特開2019-107024(P2019-107024A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-107024(P2019-107024A)
(43)【公開日】2019年7月4日
(54)【発明の名称】網膜色素上皮細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20190614BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20190614BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20190614BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20190614BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20190614BHJP
【FI】
   C12N5/071ZNA
   C12N5/0735
   A61P27/02
   A61L27/38 100
   A61L27/38 300
   A61K35/30
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2019-40103(P2019-40103)
(22)【出願日】2019年3月6日
(62)【分割の表示】特願2015-541641(P2015-541641)の分割
【原出願日】2014年10月9日
(31)【優先権主張番号】特願2013-212345(P2013-212345)
(32)【優先日】2013年10月9日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】513229509
【氏名又は名称】株式会社ヘリオス
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(72)【発明者】
【氏名】澤田 昌典
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
(72)【発明者】
【氏名】関口 清俊
【テーマコード(参考)】
4B065
4C081
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AC20
4B065BA30
4B065BB40
4B065BC41
4B065CA44
4C081AB21
4C081CD34
4C081DA02
4C081EA01
4C081EA11
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB56
4C087BB64
4C087MA34
4C087MA67
4C087NA14
4C087ZA33
(57)【要約】      (修正有)
【課題】ヒト多能性幹細胞から網膜色素上皮(RPE)細胞を効率よく製造する方法及び網膜色素上皮細胞を安定に培養する方法の提供。
【解決手段】ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材を用いてヒト多能性幹細胞を接着培養する工程を含む網膜色素上皮細胞の製造法、ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材を用いて網膜色素上皮細胞を接着培養する工程を含む網膜色素上皮細胞の培養法、前記方法により製造又は培養して得られる網膜色素上皮細胞を用いる毒性・薬効評価法、および、同網膜色素上皮細胞を含む網膜疾患治療薬。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材上でヒト多能性幹細胞を接着培養する工程を含む、網膜色素上皮細胞の製造方法。
【請求項2】
ラミニンE8フラグメントが、ラミニン511E8フラグメントである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
接着培養する工程が、分化誘導因子の存在下で行われる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
ヒト多能性幹細胞が、ヒトiPS細胞である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材上でヒト多能性幹細胞を接着培養することによって製造される、網膜色素上皮細胞。
【請求項6】
ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材上でヒト多能性幹細胞を接着培養することによって製造される、網膜色素上皮細胞シート。
【請求項7】
ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材上で網膜色素上皮細胞を接着培養する工程を含む、網膜色素上皮細胞の増幅方法。
【請求項8】
ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材上で網膜色素上皮細胞を接着培養する工程を含む、網膜色素上皮細胞の純化方法。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法により製造される網膜色素上皮細胞、又は請求項7に記載の方法により培養される網膜色素上皮細胞を含む、網膜疾患治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト多能性幹細胞から網膜色素上皮(RPE)細胞を効率よく製造する方法及び網膜色素上皮細胞を安定に培養する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞を製造する方法として、SFEB法と称される無血清培地でES細胞を浮遊凝集体として培養する方法(特許文献1等)、および分化誘導因子の存在下、弱細胞接着性のコーティング剤でコーティングされた培養基材上で多能性幹細胞を分化誘導する方法等が知られている(非特許文献1など)。しかしこれらの方法では、分化誘導効率が低いため、網膜色素上皮細胞の高濃度細胞集団を得るために、接着培養と浮遊培養を組み合わせる複数の工程が必要であることや、さらに色素細胞のコロニーを光学顕微鏡下で選択的にピックアップするといった、作業負担も時間もかかる純化工程を要するという問題があった。加えてこれらの方法では、継代培養途中に細胞損失が生じやすいという問題があった。このため、高純度の網膜色素上皮細胞を簡易な方法で安定して取得できる方法が求められていた。
【0003】
ヒト多能性幹細胞の維持培養に際し、フィーダー細胞に代えて細胞外マトリクスを用いる方法が広く用いられている。なかでもラミニンが好適に用いられつつあり、例えば非特許文献2には、ラミニン511上でヒトES細胞を長期間維持培養できたという報告がなされている。さらに細胞接着活性を向上させたラミニン改変体として知られているE8フラグメントについて、例えば、特許文献2や非特許文献3には、ヒトラミニンα5β1γ1のE8フラグメント(ラミニン511E8、以下同様に表記)及びヒトラミニン322E8を使用したヒト多能性幹細胞の培養方法が開示されている。非特許文献4には、ラミニン511E8が全長ラミニン511と同程度のα6β1インテグリンに対する結合活性を保持していることが記載されており、また特許文献2には、このラミニン511E8を用いることで多能性幹細胞を培養皿上に安定に固定し、その結果該細胞の分化多能性を保持した状態で維持培養することができることが記載されている。しかし、このようなラミニンのE8フラグメントを、多能性幹細胞の培養以外、たとえば多能性幹細胞の分化誘導等に利用することの報告はない。
【0004】
一方、ヒト多能性幹細胞をフィーダー細胞の非存在下で網膜色素上皮細胞に分化誘導する方法として、ラミニンを用いた方法が知られている。例えば非特許文献5には、ラミニン111およびマトリゲル上で多能性幹細胞を接着培養することで、網膜色素上皮細胞への分化誘導効率が著しく上昇したことが記載されている。しかしながら、未だラミニンのE8フラグメントを多能性幹細胞の網膜色素上皮細胞への分化誘導のために用いたという報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2005/123902号
【特許文献2】国際公開第2011/043405号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】PLoS One. 2012; 7(5): e37342.
【非特許文献2】Nature Biotech. June 2010; 28(6): 611-5
【非特許文献3】Nat. Commun. 3:1236 doi: 10.1038/ncomms2231
【非特許文献4】J Biol Chem. 284:7820-7831, 2009
【非特許文献5】J. Tissue Eng Regen Med 2013; 7: 642-653
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、多能性幹細胞からの網膜色素上皮細胞への分化誘導効率が改善され、簡易な操作で高い純度の網膜色素上皮細胞を短期間で得ることができる網膜色素上皮細胞の製造方法、細胞を安定に増殖培養できる網膜色素上皮細胞の培養法、及び移植治療に有用な網膜色素上皮細胞を用いた毒性・薬効評価法並びに網膜疾患治療薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意検討した結果、ヒト多能性幹細胞をラミニンE8でコーティングした培養基材上で培養すると、播種した多能性幹細胞が培養基材へ速やかに接着し、早い段階から多量の色素細胞の生成が認められ、網膜色素上皮細胞の収量を著しく向上でき、しかも、培地交換時に細胞を失いにくく、純化工程を簡略化でき且つ短期間で高い純度の細胞集団が得られることを見出した。これにより、多能性幹細胞を網膜色素上皮細胞へ分化誘導する上での課題であった操作性及び経済性が著しく改善され、目的の網膜色素上皮細胞を安定に効率よく製造できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材上でヒト多能性幹細胞を接着培養する工程を含む、網膜色素上皮細胞の製造方法。
[2]ラミニンE8フラグメントが、ラミニン511E8フラグメントである、[1]の方法。
[3]接着培養する工程が、分化誘導因子の存在下で行われる、[1]または[2]の方法。
[4]ヒト多能性幹細胞が、ヒトiPS細胞である、[1]〜[3]のいずれかの方法。
[5]ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材上でヒト多能性幹細胞を接着培養することによって製造される、網膜色素上皮細胞。
[6]ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材上でヒト多能性幹細胞を接着培養することによって製造される、網膜色素上皮細胞シート。
[7]ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材上で網膜色素上皮細胞を接着培養する工程を含む、網膜色素上皮細胞の増幅方法。
[8]ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材上で網膜色素上皮細胞を接着培養する工程を含む、網膜色素上皮細胞の純化方法。
[9][1]〜[4]のいずれかの方法により製造される網膜色素上皮細胞、又は[7]の方法により培養される網膜色素上皮細胞を含む、網膜疾患治療薬。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞を高い収率で製造できる。また、分化誘導効率が改善され、網膜色素上皮細胞を高濃度で含む細胞集団を得ることができ、簡易な純化操作で高純度の網膜色素上皮細胞を製造できる。さらに、本発明によれば、網膜色素上皮細胞を安定に接着できるため、培地交換途中に細胞が損失しにくく、安定に継代培養することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ラミニンE8の構造の模式図を示す。
図2】ヒトiPS細胞(201B7)から誘導したRPE細胞におけるRPE関連遺伝子の発現を示す。
図3】比較例3における、ラミニン511−E8、マトリゲルまたはラミニン511全長でコーティングした基材にiPS細胞を播種し、分化誘導を開始してから1日目、2日目および3日目の細胞接着の様子を示す。
図4】比較例3における、ラミニン511−E8、マトリゲルまたはラミニン511全長でコーティングした基材にiPS細胞を播種し、分化誘導を開始してから15日目および40日目頃の細胞集団の様子を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.網膜色素上皮細胞の製造方法
本発明は、ラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養基材を用いてヒト多能性幹細胞を接着培養する工程を含む網膜色素上皮細胞の製造方法である(以下、「本発明の製造方法」という)。
【0013】
本発明における「多能性幹細胞」とは、自己複製能と分化多能性を有する幹細胞を意味し、特に限定されることはなく、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等が広く利用される。好ましくはヒトES細胞またはヒトiPS細胞が利用され、より好ましくはヒトiPS細胞が利用される。
【0014】
本発明における「iPS細胞」とは、体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞、リンパ球等)へ核初期化因子を接触させることにより、人為的に自己複製能及び分化多能性を獲得した細胞をいう。本発明におけるiPS細胞の製造法は、特に限定されるものではない。
【0015】
本発明における「網膜色素上皮細胞」とは、網膜色素上皮を構成する上皮細胞、及びその前駆細胞をいう。網膜色素上皮細胞であるかは、例えば、細胞マーカー(RPE65、CRALBP、MERTK、BEST1等)の発現や、細胞の形態(細胞内のメラニン色素沈着、多角形で扁平状の細胞形態、多角形のアクチン束の形成等)等により確認できる。また、網膜色素上皮細胞の前駆細胞とは、網膜細胞への分化誘導が方向づけられた細胞を意味し、当該前駆細胞であるかは、細胞マーカー(Mitf、Pax6、Rx、Crx等)の発現等により確認できる。また網膜色素上皮細胞の機能評価は、例えばサイトカイン(VEGFやPEDF等)の分泌能や貪食能等を指標にして確認できる。これらの機能評価および確認操作は、当業者であれば適宜条件を設定して実施することが可能である。
【0016】
本発明における「ラミニン」とは、α、β、γ鎖からなるヘテロ三量体分子であり、サブユニット鎖の組成が異なるアイソフォームが存在する細胞外マトリックスタンパク質である。具体的には、ラミニンは、5種のα鎖、4種のβ鎖および3種のγ鎖のヘテロ三量体の組合せで約15種類のアイソフォームを有する。α鎖(α1〜α5)、β鎖(β1〜β4)およびγ鎖(γ1〜γ3)のそれぞれの数字を組み合わせて、ラミニンの名称が定められている。例えばα1鎖、β1鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン111といい、α5鎖、β1鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン511といい、α5鎖、β2鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン521という。ラミニンとしては、例えば哺乳動物に由来するラミニンを使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒトが挙げられる。ヒトへの移植を目的として網膜色素上皮細胞を製造する場合等には、ヒトラミニンが好ましく用いられる。現段階でヒトラミニンには15種類のアイソフォームが知られている。
【0017】
ラミニンE8フラグメントは、そもそもマウスラミニン111をエラスターゼで消化して得られたフラグメントの中で、強い細胞接着活性をもつフラグメントとして同定されたものである(EMBO J., 3:1463-1468, 1984.、J. Cell Biol., 105:589-598, 1987.)。マウスラミニン111以外のラミニンについてもエラスターゼで消化した際にマウスラミニン111のE8フラグメントに相当するフラグメントの存在が推定されるが、マウスラミニン111以外のラミニンをエラスターゼで消化してE8フラグメントを分離・同定したことはこれまで報告されていない。したがって、本発明に用いられるラミニンE8フラグメントは、各ラミニンのエラスターゼ消化産物であることを要するものではなく、対応する各ラミニンと同様の細胞接着活性を有し、エラスターゼで消化したE8フラグメントと対応する構造を有するラミニンのフラグメントであれば組換え体であってもよい。すなわち本発明における「ラミニンE8フラグメント(以下、「ラミニンE8」と記載する場合もある)」とは、α鎖、β鎖、γ鎖の各C末端領域でヘテロ三量体を構成し、インテグリンに対する結合活性を保持すると共に、細胞接着活性を保持している分子をいう。ラミニンE8は、ラミニンアイソフォームごとに異なるインテグリン結合特異性を示し、対応するインテグリンを発現する細胞へ強い接着活性を発揮することができる。
【0018】
本発明におけるラミニンE8とは、具体的に説明すると、
(1)機能上、全長ラミニンと少なくとも同等の細胞接着活性を有し、かつ少なくとも同等のインテグリン結合活性を有し、かつ
(2)構造上、マウスラミニンE8に対応する構造を有する、具体的にはラミニン三量体のコイルドコイルC末端領域からGドメインの1〜3番目に対応する構造を有するラミニンフラグメントをいう。以下、(1)機能面および(2)構造面からさらに詳細に説明する。
【0019】
(1)ラミニンE8の機能について
本発明におけるラミニンE8としては、例えば、ヒト多能性幹細胞及び/又はヒト網膜色素上皮細胞の表面に発現するインテグリンの少なくとも一つに対する結合特異性を示す分子、好ましくはヒト多能性幹細胞及びヒト網膜色素上皮細胞の両細胞の表面に発現するインテグリンと、ヒト網膜色素上皮細胞の表面に発現するインテグリンに結合特異性を示す分子が好ましく用いられる。ヒト多能性幹細胞の表面に発現するインテグリンとしては、α6β1インテグリン等が挙げられ、ヒト網膜色素上皮細胞の表面に発現するインテグリンとしては、例えばα6β1インテグリン、α3β1インテグリン、α7β1インテグリン等が挙げられる。
【0020】
本発明におけるラミニンE8は、各ラミニンと少なくとも同等のインテグリンに対する結合特異性を示す。また、特にインテグリンに対する親和性が強いものが好ましく用いられる。「インテグリンに対する親和性が強いラミニンE8」とは、公知の方法で測定された解離定数が有意に低いものであって、例えば、The Journal of Biological Chemistry (2009) 284, pp.7820-7831のTable1に示される方法で測定された解離定数が、例えば10 nM以下である。
【0021】
本発明におけるラミニンE8としては、また、細胞接着活性が強いものが好ましく用いられる。「細胞接着活性が強いラミニンE8」とは、公知の方法で測定された細胞接着性試験において有意に強い接着活性を示すものであって、例えば、The Journal of Biological Chemistry (2007) 282, pp.11144-11154に記載の細胞接着アッセイを行った場合に、ラミニンE8のコーティング濃度が10 nM以下で400個/mm2以上の接着細胞数が得られるものである。
【0022】
本発明においては、ラミニンE8としては、α6β1インテグリンに対する結合特異性を示し、分化誘導初期の多能性幹細胞を安定に接着させ、分化誘導後期の網膜色素上皮細胞またはその前駆細胞を安定に接着できるものが好ましく用いられる。この観点から、ラミニンE8のなかでも、特にラミニン511E8はα6β1インテグリンに加え、α3β1インテグリン及びα7β1インテグリンに対する結合特異性を有するため、網膜色素上皮細胞に対する接着活性を向上させることにより、多能性幹細胞を網膜色素上皮細胞へと分化誘導する効率を向上させることに寄与する点で、あるいは網膜色素上皮細胞の維持培養の安定化に寄与し得る点で、非常に好ましい。
【0023】
(2)ラミニンE8の構造について
本発明におけるラミニンE8は、前述のとおり、あるいは図1に示されるとおり、マウスラミニン111のエラスターゼ消化物における細胞接着活性を有するフラグメント(E8フラグメント)に構造上対応するラミニンフラグメントである。すなわち全長ラミニンにおけるドメインII(三本鎖コイルドコイルドメイン)の一部を保持(図1のE8 fragmentを表す絵ではそのようには記載されていないが、実際はコイルドコイル構造を保持している)し、E8のN末端側ではβ鎖の対応するフラグメントおよびγ鎖の対応するフラグメントとで短いコイルドコイル構造を形成する。またE8のC末端側では、α鎖のG1〜G3ドメイン構造が保持されている。またβ鎖とγ鎖とは、それぞれのC末端側にあるシステイン残基を介して、ジスルフィド結合を形成することにより、互いに結合している。
【0024】
本発明におけるラミニンE8は、前述の通り、天然ラミニンをエラスターゼ処理して得られる酵素処理体であってもよく、あるいは遺伝子組換えにより産生される組換え体であってもよい。また本発明のラミニンE8が組換え体である場合、対応する全長(天然)ラミニンにおけるインテグリンとの結合活性を保持し、その細胞接着性を損なわない範囲で、精製すること等を目的としてN末端にタグが結合していてもよい。そのようなタグとしては特に限定されず、例えばHisタグ、Flagタグ、HAタグなどが挙げられる。またタグとラミニンE8とのリンカー部分の配列についても、対応する全長(天然)ラミニンにおけるインテグリンとの結合活性を保持し、細胞接着性を損なわない限りにおいて特に限定されない。
【0025】
本発明におけるラミニンE8は、対応するラミニンにおけるインテグリンとの結合活性を保持し、その細胞接着性を損なわない範囲で、アミノ酸配列の一部が欠失、付加、又は置換されたものであってもよい。E8フラグメントは、一般的にはα鎖C末端側のGドメインを二つ(G4およびG5)欠失しているが、本発明におけるラミニンE8においては、対応する全長(天然)ラミニンにおけるインテグリンとの結合活性を保持し、その細胞接着性を損なわない範囲で、このG4、G5ドメインの一部または全部が含まれていてもよい。例えばラミニン511E8においては、ラミニン511と同等のインテグリンα6β1への結合活性を保持し、細胞接着活性が損なわれていなければG4、G5ドメインの一部または全部が含まれていてもよい。
一方で、ラミニンE8は全長ラミニンと同様にβ鎖とγ鎖とがコイルドコイル部分のC末端側でシステインを介して結合しているが、このシステインはインテグリン結合活性に影響するため、置換、欠失されないことが望ましい。さらにγ鎖における当該システイン以降のC末端側アミノ酸もインテグリン結合活性に影響するため、少なくとも欠失されないことが望ましい(J Biol Chem. 2007 Apr 13;282(15):11144-54.)。
【0026】
このようなラミニンE8の具体的な例としては、WO2011/043405の実施例(3)で作製されたrhLM511E8が挙げられる。当該ラミニン511E8は、本発明のラミニンE8として好ましく利用することができる。
【0027】
本発明に用いる「培養基材」は、本発明のラミニンE8を培養器表面にコーティングすることにより製造できる。ここで培養器表面への「コーティング」とは、ラミニンE8と培養器表面との何らかの相互作用を介してラミニンE8を培養器表面に吸着させることをいい、本発明の効果を奏するにあたって特にラミニンE8の配向性は問題にならない。培養器としては、細胞培養に使用できるものであれば特に限定されず、例えば、ディッシュ(培養皿とも称する)、シャーレやプレート(6穴、24穴、48穴、96穴、384穴、9600穴などのマイクロタイタープレート、マイクロプレート、ディープウェルプレート等)、フラスコ、チャンバースライド、チューブ、セルファクトリー、ローラーボトル、スピンナーフラスコ、フォロファイバー、マイクロキャリア、ビーズ等が挙げられる。本発明における培養基材は、ラミニンE8による細胞接着特性を損なわない限り、適宜表面処理が施されていてもよい。
【0028】
本発明における「接着培養」とは、目的の細胞がラミニンE8を介して培養器の底面に接着し、培養中に培養器を軽く揺らしても細胞が培養液中に浮かんでこない状態における培養を意味する。本発明に用いるラミニンE8は、極めて優れた細胞接着性を示すため、細胞播種後、速やかに培養器を振動させるなどの方法で均一に分散させることが好ましい。なお本発明の目的の範囲内であれば、接着培養の前後で、目的の細胞をラミニンE8が存在する培養器中で浮遊培養してもよい。
【0029】
培地は、基礎培地、血清及び/又は血清代替物、及びその他の成分で構成される。基礎培地としては、哺乳動物細胞の培養に一般的に用いられる合成培地を一種又は複数種を組み合わせて利用でき、例えば、DMEM、GMEM等の市販品が入手可能である。
【0030】
血清は、ウシ、ヒトなどの哺乳動物に由来する血清を使用できる。血清代替物とは、細胞培養に用いられるFBS等の血清の代わりとなる低タンパク質代替品であって、市販品として、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)などのほか、神経細胞培養用血清代替物であるN2、B27などが入手可能である。本発明においては、目的の細胞の品質管理上の観点から血清代替物が好ましく、特にKSRが好適である。
【0031】
血清又は血清代替物の濃度は、例えば0.5〜30%(v/v)の範囲から適宜設定でき、濃度は一定でもよく、段階的に変化させて用いても良く、例えば濃度を1〜3日程度(好ましくは2日)の間隔で、段階的に低下させて用いてもよい。例えば、血清又は血清代替物の濃度を20%、15%、10%の3段階に分けて添加することができる。
【0032】
培地を構成するその他の成分として、培養液中に分散されたヒト多能性幹細胞の細胞死を抑制する目的で、Y-27632などのRhoキナーゼ阻害剤を用いることができる。Rhoキナーゼ阻害剤の添加期間は、分化誘導工程の一部または全期間いずれであってもよい。例えば、分化誘導工程の後期は、Rhoキナーゼ阻害剤を添加しない培地を用いることで、目的の細胞へ分化しなかった不要な細胞を細胞死により除去することができる。
【0033】
培地は、上述以外に、哺乳動物細胞の培養に一般的に使用されるその他の成分を含むことができる。
【0034】
本発明の製造法に用いられるヒト多能性幹細胞の濃度は、多能性幹細胞を均一に播種でき、接着培養可能な濃度であれば特に限定されないが、例えば、10cmディッシュを用いる場合、1ディッシュ当たり1×10〜1×10細胞、好ましくは2×10〜5×10細胞、より好ましくは5×10〜9×10細胞である。
【0035】
本発明の製造方法における接着培養は、分化誘導因子の存在下で行うこともできる。分化誘導因子としては、目的の細胞への分化誘導を促進する因子として公知のものを利用することができる。本発明の製造方法では、網膜色素上皮細胞への分化誘導を行うため、網膜色素上皮細胞への分化誘導因子を用いることが望ましい。網膜色素上皮細胞の分化誘導因子としては、例えば、Nodalシグナル阻害剤、Wntシグナル阻害剤、ソニック・ヘッジホッグシグナル阻害剤、及びActivinシグナル促進剤などが挙げられる。
【0036】
Nodalシグナル阻害剤は、Nodalにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、蛋白質、核酸、低分子化合物等を用いることができる。Nodalシグナル阻害剤としては、例えば、Lefty−A、可溶型Nodal受容体、抗Nodal抗体、Nodal受容体阻害剤等のタンパク質、ペプチド、又は核酸;SB−431542等の低分子化合物等が挙げられ、特に、入手が容易でロット間の差も少ない、SB−431542等の低分子化合物が好適である。
【0037】
Wntシグナル阻害剤は、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、蛋白質、核酸、低分子化合物等を用いることができる。Wntシグナル阻害剤としては、例えば、Dkk1、Cerberus蛋白、Wnt受容体阻害剤、可溶型Wnt受容体、Wnt抗体、カゼインキナーゼ阻害剤、ドミナントネガティブWnt蛋白等のタンパク質、ペプチド、又は核酸;CKI−7(N−(2−アミノエチル)−5−クロロ−イソキノリン−8−スルホンアミド)、D4476(4−{4−(2,3−ジヒドロベンゾ[1,4]ジオキシン−6−イル)−5−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2−イル}ベンズアミド)、IWR−1−endo(IWR1e)、IWP−2等の低分子化合物が挙げられ、特に、入手が容易でロット間の差も少ない低分子化合物が好適である。なかでも、カゼインキナーゼIを選択的に阻害する活性を有する低分子化合物が好ましく、例えばCKI−7、D4476などを利用できる。
【0038】
Activinシグナル促進剤としては、例えば、Activinファミリーに属する蛋白、Activin受容体、Activin受容体アゴニストなどが挙げられる。
【0039】
これらの分化誘導因子の濃度は、分化誘導因子の種類に応じて適宜選択できるが、具体的には、Nodalシグナル阻害剤としてSB−431542を用いる場合、例えば、0.01〜50μM、好ましくは0.1〜10μM、より好ましくは5μMの濃度であり、Wntシグナル阻害剤としてCKI−7を用いる場合、0.01〜30μM、好ましくは0.1〜30μM、より好ましくは3μMの濃度で添加する。
【0040】
本発明の製造方法においては、好ましくは、分化誘導因子として、Nodalシグナル阻害剤(例、SB−431542)とWntシグナル阻害剤(例、CKI−7)とが組み合わせて用いられる。
【0041】
上述の方法に従った培養により、多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞への分化を誘導し、それにより、多能性幹細胞の播種から通常25〜45日目に網膜色素上皮細胞を生じさせることができる。網膜色素上皮細胞が生成したことの確認は、上述した方法に従って行うことができる。網膜色素上皮細胞の生成が確認されたら、培地を網膜色素上皮細胞の維持培地に交換し、例えば3日に1回以上の頻度で全量培地交換を行いながら5〜10日間更に培養することが好ましい。それにより、さらにはっきりとメラニン色素沈着細胞群や基底膜に接着する多角扁平状の形態を有する細胞群を観察することができる。
【0042】
網膜色素上皮細胞の維持培地は、例えばIOVS, March 2004, Vol. 45, No.3, Masatoshi Haruta, et. al.、IOVS, November 2011, Vol. 52, No. 12, Okamoto and Takahashi、J. Cell Science 122 (17),Fumitaka Osakada, et. al.、IOVS, February 2008, Vol. 49, No. 2, Gamm , et. al.に記載のものを使用することができ、基礎培地、血清及び/又は血清代替物、及びその他の成分で構成される。基礎培地としては、哺乳動物細胞の培養に一般的に用いられる合成培地を一種又は複数種を組み合わせて利用でき、例えば、DMEM、GMEM等の市販品が入手可能である。
血清は、ウシ、ヒト、ブタなどの哺乳動物に由来する血清を使用できる。血清代替物とは、細胞培養に用いられるFBS等の血清の代わりとなる低タンパク質代替品であって、市販品として、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)などのほか、神経細胞培養用血清代替物であるN2、B27などが入手可能である。本発明においては、目的の細胞の品質管理上の観点から血清代替物が好ましく、特にB27が好適である。
その他の成分としては、例えば、L-glutamine、ペニシリンナトリウム、硫酸ストレプトマイシン等が挙げられる。
【0043】
本発明の製造方法は、さらに、濃縮操作により網膜色素上皮細胞を純化する工程を含んでいてもよい。本発明の製造方法によれば、分化誘導効率が著しく改善されるため、簡易な操作で、高純度の網膜色素上皮細胞を短い製造期間で得ることができる。網膜色素上皮細胞を濃縮する方法としては、一般に細胞を濃縮する方法として公知の方法であれば特に限定されないが、例えば濾過、遠心分離、潅流分離、フローサイトメトリー分離、抗体修飾担体によるトラップ分離などの方法を用いることができ、好ましくはナイロンメッシュを用いた濾過等の方法を利用できる。
【0044】
本発明の製造方法によれば、細胞接着性に優れたラミニンE8を介してヒト多能性幹細胞が培養器に速やかに接着、固定された状態で培養を行うことにより、分化誘導効率が著しく向上し、しかも培地交換中の細胞損失を抑制することができる。したがって、高濃度の網膜色素上皮細胞の細胞集団を大量に得ることができる。さらに、簡易な操作で細胞純化を行うことができ、純化工程にかかる時間を短縮でき、網膜色素上皮細胞を極めて効率よく製造することができる。また本発明の製造方法によれば、網膜色素上皮細胞は互いに接着しシート状構造を採り得る。したがって本発明の製造方法により網膜色素上皮細胞のシートを製造することが可能である。この網膜色素上皮細胞のシートは、3.で後述されるように、網膜疾患を治療する細胞移植治療薬として用いる細胞集団として有用である。
【0045】
2.網膜色素上皮細胞の増幅方法
本発明はまた、ラミニンE8がコーティングされた培養基材を用いて網膜色素上皮細胞を接着培養する工程を含む網膜色素上皮細胞の増幅方法に関する(以下、「本発明の増幅方法」という)。本発明の増幅方法によれば、網膜色素上皮細胞を簡便な方法で容易に増殖させることができる。
【0046】
本発明の増幅方法における網膜色素上皮細胞としては、例えば哺乳動物に由来する網膜色素上皮細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒトが挙げられる。ヒトへの移植等を目的として網膜色素上皮細胞を製造する場合等には、ヒト網膜色素上皮細胞が好ましく用いられる。
【0047】
本発明の増幅方法における網膜色素上皮細胞は、網膜色素上皮を構成する上皮細胞、及びその前駆細胞をいい、例えば、生体由来の網膜色素上皮細胞;未分化細胞(多能性幹細胞、網膜色素上皮細胞の前駆体等)から分化誘導された網膜色素上皮細胞;分化細胞や網膜色素上皮細胞以外の細胞の前駆体から分化転換された網膜色素上皮細胞等、好ましくは未分化細胞から分化誘導された網膜色素上皮細胞、より好ましくは上記本発明の製造方法で得た、多能性幹細胞から分化誘導された網膜色素上皮細胞である。
【0048】
本発明の増幅方法に用いられる網膜色素上皮細胞の濃度は、網膜色素上皮細胞を均一に接着培養可能な濃度であれば特に限定されないが、例えば、10cmディッシュを用いる場合、1ディッシュ当たり1×10〜1×10細胞、好ましくは2×10〜5×10細胞、より好ましくは5×10〜1×10細胞である。
【0049】
本発明の増幅方法におけるラミニンE8フラグメントは上記と同様であり、培養基材へのコーティング方法も同様である。したがって、上記本発明の製造方法により得られた網膜色素上皮細胞を同じラミニンE8フラグメントがコーティングされた培養器上で培養することにより、得られた網膜色素上皮細胞をそのまま増幅させ、大量に得ることができるのである。さらに本発明の増幅方法によれば、分化誘導した網膜色素上皮細胞のなかに含まれる分化誘導しきれなかった細胞を相対的に減らすことができるため、本発明の増幅方法は、網膜色素上皮細胞の純化方法としても用いることが可能である。
【0050】
本発明の増幅方法において用いるラミニンE8としては、特にラミニン511E8がα6β1インテグリンに加え、α3β1インテグリン及びα7β1インテグリンに対する結合特異性を有するため、網膜色素上皮細胞に対する接着活性の向上により、網膜色素上皮細胞の維持培養の安定化、ならびに細胞増殖に寄与しうる点で好ましい。
【0051】
本発明の増幅方法によれば、細胞接着性に優れたラミニンE8を介して網膜色素上皮細胞が培養器に速やかに固定され、培地交換時の細胞損失を抑制でき、さらに継代による細胞形態の変形を抑制できるため、安定して網膜色素上皮細胞の維持培養、そして培養増殖を行うことができる。また、本発明の増幅方法によれば、膜状の網膜色素上皮細胞群をそのまま、又は培養基材より分離回収することにより、下記に示す網膜疾患治療薬として利用することもできる。
【0052】
3.網膜色素上皮細胞
本発明の製造方法、あるいは増幅方法によって得られた網膜色素上皮細胞は、ラミニンE8、特にラミニン511E8上で培養することから、細胞単独でも、そしてシートとしても培養基材から分離回収することが容易であり、優れた特性を有している。
【0053】
4.網膜疾患治療薬
本発明の製造方法により製造された網膜色素上皮細胞、及び本発明の増幅方法により増幅された網膜色素上皮細胞は、懸濁液やシート形状により生体へ移植して網膜疾患を治療する細胞移植治療薬として用いることができる。網膜疾患とは、網膜に関わる眼科疾患であって、糖尿病など他の疾患による合併症も含まれる。
【0054】
5.毒性・薬効評価薬
本発明の製造方法により製造された網膜色素上皮細胞は、健常および疾患のモデル細胞として網膜系疾患治療薬および・薬効評価糖尿病など他の合併症の疾患治療薬、またその予防薬のスクリーニング、化学物質等の安全性試験、ストレス試験、毒性試験、副作用試験、感染・混入試験に活用が可能である。一方、網膜細胞特有の光毒性、網膜興奮毒性等の毒性研究、毒性試験等に活用することも可能である。その評価方法としては、アポトーシス評価などの刺激・毒性試験のほか、前駆細胞から網膜色素上皮細胞および視細胞への正常分化に及ぼす影響を評価する試験(各種遺伝子マーカーのRT-PCR、サイトカインのELISAなどによる発現タンパク質解析、貪食能試験)、光毒性などの毒性試験、視機能に対する網膜電位や経上皮電気抵抗、自己免疫反応に起因する細胞傷害試験などがある。また、これらの試験の為の細胞材料としては、網膜色素上皮細胞のみならず、その前駆細胞も用いることが可能で、例えば、細胞を播種接着したプレート、細胞懸濁液、そのシートまたは成形体を提供することができる。これは、ヒトおよび動物試験の外挿試験として用いることができる。
【0055】
本明細書中で挙げられた特許及び特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0056】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0057】
実施例1 iPS細胞由来RPE細胞の製造
試薬
・分化誘導基本培地(GMEM培地(Invitrogen), KSR(Invitrogen), 0.1mM MEM非必須アミノ酸溶液(Invitrogen), 1mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA), 0.1M 2-メルカプトエタノール(和光純薬), 100U/ml ペニシリン-100μg/ml ストレプトマイシン(Invitrogen))
・第1分化誘導培地(KSRを20%含む分化誘導基本培地、10μM Y-27632(和光純薬)、5μM SB431542(SIGMA)、3μM CKI-7(SIGMA))
・第2分化誘導培地(KSRを15%含む分化誘導基本培地、10μM Y-27632(和光純薬)、5μM SB431542(SIGMA)、3μM CKI-7(SIGMA))
・第3分化誘導培地(KSRを10%含む分化誘導基本培地、10μM Y-27632(和光純薬)、5μM SB431542(SIGMA)、3μM CKI-7(SIGMA))
・第4分化誘導培地(KSRを10%含む分化誘導基本培地)
・RPE維持培地 (67% DMEM low glucose (SIGMA), 29% F12 (SIGMA), 1.9mM L-glutamine (Invitrogen), 1.9% B-27 supplement (Invitrogen), 96 U/mL ペニシリンナトリウム, 96 μg/mL 硫酸ストレプトマイシン)
【0058】
網膜色素上皮細胞の製造(分化誘導)
ヒト末梢血(単核球)由来iPS細胞(1120C7、京都大学提供)をラミニンコーティング培養皿(住化ベークライト社製)へ、9×106cells/9cm dishになるように播種した。ラミニンコーティング培養皿は、9cm培養皿(BD FALCON)をラミニン511E8フラグメント(WO2011043405の実施例(3)に開示のタンパク質。(ニッピ社製(iMatrix-511、NIP-8920-02))) の0.5μg/cm2水溶液を用い、37℃で1時間以上コーティングして作成した。iPS細胞は、培養皿上に速やかに接着し、浮遊凝集体の形成は確認されなかった。
上記分化誘導は以下のタイムラインで行い、本明細書中の実施例、比較例における分化誘導は全てこれに従った。培養初日をDay0とし、培養開始後(Day1)から色素細胞が確認されるDay40ごろまで毎日、全量培地交換を行った。培地は、次に示す通り段階的に組成を変更した。すなわちDay1-4は第1次分化誘導培地(20% KSR)、Day5-8は第2次分化誘導培地(15% KSR)、Day9-12は第3次分化誘導培地(10% KSR)、Day13から色素細胞が確認されるDay40ごろまでは第4次分化誘導培地(10% KSR)を用いた。
Day40ごろに色素細胞が確認された後は、Day47まで、RPE維持培地を用いて、3日に1回以上、全量培地交換を行った。培養が進むにつれ、細胞の色素が濃くなり、Day47には、多数の濃い色素を有する細胞群が認められた。Day 47に色素細胞を含む細胞集団を回収した。
コーティング剤としてラミニン511E8フラグメントを用いたことにより、播種されたiPS細胞は、培養皿に高密度で速やかに接着し、分化誘導培地による培養期間中も接着状態を安定に維持していた。そのため、全量培地交換を繰り返した際にも細胞の損失を低く抑えることができた。さらに、コラーゲンをコーティングした培養器にiPS細胞を播種したときと比較して、色素細胞が生成される割合が大幅に向上し、分化誘導効率が著しく改善された。
【0059】
実施例2 RPE細胞の製造 (他のiPS細胞)
ヒト末梢血(単核球)由来iPS細胞(1120C7、京都大学提供)に代えて、ヒト皮膚(繊維芽細胞)由来iPS細胞(201B7、京都大学提供)を用いた点以外は実施例1と同様の方法で色素細胞を得た。
その結果、実施例1と同様に、播種したiPS細胞に対して色素細胞が生成される割合が大幅に向上し、分化誘導効率が著しく改善された。
【0060】
実施例3 iPS細胞由来RPE細胞の増幅
実施例1及び実施例2におけるDay47の色素細胞を含む細胞集団が接着培養された培養皿に、0.01%Trypsin-0.53mM EDTAを加えて処理し培養皿から細胞塊を剥離した。次いで穏やかなピペッティングにより、細胞間の接着を乖離した。さらに遠心分離により細胞混合物中のタンパク質分解酵素液とその残渣不純物を上清と共に除き、次いで、セルストレーナー(DB Falcon Cell Strainer 40μm Nylon)を通してろ過分離により不要な細胞を分離して、RPE細胞を含む細胞集団を回収した(Day48)。
得られた細胞を、9×106cells/9cm dishになるように、実施例1に記載のRPE維持培地を用いて、実施例1で用いたのと同じラミニン511E8コーティング培養皿5枚へ播種し、RPE細胞コロニーの接着が確認されるDay50ごろまで静置培養した。
Day51からDay71まで、3日に1回以上3週間、RPE維持培地を用いた全量培地交換を行い、次いで、2度目のフィルター濾過分離に供したのち同じラミニン511E8コーティング培養皿各5枚へ播種し、同様に2週間培養したところ、実施例1及び実施例2のいずれの細胞集団からも、網膜色素上皮細胞を10cmディッシュで25枚分の収量にまで増幅した。得られた細胞集団の純度(n=4)は、それぞれ96.4%、100%、98.6%、99.6%であった。
一例として、98.6%純度であったディッシュの純度算出データを示す。
【0061】
【表1】
【0062】
純度は、Pax6、Bestrphinの免疫染色を行い、いずれかが染色された場合にはRPE細胞と判定し、また蛍光が見られない細胞については細胞内のメラニン色素の有無を調べ、色素を確認することでRPE細胞と判定した(色素により蛍光観察が阻害されることがあるため、蛍光が見られなくとも色素が存在すればRPE細胞と判定)。そしてそれぞれを陽性細胞に加算する方法により求めた。
なお本実施例を異なるライン(201B7)のiPS細胞で行っても、同様の結果が得られた。
【0063】
比較例1
実施例1の分化誘導工程において、ラミニン511E8でコーティングした培養皿(BD FALCON)による接着培養に代えて、MPC(2-Methacryloxylethyl Phosphoryl Choline)処理された非接着性培養皿(Nunc)を用いて浮遊培養を行った点以外は、実施例1と同様の方法で分化誘導工程を行った。
その結果、分化誘導工程における培地交換中にほぼすべての色素細胞が失われ、Day 47には色素細胞を回収できなかった。
【0064】
比較例2
実施例1の分化誘導工程において、ラミニン511E8でコーティングされた培養皿に代えて、ポリDリジン及びゼラチンでコーティングした培養皿を用いて接着培養を行った点以外は、実施例1と同様の方法で分化誘導を行った。
ラミニン511E8コーティング培養皿に比べて、ポリDリジン/ゼラチンコート培養皿に対する細胞の接着性は弱く、培地交換中に細胞が失われやすかった。そのため、培養開始後Day47の色素細胞の割合は、培養皿中の全細胞に対する色素細胞数を目視観察したところ、実施例1の1/20以下であり、分化誘導効率も著しく低かった。
【0065】
(評価1)RPE細胞マーカーの発現
実施例1〜3で得られた色素細胞について、Journal of Cell Science 2009 Sep 1 122 3169-79に記載された方法に従って、以下に示す配列のプライマーを用いてRT-PCR解析を行ったところ、市販のヒトRPE細胞株と同様、RPE細胞特異的遺伝子(RPE65,CRALBP,MERTK,BEST1)の発現がみられ、RPE細胞であることが確認された。
RPE65-F TCC CCA ATA CAA CTG CCA CT(配列番号1)
RPE65-R CCT TGG CAT TCA GAA TCA GG(配列番号2)
CRALBP-F GAG GGT GCA AGA GAA GGA CA(配列番号3)
CRALBP-R TGC AGA AGC CAT TGA TTT GA(配列番号4)
MERTK-F TCC TTG GCC ATC AGA AAA AG(配列番号5)
MERTK-R CAT TTG GGT GGC TGA AGT CT(配列番号6)
BEST1-F TAG AAC CAT CAG CGC CGT C(配列番号7)
BEST1-R TGA GTG TAG TGT GTA TGT TGG(配列番号8)
【0066】
なお本実施例を異なるライン(201B7)のiPS細胞で行っても、同様の結果が得られた。代表的な例として、RPE65で行った結果を図2に示す。
【0067】
(評価2)サイトカイン分泌能
実施例1〜3で得られた色素細胞について、IOVS.2006 47 612-3624に記載の方法に準じて、ELISAでPEDFの産生量を検出した。その結果、成人網膜のRPE細胞と同様にサイトカイン分泌能があることが確認された(表2)。
【0068】
【表2】
【0069】
なお本実施例を異なるライン(201B7)のiPS細胞で行っても、同様の結果が得られた。
【0070】
(評価3)貪食能
実施例1〜3で得られた色素細胞について、J Cell Sci. 1993 104 37-49に記載の方法に準じて、FluoSpheres(登録商標)蛍光マイクロスフェア(Invitrogen, F13081)を用いて貪食能を解析したところ、市販のヒトRPE細胞株と同程度の貪食能があることが確認された。なお本実施例を異なるライン(201B7)のiPS細胞で行っても同様の結果が得られた。また異なるライン(201B7)のiPS細胞を用い、The Lancet 2012 379 713-720に記載された方法に準じてpHrod Green E. coli BioParticles(登録商標) Conjugate for Phagocytosisb (Molecular Probes, P35366)を用いて貪食能を解析しても、同様の結果が得られた。
【0071】
比較例3
実施例2と同様にヒト皮膚(繊維芽細胞)由来iPS細胞(201B7、京都大学提供)を用い、以下1)〜3)のいずれかでコーティングされた培養皿を用いて、実施例1と同様の方法で分化誘導を行った。3つの基材を同時に分化誘導に供する試験を2回行い、基材ごとに別々に追試を一度行った。
1)ラミニン511E8(分子量150,000)(iMatrix511:ニッピ社製NIP-8920-02)を0.5μg/cm2 となるようコーティングに供する。
2)ヒト組み換えラミニン511全長(分子量776,000)(販売:ベリタス(製造:BioLamina)/BLA-LN511)を2.59μg/cm2となるようコーティングに供する。
3)マトリゲル(BD社製 354230 (総タンパク濃度:9-12 mg/ml))(基底膜マトリックス、マウス Engelbreth-Holm-Swarm(EHS) 肉腫由来の可溶性基底膜調製品。基底膜の主要な分子,IV型コラーゲン、ニドゲン、パールカン、ラミニン-111 を含む)を使用し、4℃で一晩溶解し、冷やした状態のまま、10mL/57 cm2 (0.175ml/cm2)となるように培養容器のコーティングに供する。
分化誘導開始後1日目、2日目、3日目の細胞接着の様子を図3に示す。ラミニン511E8コーティングの基材の場合、播種翌日から、ディッシュ全面に万遍なく細胞が接着・増殖し、速やかに分化誘導過程に入った。マトリゲル(ラミニン−111)コーティングの基材の場合、細胞の接着にムラがあり、一部はゲル内に浸食し、最後まで全面層にならなかった。ラミニン全長コーティングの基材の場合、接着が弱く播種翌日には細胞が一部コロニー状になっていた。増殖してディッシュ全面に広がるには4〜5日を要した。そのため分化誘導過程が不揃いになり結果として分化誘導が進まない部分が認められた。
また、分化誘導開始後15日目および細胞のろ過分離工程を行う前(40日頃)の細胞集団の様子を図4に示す。ラミニン511E8コーティングの基材の場合、15日頃、全面に細胞が敷き詰められた上に、厚く重層細胞が積り、メラニン呈色を認めた。40日頃には、細胞が厚く均一に重層しており、基底部の破れや剥がれはなかった。重層の上部にはっきりとしたメラニン含有細胞塊を認めた。マトリゲルコーティングの基材の場合、15日頃、接着細胞の均一層は認められず、細胞はゲル内に巻き込まれていた。40日頃には、明確に基底側に一層の細胞膜が形成されず、メラニン呈色もなかった。ラミニン全長コーティングの基材の場合、15日頃、全面に接着細胞が認められたが、分化誘導が進んでいない部分が多く認められ、他のロットでは接着面層に破れや剥がれが見られたケースもあった。また上部の重層細胞が貧弱であり、メラニン呈色は極めて弱かった。重層していた細胞は20日頃から徐々に脱落し、40日頃には、基底側の細胞膜の破れが顕著化した。
以上のことから、マトリゲルコーティングの基材の場合、いずれも生育不全および分化誘導不全が認められ、ラミニン全長コーティングの基材の場合、いずれも接着細胞数の減少、重層細胞数の脆弱が顕著化し、メラニン呈色によって示されるRPE細胞の出現効率、その分化誘導速度ともに著しく低く、最終的に得られるRPE細胞の収率は低かった。よって、本発明のラミニンE8フラグメントでコーティングされた培養基材により、網膜色素上皮細胞が極めて効率よく製造できることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の製造法によれば、ラミニンE8フラグメントでコーティングされた培養基材により、網膜色素上皮細胞を簡易な方法で効率よく製造できる。本発明の製造法は、分化誘導効率に優れ、簡易な操作で網膜色素上皮細胞を純化でき、しかも工程中の細胞損失を抑えて高い収量で網膜色素上皮細胞を産生することができる。本発明の方法で製造された網膜色素上皮細胞は網膜疾患の治療のみならず、健常および疾患モデル細胞としても有用である。
【0073】
本出願は日本で出願された特願2013−212345(出願日:2013年10月9日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]