【実施例】
【0041】
(軟磁性材料粉末の作製)
軟磁性材料粉末として、平均厚さ18μmのFe−Ni−Cu−Si−B系Fe基ナノ結晶合金薄帯材料を用いた。具体的な組成は、Fe
bal.Ni
1Si
4B
14Cu
1.4(原子%)である。かかる組成の急冷薄帯に対して、粗粉砕、中粉砕、微粉砕を異なる粉砕機により順次行った。合金薄帯粉砕粉を目開き106μm(対角150μm)の篩に通した。更に、目開き35μm(対角49μm)の篩により通過する合金薄帯粉砕粉を除去した。粉砕粉をSEMで観察した。金属薄帯の二主面には粉砕加工された形態がほとんど認められず、二主面の端部のエッジが明瞭に確認できた。
【0042】
(軟磁性材料粉末表面へのシリコン酸化物被膜形成)
前記合金薄帯粉砕粉と、TEOS(テトラエトキシシラン、Si(OC
2H
5)
4)との質量比を25:1とし、それらをアンモニア水溶液と、エタノールとともに混合し、3時間撹拌した。次に、ろ過することで、合金薄帯粉砕粉を分離し、100℃のオーブンで乾燥した。乾燥後、合金薄帯の粉砕粉の断面をSEMで観察したところ、粉砕粉の表面にはシリコン酸化物被膜が形成され、その厚さは125nmであった。
【0043】
(第1の工程(混合工程))
前記粉砕粉80重量部に対して、平均粒径5μmのFe基アモルファス合金アトマイズ球状粉(組成:Fe
bal.B
11Si
11C
2Cr
2(原子%))(エプソンアトミックス株式会社製)を20重量部(20質量%添加)加えた合計100重量部に対して、シリコーン樹脂として粉末状のメチルフェニルシリコーン樹脂:旭化成ワッカーシリコーン株式会社製SILRES H44)を1.0重量部、熱可塑性樹脂としてエマルジョンのアクリル樹脂系のバインダー(昭和高分子株式会社製ポリゾールAP−604)を1.0重量部、それぞれ計りとって、株式会社ダルトン製の万能混合撹拌機で混合した。混合粉は、120℃で10時間乾燥した。なお、熱可塑性樹脂とシリコーン樹脂に対する熱分析(TG−DTA)等の結果から、使用した熱可塑性樹脂のガラス転移温度は75℃、シリコーン樹脂のガラス転移温度は54℃、融点は73℃と評価された。すなわち、熱可塑性樹脂のガラス転移温度と、シリコーン樹脂の融点との差は2℃であった。なお、潤滑剤として使用した後述のステアリン酸亜鉛の融点は120℃と評価された。
【0044】
(第2の工程(成形工程))
乾燥後の混合粉を目開き425μmの篩を通して造粒粉を得た。目開き425μmの篩を通すことで、約600μm以下の粒径の造粒粉が得られる。この造粒粉に、粉砕粉およびアトマイズ球状粉の合計100重量部に対して0.4重量部の割合で、ステアリン酸亜鉛を添加、混合して成形用の混合物を得た。得られた混合粉は、金型を加熱する機能を備えたプレス機を使用して、表1に示す温度で加圧成形した。成形圧は2GPa、保持時間は2秒とした。得られた外径14mm、内径8mm、高さ6mmのトロイダル形状の成形体に、歪取と結晶化を兼ねて、オーブンにて、昇温速度を10℃/minとし、大気中、420℃、0.5時間の熱処理を施し、圧粉磁心を得た。
【0045】
(磁気特性の測定)
以上の工程により作製した圧粉磁心の密度をその寸法および質量から算出した。また、占積率を圧粉磁心の密度を軟磁性材料粉の密度で除して算出した。ここで軟磁性材料粉の密度は、Fe基ナノ結晶合金薄帯の密度7.40×10
3kg/m
3、およびFe基アモルファス合金アトマイズ球状粉の密度7.20×10
3kg/m
3、から、と、それらの混合比から平均密度として算出したもの(7.36×10
3kg/m
3)を用いた。また、トロイダル形状の圧粉磁心の径方向に荷重をかけ、コア破壊時の最大加重P(N)を測定し、次式から圧環強度σr(MPa)を求めた。
σr=P(D−d)/Id
2
(ここで、D:コアの外径(mm)、d:コアの肉厚(mm)、I:コアの高さ(mm)である。)
さらに、一次側と二次側それぞれ29ターンの巻線を施した。岩通計測株式会社製B−HアナライザーSY−8232により、最大磁束密度150mT、周波数20kHzの条件でコアロスPcvを測定した。また、初透磁率μiは、前記トロイダル形状の圧粉磁心に直径0.5mmの絶縁被覆導線を30回巻回し、ヒューレット・パッカード社製4284Aにより、周波数100kHzで測定した。結果を表1に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
熱可塑性樹脂のガラス転移温度以上かつ、シリコーン樹脂の融点以上の温度で成形したNo2〜5の圧粉磁心は、室温で成形したものに比べて、密度が大幅に上昇し、いずれも6.0×10
3kg/m
3以上の高い値を示した。それに伴い占積率も大幅に向上し、80.0%を超える占積率が得られた。圧環強度も12.0MPa未満のNo1の圧粉磁心に比べて、No2〜5の圧粉磁心は劇的に向上し、20.0MPa以上の圧環強度が得られた。さらに、表1から成形温度とTsとの温度差ΔTが大きくなるに伴い占積率も向上することがわかる。ΔTが30℃以上のNo3〜5の圧粉磁心では、25℃(室温)で成形したNo1のものに比べて占積率が1.05倍以上に上昇し、83.0%以上になった。さらにΔTが大きいNo4および5の圧粉磁心では、室温で成形したNo1のものに比べて占積率が1.06倍以上に上昇した。さらに、初透磁率も成形温度の上昇とともに増加し、70以上の水準が得られた。その一方で、コアロスは室温で成形した場合に比べて大きな変化はなく、160kW/m
3以下の低い水準を維持できることもわかる。
【0048】
次に、上述の実施例で作製した混合物を用い、加熱しないで25℃(室温)で成形した場合と、130℃に加熱して成形した場合とで、成形圧を変えて圧粉磁心を作製した。その評価結果を表2に示す。
【0049】
【表2】
【0050】
表2に示すように、室温での成形では、成形圧を1.1GPaから2.0GPaへと上げても、占積率は80.0%未満であった。一方、130℃で温間成形したNo10〜13の圧粉磁心では、いずれも占積率は80.0%を超えていた。すなわち、上記温間成形によって軟磁性合金薄帯の粉砕粉を用いる場合でも、2GPa以下の圧力による成形で、80.0%を超える占積率を実現することが可能であることがわかる。同時に、1GPa以上の成形圧があれば15.0MPa以上の圧環強度が得られることもわかる。また、成形圧を上げることによって占積率および圧環強度は上昇し、82.0%以上の占積率および20MPa以上の圧環強度、さらには83.0%以上の占積率および25MPa以上の圧環強度も実現可能であることがわかる。さらに、初透磁率も成形圧の上昇とともに増加した。一方、室温での成形では2.0GPaの成形圧でも占積率、圧環強度は、それぞれ80.0%未満、12.0MPa未満であった。そのコアロスは成形圧の増加とともに増加しており、さらに成形圧を上げて占積率等を高めるためには、コアロスの大幅な増加が避けられないこともわかる。、また、室温成形において温間成形なみの圧環強度を得るためには、さらに大幅に成形圧を上げる必要があり、室温成形において温間成形なみの圧環強度を得ることが非常に困難であることもわかる。一方、130℃で温間成形したNo10〜13の圧粉磁心では、160kW/m
3以下の低水準のコアロスが維持されており、上記温間成形がコアロスの増加を抑えつつ占積率を向上するうえで好適であることがわかる。
【0051】
次に、添加物の組み合わせを変えた混合物を用い、加熱しないで25℃(室温)で成形したものと、130℃に加熱して成形したものとで比較評価を行った。添加物の組み合わせは、熱可塑性樹脂のみ、熱可塑性樹脂およびシリコーン樹脂、並びに熱可塑性樹脂、シリコーン樹脂および潤滑材の三通りである。添加物の構成や成形温度以外は上述の実施例と同様とした。評価結果を表3に示す。
【0052】
【表3】
【0053】
熱可塑性樹脂は熱処理で飛散してしまうため、熱処理後の圧粉磁心の強度を維持するためにシリコーン樹脂を添加する。しかしながら、表3のNo14とNo16の評価結果から、通常の室温成形では、シリコーン樹脂を添加すると占積率は低下してしまうことがわかる。これに対して、熱可塑性樹脂のガラス転移温度以上かつ、シリコーン樹脂の融点以上の温度で成形することにより、占積率は大きく上昇した(No17)。ここで、No15の圧粉磁心のように熱可塑性樹脂だけを添加した場合でも、上述の温間成形によって占積率は向上する。しかしながら、No17の圧粉磁心の占積率はNo15の圧粉磁心よりもさらに高く、上述の温間成形の場合には、シリコーン樹脂添加によって占積率がさらに向上することがわかる。すなわち、室温成形の場合と比べてシリコーン樹脂添加による影響が逆転していることが明らかとなった。また、熱可塑性樹脂およびシリコーン樹脂に加えてさらに潤滑材としてステアリン酸亜鉛を添加したNo19の圧粉磁心は、それを添加していないNo17の圧粉磁心に比べて、さらに占積率が向上しており、潤滑剤の添加も占積率向上に効果があることが確認された。
【0054】
次に、ナノ結晶合金薄帯の代わりに、Fe基アモルファス合金薄帯である、平均厚さ25μmの日立金属株式会社製Metglas(登録商標)2605SA1材を用いて圧粉磁心を作製した。該2605SA1材は、Fe−Si−B系材料である。Fe基アモルファス合金薄帯を、乾燥した大気雰囲気のオーブンで360℃、2時間加熱し、脆化させた。ナノ結晶合金薄帯を用いた場合と同様にして、粉砕、分級、シリコン酸化物被膜形成を行った。なお、シリコン酸化物被覆は200nmの厚さに形成した。前記粉砕粉80重量部に対して、平均粒径5μmのFe基アモルファス合金アトマイズ球状粉(組成:Fe
74B
11Si
11C
2Cr
2)(エプソンアトミックス株式会社製)を20重量部(20質量%添加)加えた合計100重量部の混合粉を用いて、上記ナノ結晶合金薄帯を用いた場合と同様にして成形用の造粒粉を作製した。なお、メチルフェニルシリコーン樹脂:旭化成ワッカーシリコーン株式会社製SILRES H44)の添加量は0.6重量部、熱可塑性樹脂であるアクリル樹脂系のバインダー(昭和高分子株式会社製ポリゾールAP−604)の添加量は1.5重量部、ステアリン酸亜鉛の添加量は0.4重量部とした。成形温度を20℃(室温)および130℃とした以外は、上記ナノ結晶合金薄帯を用いた場合と同様にして成形体を行った。成形後の成形体は、オーブンにて、大気雰囲気中、400℃、1時間の熱処理を施した。得られた圧粉磁心の評価結果を表4に示す。
【0055】
【表4】
【0056】
表4に示したように、アモルファス合金薄帯を用いた場合でも、熱可塑性樹脂のガラス転移温度以上かつ、シリコーン樹脂の融点以上の温度で成形することによって、占積率は大幅に向上し、80.0%を超える水準の占積率が得られた。また、圧環強度や初透磁率も劇的に向上し、それぞれ12.0MPa以上、60以上の水準が得られた。一方、かかる占積率、圧環強度、初透磁率の大幅な向上が実現される場合でも、コアロスの低下は見られず、むしろ室温成形の場合に比べてコアロスは若干減少した。
【0057】
次に、表4に示す圧粉磁心と同じ軟磁性材料粉を用い、シリコーン樹脂であるメチルフェニルシリコーン樹脂の添加量を変えた圧粉磁心を作製し、占積率およびコアロスを評価した。熱可塑性樹脂であるアクリル樹脂系のバインダー(昭和高分子株式会社製ポリゾールAP−604)の添加量は2.5重量部とした点、成形温度を130℃とした以外は、上記表4に示した評価を行った圧粉磁心の同様の条件で圧粉磁心を作製した。占積率、圧環強度、コアロス、初透磁率の評価結果を表5に示す。
【0058】
【表5】
【0059】
表5に示すように圧環強度はシリコーン樹脂の添加量が増えるにしたがって増加した。一方、シリコーン樹脂の添加量が増えるにしたがい、初透磁率は減少し、コアロスも増加した。特に、その添加量が1.0重量部(熱可塑性樹脂の2/3)を超えるとコアロスが大きくなっていた。表3に示すコアロスはいずれも実用上は問題のないレベルであるが、シリコーン添加量を1.0重量部(熱可塑性樹脂の40%)以下にすることでより低いコアロスが維持できることがわかる。
【0060】
次に上記No20、21の圧粉磁心と同じ合金薄帯粉砕粉を用い、TEOSの量とアンモニア水の濃度を調整して、シリコン酸化物被膜の厚さが異なる粉砕粉を作製した。かかる粉砕粉を用い、No20、21の圧粉磁心と同様にして成形用の混合物を得た。得られた混合粉は、成形温度130℃、成形圧2.0GPaの条件で成形を行い、それ以外はNo20、21の圧粉磁心と同様にして圧粉磁心を得た(No17〜22)。また、比較のためシリコン酸化物(SiO
2)被膜の厚さが200nmの粉砕粉を用い、成形温度20℃(室温)、成形圧2.0GPaまたは1.6GPaの条件で成形し、比較用の圧粉磁心(No31、32)を作製した。占積率等の評価結果を表6に示す。μ
Δは10kA/mの直流バイアス磁界が印加された状態で測定した増分透磁率である。なお、コアロスPcvは最大磁束密度150mT、周波数20kHzの条件で測定した。
【0061】
【表6】
【0062】
表6に示すように、シリコン酸化物被膜を厚くすることで、コアロスPcvが減少するのみならず、増分透磁率μ
Δが増加した。増分透磁率が高くなるということは、直流重畳特性が向上していることを意味する。上述のようにTEOSによって形成したシリコン酸化物被膜は粉砕粉表面を均一に覆うため、磁性体間に均一かつ確実な磁気ギャップを形成する効果がある。一方、表6の結果から明らかなようにシリコン酸化物被膜を厚くすることは、強磁性部の占積率の低下を招く。しかしながら、温間成形を用いた場合は占積率を格段に高くできるため、81%以上の占積率を確保しながら、シリコン酸化物被膜を厚くして増分透磁率μ
Δの改善を図ることができる。しかも、占積率が高められた圧粉磁心ほど、平板状の粉砕粉の板面が揃うため、シリコン酸化物被膜が形成する磁気ギャップが、均一な磁気ギャップとしてより有効に機能するようになる。
図2に、温間成形によるNo28の圧粉磁心の断面SEM写真(
図2(a))を、室温成形による圧粉磁心の断面SEM写真(
図2(b))とともに示す。室温成形による圧粉磁心は平板状の粉砕粉の板面が不規則な方向に向きやすく、均一な磁気ギャップを形成することが困難であるのに対して、温間成形による圧粉磁心では、隣接する粉砕粉の板面が平行に維持された状態で、その間隔が小さくなっており、シリコン酸化物被膜を介した均一な磁気ギャップが形成できることがわかる。例えば
図2(a)では、隣接する五つ以上の粉砕粉が、シリコン酸化物被膜による磁気ギャップを介して平行に配置されている。表6に示すように、シリコン酸化物被膜が200nm以上であるNo28〜30の圧粉磁心では、34.9以上の優れた増分透磁率μ
Δが得られた。また、シリコン酸化物被膜が200nm以上で増分透磁率μ
Δの増加が飽和傾向になっており、安定性の観点からは、200nmを超えるようにシリコン酸化物被膜の厚さを設定することがより好ましいこともわかる。
【0063】
これに対して、20℃で成形して得られたNo31の圧粉磁心は、占積率も低く、同じシリコン酸化物被膜のNo28の圧粉磁心に比べて増分透磁率μ
Δは大幅に低いものとなった。また、占積率を低下させることは、磁性体(粉砕粉)間の磁気ギャップが増えることを意味するが、表6の結果からは、No32のように成形圧を下げることで占積率を低下させると、増分透磁率μ
Δはいっそう低下することがわかる。すなわち、増分透磁率μ
Δを改善するためには、シリコン酸化物被膜を厚く形成した粉砕粉を用いて構成され、占積率を高めた圧粉磁心が、有効であることが明らかとなった。