特許第6862711号(P6862711)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6862711
(24)【登録日】2021年4月5日
(45)【発行日】2021年4月21日
(54)【発明の名称】軟磁性材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/153 20060101AFI20210412BHJP
   C22C 45/02 20060101ALI20210412BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20210412BHJP
【FI】
   H01F1/153 141
   C22C45/02 A
   C21D6/00 C
   H01F1/153 108
   H01F1/153 133
【請求項の数】5
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-153914(P2016-153914)
(22)【出願日】2016年8月4日
(65)【公開番号】特開2018-22797(P2018-22797A)
(43)【公開日】2018年2月8日
【審査請求日】2019年5月31日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100147555
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 公一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100133835
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 努
(74)【代理人】
【識別番号】100186912
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 淳浩
(72)【発明者】
【氏名】小野寺 清孝
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 清策
(72)【発明者】
【氏名】リチャード パーソンズ
(72)【発明者】
【氏名】ボーウェン ザン
【審査官】 須藤 竜也
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/114665(WO,A1)
【文献】 特開昭54−083622(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/002945(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00− 8/00
C21D 6/00− 6/04
C22C 1/04− 1/05
5/00−25/00
27/00−28/00
30/00−30/06
33/02
35/00−45/10
H01F 1/12− 1/38
1/44
27/24−27/26
41/00−41/04
41/08
41/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記組成式1で表される組成を有し、かつ非晶質相を有する合金を準備すること、及び、
Fe−B化合物の生成開始温度以上の温度に達しないようにして、結晶化開始温度以上、Fe−B化合物の生成開始温度未満の温度まで、前記合金を昇温速度10℃/秒以上で加熱し、
結晶化開始温度以上、Fe−B化合物の生成開始温度未満の温度で保持して、前記非晶質相を結晶化して結晶相を得た後、直ちに冷却して、前記結晶相の粗大化を回避すること
を含み、
結晶化開始温度以上、Fe−B化合物の生成開始温度未満の温度での前記保持の時間が、80秒以下であり、かつ、
前記組成式1がFe100−x−yであり、Mは、Nb、Mo、Ta、W、Ni、Co、及びSnから選ばれる少なくとも1種の元素であり、かつ、x及びyが、原子%で、10≦x≦16及び0≦y≦8を満たす、
軟磁性材料の製造方法。
【請求項2】
前記昇温速度が125℃/秒以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記昇温速度が325℃/秒以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記合金を、前記結晶化開始温度以上、Fe−B化合物の生成開始温度未満で、0〜17秒にわたり保持する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記合金を、加熱したブロックの間に挟み込んで、前記合金を加熱すること、
を含む、請求項1〜のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性材料の製造方法に関する。本発明は、特に、高飽和磁化と低保磁力を両立する軟磁性材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モータ及びリアクトル等の部品を高性能化するためには、その部品のコア部に用いる軟磁性材料が、高飽和磁化と低保磁力を両立することが要求される。
【0003】
高飽和磁化を有する軟磁性材料としては、Fe基ナノ結晶軟磁性材料が挙げられる。Fe基ナノ結晶軟磁性材料とは、主成分がFeであり、その材料中に、ナノ結晶が30体積%以上分散している軟磁性材料をいう。
【0004】
例えば、特許文献1には、Fe100−p−q−r−sCuSiSn(ただし、p、q、r、及びsは、原子%で、0.6≦p≦1.6、6≦q≦20、0<r≦17、及び0.005≦s≦24を満足する。)の組成式で表されるFe基ナノ結晶軟磁性材料が開示されている。
【0005】
また、特許文献1には、Fe100−p−q−r−sCuSiSnで表される組成を有し、非晶質相を有する合金を熱処理することによって、Fe基ナノ結晶軟磁性材料を得ることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014−240516号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
Fe基ナノ結晶軟磁性材料は、その主成分がFeであるため、高飽和磁化を有する。Fe基ナノ結晶軟磁性材料は、非晶質相を有する合金を熱処理(アニーリングともいう。以下、同じ。)することによって得られる。非晶質を有する合金中のFe含有量が多いと、非晶質相から結晶相(α−Fe)が生成し易く、かつ、その結晶相は粒成長して粗大化し易い。そこで、材料中に粒成長を抑制する元素を加えるが、その元素を加えた分だけ、材料中のFe含有量が減少するため、飽和磁化が低下する。
【0008】
これらのことから、軟磁性材料において、その主成分がFeであると、高飽和磁化が得られる一方で、熱処理時に、非晶質相から結晶相が生成し、その結晶相が粒成長して粗大化するため、低保磁力を得ることは難しい、という課題を本発明者らは見出した。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、本発明は、高飽和磁化と低保磁力を両立する軟磁性材料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、鋭意検討を重ね、本発明を完成させた。その要旨は、次のとおりである。
〈1〉下記組成式1又は組成式2で表される組成を有し、かつ非晶質相を有する合金を準備すること、及び、
前記合金を昇温速度10℃/秒以上で加熱し、かつ、結晶化開始温度以上、Fe−B化合物生成開始温度未満で、0〜80秒にわたり保持すること、
を含み、
前記組成式1がFe100−x−yであり、Mは、Nb、Mo、Ta、W、Ni、Co、及びSnから選ばれる少なくとも1種の元素であり、かつ、x及びyが、原子%で、10≦x≦16及び0≦y≦8を満たし、
前記組成式2がFe100−a−b−cCuM´であり、M´は、Nb、Mo、Ta、W、Ni、及びCoから選ばれる少なくとも1種の元素であり、かつ、a、b、及びcが、原子%で、10≦a≦16、0<b≦2、及び0≦c≦8を満たす、
軟磁性材料の製造方法。
〈2〉溶湯を急冷し、前記合金を得る、〈1〉項に記載の方法。
〈3〉前記昇温速度が125℃/秒以上である、〈1〉又は〈2〉項に記載の方法。
〈4〉前記昇温速度が325℃/秒以上である、〈1〉又は〈2〉項に記載の方法。
〈5〉前記合金を、前記結晶化開始温度以上、FeB化合物生成開始温度未満で、0〜17秒にわたり保持する、〈1〉〜〈4〉項のいずれか一項に記載の方法。
〈6〉前記合金を、加熱したブロックの間に挟み込んで、前記合金を加熱すること、
を含む、〈1〉〜〈5〉項のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高飽和磁化を得るために、非晶質相を有する合金の主成分がFeであっても、その合金を、結晶化開始温度以上、Fe−B化合物生成開始温度未満の温度域に急速昇温し、かつ、直ちに冷却するか短時間保持することにより、結晶相が微細化して低保磁力を得ることができる。すなわち、本発明によれば、高飽和磁化と低保磁力を両立する軟磁性材料の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、非晶質合金を、加熱したブロックの間に挟み込んで、その非晶質合金を加熱する装置の概要を示す斜視図である。
図2図2は、非晶質合金を加熱したときの加熱時間と非晶質合金の温度の関係を示すグラフである。
図3図3は、Fe8613Cuの組成を有する非晶質合金を熱処理したときの、保持温度と保磁力の関係を示すグラフである。
図4図4は、Fe8513NbCuの組成を有する非晶質合金を熱処理(昇温速度:415℃/秒、保持時間:0秒)したときの、保持温度と保磁力の関係を示すグラフである。
図5図5は、Fe8513NbCuの組成を有する非晶質合金を熱処理(昇温速度:415℃/秒、保持温度:500℃)したときの、保持時間と保磁力の関係を示すグラフである。
図6図6は、Fe8513NbCuの組成を有する非晶質合金を熱処理(保持温度:500℃、保持時間:0〜80秒)したときの、昇温速度と保磁力の関係を示すグラフである。
図7図7は、Fe8713の組成を有する非晶質合金を熱処理したときの、保持温度と保磁力の関係を示すグラフである。
図8図8は、Fe8713の組成を有する非晶質合金を熱処理(昇温速度:415℃/秒、保持時間:0秒)したときの、保持温度と保磁力の関係を示すグラフである。
図9図9は、Fe8713の組成を有する非晶質合金を熱処理(保持温度:485℃、保持時間:0〜30秒)したときの、昇温速度と保磁力の関係を示すグラフである。
図10図10は、非晶質合金を急速昇温及び短時間保持(昇温速度:415℃/秒、保持温度:485〜570℃、保持時間:0〜30秒)した後の軟磁性材料のX線回折結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る軟磁性材料の製造方法の実施形態を詳細に説明する。なお、以下に示す実施形態は、本発明を限定するものではない。
【0014】
高飽和磁化と低保磁力を両立するため、主成分がFeであり、かつ非晶質相を有する合金を、結晶化開始温度以上、Fe−B化合物生成開始温度未満の温度域に急速昇温し、かつ短時間保持する。
【0015】
本明細書で、「主成分がFeである」とは、材料中のFeの含有量が、50原子%以上であることをいう。「非晶質相を有する合金」とは、その合金内に、非晶質相を50体積%以上含有するをいい、これを、単に、「非晶質合金」ということがある。「合金」は、薄帯、薄片、粒状物、及びバルク等の形態を有する。
【0016】
理論に拘束されないが、非晶質合金を、結晶化開始温度以上、Fe−B化合物生成開始温度未満の温度域で熱処理するとき、その合金内で、次のような現象が発生すると考えられる。
【0017】
非晶質合金が結晶化開始温度以上になると、非晶質相から結晶相が生成する。この過程で発生する現象を、不均質核生成サイトとなる元素が非晶質合金中に存在する場合と、そのような元素が非晶質合金中に存在しない場合とに分けて説明する。なお、本明細書において、不均質核生成サイトとなる元素は、容易にFeと固溶しない元素である。
【0018】
不均質核生成サイトとなり、容易にFeと固溶しない元素の一例として、Cuが挙げられる。非晶質合金がCuを含有すると、Cuが核生成サイトとなり、これらのCuクラスターを起点に不均質核生成が起こり、結晶相が微細化する。非晶質合金がCuを含有する場合には、非晶質合金を低速昇温(1.7℃/秒程度)した場合でも、充分な核生成が行われ、微細な結晶相が得られると考えられる。
【0019】
一方、Cuのような不均質核生成サイトとなる元素が、非晶質合金中に存在しない場合には、非晶質合金を急速昇温(10℃/秒以上)し、かつ、直ちに冷却するか短時間(0〜80秒)保持することによって、ミクロ組織の粗大化を回避して、微細な結晶相が得られると考えられる。その詳細は、次のとおりである。なお、保持時間が0秒であるとは、急速昇温後、直ちに冷却するか、保持を終了することをいう。
【0020】
不均質核生成速度は原子輸送と臨界核のサイズに支配される。原子輸送が高く、かつ、臨界核のサイズが小さいと、不均質核生成速度は高くなり、ミクロ組織が微細化する。これらの2つの条件を実現するため、非晶体中の過冷却液体領域を導入することは有効である。過冷却液体中の粘性流動は非常に大きく、過冷却液体中の核生成による歪エネルギーは、非晶体中のそれよりも、ずっと小さいからである。それゆえ、過冷却液体領域があるときは、多くのエンブリオが核になる。しかし、従来の熱処理(アニーリング)では、固体から過冷却液体への遷移が限られている比較的低温で、非晶体が結晶化する。そのため、従来の昇温速度での不均質核生成は、非常に限られている。これに対して、急速加熱によって、結晶化開始温度は上昇する。それゆえ、非晶質相は、非晶体が過冷却液体へ遷移することが盛んに起こる高い温度で、非晶体が保持されるため、高い不均質核生成速度が得られる。その結果、核生成頻度が高くなる。
【0021】
このように、過冷却状態で生成した領域内で、原子輸送を実現し、活発な核生成が起こるようにするには、結晶化開始温度以上まで非晶質合金を急速昇温(10℃/秒以上)する。非晶質合金を急速昇温すると、粒成長速度も大きくなるため、保持時間を短く(0〜80秒)して、粒成長する時間を短くする。原子輸送の観点からは、結晶化開始温度よりも、できるだけ高い温度まで昇温した方がよい。しかし、非晶質合金の温度がFe−B化合物生成開始温度に達すると、Fe−B化合物が生成する。Fe−B化合物は、結晶磁気異方性が大きいため、保磁力を増大させる。したがって、非晶質合金を、結晶化開始温度以上、Fe−B化合物生成開始温度未満の温度域に急速昇温することが好ましい。本発明では、急速加熱による核生成頻度の増大効果により、Cuの添加が必須ではない。このため、非磁性のCuを含まず、よりFe濃度の高いナノ組織が実現し、従来よりも高い飽和磁化を得ることも可能である。
【0022】
急速昇温が必要であるのは、結晶化開始温度以上、Fe−B化合物生成開始温度未満の温度域である。しかし、非晶質合金を結晶化開始温度未満の温度域で低速昇温する場合に、非晶質合金の温度が結晶化開始温度に到達したとき、直ちに急速昇温に移行することは困難である。また、非晶質合金を結晶化開始温度未満の温度域で急速昇温しても、特段に問題となることない。したがって、非晶質合金の温度が結晶化開始温度未満であるときから急速昇温し、非晶質合金が結晶化開始温度に到達した後も、そのまま急速昇温を続けてもよい。
【0023】
上述した急速昇温は、不均質核生成サイトとなる元素が、非晶質合金中に存在しない場合に有効である。そして、Cuのように、不均質核生成サイトとなる元素が、非晶質合金中に存在する場合には、Cuが核生成サイトとなって結晶粒が微細化する効果と、急速昇温によって核生成頻度が顕著に増大して結晶粒が微細化する効果を、重畳的に得ることができる。
【0024】
これまで説明してきた現象から、高飽和磁化と低保磁力の両立には、非晶質合金を結晶化開始温度以上、Fe−B化合物生成開始温度未満に急速昇温し、直ちに冷却するか到達した温度で短時間保持する熱処理をすることがよいことを、本発明者らは知見した。そして、このような熱処理は、非晶質合金中に、Cuのような、不均質核生成サイトとなる元素が存在するか否かにかかわらず有効であることを知見した。
【0025】
これらの知見に基づく、本発明に係る軟磁性材料の製造方法の構成を、次に説明する。
【0026】
(非晶質合金の準備工程)
非晶質相を有する合金(非晶質合金)を準備する。上述したように、非晶質合金は、50体積%以上の非晶質相を有する。非晶質合金を急速昇温及び保持して、より多くの微細な結晶相を得る観点から、非晶質合金中の非晶質相の含有量については、60体積%以上、70体積%以上、又は90体積%以上が好ましい。
【0027】
非晶質合金は、組成式1又は組成式2で表される組成を有する。組成式1で表される組成を有する非晶質合金(以下、「組成式1の非晶質合金」ということがある。)は、不均質核生成サイトとなる元素を含有しない。組成式2で表される組成を有する非晶質合金(以下、「組成式2の非晶質合金」ということがある。)は、不均質核生成サイトとなる元素を含有する。
【0028】
組成式1は、Fe100−x−yである。組成式1において、Mは、Nb、Mo、Ta、W、Ni、Co、及びSnから選ばれる少なくとも1種の元素であり、かつ、x及びyは、10≦x≦16及び0≦y≦8を満たす。x及びyは原子%であり、xはBの含有量を示し、yはMの含有量を示す。
【0029】
組成式1の非晶質合金については、主成分がFe、すなわち、Feの含有量は、50原子%以上である。Feの含有量は、B及びMの残部で表される。非晶質合金を急速昇温及び保持して得られる軟磁性材料が、高飽和磁化を有するという観点からは、Feの含有量は、80原子%以上、84原子%以上、又は88原子%以上が好ましい。
【0030】
非晶質合金は、主成分がFeの溶湯を急冷して得られる。B(ボロン)は、溶湯を急冷したときに、非晶質相の形成を促進する。溶湯を急冷して得られた非晶質合金のBの含有量(Bの残留量)が10原子%以上であれば、非晶質合金の主相は、非晶質相である。上述したように、合金の主相が非晶質相であるとは、合金中の非晶質相の含有量が50体積%以上であることをいう。合金の主相が非晶質相であるためには、非晶質合金のBの含有量が11原子%以上が好ましく、12原子%以上がより好ましい。一方、非晶質合金のBの含有量が16原子%以下であれば、非晶質相の結晶化のときにFe−B化合物の形成を回避することができる。化合物の形成を回避する観点からは、非晶質合金のBの含有量については、15原子%以下が好ましく、14原子%以下がより好ましい。
【0031】
組成式1の非晶質合金は、Fe及びBの他に、必要に応じて、Mを含有してもよい。Mは、Nb、Mo、Ta、W、Ni、Co、及びSnから選ばれる少なくとも1種の元素である。
【0032】
Mのうち、Nb、Mo、Ta、W、及びSnから少なくとも1つを選んで、非晶質合金がこれらの元素を含有した場合、非晶質合金を急速昇温及び保持すると、結晶相の粒成長を抑制して保磁力の増大を抑制する。それとともに、非晶質合金を急速昇温及び保持した後も、その合金内に残留する非晶質相を安定化する。非晶質合金を急速昇温及び保持した際、過冷却状態へと遷移した領域で原子の輸送が起こることにより、核生成頻度が高くなる。非晶質合金がこれらの元素を含有することにより、非晶質合金中のFeの含有量が減少して、飽和磁化が低下する。したがって、非晶質合金中のこれらの元素の含有量は、必要最低限にすることが好ましい。
【0033】
Mのうち、Ni及びCoの少なくとも一方を選んで、非晶質合金がこれらの元素を含有した場合、誘導磁気異方性の大きさを制御することができる。また、非晶質合金がCoを含有すると、飽和磁化を増大することができる。
【0034】
非晶質合金がMを含有している場合、Mの含有分だけ上述した作用を発揮する。すなわち、Nb、Mo、Ta、W、及びSnについては、結晶相の粒成長の抑制及び非晶質相の安定化、そして、Ni及びCoについては、誘導磁気異方性の大きさの制御及び飽和磁化の増大の作用を発揮する。これらの作用の発揮が明瞭になる観点からは、Mの含有量については、0.2原子%以上が好ましく、0.5原子%以上がより好ましい。一方、Mが8原子%以下であれば、非晶質合金の必須元素であるFe及びBが過剰に少なくなることはなく、その結果、非晶質合金を急速昇温及び保持して得た軟磁性材料は、高飽和磁化と低保磁力を両立することができる。なお、Mとして、2種類以上の元素が選ばれる場合には、Mの含有量は、それらの元素の含有量の合計である。
【0035】
組成式1の非晶質合金は、Fe、B、及びMの他に、S、O、及びN等の不可避的不純物を含んでもよい。不可避的不純物とは、原材料に含まれる不純物等、その含有を回避することが避けられない、あるいは、回避するためには著しい製造コストの上昇を招くような不純物のことをいう。このような不可避的不純物を含んだときの組成式1の合金の純度は、97質量%以上であることが好ましく、98質量%以上であることがより好ましく、99質量%以上であることがより一層好ましい。
【0036】
次に、組成式2について、組成式1の場合と異なる事項について説明する。
【0037】
組成式2は、Fe100−a−b−cCuM´である。組成式2において、M´は、Nb、Mo、Ta、W、Ni、及びCoから選ばれる少なくとも1種の元素であり、かつ、a、b、及びcは、それぞれ、10≦a≦16、0<b≦2、及び0≦c≦8を満たす。a、b、及びcは原子%であり、aはBの含有量を示し、bはCuの含有量を示し、cはM´の含有量を示す。
【0038】
組成式2の非晶質合金は、Fe及びBの他に、Cuを必須とする。組成式2の非晶質合金は、Fe、B、及びCuの他に、必要に応じて、M´を含有してもよい。M´は、Nb、Mo、Ta、W、Ni、及びCoから選ばれる少なくとも1種の元素である。
【0039】
非晶質合金がCuを含有すると、非晶質合金を急速昇温及び保持したとき、Cuが核生成サイトとなり、Cuクラスターを起点に不均質核生成が起こり、結晶相粒が微細化する。非晶質合金中のCuの含有量が極僅かであっても、結晶相粒の微細化効果は比較的大きい。この効果が一層明瞭になるためには、非晶質合金中のCuの含有量については、0.2原子%以上が好ましく、0.5原子%以上がより好ましい。一方、非晶質合金中のCuの含有量が2原子%以下であれば、液体急冷によって、結晶相の生成なしに、非晶質合金を作製することができる。非晶質合金の脆化の観点からは、非晶質合金中のCuの含有量については、1原子%以下が好ましく、0.7原子%以下がより好ましい。
【0040】
組成式2の非晶質合金は、Fe、B、Cu、及びM´の他に、S、O、及びN等の不可避的不純物を含んでもよい。不可避的不純物とは、原材料に含まれる不純物等、その含有を回避することが避けられない、あるいは、回避するためには著しい製造コストの上昇を招くような不純物のことをいう。このような不可避的不純物を含んだときの組成式2の非晶質合金の純度は、97質量%以上であることが好ましく、98質量%以上であることがより好ましく、99質量%以上であることがより一層好ましい。
【0041】
(非晶質合金を急速昇温し保持する工程)
非晶質合金を、昇温速度10℃/秒以上で加熱し、かつ、結晶化開始温度以上Fe−B化合物の生成開始温度未満で、0〜80秒にわたり保持する。
【0042】
昇温速度が10℃/秒以上であれば、結晶相が粗大化することはない。結晶相の粗大化を回避する観点からは、昇温速度は速い方が好ましいため、昇温速度は、45℃/秒以上、125℃/秒以上、150℃/秒以上、又は325℃/秒以上であってもよい。一方、昇温速度が非常に速いと、加熱のための熱源が大きくなりすぎて経済性を損ねる。熱源の観点からは、昇温速度は415℃/秒以下が好ましい。昇温速度は、加熱開始から保持開始までの平均速度であってよい。保持時間0秒の場合には、加熱開始から冷却開始までの平均速度であってよい。あるいは、ある特定の温度範囲の平均速度であってよい。例えば、100〜400℃の間の平均速度であってよい。
【0043】
保持時間が0秒以上であれば、非晶質相から微細な結晶相が得られる。なお、保持時間が0秒であるとは、急速昇温後、直ちに冷却するか、保持を終了することをいう。保持時間は3秒以上が好ましい。一方、保持時間が80秒以下であれば、結晶相の粗大化を回避することができる。結晶相の粗大化を回避する観点からは、保持時間については、60秒以下、40秒以下、20秒以下、又は17秒以下であってよい。
【0044】
保持温度は、結晶化開始温度以上であれば、非晶質相を結晶相にすることができる。保持時間が短時間であるため、保持温度を高くすることができる。保持時間との兼ね合いで、保持温度を適宜決定すればよい。一方、保持温度がFe−B化合物生成開始温度を超えると、Fe−B化合物の生成により、強い結晶磁気異方性が生じ、その結果、保磁力が増大する。したがって、Fe−B化合物生成開始温度に達しない最高の温度で保持することにより、Fe−B化合物を生成させずに、結晶相を微細化できる。このように結晶相を微細化するため、非晶質合金を、Fe−B化合物の生成開始温度直下で保持してもよい。Fe−B化合物の生成開始温度直下とは、保持Fe−B化合物の生成開始温度より5℃以下低い温度、Fe−B化合物の生成開始温度よりも10℃以下低い温度、又は、Fe−B化合物の生成開始温度よりも20℃以下低い温度であってよい。
【0045】
これまで説明してきた昇温速度で、非晶質合金を加熱することができれば、加熱方法は特に限定されない。
【0046】
通常の雰囲気炉を使用して非晶質合金を加熱する場合には、非晶質合金に対する所望の昇温速度よりも、炉内雰囲気の昇温速度を高くすることが有効である。同様に、非晶質合金に対する所望の保持温度よりも、炉内雰囲気の温度を高くすることが有効である。例えば、非晶質合金を150℃/秒で昇温し、500℃で保持したい場合には、炉内雰囲気を170℃/秒で昇温し、520℃で保持することが有効である。
【0047】
通常の雰囲気炉に代えて、赤外線炉を使用すれば、赤外線ヒータに入力した熱量と、非晶質合金が受け取る熱量の時間的なずれを低減することができる。なお、赤外線炉とは、赤外線ランプが発する光を凹面で反射して、被加熱物を急速に加熱する炉である。
【0048】
さらに、固体間の熱伝達によって、非晶質合金を急速昇温及び保持してもよい。図1は、非晶質合金を、既に所望の保持温度まで加熱したブロックの間に挟み込んで、その非晶質合金を急速昇温及び保持する装置の概要を示す斜視図である。
【0049】
非晶質合金1を、ブロック2で挟み込むことができるように、設置する。ブロック2には、発熱体(図示しない)が備えられている。発熱体には、温度調節器3が連結されている。非晶質合金1とブロック2との間で、固体間の熱伝達が起こるように、予め加熱しておいたブロック2で、非晶質合金1を挟み込むことによって、非晶質合金1を加熱することができる。ブロック2は、非晶質合金1とブロック2との間で、効率よく熱伝達が行われれば、ブロック2の材質等は、特に制限されない。ブロック2の材質としては、金属、合金、及びセラミック等が挙げられる。
【0050】
非晶質合金を、100℃/秒以上の速度で昇温すると、非晶質相が結晶化するときに放出される熱によって、非晶質合金自身が発熱する。雰囲気炉又は赤外線炉等を使用して、非晶質合金を急速昇温すると、非晶質合金自身の発熱を考慮して温度制御することが難しい。そのため、雰囲気炉又は赤外線炉等を使用した場合には、非晶質合金の温度が目標よりも高くなり、結晶相の粗大化を招くことが多かった。これに対し、図1に示したように、加熱したブロック2の間に非晶質合金1を挟み込むことによって、非晶質合金1を加熱すると、非晶質合金の自己発熱を考慮して温度制御することが容易である。そのため、図1に示したように非晶質合金を急速昇温すると、非晶質合金の温度が目標よりも高くなることはなく、結晶相の粗大化を回避できる。
【0051】
また、図1に示したように非晶質合金を急速昇温すると、非晶質合金の温度制御が精密にできるため、非晶質合金を、Fe−B化合物の生成開始温度直下で保持することができ、Fe−B化合物が生成することなく、結晶相を微細化できる。
【0052】
(非晶質合金の製造方法)
次に、非晶質合金の製造方法について説明する。上述した組成式1及び組成式2で表される組成を有する非晶質合金が得られれば、非晶質合金の製造方法に制限はない。上述したように、合金は、薄帯、薄片、粒状物、及びバルク等の形態を有する。所望の形態を得るために、非晶質合金の製造方法を適宜選択することができる。
【0053】
非晶質合金の製造方法としては、例えば、非晶質合金が組成式1又は組成式2で表される組成になるように配合した鋳塊を予め準備し、この鋳塊を溶解して得た溶湯を急冷して非晶質合金を得ることが挙げられる。鋳塊の溶解時に、減耗する元素がある場合には、その減耗分を見込んだ組成を有する鋳塊を準備しておく。また、鋳塊を粉砕して溶解する場合には、粉砕前に、鋳塊を均質化熱処理しておくことが好ましい。
【0054】
溶湯の急冷方法は、常法でよく、銅又は銅合金等でできた冷却ロールを用いた単ロール法等が挙げられる。単ロール法における冷却ロールの周速は、主成分がFeである非晶質合金を製造する場合の標準的な周速でよい。冷却ロールの周速は、例えば、15m/秒以上、30m/秒以上、又は40m/秒以上であってよく、55m/秒以下、70m/秒以下、又は80m/秒以下であってよい。
【0055】
単ロールに溶湯を吐出するときの溶湯の温度は、鋳塊の融点より50〜300℃高いことが好ましい。溶湯を吐出するときの雰囲気に特に制限はないが、非晶質合金中に酸化物等の混入を低減する観点からは、不活性ガス等の雰囲気が好ましい。
【実施例】
【0056】
以下、本発明を実施例により、さらに具体的に説明する。なお、本発明は、これらに限定されるものではない。
【0057】
(非晶質合金の作製)
所定の組成になるように、原材料を秤量し、これをアーク溶解した後、鋳型に鋳造し、鋳塊を作製した。原材料としては、純Fe、Fe−B合金、純Cu等を用いた。
【0058】
細かく切断した鋳塊を液体急冷装置(単ロール法)のノズルに装入し、高周波加熱で溶解し、溶湯を得た。そして、周速40〜70m/sの銅ロールに溶湯を吐出し、幅1mmの非晶質合金を得た。なお、非晶質合金は、次に述べる熱処理の前に、X線回折(XRD:X−Ray Diffraction)分析をしておいた。また、結晶化開始温度、Fe−B化合物生成開始温度、及び非晶質相のキュリー温度を測定しておいた。これらの測定には、示差熱分析(DTA:Differential Thermal Analysis)及び熱磁気重量分析(TMGA:Thermo−Magneto−Gravimetric Analysis)を用いた。
【0059】
(非晶質合金の熱処理)
図1に示したように、非晶質合金を加熱したブロックの間に挟み込み、非晶質合金を一定時間加熱した。この加熱により、非晶質合金中の非晶質相を結晶化し、軟磁性材料の試料とした。なお、昇温速度は、図2に示すように、100〜400℃の温度域に基づく。
【0060】
(試料の評価)
熱処理後の試料について、次の評価を行った。振動試料型磁力計(VSM:Vibrating Sample Magnetometer)を用いて、飽和磁化を測定した(最大印加磁場10kOe)。直流BHアナライザーを用いて、保磁力を測定した。XRD分析によって、結晶相の同定を行った。
【0061】
評価結果を表1−1〜表1−5に示す。表1−1〜表1−5には、非晶質合金の組成、加熱条件、結晶化開始温度、Fe−B化合物生成開始温度、非晶質相のキュリー温度を併記した。
【0062】
【表1-1】
【0063】
【表1-2】
【0064】
【表1-3】
【0065】
【表1-4】
【0066】
【表1-5】
【0067】
また、図3図9に、評価結果を次のように纏めた。
【0068】
図3は、Fe8613Cuの組成を有する非晶質合金を熱処理したときの、保持温度と保磁力の関係を示すグラフである。図4は、Fe8513NbCuの組成を有する非晶質合金を熱処理(昇温速度:415℃/秒、保持時間:0秒)したときの、保持温度と保磁力の関係を示すグラフである。図5は、Fe8513NbCuの組成を有する非晶質合金を熱処理(昇温速度:415℃/秒、保持温度:500℃)したときの、保持時間と保磁力の関係を示すグラフである。図6は、Fe8513NbCuの組成を有する非晶質合金を熱処理(保持温度:500℃、保持時間:0〜80秒)したときの、昇温速度と保磁力の関係を示すグラフである。
【0069】
図7は、Fe8713の組成を有する非晶質合金を熱処理したときの、保持温度と保磁力の関係を示すグラフである。図8は、Fe8713の組成を有する非晶質合金を熱処理(昇温速度:415℃/秒、保持時間:0秒)したときの、保持温度と保磁力の関係を示すグラフである。図9は、Fe8713の組成を有する非晶質合金を熱処理(保持温度:485℃、保持時間:0〜30秒)したときの、昇温速度と保磁力の関係を示すグラフである。
【0070】
そして、図10は、非晶質合金を急速昇温及び短時間保持(昇温速度:415℃/秒、保持温度:485〜570℃、保持時間:0〜30秒)した後の軟磁性材料のX線回折結果を示す図である。
【0071】
図3から分かるように、Fe8613Cuの組成を有する非晶質合金を急速昇温及び短時間保持したとき、保磁力が低減することを確認できた。
【0072】
図4からわかるように、Fe8513NbCuの組成を有する非晶質合金を急速昇温及び短時間保持したとき、保持温度がFe−B化合物生成開始温度(517℃)を超えると、保磁力が増大することを確認できた。
【0073】
図5からわかるように、Fe8513NbCuの組成を有する非晶質合金を急速昇温及び短時間保持したとき、保持時間の増加により保磁力が徐々に増加するものの、保持時間が80秒以下であれば、10A/m以下の低保磁力を維持することを確認できた。
【0074】
図6から分かるように、Fe8513NbCuの組成を有する非晶質合金を急速昇温及び短時間保持したとき、昇温速度の増加により、保磁力が低減することを確認できた。
【0075】
図7から分かるように、Fe8713の組成を有する非晶質合金を急速昇温及び短時間保持したとき、保磁力が低減することを確認できた。また、保持温度が400℃未満では、300秒保持しても、非晶質を結晶化できず、所望の飽和磁化を得られないと考えられる。
【0076】
図8からわかるように、Fe8713の組成を有する非晶質合金を急速昇温及び短時間保持したとき、保持温度がFe−B化合物生成開始温度(495℃)を超えると、保磁力が増大することを確認できた。
【0077】
図9から分かるように、Fe8513NbCuの組成を有する非晶質合金を急速昇温及び短時間保持したとき、昇温速度の増加により、保磁力が低減することを確認できた。
【0078】
また、表1−1〜表1−5から分かるように、非晶質合金を急速昇温及び短時間保持した場合(実施例1〜64)には、高飽和磁化を維持しつつ、低保磁力が得られていることを確認できた。一方、非晶質合金を低速昇温及び長時間保持した場合(比較例1)には、高飽和磁化は得られているものの、保磁力が増大していることを確認できた。
【0079】
なお、保持温度がFe−B化合物生成開始温度よりも高いにもかかわらず、保磁力が増大していない実施例がある理由は次のとおりであると考えられる。表1−1〜表1−5に示したFe−B化合物生成開始温度は、示差熱分析によって測定されている。示差熱分析における試料の昇温速度は非常に遅い。一般的に、化合物の生成開始温度は、昇温速度の影響を受ける。したがって、示差熱分析で測定したFe−B化合物生成開始温度は、非晶質合金を急速昇温したときのFe−B化合物の生成開始温度よりも低いと考えられる。そして、そのことは、全ての実施例の試料について、図10に示したように、X線回折分析で、Fe−B化合物のピークが認められないことからも裏付けられる。
【0080】
また、図10のX線回折チャートに基づき、半値幅から平均結晶粒径を算出すると、平均結晶粒径は30nm以下であることが確認できた。
【0081】
以上の結果から、本発明の効果を確認できた。
【符号の説明】
【0082】
1 非晶質合金
2 ブロック
3 温度調節器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10