特許第6187960号(P6187960)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6187960
(24)【登録日】2017年8月10日
(45)【発行日】2017年8月30日
(54)【発明の名称】がんの治療又は予防剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/08 20060101AFI20170821BHJP
   A61K 38/16 20060101ALI20170821BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20170821BHJP
   A61P 15/00 20060101ALI20170821BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20170821BHJP
   A61P 1/18 20060101ALI20170821BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20170821BHJP
   A61P 13/10 20060101ALI20170821BHJP
   A61K 31/337 20060101ALI20170821BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20170821BHJP
【FI】
   A61K38/08ZNA
   A61K38/16
   A61P35/00
   A61P15/00
   A61P1/00
   A61P1/18
   A61P11/00
   A61P13/10
   A61K31/337
   A61P43/00 121
【請求項の数】8
【全頁数】32
(21)【出願番号】特願2013-6973(P2013-6973)
(22)【出願日】2013年1月18日
(65)【公開番号】特開2013-166751(P2013-166751A)
(43)【公開日】2013年8月29日
【審査請求日】2015年12月14日
(31)【優先権主張番号】特願2012-9665(P2012-9665)
(32)【優先日】2012年1月20日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2012-9688(P2012-9688)
(32)【優先日】2012年1月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000231637
【氏名又は名称】日本製粉株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】滝川 正春
(72)【発明者】
【氏名】服部 高子
(72)【発明者】
【氏名】皆川 吉
(72)【発明者】
【氏名】瀬戸 泰裕
(72)【発明者】
【氏名】綱 美香
(72)【発明者】
【氏名】原田 義孝
(72)【発明者】
【氏名】高久 学
(72)【発明者】
【氏名】安田 秀世
【審査官】 新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】 特表2007−525194(JP,A)
【文献】 特表2008−503476(JP,A)
【文献】 特開2011−093852(JP,A)
【文献】 特表2008−528614(JP,A)
【文献】 特表2011−500601(JP,A)
【文献】 International Journal of Oncology,2011年,Vol.38,p.1741-1747
【文献】 メルクマニュアル,2006年,第18版
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00−38/58
A61K 41/00−45/08
A61K 48/00
A61K 49/00−51/12
A61K 39/00−39/44
A61P 1/00
A61P 11/00
A61P 13/00
A61P 15/00
A61P 35/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ErbB2を発現するがんの治療又は予防剤であって、
(1) ErbB2の細胞外領域に結合することでCCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質、及び
(2) CCN2のVWCドメイン又はその近傍に結合することでCCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質
から選択される少なくとも1種を有効成分とし、前記(1)の物質が、配列番号38に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドであり、前記(2)の物質が、配列番号14に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドである、前記治療又は予防剤。
【請求項2】
前記がんが乳がん、胃がん、膵臓がん、肺がん、大腸がん、又は膀胱がんである請求項1記載の治療又は予防剤。
【請求項3】
前記がんが乳がん又は膵臓がんである請求項2記載の治療又は予防剤。
【請求項4】
CCN2とErbB2との間の相互作用の阻害を指標として化合物を選択することを含む、ErbB2を発現するがんの治療又は予防剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
CCN2とErbB2との間の直接的な結合の阻害を指標とする請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記がんが乳がん、胃がん、膵臓がん、肺がん、大腸がん、又は膀胱がんである、請求項5記載の方法。
【請求項7】
前記がんが乳がん又は膵臓がんである請求項6記載の方法。
【請求項8】
アポトーシスを誘導する抗がん剤と組み合わせて用いられる、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の治療又は予防剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がんの治療又は予防剤、がんの検出試薬、がんの治療又は予防剤のスクリーニング方法、及びアポトーシス誘導剤と組み合わせて用いられるがんの治療又は予防剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ErbB2(HER2とも言う。)は、上皮増殖因子受容体(EGFR)ファミリーメンバーの細胞膜を貫通する表面タンパク質であり、ヒト乳がん患者集団のおよそ5分の1で高発現していることが知られている。ErbB2はがん治療の標的として研究が進んでおり、がんの治療剤としての抗ErbB2抗体や、ErbB2の細胞外領域に結合する各種ペプチド配列が知られている(特許文献1〜5など)。例えば、ErbB2の過剰発現が確認された原発性及び転移性乳がんの治療薬として実用化されているハーセプチン(商品名、一般名はトラスツズマブ)は、ErbB2分子の細胞外領域のエピトープ(第529番〜第625番アミノ酸の領域)と特異的に結合する抗ErbB2ヒト化モノクローナル抗体医薬である(非特許文献1)。
【0003】
このように研究が進んでいるErbB2であるが、EGFRファミリーの4つのメンバーのうちErbB2はオーファンレセプター(オーファン受容体とも言う。)であり、その特異的リガンドは未だ報告されていない。特許文献6には、レセプターチロシンキナーゼに結合する特異的リガンドをがんの治療に用いることが記載されているが、ErbB2の特異的リガンドに関する開示は一切ない。
【0004】
CCN2は、結合組織増殖因子(connective tissue growth factor; CTGF)としても知られているタンパク質で、CCNファミリーに属する分泌性の増殖促進因子である。CCNファミリーの生物学的機能として、細胞の増殖・分化・遊走・接着及び細胞外マトリックス形成の刺激や、血管形成及び腫瘍形成への関与が挙げられる(非特許文献2, 4, 18)。CCN2は細胞表面のアグリカン(非特許文献5), フィブロネクチン(非特許文献6), インテグリン(非特許文献6〜10)と結合可能であり、マトリックスメタロプロテアーゼと協働して(非特許文献13, 14)、細胞外マトリックスタンパク質の発現を促進し(非特許文献11)、細胞接着活性を調節するほか、血管新生因子としても働いていることが知られている(非特許文献12)。個体発生における組織形成の過程で軟骨組織にCCN2の強い発現が見られることから、CCN2は軟骨内骨化のエンハンサーだと考えられている(非特許文献15)。さらに、乳がん、膵臓がん、メラノーマ、軟骨肉腫、及び多くの線維症においてCCN2の発現上昇が確認されている(非特許文献16)。CCN2は各種のがんにおいて多様な役割をみせるが、乳がん細胞においてはCCN2の過剰発現が腫瘍サイズの増加と転移に関係していると考えられている(非特許文献16)。また、CCN2が乳がんにおける溶骨性骨転移の形成に深く関与していることが示されている(非特許文献17)。
【0005】
CCN2は、IGFBP(インスリン様成長因子結合タンパク質様)ドメイン、VWC(von Willebrand因子タイプC)ドメイン、TSP1(トロンボスポンジンタイプ1)リピート、CT(C末端)ドメインの4つのドメインからなる(非特許文献2)。これらドメインはそれぞれ結合パートナーが異なっている。CCN2のCTドメインはインテグリンα5β1と結合し、膵星細胞の接着と遊走を促進する(非特許文献9)。また、該ドメインはフィブロネクチンとも直接相互作用し、インテグリンα5β1を介して軟骨細胞の接着を促進する(非特許文献19)。さらに、該ドメインはインテグリンレセプターαvβ3との直接的結合及びC末端ヘパリン結合ドメインを介したヘパラン硫酸プロテオグリカンとの直接的結合により、肝細胞の接着を誘導する(非特許文献20)。
【0006】
しかしながら、ErbB2とCCN2の関係性については全く報告されていない。
【0007】
一方、タキソール(商品名、一般名はパクリタキセル)は、タキサン系に分類される抗がん剤であり、チュ−ブリンの重合を安定化して微小管形成を阻害することにより細胞分裂を妨げ、がん細胞の増殖を抑制する(非特許文献21)。タキソールは乳がんや卵巣がんをはじめ各種のがんの治療及び予防に用いられているが、その際にタキソール耐性のがん細胞の出現が問題となってきている。薬剤耐性化したがんの治療に有効な新規な手段も求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO 01/01748
【特許文献2】WO 2004/005320
【特許文献3】WO 03/061559
【特許文献4】WO 2009/080810
【特許文献5】特開2010-006705号公報
【特許文献6】特開2011-084580号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Proc Natl Acad Sci USA.1992;89:4285-4289
【非特許文献2】Journal of cellular physiology. (2003) 194, 256-266
【非特許文献3】Journal of cell communication and signaling. (2010) 4, 39-50
【非特許文献4】Journal of cell science. (2006) 119, 4803-4810
【非特許文献5】The Biochemical journal. (2009) 420, 413-420
【非特許文献6】FEBS letters. (2006) 580, 1376-1382
【非特許文献7】Molecular and cellular biology. (1999) 19, 2958-2966
【非特許文献8】Molecular biology of the cell. (2004) 15, 5635-5646
【非特許文献9】Gut. (2006) 55, 856-862
【非特許文献10】The Journal of biological chemistry. (1999) 274, 24321-24327
【非特許文献11】Endocrinology. (2000) 141, 264-273
【非特許文献12】Journal of biochemistry. (1999) 126, 137-145
【非特許文献13】The Journal of biological chemistry. (2001) 276, 10443-10452
【非特許文献14】Carcinogenesis. (2002) 23, 769-776
【非特許文献15】Development (Cambridge, England). (2003) 130, 2779-2791
【非特許文献16】Cancer research. (2001) 61, 8917-8923
【非特許文献17】Cancer cell. (2003) 3, 537-549
【非特許文献18】Angiogenesis (2007) 10:1-11
【非特許文献19】FEBS Lett. 580(5), 1376-1382. 2006.
【非特許文献20】J Biol Chem. (2004) 279(10):8848-55
【非特許文献21】Biochemistry. 1981 May 26;20(11):3247-52).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、がんの治療及び予防に有用な新規な手段を提供することを目的とする。また、本発明は、抗がん剤に耐性化したがんに対しても有効な新規ながんの治療・予防手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らは、CCN2の標的細胞に対する作用を調節している細胞膜受容体及び、細胞膜受容体を介した細胞内シグナル伝達機構を明らかにすることを目的として、CCN2を高発現するヒト軟骨細胞株HCS-2/8由来のcDNAライブラリーを用いて酵母two-hybrid法によるスクリーニングを鋭意におこなった結果、CCN2の細胞膜受容体としてErbB2を同定した。さらなる鋭意研究の結果、CCN2がそのVWCドメインを介してErbB2の細胞外RECドメインと相互作用すること、CCN2とErbB2との間の相互作用を阻害することでがん細胞の増殖を抑制できることを見出した。さらに、CCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質とパクリタキセルとを併用することで、それぞれ単独ではがん細胞の増殖を抑制できない濃度であっても、がん細胞の増殖を抑制できること、ひいては抗がん剤に耐性のがんに対しても相乗的に作用して効果的にがんを治療及び予防し得ることを見出した。さらにまた、CCN2とErbB2との間の相互作用の阻害を指標として新規抗がん剤のスクリーニングが可能であることを見出し、本願発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、ErbB2を発現するがんの治療又は予防剤であって、
(1) ErbB2の細胞外領域に結合することでCCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質、及び
(2) CCN2のVWCドメイン又はその近傍に結合することでCCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質
から選択される少なくとも1種を有効成分とし、前記(1)の物質が、配列番号38に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドであり、前記(2)の物質が、配列番号14に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドである、前記治療又は予防剤を提供する。また、本発明は、CCN2とErbB2との間の相互作用の阻害を指標として化合物を選択することを含む、ErbB2を発現するがんの治療又は予防剤のスクリーニング方法を提供する

【発明の効果】
【0014】
本発明により、がんの新規な治療又は予防剤、がんの治療又は予防剤の新規スクリーニング方法、及びがん細胞を検出するための新規な試薬が提供される。ErbB2はオーファンレセプターであったが、本願発明者らにより、ErbB2のリガンドがCCN2であること、CCN2とErbB2の相互作用の阻害ががんの治療及び予防に有効であることが初めて明らかとなった。さらに、CCN2−ErbB2間の相互作用を阻害する物質とパクリタキセル等のアポトーシスを誘導する抗がん剤との併用が相乗的に作用し、抗がん剤に耐性のがんの治療及び予防にも有効であることが明らかとなった。本発明は、がんの治療と予防に広く貢献する発明である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】(A) ErbB2タンパク質の構造(アミノ酸1〜1255)と、pGADT7ベクターにクローニングしたErbB2のcDNA断片(#1、#2、#3、#4、#4 rev、#26)を示す。#26は、HCS-2/8ヒト軟骨肉腫cDNAライブラリーを酵母two-hybrid法でスクリーニングして得られたクローンである。TMは膜貫通領域である。(B) 左図はCCN2タンパク質の構造を示す。N末端領域のシグナルペプチドは黒太線である。IBはIGFBPドメイン、VWCはVWCドメイン、TSPはTSP1ドメイン、CTはCTドメインである。またIBとTSPの想定される糖鎖付加部位を示した。右図は、(A)で示した各ErbB2断片とCCN2との結合を酵母two-hybrid法で調べた結果である。
図2】ErbB2タンパク質の構造(アミノ酸1〜1255)とErbB2の細胞外ドメイン(#3、アミノ酸23〜650)を示した。ErbB2の細胞外ドメインに対して結合するCCN2(A)とCCN2断片(B、C、D、E、F、G、H、I)を調べた。結合ドメインの同定に用いたCCN2および8種類のCCN2断片の構成と、酵母細胞内で結合を調べた結果を示す。
図3】上段は、HeLa細胞#5株内で過剰発現させたErbB2にFlagタグとHisタグ付きの組換えヒトCCN2を添加し、次に抗Flag抗体と抗ErbB2抗体を添加しそれぞれの結合を免疫染色し共焦点顕微鏡で観察した像である。mergeはこれら2つの染色像を重ねた像である。下段は、HeLa細胞について同様のタンパク質、抗体の順に添加した同様の染色像である。Phase contrastは位相差顕微鏡で観察した像である。
図4】各段の左は、125IラベルしたCCN2の細胞表面への結合を調べた結果を示し、各段の右は、非標識のCCN2を125I-CCN2と競合させた結果を示す。(A)はErbB2過剰発現HeLa細胞#5株及びコントロールのHeLa細胞での結果、(B)はErbB2を発現する乳がん由来細胞株MCF7及びErbB2が検出されないヒト線維嚢胞性乳腺患者由来細胞株MCF10Aでの結果、(C)は軟骨由来HCS-2/8細胞株での結果である。各点は重複実験の平均値を示す。
図5】HeLa細胞#5株において、CCN2添加によるErbB2の自己リン酸化を調べた。CCN2添加から図中に示した所定の時間経過後に細胞を回収した。リン酸化ErbB2の検出には残基特異的抗ホスホチロシン抗体を用いた。total ErbB2は、抗ErbB2抗体による検出である。
図6】(A) ErbB2を高発現する乳がん由来細胞株SKBr3において、CCN2添加によるErbB2の自己リン酸化を調べた結果である。(B) SKBr3細胞においてCCN2により誘導されるErbB2の自己リン酸化に対し、アグリカンが及ぼす影響を検討した結果である。total ErbB2は、抗ErbB2抗体による検出である。actinは、抗actin抗体による検出である。
図7】架橋剤DSPを用いてCCN2とErbB2との結合を検出した結果である。(A) HeLa細胞#5株の表面に存在するErbB2と組換えヒトHis-CCN2タンパクとの複合体を架橋させ、抗His抗体で検出した。(B) アグリカンの添加により、HeLa細胞#5株表面のErbB2へのCCN2の結合量は増大した。また、組換えヒトCCN2と組換えHis-CCN2とを競合させて結合、架橋させ、抗His抗体で検出した結果、競合が確認された。(C) 膜画分及び組換えヒトCCN2を用いた液相架橋結合アッセイの結果である。架橋後、ErbB2結合タンパク質をErbB2特異的抗体でプルダウンし、抗His抗体を用いたウエスタンブロットによりCCN2を検出した。
図8】MCF7細胞(A)及びMCF10A細胞(B)における遺伝子発現解析の結果である。縦軸は、gapdh遺伝子の転写産物に対する各遺伝子の転写産物の比である。
図9】細胞増殖阻害アッセイのために合成した、CCN2のVWCドメインの部分ペプチド(上図)とErbB2のRECドメインの部分ペプチド(下図)を示す。
図10】CCN2による乳がん由来細胞の増殖促進作用と、抗CCN2 VWCドメイン抗体(11H3、101C10)による増殖促進の阻害作用を示すグラフである。(A)はSkBr3細胞、(B)はMCF7細胞についての結果である。
図11A】VWCドメイン全長からなる組換えヒトVWCフラグメント(終濃度 0.18μg/ml又は1.85μg/ml)が、MCF7細胞においてCCN2により誘導される細胞増殖を抑制することを示すグラフである。
図11B】VWCドメインの部分断片であるVWCペプチド#4(終濃度 1μg/ml)がMDA-MB-231細胞の増殖を抑制することを示すグラフである。
図11C】組換えヒトVWCフラグメント(終濃度0.928μg/ml)がMCF7細胞の増殖を抑制することを示すグラフである。
図11D】組換えヒトVWCフラグメント(終濃度0.928μg/ml)がSkBr3細胞の増殖を抑制することを示すグラフである。
図11E】組換えヒトVWCフラグメント(終濃度1.35μg/ml)がCapan-1細胞の増殖を抑制することを示すグラフである。
図12】MCF7細胞を用いてVWCドメインの各種部分断片ペプチドの細胞増殖抑制効果を検討した結果を示すグラフである。(A) VWCペプチドV-1, V-2, V-4及びB-7(それぞれ終濃度1μg/ml)の結果、(B) VWCペプチドB-6(終濃度1μg/ml)の結果、(C) VWCペプチドV-3(終濃度20μg/ml)の結果。
図13】固相化したErbB2細胞外領域とビオチン化CCN2との結合を調べた結果である。(A) ErbB2細胞外領域とCCN2がCCN2の濃度依存的に結合することを示すグラフである。(B) 液相に添加したErbB2細胞外領域が固相化されたErbB2細胞外領域とCCN2との結合を阻害することを示すグラフである。(C) ErbB2細胞外領域とCCN2との結合をSPRセンサーでモニターした結果である。(D) ErbB2の膜近位側のRECドメインを断片化し、固相化ErbB2細胞外領域とCCN2との結合の阻害を調べた結果である。
図14】ErbB2の膜近位側のRECドメインの部分断片であるErbB2ペプチド4及びErbB2ペプチド5(終濃度1μg/ml)がMDA-MB-231細胞の増殖を抑制することを示すグラフである。
図15】MCF7細胞に対するタキソールと組換えVWCフラグメントの併用の効果を示す図である。
図16】CCN2とCCN3が結合することを示すデータである。(A) 酵母two-hybrid法により、CCN2と結合するCCN3のドメインを検索した結果である。(B) 固相化したCCN3とビオチン化CCN2との結合を調べた結果である。mockでは、CCN2を発現させていない。
【発明を実施するための形態】
【0016】
配列番号1、2に示す配列は、GenBankにaccession No. NM_004448で登録されているErbB2のcDNAの塩基配列(nt)及びアミノ酸配列(aa)である。aa1-22(239-304nt)がシグナルペプチド、aa23-652(305-2194nt)が細胞外領域であり、このうちのaa52-173(392-757nt)とaa366-486(1334-1696nt)がRECドメインである。配列番号9にはErbB2の膜近位側のRECドメインのアミノ酸配列を取り出して示す。
【0017】
配列番号3、4に示す配列は、GenBankにaccession No. NM_001901で登録されているCCN2のcDNAの塩基配列及びアミノ酸配列である。aa1-26(207-284nt)がシグナルペプチド、aa103-166(513-704nt)がVWCドメインである。配列番号5にはVWCドメインのアミノ酸配列を取り出して示す。
【0018】
本発明のがんの治療又は予防剤の有効成分は、CCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質である。下記実施例において明らかにされている通り、CCN2は、VWCドメインを介してErbB2の細胞外領域と相互作用し、ErbB2の自己リン酸化を誘導してシグナルを伝達し、がん細胞の増殖を刺激する。そして、このシグナル伝達の下流でCCN2の産生量が増大し、これによりがん細胞の増殖がさらに促進すると予想される。生体内では、このようなシグナル伝達のサイクルにより、腫瘍の増殖が促進するものと推察される。従って、リガンドであるCCN2とレセプターであるErbB2との間の相互作用を阻害することで、上記のサイクルを断ち切り、がん細胞の増殖を望ましく抑制することができる。
【0019】
本発明において、「相互作用」という語には、CCN2とErbB2との間の直接的な結合及び他の因子を介した間接的な結合の両者が包含される。CCN2とErbB2の結合はアグリカン存在下で増大するため、生体内では、CCN2とErbB2との間の直接的な結合の他、アグリカン等の他の因子を介した間接的な結合様態も想定される。CCN2とErbB2との間の相互作用は、上記の通り、CCN2のVWCドメイン(配列番号4の第103番〜第166番アミノ酸の領域)とErbB2の細胞外領域(配列番号2の第23番〜第652番アミノ酸の領域)との間で生じるが、下記実施例記載のデータから、CCN2側では第121番〜第145番アミノ酸の領域が相互作用領域として想定され、ErbB2側ではRECドメイン、特には膜近位側のRECドメイン、中でもErbB2の第436番〜第465番アミノ酸の領域が相互作用領域として想定される。
【0020】
CCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質の類型としては、次の2通りの物質を挙げることができる。
(1) ErbB2の細胞外領域に結合することでCCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質
(2) CCN2のVWCドメイン又はその近傍に結合することでCCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質
【0021】
上記(1)の物質には、ErbB2のRECドメイン(配列番号2中の第52番〜第173番アミノ酸の領域、及び第366番〜第486番アミノ酸の領域)の少なくともいずれかに結合する物質、例えば膜近位側のRECドメイン(配列番号2の第366番〜第486番アミノ酸の領域)に結合する物質が包含される。ErbB2の膜近位側のRECドメインに結合する物質は、例えば、ErbB2の第436番〜第465番アミノ酸の領域(配列番号14)に結合する物質であり得る。第436番〜第465番アミノ酸の領域は、CCN2とErbB2細胞外領域との間の相互作用に重要な領域であることが確認されている(下記実施例参照)。
【0022】
上記(1)に包含される物質の具体例としては、ErbB2のアンタゴニスト、並びにErbB2のRECドメインに対する抗体(抗ErbB2-RECドメイン抗体)及びその抗原結合性断片を挙げることができる。
【0023】
ErbB2のアンタゴニストは、ErbB2とCCN2との相互作用に関し、CCN2と競合し、かつ、がん細胞の増殖を刺激するErbB2下流のシグナル経路を実質的に作動させない物質、言い換えるとErbB2の自己リン酸化を刺激しない物質であればいかなるものであってもよい。ErbB2のアンタゴニストは、例えば、CCN2タンパク質を改変して作製することができる。CCN2タンパク質の改変体には、CCN2タンパク質のアミノ酸配列の一部に変異(置換や挿入)を導入してErbB2下流のシグナル経路を作動させないように改変したCCN2変異体や、ErbB2下流のシグナル経路を作動させるのに重要な領域を欠いたCCN2タンパク質の部分断片(例えば、VWCドメインの全長又はその一部を含むCCN2部分断片)等が包含される。
【0024】
好ましいCCN2タンパク質改変体の例としては、配列番号5に示すCCN2 VWCドメインのアミノ酸配列中の連続する7残基以上、例えば10残基以上、15残基以上、又は18残基以上からなるポリペプチドを挙げることができる。該ポリペプチドは、配列番号8(実施例で合成したVWCペプチド#4)に示すアミノ酸配列中の連続する7残基以上、例えば10残基以上、15残基以上、又は18残基以上からなるポリペプチドであり得る。配列番号8の部分領域からなるポリペプチドは、配列番号8の第11番〜第20番アミノ酸の領域中の連続する7残基以上、好ましくは該領域の全長を含むことが好ましい。配列番号8の第11番〜第20番アミノ酸の領域のアミノ酸配列を配列番号38に示す。好ましいCCN2タンパク質改変体の具体例としては、配列番号5に示すアミノ酸配列からなるポリペプチド(VWCドメイン全長)、配列番号8に示すアミノ酸配列からなるポリペプチド(VWCドメインの部分断片)、及び配列番号38に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドを挙げることができるが、これらに限定されず、がん細胞の増殖を抑制する作用を有する限り、いかなるCCN2部分断片でもがんの治療又は予防剤の有効成分として好ましく使用可能である。
【0025】
CCN2部分断片は、ErbB2下流のがん増殖のシグナル伝達経路を作動させない断片であればよいので、もとのCCN2タンパク質の対応する部分領域と同一のアミノ酸配列からなるものであってもよいし、また、アンタゴニストとしての作用が損なわれず、がん細胞の増殖を抑制する作用を維持している限り、配列番号4の対応する部分領域と一部相違があってもよい。例えば、配列番号5に示すVWCドメイン配列と一部相違するアミノ酸配列からなるポリペプチドであってもよい。もとの対応する部分領域との配列の同一性が十分に高ければ、アンタゴニストとしての活性を維持している蓋然性が高く、ひいてはがん細胞の増殖抑制作用を発揮できるといえるため、配列番号4に示す野生型CCN2タンパク質の断片と同様にErbB2のアンタゴニストとして有用であり、本発明の範囲に包含される。もとの対応領域との同一性は、例えば90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上である。あるいは、もとの対応領域の配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであってもよい。
【0026】
ここで、アミノ酸配列の同一性とは、比較すべき2つのアミノ酸配列のアミノ酸残基ができるだけ多く一致するように両アミノ酸配列を整列させ、一致したアミノ酸残基数を全アミノ酸残基数で除したものを百分率で表したものである。上記整列の際には、必要に応じ、比較する2つの配列の一方又は双方に適宜ギャップを挿入する。このような配列の整列化は、例えばBLAST、FASTA、CLUSTAL W等の周知のプログラムを用いて行なうことができる。ギャップが挿入される場合、上記全アミノ酸残基数は、1つのギャップを1つのアミノ酸残基として数えた残基数となる。このようにして数えた全アミノ酸残基数が、比較する2つの配列間で異なる場合には、同一性(%)は、長い方の配列の全アミノ酸残基数で、一致したアミノ酸残基数を除して算出される。
【0027】
天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸は、低極性側鎖を有する中性アミノ酸(Gly, Ile, Val, Leu, Ala, Met, Pro)、親水性側鎖を有する中性アミノ酸(Asn, Gln, Thr, Ser, Cys)、酸性アミノ酸(Asp, Glu)、塩基性アミノ酸(Arg, Lys, His)、芳香族アミノ酸(Phe, Tyr, Trp)のように類似の性質を有するものにグループ分けでき、これら各グループ内での置換であればポリペプチドの性質が変化しないことが多いことが知られている。従って、野生型CCN2タンパク質断片とは異なるアミノ酸配列からなるポリペプチドをErbB2のアンタゴニストとして用いる場合、これらの各アミノ酸グループ内でアミノ酸が置換されていれば、ErbB2のアンタゴニストとしての作用が維持される可能性が高くなる。
【0028】
ある任意のアミノ酸配列からなるCCN2改変体がErbB2のアンタゴニストとしての活性を有し、がん細胞の増殖を抑制できるかどうかは、当業者であれば容易に調べることができる。例えば、がん細胞株をCCN2改変体と接触させ、がん細胞の増殖が抑制されるかどうかを調べればよい。増殖抑制が確認できれば、そのCCN2改変体はErbB2のアンタゴニスト活性を有し、それによりがん細胞の増殖を抑制する作用を示したと判断することができる。下記実施例では、CCN2改変体の一例であるVWC領域(組換えヒトVWCフラグメント)が、培地に添加されたCCN2により誘導されるがん細胞の増殖を抑制すること、CCN2が培地に添加されない場合でも、がん細胞の増殖を抑制することが具体的に示されている。
【0029】
あるいは、アンタゴニストとしての活性を有するかどうか、すなわち、野生型CCN2と競合するかどうか、及びErbB2下流のシグナル経路を作動させないかどうかをそれぞれ調べてもよい。
【0030】
CCN2との競合については、ErbB2の細胞外領域を固相上に固定化し、CCN2と共にCCN2改変体をErbB2固定化固相に接触させ、ErbB2とCCN2との結合量を測定することで、該改変体がCCN2とErbB2の結合を阻害するか否かを調べることができる。固相上のErbB2に結合したCCN2量の測定は、例えば、CCN2を予めビオチン化しておき、固相上のErbB2と反応させて洗浄した後、酵素や蛍光物質等で標識したストレプトアビジンを加え、さらに洗浄後、標識からのシグナルの検出を行なうことで、容易にCCN2結合量を測定できる。また、表面プラズモン共鳴(SPR)を用いて、チップ上に固定化したErbB2細胞外領域にCCN2改変体共存下で結合したCCN2の量をSPRセンサーにより測定してもよい。その他、マイクロ流路チップを用いた電気化学的測定方法や、酵母two-hybrid法を用いた方法など、2因子間の結合阻害を測定する方法は種々知られており、いずれの方法を用いてもよい。上述の通り、CCN2とErbB2との間の結合様態としては、直接的な結合及びアグリカン等の他の因子を介した間接的な結合の両者が想定されるが、野生型CCN2と競合するかどうかについては、直接的な結合を阻害するかどうかを調べるだけでもよい。
【0031】
また、ErbB2下流のシグナル経路を作動させないかどうかは、例えば、ErbB2を過剰発現する培養細胞(ErbB2を高発現する乳がん由来細胞株SKBr3などを利用可能)とCCN2改変体を接触させ、細胞からタンパク質を抽出し、抗リン酸化チロシン抗体(市販品を利用可能)を用いたウエスタンブロットを行ない、ErbB2の自己リン酸化が生じているかどうかを確認することで調べることができる。
【0032】
CCN2タンパク質改変体は、周知の遺伝子工学的手法により、野生型CCN2 cDNAにミスマッチプライマー等を用いた常法により変異を導入し、これを適当な発現ベクターに組み込んで宿主細胞に導入し、所望のCCN2変異体を宿主細胞内で発現させ、これを回収して得ることができる。野生型CCN2 cDNAは、軟骨細胞等のCCN2を発現する細胞から抽出したRNAを鋳型としてRT-PCRを行なうことで得ることができる。CCN2の部分断片の場合は、CCN2 cDNAのうちの所望の領域を発現ベクターに組み込んで宿主細胞内で発現させればよい。所望の領域を増幅できるプライマーは、配列番号3に示す塩基配列を参照して適宜設計することができる。なお、上記した通り、配列番号3に示す塩基配列中、第513位〜第704位がVWCドメインをコードする領域である。あるいはまた、所望のアミノ酸配列からなるCCN2タンパク質改変体は、常法の化学合成により調製することもできる。
【0033】
抗ErbB2-RECドメイン抗体は、CCN2とErbB2との間の相互作用を妨害することができるので、ErbB2のアンタゴニストと同様にがんの治療及び予防に有用である。該抗体は、膜近位側のRECドメインに結合する抗体、例えばErbB2の第436番〜第465番アミノ酸の領域内にエピトープを有する抗体であり得る。
【0034】
抗体は、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよい。抗ErbB2-RECドメインヒト抗体は、常法のハイブリドーマ法等により容易に作製することができる。簡単に説明すると、ErbB2タンパク質又はErbB2のRECドメインを含むErbB2断片を周知の遺伝子工学的手法により調製し、これを免疫原として適宜アジュバントと共に用いて動物(ヒトを除く)を免疫して、該動物体内で抗体を誘起する。該動物から脾細胞やリンパ球のような抗体産生細胞を回収し、これをミエローマ細胞等の不死化細胞と融合させることにより、ハイブリドーマを作製する。該ハイブリドーマから、ErbB2のRECドメインと特異的に結合する抗体を産生するものを選択し、これを増殖させて、その培養上清から抗ErbB2-RECドメインモノクローナル抗体を得ることができる。
【0035】
モノクローナル抗体には、齧歯動物等の非ヒト由来の抗体の他、キメラ抗体、ヒト化抗体(非ヒト由来抗体のCDR領域をヒト抗体の相当する領域に移植したもの)、ヒト抗体(非ヒト動物又はヒト細胞株を用いて製造される、ヒトの体内で産生されるものと同じ抗体)も包含される。キメラ抗体、ヒト化抗体及びヒト抗体の作製方法は、この分野で周知の方法として確立している。例えば、抗ErbB2-RECドメインヒト抗体は、ヒト抗体を産生できるように遺伝的に改変されたマウス等の非ヒト動物にErbB2のRECドメインを免疫して調製可能である。
【0036】
抗ErbB2-RECドメイン抗体から抗原結合性断片を調製することも可能である。「抗原結合性断片」とは、例えば免疫グロブリンのFab断片やF(ab')2断片のような、当該抗体の対応抗原に対する結合性(抗原抗体反応性)を維持している抗体断片を意味する。ErbB2のRECドメインへの結合性を維持した抗体断片は、完全抗体と同様にがんの治療及び予防に利用することができる。Fab断片やF(ab')2断片は、周知の通り、モノクローナル抗体をパパインやペプシンのようなタンパク分解酵素で処理することにより得ることができる。なお、抗原結合性断片は、Fab断片やF(ab')2断片に限定されるものではなく、対応抗原との結合性を維持しているいかなる断片であってもよく、遺伝子工学的手法により調製されたものであってもよい。また、例えば、遺伝子工学的手法により、一本鎖可変領域 (scFv: single chain fragment of variable region) を大腸菌内で発現させた抗体を用いることもできる。scFvの作製方法も周知であり、上記の通りに作製したハイブリドーマのmRNAを抽出し、一本鎖cDNAを調製し、免疫グロブリンH鎖及びL鎖に特異的なプライマーを用いてPCRを行なって免疫グロブリンH鎖遺伝子及びL鎖遺伝子を増幅し、これらをリンカーで連結し、適切な制限酵素部位を付与してプラスミドベクターに挿入し、該ベクターを大腸菌に導入して形質転換し、大腸菌からscFvを回収することによりscFvを作製することができる。このようなscFvも「抗原結合性断片」として本発明の範囲に包含される。
【0037】
上記(2)の物質は、例えば、CCN2のVWCドメイン(配列番号4中の第103番〜第166番アミノ酸の領域)に結合する物質である。CCN2はそのVWCドメインを介してErbB2の細胞外領域と相互作用するため、VWCドメインに結合する物質を用いることで、CCN2と細胞表面のErbB2との間の相互作用を阻害し、ErbB2の下流へのシグナル伝達を阻害することができる。
【0038】
上記(2)に包含される物質の具体例としては、CCN2のVWCドメインに対する抗体(抗CCN2-VWCドメイン抗体)及びその抗原結合性断片、ErbB2細胞外領域(配列番号9)及びその部分断片等を挙げることができる。
【0039】
抗CCN2-VWCドメイン抗体は、VWCドメイン(配列番号5)内のいずれかの領域に特異的に結合する抗体である。好ましい抗CCN2-VWCドメイン抗体又はその抗原結合性断片の例としては、配列番号5中の第19番〜第64番アミノ酸(配列番号4では第121番〜第166番アミノ酸)の領域内にエピトープを有する抗体又はその抗原結合性断片を挙げることができ、例えば、配列番号5中の第19番〜第43番アミノ酸(配列番号4では第121番〜第145番アミノ酸)の領域内、又は配列番号5中の第44番〜第64番(配列番号4では第146番〜第166番アミノ酸)の領域内にエピトープを有する抗体又はその抗原結合性断片であり得るが、これらに限定されない。ここでいう、所定の領域内にエピトープを有するという表現は、該領域の全長又は部分領域がエピトープであることを意味する。抗CCN2-VWCドメイン抗体もまた、抗ErbB2-RECドメイン抗体と同様に、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよく、モノクローナル抗体にはキメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体が包含される。抗CCN2-VWCドメイン抗体は、シグナルペプチドを除いた成熟型のCCN2タンパク質又はそのVWCドメインを含むCCN2断片を免疫原として用いて常法により作製することができる。
【0040】
ErbB2細胞外領域及びその部分断片は、がん細胞表面のErbB2と競合してCCN2を捕捉し、これにより、細胞表面に存在するErbB2とCCN2との間の相互作用を阻害することができる。ErbB2細胞外領域の部分断片は、配列番号9に示すErbB2細胞外領域のアミノ酸配列中の連続する7残基以上、例えば10残基以上、15残基以上、18残基以上、25残基以上、又は30残基以上で、配列番号9の全長未満からなる。該部分断片の好ましい具体例としては、配列番号14に示すアミノ酸配列中の連続する7残基以上、例えば10残基以上、15残基以上、18残基以上、25残基以上、又は配列番号14の全長からなるポリペプチドを挙げることができるが、これに限定されない。
【0041】
また、ErbB2細胞外領域及びその部分断片のいずれかと一定以上の高い同一性を有するポリペプチドも、CCN2とErbB2との間の相互作用によるシグナル伝達を阻害してがん細胞の増殖を抑制し得るため、上記(2)の物質として利用可能である。そのようなポリペプチドは、もとのErbB2細胞外領域又はその部分断片と90%以上、好ましくは95%以上の同一性を有するか、あるいは、ErbB2細胞外領域又はその部分断片において1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであり得る。ErbB2細胞外領域又はその部分断片との同一性が高い任意のポリペプチドがCCN2とErbB2との間の相互作用によるシグナル伝達を阻害してがん細胞の増殖を抑制できるかどうかは、例えば、がん細胞株を該ポリペプチドと接触させ、がん細胞の増殖が抑制されるかどうかを調べることにより確認することができる。
【0042】
ErbB2細胞外領域及びその部分断片は、CCN2タンパク質改変体について上述したのと同様に、周知の遺伝子工学的手法により、又は化学合成により調製することができる。遺伝子工学的手法により調製する場合、ErbB2細胞外領域をコードするcDNAは、例えば、ErbB2を発現するがん細胞から抽出したmRNAからRT-PCRにより増幅して得ることができる。上記した通り、配列番号1に示す塩基配列中、第305位〜第2194位が細胞外領域をコードする領域であり、このうち第392位〜第757位及び第1334位〜第1696位がRECドメインをコードする領域であるので、プライマーを適宜設定して所望の領域を増幅させればよい。
【0043】
また、上記(2)の物質として、CCN2のVWCドメイン又はその近傍に結合することが知られている公知のタンパク質を利用することも可能である。そのような公知のタンパク質としては、例えば、CCN3(VWCドメイン、CTドメインでCCN2と結合する。第4回日本CCNファミリー研究会 プログラム・抄録集、平成23年8月26日発行、p.32;及び下記参考例参照)、DECORIN(コアタンパク質のLRR10-12でCCN2と結合する。The Journal of Biological Chemistry, 2011, 286, p.24242-24252.)、BMP(骨形成タンパク質)(Nat Cell Biol. 2002 August; 4(8): 599-604)等を挙げることができるが、これらに限定されない。こうした公知のタンパク質は、CCN2のVWCドメインに結合する領域のみを用いてもよい。アミノ酸配列及びcDNAの塩基配列が公知のタンパク質及びその断片は、周知の遺伝子工学的手法により又は化学合成により調製できる。
【0044】
本発明で用いられるタンパク質断片等のポリペプチドは、ペプチド医薬において生体内での安定性の向上等のために行なわれている技術、例えば糖鎖付加、PEG付加、あるいはポリペプチドを構成するアミノ酸の少なくとも一部をD体アミノ酸とする等の技術を適用したものであってよい。こうした技術は、例えばJ Am Chem Soc. 2004 Nov 3;126(43):14013-22やAngew Chem Int Ed Engl. 2004 Mar 12;43(12):1516-20(糖鎖付加)、Clin Nephrol. 2006 Mar;65(3):180-90.やProc Natl Acad Sci USA. 2005 Sep 6;102(36):12962-7.(PEG付加)、J Pharmacol Exp Ther. 2004 Jun;309(3):1190-7やJ Pharmacol Exp Ther. 2004 Jun;309(3):1183-9.(D体アミノ酸の利用)等に記載されるように周知であり、ペプチド医薬の分野で既に利用されている。
【0045】
あるいは、遺伝子工学的手法により組換えポリペプチドを製造した場合、宿主細胞内において各種の翻訳後修飾(N末端メチオニンの脱離、N末端アセチル化、糖鎖付加、細胞内プロテアーゼによる限定分解、ミリストイル化、イソプレニル化、リン酸化など)を受け得るが、そのような翻訳後修飾された形態のポリペプチドも、がん細胞の増殖を抑制できる限り、本発明の治療又は予防剤の有効成分として使用でき、本発明の範囲に包含される。
【0046】
また、ポリペプチド製造の便宜その他のために任意のアミノ酸配列を付加したもの、例えばFlagタグやHisタグ、GSTを付加した形態のポリペプチドや、他のタンパク質ないしはその断片と融合させた形態のポリペプチドも、抗がん作用を発揮する領域は上記した相互作用阻害物質(1)又は(2)に該当するポリペプチドの領域であるから、本発明を利用するものであり、従ってそのような融合タンパク質も本発明の範囲に包含される。他のタンパク質等と融合したアミノ酸配列からなる場合、アミノ酸配列の同一性は、本発明で用いられるポリペプチドに対応する領域のみを取り出して算出されるものとする。例えば、Hisタグを付加したポリペプチドであれば、Hisタグを除いた領域間で同一性が算出される。
【0047】
本発明で治療・予防対象となるがんは特に限定されず、ErbB2の発現があるがんであればいかなるがんでも治療及び予防が可能である。乳がんなどではErbB2検査が行なわれることがあるが、本発明の治療又は予防剤では、従来法でErbB2陽性と判断されるようなErbB2過剰発現がんに限定されず、ErbB2の発現が検出可能なレベルで発現しているがんも対象となる。ErbB2の発現が確認されているがんとしては、乳がんの他、例えば胃がん、膵臓がん、肺がん、大腸がん、膀胱がんを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。がん細胞におけるErbB2の発現量は患者ごとに異なり得るが、対象患者のがんにErbB2の発現が検出されるか否かは、患者から採取したがん組織試料を用いて、リアルタイムPCR、ノザンブロッティング、免疫染色、ウエスタンブロッティング等の常法を行なうことにより、容易に調べることができる。例えば、蛍光標識した抗体を用いてがん組織試料を免疫染色し、がん細胞におけるErbB2の発現が検出されれば、ErbB2の発現があるがんと判断してよい。
【0048】
本発明のがんの治療又は予防剤の投与対象は、特に限定されないが、好ましくは哺乳動物であり、例えばヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター、マウス、サル、ウマ、ブタ、ウシ、ヒツジ等を挙げることができる。
【0049】
本発明の治療又は予防剤は、上記(1)及び(2)から選択される物質の1種のみを含むものであってもよく、また、2種以上を含むものであってもよい。本発明の剤は、単独で使用してもよいし、他の抗がん剤と併用してもよい。
【0050】
本発明の治療又は予防剤の生体への投与経路は、経口投与でも非経口投与でもよいが、筋肉内投与、皮下投与、静脈内投与、動脈内投与等の非経口投与が好ましい。がんの治療目的で用いる場合には、抗がん作用を高めるため、治療対象となる腫瘍そのものの近傍又は腫瘍近傍の所属リンパ節に投与することもできる。投与量は、対象となるがんの治療又は予防に有効な量であればよい。有効量は、腫瘍の大きさや症状等に応じて適宜選択されるが、通常、対象生体に対し1日当りの有効量として体重1kg当たり0.001mg〜1000mg、例えば0.01mg〜100mgであり、1回又は数回に分けて、好ましくは数回に分け、数日ないし数月おきに投与する。がんの発症前やがんの治療後に本発明の剤を用いれば、がんの発症や再発を防止することができるので、本発明はがんの予防にも利用可能である。
【0051】
また、本発明は、CCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質(以下、便宜的に「CCN2-ErbB2相互作用阻害剤」と呼ぶことがある)と、アポトーシスを誘導するタイプの抗がん剤(アポトーシス誘導剤)との組み合わせによるがんの治療又は予防剤を提供する。「組み合わせて」とは、CCN2-ErbB2相互作用阻害剤及びアポトーシス誘導剤を患者に対し同時に、順次に、又は別々に投与することを意味する。以下、先に述べたがんの治療又は予防剤を「第1のがんの治療又は予防剤」、アポトーシスとの組み合わせによるがんの治療又は予防剤を「組み合わせ剤」と呼ぶことがある。
【0052】
CCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質とは、上記に定義した通りの物質であり、その類型としては既に述べた通り次の2通りの物質を挙げることができる。各物質の好ましい条件等も上述の通りである。
(1) ErbB2の細胞外領域に結合することでCCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質
(2) CCN2のVWCドメイン又はその近傍に結合することでCCN2とErbB2との間の相互作用を阻害する物質
【0053】
アポトーシス誘導剤には、がん細胞に対しアポトーシスを誘導することが知られている公知の各種抗がん剤が包含される。具体例を挙げると、有糸分裂の阻害によりがん細胞の増殖を抑制するタキサン系抗がん剤、ビンアルカロイド系、コルヒチン等が包含され、特にタキサン系抗がん剤が好ましく併用される。タキサン系抗がん剤の具体例としては、特に限定されないが、パクリタキセル、ドセタキセルなどの、パクリタキセル及びその各種誘導体が挙げられる。
【0054】
本発明の組み合わせ剤が対象とするがんは、ErbB2の発現があるがんであり、好ましくは、有糸分裂の阻害等によりアポトーシスを誘導してがん細胞の増殖を抑制するタイプの抗がん剤、特にはタキサン系抗がん剤に耐性のがんである。「抗がん剤に耐性のがん」には、該抗がん剤での治療中に耐性化したもの、治療の始めから該抗がん剤の効果が低いものの両者が包含される。ErbB2の発現量に関しては、過剰発現がんに限定されず、ErbB2が検出可能なレベルで発現しているがんも対象となる。例えば、乳がんなどではErbB2検査が行なわれることがあるが、従来法でErbB2陽性と判断されるようなErbB2過剰発現がんには限定されない。ErbB2の発現が確認されているがんの具体例、及び対象患者のがんにErbB2の発現が検出されるか否かの調べ方は、第1のがんの治療又は予防剤に関する説明において既に述べた通りである。
【0055】
対象となる生体は、第1のがんの治療又は予防剤と同様である。
【0056】
CCN2-ErbB2相互作用阻害剤とアポトーシス誘導剤を併用すると、それぞれ単独ではがん細胞の増殖を抑制できない濃度であっても、がん細胞の増殖を抑制することができる。従って、本発明の組み合わせ剤は、アポトーシスを誘導するタイプの抗がん剤に耐性のあるがんに対しても望ましく抗がん作用を発揮できる。また、抗がん剤に感受性のがんに対しては、その投与量を低く抑えることが可能であり、抗がん剤による副作用の軽減も期待される。こうしたことから、CCN2-ErbB2相互作用阻害剤は、アポトーシスを誘導する抗がん剤の抗がん活性を増強すると解釈することもできる。
【0057】
本発明の組み合わせ剤により抗がん剤の耐性が解除される機構は、下記のように推察することができる。
【0058】
TAZ(transcriptional co-activator with PDZ-binding motif)は、様々な組織の発達に重要な多くの転写因子のコアクチベーターとして機能するタンパク質であり、近年、細胞増殖とアポトーシスの制御に重要な役割を担うHippo-LATS腫瘍抑制経路にTAZも構成因子として加わっていること(Genes Dev 2007;21:886-97、Cancer Cell 2008;13:188-92、Biochem Cell Biol 2009;87:77-91)、該経路でLATS腫瘍抑制因子がTAZをリン酸化しその機能を阻害することが示された(Mol Cell Biol 2008;28:2426-36)。つまりTAZは細胞分裂やアポトーシスの制御に広く関わっている。CCN2はタキソールや低酸素によって誘導されるアポトーシスに対する耐性を上皮細胞に付与することが知られていたが(Cancer Res 2000;60:5603-7、Cancer Res 2001;61:8917-23、Endocrinology 2001;142:2540-8、Oncogene 2002;21:964-73、Oncogene 2002;21:8178-85、J Biol Chem 2004;279:24015-23、Endocr Relat Cancer 2004;11:781-91、Oncogene 2005;24:761-79、Clin Cancer Res 2005;11:5809-20、Int J Oncol 2008;33:59-67、J Cell Sci 2007;120:2053-65)、TAZのすぐ下流にCCN2が位置すること、TAZのノックダウンやCyr61及びCCN2の両者のノックダウンによりタキソール耐性が完全にブロックされることも報告されている(Cancer Res 2011;71:2728-2738)。そして今般、本願発明者らにより、TAZの発現上昇がCCN2-ErbB2相互作用から生じるシグナル伝達の下流にあることが証明された(下記実施例参照)。つまり、CCN2-ErbB2の相互作用を阻害することで、TAZの発現上昇が抑制され、CCN2の発現も抑制されることになる。そうすると、TAZによって発現増大したCCN2が誘導するアポトーシス耐性は、CCN2-ErbB2の相互作用阻害により解除することができる。このように推察される作用機序から、本発明の組み合わせ剤は、アポトーシスを誘導するタイプの抗がん剤に耐性のがんに広く有効であると考えられる。アポトーシス誘導剤の中でも、有糸分裂阻害剤、とりわけタキサン系抗がん剤であれば、パクリタキセルと非常に類似した機序で作用するため、パクリタキセルと同様に耐性がんに対する併用の効果が望ましく得られるといえる。
【0059】
CCN2-ErbB2相互作用阻害剤の生体への投与経路は、経口投与でも非経口投与でもよいが、筋肉内投与、皮下投与、静脈内投与、動脈内投与等の非経口投与が好ましい。がんの治療目的で用いる場合には、抗がん作用を高めるため、治療対象となる腫瘍そのものの近傍又は腫瘍近傍の所属リンパ節に投与することもできる。アポトーシス誘導剤の投与経路は、該アポトーシス誘導剤が抗がん剤として通常用いられる投与経路と同じであってよい。
【0060】
CCN2-ErbB2相互作用阻害剤及びアポトーシス誘導剤の投与量は、対象となるがんの治療又は予防に有効な量であればよい。有効量は、腫瘍の位置、大きさ、症状、腫瘍マーカー、薬剤耐性の強さ(耐性がんの場合)等に応じて適宜選択される。通常、CCN2-ErbB2相互作用阻害剤の投与量は、対象生体に対し1日当りの有効量として体重1kg当たり0.001mg〜1000mg、例えば0.01mg〜100mgであり、アポトーシス誘導剤の投与量は、単独でがんの治療又は予防に用いる場合の量と同等程度であってよい。併用の効果は相乗的であるため、アポトーシス誘導剤は通常単独使用する投与量よりも少量で使用することもできる。両者は、1回又は数回に分けて、同時に、順次に、又は別々に投与することができる。好ましくは、数回に分け、数日、数週ないし数月おきに投与する。順次に又は別々に投与される場合、アポトーシス誘導剤とCCN2-ErbB2相互作用阻害剤はいずれが先に投与されてもよい。別々に投与される場合の投与回数は、両者同じであってもよいし、あるいは、例えば1日当たりアポトーシス誘導剤を1回、CCN2-ErbB2相互作用阻害剤を2回とする等、回数が異なってもよい。がんの発症前やがんの治療後に本発明の組み合わせ剤を用いれば、がんの発症や再発を防止することができるので、本発明の組み合わせ剤はがんの予防にも利用可能である。
【0061】
アポトーシス誘導剤と組み合わせて用いるCCN2-ErbB2相互作用阻害剤は、上記(1)及び(2)から選択される物質(CCN2-ErbB2相互作用阻害剤)の1種のみを含むものであってもよく、また、2種以上を含むものであってもよい。また、CCN2-ErbB2相互作用阻害剤は、各投与形態に適した、薬理学的に許容される担体、希釈剤、賦形剤等の添加剤を適宜混合させて製剤することもできる。CCN2-ErbB2相互作用阻害剤とアポトーシス誘導剤が同時に投与される場合、両者は同一の組成物中に含有させた配合剤の形態をとることができる。製剤方法及び使用可能な添加剤は、医薬製剤の分野において周知であり、いずれの方法及び添加剤をも用いることができる。
【0062】
また、本発明は、CCN2がErbB2のリガンドであるという新規知見に基づき、がんの治療又は予防剤の新規スクリーニング方法を提供する。本発明のスクリーニング方法では、CCN2とErbB2との間の相互作用の阻害を指標として化合物を選択する。化合物は、低分子化合物、高分子化合物、ポリペプチド(タンパク質やオリゴペプチドを包含する)、核酸、糖鎖など、いかなる化合物であってもよい。
【0063】
本発明のスクリーニング方法は、好ましくは、CCN2とErbB2との間の直接的な結合の阻害を指標として実施することができる。ある化合物が2つの因子間の結合を阻害するか否かを調べる手法は種々のものが知られており、当業者であれば容易に実施できる。例えば、ErbB2の細胞外領域を固相上に固定化し、CCN2と共に被検化合物をErbB2固定化固相に接触させ、ErbB2とCCN2との結合量を測定することで、被検化合物がCCN2とErbB2の結合を阻害するか否かを調べることができる。下記実施例では、プレートのウェル内にErbB2細胞外領域を固定化し、ここにビオチン化したCCN2と共に被検化合物(ErbB2リガンド結合領域の部分断片)を添加し、洗浄後、酵素標識したストレプトアビジンを加え、さらに洗浄後、酵素の基質を加え、発色量に基づいて固相上に結合したCCN2量を測定している。このように、CCN2を直接又は間接的に酵素や蛍光物質等で標識することで、ErbB2とCCN2の結合量を容易に測定することができる。また、表面プラズモン共鳴(SPR)を用いて、チップ上に固定化したErbB2細胞外領域とCCN2との間の結合をSPRセンサーにより測定することもできる。その他、マイクロ流路チップを用いた電気化学的測定方法や、酵母two-hybrid法を用いた方法など、2因子間の結合阻害を測定する方法は種々知られており、いずれの方法を用いてもよい。
【0064】
該スクリーニング方法で見出された、CCN2とErbB2との間の結合を阻害する化合物は、本発明の治療又は予防剤と同様に、ErbB2の発現があるがんの治療及び予防に有用であり得る。本発明のスクリーニング方法で得られた候補化合物は、がん細胞株を用いた増殖阻害実験等を経て、がんの治療又は予防剤として確立し得る。
【0065】
CCN2タンパク質のErbB2への直接的又は間接的な結合性を利用すれば、がん細胞の検出が可能である。すなわち、本発明は、下記のいずれかのポリペプチドを含む、がん細胞の検出試薬を提供する。
(a) 配列番号4に示すアミノ酸配列からなるポリペプチド。
(b) 配列番号4に示すアミノ酸配列中の部分領域からなるポリペプチドであって、第103番〜第166番アミノ酸の領域内の連続する7残基以上を含み、ErbB2細胞外領域と直接的又は間接的に結合するポリペプチド。
(c) (a)又は(b)と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、ErbB2細胞外領域と直接的又は間接的に結合するポリペプチド。
(d) (a)〜(c)のいずれかのポリペプチドのアミノ酸配列を含み、ErbB2細胞外領域と直接的又は間接的に結合するポリペプチド。
【0066】
(a)のポリペプチドは、例えば組換えCCN2タンパク質である。下記実施例には、ErbB2を過剰発現させたHeLa細胞の細胞表面に存在するErbB2を、組換えCCN2タンパク質を用いて検出可能であることが具体的に示されている。固定した細胞試料や組織試料中にはアグリカン等のタンパク質も含まれており、従って、組換えCCN2タンパク質と試料中の細胞表面のErbB2との間の結合様態としては、CCN2とErbB2との間の直接的な結合及びアグリカン等の因子を介した間接的な結合の両者が想定される。
【0067】
(b)のポリペプチドは、CCN2のVWCドメイン内の7残基以上、例えば10残基以上、15残基以上、18残基以上、25残基以上、30残基以上、46残基以上、又は64残基以上(VWCドメイン全長)の領域を含むCCN2タンパク質断片である。CCN2はVWCドメイン(第103番〜第166番アミノ酸の領域)でErbB2細胞外領域と結合するが、この結合に重要な部分はVWCドメイン内に存在する。従って、VWCドメイン内の部分領域からなるポリペプチドであっても、ErbB2細胞外領域と直接的に又はアグリカン等の因子を介して間接的に結合できる限り、がん細胞の検出に利用可能である。結合性を調べる方法は、アンタゴニスト活性のうちの競合性を調べる方法(上述)と同様である。(b)のポリペプチドの具体例としては、VWCドメインの全長を含むCCN2部分断片、VWCドメインからなるポリペプチド、VWCドメイン内の部分領域からなるポリペプチド(例えば、配列番号6〜8のいずれかに示すアミノ酸配列からなるポリペプチド、あるいは7残基以上からなるその断片)を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0068】
(c)のポリペプチドは、(a)又は(b)のポリペプチドにおいて少数のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ErbB2細胞外領域と直接的に又はアグリカン等の因子を介して間接的に結合するポリペプチドである。もとの(a)又は(b)のポリペプチドとの配列の同一性は90%以上、好ましくは95%以上である。あるいは、(c)のポリペプチドとしては、もとの(a)又は(b)のポリペプチドにおいて、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドも好ましい。
【0069】
ここでいうアミノ酸配列の同一性は、がんの治療又は予防剤の説明において上述した定義と同じである。ただし、ポリペプチドに他の任意のアミノ酸配列を付加した形態で用いる場合(例えば、他のタンパク質との融合タンパク質の形態で用いる場合、Flagペプチド等のペプチドタグを付加した形態で用いる場合など)、同一性は、そのアミノ酸配列の全長ではなく、該任意のアミノ酸配列を除いた(a)〜(c)のポリペプチドに相当する領域のみで配列を対比して算出する。
【0070】
(d)のポリペプチドは、(a)〜(c)のいずれかのポリペプチドのアミノ酸配列を部分配列として含み(すなわち、(a)〜(c)のポリペプチドの一端又は両端に他のアミノ酸又はポリペプチドが付加されたもの)、かつ、ErbB2細胞外領域と直接的に又はアグリカン等の因子を介して間接的に結合するポリペプチドである。任意のアミノ酸又はポリペプチドが付加された(a)〜(c)のポリペプチドも、ErbB2細胞外領域との結合性が損なわれない限り、がん細胞表面のErbB2の検出に用いることができる。
【0071】
(a)〜(d)のポリペプチドは、周知の遺伝子工学的手法により、又は常法の化学合成により、容易に製造することができる。
【0072】
検出試薬に含まれるポリペプチドは、ビオチン、蛍光色素、蛍光タンパク質、酵素、FLAGタグ、金属(マンガン、鉄等)等の標識物質で標識された形態であってよい。また、所望により、標識以外の他の化合物を付加した形態、あるいは他のタンパク質との融合タンパク質の形態で用いることも可能である。これらの各種形態のポリペプチドも本発明の検出試薬の範囲に包含される。
【0073】
検出試薬は、上記のポリペプチドのみからなるものであってもよいし、また、ポリペプチドがバッファー等に溶解された形態であってもよい。該試薬は、免疫測定における抗体と同様の方法で使用することができる。患者から採取したがん組織試料を本発明の検出試薬と接触させて検出反応を行なうことで、該患者のがん細胞におけるErbB2の発現量を調べることも可能である。また、該試薬は、乳がん等のErbB2発現がんの病理診断に使用することもできる。
【0074】
上記検出試薬を用いてがんの検出を行なう方法を以下に具体的に説明する。
【0075】
まず、対象の細胞を検出試薬と接触させる。検出試薬は、通常、標識物質で上記ポリペプチドを標識した形態のものを用いる。標識物質の具体例は上記の通りである。対象は好ましくは哺乳動物であり、具体例としてはヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター、マウス、サル、ウマ、ブタ、ウシ、ヒツジ等を挙げることができる。対象の細胞は、対象生体から分離された、対象の細胞を含む試料であり得る(体外診断薬)。試料が組織標本である場合、本発明の検出試薬を適当な濃度で含む溶液中に該組織標本が浸漬するようにして検出試薬と細胞を接触させればよい。試料が培養細胞である場合、検出試薬は、プレート等の支持体に上記ポリペプチドを固定化した形態で使用することもできるが、培養細胞をスライドグラス等の支持体に固定し、支持体上の培養細胞が検出試薬溶液に浸漬するようにして検出試薬と細胞を接触させることが好ましい。あるいは、対象の細胞は、対象の体内の細胞であり得る(体内診断薬)。この場合、検出試薬を対象に投与することにより、対象の体内で対象の細胞と検出試薬とを接触させることができる。
【0076】
検出試薬と接触させた対象の細胞の中にErbB2を発現するがん細胞が存在すれば、検出試薬に含まれる上記ポリペプチドがそのがん細胞表面にあるErbB2細胞外領域に結合する。従って、上記ポリペプチドが結合した細胞の存在を検出することで、がん細胞の存在を検出することができる。なお、体内診断薬の場合、がん細胞表面のErbB2細胞外領域と検出試薬中の上記ポリペプチドとの間の結合の態様は、直接的であるか又はアグリカン等の因子を介した間接的な結合であり得る。
【0077】
検出試薬が体外診断薬である場合、試料と検出試薬とを接触させた後、適当な時間インキュベートして細胞表面のErbB2細胞外領域とポリペプチドを十分に結合させた後、洗浄工程を行なって未結合のポリペプチドを除去し、その後にポリペプチドに結合させた標識物質からのシグナルを検出すればよい。標識物質として酵素が用いられる場合、適当な基質物質を反応系に添加し、酵素反応により生じる発色や発光等のシグナルを検出すればよい。標識物質としてビオチンやFLAGタグ等のタグを用いる場合は、タグに対する抗体であって、蛍光物質等の自らシグナルを発する標識物質又は酵素にて標識した抗体を用いればよい。そのような標識抗体を反応系に添加し、標識抗体からのシグナル(酵素標識抗体の場合は、さらに基質物質を添加し、酵素反応により生じるシグナル)を検出することで、タグ付加されたポリペプチドが結合した細胞の存在を検出することができる。
【0078】
検出試薬が体内診断薬である場合、検出試薬を対象に投与し、適当な時間経過後、体内に残存するポリペプチドからのシグナルを検出すればよい。本発明の検出試薬を対象の体内に投与すると、ErbB2がより多く発現する部位に上記ポリペプチドがより多く集積する。体外から検出可能なシグナルを発する標識物質でポリペプチドを標識したものを用いれば、ポリペプチドの集積を体外から検出可能になるので、ErbB2を発現する体内のがん細胞の存在を検出することができる。そのような標識物質の具体例としては、マンガンや鉄等の金属を挙げることができる。金属標識は、MRI等によって体外から検出することができる。
【実施例】
【0079】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、下記実施例で用いた細胞株のErbB2発現は次の通りである。
HeLa:ヒト子宮頚がん由来株。ErbB2発現は検出されない。
SkBr3:ヒト乳がん由来のErbB2過剰発現株。
MCF7:ヒト乳がん由来のErbB2非過剰発現株。ErbB2発現は検出される。
MDA-MB-231:ヒト乳がん由来のErbB2非過剰発現株。ErbB2発現は検出される。
MCF10A:ヒト線維嚢胞性乳腺患者由来株。ErbB2発現は検出されない。
Capan-1:ヒト膵臓がん由来のErbB2過剰発現株。
【0080】
I. CCN2細胞膜受容体の探索とその受容体を介したCCN2のシグナル伝達機構の解析
1. 材料と方法
(1) 試薬類等
Hisタグ付き組換えヒトCCN2(His-CCN2)及び組換えGST融合ヒトCCN2(GST-CCN2)の調製にはバキュロウイルス発現系Bac-to-Bac (Invitrogen社) を用いた。抗体として、FITC標識抗ErbB2抗体 (Becton Dickinson社), 非標識抗ErbB2抗体 (AbD Serotec社), 抗PY877 ErbB2 抗体(Applied Biological Materials社), 抗PY1248 ErbB2抗体 (Dakocytomation社), 抗PY1221/1222 ErbB2抗体 (Abcam社), 抗Actin抗体 (Sigma社)を用いた。架橋剤は、チオール切断性の架橋剤DSP (ジチオビス[スクシンイミジルプロピオネート]) (Pierce社) を用いた。
【0081】
(2) 細胞株
酵母細胞株AH109はClontech社より購入した。ヒト細胞株HeLa, MCF7, MCF10A, SkBr3はAmerican Type Culture Collection (ATCC)から購入し、ATCC推奨の条件下で維持した。ヒト軟骨肉腫由来細胞株HCS-2/8(Cancer research. 1989, 49, 3996-4002)は10% 牛胎児血清(FCS)含有DMEMで維持した。ErbB2の安定な形質転換体は、常法に従い、HeLa細胞をpSV2 erb B2 (理研バイオリソースセンター)(Nature. 1984, 309, 418-425)とpcDNA3.1(Invitrogen社)でトランスフェクトし、G418で選抜することにより調製し、ErbB2を安定に発現する2ラインを得た(HeLa#3株、HeLa#5株)。また、HeLa細胞にpcDNA3.1のみをトランスフェクトし、G418で選択してコントロールのmock形質転換体とした。
【0082】
(3) 酵母two-hybrid法によるcDNAライブラリーのスクリーニング
酵母two-hybrid法のスクリーニングは既報(The Biochemical journal.(2009) 420, 413-420; FEBS letters.(2006) 580, 1376-1382; Nucleic acids research. (2008) 36, 3011-3024; The Journal of biological chemistry.(2006) 281, 14417-14428)に従って実施した。HCS-2/8細胞由来RNAから合成したcDNAを鋳型として、シグナルペプチド領域を除く全長CCN2 cDNA (NCBI Reference Sequence: NM_001901.2: 配列番号4)をPCRにより調製し(プライマーはatccgaattccagaactgcagcgggccgtgccggtgcccg(配列番号16)及びatacggatccctcatgccatgtctccgtacatcttcctgt(配列番号17)を使用)、制限酵素EcoRI(NEB社)およびBamHI(NEB社)処理後の断片をベイトとして、pGBKT7ベクター(Clontech社)のEcoRI, BamHIサイトに挿入した。この構築物により、シグナルペプチド領域を除く全長CCN2を、GAL4 DNA結合ドメイン(BD)との融合タンパク質として発現させた。
【0083】
ロイシン、トリプトファン、ヒスチジン及びアデニンを欠乏した選択培地中、全長CCN2を用いて酵母AH109細胞内でtwo-hybridスクリーニングを行なった。3〜5日間インキュベート後、複数の陽性クローンを拾い上げ、プラスミドDNAを抽出し、これを大腸菌DH5α系統に再導入し、この大腸菌からプラスミドDNAを精製してDNAシークエンシングを行なった。
【0084】
ErbB2のCCN2結合ドメインを同定するため、切断型のErbB2又はライブラリーから拾い上げたcDNAのいずれかを含むpGADT7ベクターを、全長又は切断型CCN2のいずれかを発現するpGBKT7ベクターと共に、酵母系統AH109内に再導入した。pGBKT7ベクターには、EcoRI, BamHI (NEB社)を用いてCCN2断片を挿入した。また、pGADT7ベクターには、XhoIサイトにSalI, XhoI(NEB社)で末端処理したErbB2断片を挿入した。なお、CCN2断片をコードするDNAは、HCS-2/8細胞由来RNAから合成したcDNAを鋳型とし、表1に示すプライマーを使用してPCRにより増幅したものを用いた。ErbB2断片をコードするDNAは、pSV2 erb B2 (理研バイオリソースセンター)を鋳型とし、表2に示すプライマーを使用してPCRにより増幅したものを用いた。
【0085】
【表1】
【0086】
【表2】
【0087】
(4) 単層培養細胞へのCCN2の結合
Iodo-Gen (Pierce社) を製造者の指示書に従って使用し、組換えヒトCCN2(rhCCN2)を125Iでヨウ素化した。結合解析のため、結合実験の24時間前に細胞を1 x 105 cells / wellの密度で24ウェルプレートに播種した。結合バッファー (0.2% ウシ血清アルブミン及び0.2% アジ化ナトリウムを含むDMEM) にて4℃で細胞を2回洗浄した。種々の濃度の125I-rhCCN2を含む結合バッファー中で穏やかに振とうしながら単層細胞を4℃、4時間インキュベートした。非特異結合を調べるため、重複ウェルを少なくとも100倍量の過剰の非標識rhCCN2と共にインキュベートした。細胞をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で2回洗浄し、0.3 M NaOHで溶解させた。溶解画分をBeckman Gamma 5500B counterでカウントした。
【0088】
(5) 粗製膜画分の調製
形質転換によりErbB2を過剰発現するHeLa細胞#5株及びmock形質転換体から膜画分を調製した。直径150 mmディッシュでコンフルエントになるまで細胞を培養し、回収後、Caイオンフリー、MgイオンフリーのPBSで洗浄した。次いで懸濁バッファー (10 mM Tris-HCl, pH 7.4, 1mM EDTA, 0.25 M sucrose, 0.1 mM PMSF) 中に細胞を懸濁し、高出力で1分間×3回超音波破砕した。800 x g で10分間遠心して核を沈殿させ、上清を回収し、さらに、細胞破壊時の残渣を取り除くために12,000xgで20分間遠心した。この上清をさらに105,000xgで60分間の超遠心することで細胞膜画分を沈殿させ、ペレットを10 mM Tris-HCl, pH7.4, 1 mM EDTA, 0.1 mM PMSFにて再懸濁し膜画分とした。この縣濁液について、BCA reagent (Pierce社)を用いてタンパク質濃度を測定した。
【0089】
(6) 単層培養細胞と膜画分のアフィニティー標識及びクロスリンキング
アフィニティー標識する細胞は、PBSで2回洗浄し、3 mM EDTA含有PBSにて37℃で10分間インキュベート後、DMEMで2回洗浄してカウントした。1 x 106 /tube の細胞を、20 mM MOPS, pH7.5, 2 mM MgCl2, 140 mM NaCl, 0.2% gelatinを含む結合バッファー中、組換えヒトCCN2の存在下又は非存在下で組換えヒトHis-CCN2と共に(Biochemical and biophysical research communications.(1998) 251, 748-752)室温で30分間インキュベートした。一部の実験では、結合バッファー中にアグリカン(Sigma社)を終濃度20 ng/mlで添加してインキュベートした。チオール切断性架橋剤であるDSP(ジチオビス-スクシンイミジルプロピオネート)を終濃度2.5 mMで添加し、4℃で30分間インキュベート後、冷却したグリシンを終濃度20 mMで添加して反応を停止させた。1,000xgで5分間遠心して細胞を回収し、冷却したPBSで3回洗浄後、回収して2-メルカプトエタノールを含むSDSバッファー中に溶解させた。
【0090】
膜画分を用いたアフィニティー結合実験のため、バッファー(20 mM Tris-HCl, pH8.0, 25 mM NaCl, 10% glycerol, 2 ng/ml アグリカン, 66μg/ml BSA, 1 mM PMSF)中で組換えヒトHis-CCN2又は組換えヒトGST-CCN2のいずれかと膜画分を混合し、4℃で30分間インキュベートした。DSP添加後、混合物をさらに4℃、10分間インキュベートした。CCN2を含む複合体は、Ni-agarose (Qiagen社) 又はglutathione sepharose 4B (GE Healthcare社) のいずれかを用いて沈殿させ、沈殿したタンパク質についてウエスタンブロット解析を行なった。
【0091】
(7) 細胞外タンパク質の免疫蛍光染色
細胞の固定は4% ホルムアルデヒドを用いて行なった。細胞の免疫蛍光染色は、既報(J Cell Physiol.(2005) 202, 191-204; J Cell Physiol.(2003) 197, 94-102)に従い、ErbB2の細胞外領域を認識するFITC標識抗ErbB2抗体(Beckman社)と抗Flag抗体(Sigma社)とを使用し、次いでAlexa Fluor 488 ヤギ抗マウスIgG Ab (Molecular Probes社)と共にインキュベートすることにより行なった。マウント後、共焦点レーザー走査顕微鏡(Bio-Rad社)を用いてタンパク質の局在を観察した。
【0092】
2. 結果
(1) CCN2細胞膜受容体の単離及び結合ドメインの特定
CCN2細胞膜受容体を探索する目的で酵母two-hybrid法を行なった。CCN2タンパク質全長を発現するベクターとヒト軟骨肉腫由来細胞株であるHCS-2/8細胞由来のcDNAライブラリーを酵母内で共発現させ、CCN2タンパク質と相互作用を示すクローンを選択培地中の増殖性で選別した。その結果、EGFレセプターファミリーの一つであるErbB2をコードするクローン#26を単離した。ErbB2は、リガンド結合ドメインと考えられている2つの細胞外領域と、膜貫通ドメインと、チロシンキナーゼ活性及び推定リン酸化部位を有するC末端細胞内ドメインとからなる。クローン#26は、リガンド結合ドメインの一方のみと、膜貫通ドメイン及び細胞内キナーゼドメインとを含んでいた(図1(A))。
【0093】
ErbB2内のCCN2結合領域を同定する目的で、5種類のErbB2断片(図1(A)、#1〜#4, #4rev)を発現するベクターを別途作製し、ErbB2断片−GAL4 AD融合タンパク質及びCCN2−GAL4 BD融合タンパク質を酵母AH109細胞内で共発現させ、CCN2とErbB2断片との結合性を酵母内で確認した。その結果、2つのリガンド結合ドメインを含むErbB2断片#3及び一方のリガンド結合部位を含むErbB2断片#2で最も強い結合が確認された(図1(B))。ErbB2断片#1においてもCCN2との若干の結合が確認された。ErbB2の細胞内領域とCCN2の結合は見られなかった。
【0094】
CCN2のどのドメインがErbB2と結合するかを調べるため、CCN2の全長及び断片A〜I(図2)を、ErbB2の細胞外リガンド結合ドメインを含むErbB2断片#3と共に酵母細胞内で共発現させ調べた。その結果、2つのリガンド結合部位を含むErbB2断片#3に、CCN2のVWCドメインを含む断片が強く結合することが明らかとなった(図2)。CCN2のC末端CTドメインも微弱ながら結合活性を有していたが、IGFBPドメインとTSPドメインはいずれもErbB2との結合活性を示さなかった(図2)。
【0095】
(2) CCN2とErbB2発現細胞との結合性解析
ErbB2の発現が検出されないHeLa細胞にErbB2を発現させる遺伝子構築物を導入し、ErbB2タンパク質を高発現する2ラインを得た(HeLa#3株及びHeLa#5株)。
【0096】
HeLa細胞#5株を固定したサンプルに、FlagタグとHisタグを付加した組換えヒトCCN2(Flag-CCN2-His)を100ng/mlの濃度で添加して37℃、20分間インキュベート後、抗Flag抗体と抗ErbB2抗体で免疫染色を行なった。その結果、図3に示す通り、ErbB2の局在部位でFlag-CCN2-Hisが検出され、細胞膜に局在しているErbB2にCCN2が結合することが示唆された。
【0097】
細胞表面に発現したErbB2とCCN2との結合性をより詳細に調べるため、HeLa細胞にErbB2を異所的に発現させた細胞株(HeLa#5)、ErbB2を発現していることが知られている乳がん由来細胞株(MCF7)(Oncogene.(2010) 29, 6343-6356)、及び軟骨様細胞株(HCS-2/8)を用いて、125IラベルしたCCN2の結合を確認した。また、非標識のCCN2を用いた競合結合アッセイにより結合親和性を調べた。コントロールのHeLa細胞への結合は検出されなかったが、HeLa#5へのCCN2の結合は濃度依存的に大きく上昇し、競合アッセイにより調べたKd値は0.8 x 10-9 Mと、親和性が高いことが確認された(図4A)。同様に、ErbB2を発現している乳がん細胞MCF7では、ErbB2を発現していない線維嚢胞性乳腺患者由来細胞株MCF10Aとは対照的に、細胞表面へのCCN2の強い結合が確認された(図4B, Kd= 2.19 x 10-9 M)。軟骨細胞株HCS-2/8でも細胞表面へのCCN2の結合が確認された(図4C, Kd=0.19 x 10-9 M)。
【0098】
(3) CCN2によるErbB2自己リン酸化の誘導及びアグリカン存在下の自己リン酸化の促進
CCN2がErbB2の特異的なリガンドとして機能していることを確認するために、抗リン酸化チロシン抗体を用いてCCN2添加後のErbB2自己リン酸化誘導能を調べた。まず、HeLa細胞#5株において調べたところ、ErbB2の1248番目のY(Y1248)において強いリン酸化が確認され、Y1221/1222及びY877においてもリン酸化が確認された(図5)。ErbB2を高発現する乳がん由来細胞株SKBr3(Oncogene.(2010) 29, 6343-6356)においてもErbB2自己リン酸化誘導能を調べたところ、Y1248, Y877, Y1221/1222のチロシン自己リン酸化がCCN2添加後10分から確認され、この効果は観察を行なったCCN2添加後160分まで持続していた(図6A)。さらに、軟骨細胞でCCN2の発現を促進することが知られているアグリカンをCCN2添加前に培養液に添加しておくと、CCN2によるErbB2の自己リン酸化促進能はさらに増強されることが明らかとなり(図6B)、アグリカンの存在がCCN2の有効細胞表面濃度を増大し得ることが示唆された。これらのデータは、腫瘍細胞におけるErbB2媒介性のシグナル経路をCCN2が活性化することを示唆している。
【0099】
(4) クロスリンク法及びアフィニティー共免疫沈降によるCCN2-ErbB2複合体の検出
CCN2とErbB2の結合は一過性であると予想されたため、CCN2とErbB2の複合体の検出には架橋剤を利用した。ErbB2発現HeLa細胞#5株及びErbB2非発現HeLa細胞の細胞懸濁液を組換えヒトHis-CCN2と共にインキュベートし、これにチオール切断性架橋剤DSPを加えることで、複合体化したCCN2-ErbB2間を架橋させた。細胞を遠心して回収、溶解後、溶解物のタンパク質をSDS-ポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)で分離し、結合しているCCN2を抗His抗体で検出した。その結果、mock細胞では検出されなかったが、ErbB2を過剰発現させたHeLa細胞#5株ではCCN2が検出された (図7A、矢頭)。HeLa細胞に結合するCCN2の量は、アグリカンにより濃度依存的に増大した(図7B)。タグ付加しない組換えヒトCCN2による競合的クロスリンキングでは、組換えヒトHis-CCN2との競合が確認された(図7B)。また、ErbB2を過剰発現するHeLa細胞#5株及びErbB2を発現しないHeLa細胞を均質化・分画遠心して粗製膜画分を調製し、これを組換えヒトHis-CCN2とインキュベートしてアフィニティー架橋アッセイを行なった。架橋反応後、ErbB2特異的抗体でタンパク質をプルダウンし、Hisに対する抗体を用いてウエスタンブロット行なった。その結果、ErbB2と共にプルダウンされたHis-CCN2が検出された(図7C)。以上により、CCN2が細胞表面でErbB2と結合し、ErbB2レセプターのチロシンリン酸化によりErbB2シグナリングをトリガーすることが示された。
【0100】
(5) CCN2添加による乳がん細胞内での遺伝子発現の変化
ErbB2を発現するMCF7細胞及びErbB2発現が検出されないMCF10A細胞を組換えヒトCCN2(rhCCN2、50ng/ml)と共に37℃、72時間インキュベートし、CCN2遺伝子、taz(transcriptional coactivator with PDZ-binding motif)遺伝子、tead4(TAE domain family member 4)遺伝子の発現量をリアルタイムPCRにより調べた。gapdh(グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ)遺伝子の発現量を内部標準とし、発現量を相対評価した。結果を図8に示す。MCF7細胞では、培地へのCCN2の添加によりCCN2遺伝子及びtaz遺伝子の発現増大が確認された。ErbB2リン酸化阻害剤であるGW2974(Sigma社)と共にrhCCN2を培地へ添加すると、rhCCN2によるCCN2遺伝子及びtaz遺伝子の発現増大が消失した。tead4は、tazタンパク質と相互作用する転写因子をコードし、Hippo-LATSシグナル経路に関与している遺伝子であるが、CCN2処理による発現量の変化は確認されなかった。ErbB2が検出されないMCF10A細胞では、CCN2処理しても上記3遺伝子の発現量に変化は認められなかった(図8B)。
【0101】
II. がん細胞の増殖抑制
1. 材料
(1) がん細胞株
ヒト乳がん由来細胞株SkBr3、MCF7及びMDA-MB-231、並びにヒト膵臓がん由来細胞株Capan-1はATCC(American Type Culture Collection)より分譲を受けた。ATCC推奨の条件下で維持した。
【0102】
(2) 組換えヒトタンパク質
full-length ヒトCCN2 (aa 1-349; Swiss-Prot P29279; 配列番号4) をコードする遺伝子をpCEPベクター(Invitrogen社)に挿入し、構築した発現ベクターをHEK293細胞にlipofectamineTM (Invitrogen社)を用いて導入し、安定発現株を培地中へのHygromycin B (Invitrogen社)の添加により選別した。CCN2タンパク質は、無血清DMEM培地中で細胞を培養し、培養上清から3種類の精製法を組み合わせることにより得た。まず、ヘパリンセファロースによりヘパリン結合蛋白を精製し、次にBMP2アフィニティクロマトグラフィー、S200分子篩クロマトグラフィーによって精製を行ない組換えヒトCCN2タンパク質を得た。(文献:FEBS Letters 468 (2000) 215-219,Nat Cell Biol. 2002 August ; 4(8): 599-604. Molecular Vision 2011; 17:53-62)
【0103】
Hisタグ付きErbB2細胞外領域には、ErbB2(配列番号2)の第23番〜第650番アミノ酸の領域を用いた。Bac-to-Bacバキュロウイルス発現システム(Invitrogen社)により該細胞外領域の発現用組換えバキュロウイルスを作製した。まず、pFASTBAC HTBベクターのXbaI, XhoIサイトに、pSV2 erb B2 (理研バイオリソースセンター)を鋳型とし、下記表3のプライマーを用いて増幅した細胞外ErbB2ドメインを組み込み、発現ベクターを構築した。大腸菌DH10Bac内で組換えBacmidを作製し、sf9昆虫細胞にトランスフェクションすることにより組換えバキュロウィルス粒子を作製した。Sf9培養細胞にこの組換えバキュロウイルスを感染し組換えErbB2タンパク質を発現させ、Ni-agarose(GE Healthcare社)を用いて精製を行った。
【0104】
【表3】
【0105】
組換えヒトVWCフラグメントは、周知の遺伝子工学的手法により調製した。HCS-2/8細胞由来RNAから合成したcDNAを鋳型として、ヒトCCN2のVWCドメインcDNA(配列番号3の第513位〜第704位)を下記表4のプライマーを用いてPCRにより増幅させたものをBamHI(タカラバイオ社)およびXhoI(タカラバイオ社)処理後、断片をpGEX-6P-1ベクター(GE Healthcare社)のBamHI、XhoIサイトに挿入した。この構築物を大腸菌BL21(DE3)pLysS(Novagen社)に導入し、GST融合タンパク質として大腸菌内で発現させ、Glutathione Sepharose 4B(GE Healthcare社)に結合後、LPS(リポ多糖)除去処理し、PreScission Protease(GE Healthcare社)を用いてGST部分を切断除去した。
【0106】
【表4】
【0107】
ビオチン化CCN2は、ビオチン化試薬EZ-Link NHS-PEG4-Biotin(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用い、試薬マニュアルに従い作製した。
【0108】
(3) 合成ペプチド
ErbB2とCCN2の結合を阻害するVWCペプチドを探索するために、CCN2のVWCドメインを断片化したペプチドを化学的に合成した(図9及び表5、VWCペプチド#2〜4)。
【0109】
同様に、ErbB2とCCN2の結合を阻害するErbB2ペプチドを探索するために、CCN2がより強力に結合する事が確認されたErbB2細胞外領域のうち、リガンド結合予測部位をさらに断片化したペプチドを化学的に合成した(図9及び表5、ErbB2ペプチド1〜6)。
【0110】
各ペプチドの溶媒の組成を表5に併せて示す。
【0111】
【表5】
【0112】
2. 方法及び結果
(1) CCN2のがん細胞増殖促進作用と抗CCN2-VWCドメイン抗体によるがん細胞増殖阻害作用
[方法]
CCN2活性を抑える抗体を探索する目的で、CCN2のモノクローナル抗体を作製した。シグナルペプチドを除く組換えヒトCCN2タンパク質を免疫原としてマウスに免疫し、常法のハイブリドーマ法によりモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを作製し、CCN2との結合性に基づいてCCN2特異的に結合する抗体を産生するクローンを選抜した。その結果、VWCドメインを認識する2クローン(11H3及び101C10)を得た。表5に示すVWCペプチドを用いたエピトープ解析の結果、11H3はVWCペプチド#2と、101C10はVWCペプチド#4と結合することが確認され、各抗体はそれぞれこれらペプチド領域内にエピトープを有することが確認された。
【0113】
SkBr3細胞は96 well plateに5×105cells/wellで播種し、3時間培養し細胞定着させた。その後、無血清培地200μlに交換し、組換えヒトCCN2を最終濃度が12.5, 25, 50ng/mlになるよう添加した。上記で作製した抗CCN2-VWCドメイン抗体(11H3, 1mg/ml)は、2μl/well添加し、48時間後にテトラカラーワン(生化学バイオビジネス株式会社)を加え、形成されたホルマザン塩の吸光度を定法により測定する事により生細胞数を評価した。
【0114】
また、MCF7細胞を96 well plateに1×104cells/wellで播種し、24時間培養し細胞定着させた。その後、組換えヒトCCN2を最終濃度が6.25, 12.5, 25, 50, 100ng/mlになるよう添加した。上記で作製した抗CCN2-VWCドメイン抗体(11H3又は101C10, 1mg/ml)は、2μl/well添加し、46時間後にBrdUを加え、さらに2時間培養した。その後、BrdU細胞増殖アッセイキット(Roche社)を用いて、細胞に取り込まれたBrdUを655 nmの吸光度により評価した。すなわち、細胞のDNA中に取り込まれたBrdUとペルオキシダーゼ標識抗BrdU抗体を反応させ、次いでペルオキシダーゼの基質(TMB:tetramethylbenzidine)を用いて発色させ、ELISAリーダーで吸光度(波長655nm)を測定した。
【0115】
[結果]
SkBr3細胞における結果を図10Aに、MCF7細胞における結果を図10Bに示す。ErbB2を発現しているSkBr3細胞、MCF7細胞の培養液に組換えCCN2を添加することにより、濃度依存的に細胞増殖が促進された。さらに、VWCドメインをエピトープとする抗CCN2-VWCドメイン抗体を添加することにより、細胞増殖が抑制された。
【0116】
(2) 組換えヒトVWCフラグメントと合成VWCペプチドによるがん細胞の増殖抑制作用(アンタゴニスト)
[方法]
細胞増殖アッセイ
がん細胞として、ヒト乳がん由来細胞株MCF7、MDA-MB-231及びSkBr3、並びにヒト膵臓がん由来細胞株Capan-1を用いた。細胞を1×104 cells/wellになるよう、培地(10%ウシ胎児血清入)100μlに懸濁し、96 well plateに播種した。3時間後に細胞の底着を確認し、さらに100μlの血清非添加培地に最終濃度の2倍濃度の増殖因子(組換えヒトCCN2)溶液又は増殖抑制因子(組換えヒトVWCフラグメント、合成VWCペプチド)溶液を添加した。BrdU細胞増殖アッセイキット(Roche社)のマニュアルに従って、37℃, 24時間培養し、培養終了2時間前に、BrdUを細胞に取り込ませ、取り込んだBrdUを655 nmの吸光度により測定した。
【0117】
[結果]
組換えヒトCCN2は、MCF7細胞の増殖を促進した(図11A)。さらに組換えヒトVWCフラグメント(終濃度1.85μg/ml)の培養液への添加は、組換えヒトCCN2の増殖促進効果を強く抑制した(図11A)。この事から、組換えヒトVWCフラグメントは、ErbB2との相互作用に関しCCN2と拮抗するErbB2のアンタゴニストとして作用していることが示唆された。
【0118】
合成VWCペプチドが乳がん細胞の増殖に及ぼす影響を測定するために、MDA-MB-231細胞において合成VWCペプチド#2, 3, 4が細胞増殖に及ぼす作用を調べた。CCN2を培地に添加しない条件下でMDA-MB-231細胞に合成ペプチドを添加し、上記と同様にBrdUの取り込みにより細胞増殖を調べた。その結果、合成VWCペプチド#4は、ペプチドの代わりにその溶媒を添加したコントロールと比較してMDA-MB-231細胞の増殖を抑制していた(図11B)。合成VWCペプチド#4は、ErbB2との相互作用に関しCCN2と拮抗するErbB2のアンタゴニストとして作用していることが示唆された。
【0119】
組換えヒトVWCフラグメントが乳がん細胞の増殖に及ぼす影響を測定するために、MCF7細胞及びSkBr3細胞を用いて実験を行なった。CCN2を培地に添加しない条件下で細胞に組換えヒトVWCフラグメントを添加し、上記と同様にBrdUの取り込みにより細胞増殖を調べた。その結果、組換えヒトVWCフラグメントは、コントロールである溶媒に比べMCF7細胞及びSkBr3細胞の増殖を抑制した(図11C, D)。組換えヒトVWCフラグメントは、ErbB2との相互作用に関しCCN2と拮抗するErbB2のアンタゴニストとして作用していることが示唆された。
【0120】
組換えヒトVWCフラグメントが乳がん以外のがん細胞の増殖に及ぼす影響を測定するために、膵臓がん由来のCapan-1細胞を用いて実験を行なった。CCN2を培地に添加しない条件下で細胞に組換えヒトVWCフラグメントを添加し、上記と同様にBrdUの取り込みにより細胞増殖を調べた。その結果、膵臓がん細胞Capan-1においても、組換えヒトVWCフラグメントによる細胞増殖の抑制が確認された(図11E)。
【0121】
CCN2 VWC領域のうちでがん細胞増殖抑制に重要な領域をさらに絞り込むため、合成VWCペプチド#4の領域から下記表6に示す通りに10残基のサイズのペプチドを調製し、MCF7細胞を用いて実験を行なった。CCN2を培地に添加しない条件下でMCF7細胞に各ペプチドを添加し、上記と同様にBrdUの取り込みにより細胞増殖を調べた。比較のため、aa121-141の領域からなるペプチドB-6及びaa142-166の領域からなるペプチドB-7も調製して同様に実験を行なった。
【0122】
【表6】
【0123】
その結果を図12A〜Cに示す。ペプチドV-3に増殖抑制効果があることが確認された。
【0124】
(3) ErbB2細胞外領域とCCN2との特異的結合
[方法]
組換えヒトCCN2とHisタグ付きErbB2細胞外領域との結合を、ErbB2細胞外領域内のリガンド結合部位に該当するペプチド断片(ErbB2ペプチド1〜6, 図9)が阻害するか調べるために、96 well plateに0.05 M 炭酸ナトリウムバッファー(pH9.6)で調製したHisタグ付きErbB2細胞外領域(0.1μg/ml)を100μl/well添加し,4℃で16時間コーティングした。このコーティング液を除去した後に、ウェルを200μl/wellの結合バッファー(50 mM Tris-HCl (pH7.4), 150 mM NaCl, 2%BSA, 0.05% Tween20)中、37℃で3時間ブロッキングした。結合バッファーで1回洗浄した後、ウェルあたり100μlになるように調製したビオチン化CCN2および各ErbB2ペプチド(1〜6, 図9)をそれぞれの濃度で添加し,37℃で6時間インキュベートした。その後、ウェルを300μl/wellの結合バッファーで3回洗浄した後、結合バッファーで200倍希釈したストレプトアビジン-HRP(R&D System社)を100μl/wellずつ加え、室温で20分間インキュベートした。ウェルを300μl/wellの結合バッファーで3回洗浄した後、TMB Peroxidase Substrate kit(Bio-Rad社)の発色試薬を100μl/wellずつ加え、37℃でインキュベートし655 nmの吸光度を測定した。
【0125】
また、表面プラズモン共鳴(SPR)BiacoreXシステム(GE Healthcare社)を用いて、組換えヒトCCN2と組換えErbB2細胞外領域との結合をモニタリングした。組換えErbB2蛋白1.8μgをセンサーチップC1にアミノカップリングによりリガンドとしてresonance unit(RU)で5000-7000になるように固相化し、それぞれの濃度のCCN2溶液をアナライトとして添加した。結合実験には0.15 M NaCl, 0.01 M HEPES, 0.005% Surfactant P20(GE Healthcare社)を溶媒として用い、チップは0.01 M HClで再生した。Kd値はBIA evaluation software version 3.0を用いて計算した。
【0126】
[結果]
ビオチン化CCN2は、プレート上にコートしたHisタグ付きErbB2細胞外領域にビオチン化CCN2の濃度依存的に結合した(図13A)。さらに、ビオチン化CCN2の濃度を一定にし、Hisタグ付きErbB2細胞外領域を添加すると、Hisタグ付きErbB2細胞外領域の濃度依存的にビオチン化CCN2の結合は阻害された(図13B)ことから、両者の結合は特異的である事が明らかとなった。図13Cは、ErbB2細胞外領域とCCN2の結合をBIACORE社のSPRセンサーを用いてモニタリングした結果である。
【0127】
ErbB2とCCN2との結合を、ErbB2のリガンド結合予測領域に該当するペプチド断片1〜6が阻害するか否かを調べる目的で、それぞれのペプチドを異なる濃度で添加した。その結果、ErbB2ペプチド5において特に結合阻害作用が強く、Hisタグ付きErbB2細胞外領域と同程度の強い結合阻害作用が確認された(図13D)。このことから、ErbB2ペプチド5の領域は、ErbB2とCCN2との結合に重要で、このペプチドを用いることで、CCN2とErbB2の結合が阻害され、がん細胞の増殖を抑制することが期待された。
【0128】
(4) ErbB2リガンド結合領域ペプチドによりErbB2細胞外領域とCCN2との結合を阻害することによるMDA-MB-231細胞の増殖抑制作用
[方法]
合成したErbB2ペプチド1〜6(図9)ががん細胞の増殖を抑制するかどうかを調べるため、MDA-MB-231細胞を用いて上記II 2 (2)と同様の細胞増殖アッセイを行なった。96 well plateで培養した細胞にErbB2ペプチドを添加し、BrdU細胞増殖アッセイキット(Roche社)を用いて細胞増殖を測定した。
【0129】
[結果]
ErbB2ペプチド4および5が、その溶媒のコントロール群と比較して細胞の増殖を抑制する事が明らかとなった(図14)。この事から、ErbB2ペプチド4および5はがん細胞の増殖を抑制することが示された。
【0130】
(5) 組換えヒトVWCフラグメントとタキソールの同時添加によるMCF7細胞の細胞死誘導効果
【0131】
[方法]
トリパンブルー色素排除試験法(Dye-exclusion test)
MCF7細胞を24 well plateに1×105 cells/wellになるように400μlの培地に懸濁して播種し、16時間後に組換えヒトVWCフラグメント(終濃度0.18μg/ml, 26nM)および抗がん剤であるタキソール(CellSignaling社)(終濃度85pg/ml, 0.1nM)を、600μlの培地に希釈して添加した。なお、タキソールは、CellSignaling社のプロトコールに従い、1.15mlのDMSOに1mgを溶解し、1mMとしたものを培地に添加した。48時間培養後、培養上清から浮遊した細胞を回収および付着した細胞はトリプシン処理後に回収し、回収したそれぞれの細胞についてトリパンブルー染色により生細胞および死細胞数を測定した。
[結果]
組換えヒトVWCフラグメントおよびタキソールとの複合添加が乳がん細胞死誘導に及ぼす効果を調べた。その結果、低濃度タキソール(0.1nM)添加時に組換えヒトVWCフラグメント(26nM)を複合添加することにより、タキソール単独添加に比べて、細胞死のより高い誘導効果が観察された(図15)。組換えヒトVWCフラグメントは、図11Aに示す通り、26nMの処理濃度では単独でCCN2により誘導される細胞増殖を抑制する効果を示さない。従って、タキソールと組換えヒトVWCフラグメントの併用の効果は相乗的であるといえる。
【0132】
参考データ:酵母two-hybrid法による全長CCN2とCCN3との結合ドメインの検索
酵母AH109株中にGAL4 DNA結合ドメイン(BD)との融合体として発現するCCN2をコードしたベクターと、GAL4 DNA活性化ドメイン(AD)との融合体として発現するCCN3の各ドメインをコードしたベクターとを共導入し、栄養要求性から両因子の結合の有無を調べた。その結果,CCN2とCCN3とは、VWC, CTドメインで結合活性を示す事が明らかとなった(図16A)。
【0133】
ビオチン化CCN2とGST-CCN3との結合を調べた。96 well plateにGST-CCN3又はGSTを50μg固相化し,ビオチン化したCCN2を0〜3μg/mLの濃度で添加した。洗浄後、プレートに結合したビオチン-CCN2をアビジン-HRPでラベル後、TMBで発色した。その結果、図16Bに示す通り、CCN2はCCN3と濃度依存的に結合した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11A
図11B
図11C
図11D
図11E
図12
図13
図14
図15
図16
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]