(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記移動手段変更処理にて、1の前記避難者が乗り換えるべき前記乗物が、他の前記避難者が乗り換えるべき前記乗物と重複する場合、当該乗物の位置にて前記避難者が待ち合わせすることを特徴とする
請求項1から請求項4の何れか1項に記載の避難行動予測システム。
【発明を実施するための形態】
【0014】
では本発明の前提技術である、避難シミュレーションモデルの例について説明する。避難シミュレーションモデルは、空間、人間、災害範囲の3つの要素の相互作用問題を取り扱う。このため、避難シミュレーションモデルでは、これらの3つの要素が要素間の関係を考慮して適切に表現され、各要素が避難行動に与える影響を評価できることが重要となる。避難シミュレーションモデルにおける空間のモデル化には、大きく次の2つの方法が挙げられる。
【0015】
(1)空間の幾何学的形状をできるだけ忠実にモデル化する方法。(2)空間をネットワーク表現、メッシュ分割してモデル化する方法。(1)の方法は、空間の局所的な状態に依存した避難者の挙動を把握する場合に適している。(2)の方法は、避難者の大局的な推移を把握する場合に適した方法である。空間のモデル化は、避難行動で評価する内容と人間のモデル化の仕方に依存して、その方法を決定することが必要である。
【0016】
避難シミュレーションモデルから得られる結果の内容に、最も影響を及ぼすことが考えられる人間のモデル化に関しては、次に示す方法が挙げられる。(1)人間個人に重点をおいてモデル化する方法。(2)群集を中心にモデル化する方法。(1)の方法は、人間個人の特性にバラツキを持たせて、人間相互の関係や局所的な状況変化に応じた避難行動を評価する場合に有効である。このモデル化を採用した場合には、空間のモデル化で前記(1)の方法と組み合わせると有効になる。一方、(2)の方法は、空間のモデル化で前記(2)の方法を採用し、グラフ理論やネットワーク理論あるいは待ち行列理論を用いて、比較的多数の人間の避難行動を大局的に評価できる。
【0017】
避難行動を予測する際に災害伝播の影響を考慮する場合には、避難シミュレーションモデルとは独立の災害シミュレーションモデルの結果を利用し、各空間への災害伝播をあらかじめシナリオ的に入力条件として導入する方法が考えられる。また、避難シミュレーションモデル自体に災害シミュレーションの機能を組み込み、出火後の時間経過に応じて避難行動と並行して災害範囲の伝播を逐次計算する方法も考えられる。
【0018】
避難シミュレーションモデル構築に伴い、考慮すべき事項について説明する。避難シミュレーションモデルを構築する際の空間、人間および災害範囲の各対象のモデル化する方法の違いは、モデルを利用して重点に得たい防災計画上の指針の内容に依存している。空間のモデル化に関しては、建築物内部の場合、人間個人の避難行動にドアの位置や壁、周辺の人間等が影響を与えるため、これらの条件の影響を適切に取り扱えるモデルとすることが望ましい。また、避難軌跡を個人単位で現実に近い状態で捉えることを考慮すると、避難者が空間内を自由に移動できるモデル化を行なう必要がある。
【0019】
人間個人のモデル化に関して避難行動面から考慮すべき点は、避難者は設計段階で特定されている避難経路のみを利用するのではなく、空間や災害状況の条件により状況に応じて経路選択をすることである。また、災害の進展に対しては、災害によって人間が受ける影響を考慮した避難行動を捉えることができるようにすることが重要になる。
【0020】
本発明におけるモデル化の基本的な考え方について説明する。本発明においては、オブジェクト指向に基づく避難シミュレーションモデルを開発しており、空間・人間・災害範囲の3要素のモデル化と、人間個人のモデル化に関して工夫がなされている。
【0021】
最初に、オブジェクト指向による3要素のモデル化について説明する。オブジェクト指向は、コンピュータを利用して、問題解決を行なうシステム(あるいはモデル)を構築する際の1つの方法論である。オブジェクト指向では、取り扱う問題を解決するためのいく
つかのオブジェクトを見いだし、オブジェクト間の関係をネットワーク構造として捉え、問題解決を行なう。
【0022】
オブジェクト指向における基本単位であるオブジェクトは、自分の状態を示すデータと自分の振る舞い方に関する仕様(method)で定義される。そして、問題解決過程では、オブジェクト間でメッセージを送信(messagesending)し、自分に送られてきたメッセージに対応する仕様を起動して、自分の状態を変化させたり、送り先の必要とするデータを提供したりすることが行なわれる。
【0023】
空間のモデル化に関しては、部屋、廊下などの空間を基本単位として、人間が空間内を自由に動けることを前提としたモデル化を行なった。また、ドア付近で発生する滞留状態を表現するために、ドアの通過時間(ドア開閉等に必要とする時間)を考慮できるようにした。災害範囲の伝搬に関しては、災害シミュレーションモデルの結果を避難シミュレーションの入力条件として取り扱えるように、モデル化した。
【0024】
オブジェクト指向に基づいて避難シミュレーションモデルを開発する理由は、空間、人間、災害範囲の3要素の関係を適切に考慮して、それぞれ独立のオブジェクトとして捉えてモデル化できることにある。このことによって、各モデル単位で段階を追って開発を進めることが可能になり、アルゴリズムを重要視したモデルの開発形態と比較して、その開発段階で利点を生む。また、モデルの修正・改良もオブジェクト単位に行なえ、モデル全体としての拡張性を高めることができる。
【0025】
次に、オブジェクト指向による人間個人のモデル化について説明する。本モデルでは、人間個人を避難行動上の特性として重要と考えられる歩行速度、避難行動開始時間および避難行動上の占有面積等をデータとして有するオブジェクトとし、それらのデータを個別に設定できるようにした。
【0026】
この人間オブジェクトは、避難行動に対する基本的な振る舞い方は同じでも、自分に定義されているデータと、他のオブジェクトから提供されたデータに基づいて独立に振る舞うことが可能である。具体的には、人間オブジェクトが災害範囲の影響等による状況変化の内容を空間から得られるようにし、その状況に応じて独立に避難経路を選択させることを可能にした。人間オブジェクトの避難方向の決定は、当初、周辺の状況に関するデータを入手して避難上の移動目標を決定し、その移動目標からは引力を障害物からは斥力を受け、それらの力のベクトルを合成して決定することにした。
【0027】
本発明のモデルの特徴、および概要の基礎となる概念について、
図1〜
図6により説明する。本避難シミュレーションモデル30は、基本的には
図1の説明図で示すように大きく3つのモデルから構成されている。空間モデル31は建築物内部の人間の移動できる空間のモデル化を担っており、人間モデル32は避難行動を行なう人間のモデル化を担っている。
【0028】
この2つのモデルは、本モデルの根幹を成すモデルであり、シミュレータ35が両モデルを管理している。災害シュミレーションモデル33で設定される災害モデル34は、災
害発生後の災害伝播条件をシミュレータにより空間モデル31に入力する役割を担っている。なお、ここで示した各モデルは、基本的に複数のオブジェクトから構成されている。
【0029】
空間モデル31は、人間が移動できる空間のモデル化を取り扱っている。ここでは、建築物内部を対象としたモデルについて詳細に説明を行う。建築物内部を対象としたモデルでは、建築物は複数の階層の集合体、階層は複数の部屋の集合体として定義される。そして、階層と階層の連結情報は階段等に、部屋と部屋の連結情報はドア(扉)に管理させる。空間モデル31は、建築物内部のみに限られたものではなく、街区を対象とすることも可能である。街区を対象としたモデルでは、屋外を適宜空間に区切るとともに、信号を連結情報とし採用することで建物内部と同様に管理することが可能である。
【0030】
モデルの最小単位である部屋をモデル化した部屋オブジェクトは、避難軌跡を現実に近い形で捉えることを目的として、
図2の説明図に示すように複数の壁に囲まれた幾何学上の意味での閉空間として定義した。すなわち、
図2において、部屋40、廊下41、42からなる空間は、モデル化すると、部屋40は4つの線分(壁)43a〜43dで囲まれる。廊下41、42は、ドア44a〜44d、と壁で区画されている。
【0031】
人間オブジェクトは、部屋オブジェクトから壁の情報の他に避難上で移動目標となる出口、ドアおよび誘導表示の情報と、避難に対して障害になるその部屋にいる他の人間や災害範囲の情報が取り出せる。そして、人間オブジェクトはそれらの情報に基づいて、部屋内を比較的自由に動くことができる。
【0032】
モデル化したドアオブジェクトには、部屋の連結情報に加え、ドアの通過時間に関する基準値を個別に定義できるようにした。ドアの通過時間は、介助行動時に介助器具を用いる場合に特に考慮することが重要になっている。人間オブジェクトは、ドアを通過する際にドア幅と避難行動上の占有面積の関係に応じて、その基準値からドアの通過時間が決定され、その時間の間はドア部分で立ち止ることが決められている。そして、人間がドアを利用している間は、他の人間はそのドアに進入できず、ドア付近に待機させることで、ドア付近で発生する滞留状態の表現を可能にしている。
【0033】
次に、人間モデル32について説明する。本避難シミュレーションモデルでは、建築物内にいる人間の避難行動上の特性の違いの観点から、自力避難が可能な人間(自力避難者クラス)、自力避難が不可能な人間(要介助者クラス)、および施設管理者や消防隊を対象とした、自力避難が不可能な人間を介助(あるいは救助)する人間(介助者クラス)の3つのタイプの人間を定義した。ここで、クラス(class)とはオブジェクトの「型」定
義に相当する。
【0034】
次に、前記移動目標の決定に関して説明する。自力避難者および介助者クラスのオブジェクトは、あらかじめ設定されている長期移動目標を満足するために短期移動目標を選択しながら避難行動を行なう。長期移動目標、および短期移動目標それぞれの移動目標の意味は、(a)長期移動目標は、最終的に避難(移動)したい場所である。(b)短期移動目標は、長期移動目標を満足するために当面到達(通過)したい場所である。つまり、短期移動目標を選択しながら、到達した場所が長期移動月標と一致するまで避難行動が行なわれる。
【0035】
避難者オブジェクトの長期移動目標としては「避難目標位置」が設定されている。そして、短期移動目標としてはドアが選択される。本モデルでは、人間に避難行動をとらせる上での全体的な避難シナリオに基づいて、建築物の外部や内部の階段室等を最終的な避難場所として設定し、そこを「避難場所」と表し、「避難場所」に通じるドアを「出口」と表す。
【0036】
図3は、自力避難者の短期移動目標の選択ルールを示す説明図である。部屋40aには自力避難者50a、部屋40bには自力避難者50b、廊下41には自力避難者50cが存在しているものとする。(1)自分のいる空間に出口がある場合は、出口の中で自分から最も近い距離にある出口を選択する。この例では、自力避難者50cは出口46を選択する。
【0037】
(2)自分のいる空間に誘導灯がある場合は、誘導灯の中で自分から最も近い距離にある誘導灯の示す方向にあるドアを選択する。この例では、自力避難者50aは、誘導灯45の示す方向にあるドア44gを選択する。(3)その他の場合には、自分のいる部屋にあるドアの中で自分から最も近い距離にあるドアを選択する。この例では、自力避難者50bは、自分のいる部屋40bにあるドアの中で自分から最も近い距離にあるドア44hを選択する。なお、これらのルールを適用する優先順位は、前記(1)〜(3)の順である。
【0038】
図4は、人間の可視領域に関する概念図である。
図4において、部屋40cに煙が発生したものとする。災害により通行不可能な領域51、避難者50dの視野から外れている領域52にあるドア44k、44l、44p、44rは選択されない。避難者50dは、可視領域にあるドア44m、44nを移動目標として選択する。
【0039】
次に、避難者の移動方向および移動位置の決定に関して
図5により説明する。
図5は、避難者50eの移動方向および位置決定の概念図である。自力避難者および介助者オブジェクトにおいて、短期移動目標が決定された後の移動方向は、
図5に示すように、人間に心理的に作用することを想定した複数の力のベクトルを仮定し、それらのベクトルを合成する形で決定している。Rは単位ステップあたりの歩行速度で到達する範囲を示しており、Rxは、次のステップでの移動位置の起点を示している。
【0040】
人間に作用する力としては、移動目標(ドアや誘導灯)からは引力を、避難行動上の障害物(壁、他の人間および災害範囲)からは斥力を仮定した。
図5の例では、避難者50eに対してドア44からは引力F(r4)が作用する。また、壁からは斥力F(r1)、F(r2)が作用し、他の避難者50fからは斥力F(r3)が作用する。これらの力は、一般的に各対象物からの距離に反比例してその大きさが決定される。また、移動してきた方向に対する一定の大きさの慣性力を考慮した。慣性力を考慮した理由は、人間の動きを現実に近い滑らかな動きとして捉えることを考えたからである。
【0041】
そして、これらの力のベクトルを合成したベクトルΣFの方向と、あらかじめ各オブジェクトに設定されている歩行速度に基づいて、そのシミュレーションステップにおける次の移動位置の起点Rxを決定している。この時に、斥力に比べ引力を比較的大きな値となるように設定しているため、引力と斥力が釣り合ってしまう状況はほとんど起こらないが、釣り合ってしまった場合は移動しないことを仮定している。
【0042】
次に、災害モデルについて説明する。この災害モデルは、
図1で説明したように、火災、火災による煙、地震による崩壊、津波・水害による浸水など、各種災害の状態をシミュレータにより空間モデルに導入する役割を担っている。モデルに導入するデータは、避難シミュレーションモデルとは独立の災害シミュレーションの結果を用いて作成する。人間オブジェクトに対して災害が及ぼす影響に関しては、避難限界時間に達した空間では、人間の視界を妨げる影響とその空間から遠ざかろうとする影響を考慮した。なお、避難限界時間に達した空間に入った人間は、以後の避難行動が不能になることを仮定した。
【0043】
図6は、本発明の実施形態を示す説明図であり、
図6(a)は、群集密度を考慮した避
難者の歩行速度の例を示す説明図である。不特定多数の人々の避難行動では、歩行空間の群集密度が歩行速度に影響を及ぼすことが考えられる。本モデルでは、水平歩行速度は群集密度に反比例させた。群集密度の算定では、対象とする避難者個人50gの周囲の密度が影響すると考え、
図6(a)に示すように各避難者の進行方向に対して、半径3mの半円中に存在する他の避難者(50iのように黒丸で示す)は歩行速度に影響を及ぼすものとして考慮した。半径3mの半円外の避難者(50hのように白丸で示す)は、歩行速度への影響を考慮されない。
【0044】
図6(b)は階段での歩行速度の説明図である。階段での歩行速度は、空間のモデル化との関係を考慮して、階段での水平分歩行速度で代表させた。水平歩行速度に対する低減係数として、実測値を参考に0.8を採用した。
図6(b)において、実線が水平歩行速度(上限を1.0m/secとする)、破線が階段室内水平分歩行速度である。
【0045】
図7は、本発明の実施形態である避難行動予測システムの例を示すブロック図である。
図7において、避難行動予測システム1は、入力部1A、制御部1B、データ出力部1Cで構成される。入力部7は、「災害シナリオ・データ」2、「時間データ」4、「災害データ」5、「空間データ」6、「人間データ」7、「乗物データ」8をそれぞれ入力する。「災害シナリオ・データ」2は、各種災害の初期条件を示す情報であり、災害発生場所、災害の規模、災害時の気象条件、災害対策の条件などを含んで構成される。災害が火災の場合には、出火場所、火源の発熱速度(KW)、防火設備対策の条件、開口部の条件等にて構成される。また、地震や津波の場合には、震源地、地震の規模などにて構成される。
【0046】
「時間データ」4は、災害の発生時間、シミュレーションにおいて避難者の位置情報を算出する時間ステップ間隔、災害が発生した後、避難者が避難を開始する避難開始時間が含まれる。「災害データ」5は、前述した「災害シナリオデータ」2に基づいて、別途、災害予測手段3を用いて計算された情報であり、シミュレーションの場所毎の被災状況にて構成される。この被災状況には、各場所毎の危険レベルを含んで構成される。例えば、危険レベルを1〜5段階で構成し、危険レベル1、2は通行は可能、危険レベル3、4は通行は不可、危険レベル5は、通行は不可、当該場所にいた避難者は被災(死亡)など、適宜に設定することが可能である。また、本実施形態の避難行動予測システムにおいて、シミュレーション対象となる避難者は、自分が位置する場所の危険レベルに応じて目的避難場所を選択することとしている。
【0047】
地震のような災害の場合、場所毎の危険レベルは経時変化させないこととしてもよいが、津波、水害、火災といったように経時的に被災範囲の拡大が考えられる災害については、経時的に変化させる、すなわち、場所毎の危険レベルに時刻歴を持たせることとしてもよい。本実施形態では災害予測手段3による「災害データ」5の算出を、制御部15とは異なる外部で行うこととしているが、この災害予測手段3は、後で説明する制御部15にて、避難行動予測とと共に行うこととしてもよい。さらに、「災害データ」5の算出には、「災害シナリオデータ」2のみならず、避難者行動の予測対象地域とされる「空間データ」6を利用してもよい。予測対象地域の地形、建物の構造を考慮した正確な「被災データ」5を算出することが可能となる。
【0048】
「空間データ」6は、街区や建物などの位置関係、属性、状態等を規定した情報である。いわば避難者の行動範囲を規定する情報といえ、避難者は、この「空間データ」6によって規定される空間内を移動することとなる。例えば、建物内部のみを避難行動予測の対象とした場合、建物内部の空間とそれに付随する設備や開口部の寸法、位置関係、属性、状態などに関するパラメータとして規定される。具体的には、階数、階高、室ID、室の空間属性(種類)、室の階数、室の座標(3次元)、開口部の数(数、ID)、扉の数(
数、ID)、障害物の数(数、ID)、誘導表示の数(数、ID)、開口部ID、開口部のある室ID、開口部の座標(3次元)、扉ID、空間の接続関係、障害物ID、障害物の座標(3次元)、障害物のある室ID、誘導表示ID、誘導表示のある室ID、誘導表示の種類、誘導表示の座標(3次元)、誘導表示の内容(種類、ID)などである。
【0049】
特に本実施形態では、街区において自動車や自転車といった乗物を使用した避難を想定しているため、街区における「空間データ」6には、自動車移動用通路、自転車移動用通路、徒歩移動用通路といった各移動手段毎に専用の通路を設定している。このように各乗物、徒歩といった移動手段毎に専用の通路を設けることで、実際に即した避難者の移動の様子を模擬することが可能となるとともに、避難行動予測システムにおける演算負担を軽減することが可能となる。さらに、各通路が交差する交差点には、当該交差点における乗物、避難者の動きを模擬するため、交差点関連情報が設定されている。そして、街区内には乗物が駐車するための駐車スペースが用意されている。本実施形態の避難行動予測システムでは、徒歩から乗物へ、あるいは、乗物から徒歩へと避難者の移動手段の変更は、この駐車スペース内にて行うこととしている。
【0050】
「人間データ」7には、避難者1人1人について規定した情報である。
図8には、「人間データ」7について、その一例が示されている。この例では、「人間データ」7には、避難者ID、属性グループ、初期位置、避難目的位置、歩行速度が規定されている。この他、各避難者の年齢、地位、など他の避難者との上下関係を判定するための情報を含めることとしてもよい。この「人間データ」7を条件として、避難者は初期位置から避難目標位置に移動することとなる。
【0051】
「人間データ」7中、移動速度は、
図6(b)にて説明したように、避難者の歩行速度の基準となるパラメータであり、シミュレーション時には、階段など空間の状況によって可変されたものとなる。また、本実施形態のように複数の避難者によってグループが形成される場合、グループ中、最も低い歩行速度をグループの歩行速度に設定することが考えられる。
【0052】
さらに、本実施形態では、自動車や自転車といった乗物による避難を想定しているため、各避難者毎に搭乗可能乗物ID、運転の可否が設定されている。搭乗可能乗物IDは、後述する乗物データに付与されたID(識別情報)であり、当該避難者が所有する、あるいは、当該避難者の関係者(家族など)が所有する乗物の乗物IDが付与されている。運転の可否は、当該避難者が運転可能な乗物について、その乗物種別が付与されている。本実施形態の避難行動予測システムでは、「人間データ」7中に設定された、これら乗物に関する情報を使用して、避難を行う際、適切な乗物を選択することとしている。
【0053】
「乗物データ」8には、避難者が利用可能な乗物の1台1台について規定した情報である。
図9には、「乗物データ」8について、その一例が示されている。この例では、「乗物データ」8には、乗物種別、乗物寸法、移動速度、定員、運転者、初期位置が規定されている。乗物種別は、自動車もしくは自転車といった種別を規定した情報である。乗物寸法は、幅、長さなど乗物の大きさを規定した情報である。移動速度は、乗物の最高速度を規定した情報である。これら乗物寸法、移動速度を使用して、避難経路中、乗物の移動を模擬することとしている。
【0054】
また、「乗物データ」8中には、当該乗物に搭乗可能な定員数が規定されている。さらに、シミュレーションを行う当所の初期位置が設定されている。図の自動車の例では、駐車スペースXに駐車した状態となっている。このように駐車した状態のみならず、模擬する乗物は、シミュレーションを開始する時点で避難者が搭乗している状態(運転中)のものを用意してもよい。
【0055】
制御部1Bは、「時間データ格納部」9、「災害データ格納部」10、「空間データ格納部」11、「人間データ格納部」12、「乗物データ格納部」13、避難者行動位置算出手段」14、「画像表示手段」15から構成されている。「時間データ格納部」11は、「時間データ」4で入力された、避難行動を予測するために必要な時間に関するパラメータを格納・更新する。「災害データ格納部」10は、前記「災害データ」5で入力された、避難行動の障害の1つとして考えられる空間内の煙や、水位などに関するパラメータを格納・更新する。
【0056】
「空間データ格納部」11は「空間データ」6で入力された、街区や建物内部の空間とそれに付随する設備や開口部の寸法、位置関係、属性、状態などに関するパラメータを格納・更新する。「人間データ格納部」12は、「人間データ」7で入力された、避難者1人1人を特定化したパラメータを格納・更新する。「乗物データ格納部」13は、「乗物データ」8で入力された、乗物1台1台を特定化したパラメータを格納・更新する。このように、「時間データ格納部」9、「災害データ格納部」10、「空間データ格納部」11、「人間データ格納部」12、「乗物データ格納部」13は、制御部1Bの記憶手段として機能している。
【0057】
「避難者行動位置算出手段」14は、各格納部に記憶された「時間データ」9、「災害データ」10、「空間データ」11、「人間データ」12、「乗物データ」13から、ある避難者の、次の時間ステップ後の位置を算出する部分である。「避難者行動位置算出手段」14で算出された避難者の位置に関する情報は、他の避難者データと時刻歴に累積されて、避難完了時間や避難完了者数の累積、ある空間の滞在人数の推移としてデータファイル17に書き出される。同時に、「避難者行動位置算出手段」14で算出された情報は、「空間データ」6や「災害データ」5などと共に、「画像表示手段」15に送られディスプレイ等の表示部にて表示される。このような「画像表示手段」15を備えたことで、避難者の時刻歴の移動状況や、避難行動の動線の軌跡を視覚で確認することができる。
【0058】
出力部1Cは、画像表示出力部16、データファイル出力部17を出力する。画像表示出力部16にて出力される情報には、避難者移動状況(時刻歴・室別)、特定避難者の避難行動の軌跡などが含まれる。また、データファイル出力部17にて出力される情報には、前述したように避難完了時間(避難者別、乗物別)、避難完了者数の累積(時刻歴)、滞在人数(時刻歴・空間別)、通過人数{時刻歴・扉(階段)別、交差点別}などが含まれる。このように本実施形態の避難行動予測システムは、「時間データ」4、「災害データ」5、「空間データ」6、「人間データ」7、「乗物データ」8などの各種条件に基づいて、避難者の位置を経時的に算出することが可能であり、これら条件を適宜に設定することで、災害発生時に各避難者の行動を予測し、防災対策を検討することが可能である。
【0059】
本実施形態では、従来行われていた徒歩による避難のみならず、街区において自動車や自転車といった乗物による避難を想定したものとなっている。乗物を使用した避難を模擬するにあたって、
図10に示すように街区内の通路のモデル化を行っている。「空間データ」6のパラメータとして説明したように、本実施形態では、避難者(徒歩)用の通路と乗物用の通路を分けて設定している。図の例では、徒歩移動用通路と自動車移動用通路を分けて設定したものとなっている。自転車用の通路については、自動車移動用通路と併用しても良いし、別途、自転車移動用通路を設定することとしてもよい。
【0060】
自動車移動用通路は、自動車の実際の動きに即して、車1台が通過できる車線毎に分割され、その移動方向が限定されたものとなっている。図の例では片側一車線の通路となっているが、複数車線を設けることも可能である。一方、避難者が歩行する徒歩移動用通路については、移動方向は限定していない。
【0061】
さらに、自動車や自転車といった乗物による避難を想定した場合、乗物を使用した避難を模擬するため、
図11に示す交差点のモデル化を行っている。「空間データ」6には、この交差点のモデル化を行うための交差点関連情報が設定されている。乗物が通行可能な通路が交差する箇所である交差点においては、徒歩による避難者と、自動車や自転車を利用した避難者の動線が交錯するため交差点のモデル化が行われている。
【0062】
徒歩による避難者と自動車を使用した避難者の両者が移動するために利用可能な空間として「横断歩道」(図中、灰色で示す領域)が設けられている。この横断歩道には、徒歩による避難者が徒歩移動用通路から横断歩道に入るための「歩行者用ゲート」(図中、破線で示すゲート)、および、自動車が自動車用移動通路から横断歩道へ入るための「自動車用ゲート」(図中、実線で示すゲート)が設けられている。各々のゲートは、時刻の経過に応じて開放、閉鎖の状態をとる。同じ横断歩道にある歩行者用ゲート、自動車用ゲートは何れか一方の種類のゲートが開放状態の場合、他方のゲートは閉鎖状態となり、両方同時に開放状態となることはない。
【0063】
徒歩による避難者、および、自動車は、各々のゲートが開放状態となった場合のみ通行を可能となる。すなわち、ある時刻における同一の横断歩道内には、徒歩による避難者と自動車による避難者は共存することがない。歩行者用ゲート、自動車用ゲートの開放、閉鎖の経時的スケジュールは、ある一定間隔で開放、閉鎖を繰り返すなど、任意に設定することが可能である。
【0064】
以上、
図10、
図11を用い、乗物を使用した避難における、避難者並びに乗物(ここでは自動車)について通路のモデル化を説明したが、このようなモデル化を行うことで、実際の避難行動に即した避難者、乗物の移動の様子を模擬することが可能となる。なお、
図10、
図11では乗物として自動車のみについて説明したが、乗物としては自転車を採用することも可能である。その場合、自転車の通路は、自転車専用の移動用通路を設ける、あるいは、自動車移動用通路と併用することが考えられる。
【0065】
では、このような徒歩による避難者の移動に加え、乗物を使用した避難者の移動を模擬する避難行動予測システムの処理について説明する。
図12は、本発明の実施形態を示すフロー図であり、ある避難者について、その初期位置から最終避難場所へ到着するまでの避難行動予測処理を示したものである。処理が開始されると、該当する避難者について、人間データを参照し、初期位置、避難目標位置、歩行速度などが抽出される。また、該当する避難者の初期位置おける空間データ、並びに、災害データ(危険レベル)も併せて抽出される(S11)。次に、初期位置と避難目標位置の位置関係に基づいて、避難目標位置に到着するまでの避難経路、移動手段が決定される(S12)。
【0066】
乗物を使用可能とする本実施形態の避難行動予測システムでは、
図13に示す移動手段決定処理にて、避難経路の途中で使用する移動手段(乗物種別あるいは徒歩)を決定することとしている。まず、該当する避難者の「人間データ」7中、搭乗可能乗物IDが設定されているか否かが判定される。本実施形態の移動手段決定処理では、避難者に設定された初期位置と避難目標位置までの距離Dまたは高度差Hの大きさに基づいて移動手段を決定している。
【0067】
初期位置から避難目標位置までの距離D(Dには直線距離もしくは空間データ中の通路を使用した最短距離が使用される)が閾値d1以上である、もしくは、初期位置から目標移動距離までの高度差H(Hには初期位置の高度と避難目標位置の高度の差、もしくは、初期位置から避難場所までの経路上の高度累積が使用される)が閾値h1以上である(S23:Yes)場合、初期位置から一定範囲内に当該避難者に対して割り当てられた自動
車が存在するか否かが判定される(S24)。この判定は避難者の人間データ中、割り当てられた搭乗可能乗物IDに該当する自動車の初期位置が、避難者の初期位置から一定範囲内にあるか否かで判定される。
【0068】
初期位置から一定範囲内に搭乗可能な自動車が有る場合(S24:Yes)には、当該避難者の移動手段として一定範囲内に位置する自動車を移動手段として選択し、その自動車の位置を中間目標位置に設定する(S25)。初期位置から一定範囲内に自動車が無い場合(S24:No)には、初期位置から一定範囲内に、避難者が搭乗可能な自転車があるかが判定される(S27)。搭乗可能な自転車が有る場合(S27:Yes)には、当該避難者の移動手段として一定範囲内に位置する自転車を避難者の移動手段として割り当てる。
【0069】
一方、距離Dが閾値d1より小さくd2以上である場合、もしくは、高度差Hがh1より小さくh2以上(S26:Yes)であり、かつ、初期位置から一定範囲内に搭乗可能な自転車が有る場合(S27:Yes)には、当該避難者の移動手段として一定範囲内に位置する自転車を避難者の移動手段として割り当てる。また、初期位置から一定範囲内に搭乗可能な自転車が無い場合(S27:No)には、当該避難者の移動手段として徒歩が割り当てられる。
【0070】
また、距離Dがd2より小さい、もしくは、高度差Hがh2より小さい場合には、当該避難者の移動手段として徒歩が割り当てられる。このように本実施形態の移動手段決定処理では、避難者の初期位置から避難目標位置までの距離D、もしくは、初期位置と避難目標位置の高度差Hに応じて、避難者の移動手段が割り当てられ、実際の避難行動に即した避難者の動きを模擬することが可能となっている。
【0071】
図14には、ある避難者が避難する際、移動手段として自動車を選択した場合の様子が模式的に示されている。この避難者は、初期位置から駐車スペースXまで徒歩で移動し、駐車スペースXから、避難目標位置に最寄りの駐車スペースYまでを自動車で移動する。自動車で駐車スペースYに到着した避難者は、そこで移動手段を徒歩に切り替え、避難目標位置まで移動して避難行動を終了する。
【0072】
このようなある避難者の避難行動を模擬する際、
図12に示す避難経路中の移動手段決定処理(S20)では、避難者毎に決定した移動手段を含む乗り換えデータが作成される。
図14の各位置には、各位置にて形成される乗り換えデータの一例が示されている。まず最初の初期位置では、第1中間目標位置として駐車スペースXが、当該第1中間目標位置で乗り換える対象(第1乗り換え対象)として、乗物a(自動車)が設定される。そして、避難者が駐車スペースXに到着し、乗物aに乗車できた場合、次の中間目標位置(2中間目標位置)と次の移動手段(第2乗り換え対象)が設定された第2乗り換えデータが形成される。このように本実施形態の避難行動予測システムでは、初期位置、あるいは、中間目標位置において、中間目標位置と乗り換え対象が設定された乗り換えデータを順次形成することで、ある避難者について避難目標位置までの避難行動が模擬される。
【0073】
本実施形態の移動手段決定処理では避難者毎に移動手段が決定されることとなるが、複数の避難者間で同じ乗物を使用することが決定された場合、乗り換えデータ中、他の避難者を同乗者として設定することとしている。
図14の第1乗り換えデータについてみると、避難者aと同じ乗物aを移動手段として決定した避難者bが同乗者として設定されている。このような形態では、避難者aは避難者bと乗物aの位置(駐車スペースX)にて待ち合わせて、乗物aを使用して避難することとなる。実際の避難行動では、避難者間の初期位置が近い避難者同士、あるいは、携帯電話などで連絡を取った避難者同士が、自動車に同乗して避難することが考えられる。このように乗り換えデータに同乗者を設定するこ
とで、実際の避難行動を模擬することが可能となる。
【0074】
ところで、このように1の乗物に対して複数の避難者が同乗する場合、各避難者の避難目標位置が異なることが考えられる。そのような場合、人間データにおいて設定されている各避難者の避難目標位置を1の避難目標位置に統合する避難目標位置統合処理が実行される。この避難目標位置統合処理では、同乗した避難者に設定されている避難目標位置の何れか1つを、各避難者に対する新たな避難目標位置として設定し、共通の避難目標位置として移動することとなる。1の乗物に同乗した避難者の新たな避難目標位置は、同乗者に設定されている避難目標位置の中からランダムに決定すること、同乗者に設定されている避難目標位置の中から最も距離(直線距離もしくは通路上での経路距離)が近い避難目標位置を決定すること、あるいは、空間データにおいて避難目標位置毎に安全レベルを設定しておき、同乗者に設定されている避難目標位置の中から安全レベルの高い避難目標位置に設定することなどが考えられる。
【0075】
図15には、
図14で説明した乗り換えデータの場合について、駐車スペースXでの乗り換えの様子が示されている。異なる初期位置から避難者aと避難者bが駐車スペースXで待ち合わせる場合、どちらかの避難者が先に駐車スペースXに到着することが考えられる。そのため、本実施形態では、先に到着した避難者が、駐車スペースXに位置する乗物aにて、同乗する避難者を待ち合わせることとしている。全ての避難者が揃ったことを条件として乗物aは移動を開始することとなる。
【0076】
図14の例では、2人の避難者が同乗することを条件に設定したが、必ずしも1の乗物に対する同乗者の数に制限を設ける必要は無い。
図9の乗物データのデータ構成にて説明したように、各乗物に対しては定員数が設定されている。
図15で説明した待ち合わせを行う場合、乗物に設定された定員数となった場合、当該乗物は移動開始することとしてもよい。
図16は、このような形態を模式的に示したものである。乗物a(自動者)に対しては、その定員4名を超える同乗者(避難者a〜e)が割り当てられている。このような場合、先に到着した避難者a〜dは乗物aを使用して移動を開始する。その後、到着した避難者eは、定員オーバーのため乗車することができず、徒歩にて、次の目標位置に移動を開始する。
【0077】
図16のように自動車を運転可能な避難者aが、同乗している場合には自動車による移動が可能であるが、都合悪く、集合した避難者内に自動車を運転可能な避難者が存在しない(人間データ中の運転の可否にて判定)場合には、運転可能な避難者が到着するまで待つこととなる。乗物aに割り当てられた全ての避難者(同乗者)が運転可能でない場合には、当該全ての避難者は、自動車による避難を中止し、徒歩による移動を開始する。
【0078】
図12のフロー図に戻り、各避難者についての移動を説明する。避難経路、移動手段が決まった避難者について、避難途中において移動手段の変更が必要か否かが判定される(S12)。移動手段の変更が必要ない場合(S12:No)には、移動目標を避難目標位置に設定し(S13)、徒歩による移動を開始する。この移動による避難者の位置は、単位時間毎に算出され、避難目標位置に到着するまで(S14:Yes)継続して実行される。
【0079】
一方、避難途中において移動手段の変更が必要であると判定された場合(S12:Yes)には、当該避難者の移動目標を中間目標位置に設定し、避難者の移動を開始させる(S15)。中間目標位置に到着するまで、避難者の位置は単位時間毎に算出され、避難目標位置に到着するまで(S16:Yes)継続して実行される。中間目標位置に到着した場合(S16:Yes)、乗り換えデータ中に設定された移動手段に変更可能か否かが判定される(S17)。この判定は、
図14、
図15で説明したように、同乗者の待ち合わ
せ、定員数内であるか、運転者がいるかなど各種条件に基づいて判定される。各種条件を満足した場合、移動手段を変更して移動を開始する(S18)。
【0080】
移動手段が変更できた場合(S17:Yes)、再度、避難目標位置へ移動するための避難経路と移動手段が決定される(S20)。また、移動手段が変更できなかった場合についても新たな避難経路と移動手段が決定(S20)され、次の位置へと避難が開始される。以上の処理を繰り返し行うことで、各避難者について避難目標位置への避難行動が模擬されることとなる。
【0081】
以上、本実施形態に係る避難行動予測システムについて説明したが、この避難行動予測システムにより、地震、津波、水害、火災などの各種災害発生後において、時間経過に伴う各避難者の行動(位置)を予測することが可能となる。また、各種条件を変更して予測(シミュレーション)を行うことで、災害時の問題点の検出や防災対策に役立てることが可能となる。なお、ここでは、避難行動予測システムについてその詳細を説明したが、本発明はその客体として、コンピュータで実行可能なプログラムを採用することも可能である。プログラムをコンピュータにインストールすることで、上述した避難行動予測システムを構成することが可能である。
【0082】
なお、本発明はこれらの実施形態のみに限られるものではなく、それぞれの実施形態の構成を適宜組み合わせて構成した実施形態も本発明の範疇となるものである。