【課題】被覆防食された鋼製矢板の表面を保護する保護カバーの取り付けが容易で、且つ保護カバーの脱落が起こり難く、防食性能を長期間安定的に発揮することができる被覆防食構造及び保護カバー取付け具を提供すること。
【解決手段】保護カバー取付け具5Aは、鋼製矢板20の表面に固定された支持基材5と、固定孔50に埋設された埋設部6A及び突出部6Bを有し、突出部6Bが保護カバー4の表面から突出しているボルト6と、保護カバー4の表面より外側にて突出部6Bに螺合されているナット7とを具備する。ボルト6は、該ボルト6の圧入によって塑性変形した固定孔50の開孔周縁部による埋設部6Aの締め付けによって、支持基材5に固定されている。
鋼製矢板の表面を被覆する防食材と、該防食材を被覆する保護カバーと、該保護カバーを該鋼製矢板の表面側に固定する保護カバー取付け具とを具備する、鋼製矢板の被覆防食構造であって、
前記保護カバー取付け具は、鋼製矢板の表面に固定された支持基材と、該支持基材を厚さ方向に貫通する固定孔に埋設された埋設部及び該支持基材の表面から突出する突出部を有し、該突出部が前記保護カバーの取付け孔を貫通して該保護カバーの表面から突出しているボルトと、該保護カバーの表面より外側にて該ボルトの突出部に螺合されているナットとを具備し、
前記ボルトは、該ボルトの圧入によって塑性変形した前記固定孔の開孔周縁部による前記埋設部の締め付けによって、該支持基材に固定されている、鋼製矢板の被覆防食構造。
前記埋設部に、前記ナットによる前記ボルトの締め付けを行ったときに該ボルトの回転を阻止する回り止め手段が配されている請求項1又は2に記載の鋼製矢板の被覆防食構造。
前記支持基材が圧延鋼材であり、前記ボルトが、クロムモリブテン鋼、ニッケルクロムモリブテン鋼又は冷間圧造用ボロン鋼である請求項1〜3の何れか1項に記載の鋼製矢板の被覆防食構造。
前記ボルトを引張速度1mm/分で前記支持基材から離れる方向に引っ張ったときの引張強度が30.0kN以上である請求項1〜6の何れか1項に記載の鋼製矢板の被覆防食構造。
鋼製矢板の表面を防食材で被覆し、該防食材を保護カバーで被覆する防食施工法において、該鋼製矢板の表面側に該保護カバーを取り付けるのに使用され、該鋼製矢板の表面に固定される支持基材と、該支持基材を厚さ方向に貫通する固定孔に埋設された埋設部及び該支持基材の表面から突出する突出部を有するボルトとを具備する保護カバー取付け具であって、
前記ボルトは、該ボルトの圧入によって塑性変形した前記固定孔の開孔周縁部による前記埋設部の締め付けによって、該支持基材に固定されている保護カバー取付け具。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき図面を参照して説明する。
図1〜
図3には、本発明の鋼製矢板の被覆防食構造の第1実施形態である被覆防食構造1A、
図4及び
図5には、被覆防食構造1Aを構成する保護カバー取付け具5Aが示されている。被覆防食構造1Aは、海岸沿いの岸壁100に設置された護岸用の鋼製矢板20の被覆防食構造であり、鋼製矢板20の表面を被覆する防食材2と、防食材2を被覆する保護カバー4と、保護カバー4を鋼製矢板20の表面側に固定する保護カバー取付け具5Aとを具備する。保護カバー4は、被覆防食構造1Aの海側の最表面を形成している。
【0013】
鋼製矢板20は、ウェブ部21及びその両端のフランジ部22を有するいわゆるU形鋼製矢板であり、複数の鋼製矢板20が、それぞれのフランジ部22の先端に形成された継手部23によって互いに連結されて連壁を形成し、その連壁の状態で岸壁100の側面に設置されている。複数の鋼製矢板20はそれぞれ地盤に打ち込まれ、地表面から立設している。尚、本発明に係る鋼製矢板には、土止めや水止めなどを目的として護岸・防波堤・止水壁などに用いられる鋼製の矢板全般が含まれ、図示の如きU形鋼製矢板に限定されず、例えば、ハット形、Z形、H形、直線形の鋼製矢板、鋼管矢板、H形鋼及びL形鋼が含まれる。
【0014】
被覆防食構造1Aにおいては、
図2及び
図3に示すように、鋼製矢板20の表面(海側の面)の全域に、シート状、ペースト状又はテープ状の防食材2が固着されている。防食材2と保護カバー4との間には緩衝材3が介在配置され、これにより、防食材2の鋼製矢板20に対する密着性が確保されている。
【0015】
保護カバー取付け具5Aは、
図4及び
図5に示すように、一方向に長い帯状の支持基材5と、支持基材5を厚さ方向に貫通する固定孔50に埋設された埋設部6A及び支持基材5の表面5aから突出する突出部6Bを有するボルト6とを具備する。支持基材5には、支持基材5を厚さ方向に貫通する固定孔50が支持基材5の長手方向(
図4の上下方向)に複数間欠配置されており、1個の固定孔50に1個のボルト6が挿入(圧入)され固定されている。固定孔50は平面視において円形状をなしている。
【0016】
被覆防食構造1Aは、
図3に示すように、保護カバー4の表面より外側にてボルト6の突出部6Bに螺合されているナット7を具備する。ナット7と保護カバー4との間には、ナット7に当接する平面視環状のワッシャー(平座金)8と、保護カバー4に当接する平板状の当て板9とが介在配置されている。当て板9よりも外側に突出している部分、具体的には、ワッシャー8、ナット7及びボルト6の突出部6Bの先端部は、ボルトキャップ10で一体的に被覆されている。
【0017】
支持基材5は、
図4及び
図5に示すように、鋼製矢板20に固定される裏面5bと、該裏面5bとは反対側に位置する表面5aとを有する。被覆防食構造1Aにおいては、支持基材5は、
図3に示すように、鋼製矢板20の継手部23の表面に固定されており、継手部23の長手方向(
図3が記載された紙面の垂直方向)に延びている。
図4に示すように、支持基材5における、各ボルト6を挟んで支持基材5の長手方向の一方側及び他方側それぞれにおける該ボルト6の近傍には、支持基材5を厚さ方向に貫通する溶接用孔51が形成されている。溶接用孔51は、支持基材5を鋼製矢板20の表面に固定するのに利用される。具体的には、鋼製矢板20(継手部23)の表面に支持基材5の裏面5bを当接させた状態で、溶接用孔51の内周縁に溶接を施すことにより、支持基材5が鋼製矢板20の表面に固定されている。
【0018】
ボルト6は、
図6に示すように、一側に表面60a、他側に座面60bを有する頭部60と、頭部60に接続され頭部60よりも小径の軸部61とを有する。頭部60は、ボルト6において直径が最大の部分であり、
図6(b)に示す如き平面視において円形状をなしている。軸部61は筒状をなし、その軸方向Xの一端が頭部60の座面60bの中央に接続されている。
【0019】
軸部61は、相対的に頭部60から遠くに位置し、外周部にらせん状に溝が形成されたねじ部62と、相対的に頭部60から近くに位置し、最大径がねじ部62の最大径と同じか又はそれよりも大きい環状突部63と、環状突部63と頭部60との間に位置する溝部64とを有する。ここでいう、ねじ部62の最大径は、具体的には、ねじ部62の外周部におけるねじ溝とねじ溝との間に位置するねじ山の頂部での外径を意味する。被覆防食構造1Aにおける環状突部63は、
図6(a)に示すように、ねじ部62の最大径よりも外径が大きく、ねじ部62よりも径方向外方に突出している。
【0020】
被覆防食構造1Aにおいては、
図5に示すように、ボルト6の埋設部6Aに、ボルト6に螺合されているナット7によるボルト6の締め付けを行ったときにボルト6の回転を阻止する回り止め手段65が配されている。回り止め手段65は、
図6(a)に示すように、ボルト6の溝部64に配されている。より具体的には、回り止め手段65は、軸部61と同軸の環状部材であり、頭部60の座面60bに固定されている。回り止め手段65は溝部64よりも軸方向Xの長さ(厚さ)が小さく、従って、回り止め手段65と環状突部63との間には、溝部64における回り止め手段65の非配置部が存している。回り止め手段65の外径(最大径)は、頭部60よりも小さく、環状突部63よりも大きくなされている。
【0021】
被覆防食構造1Aにおける回り止め手段65は、
図6(b)に示すように、外周部に、周辺部よりも径方向外方に突出する平面視四角形形状の突起65aを複数(図示の形態では12個)有し、その複数の突起65aは回り止め手段65の周方向に間欠配置されている。回り止め手段65の外周部において、突起65aと、該突起65aよりも径方向内方に窪んだ非突起配置部65bとが交互に配置されている。
【0022】
尚、本発明において、回り止め手段65の形状、例えば突起65aの形状、数、配置パターンは図示のものに限定されず、ナット7によるボルト6の締め付け時にボルト6の回転を阻止し得る形状であればよい。回り止め手段65の他の形態として、外周部に公知のローレット加工が施されたものが挙げられ、そのローレット加工部としては、例えば、ボルト6の軸方向Xに延びる細幅(具体的には例えば0.63〜1.81mm)の凹凸(筋)が周方向に交互に形成されているものが挙げられる。
【0023】
被覆防食構造1Aにおいては、前述したように、鋼製矢板20における継手部23の表面に、複数のボルト6が長手方向に間欠配置された支持基材5が溶接にて固定され、その固定された支持基材5の表面5aよりも外側に、該表面5aに近い順に、防食材2、緩衝材3、保護カバー4、当て板9、ワッシャー8が順次積層されていると共に、各ボルト6の表面5aからの突出部6Bがこれらの積層物を厚み方向に貫通しており、且つ該突出部6Bの先端部に螺合されたナット7の締め付けによって、該積層物が支持基材5側に押圧され、支持基材5とナット7との挟まれた部分が互いに密着した状態となっている(
図3等参照)。
【0024】
被覆防食構造1Aの主たる特徴の1つとして、保護カバー取付け具5Aにおいて、ボルト6が、該ボルト6の圧入によって塑性変形した固定孔50の開孔周縁部による該ボルト6の埋設部6Aの締め付けによって、支持基材5に固定されている点が挙げられる。被覆防食構造1Aにおける埋設部6Aは、
図5に示すように、頭部60及び溝部64を含んでいる。より具体的には、ボルト6における、環状突部63の最大径を有する部分よりも頭部60側の部分が埋設部6Aであり、この埋設部6Aの外周部の凹凸形状に、固定孔50の開孔周縁部即ち塑性変形部が係合し密着している。また、ボルト6の頭部60の表面60aと支持基材5の裏面5b即ち鋼製矢板20との固定面とが面一になっている。
【0025】
保護カバー取付け具5Aにおけるボルト6の支持基材5に対する固定は、前記の支持基材5の塑性変形部によるボルト6(埋設部6A)の締め付けのみであり、ボルト6は支持基材5に対して溶接されていない。即ち保護カバー取付け具5Aには、
図11に示す溶接部93の如き、支持基材5とボルト6とを接合する溶接部は形成されていない。ここでいう「溶接」とは、支持基材5とボルト6とを溶融一体化させることを意味する。
図11に示す溶接部93においては、フラットバー(支持基材)91及びボルト92の少なくとも一方が加熱されるなどして溶融し固化した状態となっている。
【0026】
図7には、保護カバー取付け具5Aの製造において、支持基材5の固定孔50にボルト6を圧入する過程が示されている。先ず、
図7(a)に示すように、支持基材5の固定孔50に、支持基材5の裏面5b側即ち鋼製矢板20との固定面側からボルト6の軸部61が挿入される。軸部61のねじ部62のねじ山の外径は固定孔50の開孔径よりも小さいため、ねじ部62は固定孔50を通過できるが、ねじ部62に続く環状突部63の外径(最大径)は固定孔50の開孔径よりも大きいため、
図7(a)に示すように、ボルト6における環状突部63よりも頭部60側の部分は固定孔50に挿入困難となる。
【0027】
次いで、
図7(a)に示す状態から、プレス機などの押圧手段90で頭部60側からボルト6を押圧すると、環状突部63が固定孔50の開孔周縁部を押し拡げながらその内部に圧入され、
図7(b)に示すように、頭部60の表面60aと支持基材5の裏面5bとが面一になったところで、斯かるボルト6の圧入作業が完了し、ボルト6が支持基材5に固定される。
【0028】
斯かるボルト6の固定状態においては、
図5にも示すように、環状突部63が、支持基材5の表面5aと同位置か又はその近傍に位置し、頭部60、溝部64及び回り止め手段65が埋設部6Aとなる。そして、埋設部6Aを包囲する固定孔50の開孔周縁部(固定孔50を画成する壁部)が、埋設部6Aによる径方向外方への外力及び厚み方向への圧縮力を受けて塑性変形し、その塑性変形部の一部が、埋設部6Aにおいて外径が最も小さい部分である溝部64に食い込む。保護カバー取付け具5Aにおいては、溝部64の一部に回り止め手段65が配されているので、この支持基材5の塑性変形部は、溝部64のみならず、回り止め手段65の外周部の非突起配置部65bにも食い込む。こうして、ボルト6は、該ボルト6の圧入によって塑性変形した固定孔50の開孔周縁部による該ボルト6の埋設部6Aの締め付けによって、支持基材5に強固に固定される。
【0029】
このように、保護カバー取付け具5Aにおけるボルト6の支持基材5に対する固定が、両部材5,6の溶接ではなく、支持基材5の塑性変形部によるボルト6の締め付けであることにより、溶接固定を採用した場合の課題を解消しながらも、ボルト6を支持基材5に強固に固定することができる。
両部材5,6を溶接した場合には、例えば、その溶接部がナット7による締め付けによって破壊され、保護カバー4の脱落に繋がることが懸念されるが、両部材5,6の溶接固定を採用していない保護カバー取付け具5A(被覆防食構造1A)においては斯かる懸念が払拭されている。
また一般に、ボルトの溶接作業の成否は作業者の熟練度や技量に依るところが大きく、両部材5,6を溶接した場合には、ボルト6の垂直精度が悪いが故の保護カバー4の施工性の悪さが問題となり得るが、保護カバー取付け具5Aにおけるボルト6の支持基材5に対する固定は、前述した通り、支持基材5の固定孔50にボルト6を圧入埋設するだけの比較的簡単な作業で実施可能なものであり、作業者の熟練度や技量の影響を受けにくいため、被覆防食構造1Aにおいては、ボルト6の垂直精度が従来の溶接固定に比して向上しており、それに伴って保護カバー4の取り付け精度も向上している。
また一般に、溶接部の欠陥の有無の検査には探傷器などの専用の検査器が必要であるため、保護カバー取付け具が溶接部を具備している場合にはその製品検査に比較的手間がかかるが、保護カバー取付け具5Aは溶接部を具備しておらず、支持基材5におけるボルト6の固定部分を目視観察するだけの簡単な作業でボルト6の固定不良を確実に発見できるので、比較的簡易な製品検査で済み、製造コストなどの面でも有利である。
【0030】
また、保護カバー取付け具5Aにおいては、前述した通り、ボルト6の埋設部6Aが回り止め手段65を含んでいるため、ナット7でボルト6を締め付けた際の該ボルト6の回転が阻止され、これによりナット7の締め付けトルクを向上させやすく、保護カバー4の保護カバー取付け具5Aに対する固定が一層強固なものとなり得る。また前述した通り、埋設部6Aを締め付けている支持基材5の塑性変形部が回り止め手段65と係合するので、回り止め手段65が配されていない場合に比して、ボルト6の固定が一層強固なものとなり、ボルト6の抜けや倒れといった不具合が一層効果的に抑制される。
【0031】
前述した、支持基材5の塑性変形部によるボルト6の締め付け固定をより強固なものとする観点から、各部の寸法等は下記のように設定することが好ましい。
固定孔50の孔径(直径)50R(
図7(a)参照)に対する、ボルト6の頭部60の外径(最大径)60R(
図6(a)参照)の割合は、60R/50Rとして、好ましくは1.06以上1.66以下、さらに好ましくは1.27以上1.60以下である。
固定孔50の孔径(直径)50Rに対する、ボルト6の環状突部63の外径(最大径)63R(
図7(a)参照)の割合は、63R/50Rとして、好ましくは1.00以上1.20以下、さらに好ましくは1.05以上1.13以下である。
固定孔50の孔径(直径)50Rに対する、ボルト6の溝部64の外径(最小径)64R(
図6(a)参照)の割合は、64R/50Rとして、好ましくは0.63以上0.90以下、さらに好ましくは0.72以上0.90以下である。
固定孔50の孔径(直径)50Rに対する、ボルト6の回り止め手段65の外径(最大径)65R(
図6(a)参照)の割合は、65R/50Rとして、好ましくは1.03以上1.65以下、さらに好ましくは1.12以上1.40以下である。
【0032】
ボルト6のねじ部62は、ナット7と螺合する部分であり、ねじ部62の外径は、好ましくは10mm以上16mm以下である。
固定孔50の孔径(直径)50R(
図7(a)参照)は、ねじ部62の外径に、好ましくは0.00mm以上0.08mm以下、さらに好ましくは0.02mm以上0.06mm以下を加えた範囲である。例えば、ねじ部62の外径が12.00mm(M12)であるとき、固定孔50の孔径(直径)50Rは、好ましくは12.00mm以上12.08mm以下、さらに好ましくは12.02mm以上12.06mm以下である。
頭部60の外径(最大径)60R(
図6(a)参照)は、ねじ部62の外径に、好ましくは1.00mm以上6.50mm以下、さらに好ましくは4.50mm以上6.00mm以下を加えた範囲である。例えば、ねじ部62の外径が12.00mm(M12)であるとき、頭部60の外径(最大径)60Rは、好ましくは13.00mm以上18.50mm以下、さらに好ましくは16.50mm以上18.00mm以下である。頭部60は、ボルト6の最大径を有する部分である。
環状突部63の外径(最大径)63R(
図7(a)参照)は、ねじ部62の外径に、好ましくは0.00mm以上2.00mm以下、さらに好ましくは1.00mm以上2.00mm以下を加えた範囲である。例えば、ねじ部62の外径が12.00mm(M12)であるとき、環状突部63の外径(最大径)63Rは、好ましくは12.00mm以上14.00mm以下、さらに好ましくは13.00mm以上14.00mm以下である。
溝部64の外径(最小径)64R(
図6(a)参照)は、ねじ部62の外径に、好ましくは−3.70mm以上−1.60mm以下、さらに好ましくは−2.70mm以上−1.60mm以下を加えた範囲である。例えば、ねじ部62の外径が12.00mm(M12)であるとき、溝部64の外径(最小径)64Rは、好ましくは8.30mm以上10.40mm以下、さらに好ましくは9.30mm以上10.40mm以下である。
回り止め手段65の外径(最大径)65R(
図6(a)参照)は、ねじ部62の外径に、好ましくは0.50mm以上6.50mm以下、さらに好ましくは2.00mm以上4.00mm以下を加えた範囲である。例えば、ねじ部62の外径が12.00mm(M12)であるとき、回り止め手段65の外径(最大径)65Rは、好ましくは12.50mm以上18.50mm以下、さらに好ましくは14.00mm以上16.00mm以下である。
ボルト6の軸方向の長さは、ボルト6が貫通する支持基材5、防食材2及び保護カバー4などの厚さに応じて適宜設定すればよいが、30mm以上80mm以下が好ましい。
【0033】
同様の観点から、支持基材5としては圧延鋼材、即ち圧延機を使って塑性変形を加えて生産された鋼材が好ましく、また、ボルト6としては、クロムモリブテン鋼、ニッケルクロムモリブテン鋼又は冷間圧造用ボロン鋼(以下、「特定ボルト用鋼材」ともいう)が好ましい。圧延鋼材は比較的塑性変形しやすく、また、前記特定ボルト用鋼材は比較的機械的強度が高く靱性を有し、且つ溝加工等の加工性が良好という特性を有する。従って、支持基材5及びボルト6としてこれらの組み合わせを用いることで、圧延鋼材からなる支持基材5が、前記特定ボルト用鋼材からなるボルト6に比して塑性変形しやすいものとなり、ボルト6(埋設部6A)の固定孔50への圧入によって生じた支持基材5の塑性変形部が、ボルト6(埋設部6A)の外周部により強固に密着係合するため、ボルト6の支持基材5に対する固定がより強固なものとなる。
【0034】
支持基材5としては、当該技術分野において通常用いられる各種の鋼材を特に制限なく用いることができる。好ましい支持基材5として、「鋼板、鋼帯、平鋼若しくは形鋼又はこれらの加工物」(以下、「特定支持基材用鋼材」ともいう)を例示できる。保護カバー4の取り付け精度やその作業効率の向上の観点からは、支持基材5に固定されているボルト6の軸方向が、該支持基材5が固定されている鋼製矢板20の法線方向Y(
図2等参照)と直交する方向に一致していることが好ましいところ、支持基材5が前記特定支持基材用鋼材であると、前記特定支持基材用鋼材がボルト6を直立固定可能な平面を有し、且つその平面が法線方向Yと平行となるように、支持基材5を鋼製矢板20の表面に固定できるため、支持基材5が固定される鋼製矢板20の表面が平坦でない場合、例えば凹状に窪んでいる形態、あるいは被固定物(支持基材5)側に対して凸状に湾曲している形態であっても、ボルト6の軸方向を法線方向Yと直交する方向に一致させることができる。法線方向Yは、鋼製矢板20の幅方向であり、防波堤、岸壁などの構造物の延長方向(長手方向)である。
【0035】
前記特定支持基材用鋼材のうち、鋼板、鋼帯、平鋼又はこれらの加工物は、支持基材5が固定される鋼製矢板20の表面が法線方向Yと略平行となる場合、より具体的には、鋼製矢板20の表面と法線方向Yとのなす角度が5度以下の場合に用いることが好ましく、具体的には例えば、FSP型式のU形鋼製矢板における連結部、ハット形、Z形、H形、直線形の鋼製矢板、H形鋼及びL形鋼などに用いることが好ましい。
【0036】
また、前記特定支持基材用鋼材のうち、下記1)〜3)の鋼材は、それぞれ、支持基材5が固定される鋼製矢板20の表面が法線方向Yと平行でない場合、より具体的には、鋼製矢板20の表面と法線方向Yとのなす角度が5度以上の場合に用いることが好ましく、具体的には例えば、YSP型式のU形鋼製矢板における連結部などに用いることが好ましい。1)形鋼又は形鋼を加工した鋼材。2)鋼板、鋼帯及び平鋼のうちの1種を折り曲げ、且つその折り曲げ部に所要角度設けてなる鋼材。3)鋼板、鋼帯、平鋼及び形鋼のうちの1種又は2種以上を複数接合し、且つその接合部に所要角度設けてなる鋼材。
【0037】
支持基材5の厚さ5T(
図4参照)は、ボルト6の固定性と保護カバー取付け具5Aのハンドリング性とのバランスの観点から、好ましくは4mm以上20mm以下、さらに好ましくは4mm以上10mm以下である。ボルト6の抜けや倒れといった不具合の防止や支持基材5の強度向上の観点からは、支持基材5の厚さが厚い方が好ましいが、支持基材5の厚さが厚すぎると、支持基材5の重量増大を招く結果、保護カバー取付け具5Aのハンドリング性が低下し、被覆防食構造1Aの施工性が低下するおそれがある。
【0038】
支持基材5の幅、即ち支持基材5の法線方向Yの長さは、支持基材5を配設する部位に応じて設定することができるが、支持基材5の固定のし易さ、支持基材5が固定される鋼製矢板20の形状、防食材2及び保護カバー4の重量などを考慮すると、支持基材5が、前記特定支持基材用鋼材のうちの鋼板、鋼帯、平鋼又はこれらの加工物である場合は、10mm以上80mm以下が好ましい。また、支持基材5を構成する形鋼としてL字形断面形状の山形鋼を用いる場合には、該山形鋼の幅(法線方向Yの長さ)は、25mm以上90mm以下が好ましい。
【0039】
支持基材5における固定孔50のピッチ50P(
図4参照)、即ちボルト6のピッチ(支持基材5の長手方向に隣り合うボルト6,6の軸芯どうしの間隔)は、鋼製矢板20の寸法、形状、ボルト6におけるねじ部62の外径、防食材2及び保護カバー4の重量などに応じて適宜設定することができる。固定孔50のピッチ50Pは、例えば40mm以上500mm以下の範囲で設定することができる。
【0040】
ボルト6としては、クリンチングスタッド、セルフクリンチングスタッド、プレススタッド又はセルスタッド(登録商標)などとも呼ばれる、圧入型スタッドが好ましく用いられる。ボルト6(圧入型スタッド)の形成材料については前述した通りである。
【0041】
被覆防食構造1Aにおいて、ナット7の締め付けトルクは、好ましくは60N・m以上140N・m以下、さらに好ましくは80N・m以上140N・m以下である。保護カバー4の取り付けを強固なものとすると共に、ボルト6の抜けや倒れを防止する観点からは、ナット7の締め付けトルクが大きいほど好ましいが、この締め付けトルクが大きすぎると、例えば、被覆防食構造1Aの保守・点検や取替・更新のときなどにこれを分解する必要が生じた場合に、ナット7の締め付けを緩めることができず、被覆防食構造1Aの分解が困難になるおそがあり、また、保護カバー取付け具5Aの製造時に支持基材5が割れるなどの不具合が発生するおそれがある。これらの点を考慮すると、ナット7の締め付けトルクとしては前記範囲が好ましく、そうすることによって、保護カバー4の脱落が一層起こり難く、所定の防食性能が長期間安定的に発揮されるようになり、また、被覆防食構造1Aの保守管理が一層容易になり、さらには、保護カバー取付け具5Aの生産性が一層向上する。
【0042】
本発明でいう「ナットの締め付けトルク」とは、支持基材5がボルト6(埋設部6A)を保持する力(ボルト保持力)であり、下記方法によって測定される「締め付け破壊トルク」である。この締め付け破壊トルクは、下記方法から明らかなように、「鋼製矢板の表面に保護カバー取付け具の支持基材が溶接され、且つ該支持基材に固定されたボルトに保護カバーの取付け孔が挿入されナットで締結された構成を有する、鋼製矢板の被覆防食構造」において、該ナットの締め付けを強くしていった場合に、鋼製矢板と支持基材との溶接部及び支持基材におけるボルトの固定部の何れか一方が破壊されたときの該ナットの締め付け力である。
【0043】
ナット7の締め付けトルクを60N・m以上140N・m以下の範囲に設定すること、特に60N・m以上とすることは、保護カバー取付け具5Aにおけるボルト6の支持基材5に対する固定が溶接固定の場合には困難である。その理由は、支持基材に溶接固定されたボルトをこのような強い締め付けトルクで締め付けると、その溶接部が破壊されるためである。この点、保護カバー取付け具5Aであれば、ボルト6の支持基材5に対する固定が溶接固定ではなく、支持基材5の塑性変形部による締め付け固定であり、さらには前述した構成を有しているため、ナット7の締め付けトルクを60N・m以上140N・m以下の範囲に設定することが可能である。
【0044】
また、保護カバー4の取り付けを強固なものとするためには、ボルト6の支持基材5に対する固定が強固であることが好ましく、具体的には、支持基材5に固定された状態のボルト6をその軸方向に沿って支持基材5から離れる方向に引っ張ったときの引張強度が大きいことが好ましい。斯かる観点から、ボルト6を引張速度1mm/分で軸方向に沿って支持基材5から離れる方向に引っ張ったときの引張強度は、30.0kN以上であることが好ましい。ボルト6の引張強度の測定は、引張試験機を用いて常法に従って行うことができ、具体的には例えば、支持基材5を治具に固定した状態で1mm/分の引張速度でボルト6を軸方向に引っ張り、ボルト6が支持基材5から抜ける直前の最大引張強度をボルト6の引張強度とする。このように、保護カバー取付け具5Aにおけるボルト6の引張強度を30.0kN以上とすることは、ボルト6の支持基材5に対する固定が溶接固定の場合には前記と同様の理由により困難であるが、保護カバー取付け具5Aにおいては、ボルト6の支持基材5に対する固定が溶接固定ではなく、支持基材5の塑性変形部による締め付け固定であるため可能である。
【0045】
被覆防食構造1Aにおいては、
図3〜
図5に示すように、ボルト6の突出部6Bに、電気絶縁性の筒状スリーブ11が外嵌されている。例えば、保護カバー4がチタン、ステンレス鋼等の耐食性金属や炭素繊維などから形成されていると、鋼製矢板20が保護カバー4に対して陽極となる結果、鋼製矢板20の腐食又は溶解が生じるおそれがある。この点、被覆防食構造1Aにおいては、
図3に示すように、電気絶縁性の筒状スリーブ11が鋼製矢板20及び保護カバー4の双方に接触するように、ボルト6の突出部6Bに外嵌されているため、そのようなおそれがない。筒状スリーブ11は中空円筒状をなし、その内径が、ボルト6の軸部61(ねじ部62)の外径よりも若干大きくなされており、ボルト6の軸部61(ねじ部62)に精度良く嵌合できるようになされている。
【0046】
筒状スリーブ11の形成材料としては、電気絶縁性を有し且つ耐熱性を有するものが好ましい。筒状スリーブ11が耐熱性を有していると、保護カバー取付け具5Aの支持基材5を鋼製矢板20の表面に溶接で固定する際に、筒状スリーブ11の熱による損傷を防止できる。筒状スリーブ11の好ましい形成材料としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、ポリイミド樹脂などの熱硬化性樹脂;ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリプロピレン樹脂などの熱可塑性樹脂;これらの何れか1種をガラス繊維に含浸させてなる繊維補強樹脂が挙げられる。
【0047】
防食材2としては、被覆防食において従来用いられている材料を特に制限なく用いることができ、例えば、ペトロラタム系防食材、水中硬化型樹脂などの硬化性樹脂、及び樹脂フォーム材が挙げられ、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。前記ペトロラタム系の防食材としては、ペトロラタムを主成分とし、腐食抑制剤等を含有するペーストを例示できる。前記硬化性樹脂としては、エポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂、シリコーン系樹脂、ポリサルファイド系樹脂、ポリエステル系樹脂を例示できる。前記樹脂フォーム材としては、ポリウレタン系樹脂、ポリスチレン系樹脂、ポリエチレン系樹脂、ゴム系樹脂を例示できる。
【0048】
前記硬化性樹脂には吸水性高分子を含ませることが好ましい。即ち、防食材2は吸水性高分子を含有していることが好ましい。防食材2に吸水性高分子が含有されていることにより、該防食材2を鋼製矢板20の表面に配置した際に、該表面に存する水分が、該防食材2中の吸水性高分子によって直ちに吸収されるため、鋼製矢板20の表面には、前記硬化性樹脂による該表面に対する接着に支障をきたすほどの水分がなくなり、その結果、防食材2の鋼製矢板20の表面への接着がより強固なものとなる。
【0049】
防食材2(前記硬化性樹脂)に含有可能な吸水性高分子としては、例えば、ポリアクリル酸塩系、酢酸ビニル・アクリル酸エステル共重合体ケン化物、ポリ酢酸ビニル・無水マレイン酸反応物、イソブチレン・マレイン酸共重合体架橋物、ポリエチレンオキシド系、デンプン・アクリル酸グラフト共重合体、ポリビニルアルコール系、ポリビニルN−ビニルアセトアミド系等が挙げられ、これら1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。防食材2における吸水性高分子の含有量は、防食材2に含まれる前記硬化性樹脂100重量部に対して、好ましくは1質量部以上200重量部以下である。
【0050】
保護カバー4の形成材料としては、例えば、チタン、チタン合金、チタンクラッド鋼、耐海水性ステンレス鋼、ステンレスクラッド鋼などの耐食性金属;ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、ポリプロピレン樹脂、塩化ビニル樹脂などのブラスチック;該プラスチックをベースとしたガラス繊維強化プラスチック(FRP)、炭素繊維が挙げられ、これら1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。これらの中でも特に、耐久性、耐衝撃性などの観点から、チタン、チタン合金、チタンクラッド鋼、耐海水性ステンレス鋼、ステンレスクラッド鋼、炭素繊維が好ましい。前述したように、保護カバー4がチタン、ステンレス鋼等の耐食性金属や炭素繊維などから形成されていると、鋼製矢板20の腐食や溶解が懸念されるが、ボルト6に電気絶縁性の筒状スリーブ11を外嵌することで斯かる懸念を払拭できる。
【0051】
防食材2と保護カバー4との間に介在配置される緩衝材3としては、この種の被覆防食構造において従来用いられているものを特に制限なく用いることができ、例えば、ポリエチレン、ポリウレタン、ポリスチレン、合成ゴム等の発泡体からなるシート、疎水性の不織布が挙げられる。緩衝材3は、例えば保護カバー4の裏面に接着剤で固定することができ、該接着剤としては、保護カバーと緩衝材との接着に従来用いられているものを特に制限なく用いることができる。典型的な緩衝材3が多孔質体であってその表面が多孔質であることを考慮すると、緩衝材3を保護カバー4の裏面に固定する接着剤としては、ゴム系、エポキシ樹脂系が好ましい。
【0052】
第1実施形態の被覆防食構造1Aの施工は、例えば次のように実施することができる。
図1〜
図5を参照して、先ず、被覆防食を行う鋼製矢板20の表面に、素地調整(下地処理)を施す。素地調整は、従来からこの種の被覆防食構造に採用されている素地調整の方法(例えばISOSt2)を特に制限なく採用することができる。
次に、鋼製矢板20の継手部23の表面に、保護カバー取付け具5Aの支持基材5の裏面5bを当接させた状態で、支持基材5の溶接用孔51の内周縁にスポット溶接を施し、支持基材5を鋼製矢板20の表面に固定する。
次に、鋼製矢板20の表面全体を、シート状、ペースト状又はテープ状の防食材2で被覆する。また別途、保護カバー4の裏面に緩衝材3を固定しておく。
そして、裏面に緩衝材3が固定された保護カバー4を、該緩衝材3が鋼製矢板20の表面上の防食材2と対向するように、鋼製矢板20の表面に被せると共に、鋼製矢板20の表面から突出している保護カバー取付け具5Aのボルト6(突出部6B)を、保護カバー4に形成されている取付け孔40(
図3参照)に挿入し、さらに該ボルト6に、当て板9の貫通孔(図示せず)及びワッシャー8を順次貫通させた後、当て板9の表面から突出している該ボルト6にナット7を螺合させてこれを締め付けることにより、防食材2を鋼製矢板20の表面と緩衝材3の裏面とに密着させる。
最後に、当て板9よりも外側に突出している部分、具体的には、ワッシャー8、ナット7及びボルト6をボルトキャップ10で一体的に被覆する。ボルトキャップ10の形成材料としては、耐衝撃性を有する樹脂が好ましく、例えば、ポリアセタール樹脂、ポリカーボネート、ポリアミド樹脂、ABS樹脂が挙げられる。
尚、鋼製矢板20の表面に防食材2を被覆した後に緩衝材3を固定した保護カバー4を被せるのに代えて、保護カバー4に固定された緩衝材3の裏面に防食材2を固着しておき、この緩衝材3及び防食材2が固定された保護カバー4を、該防食材2が鋼製矢板20の表面と対向するように鋼製矢板20の表面に被せるようにしてもよい。
【0053】
以下、本発明の他の実施形態について
図8〜
図10を参照して説明する。後述する実施形態については、前記実施形態(被覆防食構造1A及び保護カバー取付け具5A)と異なる構成部分を主として説明し、同様の構成部分は同一の符号を付して説明を省略する。特に説明しない構成部分は、前記実施形態についての説明が適宜適用される。また、本明細書に記載した一の実施形態のみが有する部分は、すべて適宜相互に利用できる。
【0054】
図8には、本発明の鋼製矢板の被覆防食構造の第2実施形態である被覆防食構造1B、
図9には、被覆防食構造1Bを構成する保護カバー取付け具5Bが示されている。被覆防食構造1Bにおいては、保護カバー取付け具5Bを構成する支持基材5が、
図8及び
図9に示すように、固定孔50が形成されたボルト固定部52と、ボルト固定部52に連接され、その連接部からボルト固定部52の面方向と交差する方向に延びるボルト固定部支持部53とを含んで構成されており、ボルト6の挿入方向に沿う断面視においてL字状をなしている。図示の形態においては、ボルト固定部52及びボルト固定部支持部53は何れも同一材料からなる平板状部材であり、また、ボルト固定部支持部53はボルト固定部52の面方向と直交する方向に延びている。
【0055】
支持基材5が固定される鋼製矢板20の表面は、
図3に示す如くに常に平坦であるとは限らず、凹状に湾曲していたり、凸状に膨らんでいたりする場合があり、そのような場合には保護カバー取付け具の取り付けが不安定になるおそれがある。保護カバー取付け具5B及びこれを用いた被覆防食構造1Bは、このような場合に特に有用である。第2実施形態の被覆防食構造1Bにおいては、
図8に示すように、保護カバー取付け具5Bの支持基材5におけるボルト固定部52が、連壁を構成する2枚の鋼製矢板20,20のうちの一方の継手部23と他方の継手部23との連結部24を跨ぐように配され、且つボルト固定部52におけるボルト固定部支持部53との連接部とは反対側の端部が、該一方の鋼製矢板20の表面に溶接され、且つボルト固定部支持部53の該連接部とは反対側の端部が、該他方の鋼製矢板20の表面に溶接されている。これにより、ボルト固定部52に固定されているボルト6の軸方向が、法線方向Yと直交する方向に一致し得る。鋼製矢板20の表面とこれを覆う支持基材5(ボルト固定部52、ボルト固定部支持部53)との間に形成される空間部は、防食材2が装填されて密実になっている。
【0056】
保護カバー取付け具5Bにおいては、
図9に示すように、ボルト固定部支持部53の一部がコ字状に切り欠かれて窓部54が形成されている。窓部54は、支持基材5の長手方向に間欠配置された複数のボルト6間の間隔(ボルト非固定部)に対応して形成されている。即ち、支持基材5の長手方向において、ボルト6間の間隔(ボルト非固定部)と同位置に窓部54が配されている。窓部54は、支持基材5(ボルト固定部52、ボルト固定部支持部53)で覆われた前記空間部を防食材2で装填する作業の便宜のために設けられており、作業者は、保護カバー取付け具5Bの外側から窓部54に手を入れることで必要な作業を行うことができる。窓部54は、人の手が入れられるものであればよく、その形状、数、配置パターンは図示の形態に制限されない。
【0057】
図10には、本発明に係るボルトの他の実施形態であるボルト66が示されている。ボルト66においては、頭部60自体が前記回り止め手段として機能する。即ち、ボルト66の頭部60の外周部には、周辺部よりも径方向外方に突出する平面視三角形形状の突起65aが周方向に複数(図示の形態では22個)間欠配置されており、突起65aと非突起配置部65bとが周方向に交互に配置されている。
【実施例】
【0058】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は斯かる実施例に限定されるものではない。
【0059】
〔実施例1〜13〕
図4に示す保護カバー取付け具5Aと同様の構成の保護カバー取付け具を製造した。支持基材として、一般構造用圧延鋼材SS400(32mm×700mm×厚さ4.5mm)を用いた。支持基材の切削加工により、支持基材の長手方向に3個の固定孔を等間隔に形成すると共に、各固定孔を挟んで支持基材の長手方向の一方側及び他方側それぞれにおける該固定孔の近傍に溶接用孔(直径15.00mm)を形成し、計6個の溶接用孔を形成した。支持基材の固定孔に圧入固定するボルトとして、M10〜16×0.75〜1.00×L545mmのボルト(ポップリベット・ファスナー株式会社製の商品名「KALEI(登録商標)プレススタッドPD1245−545L」)を用いた。各実施例間で固定孔の直径、ボルトの材質及び各部の寸法を変更した。実施例で用いたボルトの材質、材料記号、ねじ部の外径、ピッチ、頭部の外径、環状突部の外径、溝部の直径及び回り止め手段の外径を下記表1に示す。支持基材の固定孔にボルトをプレス機により圧入して保護カバー取付け具を製造した。作製した保護カバー取付け具において、支持基材の長手方向一端からの距離が50mm、350mm、650mmの位置それぞれに、ボルトの軸部(ねじ部)が支持基材の表面から突出している。
【0060】
〔比較例1及び2〕
ボルトの支持基材に対する固定を溶接により行った。具体的には、ボルトとして、頭部が無く軸部のみの形状の市販の寸切りボルト(M10×0.75×L540mm又はM12×1.00×L540mm)を用い、支持基材の固定孔に該寸切りボルトを挿入し、該支持基材の表面における該寸切りボルトの周囲に溶接を施して、
図11に示す溶接部93の如き溶接部を形成した。寸切りボルトの軸部の外径は支持基材の固定孔よりも小さいため、該スタッドボルトを該固定孔に挿入しても該固定孔の開孔周縁部の塑性変形は起こらない。以上の点以外は前記実施例と同様にして、保護カバー取付け具を製造した。下記表1に、各比較例で用いたボルトの材質等を示す。
【0061】
【表1】
【0062】
(鋼製矢板の被覆防食構造の製造)
各実施例及び比較例の保護カバー取付け具を用い、鋼製矢板の被覆防食構造の施工を行った。具体的には、
図1〜
図3に示す被覆防食構造1Aと同様の構成の被覆防食構造を製造した。U形鋼製矢板(FSP−II型)の凸状鋼製矢板と凹状鋼製矢板とを交互に連結した成型した鋼製矢板壁体を用意し、この鋼製矢板の表面に付着している錆などの異物をスクレーパー等で除去した後、鋼製矢板の継手部に、各実施例及び比較例の保護カバー取付け具を溶接した。次に、鋼製矢板の全面にわたってペトロラタム系ペースト及びペトロラタム系テープ(防食材)を固着させ、さらに緩衝材、FRP製保護カバーの順で被覆した。
【0063】
〔評価試験:締め付け破壊トルクの測定〕
各実施例及び比較例の保護カバー取付け具を用いた鋼製矢板の被覆防食構造について、前記ボルト保持力(締め付け破壊トルク)を測定した。
具体的には、測定対象の被覆防食構造における保護カバー取付け具のボルトとナットとを測定用トルクレンチのソケットに差し込み、測定用トルクレンチのハンドルの中心を握ってゆっくりと締め込む。そして、鋼製矢板と支持基材との溶接部及び支持基材におけるボルトの固定部(圧入部又は溶接部)の何れか一方が破損したきのトルクを測定する。測定用トルクレンチとして、株式会社東日製作所製の型名「CEM50N3X12D−P」及び型名「CEM200N3X19D−P」を用い、トルク測定範囲は10〜200N・mとした。保護カバー取付け具に固定された全てのボルト(本評価試験では3本)について前記方法でトルクを測定し、その平均値を当該評価対象の締め付け破壊トルクとした。その結果を下記表2〜5に示す。
【0064】
【表2】
【0065】
表2は、ボルトの支持基材に対する固定方法を圧入又は溶接とした場合において、締め付け破壊トルク及び該トルク測定後の保護カバー取付け具の破損状況を示す表である。表2に示す通り、各比較例は、保護カバー取付け具におけるボルトの支持基材に対する固定が溶接であることに起因して、締め付け破壊トルクが小さく、そのため、ナットによるボルトの締め付けを強めると、支持基材におけるボルトの固定部(溶接部)が破壊され、ボルトの抜け及び倒れの不具合が生じ保護カバーが外れるおそれがある。これに対し各実施例は、保護カバー取付け具におけるボルトの支持基材に対する固定が圧入であり、ボルト周囲の支持基材の塑性変形部によるボルトの締め付けのみによってボルトが固定されているところ、何れも実用上十分な締め付け破壊トルクを示し、また、トルク測定後の破損状況は、ボルトの抜けのみであり、ボルトの固定部(圧入部)の破損は見られなかった。
【0066】
【表3】
【0067】
表3は、ボルトの各部と締め付け破壊トルクとの関係について試験した結果を示す表である。表3に示す通り、実施例3〜8の保護カバー取付け具は、何れもボルトが頭部を有しており、十分な締め付け破壊トルクを示した。
保護カバー取付け具の外観に関して、環状突部のないボルトを用いた実施例4及び6は、支持基材の塑性変形部(固定孔の開孔周縁部)がボルトの軸部側に膨出したのに対し、実施例3、5及び8はそのような支持基材の望ましくない変形が見られず外観良好であったことから、環状突部を有するボルトの有用性は明白である。
また、頭部の外径がねじ部の外径より7mm大きいボルトを用いた実施例7は、ボルトの固定部(圧入部)の周囲に割れが発生し、外観に関しても、鋼製矢板と支持基材との溶接部が破壊されたのに対し、実施例3、5及び8はそのような支持基材の破損や溶接部の破壊が見られず外観良好であった。さらに、頭部の外径がねじ部の外径より0.5mm大きいボルトを用いた実施例8は、締め付け破壊トルクについては、実用上問題ないレベルではあるものの、実施例3に比べると約50%減少した。以上のことから、ボルトの頭部の外径(
図6(a)の符号60R)は、ねじ部の外径よりも0.5mm超7mm未満の範囲で大きいこと、特に1.0mm以上6.5mm以下の範囲で大きいことが好ましいことがわかる。
【0068】
【表4】
【0069】
表4は、ボルトにおけるねじ部の外径を変えた場合において、締め付け破壊トルク及び該トルク測定後の保護カバー取付け具の破損状況を示す表である。表4に示す通り、実施例3、9及び10の保護カバー取付け具は、ボルトのねじ部の外径が10mm以上16mm以下の範囲にあって何れも実用上十分な締め付け破壊トルクを示し、また、ねじ部の外径が大きくなるほど締め付け破壊トルクが増加した。締め付け破壊トルクが140N・mに近づくと、鋼製矢板と支持基材との溶接部が破壊するのを観察した(実施例10)。
【0070】
【表5】
【0071】
表5は、ボルトの材質を変えた場合において、締め付け破壊トルク及び該トルク測定後の保護カバー取付け具の破損状況を示す表である。表5に示す通り、ボルトが硬く強い鉄鋼材料になるほど高い締め付け破壊トルクを示すことがわかる。また、特に実施例3、11及び12が高い締め付け破壊トルクを示したことから、支持基材が圧延鋼材の場合のボルトの材質としては、クロムモリブテン鋼、ニッケルクロムモリブテン鋼、冷間圧造用ボロン鋼が好ましいことがわかる。
【0072】
〔実施例14〕
実施例2と同様にして保護カバー取付け具を製造した。支持基材として、一般構造用圧延鋼材SS400(32mm×120mm×厚さ4.5mm)を用いた。支持基材の切削加工により、支持基材の長手方向の真中に1個の固定孔(直径12.04mm)を形成すると共に、固定孔を挟んで支持基材の長手方向の一方側及び他方側それぞれにおける固定孔の近傍に溶接用孔(直径15.00mm)を形成し、計2個の溶接用孔を形成した。支持基材の固定孔に圧入固定するボルトは、一般構造用圧延鋼材SS400の材質で、M12×1.00×L50mmのボルト(ポップリベット・ファスナー株式会社製の商品名「KALEI(登録商標)プレススタッドSPD1245−50L」)とした。ボルトの各部(頭部、環状突部、溝部及び回り止め手段)は実施例2と同様であった。支持基材の固定孔にボルトをプレス機により圧入して保護カバー取付け具を製造した。作製した保護カバー取付け具において、支持基材の長手方向一端からの距離が60mmの位置に、ボルトの軸部(ねじ部)が支持基材の表面から突出している。
【0073】
〔比較例3〕
比較例2と同様にしてボルトの支持基材に対する固定を溶接により行い、保護カバー取付け具を製造した。ボルトとしては、市販の寸切りボルト(M12×1.00×L50mm)を用いた。
【0074】
〔評価試験:引張強度の測定〕
実施例14及び比較例3の保護カバー取付け具について引張強度を測定した。具体的には、保護カバー取付け具の支持基材を治具に固定した後、引張試験機(島津製作所製50T半自動引張試験機、型式「UHF500kNIR」)にて保護カバー取付け具のボルトを軸方向に1mm/分の引張速度で引張試験を行ったときの引張強度(最大引張強度)及び最大点ストローク(伸び量)を測定した。試験個数は各実施例及び比較例につき3個とし、それぞれの引張強度及び最大点ストロークを表6に示す。
【0075】
【表6】
【0076】
表6は、ボルトの固定方法を圧入又は溶接とした場合において、引張強度及び最大点ストロークを示す表である。表6に示す通り、比較例3は、保護カバー取付け具におけるボルトの支持基材に対する固定が溶接であることに起因して、引張強度が低くなるので、保護カバー取付け具によって保護カバーを強固に固定できないおそれがある。これに対し実施例14は、保護カバー取付け具におけるボルトの支持基材に対する固定が圧入であり、ボルト周囲の支持基材の塑性変形部によるボルトの締め付けのみによってボルトを固定しているところ、引張強度が高くなるので、保護カバー取付け具による保護カバーの十分な固定状態を保持できると推定される。