(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022117593
(43)【公開日】2022-08-12
(54)【発明の名称】分化途中の腸管上皮細胞を用いた被験物質の評価方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20220804BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20220804BHJP
C12N 5/074 20100101ALN20220804BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12N5/10
C12N5/074
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021014171
(22)【出願日】2021-02-01
(71)【出願人】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】今倉 悠貴
(72)【発明者】
【氏名】美馬 伸治
(72)【発明者】
【氏名】望月 清一
(72)【発明者】
【氏名】猪又 晃
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QR77
4B063QR80
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AA93X
4B065AA93Y
4B065AB01
4B065BA02
4B065BD25
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】分化途中の腸管上皮細胞を用いて精度よく、安定的かつ簡便に被験物質が腸管上皮細胞の分化指向性に与える影響を評価する方法を提供すること。
【解決手段】ヒト人工多能性幹細胞由来腸管幹細胞から成熟腸管上皮細胞への分化過程において、被験物質を含む溶液を添加し、被験物質の評価を行う。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト人工多能性幹細胞由来腸管幹細胞から成熟腸管上皮細胞への分化過程において、被験物質を含む溶液を添加する工程を含む、被験物質の評価方法。
【請求項2】
さらに、前記被験物質の特定の腸管上皮細胞への分化の指向性を評価する工程、を含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
さらに、前記成熟腸管上皮細胞のバリア機能を評価する工程、を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記特定の腸管上皮細胞への分化の指向性の評価が、腸管上皮細胞を構成する細胞に関連する遺伝子発現又はタンパク質発現を指標として行われる請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
前記腸管上皮細胞を構成する細胞が、杯細胞又は吸収上皮細胞である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記被験物質を含む溶液を添加する工程が、前記被験物質を単層の細胞シート状の細胞に対して作用させる工程である、請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記被験物質を含む溶液を添加する工程が、ヒト人工多能性幹細胞の分化開始後10日目~24日目に行われる、請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記被験物質を含む溶液を添加する工程が、ヒト人工多能性幹細胞の分化開始後20日目~34日目に行われる、請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記被験物質を含む溶液が、cAMP活性化物質およびEGFを含む請求項1から請求項8の何れか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記被験物質を含む溶液が、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤およびTGFβ阻害剤を含む、請求項1から請求項9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
腸管上皮細胞に対して被験物質を含む溶液を添加する工程を含む、請求項1から請求項10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
腸管幹細胞に対して被験物質を含む溶液を添加する工程を含む、請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記ヒト人工多能性幹細胞の分化が、アクチビンAを含む分化培地によって行われる、請求項7から請求項12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
被験物質の毒性評価である、請求項1から請求項13のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞から成熟腸管上皮細胞を製造する途中過程において、被験物質を添加することにより、被験物質が特定の腸管上皮細胞への分化指向性に与える影響を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品の中には、服用によって消化管毒性を示すものが存在する。消化管毒性の発生機序として、医薬品が小腸及び大腸陰窩の未分化細胞に作用し、粘膜上皮への正常な分化を阻害することが考えられている。腸管上皮細胞は、主に、吸収上皮細胞、杯細胞、内分泌細胞、パネート細胞、M細胞、タフト細胞の6種類の細胞から構成されていることが知られている。例えば、抗アルツハイマー治療薬であるγセクレターゼ阻害剤は、Aβ(アミロイドβ)生成を低下させる一方で、消化管粘膜細胞の異常分化を引き起こすことで、下痢、血便および腸管閉塞などの消化管障害が生じることが知られている。(非特許文献1)
【0003】
医薬品や食品の消化管に対する毒性をインビトロで評価することは重要である。現在、小腸のモデル系としてはヒト結腸癌由来のCaco-2細胞が多用されている。しかし、Caco-2細胞は、吸収上皮様の株化細胞であり、例えば、杯細胞や内分泌細胞などへは分化しないため、上記のような小腸及び大腸陰窩の未分化細胞に作用する薬剤の消化管毒性を評価することができない。また、ヒト初代小腸細胞を評価に用いる場合、試料の入手が困難であり、ドナー間差も生じることから、安定的かつ簡便に薬剤を評価することができない。
【0004】
ヒト人工多能性幹(induced pluripotent stem:iPS)細胞は2007年に山中らによって樹立された。このヒトiPS細胞は、1998年にThomsonらによって樹立されたヒト胚性幹(embryonic stem:ES)細胞と同様な、多分化能とほぼ無限の増殖能をもつ細胞である。ヒトiPS細胞はヒトES細胞に比べ倫理的な問題が少なく、医薬品開発のための安定した細胞供給源として期待される。そこで、多能性幹細胞から腸管上皮細胞を分化誘導する取り組みが進んでいる。
【0005】
特許文献1には、ヒト人工多能性幹細胞を腸管幹細胞へと分化させる工程、およびMEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤およびTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物とEGFとの存在下において上記腸管幹細胞を腸管上皮細胞へと分化させる工程の途中において、分化中の細胞を、所定の時点で一回以上再播種することによって、ヒト人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2020/022483号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本薬理学雑誌第136巻、pp15-20、2010年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これまで、医薬品や食品の開発において、ヒト消化管に対する有効な毒性評価系は存在していない。従って、医薬品や食品をはじめとした被験物質のヒトに対する消化管毒性を、インビトロで精度よく、安定的かつ簡便に評価できる方法が求められている。
【0009】
本発明は、分化途中の腸管幹細胞、または腸管上皮細胞を用いて、精度よく、安定的かつ簡便に被験物質の消化管毒性を評価する方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、ヒト人工多能性幹細胞を成熟腸管幹細胞へと分化させる工程において被験物質を添加することにより、上記課題を解決できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0011】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
<1> ヒト人工多能性幹細胞由来腸管幹細胞から成熟腸管上皮細胞への分化過程において、被験物質を含む溶液を添加する工程を含む、被験物質の評価方法。
<2> さらに、上記被験物質の特定の腸管上皮細胞への分化の指向性を評価する工程、を含む<1>に記載の方法。
<3> さらに、上記成熟腸管上皮細胞のバリア機能を評価する工程、を含む、<2>に記載の方法。
<4> 上記特定の腸管上皮細胞への分化の指向性の評価が、腸管上皮細胞を構成する細胞に関連する遺伝子発現又はタンパク質発現を指標として行われる、<2>または<3>のいずれか一に記載の方法。
<5> 上記腸管上皮細胞を構成する細胞が、杯細胞又は吸収上皮細胞である、<4>に記載の方法。
<6> 上記被験物質を含む溶液を添加する工程が、上記被験物質を単層のシート状の細胞に対して作用させる工程である、<1>から<5>のいずれか一に記載の方法。
<7> 上記被験物質を含む溶液を添加する工程が、ヒト人工多能性幹細胞の分化開始後10日目~34日目に行われる、<1>から<6>のいずれか一に記載の方法。
<8>上記被験物質を含む溶液を添加する工程が、ヒト人工多能性幹細胞の分化開始後20日目~34日目に行われる、<1>から<7>のいずれか一に記載の方法。
<9>上記被験物質を含む溶液が、cAMP活性化物質、およびEGFを含む、<1>から<8>のいずれか一に記載の方法。
<10> 上記被験物質を含む溶液が、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤およびTGFβ阻害剤を含む、<1>から<9>のいずれか一に記載の方法。
<11>腸管上皮細胞に対して被験物質を含む溶液を添加する工程を含む、<1>から<10>のいずれか一に記載の方法。
<12>腸管幹細胞に対して被験物質を含む溶液を添加する工程を含む、<1>から<7>のいずれか一に記載の方法。
<13> 上記ヒト人工多能性幹細胞の分化が、アクチビンAを含む培地によって行われる、<7>から<12>の何れか一に記載の方法。
<14>被験物質の毒性評価である、<1>から<13>のいずれか一に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、被験物質の腸管上皮細胞を構成する各細胞に対する分化の指向性を評価することができる。さらに、被験物質のヒトへの消化管毒性を、インビトロで精度よく、安定的かつ簡便に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、ヒト人工多能性幹細胞由来腸管上皮細胞を用いた被験物質の評価プロトコールを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
[用語の説明]
MEK1:Mitogen-activated protein kinase kinase 1
TGFβ受容体:トランスフォーミング増殖因子β受容体
EGF:上皮細胞増殖因子
FGF2:線維芽細胞増殖因子2
GSK-3β:グリコーゲン合成酵素キナーゼ 3β
cAMP:環状アデノシン一リン酸
ROCK:Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ
FBS:ウシ胎児血清
【0015】
[被験物質の評価方法]
被験物質の評価方法としては、ヒト人工多能性幹細胞を腸管幹細胞へと分化させる工程1、工程1で得られた腸管幹細胞を腸管上皮細胞へと分化させる工程2、工程2で得られた腸管上皮細胞を成熟腸管上皮細胞へと分化させる工程3を含み、工程2、工程3のうちいずれか一以上の工程において被験物質を添加し、工程3で得られた成熟腸管上皮細胞の評価を行う工程4を含む。
【0016】
腸管上皮細胞は、市販品を用いてもよいし、ヒト人工多能性幹細胞から製造したものを用いることもできる。市販品を用いる場合、例えばヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞(商品名:F-hiSIEC、メーカー:富士フイルム(株))を用いることが出来る。
また、市販されているヒト人工多能性腸管幹細胞を分化させて製造した腸管上皮細胞を用いてもよい。
【0017】
「分化の指向性」とは、腸管上皮細胞を構成する細胞(吸収上皮細胞、杯細胞、内分泌細胞、パネート細胞、M細胞、タフト細胞)のうち特定の細胞への分化のしやすさのことを意味する。例えば、被験物質を添加することにより特定の細胞に関連するマーカーの発現量が、対照群に対して相対的に増加した場合、その被験物質は、そのマーカーが関連する特定の細胞への分化指向性が高いと判断できる。例えば、吸収上皮細胞への分化指向性が低い場合、または、杯細胞への分化指向性が高い場合、その被験物質は消化管毒性が生じる可能性があると判断できる。
【0018】
「吸収上皮細胞」とは、栄養や水分の吸収に特化した細胞であり、腸管上皮細胞の大部分を占める。頂端面の細胞膜には刷子縁とよばれる微絨毛からなる構造があり、栄養面は微絨毛の細胞膜に存在する消化酵素により消化され吸収上皮細胞に吸収される。
【0019】
「杯細胞」とは、粘液の主成分であるムチンとよばれる糖タンパク質を多量に産生し分泌することにより腸の粘膜を覆う粘液の恒常性を維持し、腸管上皮細胞への腸内細菌の侵入を防ぐ働きをもつ細胞である。
「内分泌細胞」とは、腸管上皮細胞の1%程度を占めるマイナーな細胞であるが、食餌性の脂質や糖質を感知しコレシストキニン、ガストリン、セロトニンなどの消化管ホルモンを分泌することにより胃液や膵液の分泌とおよび蠕動運動を促進し消化の制御に重要な役割を果たす。
「パネート細胞」とは、抗菌ペプチドの産生および分泌に特化した細胞であり、ディフィンシンファミリータンパク質やRegIIIファミリータンパク質などの抗菌ペプチドを産生し腸内細菌の侵入に対する防御に不可欠であるとともに、近接する腸管幹細胞にNotchシグナルを伝達することにより腸管幹細胞の幹細胞としての機能を維持するニッチとしても重要な役割を果たす。
「タフト細胞」とは、小腸に蠕虫が感染するとインターロイキン25を産生し、2型自然リンパ球を活性化することにより蠕虫の排除に大きく寄与する。
「M細胞」とは、抗原の取り込みに特化した細胞で、パイエル板などリンパ濾胞を覆う腸管上皮細胞に散在する。Gp-2とよばれる細菌の受容体などを介して管腔から抗原を取り込み、リンパ濾胞の樹状細胞に抗原を供給することにより免疫グロブリンAの産生に大きく寄与する。
【0020】
[腸管上皮細胞の製造方法]
腸管上皮細胞の製造方法は、ヒト人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導することを含む。
【0021】
腸管上皮細胞の製造方法は、ヒト人工多能性幹細胞を腸管幹細胞へと分化させる工程1、およびMEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤およびTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上とEGFとの存在下において工程1で得られた腸管幹細胞を腸管上皮細胞へと分化させる工程2を含む方法であってもよい。
【0022】
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞をリプログラミングすることによって作製される、多能性(多分化能)と増殖能を有する細胞である。人工多能性幹細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞の作製に使用する体細胞は特に限定されず、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。また、その由来も特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の体細胞、特に好ましくはヒトの体細胞を用いる。iPS細胞は、これまでに報告された各種方法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。
【0023】
iPS細胞作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4), 663-676, 2006; Takahashi, K, et al: Cell 131 (5), 861-72, 2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28およびNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M, et al: Nat. Biotechnol. 26 (1), 101-106, 2008)、Oct3/4およびKlf4の2因子(Kim J B, et al: Nature 454 (7204), 646-650, 2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B, et al: Cell 136 (3), 411-419, 2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S, Joo JY, et al: Cell Stem Cell 4, 381-384, 2009; Kim D, Kim CH, Moon JI, et al: Cell Stem Cell 4, 472-476, 2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (7), 795-797, 2008; Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (11), 1269-1275, 2008; Silva J, et al: PLoS. Biol. 6 (10), e 253, 2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al: Science 322 (5903), 945-949, 2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science 322 (5903), 949-953, 2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP, Mohseni P, et al: Nature 458, 766-770, 2009; Kaji K, Norrby K, Pac a A, et al: Nature 458, 771-775, 2009; Yusa K, Rad R, Takeda J, et al: Nat Methods 6, 363-369, 2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J, Hu K, Smuga-Otto K, Tian S, et al: Science 324, 797-801, 2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。
【0024】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1およびCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。選択された細胞をiPS細胞として回収する。
【0025】
iPS細胞は、例えば、国立大学法人京都大学または独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターから提供を受けることもできる。
【0026】
本明細書において「分化誘導」とは、特定の細胞系譜に沿って分化するように働きかけることをいう。本発明では多能性幹細胞を腸管上皮細胞へと分化誘導する。本発明による腸管上皮細胞の製造方法は、大別して2段階の誘導工程、即ち、多能性幹細胞を腸管幹細胞へと分化させる工程(工程1)と、得られた腸管幹細胞を腸管上皮細胞へと分化させる工程(工程2)を含む。以下、各工程の詳細を説明する。
【0027】
<工程1:腸管幹細胞への分化>
工程1ではヒト人工多能性幹細胞を培養し、腸管幹細胞へと分化させる。換言すれば、腸管幹細胞への分化を誘導する条件下で多能性幹細胞を培養する。ヒト人工多能性幹細胞が腸管幹細胞へ分化する限り、培養条件は特に限定されない。典型的には、ヒト人工多能性幹細胞が内胚葉細胞を介して腸管幹細胞へと分化するように、以下で説明する2段階の分化誘導、即ち、多能性幹細胞の内胚葉細胞への分化(工程1-1)と、内胚葉細胞の腸管幹細胞への分化(工程1-2)を行う。
【0028】
<工程1-1:内胚葉細胞への分化>
この工程ではヒト人工多能性幹細胞を培養し、内胚葉細胞へと分化させる。換言すれば、内胚葉への分化を誘導する条件下でヒト人工多能性幹細胞を培養する。ヒト人工多能性幹細胞が内胚葉細胞に分化する限り、培養条件は特に限定されない。例えば、常法に従い、アクチビンAを添加した培地で培養する。この場合、培地中のアクチビンAの濃度を例えば10 ng/mL~200 ng/mL、好ましくは20 ng/mL~150 ng/mLとする。細胞の増殖率や維持等の観点から、培地に血清または血清代替物(KnockOutTMSerum Replacement(KSR)など)を添加することが好ましい。血清はウシ胎仔血清に限られるものではなく、ヒト血清や羊血清等を用いることもできる。血清または血清代替物の添加量は例えば0.1%(v/v)~10%(v/v)である。
【0029】
Wnt/β-カテニンシグナル経路の阻害剤(例えば、ヘキサクロロフェン、クエルセチン、WntリガンドであるWnt3a)を培地に添加し、内胚葉細胞への分化の促進を図ってもよい。
【0030】
この工程は、国際公開第2014/165663号パンフレットに記載の方法またはそれに準じた方法で行うこともできる。
【0031】
工程1-1の期間(培養期間)は例えば1日間~10日間、好ましくは2日間~7日間である。
【0032】
<工程1-2:腸管幹細胞への分化>
この工程では、工程1-1で得られた内胚葉細胞を培養し、腸管幹細胞へと分化させる。換言すれば、腸管幹細胞への分化を誘導する条件下で内胚葉細胞を培養する。内胚葉細胞が腸管幹細胞へと分化する限り、培養条件は特に限定されない。好ましくは、FGF2の存在下で培養を行う。FGF2としては好ましくはヒトFGF2(例えばヒト組換えFGF2)を用いる。
【0033】
典型的には、工程1-1を経て得られた細胞集団またはその一部を、選別することなく工程1-2に供する。一方で、工程1-1を経て得られた細胞集団の中から内胚葉細胞を選別した上で工程1-2を実施することにしてもよい。内胚葉細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。
【0034】
「FGF2の存在下」とは、FGF2が培地中に添加された条件と同義である。従って、FGF2の存在下での培養を行うためには、FGF2が添加された培地を用いればよい。FGF2の添加濃度の例を示すと100ng/mL~500ng/mLである。
【0035】
工程1-2の期間(培養期間)は例えば2日間~10日間、好ましくは3日間~7日間である。培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管幹細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。
【0036】
腸管幹細胞へ分化したことは、例えば、腸管幹細胞マーカーの発現を指標にして判定ないし評価することができる。腸管幹細胞マーカーの例を挙げると、ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役受容体5(LGR5)、エフリンB2受容体(EphB2)である。
【0037】
<工程A:腸管幹細胞の増殖>
工程1で得られた腸管幹細胞を腸管上皮細胞へと分化させる工程の前に、腸管幹細胞を増殖させる工程Aを含んでも良い。すなわち、工程1で得られた腸管幹細胞を工程Aによって増殖させた後、工程2によって腸管上皮細胞へと分化させることができる。
【0038】
工程Aでは、EGF、FGF2、ROCK阻害剤、TGFβ受容体阻害剤およびGSK3β阻害剤からなる群より選択される一以上の存在下で、工程1で得られた腸管幹細胞を増殖させることができる。工程Aは、EGF、FGF2、ROCK阻害剤、TGFβ受容体阻害剤およびGSK3β阻害剤を含む培地で培養する工程を含むことが好ましい。
【0039】
工程Aの期間は、例えば1日間~7日間、好ましくは2日間~4日間である。
【0040】
同様に、「GSK-3β阻害剤の存在下」とは、GSK-3β阻害剤が培地中に添加された条件と同義である。従って、GSK-3β阻害剤の存在下での培養を行うためには、
GSK-3β阻害剤が添加された培地を用いればよい。GSK-3β阻害剤としてCHIR 99021、SB216763、CHIR 98014、TWS119、Tideglusib、SB415286、BIO、AZD2858、AZD1080、AR-A014418、TDZD-8、LY2090314、IM-12、Indirubin、Bikinin、1-Azakenpaulloneを例示することができる。GSK-3β阻害剤の添加濃度の例を示すと1μmol/L~100μmol/L、好ましくは2μmol/L~30μmol/Lである。
【0041】
<工程2:腸管上皮細胞への分化>
この工程では、工程1で得られた腸管幹細胞を腸管上皮細胞へ分化する工程である。
典型的には、工程1を経て得られた細胞集団またはその一部を、選別することなく工程2に供する。一方で、工程1を経て得られた細胞集団の中から腸管幹細胞を選別した上で工程2を実施することにしてもよい。腸管幹細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。工程1で得られた腸管幹細胞を腸管上皮細胞へと分化させる工程の前に、腸管幹細胞を増殖させる工程Aを含んでも良い。すなわち、工程1で得られた腸管幹細胞を増殖させる工程Aを経て、腸管上皮細胞へ分化させる工程2を行っても良い。
【0042】
工程1で得られた腸管幹細胞を、一旦凍結した後に融解し、その後の工程に用いることもできる。工程2で用いる腸管幹細胞は、工程1により作製してもよいし、市販の細胞を用いてもよい。
【0043】
工程2は、1または2以上の培養によって構成される。工程2を構成する各培養では、例えば、EGFが必須の成分として添加された培地、EGFおよびROCK阻害剤が必須の成分として添加された培地、EGF、およびcAMP活性化物質が必須の成分として添加された培地、EGF、cAMP活性化物質、DNAメチル化阻害剤、MEK1阻害剤、およびTGFβ受容体阻害剤が必須の成分として添加された培地、等が用いられる。また、工程2を構成する各培養では、サプリメントとしてHepextend supplementを培地に添加してもよい。
【0044】
工程2では、EGFおよびcAMP活性化物質の存在下で培養を行う工程2-1と、その後に行われる、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGFおよびcAMP活性化物質の存在下で培養を行う工程2-2の2段階の培養を含むことが好ましい。このように2段階の培養を含むことで、腸管上皮細胞への分化促進が可能となる。
【0045】
工程2-1の培養の期間は例えば2日間~10日間、好ましくは4日間~8日間であり、工程2-2の培養の期間は例えば1日間~5日間、好ましくは2日間~4日間である。尚、特に説明しない事項(各培養に使用可能な化合物、各化合物の添加濃度等)については、上記の対応する説明が援用される。
【0046】
MEK1阻害剤として、PD98059、PD184352、PD184161、PD
0325901、U0126、MEK inhibitor I、MEK inhibitor II、MEK1/2 inhibitor II、SL327を挙げることができる。
【0047】
DNAメチル化阻害剤として5-アザ-2’-デオキシシチジン(5-aza-2’dc)、5-アザシチジン、RG108、ゼブラリンを挙げることができる。
【0048】
TGFβ受容体阻害剤については、後述の実施例に使用したA8301がTGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7に阻害活性を示すことを考慮すれば、好ましくは、TGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7の一以上に対して阻害活性を示すものを用いるとよい。例えば、A8301、SB431542、SB-505124、SB525334、D4476、ALK5 inhibitor、LY2157299、LY364947、GW788388、RepSoxが上記条件を満たす。
【0049】
cAMP活性化物質としては、フォルスコリン(Forskolin)、インドメタシン、NKH477(コルホルシンダロパート)、細胞由来毒素タンパク質(百日咳毒素、コレラ毒素)、PACAP-27、PACAP-38、SKF83822等を用いることができる。フォルスコリンはアデニル酸シクラーゼ活性化作用を示し、細胞内cAMPの合成を促進する。
【0050】
MEK1阻害剤の添加濃度の例(PD98059の場合)を示すと4μmol/L~1
00μmol/L、好ましくは10μmol/L~40μmol/Lである。同様にDNAメチル化阻害剤の添加濃度の例(5-アザ-2’-デオキシシチジンの場合)を示すと、1μmol/L~25μmol/L、好ましくは2.5μmol/L~10μmol/Lであり、TGFβ受容体阻害剤の添加濃度の例(A8301の場合)を示すと0.1μmol/L~2.5μmol/L、好ましくは0.2μmol/L~1μmol/Lである。EGFの添加濃度の例は、5ng/mL~100ng/mL、好ましくは10ng/mL~50ng/mLである。また、cAMP活性化物質の添加濃度の例(フォルスコリンの場合)を示すと、1μmol/L~200μmol/L、好ましくは5μmol/L~100μmol/Lである。尚、例示した化合物、即ち、PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン、A8301およびフォルスコリンとは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物(PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン、A8301、フォルスコリン)の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。
【0051】
Hepextend supplementは、例えばGibco A2737501を使用することができる。Hepextend supplementの添加濃度の例は、0.01%~10%、好ましくは、0.1%~5%、より好ましくは0.5%~3%を添加することが好ましい。
【0052】
工程2の期間(培養期間)は例えば3日間~15日間であってもよく、好ましくは、7日間~13日間、より好ましくは8日間~12日間である。
【0053】
本発明を構成し得る各工程(工程1、工程1-1、工程1-2、工程2、工程2-1、工程2-2、工程A)と各工程の間において、途中で継代培養(再播種)を行ってもよい。
工程1と工程2の間、工程1-2と工程2の間、工程1と工程2-1の間、および工程1-2と工程2-1の間に再播種を行うことが好ましい。
【0054】
例えばコンフルエントまたはサブコンフルエントになった際に細胞の一部を採取して別の培養容器に移し、培養を継続する。分化を促進するために細胞密度を低く設定することが好ましい。例えば1×104個/cm2~1×106個/cm2程度の細胞密度で細胞
を播種するとよい。
【0055】
培地交換や継代培養などに伴う、細胞の回収の際には、細胞死を抑制するためにY-2
7632等のROCK阻害剤で予め細胞を処理しておくとよい。従って、工程1と工程2の間、工程1と工程2-1の間において、分化中の細胞を、一回以上再播種する際における、再播種の培地がROCK阻害剤を含む培地であることが好ましい。
分化中の細胞を再播種後、上記ROCK阻害剤を含む培地で、好ましくは12時間~48時間、より好ましくは12時間~36時間分化中の細胞を、培養することが好ましい。
【0056】
本発明においては、工程1および工程2は、大型の培養容器、フラスコまたはディッシュ上で行うことが好ましい。具体的には、表面積が30cm2以上の培養プレート上またはフラスコにおいて行うことが好ましい。これにより操作の効率性の向上を図ることができる。
【0057】
本発明を構成する各工程における、その他の培養条件(培養温度など)は、動物細胞の培養において一般に採用されている条件とすればよい。即ち、例えば37℃、5%CO2の環境下で培養すればよい。また、基本培地として、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)(GIBCO社等)、ハムF12培地(HamF12)(SIGMA社、Gibco社等)、ダルベッコ変法イーグル培地(D-MEM)(ナカライテスク株式会社、シグマ社、Gibco社等)、グラスゴー基本培地(Gibco社等)、RPMI1640培地等を用いることができる。二種以上の基本培地を併用することにしてもよい。工程(1-2)、工程(2)、工程(2)を構成する培養工程A、培養工程B、培養工程C、培養工程Dにおいては、上皮細胞の培養に適した基本培地(例えばD-MEMとハムF12培地の混合培地、D-MEM)を用いることが好ましい。培地に添加可能な成分の例としてウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、2-メルカプトエタノール、ポリビニルアルコール(PVA)、非必須アミノ酸(NEAA)、インスリン、トランスフェリン、セレニウムを挙げることができる。典型的には培養皿などを用いて二次元的に細胞を培養する。本発明の方法によれば、二次元培養によって多能性幹細胞から腸管上皮細胞を得ることが可能となる。但し、ゲル状の培養基材あるいは三次元培養プレートなどを用いた三次元培養を実施することにしてもよい。
【0058】
[腸管上皮細胞]
腸管上皮細胞へ分化したことは、例えば、腸管上皮細胞マーカーの発現やペプチドの取り込み、或いはビタミンD受容体を介した薬物代謝酵素の発現誘導を指標にして判定ないし評価することができる。腸管上皮細胞マーカーの例を挙げると、ビリン 1(Villin 1)、CDX2、腸特異的ホメオボックス(ISX)、ATP結合カセットトランスポーターB1/多剤耐性タンパク1(ABCB1/MDR1)、ATP結合カセットトランスポーターG2/乳ガン耐性タンパク(ABCG2/BCRP)、シトクロムP45
0 3A4(CYP3A4)、脂肪酸結合タンパク2(FABP)、プレグナンX受容体(PXR)、SLC(solute carrier)ファミリーメンバー5A1/ナトリウム共役型グルコーストランスポーター1(SLC5A1/SGLT1)、SLC(solute carrier)ファミリーメンバー15A1/ペプチドトランスポーター1(SLC15A1/PEPT1)、SLC(solute carrier)有機アニオントランスポーター2B1(SLCO2B1/OATP2B1)、スクラーゼ-イソマルターゼ、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素1A1(UGT1A1)、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素1A4(UGT1A4)、カルボキシルエステラーゼ2A1(CES2A1)である。この中でも、ビリン 1(Villin 1)、CDX2、腸特異的ホメオボックス(ISX)は特に有効なマーカーである。
【0059】
工程2で得られる腸管上皮細胞は、好ましくは、、ISXの発現量がCaco-2細胞におけるISXの発現量の1.5倍~3倍であり、Villinの発現量が、Caco-2細胞におけるVillinの発現量の2分の1以下であり、CDX2の発現量がCaco-2細胞におけるCDX2の発現量の2分の1以下である。
【0060】
目的の細胞(腸管上皮細胞)のみからなる細胞集団または目的の細胞が高比率(高純度)で含まれた細胞集団を得ようと思えば、目的の細胞に特徴的な細胞表面マーカーを指標にして培養後の細胞集団を選別・分取すればよい。
【0061】
[成熟腸管上皮細胞の作製方法]
工程3では、腸管上皮細胞を分化させて成熟腸管上皮細胞を得る。腸管上皮細胞としては、市販品を用いてもよいし、上記のようにヒト人工多能性細胞から製造することもできる。市販品を用いる場合、工程2で得られた腸管上皮細胞を凍結したものを融解して用いることも出来る。例えば、ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞(商品名:F-hiSIEC、メーカー:富士フイルム(株))を用いることが出来る。
【0062】
工程3の培養では、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGFおよびcAMP活性化物質の存在下において腸管幹細胞を腸管上皮細胞へと分化させる工程を含む。また工程3おいて、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF、cAMP活性化物質に加えてHepextend supplementの存在下で培養することがより好ましい。
また、工程3の培養では、市販の培地を用いることも出来る。市販の培地の例としては、例えば、F-hiSIEC Culture Medium(富士フイルム(株))である。
【0063】
工程3の培養で用いるMEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGFおよびcAMP活性化物質は、工程2に用いる場合と同様の具体例および濃度範囲を使用することができる。
【0064】
工程3において、上記培地で7日間~15日間培養することが好ましく、7日間~12日間培養することがより好ましく、8日間~10日間培養することがさらに好ましい。
【0065】
操作の簡便性や得られるデータの安定性、精度を考慮すると、工程3は、市販のヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞(商品名:F-hiSIEC、メーカー:富士フイルム(株))と市販のF-hiSIEC Culture Medium(富士フイルム(株))を用いて行うことが好ましい。
【0066】
工程3において、腸管上皮細胞の培養は、多孔性膜上で行うことが好ましい。多孔膜とは、貫通した細孔のある膜をいう。多孔膜としては、例えば、孔径0.4~1.0μm程度の細孔を多数有するポリカーボネート膜やポリエチレンテレフタレート(PET)膜などを使用することができる。具体的には、例えば、セルカルチャーインサートを備えた培養容器(例えば、コーニング社が提供するトランスウェル(登録商標))を使用し、セルカルチャーインサート内に細胞を播種して培養することにより、成熟腸管上皮細胞で構成された細胞層を得ることができる。成熟腸管上皮細胞で構成された細胞層は、細胞と細胞との間が連結した、単層のシート状の細胞組織である。
【0067】
セルカルチャーインサートとは、細胞、器官または組織の培養に用いられる透過性メンブレンを備えた培養容器であり、主にウェルプレートと組み合わせて用いられる。セルカルチャーインサートにおいて細胞、器官または組織を培養することにより、培地に含まれる成分が器官や組織の上面および底面にゆきわたらせることができ、生体内に近い条件で培養を行うことができる。
【0068】
セルカルチャーインサートは、細胞外マトリクスでコーティングされているものを用いても良い。細胞外マトリクスの例として、マトリゲル(登録商標)、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、テネイシン、エンタクチン、トロンボスポンチン、エラスチン、ゼラチン、コラーゲン、フィブリン、メロシン、アンコリン、コンドロネクチン、リンクタンパク質、骨シアロタンパク質、オステオカルシン、オステオポンチン、エピネクチン、ヒアルロネクチン、アンジュリン、エピリグリン及びカリニンを用いることができ、マトリゲル(登録商標)を用いることが好ましい。マトリゲル(登録商標)は、Corning Life Sciencesが生産するEngelbreth-Holm-Swarmマウス肉腫細胞が分泌するゼラチン状タンパク質混合物の商品名である。
【0069】
[成熟腸管上皮細胞]
成熟腸管上皮細胞は、腸管上皮細胞からさらに分化させ成熟化した細胞である。
工程3において被験物質を作用させない場合に得られる成熟腸管上皮細胞は、好ましくは、ISXの発現量がCaco-2細胞におけるISXの発現量の2倍~6倍であり、Villinの発現量が、Caco-2細胞におけるVillinの発現量の2分の1以上1倍以下であり、CDX2の発現量がCaco-2細胞におけるCDX2の発現量の0.8倍~1.2倍である。
【0070】
工程3において、分化途中の腸管上皮細胞に被験物質を作用させることができる。典型的には、培地に被検物質を添加することによって細胞に被験物質を作用させることができる。被検物質の添加のタイミングは特に限定されないが、工程3の間に1回または複数回被験物質の添加を行うことが出来る。複数行う場合、被験物質の添加は、2回~14回行ってもよく、2回~6回行うことが好ましく、4回行うことがさらに好ましい。また、工程3におけるMEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGFおよびcAMP活性化物質を含む培地で培養を開始すると同時に1度目の被験物質の添加を行うことが好ましい。
【0071】
工程3において、培地交換のタイミングで、分化途中の腸管上皮細胞に被験物質を添加しても良い。培地交換は、毎日、1日おき、2日おき、3日おき、4日おき、または5日おきに行うことができるが、1日おきに行うことが好ましい。すなわち、分化途中の腸管上皮細胞に1日おきに被験物質を添加することが好ましい。
【0072】
被検物質には様々な分子サイズの有機化合物または無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)を例示できる。医薬品、栄養食品、食品添加物、農薬、香粧品(化粧品)等の既存成分または候補成分も好ましい被検物質の一つである。植物抽出液、細胞抽出液、培養上清などを被検物質として用いてもよい。2種類以上の被検物質を同時に添加することにより、被検物質間の相互作用、相乗作用などを調べることにしてもよい。被検物質は天然物由来であっても、あるいは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的なアッセイ系を構築することができる。
【0073】
被験物質として用いる医薬品としては、臨床試験において消化管毒性が示されている薬剤でもよいし、消化管毒性が示されていない薬剤を選択してもよい。杯細胞への分化指向性が高い薬剤として、γセクレターゼ阻害剤が知られている。、γセクレターゼ阻害剤としては、例えば、LY450139、BMS-708163、NIC5-15、GSI-953、ELND006、CHF-5074が挙げられる。これらの薬剤の添加群を陽性対照として評価系に用いることもできる。陰性対照として、消化管毒性が示されていない薬剤を用評価系に用いることができる。陰性対照の薬剤としては、例えば、Tarenflurbil(Flurizan(登録商標))、E2012、E2212が挙げられる。医薬品として、例えば、鎮痛剤、麻酔剤、にきび防止剤、老化防止剤、抗アレルギー剤、抗貧血剤、狭心症治療薬、抗不安薬、抗不整脈剤、抗喘息剤、抗細菌剤、抗コリン剤、抗凝固剤、抗痙攣剤、抗うつ剤、糖尿病治療剤、下痢止め剤、抗利尿剤、解毒剤、運動障害治療薬、月経困難症治療薬、制吐剤、抗線溶剤、抗線維化剤、抗真菌剤、緑内障治療薬、抗出血剤、抗ヒスタミン剤、高カルシウム血症治療薬、高血糖治療薬、高脂血症治療薬、降圧剤、甲状腺機能亢進症治療薬、尿酸降下剤、低カルシウム血症治療薬、低血糖治療薬、低血圧治療薬、抗炎症剤、川崎病治療薬、マラリア治療薬、メトヘモグロビン血症治療薬、抗菌剤、抗片頭痛剤、筋無力症治療薬、抗腫瘍剤、抗神経痛剤、好中球減少症治療薬、抗パニック剤、多発性神経障害治療薬、抗原虫剤、乾癬治療薬、統合失調症治療薬、解熱剤、抗リウマチ剤、抗脂漏剤、鎮痙剤、抗血栓剤、抗振戦剤、潰瘍治療薬、眩暈治療薬、抗ウイルス剤、しわ防止剤、食欲増進剤、食欲抑制剤、喘息予防剤、骨吸収抑制剤、気管支拡張剤、避妊薬、副腎皮質ステロイド剤、脱色剤、消毒剤、利尿剤、透析液の成分、エストロゲン、毛髪増殖促進剤、毛髪増殖阻害剤、造血刺激剤、肝炎治療薬、ヒスタミンH2受容体アンタゴニスト、ホルモン、保湿剤、インシュリン耐性治療薬、インターフェロン耐性治療薬、免疫抑制剤、インポテンス治療薬と、角質溶解剤、縮瞳薬と、粘液溶解剤と、散瞳薬、心筋梗塞の治療薬又は予防薬、神経筋遮断薬、栄養補助剤、ビタミン、骨粗しょう症の予防薬又は治療薬、鎮静剤、骨格筋弛緩薬、皮膚軟化剤及び皮膚保湿剤、皮膚美白剤、交感神経作動薬、血栓溶解剤、ワクチン、血管拡張剤、創傷治癒促進剤、逆刺激剤、ビタミン、栄養素、アミノ酸及びそれらの誘導体、ミネラル、ハーブ抽出物、レチノイド、ビオフラボノイド、酸化防止剤抗がん剤、アルツハイマー治療薬、を用いることができる。
【0074】
工程4では、得られた成熟腸管上皮細胞の評価を行う。具体的には、被験物質を作用させながら得られた成熟腸管上皮細胞における腸管上皮細胞を構成する細胞(吸収上皮細胞、杯細胞、内分泌細胞、パネート細胞、M細胞、タフト細胞)に関連するマーカーの発現量と、被験物質を作用させずに得られた成熟腸管上皮細胞における腸管上皮細胞を構成する細胞に関連するマーカーの発現量を測定し、両者を比較することにより、分化の指向性を評価する。陰性対照の薬剤を作用させて得られた成熟腸管上皮細胞における腸管上皮細胞を構成する細胞に関連するマーカーの発現量、または陽性対照の薬剤を作用させて得られた成熟腸管上皮細胞における腸管上皮細胞を構成する細胞に関連するマーカーの発現量を評価の際の比較対象とすることもできる。マーカーの発現とは、具体的には、遺伝子発現、タンパク質発現、サイトカイン分泌、マイクロRNAの発現などが挙げられる。
【0075】
工程4では、細胞の形態学的情報を用いて評価を行うこともできる。例えば、杯細胞は上端にムチン型糖タンパクを含んだ顆粒構造を持つことが特徴として知られている。この顆粒構造を認識することにより、組織中の杯細胞が占める割合の変化から、被験物質の杯細胞への分化指向性が評価することができる。さらに、細胞のシート構造や、組織構造の形態を比較することにより、被験物質の腸管における毒性または、腸管に対する作用を評価することができる。形態学的情報は、病理切片画像であってもよく、特定の細胞の構造または、特定の細胞を画像解析ソフトにより認識し、定量化したものでもよい。
【0076】
この評価により、被験物質の腸管上皮細胞を構成する細胞の特定の細胞への分化促進傾向、または特定の細胞への分化抑制傾向といった、分化指向性を検証することができる。腸管上皮細胞を構成する特定の細胞の分化を促進または抑制する被験物質のスクリーニングを行うこともできる。さらに、この評価によって被験物質の小腸に対する毒性評価を行うこともできる。
【0077】
工程1で得られた腸管幹細胞に対して、工程2において、分化途中の腸管幹細胞に被験物質を作用させ、被験物質の腸管上皮細胞を構成する細胞に対する影響を評価することができる。例えば、工程1で得られた腸管幹細胞に対して、工程2および工程3において、被験物質を作用させ、得られた成熟腸管上皮細胞の評価を工程4で行うこともできる。また、工程1で得られた腸管幹細胞に対して、工程2においてのみ被験物質を作用させたのち、工程3では被験物質を作用させず、得られた成熟腸管上皮細胞の評価を工程4で行うこともできる。
【0078】
工程2において被験物質を細胞に作用させる場合、被験物質の添加のタイミングは特に限定されないが、工程2の間に1回または複数回、被験物質の添加を行うことができる。複数回行う場合、被験物質の添加は、2回~10回行ってもよく、2回~5回行うことが好ましい。
【0079】
工程2において、培地交換のタイミングで、分化途中の腸管上皮細胞に被験物質を添加しても良い。培地交換は、毎日、1日おき、2日おき、3日おき、4日おき、または5日に行うことができるが、1日おきに行うことが好ましい。すなわち、分化途中の腸管幹細胞に1日おきに被験物質を添加することが好ましい。
【0080】
分化開始から10日目~34日目のヒト人工多能性幹細胞に被験物質を作用させてよく、分化開始から20日目~34日目のヒト人工多能性幹細胞に作用させ、得られた成熟腸管上皮細胞の評価を行ってもよい。また、分化開始から10日目~20日目に被験物質を作用させ、その後は被験物質を作用させずに成熟腸管上皮細胞に分化させ、得られた成熟腸管上皮細胞の評価を行ってもよい。
ヒト人工多能性幹細胞の内胚葉への分化開始から10日目~34日目の細胞に被験物質を作用させてよく、ヒト人工多能性幹細胞の内胚葉への分化培養開始から20日目~34日目の間に被験物質を作用させ、得られた成熟腸管上皮細胞の評価を行ってもよい。また、ヒト人工多能性幹細胞の内胚葉への分化培養開始から10日目~20日目の間のみ、被験物質を作用させ、その後は被験物質を作用させずに成熟腸管上皮細胞に分化させ、得られた成熟腸管上皮細胞の評価を行っても良い。
【0081】
腸管上皮細胞を構成する細胞に関連する遺伝子としては、具体的には、吸収上皮細胞に関連する遺伝子として、Villin、SI、ALPI、CD10杯細胞に関連する遺伝子として、MUC2、内分泌細胞に関連する遺伝子として、REG4、CHGA/B、パネート細胞に関連する遺伝子として、LYZ、DEF5/6、M細胞に関連する遺伝子として、GP2、タフト細胞に関連する遺伝子として、DCLK1を挙げることが出来るが、これらに限定されない。また、腸管上皮細胞を構成する細胞に関連するタンパク質としては、具体的には、吸収上皮細胞に関連するタンパク質として、Villin、SI、ALPI、CD10、杯細胞に関連するタンパク質として、MUC2、内分泌細胞に関連するタンパク質として、REG4、CHGA/B、パネート細胞に関連するタンパク質として、Lysozyme、Defensin 5/6、M細胞に関連するタンパク質として、GP2、タフト細胞に関連するタンパク質としてDCLK1を挙げることが出来るが、これらに限定されない。
【0082】
各遺伝子の発現量は、当業者に公知の方法により測定することができる。例えば、細胞から情報によりmRNAを調製し、発現の有無や程度を確認したい遺伝子についてqRT-PCRを行い、それぞれの遺伝子発現を解析することができる。
【0083】
各タンパク質の発現量は、当業者に公知の方法により測定することができる。例えば、各マーカータンパク質に特異的に結合する抗体を用いたFACS解析(フローサイトメトリー)、酵素結合免疫吸着検定法(ELISA)を用いることができる。
【0084】
また、上記分化の指向性の評価に加えて、得られた被験物質を作用させながら得られた成熟腸管上皮細胞のバリア機能を評価することもできる。分化の指向性の評価単独の結果消化管に対する毒性を評価してもよいし、分化の指向性の評価とバリア機能の評価を総合し消化管に対する毒性評価とすることもできる。
【0085】
バリア機能の測定には、経上皮電気抵抗(TEER)測定装置を用いることができる。使用できる測定装置としては、例えば、EVOM2(登録商標)Epithelial Volt/Ohm (TEER) Meter(WORLD PRECISION INSTRUMENTS)などが挙げられる。
【0086】
以下の実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例の範囲に限定されるものではない。
【実施例0087】
<比較例1>
ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞であるF-hiSIEC(登録商標,富士フイルム(株))を取扱説明書に従い、8日間F-hiSIEC Culture medium中で培養することにより成熟化し、成熟腸管上皮細胞を得た。
具体的には、24ウェルプレートにマトリゲル(Matrigel Matrix Growth Factor Reduced、メーカー:Corning)でコーティングしたセルカルチャーインサート(メーカー:MerckMillipore)をセットし、室温で30分静置した。マトリゲルをセルカルチャーインサートから抜き取り、F-hiSIEC Seeding mediumをセルカルチャーインサートに75μL/well、24ウェルプレート600μL/well添加した。ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞であるF-hiSIECを37℃のウオーターバスで融解し、細胞懸濁液を回収し、室温にて、200×gで5分間遠心したのち、上記セルカルチャーインサートに1.0×105cells/wellの細胞密度で播種した。その後、0.05% DMSO(ジメチルスルホキシド)を含むF-hiSIEC Culture mediumで、1日おきに培地交換し、37℃ 5%CO2インキュベーターで8日間培養し、成熟腸管上皮細胞を得た。
【0088】
<実施例1>
被験物質としてLY-41157(メーカー:Chemscene, CS-0309)を含む0.05%DMSO含有培地を用いたこと以外は比較例1と同様に培養を行い、成熟腸管上皮細胞を得た。
【0089】
<実施例2>
被験物質としてLY-450139(Semagacestat)(メーカー:MedChemExpress, HY-10009)を含む0.05%DMSO含有培地を用いたこと以外は比較例1と同様に培養を行い、成熟腸管上皮細胞を得た。
【0090】
<実施例3>
被験物質としてTarenflurbil(Flurizan)(メーカー:MedChemExpress, HY-10291)を含む0.05%DMSO含有培地を用いたこと以外は比較例1と同様に培養を行い、成熟腸管上皮細胞を得た。
【0091】
<試験例1>
比較例1、実施例1~3の腸管上皮細胞から試験終了日に、RNeasy(登録商標)Mini Kit(Qiagen)を用いてRNAを抽出した。操作は、添付マニュアルに従った。逆転写反応として、相補的DNA(cDNA)の合成は、High capacity RNA-to-cDNA Kit(applied biosystems)を使用した。操作は添付マニュアルに従った。リアルタイム逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(Real-Time RT-PCR)は、TaqMan(登録商標) Gene Expression Master Mix(applied biosystems)を用い、cDNAを鋳型にして行った。操作はマニュアルに従った。内在性コントロールとしてリボソームの18Sを用い、測定結果を補正した。種々の遺伝子のプローブを用いてmRNAの発現量を見積もった。結果を表1に示す。表1における数値は、比較例1の遺伝子発現量を1としたときの相対発現量を示す。
【0092】
【0093】
試験例1の結果、実施例1および2は、比較例1と比較して吸収上皮マーカーであるSIおよびALPIの発現が濃度依存的に低下し、杯細胞マーカーであるMUC2の発現が濃度依存的に上昇した。一方、実施例3は、吸収上皮マーカーおよび杯細胞マーカーの発現は、比較例1と同程度であった。すなわち、LY-41157およびLY-450139は、吸収上皮細胞への分化指向性が低く、杯細胞への分化指向性が高いことがわかり、消化管毒性が生じる可能性がある薬剤であることが判断できる。実際に、LY-41157およびLY-450139が消化管毒性を示す薬剤として知られていることとも整合する。
【0094】
<試験例2>
比較例1、実施例1~3の腸管上皮細胞について、試験終了日に細胞のバリア機能(transepithelial electrical resistance:TEER)を測定した。TEERはEVOM2(登録商標)Epithelial Volt/Ohm (TEER) Meter(WORLD PRECISION INSTRUMENTS)を用いて測定した。操作はマニュアルに従った。結果を表2に示す。
【0095】