(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5930170
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月8日
(54)【発明の名称】シトクロムP450酵素代謝活性パターンによる化合物の毒性予測法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/26 20060101AFI20160526BHJP
【FI】
C12Q1/26
【請求項の数】5
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2012-23269(P2012-23269)
(22)【出願日】2012年2月6日
(65)【公開番号】特開2013-158307(P2013-158307A)
(43)【公開日】2013年8月19日
【審査請求日】2014年9月26日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「食品の安全性評価用超高感度ナノセンサーの開発」の「食品の安全性評価用ナノチップの作製とP450活性測定」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森垣 憲一
(72)【発明者】
【氏名】堀本 勝久
(72)【発明者】
【氏名】今石 浩正
【審査官】
森井 文緒
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2011/027718(WO,A1)
【文献】
薬物動態 (1995) Vol.10(3), p.386-390
【文献】
Toxicology (2007) Vol.229, p.236-244
【文献】
Chem. Res.Toxicol. (2008) Vol.21, p.70-83
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00−3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
DWPI(Thomson Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化合物の代謝に関与する12種から23種のシトクロムP450による前記化合物の代謝パターンを解析し、当該結果に基づき化合物の変異原性を予測する方法。
【請求項2】
シトクロムP450がヒト由来である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
代謝パターンを解析するためのシトクロムP450が、CYP1A1, CYP1A2, CYP1B1, CYP2A6, CYP2A13, CYP2B6, CYP2C8, CYP2C9, CYP2C18, CYP2C19, CYP2D6, CYP2E1, CYP2J2, CYP2R1, CYP2W1, CYP3A4, CYP3A5, CYP4F2, CYP4F12, CYP4X1, CYP17A1, CYP27A1, CYP51A1からなる群から選ばれる12種から23種のP450である、請求項1又は2に記載に方法。
【請求項4】
前記化合物が薬物または食品成分である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
化合物の代謝に関与する12種から23種のシトクロムP450が酸素センサーと積層固定されたバイオチップである請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化合物に対する複数のシトクロムP450活性パターンから当該化合物の毒性(変異原性)を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト体内に取り込まれた化合物は、種々のヒト代謝反応を経てその構造を変化させる。この際、化合物の毒性発現に対してとりわけ重要な反応をしているのがシトクロムP450(P450)である。
【0003】
P450は、化合物毒性の生成とその消去に対して以下のような特色を有している。
1)P450は、化合物へと一原子酸素を付加する反応を触媒する。この際生じた代謝物は、極性を増すことにより水溶性を獲得し、尿等を経て速やかに体内から排出される。一方、酸化反応で生じたエポキシ体等は、アルキル化などによりDNAと直接反応することにより変異原性または発ガン性を示す(非特許文献1)。
2)ヒトのP450遺伝子は57種あることが明らかになっている。とりわけ、これらのなかでも11種の薬物代謝型P450が外来性異物(外来性化合物)の代謝に重要であると考えられており、実際90%以上の化合物の代謝に関与しているとの推測もある。
【0004】
特許文献1は、パターン化膜結合型チトクロームP450を有する基板を開示しているが、複数のP450の反応パターンについての開示はなされていない。
【0005】
特許文献2は、多様なチトクロムP450分子種の酵素活性を測定する方法を開示しているが、P450の代謝物と毒性との関係については開示していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008-187975
【特許文献2】WO/2011/027718
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】大村ら、P450の分子生物学(第2版)、講談社サイエンティフィック(2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
P450は薬物の毒性発現に深く関わっており、多数のP450により生じた代謝反応パターン(いわゆるP450反応パターン)が化合物の毒性発現と何らかの関連があることが想像されていた。しかしながら、現在まで各種化合物の毒性評価と多様なP450により生じたP450反応パターンについてそれらの相関関係に関する数学的解釈はなされていなかった。
【0009】
本発明は、毒性が未知の化合物について、毒性予測を行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の化合物の毒性の予測方法を提供するものである。
項1.化合物の代謝に関与する複数のシトクロムP450による前記化合物の代謝パターンを解析し、該解析結果に基づき化合物の毒性を予測する方法。
項2.毒性が変異原性である、項1に記載の方法
項3.シトクロムP450がヒト由来である、項1又は2に記載の方法。
項4.代謝パターンを解析するためのP450が、シトクロムP450が、CYP1A1, CYP1A2, CYP1B1, CYP2A6, CYP2A13, CYP2B6, CYP2C8, CYP2C9, CYP2C18, CYP2C19, CYP2D6, CYP2E1, CYP2J2, CYP2R1, CYP2W1, CYP3A4, CYP3A5, CYP4F2, CYP4F12, CYP4X1, CYP17A1, CYP27A1, CYP51A1からなる群から選ばれる複数のP450である、項1〜3のいずれかに記載に方法。
項5.前記化合物が薬物または食品成分である項1〜4のいずれかに記載の方法。
項6.化合物の代謝に関与する複数のシトクロムP450が酸素センサーと積層固定されたバイオチップである項1〜5のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、多数の化合物の変異原性などの毒性と重要なP450との反応パターンを解析することで、これらに相関関係があること、換言すれば、P450反応パターンを取得するだけで毒性予知が可能であることを初めて見出したものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】酸素センサーと固定化P450を積層化したP450アッセイチップの概念図(上)およびプロトタイプ写真(下)
【
図2】23分子種のヒトP450およびP450を含まない大腸菌膜画分を搭載したチップの基質代謝(カプサイシン0.2mM)に対する反応。カプサイシンを代謝するP450分子種を含むマイクロウェルでは、酸素消費に応じて蛍光値が増大する。
【
図3】23種のP450分子種を導入したマイクロウェルでの蛍光増加値を基質(0.2mM カプサイシン)ありなしで計測した(A)。基質ありの蛍光増加値を基質なしの蛍光増加値で割ることで相対活性を算出し、各分子種の量のばらつきを補正した(B)。
【
図4】様々な食品中化合物に対する23分子種の代謝活性パターン。
【
図6】P450代謝活性パターンとウム試験から得られた化合物の変異原性の相関。P450は、測定に用いられた23分子種のうち、代謝活性の見られた20種(CYP1A1, CYP1A2, CYP1B1, CYP2A6, CYP2A13, CYP2B6, CYP2C8, CYP2C9, CYP2C18, CYP2C19, CYP2D6, CYP2E1, CYP2J2, CYP2W1, CYP3A4, CYP3A5, CYP4X1, CYP17A1, CYP27A1, CYP51A1)が用いられた。
【
図7】P450代謝活性パターンとウム試験から得られた化合物の変異原性の相関。P450は、測定に用いられた23分子種のうち、薬物代謝に特に重要な分子種を12種(CYP1A1, CYP1A2, CYP 2A6, CYP2A13, CYP 2B6, CYP2C8, CYP 2C9, CYP2C19, CYP 2D6, CYP2E1, CYP 3A4, CYP3A5)が用いられた。
【
図8】P450代謝活性パターンとウム試験から得られた化合物の変異原性の相関。化合物を1種類(ゲニステインもしくはカプサイシン)除外して重回帰分析を行っても結果は安定しており、除外した化合物の毒性を予測することも出来る。P450は、測定に用いられた23分子種のうち、薬物代謝に特に重要な分子種を12種(CYP1A1, CYP1A2, CYP2A6, CYP2A13, CYP2B6, CYP2C8, CYP2C9, CYP2C19, CYP2D6, CYP2E1, CYP3A4, CYP3A5)が用いられた。
【
図9】酸素センサーを用いたシトクロムP450活性検出:HPLCとの比較。(A) カプサイシンに対するP450分子種の活性をHPLCにて評価した結果、(B)カプサイシンに対するP450分子種の活性を酸素センサーにて評価した結果、(C) 両解析結果の相関。
【
図10】CYP1A2, 2C9, 3A4のSNP(各3種類)および23種類のP450野生種を含む35分子種(+pCW)の代謝活性パターンと野生種(23種)の代謝活性パターン。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書では、シトクロムP450のことを単に「P450」またはCYP と表記することがある。
【0014】
P450は、ヒト由来のものが好ましいが、サル、ウシ、ブタ、ヒツジ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギなどの哺乳動物に由来するP450であってもよい。動物用の医薬品ないし食品の毒性などを評価する場合には、対象動物由来のP450を用いるのがよい。
【0015】
P450は、任意に選択できるが、化合物の代謝に関与しているP450を選択するのが好ましい。具体的には、現在知られている57種のP450から適切なP450を選択でき、例えばCYP1A1, CYP1A2, CYP1B1, CYP2A6, CYP2A13, CYP2B6, CYP2C8, CYP2C9, CYP2C18, CYP2C19, CYP2D6, CYP2E1, CYP2J2, CYP2R1, CYP2W1, CYP3A4, CYP3A5, CYP4F2, CYP4F12, CYP4X1, CYP17A1, CYP27A1, CYP51A1からなる23種のP450が挙げられ、これらのP450から適切な数のP450を選択すればよい。代謝パターンを解析するためのP450の数は、2種以上、好ましくは5種以上、より好ましくは10種以上または11種以上又は12種以上である。化合物の代謝パターンの解析に用いる好ましいP450の数は、5〜30種、好ましくは10〜25種、より好ましくは11〜24種、特に12〜23種である。
【0016】
本発明の方法で予測又は推定される化合物の毒性としては、急性毒性、慢性毒性、皮膚や粘膜などの刺激性、変異原性、血液毒性、めまい、嘔吐、脱毛、食欲不振、頭痛などの副作用などが挙げられる。これらは、公知の化合物のP450代謝活性パターンと比較することにより予測することができる。
【0017】
本発明において、毒性を評価するための化合物としては、低分子化合物、オリゴマーないしポリマーなどの高分子化合物のいずれでもよく、例えば薬物又はその候補化合物、食品成分などが挙げられる。化合物は、1種のみであってもよく、2種以上の化合物の混合物ないし組成物であってもよい。2種以上の化合物の混合物ないし組成物の場合、これら混合物ないし組成物の毒性を1つの集団として評価ないし予測することができる。例えば植物ないし動物由来の抽出物、部分精製物などは複数の成分を有しているが、複数成分の混合物ないし組成物全体としての毒性を予測することができる。
【0018】
毒性の予測は、これらが既知の化合物についてのP450代謝活性パターンと比較して行うことができる。例えばウム試験は、変異原性試験として用いられており、ウム試験の結果とP450代謝活性パターンの相関関係を調べることにより化合物の変異原性を予測することができる。ウム試験は、毒性試験の一例であり、他の毒性試験と化合物のP450代謝パターンとの相関を解析することにより、化合物の毒性を広く予測することができる。
【0019】
ウム試験以外に、短期遺伝毒性試験であるエイムス試験、細胞増殖阻害を評価するMTT試験やBrdU試験法などとの相関関係を調べることで、同様に毒性を予測することができる。
【0020】
P450反応パターンが化合物毒性と関連している理由について、本発明者らは以下のように考えているが、本発明はこれら理論により拘束されるものではない。
(i) P450は化合物へと一原子酸素を添加する反応を触媒する。この反応は、いわゆる酵素反応でいう鍵と鍵穴の関係でもあることから、酸素添加の起こりやすい部位は化合物とP450酵素の関係のみで一義的に決定され、他の生体成分(例えば他の酵素や核酸、蛋白質等)は関係しない。
(ii) P450反応パターンは化合物の毒性と1対1の関係にある。
【0021】
P450と化合物の反応により生じた代謝物の部分構造(エポキシ構造、水酸化構造)が毒性発現に直接関与していることが明らかになっている。すなわち、どのP450がいずれの化合物に対してどの程度反応するのかについては、鍵と鍵穴の関係があり常に不変である。換言すれば、生じたP450反応パターンは生体内における化合物の毒性と1対1の関係にあると考えられる。
【0022】
以下、図面及び実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。
シトクロムP450(P450、CYP)は、農薬、医薬品などを含む種々の生体外異物の解毒的代謝や代謝的活性化などに関与しており、化合物の毒性を評価する上で、P450による代謝反応を明らかにすることは重要である。これまで肝細胞や膜画分に含まれるP450分子を用いた代謝活性のインビトロアッセイ手法が多く開発されてきた。本発明者らは、ルテニウム錯体を含んだ酸素センサー層(シリカ)と担持マトリックスに固定化されたシトクロムP450を積層化し、多様なP450分子種の酵素反応を、溶存酸素濃度変化として高効率にアッセイする技術を確立した(
図1)。
図1の基板の詳細は、特許文献2に記載されている。このようなP450/アガロース層とを担持した基板を用いることで、P450分子種によらず代謝活性を取得することが可能になった。化合物に対するP450分子種の活性は、化合物の構造や特性に依存した特異的なものである。従って、P450分子種を並列に配置したチップによって得られる代謝パターンを、その化合物の毒性(変異原性)を示す指標として用いられるのではないかというアイデアを得た。
【0023】
幅2mm、深さ1.5mmのマイクロウェルが25個並んだマイクロチップを作製し(
図1)、各ウェルに23分子種のヒトP450およびP450を含まない大腸菌膜画分(pCW)を導入した。基質としてカプサイシン(0.2mM)を導入したところ、カプサイシンを代謝するP450分子種が入ったマイクロウェルでは、酸素消費に応じて蛍光値が増大した(
図2)。各分子種が異なった応答を示すので、全体として23個の情報を含んだパターンが形成された(
図3)。各ウェルに入っているP450酵素量は均一ではないので、基質を含まない溶液に対する応答をバックグランドとして、基質がある溶液での応答を規格化した(
図3)。このことによって、酵素量が異なっても同一の応答を得ることが可能になった。食品に含まれる化合物を中心として、多様な化合物を基質として用いた場合のP450分子種の応答は、化合物に応じて特徴的なものになった(
図4)。
【0024】
一方、化合物の変異原性を検出する手法として、サルモネラ菌を用いたウム試験が広く用いられている(
図5)。紫外線、X線、化学物質などにより、サルモネラ菌のDNAへの損傷が生じると、SOS反応が生じ、SOS遺伝子群の一つであるumu遺伝子下流に結合されたレポーター遺伝子の転写が開始される。umu遺伝子に融合されたlac遺伝子が同時に発現し、β-ガラクトシダーゼ酵素を産生することで、X-Galを基質として青色に発色する。上記の化合物についてウム試験による変異原性評価を行った。その上で、ウム試験結果と代謝パターンを照合し、P450の代謝パターンから化合物の毒性を予測することを試みた。採用した方法は、重回帰分析法であり、P450活性データを説明変数に、ウム試験による化合物の毒性を目的変数として解析した。説明変数としては、代謝パターンを計測したP450・23分子種のうち、代謝活性の見られた20種(CYP1A1, CYP1A2, CYP1B1, CYP2A6, CYP2A13, CYP2B6, CYP2C8, CYP2C9, CYP2C18, CYP2C19, CYP2D6, CYP2E1, CYP2J2, CYP2W1, CYP3A4, CYP3A5, CYP4X1, CYP17A1, CYP27A1, CYP51A1)のP450活性データを選び、32種の化合物のウム試験による毒性値を予測した。その結果、ウム試験と代謝パターンの間に
図6に示されるような相関が得られた。図の左から右へ変異原性の低い化合物から順に並べられている。黒い記号で記されたのが実測値である。一方、重回帰分析により得られた係数を用いて、代謝パターンから各化合物の変異原性を予想したものが赤い線で示された結果である。さらに、20種のP450の中から薬物代謝に特に重要な分子種を12種(CYP1A1, CYP1A2, CYP2A6, CYP2A13, CYP2B6, CYP2C8, CYP2C9, CYP2C19, CYP2D6, CYP2E1, CYP3A4, CYP3A5)選び、この12種の活性データのP450を変数として、32種の化合物のウム試験による毒性値を予測した。その結果、ウム試験と代謝パターンの間に
図7に示されるような相関が得られた。12分子種の場合は、20分子種よりも予測精度が落ちるが、ウム試験結果を充分再現できるものである。
図6および
図7の決定係数は、それぞれ0.8350, 0.7230であり、毒性値を十分予測することができた。
【0025】
代謝パターンを用いて未知化合物の毒性を予想する可能性を検討するため、検定された32基質の内、1種類を除いて残りの31種類で係数を決定し、除外した化合物の1種類の変異原性を予想した。32基質のうちでも最もデータの独立性が高い(他の基質の結果との相関が低い)カプサイシンとゲニステインを例として除外し係数を決定した結果、
図8に示される予想曲線およびカプサイシンとゲニステインの予想値を得ることが出来た。予想曲線は、ほぼ同一であり、またカプサイシン、ゲニステインの予想値もそれら化合物のウム試験結果を反映したものとなった。現在は基質数が限られているが、より数多くの代謝パターンを用いて代謝パターンと毒性との相関をデータベース化することで、新規化合物の毒性もより精度高く予想することが可能であることが示唆される。
【0026】
酸素センサーと種々のP450とを積層して形成したマイクロウェルから構成されるバイオチップの個々のマイクロウェルの示す直接的な値は酸素の相対的な消費量である。基質の各種P450による代謝の相対的対比(代謝パターン1)と酸素センサーが示す酸素消費量の相対的対比(代謝パターン2)とが一致するかどうかの確認を実験した。
【0027】
図9の(A)は個別の容器に各種のP450を溶解し、基質としてカプサイシンを添加後の代謝量を独立した実験として求め、その代謝量をHPLCで測定したものを示す。このHPLCの代謝パターン1が,実際の各P450による代謝の程度を示す。
図9の(B)は,酸素センサーと各種P450とを積層してマイクロウェル内に配置したバイオチップに、カプサイシンを封入したのち、各分子種と積層化された酸素センサーの酸素量の消費量のパターン(代謝パターン2)を示す。
【0028】
図9(C)に両方のパターンの相関を示す。相関係数0.73であり、マイクロ流路で測定した代謝パターン2でもって、操作の煩雑な個別の基質代謝の実験をすることなく、代謝パターンを予測できる。
【0029】
同一基質、例えば食品安全性や医薬品(又はその投与量依存)の副作用は人種や居住地域により異なる事が想定され、上記の人種間等の差異が簡便に求められることが、流通地域の拡大に伴い求められている。
【0030】
P450の一塩基多型(SNP : Single Nucleotide Polymorphism)と呼ばれる変異を発生させたものと元の野生株との基質代謝のパターンを対比した結果を
図10に示す。No2の野生株1A2に対し、SNPを変異させたNO.3(1A2*4),NO.4(1A2*5)、NO.5(1A2*10),NO.6(1A2*10)とでは、3種の基質(capsaicin, estragole、chlorogenic acid)に対して異なる代謝の程度を示している。人種間や居住地域によって,ヒトのSNPは異なるため、この方法で輸出入食品の安全性を簡便に調査することが可能である。
【0031】
図10のNo12の野生株と対応するSNP変異のNo13〜16、No24の野生株に対応するSNP変異のNo.25〜28についても異なる代謝パターンを確認できる。
【0032】
以上の結果より、あらかじめデータベース化した化合物に対する多分子種P450の代謝活性パターンと変異原性の関係を用いて、新規化合物の毒性(変異原性)を、その化合物に対するP450代謝活性パターンから予想することが可能であることが示された。代謝活性パターンは、様々なP450分子種が化合物の構造的特徴の一部を認識することによる活性発現を示している。一方、変異原性はDNA損傷を引き起こす反応性の高い化合物構造の有無が鍵になっており、これは元の化合物(親化合物)の構造および多様なP450との相互作用の総和として発現する。従って、親化合物に対するP450活性パターンと変異原性とを関係づけることが可能になるものと考えられる。P450分子種をアレイ化したチップを用いて代謝活性パターンを取得することにより、化合物の変異原性を迅速に予測することが可能になるものと期待される。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の方法は、創薬スクリーニング、食品検査、新規化合物の安全性評価などに応用することができる。