特許第6935818号(P6935818)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6935818
(24)【登録日】2021年8月30日
(45)【発行日】2021年9月15日
(54)【発明の名称】不飽和脂肪酸を含有する油脂組成物
(51)【国際特許分類】
   A23D 7/00 20060101AFI20210906BHJP
   A23D 7/02 20060101ALI20210906BHJP
   A23C 9/152 20060101ALI20210906BHJP
【FI】
   A23D7/00 504
   A23D7/02
   A23C9/152
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2019-539107(P2019-539107)
(86)(22)【出願日】2018年8月2日
(86)【国際出願番号】JP2018028957
(87)【国際公開番号】WO2019044351
(87)【国際公開日】20190307
【審査請求日】2021年5月11日
(31)【優先権主張番号】特願2017-168917(P2017-168917)
(32)【優先日】2017年9月1日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】315015162
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】盛川 美和子
(72)【発明者】
【氏名】加藤 真晴
【審査官】 安田 周史
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−235584(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/064569(WO,A1)
【文献】 特表2014−520532(JP,A)
【文献】 特表2017−500863(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2016/0324166(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23D 7/00
A23D 7/02
A23C 9/152
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の条件を満たす、油脂組成物。
1.アスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上が溶解され、pHが3.6以上に調整された水相0.3〜22質量%が、油相に分散された状態で存在する。
2.水相における固形分量は22.80〜85質量%である。
3.油相は不飽和脂肪酸を含む油脂、及びレシチン類を含有する。但し、レシチン類が、当該レシチン類におけるホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値が0.48未満である。
【請求項2】
水相にアスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上を必須成分とし、その他に、pH調整剤が溶解された、請求項1記載の油脂組成物。
【請求項3】
DHAとEPAの合計が0.25質量%以上である、請求項1又は2に記載の油脂組成物。
【請求項4】
以下の工程による、油脂組成物の製造法。
1.pHが3.6以上に調整された、アスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上が溶解された水相を調製する工程。この際、水相における固形分量は22.80〜85質量%とする。
2.レシチン類を油脂に溶解し、油相を調製する工程。但し、レシチン類が、当該レシチン類におけるホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値が0.48未満である。
3.2の油相に1の水相を微分散し、油中水型乳化物とする工程。
4.3の油中水型乳化物を、不飽和脂肪酸を含有する油脂に混合し、水相を0.3〜22質量%含有する油脂組成物とする工程。
【請求項5】
水相にアスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上を必須成分とし、その他に、pH調整剤を溶解する、請求項4に記載の製造法。
【請求項6】
DHAとEPAの合計が0.25質量%以上である、請求項4又は5に記載の油脂組成物の製造法。
【請求項7】
育児用調製乳用である請求項1〜いずれか1項に記載の油脂組成物。
【請求項8】
請求項1〜いずれか1項に記載の油脂組成物を含有する、育児用調製乳。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、育児用調製乳にも使用可能な、不飽和脂肪酸を含有する油脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
不飽和脂肪酸、特にEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)は、乳児に必要な栄養素として、育児用調製乳に配合される場合がある。
不飽和脂肪酸は、二重結合を含み、それが経時的に酸化され、風味に違和感がある場合がある。それは、二重結合を複数有するEPAやDHAで顕著である。
育児用調製乳に使用する油脂に関する出願として特許文献1がある。ここでは、DHAとコレステロールを同時に強化することを目的に、魚油を所定の温度で分子蒸留する製造法が開示されている。
特許文献2は、「酸化安定性に優れた高度不飽和脂肪酸含有油脂粉末及びその製造法」との名称の出願であり、「高度不飽和脂肪酸含有油脂に対し、フォスファチジルコリン含量55%以上のレシチン、および酵素分解レシチンの2種類を一定の比率で組み合わせて配合し、さらに鎖長が3〜6である大豆ペプチドを一定量添加して乳化し微粒子とした後、基剤を添加して噴霧乾燥法等により乾燥して粉末化することにより、酸化安定性に優れた高度不飽和脂肪酸含有油脂粉末が得られる。」旨記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9−296198号公報
【特許文献2】特開2006−298969号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、不飽和脂肪酸を含有しつつ、風味良好な育児用調製乳をも作製できる油脂組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
課題を解決するために、本発明者は鋭意検討を行った。特許文献1においては、所定の温度での分子蒸留によって、油脂の風味が変化したり劣化したりすることがない旨の記載はあったが、その後の酸化をいかにして抑制するかについての具体的な開示はなかった。
特許文献2においては、所定のレシチンの、高度不飽和脂肪酸を含有する油脂に対する重量比を100〜300%とする必要がある等、組成上の制約の大きいものであった。
【0006】
本発明者がさらに鋭意検討を行ったところ、不飽和脂肪酸を含有する油脂及びレシチン類を含有する油相に、アスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上が溶解され、pHが3.6以上に調整され、所定の固形分となっている水相が分散された油脂組成物においては、不飽和脂肪酸の酸化が抑制されることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
即ち本発明は、
(1)以下の条件を満たす、油脂組成物、
1.アスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上が溶解され、pHが3.6以上に調整された水相0.3〜22質量%が、油相に分散された状態で存在する、
2.水相における固形分量は22.80〜85質量%である、
3.油相は不飽和脂肪酸を含む油脂、及びレシチン類を含有する、
(2)水相にアスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上を必須成分とし、その他に、pH調整剤が溶解された、前記(1)記載の油脂組成物、
(3)レシチン類が、当該レシチン類におけるホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値が0.48未満である、前記(1)に記載の油脂組成物、
(4)レシチン類が、当該レシチン類におけるホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値が0.48未満である、前記(2)に記載の油脂組成物、
(5)DHAとEPAの合計が0.25質量%以上である、前記(1)に記載の油脂組成物、
(6)DHAとEPAの合計が0.25質量%以上である、前記(2)に記載の油脂組成物、
(7)DHAとEPAの合計が0.25質量%以上である、前記(3)に記載の油脂組成物、
(8)DHAとEPAの合計が0.25質量%以上である、前記(4)に記載の油脂組成物、
(9)以下の工程による、油脂組成物の製造法、
1.pHが3.6以上に調整された、アスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上が溶解された水相を調製する工程、
2.レシチン類を油脂に溶解し、油相を調製する工程、
3.2の油相に1の水相を微分散し、油中水型乳化物とする工程、
4.3の油中水型乳化物を、不飽和脂肪酸を含有する油脂に混合し、水相を0.3〜22質量%含有する油脂組成物とする工程、
(10)水相にアスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上を必須成分とし、その他に、pH調整剤を溶解する、前記(9)に記載の製造法、
(11)レシチン類が、当該レシチン類におけるホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値が0.48未満である、前記(9)に記載の製造法、
(12)レシチン類が、当該レシチン類におけるホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値が0.48未満である、前記(10)に記載の製造法、
(13)DHAとEPAの合計が0.25質量%以上である、前記(9)〜(12)いずれか1項に記載の油脂組成物の製造法、
(14)育児用調製乳用である前記(1)〜(8)いずれか1項に記載の油脂組成物、
(15)前記(1)〜(8)いずれか1項に記載の油脂組成物を含有する、育児用調製乳、
に関するものである。
【0008】
また換言すれば、
(21)以下の条件を満たす、油脂組成物、
1.アスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上が溶解され、pHが3.6以上に調整された水相0.3〜22質量%が、油相に分散された状態で存在する、
2.水相における固形分量は22.80〜85質量%である、
3.油相は不飽和脂肪酸を含む油脂、及びレシチン類を含有する、
(22)水相にアスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上を必須成分とし、その他に、pH調整剤が溶解された、(21)記載の油脂組成物、
(23)レシチン類が、当該レシチン類におけるホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値が0.48未満である、(21)又は(22)に記載の油脂組成物、
(24)DHAとEPAの合計が0.25質量%以上である、(21)〜(23)いずれか1つに記載の油脂組成物、
(25)以下の工程による、油脂組成物の製造法、
1.pHが3.6以上に調整された、アスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上が溶解された水相を調製する工程、
2.レシチン類を油脂に溶解し、油相を調製する工程、
3.2の油相に1の水相を微分散し、油中水型乳化物とする工程、
4.3の油中水型乳化物を、不飽和脂肪酸を含有する油脂に混合し、水相を0.3〜22質量%含有する油脂組成物とする工程、
(26)水相にアスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上を必須成分とし、その他に、pH調整剤を溶解する、(25)に記載の製造法、
(27)レシチン類が、当該レシチン類におけるホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値が0.48未満である、(25)又は(26)に記載の製造法、
(28)DHAとEPAの合計が0.25質量%以上である、(25)〜(27)いずれか1つに記載の油脂組成物の製造法、
(29)育児用調製乳用である(21)〜(24)いずれか1つに記載の油脂組成物、
(30)(21)〜(24)いずれか1つに記載の油脂組成物を含有する、育児用調製乳、
に関するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、不飽和脂肪酸を含有しつつ、風味良好な育児用調製乳をも作製できる油脂組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に係る油脂組成物は、油脂及び、油脂に溶解する成分からなる、連続相としての油相と、水及び水に溶解する成分からなる、油相に分散した水相から構成される。
なお、本発明に係る油脂組成物を調製する際には、一旦、所定の油相(本発明にて「油相1」と称する場合がある)に水相を分散して乳化物とした後、当該乳化物を、油脂(本発明にて「油相2」と称する場合がある)に分散して、最終的な油脂組成物とする場合がある。この「最終的な油脂組成物」が本発明に係る油脂組成物であるが、本品における油相は、油相1と油相2の混合物となったものであり、この油相を本発明において「油相3」と称する場合がある。以下、上記定義に従い説明する。
【0011】
本発明に係る油脂組成物は、油中水型に乳化されており、水相を有するものである。
水相には、アスコルビン酸(「VC」と称することがある)及びその塩(「VC塩」と称することがある)から選ばれる1以上が溶解されている必要があり、アスコルビン酸及びアスコルビン酸ナトリウムが溶解されていることがより望ましい。
水相における水溶性固形分は、22.80〜85質量%である必要があり、より望ましくは30〜71質量%であり、さらに望ましくは35〜71質量%である。
水相におけるアスコルビン酸及びアスコルビン酸塩の合計量は、水相中7〜85質量%であることが望ましく、より望ましくは9〜71質量%であり、さらに望ましくは11〜71質量%である。
また、水相のpHは3.6以上に調整されている必要があり、より望ましくはpH3.6〜9.6であり、さらに望ましくはpH3.7〜8.0である。
水相が、上記の通りの望ましい状態とされることで、DHAやEPAをはじめとする不飽和脂肪酸の酸化が抑制された油脂組成物を得ることができる。
【0012】
また、本発明に係る油脂組成物の水相には、pH調整剤が溶解されていることも望ましい。
上記pH調整剤としては、クエン酸ナトリウム、炭酸カルシウム、硫酸マグネシウム、ポリ燐酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、及び炭酸ナトリウムが挙げられ、より望ましくはクエン酸ナトリウム、炭酸カルシウム、硫酸マグネシウム、炭酸水素ナトリウム及び炭酸ナトリウムであり、さらに望ましくはクエン酸ナトリウム、炭酸カルシウム、硫酸マグネシウムである。無論、これについても、上記のpHの範囲であって、上記の水溶性固形分の範囲内での添加が必要である。
【0013】
本発明の油脂組成物中の水相の量は、0.3〜22質量%であることが望ましく、より望ましくは0.35〜20質量%であり、さらに望ましくは0.37〜16質量%である。適当な水相量とすることで、本発明に係る油脂組成物は、強い酸化安定性を示すことになる。
【0014】
本発明に係る油脂組成物において、油相(油相3に相当)には、不飽和脂肪酸を含有する油脂の他、レシチン類を含有する必要がある。なお不飽和脂肪酸を含有する油脂とは、油脂、すなわちトリグリセライドの構成脂肪酸の1以上として、不飽和脂肪酸が含まれているという意味である。
不飽和脂肪酸としては、特に酸化劣化しやすい高度不飽和脂肪酸を含むことで、本発明に係る効果が顕著に現れ望ましい。すなわち、不飽和脂肪酸として、DHA、EPAから選ばれる1以上を含有することが望ましい。
【0015】
本発明においてレシチン類とは、大豆レシチン、菜種レシチン、ひまわりレシチンや卵黄レシチンの他、これらの分別、酵素処理等の加工をしたものを指す。これらのうち、本発明では、レシチン類中のホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値が、0.48未満であるものを使用することが望ましい。この値は、より望ましくは0.10〜0.45であり、さらに望ましくは0.2〜0.42であり、もっとも望ましくは0.28〜0.37である。望ましいレシチン類を使用することで、酸化安定性に優れた油脂組成物を得ることができる。代表的には、所定の分別レシチンにおいて、このような値を示す。レシチンの由来としては、大豆やひまわりが望ましい。
【0016】
なお、本発明に係る油脂組成物は、レシチン類以外の乳化剤を使用せずに調製することができる点にも特徴がある。すなわち、本発明に係る油脂組成物は、レシチン類以外の乳化剤を使用しないことが望ましい。これにより、本発明に係る油脂組成物は、育児用調製乳を始め、幅広い用途へ使用可能となる。本発明ではこのように、レシチン類以外の乳化剤、特に合成添加物としての乳化剤を使用せず調製された、酸化安定性を有する油脂組成物を、「育児用調製乳用油脂組成物」と称する。無論、育児用調製乳に使用する場合は、他の成分においても、育児用調製乳へ使用できない原材料を使用しないことは言うまでもない。
【0017】
本発明に係る油相中におけるレシチン類の量は、0.03〜6.5質量%であることが望ましく、より望ましくは0.08〜3.0質量%であり、さらに望ましくは0.1〜1.5質量%である。適当なレシチン類を適当な量添加することで、乳化状態の安定した、油脂組成物を得ることができる。
【0018】
油相(油相3に相当)における油脂には、不飽和脂肪酸を含有する油脂として、大豆油、菜種油、米油、綿実油、コーン油、スーパーパームオレイン、アマニ油、エゴマ油、アラキドン酸含有油脂のほか、動物性油脂を挙げることができる。また、硬化油やエステル交換油も使用することができる。また、DHAやEPAを含有する油脂としては、魚油や酵母・藻類由来の油脂を挙げることができる。
なお、不飽和脂肪酸を含有する油脂以外の油脂の使用を妨げるものではない。
【0019】
本発明に係る油脂組成物においては、DHA及び/又はEPAを含有することが望ましい。この場合、DHAとEPAの合計量は、油脂組成物中0.25質量%以上であることが望ましい。より望ましくは0.75〜80質量%であり、さらに望ましくは1.5〜60質量%である。DHAとEPAの合計量が適当な量であることで、本品を用いてDHAやEPAを含有した各種製品を調製でき、また、育児用調製乳において、DHAやEPAの強化を行うことができる。
【0020】
本発明に係る油脂組成物には、上記で規定するものの他、本発明の効果を妨げない範囲で各種の素材を添加することができる。
たとえば、水相における固形分としては、糖質を使用することができる。糖質としては、デキストリン、オリゴ糖、粉糖を挙げることができる。また、油相には油溶性抗酸化剤を添加することができ、必要に応じ、香料や着色料を添加することも可能である。ただし、用途によっては、添加できる素材はおのずと限定されることになる。
【0021】
次に、本発明に係る油脂組成物の調製法を、効率的な調製法を主な例として説明する。
まず、水相及び油相(油相1に相当)を調製する。
水相は、水にアスコルビン酸及びその塩から選ばれる1以上を溶解し、pHを3.6以上に調製する。pHは、アスコルビン酸とアスコルビン酸の塩を併用することで調整されることもあるが、別途、クエン酸ナトリウムや炭酸カルシウム、硫酸マグネシウムや、他のpH調整剤で調整することも可能である。もっとも望ましい態様は、アスコルビン酸とアスコルビン酸ナトリウムの併用である。
【0022】
水相における固形分の量は、22.80〜85質量%である必要があるが、これは原則的には、アスコルビン酸及び/又はその塩、及びpH調整剤に由来するものである。無論、これら以外の素材の使用を否定するものではないが、本発明に係る油脂組成物を、育児用調製乳をはじめ幅広い用途へ使用するためには、これら以外の水溶性固形分を使用しないことが望ましい。
【0023】
本発明に係る油相(油相1に相当)は、油脂にレシチン類を溶解して調製する。使用するレシチン類の種類については上記記載の通りである。溶解するレシチン類の量は、油相における望ましいレシチン類の量から、換算して添加する。
【0024】
本発明に係る油脂組成物においては、各種の油脂を使用できる。ここで、本発明に係る油脂組成物は、DHA及び/又はEPAをはじめとする、不飽和脂肪酸を含むものであるので、これらを含む油脂を使用することができるのは当然である。
本発明に係る油脂組成物を効率的に調製する場合、一旦、レシチン類を含む油相(油相1に相当)に水相を油中水型になるように分散し、その後、当該油中水型乳化物を不飽和脂肪酸を含有する油脂(油相2に相当)へ混合することが望ましい。そのため、油相1に本発明に係る油脂組成物で存在が求められる不飽和脂肪酸を含有する油脂の全てを含んでいることは必ずしも必要ではない。むしろ、大豆油等の一般的な油脂を使用するのが有利である。
【0025】
水相を油相1へ分散する場合は、比較的強力な乳化機を使用する必要がある一方、一旦調製された油中水型乳化物を不飽和脂肪酸を含有する油脂中に分散することは容易である。特に高度不飽和脂肪酸を含有する油脂を強力な乳化機に供した場合は、処理により生じる熱により劣化される場合もあるため、上記の油相1は、高度不飽和脂肪酸を含有する油脂を用いず、大豆油等の一般的な油脂を用いることが望ましい。
【0026】
油相1に水相を分散する装置としては、各種の乳化装置を使用できる。具体的には、高圧ホモゲナイザーや超音波乳化機、また、湿式ジェットミルとも言われる2液衝突型の乳化装置を挙げることができる。適当な乳化装置を使用することで、所定の油脂組成物を得ることができる。なお、高圧ホモゲナイザーを使用する場合の一般的な乳化条件は、30〜40MPa、10〜30パスである。これにより、概ね平均粒子径300nm程度の乳化物とすることができる。
【0027】
上記で得られた油中水型乳化物と不飽和脂肪酸を含有する油脂(油相2に相当)とを混合することで、本発明に係る油脂組成物が完成する。油中水型乳化物を油脂と混合した場合は、容易に均質化することができる。
【0028】
本発明においては、油脂組成物の水分の一部を脱水することもできる。脱水の方法としては、気体をバブリングしたり、また減圧することで行うことができるが、方法は限定されない。適当な部分脱水を行うことで、強力な抗酸化力を示す、油脂組成物を得ることができる。また、適当な部分脱水をおこなうことで、沈殿が生じるまでの時間を長くでき、商品の価値を高めることができる。
部分的な脱水を行うことで、水相中の固形分量が、当初配合時よりも高くなることは自明である。
【0029】
なお、本発明に係る油脂組成物は、経時的な沈殿が生じにくい点に特徴がある。沈殿が生じにくいことで、経時の品質の振れが少なく、育児用調製乳等を作製する際に、均質な製品が得られやすくなり、好ましい。よって、本発明に係る油脂組成物においては、所定の時間沈殿が生じないものを合格と判断した。具体的な評価法は実施例に記載した。
以下に実施例を記載する。
【実施例】
【0030】
検討1 油脂組成物の調製
表1の配合に基づき、油脂組成物の調製を行った。調製法は、「○油脂組成物の調製法」に従った。
得られた油脂組成物は、それぞれ10mLを15mL容コニカルチューブへ入れ、20℃24時間放置し沈殿の発生を観察した。沈殿は、上下反転しても、均一化しない状態を「強固な沈殿あり」と評価し、表2中で「×」と記載した。沈澱は生じるものの、上下反転することで、均一化できるものは、表2中で△と記載した。それら以外は、表2中で「○」と記載した。○、△を合格と判断した。
また、調製直後の各油脂組成物について、CDM(CONDUCTMETRIC DETERMINATION METHOD)試験にて酸化安定性を測定した。これも表2に記載した。なお、CDM試験による酸化安定性の測定は、「○CDM試験による酸化安定性の測定法」に従った。
沈殿が発生したものは不合格と判断し、CDM値の記載を割愛した。
表1における各試験区において、実施例1〜20、29〜33、35〜52については、「DHA、EPA含有油脂」80に対し、大豆油20を混合したものをコントロール油脂とし、CDM試験を行った。実施例34については、「DHA、EPA含有油脂」90に対し、大豆油10を混合したものをコントロール油脂とし、CDM試験を行った。実施例53については、「DHA、EPA含有油脂」1に対し、大豆油99を混合したものをコントロール油脂とし、CDM試験を行った。実施例21〜28については、それぞれ用いられた「不飽和脂肪酸を含有する油脂」をコントロール油脂とし、CDM試験を行った。それらの結果も表2に示した。コントロールの値よりも、CDM値が長いものを合格と判断した。
なお、コントロール油脂のCDM試験の際の加熱温度は、それぞれの実施例、比較例にあわせて実施した。
【0031】
表1 油脂組成物の配合
・粉糖には、粉末状のショ糖を使用した。
・デキストリンには、松谷化学工業株式会社製「TK16」を使用した。
・オリゴ糖には、株式会社明治フードマテリア製「メイオリゴ」を使用した。
・レシチン類1には、辻製油株式会社製「SLP−ペーストF」を使用した。ホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値は0.30であった。由来は大豆であった。
・レシチン類2には、辻製油株式会社製「SLP−ペースト」を使用した。ホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値は0.42であった。由来は大豆であった。
・レシチン類3には、Archer Daniels Midland製「Beakin LV3」を使用した。ホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値は0.41であった。由来は大豆であった。
・レシチン類4には、カーギル製「Topcithin UB」を使用した。ホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値は0.42であった。由来は大豆であった。
・レシチン類5には、Archer Daniels Midland製「Ultralec P」を使用した。ホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値は0.43であった。由来は大豆であった。
・レシチン類6には、American Lecithin Company製「Alcolec SGU」を使用した。ホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値は0.36であった。由来は大豆であった。
・レシチン類7には、カーギル社製「Lecigran 1000P」を使用した。ホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値は0.48であった。由来は大豆であった。
・レシチン類8には、Archer Daniels Midland社製「SUN LECITHIN」を使用した。ホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値は0.42であった。由来はひまわりであった。
・VE(ビタミンE)には、理研ビタミン株式会社製「理研オイル800」を使用した。
・DHA、EPA含有油脂には、DHAとEPAを合計56質量%含有する油脂を使用した。
【0032】
○油脂組成物の調製法
1.表1の配合に従い、水相に分類される原材料を混合し、水相を調製した。
2.表1の配合に従い、油相1に分類される原材料を混合し、油相1を調製した。
3.油相1へ水相を混合し、高圧ホモゲナイザー(37MPa、20パス)にて油中水型乳化物に乳化した。
4.3の油中水型乳化物を各「油相2」と混合し、油脂組成物とした。
注1.表1においてそれぞれ記載されているpH値は、水相を調製した際に測定したものを記載した。
【0033】
○CDM試験による酸化安定性の測定法
CDM試験は専用の試験機器である「ランシマット」を用い行った。
具体的には、各サンプルを実施例1〜20、29〜52、比較例1〜9は96℃、実施例21〜28、53は120℃に加温し、20L/hバブリングすることで酸化を促進し、揮発成分を水で捕集し、その通電状態を観察することで評価を行った。所定の通電状態となるまでに要する時間が長い方が、酸化安定性が優れていると判断した。
【0034】
表2
【0035】
結果と考察
・水相中の固形分量が所定の値でかつ、pHが所定の値以上の場合に、沈殿が生じにくく、良好なCDM値を示すことが確認された。
・レシチン類については、結果には記載していないが、そのホスファチジルコリンの量を、ホスファチジルコリン量、ホスファチジルエタノールアミン量及びホスファチジルイノシトール量の和で割った値が望ましいとされる値、特に0.28〜0.37であるレシチン類を使用した場合に、乳化が安定している傾向が見られ好ましかった。
【0036】
検討2 育児用調製乳の調製
市販の育児用調製粉乳に、本発明に係る油脂組成物を混合し、簡易的に育児用調製乳を調製した。
配合を表3に示した。
本発明に係る油脂組成物を混合した育児用調製粉乳を、「○育児用調製粉乳の経時変化評価法」に従い、評価した。結果を表4に示した。
【0037】
表3 配合
・市販魚油にはDHAを25質量%含有する油脂を使用した。
・育児用調製粉乳にはアイクレオ株式会社製「バランスミルク」を使用した。
・実施例33の油脂組成物には、DHAが23質量%含有していた。
【0038】
○育児用調製粉乳の経時変化評価法
1.各育児用調製粉乳50gを300ml三角フラスコに入れた。
2.60℃インキュベーターで24時間保管した。
3.開封時に感じられる臭気を、パネラー3名にて評価し、以下の基準にて、合議にて評価した。比較対象(コントロール)には、冷暗所に保管した育児用調製粉乳(アイクレオ株式会社製「バランスミルク」を使用した。
○:コントロールと同等と評価されるもの。 ×:コントロールに比べ、明らかに異臭が感じられ、許容されないと評価されるもの。
○を合格とした。
【0039】
表4 結果
【0040】
考察
表4に示したとおり、本発明に係る油脂組成物を使用することにより、DHA及びEPAを追加した育児用調製乳において、良好な保存安定性を示すことが確認された。これにより、本発明に係る油脂組成物は、育児用調製乳用の油脂組成物といえることが確認された。