ホーム > 特別企画 シリーズ「特許庁に突撃!!」 > 広報の人に聞いてみた(前編)
ここ数年、特許庁の対外的な活動が活発になってきていると感じませんか?
知財業界の中ではちょっとお堅いイメージのある特許庁。
なにか変わってきているような……。
そんな気になる特許庁の対外活動について、特許庁の人に話を聞いてきました。
インタビュアー:知財ポータルサイト IP Force 成田浩司
インタビューに協力してくれた特許庁 総務課 広報室 室長 清水祐樹(しみず ゆうき)さん。
2000年入庁。特許審査官・審判官として映像機器や移動体通信などを担当。国際課、企画調査課、外務省、審判課などを経て、2018年4月に広報室長就任。
※インタビューに答えていただいた方々、及び宗像前長官の役職は、取材時(2019年6月)のものです。
成田最近、特許庁の対外的な活動や情報発信が変わってきたという声を業界内でよく聞くようになっていまして、私もそのように感じています。その実情をぜひインタビューしたいと思い、本日はおじゃましまた。どうぞよろしくお願いします。
清水さんはい、よろしくお願いします。
成田まず、この1、2年の特許庁の広報活動の基本的な方針や取り組みについて教えてください。
清水さん特許庁の広報活動をどうしていくかという問題については、過去にも全庁的に議論したことがありました。その中でいくつかの課題が明らかになっていたのですが、どんな解決策を使えばよいかという結論までには至っていませんでした。そんな中、2017年7月の宗像直子長官の就任により、「特許庁のウェブサイトがわかりづらいので改善しよう」ということになり、解決策に関する議論が具体的に動き出したという経緯があります。
成田どのような議論や検討をしたのでしょうか?
清水さんどのユーザーにどのような情報が不足しているのか、そうしたユーザーにどのような情報を伝えたらいいかについて検討しました。また、そういったユーザーを対象に情報を発信するときに、伝えるべき情報を持っている各課と、ユーザーとの間のコーディネート機能を、我々広報室が果たす必要があるのではないかという点を議論しました。
成田情報元とユーザーとの間を上手につないでいこうということでしょうか?
清水さんはい。特許庁の施策を担当するそれぞれの課と違い、広報室自体は伝えるべき情報そのものは持っていません。そこに広報の業務の難しさがあるのですが、コーディネート機能の第一歩として、各課が持っている情報を、誰に、どんな手段を用いて、どう伝えていくかのアドバイスを強化しようと考えました。
成田具体的には?
清水さん各課へのアドバイスを模索する中で、私たちは特許庁の広報活動に2つの課題があることに気づきました。実は、これらの気づきには、ちょうど並行して庁内で取り組んでいた「デザイン経営」の影響があったのですが。
成田話題の「デザイン経営」ですね。特許庁の広報活動が変わってきた背景には何か大きな流れがあるのだろうと思っていたのですが、それがデザイン経営なのかもしれません。デザイン経営と広報との関係については後ほど詳しく聞かせてください。まず、その2つの課題について教えてください。
清水さん1つ目の課題は、ユーザー目線ではなく、供給者目線で情報を伝えようとしていたことでした。自分たちが考えた施策なのだから良いものに違いないし、厳密に正しく、できるだけ多くの情報を含むものを供給することが正しいという、与える側の目線でコンテンツを作っていたということです。ユーザーが情報を得やすくするためには、ユーザーの目線に立ち、その情報は何のために使えるものなのか、ユーザーにとって何がポイントなのかを考えながらコンテンツを作る必要があることに気づきました。
成田なるほど。2つ目の課題は?
清水さん2つ目の課題は、情報発信の際に、誰に伝えたいのかをあまり意識していなかったことでした。特許庁が伝える情報はプロ向けのものが多く、専門用語を使った文章が多いのですが、知財の経験が少ない中小企業や初心者向けの情報にも同じような言い回しを使っていました。たとえば、専門家ではない人に「拒絶理由通知」という言葉を補足説明なしに使うと、拒絶が確定したことを知らせる通知のことと誤解されるかもしれません。情報を伝える際には、相手が誰なのかを意識しなくてはいけないと気づいたのです。
成田それらの気づきや検討の結果を広報活動に生かす取り組みとして、まず特許庁のウェブサイトのリニューアルがあったのですね。
清水さん特許庁ウェブサイトについては、宗像長官からも使いづらく、欲しい情報に全然たどりつけないという指摘を受けていました。そこで、できるところから改善していくために、まずはトップページを改善し、その後でコンテンツの見直しと新コンテンツの開発を順次行うという、多段階のリニューアルを行うことにしました。トップページの改善では、利用者の多い検索窓を大きく配置し、利用頻度の高い検索ワードを検索窓の下に表示したり、アクセス数の多いサービスやメニューをページ上部にまとめたりするなどの工夫を凝らしました。また、コンテンツの見直しでは、ユーザーにとって使いやすいサイトを意識し、「とにかくクリック数を減らすこと」を前提にメニュー数やページ構造などを整理しました。
成田リニューアルしたウェブサイトをリリースしたのはいつですか?
清水さんトップページの改善は2017年12月に実施しました。その後、2018年9月のスタートアップ向けページ(後に「知財戦略×スタートアップ」にアップデート)のベータ版リリース、2018年10月のナビゲーションメニューを改善などを経て、構造の整理までの一連のリニューアルが一段落したのは2019年2月25日です。この日に、料金自動計算コンテンツ「料金をサクッと計算(ベータ版)」もリリースしています。
成田官庁のウェブサービスでベータ版をリリースするというのは、あまり聞いたことがありません。
清水さん特許庁でも初めての試みだと思います。さらに、初心者向けコンテンツ「スッキリわかる知的財産権」(2018年12月6日リリース)や「初心者のための電子出願ガイド」(2019年2月13日リリース)でもベータ版の提供を先に行いました。
成田ひと昔前は、省庁の発表する情報はどんなものであれ完璧でなければならないという考えがあって、ベータ版という試みもなかなかできないという事情があったように思います。よく許可が出ましたね。
清水さんなかなか難しいところもあります。法律や審査基準などに関する情報は、権利の有効・無効に関わるので、ベータ版を出すのは難しいと思います。しかし、知財に関する知識を広げたり、制度の利便性を高めたりするためのコンテンツの場合は、スピード感をもってどんどんやっていく姿勢が大事なのかもしれません。
スピード感について言えば、ベータ版で出したコンテンツにはスタートアップ向けのものもあるのですが、スタートアップは1年以内に次の資金調達に結び付けようというくらいのスピード感で動いています。そういう人たちに提供するサービスの場合、ニーズを知ってからサービスの提供まで2年、3年とかけていてはとうてい間に合いません。スピード感が必要なサービスは、どんどんアジャイル型(※)で開発していくことが必要なのではないかと考えています。
成田そういった方針を採用できる時点で、省庁らしくないというか、根本的に考え方を変えてきたのだなと感じます。まさに冒頭の清水さんの「特許庁は変わってきた」というお話の一端がここに表れているように思います。
※ アジャイル型――初めから厳密な仕様を決めず、仕様や設計の変更があることを前提に開発を進めていく手法。観察・仮説構築・試作・再仮設構築を反復することで、質とスピードの両取りを目指す。「アジャイル」は、「素早い」「機敏な」などの意。