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特開2022-109353母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の増強剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022109353
(43)【公開日】2022-07-28
(54)【発明の名称】母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の増強剤
(51)【国際特許分類】
   A23L 33/12 20160101AFI20220721BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20220721BHJP
   A61P 3/02 20060101ALI20220721BHJP
   A61K 31/202 20060101ALI20220721BHJP
   A61K 31/232 20060101ALI20220721BHJP
   A61P 15/14 20060101ALI20220721BHJP
【FI】
A23L33/12
A61P25/28
A61P3/02
A61K31/202
A61K31/232
A61P15/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021004601
(22)【出願日】2021-01-15
(71)【出願人】
【識別番号】502392559
【氏名又は名称】雪印ビーンスターク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】特許業務法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上野 宏
(72)【発明者】
【氏名】日暮 聡志
(72)【発明者】
【氏名】鳥羽 保宏
【テーマコード(参考)】
4B018
4C206
【Fターム(参考)】
4B018MD10
4B018MD11
4B018MD12
4B018MD13
4B018ME14
4C206AA01
4C206AA02
4C206DA05
4C206DB09
4C206DB48
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA72
4C206NA14
4C206ZA81
4C206ZC22
(57)【要約】
【課題】妊娠及び授乳中の母体に投与でき、授乳期の母乳中のコリン含有グリセロリン脂質を増強させることができる安全な経口剤を提供することを課題とする。
【解決手段】授乳期の母親が分泌する母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させるための経口剤であって、
n-3系多価不飽和脂肪酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、1日あたり3021mg以上3605mg以下のn-3系多価不飽和脂肪酸を摂取させるものであることを特徴とする、前記経口剤により、前記課題を解決することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
授乳期の母親が分泌する母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させるための経口剤であって、
n-3系多価不飽和脂肪酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、1日あたり3021mg以上3605mg以下のn-3系多価不飽和脂肪酸を摂取させるものであることを特徴とする、前記経口剤。
【請求項2】
少なくとも1種類の前記n-3系多価不飽和脂肪酸が、トリグリセリド及び/又はリン脂質の構造の一部として含有されることを特徴とする、請求項1に記載の経口剤。
【請求項3】
前記コリン含有グリセロリン脂質が、ホスファチジルコリン、アルキルアシルホスファチジルコリン及びコリンプラズマローゲンの少なくとも1つであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の経口剤。
【請求項4】
前記n-3系多価不飽和脂肪酸が、ドコサヘキサエン酸、ドコサペンタエン酸、エイコサペンタエン酸及びα-リノレン酸の少なくとも1つであることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の経口剤。
【請求項5】
ドコサヘキサエン酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、ドコサヘキサエン酸を1日あたり611mg以上1024mg以下摂取させるためのものである、請求項1~4のいずれか一項に記載の経口剤。
【請求項6】
ドコサペンタエン酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、ドコサペンタエン酸を1日あたり98mg以上150mg以下摂取させるためのものである、請求項1~5のいずれか一項に記載の経口剤。
【請求項7】
エイコサペンタエン酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、エイコサペンタエン酸を1日あたり284mg以上487mg以下摂取させるためのものである、請求項1~6のいずれか一項に記載の経口剤。
【請求項8】
α-リノレン酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、α-リノレン酸を1日あたり1939mg以上2121mg以下摂取させるためのものである、請求項1~7のいずれか一項に記載の経口剤。
【請求項9】
前記n-3系多価不飽和脂肪酸が、妊娠期及び/又は授乳期に、1週間に5日~毎日摂取されることを特徴とする、請求項1~8のいずれか一項に記載の経口剤。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の経口剤を含む、授乳期の母親が分泌する母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させるための、母体用食品組成物、母体用飼料組成物、又は母体用医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、授乳期の母親が分泌する母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させるための経口剤に関する。本発明は、授乳期の母親が分泌する母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させるための、母体用食品組成物、母体用飼料組成物、又は母体用医薬組成物にも関する。
【背景技術】
【0002】
母乳は乳児にとって最良の栄養である。母乳における乳脂肪は乳児が摂取する熱量の約半分を占める。母乳における乳脂肪のうち、長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFA)は乳児の神経及び認知機能の発達に重要な栄養素である。例えば、ドコサヘキサエン酸(DHA、C22:6n-3)は、ヒト母乳における脂肪酸の割合として0.2~1.0%程度含まれるLC-PUFAである。ドコサヘキサエン酸は、日本人の母乳において高い割合を示すとともに、個人差の大きい脂肪酸である(非特許文献1)。
【0003】
一般的に、母乳中のDHA濃度は、母親が摂取する食事に含まれるDHAの量や摂取の頻度、及び摂取する時期に影響される。また、母乳中のDHA濃度は、食事以外にも、母親の生活習慣、環境、社会統計学的因子、及び遺伝的背景等による影響を受ける。これらは、他のn-3系多価不飽和脂肪酸についても、程度の違いはあれど同様である。
【0004】
乳児が必要とする栄養が母乳では不足する場合、乳児の不足する栄養は各種手段により補われる。母乳を採取・保管して利用する方法、ドナーミルク又は母乳強化剤などが必要に応じて選択されるほか、母乳代用品である育児用粉乳が、不足している栄養を補充する目的で利用される(特許文献1)。また、母乳の分泌を促進する下着等も知られている(特許文献2)。
【0005】
しかし、これらの手段はいずれも量的に不足する母乳又は母乳に含まれる栄養素を補填するための手段であり、母乳に含まれる栄養素を質的に向上させるものではない。母乳に含まれる栄養素を質的に検証、改善、又は向上させる手段として、5’―ヌクレオチド又は免疫調節作用を有する成分について解決を図る発明が報告されているが、ヒトの母乳のリン脂質組成又は含量について対処するものはない(特許文献3、4)。
【0006】
母乳の脂肪酸組成は、脂肪酸が結合している構造脂質により異なる。極性脂質は、乳脂肪球被膜に主に局在する複合脂質のグループであり、スフィンゴミエリン、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリンが母乳における主要な極性脂質である。これらは、いずれもリンを含む脂質分子であり、その総称としてリン脂質とも呼ばれる。リン脂質は、細胞間の情報伝達及び恒常性維持などに関わる。また、LC-PUFAを含有するリン脂質は、細胞膜などの生体膜において、その流動性を良好に保つ役割を担うため、細胞の機能維持にとって必要不可欠な分子である(特許文献5)。また、リン脂質は、乳児にとっては認知機能及び神経発達に重要な栄養素である。しかしながら、リン脂質の含量及び組成は、食品により大きく異なるため、離乳前の乳児においては母乳代用品からの補充が課題であった。乳児用製剤における例として、ホスファチジルコリン及び/又はホスファチジルエタノールアミンを含み核酸関連物質を含有する栄養組成物(特許文献6)、リン脂質及び脂肪酸組成を調整した乳児用食品組成物(特許文献7)、並びにドコサヘキサエン酸及びルテインを含有する乳児用製剤(特許文献8、9)などが挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許4755762
【特許文献2】特許5408973
【特許文献3】特許4287763
【特許文献4】特許4774128
【特許文献5】特許5835671
【特許文献6】特許3576318
【特許文献7】特許3203485
【特許文献8】特許5473330
【特許文献9】特許5572645
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Ueno et al.,Curr Dev Nutr (2020) Jun 15;4(7)nzaa105
【非特許文献2】Cilla et al.,Crit Rev Food Sci Nutr Aug 17;56:11 1880-1892(2016)
【非特許文献3】Wiedeman et al.,Nutrients 10:3 381(2018)
【非特許文献4】Hernell et al.,J Pediatr 173 S60-S65(2016)
【非特許文献5】ISO12966-1:2014(en) Animal and vegetable fats and oils - Gas chromatography of fatty acid methyl esters - Part 1: Guidelines on modern gas chromatography of fatty acid methyl esters.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
他方、母乳中のリン脂質に関しては、その量的又は質的変動が報告されている(非特許文献2)ものの、その量又は質を増強し、乳児の発育に好ましいものとする試みは報告されていない。ホスファチジルコリン又はスフィンゴミエリンのようなコリン含有型リン脂質は、脂溶性コリンとして母乳中のコリンの16%を占める。母乳中の遊離コリン濃度は、乳児の良好な認知記憶機能と関連する(非特許文献3)。さらに、母乳の乳脂肪球被膜は、リン脂質を豊富に含むため、乳児の良好な認知機能の発達に重要と考えられている(非特許文献4)。そのため、コリンを含むリン脂質、特に、コリン含有型グリセロリン脂質の組成を増強させる方法が現在も必要とされている。
【0010】
本発明の目的は、妊娠及び授乳中の母体に投与でき、授乳期の母乳中のコリン含有グリセロリン脂質を増強させることができる安全な経口剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、驚くべきことに、妊娠期又は授乳期の母親に、1日あたり3021mg以上3605mg以下のn-3系多価不飽和脂肪酸を経口的に摂取させることにより、授乳期の母親が分泌する母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させることができることを見出し、発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、かかる知見に基づきなされたもので、以下の通りである。
<1>
授乳期の母親が分泌する母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させるための経口剤であって、
n-3系多価不飽和脂肪酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、1日あたり3021mg以上3605mg以下のn-3系多価不飽和脂肪酸を摂取させるものであることを特徴とする、前記経口剤。
<2>
少なくとも1種類の前記n-3系多価不飽和脂肪酸が、トリグリセリド及び/又はリン脂質の構造の一部として含有されることを特徴とする、<1>に記載の経口剤。
<3>
前記コリン含有グリセロリン脂質が、ホスファチジルコリン、アルキルアシルホスファチジルコリン及びコリンプラズマローゲンの少なくとも1つであることを特徴とする、<1>又は<2>に記載の経口剤。
<4>
前記n-3系多価不飽和脂肪酸が、ドコサヘキサエン酸、ドコサペンタエン酸、エイコサペンタエン酸及びα-リノレン酸の少なくとも1つであることを特徴とする、<1>~<3>のいずれかに記載の経口剤。
<5>
ドコサヘキサエン酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、ドコサヘキサエン酸を1日あたり611mg以上1024mg以下摂取させるためのものである、<1>~<4>のいずれかに記載の経口剤。
<6>
ドコサペンタエン酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、ドコサペンタエン酸を1日あたり98mg以上150mg以下摂取させるためのものである、<1>~<5>のいずれかに記載の経口剤。
<7>
エイコサペンタエン酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、エイコサペンタエン酸を1日あたり284mg以上487mg以下摂取させるためのものである、<1>~<6>のいずれかに記載の経口剤。
<8>
α-リノレン酸を含み、そして、妊娠期又は授乳期の母親に、α-リノレン酸を1日あたり1939mg以上2121mg以下摂取させるためのものである、<1>~<7>のいずれかに記載の経口剤。
<9>
前記n-3系多価不飽和脂肪酸が、妊娠期及び/又は授乳期に、1週間に5日~毎日摂取されることを特徴とする、<1>~<8>のいずれかに記載の経口剤。
<10>
<1>~<9>のいずれかに記載の経口剤を含む、授乳期の母親が分泌する母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させるための、母体用食品組成物、母体用飼料組成物、又は母体用医薬組成物。
【発明の効果】
【0013】
本発明の経口剤によれば、授乳期の母体のコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.経口剤
(n-3系多価不飽和脂肪酸)
本明細書において、「多価不飽和脂肪酸」とは、不飽和結合を2つ以上持つ不飽和脂肪酸を意味する。本明細書において、「n-3系多価不飽和脂肪酸」とは、2個以上の炭素-炭素二重結合を有する炭素数18以上の不飽和脂肪酸であって、脂肪酸鎖の末端のメチル基の炭素から数えて3番目と4番目の炭素原子間に最初の二重結合があるものをいう。n-3系多価不飽和脂肪酸としては、以下に限定されるものではないが、α-リノレン酸(C18:3 n-3)、エイコサペンタエン酸(EPA)(C20:5 n-3)、ドコサヘキサエン酸(DHA)(C22:6 n-3)、及びドコサペンタエン酸(DPA)(C22:5 n-3)などが挙げられる。n-3系多価不飽和脂肪酸は、トリグリセリド及び/又はリン脂質の構造の一部として、経口剤に含有されていてもよい。本明細書において、n-3系多価不飽和脂肪酸には、体内で、n-3系多価不飽和脂肪酸となるように修飾された、n-3系多価不飽和脂肪酸の塩又はエステルなども含まれる。
【0015】
本発明の経口剤において、n-3系多価不飽和脂肪酸は、妊娠期又は授乳期の母親に、1日あたり妊娠期又は授乳期を摂取させるように配合されている。n-3系多価不飽和脂肪酸の定量は、原料組成から計算することもでき、ガスクロマトグラフィー等により個々のn-3系多価不飽和脂肪酸の定量を行い、それらの結果を合算することもできる(非特許文献5)。
本発明の経口剤において、少なくとも1種類のn-3系多価不飽和脂肪酸が、トリグリセリド及び/又はリン脂質の構造の一部として含有されることが好ましい。
【0016】
本発明において用いられるn-3系多価不飽和脂肪酸としては、合成品、半合成品、又は天然品のいずれを用いてもよい。また、天然品を含有する天然の材料をそのまま供給源として、本発明の経口剤に配合してもよい。ここで、天然品とは、n-3系多価不飽和脂肪酸を含有する天然の材料から公知の方法によって抽出されたもの、粗精製されたもの、又はそれらを更に高度に精製したものを意味する。本発明では、n-3系多価不飽和脂肪酸として、これらのうちの1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。天然の材料としては、魚油又は植物油脂等が例示できる。
【0017】
本発明の経口剤においては、ドコサヘキサエン酸が、n-3系多価不飽和脂肪酸の1種として、好ましくは1日あたり611mg以上1024mg以下、より好ましくは736mg以上1024mg以下、さらに好ましくは862mg以上1024mg以下を摂取させるように配合されている。
【0018】
本発明の経口剤においては、ドコサペンタエン酸が、n-3系多価不飽和脂肪酸の1種として、好ましくは1日あたり98mg以上150mg以下、より好ましくは112mg以上150mg以下、さらに好ましくは127mg以上150mg以下を摂取させるように配合されている。
【0019】
本発明の経口剤においては、エイコサペンタエン酸が、n-3系多価不飽和脂肪酸の1種として、好ましくは1日あたり284mg以上487mg以下、より好ましくは384mg以上487mg以下、さらに好ましくは446mg以上487mg以下を摂取させるように配合されている。
【0020】
本発明の経口剤においては、α-リノレン酸が、n-3系多価不飽和脂肪酸の1種として、好ましくは1日あたり1939mg以上2121mg以下、より好ましくは1976mg以上2121mg以下、さらに好ましくは2014mg以上2121mg以下を摂取させるように配合されている。
【0021】
本発明の経口剤においては、n-3系多価不飽和脂肪酸が、1日あたり3021mg以上3605mg以下、好ましくは3123mg以上3605mg以下、さらに好ましくは3225mg以上3605mg以下を摂取させるように配合されている。
【0022】
上記の用量は、一日あたりの用量である。したがって、1回で摂取してもよく、数回、例えば3回に分けて摂取してもよい。摂取方法は、対象の年齢、体重、及び疾患の有無などに応じて適宜決定することができる。
本発明の経口剤は、妊娠期及び/又は授乳期に摂取されることが好ましく、1週間に5日~毎日の頻度で摂取することがさらに好ましい。
【0023】
本発明の経口剤は、妊娠期又は授乳期、好ましくは授乳期の母親の対象に摂取させることができる。妊娠期又は授乳期の母親の対象に摂取させることにより、母親が分泌する母乳中の、リン脂質におけるコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させることができる。リン脂質におけるコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させた結果、母乳全体におけるコリン含有グリセロリン脂質の絶対量も、当然に増加する。したがって、本明細書において、「母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の含量を増加させる」とは、母乳の脂質全体におけるコリン含有グリセロリン脂質の絶対量を増加させることを意味する。
本発明の経口剤は、好ましくは、母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の含量を、n-3系多価不飽和脂肪酸摂取量が、1708mg/日である対象と比較して、mg/g脂質基準で、5%以上、好ましくは7%以上、より好ましくは10%以上増加させる。
【0024】
コリン含有型グリセロリン脂質は、乳児にとってコリン供給源のひとつであるとともに、乳児の良好な神経機能及び認知機能、学習及び記憶能力の発達に重要と考えられている。さらに、コリン含有型グリセロリン脂質を含む乳脂肪球被膜は、消化器及び呼吸器における感染防御において重要と考えられている。したがって、本発明の経口剤の摂取により、乳児における上記の機能の良好な発達が期待できる。
【0025】
(コリン含有グリセロリン脂質)
リン脂質は、その基本的な構造の違いによりグリセロリン脂質とスフィンゴ脂質に大別される。また、その他の基本構造によっても、リン脂質を分類することができる。
本明細書において、「グリセロリン脂質」とは、グリセリンの1-及び2-位の位置に脂肪酸由来のアシル基を有し、3-位にリン酸を含む極性基が結合した構造を有する化合物である。本明細書において、「コリン含有グリセロリン脂質」とは、グリセロリン脂質の3-位のリン酸にコリン(C14NO)が結合したリン脂質を意味する。コリン含有グリセロリン脂質としては、例えば、ホスファチジルコリン、リゾホスファチジルコリン、アルキル-アシル-ホスファチジルコリン、及びコリンプラズマローゲン等が挙げられる。これらの構造を式1に例示する。
【0026】
[式1]
ホスファチジルコリンの場合、R及びR’は、それぞれ独立して、アシル基(任意鎖長の炭化水素(例えばC~C30)を有するアシル脂肪酸)であり、R”はホスホコリン(O-P(OH)-OCHCH(CH)である。
リゾホスファチジルコリンの場合、R及びR’は、それぞれ独立して、アシル基(任意鎖長の炭化水素(例えばC~C30)を有するアシル脂肪酸)又はHであり、R”はホスホコリンである。
アルキル-アシルホスファチジルコリンの場合、R及びR’は、それぞれ独立して、アシル基(任意鎖長の炭化水素(例えばC~C30)を有するアシル脂肪酸)又はアルキル基(任意鎖長の炭化水素(例えばC~C30)を有するアルキル脂肪酸)であり、R”はホスホコリンである。
コリンプラズマローゲンの場合、Rはビニルエーテル基(任意鎖長の炭化水素(例えばC~C30)を有するビニルエーテル脂肪酸)であり、R’はエステル基(任意鎖長の炭化水素(例えばC~C30)を有するエステル脂肪酸)であり、R”はホスホコリンである。
【0027】
コリン含有グリセロリン脂質は、メタノールならびにクロロホルムを用いて抽出した脂質画分を定法に従い固相抽出して分取した後に、リン脂質試料として核磁気共鳴法に供して定量することができる。
【0028】
本発明の経口剤の剤型としては、特には限定がなく、散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、懸濁液、エマルジョン剤、シロップ剤、エキス剤、若しくは丸剤等を挙げることができる。
【0029】
前記経口剤は、例えばゼラチン、アルギン酸ナトリウム、澱粉、コーンスターチ、白糖、乳糖、ぶどう糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、デキストリン、ポリビニルピロリドン、結晶セルロース、大豆レシチン、ショ糖、脂肪酸エステル、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ポリエチレングリコール、ケイ酸マグネシウム、無水ケイ酸、又は合成ケイ酸アルミニウムなどの賦形剤、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、希釈剤、保存剤、着色剤、香料、矯味剤、安定化剤、保湿剤、防腐剤、又は酸化防止剤等を用いて、常法に従って製造することができる。
【0030】
本発明の経口剤は、限定されるものではないが、n-3系多価不飽和脂肪酸を、0.01~500mg/mL、0.1~400mg/mL、0.5~300mg/mL、1~200mg/mL、2~150mg/mL、又は1~100mg/mLで含有することができる。
【0031】
2.母体用食品組成物、母体用飼料組成物、又は母体用医薬組成物
本発明の経口剤を通常の飲食品、飼料等に配合して、母体用食品組成物、母体用飼料組成物、又は母体用医薬組成物を調製することができる。
【0032】
本発明の母体用食品組成物としては、具体的には、サラダなどの生鮮調理品;ステーキ、ピザ、ハンバーグなどの加熱調理品;野菜炒めなどの炒め調理品;トマト、ピーマン、セロリ、ニガウリ、ニンジン、ジャガイモ、及びアスパラガスなどの野菜を加工した調理品;クッキー、パン、ビスケット、乾パン、ケーキ、煎餅、羊羹、プリン、ゼリー、アイスクリーム類、チューインガム、クラッカー、チップス、チョコレート及び飴等の菓子類;うどん、パスタ、及びそば等の麺類;かまぼこ、ハム、及び魚肉ソーセージ等の魚肉練り製品;牛乳、調製粉乳、調製液状乳、チーズ、クリーム、及びバターなどの乳製品;みそ、しょう油、ドレッシング、ケチャップ、マヨネーズ、スープの素、麺つゆ、カレー粉、みりん、ルウ、シーズニングスパイス等の調味料類;豆腐などの大豆食品;こんにゃく;並びにサプリメントなどを挙げることができる。
【0033】
飲料としては、例えばココア飲料;前記の野菜から得られる野菜ジュース;グレープフルーツジュース、オレンジジュース、ブドウジュース、及びレモンジュース等の果汁飲料;緑茶、紅茶、煎茶、及びウーロン茶等の茶飲料;乳飲料;豆乳飲料;流動食;並びにスポーツ飲料などを挙げることができる。
【0034】
飼料に関して、対象となる動物は、例えば霊長類、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ラクダ、ロバ、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、又はマウス等が挙げられる。
【0035】
本発明の母体用食品組成物には、所望により、酸化防止剤、香料、酸味料、着色料、乳化剤、保存料、調味料、甘味料、香辛料、pH調整剤、安定剤、酸化防止剤、植物油、動物油、糖及び糖アルコール類、ビタミン、有機酸、果汁エキス類、野菜エキス類、穀類、豆類、野菜類、肉類、魚介類等の食品添加物及び食品素材を単独で又は2種以上組み合わせて配合することができる。これらの食品素材及び食品添加物の配合量は、本発明の目的を損なわない範囲内で適宜決定することができる。
【0036】
本発明の母体用食品組成物、母体用飼料組成物、又は母体用医薬組成物には、必要に応じて、母体に特に必要な他の栄養素、例えば、葉酸;カルシウム、マグネシウム、及び鉄分などのミネラル;ビタミンB6、ビタミンB12及びビタミンD等のビタミンを添加することができる。
【0037】
本発明の母体用食品組成物は、特別用途食品、特定保健用食品、栄養機能食品、又は機能性表示食品であってもよい。特定保健用食品とは、健康の維持増進に役立つことが科学的根拠に基づいて認められ、表示が許可された食品を意味する。栄養機能食品とは、特定の栄養成分を含むものとして厚生労働大臣が定める基準に従い当該栄養成分の機能の表示をするものを意味する。機能性表示食品とは、「健康に効果がある」と企業の責任で表示できる食品を意味する。特別用途食品とは、乳児の発育、妊産婦、授乳婦、えん下困難者、病者などの健康の保持・回復などに適するという特別の用途について表示を行う食品を意味する。
【0038】
(作用)
本発明の経口剤の作用機序は、完全に解明されているわけではないが、以下のように推論することができる。しかしながら、本発明は以下の説明によって限定されるものではない。
経口的に摂取したn-3系多価不飽和脂肪酸は消化管を介して体内に取り込まれる。n-3系多価不飽和脂肪酸は、細胞膜に含まれるリン脂質に良好に取り込まれる。一例として赤血球膜に含まれるホスファチジルコリンには、DHAが取り込まれやすいと考えられている。ホスファチジルコリンは、コリン含有型グリセロリン脂質の主要な分子種である。コリン含有型グリセロリン脂質同士は相互に変換され、リゾホスファチジルコリン又はプラズマローゲンのようなコリン含有型グリセロリン脂質も生成しうる。他方、コリン含有型スフィンゴリン脂質における主要な分子種であるスフィンゴミエリンは、生合成経路がコリン含有型グリセロリン脂質とは異なるため、分子種間の相互変換は起こりにくい。体内のグリセロリン脂質に取り込まれたn-3系多価不飽和脂肪酸は、更に他のグリセロリン脂質を含む組織に移行し分布することにより、母乳に含まれるコリン含有型グリセロリン脂質の増強に寄与する作用機序が推察される。
【実施例0039】
実施例は、本発明を具体的に説明するものである。したがって、本発明は、次に示す実施例に限定されるものではない。
【実施例0040】
授乳期の女性10人を対象に、過去1ヶ月間における食事及びサプリメントによるDHA摂取量、及び母乳中のリン脂質組成を調べた。食事及びサプリメントによるDHA摂取量は簡易型自記式食事歴法質問票(Brief-type self-administered diet history questionnaire, BDHQ)及びサプリメントの摂取状況に関する質問票を用いて算出した。また、母乳中のリン脂質組成は、授乳後の母乳を採取した試料を用い測定した。母乳試料より、メタノールならびにクロロホルムを用いて抽出した脂質画分を、定法に従い固相抽出して分取した後に、リン脂質試料として核磁気共鳴法に供してコリン含有グリセロリン脂質を定量した。試験群1(DHA摂取が多かった5人)及び比較群1(DHA摂取が少なかった5人)における、DHA摂取量(mg/日)及びリン脂質組成を表1に示す。表1に記載の各数値は、各群の中央値である。比較群1に比べ、試験群1における食事及びサプリメントによるDHA摂取量、ならびに母乳中コリン含有グリセロリン脂質の割合及び濃度はそれぞれ顕著に高い値を示した。
【表1】
【実施例0041】
実施例1の方法に準じ、授乳期の女性10人を対象に、過去一ヶ月間に食事及びサプリメントによるドコサペンタエン酸摂取量、及び母乳中のリン脂質組成を調べた。ドコサペンタエン酸摂取量(mg/日)及びリン脂質組成を表2に示す。表2に記載の各数値は、各群の中央値である。比較群2に比べ、試験群2における食事及びサプリメントによるドコサペンタエン酸摂取量、ならびに母乳中のコリン含有グリセロリン脂質の割合及び濃度はそれぞれ顕著に高い値を示した。
【0042】
【表2】
【実施例0043】
実施例1の方法に準じ、授乳期の女性10人を対象に、過去一ヶ月間に食事及びサプリメントによるエイコサペンタエン酸摂取量、及び母乳中のリン脂質組成を調べた。エイコサペンタエン酸摂取量(mg/日)及びリン脂質組成を表3に示す。表3に記載の各数値は、各群の中央値である。比較群3に比べ、試験群3における食事及びサプリメントによるエイコサペンタエン酸摂取量、ならびに母乳中コリン含有グリセロリン脂質の割合及び濃度はそれぞれ顕著に高い値を示した。
【0044】
【表3】
【実施例0045】
実施例1の方法に準じ、授乳期の女性10人を対象に、過去一ヶ月間に食事及びサプリメントによるα-リノレン酸摂取量、及び母乳中のリン脂質組成を調べた。α-リノレン酸摂取量(mg/日)及びリン脂質組成を表4に示す。表4に記載の各数値は、各群の中央値である。比較群4に比べ、試験群4における食事及びサプリメントによるα-リノレン酸摂取量、ならびに母乳中コリン含有グリセロリン脂質の割合及び濃度はそれぞれ顕著に高い値を示した。
【0046】
【表4】
【実施例0047】
実施例1の方法に準じ、授乳期の女性10人を対象に、過去一ヶ月間に食事及びサプリメントによるn-3系多価不飽和脂肪酸の総摂取量、及び母乳中のリン脂質組成を調べた。n-3系多価不飽和脂肪酸の総摂取量(mg/日)及びリン脂質組成を表5に示す。表5に記載の各数値は、各群の中央値である。比較群5に比べ、試験群5における食事及びサプリメントによるn-3系多価不飽和脂肪酸総摂取量、ならびに母乳中コリン含有グリセロリン脂質の割合及び濃度はそれぞれ顕著に高い値を示した。具体的には、試験群5では、比較群5よりも、母乳中コリン含有グリセロリン脂質の量が、%リン脂質基準で、及びmg/g脂質基準で10%以上増加した。
【0048】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、妊娠及び授乳中の母体に投与でき、授乳期の母乳中のコリン含有グリセロリン脂質を増強させることができる安全な経口剤を提供することができる。