(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6743563
(24)【登録日】2020年8月3日
(45)【発行日】2020年8月19日
(54)【発明の名称】空気入りタイヤ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B29D 30/30 20060101AFI20200806BHJP
B60C 9/00 20060101ALI20200806BHJP
【FI】
B29D30/30
B60C9/00 A
【請求項の数】6
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2016-153357(P2016-153357)
(22)【出願日】2016年8月4日
(65)【公開番号】特開2018-20488(P2018-20488A)
(43)【公開日】2018年2月8日
【審査請求日】2019年8月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006714
【氏名又は名称】横浜ゴム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際特許業務法人
(74)【代理人】
【識別番号】100129252
【弁理士】
【氏名又は名称】昼間 孝良
(74)【代理人】
【識別番号】100155033
【弁理士】
【氏名又は名称】境澤 正夫
(72)【発明者】
【氏名】松田 健太
【審査官】
増永 淳司
(56)【参考文献】
【文献】
特開平09−164805(JP,A)
【文献】
特開平06−071782(JP,A)
【文献】
国際公開第2013/035555(WO,A1)
【文献】
特開平02−299903(JP,A)
【文献】
特開2003−039574(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29D 30/30
B60C 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タイヤ周方向の任意の位置にスプライス部が形成された少なくとも1つのタイヤ構成部材を備えた空気入りタイヤにおいて、前記スプライス部によって形成される段差部分に破断強度が100N以下であってタイヤ幅方向に延在する少なくとも1本の糸が配置されていることを特徴とする空気入りタイヤ。
【請求項2】
前記糸が合成繊維又は天然繊維から構成されることを特徴とする請求項1に記載の空気入りタイヤ。
【請求項3】
タイヤ周方向の任意の位置にスプライス部が形成された少なくとも1つのタイヤ構成部材を備えると共に、前記スプライス部によって形成される段差部分に破断強度が100N以下であってタイヤ幅方向に延在する少なくとも1本の糸を配置した状態にあるグリーンタイヤを成形し、該グリーンタイヤを加硫することを特徴とする空気入りタイヤの製造方法。
【請求項4】
前記グリーンタイヤの成形工程において、前記タイヤ構成部材をタイヤ仕様に合わせて切断する際にその切断された端部に前記糸を貼り付けることを特徴とする請求項3に記載の空気入りタイヤの製造方法。
【請求項5】
前記グリーンタイヤの成形工程において、前記タイヤ構成部材のスプライス部によって形成される段差部分に前記糸を貼り付けることを特徴とする請求項3に記載の空気入りタイヤの製造方法。
【請求項6】
前記糸が合成繊維又は天然繊維から構成されることを特徴とする請求項3〜5のいずれかに記載の空気入りタイヤの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤ周方向の任意の位置にスプライス部が形成された少なくとも1つのタイヤ構成部材を備えた空気入りタイヤ及びその製造方法に関し、更に詳しくは、加硫時のエア分散性を改善し、ブリスター故障を効果的に抑制することを可能にした空気入りタイヤ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
空気入りタイヤを加硫する際にブリスター故障と呼ばれる加硫故障を生じることがある。ブリスター故障は、ゴム中に含まれる水分や残留エアのほか、タイヤ成形時にタイヤ構成部材の端部に形成される段差に残留するエアが加硫時に局所的に集められ、それによって生じた気泡が加硫中に分散しきらずにブリスターとなってタイヤ内に残存した状態となる故障である。ゴム中に含まれる水分や残留エアは、加硫初期において無数に発泡するものの、その気泡の多くは加硫中にミクロ分散して消滅する。しかしながら、ミクロ分散時に加圧力が弱い部位では気泡が集約され、加硫終了後に再発泡してブリスターを形成することがある。
【0003】
ブリスター故障を抑制するために、タイヤ成形時にはタイヤ構成部材をステッチャーにより押圧してエアの分散を促進し、加硫時には金型内面に配設されたベントホールを介してエアの排出を行っているが、それだけではタイヤ内部に残留するエアを十分に排除することができない。
【0004】
これに対して、カーカス層とそれに隣接する部材との間にエア溜りが形成され易いという知見に基づいて、カーカス層の少なくとも一方の面にゴム被覆されていないエア吸収用の有機繊維コードを配置し、その有機繊維コードによりカーカス層とそれに隣接する部材との間に残留するエアを吸収し、加硫時にエア溜りが形成されるのを防止することが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
しかしながら、上述のようにカーカス層の少なくとも一方の面にエア吸収用の有機繊維コードを配置する場合、その有機繊維コードはカーカス層となるタイヤ構成部材の圧延工程においてカーカスコードと同様にその圧延方向に沿って配置されるのが一般的である。その一方で、グリーンタイヤの成形工程において、カーカス層のようなタイヤ構成部材のタイヤ周方向の端部同士をスプライスする場合、そのスプライス部によって形成される段差部分はタイヤ幅方向に沿って延在することになる。そのため、上述のようにしてタイヤ構成部材に貼り付けられたエア吸収用の有機繊維コードは、タイヤ構成部材のスプライス部と実質的に平行に延在することになり、スプライス部によって形成される段差部分と接触する可能性が極めて低い。その結果、スプライス部によって形成される段差部分に残留するエアを確実に排除することができず、この部分に残留したエアに起因するブリスター故障を抑制することができないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第WO2013/035555号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、加硫時のエア分散性を改善し、ブリスター故障を効果的に抑制することを可能にした空気入りタイヤ及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための本発明の空気入りタイヤは、タイヤ周方向の任意の位置にスプライス部が形成された少なくとも1つのタイヤ構成部材を備えた空気入りタイヤにおいて、前記スプライス部によって形成される段差部分に破断強度が100N以下であってタイヤ幅方向に延在する少なくとも1本の糸が配置されていることを特徴とするものである。
【0009】
また、上記目的を達成するための本発明の空気入りタイヤの製造方法は、タイヤ周方向の任意の位置にスプライス部が形成された少なくとも1つのタイヤ構成部材を備えると共に、前記スプライス部によって形成される段差部分に破断強度が100N以下であってタイヤ幅方向に延在する少なくとも1本の糸を配置した状態にあるグリーンタイヤを成形し、該グリーンタイヤを加硫することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、タイヤ周方向の任意の位置にスプライス部が形成された少なくとも1つのタイヤ構成部材を備えた空気入りタイヤにおいて、スプライス部によって形成される段差部分にタイヤ幅方向に延在する少なくとも1本の糸を配置することにより、その段差部分に残留するエアを糸により効果的に分散させることができるので、加硫時のエア分散性を改善し、ブリスター故障を効果的に抑制することができる。
【0011】
本発明において、糸の破断強度は100N以下であることが必要である。この糸はエア分散性の改善を目的とするものであって補強部材ではないので、その破断強度の上限値を規制することでタイヤ構成部材の挙動に対する影響を最小限に抑制することができる。特に、糸は合成繊維又は天然繊維から構成されることが好ましい。
【0012】
本発明の空気入りタイヤを製造する場合、タイヤ周方向の任意の位置にスプライス部が形成された少なくとも1つのタイヤ構成部材を備えると共に、そのスプライス部によって形成される段差部分に破断強度が100N以下であってタイヤ幅方向に延在する少なくとも1本の糸を配置した状態にあるグリーンタイヤを成形する。その際、グリーンタイヤの成形工程において、タイヤ構成部材をタイヤ仕様に合わせて切断する際にその切断された端部に糸を貼り付けても良く、或いは、タイヤ構成部材のスプライス部によって形成される段差部分に糸を貼り付けても良い。上述のようにスプライス部によって形成される段差部分に糸を備えたグリーンタイヤを成形した後、該グリーンタイヤを加硫するようにすれば良い。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態からなる空気入りタイヤを示す子午線半断面図である。
【
図2】本発明の空気入りタイヤの製造方法においてカーカス層(タイヤ構成部材)のスプライス部によって形成される段差部分に糸を配置した状態を示す展開図である。
【
図4】本発明の空気入りタイヤの製造方法におけるグリーンタイヤを示す切り欠き斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の構成について添付の図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は本発明の実施形態からなる空気入りタイヤを示すものである。なお、
図1はタイヤセンターラインCLの一方側の部分のみを示しているが、この空気入りタイヤはタイヤセンターラインCLの他方側にも対応する構造を有している。
【0015】
図1において、1はトレッド部、2はサイドウォール部、3はビード部である。左右一対のビード部3,3間にはタイヤ径方向に延びる複数本の補強コードを含む2層のカーカス層4が装架され、そのカーカス層4の端部がビードコア5の廻りにタイヤ内側から外側に折り返されている。ビードコア5の外周上には高硬度のゴム組成物からなるビードフィラー6が配置され、該ビードフィラー6がカーカス層4により包み込まれている。
【0016】
トレッド部1におけるカーカス層4の外周側には複数層のベルト層7が埋設されている。これらベルト層7はタイヤ周方向に対して傾斜する複数本の補強コードを含み、かつ層間で補強コードが互いに交差するように配置されている。また、タイヤ内面にはカーカス層4に沿ってインナーライナー層8が配置されている。
【0017】
上記空気入りタイヤには、カーカス層4やベルト層7に代表されるタイヤ構成部材が埋設されている。例えば、
図2及び
図3に示すように、カーカス層4はタイヤ幅方向Twに沿って延在する複数本のカーカスコードCを含む部材であるが、カーカス層4のタイヤ周方向Tcの端部4a,4b同士を互いに重ね合わせることでタイヤ周方向Tcの任意の位置にスプライス部Sが形成されている。そして、スプライス部Sによって形成される段差部分には、破断強度が100N以下である少なくとも1本の糸10がタイヤ幅方向Twに延在するように配置されている。より具体的には、
図3に示すように、カーカス層4のスプライス部Sにおいてカーカス層4の端部4aの端面に隣接する部位と端部4bの端面に隣接する部位には段差が形成されているが、これら段差部分にそれぞれ糸10が配置されている。同様に、ベルト層7のスプライス部Sによって形成される段差部分にもタイヤ幅方向Twに延在する少なくとも1本の糸10が配置されている。いずれの場合も、糸10はカーカス層4やベルト層7のようなタイヤ構成部材の端面から3mm以内の範囲に配置されることが望ましい。糸10をタイヤ構成部材の端面と近接した位置に配置することで、糸10が段差部分に残留するエアの分散経路として有効に機能する。
【0018】
上述のような空気入りタイヤを製造する場合、タイヤ構成部材としてタイヤ周方向の任意の位置にスプライス部Sが形成されたカーカス層4やベルト層7を備えると共に、これらカーカス層4やベルト層7のスプライス部Sによって形成される段差部分にタイヤ幅方向に延在する糸10を配置した状態にあるグリーンタイヤG(
図4参照)を成形する。グリーンタイヤGにおいて、糸10はスプライス部Sによって形成される段差部分に沿って延在している。このような糸10はグリーンタイヤGに至る過程の任意の時点においてグリーンタイヤの内部に挿入される。
【0019】
例えば、グリーンタイヤGの成形工程において、タイヤ構成部材であるカーカス層4をタイヤ仕様に合わせて切断する際にその切断された端部4a,4bに糸10を貼り付けることができる。或いは、タイヤ構成部材であるカーカス層4を成形ドラムの周囲に貼り付けてタイヤ周方向の端部4a,4b同士をスプライスした後、そのスプライス部Sによって形成される段差部分に糸10を貼り付けることができる。いずれの場合も、糸10の貼り付け作業は作業者が手作業で行っても良く、或いは、糸10を排出する装置により行っても良い。
【0020】
このようにしてカーカス層4やベルト層7のスプライス部Sによって形成される段差部分に糸10を配置したグリーンタイヤGを成形した後、該グリーンタイヤGを加硫することにより、上述した空気入りタイヤを得ることができる。
【0021】
加硫工程においては、未加硫状態のグリーンタイヤGを金型内に投入し、ブラダーによりタイヤ内側から圧力を掛けながら加熱する。その際、加硫初期においてタイヤ内部に残留する水分やエアが発泡するが、その気泡の多くは加硫中にミクロ分散して消滅する。しかしながら、ミクロ分散時に加圧力が弱い部位では気泡が局所的に集まろうとする。特に、カーカス層4やベルト層7のスプライス部Sによって形成される段差部分に残留するエアがエア溜まりの要因となる。これに対して、カーカス層4やベルト層7のスプライス部Sによって形成される段差部分にタイヤ幅方向に延在する少なくとも1本の糸10を配置することにより、その段差部分に残留するエアを糸10に基づいて効果的に分散させることができるので、加硫時のエア分散性を改善し、ブリスター故障を効果的に抑制することができる。
【0022】
上記空気入りタイヤにおいて、糸10の破断強度は100N以下であり、より好ましくは、1N〜5Nであると良い。この糸10はエア分散性の改善を目的とするものであって補強部材ではないので、その破断強度の上限値を規制することでタイヤ構成部材の挙動に対する影響を最小限に抑制することができる。糸10の破断強度が大き過ぎるとタイヤ性能に対して意図しない影響を及ぼす恐れがある。
【0023】
糸10の構成材料は特に限定されるものではないが、例えば、ナイロン、ポリエステル、レーヨン等の合成繊維の他、綿等の天然繊維を使用することができる。また、糸10の総繊度は25dtex〜170dtexの範囲にあると良い。これにより、破断強度を低くすると共に、良好なエア分散性を確保することができる。
【0024】
上述した実施形態ではカーカス層4やベルト層7のスプライス部Sによって形成される段差部分に糸10を配置した場合について説明したが、本発明では種々のタイヤ構成部材のスプライス部Sによって形成される段差部分に糸10を配置することができる。そのようなタイヤ構成部材としては、例えば、ビード補強層、サイド補強層、インナーライナー層、サイドウォールゴム層などを挙げることができる。スプライス部Sはタイヤ幅方向に対して斜めに延在していても良く、その場合は、糸10をスプライス部Sに沿うようにタイヤ幅方向に対して斜めに配置すれば良い。また、タイヤ補強部材はコードを含むものであっても良く、或いは、コードを含まないものであっても良い。
【実施例】
【0025】
タイヤサイズ235/40R18の空気入りタイヤにおいて、カーカス層(タイヤ構成部材)のスプライス部によって形成される段差部分にタイヤ幅方向に延在する少なくとも1本の糸を配置した実施例1のタイヤを製作した。糸としては、綿繊維からなり、総繊度が29.5dtexである糸を使用した。この糸の破断強度は1Nである。
【0026】
また、カーカス層のスプライス部によって形成される段差部分に糸を配置しなかったこと以外は実施例1と同じ構造を有する従来例1のタイヤを製作した。
【0027】
実施例1及び従来例1のタイヤをそれぞれ加硫した。その際、通常必要とされる加硫時間よりも短い時間で加硫し、ブリスター故障を生じ易い条件とした。加硫後、各タイヤを解体し、カーカス層のスプライス部におけるブリスターの発生個数を調べた。その結果、実施例1のタイヤでは、従来例1との対比において、ブリスター故障の発生が減少していた。特に、実施例1のタイヤにおけるブリスター発生個数は従来例1のタイヤにおけるブリスター発生個数の約半分となっていた。
【符号の説明】
【0028】
1 トレッド部
2 サイドウォール部
3 ビード部
4 カーカス層
4a,4b 端部
5 ビードコア
6 ビードフィラー
7 ベルト層
8 インナーライナー層
10 糸
C カーカスコード
S スプライス部