ホーム > 特別企画 シリーズ「特許庁に突撃!!」 > 「知財普及の取り組み」について、聞いてみた(後編)
特許庁の最近の取り組みについてインタビューする「特許庁に突撃!」シリーズ。第3回目は、知財普及と知財活用支援の取り組みについて聞いてきました。
国内企業の大多数を占める中小企業に寄り添い、その本音とニーズを引き出して支援にあたる、「普及支援課」のみなさんの活動を取り上げます。(前編はこちら)
インタビュアー:知財ポータルサイト IP Force 成田浩司
成田地域調整班は、知財を活用した中小企業支援や地域振興策の実施、そのための関係機関との連絡調整などを担っているとのお話でした。全国の経済産業局(経産局)にある知的財産室(知財室)との連携も、その一端なのですね。
赤穂さんそうですね。地域調整班が各地の経産局と連携して実施する大きなイベントとしては、先にも触れた「巡回特許庁」があります。
成田各地で開催している知財普及イベントですね。「巡回特許庁」というネーミングがすごく良いなと思っていました。
溝口さんもともとは、審査官が地域に出向いて行う出張面接審査のPRを目的に2015年に開始しました。そのうえでさらに、知財の普及啓発イベントも一緒にやっていこうということになり、今のような形になりました。
インタビューに協力してくれた総務部 普及支援課 地域調整班の溝口努さん
成田普及啓発イベントでは、最近はどんなことをやっていますか?
溝口さん知財を活用した地域ブランディングの成功事例や、身近な商品に使われている知財の実例などを紹介しています。会場に来てくれた人に、少しでも知財を身近に感じてもらえるきっかけになればと考えています。たとえば、岡山県で開催したイベントでは個別セッションの講演で、猫の「たま駅長」によるブランディングの事例を取り上げて、「実際、こういうブランディングで地域再生に成功したんですよ」と紹介したり、インスタントラーメンのヒット商品を取り上げて、「みなさんにとって身近な製品にも知財が使われているんですよ」といった話をしました。
成田やはり、そういう身近な事例を講演などで取り上げると、人は集まりますよね。聞きたいと思うだろうし。
溝口さんそうなんです。やはり知財というとどうしてもハードルが高くなってしまう部分があるので、イベントをするときはなるべく身近なテーマでプログラムをつくるようにしています。
先日、長崎県で巡回特許庁を開催したときも、地元の陶器である「波佐見焼(はさみやき)」のブランド化に向けた取り組みについて紹介したのですが、参加者から「地元の話を聞きたくてやってきた」という声が上がっていました。やはり皆さん、地元の話は気になるようですね。
鈴木さん地域でイベントを開催する一番の意味や狙いって、そこにありますよね。
溝口さん旭川市で開催した巡回特許庁では、デザインと知財をテーマにしたことで大きな反響がありました。もともと旭川市ではデザイン性の高い家具をつくる取り組みなどが進んでいた上、市を上げてデザイン分野に注力していた(※)背景がありました。そこで、市やデザイン協議会の人と協働し、巡回特許庁でデザインを絡めたイベントを行ったところ、集客が普段の2倍、3倍に達したのです。
開催後に地元担当者から聞いた話では、若い経営者層を中心に「知財って大事なんだなと認識した」という声や、「できれば知財に関するセミナーもしてほしい」といった声が上がったそうです。地域に根ざしたテーマを取り上げたことで、地元の人に「刺さった」のだと感じました。
「たま駅長」と小嶋光信 両備グループ代表兼CEO。赤字路線として廃線の危機にあった貴志川線を和歌山電鐵が引継ぎ、たま駅長という一匹の猫によってブランド化して再建、地域再生につなげた。2019年12月に岡山県で開催された「巡回特許庁」では、小嶋氏が、たま駅長によるブランディングと地域再生をテーマに講演した。(写真提供:和歌山電鐵)
成田(巡回特許庁のパンフレットを見ながら)岡山のイベントでは、駅前のイオンモールに近い会場だったのですね。一般のお客さんが来るような場所で開催しているのもおもしろいですね。
溝口さん通りすがりの人にもみてもらえる形にしています。
成田知財について認知してもらうためにも、会議場などでやるより、こうした商業施設でやるほうがよほど効果的かもしれませんね。毎回、参加者はどれくらい集まるのですか?
溝口さんだいたい、毎回100人〜200人ほどです。大阪のような大きな都市の場合は、200人〜300人ほど集まります。
成田各地でコンスタントにそれくらいの規模の集客を図るのはけっこう大変なのではないでしょうか。
赤穂さんこうしたイベントやセミナーを行うとき、特に、知財に馴染みのない方をターゲットにするときには、あまり知財ばかりを全面に押し出さず、たとえば、ビジネスと知財の関係をテーマにするなどの工夫をしています。知財が収益面でもたらす効果にフォーカスすることで、訴求効果もありますし、「知財について全然知らなかったが、取り組まなければならないことがわかった」という反応にもつながります。
成田なるほど。知財と聞くとそれだけで敷居の高さを感じて身構えてしまう中小企業の経営者は、まだまだ少なくなくないのでしょうね。収益への効果や、身近な事例や商品などを紹介することで、「自分たちにも関係のある話なのかもしれない」と思ってもらうことには、大きな意味があると思います。
ところで、巡回特許庁は年に何回くらい実施しているのですか。
溝口さん2019年度は10ヶ所で開催しました。だいたい北海道から沖縄まで、各地方で少なくとも年に1回は行うという形で展開しています。各地方における、まだ開催したことのない地域で行うという基本方針で、毎年度実施しています。日本地図を広げ、まだ実施していない場所を意識して地図を埋めていくというイメージです。
成田今後もしばらく続けていくのでしょうか。
溝口さん今後の開催内容などについては現在検討中ですが、私個人としては、こうした知財普及の取り組みは引き続きやっていきたいなという思いを抱いています。
成田全国各地の地域特性を考えてその都度内容を工夫するのは、なかなか大変な取り組みのように思われます。
溝口さん確かに、正解のない取り組みといえますので、頭を抱えることもあります。どんな内容ならばその地域の人たちに「刺さる」のかを追求するために、その地域でどんな産業が発展しているのか、その自治体が何に力を入れているのかといったところをみながら、一緒に地域を盛り上げていけるイベントを作り上げようと、取り組んでいます。
ただ、自分たちで調べる範囲には限界がありますし、それぞれの地域の雰囲気を知ることもとても重要です。そういうときは、各経産局にある知財室の担当者に、実際、その地域がどんな雰囲気なのかを尋ね、そうした情報も参考にしながら、地域の人々の視線に立って知財室の担当者とともにイベントの内容を考えるようにしています。
(※)旭川市は2019年10月31日、ユネスコが実施する「ユネスコ・クリエイティブシティーズネットワーク(ユネスコ創造都市ネットワーク)」へのデザイン分野での加盟を認定され、世界に40都市あるユネスコデザイン都市の一つとなりました。