(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0026】
まず、本発明の磁性体粒子の操作方法の概要および原理について説明する。
図1は、本発明の磁性体粒子操作に用いられるデバイス50の一実施形態、および当該デバイスを用いた粒子操作方法を説明するための模式図である。本発明の粒子操作用デバイスでは、容器内で、ゲル状媒体層と液体層とが交互に配置されている。
図1(A)において、容器10内には、底部側から第二の液体層32、ゲル状媒体層21、および第一の液体層31がこの順に装填されている。ゲル状媒体層21内には、磁性固体60が装填されている。
【0027】
ゲル状媒体層21を構成するゲル状媒体は、これと隣接する液体層31,32と混和性を有さず、不溶または難溶であることが好ましい。例えば、液体層31,32が水系液体からなる場合、ゲル状媒体層21は、水系液体に不溶または難溶の油性ゲルであることが好ましい。また、ゲル状媒体層は、化学的に不活性な物質であることが好ましい。ここで、液体に不溶性または難溶性であるとは、25℃における液体に対する溶解度が概ね100ppm以下であることを意味する。化学的に不活性な物質とは、液体層との接触や磁性体粒子の操作(すなわち、ゲル状媒体中で磁性体粒子を移動させる操作)において、液体層、磁性体粒子や磁性体粒子に固定された物質に、化学的な影響を及ぼさない物質を指す。
【0028】
第一の液体層31中には、磁性体粒子71が含まれている。この磁性体粒子71は、核酸等の特定の目的物質が表面に固定されたものであってもよい。磁性体粒子71への目的物質の固定は、例えば、第一の液体層31中で行われる。予め目的物質を表面に固定させた磁性体粒子71が第一の液体層31中に添加されてもよい。また、第二の液体層32およびゲル状媒体層21が装填された容器10の開口部から、目的物質を表面に固定させた磁性体粒子71を含む液体を、ゲル状媒体層21上に注入してもよい。
【0029】
磁性体粒子71は、磁場の作用により、容器の内壁面に引き寄せられる。磁場操作には、永久磁石(例えばフェライト磁石やネオジム磁石)や電磁石等の磁力源を用いることができる。容器の内壁面に引き寄せられた磁性体粒子71は凝集体を形成し、第一の液体層31を構成する液体が、磁性体粒子の凝集体内に取り込まれる場合がある。また、第一の液体層31内に、目的物質以外の夾雑物が含まれる場合は、夾雑物も磁性体粒子の凝集体に取り込まれる場合がある。特に、変性されたタンパク質等は、磁性体粒子同士を付着させる作用を有し、これらの夾雑物も磁性体粒子の凝集体に取り込まれる。
【0030】
磁石9を第一の液体層31の側面からゲル状媒体層21の側面へと移動させると、磁性体粒子71は、第一の液体層31からゲル状媒体層21内へと進入する。この際、磁性体粒子71の周囲に液滴として物理的に付着している水系液体の大半は、磁性体粒子71がゲル状媒体層21の表面から内部に進入する際に、粒子表面から脱離して液体層31の液分に残る。一方、磁性体粒子71は、粒子に固定された目的物質を保持したまま、ゲル状媒体層21内を容易に移動できる。
【0031】
ゲル状媒体層21内への磁性体粒子71の進入および移動により、ゲル状媒体が穿孔されるが、チクソトロピックな性質により、ゲルは自己修復する。磁場操作により、磁性体粒子がゲル内を移動する際、剪断力が付与されると、チクソトロピックな性質により、ゲルは局所的に流動化(粘性化)する。そのため、磁性体粒子は、流動化した部分を穿孔しながら、ゲル内を容易に移動できる。磁性体粒子が通過した後、剪断力から解放されたゲルはすみやかに元の弾性状態に復元する。そのため、磁性体粒子が通過した部分に貫通孔が形成されず、磁性体粒子の穿孔部分を介して、液体がゲル内へ流入することは、ほとんど生じない。
【0032】
上記のようなゲルのチクソトロピックな性質による復元力が、磁性体粒子71に付随する液体を搾り取る作用を奏する。そのため、磁性体粒子71が凝集体となり、その中に液滴が取り込まれた状態でゲル状媒体層21内へ移動した場合でも、ゲルの復元力によって、磁性体粒子と液滴とが分離され得る。一方、磁性体粒子の凝集体に取り込まれた変性タンパク質等の夾雑物は、磁性体粒子同士を強固に付着させているため、ゲルの復元力によって磁性体粒子から分離することは困難である。そのため、これらの夾雑物は、磁性体粒子の凝集体内に取り込まれたままで、ゲル状媒体層内を移動する。
【0033】
磁石9を第一の液体層31の側面からゲル状媒体層21の側面へと移動させると、磁性体粒子71が、第一の液体層31からゲル状媒体層21内へと進入するとともに、ゲル状媒体層21内に装填されている磁性固体60が磁石9へ引き寄せられる(
図1(C))。そのため、磁性固体60は、磁性体粒子71の凝集体と一体となって、ゲル状媒体層内を移動する。
【0034】
ゲル状媒体層21内を通過した磁性体粒子71および磁性固体60は、磁場操作により、ゲル状媒体層21から第二の液体層32へと移動させられる(
図1(D))。上述のように、ゲル状媒体には、磁性体粒子や磁性固体が通過した部分には貫通孔が形成されないため、第一の液体層31から、第二の液体層32への液体の流入はほとんど生じない。
【0035】
第二の液体層32の側面に沿って磁石9を移動させると、磁性固体60および磁性体粒子71も、磁石9の移動に伴って第二液体層内を移動する。この際、凝集体を形成していた磁性体粒子71が、第二液体層内で分散される(
図1(E))。このように、本発明の磁性体粒子の操作方法では、液体層内に、磁性体粒子と磁性固体とを共存させ、磁場操作によって、磁性固体とともに磁性体粒子を移動させることによって、凝集体を形成していた磁性体粒子が、液体層内で分散される。
【0036】
そのため、第二の液体層32が洗浄液である場合には、磁性体粒子に付着していた変性タンパク質等の夾雑物を洗浄除去できる。第二の液体層32が溶出液である場合には、磁性体粒子が分散された状態で、粒子に固定されていた核酸等の目的物質の溶出(遊離)が行われるため、目的物質の回収効率が高められる。また、第二の液体層32が、磁性体粒子に固定化されている目的物質との反応を生じる物質を含む場合、磁性体粒子が分散された状態で、反応が行われるため、反応効率が高められる。
【0037】
液体層内で、磁性固体とともに磁性体粒子を移動させることによって、磁性体粒子が分散される原理は必ずしも明らかではない。磁性固体および磁性体粒子の動きを目視観察した範囲では、磁性固体60が容器10の壁面に沿って移動する際に、容器壁面と磁性固体との摩擦抵抗や、磁石の移動に対する磁性固体の追随の遅延に伴って、磁性固体が微振動していることが判明している。この磁性固体の微振動が、磁性固体周辺に存在する磁性体粒子を分散させる作用を有するか、あるいは、磁性固体の微振動が、容器壁面と磁性固体との間に存在する磁性体粒子の凝集体を粉砕させる作用を有するため、磁性体粒子が、液体層内で迅速に分散されると推定される。
【0038】
本発明の粒子操作方法は、液体層内で磁性体粒子を分散させることに特徴を有しており、ゲル状媒体内を通過させた磁性体粒子に限らず適用可能である。例えば、凝集体となった磁性体粒子を容器の開口部から液体層内に投入し、磁性固体との共存下で磁場操作を行うことによっても、本発明を実施できる。
【0039】
ゲル状媒体内を通過させた磁性体粒子に対して、本発明の粒子操作を行えば、密閉系を保持したまま、液体層内で磁性体粒子を分散可能である。すなわち、
図1や
図2に示すように、液体層32,132,133,134は、ゲル状媒体層間やゲル状媒体層と容器との間に保持されているため、密閉系を保ったままで外部からアクセスできない。ピペット操作によりこれらの液体層中の磁性体粒子の分散を行う場合、ゲル状媒体層を貫通させてピペットの先端を液体層内に挿入する必要があり、密閉系を保持できない。これに対して、本発明の方法は、密閉系を保持したまま、液体層中に磁性体粒子を分散できるため、外部からのコンタミネーションを抑制できる。さらに、後に実施例と比較例との対比で示すように、本発明の方法は、ピペット操作よりも、磁性体粒子の分散効率が高く、目的物質の洗浄や回収を高効率化できる。
【0040】
[磁性体粒子]
本発明に用いられる磁性体粒子71は、磁場の作用によって、液体中あるいはゲル状媒体中において、凝集、分散、移動等の操作を行い得るものである。磁性体としては、鉄、コバルト、ニッケル等の強磁性金属、ならびにそれらの化合物、酸化物、および合金等が挙げられる。具体的には、マグネタイト(Fe
3O
4)、ヘマタイト(Fe
2O
3、またはαFe
2O
3)、マグヘマイト(γFe
2O
3)、チタノマグネタイト(xFe
2TiO
4・(1−x)Fe
3O
4、イルメノヘマタイト(xFeTiO
3・(1−x)Fe
2O
3、ピロタイト(Fe
1−xS(x=0〜0.13)‥Fe
7S
8(x〜0.13))、グレイガイト(Fe
3S
4)、ゲータイト(αFeOOH)、酸化クロム(CrO
2)、パーマロイ、アルコニ磁石、ステンレス、サマリウム磁石、ネオジム磁石、バリウム磁石が挙げられる。
【0041】
液体中およびゲル状媒体中での粒子操作を容易とする観点から、磁性体粒子の粒径は0.1〜20μm程度が好ましく、0.5〜10μm程度がより好ましい。磁性体粒子の形状は、粒径が揃った球形が望ましいが、粒子操作が可能である限りにおいて、不規則な形状で、ある程度の粒径分布を持っていてもよい。磁性体粒子の構成成分は単一物質でもよく、複数の成分からなるものでも良い。
【0042】
磁性体粒子は、特定の目的物質を特異的に固定できるものが好ましい。粒子表面あるいは粒子内部に目的物質を保持できるものであれば、固定方法は特に限定されず、物理吸着、化学吸着等の各種公知の固定化メカニズムが適用可能である。例えば、ファンデルワールス力、水素結合、疎水相互作用、イオン間相互作用、π−πスタッキング等の種々の分子間力により、粒子の表面あるいは内部に目的物質が固定される。
【0043】
粒子に固定される目的物質としては、例えば核酸、タンパク質、糖、脂質、抗体、受容体、抗原、リガンド等の生体由来物質や細胞等が挙げられる。目的物質が生体由来物質である場合は、分子認識等により、粒子表面に目的物質が固定されてもよい。例えば、目的物質が核酸である場合は、シリカコーティングされた磁性体粒子を用いることにより、粒子表面に核酸を特異的に吸着させることができる。また、目的物質が、抗体(例えば、標識抗体)、受容体、抗原およびリガンド等である場合、粒子表面のアミノ基、カルボキシル基、エポキシ基、アピジン、ピオチン、ジゴキシゲニン、プロテインA、プロテインG等により、目的物質を粒子表面に選択的に固定できる。
【0044】
磁性体粒子としては、上記磁性体の表面に、目的物質を特異的に固定させるための物質、例えば、各種官能基を有する化合物、シリカ、ストレプトアビジン、黄色ブドウ球菌、プロテインA、プロテインG,免疫グロブリン等が付着したもの、あるいは当該物質で被覆されたものが好適に用いられる。このような磁性体粒子は、例えば、ライフテクノロジーズから販売されているDynabeads(登録商標)や、東洋紡から販売されているMagExtractor(登録商標)等の市販品を用いることもできる。
【0045】
[磁性固体]
本発明に用いられる磁性固体60は、磁性体であればその材料は特に限定されず、上記磁性体粒子を構成する磁性体として例示したのと同様に、鉄、コバルト、ニッケル等の強磁性金属、ならびにそれらの化合物、酸化物、および合金等が挙げられる。磁性固体の形状は特に限定されず、球状、多面体状、偏平形状、棒状等であってもよい。
【0046】
磁性固体は、磁性体粒子よりも粒径が大きいことが好ましい。なお、磁性固体が非球状の場合は、長径を粒径とみなす。磁性固体の粒径は、50μm以上が好ましく、100μm以上がより好ましく、150μm以上がさらに好ましい。磁性体粒子が凝集体を形成している場合であっても、粒径の大きい磁性固体の共存下で、磁場操作によって移動させることにより、磁性体粒子を液体中に分散させることができる。磁性固体の粒径は、磁性体粒子の粒径の10倍以上が好ましく、20倍以上がより好ましく、30倍以上がさらに好ましく、50倍以上が特に好ましい。
【0047】
磁性固体は、容器内で移動可能なものであれば、粒径の上限は特に限定されない。例えば、容器が管状であり、磁性固体が球状である場合、磁性固体の粒径が、容器の内径よりも小さければよい。磁場による操作を容易とする観点から、磁性固体の粒径は10mm以下が好ましく、5mm以下がより好ましく、3mm以下がさらに好ましい。また、磁性固体の粒径は、磁性体粒子の粒径の100000倍以下が好ましく、50000倍以下がより好ましく、10000倍以下がさらに好ましい。
【0048】
磁性固体としては、ボールベアリング用の鉄球やステンレス球等の市販の金属球等をそのまま用いることができる。また、磁性固体に機能性を持たせることもできる。例えば、鉄やステンレス等の金属材料の表面にコーティングを施すことにより、試薬や試料に対する耐腐食性を持たせることができる。
【0049】
特に、磁性固体が粒子操作デバイス内で、液体層やゲル状媒体に長時間接触させられる場合、磁性固体を構成する鉄等の金属が腐食しやすく、腐食成分(例えば液体層中に溶出した金属イオン)が、試薬や試料の反応(例えば酵素反応や、抗原抗体反応)や、試料の固定および溶出に影響を及ぼす場合がある。これに対して、磁性固体が金属表面に腐食を防止するためのコーティング層を有することにより、金属の腐食による影響を抑制できる。
【0050】
金属表面に耐腐食性を持たせるためのコーティングが施される場合、コーティング材料は、ゲル状媒体や液体層内での金属の腐食を防止できるものであれば、特に限定されず、金属、金属酸化物等の無機材料でも、樹脂材料でもよい。金属材料としては、金、チタン、プラチナ等が挙げられる。樹脂材料としては、テトラフルオロエチレン等のフッ素系樹脂やエポキシ系樹脂等が挙げられる。また、コーティング材料としては、試薬や試料との反応の阻害や、試料の固定および溶出への影響が少ないものが好ましく用いられる。
【0051】
金属表面へのコーティング層の形成方法は特に限定されない。例えば、金属表面に、耐腐食性を持たせるために、金、チタン、プラチナ等の金属コーティングが施される場合、メッキ法やドライプロセス(蒸着、スパッタ、CVD等)が好ましく採用される。金属表面に樹脂コーティングが施される場合、ウェットコーティングが好ましく採用される。
【0052】
物理的な衝撃等によって、金属の腐食を防止するためのコーティングの剥がれや傷付きが生じると、金属が露出し、露出部分から金属の腐食を生じる場合がある。そのため、コーティング層の厚みは、数μm〜数百μm程度が好ましい。コーティング層をこのような厚みとするためには、ウェットコーティングにより、樹脂層を形成することが好ましい。樹脂材料としては、樹脂溶液や液状接着剤等を用いることができる。液状接着剤としては、金属用の接着剤として市販されているものをそのまま用いてもよい。例えば、二液硬化型のエポキシ系接着剤は、常温での硬化が可能であり、上記厚みのコーティング層を容易に形成できるため、金属の腐食を防止するためのコーティング材料として好適に用いられる。
【0053】
ウェットコーティングにより樹脂溶液の乾燥や硬化が行われる場合、コーティング層の剥がれが生じないように、乾燥条件が設定されることが好ましい。例えば、コーティング後の磁性固体を静置して乾燥あるいは硬化する場合は、樹脂材料が付着し難い材料や、コーティング液の溶媒に対する耐溶剤性を有する材料上に、コーティング後の磁性固体を静置することが好ましい。
【0054】
磁性固体の表面には、耐腐食性コーティング以外のコーティング層を設けることもできる。例えば、磁性体粒子に固定される物質とは別の物質が磁性固体表面に固定されるように、磁性固体表面を、種々の機能性分子でコートしてもよい。その他、磁性固体表面を、発光物質や蛍光物質等の光学材料でコートしてもよい。このような構成によれば、磁性固体の位置を光学的に検出可能となるため、例えば、粒子操作を自動化する際、磁性固体や磁性体粒子の位置検出や位置補正に応用できる。また、磁性固体の、材質、大きさ、形状を調整することにより、マイクロ流路系における、磁場操作によるバルブ、ポンプ動作のためのアクチュエーターとしての機能を磁性固体に兼用させることもできる。その他、磁性固体を、磁気共鳴による流体制御素子の駆動用電力の受容体とすることや、電磁誘導による発熱体として化学反応の熱源に利用することもできる。
【0055】
図1に示す実施形態では、磁性固体60が予めゲル状媒体層21内に装填されている形態を例示したが、磁性固体は、第二の液体層32内に予め装填されていてもよい。また、第一の液体層31内に磁性固体を投入してもよく、ゲル状媒体層21上に磁性固体を載置しておき、そこへ液体を注入してもよい。また、磁性体粒子や液体とともに、容器内へ磁性固体を投入してもよい。なお、
図1に示す実施形態では、1つのデバイス内で1個の磁性固体が用いられているが、複数の磁性固体を用いてもよい。
【0056】
[容器]
本発明では、容器10内に充填された液体層内で、磁性体粒子の操作が行われる。容器内で磁性固体を移動可能であり、液体やゲル状媒体を保持できるものであれば、その材質や形状は特に限定されない。例えば内径1〜2mm程度、長さ50mm〜200mm程度の直管状構造体(キャピラリー)や、幅1〜2mm程度、深さ0.5〜1mm程度、長さ50mm〜200mm程度の直線状溝が形成された平面板材の上面に、別の平面板材を貼り合わせた構造体等が用いられる。
【0057】
容器の大きさを極力小さくすれば、微小液体操作用マイクロデバイス、または微小液体操作用チップとしても使用できる。なお、容器の形状は管状や面状に限定されず、粒子の移動経路が、十字あるいはT字等の分岐を有する構造であってもよい。また、エッペンドルチューブ等の錐形状の容器を用いてもよい。
【0058】
本発明では、磁場操作によって、容器10内の磁性体粒子71を移動可能であるため、試料投入後の容器を密閉系とすることができる。容器を密閉系とすれば、外部からのコンタミネーションを防止できる。そのため、RNA等の分解しやすい物質を磁性体粒子に固定して操作する場合に、特に有用である。容器を密閉系とする場合、容器の開口部を熱融着する方法や、適宜の封止手段を用いて封止することができる。操作後の粒子や水系液体を容器外に取り出す必要がある場合は、樹脂栓等を用いて、取り外し可能に開口部を封止することが好ましい。
【0059】
磁場操作によって、磁性体粒子や磁性固体は、容器の内壁面に沿って移動する。すなわち、容器の内壁面は、磁性体粒子および磁性固体の搬送面となる。そのため、容器の内壁面が撥水性であれば、磁性体粒子からの液体の分離が促進され、固液分離が高効率化され得る。容器の内壁面は、25℃における水系液体の接触角が95°〜135°程度であることが好ましい。
【0060】
このような特性を備える材質としては、ポリプロピレンやポリエチレン等のポリオレフィン、テトラフルオロエチレン等のフッ素系樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリカーボネート、環状ポリオレフィン等の樹脂材料が挙げられる。これらの素材の他、セラミック、ガラス、シリコーン、金属等も用いられ得る。容器内壁面の撥水性を高めるために、フッ素系樹脂やシリコーン等によるコーティングが行われてもよい。
【0061】
容器内壁面の表面粗さは特に限定されない。算術平均粗さRaが0.1μm以下の平滑な内壁面を有する容器、およびRaが1μm以上の粗面の内壁面を有する容器を用いて本発明者らが検討を行ったところ、いずれの容器においても、磁性体粒子が液体中に効率的に分散され、高い洗浄・回収効率で、目的物質を精製できることが確認されている。
【0062】
粒子の操作中あるいは操作後に、吸光度、蛍光、化学発光、生物発光、屈折率変化等の光学的測定が行われる場合や、光照射が行われる場合は、光透過性を有する容器が好ましく用いられる。また、容器が光透過性であれば、容器内の粒子操作の状況を目視確認できることからも好ましい。一方、液体や磁性体粒子等を遮光する必要がある場合は、光透過性を有していない金属等の容器が好ましく用いられる。使用目的等によって、光透過部分と遮光部分とを有する容器を採用することもできる。
【0063】
[液体]
液体層31,32を構成する液体は、磁性体粒子表面に固定された目的物質の、抽出、精製、反応、分離、検出、分析等の化学操作の場を提供する。液体の種類は特に限定されないが、ゲル状媒体を溶解しないものが好ましい。そのため、液体としては、水溶液や、水と有機溶媒の混合溶液等の水系液体が好ましく用いられる。液体は、これら化学操作のための単なる媒体として機能し得る他に、化学操作に直接関与するか、あるいは当該操作に関与する化合物を成分として含んでいてもよい。液体に含まれる物質としては、磁性体粒子に固定された反応性物質と反応する物質、当該反応によって磁性体粒子の表面に固定された物質と更に反応する物質、反応試薬、蛍光物質、各種の緩衝剤、界面活性剤、塩類、およびその他の各種補助剤、並びに、アルコール等の有機溶剤等を例示することができる。水系液体は、水、水溶液、水懸濁液等の任意の態様で提供され得る。容器中に、ゲル状媒体層を間に介して複数の液体層が装填される場合、各液体層を構成する液体は同一であってもよく、異なるものでもよい。
【0064】
[ゲル状媒体]
ゲル状媒体層21を形成するゲル状媒体は、粒子操作前においてゲル状、若しくはペースト状であればよい。前述のごとく、ゲル状媒体は、液体層31,32の液体に不溶性または難溶性であり、化学的に不活性な物質であることが好ましい。
【0065】
ゲル状媒体の材料や組成等は、特に限定されない。ゲル状媒体は、例えば、液体油脂、エステル油、炭化水素油、シリコーン油等の非水溶性または難水溶性の液体物質に、ゲル化剤を添加してゲル化することにより形成される。ゲル化剤によって形成されるゲル(物理ゲル)は、水素結合、ファンデルワールス力、疎水的相互作用、静電的吸引力等の弱い分子間結合力により、三次元ネットワークを形成しており、熱等の外部刺激により可逆的にゾル・ゲル転移する。ゲル化剤としては、ヒドロキシ脂肪酸、デキストリン脂肪酸エステル、およびグリセリン脂肪酸エステル等が用いられる。ゲル化剤の使用量は、非水溶性または難水溶性の液体物質100重量部に対して、例えば0.1〜5重量部の範囲で、ゲルの物理特性等を勘案して適宜に決定される。
【0066】
ゲル化の方法は特に限定されない。例えば、非水溶性または難水溶性の液体物質を加熱し、加熱された当該液体物質にゲル化剤を添加し、ゲル化剤を完全に溶解させた後、ゾル・ゲル転移温度以下に冷却することで、物理ゲルが形成される。加熱温度は、液体物質およびゲル化剤の物性を考慮して適宜に決定される。
【0067】
また、ヒドロゲル材料(例えば、ゼラチン、コラーゲン、デンプン、ペクチン、ヒアルロン酸、キチン、キトサン、アルギン酸、あるいはこれらの誘導体等)を、液体に平衡膨潤させることによって調製されたものを、ゲル状媒体として用いることもできる。ヒドロゲルとしては、ヒドロゲル材料を化学架橋したものや、ゲル化剤(例えばリチウム、カリウム、マグネシウム等のアルカリ金属・アルカリ土類金属の塩、或いはチタン、金、銀、白金等の遷移金属の塩、さらには、シリカ、カーボン、アルミナ化合物等)によってゲル化したもの等を用いることもできる。
【0068】
[ゲル状媒体および液体の装填]
容器内へのゲル状媒体および液体の装填は、適宜の方法により行い得る。管状の容器が用いられる場合、装填に先立って容器の一端の開口が封止され、他端の開口部からゲル状媒体および水系液体が順次装填されることが好ましい。内径が1〜2mm程度のキャピラリーのような小さな構造体へ、ゲル状媒体を装填する場合、例えば、アーロック式シリンジに金属製注射針を装着して、キャピラリー内の所定位置へゲル状媒体を押し出す方法により、装填が行われる。
【0069】
容器内に装填されるゲル状媒体および液体の容量は、操作対象となる磁性体粒子の量や、操作の種類等に応じて適宜に設定され得る。容器内に複数のゲル状媒体層や液体層が設けられる場合、各層の容量は同一でも異なっていてもよい。各層の厚みも適宜に設定され得るが、操作性等を考慮した場合、層厚みは、例えば、2mm〜20mm程度が好ましい。
【0070】
[粒子操作用デバイスおよびキット]
容器内へのゲル状媒体および液体の装填は、粒子操作の直前に行われてもよく、粒子操作前に十分な時間をおいて行われてもよい。前述のように、ゲル状媒体が液体に不溶または難溶である場合は、装填後に長時間が経過しても、両者の間での反応や吸収はほとんど生じない。本発明の磁性体粒子操作用デバイスは、液体およびゲル状媒体が予め容器内に装填された状態で提供することができる。また、デバイス内に予め磁性体粒子や磁性固体を装填した状態で提供することもできる。
【0071】
デバイス本体とは別に、磁性体粒子が単体あるいは液体中に分散された状態で、独立に提供されてもよい。この場合、磁性体粒子は、デバイスを作製するためのキットの一構成部材として提供されてもよい。
【0072】
磁性固体も、デバイス本体とは別に提供されてもよい。磁性体粒子と磁性固体とを液体中に共存させた状態で、キットの構成部材として提供されてもよい。なお、磁性固体がゲル状媒体中に装填された状態や、液体中に分散された状態で、デバイスまたはキットが提供される場合、デバイスやキットの保管状態で、磁性固体が液体層やゲル状媒体に長時間接触させられる。そのため、磁性固体の腐食や劣化を防止する目的で、前述のように、金属表面にコーティングが施された磁性固体を用いることが好ましい。
【0073】
本発明のキットは、例えば、容器、ゲル状媒体、液体等の他の構成部材とともに、磁性体粒子や磁性固体を、キットの構成要素として含めることができる。また、容器内に液体および/またはゲル状媒体が装填された状態で、さらにその上に、必要に応じて液体および/またはゲル状媒体を追加装填できるように、キットが構成されていてもよい。
【0074】
デバイス内あるいはキットに含まれる磁性体粒子の量は、対象となる化学操作の種類や、各水系液体の容量等に応じて適宜に決定される。例えば、容器として、内径1〜2mm程度の細長い円筒形のキャピラリーが用いられる場合の磁性体粒子の量は、通常、10〜200μg程度の範囲が好適である。
【0075】
[磁性体粒子の操作]
本発明では、目的物質が固定された磁性体粒子71を、第一の液体層31からゲル状媒体層21内へ移動させることにより、固液分離(B/F分離)を行い得る。また、ゲル状媒体層21中の磁性体粒子を、第二の液体層32へ移動させることによって、目的物質の抽出、精製、反応、分離、検出、定性・定量分析等の化学操作を行い得る。このような磁性体粒子の操作は、各種分析に先立って行われる前処理や、目的物質の分取(分離)処理、溶解処理、混合処理、希釈処理、撹拌処理、温度調節(加熱あるいは冷却)処理等へも適用可能である。
【0076】
前記反応としては、無機化学反応や有機化学反応の他に、酵素反応、免疫化学反応等の生体物質の変化を伴う生物学的反応も含まれる。生物学的反応としては、例えば、核酸、タンパク質、脂質、糖等の生体物質の、合成系、代謝系および免疫系の反応が挙げられる。反応や分析の対象となる目的物質は、磁性体粒子に特異的に固定可能であれば、化学物質や生体物質に限定されず、核物質や放射化学物質等も適用可能である。
【0077】
<核酸の分離・精製>
以下では、
図2を参照しながら、核酸の分離・精製を行う例について説明する。
図2(A)に示す管状デバイス150では、磁性体粒子171を移動させる方向に沿って、核酸抽出液131、第一の洗浄液132、第二の洗浄液133、および核酸溶出液134が、それぞれの間にゲル状媒体層121,122,123を介して、管状の容器110内に装填されている。
【0078】
核酸を含む試料は特に限定されず、例えば、動植物組織、体液、排泄物等の生体試料、細胞、原虫、真菌、細菌、ウィルス等の核酸包含体を挙げることができる。体液には血液、髄液、唾液、乳等が含まれ、排泄物には糞便、尿、汗等が含まれる。また、これらの複数の組合せを用いることもできる。細胞には血液中の白血球、血小板や、口腔細胞等の粘膜細胞の剥離細胞、唾液中白血球が含まれ、これらの組合せを用いることもできる。核酸を含む試料は、例えば、細胞懸濁液、ホモジネート、細胞溶解液との混合液等の態様で調製されてもよい。
【0079】
(核酸抽出液)
核酸の抽出を行うために用いられる核酸抽出液131としては、カオトロピック物質、EDTA等のキレート剤、トリス塩酸等を含有する緩衝液が挙げられる。また、核酸抽出液には、TritonX−100等の界面活性剤を含めることもできる。オトロピック物質としては、グアニジン塩酸塩、グアニジンイソチアン酸塩、ヨウ化カリウム、尿素等が挙げられる。カオトロピック塩は強力な蛋白変性剤で細胞のタンパク質を溶解させ細胞核内の核酸を液中に遊離させる働きがある上、核酸分解酵素の働きを抑える効果がある。また、プロテアーゼK等のタンパク質分解酵素を用い、核酸と結合している核タンパク質の分解を行うことにより、核酸の純度および回収率を向上し得る。
【0080】
これらの物質の存在下で、核酸は、シリカ粒子(あるいはシリカ被覆粒子)の表面に特異的に吸着する。そのため、上記の核酸を含む試料とシリカコートされた磁性体粒子を、核酸抽出液131中に添加すれば、核酸が磁性体粒子171の表面に選択的に固定される。核酸を含む試料からの核酸抽出の具体的な方法は、適宜決定することができる。例えば、特開平2−289596号公報を参考に、核酸を含む試料からの磁性体粒子を用いた核酸の抽出、精製を実施できる。
【0081】
核酸を含む試料、核酸抽出液、および磁性体粒子を、容器110内に投入した後は、容器110の上部を蓋119で塞ぎ、デバイスを密閉系とすることにより、外部からの汚染を防止することが好ましい。
【0082】
(磁性体粒子のゲル状媒体層への移動)
核酸抽出液中で磁性体粒子を十分に分散させ、磁性体粒子の表面に目的物質である拡散を固定化した後、核酸抽出液131の容器側面に磁石9を近付けると、磁石9周辺の容器内壁面に、磁性体粒子171が引き寄せられる(
図2(B))。核酸抽出液中には試料由来の変性タンパク質等が含まれているため、磁石に引き寄せられた磁性体粒子は凝集体を形成する傾向がある。
【0083】
その後、磁石9を、容器側面に沿って移動させることにより、磁性体粒子71は、ゲル状媒体層121内へ移動させられる。この際、磁石9の移動速度が過度に大きいと、ゲルが物理的に破壊され、復元力が失われる場合がある。そのため、磁石の移動速度は、0.1〜5mm/秒程度とすることが好ましい。
【0084】
磁石9をゲル状媒体層121の側面に近づけると、ゲル状媒体層121内に装填されていた磁性固体160が磁石9に引き寄せられる。それ以降は、磁性体粒子171と磁性固体160が一体となって、ゲル状媒体内を移動し、第一の洗浄液132へ移動させられる(
図2(C))。
【0085】
(洗浄液)
第一の洗浄液132および第二の洗浄液133は、核酸が粒子表面に固定された状態を保持したまま、試料中に含まれる核酸以外の成分(例えばタンパク質、糖質等)や、核酸抽出等の処理に用いられた試薬等を洗浄液中に遊離させ得るものであればよい。洗浄液としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸アンモニウム等の高塩濃度水溶液、エタノール、イソプロパノール等のアルコール水溶液等が挙げられる。第一の洗浄液と第二の洗浄液の組成は、同一でもよく異なっていてもよい。
【0086】
第一の洗浄液132の側面に沿って磁石9を移動させると、磁性固体160とともに磁性体粒子171が移動し、磁性体粒子171は洗浄液内で分散され(
図2(D))、磁性体粒子の洗浄効率が高められる。十分に洗浄を行うために、洗浄液の側面に沿って磁石を往復運動させることが好ましい。なお、磁性固体の共存下で磁場操作を行うことによって磁性体粒子が分散させられることは、前述の通りである。
【0087】
その後、磁石9を第一の洗浄液132の側面から、ゲル状媒体層122の側面に移動させる(
図2(E))。さらに、磁石9を第二の洗浄液133の側面へ移動させた後、磁石を往復運動させることにより、磁性体粒子を十分に分散させ、第二の洗浄液133中で磁性体粒子の洗浄が行われる(
図2(F))。
【0088】
なお、
図2では、容器110内に、ゲル状媒体層122を介して、第一の洗浄液132と第二の洗浄液133とが装填された例が示されているが、洗浄液は1種のみであってもよく、3種以上が用いられてもよい。また、分離の目的や、用途における不所望の阻害が生じない範囲において、洗浄を省略することもできる。
【0089】
磁石9を第二の洗浄液133側面から、ゲル状媒体層123の側面に移動させ、磁性体粒子171および磁性固体160を、ゲル状媒体層123内へ移動させる(
図2(G))。さらに、磁石9を、核酸溶出液134の側面に移動させ、磁性体粒子171および磁性固体160を、核酸溶出液134内へ移動させる。
【0090】
(核酸溶出液)
核酸溶出液としては、水または低濃度の塩を含む緩衝液を用いることができる。具体的には、トリス緩衝液、リン酸緩衝液、蒸留水等を用いることができる。中でも、pH7〜9に調整された5〜20mMトリス緩衝液を用いることが一般的である。核酸が固定された粒子が核酸溶出液中に移動することにより、粒子表面から核酸を遊離させることができる。核酸が固定された粒子から核酸を溶出させる具体的方法は、上記溶出液中で粒子を懸濁させる方法が挙げられる。懸濁方法、懸濁のための撹拌時間、溶出時の温度等の溶出条件は、核酸の回収量を増加させ得るように適宜決定することができる。
【0091】
核酸溶出液134の側面に沿って磁石9を移動させると、磁性固体160とともに磁性体粒子171が移動し、磁性体粒子171は核酸溶出液内で分散される(
図2(H))。そのため、磁性体粒子171に固定されていた核酸が、効率的に脱着され、核酸溶出液内に遊離され、核酸の回収率が高められる。
【0092】
その後、必要に応じて、
図2(I)に示すように、磁石9を容器の側面に沿ってゲル状媒体層123側へ移動させ、磁性体粒子171および磁性固体160をゲル状媒体層123内へ再び進入させる。この操作によって、核酸溶出液134から磁性体粒子171および磁性固体160が除去されるため、核酸溶出液の回収が容易となる。
【0093】
核酸溶出液内に回収された核酸は、必要に応じて濃縮や乾固等の操作を行った後、分析や反応等に供することができる。
【0094】
上記では、磁性体粒子を用いて、核酸の分離・精製を行う例を示したが、前述のごとく、磁性体粒子に固定化される目的物質は核酸に限定されず、本発明は、核酸以外の各種の目的物質に対しても適用可能である。例えば、protein Gやprotein A等の抗体を特異的に固定化可能な分子で表面がコートされた磁性体粒子を用いることで、抗体の磁性体粒子操作を行うこともできる。
【0095】
その一例として、酵素免疫吸着測定法(Enzyme-linked immuno-sorbent assay)を行う場合、磁性体粒子の表面に抗体を固定化し、磁場操作により磁性体粒子および磁性固体を順次移動させることによって、磁性体粒子の表面に固定されている第一次抗体と試料中の被検抗原(被検物質)との抗原反応;洗浄処理;酵素標識第二次抗体と被検抗原との抗原抗体反応;洗浄処理;および磁性体粒子表面に固定された第二次抗体に結合している酵素と水系液体に含まれる発色物質との問で発色反応、を、ゲル状媒層で隔てられた各液体層中で順次行うことができる。各液体層中で、磁性固体の共存下で磁性体粒子を分散させることにより、ELISAの定量性を高めることができる。
【0096】
このように、目的物質の種類や、目的とする操作に応じて、デバイス内に装填される液体の種類を変更すれば、本発明は、目的物質の抽出、精製、分離のみならず、各種の反応、検出、定性・定量分析等にも応用できる。
【実施例】
【0097】
以下では、磁気ビーズを用いたヒト全血からのDNA抽出に関する実施例と比較例との対比により、本発明をより具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0098】
[実施例1]
<管状操作デバイスの作製>
ポリプロピレン製の管状容器110(内径1.8mm)に、溶出液134(1mM EDTA、10mM トリス塩酸緩衝液 pH8.0)200μL;ゲル状媒体層123;第二の洗浄液133(0.5M NaCl、70%エタノール)200μL、ゲル状媒体層122;第一の洗浄液132(4mM 塩酸グアニジン、30%エタノール)200μL;ゲル状媒体層121;および核酸抽出液131(4mM塩酸グアニジン、5%(w/v)Triton X−100、50mMトリス塩酸緩衝液 pH7.0、)を、底部から順に装填した(
図2(A)参照)。
【0099】
ゲル状媒体層121〜123は、各層の厚みが約1cmとなるように、ゲル(信越化学工業製、商品名「KSG-15」)を充填した。ゲル状媒体層121を管状容器へ装填する途中で、SUS403製の粒径1.2mmの金属球160をゲル状媒体層121内へ装填した。また、核酸抽出液131内には、磁気ビーズ171(東洋紡製の核酸抽出キット「MagExtractor
TM−Genome」に付属の核酸抽出用シリカコート磁気ビーズ(平均粒子径3μm))を蒸留水に再懸濁したもの)を添加した。磁気ビーズ171の使用量は500μgとした。
【0100】
このようにして、
図2(A)に示すように、4つの水系液体層131,132,133,134と、3つのゲル状媒体層121,122,123とが交互に重層され、ゲル状媒体層121内に磁性固体である金属球160を備え、核酸抽出液131内に磁気ビーズ171を有する管状デバイスを作製した。
【0101】
<DNA抽出操作>
抗凝固剤としてEDTAが添加されたヒト全血50μLを、管状デバイスの開口部から、核酸抽出液131内に投入した。マイクロピペットを用いて核酸抽出液内で血液および磁気ビーズを十分に撹拌することで、DNAを遊離させ、磁気ビーズの表面に吸着させた。その後、容器110の開口部を蓋で閉じ、容器を密閉系とした。
【0102】
次に、ネオジム磁石(直径6mm、長さ23mmの円柱形、二六製作所製 商品名「NE127」)を、管状デバイスの側面に近付け、核酸抽出液131内のDNAが表面に固定された磁気ビーズ171を磁石9の近傍に集めた(
図2(B))。その後、核酸抽出液131の側面から、ゲル状媒体層121の側面に向けて磁石9を移動させ、磁気ビーズ171をゲル状媒体層121内へ進入させた。その際、ゲル状媒体層121内に装填されていた金属球160も、磁気ビーズ171と一体となって、磁石9に引き寄せられた(
図2(C))。
【0103】
ゲル状媒体層121の側面から第一の洗浄液132の側面に向けて磁石9を移動させ、金属球160を伴った状態のまま磁気ビーズ171を第一の洗浄液内に移動させた。第一の洗浄液132の側面に沿って磁石9を往復運動させると、金属球160が磁石9に追随するように移動し、磁気ビーズ171が洗浄液132内で分散することが目視で確認された(
図2(D))。
【0104】
その後、同様の手順で、磁石9を容器の側面に沿って移動させることにより、第一の洗浄液132内の磁気ビーズ171および金属球160を、ゲル状媒体層122内へと進入させ(
図2(E))、さらに第二の洗浄液133内で磁石を往復運動させ、洗浄液内で磁気ビーズ171を分散させた(
図2(F))。その後、磁石9を容器の壁面に沿って移動させることにより、磁気ビーズ171および金属球160を、ゲル状媒体層123内へと進入させ(
図2(G))、さらに核酸溶出液134内で磁石を往復運動させ、核酸溶出液内で磁気ビーズを分散させ、磁気ビーズ表面からDNAを脱着させ、核酸溶出液内に遊離させた(
図2(H))。
【0105】
最後に、磁石9を容器の側面に沿って移動させることにより、DNAを脱着後の磁気ビーズ171を、金属球160とともに、核酸溶出液134からゲル状媒体層123内へ再進入させた(
図2(I))。核酸溶出液134のゲル状媒体層123との界面近傍のポリプロピレン管表面に、カッターナイフを用いて切れ込みを入れて、管を破断させ、開口部から核酸溶出液134を回収した。
【0106】
[比較例1]
実施例1と同様に、管状容器内に水系液体層とゲル状媒体層とが交互に重層された管状デバイスを作製した。ただし、比較例1では、ゲル状媒体層121内への金属球の装填が行われなかった。このデバイスを用いて、実施例1と同様に磁石を移動させることによる粒子操作を行った。比較例1でも、実施例1と同様に、洗浄液132,133および核酸溶出液134の側面で磁石を往復運動させたが、磁気ビーズは凝集状態を保っており、液体層内で分散されなかった。
【0107】
[比較例2]
比較例2では、ゲル状媒体層を備えるデバイスを用いずに、磁気ビーズを用いた核酸抽出キット(東洋紡製 「MagExtractor
TM−Genome」)の標準プロトコールに従って、ピペット操作により、全血からのDNAの抽出を行った。
【0108】
まず、容量1.5mLのマイクロチューブにヒト全血50μLを分注し、溶出液375μLおよび磁気ビーズ分散液20μLを加え、ボルテックスミキサーで約10分間激しく混合して、DNAを遊離させ、磁気ビーズの表面に吸着させた。その後、マイクロチューブを磁気スタンドにセットして,約30秒間放置することによって磁性ビーズを集めた後、マイクロピペットを用いて上清を除去した。
【0109】
マイクロチューブ内に、第一の洗浄液450μLを加え、マイクロピペットを用いて、洗浄液内に磁気ビーズを分散させた後、マイクロチューブを磁気スタンドにセットして,約30秒間放置することによって磁性ビーズを集めた後、マイクロピペットを用いて上清を除去した。第一の洗浄液を用いて同様の操作をもう一度行った後、今度は、第二の洗浄液450μLを用いて同様の操作による洗浄を2回繰り返した。
【0110】
洗浄後の磁気ビーズを、50μLの溶出液に、ピペット操作によって分散させ、磁気ビーズ表面からDNAを脱着させ、溶出液内に遊離させた。マイクロチューブを磁気スタンドにセットして,約30秒間放置することによって磁性ビーズを集めた後、マイクロピペットを用いて上清の溶出液を回収した。
【0111】
[評価]
各実施例および比較例で回収した溶出液のUV吸収スペクトルを、分光光度計(島津製作所製「BioSpec nano」)により測定した。結果を
図3に示す。また、UV吸収スペクトルから求めた、波長230nm、260nm、280nmにおける吸光度の比(A
260/A
280、およびA
260/A
230)を表1に示す。
【0112】
【表1】
【0113】
実施例1のUVスペクトルでは、DNAに特徴的な波長260nmの吸収ピーク、および230nm付近のピークの谷が観察され、260nmと230nmの吸光度の比(A
260/A
230)は約1.3であった。また、DNAの精製度の指標となる260nmと280nmの吸光度の比が約1.8であり、純度の高いDNAが得られていることがわかる。
【0114】
一方、比較例1および比較例2では、純度の高いDNAでは230nm付近に現れるピークの谷が240nm付近にシフトしており、夾雑成分が多く残留していることがわかる。ピペット操作により磁気ビーズの分散を行った比較例2では、目視観察では実施例1と同様に液体中に磁気ビーズが分散されていた。しかし、
図3および表1の結果から、ピペット操作では、磁気ビーズの分散および洗浄が不十分であり、夾雑成分が残留していると考えられる。
【0115】
以上の結果から、血液のように磁気ビーズの凝集塊を生じやすい試料を用いる場合でも、本発明の方法によれば、従来のピペット操作による方法よりも効率的に磁気ビーズを分散させることができ、結果として、目的物質であるDNAを高純度で得られることがわかる。
【0116】
[実施例2:コーティング層を有する磁性固体を用いた粒子操作]
上記実施例1で磁性固体として用いたSUS403製の金属球を、2M塩酸グアニジンを含む核酸抽出用の緩衝液(50μL)に浸漬し、1週間後に目視観察したところ、金属球表面が腐食していた。実施例1では、管状操作デバイス内に磁性固体を装填後、直ちにDNA抽出操作を行うため、金属球をそのまま用いても問題がなかったが、金属球が高塩濃度溶液等に長時間接触する場合(例えば、デバイスを作成後、実用に供するまでに長時間保管される場合)は、金属球の腐食が懸念される。そこで、実施例2では、金属球の表面に、二液室温硬化型のエポキシ系接着剤を塗布し、10分間室温で乾燥・硬化させたものを磁性固体として用いた。エポキシ樹脂層がコーティングされた金属球を、2M塩酸グアニジンを含む核酸抽出用の緩衝液(50μL)に浸漬し、1週間後に目視にて観察したところ、浸漬前と変化がなく、腐食はみられなかった。
【0117】
<管状操作デバイスの作製およびDNA抽出操作>
磁性固体として、SUS403製の粒径1.2mmの金属球をそのまま用いる代わりに、上記のエポキシ樹脂層がコーティングされた金属球を、2M塩酸グアニジンを含む核酸抽出用の緩衝液に1週間浸漬したものを用いた。それ以外は上記実施例1と同様に、管状操作デバイスを作製し、磁場操作によりDNAの抽出を行った。
【0118】
核酸溶出液のUV吸収スペクトルを測定したところ、実施例1と同様に(A
260/A
230)が大きく、純度の高いDNAが得られていることが確認された。この結果から、金属の表面に、液体層内での腐食を防止するためのコーティング層が形成された場合でも、磁気ビーズへのDNAの固定や溶出が阻害されることなく、目的物質を効率的に高純度で得られることがわかる。