【課題】融合部損傷の発生リスクを評価するための損傷リスク評価方法および評価装置、ならびに融合部損傷を予防保全するためのシステムの保守管理方法およびリスク評価装置を提供することを目的とする。
【解決手段】本開示は、異なる金属材料の部材同士が溶接接合された異材継手の溶接部の損傷リスク評価方法であって、熱影響部の組織構成に影響を及ぼす因子を含む説明変数を用いて統計解析を実施し、前記統計解析の結果に基づいて損傷発生のリスクを評価する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
融合部での余寿命を診断して融合部損傷の予防保全を行うには、融合部での本損傷に影響を及ぼす因子および損傷メカニズムの解明が不可欠である。しかしながら、非特許文献1で述べられているように、異材継手部分に生じる融合部損傷の影響因子およびメカニズムは解明されていない。
【0009】
特許文献1〜4に記載の技術は、熱疲労割れおよびクリープ損傷を対象とするものであり、融合部損傷の発生リスクを予測できない。また、特許文献3の方法は、き裂が発生した後の寿命を評価するものであるため、融合部の予防保全に効果を発揮しない。
【0010】
発電プラントの熱交換器等では、異材継手部分が多数存在する。融合部損傷の発生リスクが予測できないと全ての異材継手について検査せざるを得ず、非効率である。全数検査には多くの時間を要するため、検査期間によっては全数検査が困難となる。その場合、抜取検査を選択することになるが、優先的に検査を行うべき部位を適切に選定することが難しい。
【0011】
本開示は、このような事情に鑑みてなされたものであって、融合部損傷の発生リスクを評価するための損傷リスク評価方法、融合部損傷を予防保全するためのシステムの保守管理方法およびリスク評価装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本開示の損傷リスク評価方法、システムの保守管理方法およびリスク評価装置は以下の手段を採用する。
【0013】
本開示は、異なる金属材料の部材同士が溶接接合された異材継手の溶接部の損傷リスク評価方法であって、熱影響部の組織構成に影響を及ぼす因子を含む説明変数を用いて統計解析を実施し、前記統計解析の結果に基づいて損傷発生のリスクを評価する損傷リスク評価方法を提供する。
【0014】
前記異なる金属材料の部材は、内部を流体が流通できる管状部材であってよい。
【0015】
熱影響部の組織構成に影響を及ぼす因子は、少なくとも前記部材の肉厚、前記部材同士の溶接接合の溶接パス数、および/または溶接条件を含むとよい。
【0016】
本開示は、異なる金属材料の部材同士が溶接接合された異材継手の溶接部の損傷リスクを評価するリスク評価装置であって、熱影響部の組織構成に影響を及ぼす因子を説明変数とした統計解析を実施する解析部と、前記解析部の解析結果に基づいて前記溶接部の損傷発生リスクを判定する判定部と、を備えたリスク評価装置を提供する。
【0017】
本発明者らは、鋭意検討の結果、異なる金属材料の部材同士が溶接接合された異材継手の溶接部で、融合部損傷の発生に熱影響部の組織構成が関係していることを見出した。本開示では、熱影響部の組織構成に影響を及ぼす因子を説明変数として取り入れることで、精度の高いリスク評価が可能となる。異材継手の仕様(設計条件、使用条件等)毎に、上記因子をインプットして統計解析することで、異材接手が多数の位置に存在する場合であっても優先的に検査すべき位置を絞り込める。これにより検査対象の位置を絞り込み検査対象となる異材継手の数量を低減でき、設備の信頼性を保ちつつ、検査時間と費用を削減することができる。
【0018】
本開示は、異材継手の溶接部が複数存在するシステムの保守管理方法であって、上記のいずれかに記載の損傷リスク評価方法により損傷発生のリスクを評価し、評価結果に基づき検査位置を限定して検査対象を決定するシステムの保守管理方法を提供する。
【0019】
上記に記載された損傷リスク評価方法により損傷発生のリスクを評価することで、検査が必要な異材継手部分を効率的に選定できる。また、上記開示のシステムの保守管理方法は、融合部損傷の予防保全に有効である。
【0020】
上記開示の一態様では、決定した前記検査対象の前記溶接部の少なくとも一部を非破壊検査し、前記非破壊検査の結果を、予め設定した取替基準値と比較して、取替要否を判断できる。
【0021】
非破壊検査することにより、余寿命の診断精度を向上して、取替判断の精度が向上する。
【0022】
上記開示の一態様では、前記損傷発生のリスク評価および前記非破壊検査の結果を蓄積し、蓄積により得られたデータベースに基づいて統計的に損傷発生のリスクを評価し、次の検査対象を決定してもよい。
【0023】
過去の結果を踏まえたリスク評価が可能となるため、評価精度が向上する。
【発明の効果】
【0024】
本開示によれば、統計解析結果から融合部損傷の発生リスクを評価できる。これにより、予防保全が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本開示に係る好適な実施形態について図面を参照して説明する。なお、この実施形態により本開示が限定されるものではなく、また、実施形態が複数ある場合には、各実施形態を組み合わせて構成するものも含むものである。
【0027】
本開示に係る損傷リスク評価方法、評価装置ならびに保守管理方法は、異なる金属材料の部材同士を溶接接合することにより形成された異材継手における接合部、特に融合部の損傷(融合部損傷)を評価・保守対象とする。本実施形態において、異なる金属材料の部材は例えば管状部材である。管状部材の内部には、蒸気などの流体が流通できる。そのような管状部材は、例えば熱交換器の伝熱管、および、各機器を接続する配管である。
【0028】
なお、本開示に係る異なる金属材料の部材は、管状部材に限定するものではなく、構造用部材に適用してもよい。
【0029】
まず、損傷リスク評価および保守管理方法の説明に先立ち、評価・保守対象となる異材継手について説明する。
【0030】
図1に、本実施形態の一例として、火力発電用ボイラの過熱器の概略図を示す。
図1の過熱器1では、蒸気ヘッダ2を介して複数の伝熱管3が並列につなげられている。伝熱管3は、低温部4にある低温管(管状部材)5と高温部6にある高温管(管状部材)7とを備えている。低温部4は、蒸気入口側等の領域である。高温部6は、蒸気流れ後流側や、火炉ふく射を受ける領域などである。なお、火炉ふく射を受ける領域などでは、伝熱管3の外周面温度は内部を流通する蒸気温度と同一にならないので、伝熱管3の内部を流通する蒸気温度は、低温管5を流通する蒸気温度が高温管7を流通する蒸気温度と同等あるいは高くなる部分も存在することがある。
【0031】
低温管5と高温管7とは、異なる金属材料からなる。本実施形態では例えば、低温管5は例えば1Cr鋼など低クロム鋼等の低合金鋼製である。高温管7は、例えばニッケル・クロム含有鋼等のステンレス鋼製である。低温管5と高温管7とは溶接接合により継手されている。継手部分を接合部8と呼ぶ。溶接温度は、例えば2000℃程度である。低温管5は低合金鋼に限定されるものではなく、炭素鋼などでもよい。
【0032】
図2に、
図1の接合部8の拡大図を示す。接合部8は、低温管5および高温管7の母材と、溶接部9とを含む。溶接部9は、溶接金属10および熱影響部(HAZ)11を含んだ部分の総称である。溶接金属10は、低温管5および高温管7とは異なる材質の金属である。溶接金属10は、例えば、固溶強化型ニッケル基合金等の高ニッケル基合金である。溶接金属10と、低温管5および高温管7の母材との界面では、溶接金属10と該母材とが融合しており、ここを融合部と呼ぶ(不図示)。融合部は、溶接金属10と材質の異なる母材との境界面である異材界面から数μm母材側までの領域である。融合部はHAZ11の一部であり、低温管5での融合部は後述する脱炭層の中に存在する。
【0033】
HAZ11は、溶接による熱サイクルを受けて形成された母材中の変質部である。
図2には示さないが、低合金鋼製の低温管5でのHAZ11は、粗粒域および細粒域を含む(後述の
図11、
図12を参照)。低温管5の粗粒域は、母相の粒径よりも旧オーステナイト粒径が大きな組織である。細粒域は、母相の粒径よりも旧オーステナイト粒径が小さな組織である。
【0034】
また、
図2には示さないが、低合金鋼製の低温管5でのHAZ11内の異材界面近傍には脱炭層(後述の
図11、
図12を参照)が存在する。脱炭層は、例えば低温管5のHAZ11の管軸方向の幅が20μm程度のフェライト単相領域で、HAZ11の一部である。溶接金属10は、炭化物生成元素であるCr(クロム)の含有量が低温管5の母材よりも高いため、母材側からC(炭素)が溶接金属10まで移動して、溶接金属10中でCr炭化物が形成する。これにより、母材において、Cが移動した部分は、脱炭層が形成される。また、溶接の入熱により、溶接金属10に含まれる原子(Cr等)が、母材側に拡散する。低温管5の母材に拡散したCr等はCと結合する。それにより列状の析出物が生成され、母材中の炭素量は低下することでも、脱炭層が形成される。脱炭層は、低温管5の管厚中央部から管内面にかけて形成されることが多い。融合部は、基本的に脱炭層の中に存在する。
【0035】
〔第1実施形態〕
(保守管理方法)
図3に、本実施形態に係る保守管理方法のフロー図を示す。本実施形態に係る保守管理方法では、まず、融合部損傷のメカニズムに基づく統計的な解析の結果に基づき損傷発生のリスクを評価する。次に、評価結果に基づいて検査対象(位置)を絞り込み、絞り込んだ(位置にある)検査対象について優先的に検査する。
【0036】
従来、融合部損傷のメカニズムは不明であった。本発明者らは鋭意検討の結果、損傷メカニズムに影響する因子を見出した。異材継手の低合金鋼製の低温管5の融合部では、溶接時に受ける熱履歴の違いがHAZの組織構成を変化させる。組織構成の違いは、異材界面に作用する応力差に繋がり、最終的には損傷リスクの差を生み出す。このようなメカニズムに基づき統計解析を行うことで、融合部での損傷発生のリスクを評価できる。また、リスク評価の結果を利用して検査対象を絞り込めるため、検査効率を向上させられる。
【0037】
(リスク評価方法)
図4に、本実施形態に係るリスク評価方法のフロー図を例示する。
【0038】
(S1)まず、伝熱管の異材継手の実機データを説明変数としてリスク評価データベースに入力する。
【0039】
説明変数は、少なくともHAZの組織構成に影響を及ぼす因子(以降、影響因子)を含む。「組織構成に影響を及ぼす」とは、少なくとも粗粒域と細粒域との配置を変化させることを含む。粗粒域と細粒域の配置の変化は、融合部損傷の発生リスクの増減に影響する。この理由については、後で詳しく説明する。粗粒域と細粒域の配置は、溶接時の入熱状況などの熱履歴に影響されて変化する。
【0040】
前述した通り説明変数には少なくとも影響因子を含み、影響因子は、肉厚、溶接パス数、入熱および速度などの溶接条件、等である。ここで修飾語のついていない「肉厚」は、管状部材の公称肉厚を意味する。また、肉厚に関連して例えば、外径/肉厚、(肉厚−必要最小肉厚)/肉厚を影響因子に含めてもよい。「必要最小肉厚」とは伝熱管の仕様(材質、外径、設計温度等)から内圧に必要とされる肉厚である。
【0041】
前述した通り、説明変数には少なくとも影響因子を含み、さらに伝熱管の使用条件および実際の損傷事例を含み得る。具体的には、加熱部か/非加熱部か、過去の補修溶接履歴の有無、ボイラの運転開始時期、作用応力、伝熱管の設計温度、伝熱管の材質、使用時間、および過去の検査履歴の有無等を含んでもよい。「作用応力」は、内圧による軸方向応力である。
【0042】
図5に、入力データセットの一例を示す。同図において、tは肉厚、dは外径、tsrは必要最小肉厚(thickness shell requirement)である。肉厚、外径d/肉厚tの比、(肉厚t−必要最小肉厚tsr)/肉厚tの比は、HAZの組織構成の違いに影響する。
【0043】
内圧による軸方向応力は、ベース応力の大小が損傷率に影響する。加熱部か/非加熱部か(加熱部であるか非加熱部であるか)は、曲げ応力の大小に影響する。加熱部は、蒸気を過熱する装置である過熱器や再熱器のことであり、火炉内に位置する。非加熱部は、ペントハウスやハウジング等と呼ばれる火炉外にある管寄せ管台部のことであり、蒸気を過熱する機能は有していない。
【0044】
本発明者らがボイラ実機の損傷事例を整理した結果によれば、過去に補修溶接を施工した箇所では、融合部損傷が加速される事例が多い。そのため、過去の補修溶接履歴の有無は、損傷の加速因子として考慮される。
【0045】
目的変数は、融合部損傷(ボンド剥離)の有無とする。
【0046】
(S2)次に、少なくとも影響因子を含む説明変数を用いて、融合部損傷のメカニズムに基づく統計解析を実施する。
【0047】
統計解析は、例えばランダムフォレスト、サポートベクターマシン等の機械学習を利用できる。
【0048】
(S3)最後に、統計解析の結果に基づいて、融合部における損傷発生のリスクを評価する。
【0049】
発明者らがボイラ実機の損傷事例を、設計温度と内圧による軸方向応力との関係、および、使用時間と外径/肉厚の比の関係にて整理した結果を
図6および
図7に示す。
図6において、横軸は設計温度(℃)、縦軸は内圧による軸方向応力(MPa)である。
図7において、横軸は使用時間(hr)、縦軸は外径d/肉厚tの比である。
【0050】
図6,7によれば、応力,温度,外径,肉厚および使用時間等の一般的な設計条件と融合部損傷との間に明確な相関は見いだせず、単純な線形回帰モデルでは融合部における損傷発生のリスクを評価できなかった。このことから、融合部損傷の発生リスクを評価するためには、少なくとも影響因子を含む説明変数を用いて統計解析することが重要である。
【0051】
(リスク評価装置)
図8に、上記リスク評価方法を実行するためのリスク評価装置の概略構成のブロック図を示す。リスク評価装置は、コンピュータシステム(計算機システム)である。リスク評価装置は、CPU21、CPU21が実行するプログラム等を記憶するための記憶部22、各プログラム実行時のワーク領域として機能するメインメモリ23、ネットワークに接続するための通信部24、キーボードやマウス等からなる入力部25、およびデータを表示する液晶表示装置等からなる表示部26等を備えている。これら各部は、例えば、バス27を介して接続されている。記憶部22としては、例えば、磁気ディスク、光磁気ディスク、半導体メモリ等が挙げられる。
【0052】
図9は、リスク評価装置が備える機能を展開して示した機能ブロック図である。リスク評価装置は、少なくとも影響因子を説明変数として統計解析を実施する解析部28と、解析部による解析結果に基づいて融合部での損傷発生リスクを判定する判定部29とを備えている。
図9に示した各部により実現される処理は、CPU21が記憶部22に記憶されている評価プログラムをメインメモリ23に読み出して実行することにより実現されるものである。
【0053】
〔第2実施形態〕
本実施形態に係る保守管理方法は、伝熱管等の管状部材の異材継手による接合部の取替要否を判断する工程をさらに備えている点が第1実施形態と異なる。
【0054】
図10に、本実施形態に係る保守管理方法のフロー図を示す。
まず、第1実施形態と同様にメカニズムに基づく統計解析結果に基づき損傷発生のリスクを評価し、評価結果に基づいて検査対象を絞り込み、絞り込んだ検査対象について優先的に検査する。
【0055】
検査は超音波探傷検査方法(UT:Ultrasonic Testing)等の非破壊検査法により実施する。UTは、探傷感度およびキズ検出基準値を適正に定めることにより、キズの探傷が可能である。
【0056】
次に、非破壊検査の結果を取替基準値と比較して異材継手による接合部の取替要否を判断する。取替基準値は、予備試験等により予め設定しておく。非破壊検査の結果が取替基準値以上の場合に取替を実施し、取替基準値に満たない場合は経年監視する。
【0057】
本実施形態に係る保守管理方法によれば、リスク評価により検査対象が絞り込んであるため、管状部材として例えば多数存在する伝熱管群の中から、効率的に検査が必要な伝熱管を選定できる。
【0058】
(変形例)
図11に、
図10の保守管理方法の変形例のフロー図を示す。
本変形例は、管状部材として例えば多数存在する伝熱管群の中から、取替不要と判断した伝熱管群について、余寿命を評価する。余寿命は、検査対象(位置)にある伝熱管群からサンプルを抜管し、この抜管材を用いた破壊試験により評価できる。破壊試験は、例えば、クリープ試験による検査などにより実施できる。
【0059】
非破壊検査では問題がなかった異材継手について、サンプルを取得して余寿命を評価することで、次回の検査実施時期を精度よく設定できる。また、定期検査スケジュールを効果的に計画できる。
【0060】
〔第3実施形態〕
本実施形態に係る保守管理方法は、損傷発生のリスク評価および前述の非破壊検査の結果を蓄積し、蓄積により得られるデータベースに基づいて統計的に損傷発生のリスクを評価する点が第1実施形態と異なる。
【0061】
図12に、本実施形態に係る保守管理方法のフロー図を示す。
まず、第1実施形態と同様に、メカニズムに基づく統計的な解析の結果に基づき損傷発生のリスクを評価し、評価結果に基づいて検査対象を絞り込み、絞り込んだ検査対象について優先的に検査する。検査はUT等の非破壊検査法により実施する。
【0062】
リスク評価および非破壊検査の結果をリスク評価データベースに反映させ、該データベースを更新する。ここで、次の検査タイミングまでの使用時間も更新するとよい。
【0063】
次に、更新させたリスク評価データベースに基づいて統計解析を実施し、損傷リスクを再評価する。統計解析はディープラーニング、ランダムフォレスト、サポートベクターマシン等の機械学習を用いてよい。機械学習は、更新させたリスク評価データベースを利用して再評価モデルを構築する。
【0064】
再評価モデルの結果に基づき、次回の検査対象を絞り込む。
【0065】
本実施形態によれば、統計データを蓄積し、過去の検査結果を踏まえたリスク評価が可能となるため、より評価精度が向上する。
【0066】
(損傷メカニズム)
以下に、融合部損傷のメカニズムについて説明する。
融合部損傷の発生は、HAZの組織構成、作用応力、脱炭層および析出物の存在に影響される。
【0067】
[1]HAZの組織構成および作用応力
図13,14に異材継手における接合部の断面写真をもとにした概念絵を示す。
図13は厚肉系異材継手の接合部31、
図14は薄肉系異材継手の接合部32の断面である。
図13,14において、Aは溶接金属、Bは粗粒域、Cは細粒域、Dは母材(低温部側)、Eは脱炭層、Fは異材界面である。異材継手における溶接接合は、溶接パスは管内面側から管外面側へと工程が重ねられて施工される。本実施形態での厚肉系とは、肉厚が5mm以上であることを意味し、薄肉系とは、肉厚が厚肉系より薄いものであることを意味する。
【0068】
図13,14を比較すると、HAZ11の組織構成に違いがある。
図13の厚肉系の接合部31では、異材界面F近傍の管内面側から管厚中央部にかけて細粒域Cが位置している。細粒域Cの管外面側に粗粒域Bがある。一方、
図14の薄肉系の接合部32では、細粒域Cと粗粒域Bとは列状に並び、異材界面F側には粗粒域Bが位置している。
【0069】
図15に異材継手の融合部(母材:低クロム鋼)におけるTIG溶接施工時の熱履歴イメージを示す。同図において、横軸は時間、縦軸は温度、Ac1は、加熱に際しフェライト+セメンタイトからオーステナイトへの変態が開始する温度、Ac3は加熱に際しフェライト+セメンタイトからオーステナイトへの変態が完了する温度である。低クロム鋼のAc1およびAc3は、例えば742℃と889℃である。
【0070】
HAZの結晶粒径は、一般的に旧オーステナイト粒径に依存する。そのため、
図15のような熱履歴となる場合、HAZの結晶粒径は、最後にオーステナイト単相になる際(すなわち最後にAc3を超えた後)の最高到達温度で決まると考えられる。
【0071】
図16〜18に融合部の熱履歴と組織変化のイメージ図を示す。
図16は厚肉系溶接部の溶接接合の初めの方の溶接パスの工程が施工される前半溶接パス部分(管内面側)、
図17は厚肉系溶接部の後の方の溶接パスの工程が施工される後半溶接パス部分(管外面側)、
図18は薄肉系の溶接部のイメージ図である。
図16〜18において、横軸は時間、縦軸は温度である。
図17では、前層の溶接工程による温度上昇は考慮していない。
図18では、比較として、薄肉系溶接部における前半溶接パス部分の熱履歴に対して、厚肉系溶接部における前半溶接パス部分の熱履歴(
図16と同一)とを重ねて記載している。
【0072】
厚肉系溶接部の異材界面近傍の管内面側は、溶接パスが重なる部分である。
図16に示すとおり、厚肉系溶接部の管内面側では、溶接パスが重なるとともに次に施工される溶接パス位置が管外面側へと進むことになり、溶接パスの後に溶接される溶接パスの入熱の影響で、最終的にAc3点を超えた後の温度が低くなる。そのため、管内面側のHAZでは結晶粒径が小さくなり、細粒域が形成されるものと考えられる。
図16において、厚肉系溶接部の前半溶接パス部分の組織は、ベイナイト、またはマルテンサイト、あるいはその混合組織である。
【0073】
一方、
図17に示すように、管外面側は溶接パスの次に施工される溶接パス位置が管外面側であり、管外面側は最終的にAc3点を超える温度が高いままである。そのため、旧オーステナイト粒が粗大化し、粗粒域が形成されるものと考えられる。
図17において、厚肉系溶接部の後半溶接パス部分の組織は、ベイナイト、またはマルテンサイト、あるいはその混合組織である。
【0074】
これに対して薄肉系溶接部では、
図18に示す通り、肉厚が薄いことで溶接パスの最終層の入熱が管内面まで影響する。それにより、Ac3点を超えた後の温度が厚肉系の内面におけるそれより高い温度になる。そのため、薄肉系溶接部では旧オーステナイト粒径が小さくなり難く、管内面側と管外面側の管厚方向での結晶粒径の差が生じ難くなる。
図18において、薄肉系溶接部の組織は、ベイナイト、またはマルテンサイト、あるいはその混合組織である。
【0075】
また、
図18に示す通り、薄肉系溶接部では、伝熱面積が厚肉系溶接部より小さい分、冷却速度が遅く、全体の温度が下がりにくいことも、管内面側と管外面側の管厚方向での結晶粒径の差が生じ難くなることに影響しているものと考えられる。厚肉系溶接部では薄肉系溶接部より伝熱面積が大きくなり管内面側の冷却速度が速いために、結晶粒径が大きな組織となる。
【0076】
以上のように、HAZの組織構成(粗粒域と細粒域との配置)は、熱履歴に影響されて変化する。接合部の熱履歴は、伝熱管などの管状部材の肉厚、溶接パスの回数および溶接条件等に依存する。
【0077】
伝熱管などの管状部材は使用条件により管の材質や肉厚が異なる。また、同じ材質の管であっても、使用条件が高温、高圧になる場合、管の肉厚が厚くなる。厚肉系の管状部材を溶接により接合する場合、溶接パスの回数が多くなる。一方、薄肉系の管状部材では溶接パスの回数は厚肉系の管状部材よりも少ない。溶接パスの回数が異なると溶接部が受ける熱履歴に差が生じる。
【0078】
接合部に含まれる各組織(溶接金属A、粗粒域B、細粒域C、母材D)は、それぞれクリープ変形抵抗が異なる。クリープ変形抵抗とは、高温領域での変形し易さである。クリープ変形抵抗が大きいと、ボイラ等の運転中に伝熱管などの管状部材の融合部に生じる軸方向応力も大きくなる。クリープ変形抵抗が小さいと、上記軸方向応力は小さくなる。
【0079】
HAZの粗粒域Bと細粒域Cのクリープ変形抵抗は、一般的には粗粒域Bの方が高いと言われている。しかしながら、異材継手のHAZでも同様の傾向を示すか否かは不明であった。本発明者らが低合金鋼として1Cr鋼を使用した異材継手の各組織から微小な試験片を採取し、クリープ特性を調査した結果によれば、細粒域Cのクリープ変形抵抗は、粗粒域Bのそれよりも高いことが確認されている。この確認結果によれば、肉厚系の管状部材では、運転中に軸方向応力が作用すると、細粒域C、すなわち管内面側あるいは管厚中央付近に高い応力が生じる。
【0080】
図19に、組織構成以外の条件を全て揃えた厚肉系溶接部および薄肉系溶接部の異材界面付近の融合部について、有限要素法(FEM:Finite Element Method)解析を行った結果を示す。同図において、横軸は異材界面付近の融合部の軸方向応力、縦軸は肉厚(管内面からの距離)である。
【0081】
図19によれば、厚肉系溶接部の方が、管内面側に作用する軸方向応力が大きくなる。また、FEM解析では、ベースとなる作用応力(内圧による軸方向応力)が高いほど、融合部に作用する軸方向応力が高くなることも分かった。これにより、作用応力の大小も融合部損傷に影響する因子の一つであることが確認された。なお、本発明者らがボイラ実機の損傷事例を整理した結果によれば、管内面側は融合部損傷(ボンド解離)が発生する位置と合致する。
【0082】
図20に、厚肉系の管状部材の接合部に軸方向応力が作用した場合の断面模式図を示す。
図21は、
図20のY−Y断面の軸方向応力の分布を示す。
図21において、横軸は管の軸方向応力、縦軸は肉厚方向位置である。Aは溶接金属、Bは粗粒域、Cは細粒域、Dは母材(低温部側)である。
【0083】
異材継手の接合部には内圧によって生じる管の軸方向応力が作用している。実際には内圧による応力に加え、熱応力も作用するが、ここでは内圧による応力のみを考える。
【0084】
図20の組織構成において、高温で軸方向応力が作用すると、クリープ変形によって管の軸方向に伸びる変形が生じる。上記したように、粗粒域は細粒域よりもクリープ変形抵抗が低い。そのため、粗粒域は細粒域よりも大きく変形することになる。細粒域は幅が広く変形が小さい。
【0085】
上記のような場合、
図21に示すように、高温で軸方向応力が作用してクリープ変形後は、管外面側と管内面側の伸びの釣り合いをとろうとして管外面側は変形抵抗が低く管外面側に発生する荷重が小さくなり、その分、管内面側は変形抵抗が高く管内面側に発生する荷重が大きくなる。これによって、管内面側の軸方向応力が高くなる。一方、比較として弾性変形時の軸方向応力分布は、破線で示すように管外面側と管内面側で一定となる。
【0086】
また、厚肉系の伝熱管などの管状部材は、薄肉系の管状部材に比べて必要最小肉厚tsrまでの肉厚tの尤度(肉厚t−必要最小肉厚tsr)が小さい。そのため、内圧による軸方向応力は相対的に高くなる。
【0087】
[2]脱炭層および析出物
図22に、融合部のき裂が発生した溶接部の部分模式図を示す。
溶接部9は、溶接金属10およびHAZ11を含む。HAZ11内の異材界面F側に脱炭層33が存在する。
【0088】
脱炭層33は、溶接時の入熱により溶接金属10から溶接部9の低温部4の母材へ原子が拡散することにより生じる。融合部は、基本的に脱炭層33内に存在する。脱炭層33は、周囲の組織よりもクリープ変形抵抗が小さい。そのため、クリープ歪が蓄積しやすくなる。
【0089】
ボイラ等の運転中、伝熱管などの管状部材は高温に曝される。これにより、溶接金属10に含まれる原子(Cr等)が溶接部9の低温部4の母材側に拡散する。その結果、脱炭層33領域内に列状の析出物36が生成される。
【0090】
クリープ歪の蓄積は、脱炭層33内に析出した析出物36と母材との界面に原子空孔を集積しやすくする。よって、(クリープ)ボイドは脱炭層内に優先的に生成される。ボイド35の生成が進むとボイド同士が連結し、最終的に微視き裂34となる。微視き裂34が進展すると、破断に至る。