【実施例】
【0079】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、下記実施例で用いた細胞株のErbB2発現は次の通りである。
HeLa:ヒト子宮頚がん由来株。ErbB2発現は検出されない。
SkBr3:ヒト乳がん由来のErbB2過剰発現株。
MCF7:ヒト乳がん由来のErbB2非過剰発現株。ErbB2発現は検出される。
MDA-MB-231:ヒト乳がん由来のErbB2非過剰発現株。ErbB2発現は検出される。
MCF10A:ヒト線維嚢胞性乳腺患者由来株。ErbB2発現は検出されない。
Capan-1:ヒト膵臓がん由来のErbB2過剰発現株。
【0080】
I. CCN2細胞膜受容体の探索とその受容体を介したCCN2のシグナル伝達機構の解析
1. 材料と方法
(1) 試薬類等
Hisタグ付き組換えヒトCCN2(His-CCN2)及び組換えGST融合ヒトCCN2(GST-CCN2)の調製にはバキュロウイルス発現系Bac-to-Bac (Invitrogen社) を用いた。抗体として、FITC標識抗ErbB2抗体 (Becton Dickinson社), 非標識抗ErbB2抗体 (AbD Serotec社), 抗PY877 ErbB2 抗体(Applied Biological Materials社), 抗PY1248 ErbB2抗体 (Dakocytomation社), 抗PY1221/1222 ErbB2抗体 (Abcam社), 抗Actin抗体 (Sigma社)を用いた。架橋剤は、チオール切断性の架橋剤DSP (ジチオビス[スクシンイミジルプロピオネート]) (Pierce社) を用いた。
【0081】
(2) 細胞株
酵母細胞株AH109はClontech社より購入した。ヒト細胞株HeLa, MCF7, MCF10A, SkBr3はAmerican Type Culture Collection (ATCC)から購入し、ATCC推奨の条件下で維持した。ヒト軟骨肉腫由来細胞株HCS-2/8(Cancer research. 1989, 49, 3996-4002)は10% 牛胎児血清(FCS)含有DMEMで維持した。ErbB2の安定な形質転換体は、常法に従い、HeLa細胞をpSV2 erb B2 (理研バイオリソースセンター)(Nature. 1984, 309, 418-425)とpcDNA3.1(Invitrogen社)でトランスフェクトし、G418で選抜することにより調製し、ErbB2を安定に発現する2ラインを得た(HeLa#3株、HeLa#5株)。また、HeLa細胞にpcDNA3.1のみをトランスフェクトし、G418で選択してコントロールのmock形質転換体とした。
【0082】
(3) 酵母two-hybrid法によるcDNAライブラリーのスクリーニング
酵母two-hybrid法のスクリーニングは既報(The Biochemical journal.(2009) 420, 413-420; FEBS letters.(2006) 580, 1376-1382; Nucleic acids research. (2008) 36, 3011-3024; The Journal of biological chemistry.(2006) 281, 14417-14428)に従って実施した。HCS-2/8細胞由来RNAから合成したcDNAを鋳型として、シグナルペプチド領域を除く全長CCN2 cDNA (NCBI Reference Sequence: NM_001901.2: 配列番号4)をPCRにより調製し(プライマーはatccgaattccagaactgcagcgggccgtgccggtgcccg(配列番号16)及びatacggatccctcatgccatgtctccgtacatcttcctgt(配列番号17)を使用)、制限酵素EcoRI(NEB社)およびBamHI(NEB社)処理後の断片をベイトとして、pGBKT7ベクター(Clontech社)のEcoRI, BamHIサイトに挿入した。この構築物により、シグナルペプチド領域を除く全長CCN2を、GAL4 DNA結合ドメイン(BD)との融合タンパク質として発現させた。
【0083】
ロイシン、トリプトファン、ヒスチジン及びアデニンを欠乏した選択培地中、全長CCN2を用いて酵母AH109細胞内でtwo-hybridスクリーニングを行なった。3〜5日間インキュベート後、複数の陽性クローンを拾い上げ、プラスミドDNAを抽出し、これを大腸菌DH5α系統に再導入し、この大腸菌からプラスミドDNAを精製してDNAシークエンシングを行なった。
【0084】
ErbB2のCCN2結合ドメインを同定するため、切断型のErbB2又はライブラリーから拾い上げたcDNAのいずれかを含むpGADT7ベクターを、全長又は切断型CCN2のいずれかを発現するpGBKT7ベクターと共に、酵母系統AH109内に再導入した。pGBKT7ベクターには、EcoRI, BamHI (NEB社)を用いてCCN2断片を挿入した。また、pGADT7ベクターには、XhoIサイトにSalI, XhoI(NEB社)で末端処理したErbB2断片を挿入した。なお、CCN2断片をコードするDNAは、HCS-2/8細胞由来RNAから合成したcDNAを鋳型とし、表1に示すプライマーを使用してPCRにより増幅したものを用いた。ErbB2断片をコードするDNAは、pSV2 erb B2 (理研バイオリソースセンター)を鋳型とし、表2に示すプライマーを使用してPCRにより増幅したものを用いた。
【0085】
【表1】
【0086】
【表2】
【0087】
(4) 単層培養細胞へのCCN2の結合
Iodo-Gen (Pierce社) を製造者の指示書に従って使用し、組換えヒトCCN2(rhCCN2)を
125Iでヨウ素化した。結合解析のため、結合実験の24時間前に細胞を1 x 10
5 cells / wellの密度で24ウェルプレートに播種した。結合バッファー (0.2% ウシ血清アルブミン及び0.2% アジ化ナトリウムを含むDMEM) にて4℃で細胞を2回洗浄した。種々の濃度の
125I-rhCCN2を含む結合バッファー中で穏やかに振とうしながら単層細胞を4℃、4時間インキュベートした。非特異結合を調べるため、重複ウェルを少なくとも100倍量の過剰の非標識rhCCN2と共にインキュベートした。細胞をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で2回洗浄し、0.3 M NaOHで溶解させた。溶解画分をBeckman Gamma 5500B counterでカウントした。
【0088】
(5) 粗製膜画分の調製
形質転換によりErbB2を過剰発現するHeLa細胞#5株及びmock形質転換体から膜画分を調製した。直径150 mmディッシュでコンフルエントになるまで細胞を培養し、回収後、Caイオンフリー、MgイオンフリーのPBSで洗浄した。次いで懸濁バッファー (10 mM Tris-HCl, pH 7.4, 1mM EDTA, 0.25 M sucrose, 0.1 mM PMSF) 中に細胞を懸濁し、高出力で1分間×3回超音波破砕した。800 x g で10分間遠心して核を沈殿させ、上清を回収し、さらに、細胞破壊時の残渣を取り除くために12,000xgで20分間遠心した。この上清をさらに105,000xgで60分間の超遠心することで細胞膜画分を沈殿させ、ペレットを10 mM Tris-HCl, pH7.4, 1 mM EDTA, 0.1 mM PMSFにて再懸濁し膜画分とした。この縣濁液について、BCA reagent (Pierce社)を用いてタンパク質濃度を測定した。
【0089】
(6) 単層培養細胞と膜画分のアフィニティー標識及びクロスリンキング
アフィニティー標識する細胞は、PBSで2回洗浄し、3 mM EDTA含有PBSにて37℃で10分間インキュベート後、DMEMで2回洗浄してカウントした。1 x 10
6 /tube の細胞を、20 mM MOPS, pH7.5, 2 mM MgCl
2, 140 mM NaCl, 0.2% gelatinを含む結合バッファー中、組換えヒトCCN2の存在下又は非存在下で組換えヒトHis-CCN2と共に(Biochemical and biophysical research communications.(1998) 251, 748-752)室温で30分間インキュベートした。一部の実験では、結合バッファー中にアグリカン(Sigma社)を終濃度20 ng/mlで添加してインキュベートした。チオール切断性架橋剤であるDSP(ジチオビス-スクシンイミジルプロピオネート)を終濃度2.5 mMで添加し、4℃で30分間インキュベート後、冷却したグリシンを終濃度20 mMで添加して反応を停止させた。1,000xgで5分間遠心して細胞を回収し、冷却したPBSで3回洗浄後、回収して2-メルカプトエタノールを含むSDSバッファー中に溶解させた。
【0090】
膜画分を用いたアフィニティー結合実験のため、バッファー(20 mM Tris-HCl, pH8.0, 25 mM NaCl, 10% glycerol, 2 ng/ml アグリカン, 66μg/ml BSA, 1 mM PMSF)中で組換えヒトHis-CCN2又は組換えヒトGST-CCN2のいずれかと膜画分を混合し、4℃で30分間インキュベートした。DSP添加後、混合物をさらに4℃、10分間インキュベートした。CCN2を含む複合体は、Ni-agarose (Qiagen社) 又はglutathione sepharose 4B (GE Healthcare社) のいずれかを用いて沈殿させ、沈殿したタンパク質についてウエスタンブロット解析を行なった。
【0091】
(7) 細胞外タンパク質の免疫蛍光染色
細胞の固定は4% ホルムアルデヒドを用いて行なった。細胞の免疫蛍光染色は、既報(J Cell Physiol.(2005) 202, 191-204; J Cell Physiol.(2003) 197, 94-102)に従い、ErbB2の細胞外領域を認識するFITC標識抗ErbB2抗体(Beckman社)と抗Flag抗体(Sigma社)とを使用し、次いでAlexa Fluor 488 ヤギ抗マウスIgG Ab (Molecular Probes社)と共にインキュベートすることにより行なった。マウント後、共焦点レーザー走査顕微鏡(Bio-Rad社)を用いてタンパク質の局在を観察した。
【0092】
2. 結果
(1) CCN2細胞膜受容体の単離及び結合ドメインの特定
CCN2細胞膜受容体を探索する目的で酵母two-hybrid法を行なった。CCN2タンパク質全長を発現するベクターとヒト軟骨肉腫由来細胞株であるHCS-2/8細胞由来のcDNAライブラリーを酵母内で共発現させ、CCN2タンパク質と相互作用を示すクローンを選択培地中の増殖性で選別した。その結果、EGFレセプターファミリーの一つであるErbB2をコードするクローン#26を単離した。ErbB2は、リガンド結合ドメインと考えられている2つの細胞外領域と、膜貫通ドメインと、チロシンキナーゼ活性及び推定リン酸化部位を有するC末端細胞内ドメインとからなる。クローン#26は、リガンド結合ドメインの一方のみと、膜貫通ドメイン及び細胞内キナーゼドメインとを含んでいた(
図1(A))。
【0093】
ErbB2内のCCN2結合領域を同定する目的で、5種類のErbB2断片(
図1(A)、#1〜#4, #4rev)を発現するベクターを別途作製し、ErbB2断片−GAL4 AD融合タンパク質及びCCN2−GAL4 BD融合タンパク質を酵母AH109細胞内で共発現させ、CCN2とErbB2断片との結合性を酵母内で確認した。その結果、2つのリガンド結合ドメインを含むErbB2断片#3及び一方のリガンド結合部位を含むErbB2断片#2で最も強い結合が確認された(
図1(B))。ErbB2断片#1においてもCCN2との若干の結合が確認された。ErbB2の細胞内領域とCCN2の結合は見られなかった。
【0094】
CCN2のどのドメインがErbB2と結合するかを調べるため、CCN2の全長及び断片A〜I(
図2)を、ErbB2の細胞外リガンド結合ドメインを含むErbB2断片#3と共に酵母細胞内で共発現させ調べた。その結果、2つのリガンド結合部位を含むErbB2断片#3に、CCN2のVWCドメインを含む断片が強く結合することが明らかとなった(
図2)。CCN2のC末端CTドメインも微弱ながら結合活性を有していたが、IGFBPドメインとTSPドメインはいずれもErbB2との結合活性を示さなかった(
図2)。
【0095】
(2) CCN2とErbB2発現細胞との結合性解析
ErbB2の発現が検出されないHeLa細胞にErbB2を発現させる遺伝子構築物を導入し、ErbB2タンパク質を高発現する2ラインを得た(HeLa#3株及びHeLa#5株)。
【0096】
HeLa細胞#5株を固定したサンプルに、FlagタグとHisタグを付加した組換えヒトCCN2(Flag-CCN2-His)を100ng/mlの濃度で添加して37℃、20分間インキュベート後、抗Flag抗体と抗ErbB2抗体で免疫染色を行なった。その結果、
図3に示す通り、ErbB2の局在部位でFlag-CCN2-Hisが検出され、細胞膜に局在しているErbB2にCCN2が結合することが示唆された。
【0097】
細胞表面に発現したErbB2とCCN2との結合性をより詳細に調べるため、HeLa細胞にErbB2を異所的に発現させた細胞株(HeLa#5)、ErbB2を発現していることが知られている乳がん由来細胞株(MCF7)(Oncogene.(2010) 29, 6343-6356)、及び軟骨様細胞株(HCS-2/8)を用いて、
125IラベルしたCCN2の結合を確認した。また、非標識のCCN2を用いた競合結合アッセイにより結合親和性を調べた。コントロールのHeLa細胞への結合は検出されなかったが、HeLa#5へのCCN2の結合は濃度依存的に大きく上昇し、競合アッセイにより調べたKd値は0.8 x 10
-9 Mと、親和性が高いことが確認された(
図4A)。同様に、ErbB2を発現している乳がん細胞MCF7では、ErbB2を発現していない線維嚢胞性乳腺患者由来細胞株MCF10Aとは対照的に、細胞表面へのCCN2の強い結合が確認された(
図4B, Kd= 2.19 x 10
-9 M)。軟骨細胞株HCS-2/8でも細胞表面へのCCN2の結合が確認された(
図4C, Kd=0.19 x 10
-9 M)。
【0098】
(3) CCN2によるErbB2自己リン酸化の誘導及びアグリカン存在下の自己リン酸化の促進
CCN2がErbB2の特異的なリガンドとして機能していることを確認するために、抗リン酸化チロシン抗体を用いてCCN2添加後のErbB2自己リン酸化誘導能を調べた。まず、HeLa細胞#5株において調べたところ、ErbB2の1248番目のY(Y1248)において強いリン酸化が確認され、Y1221/1222及びY877においてもリン酸化が確認された(
図5)。ErbB2を高発現する乳がん由来細胞株SKBr3(Oncogene.(2010) 29, 6343-6356)においてもErbB2自己リン酸化誘導能を調べたところ、Y1248, Y877, Y1221/1222のチロシン自己リン酸化がCCN2添加後10分から確認され、この効果は観察を行なったCCN2添加後160分まで持続していた(
図6A)。さらに、軟骨細胞でCCN2の発現を促進することが知られているアグリカンをCCN2添加前に培養液に添加しておくと、CCN2によるErbB2の自己リン酸化促進能はさらに増強されることが明らかとなり(
図6B)、アグリカンの存在がCCN2の有効細胞表面濃度を増大し得ることが示唆された。これらのデータは、腫瘍細胞におけるErbB2媒介性のシグナル経路をCCN2が活性化することを示唆している。
【0099】
(4) クロスリンク法及びアフィニティー共免疫沈降によるCCN2-ErbB2複合体の検出
CCN2とErbB2の結合は一過性であると予想されたため、CCN2とErbB2の複合体の検出には架橋剤を利用した。ErbB2発現HeLa細胞#5株及びErbB2非発現HeLa細胞の細胞懸濁液を組換えヒトHis-CCN2と共にインキュベートし、これにチオール切断性架橋剤DSPを加えることで、複合体化したCCN2-ErbB2間を架橋させた。細胞を遠心して回収、溶解後、溶解物のタンパク質をSDS-ポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)で分離し、結合しているCCN2を抗His抗体で検出した。その結果、mock細胞では検出されなかったが、ErbB2を過剰発現させたHeLa細胞#5株ではCCN2が検出された (
図7A、矢頭)。HeLa細胞に結合するCCN2の量は、アグリカンにより濃度依存的に増大した(
図7B)。タグ付加しない組換えヒトCCN2による競合的クロスリンキングでは、組換えヒトHis-CCN2との競合が確認された(
図7B)。また、ErbB2を過剰発現するHeLa細胞#5株及びErbB2を発現しないHeLa細胞を均質化・分画遠心して粗製膜画分を調製し、これを組換えヒトHis-CCN2とインキュベートしてアフィニティー架橋アッセイを行なった。架橋反応後、ErbB2特異的抗体でタンパク質をプルダウンし、Hisに対する抗体を用いてウエスタンブロット行なった。その結果、ErbB2と共にプルダウンされたHis-CCN2が検出された(
図7C)。以上により、CCN2が細胞表面でErbB2と結合し、ErbB2レセプターのチロシンリン酸化によりErbB2シグナリングをトリガーすることが示された。
【0100】
(5) CCN2添加による乳がん細胞内での遺伝子発現の変化
ErbB2を発現するMCF7細胞及びErbB2発現が検出されないMCF10A細胞を組換えヒトCCN2(rhCCN2、50ng/ml)と共に37℃、72時間インキュベートし、CCN2遺伝子、taz(transcriptional coactivator with PDZ-binding motif)遺伝子、tead4(TAE domain family member 4)遺伝子の発現量をリアルタイムPCRにより調べた。gapdh(グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ)遺伝子の発現量を内部標準とし、発現量を相対評価した。結果を
図8に示す。MCF7細胞では、培地へのCCN2の添加によりCCN2遺伝子及びtaz遺伝子の発現増大が確認された。ErbB2リン酸化阻害剤であるGW2974(Sigma社)と共にrhCCN2を培地へ添加すると、rhCCN2によるCCN2遺伝子及びtaz遺伝子の発現増大が消失した。tead4は、tazタンパク質と相互作用する転写因子をコードし、Hippo-LATSシグナル経路に関与している遺伝子であるが、CCN2処理による発現量の変化は確認されなかった。ErbB2が検出されないMCF10A細胞では、CCN2処理しても上記3遺伝子の発現量に変化は認められなかった(
図8B)。
【0101】
II. がん細胞の増殖抑制
1. 材料
(1) がん細胞株
ヒト乳がん由来細胞株SkBr3、MCF7及びMDA-MB-231、並びにヒト膵臓がん由来細胞株Capan-1はATCC(American Type Culture Collection)より分譲を受けた。ATCC推奨の条件下で維持した。
【0102】
(2) 組換えヒトタンパク質
full-length ヒトCCN2 (aa 1-349; Swiss-Prot P29279; 配列番号4) をコードする遺伝子をpCEPベクター(Invitrogen社)に挿入し、構築した発現ベクターをHEK293細胞にlipofectamineTM (Invitrogen社)を用いて導入し、安定発現株を培地中へのHygromycin B (Invitrogen社)の添加により選別した。CCN2タンパク質は、無血清DMEM培地中で細胞を培養し、培養上清から3種類の精製法を組み合わせることにより得た。まず、ヘパリンセファロースによりヘパリン結合蛋白を精製し、次にBMP2アフィニティクロマトグラフィー、S200分子篩クロマトグラフィーによって精製を行ない組換えヒトCCN2タンパク質を得た。(文献:FEBS Letters 468 (2000) 215-219,Nat Cell Biol. 2002 August ; 4(8): 599-604. Molecular Vision 2011; 17:53-62)
【0103】
Hisタグ付きErbB2細胞外領域には、ErbB2(配列番号2)の第23番〜第650番アミノ酸の領域を用いた。Bac-to-Bacバキュロウイルス発現システム(Invitrogen社)により該細胞外領域の発現用組換えバキュロウイルスを作製した。まず、pFASTBAC HTBベクターのXbaI, XhoIサイトに、pSV2 erb B2 (理研バイオリソースセンター)を鋳型とし、下記表3のプライマーを用いて増幅した細胞外ErbB2ドメインを組み込み、発現ベクターを構築した。大腸菌DH10Bac内で組換えBacmidを作製し、sf9昆虫細胞にトランスフェクションすることにより組換えバキュロウィルス粒子を作製した。Sf9培養細胞にこの組換えバキュロウイルスを感染し組換えErbB2タンパク質を発現させ、Ni-agarose(GE Healthcare社)を用いて精製を行った。
【0104】
【表3】
【0105】
組換えヒトVWCフラグメントは、周知の遺伝子工学的手法により調製した。HCS-2/8細胞由来RNAから合成したcDNAを鋳型として、ヒトCCN2のVWCドメインcDNA(配列番号3の第513位〜第704位)を下記表4のプライマーを用いてPCRにより増幅させたものをBamHI(タカラバイオ社)およびXhoI(タカラバイオ社)処理後、断片をpGEX-6P-1ベクター(GE Healthcare社)のBamHI、XhoIサイトに挿入した。この構築物を大腸菌BL21(DE3)pLysS(Novagen社)に導入し、GST融合タンパク質として大腸菌内で発現させ、Glutathione Sepharose 4B(GE Healthcare社)に結合後、LPS(リポ多糖)除去処理し、PreScission Protease(GE Healthcare社)を用いてGST部分を切断除去した。
【0106】
【表4】
【0107】
ビオチン化CCN2は、ビオチン化試薬EZ-Link NHS-PEG4-Biotin(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用い、試薬マニュアルに従い作製した。
【0108】
(3) 合成ペプチド
ErbB2とCCN2の結合を阻害するVWCペプチドを探索するために、CCN2のVWCドメインを断片化したペプチドを化学的に合成した(
図9及び表5、VWCペプチド#2〜4)。
【0109】
同様に、ErbB2とCCN2の結合を阻害するErbB2ペプチドを探索するために、CCN2がより強力に結合する事が確認されたErbB2細胞外領域のうち、リガンド結合予測部位をさらに断片化したペプチドを化学的に合成した(
図9及び表5、ErbB2ペプチド1〜6)。
【0110】
各ペプチドの溶媒の組成を表5に併せて示す。
【0111】
【表5】
【0112】
2. 方法及び結果
(1) CCN2のがん細胞増殖促進作用と抗CCN2-VWCドメイン抗体によるがん細胞増殖阻害作用
[方法]
CCN2活性を抑える抗体を探索する目的で、CCN2のモノクローナル抗体を作製した。シグナルペプチドを除く組換えヒトCCN2タンパク質を免疫原としてマウスに免疫し、常法のハイブリドーマ法によりモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを作製し、CCN2との結合性に基づいてCCN2特異的に結合する抗体を産生するクローンを選抜した。その結果、VWCドメインを認識する2クローン(11H3及び101C10)を得た。表5に示すVWCペプチドを用いたエピトープ解析の結果、11H3はVWCペプチド#2と、101C10はVWCペプチド#4と結合することが確認され、各抗体はそれぞれこれらペプチド領域内にエピトープを有することが確認された。
【0113】
SkBr3細胞は96 well plateに5×10
5cells/wellで播種し、3時間培養し細胞定着させた。その後、無血清培地200μlに交換し、組換えヒトCCN2を最終濃度が12.5, 25, 50ng/mlになるよう添加した。上記で作製した抗CCN2-VWCドメイン抗体(11H3, 1mg/ml)は、2μl/well添加し、48時間後にテトラカラーワン(生化学バイオビジネス株式会社)を加え、形成されたホルマザン塩の吸光度を定法により測定する事により生細胞数を評価した。
【0114】
また、MCF7細胞を96 well plateに1×10
4cells/wellで播種し、24時間培養し細胞定着させた。その後、組換えヒトCCN2を最終濃度が6.25, 12.5, 25, 50, 100ng/mlになるよう添加した。上記で作製した抗CCN2-VWCドメイン抗体(11H3又は101C10, 1mg/ml)は、2μl/well添加し、46時間後にBrdUを加え、さらに2時間培養した。その後、BrdU細胞増殖アッセイキット(Roche社)を用いて、細胞に取り込まれたBrdUを655 nmの吸光度により評価した。すなわち、細胞のDNA中に取り込まれたBrdUとペルオキシダーゼ標識抗BrdU抗体を反応させ、次いでペルオキシダーゼの基質(TMB:tetramethylbenzidine)を用いて発色させ、ELISAリーダーで吸光度(波長655nm)を測定した。
【0115】
[結果]
SkBr3細胞における結果を
図10Aに、MCF7細胞における結果を
図10Bに示す。ErbB2を発現しているSkBr3細胞、MCF7細胞の培養液に組換えCCN2を添加することにより、濃度依存的に細胞増殖が促進された。さらに、VWCドメインをエピトープとする抗CCN2-VWCドメイン抗体を添加することにより、細胞増殖が抑制された。
【0116】
(2) 組換えヒトVWCフラグメントと合成VWCペプチドによるがん細胞の増殖抑制作用(アンタゴニスト)
[方法]
細胞増殖アッセイ
がん細胞として、ヒト乳がん由来細胞株MCF7、MDA-MB-231及びSkBr3、並びにヒト膵臓がん由来細胞株Capan-1を用いた。細胞を1×10
4 cells/wellになるよう、培地(10%ウシ胎児血清入)100μlに懸濁し、96 well plateに播種した。3時間後に細胞の底着を確認し、さらに100μlの血清非添加培地に最終濃度の2倍濃度の増殖因子(組換えヒトCCN2)溶液又は増殖抑制因子(組換えヒトVWCフラグメント、合成VWCペプチド)溶液を添加した。BrdU細胞増殖アッセイキット(Roche社)のマニュアルに従って、37℃, 24時間培養し、培養終了2時間前に、BrdUを細胞に取り込ませ、取り込んだBrdUを655 nmの吸光度により測定した。
【0117】
[結果]
組換えヒトCCN2は、MCF7細胞の増殖を促進した(
図11A)。さらに組換えヒトVWCフラグメント(終濃度1.85μg/ml)の培養液への添加は、組換えヒトCCN2の増殖促進効果を強く抑制した(
図11A)。この事から、組換えヒトVWCフラグメントは、ErbB2との相互作用に関しCCN2と拮抗するErbB2のアンタゴニストとして作用していることが示唆された。
【0118】
合成VWCペプチドが乳がん細胞の増殖に及ぼす影響を測定するために、MDA-MB-231細胞において合成VWCペプチド#2, 3, 4が細胞増殖に及ぼす作用を調べた。CCN2を培地に添加しない条件下でMDA-MB-231細胞に合成ペプチドを添加し、上記と同様にBrdUの取り込みにより細胞増殖を調べた。その結果、合成VWCペプチド#4は、ペプチドの代わりにその溶媒を添加したコントロールと比較してMDA-MB-231細胞の増殖を抑制していた(
図11B)。合成VWCペプチド#4は、ErbB2との相互作用に関しCCN2と拮抗するErbB2のアンタゴニストとして作用していることが示唆された。
【0119】
組換えヒトVWCフラグメントが乳がん細胞の増殖に及ぼす影響を測定するために、MCF7細胞及びSkBr3細胞を用いて実験を行なった。CCN2を培地に添加しない条件下で細胞に組換えヒトVWCフラグメントを添加し、上記と同様にBrdUの取り込みにより細胞増殖を調べた。その結果、組換えヒトVWCフラグメントは、コントロールである溶媒に比べMCF7細胞及びSkBr3細胞の増殖を抑制した(
図11C, D)。組換えヒトVWCフラグメントは、ErbB2との相互作用に関しCCN2と拮抗するErbB2のアンタゴニストとして作用していることが示唆された。
【0120】
組換えヒトVWCフラグメントが乳がん以外のがん細胞の増殖に及ぼす影響を測定するために、膵臓がん由来のCapan-1細胞を用いて実験を行なった。CCN2を培地に添加しない条件下で細胞に組換えヒトVWCフラグメントを添加し、上記と同様にBrdUの取り込みにより細胞増殖を調べた。その結果、膵臓がん細胞Capan-1においても、組換えヒトVWCフラグメントによる細胞増殖の抑制が確認された(
図11E)。
【0121】
CCN2 VWC領域のうちでがん細胞増殖抑制に重要な領域をさらに絞り込むため、合成VWCペプチド#4の領域から下記表6に示す通りに10残基のサイズのペプチドを調製し、MCF7細胞を用いて実験を行なった。CCN2を培地に添加しない条件下でMCF7細胞に各ペプチドを添加し、上記と同様にBrdUの取り込みにより細胞増殖を調べた。比較のため、aa121-141の領域からなるペプチドB-6及びaa142-166の領域からなるペプチドB-7も調製して同様に実験を行なった。
【0122】
【表6】
【0123】
その結果を
図12A〜Cに示す。ペプチドV-3に増殖抑制効果があることが確認された。
【0124】
(3) ErbB2細胞外領域とCCN2との特異的結合
[方法]
組換えヒトCCN2とHisタグ付きErbB2細胞外領域との結合を、ErbB2細胞外領域内のリガンド結合部位に該当するペプチド断片(ErbB2ペプチド1〜6,
図9)が阻害するか調べるために、96 well plateに0.05 M 炭酸ナトリウムバッファー(pH9.6)で調製したHisタグ付きErbB2細胞外領域(0.1μg/ml)を100μl/well添加し,4℃で16時間コーティングした。このコーティング液を除去した後に、ウェルを200μl/wellの結合バッファー(50 mM Tris-HCl (pH7.4), 150 mM NaCl, 2%BSA, 0.05% Tween20)中、37℃で3時間ブロッキングした。結合バッファーで1回洗浄した後、ウェルあたり100μlになるように調製したビオチン化CCN2および各ErbB2ペプチド(1〜6,
図9)をそれぞれの濃度で添加し,37℃で6時間インキュベートした。その後、ウェルを300μl/wellの結合バッファーで3回洗浄した後、結合バッファーで200倍希釈したストレプトアビジン-HRP(R&D System社)を100μl/wellずつ加え、室温で20分間インキュベートした。ウェルを300μl/wellの結合バッファーで3回洗浄した後、TMB Peroxidase Substrate kit(Bio-Rad社)の発色試薬を100μl/wellずつ加え、37℃でインキュベートし655 nmの吸光度を測定した。
【0125】
また、表面プラズモン共鳴(SPR)BiacoreXシステム(GE Healthcare社)を用いて、組換えヒトCCN2と組換えErbB2細胞外領域との結合をモニタリングした。組換えErbB2蛋白1.8μgをセンサーチップC1にアミノカップリングによりリガンドとしてresonance unit(RU)で5000-7000になるように固相化し、それぞれの濃度のCCN2溶液をアナライトとして添加した。結合実験には0.15 M NaCl, 0.01 M HEPES, 0.005% Surfactant P20(GE Healthcare社)を溶媒として用い、チップは0.01 M HClで再生した。Kd値はBIA evaluation software version 3.0を用いて計算した。
【0126】
[結果]
ビオチン化CCN2は、プレート上にコートしたHisタグ付きErbB2細胞外領域にビオチン化CCN2の濃度依存的に結合した(
図13A)。さらに、ビオチン化CCN2の濃度を一定にし、Hisタグ付きErbB2細胞外領域を添加すると、Hisタグ付きErbB2細胞外領域の濃度依存的にビオチン化CCN2の結合は阻害された(
図13B)ことから、両者の結合は特異的である事が明らかとなった。
図13Cは、ErbB2細胞外領域とCCN2の結合をBIACORE社のSPRセンサーを用いてモニタリングした結果である。
【0127】
ErbB2とCCN2との結合を、ErbB2のリガンド結合予測領域に該当するペプチド断片1〜6が阻害するか否かを調べる目的で、それぞれのペプチドを異なる濃度で添加した。その結果、ErbB2ペプチド5において特に結合阻害作用が強く、Hisタグ付きErbB2細胞外領域と同程度の強い結合阻害作用が確認された(
図13D)。このことから、ErbB2ペプチド5の領域は、ErbB2とCCN2との結合に重要で、このペプチドを用いることで、CCN2とErbB2の結合が阻害され、がん細胞の増殖を抑制することが期待された。
【0128】
(4) ErbB2リガンド結合領域ペプチドによりErbB2細胞外領域とCCN2との結合を阻害することによるMDA-MB-231細胞の増殖抑制作用
[方法]
合成したErbB2ペプチド1〜6(
図9)ががん細胞の増殖を抑制するかどうかを調べるため、MDA-MB-231細胞を用いて上記II 2 (2)と同様の細胞増殖アッセイを行なった。96 well plateで培養した細胞にErbB2ペプチドを添加し、BrdU細胞増殖アッセイキット(Roche社)を用いて細胞増殖を測定した。
【0129】
[結果]
ErbB2ペプチド4および5が、その溶媒のコントロール群と比較して細胞の増殖を抑制する事が明らかとなった(
図14)。この事から、ErbB2ペプチド4および5はがん細胞の増殖を抑制することが示された。
【0130】
(5) 組換えヒトVWCフラグメントとタキソールの同時添加によるMCF7細胞の細胞死誘導効果
【0131】
[方法]
トリパンブルー色素排除試験法(Dye-exclusion test)
MCF7細胞を24 well plateに1×10
5 cells/wellになるように400μlの培地に懸濁して播種し、16時間後に組換えヒトVWCフラグメント(終濃度0.18μg/ml, 26nM)および抗がん剤であるタキソール(CellSignaling社)(終濃度85pg/ml, 0.1nM)を、600μlの培地に希釈して添加した。なお、タキソールは、CellSignaling社のプロトコールに従い、1.15mlのDMSOに1mgを溶解し、1mMとしたものを培地に添加した。48時間培養後、培養上清から浮遊した細胞を回収および付着した細胞はトリプシン処理後に回収し、回収したそれぞれの細胞についてトリパンブルー染色により生細胞および死細胞数を測定した。
[結果]
組換えヒトVWCフラグメントおよびタキソールとの複合添加が乳がん細胞死誘導に及ぼす効果を調べた。その結果、低濃度タキソール(0.1nM)添加時に組換えヒトVWCフラグメント(26nM)を複合添加することにより、タキソール単独添加に比べて、細胞死のより高い誘導効果が観察された(
図15)。組換えヒトVWCフラグメントは、
図11Aに示す通り、26nMの処理濃度では単独でCCN2により誘導される細胞増殖を抑制する効果を示さない。従って、タキソールと組換えヒトVWCフラグメントの併用の効果は相乗的であるといえる。
【0132】
参考データ:酵母two-hybrid法による全長CCN2とCCN3との結合ドメインの検索
酵母AH109株中にGAL4 DNA結合ドメイン(BD)との融合体として発現するCCN2をコードしたベクターと、GAL4 DNA活性化ドメイン(AD)との融合体として発現するCCN3の各ドメインをコードしたベクターとを共導入し、栄養要求性から両因子の結合の有無を調べた。その結果,CCN2とCCN3とは、VWC, CTドメインで結合活性を示す事が明らかとなった(
図16A)。
【0133】
ビオチン化CCN2とGST-CCN3との結合を調べた。96 well plateにGST-CCN3又はGSTを50μg固相化し,ビオチン化したCCN2を0〜3μg/mLの濃度で添加した。洗浄後、プレートに結合したビオチン-CCN2をアビジン-HRPでラベル後、TMBで発色した。その結果、
図16Bに示す通り、CCN2はCCN3と濃度依存的に結合した。