプラ
スチックを侵食しやすいかもしれない。さらに,Smutny に記載された高
級オレフィン化合物は,Smutny において指摘された農薬の活性の結果と
して生じるであろうそのような化合物の潜在的なレベルの有毒性のため
に,特定の適用においてやはり望ましくないかもしれない。また,その
ような化合物は,特定の適用においてそれらを冷媒として有用なものに
するには高すぎる沸点を有するかもしれない。
【0013】
ブロモフルオロメタンとブロモクロロフルオロメタンの誘導体,特に
ブロモトリフルオロメタン(Halon 1301)とブロモクロロジフルオロメタ
ン(Halon 1211)は,航空機の室内やコンピューター室などの閉鎖空間に
おいて消火剤として広範囲にわたる用途を有している。しかし,様々な
ハロンの使用は,それらの高いオゾン破壊性のために,段階的に廃止さ
れている。さらに,ハロンは人間が存在する領域においてしばしば用い

られるので,炎を抑えるかまたは消すのに必要な濃度において適当な代
替品を用いることが人間にとって安全なはずである。
【0014】
従って出願人は,組成物,特に熱伝達組成物,消火用組成物または鎮
火用組成物,発泡剤,溶剤組成物,および相溶剤であって,蒸気圧縮加
熱装置と冷却装置およびそのための方法を含む多くの適用において有用
である可能性があり,その一方で上述の不利益のうちの一つ以上が避け
られるものに対する必要性を認識するに至った。」
ウ「【0015】
概要
出願人は,上述の要求およびその他の要求は,1以上の C3 または C4 フ
ルオロアルケン,好ましくは次の式Ⅰを有する化合物を含む組成物によ
って満足させうることを見出した:
XCF Z R 3-Z (Ⅰ)
ここで X は C2 またはC3 不飽和置換または非置換アルキル基であり,R
はそれぞれ独立して Cl,F,Br,I または H であり,そして Z は1~3で
ある。式Ⅰの化合物の中で非常に好ましいものは,1,3,3,3-テ
トラフルオロプロペン(HFO-1234ze)のシスおよびトランス異性体であ
る。
【0016】
本発明はまた,熱伝達,発泡,溶媒和,香味および芳香の抽出および
/または放出,およびエアゾールの生成のための方法と装置を含む,本
発明の組成物を利用する方法と装置を提供する。」
エ「【0017】
好ましい態様の詳細な説明
組成物

本発明は,3~4個の炭素原子,好ましくは3個の炭素原子,および
少なくとも一つの炭素-炭素二重結合を含む少なくとも一つのフルオロ
アルケンを含む組成物を対象とする。本発明のフルオロアルケン化合物
はしばしば,本明細書中で便宜上の目的により,それらが少なくとも一
つの水素を含んでいる場合は,ヒドロフルオロ-オレフィンまたは
『HFOs』と称される。本発明の HFOs は二つの炭素-炭素二重結合を含
むかもしれないと考えられるが,そのような化合物は現時点においては
好ましいものであるとは考えられない。
【0018】
上述したように,本発明の組成物(composition)は式Ⅰに従う1以上の
化合物(compound)を含む。好ましい態様において,その組成物は次の
式Ⅱの化合物を含む:
【0019】
【化1】


ここで R はそれぞれ独立して Cl,F,Br,I または H であり,R’は(CR2)nY
であり,Y は CRF2 であり,そして n は0または1である。非常に好まし
い態様において,Y は CF3 であり,n は0であり,そして残りの R のうち
の少なくとも一つは F である。
【0020】
一般に,上で確認した式ⅠおよびⅡの化合物は,本発明の冷媒組成物,
発泡剤組成物,相溶剤,エアゾール,噴射剤,香味配合物,芳香配合物,
および溶剤組成物において概ね効果的であり,そして有用であると出願
人は考える。しかし出願人は,驚くべきことに,そして予期せざること

に,上記の式に従う構造を有する化合物の特定のものは,そのような化
合物の他のものと比較して,非常に望ましい低いレベルの毒性を示すこ
とを見出した。容易に認識できるように,この発見は,冷媒組成物のみ
ならず,上記の式を満足する特定の比較的毒性のある化合物であるいか
なるすべての組成物の配合のためにも,非常に有利かつ有益である可能
性がある。特に,比較的低い毒性レベルは式Ⅱの化合物と関連していて,
好ましくは Y が CF3 であり,不飽和末端炭素についた少なくとも一つの R
が H であり,そして残りの R のうちの少なくとも一つは F であるときに,
低い毒性レベルと関連している,と出願人は考える。出願人はまた,そ
のような化合物のすべての構造異性体,幾何異性体および立体異性体は
有効で有益な低い毒性を有する,と考える。
【0021】
非常に好ましい態様において,特に上記の低い毒性の化合物を含む態
様において,n は0である。特定の非常に好ましい態様において,本発明
の組成物は1以上のテトラフルオロプロペンを含む。『HFO-1234』とい
う用語は,ここでは全てのテトラフルオロプロペンを指すものとして用
いられる。テトラフルオロプロペンの中で,シス-およびトランス-1,
3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)は両者とも特に好
ましい。HFO-1234ze という用語はここでは,それがシス形であるかトラ
ンス形であるかにかかわらず,1,3,3,3-テトラフルオロプロペ
ンを指すものとして包括的に用いられる。『シス HFO-1234ze』および
『トランス HFO-1234ze』という用語はそれぞれ,ここでは,シス形およ
びトランス形の1,3,3,3-テトラフルオロプロペンを記述するも
のとして用いられる。従って,『HFO-1234ze』という用語は,その範囲
の中に,シス HFO-1234ze,トランス HFO-1234ze,およびこれらのすべて
の組み合わせおよび混合物を含む。

【0024】
本組成物,特に HFO-1234ze を含む組成物は,幾つかの重要な理由から,
有利な特性を有していると考えられる。例えば,少なくとも一部は数学
的モデル化に基づいて,本発明のフルオロオレフィンは,幾つかの他の
ハロゲン化種と比較してオゾンの破壊にはほとんど寄与しないために,
大気の化学的性質には本質的に有害な影響を与えないだろうと,出願人
は考える。従って,本発明の好ましい組成物は,オゾンの破壊には実質
上寄与しないという利点を有する。その好ましい組成物はまた,現在使
用されている多くのヒドロフルオロアルカンと比較して,地球温暖化に
は実質上寄与しない。
【0025】
特定の好ましい形態において,本発明の組成物は,約1000以下の,
より好ましくは約500以下の,そしてさらに好ましくは約150以下
の地球温暖化係数(Global Warming Potential:GWP)を有する。特定の態
様において,本組成物の GWP は約100以下であり,そしてさらに好ま
しくは約75以下である。…
【0026】
特定の好ましい形態において,本組成物はまた,好ましくは0.05
以下の,より好ましくは0.02以下の,そしてさらに好ましくは約0
のオゾン破壊係数(Ozone Depletion Potential:ODP)を有する。…」
オ「【0028】
熱伝達組成物
本発明の組成物は本発明の化合物を広く変化する量で含むことができ
ると考えられるが,本発明の冷媒組成物は,式Ⅰに従う化合物,より好
ましくは式Ⅱに従う化合物,そしてさらに好ましくは HFO-1234ze を,組
成物の少なくとも約50重量%,より好ましくは少なくとも約70重

量%の量で含むのが一般的に好ましい。…
【0029】
本発明の組成物は,組成物に特定の機能性を与えるかまたはそれを高
める目的で,あるいは,ある場合には組成物のコストを下げるために,
他の成分を含んでいてもよい。例えば,本発明に従う冷媒組成物,特に
蒸気圧縮装置において用いられる組成物は,潤滑剤を,一般に組成物の
約30~約50重量%の量で含む。…
【0030】
多くの現行の冷却装置は現在,現行の冷媒と関連して用いることに適
合しているが,本発明の組成物は,装置に改造を施すかまたは施さずに,
多くのそのような装置において用いるように適合させうると考えられる。
多くの適用において,本発明の組成物は,現在は比較的高い容量を有す
る冷媒を用いている装置における代替物として,有利なものになるであ
ろう。さらに,例えばコスト上の理由から,高い容量の冷媒に代えて本
発明の低容量の冷媒組成物を用いるのが望ましいような態様においては,
本発明の組成物のそのような態様は有利なものになる可能性がある。従
って ,特 定の 態様 に おい ては ,本 発明 の 組成 物, 特に トラ ン ス HFO-
1234ze をかなりの割合で含む組成物,そしていくつかの態様においては本
質的にトランス HFO-1234ze からなる組成物を,HFC-134a などの現行の冷
媒の代替物として用いるのが好ましい。特定の適用においては,本発明
の冷媒は大きな排気量の圧縮機を使用する利益をもたらす可能性があり,
それによって HFC-134a などの他の冷媒よりも高いエネルギー効率が得ら
れる。従って,本発明の冷媒組成物,特にトランス HFP(注 原文のま
ま)-1234ze を含む組成物は,冷媒を置き換える適用についてのエネルギ
ーを基礎とすることに関して,競争力のある利益をもたらす可能性があ
る。

【0031】
本組成物,特に HFO-1234ze を含む組成物はまた,商業用の空調装置に
関して典型的に用いられる冷却機(チラー:chiller)において,(もとも
との装置における場合と R-12 や R-500 などの冷媒の代替物として用いられ
る場合のいずれも)利点を有すると考えられる。そのような態様の特定
のものにおいては,この HFO-1234ze 組成物の中に,CF3I などの燃焼抑制
剤を約0.5~約5%含むのが好ましい。
【0032】
従って,本方法,装置および組成物は,自動車の空調装置と機器,商
業用の冷却装置と機器,冷却機(chiller),住宅用の冷蔵庫と冷凍庫,一
般の空調装置,熱ポンプなどと関連して用いるように適合させることが
できる。」
カ「【0057】
実施例1
成績係数(coefficient of performance:COP)は,一般に認められている
冷媒性能の尺度であり,冷媒の蒸発または凝縮を含む特定の加熱または
冷却のサイクルにおける冷媒の相対的な熱力学的効率を表わすのに有益
である。冷却工学において,この用語は,蒸気を圧縮する際に圧縮機に
よって加えられたエネルギーに対する有用な冷却の比率を表わす。冷媒
の能力(capacity)は冷媒が与える冷却または加熱の量を表わし,それは,
冷媒の所定の容積流量に対して圧縮機が熱量を与える性能の尺度を与え
る。言い換えると,特定の圧縮機があるとき,冷媒の能力が大きいほど,
その冷媒はより大きな冷却能力または加熱能力を伝えるだろう。特定の
操作条件における冷媒の COP を評価するための一つの手段は,標準冷却
サイクル分析法を用いる冷媒の熱力学的特性からのものである…。
【0058】

冷却/空調サイクル装置が用意され,このとき,圧縮機の入口温度を
約50°Fとする名目上の等エントロピー圧縮の下で,凝縮器の温度は約
150°Fであり,蒸発器の温度は約-35°Fであった。1.00の
COP 値と1.00の能力値および175°Fの排出温度を有する HFC-
134a を基にして,ある範囲の凝縮器温度と蒸発器温度にわたって,本発明
の幾つかの組成物について COP が測定され,これを下の表Ⅰに報告する。
【0059】
【表1】


【0060】
この実施例は,本組成物において用いるための好ましい化合物の特定
のものはそれぞれ,HFC-134a よりも良好なエネルギー効率を有し(1.
00と比較して1.02,1.04および1.13),そして本冷媒組
成物を用いる圧縮機は有利な排出温度をもたらすであろう(175と比
較して158,165および155),ということを示す。というのは,
この排出温度の結果は,補修管理の問題の低減をもたらすと考えられる
からである。
【0061】
実施例2
様々な冷却潤滑剤との HFO-1225ye および HFO-1234ze の混和性が試験さ
れた。試験された潤滑剤は,鉱油(C3),アルキルベンゼン(Zerol 150),
エステルオイル(Mobil EAL 22cc および Solest 120),ポリアルキレングリ

コール(PAG)オイル(134a 系のための Goodwrench Refrigeration Oil),
およびポリ(アルファ-オレフィン)オイル(CP-6005-100)である。そ
れぞれの冷媒/オイルの組み合わせについて,三つの組成物が試験され
た。すなわち,5,20および50重量パーセントの潤滑剤と,各々の
残りは試験に供された本発明の化合物である。
【0062】
潤滑剤組成物は厚肉のガラス管の中に置かれた。ガラス管が排気され,
本発明に従う冷媒化合物が添加され,次いで管は密封された。次いで,
ガラス管は空気浴環境の容器内に置かれた。容器内の温度は約-50℃
から70℃まで変えられた。およそ10℃の間隔で,一つ以上の液体相
の存在について,管の内容物の目視観察が行われた。一つを越える液体
相が観察された場合,混合物は不混和性であるとされる。一つだけの液
体相が観察された場合,混合物は混和性であるとされる。二つの液体相
が観察されたが,しかし液体相のうちの一つが非常に少ない容積だけを
占めている場合,混合物は部分的に混和性であるとされる。
【0063】
ポリアルキレングリコールとエステルオイル潤滑剤は,試験された全
ての割合において,全ての温度範囲にわたって混和性であると判定され
たが,ただしポリアルキレングリコールと HFO-1225ye の混合物について
は,その冷媒混合物は-50℃から-30℃の温度範囲においては不混
和性であると認められ,そして-20℃から50℃の範囲では部分的に
混和性であった。60℃での冷媒中の50重量パーセントの濃度の PAG
において,その冷媒/PAG 混合物は混和性であった。70℃において,
冷媒中の5重量パーセントの潤滑剤から冷媒中の50重量パーセントの
潤滑剤まで,それは混和性であった。
【0064】

実施例3
本発明の冷媒化合物および組成物の PAG 潤滑オイルとの適合性が,冷
却装置と空調装置において用いられる金属と接触している状態で,35
0°Fにおいて試験された。この温度は,多くの冷却や空調の適用におい
て見出される条件よりもずっと厳しい条件を表わす。
【0065】
アルミニウム,銅および鋼の試験片(クーポン)が,厚肉のガラス管
の中に置かれた。2グラムのオイルが管の中に添加された。次いで,ガ
ラス管を排気し,そして1グラムの冷媒が添加された。ガラス管を炉の
中に350°Fにおいて一週間入れ,そして目視観察が行われた。曝露期
間の最後にガラス管を取り出した。
【0066】
この手順は,オイルと本発明の化合物の下記の組み合わせについて行
われた:
a)HFO-1234ze と GM Goodwrench PAG オイル
b)HFO-1243zf と GM Goodwrench PAG オイル
c)HFO-1234ze と MOPAR-56 PAG オイル
d)HFO-1243zf と MOPAR-56 PAG オイル
e)HFO-1225ye と MOPAR-56 PAG オイル。
【0067】
全てのケースにおいて,ガラス管の内容物の外観に極小の変化があっ
た。このことは,本発明の冷媒化合物と組成物は,冷却装置と空調装置
およびこれらのタイプの装置においてその組成物の中に含まれるかある
いはその組成物とともに用いられることの多いタイプの潤滑オイルにお
いて見出されるアルミニウム,鋼及び銅と接触したときに安定である,
ということを示す。

【0068】
比較例
アルミニウム,銅および鋼の試験片が,鉱油および CFC-12 とともに厚
肉のガラス管の中に置かれ,実施例3におけると同様に,350°Fにお
いて一週間加熱された。曝露期間の最後にガラス管を取り出し,そして
目視観察が行われた。液体の内容物が黒色に変化したのが観察され,こ
のことは,管の内容物が激しく分解したことを示す。
【0069】
CFC-12 と鉱油はこれまで,多くの冷却系と冷却方法において組み合わ
せて選択されてきた。従って,本発明の冷媒化合物と組成物は,多くの
一般的に用いられている潤滑オイルと一緒に用いるときに,広く用いら
れている先行技術の冷媒-潤滑オイルの組み合わせよりも,かなり良好
な安定性を有する。」
(2) 本件発明1の認定について
ア 上記(1)の各記載によれば,本件発明1については,以下のとおり把握
される。
(ア) 本件発明1の課題
本件発明1は,特に冷却装置(refrigeration systems)を含む,多くの
応用に用途を有する組成物,及びその組成物を利用する方法と装置に関
するものであり,特に,1つ以上の多フッ素化オレフィンを含む冷媒組
成物を対象とするものである(【0001】)。
フルオロカーボン系の流体は,空調,熱ポンプ及び冷却への適用等の
装置における作動流体としてしばしば用いられてきた(【0002】)。
しかし,地球の大気や気候に害を与える可能性についての関心の高まり
により,空調装置や冷却装置における冷媒としての塩素含有組成物(例
えば,クロロフルオロカーボン類(CFCs),ヒドロクロロフルオロ

カーボン類(HCFCs),その他同種類のもの)の使用は,それら化
合物の多くのものと関連するオゾン破壊性のために嫌われるようになっ
た。このため,冷却と熱ポンプの適用のための代替物を提供する新しい
フルオロカーボン及びヒドロフルオロカーボン化合物並びにこれらの化
合物のいずれかを含む組成物に対する要求が増大しており,塩素含有冷
媒をヒドロフルオロカーボン類(HFCs)などのオゾン層を破壊しな
いであろう塩素非含有冷媒化合物に置き換えることによって,塩素含有
冷却装置を改造するのが望ましいとされている(【0005】)。ただ
し,代替の冷媒として可能性のあるいかなるものであっても,優れた熱
伝達特性,化学的安定性,低毒性/非毒性,不燃性及び潤滑剤適合性等
を備えることが重要であるところ(【0006】),フッ素化C 5 ~C
8 化合物の製造を対象とする米国特許第4,788,352号において,
このような高級オレフィンが冷媒,熱伝達流体等として有用であること
が確認されているが,他方で,プラスチックを侵食しやすい,有毒性,
高沸点等の不利益も有すると考えられている(【0011】~【001
3】)。
そこで,本件発明1は,蒸気圧縮加熱装置と冷却装置において,代替
の冷媒として有用である可能性がありつつも上記不利益の1つ以上を避
けられる熱伝達組成物を使用する方法を提供することを解決課題とした
ものである(【0014】)。
(イ) 本件発明1の組成物
上記(ア)の課題を満たす組成物は,1以上のC3又はC4フルオロア
ルケン(好ましくは,式Ⅰ:XCF Z R 3-Z )を有する化合物を含む組
成物であり(【0015】),好ましい態様として,段落【0018】
記載の式Ⅱの化合物を含み,非常に好ましい態様として,YはCF 3 で
あり,nは0であり,また,残りのRのうちの少なくとも1つはFであ

る(【0019】)。さらに,非常に好ましい,特に低い毒性の化合物
を含む態様において,本件発明1の組成物は,1以上のテトラフルオロ
プロペン(HFO-1234)を含む(【0021】)。
上記式Ⅱの化合物のうち非常に好ましい態様とされた,YはCF 3 で
あり,nは0であり,また,残りのRのうちの少なくとも1つはFとさ
れる化合物であるHFO-1225ye,HFOトランス-1234z
e,HFOシス-1234ze,HFO-1234yfの4種の冷媒組
成物につき,実施例1として,圧縮機の入口温度が約50°F,凝縮器
の温度約150°F,蒸発器の温度約-35°Fである冷却/空調サイ
クル装置における,HFC-134aに対する相対COP及び相対能力,
排出温度が測定された(【0058】,【0059】)。その結果,上
記4種のうちHFO-1234yfを除く3種の冷媒組成物に関しては,
HFC-134aよりも良好なエネルギー効率を有することなどが示さ
れた(【0060】)。
このため,本件発明1の組成物の中でも特にHFO-1234zeは,
HFC-134aの代替物として大きな排気量の圧縮機を使用する装置
において,また,もともとの装置における場合とR-12やR-500
などの冷媒の代替物として用いられる場合のいずれにおいても,商業用
の空調装置に関して典型的に用いられる冷却機(チラー:chiller)にお
いて使用する場合に利点を有するとされている(【0030】,【00
31】)。他方,HFO-1234yfについては,実施例1の表1に
冷媒組成物の1つとして挙げられているものの,特に好ましい利用に関
する明示的な記載は本件明細書中に見当たらない(【0059】)。
(ウ) 本件発明1の組成物を適用する装置
本件明細書中,「発明の背景」欄には,「CFC 冷媒の代替物について
は,CFC 冷媒を用いて現在使用されている在来の蒸気圧縮技術に対して

大きな工学的設計変更を行わずに実施されることが望ましいと,一般に
考えられる。」と記載されている(【0009】)。また,「好ましい
態様の詳細な説明」欄においては,「多くの現行の冷却装置は現在,現
行の冷媒と関連して用いることに適合しているが,本発明の組成物は,
装置に改造を施すかまたは施さずに,多くのそのような装置において用
いるように適合させうると考えられる。多くの適用において,本発明の
組成物は,現在は比較的高い能力を有する冷媒を用いている装置におけ
る代替物として,有利なものになるであろう。」(【0030】),本
件発明1の組成物は「自動車の空調装置と機器,商業用の空調装置と機
器,冷却機(chiller),住宅用の冷蔵庫と冷凍庫,一般の空調装置,熱
ポンプなどと関連して用いるように適合させることができる。」(【0
032】)と記載されている。
これらの記載によれば,本件発明1の組成物は,冷却装置に適用する
に当たり,装置に改造を施す場合もあれば施さない場合もあり,また,
比較的高い能力を有する冷媒を用いている装置における代替物として有
利であり,さらに,自動車の空調装置と機器,商業用の冷却装置と機器,
冷却機(chiller),住宅用の冷蔵庫と冷凍庫,一般の空調装置,熱ポン
プなどと関連して用いるように適合させることができるものと理解され
る。
イ 以上によれば,既存の装置に対して大きな工学的設計変更を行わずに利
用し得るような代替冷媒が望ましいと一般的に考えられる中で,本件発
明1は,自動車の空調装置と機器,商業用の冷却装置と機器,冷却機
(chiller),住宅用の冷蔵庫と冷凍庫,一般の空調装置,熱ポンプに用い
られる,地球環境の悪化を招かない塩素非含有の冷媒であって,熱伝達
特性,化学的安定性,低毒性/非毒性,不燃性及び潤滑剤適合性等のう
ち,不利益の1つ以上が避けられる熱伝達組成物及びその使用方法を提

供するものであり,特に好ましい態様として,非毒性を有する,実施例
1に列挙された各冷媒を開示した上で,その用途を「自動車の空調装置」
に限定したものと認められる。
そうすると,本件審決が,本件発明1の認定に当たり,「自動車の空
調装置」に使用される冷媒におけるGWP,能力及びCOPに関する特
性を考慮しなかったからといって,その認定を誤ったということはでき
ない。
(3) 原告の主張について
ア これに対し,原告は,本件優先日当時の技術常識によれば,「自動車の
空調装置」において使用される冷媒については,本件審決が認定した,
沸点及び臨界温度によって画される温度範囲が「自動車の空調装置」の
使用温度範囲を包含するという特性のみならず,低減されたGWP並び
にHFC-134aとほぼ等しい能力及びCOPという特性をも有する
必要があるにもかかわらず,本件審決はこの点を看過し,「自動車の空
調装置」において使用される冷媒の認定を誤った旨などを主張する。
イ(ア) このうち,GWPに関しては,証拠(各項に掲げたもの)及び弁論
の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 自動車の空調装置は,圧縮機,凝縮器,膨張弁及び蒸発器を備え,
これらの部品間を循環している冷媒が,蒸発器において液体から気体
への相変化により外部を冷却し,凝縮器において気体から液体への相
変化により外部に熱を放出して,熱移動を実現するものであるが,そ
の原理は蒸気圧縮サイクルを利用した一般の加熱冷却装置と同じもの
である。(甲3等文献,甲16,41)
b 「第12版 空気調和・衛生工学便覧 2 汎用機器・空調機器篇」
(社団法人空気調和・衛生工学会編,平成7年3月25日発行。甲2。
以下「甲2文献」という。)には,冷媒に関しては,1987年にモ

ントリオール議定書が採択されて以降,オゾン破壊係数(ODP)が
極めて小さいか0であり,地球温暖化係数(GWP)が小さく,エネ
ルギー効率が高いことが必要とされる代替フロンへの転換が進められ
ており,カーエアコンディショナーでは現在の冷媒CFC-12から
新冷媒HFC-134aへの,家庭用冷蔵庫や冷蔵冷凍ユニットでは
現在の冷媒R502(HCFC-22+CFC-115)からHCF
C-22やHFC-134aへの,それぞれ切替えが進んでいること
が記載されている。
c 甲3等文献には,カーエアコンにおいては,コンプレッサに接続す
る配管は,エンジンの振動を吸収,緩和するためにゴム製のクーラホ
ースを用いており,ゴムを通して冷媒が外部に透過し減少するのに対
し,ルームエアコンの場合は金属配管を使えることが記載されている。
d 甲7文献には,「代替冷媒と適合冷凍機油」として冷媒の用途,従
来・現行冷媒,代替冷媒,代替冷媒用冷凍機油についての表が掲載さ
れているところ,カーエアコン,家庭用電気冷蔵庫及びショーケース
においてはR-12の代替冷媒としてHFC-134aが,ルームエ
アコンやパッケージエアコンにおいてはR-22の代替冷媒としてR
-410A又はR-407Cが用いられることが記載されている。
e 「HFC の種類と用途」(日本フルオロカーボン協会ウェブサイト
(http://www.jfma.org/korekara/youto.html),平成22年7月29日付
けプリントアウト。甲25)には,HFC の利用状況及び使用可能な
用途が掲げられているところ,家庭用冷蔵庫,カーエアコン,ルーム
エアコン,ターボ冷凍機等の用途に応じて,それぞれ適切な冷媒が用
いられていることが示されている。例えば,カーエアコンにおいては
CFC-12の主要代替品としてHFC-134aが,家庭用冷蔵庫
ではCFC-12,R-502の主要代替品としてやはりHFC-1

34aが,ルームエアコンにおいてはHCFC-22の主要代替品と
してR-410Aが,ターボ冷凍機においてはCFC-11,12の
主要代替品としてHFC-134aが,それぞれ用いられることが示
されている。
f 「カーエアコン用冷媒について」(一般社団法人日本自動車工業会,
平成22年7月29日付け作成。甲35)には,カーエアコン用冷媒
において,1991年(平成3年)に,それまで使用していたCFC
-12(ODP:1.0,GWP:10,900)からHFC-13
4a(ODP:0,GWP:1,430)への切替えが開始されたも
のの,京都議定書(1997年(平成9年)。発効:2005年(平
成17年))においてHFC-134aが温室効果ガスの対象となっ
たこと,自動車の空調装置から冷媒が漏れるのを防止するため,接続
方法や素材の改良等が行われていることが記載されている。
(イ) 上記(ア)の各事実によれば,本件優先日当時,自動車の空調装置や家
庭用冷蔵庫等の様々な蒸気圧縮サイクルを使用した装置に使用される
冷媒一般において,より低減されたGWPを有する代替冷媒への転換
が進められ,各装置に適した代替冷媒が用いられていたこと ,自動車
の空調装置においては,他の装置と異なり金属配管ではなくゴム製ホ
ースを用いているため冷媒が外部に漏れるところ,これを防ぐために
接続方法や素材の改良等が行われていたことがうかがわれる。
他方,自動車の空調装置において使用される冷媒につき,他の装置と
異なる要求として,低減されたGWPであることが求められていたこと
をうかがわせる証拠はない。
そうすると,本件審決が,「自動車の空調装置」において使用される
冷媒に必要な固有の特性としてGWPにつき検討しなかったからといっ
て,「自動車の空調装置」において使用される冷媒の認定を誤ったとい

うことはできないというべきである。
ウ(ア) 他方,自動車の空調装置において用いられる冷媒の能力及びCOP
については,証拠(各項に掲げたもの)及び弁論の全趣旨によれば,以
下の事実が認められる。
a 甲2文献には,「特定フロン削減対策の基本は代替フロンへの転換
であり,新冷媒対応の圧縮機システムの開発,新冷媒適合の潤滑油・
材料の開発,信頼性の確認が進められている。」と記載されている。
b 甲3等文献には,カーエアコン用の代替冷媒が満足する必要のある
特性として,オゾン層破壊への影響がないこと,安全であること(無
毒性,不燃性),システム性能が確保できること,製造容易,低コス
トであることの4つが挙げられるとともに,カーエアコンは,一般の
ルームエアコンと大きく異なり,冷房暖房それぞれの能力とも約2倍
が必要であることなどの違いがあること,カーエアコンの修理の際,
CFC-12の市場補給ができなくなったときには,代替冷媒HFC
-134aにマッチングできるように,従来部品の一部を交換して対
応するいわゆるレトロフィットが必要となることが記載されている。
c「Etude sur la climatisation automobile」(D. Clodic,C. Rousseau,平成7
年12月作成。甲16)には,「自動車用空調装置の仕様」の項(2.
1.2)において,「このコンパクトな設計は,結合部の数を制限す
ることを目的とする。なぜなら,自動車空調装置がさらされる機械的
及び熱的応力は,固定式の空調のそれらよりもはるかに強烈なものだ
からである。」との記載がある。また,同文献には,「最適化なしで
のR12/R134aの比較」の項(2.2.2.1)において,R
12(CFC-12)とR134a(HFC-134a)のCOP f
とQ0v(容積測定による冷却能力)等の測定数値を記した表2-5
が示されるとともに,「設備の改良なしで冷媒を置換した設備の性能」

の項(2.2.2.2)において「R12用空調設備の冷媒をR13
4aに直接置換したとしてもエネルギー性能の損失は大したものには
ならない。」と,また,「R134aを使用するシステムの最適化」
の項目(2.2.2.3)において「新たに設置される空調装置のた
めに,R134aの特性に適合した技術ソリューションが開発され得
る。その技術ソリューションは,R12で得られた以上のエネルギー
性能をもたらす。…*管径の短縮…*液体-蒸気交換機の設置」と,
それぞれ記載されている。
d「技術情報 DuPont Suva 冷媒 DuPont HFC-134a 特性,用途,貯
蔵 及 び ハ ン ド リ ン グ 」 と 題 す る パ ン フ レ ッ ト ( E. I. du PONT de
NEMOURS AND COMPANY,平成16年7月頃作成。甲67)には,
「HFC-134aの熱力学的及び物理的性質により,そしてその低
い毒性も加味されて,それ(注:HFC-134a)は,冷凍工業で
の多くのセグメント(中でも注目すべきは自動車空調,家電製品,小
規模定置型装置,中温スーパーマーケットケース並びに工業及び商業
チラー)において,CFC-12の非常に効率的でありかつ安全な置
換冷媒となる。表1には,中温条件におけるCFC-12及びHFC
-134aの理論性能の比較を提供する」と記載された上で,表1と
して,CFC-12の能力を100%とすると,HFC-134aの
能力は99.7であること,成績係数(COP)はCFC-12が3.
55に対してHFC-134aが3.43であることなどが示されて
いる。
e「フロンの環境化学と対策技術(季刊 化学総説 No.11)」(社団
法人日本化学会編,平成3年4月25日,学会出版センター発行。甲
68)には,CFC-12の代替冷媒の本命がHFC-134aであ
ること,「HFC-134a 使用システムの代表はカーエアコンシステムで

ある」こと,「HFC-134a および CFC-12 を使用したサイクルの性能の
差は少なく,HFC-134a を使用したサイクルは CFC-12 と同等の冷凍能
力とサイクル効率を得ることができる」こと,「HFC-134a は CFC-12
に比べ吐出圧力が多少高くなる傾向があるが,HFC-22 のように耐圧
容器の仕様を変更しなければならないというものではないということ
がわかる」ことが,それぞれ記載されている。
f「Some Thermodynamic Performance Test Results of Refrigerant 134a」(W.
K. Snelson ほ か 3 名 , International Refrigeration and Air Conditioning
Conference. Paper 119,1990年作成。甲74)には,CFC冷媒の
代替物の調査の一環としてR12とR134aの熱力学的性能を比較
し,水/水ヒートポンプ試験施設において行われた一連の試験の結果
が記載されているところ,蒸発温度を変化させた場合の各冷媒の能力
及びCOPの変化を比較した図4,6~8が示されるとともに,結論
の項では「同一の機器によって運転するシステムであれば,空調サイ
クルよりも冷凍サイクルの方がR12の替りにR134aを使用する
効果が大きい。」と記載されている。
g「Alternative Refrigerant To R22 In Low-Temperature And Air-Conditioning
Refrigerators」(K. Furuyama ほか3名,International Refrigeration and Air
Conditioning Conference. Paper 619,2002年作成。甲75)には,
R-22と比較したR-32/125/134a/600の冷凍能力
及びCOPが記載されるとともに(図9,11),「R-22用に設
計された冷凍倉庫および空調システムなどの低温冷凍システムのドロ
ップイン冷媒としてR-32/134a/125/600…を提案す
る。」と記載されている。
(イ) 上記(ア)の各事実によれば,自動車の空調装置は,一般のルームエア
コンの約2倍の冷房暖房能力が必要とされ,また,自動車の空調装置

が曝される機械的及び熱的応力は固定式の空調装置のそれらよりもは
るかに強烈なものであることから,結合部の数を制限する目的でコン
パクトな設計がされており,さらに,自動車の空調装置用の代替冷媒
を選定するに当たっては,オゾン層破壊への影響がないこと,安全で
あること(無毒性,不燃性),システム性能が確保できること,製造
容易,低コストであること,という特性を満足する必要があることが
理解される。加えて,様々な装置において,代替冷媒への転換に当た
り,それに対応した圧縮機システムの開発等が進められているところ,
自動車の空調装置においてCFC-12からHFC-134aへ冷媒
を変更するに際しては,HFC-134aの特性に適合するように管
径の短縮などが検討されたものの,装置の仕様を(あまり)変更しな
くて済む冷媒(ドロップイン冷媒)が望ましいとされていたこと,も
っとも,その点は冷凍倉庫等の他の装置でも同様であることが,それ
ぞれうかがわれる。
その上で,装置の仕様を(あまり)変更しなくて済む冷媒であるか否
かを判断するに当たっては,COPと能力が重要なパラメータであると
ころ,CFC-12とその代替冷媒であるHFC-134aとは,能力
及びCOPがほぼ等しいことが知られていたことが認められる。
他方で,自動車の空調装置における代替冷媒につき,自動車の空調装
置の特殊性から,他の空調装置と異なって,装置の仕様を(あまり)変
更しなくて済む冷媒に限られるとともに,代替冷媒の能力及びCOPは
現行冷媒とほぼ等しいことが必須とされていたことが技術常識であった
ことを認めるに足りる証拠はない。なお,原告は,この点につき,自動
車の空調装置においては,サイズ及び重量の制限等から再設計は受け入
れられない旨を指摘するけれども,再設計に伴い多額の経費その他のコ
ストが必要となることなどは他の空調装置等でも生じ得ることなどを考

えると,その指摘は当たらないというべきである。
(ウ) そうすると,本件審決が,「自動車の空調装置」において使用され
る冷媒に必要な特性として,本件優先日当時の現行冷媒であるHFC
-134aとの比較において能力及びCOPがほぼ等しいことを検討
しなかったからといって,「自動車の空調装置」において使用される
冷媒の認定を誤ったということはできないというべきである。
エ このほか,原告は,本件明細書は,比較的高い能力の冷媒に関する発明
と比較的低い能力の冷媒に関する発明とを開示しているところ,本件発
明1は前者に当たり,HFC-134aのHFO-1234yfによる
ほぼドロップイン置換の発明が記載されている旨なども主張する。
しかし,その指摘に係る本件明細書の記載のうち,「CFC 冷媒の代替物
については,CFC 冷媒を用いて現在使用されている在来の蒸気圧縮技術に
対して大きな工学的設計変更を行わずに実施されることが望ましいと,
一般に考えられる。」(【0009】)との記載は,「発明の背景」を
受けて一般的な用途における冷媒につき述べたにとどまり,特に能力の
高い冷媒に限定する趣旨の記載ではない。また,「本発明の組成物は,
現在は比較的高い容量を有する冷媒を用いている装置における代替物と
して,有利なものになるであろう。」(【0030】)との記載におけ
る「本発明の組成物」とは,式Ⅱの化合物を含む「本発明の組成物」全
体を意味しており(【0018】),「比較的高い能力の冷媒」に特定
されるものではない。そもそも,実施例1に示された相対COP及び相
対能力の数値を見ると,HFO-1234yfは,HFC-134aよ
りもエネルギー効率が低く,排出温度が最も高く有利な排出温度はもた
らさないものである一方,相対能力は最も良好であることから,HFO
-1234zeを含む他の3つの冷媒と異なる物性を有することは見て
取れるものの,上記イ及びウで検討した技術常識を併せ考慮しても,本

件明細書において,HFC-134aの(ほぼ)ドロップイン冷媒とし
てのHFO-1234yfが開示されているということはできない。
オ その他原告がるる指摘する点を考慮しても,この点に関する原告の主張
は採用し得ない。
(4) 以上より,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(引用発明の認定の誤り)について
(1) 甲1文献の記載
甲1文献には,以下の記載(図表も含む。)がある。
ア「1.分子式:C 3H m Fn
(但し,m=1~5,n=1~5且つm+n=6)
で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱
媒体。」(特許請求の範囲)
イ「産業上の利用分野
本発明は,冷凍機,ヒートポンプなどで使用される熱伝達用流体に関
する。」(1頁左下欄9~11行)
ウ「従来技術とその問題点
従来,ヒートポンプの熱媒体(冷媒)としては,クロロフルオロ炭化
水素,フルオロ炭化水素,これらの共沸組成物ならびにその近辺の組成
物が知られている。これらは,一般にフロンと称されており,現在R-
11(トリクロロモノフルオロメタン),R-22(モノクロロジフル
オロメタン),R-502(R-22+クロロペンタフルオロエタン)
などが主に使用されている。
しかしながら,近年,大気中に放出された場合に,ある種のフロンが
成層圏のオゾン層を破壊し,その結果,人類を含む地球状(注 原文の
まま)の生態系に重大な悪影響を及ぼすことが指摘されている。従って,
オゾン層破壊の危険性の高いフロンについては,国際的な取決めにより,

使用および生産が規制されるに至っている。規制の対象になっているフ
ロンには,R-11とR-12とが含まれており,またR-22につい
ては,オゾン層破壊への影響が小さいため,現在規制の対象とはなって
いないが,将来的には,より影響の少ない冷媒の出現が望まれている。
冷凍・空調設備の普及に伴って,需要が毎年増大しつつあるフロンの使
用および生産の規制は,居住環境をはじめとして,現在の社会機構全般
に与える影響が極めて大きい。従って,オゾン層破壊問題を生じる危険
性のない或いはその危険性の極めて小さい新たなヒートポンプ用の熱媒
体(冷媒)の開発が緊急の課題となっている。
問題点を解決するための手段
本発明者は,ヒートポンプ或いは熱機関に適した熱伝達用流体であっ
て,且つ当然のことながら,大気中に放出された場合にもオゾン層に及
ぼす影響が小さいか或いは影響のない新たな熱伝達用流体を得るべく
種々研究を重ねてきた。その結果,特定の構造を有する有機化合物がそ
の目的に適合する要件を具備していることを見出した。
すなわち,本発明は,下記の熱伝達用流体を提供するものである:
『分子式:C3 H mF n
(但し,m=1~5,n=1~5且つm+n=5(注 原文のまま))
で示され且つ分子中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱伝達
用流体。』
本発明で使用する代表的な化合物の主な物性は,以下の通りである。
Ⅰ.F 3 C-CH=CH 2 (3,3,3-トリフルオロ-1-プロペン)

Ⅱ.F3C-CH=CHF(1,3,3,3-テトラフルオロ-1-
プロペン)…
Ⅲ.H3C-CF=CF 2 (1,2,2-トリフルオロ-1-プロペン)


Ⅳ.H 3C-CF=CH 2 (2-モノフルオロ-1-プロペン)…
本発明において熱伝達用流体として使用するC 3H m F n で示される化合
物は,オゾン層に影響を与える塩素原子および臭素原子を全く含まない
ので,オゾン層の破壊問題を生じる危険性はない。
また,一方では,C 3 H m F n で示される化合物は,ヒートポンプ用熱媒
体としての特性にも優れており,成績係数,冷凍能力,凝縮圧力,吐出
温度などの性能において,バランスが取れている。さらに,この化合物
の沸点は,現在広く使用されているR-12,R-22,R-114お
よびR-502のそれに近いため,これら公知の熱媒体の使用条件下,
すなわち蒸発温度-20から10℃および凝縮温度30から60℃での
使用に適している。」(1頁左欄下から5行~2頁右下欄5行)
「本発明で使用するC 3 H m F n で示される化合物或いはC 3 H m F n で示さ
れる化合物とR-22,R-32,R-124,R-125,R-13
4a,R-142b,R-143aおよびR-152aの少なくとも一
種との混合物は,ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な
特性(例えば,潤滑油との相溶性,材料に対する非浸蝕性など)に関し
ても,問題はないことが確認されている。」(3頁左上欄3~11行)
エ「発明の効果
本発明による熱伝達用流体によれば,下記のような顕著な効果が達成
される。
(1)従来からR-12,R-22或いはR-502を熱媒体として使
用してきたヒートポンプと同等以上のサイクル性能が得られる。
(2)熱媒体としての優れた性能のゆえに,機器設計上も有利である。
(3)仮に本発明による熱伝達用流体が大気中に放出された場合にも,
オゾン層破壊の危険性はない。」(3頁左上欄12行~右上欄4行)

オ「実施例
以下に実施例及び比較例を示し,本発明の特徴とするところをより一
層明確にする。
実施例1
熱媒体としてF 3 C-CH=CH 2 (3,3,3-トリフルオロ-1-
プロペン)を使用する1馬力のヒートポンプにおいて,蒸発器における
熱媒体の蒸発温度を-10℃,-5℃,5℃および10℃とし,凝縮器
における凝縮温度を50℃とし,加熱度および過冷却度をそれぞれ5℃
および3℃として,運転を行った。
また,比較例として,R-12(比較例1),R-22(比較例2)
及びR-502(比較例3)を熱媒体として使用して,上記と同一条件
下にヒートポンプの運転を行った。
これらの結果から,成績係数(COP)および冷凍効果を次式により,
求めた…。
COP=(h 1-h4 /(h 2 -h1 )
冷凍効果=h 1-h4
h 1 …蒸発器出口の作動流体のエンタルピー
h 2 …凝縮器入口の作動流体のエンタルピー
h 4 …蒸発器入口の作動流体のエンタルピー
本実施例ならびに比較例で使用した冷凍サイクルの回路図を第2図に
示す。
COPおよび冷凍能力の算出結果を比較例1~3の結果と対比して第
3図及び第4図にそれぞれ示す。
なお,第3図に示す成績係数は,R-22を熱媒体とした場合の蒸発
温度5℃における測定値(COP B )で,それぞれの熱媒体の測定値(C
OP A )を除したものである。特に,本発明による熱媒体の結果は,“○”

で示してある。
また,第4図に示す冷凍能力は,R-22を熱媒体とした場合の蒸発
温度5℃における測定値(能力B)で,それぞれの熱媒体の測定値(能
力A)を除したものである。本発明による熱媒体の結果は,やはり“○”
で示してある。
第3図から明らかな様に,本実施例による作動流体は, COPに関し
て,R-12およびR-22と同程度の良好な値を示している。さらに,
第4図から明らかな様に,冷凍効果に関して,R-12よりも高めの値
を示している。
また,蒸発温度5℃における凝縮圧力および圧縮機吐出温度の比較結
果を第1表に示す。
第1表
凝縮圧力 吐出温度
(㎏/㎠・A) (℃)
実施例1 9 51
比較例1 12 59
比較例2 20 73
比較例3 22 -
本実施例による熱媒体の凝縮圧力および吐出温度は,R-12よりも
低い値を示しており,機器設計上有利である。
以上の結果から,F 3 C-CH=CH 2 を熱媒体として使用する本発明
においては,従来から広く使用されているR-12,R-22およびR
-502を使用するヒートポンプと同等以上のサイクル性能が得られて
おり,本発明は,機器設計上からも有利であることが,明らかである。」
(3頁右上欄5行~4頁左上欄16行)
「実施例5

熱媒体としてF 3 C-CF=CH 2 を使用する以外は実施例1と同様に
して,ヒートポンプの運転を行ったところ,実施例1とほぼ同様の結果
が得られた。」(4頁右下欄8~12行)


(2) 甲1発明の認定について
ア 上記(1)の各記載によれば,甲1発明は,以下のとおりのものと認めら
れる。
すなわち,甲1発明は,冷凍機,ヒートポンプ等で使用される熱伝達
用流体に関するものである。
従来,ヒートポンプの熱媒体(冷媒)としては,一般にフロンと称さ
れるR-11(トリクロロモノフルオロメタン),R-22(モノクロ
ロジフルオロメタン),R-502(R-22+クロロペンタフルオロ
エタン)等が主に使用されてきたが,フロンによるオゾン層破壊が生態

系に重大な悪影響を及ぼすとの指摘を受けて国際的な取決めによりその
使用及び生産が規制されるようになったところ,冷凍・空調設備の普及
に伴い需要が毎年増大しつつあるフロンの使用及び生産の規制は,居住
環境をはじめとして,現在の社会機構全般に与える影響が極めて大きい。
このため,オゾン層破壊問題を生じる危険性がないか極めて小さい新た
なヒートポンプ用の熱媒体(冷媒)の開発が緊急の課題となった。
そこで,甲1発明は,ヒートポンプ又は熱機関に適した熱伝達用流体
であって,かつ,大気中に放出された場合にもオゾン層に及ぼす影響が
ないか小さいという要件に適合する新たな熱伝達用流体として,以下の
熱伝達用流体を提供するものである。
「分子式:C 3 Hm Fn
(ただし,m=1~5,n=1~5かつm+n=6)で示され,
かつ,分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱
伝達用流体」
上記C 3H m F n で示される化合物は,オゾン層破壊の問題を生じる危険
性はなく,ヒートポンプ用熱媒体としての特性にも優れ,成績係数,冷
凍能力,凝縮圧力,吐出温度等の性能においてバランスが取れており,
その沸点は,現在広く使用されているR-12(CFC-12),R-
22,R-114及びR-502のそれに近いため,これら公知の熱媒
体の使用条件下,すなわち,蒸発温度-20~10℃及び凝縮温度30
~60℃での使用に適している。また,上記C 3 H m F n で示される化合物,
又はC 3 H m F n で示される化合物とR-22,R-32,R-124,R
-125,R-134a,R-142b,R143a及びR-152a
の少なくとも一種との混合物は,ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求
される一般的な特性(例えば,潤滑油との相溶性,材料に対する非浸蝕
性等)に関しても,問題はないことが確認されている。

イ HFO-1234yf(2,3,3,3-テトラフルオロプロペン)は,
甲1文献の「特許請求の範囲」に記載の「熱媒体」として実施例5に示
されているところ,「実施例1と同様にして,ヒートポンプの運転を行
ったところ,実施例1とほぼ同様の結果が得られた。」との記載は,H
FO-1234yfをヒートポンプにおいて使用し得ることを確認した
記載であると解される。そうすると,甲1文献には,他の実施例に係る
化合物と異なり,HFO-1234yf自体の沸点及び臨界温度等の物
性値やヒートポンプにおいて使用した際のCOP及び冷凍能力について
具体的なデータは記載されていないものの,なお,分子式C 3 H m F n で示
される化合物に含まれる具体的化合物であるHFO-1234yfも,
実施例1の3,3,3-トリフルオロ-1-プロペン(HFO-124
3zf)と同様に,ヒートポンプにおける熱媒体として使用されるもの
であることが記載されているものと理解し得る。
また,「本発明で使用するC 3 H m F n で示される化合物…は,ヒートポ
ンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば,潤滑油との
相溶性,材料に対する非浸蝕性など)に関しても,問題はないことが確
認されている。」との記載から,甲1文献には,分子式C 3 H m F n で示さ
れる化合物と潤滑油を含む組成物として用いることも記載されていると
いうことができる。
そうすると,甲1文献には,「分子式:C 3 H m F n (ただし,m=1~
5,n=1~5かつm+n=6)で示され且つ分子構造中に二重結合を
1個有する有機化合物からなる熱媒体であって,該有機化合物は2,3,
3,3-テトラフルオロプロペンである場合を含む熱媒体と,ヒートポ
ンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油とからなる熱媒体組成物の,ヒート
ポンプにおける使用」という発明が記載されていると認められる。すな
わち,本件審決の甲1発明の認定に誤りはない。

(3) 原告の主張について
ア これに対し,原告は,甲1文献にはHFO-1234yfのヒートポン
プにおける使用は記載されておらず,また,甲1発明のヒートポンプは
空調装置を包含するものではない旨を主張する。
イ このうち,甲1文献にはHFO-1234yfのヒートポンプにおける
使用は記載されていないとの主張については,確かに甲1文献には実施
例5において使用された冷媒分子であるHFO-1234yfの物性値
等の具体的な記載はないものの,前記(1)のとおり,その性能については,
「実施例1とほぼ同様の結果が得られた」旨記載され,HFO-124
3zfと同程度であることが明示的に示されているのであるから,HF
O-1234yfも,HFO-1243zfと同様に,ヒートポンプに
おける使用に適することが理解できるものといえる。
したがって,この点に関する原告の主張は採用し得ない (なお,原告
は,実施例1の結果に誤りがある旨も指摘するが,この点については後
述する。)。
ウ 次に,甲1発明のヒートポンプは空調装置を包含するものではないとの
主張については,一般に,物又は空間の熱を奪い去ることにより周囲の
外気よりも低い温度に維持すること(冷凍)を実現する装置を冷凍機と
いい,他方,冷媒が凝縮するときに発生する熱を利用したものを狭義の
ヒートポンプというが,広義のヒートポンプには,加熱だけでなく冷却
のために用いるものも含まれ,ヒートポンプをルームエアコンや自動車
の空調装置として用いて暖房冷房の両方を行うことも周知であることを
考慮すると,「ヒートポンプ」は加熱用装置に限られるものではない。
また,甲1文献の実施例においては,ヒートポンプ用熱媒体の性能と
して,COP(=(h 1 -h 4 )/(h 2 -h 1 )),冷凍効果(=h1-
h4)及び冷凍能力を測定していることから,加熱ではなく冷却におけ

る性能を評価しているものといってよい。
さらに,甲1文献の「従来技術とその問題点」欄には「冷凍・空調設
備の普及に伴って,…フロンの使用および生産の規制は,居住環境をは
じめとして,現在の社会機構全般に与える影響が極めて大きい。従って,
オゾン層破壊問題を生じる危険性のない或いはその危険性の極めて小さ
い新たなヒートポンプ用の熱媒体(冷媒)の開発が緊急の課題となって
いる。」と記載されていることを考慮すると,甲1発明における「ヒー
トポンプ」は,加熱だけでなく冷却も行う「空調設備」を包含するもの
であることは明らかである。
したがって,甲1発明の「ヒートポンプ」は空調装置を包含するとす
る本件審決の認定に誤りはない。この点に関する原告の主張は採用し得
ない。
エ そうすると,この点に関する原告の主張はいずれも採用し得ず,本件審
決の判断に誤りはない。
(4) 以上より,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点の判断の誤り(1)-HFO-1234yfの沸点及び臨
界温度を技術常識として認定したことの誤り)について
(1) 本件審決は,「甲1及び甲5にもそれぞれ記載されている…とおり,H
FO化合物のうちハイドロフルオロプロペン化合物は,概ね-16~-1
7℃程度の沸点及び121~126℃程度の臨界温度を有し,特にHFO-
1234yfは,-29℃(244.9K)の沸点と97℃(370.4K)
の臨界温度を有するものである」ことを根拠の1つとして,HFO-123
4yfをカーエアコンの冷媒として選択することは,当業者が適宜なし得る
ことである旨判断した。
これに対し,原告は,根拠となる文献が甲5文献1つである上,その文
献も,アクセスし難いロシアの特許文献であることを指摘し,当該文献が技

術常識になることはない旨,及び,本件優先日当時,HFO冷媒分子の沸点
及び臨界温度については複数の文献が異なる値を報告することがあったこと
を指摘し,甲5文献のデータを信頼することはできなかった旨主張する。
(2) しかし,本件審決における上記記載部分の趣旨は,甲5文献だけでなく
甲1文献の記載と併せ,ハイドロフルオロプロペン化合物の沸点及び臨界温
度についての本件優先日当時における当業者の認識を示したものと理解し得
るのであって,甲5文献のみから技術常識を認定し,それに基づいて判断を
したものではない。また,HFO-1234yfの沸点及び臨界温度につい
て記載する文献が甲5文献というロシアの特許文献であるからといって,直
ちに,当業者の本件優先日当時における認識を示すものとして不適切であっ
たということもできない。
さらに,甲1文献及び甲5文献に記載された標準沸点や臨界温度の数値
はある程度近似したものであることを考慮すると,本件優先日当時,HFO
冷媒分子の沸点及び臨界温度について複数の文献が異なる値を報告すること
があったとしても,それらの数値は,甲1発明に係るHFO-1234yf
を自動車の空調装置の冷媒として選択可能か否かを判断する材料としては,
十分に信頼性のある数値ということができる。仮に,甲5文献を考慮しない
としても,甲1文献記載のC 3 H m F n で示される化合物の沸点及び臨界温度
に加え,同文献には,C 3 H m F n で示される化合物の沸点はCFC-12の
それに近く,CFC-12の熱媒体の使用条件下での使用に適している旨の
記載があること,CFC-12は自動車の空調装置用冷媒であることは周知
であること(甲16,弁論の全趣旨)に鑑みると,当業者において,HFO
-1234yfをCFC-12と同じ用途である自動車の空調装置用冷媒と
して用いることは,適宜なし得ることということができる。
(3) 以上より,この点に関する原告の主張は採用し得ず,本件審決の判断に
誤りはない。

したがって,取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(相違点の判断の誤り(2)-甲1文献の阻害事由の看過)
原告は,甲1文献記載の実施例1(HFO-1243zfを使用するもの)
の結果は誤っており,実際にはHFO-1243zfの能力はCFC-12の
約70%にすぎないから,「実施例1とほぼ同様の結果が得られた」との甲1
文献の記載によれば,当業者は,HFO-1234yfは「自動車の空調装置」
において使用される冷媒に適さないと結論付けるしかなく,甲1文献には本件
発明1に想到することの阻害事由がある旨主張する。
しかし,本件優先日当時の技術常識に照らし,甲1文献の上記結果の信用性
を疑うべき具体的な根拠は見出せないことに鑑みると,本件優先日当時,甲1
文献に接した当業者は,同文献記載のとおり,HFO-1234yfは,HF
O-1243zfと同様に,CFC-12を熱媒体として使用するヒートポン
プと同等以上の能力を得られると認識するものと見られる。仮に,本件優先日
当時,原告指摘に係るREFPROPソフトウェアによる計算を行うことが通
常であったとしても,甲1文献記載の実施例5のHFO-1234yfにつき
冷媒としての使用を検討する際には,端的にHFO-1234yfにつき計算
を行うものと思われるし,少なくとも,実施例1に係るHFO-1243zf
についてのみ計算を行い,実施例5に係るHFO-1234yfについては計
算を行わないままその能力について結論を出してしまうとは考え難いことから,
HFO-1243zfの計算値が実施例1の結果と異なっていたとしても,直
ちに,他の実施例について追加の確認を行うことなく甲1文献の記載全体の信
用性を疑うものと考えることはできない。その他HFO-1234yfを自動
車の空調装置における冷媒として使用することについての阻害事由となるべき
事由は,甲1文献中には見当たらない。
そうすると,甲1文献にはHFO-1234yfを「自動車の空調装置」に
おいて冷媒として使用することについての阻害事由があるとはいえず,この点

に関する原告の主張は採用し得ない。
したがって,取消事由4は理由がない。
5 取消事由5(相違点の判断の誤り(3)-予想外かつ顕著な効果の看過)につ
いて
(1) 原告は,本件審決は,HFO-1234yfのGWP及びODPの低さ,
能力及びCOPがHFC-134aのものとほぼ同等であること,低毒性及
び低燃焼性,圧縮機潤滑剤との混和性が優れていること,機器及び潤滑剤と
の安定性が優れていることといった予想外かつ顕著な効果を看過したもので
ある旨主張する。
(2)ア このうち,GWP及びODPの点については,甲1文献においても,
HFO-1234yfを含む分子式:C 3 H mF n で示される有機化合物か
らなる熱媒体はオゾン層破壊問題を生じる危険性がないか小さいことが記
載されていることから,HFO-1234yfのODPが低いことは,本
件優先日当時の当業者にとって予測可能であったと見られる。
また,本件優先日当時の技術常識(前記1(3)イ)に照らすと,本件優
先日当時,冷媒のGWPを測定することは,自動車の空調装置の場合に
限らず必須となっていたことがうかがわれること,甲1発明のヒートポ
ンプで使用されるHFO-1234yfのGWPは,ヒートポンプの具
体的な用途にかかわらず同じであることから,本件発明1においてHF
O-1234yfのGWPが低いことは,本件発明1の進歩性を基礎付
けるような,本件発明1に特有の効果ということはできない。
イ 能力及びCOPの点については,甲1文献には,COPに関してはCF
C-12と同程度,冷凍効果に関してはこれよりも高めの値を示すHF
O-1243zfとほぼ同様の結果をHFO-1234yfが示したこ
とが記載されており,また,本件優先日当時,CFC-12とHFC-
134aは同等の能力及び COPを示すことが知られていたことから

(甲68,74,弁論の全趣旨),当業者であれば,甲1文献の記載に
基づき,HFO-1234yfの能力及びCOPはHFC-134aと
ほぼ同等と見なせる範囲内であることが予測可能であったと考えられる。
ウ(ア) 低毒性の点については,確かに,本件明細書には,本件発明1にお
ける化合物に関する構造式,特に式Ⅱで示される化合物,中でも特にH
FO-1234yfを含む構造式によるものが低い毒性を示すことが記
載されている(【0020】,【0021】)。
しかし,本件明細書には,HFO-1234yfが,一般の冷媒に要
求される限度を超え,とりわけ自動車の空調装置に用いる冷媒に適した
低毒性を有し,その毒性試験の結果が顕著であることを具体的に記載し
た部分は見当たらない。甲24,36~38に基づくHFO-1234
yfの低毒性に関する原告の主張は,いずれも本件明細書に具体的に開
示されたものではないから(そもそも,甲37,38は本件優先日後の
文献である。),ここで参酌することはできない。
(イ) 低燃焼性の点については,確かに,本件明細書には,本件発明1に
おける可燃性低減方法(【0049】,【0050】)及び鎮火方法
(【0051】)に関する記載がある。
しかし,本件明細書には,HFO-1234yfの燃焼性に関する具
体的な実験結果は示されておらず,HFO-1234yfが,一般の冷
媒に要求される限度を超え,とりわけ自動車の空調装置に用いる冷媒に
適した低燃焼性を有することを具体的に記載した部分は見当たらない。
原告が言及する甲35に基づくHFO-1234yfの低燃焼性に関す
る主張は,本件明細書に具体的に開示されたものではないから(そもそ
も,甲35は本件優先日後の文献である。),ここで参酌することはで
きない。
(ウ) また,HFO-1234yfが有する毒性及び燃焼性に関する効果

は,いずれも,甲1発明においても奏される効果である。
(エ) そうすると,HFO-1234yfが有する毒性及び燃焼性に関す
る効果は,いずれも本件発明1特有の効果ということはできないから,
これらの点を本件発明1の進歩性を基礎付けるものとして理解するこ
とはできない。
エ 圧縮機潤滑剤との混和性,機器及び潤滑剤との安定性の点については,
確かに,本件明細書には,実施例2及び3において,HFO-1234
yfと同じく式Ⅱに含まれる化合物HFO-1225ye,HFO-1
234ze及びHFO-1243zfを使用して,混和性及び安定性に
ついて試験が行われたこと及びその結果が記載されており(【0061】
~【0069】),その結果からは,HFO-1234yfも,上記各
化合物と同程度の潤滑剤との混和性,安定性を有することがうかがわれ
る。
もっとも,甲1文献においても,「本発明で使用するC 3 H m F n で示さ
れる化合物…は,ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な
特性(例えば,潤滑剤との相溶性,材料に対する非浸蝕性など)に関し
ても,問題はないことが確認されている。」と記載されている。この甲
1文献に記載された効果との比較において,本件発明1のHFO-12
34yfが,潤滑剤との混和性,安定性に関して格別顕著な効果を有す
るとはいえない。
(3) 以上より,本件発明1は予想外かつ顕著な効果を奏するとはいえないか
ら,この点に関する原告の主張はいずれも採用し得ない。
したがって,取消事由5は理由がない。
6 取消事由6(相違点の判断の誤り(4)-不飽和化合物の使用に関する阻害事
由の看過)について
(1) 原告は,本件優先日当時,不飽和化合物に分類されるフッ素化オレフィ

ンは,飽和化合物と比較すると反応性が高く,安定性に欠け,及び/又は毒
性が高いと当業界では予測されていたから,HFO-1234yfの構造そ
のものが自動車の空調装置の用途の阻害事由である旨主張する。
(2)ア まず,フッ素化オレフィンの反応性,安定性の点につき,原告は,本
件優先日当時,不飽和分子タイプの反応性が懸念されていたことを示す証
拠として,甲22及び23の各文献の記載に言及する。すなわち,甲22
の文献においては「表2.R12の代替となる可能性のある流体混合物の
選択」と題する表に掲載された飽和及び不飽和の冷媒のうちフッ素を含む
不 飽 和 の 冷 媒 は 全 て コ メ ン ト 欄 に 「 反 応 性 ( Reactive ) 」 , 「 許 容
(Accepted)/拒絶(Rejected)」欄に「拒絶(R)」と記載され,また,
甲23の文献においては「二重結合の炭素原子を有する化合物及びアセト
ンに基づく化合物は,冷媒としては問題のある評価を有するものであ
る。」,「これらの化合物の安定性は,分子にフッ素を加えるにつれて減
少する。」と記載されている。
しかし,甲22には,その表2に掲載されていないもの(HFO-1
234yfは掲載されていない。)を含むフッ素化オレフィン全体が冷
媒として使用できない旨記載されているわけではない。また,甲23に
は,どの程度分子にフッ素を加えると冷媒として使用し得ないほど安定
性が減少するかについては記載されていない。
そうすると,上記各文献から,HFO-1234yf等の部分的にフ
ッ素化されたフッ素化オレフィンが,その具体的な構造に関わらず,お
よそ,自動車の空調装置の冷媒として使用できないほどの安定性しか有
しないことが示されているとは認められない。
イ 毒性の点については,原告は,本件優先日当時,フッ素化オレフィンに
毒性の懸念もあったことを示す証拠として,甲20,21及び23の各
文献の記載に言及する。すなわち,甲20の文献の記載によれば,飽和

フルオロカーボン及びフルオロハイドロカーボン冷媒中に不純物として
存在するオレフィン系不純物は有毒な場合があり,その含有量をできる
だけ下げることが必要とされている。また,甲23の文献の記載によれ
ば,二重結合の炭素原子を有する化合物は,完全にフッ素化するとより
高い毒性を有することが示されている。さらに,甲21(ただし,本件
優先日後の文献である。)の文献の記載によれば,飽和のフッ素化冷媒
の試験試料は,ハロゲン化された不飽和揮発性不純物を重量で40pp
m以上含むべきでないことが示されている。
しかし,上記各文献から,飽和のフルオロカーボンに含まれる不純物
ではなく,完全にフッ素化された不純物でもないHFO-1234yf
等のフッ素化オレフィンについて,その具体的な構造に関わらず毒性が
あることが示されているとは認められない。すなわち,上記各文献には
ある特定のフッ素化オレフィンについて安定性が低く毒性を有すること
が示されているものの,フッ素化オレフィンは,その具体的な構造に関
わらず,反応性及び毒性の面から自動車の空調装置の冷媒として使用で
きないことが当業者の共通の認識であったことまで示されているわけで
はなく,また,HFO-1234yfという個別の化合物について具体
的な懸念があったことが示されているわけでもない。
ウ 以上より,HFO-1234yfの反応性及び毒性という点において,
甲1文献に接した当業者が,同文献に「ヒートポンプ用の熱媒体に対し
て要求される一般的な特性…に関しても,問題はないことが確認されて
いる」,「(1)従来からR-12,R-22或いはR-502を熱媒
体として使用してきたヒートポンプと同等以上のサイクル性能が得られ
る。(2)熱媒体としての優れた性能のゆえに,機器設計上も有利であ
る。」との記載があるにもかかわらず,なおHFO-1234yfの反
応性及び毒性に懸念を有し,その自動車の空調装置の冷媒としての使用

を断念するであろうといえるような阻害事由があるとまではいえない。
また,そうである以上,温度の上昇に伴う反応速度の上昇により冷媒
と他の成分との望ましくない反応が促進され得ることを考慮しても,自
動車の空調装置での使用の場合,甲1文献において使用に適する凝縮温
度とされた30~60℃の温度範囲から5℃以上高い凝縮温度(自動車
の空調装置において少なくとも達し得るとされる凝縮温度)となる可能
性があるからといって, 直ちに,自動車の空調装置に適用するに当たっ
ての阻害要因があったということもできない。
(3) 以上より,不飽和化合物であるHFO-1234yfの構造そのものが
自動車の空調装置の用途の阻害事由であったとまでは必ずしもいえないので
あって,この点に関する原告の主張は採用し得ない。
したがって,取消事由6は理由がない。
7 結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第3部

裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦


裁判官 杉 浦 正 樹


裁判官 寺 田 利 彦

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