(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6617672
(24)【登録日】2019年11月22日
(45)【発行日】2019年12月11日
(54)【発明の名称】R−T−B系焼結磁石の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 41/02 20060101AFI20191202BHJP
H01F 1/057 20060101ALI20191202BHJP
C22C 28/00 20060101ALI20191202BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20191202BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20191202BHJP
B22F 1/00 20060101ALI20191202BHJP
【FI】
H01F41/02 G
H01F1/057 170
C22C28/00 A
C22C38/00 303D
B22F3/24 B
B22F3/24 K
B22F1/00 R
【請求項の数】8
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-190670(P2016-190670)
(22)【出願日】2016年9月29日
(65)【公開番号】特開2018-56334(P2018-56334A)
(43)【公開日】2018年4月5日
【審査請求日】2019年3月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100155000
【弁理士】
【氏名又は名称】喜多 修市
(74)【代理人】
【識別番号】100180529
【弁理士】
【氏名又は名称】梶谷 美道
(72)【発明者】
【氏名】國吉 太
(72)【発明者】
【氏名】三野 修嗣
【審査官】
秋山 直人
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−302236(JP,A)
【文献】
国際公開第2016/133071(WO,A1)
【文献】
特開2014−086529(JP,A)
【文献】
国際公開第2008/032426(WO,A1)
【文献】
特開2007−123748(JP,A)
【文献】
特開平01−062369(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 41/02
B22F 1/00
B22F 3/24
C22C 28/00
C22C 38/00
H01F 1/057
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
R−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeまたはFeとCo)を用意する工程と、
Pr−Ga合金(PrがPr−Ga合金全体の65〜97質量%であり、Prの20質量%以下をNdで置換することができ、Prの30質量%以下をDy及び/又はTbで置換することができる。GaはPr−Ga合金全体の3質量%〜35質量%であり、Gaの50質量%以下をCuで置換することができる。不可避的不純物を含んでいても良い。)の粉末がバインダと共に造粒された造粒粉末を用意する工程と、
前記R−T−B系焼結磁石の少なくとも表面を加熱し、加熱された前記R−T−B系焼結磁石の前記表面に前記造粒粉末を付着させる付着工程と、
前記造粒粉末が付着したR−T−B系焼結磁石を、前記R−T−B系焼結磁石の焼結温度以下の温度で熱処理して、前記造粒粉末に含まれるPrおよびGaを前記R−T−B系焼結磁石の表面から内部に拡散する拡散工程と、
を含む、R−T−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項2】
前記付着工程は、前記R−T−B系焼結磁石の全面に対して、前記造粒粉末を付着させる工程である、請求項1に記載のR−T−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項3】
前記R−T−B系焼結磁石の全面に付着させた前記造粒粉末に含まれるGaの量は前記R−T−B系焼結磁石に対して0.10〜1.0質量%である、請求項2に記載のR−T−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項4】
前記付着工程は、流動させた前記造粒粉末の中に、加熱された前記R−T−B系焼結磁石を浸漬させることによって、前記R−T−B系焼結磁石の全面に対して前記造粒粉末を付着させる工程である、請求項2または3に記載のR−T−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項5】
前記付着工程において、前記R−T−B系焼結磁石に付着した前記造粒粉末の厚さが38μm以上300μm以下となるように前記R−T−B系焼結磁石の前記表面の温度および浸漬時間を調整する、請求項4に記載のR−T−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項6】
前記R−T−B系焼結磁石は、
R:27.5〜35.0質量%(Rは希土類元素うちの少なくとも一種であり、Ndを必ず含む)、
B:0.80〜0.99質量%、
Ga:0〜0.8質量%、
M:0〜2質量%(MはCu、Al、Nb、Zrの少なくとも一種)、
を含有し、
残部T(TはFe又はFeとCo)及び不可避的不純物からなり、かつ、[T]は質量%で示すTの含有量であり、[B]は質量%で示すBの含有量であるするとき、
[T]/55.85>14[B]/10.8
の不等式を満足する組成を有する、請求項1から5のいずれかに記載のR−T−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項7】
前記Pr−Ga合金のNd含有量は不可避的不純物含有量以下である、請求項1から6のいずれかに記載のR−T−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項8】
前記熱処理工程は、真空または不活性ガス雰囲気中、600℃超950℃以下の温度で第一の熱処理を実施する工程と、前記第一の熱処理が実施されたR−T−B系焼結磁石に対して、真空または不活性ガス雰囲気中、前記第一の熱処理を実施する工程で実施した温度よりも低い温度でかつ、450℃以上750℃以下の温度で第二の熱処理を実施する工程と、を含む、請求項1から7のいずれかに記載のR−T−B系焼結磁石の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、R−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeまたはFeとCo)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
R−T−B系焼結磁石は永久磁石の中で最も高性能な磁石として知られており、ハードディスクドライブのボイスコイルモータ(VCM)、電気自動車用(EV、HV、PHVなど)モータ、産業機器用モータなどの各種モータや家電製品などに使用されている。
【0003】
R−T−B系焼結磁石は、主としてR
2T
14B化合物からなる主相と、この主相の粒界部分に位置する粒界相とから構成されている。主相であるR
2T
14B化合物は高い飽和磁化と異方性磁界を持ち、R−T−B系焼結磁石の特性の根幹をなしている。
【0004】
高温では、R−T−B系焼結磁石の保磁力H
cJ(以下、単に「H
cJ」という場合がある)が低下するため、不可逆熱減磁が起こる。そのため、特に電気自動車用モータに使用されるR−T−B系焼結磁石では、高いH
cJを有することが要求されている。
【0005】
R−T−B系焼結磁石において、R
2T
14B化合物中のRに含まれる軽希土類元素RL(例えば、NdやPr)の一部を重希土類元素RH(例えば、DyやTb)で置換すると、H
cJが向上することが知られている。RHの置換量の増加に伴い、H
cJは向上する。
【0006】
しかし、R
2T
14B化合物中のRLをRHで置換すると、R−T−B系焼結磁石のH
cJが向上する一方、残留磁束密度B
r(以下、単に「B
r」という場合がある)が低下する。また、特にTb、DyなどのRHは、資源存在量が少ないうえ、産出地が限定されているなどの理由から、供給が安定しておらず、価格が大きく変動するなどの問題を有している。そのため、近年、RHをできるだけ使用することなく、H
cJを向上させることが求められている。
【0007】
一方、B
rを低下させないように、より少ない重希土類元素RHによってR−T−B系焼結磁石のH
cJを向上させることが検討されている。例えば、重希土類元素RHのフッ化物または酸化物や、各種の金属MまたはM合金をそれぞれ単独、または混合して焼結磁石の表面に存在させ、その状態で熱処理することにより、H
cJ向上に寄与する重希土類元素RHを磁石内に拡散させることが提案されている。例えば、特許文献1は、R酸化物、Rフッ化物、R酸フッ化物の粉末をR−T−B系焼結磁石の表面に接触させて熱処理を行うことによりそれらを磁石内に拡散させる方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2006/043348号
【特許文献2】国際公開第2016/133071号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1には、RH化合物の粉末を含む混合粉末を磁石表面の全体(磁石全面)に存在させて熱処理を行う方法が開示されている。この方法の具体例によると、上記粉末を水または有機溶媒に分散させたスラリーに磁石を浸漬して引き上げている(浸漬引上げ法)。浸漬引上げ法の場合、スラリーから引き上げられた磁石に対して熱風乾燥または自然乾燥が行われる。スラリーに磁石を浸漬する代わりに、スラリーを磁石にスプレー塗布することも開示されている(スプレー塗布法)。
【0010】
これらの方法では、磁石全面にスラリーを塗布できる。このため、磁石全面から重希土類元素RHを磁石内に導入することが可能であり、熱処理後のH
cJをより大きく向上させることができる。しかしながら、浸漬引上げ法では、どうしても重力によってスラリーが磁石下部に偏ってしまう。また、スプレー塗布法では、表面張力によって磁石端部の塗布厚さが厚くなる。いずれの方法もRH化合物を磁石表面に均一に存在させるのが困難である。
【0011】
粘度の低いスラリーを用いて塗布層を薄くすると、塗布層の厚さの不均一性をある程度改善することができる。しかし、スラリーの塗布量が少なくなるため、熱処理後のH
cJを大きく向上させることができなくなってしまう。スラリーの塗布量を多くするために複数回の塗布を行うと、生産効率が非常に低下してしまう。特にスプレー塗布法を採用した場合、スプレー塗布装置の内壁面にもスラリーが塗布されてしまい、スラリーの利用歩留まりが低くなる。その結果、希少資源である重希土類元素RHを無駄に消費してしまうという問題がある。
【0012】
さらに、特許文献2には、RHを使用することなくH
cJを向上させる方法として、R−T−B系焼結磁石の表面にPr−Ga合金の粉末を接触させて熱処理を行うことによりそれらを磁石内に拡散させる方法が開示されている。この方法によれば、RHを使用することなく、R−T−B系焼結磁石のH
cJを向上させることができる。これらの粉末をR−T−B系焼結磁石表面に均一に存在させる方法については十分に確立されているとは言い難い。
【0013】
本開示は、R−T−B系焼結磁石にPrおよびGaを拡散させてH
cJを向上させるためにPr−Ga合金を含む粉末粒子の層を磁石表面に形成するとき、これらの粉末粒子をR−T−B系焼結磁石の表面に均一に無駄なく効率的に塗布することができ、磁石表面からPrおよびGaを内部に拡散させてH
cJを大きく向上させることができる新しい方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示のR−T−B系焼結磁石の製造方法は、実施形態において、R−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeまたはFeとCo)を用意する工程と、Pr−Ga合金(PrがPr−Ga合金全体の65〜97質量%であり、Prの20質量%以下をNdで置換することができ、Prの30質量%以下をDy及び/又はTbで置換することができる。GaはPr−Ga合金全体の3質量%〜35質量%であり、Gaの50質量%以下をCuで置換することができる。不可避的不純物を含んでいても良い。)の粉末がバインダと共に造粒された造粒粉末を用意する工程と、前記R−T−B系焼結磁石の少なくとも表面を加熱し、加熱された前記R−T−B系焼結磁石の前記表面に前記造粒粉末を付着させる付着工程と、前記造粒粉末が付着したR−T−B系焼結磁石を、前記R−T−B系焼結磁石の焼結温度以下の温度で熱処理して、前記造粒粉末に含まれるPrおよびGaを前記R−T−B系焼結磁石の表面から内部に拡散する拡散工程とを含む。
【0015】
ある実施形態において、前記付着工程は、前記R−T−B系焼結磁石の全面に対して、前記造粒粉末を付着させる工程である。
【0016】
ある実施形態において、前記R−T−B系焼結磁石の全面に付着させた前記造粒粉末に含まれるGaの量は前記R−T−B系焼結磁石に対して0.10〜1.0質量%である。
【0017】
ある実施形態において、前記付着工程は、流動させた前記造粒粉末の中に、加熱された前記R−T−B系焼結磁石を浸漬させることによって、前記R−T−B系焼結磁石の全面に対して前記造粒粉末を付着させる工程である。
【0018】
ある実施形態では、前記付着工程において、前記R−T−B系焼結磁石に付着した前記造粒粉末の厚さが38μm以上300μm以下となるように前記R−T−B系焼結磁石の前記表面の温度および浸漬時間を調整する。
【0019】
ある実施形態において、前記R−T−B系焼結磁石は、
R:27.5〜35.0質量%(Rは希土類元素うちの少なくとも一種であり、Ndを必ず含む)、
B:0.80〜0.99質量%、
Ga:0〜0.8質量%、
M:0〜2質量%(MはCu、Al、Nb、Zrの少なくとも一種)、
を含有し、
残部T(TはFe又はFeとCo)及び不可避的不純物からなり、かつ、[T]は質量%で示すTの含有量であり、[B]は質量%で示すBの含有量であるするとき、
[T]/55.85>14[B]/10.8
の不等式を満足する組成を有する。
【0020】
ある実施形態において、前記Pr−Ga合金のNd含有量は不可避的不純物含有量以下である。
【0021】
ある実施形態において、前記熱処理工程は、真空または不活性ガス雰囲気中、600℃超950℃以下の温度で第一の熱処理を実施する工程と、前記第一の熱処理が実施されたR−T−B系焼結磁石に対して、真空または不活性ガス雰囲気中、前記第一の熱処理を実施する工程で実施した温度よりも低い温度でかつ、450℃以上750℃以下の温度で第二の熱処理を実施する工程と、を含む。
【発明の効果】
【0022】
本開示の実施形態によれば、R−T−B系焼結磁石にPrおよびGaを拡散させてH
cJを向上させるために、Pr−Ga合金を含む粉末粒子の層をR−T−B系焼結磁石の表面に均一に無駄なく効率的に塗布することができる。また、希少資源である重希土類元素RHを使用することなく、R−T−B系焼結磁石のH
cJを向上させることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】流動浸漬法で用いられ得る処理容器の一例を示す斜視図である。
【
図2】R−T−B系焼結磁石100上における造粒粉末の層厚を測定した位置を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(1)R−T−B系焼結磁石母材の準備
Pr−Ga合金の拡散の対象とするR−T−B系焼結磁石母材を準備する。本明細書では、わかりやすさのため、Pr−Ga合金の拡散の対象とするR−T−B系焼結磁石をR−T−B系焼結磁石母材と厳密に称することがあるが、「R−T−B系焼結磁石」の用語はそのような「R−T−B系焼結磁石母材」を含むものとする。このR−T−B系焼結磁石母材は公知のものが使用できるが、以下の組成を有するものが好ましい。
希土類元素R:27.5〜35.0質量%
B(B(ボロン)の一部はC(カーボン)で置換されていてもよい):0.80〜0.99質量%
Ga:0〜0.8質量%、
添加元素M(Al、Cu、Zr、Nbからなる群から選択された少なくとも1種):0〜2質量%
T(Feを主とする遷移金属元素であって、Coを含んでもよい)および不可避不純物:残部
ただし、下記不等式(1)を満足する。
[T]/55.85>14[B]/10.8 (1)
([T]は質量%で示すTの含有量であり、[B]は質量%で示すBの含有量である)
【0025】
ここで、希土類元素Rは、主として軽希土類元素RL(Nd、Prから選択される少なくとも1種の元素)であるが、重希土類元素を含有していてもよい。なお、重希土類元素を含有する場合は、DyおよびTbの少なくとも一方を含むことが好ましい。
【0026】
また、Gaの含有量が0.8質量%を超えると、主相中にGaを含有することで主相の磁化が低下し、高いB
rを得ることができない可能性がある。Gaの含有量は0.5質量%以下がより好ましい。
【0027】
上記組成のR−T−B系焼結磁石母材は、任意の製造方法によって製造される。R−T−B系焼結磁石母材は焼結上がりでもよいし、切削加工や研磨加工が施されていてもよい。
【0028】
(2)造粒粉末の準備
[拡散剤]
造粒粉末は、Pr−Ga合金の粉末から形成される。Pr−Ga合金の粉末は、拡散剤として機能する。
【0029】
Pr−Ga合金は、PrがPr−Ga合金全体の65〜97質量%であり、Prの20質量%以下をNdで置換することができ、Prの30質量%以下をDy及び/又はTbで置換することができる。GaはPr−Ga合金全体の3質量%〜35質量%であり、Gaの50質量%以下をCuで置換することができる。不可避的不純物を含んでいても良い。なお、本開示における「Prの20%以下をNdで置換することができ」とは、Pr−Ga合金中のPrの含有量(質量%)を100%とし、そのうち20%をNdで置換できることを意味する。例えば、Pr−Ga合金中のPrが65質量%(Gaが35質量%)であれば、Ndを13質量%まで置換することができる。すなわち、Prが52質量%、Ndが13質量%となる。Dy、Tb、Cuの場合も同様である。Pr及びGaを上記範囲内としたPr−Ga合金を本開示の組成範囲のR−T−B系焼結磁石素材に対して後述する第一の熱処理を行うことにより、Gaを、粒界を通じて磁石内部の奥深くまで拡散させることができる。本開示は、Prを主成分とするGaを含む合金を用いることを特徴とする。Prは、Nd、Dy及び/又はTbと置換することができるが、それぞれの置換量が上記範囲を超えるとPrが少なすぎるため、高いB
rと高いH
cJを得ることができない。好ましくは、前記Pr−Ga合金のNd含有量は不可避的不純物含有量以下(1質量%以下)である。Gaは、50%以下をCuで置換することができるが、Cuの置換量が50%を超えるとH
cJが低下する可能性がある。
【0030】
Pr−Ga合金粉末の作製方法は、特に限定されない。ロール急冷法によって合金薄帯を作製し、この合金薄帯を粉砕する方法で作製してもよいし、遠心アトマイズ法、回転電極法、ガスアトマイズ法、プラズマアトマイズ法などの公知のアトマイズ法で作製してもよい。Pr−Ga合金粉末の粒度は、例えば500μm以下であり、小さいものは10μm程度である。
【0031】
発明者の検討によると、Prの代わりにNdを用いた場合はPrを用いた場合と比べて高いB
rと高いH
cJを得ることができない。これは、本開示の特定組成においては、PrがNdに比べて粒界相に拡散され易いからだと考えられる。言い換えると、PrはNdに比べて粒界相中への浸透力が大きいと考えられる。Ndは主相中にも浸透しやすいため、Nd−Ga合金を用いた場合はGaの一部が主相中にも拡散されると考えられる。Pr−Ga合金を用いた場合、合金段階や合金粉末の段階でGaを添加する場合に比べて、主相に拡散されるGaの量は少ないので、B
rをほとんど低下させることなくH
cJを向上させることができる。
【0032】
Pr−Ga合金の粉末をR−T−B系焼結磁石素材に付着させた状態で熱処理を行うことにより、Pr及びGaを主相にはほとんど拡散させずに粒界を通じて拡散させることができる。Prの存在が粒界拡散を促進する結果、磁石内部の奥深くまでPrとGaを拡散させることができる。これにより、RHの含有量を低減しつつ、高いB
rと高いH
cJを得ることができる。
【0033】
[造粒]
これらの粉末は、混合または単独で、バインダと共に造粒される。バインダと共に造粒することによって、加熱したR−T−B系焼結磁石の表面に造粒粉を接触させるだけで容易に粉末粒子をR−T−B系焼結磁石表面に付着させることができる。複数種の粉末を混合して用いる場合は、バインダと共に造粒することによって混合割合が均一な造粒粉末を作製することができる。このため、これらの粉末を所望の混合割合で均一にR−T−B系焼結磁石表面に存在させやすくなる。また、RH化合物粉末などの粒度の小さい粉末を単独で用いる場合、造粒により、ある程度粒度を大きくしておくと、磁石表面に均一に効率よく付着させ易くなる。
【0034】
バインダは、熱可塑性を有し、乾燥、または混合した溶剤が除去されたときに粘着、凝集することなく、造粒粉末がさらさらと流動性を持てるものが好ましい。バインダの例としては、ポリエステル、PVA(ポリビニルアルコール)などがあげられる。適宜、水などの水系溶剤や、NMP(N−メチルピロリドン)などの有機溶剤を用いて混合してもよい。溶剤は、後述する造粒の過程で蒸発し除去される。
【0035】
粉末をバインダと共に造粒する方法はどのようなものであってもよい。造粒の方法には、例えば、転動造粒法、流動層造粒法、振動造粒法、高速気流中衝撃法(ハイブリダイゼーション)、粉末とバインダを混合してペーストやスラリーを作製し、その後固化・解砕する方法、などがあげられる。
【0036】
造粒粉末の粒度は、500μm以下が好ましく、300μm以下がより好ましく、200μm以下が更に好ましい。造粒粉末の粒度が大きすぎると、粉末粒子の付着量を制御しにくくなる。造粒粉末に含まれる最も小さい粒子のサイズは10μm程度である。
【0037】
本開示の実施形態において、Pr−Ga合金粉末以外の粉末(第二の粉末)がR−T−B系焼結磁石の表面に存在することを必ずしも排除しないが、第二の粉末がPrおよびGaをR−T−B系焼結磁石の内部に拡散することを阻害しないように留意する必要がある。R−T−B系焼結磁石の表面に存在する粉末全体に占める「Pr−Ga合金」の粉末の質量比率は、70%以上であることが望ましい。
【0038】
(3)付着工程
予備加熱した磁石を上述の造粒粉末に接触させる。この接触により、造粒粉末のバインダを磁石表面の熱によって溶融させて造粒粉末を磁石表面に付着させることができる。加熱された磁石は、その表面に接触した造粒粉末中のバインダを選択的に溶融するため、造粒粉末を構成する粉末粒子をR−T−B系焼結磁石の全面に均一に無駄なく効率的に付着させることができる。したがって、本開示の方法によれば、従来技術の浸漬法またはスプレー法のように、塗布膜の厚さが重力で偏ったり、表面張力で偏ったりすることがない。また、造粒粉末は予備加熱された磁石以外には付着しないので無駄が無い。さらに、予め造粒した粉末を用いるので1回の塗布作業で必要な量の粉末粒子を磁石表面に均一に付着させることができ、効率的である。
【0039】
以下、本開示の実施形態における付着工程をより詳細に説明する。
【0040】
(i) R−T−B系焼結磁石を予備加熱する。予備加熱の目的は、造粒粉末のバインダを磁石表面の熱によって溶融させてR−T−B系焼結磁石表面に付着させるためである。加熱温度の下限は造粒粉末に使用するバインダの溶融温度(溶融を開始して磁石表面に付着可能になる温度)以上であり、バインダにもよるが、具体的には100℃程度である。また加熱温度が高すぎると造粒粉末が多く付着しすぎて付着量のコントロールが困難になるので、加熱温度の上限は230℃であり、180℃が好ましく、150℃がより好ましい。
【0041】
(ii) 造粒粉末を付着させる。予備加熱したR−T−B系焼結磁石に造粒粉末を付着させる。付着させる方法はどのようなものでも良いが、例えば、造粒粉末を収容した処理容器内に予備加熱したR−T−B系焼結磁石を浸漬する方法、予備加熱したR−T−B系焼結磁石に造粒粉末を振り掛ける方法、などがあげられる。この際、造粒粉末を収容した処理容器に振動を与えたり、造粒粉末をエアーで流動させたりしてもよい。中でも、流動させた造粒粉末の中に予備加熱したR−T−B系焼結磁石を浸漬させる方法いわゆる流動浸漬法(fulidized bed coating process)が好ましい。
【0042】
以下、流動浸漬法を本開示における付着工程に応用する例について説明する。流動浸漬法は、従来、粉体塗装の分野で広く行われている方法であり、流動させた熱可塑性の粉体塗料の中に加熱した被塗物を浸漬し被塗物表面の熱によって塗料を融着させる方法である。この例では従来の流動浸漬法を磁石に応用するために、熱可塑性の粉体塗料の代わりに、上述のように拡散剤のPr−Ga合金を熱可塑性のバインダで造粒して用いる。
【0043】
造粒粉末を流動させる方法はどのような方法でも良い。例えば、1つの具体例として、下部に多孔質の隔壁を設けた容器を用いる方法を説明する。この例では、容器内に造粒粉末を入れ、隔壁の下部から大気または不活性ガスなどの気体を圧力をかけて容器内に注入し、その圧力または気流で隔壁上方の造粒粉末を浮かせて流動させることができる。本開示の方法では、造粒粉末が粉体塗料に比べて重いので、前記気体の流量は粉体塗装の場合に比べて多くする必要がある。
【0044】
容器の内部で流動する造粒粉末にR−T−B系焼結磁石を浸漬する時間は、予備加熱の温度にも依存するが、例えば0.5〜10.0秒程度である。この方法では、予備加熱温度と浸漬時間を調整することによって付着量を制御できる。ある所望の付着量を実現したいとき、予備加熱温度を高くすれば浸漬時間を短くできるが、あまり高すぎると浸漬時間の制御がしにくくなる。また予備加熱温度が低すぎると浸漬時間が長くなりすぎて効率が悪くなる。なお、付着量は、同じ浸漬時間でも単位体積当たりの比表面積が大きい磁石ほど多くなる傾向にある。磁石形状に応じて、所望の付着量を付着させたいときの予備加熱温度と浸漬時間を実験によって求めることができる。
【0045】
上記方法によれば、従来技術の浸漬法またはスプレー法のように、塗布膜の厚さが重力で偏ったり、表面張力で偏ったりすることがない。更に、予備加熱温度、浸漬時間を調整することによって、造粒粉末の付着量、ひいてはGaの付着量を制御することが可能となる。R−T−B系焼結磁石に付着した造粒粉末の厚さが38μm以上350μm以下となるように前記R−T−B系焼結磁石の前記表面の温度および浸漬時間を調整することが好ましい。
【0046】
Gaの付着量は造粒粉末をR−T−B系焼結磁石の全面に付着させた場合、R−T−B系焼結磁石の0.10〜1.0質量%であることが好ましい。R−T−B系焼結磁石に拡散させるPr−Ga合金のR−T−B系焼結磁石に対する質量比率がゼロから増加するにつれてH
cJの増加幅は大きくなる。しかし、別途行った実験から、熱処理条件など、Ga量以外の条件が同じ場合、Ga量を1.0質量%よりも増加させてもH
cJの増加幅は大きくならないことがわかった。すなわち、Ga量がR−T−B系焼結磁石の0.10〜1.0質量%となる量のPr−Ga合金をR−T−B系焼結磁石の表面の全体に付着させたとき、最も効率よくH
cJを向上させることができる。
【0047】
(iii) 後加熱工程を行ってもよい。加熱温度は150〜200℃が好ましい。この時、バインダが溶融固着することによって造粒粉末がより固着されるので、好ましい。
【0048】
(4)拡散熱処理
上記の付着工程後、造粒粉末が付着したR−T−B系焼結磁石を、前記R−T−B系焼結磁石の焼結温度以下の温度に熱処理して、前記造粒粉末に含まれるPrおよびGaを前記R−T−B系焼結磁石の表面から内部に拡散する拡散工程を行う。
【0049】
熱処理は、以下の第一の熱処理と第二の熱処理を実施することが好ましい。
【0050】
(第一の熱処理を実施する工程)
上記の組成を有するPr−Ga合金の粉末層が付着したR−T−B系焼結磁石素材を、真空又は不活性ガス雰囲気中、600℃超950℃以下の温度で熱処理をする。本明細書において、この熱処理を第一の熱処理という。これにより、Pr−Ga合金からPrやGaを含む液相が生成し、その液相がR−T−B系焼結磁石素材中の粒界を経由して焼結素材表面から内部に拡散導入される。これにより、Prと共にGaを、粒界を通じてR−T−B系焼結磁石素材の奥深くまで拡散させることができる。第一の熱処理温度が600℃以下であると、PrやGaを含む液相量が少なすぎて高いH
cJを得ることが出来ない可能性があり、950℃を超えるとH
cJが低下する可能性がある。また、好ましくは、第一の熱処理(600℃超940℃以下)が実施されたR−T−B系焼結磁石素材を前記第一の熱処理を実施した温度から5℃/分以上の冷却速度で300℃まで冷却した方が好ましい。より高いH
cJを得ることができる。さらに好ましくは、300℃までの冷却速度は15℃/分以上である。
【0051】
(第二の熱処理を実施する工程)
第一の熱処理が実施されたR−T−B系焼結磁石素材に対して、真空又は不活性ガス雰囲気中、前記第一の熱処理を実施する工程で実施した温度よりも低い温度で且つ、450℃以上750℃以下の温度で熱処理を行う。本明細書において、この熱処理を第二の熱処理という。第二の熱処理を行うことにより、粒界相にR−T−Ga相が生成され、高いH
cJを得ることができる。第二の熱処理が第一の熱処理よりも高い温度であったり、第二の熱処理の温度が450℃未満及び750℃を超える場合は、R−T−Ga相の生成量が少なすぎて高いH
cJを得ることができない。
【実施例】
【0052】
(実験例1)
まず公知の方法で、組成比Nd=30.0、B=0.89、Al=0.1、Cu=0.1、Co=1.1、残部Fe(質量%)のR−T−B系焼結磁石を作製した。これを機械加工することにより、大きさが厚さ4.5mm×幅15mm×長さ26mmのR−T−B系焼結磁石母材を得た。
【0053】
次に、Pr−Ga合金粉末をバインダで造粒して造粒粉末を作製した。組成比Pr=89、Ga=11となるように各元素の原料を秤量しそれらの原料を溶解して、単ロール超急冷法(メルトスピニング法)によりリボンまたはフレーク状の合金を得た。得られた合金を、乳鉢を用いてアルゴン雰囲気中で粉砕した。粉砕したPr−Ga合金粉末を篩で分級して粒度106μm以下とした。バインダとしてポリエステル、溶媒としてNMP(N−メチルピロリドン)を用い、Pr−Ga合金粉末:ポリエステル:NMP=90:5:5(質量比)で混合したペーストを作製した。このペーストを熱風乾燥して溶媒を蒸発させた後、Ar雰囲気中で粉砕し、篩で分級して106μm以下の造粒粉末とした。
【0054】
次に、流動浸漬法で使用するため、
図1に模式的に示す構成を備える処理容器20を用意した。この処理容器は、上方が解放された概略的に円筒形状を持ち、底部に多孔質の隔壁30を有している。実験で使用した処理容器20の内径は78mm、高さは200mmであり、隔壁30の平均気孔径は15μm、空孔率40%であった。この処理容器20の内部に造粒粉末を深さ50mm程度まで入れた。多孔質隔壁30の下方から大気を処理容器20の内部に20リットル/minの流量で注入することによって造粒粉末を流動させた。流動する粉末の高さは約70mmであった。乾燥炉内で110℃に予備加熱したR−T−B系焼結磁石母材100を不図示のクランプ治具で固定し、流動する造粒粉末内に1秒浸漬させて引き上げ、R−T−B系焼結磁石母材100に造粒粉末を付着させた。なお、治具は磁石の4.5×26mmの面の両側2点接触で固定し、4.5mm×15mmの最も面積の狭い面を上下面として浸漬した。造粒粉末が付着した磁石を150℃で15分間後加熱して造粒粉末を固着させた。
【0055】
造粒粉末が固着したR−T−B系焼結磁石母材100の4.9mm方向の厚さを測定した。1つのR−T−B系焼結磁石母材につき3カ所、
図2の測定位置1、2、3について測定した(N=各5)。浸漬時において測定位置1は上側、測定位置3は下側にあった。造粒粉末が付着する前のR−T−B系焼結磁石母材より増加した値の1/2の値(片面の増加分の値)を表1に示す。3カ所ともほぼ同じ値であり、測定箇所による厚さのバラツキはほとんどなかった。
【0056】
【表1】
【0057】
(実験例2)
実験例1と同じR−T−B系焼結磁石母材と、造粒粉末を用意した。実験例1と同じ処理容器を用い、予備加熱温度と浸漬時間を表2の各値にしたこと以外は実験例1と同じ方法でR−T−B系焼結磁石母材に造粒粉末を付着させた。後加熱工程は行わなかった。磁石の重量増加から求めた造粒粉末の付着量およびそれから計算したGa付着量を表2に示す。表2のGa付着量は、R−T−B系焼結磁石母材の全体質量に対する磁石表面に存在するGaの質量比率である。このGa付着量は、R−T−B系焼結磁石母材の全面に付着した造粒粉末の質量と、造粒粉末中のGa濃度とから求められた。R−T−B系焼結磁石母材の予備加熱温度が高いほど、また、浸漬時間が長いほど付着量を増加させることができ、予備加熱温度と浸漬時間を調整することによってGa付着量を制御できることがわかった。また、Ga量をR−T−B系焼結磁石母材の0.10〜1.0質量%とするには予備加熱温度を80〜120℃、浸漬時間が1〜10秒で調整できることがわかった。
【0058】
【表2】
【0059】
(実験例3)
表3に示す組成を有する、大きさが7.4mm×7.4mm×7.4mmのR−T−B系焼結磁石母材を用意した。表4に示すPr−Ga合金と、バインダとしてのポリエステルと、溶媒としてのNMPとを用いて実験例1と同じ方法で造粒粉末を作製した。作製した造粒粉末を実験例1と同じ方法で表5に示す組み合わせで実験例1と同じR−T−B系焼結磁石母材に付着させた。ただし、予備加熱温度と浸漬時間を調整し、付着した造粒粉末の層厚が100μm以上300μm以下となるように制御し、その結果として、Ga付着量が0.2〜0.7mass%となるようにした。
【0060】
さらに、これらを表5に示す熱処理温度、時間だけ熱処理した。熱処理後のR−T−B系焼結磁石に対して、表面研削盤を用いて各サンプルの全面を0.2mmずつ切削加工し、7.0mm×7.0mm×7.0mmの立方体を切り出した後、磁気特性を測定した。測定した磁気特性の値を表5に示す。これらすべてのR−T−B系焼結磁石についてB
r≧1.30T、H
CJ≧1490kA/mの高い磁気特性がえられており、B
rをほとんど低下させることなく、H
CJがそれぞれ160kA/m以上向上していることが確認された。
【0061】
【表3】
【0062】
【表4】
【0063】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0064】
本開示の実施形態は、より少ないPr−Ga合金によってR−T−B系焼結磁石のH
cJを向上させることができるため、高いH
cJが求められる希土類焼結磁石の製造に使用され得る。
【符号の説明】
【0065】
20 処理容器
30 多孔質隔壁
100 R−T−B系焼結磁石母材