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8月2日
9月11日(木)配信
前回は、2022年度に実施した「海賊版問題」をテーマとした啓発アニメ制作プロジェクトについてご紹介しました。今回は、その次のステップとして展開した2023年度の取り組み、高校「情報Ⅰ」の授業で活用できる産業財産権のアニメ教材制作プロジェクトについてお伝えします。
2022年度の海賊版問題に関する啓発アニメーション制作の経験から、私は、学生たちがコンテンツ制作を通じて同世代に向けて知財を伝える手法に一定の手応えを得ました。そして、このプロジェクトを発展させ、教育プログラムとして実施したいと考えるようになりました。実際に、プロジェクトを経験した学生たちからは「野田研究室でしかできない貴重な経験ができて嬉しかった」「自分たちで考えた作品が公開されて、全国のいろんなところから反響をいただけて感動した」「動画制作会社に委託したことでプロの動画制作の流れを学ぶことができて楽しかった」などの声が寄せられました。そこで、私はこのプロジェクトが啓発コンテンツというアウトプットだけでなく、むしろ取り組む学生たち自身の教育に有効であり、新しい教育手法になり得ると確信しました。制作の過程そのものが学生たちの学びになり、アウトプットは社会実装されて多くの人の学びを助けることになる、教育の循環モデルができるのではないかと考えました。
また、大分県の小さな短期大学であっても、デジタルコンテンツであれば全国に向けて成果を発信し、社会に影響を与えることができるという発見もありました。
ちょうどその頃、一般財団法人三菱みらい育成財団の教養教育プログラムとして本プロジェクトが採択され、高校「情報Ⅰ」に対応したアニメ教材を制作する機会を得ました。
当時は高校で「情報Ⅰ」が必履修化された直後のタイミングでもあり、現場では教員不足や教材不足など様々な課題が指摘されていました。「情報Ⅰ」にはテクノロジーに関する分野のみならず、情報モラルや情報セキュリティ、知的財産や情報デザインといった幅広い内容が盛り込まれています。特に知的財産に関する部分は、専門的な背景や日常との接点が伝わりづらいのではないかという懸念がありました。このコラムをご覧の皆様も、ご自身の専門分野を馴染みのない方に説明する難しさを感じた経験がおありではないでしょうか。
実際に教科書を取り寄せて見てみると、「産業財産権」についての記述はごくわずかで、それぞれの権利名称とその役割が簡単に触れられている程度でした。まだ社会に出る前の高校生が、日常生活やビジネスとの関係を想像し、制度の本質を理解するのは難しいと感じました。せっかく全高校生が産業財産権を学ぶ時代になったのに、「よく分からないし、なんだか難しそう」「暗記だけしておけばいい」となってしまってはもったいない! と強く思いました。そこで私たちは、特許権・実用新案権・意匠権・商標権という産業財産権が、高校生の日常生活や社会の中でどのように関わっているのかを、ストーリー形式でわかりやすく伝えることを目指しました。
まず、研究室のメンバーで高校の「情報Ⅰ」の教科書を読み合わせて記載内容を整理しました。さらに私の担当している授業の中で産業財産権の講義を1コマ実施し、その後に実施したアンケート調査を通じて、学生たちが印象に残った点を把握しました。そして、教科書の記載内容とアンケート結果をもとに、教材で盛り込むべきポイントを検討していきました。
また、産業財産権は「絶対的独占権」であるため非常に強い権利であること、その代わりに公開され調査が可能であること、J-PlatPatを使えば誰でも無料で調べられるということ。これらは、高校の教科書ではあまり触れられていないものの、私たちがどうしても伝えたかった重要な要素でした。
学生たちは、ディスカッションしながらキャラクターやストーリーを作り上げていった。教材制作において、学生たちは高校生にも感情移入しやすいキャラクターやストーリーを自ら考案し、シナリオを作成しました。産業財産権の解説において、「特許は発明を保護し…」「先願主義が……」といった話から入ると難解になりがちです。そこで私たちは、あえて意匠権の説明からスタートし、学生が自分ごととして理解できるようなストーリー構成にしました。また、ストーリーの軸となる仮想的な製品として、かわいい羽根型の耳栓「はねせん」をめぐる物語を描きました。この「はねせん」は、実は本学の卒業生が在学中にデザインパテントコンテストに応募した作品を元にしています。リアリティのあるモチーフが、制度の理解を助ける導入になりました。
シナリオのディスカッションでは、例えば、こんなことがありました。めまちゃんが「権利を取ったら〇〇が買えるかも?」と妄想するシーンを入れようという議論の中で、その「〇〇」を具体的に何にするか、「大好きな苺をたくさん?」「趣味の音楽機材?」「メンマ1年分?」などと議論が白熱し、次第に行き詰まってしまったのです。その時、ある学生がハッとしたように「セリフでは『好きなもの』とだけ言って、めまちゃんの背景に苺や機材、メンマが浮かんでいる、という見せ方にすれば良いんじゃないでしょうか?」と言いました。これにはメンバー全員が「確かに!」と賛同しました。ただの1シーンに過ぎませんが、シナリオの文字面だけを追って袋小路に入っていた議論が、映像作品ならではの表現方法に飛躍した瞬間だったと思います。私たちはこの経験から、ただ「字で考える」だけでなく「画で考える」こと、つまり物事を立体的に捉えることの重要性を学びました。
めまちゃんの妄想シーン。映像作品ならではの見せ方を工夫した。シナリオやキャラクターデザインは大学生主体で構成し、プロの動画制作会社に委託した後は、プロダクションにおける各工程で必ず全員が確認した上で修正案を出し、アニメーション作品として完成させていきました。文系・理系を問わず分かりやすく、親しみやすい動画に仕上がったと感じています。
本プロジェクトを通じて、研究室に新たなキャラクター「星野夜るな」ちゃんが誕生しました。彼女は、すでに登場していた星野夜めまちゃんのお姉ちゃんという設定で、産業財産権について詳しく丁寧に説明してくれる存在です。大分県の特許事務所に勤務しており、妹のめまちゃんとの会話を通じて、高校生に制度を自然に伝える役割を担っています。
るなちゃんの性格や口調、好みなどを学生たちが自由に設定し、キャラクターに命を吹き込む過程は、シナリオ制作の中でも特に盛り上がった場面でした。何度経験しても、このキャラクタークリエーションはとても新鮮で楽しい時間です。「るなちゃんだったら、こう言うんじゃない?」といった発言が飛び交うようになり、キャラクターを深く掘り下げることで、自然なセリフが生まれ、物語にリアリティが生まれていきました。
ちなみに、少しだけ裏話をすると、るなちゃんはプロジェクトを開始した当初は別の名前に設定されていました。しかし、秋から新しくメンバーに加わった1年生が、その名前では他のアニメ作品とイメージが重なってしまうということに気付き、話し合いを経て現在の名前に改められました。こうしたやり取りも、学生たちが主体的に関わっていることの証だと感じています。結果的に「るな」という名前は「月」を想起させる素敵な名前で、「星野夜」のイメージにもぴったりだと思います。
るなちゃんのキャラクタークリエーションは新鮮で楽しい時間だった。キャラクターイメージ1
キャラクターイメージ2
キャラクターイメージ3
るなちゃんのキャラクターを深く掘り下げることで、物語にリアリティが生まれた。この取り組みは、高校の授業で使える教材を届けることのみならず、制作した大学生にとって最高の「学びの場」となりました。これまで「学ぶ側」だった学生たちが、高校生に「伝える側」に立ったとき、その意識は大きく変わりました。「自分たちが本当に理解していないと、分かりやすくは伝えられない」という責任感が、学生たちの学びをより一層、真剣なものへと変えたのだと思います。メンバー同士で「どう表現すれば、面白さが伝わる?」と議論を重ねるうちに、産業財産権は単なる暗記対象の「遠い制度」から、自分たちのアイデアや日常と繋がっている「自分ごと」へと変わっていきました。
また、複雑な制度を自分の言葉で噛み砕き、ストーリーに落とし込むプロセスを通じて、学生たちは人に分かりやすく説明する力を確実に身につけていきました。この教えるための学びこそ重要ではないでしょうか。特に知財のテーマはこの循環モデルととても相性が良いと感じています。
完成した教材は、高校の授業でも使いやすいよう約13分30秒の動画となっています。動画の尺は、県内の高校で「情報」を担当していらっしゃる先生のご助言に基づきました。また、高校の先生が動画を止めて解説を入れやすいように、適度にチャプター分割する構成としています。
【情報Ⅰ】お姉ちゃん教えて!産業財産権ってなに!?【星野夜めま🌃🌙】
現在では実際に活用してくださっている高校もあり、授業後のアンケートでは「難しい制度がストーリーでわかった」「アニメ教材で日常的な例を出してくれているのがわかりやすくて良かった」などの声が寄せられ、嬉しい限りです。
この動画には、大分らしいポイントがいくつか出てきます。
星野夜るなちゃんのキャラクターボイスは大分県ご出身の真野美月さんに担当していただけることになり、キャスティングの点でも姉妹揃って大分らしさを演出することができました。また、商標権のパートでは、めまちゃんが大好きな苺の「ベリーツ」*1 が出てきますし、めまちゃんが入りたいと思っている大学のイメージとして、本学の正門らしき背景も登場します。ぜひ見つけてみてくださいね。
*1:大分県で生まれたブランドいちご
■筆者プロフィール
著者:野田 佳邦
大分県立芸術文化短期大学 情報コミュニケーション学科 准教授
知的財産支援室 次長/情報メディア教育センター 次長
一般社団法人知財教育デザイン協議会 代表理事
弁理士(特定侵害訴訟代理業務付記)/ビジネス著作権検定上級
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大分県生まれ。大阪大学大学院情報科学研究科修士課程修了(修士(情報科学))。その後、特許庁でIT分野の特許審査業務などの知財行政に従事。在職中、弁理士試験やビジネス著作権検定上級に合格するとともに、経営学修士課程を修了(修士(経営学))。故郷である大分県に貢献したいという強い思いがあり、2015年より大分県立芸術文化短期大学に着任。大分県知財戦略推進会議副議長、一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)「10代のデジタルエチケット」教育コンテンツ検討委員、一般財団法人工業所有権協力センター(IPCC)特許検索競技大会実行委員、大分市DX推進アドバイザー、公益財団法⼈ハイパーネットワーク社会研究所共同研究員などを務める。近年は、学生参加型のアニメ教材制作プロジェクトなど、ポップカルチャーやデジタルコンテンツを取り入れた教育活動を展開している。
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