ホーム > IP Business Journal > ヤマハ株式会社 小杉直弘さん
世界的な楽器メーカーのヤマハが、海外でアグレッシブな知財活動を進めています。売上高に占める海外比率が今や7割に達するという同社は、従来の日本を中心とした出願戦略を「ドラスティックに方針転換」し、日本で出願したものはすべて海外でも出願するというほどの姿勢で取り組んでいるといいます。
今回は、レクシスネクシスとIP Forceのコラボ企画第一段として、ヤマハで知財をめぐる取組の最前線に立つ小杉直弘氏のインタビュー記事をご紹介します。
提供:LexisNexis
―― 御社の製品ラインナップを拝見しますと、技術的にさまざまなチャレンジがなされているようにお見受けします。今、楽器事業の技術動向はどのような状況なのでしょうか。
小杉さん楽器事業は当社の売上高構成の約6割を占めますが、実は楽器そのもの、とりわけアコースティック楽器(自然楽器)についての技術はほとんど確立していて、そうそう革新的な技術が出てくることはありません。電子ピアノ等の電子楽器や、売上の約3割を占める音響機器も含め、基礎的な開発テーマは概ね出尽くしており、コモディティ化がかなり進んでいます。したがって、応用技術・応用製品のアプローチでの開発が中心です。
―― 確立された技術を応用して、新しい価値を生み出す発想をするのは大変だと思いますが、何か工夫があるのでしょうか。
小杉さん最近の例では、電子楽器、ピアノ、AV機器など事業・製品別に部門が分けられていた組織体制を、開発・生産・営業の機能別組織に再編しました。各事業の開発部門を統合し各製品領域での知見を結集することで、また、既存の事業・製品という“枠”を越えることで、お客様に提案するための新たな価値(技術)をいち早く創造するのが狙いです。
加えて、より基礎的な研究開発に取り組む部門もあります。ここでは、顧客ニーズというよりは「こういう研究はヤマハでしかできないんじゃないか」「こういう技術を世の中に提示していくべきじゃないか」というシーズ志向の開発に取り組んでいます。たとえば、今、真剣に取り組んでいるのは音の解析です。
―― 解析というのは、「なぜこの音がこう聞こえるのだろう」というメカニズムですか。
小杉さんはい。一つの例として振動解析があります。例えばピアノやギターをポーンと弾いたときに、楽器のどこの部位がどれだけ震えているのか、その振動が音にどのように影響するのかを科学的に解析します。楽器は、その形状・構造や素材などが複雑に影響し合って音を発生しているわけですが、これらの解析結果を基に、より最適な楽器の開発につなげていきます。
実は、楽器の開発は、これまで勘と経験によるところが大きかったのですが、それをもっと科学的に解析し、音の本質を探求しようという取り組みであり、まだまだ研究の余地がある分野です。
知財では、これらの成果物を、特許よりは、むしろノウハウとして保護していくことになると思います。当社においても、これからは知財イコール特許ではなく、権利化すべきものと、そうでないものを上手く使い分けながら知的資産を適切に保護するアプローチが必要だと考えています。
―― AIを活用した技術開発にも取り組んでいらっしゃいますね。
小杉さんまだ基礎研究の段階ですが、第1弾として2年前に「人工知能合奏システム」という技術を発表し、東京藝術大学COI、そしてベルリンフィル・シャルーンアンサンブルと共同で演奏会を行いました。
当社のAIと自動演奏ピアノを用いて、ピアノの巨匠である故スヴャトスラフ・リヒテルの演奏を再現したものなのですが、シャルーンアンサンブルの演奏の仕方に応じて、自動演奏のテンポ、スピード、タイミングを、AIによって自動的にその場で調節するものでした。
―― つまり、AIと人間が、リアルタイムで互いに息を合わせながら自然な掛け合いができるということですか。それはすごいですね。
小杉さん昨年には、ダンサーの身体に複数のセンサーを付け、ダンサーが所定の動作をすることで、それに応じて自動演奏ピアノでフレーズが鳴るというシステムも発表しています。要するにダンサーが演奏者であり、ダンスをすることで演奏するということです。
これらのAIに関しては、まだ具体的な事業化の方向性が定まっているわけではありません。ただ、これらから得た知見を活かして、例えば楽器が苦手な人でも上手く演奏できるようになる、といったことが実現可能になると思います。
私たちは、演奏が得意な方から、そうでない方も含めて、もっともっとたくさんのお客様に楽器演奏を知っていただきたい、音楽を楽しんでいただきたいと思っています。そもそも、ヤマハは楽器を提供する会社ではなく、音楽という“体験”をお客様に提供する会社でありたいという思いがあります。