特開2019-80620(P2019-80620A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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特開2019-80620対象における活動時間及び/又は活動量を増加させる方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-80620(P2019-80620A)
(43)【公開日】2019年5月30日
(54)【発明の名称】対象における活動時間及び/又は活動量を増加させる方法
(51)【国際特許分類】
   A61N 5/06 20060101AFI20190510BHJP
   F21S 2/00 20160101ALI20190510BHJP
   F21Y 115/10 20160101ALN20190510BHJP
【FI】
   A61N5/06 Z
   F21S2/00 400
   F21Y115:10
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-208484(P2017-208484)
(22)【出願日】2017年10月27日
(71)【出願人】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】辻村 誠一
(72)【発明者】
【氏名】橋口 周平
【テーマコード(参考)】
3K244
4C082
【Fターム(参考)】
3K244AA05
3K244BA01
3K244CA01
3K244DA01
3K244DA16
4C082PA02
4C082PC09
4C082PE09
4C082PG13
4C082PG16
4C082PJ04
(57)【要約】
【課題】一実施形態において、本発明は、対象における活動時間及び/又は活動量を増加させる方法を提供することを課題とする。
【解決手段】一実施形態において、本発明は、光照射により内因性光感受性網膜神経節細胞(ipRGC)及び錐体細胞を刺激する第一刺激工程、及びipRGCの刺激量が、第一刺激工程におけるそれより高く、かつ錐体細胞の刺激量が第一刺激工程におけるそれと実質的に同一となる光を用いて、ipRGC及び錐体細胞を刺激する第二刺激工程、を含む、対象における活動時間及び/又は活動量を増加させる方法に関する。
【選択図】図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光照射により内因性光感受性網膜神経節細胞(ipRGC)及び錐体細胞を刺激する第一刺激工程、及び
ipRGCの刺激量が、第一刺激工程におけるそれより高く、かつ錐体細胞の刺激量が第一刺激工程におけるそれと実質的に同一となる光を用いて、ipRGC及び錐体細胞を刺激する第二刺激工程、
を含む、対象における活動時間及び/又は活動量を増加させる方法。
【請求項2】
第一刺激工程における光をI1(λ)、第二刺激工程における光をI2(λ)とし、L錐体細胞、M錐体細胞、S錐体細胞、ipRGCの波長λにおける刺激量をそれぞれL(λ)、M(λ)、S(λ)、ipRGC(λ)とし、
L錐体細胞、M錐体細胞、S錐体細胞、及びipRGCの波長λにおける第一刺激工程の刺激量L1(λ)、M1(λ)、S1(λ)、及びipRGC1(λ)、並びに、第二刺激工程の刺激量L2(λ)、M2(λ)、S2(λ)、ipRGC2(λ)が以下の式:
【数1】
で定義されたときに、以下の条件:
【数2】
が満足される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
第一刺激工程及び第二刺激工程が、異なる波長領域を有する複数の光を合成した合成光、又は光吸収素材若しくは光反射素材により波長領域を調整した光により行われる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
対象がヒトであり、
第一刺激工程及び第二刺激工程が、
440nm〜480nmの波長を有する第一の光、
510nm〜535nmの波長を有する第二の光、
565nm〜600nmの波長を有する第三の光、及び
585nm〜645nmの波長を有する第四の光、を用いて行われる、
請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
第一刺激工程及び第二刺激工程が、それぞれ1日当たり2時間〜22時間行われ、第一刺激工程及び第二刺激工程が、合計で1日当たり4〜24時間行われる、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光照射により対象における活動時間及び/又は活動量を増加させる方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの光受容器は赤緑青色に感度をもつ3種類の錐体細胞と桿体細胞だけであると考えられていたが、近年、新たに視物質メラノプシンを含む神経節細胞(内因性光感受性網膜神経節細胞、intrinsically photoreceptive retinal ganglion cells:以下「ipRCG」と表記する)が発見された(非特許文献1)。ipRGCは、概日リズムの調節及び瞳孔の対光反射等、非撮像系経路(non-image forming pathway)において重要な役割を担っていることが報告されている(非特許文献2)。本発明者らは、これまでにipRGC細胞を選択的に刺激することを可能にする装置を報告しているが(特許文献1)、ipRGC細胞を選択的に刺激した場合に動物の概日リズムがどのように制御されるかの詳細は解明されていなかった。
【0003】
概日リズムを制御することができればその応用範囲は広い。例えばヒト等の動物の活動時間及び/又は活動量を増加させることができれば、その生産性を高め得ると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010-162214号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Freedman MS et al., Science, Vol. 284, 5413,pp. 505-507, 1999
【非特許文献2】Berson DM et al, Science, Vol. 295, 5557, pp. 1065-70, 2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、対象における活動時間及び/又は活動量を増加させる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、ipRCGを選択的に刺激することによって、対象における活動時間及び/又は活動量を増加させ得ることを見出し、本願発明を完成させた。
【0008】
本発明は、以下の態様を包含する。
(1)光照射により内因性光感受性網膜神経節細胞(ipRGC)及び錐体細胞を刺激する第一刺激工程、及び
ipRGCの刺激量が、第一刺激工程におけるそれより高く、かつ錐体細胞の刺激量が第一刺激工程におけるそれと実質的に同一となる光を用いて、ipRGC及び錐体細胞を刺激する第二刺激工程、
を含む、対象における活動時間及び/又は活動量を増加させる方法。
(2)第一刺激工程における光をI1(λ)、第二刺激工程における光をI2(λ)とし、L錐体細胞、M錐体細胞、S錐体細胞、ipRGCの波長λにおける刺激量をそれぞれL(λ)、M(λ)、S(λ)、ipRGC(λ)とし、
L錐体細胞、M錐体細胞、S錐体細胞、及びipRGCの波長λにおける第一刺激工程の刺激量L1(λ)、M1(λ)、S1(λ)、及びipRGC1(λ)、並びに、第二刺激工程の刺激量L2(λ)、M2(λ)、S2(λ)、ipRGC2(λ)が以下の式:
【数1】
で定義されたときに、以下の条件:
【数2】
が満足される、(1)に記載の方法。
(3)第一刺激工程及び第二刺激工程が、異なる波長領域を有する複数の光を合成した合成光、又は光吸収素材若しくは光反射素材により波長領域を調整した光により行われる、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)対象がヒトであり、
第一刺激工程及び第二刺激工程が、
440nm〜480nmの波長を有する第一の光、
510nm〜535nmの波長を有する第二の光、
565nm〜600nmの波長を有する第三の光、及び
585nm〜645nmの波長を有する第四の光、を用いて行われる、
(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)第一刺激工程及び第二刺激工程が、それぞれ1日当たり2時間〜22時間行われ、第一刺激工程及び第二刺激工程が、合計で1日当たり4〜24時間行われる、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、対象における活動時間及び/又は活動量を増加させ得る。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、ヒトにおけるipRGC、L錐体細胞、M錐体細胞、及びS錐体細胞の各波長の光に対する相対感度を示す。ipRGC及びS錐体細胞については、最大感度を1とした場合の相対感度を示し、L錐体細胞及びM錐体細胞の感度については、その和の最大感度が1となるように調整した相対感度(比視感度)を示す。横軸は波長(nm)を、縦軸は各波長の光に対する感度を示す。
図2図2は、実施例で用いた光照射装置の模式図である。201はPCを、202はマイクロコンピュータを、203はLEDドライバを、204はLEDを、205は光学系を、206はランダムに配列された光ファイバーの束を、207はフラットパネルを、208は飼育ゲージを指す。
図3図3は、実施例で用いたipRGC高刺激条件(ipRGC-High)とipRGC低刺激条件(ipRGC-Low)の照射スケジュールを示す。ipRGCに対する相対刺激のみが、ipRGC-Highでより高く、その他の視細胞に対する相対刺激は、両者で同一である。午前6時をZT0、午後6時をZT12とし、12時間ごとにipRGC-HighとipRGC-Lowを切り替え、これを1サイクルとして繰り返した。
図4図4は、対照である蛍光灯による光刺激によるマウスの行動量の日内変動をアクトグラムで表した図である。ZT0〜ZT12の間を光刺激オン、ZT12〜ZT24の間を光刺激オフとしている。図4の上部バーは48時間の時間経過を表し、その下のグラフは各時刻におけるマウスの行動量を示している。黒い部分ではマウスの行動量が高く、白い部分は行動量が低い。一つのグラフが2日間(48時間)の行動量の変化を示し、1つのグラフの右側(ZT24〜ZT48)は、翌日のグラフの左側(ZT0〜ZT24)と同一である。左側の数字は、試験開始後の日数を示す。
図5図5は、ipRGC高刺激条件(ipRGC-High)とipRGC低刺激条件(ipRGC-Low)で光刺激を行った場合の、マウスの行動量の日内変動をアクトグラムで表した図である。ZT0〜ZT12及びZT24〜ZT36の間をipRGC-High、ZT12〜ZT24及びZT36〜ZT48の間をipRGC-Lowとしている。上部バー、下部のグラフ、及び左側の数字については、図4と同様である。
図6図6は、蛍光灯による光刺激を行った際のマウスの行動量をプロットしたものである。横軸は時間(分)、縦軸は図4の結果に基づく平均行動量を示す。図中の矢印は、活動量のピークを示す。
図7図7は、ipRGC高刺激条件(ipRGC-High)とipRGC低刺激条件(ipRGC-Low)で光刺激を行った際のマウスの行動量をプロットしたものである。横軸は時間(分)、縦軸は図5の結果に基づく平均行動量を示す。図中の矢印は、活動量のピークを示す。
図8図8は、比較のために、蛍光灯による光刺激を行った場合と、ipRGC高刺激条件(ipRGC-High)とipRGC低刺激条件(ipRGC-Low)で光刺激を行った場合のマウスの行動量の日内変動をグラフにプロットしたものである。横軸は時間(分)、縦軸は比較のため、正規化した行動量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
一態様において、本発明は、対象における活動時間及び/又は活動量を増加させる方法に関する。
【0012】
本明細書において、「対象」とは本発明の方法に供される動物を意味する。対照の動物種は脊椎動物であれば限定せず、例えば魚類、鳥類、両生類、爬虫類、又は哺乳動物であってよい。対象は、好ましくは哺乳動物、例えばヒト及びチンパンジーなどの霊長類、ラット、マウス、及びウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、及びヤギ等の家畜動物、並びにイヌ及びネコ等の愛玩動物、好ましくはヒトである。
【0013】
本明細書において、「活動時間」の増加は、対象の一日当たりの活動時間の増加を意味する。動物は、通常「概日リズム」と呼ばれる約24時間周期で変動する生理的サイクルを有し、その活動時間は動物種や環境、及び明暗期の長さによりある程度定められる。例えば、夜行生物は暗期の夜間に活動して明期の昼間に休息(睡眠)し、昼行性動物は昼間に活動して夜間に休息(睡眠)する。本発明の方法は、好ましくは、概日リズムの周期自体の長さを変更することなく、一日当たりの活動時間を増加させる。活動時間の増加量は限定しないが、例えば30分以上、1時間以上、2時間以上、又は3時間以上であってよく、8時間以下、6時間以下、5時間以下、又は4時間以下であってよい。
【0014】
本明細書において、「活動量」の増加は、対象の一日当たりの活動量を意味する。活動量は、例えば動物の移動量又は行動量として規定することができ、これは、例えば対象を一定の空間に置き、行動履歴解析ソフトや画像処理ソフト等を用いることで容易に測定することができる。活動量の増加は、例えば1.1倍以上、1.2倍以上、1.5倍以上、又は2倍以上であってよい。
【0015】
本発明の対象における活動時間及び/又は活動量を増加させる方法は、第一刺激工程及び第二刺激工程を含む。第一刺激工程と第二刺激工程は、光照射によりipRGC及び錐体細胞を刺激する点で共通する。第一刺激工程と第二刺激工程の差異は、第二刺激工程におけるipRGCの刺激量が、第一刺激工程におけるそれより高く、かつ錐体細胞の刺激量が第一刺激工程におけるそれと実質的に同一となる光を用いて、ipRGC及び錐体細胞を刺激する点である。
【0016】
本明細書において、「ipRGC(内因性光感受性網膜神経節細胞)」とは、メラノプシンという視物質を有する、網膜に存在する光受容器である。ipRGCは、概日リズムの調節及び瞳孔の対光反射等、非撮像系経路(non-image forming pathway)において重要な役割を担っていることが知られている。本明細書において、「ipRGC」は、メラノプシンを含む光受容器であれば特に限定されず、ヒト以外の動物種における同等の光受容器を含むものとする。
【0017】
本明細書において、「錐体細胞」とは、網膜に存在し、色の認識に重要な役を果たす光受容器である。錐体細胞の種類及び感度は動物種によって異なり、例えば、ヒトでは比較的長い波長の光に高い感度を有するL錐体細胞、中程度の波長の光に高い感度を有するM錐体細胞、比較的短い波長の光に高い感度を有するS錐体細胞の三種類の錐体細胞が存在する。
【0018】
図1に、ヒトにおけるipRGC、L錐体細胞、M錐体細胞、及びS錐体細胞の各波長の光に対する相対感度を示す。図1に示される様に、ipRGC、L錐体細胞、M錐体細胞、及びS錐体細胞は、感度を有する波長域が重複しており、単波長を有する光だけでは、ipRGCのみを選択的に刺激することはできないことがわかる。
【0019】
本発明の方法において、「第二刺激工程におけるipRGCの刺激量が第一刺激工程におけるそれより高い」とは、例えば第二刺激工程におけるipRGCの刺激量が第一工程におけるipRGCの刺激量の1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、1.5倍以上、好ましくは1.6倍以上、1.7倍以上、1.8倍以上、1.9倍以上、又は2倍以上であることを指す。また、「第一刺激工程及び第二刺激工程における錐体細胞の刺激量が実質的に同一」とは、例えば、その刺激量の差が、10%以下、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下、5%以下、好ましくは4%以下、3%以下、2%以下、1%以下であるか、又は差がないことを意味する。錐体細胞の種類及び感度は動物種によって異なるが、原則としてその対象に存在する全ての錐体細胞について、刺激量を実質的に同一にする。
【0020】
上記の通り、本発明の方法における第一刺激工程及び第二刺激工程では、錐体細胞の刺激量を実質的に同一とするが、桿体細胞が視覚に寄与する光の弱い条件では、錐体細胞に加えて桿体細胞の刺激量も実質的に同一にすることが好ましい。
【0021】
本明細書において、「桿体細胞」とは、網膜に存在し、色素としてロドプシンを有する光受容器である。桿体細胞は単独の視物質のみを発現するため、色覚にはほぼ関与しない一方、感度が高い。暗所では錐体細胞はほとんど働かず、主に桿体細胞が働くことが知られている。
【0022】
本発明の方法における第一刺激工程及び第二刺激工程では、錐体細胞の刺激量が同一であるため同じ色感覚を生ずるが、異なるスペクトルを有する光により刺激が行われる。このような刺激条件は、一般にメタマー対と呼ばれる。メタマーを生ずる照射光の条件について、以下説明する。
【0023】
第一刺激工程における光をI1(λ)、第二刺激工程における光をI2(λ)とし、L錐体細胞、M錐体細胞、S錐体細胞、ipRGCの波長λにおける刺激量をそれぞれL(λ)、M(λ)、S(λ)、ipRGC(λ)とする。この場合、第一刺激工程におけるL錐体細胞、M錐体細胞、S錐体細胞、ipRGCの刺激量L1、M1、S1、及びipRGC1は、以下の式で定義される。
【0024】
【数3】
【0025】
上記式(1)は、第一刺激工程におけるL錐体細胞の刺激量が、波長λに対するL錐体細胞の刺激量を、全ての波長について足し合わせたものであることを意味する。なお、上記式(1)において、変数はI(λ)であり、I(λ)は光の波長とその強さを含む概念である。上記式(2)〜(4)についても同様である。
【0026】
同様に、第二刺激工程におけるL錐体細胞、M錐体細胞、S錐体細胞、ipRGCの刺激量L2、M2、S2、及びipRGC2は、以下の式で定義される。
【0027】
【数4】
【0028】
上記式(5)は、第二刺激工程におけるL錐体細胞の刺激量が、波長λに対するL錐体細胞の刺激量を、全ての波長について足し合わせたものであることを意味する。なお、上記式(5)において、変数はI2(λ)であり、I2(λ)は光の波長とその強さを含む概念である。上記式(6)〜(8)についても同様である。この時、第一刺激工程と第二刺激工程において、錐体細胞の刺激量が同一であるが、第二刺激工程におけるipRGCへの刺激量のみが第一刺激工程より高いことは、以下の式で表される。
【0029】
【数5】
【0030】
なお、上記式(9)〜(12)は、錐体細胞を三種類有するヒトにおけるメタマー条件を規定するものであるが、他の動物種においても、錐体細胞の種類及び感度に応じて同様にメタマー条件を規定することができる。例えば、錐体細胞の種類がヒトよりも少ない動物種においては、式(9)〜(11)のいずれか一つ以上を削除して、錐体細胞の種類がヒトよりも多い動物種においては、さらに式(9)〜(11)に相当する式を追加して、同様にメタマー条件を定義することができる。なおヒトの桿体細胞については明所視条件ではその反応が飽和していると考えているので考慮していないが、他の動物種においては桿体の刺激量も考慮してもよい。例えば、マウスでは、桿体細胞、S錐体細胞、M錐体細胞の刺激量を同一にすることができる。
【0031】
上記の様な条件を満足する、すなわちメタマーを生ずる照射光の波長と輝度の組み合わせは、当業者であれば過度の試行錯誤なく選択することができる。視細胞の種類及び感度は動物種によって異なるため、メタマーを生ずる照射光は、動物種に応じて設定され得る。例えば、対象がヒトであれば、430nm〜530nmの波長を有する第一の光、470nm 〜600nmの波長を有する第二の光、550nm〜620nmの波長を有する第三の光、及び580nm〜665nmの波長を有する第四の光を組み合わせて用いて各光の輝度を調整すれば、第一刺激工程及び第二刺激工程においてメタマーを生ずることができる。例えば、440nm〜480nm(好ましくは455nm〜480nm)の波長を有する第一の光、490nm〜535nm(好ましくは490nm〜525nm)の波長を有する第二の光、565nm〜600nm(好ましくは585nm〜600nm)の波長を有する第三の光、及び585nm〜645nm(好ましくは625nm〜640nm)の波長を有する第四の光、を組み合わせて用いる。同様に、例えば対象がマウスであれば、360nm〜440nm(好ましくは400nm〜415nm)の波長を有する第一の光、410nm〜490nm(好ましくは440nm〜455nm)の波長を有する第二の光、500nm〜580nm(好ましくは540nm〜555nm)の波長を有する第三の光、及び590nm〜670nm(好ましくは620nm〜640nm)の波長を有する第四の光、を組み合わせて用いて各光の輝度を調整すれば、第一刺激工程及び第二刺激工程においてメタマーを生ずることができる。上記第一の光、第二の光、第三の光、及び第四の光は複数の光源に由来してもよいし、一つの光源について波長領域を調整して四つの光を得てもよいが、複数の光源に由来する光を用いることで、波長及び輝度をより正確に調整することが可能となる。
【0032】
第一刺激工程及び第二刺激工程における照射光は、異なる波長領域を有する複数、例えば4以上、5以上、又は6以上の光を合成した合成光であってもよい。合成光を用いることで、均一な色及び輝度を有する光を対象に照射することができる。合成光は、例えば積分球、光ファイバー、及び異なる波長の光を出力するプロジェクター等により、複数の光から作ることができる。
【0033】
また、第一刺激工程及び第二刺激工程における照射光は、前記合成光若しくは広波長領域を有する1つの光について、光吸収素材若しくは光反射素材により波長領域を調整した光であってもよい。広波長領域を有する光の例として蛍光灯、白熱灯、キセノン灯、ハロゲン灯及び広波長領域を有するLEDが挙げられる。光吸収素材若しくは光反射素材の例としては、特定の波長領域の光を吸収又は反射するフィルター、フィルム、カバー、シート(例えば合成樹脂シート)、及びレンズ等が挙げられる。特定の波長領域の光を吸収又は反射する素材の例として、誘導体多層膜が挙げられる。誘導体多層膜の材質や膜厚を選択することで、特定の波長領域の光を吸収又は反射する素材を作製することができる。
【0034】
また、第一刺激工程及び第二刺激工程は、異なる波長領域を有する複数の光の合成、及び/又は光吸収素材若しくは光反射素材を用いて、任意のスペクトラムを有する光を設定可能な、プログラマブル光源によって行ってもよい。
【0035】
第一刺激工程及び第二刺激工程は、例えば特開2010-162214に記載の装置を用いて行うことができる。すなわち、第一刺激工程及び第二刺激工程は、第1の波長領域に係る光を発する第1の光源、第2の波長領域に係る光を発する第2の光源、第3の波長領域に係る光を発する第3の光源、第4の波長領域に係る光を発する第4の光源、複数の光源から発せられた光を合成して合成光を出力する光合成手段、並びに前記第1の光源、前記第2の光源、前記第3の光源及び前記第4の光源の各光源を制御して、網膜に存在する錐体細胞及びipRGCをそれぞれ独立して刺激するための前記合成光を前記網膜に対して照射する制御を行う制御手段、を含む光照射装置により行うことができる。前記光照射装置の更なる詳細な構成は特開2010-162214に記載された通りである。
【0036】
第一刺激工程及び第二刺激工程の時間は、それぞれ1日当たり2時間以上、3時間以上、4時間以上、5時間以上、6時間以上、7時間以上、8時間以上、9時間以上、好ましくは10時間以上、11時間以上、又は12時間以上行われる。また、第一刺激工程及び第二刺激工程は、それぞれ1日当たり22時間以下、21時間以下、20時間以下、18時間以下、17時間以下、16時間以下、15時間以下、14時間以下、13時間以下、又は12時間以下行われる。例えば、第一刺激工程及び第二刺激工程は、それぞれ1日当たり2時間〜22時間、6時間〜18時間、好ましくは10時間〜14時間、又は12時間ずつ行われる。
【0037】
第一刺激工程及び第二刺激工程は、合計で1日当たり4時間以上、6時間以上、8時間以上、10時間以上、12時間以上、14時間以上、16時間以上、18時間以上、20時間以上、22時間以上行われる。例えば、第一刺激工程及び第二刺激工程は、合計で1日当たり4時間〜24時間、8時間〜24時間、12時間〜24時間、16時間〜24時間、20時間〜24時間、又は24時間行われる。
【0038】
第一刺激工程及び第二刺激工程による刺激は、1サイクルのみ行ってもよいし、複数サイクル、例えば2サイクル以上、4サイクル以上、6サイクル以上、10サイクル以上、20サイクル以上、又は30サイクル以上行ってもよい。第一及び第二刺激工程のサイクルの上限は限定しないが、例えば100サイクル以下、90サイクル以下、80サイクル以下、70サイクル以下、60サイクル以下、又は50サイクル以下であってよい。
【実施例】
【0039】
<材料と方法>
(光刺激照射装置)
用いた光刺激照射装置の模式図を図2に示す。201はPCを、202はマイクロコンピュータを、203はLEDドライバを、204はLEDを、205は光学系を、206はランダムに配列された光ファイバーの束を、207はフラットパネルを、208は飼育ゲージを指す。光刺激照射装置のさらなる詳細を以下に示す。
【0040】
(1)刺激制御部(LEDドライバ、PC、マイクロコンピュータ)
PC内での刺激提示プログラム(Broland C++, USA)、マイクロコンピュータ(H8、 Renesas Electronics, Japan)及びLEDドライバ(DK-136M Luminus Devices, USA)によって、4色の異なる色の発光ダイオード(CBT-120, Luminus Devices, USA)の輝度を制御した。
【0041】
PC内での刺激提示プログラムは、刺激の提示時間及び各発光ダイオードの強度等を計算し、LEDドライバを制御した。各LEDからの光束はレンズによって集光され干渉フィルター(Edmund Optics, USA)を通し、光ファイバーに入力した。干渉フィルターの中心波長は636nm、568nm、450nm、410nmであった。フラットパネル(100 mm x 100 mm, Optel, Japan)から出力される4原色のピーク波長は635nm、551nm、454nm、410nmであった。LEDドライバは、各発光ダイオードに時間的なパルス列(1 kHz)を与えて各発光ダイオードの輝度を制御した。
【0042】
(2)刺激提示部(フラットパネル、光ファイバー)
それぞれの発光ダイオードの光から放射された光は光ファイバーで積分され、フラットパネルの開口部から放射された。開口部からの放射光は、ケージを通して対象の網膜に到達した。
【0043】
(実験動物)
(1)日本クレア社から購入したBalb/cマウス、日本チャールズリバー社から購入したCBA/J及びC57BL/6マウスを使用した。
(2)マウスは、自由摂食可能な、12時間交代の明暗サイクルの飼育室環境下で飼育した。
(3)光刺激照射装置を用いた実験では、実験開始前にマウスを恒暗条件で2週間飼育した後、メラノプシン刺激条件環境下で、赤外線カメラを用いてマウスの行動を記録しながら飼育した。マウスの行動の記録は、Packer et al., Physiol Genomics. 2007 Jan 17;28(2):232-8を基に研究室で開発したプログラムを用いた(Visual Studio, Microsoft, USA)。
(4)画像処理によりマウスの行動量の変化を算出しアクトグラムを得た。アクトグラムによる描画には、ActogramJ(Schmid B, Helfrich-Forster C, Yoshii T, J Biol Rhythms 2011, 26:464-467)を用いた。
【0044】
(照明条件)
(1)メラノプシン刺激条件
マウスへの光刺激提示について、1日24時間のうち12時間はメラノプシン細胞への刺激量を高くし(ipRGC-High)、残り12時間はメラノプシン細胞への刺激量を低くした(ipRGC-Low)。メラノプシン細胞への刺激量を高くした時刻をZT0とし、メラノプシン細胞への刺激量を低くした時刻をZT12とした。なお錐体細胞、桿体細胞への刺激量は一日中一定である。メラノプシン刺激条件の照射スケジュールを図3に示す。
(2)明暗条件
明暗条件での光刺激は、蛍光灯を用いて、ZT0-ZT12の間、光刺激をオン、ZT12-ZT24の間、光刺激をオフとした。
【0045】
<結果>
対照であるマウスの光刺激による動態解析の結果を図4に示す。図4は、マウスの行動量の日内変動をアクトグラムで表した図である(a double-plotted actogram)。光刺激はZT0-ZT12の間、光刺激をオン、ZT12-ZT24の間、光刺激をオフとしている(明暗条件)。
【0046】
図4の上部バーは48時間の時間経過を表し、その下のグラフは各時刻におけるマウスの行動量を示している。黒く見える部分ではマウスの行動量が高く、白く見える部分は行動量が低い。一つのグラフが2日間(48時間)の行動量の変化を示し、1つのグラフの右側(ZT24〜48)が、翌日のグラフの左側(ZT0〜24)と対応している。左側の数字は、試験開始後の日数を示す。図4から、マウスは夜行性動物であるので、日中(ZT0-ZT12)よりも夜間(ZT12-ZT24)の行動量が高いことがわかる。
【0047】
メラノプシン刺激条件下におけるマウス行動量を図5に示す。上部バー、グラフの示すもの、左側の数字の意味については図4と同様である。概ねZT12からマウスの行動量が高いことについては明暗条件と同じであるが、行動量がZT0-ZT3の間も持続していることを示している。
【0048】
図6は横軸に時間(分)、縦軸に図4の結果に基づく平均行動量をとり、明暗条件における行動量をプロットしたものである。明暗条件では0分(ZT0)から約600分(ZT10)まで行動量は低く、600分を過ぎた時刻から上昇が始まり、800分頃(ZT13〜ZT14)でピークに達した。その後、徐々に下降した。
【0049】
図7は、図6と同様に、横軸に時間(分)、縦軸に図5の結果に基づく平均行動量をとり、メラノプシン刺激条件における行動量をプロットしたものである。メラノプシン刺激条件では、明暗条件と同様に600分頃から行動量が上昇を開始し、800分頃にピークに達した。その後、明暗条件とは異なりしばらく行動量が維持され、おおよそ100分頃(ZT1〜ZT2)から行動量の下降が始まった。下降は200分(ZT3〜ZT4)で終わり、その後、低い行動量が持続されている。
【0050】
図8は、比較のために、明暗条件とメラノプシン刺激条件での行動量の日内変動をグラフにプロットしたものである。比較のため、両条件の行動量は正規化している。照明条件が異なるにもかかわらず、両条件ではほとんど同じ時刻(600分)(ZT10)に行動量の増加が観察された。一方で明暗条件では800分(ZT13〜ZT14)から行動量が次第に減少し、0分(ZT0)で急激に低下しているのに対し、メラノプシン条件では1400分頃(ZT24)まで行動量が持続され、0分(ZT0)から200分(ZT3〜ZT4)にかけて次第に低下していることがわかる。
【0051】
以上の結果は、従来一般的な光刺激条件である明暗条件と異なり、メラノプシン細胞を選択的に刺激する光条件では、活動時間及び/又は活動量を増加させ得ることを示している。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8