特許第6394885号(P6394885)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6394885
(24)【登録日】2018年9月7日
(45)【発行日】2018年9月26日
(54)【発明の名称】電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20180913BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20180913BHJP
   H02P 27/06 20060101ALI20180913BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20180913BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20180913BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20180913BHJP
【FI】
   B62D6/00
   B62D5/04
   H02P27/06
   B62D101:00
   B62D113:00
   B62D119:00
【請求項の数】10
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-236961(P2014-236961)
(22)【出願日】2014年11月21日
(65)【公開番号】特開2016-97839(P2016-97839A)
(43)【公開日】2016年5月30日
【審査請求日】2017年10月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】安樂 厚二
【審査官】 小野田 達志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−116372(JP,A)
【文献】 特開2011−259615(JP,A)
【文献】 特開2002−067988(JP,A)
【文献】 特開2002−59855(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 5/04
H02P 27/06
B62D 101/00
B62D 113/00
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステアリングを介して入力される操舵トルクの検出値に基づき同期電動機から出力されるアシストトルクを制御するために該同期電動機の各端子に電圧を印加する電力変換回路を操作する電動パワーステアリング装置であって、
前記同期電動機の回転角度の検出値を用いることなく前記アシストトルクを制御するために前記電力変換回路を操作するセンサレス処理部と、
前記センサレス処理部によってセンサレス制御がなされているときに、前記同期電動機の少なくとも2個の端子を流れる電流の検出値を入力とし、前記同期電動機の回転速度を推定する速度推定処理部と、
該推定した回転速度と前記操舵トルクとの関係に基づき、前記センサレス制御に異常があるか否かを判断する異常判断処理部とを備える電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記速度推定処理部は、前記電流の検出値に基づき前記同期電動機を流れる電流の変動周期から前記回転速度の絶対値の情報を抽出して且つ、前記同期電動機の互いに異なる端子を流れる電流の位相差から回転方向の情報を抽出することで、前記回転速度の推定値としての電流ベクトル角速度を算出する請求項1記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記速度推定処理部は、前記少なくとも2個の端子を流れる電流の検出値を固定2相座標系の成分に変換し、該変換した一対の成分同士の比に基づき、前記電流ベクトル角速度を算出する請求項2記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記センサレス処理部は、前記電力変換回路の操作信号を生成するための演算パラメータを所定の回転角度で座標変換する変換処理部を備え、前記変換処理部の入力となる前記所定の回転角度を、前記操舵トルクを目標操舵トルクにフィードバック制御するために操作する請求項2または3記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
前記異常判断処理部は、前記推定した回転速度の符号が前記操舵トルクの符号と逆である第1異常状態となることを条件に、前記センサレス制御に異常があると判断する請求項1〜4のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項6】
前記異常判断処理部は、前記推定した回転速度の絶対値が規定値以下であって且つ前記操舵トルクの絶対値が規定値以上である第2異常状態となることを条件に、前記センサレス制御に異常があると判断する請求項1〜5のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項7】
前記異常判断処理部は、前記操舵トルクの絶対値が所定値以下であって且つ前記推定した回転速度の絶対値が所定値以上である第3異常状態であることを条件に、前記センサレス制御に異常があると判断する請求項1〜6のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項8】
前記異常判断処理部は、前記推定した回転速度の符号が前記操舵トルクの符号と逆である第1異常状態、前記推定した回転速度の絶対値が規定値以下であって且つ前記操舵トルクの絶対値が規定値以上である第2異常状態、および前記操舵トルクの絶対値が所定値以下であって且つ前記推定した回転速度の絶対値が所定値以上である第3異常状態のいずれかが所定時間継続する場合、前記センサレス制御に異常があると判断する請求項1〜4のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項9】
前記センサレス処理部は、前記同期電動機を流れる電流と前記電力変換回路によって前記同期電動機の各端子に印加される電圧とに基づき誘起電圧を推定し、該推定される誘起電圧に基づき回転速度を推定する機能を備え、前記所定の回転角度の操作に際し、前記誘起電圧に基づき推定された回転速度を参照するものである請求項4記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項10】
回転角度検出装置を備え、
前記センサレス処理部によるセンサレス制御は、前記回転角度検出装置に異常がある場合に実行される請求項1〜9のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、センサレス制御機能を搭載した電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば特許文献1には、同期電動機の回転角度を検出する回転角センサに異常が生じた場合に、同期電動機をセンサレス制御する電動パワーステアリング装置が提案されている。ここで、センサレス制御は、回転座標系において同期電動機を流れる電流を指令電流にフィードバック制御するために同期電動機に印加する指令電圧を操作する制御器を用い、操舵トルクをその指令値にフィードバック制御するための操作量を、座標変換に用いる回転角度とするものである。そして、この装置では、センサレス制御を実行している場合、同期電動機を流れる電流の絶対値が小さいにもかかわらず指令電圧の絶対値が大きいことに基づき、同期電動機の巻き線の断線異常を検出する。すなわち、断線が生じると、同期電動機に電流が流れないため、電流のフィードバック制御によって電流を流すように指令電圧が大きな値に操作される。このため、電流の絶対値が小さいにもかかわらず指令電圧の絶対値が大きい場合に断線異常を検出することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2012−157096号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ただし、上記の異常検出は、断線時に特有の現象に着目したものであるため、センサレス制御時に断線以外の異常が生じた場合にこれを検出できないことが懸念される。
本発明は、そうした実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、センサレス制御時に断線以外の異常についてもこれを検出することが可能な電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以下、上記課題を解決するための手段およびその作用効果について記載する。
1.電動パワーステアリング装置は、ステアリングを介して入力される操舵トルクの検出値に基づき同期電動機から出力されるアシストトルクを制御するために該同期電動機の各端子に電圧を印加する電力変換回路を操作する電動パワーステアリング装置であって、前記同期電動機の回転角度の検出値を用いることなく前記アシストトルクを制御するために前記電力変換回路を操作するセンサレス処理部と、前記センサレス処理部によってセンサレス制御がなされているときに、前記同期電動機の少なくとも2個の端子を流れる電流の検出値を入力とし、前記同期電動機の回転速度を推定する速度推定処理部と、該推定した回転速度と前記操舵トルクとの関係に基づき、前記センサレス制御に異常があるか否かを判断する異常判断処理部とを備える。
【0006】
同期電動機の回転角度は、同期電動機の2個以上の端子を流れる電流のみから、またはこれに各端子に印加される電圧を加味することで推定可能である。この点に着目することで、速度推定処理部は、回転速度を推定する。
【0007】
一方、ステアリングを介して入力される操舵トルクに基づき同期電動機のアシストトルクを制御する場合、操舵トルクの符号に応じて同期電動機の回転速度の符号が定まり、また、操舵トルクの絶対値と同期電動機の回転速度の絶対値との間にも相関がある。このため、操舵トルクと回転速度との関係は、センサレス制御の異常の有無を示すものとなる。
【0008】
上記構成では、この点に着目し、回転角度の検出値を用いることなく速度推定処理部によって推定された回転速度と、操舵トルクとの関係に基づき、センサレス制御に異常があるか否かを判断することができる。しかも、ここで異常と判断される現象は、断線に限らないため、センサレス制御時に断線以外の異常についてもこれを検出することができる。
【0009】
2.上記1記載の電動パワーステアリング装置において、前記速度推定処理部は、前記電流の検出値に基づき前記同期電動機を流れる電流の変動周期から前記回転速度の絶対値の情報を抽出して且つ、前記同期電動機の互いに異なる端子を流れる電流の位相差から回転方向の情報を抽出することで、前記回転速度の推定値としての電流ベクトル角速度を算出する。
【0010】
上述したように、同期電動機を流れる電流が電気角の周期で変動するため、同期電動機を流れる電流の変動周期から回転速度の絶対値を抽出することができる。
一方、同期電動機の1の端子を流れる電流のみからは、同期電動機の回転方向の情報を抽出することはできない。しかし、互いに異なる端子を流れる電流同士の位相差は、回転方向に応じて異なるものとなるため、互いに異なる端子を流れる電流の位相差から回転方向の情報を抽出することができる。こうして回転速度の絶対値の情報と回転方向の情報とを抽出することで、同抽出された絶対値および方向を有するベクトル量としての電流ベクトル角速度を算出することができる。
【0011】
3.上記2記載の電動パワーステアリング装置において、前記速度推定処理部は、前記少なくとも2個の端子を流れる電流の検出値を固定2相座標系の成分に変換し、該変換した一対の成分同士の比に基づき、前記電流ベクトル角速度を算出する。
【0012】
上記一対の成分同士の比は、ベクトル量であり、その絶対値の増減が回転方向に応じたものとなっている。このため、上記比によれば、電流ベクトル角速度を容易に算出することができる。
【0013】
4.上記2または3記載の電動パワーステアリング装置において、前記センサレス処理部は、前記電力変換回路の操作信号を生成するための演算パラメータを所定の回転角度で座標変換する変換処理部を備え、前記変換処理部の入力となる前記所定の回転角度を、前記操舵トルクを目標操舵トルクにフィードバック制御するために操作する。
【0014】
上記操作信号は、電力変換回路の出力電圧を定めるものである。このため、上記演算パラメータの座標変換に用いる回転角度を操作すると、出力電圧の位相が操作され、ひいては同期電動機を流れる電流の位相が操作される。ここで、同一の大きさを有する電流であっても、同期電動機が生成するトルクは、その電流の位相に応じて変化する。このため、上記所定の回転角度を操作することで、同期電動機の回転角度の検出値を用いることなく、アシストトルクを制御することができる。
【0015】
5.上記1〜4のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記異常判断処理部は、前記推定した回転速度の符号が前記操舵トルクの符号と逆である第1異常状態となることを条件に、前記センサレス制御に異常があると判断する。
【0016】
アシストトルクの制御は、操舵トルクをアシストするためになされるものであるため、センサレス制御が正常であるなら、アシストトルクの制御の結果として生じる同期電動機の回転状態は、操舵トルクに応じたものとなる。このため、センサレス制御が正常であるなら、操舵トルクの符号と同期電動機の回転速度の符号とが一致すると考えられる。上記構成では、この点に鑑み、推定した回転速度の符号が操舵トルクの符号と逆である第1異常状態に着目することで、センサレス制御に異常があるか否かを判断することができる。
【0017】
6.上記1〜5のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記異常判断処理部は、前記推定した回転速度の絶対値が規定値以下であって且つ前記操舵トルクの絶対値が規定値以上である第2異常状態となることを条件に、前記センサレス制御に異常があると判断する。
【0018】
アシストトルクの制御は、操舵トルクをアシストするためになされるものであるため、センサレス制御が正常であるなら、アシストトルクの制御の結果として生じる同期電動機の回転状態は、操舵トルクに応じたものとなる。このため、センサレス制御が正常であるなら、操舵トルクの絶対値と回転速度の絶対値との間に正の相関があると考えられる。上記構成では、この点に鑑み、推定した回転速度の絶対値が規定値以下であって且つ操舵トルクの絶対値が規定値以上である第2異常状態に着目することで、センサレス制御に異常があるか否かを判断することができる。
【0019】
7.上記1〜6のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記異常判断処理部は、前記操舵トルクの絶対値が所定値以下であって且つ前記推定した回転速度の絶対値が所定値以上である第3異常状態であることを条件に、前記センサレス制御に異常があると判断する。
【0020】
アシストトルクの制御は、操舵トルクをアシストするためになされるものであるため、センサレス制御が正常であるなら、アシストトルクの制御の結果として生じる同期電動機の回転状態は、操舵トルクに応じたものとなる。このため、センサレス制御が正常であるなら、操舵トルクの絶対値と回転速度の絶対値との間に正の相関があると考えられる。上記構成では、この点に鑑み、操舵トルクの絶対値が所定値以下であって且つ推定した回転速度の絶対値が所定値以上である第3異常状態に着目することで、センサレス制御に異常があるか否かを判断することができる。
【0021】
8.上記1〜4のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記異常判断処理部は、前記推定した回転速度の符号が前記操舵トルクの符号と逆である第1異常状態、前記推定した回転速度の絶対値が規定値以下であって且つ前記操舵トルクの絶対値が規定値以上である第2異常状態、および前記操舵トルクの絶対値が所定値以下であって且つ前記推定した回転速度の絶対値が所定値以上である第3異常状態のいずれかが所定時間継続する場合、前記センサレス制御に異常があると判断する。
【0022】
アシストトルクの制御は、操舵トルクをアシストするためになされるものであるため、センサレス制御が正常であるなら、アシストトルクの制御の結果として生じる同期電動機の回転状態は、操舵トルクに応じたものとなる。このため、センサレス制御が正常であるなら、操舵トルクの符号と同期電動機の回転速度の符号とは一致すると考えられる。上記構成では、この点に鑑み、推定した回転速度の符号が操舵トルクの符号と逆である第1異常状態に着目することで、センサレス制御に異常があるか否かを判断することができる。また、センサレス制御が正常であるなら、操舵トルクの絶対値と回転速度の絶対値との間に正の相関があると考えられる。上記構成では、この点に鑑み、推定した回転速度の絶対値が規定値以下であって且つ操舵トルクの絶対値が規定値以上である第2異常状態に着目することで、センサレス制御に異常があるか否かを判断することができる。また、操舵トルクの絶対値が所定値以下であって且つ推定した回転速度の絶対値が所定値以上である第3異常状態に着目することで、センサレス制御に異常があるか否かを判断することができる。
【0023】
ただし、ステアリングを介して入力される操舵トルクが急変する場合には、操舵トルクと同期電動機の回転状態とが過渡的に整合しない現象が生じうる。たとえば、ステアリングが右側に切られていた状態から急きょ左側に切られる状態に変わる場合、操舵トルクに対するアシストトルクの応答遅れが生じ、これによって、第1異常状態となることがある。またたとえば、ノイズの影響によって、一時的に異常状態となることも考えられる。この点、上記構成では、第1異常状態、第2異常状態、および第3異常状態のいずれかが所定時間継続する場合に異常と判断するため、過渡的に整合しない現象やノイズに起因して異常である旨判断される事態を抑制することができる。
【0024】
9.上記4記載の電動パワーステアリング装置において、前記センサレス処理部は、前記同期電動機を流れる電流と前記電力変換回路によって前記同期電動機の各端子に印加される電圧とに基づき誘起電圧を推定し、該推定される誘起電圧に基づき回転速度を推定する機能を備え、前記所定の回転角度の操作に際し、前記誘起電圧に基づき推定された回転速度を参照するものである。
【0025】
電動パワーステアリング装置の同期電動機は、その回転速度が極低速から高回転速度まで変動するものである。これに対し、誘起電圧の絶対値は回転速度の絶対値と正の相関を有する。このため、同期電動機の回転速度が極低速となる場合には、誘起電圧が小さく、これに基づく回転速度の推定精度が低下する。この点、上記構成では、変換処理部の入力となる所定の回転速度を目標操舵トルクへのフィードバック制御の操作量としているため、誘起電圧の推定精度の影響を直接受けることはない。そして、所定の回転角度を操作する際、誘起電圧に基づき推定される回転速度を参照することで、誘起電圧から推定できる回転速度情報を用いた制御を行うこともできる。
【0026】
このように誘起電圧に基づく回転速度の推定処理を実行しているにもかかわらず、上記構成では、敢えて電流ベクトル角速度を算出し、異常判断処理の入力としている。このため、センサレス処理部との独立性を確保することができることから、異常判断処理部の異常の有無の判断精度を向上させることができる。
【0027】
10.上記1〜9のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置において、回転角度検出装置を備え、前記センサレス処理部によるセンサレス制御は、前記回転角度検出装置に異常がある場合に実行される。
【0028】
上記構成では、センサレス処理部によるセンサレス制御は、回転角度検出装置に異常がある場合に実行されるものであるため、アシスト制御の信頼性を高める冗長設計部分となる。そして、これに対し異常判断処理部を備えることで、アシスト制御の信頼性を一層高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】一実施形態にかかる電動パワーステアリング装置の概略構成図。
図2】同実施形態にかかるECUの制御ブロック図。
図3】同実施形態にかかるセンサレス制御の異常検出手法を示す図。
図4】同実施形態にかかるセンサレス制御の異常判断処理の手順を示す流れ図。
図5】同実施形態の変形例にかかる回転速度の推定手法を示すタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、電動パワーステアリング装置の一実施形態を図面に従って説明する。
図1に示すように、本実施形態の電動パワーステアリング装置(EPS10)において、ステアリング12が固定されたステアリングシャフト14は、ラックアンドピニオン機構16を介してラック軸18と連結されている。そして、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト14の回転は、ラックアンドピニオン機構16によりラック軸18の往復直線運動に変換される。なお、本実施形態のステアリングシャフト14は、コラムシャフト14a、インターミディエイトシャフト14b、およびピニオンシャフト14cを連結してなる。そして、ステアリングシャフト14の回転に伴うラック軸18の往復直線運動が、同ラック軸18の両端に連結されたタイロッド20を介して図示しないナックルに伝達されることにより、転舵輪22の転舵角が変更される。
【0031】
また、EPS10は、操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与するEPSアクチュエータ30と、EPSアクチュエータ30を制御対象とする制御装置(ECU40)とを備えている。
【0032】
EPSアクチュエータ30は、駆動源であるモータ32が減速機構34を介してコラムシャフト14aと駆動連結された所謂コラム型のEPSアクチュエータとして構成されている。EPSアクチュエータ30は、モータ32の回転を減速してコラムシャフト14aに伝達することにより、モータ32のトルクに応じたアシスト力を操舵系に付与する。なお、本実施形態では、モータ32として、表面磁石同期電動機(SPMSM)を想定している。さらに、本実施形態では、モータ32として3個のステータコイルがY結線されたものを想定している。また、モータ32には、その回転軸の回転角度θmを検出するレゾルバ38が備えられている。
【0033】
モータ32は、インバータINVを介してバッテリ39に接続されている。インバータINVは、バッテリ39の正極および負極のそれぞれとモータ32の3個の端子のそれぞれとの間を開閉する回路である。
【0034】
なお、図1においては、インバータINVを構成するMOS電界効果トランジスタ(スイッチング素子)の符号のうちモータ32の3個の端子のそれぞれに接続されるものに、「u,v,w」のそれぞれを付与し、また、上側アームに「p」を、下側アームに「n」を付与している。なお、以下では、「u,v,w」を総括して「¥」と表記し、「p,n」を総括して「#」と表記する。すなわち、インバータINVは、バッテリ39の正極とモータ32の端子との間を開閉するスイッチング素子S¥pと、バッテリ39の負極とモータ32の端子との間を開閉するスイッチング素子S¥nとの直列接続体を備えて構成されている。
【0035】
ECU40には、レゾルバ38によって検出される回転角度θmや、トルクセンサ42によって検出される操舵トルクTrq、操舵角センサ44により検出される操舵角θs、車速センサ46により検出される車速V、電流センサ48によって検出されるモータ32の電流iu,iv,iwが入力される。そして、ECU40は、これら各検出値に基づき、モータ32のトルクを制御すべく、モータ32に接続されたインバータINVに操作信号g¥#を出力してインバータINVを操作する。
【0036】
図2に、ECU40の制御ブロック図を示す。図2に示す各制御ブロックは、ECU40によって実行されるものである。
図2に示すように、ECU40の制御ブロックは、レゾルバ制御部50と、セレクタ52と、センサレス処理部60と、速度推定処理部100と、異常判断処理部108とを備えている。以下、これらについて順に説明する。
1.レゾルバ制御部50
レゾルバ制御部50は、レゾルバ38によって検出される回転角度θmや、電流センサ48によって検出される電流i¥、車速センサ46によって検出される車速V、トルクセンサ42によって検出される操舵トルクTrq、操舵角センサ44によって検出される操舵角θsを入力とし、アシストトルクを制御するための操作信号g¥#を生成する。
2.セレクタ52
センサレス処理部60は、レゾルバ38に異常が生じた場合に、レゾルバ38による回転角度θmを用いることなく、アシストトルクを制御するものである。このため、レゾルバ制御部50の出力する操作信号g¥#とセンサレス処理部60の出力する操作信号g¥#とのいずれかがインバータINVに出力されることを記載すべく、セレクタ52を記載している。ただし、実際には、レゾルバ38に異常が生じる前には、センサレス処理部60が操作信号g¥#を算出する処理を実行しておらず、また、レゾルバ38に異常が生じた後には、レゾルバ制御部50が操作信号g¥#を算出する処理を実行しない。
3.センサレス処理部60
目標操舵トルク設定部62は、トルクセンサ42によって検出される操舵トルクTrqに基づき目標操舵トルクTrq*を設定する。γδ変換部64は、3相固定座標系の電流iu,iv,iwを、回転座標系であるγδ座標系におけるγ軸の電流iγとδ軸の電流iδとに変換する。ここで、γδ変換部64が座標変換に利用する所定の回転角度は、後述する制御角θcである。
【0037】
一方、指令電流設定部66は、目標操舵トルクTrq*に基づき、γδ座標系におけるγ軸の指令電流iγ*とδ軸の指令電流iδ*とを設定する。なお、この際、本実施形態では、車速センサ46によって検出される車速Vを加味する。偏差算出部68は、γ軸の指令電流iγ*から電流iγを減算して出力し、偏差算出部70は、δ軸の指令電流iδ*から電流iδを減算して出力する。電流フィードバック制御部72は、偏差算出部68の出力を取り込み、γ軸の電流iγを指令電流iγ*にフィードバック制御するための操作量として、γ軸上の指令電圧vγ*を出力する。電流フィードバック制御部74は、偏差算出部70の出力を取り込み、δ軸の電流iδを指令電流iδ*にフィードバック制御するための操作量として、δ軸上の指令電圧vδ*を出力する。電流フィードバック制御部72,74は、入力に対する比例要素の出力値および積分要素の出力値の和を操作量として出力するものとすればよい。
【0038】
αβ変換部76は、γδ軸上の指令電圧vγ*,vδ*を、αβ軸上の指令電圧vα*,vβ*に変換して出力する。ここで、α軸は、スイッチング素子Su#に接続されるモータ32の端子に接続されるステータコイルに電流が流れた際の磁束の方向であり、β軸は、α軸に対して反時計回りに「90°」回転した方向である。なお、αβ変換部76が座標変換に利用する所定の回転角度は、後述する制御角θcである。
【0039】
uvw変換部78は、αβ軸上の指令電圧vα*,vβ*を、3相固定座標系の指令電圧vu*,vv*,vw*に変換する。PWM処理部80は、3相の指令電圧vu*,vv*,vw*に基づき、3相のPWM信号gu,gv,gwを生成する。PWM信号g¥は、論理H期間によって、デッドタイムを除き上側アームのスイッチング素子S¥pのオン操作期間を規定する。デッドタイム生成部82は、PWM信号g¥に基づき、スイッチング素子S¥#の操作信号g¥#を生成し、インバータINVに出力する。操作信号g¥#には、上側アームのスイッチング素子S¥pと下側アームのスイッチング素子S¥nとのいずれか一方がオフ操作からオン操作に切り替わるに先立って、他方がオフ操作されるようにデットタイムが付与されている。
【0040】
αβ変換部84は、電流センサ48によって検出された電流iu,iv,iwを、αβ座標系の電流iα、iβに変換する。誘起電圧オブザーバ86は、αβ変換部84の出力する電流iα,iβと、指令電圧vα*,vβ*と、後述する推定速度ωe1とに基づき、αβ軸上の誘起電圧eα,eβを推定する。誘起電圧ベクトル角度算出部88は、推定された誘起電圧eα,eβの比「eβ/eα」を入力する逆正接関数の出力値として、推定角度θe1を算出する。誘起電圧ベクトル速度算出部90は、推定角度θe1を入力として、推定速度ωe1を算出する。
【0041】
一方、偏差算出部92は、目標操舵トルクTrq*から操舵トルクTrqを減算した値を算出して出力する。更新量算出部94は、偏差算出部92の出力を取り込み、操舵トルクTrqを目標操舵トルクTrq*にフィードバック制御するための操作量として、制御角θcの更新量Δθcを算出する。なお、本実施形態では、更新量算出部94は、更新量Δθcの算出に際し、推定速度ωe1を参照する。詳しくは、たとえば、上記誘起電圧eα,eβのベクトルノルムが所定の大きさ以上である場合、上記フィードバック操作量を推定速度ωe1に基づく補正量で補正する。
【0042】
更新処理部96は、前回の周期における制御角θcに今回の更新量Δθcを加算することで、制御角θcを更新する。
こうした構成によれば、操舵トルクTrqを目標操舵トルクTrq*にフィードバック制御するために、γδ変換部64やαβ変換部76が座標変換する際に用いる所定の回転角度(制御角θc)が操作される。このため、操舵トルクTrqを目標操舵トルクTrq*にフィードバック制御するために、d軸に対するγ軸の回転量が操作される。このため、たとえばγ軸の指令電流iγ*を負で絶対値がゼロよりも大きい値に設定して且つ、δ軸の指令電流iδ*をゼロに設定する場合、制御角θcによってd軸とγ軸とが一致する場合には、モータ32に無効電流のみが流れ、モータ32にトルクが生じない。これに対し、d軸に対してγ軸が正方向に所定量(<90°)回転する場合、q軸の負方向に電流が流れてモータ32にトルクが生じる。また、d軸に対してγ軸が負方向に所定量(<90°)回転する場合、q軸の正方向に電流が流れてモータ32にトルクが生じる。
4.速度推定処理部100
速度推定処理部100は、センサレス処理部60の生成する操作信号g¥#によってインバータINVが操作されるときに、モータ32の回転速度を推定する。ここで、推定速度ωe1を用いないのは、第1に、センサレス処理部60との独立性を保つためである。第2に、モータ32は、ステアリング12の操作に応じた動作をするものであるため、回転速度が極低速となることがあり、この場合、誘起電圧が過度に小さくなり、誘起電圧に基づく回転速度の推定精度が低下するためである。
【0043】
αβ変換部102は、電流センサ48によって検出された電流iu,iv,iwを、αβ座標系の電流iα、iβに変換する。なお、αβ変換部102を実行するCPU等のハードウェアと、αβ変換部84を実行するCPU等のハードウェアとは同一でもよいが、その場合、これらは互いに異なるタイミングで実行されるものとする。さらに、CPUによるソフトウェア処理とする場合、プログラム自体、独立に用意することが望ましい。
【0044】
電流ベクトル角算出部104は、αβ変換部102の出力する電流iα,iβを入力として、それらの比「iβ/iα」の逆正接関数の出力値として、電流ベクトル角θe2を算出する。なお、電流ベクトル角算出部104は、電流iα,iβの絶対値が小さい場合、電流ベクトル角θe2を算出しない。電流ベクトル角速度算出部106は、電流ベクトル角θe2に基づき、電流ベクトル角速度ωe2を算出して、異常判断処理部108に出力する。
【0045】
ここで、電流ベクトル角速度ωe2は、モータ32の電気角速度の推定値である。これに対し、電流ベクトル角θe2は、モータ32の電気角の推定値ではなく、電流iu,iv,iwから抽出された回転速度情報と回転方向とを表現するパラメータである。ここで、これについて説明する。
【0046】
上述したように、センサレス処理部60による処理がなされる場合、操舵トルクTrqを目標操舵トルクTrq*にフィードバック制御するために制御角θcが操作される。このため、モータ32に流れる電流の電流ベクトルとq軸とのなす角である位相Δは、操舵トルクTrqを目標操舵トルクTrq*にフィードバック制御するために操作される。このため、電流iu,iv,iwは、モータ32の電気角θeを用いると、以下の式(c1)〜(c3)にて表現される。
iu=cos(θe+Δ) …(c1)
iv=cos(θe+120+Δ) …(c2)
iw=cos(θe+240+Δ) …(c3)
この場合、αβ軸の電流iα,iβは、以下の式(c4),(c5)にて表現される。
iα=cos(θe+Δ) …(c4)
iβ=sin(θe+Δ) …(c5)
上記電流ベクトル角θe2は、「θe+Δ」に対応することとなり、電気角θeとは相違する。ただし、電流ベクトル角θe2は、電流ベクトル角速度ωe2を算出するための中間変数に過ぎない。そして、電流ベクトル角θe2は、電気角θeに対して位相がずれているものの、周期は電気角θeと一致するため、位相Δの変化速度が小さい限り、電流ベクトル角速度ωe2の絶対値と実際の電気角速度の絶対値とのずれは小さくなる。また、電流ベクトル角θe2は、モータ32の回転方向に応じて増減する量であるため、電流ベクトル角速度ωe2の符号は、実際の電気角速度の符号と等しくなる。
5.異常判断処理部108
異常判断処理部108は、センサレス処理部60によってインバータINVが操作されている期間、電流ベクトル角速度ωe2と操舵トルクTrqとに基づき、センサレス処理部60によるセンサレス制御に異常があるか否かを判断する処理を実行する。
【0047】
図3に、異常判断処理部108が異常を検出する領域を示す。なお、図3において、ステアリング12が右側に切られた場合の操舵トルクTrqを正としてゼロよりも右側とし、またこれに対応する電流ベクトル角速度ωe2を正としてゼロよりも紙面上側としている。
【0048】
図3に示される異常状態は、いずれもアシストトルクの制御が操舵トルクTrqをアシストするためになされるものであることに鑑み、センサレス制御が正常であるなら、アシストトルクの制御の結果として生じるモータ32の回転状態が操舵トルクTrqに応じたものとなることに着目して設定されたものである。
【0049】
具体的には、図3に示される第1異常状態は、電流ベクトル角速度ωe2の符号が操舵トルクTrqの符号と逆である異常状態である。これは、センサレス制御が正常であるなら、操舵トルクTrqの符号とモータ32の回転速度の符号とが一致すると考えられることに鑑みたものである。
【0050】
詳しくは、操舵トルクTrqが正でその絶対値が、高トルク閾値THpの絶対値よりも大きい場合、電流ベクトル角速度ωe2が負でその絶対値が第1低速度閾値ωLn1の絶対値以上の領域が第1異常状態の領域である。また、操舵トルクTrqが正でその絶対値が低トルク閾値TLpの絶対値以上且つ高トルク閾値THpの絶対値以下である場合、電流ベクトル角速度ωe2が負でその絶対値が第2低速度閾値ωLn2の絶対値以上となる領域が第1異常状態の領域である。
【0051】
同様に、操舵トルクTrqが負でその絶対値が、高トルク閾値THnの絶対値よりも大きい場合、電流ベクトル角速度ωe2が正でその絶対値が第1低速度閾値ωLp1の絶対値以上の領域が第1異常状態の領域である。また、操舵トルクTrqが負でその絶対値が低トルク閾値TLnの絶対値以上且つ高トルク閾値THnの絶対値以下である場合、電流ベクトル角速度ωe2が正でその絶対値が第2低速度閾値ωLp2の絶対値以上となる領域が第1異常状態の領域である。
【0052】
図3に示される第2異常状態は、電流ベクトル角速度ωe2の絶対値が規定値以下であって且つ操舵トルクの絶対値が規定値以上である異常状態である。これは、センサレス制御が正常であるなら、操舵トルクTrqの絶対値と回転速度の絶対値との間に正の相関があると考えられることに着目したものである。なお、図3において、第1低速度閾値ωLp1,ωLn1の絶対値が速度に関する上記規定値であり、高トルク閾値THp,THnの絶対値がトルクに関する上記規定値である。
【0053】
図3に示す第3異常状態は、操舵トルクTrqの絶対値が所定値以下であって且つ電流ベクトル角速度ωe2の絶対値が所定値以上である異常状態である。これは、センサレス制御が正常であるなら、操舵トルクTrqの絶対値と回転速度の絶対値との間に正の相関があると考えられることに着目したものである。なお、図3において、低トルク閾値TLp,TLnの絶対値がトルクに関する上記所定値であり、高速度閾値ωHp,ωHnの絶対値が速度に関する上記所定値である。
【0054】
なお、第1低速度閾値ωLn1,ωLp1や第2低速度閾値ωLn2,ωLp2、低トルク閾値TLp,TLn、高トルク閾値THp,THnは、異常検出精度に基づき、異常でないものを正常と検出することを抑制できる値に設定すればよい。
【0055】
図4に、異常判断処理部108による異常判断処理の手順を示す。この処理は、異常判断処理部108によって、たとえば所定周期で繰り返し実行される。
図4に示す一連の処理において、異常判断処理部108は、まず、第1異常状態が所定時間以上継続したか否かを判断する(S10)。この処理は、異常がある旨判断するか否かを決定するためのものである。ここで、所定時間は、ステアリング12を右に切っていた状態から急に左に切る等、操舵トルクTrqの急変に伴う過渡現象やノイズ等によって第1異常状態であると誤判断がなされることを抑制する値に設定される。ちなみに、操舵トルクTrqの急変時には、アシストトルクの応答遅れによって、操舵トルクTrqの符号とモータ32の回転方向とが逆となる過渡現象が生じうる。
【0056】
異常判断処理部108は、ステップS10において否定判断する場合、第2異常状態が所定時間以上継続したか否かを判断する(S12)。この処理は、異常がある旨判断するか否かを決定するためのものである。ここで、所定時間は、操舵トルクTrqの急変に伴う過渡現象やノイズ等によって第2異常状態であると誤判断がなされることを抑制する値に設定される。
【0057】
異常判断処理部108は、ステップS12において否定判断する場合、第3異常状態が所定時間以上継続したか否かを判断する(S14)。この処理は、異常がある旨判断するか否かを決定するためのものである。ここで、所定時間は、操舵トルクTrqの急変に伴う過渡現象やノイズ等によって第3異常状態であると誤判断がなされることを抑制する値に設定される。
【0058】
異常判断処理部108は、ステップS10,S12,S14のいずれかで肯定判断する場合、センサレス制御に異常があると判断する(S16)。ここでセンサレス制御の異常とは、センサレス処理部60による制御がなされているときに生じる異常のことであり、センサレス処理部60の異常のみに限らず、たとえばインバータINVの異常等も含まれる。ちなみに、異常がある旨判断される場合、ユーザにその旨を通知したり、アシスト制御を停止したりする。
【0059】
なお、異常判断処理部108は、ステップS16の処理が完了する場合や、ステップS14において否定判断する場合には、図4に示す一連の処理を一旦終了する。
ここで、本実施形態の作用を説明する。
【0060】
レゾルバ38に異常が生じると、センサレス処理部60によってインバータINVが操作されることで、アシストトルクの制御が継続される。そしてこの場合、速度推定処理部100によって電流ベクトル角速度ωe2が算出され、異常判断処理部108によって、センサレス制御の異常の有無が判断される。そしてたとえば、ステアリング12が右に切られているにもかかわらず、モータ32が左側に回転を続け、アシスト制御の異常状態が継続するような場合には、異常判断処理部108によって異常がある旨判断される。
【0061】
以上説明した本実施形態によれば、以下に記載する効果が得られるようになる。
(1)電流ベクトル角速度ωe2と操舵トルクTrqとの関係を用いることで、センサレス制御に異常があるか否かを判断することができる。しかも、ここで異常と判断される現象は、モータ32およびインバータINV間の断線に限らないため、センサレス制御時に断線以外の異常についてもこれを検出することができる。
【0062】
(2)αβ軸上の電流iα,iβの比「iβ/iα」の逆正接関数から、電流ベクトル角速度ωe2を算出するうえでの中間変数としての電流ベクトル角θe2を算出した。電流ベクトル角θe2は、その周期が電気角周期と一致して且つ、その増減が回転方向に応じたものとなるベクトル量であることから、電流ベクトル角θe2を用いることで電流ベクトル角速度ωe2を容易に算出することができる。
【0063】
(3)γδ変換部64とαβ変換部76とのそれぞれの入力となる所定の回転角度(θc)を、操舵トルクTrqを目標操舵トルクTrq*にフィードバック制御するために操作した。ここで、制御角θcを操作すると、モータ32に流れる電流の電流ベクトルとq軸とのなす角度が変化するため、モータ32のトルクが変化する。このため、回転角度の検出値を用いることなく、アシストトルクを制御することができる。
【0064】
また、この場合、目標操舵トルクTrq*に応じてq軸方向の電流を流す場合と比較して、目標操舵トルクTrq*が小さい場合であっても、モータ32に流れる電流の絶対値が大きくなる。このため、モータ32の駆動時において、常時、電流ベクトル角θe2の算出精度をある程度高く維持することができ、ひいては電流ベクトル角速度ωe2の算出精度をある程度高く維持することができる。したがって、操舵トルクTrqを目標操舵トルクTrq*にフィードバック制御するための操作量として制御角θcを用いる場合、異常判断処理部108にとって電流ベクトル角速度ωe2の利用価値が特に大きくなる。
【0065】
(4)センサレス処理部60に、誘起電圧オブザーバ86を備えた。これにより、少なくともモータ32の電気角速度が高い場合には、推定速度ωe1の精度が高くなり、これを参照することでモータ32の制御性を高めることができる。
【0066】
また、本実施形態では、異常判断処理部108の入力にあえて推定速度ωe1を用いることなく、これとは独立に電流ベクトル角速度ωe2を算出する速度推定処理部100を備えた。このため、異常の有無の判断精度がセンサレス処理部60の異常によって影響を受ける事態を好適に抑制することができる。
【0067】
(5)異常判断処理部108を、センサレス処理部60によるセンサレス制御時に行った。センサレス処理部60によるセンサレス制御は、レゾルバ38に異常がある場合に実行されるものであるため、アシスト制御の信頼性を高める冗長設計部分となる。そして、これに対し異常判断処理部108を備えることで、アシスト制御の信頼性をいっそう高めることができる。
【0068】
<その他の実施形態>
なお、上記実施形態は、以下のように変更して実施してもよい。
・「第1異常状態、第2異常状態、および第3異常状態について」
第1異常状態、第2異常状態、および第3異常状態の区別の仕方は上記実施形態において例示したものに限らない。たとえば、操舵トルクTrqが低トルク閾値TLp未満であって且つゼロよりも大きく、電流ベクトル角速度ωe2が負でありその絶対値が高速度閾値ωHnの絶対値以上である領域を、第1異常状態に含めてもよい。
【0069】
・「異常判断処理部について」
第1異常状態、第2異常状態、および第3異常状態の全てを検出するものに限らず、それらのうちの少なくとも1つを検出するものであればよい。
【0070】
第1異常状態、第2異常状態、または第3異常状態のいずれかが所定時間継続する場合に異常であると判断するものに限らない。たとえば、電流ベクトル角速度ωe2と、操舵トルクTrqとの双方をローパスフィルタ処理し、ローパスフィルタ処理後の電流ベクトル角速度ωe2と操舵トルクTrqとの組が、第1異常状態、第2異常状態、または第3異常状態を示す場合、直ちに異常があると判断してもよい。
【0071】
・「速度推定処理部について」
電流iu,iv,iwの検出値を用いるものに限らず、たとえばそれらのうちの2個の検出値を用いて、残りの1個はキルヒホッフの法則から推定してもよい。
【0072】
固定2相座標系としては、α軸およびβ軸によって張られる座標系に限らない。たとえばこれに対して所定角度回転した座標系であってもよい。こうした場合であっても、その座標系の2成分の逆正接関数は、電流ベクトル角θe2に対して所定角度だけずれた値となるにすぎないため、これに基づき電流ベクトル角速度ωe2を算出することができる。
【0073】
固定2相座標系の電流を用いるものとしては、αβ軸上の電流iα,iβの比の逆正接関数を用いて電流ベクトル角θe2を算出するものに限らない。たとえば、電流iαのゼロクロスタイミング間の時間差や電流iβのゼロクロスタイミングの時間差と、電流iαと電流iβとの位相差とに基づき、電流ベクトル角速度ωe2を算出するものであってもよい。すなわち、上記の式(c4),(c5)からもわかるように、モータ32が反転する場合、電流ベクトル角θe2を「−θe2」とすることに対応することから、この場合、電流iα,iβは、「cosθe2,−sinθe2」となる。したがって、図5に示すように、たとえば、電流iαが極大となった直後の期間における電流iβの符号に基づき、モータ32の回転方向の情報を抽出することができる。
【0074】
また、固定2相座標系の電流を用いるものにも限らない。たとえば、電流iuや電流iv、電流iwのゼロクロスタイミング間の時間差と、電流iu,iv,iwの位相差とに基づき電流ベクトル角速度ωe2を算出してもよい。ここで位相差は、たとえば電流iuが極大値となった後、次に極大となるのが電流ivであるか電流iwであるかとすればよく、これによって、モータ32の回転方向の情報を抽出することができる。
【0075】
このように、モータ32の少なくとも2個の端子を流れる電流の変動周期から回転速度の絶対値の情報を抽出し、同電流の位相差から回転方向の情報を抽出することができる。ちなみに、上記実施形態における電流ベクトル角θe2は、上記絶対値の情報と前記回転方向の情報とを含むものであり、電流iα,iβから上記絶対値の情報と前記回転方向の情報とを抽出して単一のパラメータにて定量化できるという意味で優れたものである。
【0076】
モータ32に印加する電圧を参照することなく、モータ32に流れる電流を入力として電流ベクトル角θe2を算出するものに限らない。たとえば、操作信号g¥#の時比率に基づきモータ32の電圧を算出し、これとモータ32を流れる電流とを入力として誘起電圧オブザーバによって回転角度を推定してもよい。この場合であっても、図2に示したセンサレス処理部60の指令電圧vα*,vβ*を用いて回転角度を推定する場合と比較すると、センサレス処理部60に対する独立性を保つことができるため、速度推定処理部100によって算出される回転速度の信頼性を高く維持することができる。
【0077】
・「センサレス処理部について」
たとえば、更新量算出部94の入力を、目標操舵トルクTrq*から操舵トルクTrqを減算した値とする代わりに、操舵トルクTrqから目標操舵トルクTrq*を減算した値とし、制御角θcの更新処理を前回の制御角θcから更新量Δθcを減算する処理としてもよい。
【0078】
誘起電圧の推定手法としては、オブザーバを利用するものに限らず、モータ32を流れる電流と電圧との関係を定めた固定座標系での電圧方程式の未知数を誘起電圧として、同電圧方程式の代数演算に基づき誘起電圧の推定値を算出するものであってもよい。ちなみに、電圧方程式には電気角速度が用いられるが、これについては、誘起電圧の推定値から定まる推定角度等に基づき算出した値を用いる。
【0079】
更新量算出部94が、推定速度ωe1を参照することなく更新量Δθcを算出するものであってもよい。この場合、誘起電圧オブザーバ等を削除してよい。
変換処理部を、γδ変換部64およびαβ変換部76とするものに限らない。たとえば、センサレス処理部60に、速度推定処理部100とは独立に、速度推定処理部100と同様のロジックを備えて、電流ベクトル角速度を算出し、電流ベクトル角速度の速度で変化する推定角度を、γδ変換部64およびαβ変換部76に入力してもよい。この場合、更新量Δθcにて指令電流設定部によって設定される指令電流iγ*,iδ*を座標変換したものを偏差算出部68,70に入力すればよく、この場合、この座標変換をするものが、変換処理部となる。
【0080】
さらに、操舵トルクTrqを目標操舵トルクTrq*にフィードバック制御するために座標変換に用いる所定の回転角度を操作するものにも限らない。たとえば、誘起電圧から算出した回転速度の推定値に基づき、更新量Δθcを算出し、これに基づき制御角θcを更新するものであってもよい。ここで、上記回転速度の推定値から定まる値を電気角誤差量に応じて補正して更新量Δθcを算出するなら、モータ32のトルクを制御することも可能となる。ここで、電気角誤差量は、誘起電圧の絶対値とγ軸の誘起電圧との比等として定量化して算出することができる。
【0081】
・「同期電動機(32)について」
3相同期電動機としては、ステータコイルがY結線されたものに限らず、たとえばΔ結線されたものであってもよい。3相同期電動機に限らず、たとえば5相同期電動機であってもよい。また、SPMSMに限らず、たとえばIPMSMであってもよい。
【0082】
・「電力変換回路について」
直流電圧源(バッテリ39)の正極および負極のそれぞれと同期電動機の各端子との間を開閉するスイッチング素子S¥#を備えるものに限らない。たとえば、3レベルインバータであってもよい。またこれに限らず、同期電動機の各端子毎に周知のDCDCコンバータと同様の回路構成の回路を接続したものであってもよい。この場合であっても、それらコンバータの出力電圧を高速で変化させることで、各コンバータの出力電圧を指令電圧v¥#とすることができるため、上記実施形態に準じた効果を得ることができる。
【0083】
・「そのほか」
モータ32の回転角度を検出するハードウェア(回転角度検出装置)としてはレゾルバに限らない。また、レゾルバ制御部50を備えること自体必須ではない。電動パワーステアリング装置としては、コラム型のものに限らず、たとえばピニオン型のものやラックアシスト型のものであってもよい。
【符号の説明】
【0084】
10…EPS、12…ステアリング、14…ステアリングシャフト、14a…コラムシャフト、14b…インターミディエイトシャフト、14c…ピニオンシャフト、16…ラックアンドピニオン機構、18…ラック軸、20…タイロッド、22…転舵輪、30…EPSアクチュエータ、32…モータ、34…減速機構、38…レゾルバ、39…バッテリ、40…ECU、42…トルクセンサ、44…操舵角センサ、46…車速センサ、48…電流センサ、50…レゾルバ制御部、52…セレクタ、60…センサレス処理部、62…目標操舵トルク設定部、64…γδ変換部、66…指令電流設定部、68,70…偏差算出部、72,74…電流フィードバック制御部、76…αβ変換部、80…PWM処理部、82…デッドタイム生成部、84…αβ変換部、86…誘起電圧オブザーバ、88…誘起電圧ベクトル角度算出部、90…誘起電圧ベクトル速度算出部、92…偏差算出部、94,96…更新処理部、100…速度推定処理部、102…αβ変換部、104…電流ベクトル角算出部、106…電流ベクトル角速度算出部、108…判断処理部。
図1
図2
図3
図4
図5