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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022129901
(43)【公開日】2022-09-06
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/62 20060101AFI20220830BHJP
   F16C 33/32 20060101ALI20220830BHJP
   F16C 33/44 20060101ALI20220830BHJP
   F16C 33/58 20060101ALI20220830BHJP
   B64C 27/08 20060101ALI20220830BHJP
   B64C 39/02 20060101ALI20220830BHJP
【FI】
F16C33/62
F16C33/32
F16C33/44
F16C33/58
B64C27/08
B64C39/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021028770
(22)【出願日】2021-02-25
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】多田 晶美
(72)【発明者】
【氏名】土田 良恵
【テーマコード(参考)】
3J701
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA12
3J701AA13
3J701AA15
3J701AA16
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA54
3J701AA62
3J701BA01
3J701BA10
3J701BA21
3J701BA50
3J701BA51
3J701BA53
3J701BA54
3J701BA70
3J701CA06
3J701DA05
3J701DA20
3J701EA01
3J701EA02
3J701EA03
3J701EA04
3J701EA06
3J701EA10
3J701EA31
3J701EA33
3J701EA42
3J701EA43
3J701EA44
3J701EA53
3J701FA60
3J701GA24
3J701GA60
3J701XB03
3J701XB33
3J701XE03
3J701XE13
(57)【要約】
【課題】電動垂直離着陸機において、駆動部の軽量化が図れるとともに、回転軸を長期において安定して支持可能な転がり軸受を提供する。
【解決手段】転がり軸受11は、回転翼および該回転翼を回転させるモータ5を有する駆動部を複数備え、回転翼の回転によって飛行する電動垂直離着陸機に搭載され、内輪12と、外輪13と、内輪12および外輪13の間に介在する複数の転動体14と、これら転動体14を保持する保持器15とを備え、駆動部における回転軸を支持する軸受であり、内輪12、外輪13、転動体14、および保持器15から選ばれる少なくとも一つの軸受部材が鉄系材料よりも軽量な金属材料からなる。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転翼および該回転翼を回転させるモータを有する駆動部を複数備え、前記回転翼の回転によって飛行する電動垂直離着陸機に搭載される転がり軸受であって、
前記転がり軸受は、内輪と、外輪と、該内輪および外輪の間に介在する複数の転動体と、これら転動体を保持する保持器とを備え、
前記駆動部における回転軸を支持する軸受であり、前記内輪、前記外輪、前記転動体、および前記保持器から選ばれる少なくとも一つの軸受部材が鉄系材料よりも軽量な金属材料からなることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記金属材料がチタン合金であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記軸受部材の表面にプライマリα相の結晶粒とセカンダリα相の結晶粒が含まれており、前記表面からの深さに応じて酸素濃度が連続的に減少する酸素拡散層が設けられていることを特徴とする請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記軸受部材の前記表面は酸素濃度0.8質量%以上に酸素を固溶し、前記表面の硬さが550Hv以上であることを特徴とする請求項3記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記軸受部材が前記内輪および前記外輪であることを特徴とする請求項2から請求項4までのいずれか1項記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記転動体が、窒化ケイ素、炭化ケイ素、ジルコニア、またはアルミナを主成分とするセラミックス製転動体であることを特徴とする請求項5記載の転がり軸受。
【請求項7】
前記転がり軸受の前記内輪の内径形状または前記外輪の外径形状の少なくとも1つの形状が、該転がり軸受が設けられる装置ハウジングの嵌合部の形状と同一の形状を有することを特徴とする請求項1から請求項6までのいずれか1項記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の回転翼の回転によって飛行する電動垂直離着陸機に搭載される転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、道路網の発達とともに、移動手段として自動車が世界的に広く使用されている。一方で、日本を含む多くの国では都市部への人口集中が進んでおり、過密化が進む都市部では、自動車による交通渋滞が深刻な社会問題になっている。このような交通渋滞によって膨大な労働力が失われているといわれている。
【0003】
また近年、道路網は発達しているものの、山岳地や過疎地などでは未だ道路が十分に整備されていない地域も多い。さらに、日本では将来的な人口減少が問題視されており、今後、地方における道路整備なども課題になってくる。一方、地震などの自然災害時には道路が寸断されるケースもあり、そのような事態には自動車による移動が困難な場合もある。
【0004】
このような様々な事情から、自動車に代わる持続可能な新たな移動手段が求められつつある。近年では、移動手段として飛行可能な自動車、いわゆる空飛ぶクルマが注目されている。空飛ぶクルマは、上記の社会的問題の解消に期待されており、地域内移動、地域間移動、観光・レジャー、救急医療、災害救助など、様々な場面での活用が期待されている。日本では「空の移動革命に向けた官民協議会」が開催され、2018年に空飛ぶクルマの実現に向けたロードマップが取りまとめられており、実現化に向けて検討が進められている。
【0005】
空飛ぶクルマとしては、垂直離着陸機(VTOL;Vertical Take-Off and Landing aircraft)が注目されている。垂直離着陸機は、空と離発着場を垂直に昇降できることから、滑走路が必要とならず、利便性に優れる。特に、近年ではCOの削減に向けた社会的要請などからバッテリとモータで飛行するタイプの電動垂直離着陸機(eVTOL)が開発の主流となっている。
【0006】
電動垂直離着陸機は、さらにマルチコプタータイプと固定翼付きタイプに大別される。マルチコプタータイプは短距離の飛行に適しており、コンパクトなサイズで部品点数が少ないことを特徴としている。マルチコプターは、主に、回転翼および該回転翼を回転させるモータを有する複数の駆動部と、乗員が乗車する本体部とを有する(例えば特許文献1参照)。マルチコプターは、回転翼の回転によって生じる揚力で浮上し、複数の回転翼の回転数を制御することでバランスを取り、飛行姿勢を制御する。一方、固定翼付きタイプは短距離に限らず、中距離での飛行にも活用できるとされているが、社会実装は、開発コストや認証コストが少ないマルチコプタータイプから先に進むといわれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-132098号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、電動垂直離着陸機は飛行体であるため、航空機やヘリコプターなどの他の飛行体と同様、可及的に軽量化することが求められる。ここで、電動垂直離着陸機は、他の飛行体に比べて特に小型であるため、機体重量に占める各部品の重量比率が大きい。そのため、電動垂直離着陸機にとって、部品の軽量化による効果は特に大きいと考えられる。
【0009】
電動垂直離着陸機の軽量化を考慮した場合、乗員が乗車する本体部は、安全性確保の面から軽量化が図りにくいと考えられる。一方、駆動部は複数備えられていることから、駆動部を軽量化することで機体重量を効果的に低減できる。特に、駆動部において回転軸を支持する転がり軸受は、駆動部毎に複数設けられる場合が多く、該転がり軸受は軽量化において重要な役割を占めると考えられる。
【0010】
また、マルチコプターは、飛行時には、複数の回転翼の回転を制御することによって飛行姿勢を制御している。そのため、安定した飛行の面でも転がり軸受の役割は重要である。
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、電動垂直離着陸機において、駆動部の軽量化が図れるとともに、回転軸を安定して支持可能な転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の転がり軸受は、回転翼および該回転翼を回転させるモータを有する駆動部を複数備え、上記回転翼の回転によって飛行する電動垂直離着陸機に搭載される転がり軸受であって、上記転がり軸受は、内輪と、外輪と、該内輪および外輪の間に介在する複数の転動体と、これら転動体を保持する保持器とを備え、上記駆動部における回転軸を支持する軸受であり、上記内輪、上記外輪、上記転動体、および上記保持器から選ばれる少なくとも一つの軸受部材が鉄系材料よりも軽量な金属材料からなることを特徴とする。
【0013】
上記金属材料がチタン合金であることを特徴とする。
【0014】
上記軸受部材の表面にプライマリα相の結晶粒とセカンダリα相の結晶粒が含まれており、上記表面からの深さに応じて酸素濃度が連続的に減少する酸素拡散層が設けられていることを特徴とする。
【0015】
上記軸受部材の上記表面は酸素濃度0.8質量%以上に酸素を固溶し、上記表面の硬さが550Hv以上であることを特徴とする。
【0016】
上記軸受部材が上記内輪および上記外輪であることを特徴とする。
【0017】
上記転動体が、窒化ケイ素、炭化ケイ素、ジルコニア、またはアルミナを主成分とするセラミックス製転動体であることを特徴とする。
【0018】
上記転がり軸受の上記内輪の内径形状または上記外輪の外径形状の少なくとも1つの形状が、該転がり軸受が設けられる装置ハウジングの嵌合部の形状と同一の形状を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明の転がり軸受は、電動垂直離着陸機に搭載され、駆動部における回転軸を支持する軸受であり、内輪、外輪、転動体、および保持器から選ばれる少なくとも一つの軸受部材が鉄系材料よりも軽量な金属材料からなるので、駆動部の軽量化が図れるとともに、回転軸を安定して支持することができる。駆動部の軽量化が図れることで、省エネルギー化に加え、姿勢制御の機敏性にも繋がり、例えば目標姿勢への到達時間が短くなり快適な飛行にも繋がる。
【0020】
上記金属材料がチタン合金であり、鉄系材料に比べて軽量でありながら、機械的強度に優れ、かつ、耐腐食性能および耐電食性能を有することから、外的環境に曝される駆動部の軸受材料に適しており、回転軸を長期において安定して支持できる。
【0021】
軸受部材の表面にプライマリα相の結晶粒とセカンダリα相の結晶粒が含まれており、表面からの深さに応じて酸素濃度が連続的に減少する酸素拡散層が設けられているので、結晶粒の平均粒径が微細化されることによって疲労強度が改善される。また、酸素拡散層によって軸受部材の所定部位の表面における表面の硬さが改善され、該表面における耐荷重性を高め、軸受が受ける荷重などによる該表面の塑性変形量を少なくして圧痕などの形成を防止するとともに、耐摩耗性を向上でき、かつ軸受部材の疲労強度を向上できる。
【0022】
内輪および外輪がチタン合金からなり、さらに、転動体が、窒化ケイ素、炭化ケイ素、ジルコニア、またはアルミナを主成分とするセラミックス製転動体であるので、駆動部の軽量化が一層図れるとともに、セラミックスの絶縁性およびチタン合金の組み合わせによって軸受内の通電を防止し、電食を一層防止できる。
【0023】
転がり軸受の内輪の内径形状または外輪の外径形状の少なくとも1つの形状が、該転がり軸受が設けられる装置ハウジングの嵌合部の形状と同一の形状を有するので、転がり軸受を装置(例えば駆動部のモータ)に組み込む際に、装置ハウジングの嵌合部の形状に、該転がり軸受の形状を合わせるための軸受ハウジングが別途必要にならず、部品点数を削減できる。その結果、駆動部の軽量化を一層図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の転がり軸受が搭載される電動垂直離着陸機の斜視図である。
図2】電動垂直離着陸機の駆動部におけるモータの一部断面図である。
図3】本発明の転がり軸受の一形態を示す拡大断面図である。
図4】本発明の転がり軸受の他の形態を示す拡大断面図である。
図5】酸素拡散層の深さと酸素濃度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の転がり軸受が搭載される電動垂直離着陸機について、図1に基づいて説明する。図1に示す電動垂直離着陸機1は、機体中央に位置する本体部2と、前後左右に配置された4つの駆動部3を有するマルチコプターである。駆動部3は、電動垂直離着陸機1の揚力および推進力を発生させる装置であり、駆動部3の駆動によって電動垂直離着陸機1が飛行する。電動垂直離着陸機1において駆動部3は複数あればよく、4つに限定されない。
【0026】
本体部2は乗員(例えば1~2名程度)が搭乗可能な居住空間を有している。この居住空間には、進行方向や高度などを決めるための操作系や、高度、速度、飛行位置などを示す計器類などが設けられている。本体部2からは4本のアーム2aがそれぞれ延び、各アーム2aの先端に駆動部3が設けられている。図1において、アーム2aには、回転翼4を保護するため、回転翼4の回転周囲を覆う円環部が一体に設けられている。また、本体部2の下部には、着陸時に機体を支えるスキッド2bが設けられている。
【0027】
駆動部3は、回転翼4と、該回転翼4を回転させるモータ5とを有する。駆動部3において、回転翼4はモータ5を挟んで軸方向両側に一対設けられている。各回転翼4は、径方向外側へ延びる2枚の羽根をそれぞれ有する。なお、回転翼4は、羽根型の回転翼に限らず、螺旋状の回転翼であってもよい。
【0028】
本体部2には、バッテリ(図示省略)および制御装置(図示省略)が設けられている。制御装置はフライトコントローラとも呼ばれる。電動垂直離着陸機1の制御は、制御装置によって、例えば以下のように実施される。制御装置が、現姿勢と目標姿勢の差から揚力を調整すべきモータ5に回転数変更の指令を出力する。その指令に基づいて、モータ5に備えられたアンプがバッテリからモータ5へ送る電力量を調整し、モータ5(および回転翼4)の回転数が変更される。また、モータ5の回転数の調整は、複数のモータ5に対して、同時に実施され、それによって機体の姿勢が決まる。
【0029】
図2は、駆動部におけるモータの一部断面図を示している。図2において、モータ5の回転軸7の一端側(図上側)には上述の回転翼が取り付けられ、他端側(図下側)にはロータが取り付けられる。ロータは、ハウジングに固定されたステータに対向配置され、該ステータに対して回転可能になっている。なお、モータ5は、アウターロータ型のブラシレスモータや、インナーロータ型のブラシレスモータの構成を採用できる。
【0030】
図2において、モータ5は、ハウジング(装置ハウジング)6と、ロータ(図示省略)と、ステータ(図示省略)と、アンプ(図示省略)と、2個のアンギュラ玉軸受11、11とを備える。ハウジング6は外筒6aと内筒6bを有し、これらの間には冷却媒体流路6cが設けられている。この流路6cに冷却媒体を流すことにより、過度の温度上昇を防止できる。ハウジング6の材質は特に限定されず、例えば鉄系材料やCFRP(炭素繊維強化プラスチック)などを用いることができる。
【0031】
また、アンギュラ玉軸受11は、ハウジング6内で回転軸7を回転自在に支持している。図2において、アンギュラ玉軸受11の外輪13の外径形状は、ハウジング内周の嵌合部と同一の形状であり、ハウジング6に対して、軸受ハウジングなどを介さずに直接嵌合される。アンギュラ玉軸受11および11の間には内輪間座8、外輪間座9が挿入され、予圧が印加されている。
【0032】
図2に示すように、外輪間座9には、アンギュラ玉軸受11の冷却および潤滑のために潤滑油を噴射するためのノズル部材10が設けられている。ノズル部材10は、外部の潤滑油供給装置(図示省略)から供給されるエアオイルを軸受空間に導く潤滑油流路を内部に有する。潤滑油流路は、先端が軸受空間に向かって開口したノズル孔と、このノズル孔に連通する流入孔とからなる。潤滑油供給装置は、潤滑油と圧縮空気を混合してエアオイルを送り出す装置である。
【0033】
アンギュラ玉軸受11の回転時には、潤滑油供給装置からエアオイルが所定間隔毎に所定量(例えば0.01~0.03mm/3~10min)供給される。エアオイルは、ハウジング6の潤滑油供給路からノズル部材10の流入孔に入り、ノズル孔から内輪12の軌道面に向かって噴射される。その結果、内輪12の軌道面や外輪13の軌道面などが潤滑される。なお、潤滑方式は、エアオイル潤滑に限らず、オイルミスト潤滑でもよい。オイルミスト潤滑では、霧状にした潤滑油を圧縮空気で混合した潤滑用の混合気体(オイルミスト)を軸受に供給することで潤滑させる。
【0034】
図2では、2個のアンギュラ玉軸受11、11が背面組合せ(DB組合せ)で設置されているが、これに限らず、正面組合せ(DF組合せ)であってもよい。また、モータ5における転がり軸受の数は特に限定されず、1個でも2個以上でもよい。
【0035】
図2に示すアンギュラ玉軸受11が本発明の転がり軸受に相当する。アンギュラ玉軸受11は、内輪12、外輪13、玉14、および保持器15から選ばれる少なくとも一つの軸受部材が鉄系材料よりも軽量な金属材料からなることを特徴としている。上記軸受部材に軽量な金属材料を用いることで、その軸受部材に鉄系材料を用いた場合よりも飛行安定係数が小さくなり、飛行を安定させることができると考えられる。
【0036】
本明細書において、飛行安定係数を、飛行体の機体重量X(kg)に対する転がり軸受の重量A(kg)の比率(A/X)と定義する。なお、転がり軸受の重量Aは、複数の駆動部に搭載される転がり軸受の重量を全て合わせた総重量をさす。上記比率(A/X)が低い方が、機体をより制御しやすく、安定した飛行が可能と考えられる。例えば、ジャンボジェット機の場合は、軸受重量Aに対して機体重量X(例えば100000~200000kg程度)が十分に大きいため、軸受材料が鉄系材料でも安定した飛行を可能としており、軸受材料の軽量化の効果は小さいと考えられる。また、ヘリコプターの場合も、軸受重量Aに対して機体重量X(例えば2000kg~4000kg)が十分に大きい。
【0037】
一方、電動垂直離着陸機の場合は、ジャンボジェット機などに比べて機体重量X(例えば100~300kg程度)が極めて小さい。そのため、ジャンボジェット機などに比べて上記比率(A/X)の値は大きく、例えば1/100以上である。その反面、転がり軸受の軽量化が機体全体の軽量化に及ぼす効果は大きいと考えられる。つまり、電動垂直離着陸機において、転がり軸受の軽量化に伴う飛行安定係数の変化量は、ジャンボジェット機などに比べて大きいといえる。したがって、軸受部材に軽量な金属材料を用いることによる飛行安定化の効果は大きく、飛行安定係数を大幅に低減でき、飛行の安定化に繋がると考えられる。
【0038】
本発明に用いる軽量な金属材料としては、チタン合金、アルミニウム合金、マグネシウム合金などが挙げられる。これらの中でもチタン合金を用いることが好ましい。電動垂直離着陸機の駆動部に搭載される転がり軸受の軸受部材としてチタン合金を用いることで、軽量化に加えて、以下のような効果も期待できる。
【0039】
第1に、電動垂直離着陸機の駆動部は、外部環境に曝された状態で設置される。また、電動垂直離着陸機は雨風の中でも飛行することが予想される。そのため、耐食性に優れるチタン合金を用いることで、駆動部が雨風に曝された場合であっても腐食の懸念を低減できる。
【0040】
第2に、モータの回転軸を支持する軸受では、モータに流れる電流が転がり軸受に通電し、玉と内外輪の軌道面との間でスパークを発生し、溶融を伴う電食が問題になる場合がある。電動垂直離着陸機は、ドローンに比べて、モータが高容量化され電食が懸念される。これに対して、鉄系材料よりも電気抵抗率が大きいチタン合金を用いることで電食を低減できる。
【0041】
第3に、近年では航空機の機体について軽量化を図るため、CFRPを採用する動きが加速しており、電動垂直離着陸機の機体や装置ハウジングなどについてもCFRPの採用が予想される。CFRP中の炭素繊維は、電気を通す高電位材料である。そのため、炭素繊維よりも低電位な金属と接触した状態で成型された部品は、水分に触れるとガルバニック反応を起こし、電位の低い金属側に電位差腐食(ガルバニック腐食)が生じる。また、CFRPを用いた場合、他部材との熱膨張係数の違いによる歪みなども問題になる。これに対して、チタン合金はCFRPと物理的性質が近く、CFRPとの適合性に優れるため、CFRPを用いることによる不都合を解消できる。
【0042】
本発明では、チタン合金として、例えばα+β型チタン合金、α型チタン合金を用いることができる。α+β型チタン合金は、室温においてα相とβ相との二相組織を呈するチタン合金であり、例えば、Ti-6Al-4V合金(64チタン合金ともいう)、Ti-6Al-2Sn-4Zr-6Mo合金などが挙げられる。
【0043】
α型チタン合金は、室温においてα相の単相組織を呈するチタン合金である。α型チタン合金としては、例えば、Ti-5Al-2.5Sn合金、Ti-8Al-1Mo-1V合金などを用いることができる。
【0044】
上記チタン合金の中でも、強度、延性、疲労強度、耐熱性、加工性などの特性がバランスよく備わった64チタン合金を用いることが好ましい。64チタン合金は、5.50質量%以上6.75質量%以下のアルミニウム(Al)と、3.50質量%以上4.50質量%以下のバナジウム(V)と、0.40質量%以下の鉄(Fe)と、0.08質量%以下の炭素(C)と、0.05質量%以下の窒素(N)と、0.015質量%以下の水素(H)と、0 .20質量%以下の酸素(O)と、残部を構成するチタン(Ti)とを含む。
【0045】
本発明の転がり軸受の詳細について、図3を用いて説明する。図3に示すように、アンギュラ玉軸受11は、外周面12aに軌道面12bを有する内輪12と、内周面13aに軌道面13bを有する外輪13と、内輪12の軌道面12bと外輪13の軌道面13bとの間を転動する玉(転動体)14と、玉14を転動自在に保持する保持器15とを備える。内輪12および外輪13と、玉14とは径方向中心線に対して所定の角度θ(接触角)を有して接触しており、ラジアル荷重と一方向のアキシアル荷重を負荷できる。
【0046】
図3では、軌道輪が鉄系材料よりも軽量な金属材料により構成されている。具体的には、内輪12および外輪13がチタン合金により構成されている。さらにアンギュラ玉軸受11では、内輪12の外周面12a(軌道面12bを含む)および外輪13の内周面13a(軌道面13bを含む)の表面に、酸素を固溶した酸素拡散層16が形成されている。酸素拡散層16は、後述の図5に示すように、酸素濃度が表面からの深さに応じて連続的に減少する層である。
【0047】
酸素拡散層16の深さは、例えば0.05mm以上であり、好ましくは0.1mm以上であり、より好ましく0.2mm以上である。
【0048】
酸素拡散層16の表面の酸素濃度は特に限定されないが、0.8質量%以上であることが好ましく、1.4質量%以上であることがより好ましい。酸素濃度の上限は、例えば6質量%に設定される。また、酸素拡散層中における窒素濃度は、0.5質量%以下が好ましい。この場合、酸素拡散層中に窒素が含まれていなくてもよい。なお、チタン合金中における酸素濃度および窒素濃度は、例えば、EPMA(電子線マイクロアナライザ)により測定される。
【0049】
また、酸素拡散層16の表面の硬さは特に限定されないが、550Hv以上であることが好ましく、600Hv以上であることがより好ましい。酸素拡散層16の表面の硬さの上限は、例えば1500Hvに設定される。なお、硬さは、JIS Z 2244:2009に規定されているビッカース硬さ試験法にしたがって測定される。
【0050】
酸素拡散層16は、チタン合金に酸素を浸酸工程で固溶させることにより形成される。酸素を固溶させるチタン合金の表面(素地面)は、プライマリα相とセカンダリα相とを含有することが好ましい。プライマリα相は、溶体化処理工程などにおいてもβ相に変態することなく残存したα相である。また、セカンダリα相は、溶体化処理工程で生じたβ相を冷却することで、マルテンサイト変態またはマッシブ変態により形成される相である。セカンダリα相には、hcp構造を有するα’相と、斜方晶構造を有するα’’相とがある。
【0051】
なお、プライマリα相の結晶粒とセカンダリα相の結晶粒とは、形状により識別することができる。プライマリα相の結晶粒は楕円形状を有しており、セカンダリα相の結晶粒は針状の形状を有している。
【0052】
また、各々のα結晶粒は、結晶方位により識別される。具体的には、任意のα結晶相の結晶方位と該α結晶相に隣接する別のα結晶相の結晶方位とのずれが15°未満である場合には、それらのα結晶相は、1つのα結晶粒とみなされる。一方で、両者の結晶方位のずれが15°以上である場合には、それらのα結晶相は、別々のα結晶粒とみなされる。結晶方位の測定(各々のα結晶粒界の特定)は、例えば、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法を用いて行われる。
【0053】
酸素拡散層16は、表面のEBSD観察画像において、結晶方位差15°以上で粒界として規定し、EBSD画像の全領域に対し、結晶粒の面積が大きい結集粒から降順に面積を足し合わせ、EBSD画像領域中の全結晶粒面積の70%に到達した結晶粒までの結晶粒径の平均値を求めた際の平均粒径が25μm以下の結晶粒で構成されることが好ましい。さらに、上記平均粒径は15μm以下であることがより好ましい。
【0054】
本発明において、酸素拡散層の好ましい具体的な構成として、例えば以下の(1)、(2)が挙げられる。
(1)酸素拡散層中における酸素濃度は、表面において1.0質量%以上6.0質量%以下であり、かつ表面からの距離が0.05mmとなる位置において0.6質量%以上4.0質量%以下である。さらに、酸素拡散層の硬さは、表面において600Hv以上1500Hv以下であり、表面からの距離が0.05mmとなる位置において500Hv以上1250Hv以下である。
(2)酸素拡散層の表面は酸素濃度0.8質量%以上の酸素を固溶し、表面の硬さが550Hv以上である。
【0055】
図3において、玉14には鉄系材料やセラミックス材料を用いることができる。鉄系材料としては、軸受部材として一般的に用いられる任意の鋼材などを使用できる。例えば、高炭素クロム軸受鋼(SUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など;JIS G 4805)、浸炭鋼(SCr420、SCM420など;JIS G 4053)、ステンレス鋼(SUS440Cなど;JIS G 4303)、冷間圧延鋼などを用いることができる。軌道輪のチタン合金に組み合わせて、玉14として、窒化ケイ素、炭化ケイ素、ジルコニアまたはアルミナを主成分とするセラミックス製の玉を用いることで、軽量化および電食防止に一層優れる。
【0056】
また、図3において、保持器15としては、材質や形態が特に限定されず、周知のものを使用できる。例えば、保持器15として、周知の金属製保持器または樹脂製保持器であり、リング状の周方向に等間隔でポケットが形成されたものを使用できる。
【0057】
酸素拡散層16の形成箇所は、図3の構成に限定されない。例えば、図3の形成箇所に加えて、内輪12の幅面12c、外輪13の幅面13cにも酸素拡散層を形成してもよい。また、玉14をチタン合金で構成して、その玉の表面にも酸素拡散層を形成してもよい。
【0058】
図4には、本発明の転がり軸受の他の形態を示す。図4では、保持器がチタン合金により構成されている。保持器25のポケット面25aを含む全周囲の表面に酸素拡散層26が形成されている。酸素拡散層26としては、上述の酸素拡散層を用いることができる。なお、保持器25に酸素拡散層26を形成する構成は、図4に限らない。例えば、ポケット面25aと保持器案内面の組み合わせなど、高硬度が必要となる面に選択的に設けてもよい。なお、保持器25の一部に酸素拡散層を形成する場合は、その一部分にマスキングを施して浸酸処理を行う。
【0059】
図4において、内輪22、外輪23には、鉄系材料やチタン合金を用いることができる。また、玉24には鉄系材料や、チタン合金、セラミックス材料を用いることができる。なお、これらにチタン合金を用いる場合、必要に応じて、その軌道輪や玉の表面に酸素拡散層を設けてもよい。
【0060】
また、図4において、必要に応じて、ポケット面と転動体、保持器案内面と軌道輪案内面間のすべり運動に対する潤滑性向上のため、銀メッキ処理などにより保持器表面に固体潤滑剤層が設けられてもよい。固体潤滑剤として、Au、Ag、Sn、Pb、Cuなどが挙げられる。また、潤滑性のある高分子材料としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂などのフッ素樹脂が挙げられる。
【0061】
上述したような、チタン合金製の軸受部材であって、表面にプライマリα相とセカンダリα相が含まれており、さらに酸素拡散層が設けられた部材は、以下に示す準備工程、溶体化処理工程、時効処理工程、浸酸処理工程、後処理工程を経ることで得られる。
【0062】
準備工程においては、α+β型チタン合金またはα型チタン合金からなる部材を、特定の軸受部材(内輪、外輪、転動体、および保持器から選ばれる少なくとも一つ)の最終製品の寸法に近い寸法の形状にまで切削加工を行なう。
【0063】
溶体化処理工程では、準備工程で加工した対象部材を所定の温度と時間、炉中で加熱保持する。この温度は、対象部材を構成するチタン合金のβ単相変態点よりも低い温度である。なお、β単相変態点とは、対象部材を構成するチタン合金中のα相の全てがβ相に変態する温度である。この加熱保持によって、対象部材を構成するチタン合金中のα相の一部が、β相へと変態する。また、炉内は常圧下で、不活性ガスとしてアルゴン、ヘリウム、窒素などが導入される。炉中での加熱保持の後、対象部材の冷却が行われる。これにより、加熱保持でβ相に変態したα相がセカンダリα相となる。
【0064】
時効処理工程では、対象部材が所定の温度と時間保持された後、冷却される。この温度は、対象部材を構成するチタン合金のβ変態開始点よりも低い温度である。β変態開始点とは、チタン合金中のα相の少なくとも一部が、β相への変態を開始する温度である。加熱保持する際、炉内は常圧下で、不活性ガスとしてアルゴンなどが導入される。この工程によって、α相に変態していないβ相から、微細なセカンダリα相の結晶粒が析出される。
【0065】
浸酸処理工程は、対象部材を所定の温度と時間保持することにより行われる。より具体的には、常圧下の炉内に不活性ガス(アルゴンガスなど)をベースとしたCOガスを導入し、対象部材を炉内にて加熱保持後、冷却する。チタン合金からなる対象部材をCOガス雰囲気下で加熱すると、部材表面でCOガスがOとCに解離し、これらの元素が表面から内部に拡散浸透する。この場合、炭素は、酸素と比較してチタン中における固溶限が狭いため、対象部材の固溶強化にはほとんど影響しない。
【0066】
浸酸処理工程後、特定の寸法精度に仕上げるため、旋削や研磨などの後処理工程を行う。浸酸処理では、素材の表層部にチタンの酸化物(TiOなど)膜が形成される。この酸化物膜は、硬さは高いものの脆性的であるため、後処理工程の機械加工にて除去される。
【0067】
例えば、図5には後処理工程前の対象部材の酸素濃度分布を示している。この部材の表層にはチタンの酸化物膜があり、該酸化物膜を後処理工程で除去する。その結果、表面に酸素拡散層が形成された軸受部材が得られる。そのため、図5に示される後処理工程前の対象部材の表面から除去された位置(図中の位置P)における酸素濃度(図中の濃度A)および硬度が、実際の表面の酸素濃度および硬度に相当する。なお、後処理工程の機械加工は、硬化層である酸素拡散層を可能な限り除去しない範囲で行うことが好ましく、一般的に取り代は0.10mm未満である。
【0068】
上記図3および図4では、本発明の転がり軸受としてアンギュラ玉軸受を示したが、これに限らず、深溝玉軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受なども用いることができる。
【0069】
なお、駆動部における軸受構成は、図2の構成に限定されない。図2では、モータの回転軸と回転翼の回転軸とを同一の回転軸としたが、モータの回転軸と回転翼の回転軸とが伝達機構を介して接続された構成であってもよい。この場合、駆動部における回転軸を支持する転がり軸受は、モータの回転軸を支持する転がり軸受でもよく、回転翼の回転軸を支持する転がり軸受でもよい。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の転がり軸受は、電動垂直離着陸機において、駆動部の軽量化が図れるとともに、回転軸を安定して支持可能であるので、電動垂直離着陸機に搭載される転がり軸受として広く利用できる。
【符号の説明】
【0071】
1 電動垂直離着陸機
2 本体部
3 駆動部
4 回転翼
5 モータ
6 ハウジング
7 回転軸
8 内輪間座
9 外輪間座
10 ノズル部材
11 転がり軸受
12 内輪
13 外輪
14 玉
15 保持器
16 酸素拡散層
21 転がり軸受
22 内輪
23 外輪
24 玉
25 保持器
26 酸素拡散層
図1
図2
図3
図4
図5