【課題】摩擦抵抗の増大を抑制しつつ、潤滑油の供給が断続的である潤滑環境下、或いは、潤滑油が微量である潤滑環境下であったとしても焼付きを防止することができるラジアル型ころ軸受を提供する。
【解決手段】円筒ころ軸受10の保持器14は、短繊維を混合した樹脂製であり、一対の円環部14aの軸方向内端面14bところ13の軸方向外端面13bとの間に隙間S1をそれぞれ有して、軸方向に沿って所定の範囲で移動可能に設けられ、一対の円環部14aの軸方向内端面14bに、エッチングにより樹脂のみを除去し短繊維を突出させた溝(保油部)20がそれぞれ設けられ、保持器14が軸方向に移動したときに、溝20がころ13の軸方向外端面13bに接触可能である。
内周面に外輪軌道面を有する外輪と、外周面に内輪軌道面を有する内輪と、前記外輪軌道面と前記内輪軌道面との間に転動可能に設けられる複数のころと、前記複数のころを周方向に略等間隔に保持する保持器と、を備え、
前記外輪の軸方向両端部に、前記複数のころを案内する外輪鍔部がそれぞれ設けられ、
前記保持器は、同軸に配置される一対の円環部と、前記一対の円環部を軸方向に連結し、周方向に略等間隔に設けられる複数の柱部と、周方向に互いに隣り合う前記柱部間に形成され、前記ころを転動可能に保持するポケットと、を有するラジアル型ころ軸受であって、
前記保持器は、短繊維を混合した樹脂製であり、前記一対の円環部の軸方向内端面と前記ころの軸方向外端面との間に隙間をそれぞれ有して、軸方向に沿って所定の範囲で移動可能に設けられ、
前記一対の円環部の軸方向内端面に、樹脂のみを除去し前記短繊維を突出させた保油部がそれぞれ設けられ、
前記保持器が軸方向に移動したときに、前記保油部が前記ころの軸方向外端面に接触可能であることを特徴とするラジアル型ころ軸受。
前記円環部の軸方向内端面において、前記ころがスキューしたときに前記ころの軸方向外端面が接触する部分に前記保油部が設けられることを特徴とする請求項1に記載のラジアル型ころ軸受。
前記円環部の軸方向内端面において、前記ころがスキューしたときに前記ころの軸方向外端面が接触しない部分に前記保油部が設けられていないことを特徴とする請求項1に記載のラジアル型ころ軸受。
前記保油部は、前記円環部の軸方向内端面の前記ころの軸方向外端面と接触する部分の少なくとも一部を残して設けられることを特徴とする請求項1に記載のラジアル型ころ軸受。
前記ころと前記保持器が前記外輪の軸方向一方側に移動した時に、前記保持器及び前記保油部が前記外輪の軸方向外端面よりも軸方向内側に位置することを特徴とする請求項1に記載のラジアル型ころ軸受。
潤滑油が軸受内部に断続的に供給される、或いは、軸受内部の潤滑油が微量である潤滑環境下で使用されることを特徴とする請求項1〜13のいずれか1項に記載のラジアル型ころ軸受。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に記載の軸受では、ころの軸方向端面と保持器のポケット面のそれぞれに形成した凹部に潤滑油を溜め込むことはできるものの、凹部に潤滑油を溜め込むには、ころの軸方向端面と保持器のポケット面が密着している必要があるため、ころが保持器の一対の円環部に常時挟まれて、摩擦抵抗が増大していた。また、ころが保持器の一対の円環部に挟み込まれないようにすき間を設けると、溜め込んだ潤滑油が漏れ出てしまう背反関係にあった。
【0006】
また、上記特許文献2に記載の軸受は、外輪に径方向に貫通する給油孔を設けて、オイルエアによる強制潤滑を行うものであるが、この潤滑方式は、微量な潤滑油の潤滑環境下(枯渇潤滑時)における耐焼付き性向上に応用できるものではなかった。
【0007】
また、上記特許文献3は、潤滑油ではなく極圧添加剤を充填させる発明であり、目的は異なるがポケット面に凹部を形成し、極圧添加剤を含浸させた高分子材を埋設している。しかし、高分子材を埋設しているため、製造の工数が増えてコストが増大すると共に、高分子材が脱落した場合には、軸受に噛み込んだり、機械を詰まらせたりする可能性があった。
【0008】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、摩擦抵抗の増大を抑制しつつ、潤滑油の供給が断続的である潤滑環境下、或いは、潤滑油が微量である潤滑環境下であったとしても焼付きを防止することができるラジアル型ころ軸受を提供することにある。
【0009】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1)内周面に外輪軌道面を有する外輪と、外周面に内輪軌道面を有する内輪と、前記外輪軌道面と前記内輪軌道面との間に転動可能に設けられる複数のころと、前記複数のころを周方向に略等間隔に保持する保持器と、を備え、前記外輪の軸方向両端部に、前記複数のころを案内する外輪鍔部がそれぞれ設けられ、前記保持器は、同軸に配置される一対の円環部と、前記一対の円環部を軸方向に連結し、周方向に略等間隔に設けられる複数の柱部と、周方向に互いに隣り合う前記柱部間に形成され、前記ころを転動可能に保持するポケットと、を有するラジアル型ころ軸受であって、前記保持器は、短繊維を混合した樹脂製であり、前記一対の円環部の軸方向内端面と前記ころの軸方向外端面との間に隙間をそれぞれ有して、軸方向に沿って所定の範囲で移動可能に設けられ、前記一対の円環部の軸方向内端面に、樹脂のみを除去し前記短繊維を突出させた保油部がそれぞれ設けられ、前記保持器が軸方向に移動したときに、前記保油部が前記ころの軸方向外端面に接触可能であることを特徴とするラジアル型ころ軸受。
(2)前記円環部の軸方向内端面において、前記ころがスキューしたときに前記ころの軸方向外端面が接触する部分に前記保油部が設けられることを特徴とする(1)に記載のラジアル型ころ軸受。
(3)前記円環部の軸方向内端面において、前記ころがスキューしたときに前記ころの軸方向外端面が接触しない部分に前記保油部が設けられていないことを特徴とする(1)に記載のラジアル型ころ軸受。
(4)前記保油部は、前記短繊維を突出させた孔であり、前記孔の孔径は、前記短繊維の長さよりも小さいことを特徴とする(1)に記載のラジアル型ころ軸受。
(5)前記保油部は、前記短繊維を突出させた溝であり、前記溝の溝幅は、前記短繊維の長さよりも小さいことを特徴とする(1)に記載のラジアル型ころ軸受。
(6)前記溝の最長直線長さは、前記短繊維の長さよりも小さいことを特徴とする(5)に記載のラジアル型ころ軸受。
(7)前記保油部は、前記円環部の軸方向内端面の全域に設けられることを特徴とする(1)に記載のラジアル型ころ軸受。
(8)前記保油部は、前記円環部の軸方向内端面の前記ころの軸方向外端面と接触する部分の少なくとも一部を残して設けられることを特徴とする(1)に記載のラジアル型ころ軸受。
(9)前記保油部は、前記円環部の軸方向内端面から内周面に連続して設けられることを特徴とする(1)に記載のラジアル型ころ軸受。
(10)前記保持器の前記円環部の外周面が前記外輪の前記外輪鍔部の内周面で案内されることを特徴とする(1)に記載のラジアル型ころ軸受。
(11)前記ころと前記保持器が前記外輪の軸方向一方側に移動した時に、前記保持器及び前記保油部が前記外輪の軸方向外端面よりも軸方向内側に位置することを特徴とする(1)に記載のラジアル型ころ軸受。
(12)前記内輪は、片鍔の内輪であり、軸方向一方側の外部荷重を受けることが可能であることを特徴とする(1)〜(11)のいずれか1つに記載のラジアル型ころ軸受。
(13)前記内輪は、両鍔の内輪であり、軸方向両方側の外部荷重を受けることが可能であることを特徴とする(1)〜(11)のいずれか1つに記載のラジアル型ころ軸受。
(14)潤滑油が軸受内部に断続的に供給される、或いは、軸受内部の潤滑油が微量である潤滑環境下で使用されることを特徴とする(1)〜(13)のいずれか1つに記載のラジアル型ころ軸受。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、保持器の一対の円環部の軸方向内端面に、潤滑油を保持する保油部がそれぞれ設けられ、保持器が軸方向に移動したときに、保油部が円筒ころの軸方向外端面に接触するため、潤滑油の供給が断続的である潤滑環境下、或いは、潤滑油が微量である潤滑環境下であったとしても軸受の焼付きを防止することができる。また、保持器の円環部が円筒ころの軸方向外端面から離れることができ、円環部が円筒ころに常時接触しないため、軸受回転時の摩擦抵抗の増加を抑制することができ、さらに、円環部の摩耗を抑制することができる。また、高度な部品寸法精度などの管理が不要であり、製造コストの増大を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係るラジアル型ころ軸受の一実施形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0013】
本実施形態の円筒ころ軸受(ラジアル型ころ軸受)10は、
図1に示すように、内周面に外輪軌道面11aを有する外輪11と、外周面に内輪軌道面12aを有する内輪12と、外輪軌道面11aと内輪軌道面12aとの間に転動可能に設けられる複数の円筒ころ13と、複数の円筒ころ13を周方向に略等間隔に保持する保持器14と、を備える。なお、本実施形態では、ハウジングH(
図19参照)の内部を循環する潤滑油が、潤滑油ポンプP(
図19参照)などにより軸受内部に適宜供給される。なお、
図1は、円筒ころ13及び保持器14が、外輪11に対して軸方向中央に位置した状態(換言すると、外輪11と円筒ころ13と保持器14の各軸方向中心位置が一致した状態)で図示されている。
【0014】
外輪11は、両鍔の外輪であり、その軸方向両端部に、複数の円筒ころ13を案内する鍔部11bがそれぞれ設けられている。内輪12は、鍔なしの内輪であり、軸(アキシアル)方向の外部荷重を支持しない構造である。円筒ころ13は、円筒ころ13の周面である転動面13aと、円筒ころ13の軸方向外端面であるころ端面13bと、を有する。
【0015】
保持器14は、短繊維Fbを混合した強化樹脂製であり、同軸に配置される一対の円環部14aと、一対の円環部14aを軸方向で連結し、周方向に略等間隔に設けられる複数の柱部14cと、周方向に互いに隣り合う柱部14c間で、一対の円環部14aにより囲まれて形成され、円筒ころ13を転動可能に保持するポケット14dと、を有する。また、保持器14の一対の円環部14aの外周面は、近接対向する外輪11の各鍔部11bの内周面によりそれぞれ案内されている。また、保持器14は、射出成形などにより成形されている。
【0016】
そして、本実施形態では、
図1に示すように、保持器14のポケット14dの軸方向長さ寸法LPは、円筒ころ13の軸方向長さ寸法LRよりも大きく設定されている。このため、保持器14は、一対の円環部14aの軸方向内端面14bと円筒ころ13の各ころ端面13bとの間に軸方向の第1隙間S1をそれぞれ有する。
【0017】
このように、円筒ころ13と保持器14との間に軸方向の第1隙間S1が設けられるため、保持器14は、軸方向に沿って隙間の総和寸法(軸方向両側の第1隙間S1の軸方向寸法D1の和)の範囲で移動可能に設けられる。また、本実施形態では、隙間の総和寸法は、厳密な寸法管理は不要で、保持器の一般的な加工精度を考慮して、0.1mmから円筒ころ13の長さ寸法LRの1/10以下の範囲に設定される。なお、軸方向寸法D1、円筒ころ13の長さ寸法LR、及びポケット14dの長さ寸法LPは、円筒ころ13の中心軸(自転軸)方向に沿った寸法である。
【0018】
また、
図1〜
図3に示すように、保持器14の一対の円環部14aの軸方向内端面(以下、単に「ポケット面」とも言う)14bには、複数(本実施形態では3つ)の溝(保油部)20がそれぞれ形成されている。そして、溝20は、レーザー照射などを使用したエッチングにより樹脂成分のみを除去し短繊維Fbを突出(残留)させることで形成される。3つの溝20は、径方向の溝幅W(
図2参照)が同一であり、ポケット面14bのほぼ全周に亘り周方向に沿って平行に形成されている。溝20は、毛細管現象で潤滑油を保持可能であり、円筒ころ13のころ端面13bに接触した際に、保持する潤滑油を円筒ころ13のころ端面13bに給油する。なお、溝20は、全てのポケット14dに対して設けられてもよいし、一部のポケット14dに対して設けられてもよい。また、溝20は、1つであってもよい。また、
図1〜
図12、
図14、
図16においてドット模様を付与した部分は、エッチングを施した部分である。
【0019】
また、
図2に示すように、溝20の溝幅Wは、短繊維Fbの長さFよりも小さく設定されている。これにより、短繊維Fbが溝20から脱落する確率を最小限に抑えることができる。なお、
図2では、強化樹脂に混合される短繊維Fbのうちで、ポケット面14bと平行である短繊維Fbの一部を、説明のために描画している。
【0020】
また、強化樹脂に混合される短繊維Fbとしては、毛細管現象を生じる素材且つレーザー照射などにより除去されにくい素材であればよく、例えば、グラスファイバーを挙げることができる。
【0021】
なお、エッチングによって短繊維Fbを残す溝20の形成には、例えば、レーザーアブレーションが使用され、これにより、樹脂成分のみの除去が可能である。
図18は、短繊維であるグラスファイバーFbが混合されたポリアミド樹脂にレーザーを照射して、グラスファイバーFbを突出させた溝加工例を示す写真である。
図18では、上下方向中央部の樹脂表面が除去され、グラスファイバーFbが突出されていることがわかる。なお、レーザーでエッチングする場合は、樹脂の光吸収率が高く短繊維の光吸収率が低いレーザー波長を選ぶことが望ましい。例えば、グラスファイバー強化のポリアミド樹脂ならば、波長355nmのUVレーザーを使用することにより、
図18に示すように、樹脂成分のみが除去され、グラスファイバーFbを突出させることが可能であった。
【0022】
また、本実施形態では、
図1に示すように、円筒ころ13は、その両方のころ端面13bと外輪11の両方の鍔部11bとの間に軸方向の第2隙間S2をそれぞれ設けた状態で、両方の鍔部11bにより案内されている。そして、第2隙間S2の軸方向寸法D2は、
図3に示すように、円筒ころ13と保持器14が外輪11の軸方向一方側(
図3の左側)に移動した時(軸方向一方側の鍔部11bところ端面13bとが当接し、
図3の右側である軸方向他方側のころ端面13bとポケット面14bとが当接した状態)に、保持器14及び溝20が外輪11の軸方向外端面よりも軸方向内側に位置するような寸法に設定されている。これにより、保持器14が軸受周辺のハウジングなどに干渉するのを防止することができる。
【0023】
このように構成された円筒ころ軸受10では、軸受に潤滑油が供給され軸受内が潤滑油で満たされている場合、潤滑油が円筒ころ13と保持器14のポケット14dとの間に入り込み油膜を形成する。従って、
図1に示すように、潤滑油の流れの力を受けて、円筒ころ13のころ端面13bと保持器14のポケット面14bとの間に第1隙間S1が形成され、ポケット面14bがころ端面13bに常時接触しないため、軸受回転時の摩擦抵抗の増加が抑制される。また、軸受に供給された潤滑油は、毛細管現象により、溝20の内部に蓄えられる。
【0024】
その一方、軸受に潤滑油が供給されず軸受内の潤滑油が微量である場合、潤滑油の流れは発生せず、保持器14は、円筒ころ13のスキューの分力や車両の前後左右の運動により、軸方向に自由に移動して、ポケット面14bがころ端面13bに繰り返し接触する(接触状態と非接触状態とが繰り返される)。つまり、軸受内の潤滑油が微量である場合にのみ、ポケット面14bの溝20がころ端面13bに接触し、溝20に蓄えられた潤滑油が円筒ころ13に供給される。そして、円筒ころ13に供給された潤滑油は、円筒ころ13の転動面13a、外輪軌道面11a、及び内輪軌道面12aのそれぞれの接触部を潤滑する。なお、本実施形態の円筒ころ軸受10は、保持器14の自由運動を利用して保持器14を移動させるものであるため、水平に設けられる軸(横軸)を支持する構造且つ自動車のように軸受を組み込んだ装置が前後左右に動くものに用いるのが好適である。
【0025】
以上説明したように、本実施形態の円筒ころ軸受10によれば、保持器14の一対の円環部14aのポケット面14bに、潤滑油を保持する溝20がそれぞれ設けられ、保持器14が軸方向に移動したときに、溝20が円筒ころ13のころ端面13bに接触するため、潤滑油の供給が断続的である潤滑環境下、或いは、潤滑油が微量である潤滑環境下であったとしても軸受10の焼付きを防止することができる。また、保持器14の円環部14aがころ端面13bから離れることができ、円環部14aが円筒ころ13に常時接触しないため、軸受回転時の摩擦抵抗の増加を抑制することができ、さらに、円環部14aの摩耗を抑制することができる。また、高度な部品寸法精度などの管理が不要であり、製造コストの増大を抑制することができる。
【0026】
更に詳細に説明すると、保持器14は、事前に円筒ころ13に対する接触力(押付け力)が設定されているわけではなく、保持器14が軸方向に移動したときに円筒ころ13と接触するため、接触抵抗を殆ど発生させず、ポケット14dの摩耗劣化を最小限に抑えることができる。
【0027】
また、本実施形態の円筒ころ軸受10によれば、溝20が保持器14の周方向に沿って形成され、軸受回転時の遠心力の作用方向と溝20の形成方向が直交するため、軸受回転に伴う遠心力によって溝20に保持される潤滑油が保持器14の外周側に飛散するのを最小限に抑制することができる。
【0028】
また、本実施形態の円筒ころ軸受10によれば、潤滑油量を大幅に減らすことができるので、潤滑油の攪拌抵抗を低減することができる。また、例えば、歯車による跳ね掛けなどによって潤滑油を微量でも供給できる構造(
図20参照)とすれば、潤滑油ポンプや給油路を廃止することもでき、これにより、潤滑システム全体の軽量コンパクト化、低コスト化を図ることができる。
【0029】
また、本実施形態の円筒ころ軸受10によれば、潤滑油が軸受内に断続的に供給される、或いは、軸受内の潤滑油が微量である潤滑環境下でも、焼付きを防止して軸受性能や潤滑効果を長期間に亘って維持することができる。このため、本実施形態の円筒ころ軸受10は、例えば、一部のハイブリッド車のトランスミッションのようにエンジン停止時に潤滑油ポンプが一時的に停止する機構に好適に用いることができ、また、自動車の被牽引時に潤滑油ポンプが作動せずに潤滑油の十分な供給が困難な状況などに対応することができる。
【0030】
ここで、本明細書における潤滑油が微量である潤滑環境下について説明する。例えば、自動車などのトランスミッションの場合、潤滑油の供給方法として、
図19に示す潤滑油ポンプPによる潤滑油の圧送と、
図20に示す歯車Gによる潤滑油の跳ね掛けとの2通りが一般的に知られている。
【0031】
潤滑油ポンプPにより潤滑油を圧送する構造としては、
図19に示すように、円筒ころ軸受10の外輪11がハウジングHに内嵌され、内輪12が回転軸Aに外嵌されており、ハウジングHに軸受10に連通する給油路Rが設けられ、この給油路Rに潤滑油ポンプPが接続される構造が一般的に知られている。この構造の場合、潤滑油ポンプPから圧送された潤滑油が給油路Rを介して軸受10に供給される。
【0032】
また、歯車Gにより潤滑油を跳ね掛ける構造としては、
図20に示すように、円筒ころ軸受10の外輪11がハウジングHに内嵌され、内輪12が回転軸Aに外嵌されており、回転軸Aに内輪12と隣接して歯車Gが設けられる構造が一般的に知られている。この構造の場合、歯車Gに付着している潤滑油が軸回転に伴う遠心力により飛散し、飛散した潤滑油が軸受10に付着して給油される。
【0033】
上記した2通りの構造では、軸受の焼付きを防止するため、50cc/minから1000cc/min程度の潤滑油量が供給されている。そして、この潤滑油量が10cc/minを下回ると潤滑油不足に伴う油膜不足により発熱や焼付きが起こりやすくなり、0cc/min(無潤滑油)では焼付きが生じる。本発明は、無潤滑状態ではなく希薄潤滑状態への対応であり、潤滑油が微量である潤滑環境下、具体的には、0.01cc/min〜10cc/min程度の希薄潤滑状態で大きな効果を発揮する。
【0034】
次に、本明細書における潤滑油が断続的に供給される環境について説明する。例えば、ハイブリッド車では、エンジンを停止したまま電動モータで走行するモードがある。このモード中は、エンジンと直結した潤滑油ポンプだけの構造では、軸受に潤滑油が給油されない状態で走行が行われる。このため、数分程度までの無給油走行状態が発生するが、軸受はこの間に焼付きを起こしてはならない。この電動走行時間はバッテリーの進化と共に延長させたいニーズがある。現状では焼付き防止のために一定間隔毎にエンジンを回し、潤滑油ポンプを作動させる制御を行っている車種もある。この課題を解決するには、電動潤滑油ポンプをシステムに追加するか、本発明のような無潤滑で焼付きにくい軸受の採用が必要となる。本発明では、焼付きまでの時間は保油部に蓄えられる保油量と関連があることから、保油量を増やすことで無潤滑適用時間を数十分から数時間と大幅に延長させることが可能である。保油量の拡大には、例えば、油溝の数の増加や油溝深さの拡大で対応できる。
【0035】
また、乗用車は、故障時やキャンピングカーなどの大型車両での移動先での補助用車両として牽引されることがある。このようなときは、車両の駆動輪を台車などに載せることで空転を防止することが可能であるが、現実には、駆動輪を空転させながら牽引される事例が起こっている。この場合、駆動伝達はなく無負荷空転のため軸受の負担も軽微であるが、ころ軸受の場合、ころ端面と鍔部との間はすべり接触になっている。そして、この空転状態では、エンジンや電動潤滑油ポンプが稼働せず、潤滑油ポンプは停止しているため、軸受は焼付きを起こしやすい。この対策のために、跳ね掛け給油が起こるように駆動装置に工夫を施している車種もある。本発明では、潤滑油ポンプが停止しても、保油部に蓄えられた潤滑油がなくなるまで軸受に給油を行えるため、跳ね掛けが不十分又は跳ね掛けがないような被牽引状態でも耐焼付き性を大幅に向上することができる。
【0036】
また、極寒環境での始動時には、潤滑油が凍結し、潤滑油ポンプによる給油も跳ね掛けによる給油も起こらない現象が一時的に発生する。この場合は、凍結した潤滑油が温まって溶けるまでの間、軸受自身に付着していた僅かな油分で潤滑を賄わなければならない。そして、本発明では、凍結した潤滑油が保油部に蓄えられているため、軸受の発熱に伴い徐々に溶けながら潤滑するため、耐焼付き性を飛躍的に向上することができる。
【0037】
次に、本実施形態の保油部の第1変形例として、
図4に示すように、保持器14の円環部14aのポケット面14bに、保油部である複数(本変形例では、1つのポケット面14bに対して5つ)の孔21を形成してもよい。孔21は、円形状であり、溝20と同様、レーザー照射などを使用したエッチングにより形成される。
【0038】
そして、保油させるための毛細管現象は孔自身ではなくて突出させた短繊維Fbで行うため、孔21の孔径D3の最適値は短繊維Fbの長さFから求まる。つまり、孔径D3が短繊維Fbの長さFよりも大きい場合、突出させた短繊維Fbの脱落する確率が増加するため、孔径D3は、短繊維Fbの長さFよりも小さくする方が望ましい。しかし、孔径の大きさだけで毛細管現象を生じさせるほど、孔径D3を小さくする(例えば、0.2mm以下など)必要はなく、短繊維Fbの長さFが十分長ければ、孔径D3に上限はない。また、短繊維Fbの長さFは、特に限定しないが、例えば、0.1mm〜1.0mmである。
【0039】
また、本実施形態の保油部の第2変形例として、
図5に示すように、保油部である1つの溝20をジグザグ状(直線状の溝が連続して折れ曲がった形状)に形成してもよい。本変形例では、溝20の溝幅Wは、短繊維Fbの長さFよりも小さく設定されると共に、溝20の最長直線長さLは、短繊維Fbの長さFよりも小さく設定されている。これにより、短繊維Fbの向きに関わらず脱落を防止することができるため、保油力を高めることができる。また、保油部の第3変形例として、
図6に示すように、保油部である2つの溝20をジグザグ状に形成してもよい。
【0040】
また、本実施形態の保油部の第4変形例として、
図7及び
図8に示すように、エッチングにより形成した保油部22が、保持器14の円環部14aのポケット面14bから円環部14aの内周面に連続して設けられてもよい。本変形例によれば、潤滑油を蓄える面積が増加するため、給油効果を延ばすことができる。
【0041】
また、本実施形態の保油部の第5変形例として、
図9に示すように、エッチングにより形成した保油部23が、保持器14の円環部14aのポケット面14bの全域に設けられてもよい。この場合、ポケット面14bに対して平行に位置する短繊維Fbは、エッチングにより脱落してしまうため、短繊維Fbの残存確率は孔や溝と比較して低下するが、保油部23の面積を最大化することで大きな保油量を確保することができる。
【0042】
また、本実施形態の保油部の第6変形例として、
図10に示すように、エッチングにより形成した保油部23が、保持器14の円環部14aのポケット面14bのうちで、円筒ころ13のころ端面13bと接触する部分の一部である、残存部24を残した状態で設けられてもよい。ポケット面14bの全域をエッチングすると(
図9参照)、円筒ころ13と接したときに短繊維Fbで構成された保油部23が圧迫され、短繊維Fbが折損などにより脱落する可能性があるが、
図10に示すように、ポケット面14bの一部をエッチングせずに残すことで円筒ころ13の動きを規制して短繊維Fbの圧迫を避け、寿命を長くすることができる。本変形例では、エッチングを施さない残存部24は、径方向に沿って直線状に形成されている。また、本変形例では、エッチングを施さない残存部24を線状としたが、残存さえあればその機能を発揮するため、点状や円状などその形状は自由に設定可能である。この場合、残存部24は、ポケット面14bの円筒ころ13のころ端面13bと接触する部分の少なくとも一部にあればよく、大きな面積を必要としない。また、ポケット面14bにおいて、円筒ころ13がスキューしたときにころ端面13bの外周部が接触する部分に保油部23を設け、それ以外の部分(例えば、ポケット面14bの周方向中央部)にエッチングを施さない面(残存部24)を設けるとよい。なお、保油部23の面積を大きくするために、残存部24の面積はポケット面14bの面積の50%以下が望ましい。
【0043】
また、本実施形態の内輪の第1変形例として、
図11に示すように、内輪12は、片鍔の内輪であってもよく、内輪12の軸方向他端部(
図11の右端部)に鍔部12bが設けられている。この場合、内輪12は、軸方向一方側に向う外部からのアキシアル荷重(内輪12を
図11の左側に移動する荷重)を受けることが可能である。具体的には、ギヤの噛み合い反力などのアキシアル荷重を、外輪11の軸方向一方側の鍔部11bと内輪12の鍔部12bで支持している。このため、溝20による給油効果により、円筒ころ13のころ端面13bと各鍔部11b,12bとの摺接面における耐焼付き性を高めることができ、アキシアル方向に関して許容可能な負荷荷重を高めることができる。
【0044】
また、本実施形態の内輪の第2変形例として、
図12に示すように、内輪12は、両鍔の内輪であってもよく、内輪12の軸方向他端部(
図12の右端部)に鍔部12bが設けられると共に、内輪12の軸方向一端部(
図12の左端部)に鍔輪12cが取り付けられている。この場合、内輪12は、軸方向両方側に向う外部からのアキシアル荷重を受けることが可能である。具体的には、ギヤの噛み合い反力などのアキシアル荷重を、外輪11の軸方向一方側の鍔部11bと内輪12の鍔部12b、及び外輪11の軸方向他方側の鍔部11bと内輪12の鍔輪12cで支持している。このため、溝20による給油効果により、円筒ころ13のころ端面13bと各鍔部11b,12bとの摺接面、及び円筒ころ13のころ端面13bと鍔部11b,鍔輪12cとの摺接面における耐焼付き性を高めることができ、アキシアル方向に関して許容可能な負荷荷重を高めることができる。
【0045】
さらに、ラジアル型ころ軸受である円筒ころ軸受10では、円筒ころ13の自転軸が固定されていないため、保持器14のポケット14dの内部で円筒ころ13の自転軸が傾くスキュー現象を起こすことが知られている。このため、例えば、平面状のころ端面13bを有する円筒ころ13がスキューした場合、
図13に示すように、ころ端面13bの外周部がポケット面14bに接触し、ころ端面13bの中央部がポケット面14bに接触しない。従って、潤滑油を効果的に供給するためには、ころ端面13bの外周部が接触する位置に保油部を設けることが望ましい。なお、
図13中の符号Cpは、円筒ころ13がスキューしたときにころ端面13bが接触する部分であり、符号Npは、円筒ころ13がスキューしたときにころ端面13bが接触しない部分である。
【0046】
そして、円筒ころ13のスキュー現象を考慮した保油部の周方向の配置として、
図13及び
図14に示す形態では、円環部14aのポケット面14bにおいて、円筒ころ13がスキューしたときにころ端面13bが接触する部分Cp(ポケット面14bの周方向中央部)に保油部である溝20が設けられ、円筒ころ13がスキューしたときにころ端面13bが接触しない部分Np(ポケット面14bの周方向両端部)に溝20が設けられていない。なお、溝20は、ポケット面14bの周方向中央部の接触しない部分Npを含んだ形状で周方向に沿って設けられている。この形態により、円筒ころ13がスキューしていないときの摺動抵抗を低減しつつ、必要最小限の接触で円筒ころ13に潤滑油を効率よく供給することができる。
【0047】
また、
図15及び
図16に示す形態では、円環部14aのポケット面14bにおいて、円筒ころ13がスキューしたときにころ端面13bが接触する部分Cpに保油部である孔21が設けられ、円筒ころ13がスキューしたときにころ端面13bが接触しない部分Npに孔21が設けられていない。なお、孔21は、円形に限定されず、任意の形状に変更可能である。この形態により、円筒ころ13がスキューしていないときの摺動抵抗を低減しつつ、必要最小限の接触で円筒ころ13に潤滑油を効率よく供給することができる。
【0048】
図17は、曲面状のころ端面13bを有する円筒ころ13がスキューした状態を示す展開図である。この場合の円筒ころ13のスキュー現象を考慮した保油部の周方向の配置として、
図17に示す形態では、円環部14aのポケット面14bにおいて、円筒ころ13がスキューしたときにころ端面13bが接触する部分Cp(ポケット面14bの周方向中央部)に保油部である溝20が設けられ、円筒ころ13がスキューしたときにころ端面13bが接触しない部分Np(ポケット面14bの周方向両端部)に溝20が設けられていない。この形態により、必要最小限の接触で円筒ころ13に潤滑油を効率よく供給することができる。
【0049】
なお、本発明は、上記実施形態に例示したものに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。
例えば、本実施形態では、本発明を円筒ころ軸受に適用する場合を例示したが、これに限定されず、棒状ころ軸受や針状ころ軸受などに本発明を適用してもよい。