【文献】
石丸辰治、三上淳治、秦一平、古橋剛,D.M.同調システムの簡易設計法,日本建築学会構造系論文集,日本,日本建築学会,2010年 6月,第75巻/第652号,第1105−1112頁
【文献】
西村功,構造物内部に設置された減衰装置の性能評価,日本建築学会構造系論文集,日本,日本建築学会,2004年 5月,第579号,第23−30頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
地震時や風荷重に対する多層構造物の応答低減手段として、構造物の低層部に制震装置を集中配置する低層集中制震システムが提唱されている。その種のシステムによれば、新築の場合には高層部に制震装置を設置する必要がないので建築計画の自由度が高まり、既存改修の場合には改修箇所が低層階に限定されるので居ながら工事が可能となり工期短縮も図れる。
この種のシステムでは低層階の層剛性が小さいほど効果的だが、実際の構造物において応答低減効果のために低層階の層剛性を低下させることは難しい(建築計画や用途、デザインなどによって建物形状が決定されるのが現状であり、構造的な有利さを追求できないため)。そのため、オイルダンパー等の制震ダンパーを多用しても大きな応答低減効果が期待できない場合も多い。
【0003】
近年、錘の慣性モーメントを利用して、錘を回転させることで実際の質量より桁違いに大きな慣性質量効果を発揮する慣性質量ダンパーが開発され、実用化されつつある。
そのような慣性質量ダンパーを構造物の低層部に設置して、減衰の小さい構造物であっても大きな振動抑制効果を発揮する低層集中制震システムとして、本出願人は先に塔状構造物の制振構造を提供した(特許文献1参照)。
これは、慣性質量ダンパーを低層部の層間に直列ばねを介しないで配置したもので、従前からある慣性質量ダンパーと直列ばねを用いる同調型制震機構と比較すると。慣性質量は大きくなるが応答低減効果が大きくとれる(応答倍率を低減できる)特徴がある。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は本発明の最適設計法を適用するべき対象である低層集中制震システムの参考例を示すもので、(a)は構造形態の概要図、(b)は振動モデル図である。
この低層集中制震システムは、実質的に特許文献1に示されている塔状構造物の制振構造と同様に、低層部1と高層部2からなる多層構造物を対象として、低層部1の層間に慣性質量ダンパー3と粘性減衰要素としてのオイルダンパー4を層剛性と並列に付加することによって、構造物全体の応答を効果的に抑制可能なものである。
【0014】
この最適設計法では、低層部1および高層部2をそれぞれ1質点系にモデル化して、高層部2の加速度や変位の応答倍率のピークを最小化するよう、慣性質量ダンパー3による慣性質量ψ
1とオイルダンパー4(粘性減衰要素)による減衰係数c
1をそれぞれ以下の手法に基づいて最適に設定する。
【0015】
特に、この最適設計法では、対象とする多層構造物の低層部1の質量m
1、低層部1の剛性k
1、高層部2の質量m
2、高層部2の剛性k
2との間で次式の関係を満足することを条件として、慣性質量ダンパー3による慣性質量ψ
1とオイルダンパー4による減衰係数c
1を最適化する。
一般的な多層構造物では高層部2の剛性k
2よりも低層部1の剛性k
1が大きく、低層部1の質量m
1よりも高層部2の質量m
2の方が大きいことから、次式の条件は殆どの場合に成立し、したがって本発明は一般的な多層構造物に対して広く適用可能である。
【0017】
この最適設計法においては、慣性質量ダンパー3およびオイルダンパー4の最適化を定点理論を用いて加速度と変位の双方について行うものであり、その最適化は上部質点(高層部2の質量m
1)を対象として応答倍率の全周波数域にわたる最大値を最小化することとする(これは一般的なTMD(動吸振機構)と同様の手法である)。
なお、この参考例においては定点理論を適用することから、本体構造(主系)の減衰は無視する。
【0018】
以下、本発明の参考例について具体的に説明する。
本参考例の最適設計法においては、慣性質量ψ
1と減衰係数c
1を加速度で最適化するか、あるいは変位で最適化する。
【0019】
加速度で最適化する場合、慣性質量ψ
1と減衰係数c
1、およびそれにより最適化された加速度についての最大応答倍率はそれぞれ次式となる。
【0021】
変位で最適化する場合、慣性質量ψ
1と減衰係数c
1、およびそれにより最適化された変位についての最大応答倍率はそれぞれ次式となる。
【0023】
なお、低層部が多層の場合は、以下により1質点系にモデル化する。
低層部の質量マトリクスM
1、剛性マトリクスK
1、固有値解析により求めた固有1次モードベクトルφ
1、1次モード刺激係数β
1とすると、質量m
1、剛性k
1をそれぞれ次式とする。
ここで、φ
1Tはモードベクトルφ
1の転置ベクトルを表す。
【0025】
また、各層に配置されるオイルダンパーによる減衰マトリクスC
1、慣性質量ダンパーによる慣性質量マトリクスΨ
1とし、単位のオイルダンパーの減衰係数c
0、単位の慣性質量ダンパーの慣性質量ψ
0とすると、最適化で求める減衰係数c
1と慣性質量ψ
1はそれぞれ次式とする。
【0027】
なお、単位の減衰係数c
0による要素マトリクスC
0、単位の慣性質量ψ
0による要素マトリクスΨ
0は、次式のように剛性マトリクスと同様に主対角成分に単位量、その脇に符号が逆の単位量となる。これらのマトリクスが単位のダンパーに対するマトリクスであり、これがn個ある層ではこのn倍となる。
【0029】
そして、慣性質量ダンパーおよびオイルダンパーに求められる単位の慣性質量Ψ
0および減衰係数c
0は、それぞれ次式で求められる。
【0031】
さらに、高層部が多層の場合は、以下により1質点系モデル化する。
高層部の質量マトリクスM
2、剛性マトリクスK
2、固有値解析により求めた固有1次モードベクトルφ
2、1次モード刺激係数β
2とすると、質量m
2、剛性k
2をそれぞれ次式とする。
【0033】
以下、
図1に示したモデルを対象として、慣性質量ダンパーを低層部の層剛性と並列に配置した場合についての最適化手法を詳細に説明する。
【0034】
上述したように構造減衰は無視し、各質点の質量m
i、絶対変位x
i、各層の剛性k
i、低層部に設ける慣性質量ψ
1、付加減衰c
1(粘性減衰要素としてのオイルダンパーの減衰係数)とすると、次式が成り立つ。
【0036】
変位x
iのフーリエ変換をX
iとすると、加振角振動数ωとして次式となる。
【0038】
ここで、質点m
2の変位は次式で表される。
【0040】
上記の条件(本発明を低層集中制震システムに適用するための条件)のもとで、質点m
2の固定端に対する加速度(絶対変位)と変位の伝達関数は次式となる。
【0042】
よって、加速度および絶対変位の応答倍率|X
2/X
0|、地表に対する相対変位の応答倍率|(X
2-X
0)/X
0|はそれぞれ次式となる。
【0044】
(1)加速度および絶対変位に関する最適化
加速度および絶対変位の応答倍率から最適化を図る。加振振動数比の2乗(ξ
2)を変数としたときの応答倍率の2乗(|X
2/X
0|
2)を対象として、定点理論を用いて慣性質量比μと減衰定数h
01の最適値を求める。上記の(6)式が減衰定数h
01によらず変化しない場合は下式で表される。
【0046】
これを整理すると、ξ
2に関する2次方程式となる。
【0048】
ここで、定点(P、Q)における加振振動数を ξ
P、ξ
Q とすると、2次方程式の根の公式から次式となる。
【0050】
h
01→∞としたとき、(6)式の値が2つの定点で同じとすると、次式となる。
【0054】
(10)式および(12)式より、慣性質量比μが次式により求められる。
【0056】
定点(P、Q)における加振振動数は(9)式に代入して求める。
【0058】
定点(P、Q)における応答倍率は(11)式および(14)式から下式の関係となる。
【0060】
減衰の最適値は、(6)式が定点で極大となるように ν=ξ
2とおき、下式から計算する。
【0062】
(9)式および(15)式の関係を利用して(17)式を整理すると次式となる。
【0064】
ここで、h
012について解くと次式となる。
【0068】
したがって、慣性質量と減衰の最適値Ψ
opt、c
optは次式となる。
【0070】
一般的な構造物では質量比m
1/m
2<1、剛性比k
1/k
2>1なので、m
1の影響が小さく、剛性比k
1/k
2が大きくなるほどΨ
opt、c
optが増大することとなる。また、低層の剛性k
1が小さくなると剛性比k
1/k
2が小さくなるため、最適値が小さくて済む。
一方、最大応答値は(15)式から次式で得られ、質量によらず剛性比k
1/k
2だけで決定され、剛性比k
1/k
2が小さくなるほど低下することが分かる。
【0072】
また、これを生じる定点(P、Q)の振動数は(14)式より次式で求められる。
【0074】
以上の場合についての簡単な例題を示す。m
1=2000ton、m
2=10000ton、k
1=1000kN/mm、k
2=200kN/mm の場合、最適諸元は(27)式、(28)式、(15)式より以下となる。
【0076】
(2)変位に関する最適化
変位応答倍率から最適化を図る。(7)式を対象として、定点理論を用いて慣性質量比μと減衰定数h
01の最適値を求める。(7)式がh
01によらず変化しない条件は下式で表される。
【0078】
これを整理すると、ξ
2に関する2次方程式となる。
【0080】
ここで、定点(P、Q)における加振振動数を ξ
P、ξ
Q とすると、2次方程式の根の公式から次式となる。
【0082】
h
01→∞としたとき、(7)式の値が2つの定点で同じとすると、次式となる。
【0086】
(30)式、(31)式、(33)式より、慣性質量比μが次式により求められる。
【0088】
定点(P、Q)における加振振動数は(34)式を(29)式に代入して求める。
【0090】
定点(P、Q)における応答倍率は(32)式および(35)式から下式の関係となる。
【0092】
減衰の最適値は、(7)式が定点で極大となるように ν=ξ
2とおき、下式から計算する。
【0094】
(29)式および(36)式の関係を利用して、h
012について解くと次式となる。
【0098】
したがって、慣性質量と減衰の最適値Ψ
opt、c
optは次式となる。
【0100】
最大応答値および定点(P、Q)の振動数は(36)式および(35)式より次式で求められる。
【0102】
上記と同じ例題の場合、(25)式〜(27)式に対する値は次となり、加速度で最適化した場合とほぼ同じ結果になる。
【0104】
(3)実施例=慣性質量を付加しない場合の最適化
図1に示すモデルにおいて慣性質量を付加しない場合(ψ
1=0とする場合)について、加速度と変位の応答倍率から最適化を行い、慣性質量を付加した場合の応答低減効果と比較する。
【0105】
ここでは、h
01’=c
1/2m
2ω
02 とし、(6)式、(7)式で μh
01=h
01’、ξ
2μ=0 より減衰定数h
01’の最適値を求める。
【0106】
まず、加速度および絶対変位について最適化を図る。(6)式より次式が得られる。
【0108】
最適減衰は、上式の極大値を最小化する減衰を求める条件から、ν=ξ
2、η=h
01’
2として次式で求められる。
【0110】
これを連立して解けば良い。第2式がνに関する2次式となり、次式となる。
【0112】
よって、1次モードの極大値をとるν
1は次式で表される。
【0114】
(51)式を利用して(50)式の第1式をηについて整理すると次式となる。
【0116】
また、最大応答倍率は(49)式、(51)式より次式で求められる。
【0118】
上記と同じ例題で試算する。m
1=2000ton、m
2=10000ton、k
1=1000kN/mm、k
2=200kN/mm の場合、最適諸元は(52)式、(55)式より以下となる。
【0120】
(26)式および(27)式の結果と比較すると、慣性質量を付加することで減衰が半分でも最大応答倍率を1/3に低減できることがわかる。
【0121】
なお、m
1=0 の場合においては、質量比m
1/m
2=0であるから(51)式から求めたν
1の値を(58)式、(59)式に代入すると以下となる。
【0123】
この結果と(58)式、(59)式の結果を比較すると、m
1の有無による差は小さいことがわかる。
【0124】
次に、変位について最適化を図る。(7)式より次式となる。
【0126】
最適減衰は、加速度の場合と同様に次式で求められる。
【0128】
これを連立して解けば良い。第2式がνに関する2次式となり、次式となる。
【0130】
よって、1次モードの極大値をとるν
1は次式で表される。
【0132】
(51)式を利用して(50)式第1式をηについて整理すると次式となる。
【0134】
また、最大応答倍率は(61)式、(63)式より、次式となる。
【0136】
上記と同じ例題で試算すると、最適諸元は(64)式、(67)式より以下となる。
【0138】
(46)式、(47)式の結果と比較すると、慣性質量を付加することで減衰が半分でも最大応答倍率を1/3に低減できることがわかる。
【0139】
なお、m
1=0 の場合においては、質量比m
1/m
2=0であるから(51)式から求めたν
1の値を(58)式、(59)式に代入すると以下となり、m
1の有無による差は小さいことがわかる。
【0141】
以上で説明した各場合についての最適諸元をまとめて
図2に示す。m
1=0の場合、慣性質量を付加することで、最大応答倍率は付加しない場合の平方根に低減できることがわかる。
【0142】
上記の例題で求めた応答倍率をまとめて
図3に示す。(a)は加速度で最適化した場合の加速度応答倍率を示し、(b)は変位で最適化した場合の変位応答倍率を示す。いずれの場合も、減衰を付加することで応答倍率が改善されることがわかる。なお、減衰のみを付加した場合には応答倍率の最大値が11程度となるが、慣性質量を付加することで最大値が3.3倍程度と概ね平方根に低減し、共振特性が大幅に改善されることがわかる。
【0143】
本発明の最適設計法を低層集中制震システムの設計に際して適用することによる効果を以下に列挙する。
(1)本発明が適用する低層集中制震システムでは、低層部のみに制震ダンパー(粘性減衰要素)を配置しただけでも構造物全体の減衰性能が大幅に向上し、地震や風に対する応答が低減できる。また、外乱がおさまった後の後揺れについても大幅に抑制できる。
【0144】
(2)本発明の最適設計法により、一般的な構造物であれば殆ど成立する条件下で制震ダンパー(粘性減衰要素)の最適諸元およびその効果としての最大応答倍率を定式化できるので、広範囲の構造物に広く適用できる。
【0145】
(3)従来のオイルダンパーによる粘性減衰を用いた制震機構の設計法と比較して、加速度・変位とも最大応答倍率を低減可能である。なお、最大応答倍率とは入力(地震加速度や地表での加振変位)に対する応答(上層部の質点の質量m
2の加速度や地表に対する相対変位)の比の全振動数域にわたる最大値を表し、共振振動数近傍では1.0以上の値となる。共振が問題になる構造物では最大応答倍率が数十倍になるので、これが低減できるので極めて大きな効果となる。
【0146】
(4)従来のオイルダンパーによる粘性減衰を用いた制震機構と比較して、必要な減衰係数が小さくて済む。
【0147】
(5)微小振幅から大振幅まで有効なパッシブ型の制振構造であり、外部エネルギーを必要としない。電気やコンピュータ制御が不要であり、単純な機構なので信頼性が高く、ローコストである。
【0148】
(6)本発明が対象としている制震機構は必ずしも新設構造物に限定するものではない。既存構造物の低層部を制震改修して減衰要素を付加しても良い。このようにすることで、既存構造物を使用しながら制震補強することができる。
【0149】
(7)従来型のTMD機構は構造物の頂部近傍に設置するもので、その重量が塔状部への負荷となるが、本発明では構造物の低層部だけに減衰要素を設置するだけなので高所に大きな重量を設置する必要がなく、構造物全体への荷重負荷も小さい。