特許第5670105号(P5670105)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5670105
(24)【登録日】2014年12月26日
(45)【発行日】2015年2月18日
(54)【発明の名称】正極活物質及びリチウム二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/505 20100101AFI20150129BHJP
【FI】
   H01M4/505
【請求項の数】3
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2010-140076(P2010-140076)
(22)【出願日】2010年6月21日
(65)【公開番号】特開2010-212262(P2010-212262A)
(43)【公開日】2010年9月24日
【審査請求日】2013年2月20日
(31)【優先権主張番号】特願2009-225125(P2009-225125)
(32)【優先日】2009年9月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088616
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 一平
(74)【代理人】
【識別番号】100089347
【弁理士】
【氏名又は名称】木川 幸治
(74)【代理人】
【識別番号】100154379
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 博幸
(74)【代理人】
【識別番号】100154829
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 成
(72)【発明者】
【氏名】由良 幸信
(72)【発明者】
【氏名】小林 伸行
(72)【発明者】
【氏名】七瀧 努
(72)【発明者】
【氏名】海川 和之
【審査官】 吉田 安子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−272629(JP,A)
【文献】 特開2004−292264(JP,A)
【文献】 特開2009−176732(JP,A)
【文献】 特開2010−192428(JP,A)
【文献】 特開2004−087278(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/505
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムとマンガンを構成元素として含むスピネル構造のマンガン酸リチウムからなり、
粒子径が5〜20μmの非八面体形状を有する一次粒子を70面積%以上含む多数の結晶粒子を含有し、
粉末X線回折パターンにおける格子歪(η)の値が0.05×10−3〜0.7×10−3である正極活物質。
【請求項2】
比表面積が0.1〜0.5m/gである請求項1に記載の正極活物質。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の正極活物質を含む正極と、負極活物質を含む負極と、を有する電極体を備えたリチウム二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は正極活物質及びリチウム二次電池に関し、更に詳しくは、高温サイクル特性に優れ、かつレート特性にも優れたリチウム二次電池を製造可能な正極活物質及び高温サイクル特性に優れ、かつレート特性にも優れたリチウム二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の携帯電話、VTR、ノート型パソコン等の携帯型電子機器の小型軽量化が加速度的に進行しており、その電源用電池として、リチウム二次電池が使用されている。リチウム二次電池は、一般に、エネルギー密度が大きく、単電池電圧も約4V程度と高いため、携帯型電子機器の電源用電池のみならず、電気自動車、ハイブリッド電気自動車のモータ駆動電源としても使用されている。
【0003】
リチウム二次電池の正極活物質として、層状岩塩構造のコバルト酸リチウム、層状岩塩構造のニッケル酸リチウムやスピネル構造のマンガン酸リチウム等が知られている。層状岩塩構造のコバルト酸リチウムは、コバルトの埋蔵量が少なく生産地が偏在しているため、供給面において不安定であるといえる。また、層状岩塩構造のニッケル酸リチウムにおいては、充電状態における構造の不安定化という問題がある。
【0004】
スピネル構造のマンガン酸リチウムは、層状岩塩構造のコバルト酸リチウムや層状岩塩構造のニッケル酸リチウムに比べて、安全性及びレート特性が高く、低コストであることが知られている。スピネル構造のマンガン酸リチウムを用いた正極活物質は、内部抵抗が大きく、一般にアセチレンブラック等の導電性微粒子を添加して導電性を改良する試みがなされていた。しかしながら、アセチレンブラックの添加は、正極活物質の充填量を減少させるため、電池容量の低下を引き起こす場合があった。
【0005】
この問題に対して、正極活物質自体の低抵抗化を図り、大出力、高容量のリチウム二次電池を提供することを目的として、LiとMnを主成分とし、立方晶スピネル構造を有し、一次粒子が主に平坦な結晶面から構成された略八面体形状を有する正極活物質を用いてなることを特徴とするリチウム二次電池が開示されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1に開示されたリチウム二次電池では、正極活物質の結晶性が高いため、内部抵抗が小さくなり、大電流放電が可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−113889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示されたリチウム二次電池は、近年の自動車等に要求される高いサイクル特性を十分満足するものではなかった。また、通常、スピネル構造のマンガン酸リチウムにおいて問題となる高温サイクル特性の改善については言及されていない。
【0008】
充放電サイクルにおける容量低下は、電解液へのMnイオンの溶出が原因のひとつと言われており、比表面積が小さく、粒界を含まない大きな粒子径の一次粒子からなる粉末ほど、サイクル特性が向上する。一方で、粒子径が10μmレベルの大きな一次粒子となると、Liの脱挿入できる面積が小さくなるとともに、Liイオンの固体内拡散距離が長くなるため、高レートでの充放電において、十分な容量を維持できなくなる(即ち、レート特性が低下する)ことがある。
【0009】
即ち、本発明は上記の観点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、高温サイクル特性に優れ、かつレート特性にも優れるリチウム二次電池を製造可能な正極活物質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、粒子径が5〜20μmの非八面体形状を有する一次粒子を70面積%以上含む多数の結晶粒子の粉末とすることで、レート特性と高温サイクル特性を両立したリチウム二次電池を製造可能な正極活物質が得られることを見出した。更に、粉末X線回折パターンにおける格子歪(η)の値を0.7×10−3以下とすることで、レート特性と高温サイクル特性がより改善されることを見出した。
【0011】
即ち、本発明によれば、以下に示す正極活物質及びリチウム二次電池が提供される。
【0012】
[1]リチウムとマンガンを構成元素として含むスピネル構造のマンガン酸リチウムからなり、粒子径が5〜20μmの非八面体形状を有する一次粒子を70面積%以上含む多数の結晶粒子を含有し、粉末X線回折パターンにおける格子歪(η)の値が0.05×10−3〜0.7×10−3である正極活物質。
【0014】
]比表面積が0.1〜0.5m/gである前記[1]に記載の正極活物質。
【0015】
]前記[1]又は2]に記載の正極活物質を含む正極と、負極活物質を含む負極と、を有する電極体を備えたリチウム二次電池。
【発明の効果】
【0016】
本発明の正極活物質は、高温サイクル特性に優れ、かつレート特性にも優れるリチウム二次電池を製造可能であるという効果を奏するものである。
【0017】
また、本発明のリチウム二次電池は、高温サイクル特性に優れ、かつレート特性にも優れるという効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】複数の一次粒子が相互に連結している状態の一例を示す斜視図である。
図2】複数の一次粒子が相互に連結している状態の他の例を示す斜視図である。
図3】本発明のリチウム二次電池の一実施形態を示す断面図である。
図4】本発明のリチウム二次電池の他の実施形態を構成する電極体の一例を示す模式図である。
図5A】八面体形状を有する一次粒子の一例を示す電子顕微鏡写真である。
図5B】八面体形状を有する一次粒子の他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図5C】八面体形状を有する一次粒子の更に他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図5D】八面体形状を有する一次粒子の更に他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図5E】八面体形状を有する一次粒子の更に他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図5F】八面体形状を有する一次粒子の更に他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図6A】非八面体形状を有する一次粒子の一例を示す電子顕微鏡写真である。
図6B】非八面体形状を有する一次粒子の他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図6C】非八面体形状を有する一次粒子の更に他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図6D】非八面体形状を有する一次粒子の更に他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図6E】非八面体形状を有する一次粒子の更に他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図6F】非八面体形状を有する一次粒子の更に他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図6G】非八面体形状を有する一次粒子の更に他の例を示す電子顕微鏡写真である。
図7A】本発明の正極活物質の断面において結晶粒子同士が付着している様子を示す模式図である。
図7B】本発明の正極活物質の断面において結晶粒子同士が付着している様子を示す模式図である。
図7C】本発明の正極活物質の断面において結晶粒子同士が付着している様子を示す模式図である。
図7D】本発明の正極活物質の断面において結晶粒子同士が付着している様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施の形態に対し適宜変更、改良等が加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
【0020】
I.正極活物質:
本発明の正極活物質は、リチウムとマンガンを構成元素として含むスピネル構造のマンガン酸リチウムからなり、粒子径が5〜20μmの非八面体形状を有する一次粒子を70面積%以上含む多数の結晶粒子を含有するものである。
【0021】
非八面体形状を有する一次粒子を含む多数の結晶粒子を含有する正極活物質を用いることで、リチウム二次電池のレート特性が高くなる原因は定かではない。スピネル構造のマンガン酸リチウムの一次粒子における、八面体を形成する結晶面は(111)面であり、酸素原子最密面である。この結晶面は、充放電サイクルにおけるMn溶出を抑制するには効果的であるが、その一方で、充放電時のLiの脱挿入を抑制してしまうことも考えられる。本発明の正極活物質に含まれる大きな粒子径の一次粒子は、電解液へのMnイオンの溶出を抑制しながら、Liの脱挿入のし易い結晶面が表面にでているため、リチウム二次電池のサイクル特性を低下させることなく、レート特性を向上させることができると推測される。
【0022】
一次粒子は、リチウムとマンガンを構成元素として含むスピネル構造のマンガン酸リチウムからなる粒子である。マンガン酸リチウムの化学式は、通常、LiMnで表されるが、本発明の正極活物質においては、このような化学式のマンガン酸リチウムに限定されるものではなく、例えば、下記一般式(1)で表される化学式を有するマンガン酸リチウムを、スピネル構造を有する限り用いることができる。
LiMMn2−x (1)
【0023】
一般式(1)中、Mは、Li、Fe、Ni、Mg、Zn、Al、Co、Cr、Si、Sn、P、V、Sb、Nb、Ta、Mo、及びWからなる群より選択される少なくとも一種の元素(置換元素)を示す。なお、置換元素Mには、上述の少なくとも一種の元素と共に、Ti、Zr、Ceが更に含まれていても良い。Xは、置換元素Mの置換数を示す。Liは+1価、Fe、Mn、Ni、Mg、Znは+2価、B、Al、Co、Crは+3価、Si、Ti、Sn、Zr、Ceは+4価、P、V、Sb、Nb、Taは+5価、Mo、Wは+6価のイオンとなり、いずれの元素も、理論上はLiMn中に固溶するものである。なお、Co、Snについては+2価の場合、Fe、Sb及びTiについては+3価の場合、Mnについては+3価、+4価の場合、Crについては+4価、+6価の場合もあり得る。従って、置換元素Mは混合原子価を有する状態で存在する場合がある。また、酸素については、必ずしも上記の化学式で表されることを必須とせず、結晶構造を維持するための範囲内で欠損して、又は過剰に存在していてもよい。
【0024】
MnをLiで置換した場合(Li過剰の場合)には、マンガン酸リチウムの化学式は、Li(1+x)Mn(2−x)となる。なお、xの値は、0.05〜0.15であることが好ましい。xの値が0.05未満であると、MnをLiで置換したことによるサイクル特性の向上の効果が十分に得られない場合がある。また、格子歪(η)の値が小さくてもサイクル特性が低下する場合もある。一方、0.15超であると、初期容量が100mAh/g以下となる場合があり、容量が小さくなるため好ましくはない。
【0025】
また、MnをLi以外の置換元素Mで置換した場合には、Li/Mn比は、1/(2−X)(即ち、Li/Mn比>0.5)となる。Li/Mn>0.5の関係を満たすマンガン酸リチウムを用いると、LiMnで表される化学式のマンガン酸リチウムを用いた場合に比して結晶構造が更に安定化されるため、より高温でのサイクル特性に優れたリチウム二次電池を製造することができる。
【0026】
結晶粒子は、全Mnの25〜55mol%が、Ni、Co、Fe、Cu、Cr等で置換されたマンガン酸リチウム(例えば、LiNi0.5Mn1.5)からなる粒子であってもよい。このようなマンガン酸リチウムを用いることにより、得られる正極活物質は、高温サイクル特性が改善されたリチウム二次電池を製造可能な正極活物質であるだけでなく、充放電電位を高くして、エネルギー密度を増加させることができるため、いわゆる5V級の起電力を有するリチウム二次電池を製造することができる。
【0027】
一次粒子の粒子径は、5〜20μmであり、7〜20μmであることが好ましく、10〜20μmであることが更に好ましい。一次粒子の粒子径がこの範囲にない場合、サイクル特性が低下する場合がある。この理由は定かではないが、粒子径が5μm未満の場合、電解液へMnイオンが溶出しやすくなるためと考えられる。一方、粒子径が20μm超の場合では、充放電時の粒子の体積変化にともなう応力により、粒子中にクラックが発生しやすくなり、その影響で内部抵抗が増大するためと考えられる。なお、粒子径は、以下のようにして規定される値である。先ず、正極活物質粉末を、粒子同士が重ならないようにカーボンテープ上に載置し、イオンスパッタリング装置(商品名「JFC−1500」、日本電子社製)にてAuを厚さ10nm程度となるようにスパッタした後、最大径が5μm以上の一次粒子が視野内に20〜50個入る倍率を選択し、二次電子像を走査型電子顕微鏡(商品名「JSM−6390」、日本電子社製)を用いて撮影する。得られた画像中の一次粒子について、他の粒子で隠されていない部分における最大径と、この最大径に直交する径のうち最も長い径との平均値を一次粒子の粒子径(μm)とする。このようにして、他の粒子で隠されて算出できない粒子を除いた全ての一次粒子について粒子径を計測する。
【0028】
多数の結晶粒子は、非八面体形状を有する一次粒子を70面積%以上含むものであり、80〜98面積%含むものであることが更に好ましく、85〜95面積%含むものであることが特に好ましい。多数の結晶粒子に含まれる非八面体形状を有する一次粒子の割合が70面積%未満であると、レート特性が低下する場合がある。以下、多数の結晶粒子に含まれる非八面体形状を有する一次粒子の割合の測定方法について記載する。
【0029】
先ず、「非八面体形状を有する一次粒子」について説明する。図5A図5Fに示すように、八面体形状を有する一次粒子には、八面体形状を有する一次粒子31のみならず、その一部が欠けている一次粒子32や、稜線がある一次粒子33も含まれる。一方、図6A図6Gに示すように、非八面体形状を有する一次粒子には、明らかに八面体形状を有していない一次粒子34のみならず、頂点が欠けている一次粒子35や、矩形面が観測される一次粒子36、丸みを帯びている一次粒子37も含まれる。ここで、頂点が欠けている一次粒子35や、矩形面が観測される一次粒子36については、以下の判別方法で頂点を認定し、頂点が認定された場合に八面体形状を有する一次粒子に属するものとする。
【0030】
先ず、その頂点を構成する4本の稜線のうち、見えている稜線を延長し、仮想の頂点(必要に応じて新たな稜線)を描く。次に、稜線(新たに追加した仮想の稜線を除く)の中で最も長い稜線を1本選ぶ。最後に、最も長い稜線について、実際の稜線の長さに対して、仮想部分の長さが5分の1以下のとき、その部分を頂点として認める。
【0031】
次に、「多数の結晶粒子に含まれる非八面体形状を有する一次粒子の割合」の測定方法について説明する。粒子径、及び形状の評価が可能な全ての結晶粒子が占有する面積(A)、及び粒子径が5〜20μmであり、かつ非八面体形状を有する一次粒子が占有する面積(b)を、画像編集ソフト(商品名「photoshop」、Adobe社製)を用いて測定し、式(b/A)×100に代入することで算出することができる。
【0032】
本発明の正極活物質に含まれる多数の結晶粒子は、単一粒子を40面積%以上含むものであることが好ましい。即ち、多数の結晶粒子中に含まれる単一粒子の割合が40面積%以上であることが好ましい。単一粒子の割合が40面積%未満であると、多結晶粒子又は凝集粒子等の二次粒子が相対的に多くなるため、二次粒子の粒界部でLiイオンの拡散が阻害され、レート特性が低下する場合がある。なお、本明細書中、「単一粒子」とは、多数の結晶粒子に含有される結晶粒子のうち、1個の結晶粒子が単独で存在している結晶粒子のことをいう。即ち、多結晶粒子や凝集粒子を形成していない結晶粒子のことをいう。
【0033】
多数の結晶粒子に含まれる単一粒子の割合(面積%)は、以下の方法で求めることができる。正極活物質と、導電性樹脂(商品名「テクノビット5000」、クルツァー社製)と、を混合し、硬化させる。次に、機械研磨し、クロスセクションポリッシャー(商品名「SM−09010」、日本電子社製)を使用してイオン研磨する。走査型電子顕微鏡(商品名「ULTRA55」、ZEISS社製)を使用して正極活物質の断面の反射電子像を観察する。
【0034】
反射電子像では、結晶方位が異なる場合、チャネリング効果によりコントラストが異なる。そのため、観察している結晶粒子の中に粒界部が含まれる場合、試料の観察方位(試料の傾き)を僅かに変えると、粒界部が明瞭になったり、不明瞭になったりする。この性質を利用して、粒界部の存在を確認することができるため、結晶粒子が単一粒子であるのか、結晶方位が異なる一次粒子が連なった多結晶粒子又は凝集粒子であるのかを識別することができる。
【0035】
また、単一粒子の粒子径よりも大幅に小さい(例えば、0.1〜1μm程度)微粒子(結晶粒子)が結晶粒子の表面に付着している場合がある(図7A参照)。また、多結晶粒子や凝集粒子であっても、付着部が僅かである場合がある(図7B参照)。これらのような場合、微粒子51〜53が結晶粒子41の表面に付着している部分(図7A中の付着部50a〜50c)や結晶粒子42、43同士が接している部分(図7B中の付着部50d)は僅かであるため、レート特性や耐久性に影響を与えない。そのため、これらのような結晶粒子は、実質的に単一粒子と見なすことができる。具体的には、画像編集ソフト(商品名「Image−Pro」、Media Cybernetics社製)を使用して、反射電子像から見積られる結晶粒子の周回の長さに対して、付着部の長さ(付着部が複数ある場合は全付着部の長さの合計)が1/5以下である場合、その結晶粒子は単一粒子とみなして数えることとする。
【0036】
図7A図7Dは、本発明の正極活物質の断面において、結晶粒子同士が付着している様子を示す模式図である。例えば、図7Aは、結晶粒子41の表面に3つの微粒子51〜53が付着している場合であり、付着部50a〜50cの長さの合計が、結晶粒子41の周回の長さに対して、1/5以下である場合である。この場合、結晶粒子41は、単一粒子と見なされる。一方、微粒子51〜53は、それぞれの周回の長さに対して、それぞれの付着部の長さが1/5以上であるため、微粒子51〜53は単一粒子とは見なされない。図7Bは、結晶粒子42、43同士が付着している場合であり、付着部50dの長さが、結晶粒子42及び43のそれぞれの周回の長さに対して、1/5以下である場合である。この場合、結晶粒子42及び43は、両方とも単一粒子と見なされる。図7Cは、結晶粒子44、45同士が付着している場合であり、付着部50eの長さが、結晶粒子44及び45のそれぞれの周回の長さに対して、1/5以上である場合である。この場合、結晶粒子44及び45は、いずれも単一粒子とはみなされない。図7Dは、結晶粒子46の表面に2つの小さな結晶粒子47、48(微粒子ではない)が付着している場合であり、付着部50f及び50gの長さの合計が、結晶粒子46の周回の長さに対して、1/5以下である場合である。この場合、結晶粒子46は、単一粒子と見なされる。一方、結晶粒子47及び48は、それぞれの周回の長さに対して、それぞれの付着部の長さが1/5以上であるため、結晶粒子47及び48は単一粒子とはみなされない。
【0037】
この様にして、各結晶粒子が単一粒子であるか否かを判別する。そして、単一粒子の割合(面積%)は、反射電子像から面積を測定することが可能な全ての結晶粒子が占有する面積(C)、及び全ての単一粒子が占有する面積(c)を、前記画像編集ソフトを使用して測定し、式(c/C)×100に代入することで算出することができる。
【0038】
多数の結晶粒子は、複数の一次粒子が相互に連結してなる二次粒子を更に含むものであることが好ましい。二次粒子は、複数の一次粒子が相互に連結してなるものである。図1は、複数の一次粒子が相互に連結している状態の一例を示す斜視図である。また、図2は、複数の一次粒子が相互に連結している状態の他の例を示す斜視図である。図1に示すように、二次粒子10は、複数の一次粒子1がそれぞれの粒界部2で相互に連結している。図1においては、任意の結晶面3が同一面上にくるように複数の一次粒子1が相互に連結している。なお、二次粒子は、このように連結するものに限定されるものではなく、例えば、図2に示すように、複数の一次粒子1が、任意の結晶面3が同一方向を向くように重なり合って、相互に連結したものであってもよい。これらの中でも、二次粒子は、図1に示すように、複数の一次粒子1が平面的に連結することが好ましい。これは、それぞれの一次粒子1の厚さ方向にLi拡散を阻害する粒界部が存在しないため、二次粒子を含まない多数の単一粒子を含有する正極活物質を用いた場合と同等の充放電特性を維持する一方で、二次粒子を含まない多数の単一粒子に比べて比表面積は小さくなり、正極活物質の耐久性(サイクル特性)が向上するという利点があるからである。
【0039】
一次粒子が平面的に連結する場合、粒子径が5〜20μmの一次粒子が、2〜20個連結したものが好ましい。一次粒子の連結数が20個超であると、二次粒子がアスペクト比の大きな扁平形状となり、その扁平面が、正極板の板面と平行に充填される場合、正極板の厚さ方向へのリチウムイオンの拡散経路が長くなることでレート特性が低下するので好ましくない。
【0040】
(製造方法)
本発明の正極活物質を製造する方法に関しては、特に限定されるものではなく、例えば以下の方法がある。先ず、リチウム化合物と、マンガン化合物と、を含む混合粉末を調製する。
【0041】
リチウム化合物としては、例えば、LiCO、LiNO、LiOH、Li、LiO、CHCOOLi等を挙げることができる。マンガン化合物としては、MnO、MnO、Mn、Mn、MnCO、MnOOH等を挙げることができる。また、MnをLi以外の置換元素で置換する場合には、アルミニウム化合物、マグネシウム化合物、ニッケル化合物、コバルト化合物、チタン化合物、ジルコニウム化合物、セリウム化合物等を、混合粉末中に含ませてもよい。アルミニウム化合物としては、例えば、α−Al、γ−Al、AlOOH、Al(OH)等を挙げることができる。マグネシウム化合物としては、例えば、MgO、Mg(OH)、MgCO等を挙げることができる。ニッケル化合物としては、例えば、NiO、Ni(OH)、NiNO等を挙げることができる。コバルト化合物としては、例えば、Co、CoO、Co(OH)等を挙げることができる。チタン化合物としては、例えば、TiO、TiO、Ti等を挙げることができる。ジルコニウム化合物としては、例えば、ZrO、Zr(OH)、ZrO(NO等を挙げることができる。セリウム化合物としては、例えば、CeO、Ce(OH)、Ce(NO等を挙げることができる。
【0042】
なお、混合粉末には、必要に応じて粒成長促進助剤を更に含ませてもよい。粒成長促進助剤としては、NaCl、KCl等のフラックス助剤、Bi、PbO、Sb、ガラス等の低融点助剤等を挙げることができる。これらの中でも、Biが好ましい。また、混合粉末には、粒成長を促進させるために、スピネル構造のマンガン酸リチウムからなる種結晶を粒成長の核として含ませても良い。更に、種結晶と粒成長促進助剤を複合添加しても良い。この時、粒成長促進助剤は、種結晶に付着させた状態で添加しても良い。
【0043】
混合粉末は必要に応じて粉砕しても良い。混合粉末の粒径は10μm以下であることが好ましい。混合粉末の粒径が10μmより大きい場合、乾式又は湿式で粉砕して粒径を10μm以下にしてもよい。粉砕方法は特に限定されないが、ポットミル、ビーズミル、ハンマーミル、ジェットミル等を用いる方法を挙げることができる。
【0044】
次に、調製した混合粉末を成形して成形体を作製する。成形体の形状は特に限定されるものではなく、例えば、シート状、粒状、中空の粒子状、薄片状、ハニカム状、棒状、ロール状(捲回状)等を挙げることができる。より効率的に粒子径が5〜20μmの非八面体形状を有する一次粒子を形成するための成形体としては、例えば、厚さ10〜30μmのシート状の成形体、殻厚が10〜30μmの中空状の造粒体、径が10〜30μmの粒状の成形体、厚さ10〜30μmで50μm〜10mmサイズの薄片状の成形体、隔壁厚さ10〜30μmのハニカム状の成形体、厚さ10〜30μmのロール状(捲回状)の成形体、太さ10〜30μmの棒状の成形体等とすることができる。これらの中でも、厚さ10〜30μmのシート状の成形体とすることが好ましい。
【0045】
シート状や薄片状の成形体を作製する方法は特に限定されるものではなく、例えば、ドクターブレード法、混合粉末のスラリーを熱したドラム上に塗布し、乾燥させたものをスクレイパーで掻き取るドラムドライヤー法、混合粉末のスラリーを熱した円板面上に塗布し、乾燥させたものをスクレイパーで掻き取るディスクドライヤー法、スリットを設けた口金に混合粉末を含む粘土を押し出す押出成形法等の方法で行うことができる。これらの成形方法の中でも、均一なシート状の成形体が得られるドクターブレード法が好ましい。上述の成形方法で得られた成形体の密度は、更にローラー等で加圧することにより、高めてもよい。また、中空の造粒体は、スプレードライヤーの条件を適宜設定することで作製することができる。径が10〜30μmの粒状の成形体(バルク成形体)を作製する方法としては、例えば、スプレードライ法、混合粉末をローラー等で加圧する方法、押出成形された棒状やシート状の成形体を切断する方法等を挙げることができる。また、ハニカム状や棒状の成形体を作製する方法としては、例えば、押出成形法等を挙げることができる。また、ロール状の成形体を作製する方法としては、例えば、ドラムドライヤー法等を挙げることができる。
【0046】
次いで、得られた成形体を焼成して焼結体とする。焼成方法としては、特に制限はない。シート状の成形体を焼成する場合、シート間での重なりが小さくなるように、1枚ごとにセッターに載せて焼成する方法や、シートをくしゃくしゃに丸めて、ふたの開いた鞘に入れた状態で焼成する方法が好ましい。具体的な焼成条件としては、酸化雰囲気下、830〜1050℃程度の温度で、5〜50時間かけて焼成する条件を挙げることができる。ここで、酸化雰囲気とは、一般に混合粉末が酸化反応を起こす酸素分圧を有する雰囲気をいい、具体的には、大気雰囲気下、酸素雰囲気下等をいう。酸化雰囲気における酸素分圧は高い程好ましく、例えば、雰囲気の気圧の50%以上であることが好ましい。なお、焼成時に粒成長促進助剤(酸化ビスマス等)を添加してもよい。
【0047】
焼成する際、昇温速度を調節することにより、焼成後の一次粒子の粒子径を均一化することができる。この際、昇温速度としては、例えば、50〜500℃/時とすることができる。また、低温度域で温度を保ち、その後焼成温度で焼成することにより、一次粒子を均一に粒成長させることができる。この際、低温度域としては、例えば、焼成温度が900℃の材料の場合、400〜800℃とすることができる。また、焼成温度よりも高い温度に保ち、結晶の核を形成させた後に焼成温度で焼成することによっても、一次粒子を均一に粒成長させることができる。この際、焼成温度よりも高い温度としては、例えば、焼成温度が900℃の材料の場合、1000℃等とすることができる。
【0048】
焼成は2段階に分けて行うこともできる。例えば、酸化マンガン及びアルミナの混合粉末をシート状に成形し、焼成した後、リチウム化合物を添加して、更に焼成することによりマンガン酸リチウムを形成することができる。また、Li含有率が高いマンガン酸リチウム結晶を形成した後、酸化マンガンやアルミナを添加して、更に焼成することによりマンガン酸リチウムを形成することもできる。
【0049】
焼成において、粒成長促進助剤や前述の種結晶が存在することで、比較的低温(900℃程度)でも一次粒子の粒成長を促進し、比表面積を小さくしたり、結晶性を高めたりする効果があると推察される。スピネル構造のマンガン酸リチウムは、このように焼成を行うことで、比較的粒子径が大きく、結晶性の高い一次粒子からなる多結晶体を調製することができる。なお、シート状、中空の粒子状、薄片状、ハニカム状、棒状、ロール状の成形体の焼成において、シート等の厚さ方向に粒子が1個になるまで十分粒成長させることで、粒子径がおよそシート等の厚さによって制限されることにより、粒子径の揃った一次粒子が平面的に連結した焼結体を調製することができる。更にこの場合、シート等の厚さ方向の粒成長が限られ、二次元的な粒成長が促進されるため、非八面体形状となりやすく、好ましい。更に、隣り合う一次粒子同士が二次元的に密に連結しており、その粒界部で解砕して一次粒子を得る場合、粒界をなしていた界面が表面に現れるため、非八面体形状となりやすく、好ましい。また、バルク成形体を焼成する場合、一次粒子の粒成長は、バルク成形体の径(10〜30μm)によって制限されるため、非八面体形状となりやすい。上述したようにして調製することにより、非八面体形状を有する一次粒子を70面積%以上含む多数の結晶粒子を形成することが可能となる。
【0050】
次いで、調製した焼結体を粉砕処理する。粉砕処理の方法としては、特に限定されるものではなく、例えば、開口径10〜100μmのメッシュやスクリーンに押し当てて解砕する方法や、ボールミル、振動ミル、ジェットミル、ハンマーミル、ピンミル、パルベライザー、その他気流粉砕機等を用いて解砕する方法等を挙げることができる。一次粒子が平面的に連結したシート状焼結体である場合は、粉砕方法及び粉砕条件を適宜設定することで、一次粒子を破壊せず、粒界部が外れる程度に粉砕することができる。それゆえ、簡単に粒子径の揃った一次粒子が得られる上に、粉砕時のエネルギーが小さくてすむため、格子歪をはじめとする欠陥が入りにくくなり、好ましい。
【0051】
粉砕処理後、粒子径が不揃いの一次粒子を、湿式又は乾式の分級処理を行うことで、所望の粒子径、及び所望の単一粒子の割合を有する結晶粒子を得ることができる。分級処理の方法としては、特に限定されるものではなく、例えば、開口径5〜100μmのメッシュで篩い分けする方法、水簸による方法、気流分級機、篩分級機、エルボージェット分級機等を用いる方法等を挙げることができる。
【0052】
得られた所望の粒子径を有する一次粒子を600〜700℃の温度で、酸化雰囲気で再度熱処理することで、酸素欠損を修復し、複数の単一粒子や一次粒子が相互に連結した二次粒子を含む多数の結晶粒子を含有する正極活物質を製造することができる。再熱処理は、粉砕処理の前、即ち第一の焼成における降温時に、所望の温度で一定時間保持することでも、酸素欠損の修復においては効果があり、行うことが可能である。この場合、一次粒子が平面的に連結したシート状焼結体である場合は、三次元的に連結した焼結体に比べて、酸素の拡散距離が短くなるため、短時間で酸素欠損が修復される点で好適である。粉砕処理後(又は分級処理後)に再熱処理をする場合、再熱処理した粉末を再び粉砕・分級処理しても良い。粉砕・分級処理は、前述した方法等を用いることができる。
【0053】
本発明の正極活物質は、上述の製造方法により製造することができる。このような製造方法によれば、粒子径が5〜20μmの非八面体形状を有する一次粒子を70面積%以上含む多数の結晶粒子を含有するものとすることができる。
【0054】
(物性)
正極活物質の粉末X線回折パターンにおける格子歪(η)の値は、0.05×10−3〜0.7×10−3であることが好ましく、0.05×10−3〜0.5×10−3であることが更に好ましく、0.05×10−3〜0.3×10−3であることが特に好ましい。格子歪(η)の値がこの範囲にない場合、レート特性が低下する場合がある。なお、格子歪(η)の値は、下記数式(2)により算出することができる。
βcosθ=λ/D+2ηsinθ (2)
(数式(2)中、βは積分半値幅(rad)を示し、θは回折角(°)を示し、λはX線の波長(Å)を示し、Dは結晶子サイズ(Å)を示す。)
【0055】
より具体的には、粉末X線回折パターンによる回折像を、解析ソフト「TOPAS」を用いて、WPPD法(Whole Powder Pattern Decomposition)により解析して算出することができる。なお、粉末X線回折パターンは、例えば、ブルカーAXS社製、「D8ADVANCE」を用いて測定することができる。
【0056】
正極活物質の比表面積は、0.1〜0.5m/gであることが好ましく、0.15〜0.4m/gであることが更に好ましく、0.2〜0.35m/gであることが特に好ましい。正極活物質の比表面積がこの範囲内にない場合、サイクル特性が低下する場合がある。なお、比表面積は、商品名「フローソーブ III2305」(島津製作所社製)を用いて、窒素を吸着ガスとして用いて測定することができる。
【0057】
II.リチウム二次電池:
本発明のリチウム二次電池は、「I.正極活物質」に記載の正極活物質を含む正極と、負極活物質を含む負極と、を有する電極体を備えるものである。本発明のリチウム二次電池は、高温におけるサイクル特性に優れるものである。このような特性は、大量の電極活物質を用いて製造された大容量の二次電池において特に顕著に現れることとなる。このため、本発明のリチウム二次電池は、例えば、電気自動車やハイブリッド電気自動車のモータ駆動用の電源として好適に利用することができる。但し、本発明のリチウム二次電池は、コイン電池等の小容量電池としても好適に利用することができる。
【0058】
正極は、例えば、正極活物質を、導電剤としてのアセチレンブラック、及び結着材としてのポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等と所定の割合で混合することで、正極材を調製し、金属箔の表面等に塗工して得られる。正極活物質としては、スピネル構造のマンガン酸リチウムのみを用いてもよいし、ニッケル酸リチウム、コバルト酸リチウム、コバルト・ニッケル・マンガン酸リチウム(いわゆる3元系)、リン酸鉄リチウム等の異なる活物質を混合して用いてもよい。ニッケル酸リチウムは、マンガン酸リチウムの耐久劣化の主要因であるマンガン溶出の原因となる電解液中で発生するフッ酸を消費し、マンガンの溶出を抑制するという効果がある。
【0059】
本発明のリチウム二次電池を構成するための、正極活物質以外の材料としては、従来公知の種々の材料を用いることができる。例えば、負極活物質としては、ソフトカーボンやハードカーボンといったアモルファス系炭素質材料や、人造黒鉛、天然黒鉛等の高黒鉛化炭素材料、アセチレンブラック等を用いることができる。これらの中でも、リチウム容量の大きい高黒鉛化炭素材料を用いることが好ましい。これらの負極活物質から、負極材を調製し、金属箔等に塗工することで負極が得られる。
【0060】
非水電解液に用いられる有機溶媒としては、エチレンカーボネート(EC)、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、プロピレンカーボネート(PC)等の炭酸エステル系溶媒の他、γ−ブチロラクトン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル等の単独溶媒、又はこれらの混合溶媒が好適に用いられる。
【0061】
電解質の具体例としては、六フッ化リン酸リチウム(LiPF)やホウフッ化リチウム(LiBF)等のリチウム錯体フッ素化合物;過塩素酸リチウム(LiClO)等のリチウムハロゲン化物を挙げることができる。なお、通常、これらの電解質の一種以上を前述の有機溶媒に溶解して用いる。これらの中でも、酸化分解が起こり難く、非水電解液の導電性の高いLiPFを用いることが好ましい。
【0062】
電池構造の具体例としては、図3に示すように正極板12と負極板13の間にセパレータ6を配して電解液を充填させたコイン型のリチウム二次電池(コインセル)11や、図4に示すような金属箔の表面に正極活物質を塗工してなる正極板12と、金属箔の表面に負極活物質を塗工してなる負極板13とを、セパレータ6を介して捲回又は積層してなる電極体21を用いた円筒型のリチウム二次電池を挙げることができる。
【実施例】
【0063】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」は、特に断らない限り質量基準である。また、各種物性値の測定方法、及び諸特性の評価方法を以下に示す。
【0064】
[非八面体形状を有する一次粒子の含有割合(面積%)]:
全ての結晶粒子が占有する面積(A)、及び粒子径が5〜20μmであり、かつ非八面体形状を有する一次粒子が占有する面積(b)を、画像編集ソフト(商品名「photoshop」、Adobe社製)を用いて測定し、式(b/A)×100に代入することで算出した。
【0065】
[粒子径が5〜20μmの一次粒子の含有割合(面積%)]:
粒子径を計測することが可能な全ての結晶粒子が占有する面積(A)、及び粒子径が5〜20μmの一次粒子が占有する面積(a)を、画像編集ソフト(商品名「photoshop」、Adobe社製)を用いて測定し、式(a/A)×100に代入することで算出した。なお、一次粒子の粒子径は下記のようにして測定した。
【0066】
[一次粒子の粒子径(μm)]:
正極活物質粉末を、粒子同士が重ならないようにカーボンテープ上に載置し、イオンスパッタリング装置(商品名「JFC−1500」、日本電子社製)にてAuを厚さ10nm程度となるようにスパッタした後、最大径が5μm以上の一次粒子が視野内に20〜50個入る倍率を選択し、二次電子像を走査型電子顕微鏡(商品名「JSM−6390」、日本電子社製)を用いて、撮影条件として、加速電圧15kV、ワーキングディスタンス10mmにて撮影した。得られた画像中の一次粒子について、他の粒子で隠されていない部分における最大径と、この最大径に直交する径のうち最も長い径との平均値を一次粒子の粒子径(μm)とした。このようにして、他の粒子で隠されて算出できない粒子を除いた全ての一次粒子について粒子径を計測した。
【0067】
[格子歪(η)の値]:
粉末X線回折パターンを、ブルカーAXS社製、「D8ADVANCE」を用いて下記の条件により測定し、WPPD法により解析して算出した。
【0068】
X線出力:40kV×40mA
ゴニオメーター半径:250mm
発散スリット:0.6°
散乱スリット:0.6°
受光スリット:0.1mm
ソーラースリット:2.5°(入射側、受光側)
測定法:試料水平型の集中光学系による2θ/θ法(2θ=15〜140°を測定、ステップ幅0.01°)
走査時間:メインピーク((111)面)の強度が10000counts程度になるように設定
【0069】
なお、具体的な解析手順を以下に説明する。他の解析手順により得られる格子歪(η)の値は、本解析手順により得られる格子歪(η)の値と異なる場合もあるが、これらは本発明の範囲から除外されるものではない。本発明においては、本解析手順により得られる格子歪(η)の値をもって、判断すべきである。
1.ソフト(TOPAS)起動、測定データ読み込み。
2.Emission Profile設定(Cu管球、Bragg Brentano集中光学系を選択)。
3.バックグラウンド設定(プロファイル関数としてルジャンドルの多項式を使用、項数は8〜20に設定)。
4.Instrument設定(Fundamental Parameterを使用、スリット条件、フィラメント長、サンプル長を入力)。
5.Corrections設定(Sample displacementを使用。試料ホルダーへの試料充填密度が低い場合、Absorptionも使用する。この場合、Absorptionは試料の線吸収係数で固定)。
6.結晶構造設定(空間群F−d3mに設定。格子定数・結晶子径・格子歪を使用。結晶子径と格子歪によるプロファイルの広がりをローレンツ関数に設定)。
7.計算(バックグラウンド、Sample displacement、回折強度、格子定数、結晶子径、格子歪を精密化)。
8.結晶子径の標準偏差が精密化した値の6%以下であれば、解析終了。6%より大きい場合は、手順9へ。
9.格子歪によるプロファイルの広がりをガウス関数に設定(結晶子径はローレンツ関数のまま)。
10.計算(バックグラウンド、Sample displacement、回折強度、格子定数、結晶子径、格子歪を精密化)。
11.結晶子径の標準偏差が精密化した値の6%以下であれば、解析終了。6%より大きい場合は、解析不可。
12.得られた格子歪の値にπ/180を乗じることで、ηとする。
【0070】
[比表面積(m/g)]:
商品名「フローソーブ III2305」(島津製作所社製)を用いて、窒素を吸着ガスとして用いて測定した。
【0071】
[単一粒子の割合(面積%)]:
正極活物質と、導電性樹脂(商品名「テクノビット5000」、クルツァー社製)と、を混合し、硬化させた。次に、機械研磨し、クロスセクションポリッシャー(商品名「SM−09010」、日本電子社製)を使用してイオン研磨する。走査型電子顕微鏡(商品名「ULTRA55」、ZEISS社製)を使用して正極活物質の断面の反射電子像を観察した。
【0072】
反射電子像では、結晶方位が異なる場合、チャネリング効果によりコントラストが異なる。そのため、観察している結晶粒子の中に粒界部が含まれる場合、試料の観察方位(試料の傾き)を僅かに変えると、粒界部が明瞭になったり、不明瞭になったりする。この性質を利用して、粒界部の存在を確認することができるため、結晶粒子が単一粒子であるのか、結晶方位が異なる一次粒子が連なった多結晶粒子又は凝集粒子であるのかを識別することができる。
【0073】
また、単一粒子の粒子径よりも大幅に小さい(例えば、0.1〜1μm程度)微粒子(結晶粒子)が結晶粒子の表面に付着している場合がある(図7A参照)。また、多結晶粒子や凝集粒子であっても、付着部が僅かである場合がある(図7B参照)。これらのような場合、微粒子51〜53が結晶粒子41の表面に付着している部分(図7A中の付着部50a〜50c)や結晶粒子42、43同士が接している部分(図7B中の付着部50d)は僅かであるため、レート特性や耐久性に影響を与えない。そのため、これらのような結晶粒子は、実質的に単一粒子と見なすことができる。具体的には、画像編集ソフト(商品名「Image−Pro」、Media Cybernetics社製)を使用して、反射電子像から見積られる結晶粒子の周回の長さに対して、付着部の長さ(付着部が複数ある場合は全付着部の長さの合計)が1/5以下である場合、その結晶粒子は単一粒子とみなして数えることとした。
【0074】
この様にして、各結晶粒子が単一粒子であるか否かを判別した。そして、単一粒子の割合(面積%)は、反射電子像から面積を測定することが可能な全ての結晶粒子が占有する面積(C)、及び全ての単一粒子が占有する面積(c)を、前記画像編集ソフトを使用して測定し、式(c/C)×100に代入することで算出した。
【0075】
[レート特性(%)]:
試験温度を20℃とし、0.1Cレートの電流値で電池電圧が4.3Vとなるまで定電流充電した。電池電圧を4.3Vに維持する電流条件で、その電流値が1/20に低下するまで定電圧充電した後、10分間休止し、続いて1Cレートの電流値で電池電圧が3.0Vになるまで定電流放電した後10分間休止する、という充放電操作を1サイクルとする。20℃の条件下で合計3サイクル繰り返し、3サイクル目の放電容量を測定し、放電容量C(1C)とした。次いで、試験温度を20℃とし、0.1Cレートの電流値で電池電圧が4.3Vとなるまで定電流充電した。電池電圧を4.3Vに維持する電流条件で、その電流値が1/20に低下するまで定電圧充電した後、10分間休止し、続いて5Cレートの電流値で電池電圧が3.0Vになるまで定電流放電した後、10分間休止する、という充放電操作を1サイクルとする。20℃の条件下で合計3サイクル繰り返し、3サイクル目の放電容量を測定し、放電容量C(5C)とした。5Cレートでの放電容量C(5C)の、1Cレートでの放電容量C(1C)に対する容量維持率(%)をレート特性として算出した。
【0076】
[サイクル特性(%)]:
試験温度を60℃とし、1Cレートの定電流−定電圧で4.3Vまで充電、及び1Cレートの定電流で3.0Vまでの放電を繰り返すサイクル充放電を行った。100回のサイクル充放電終了後の電池の放電容量を初期容量で除した値を百分率で表した値をサイクル特性とした。
【0077】
(実施例1〜8 正極活物質の製造)
原料調製工程:Li1.1Mn1.9の化学式となるように、LiCO粉末(本荘ケミカル社製、ファイングレード、平均粒子径3μm)、MnO粉末(東ソー社製、電解二酸化マンガン、FMグレード、平均粒子径5μm、純度95%)、及びMnO対する質量割合(%)が、表1に記載した割合となる量のBi粉末(粒径0.3μm、太陽鉱工社製)を秤量した。この秤量物100部と、分散媒としての有機溶媒(トルエン及びイソプロピルアルコールを等量混合した混合液)100部とを、合成樹脂製の円筒型広口瓶に入れ、ボールミル(φ(直径)5mmのジルコニアボール)で16時間、湿式混合及び粉砕を行って混合粉末を得た。
【0078】
シート成形工程:この混合粉末に対して、バインダーとしてのポリビニルブチラール(商品名「エスレックBM−2」、積水化学社製)10部と、可塑剤(商品名「DOP」、黒金化成社製)4部と、分散剤(商品名「レオドールSP−O30」、花王社製)2部と、を添加し、混合することで、スラリー状成形原料を得た。得られたスラリー状成形原料を減圧下で撹拌して脱泡することで、スラリーの粘度を4000mPa・sに調整した。粘度を調整したスラリー状成形原料を、ドクターブレード法により、PETフィルムの上に成形してシート状成形体を得た。なお、乾燥後のシート状成形体の厚さを表1に記載する。
【0079】
焼成工程:PETフィルムから剥離したシート状成形体をカッターで300mm角に切り、アルミナ製の鞘(寸法:90mm×90mm×高さ60mm)に、くしゃくしゃに丸めた状態で入れた。その後、フタをあけた状態(即ち、大気雰囲気中)又は酸素雰囲気中で、600℃で2時間脱脂した後、表1に記載した温度で表1に記載した時間焼成した。
【0080】
粉砕工程:焼成後のシート状成形体を、平均開口径20μmのポリエステル製メッシュの上に載置するとともに、ヘラで軽くふるいに押し付けて粉砕した。粉砕後の粉末をエタノールに分散し、超音波洗浄機にて超音波処理(38kHz、5分)した。その後、5μmのメッシュを通し、メッシュ上に残った粉末を回収することで、5μm以下の微粉を取り除いた。
【0081】
再熱処理工程:粉砕した後の粉末を、更に、大気中、650℃で24時間熱処理することにより、正極活物質を製造した。なお、実施例7においては、焼成工程し、再熱処理工程を行った後、粉砕工程を行った。
【0082】
(比較例1〜2 正極活物質の製造)
原料調製工程において、分散媒をエタノールとし、湿式混合及び粉砕後に、ロータリーエバポレーターにて乾燥させて得られた混合粉末を、シート成形工程を経ずに、焼成工程に用いたこと以外は実施例1〜8(実施例7を除く)と同様にして正極活物質を製造した。
【0083】
実施例1〜8及び比較例1〜2における、ビスマス化合物の添加量、乾燥後のシート状成形体の厚さ(比較例1及び2を除く)、焼成工程の条件、再熱処理工程の条件、粉末(正極活物質)の物性を表1に記す。
【0084】
【表1】
【0085】
(実施例9〜16 正極活物質の製造)
原料調製工程:Li1.08Mn1.83Al0.09の化学式となるように、LiCO粉末(本荘ケミカル社製、ファイングレード、平均粒子径3μm)、MnO粉末(東ソー社製、電解二酸化マンガン、FMグレード、平均粒子径5μm、純度95%)、MnO対する質量割合(%)が、表2に記載した割合となる量のBi粉末(粒径0.3μm、太陽鉱工社製)、及びAl(OH)粉末(昭和電工社製、商品名H−43M、平均粒子径0.8μm)を秤量した。この秤量物100部と、分散媒としての有機溶媒(トルエン及びイソプロピルアルコールを等量混合した混合液)100部とを、合成樹脂製の円筒型広口瓶に入れ、ボールミル(φ(直径)5mmのジルコニアボール)で16時間、湿式混合及び粉砕を行って混合粉末を得た。
【0086】
シート成形工程〜再熱処理工程は実施例1〜8と同様にして正極活物質を製造した。なお、実施例15については実施例7と同様に、焼成工程し、再熱処理工程を行った後、粉砕工程を行って正極活物質を製造した。
【0087】
(比較例3〜4 正極活物質の製造)
原料調製工程において、Li1.08Mn1.83Al0.09の化学式となるように混合粉末を得たこと以外は、比較例1〜2と同様にして正極活物質を製造した。
【0088】
実施例9〜16及び比較例3〜4における、ビスマス化合物の添加量、乾燥後のシート状成形体の厚さ(比較例3及び4を除く)、焼成工程の条件、再熱処理工程の条件、粉末(正極活物質)の物性を表2に記す。
【0089】
【表2】
【0090】
(実施例17〜24及び比較例5〜6 リチウム二次電池の製造)
図3は、本発明のリチウム二次電池の一実施形態を示す断面図である。図3において、リチウム二次電池(コインセル)11は、正極集電体15と、正極層14と、セパレータ6と、負極層16と、負極集電体17と、を、この順に積層し、この積層体と電解質とを電池ケース4(正極側容器18と、負極側容器19と、絶縁ガスケット5と、を含む)内に液密的に封入することによって製造されたものである。
【0091】
具体的には、実施例1〜8及び比較例1〜2で製造した正極活物質と5mgと、導電剤としてのアセチレンブラックと、結着材としてのポリテトラフルオロエチレン(PTFE)とを、質量比で5:5:1となるように混合することで、正極材を調製した。調製した正極材を、直径φ15mmのアルミメッシュ上に載せ、プレス機により10kNの力で円板状にプレス成形することで、正極層14を作製した。
【0092】
そして、作製した正極層14と、エチレンカーボネート(EC)及びジエチルカーボネート(DEC)を等体積比で混合した有機溶媒にLiPFを1mol/Lの濃度となるように溶解して調製した電解液と、Li金属板からなる負極層16と、ステンレス板からなる負極集電体17と、リチウムイオン透過性を有するポリエチレンフィルムからなるセパレータ6と、を用いて、リチウム二次電池(コインセル)11を製造した。製造したリチウム二次電池(コインセル)11を用いてレート特性及びサイクル特性の評価を行った。評価結果を表3に示す。
【0093】
【表3】
【0094】
表3からわかるように、非八面体形状を有する一次粒子の含有割合が70面積%以上の正極活物質を用いると、レート特性及びサイクル特性に優れるリチウム二次電池を製造可能であることがわかる(実施例17〜24)。特に、格子歪(η)の値が0.05×10−3〜0.7×10−3の範囲にある場合には、レート特性及びサイクル特性が特に優れることがわかる(実施例18〜23)。一方、非八面体形状を有する一次粒子の含有割合が70面積%未満の正極活物質を用いると、レート特性が低下することがわかる(比較例5及び6)。
【0095】
(実施例25〜32及び比較例7〜8 リチウム二次電池の製造)
実施例9〜16及び比較例3〜4で製造した正極活物質を用いたこと以外は実施例17〜24及び比較例5〜6と同様にして、リチウム二次電池を製造した。製造したリチウム二次電池を用いてレート特性及びサイクル特性の評価を行った。評価結果を表4に示す。
【0096】
【表4】
【0097】
表4からわかるように、非八面体形状を有する一次粒子の含有割合が70面積%以上の正極活物質を用いると、レート特性及びサイクル特性に優れるリチウム二次電池を製造可能であることがわかる(実施例25〜32)。特に、格子歪(η)の値が0.05×10−3〜0.7×10−3の範囲にある場合には、レート特性及びサイクル特性が特に優れることがわかる(実施例26〜31)。一方、非八面体形状を有する一次粒子の含有割合が70面積%未満の正極活物質を用いると、レート特性が低下することがわかる(比較例7及び8)。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明の正極活物質は、高温でのサイクル特性に優れたリチウム二次電池を製造可能である。そのため、ハイブリッド電気自動車、電気機器、通信機器等の駆動用電池に利用が期待できる。
【符号の説明】
【0099】
1,31,32,33,34,35,36,37:一次粒子、2:粒界部、3:結晶面、4:電池ケース、5:絶縁ガスケット、6:セパレータ、7:巻芯、10,20:二次粒子、11:リチウム二次電池、12:正極板、13:負極板、14:正極層、15:正極集電体、16:負極層、17:負極集電体、18:正極側容器、19:負極側容器、21:電極体、22:正極用タブ、23:負極用タブ、30:二次粒子、40:単一粒子、41〜48:結晶粒子、50a〜50g:付着部(粒界部)、51〜53:微粒子。
図1
図2
図3
図4
図7A
図7B
図7C
図7D
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
図5F
図6A
図6B
図6C
図6D
図6E
図6F
図6G