(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022022747
(43)【公開日】2022-02-07
(54)【発明の名称】溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法
(51)【国際特許分類】
B01D 11/04 20060101AFI20220131BHJP
G01N 33/00 20060101ALI20220131BHJP
C22B 23/00 20060101ALN20220131BHJP
C22B 3/28 20060101ALN20220131BHJP
【FI】
B01D11/04 B
G01N33/00 B
C22B23/00 102
C22B3/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020115727
(22)【出願日】2020-07-03
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134979
【弁理士】
【氏名又は名称】中井 博
(74)【代理人】
【識別番号】100167427
【弁理士】
【氏名又は名称】岡本 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】金子 高志
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 寛人
【テーマコード(参考)】
4D056
4K001
【Fターム(参考)】
4D056AB06
4D056AC11
4D056AC13
4D056AC15
4D056AC22
4D056BA03
4D056CA17
4D056CA27
4D056CA39
4D056DA05
4K001AA07
4K001AA19
4K001DB27
4K001DB34
(57)【要約】
【課題】溶媒抽出法において、逆ミセルの形態で存在するエントレイメントの形成を適切に抑制できる溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法を提供する。
【解決手段】溶媒抽出法における逆ミセルの形成を抑制する方法であって、抽出処理に用いる有機相に対してスルホランを添加する。抽出処理に用いる有機相にスルホランを添加することにより、抽出操作により生じるエントレイメントの一種である逆ミセルの形成を抑制することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒抽出法における逆ミセルの形成を抑制する方法であって、
抽出処理に用いる有機相に対してスルホランを添加する
ことを特徴とする溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法。
【請求項2】
前記スルホランは、
前記抽出処理を行う前の有機相に含有する前記逆ミセルの形成に起因する逆ミセル形成起因物質1当量に対して0.1当量以上添加する
ことを特徴とする請求項1記載の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法。
【請求項3】
前記逆ミセル形成起因物質は、逆ミセル化率Ermに基づいて特定する
ことを特徴とする請求項2記載の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法。
【請求項4】
前記逆ミセル化率Ermは、
前記有機相に用いられる有機溶液を分取し、該分取した分取有機溶液を遠心分離に供して水分を除去して所定量の第一水分除去有機溶液を調製し、該第一水分除去有機溶液に対して所定量の水溶液を添加し分散させた水相分散有機溶液を調製した後、該水相分散有機溶液を遠心分離に供して水分を除去して第二水分除去有機溶液を調製し、
前記第一水分除去有機溶液の水分率をWbとし、前記第二水分除去有機溶液の水分率をWrmとし、
前記第二水相分散有機溶液における、前記第一水分除去有機溶液の水分率Wbから増加した水分率ΔWrmを求め、
(前記水溶液の体積)/{(前記第一水分除去有機溶液の体積)+(前記水溶液の体積)}から水分率W0を求め、
前記水分率Wrmと前記水分率W0の比に基づいて算出し、
前記逆ミセル形成起因物質は、
前記有機溶液、前記分取有機溶液または前記水溶液のうちいずれか1または2以上の溶液に対して添加した際の前記逆ミセル化率Ermに基づいて特定する
ことを特徴とする請求項3記載の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法。
【請求項5】
前記逆ミセル化率Ermは、下記式により算出する
ことを特徴とする請求項3または4記載の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法。
Erm=ΔWrm/W0
【請求項6】
前記スルホランの添加量の上限は、
前記逆ミセル形成起因物質1当量に対して10当量以下とする
ことを特徴とする請求項1乃至5記載の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法。
【請求項7】
前記スルホランは、
抽出処理を行う前の有機相に添加する
ことを特徴とする請求項1乃至6記載の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法。
【請求項8】
前記有機相が、
燐酸エステル系酸性抽出剤またはアミン系抽出剤である有機抽出剤を含む
ことを特徴とする請求項1乃至7記載の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法。
【請求項9】
前記逆ミセル形成起因物質が、ヘプタン酸である
ことを特徴とする請求項1乃至8記載の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法。
【請求項10】
前記溶媒抽出法が、非鉄金属の湿式製錬に使用される方法である
ことを特徴とする請求項1乃至9記載の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケルの湿式製錬法において、酸性水溶液中に含まれるニッケルとコバルトの分離は最も重要な技術要素である。通常、酸性水溶液中のニッケルとコバルトの分離は、各種の有機抽出剤を用いた溶媒抽出法によって実施されている。有機抽出剤としては、ニッケルとコバルトの優れた分離性能を有する、D2EHPA(Di-(2-ethylhexyl)phosphoricacid)等の燐酸エステル系酸性抽出剤や、TNOA(Tri-n-octylamine)等のアミン系抽出剤が用いられており、一般的に、アニオンが硫酸イオンの場合には燐酸エステル系酸性抽出剤が使用され、アニオンが塩化物イオンの場合にはアミン系抽出剤が使用されている。
【0003】
ここで、水溶液中の塩化物イオン濃度が高い場合(例えば、塩化物イオン濃度が200g/L以上の塩化物水溶液)、水溶液中において、コバルトはクロロ錯イオンを形成するのに対して、ニッケルはクロロ錯イオンを形成しない。このため、かかる水溶液に対しては、燐酸エステル系酸性抽出剤に比べてより高いコバルトとニッケルの分離係数を持つアミン系抽出剤の方が採用されている。
また、燐酸エステル系酸性抽出剤を用いる場合には、金属イオンの抽出によって抽出剤から水素イオンが放出されるため、水素イオンの発生を抑制するための中和剤を供給する必要があるほか、pHの変動によってクラッド(油水分離装置内で有機相と水相の中間に滞留・蓄積される金属の水酸化物等の固体であり、溶媒抽出の重要な技術要素である油水分離を大きく阻害する)が発生するといった問題が生じる。
【0004】
そこで、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液から溶媒抽出法によりコバルトを分離する際に用いられる有機抽出剤としては、アミン系抽出剤が採用されており、工業的には、抽出段、洗浄段および逆抽出段から構成される溶媒抽出処理として工業化されている。
アミン系抽出剤としては、1級アミン(RNH2)や2級アミン(R2NH)、3級アミン(R3N)が用いられる(なお、Rは任意の飽和又は不飽和炭化水素基を表す)。このようなアミン系抽出剤は、塩酸が付加されて活性化することにより、金属クロロ錯イオンの抽出能力を保有し、優れたニッケルとコバルトの分離特性を有する。
【0005】
まず、抽出段では、塩化ニッケル水溶液に含まれるCo、Cu、Zn、Fe等のクロロ錯イオンを形成する金属種がアミン系抽出剤を含む有機相中に抽出され、金属元素のクロロ錯イオンを担持したアミンが生成される。一方、塩化ニッケル水溶液中のニッケルは、クロロ錯イオンを形成しないことから、抽出残液に残留して分離される。
【0006】
次工程の洗浄段は、次工程の逆抽出段で産出される逆抽出液である純度の高い塩化コバルト水溶液を用いて、抽出段後の有機相を洗浄する工程である。つまり、抽出後の有機相を塩化コバルト水溶液で洗浄することにより、抽出段からエントレインメントとして持ち込まれる有機相中の塩化ニッケル水溶液を塩化コバルト水溶液で希釈・置換して、有機相中のニッケル濃度を低下させる工程である。なお、洗浄後に洗浄除去される水相は、ニッケルを含んだ塩化コバルト水溶液となるため、抽出始液に混合されて抽出段に繰り返される。
【0007】
最後の逆抽出段は、洗浄後の有機相、すなわちコバルトのクロロ錯イオンを担持したアミンを弱酸性水溶液(希塩酸等)と接触させることにより、コバルトを水相中に脱離する処理を行う工程である。そして、逆抽出段で得られた逆抽出液、すなわち塩化コバルト水溶液は、ニッケルとは別の処理ルートで更なる浄液処理(マンガン、銅、亜鉛等の不純物を除去する処理)が行われ、その後、電解採取によって電気コバルトとして製品化される。
【0008】
ところで、逆抽出段後の塩化コバルト水溶液には、微量のニッケルが含まれることがあるが、このような微量のニッケルは、工業的に除去することは非常に困難とされている。一方、塩化コバルト水溶液に含まれる微量のニッケルは、電解採取工程で生成する電気コバルトを汚染して製品品質を悪化させる要因となる。
したがって、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液から、アミン系抽出剤を含む有機溶媒によってコバルトを溶媒抽出することにより塩化コバルト水溶液を製造する方法においては、得られる塩化コバルト水溶液中のニッケル濃度を有効に低減させることが重要な技術課題となっている。
【0009】
従来、工業的には、有機相の洗浄方法として、ミキサータンク(撹拌槽)内を有機相連続とし、ミキサータンク内の有機相対水相の体積比率を3.0以下とすることにより、有機相を洗浄する方法が採用されている(例えば、特許文献1)。
特許文献1には、ミキサータンク内を有機相連続とすることにより、有機相中での水滴同士の結合を促進させて、エントレイメント(微細な水相の液滴エマルション)中のニッケル濃度を減少させるとともにエントレイメント自体を減少させることができるから、洗浄効率を向上させることができる旨が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1の洗浄方法では、セトラー部(油水分離槽)内の油水分離効率が低下した場合、有機相中のエントレイメントが増加して、塩化コバルト水溶液中のニッケル濃度を低減させることができなくなる、という問題が生じている。
【0012】
ここで、工業化された工程では、操業上、有機溶媒の劣化により新たな物質が生じたり、原料に基づく不純物等が混入することがある。このような物質により、有機相中のエントレイメントは、微小な形状になりやすく、大きさが1000nm以下(1~1000nm)程度のものは逆ミセルの形態で存在する傾向にある。逆ミセルの形態で存在するエントレイメントは、有機相中において、極めて安定な形態で存在することから、逆ミセルが形成された場合には、特許文献1の洗浄方法では、より分散され、かつセトラー部においてもほとんど沈降することなく、油水分離性が悪化すると考えられている。
【0013】
したがって、塩化コバルト水溶液中のニッケル濃度を低減させる上では、溶媒抽出に際して、エントレインメントの洗浄効率の低下、つまり洗浄不良を生じさせる要因となる逆ミセルの形成を抑制する必要が非常に重要である。
【0014】
本発明は上記事情に鑑み、溶媒抽出法において、逆ミセルの形態で存在するエントレイメントの形成を適切に抑制できる溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
第1発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、溶媒抽出法における逆ミセルの形成を抑制する方法であって、抽出処理に用いる有機相に対してスルホランを添加することを特徴とする。
第2発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、第1発明において、前記スルホランは、前記抽出処理を行う前の有機相に含有する前記逆ミセルの形成に起因する逆ミセル形成起因物質1当量に対して0.1当量以上添加することを特徴とする。
第3発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、第2発明において、前記逆ミセル形成起因物質は、逆ミセル化率Ermに基づいて特定することを特徴とする。
第4発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、第3発明において、前記逆ミセル化率Ermは、前記有機相に用いられる有機溶液を分取し、該分取した分取有機溶液を遠心分離に供して水分を除去して所定量の第一水分除去有機溶液を調製し、該第一水分除去有機溶液に対して所定量の水溶液を添加し分散させた水相分散有機溶液を調製した後、該水相分散有機溶液を遠心分離に供して水分を除去して第二水分除去有機溶液を調製し、前記第一水分除去有機溶液の水分率をWbとし、前記第二水分除去有機溶液の水分率をWrmとし、前記第二水相分散有機溶液における、前記第一水分除去有機溶液の水分率Wbから増加した水分率ΔWrmを求め、(前記水溶液の体積)/{(前記第一水分除去有機溶液の体積)+(前記水溶液の体積)}から水分率W0を求め、前記水分率Wrmと前記水分率W0の比に基づいて算出し、前記逆ミセル形成起因物質は、前記有機溶液、前記分取有機溶液または前記水溶液のうちいずれか1または2以上の溶液に対して添加した際の前記逆ミセル化率Ermに基づいて特定することを特徴とする。
第5発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、第3発明または第4発明において、前記逆ミセル化率Ermは、下記式により算出することを特徴とする。
Erm=ΔWrm/W0
第6発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、第1発明乃至第5発明のいずれかに記載の発明において、前記スルホランの添加量の上限は、前記逆ミセル形成起因物質1当量に対して10当量以下とすることを特徴とする。
第7発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、第1発明乃至第6発明のいずれかに記載の発明において、前記スルホランは、抽出処理を行う前の有機相に添加することを特徴とする。
第8発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、第1発明乃至第7発明のいずれかに記載の発明において、前記有機相が、燐酸エステル系酸性抽出剤またはアミン系抽出剤である有機抽出剤を含むことを特徴とする。
第9発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、第1発明乃至第8発明のいずれかに記載の発明において、前記逆ミセル形成起因物質が、ヘプタン酸であることを特徴とする。
第10発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、第1発明乃至第9発明のいずれかに記載の発明において、前記溶媒抽出法が、非鉄金属の湿式製錬に使用される方法であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
第1発明によれば、抽出処理に用いる有機相にスルホランを添加することにより、抽出操作で生じる逆ミセルの形成を抑制することができる。
第2発明によれば、逆ミセルの形成を適切に抑制することができる。
第3発明、第4発明、第5発明によれば、逆ミセル化率Ermを算出することにより、逆ミセル形成起因物質を適切に特定することができる。
第6発明によれば、スルホランの添加量を制御できる。
第7発明によれば、スルホランの添加タイミングを制御することにより、逆ミセルの形成を適切に抑制することができる。
第8発明によれば、所定の有機溶剤を用いた際の逆ミセルの形成を抑制することができる。
第9発明によれば、所定の逆ミセル形成起因物質に基づいて、逆ミセルの形成を抑制することができる。
第10発明によれば、所定の用途で使用される溶媒抽出における逆ミセルの形成を適切に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施形態の逆ミセル化率E
rm算出の概略フロー図ある。
【
図2】実験結果を示した図であり、分散処理S2における分散時間(撹拌時間)と有機相中の水分率の関係の一例を示したグラフ図である。
【
図3】実験結果を示した図であり、スルホランの影響を確認したグラフ図である。
【
図4】実験結果を示した図であり、スルホランの添加量と逆ミセル化率E
rmとの関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本実施形態の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、溶媒抽出法における有機相にスルホランを添加することにより、抽出操作により生じるエントレイメントの一種である逆ミセルの形成を抑制できるようにしたことに特徴を有している。
【0019】
本明細書のスルホランの添加対象となる有機相とは、溶媒抽出法において水相と有機相の状態にあるもののほか、この有機相に用いられる有機溶液の状態のものも含まれる概念である。つまり、本明細書のスルホランの添加対象となる有機相とは、抽出処理に用いる有機相のことを意味する。具体的には、溶媒抽出法において水相に相当する水溶液に接触する前の有機相に相当する有機溶液と、水相に接触した状態で溶媒抽出処理を行い得る状態の有機相、および抽出処理を行っている状態の溶媒抽出中の有機相、の各有機相の状態をいう。
【0020】
また、上記有機相として用いられる有機溶液は、溶媒抽出法における有機相で用いられるものであれば、とくに限定さない。
具体的には、非鉄金属の湿式製錬に使用される溶媒抽出法における有機相用として使用されるものや、一般的な化学処理工程における溶媒抽出に用いられる有機相用のものなど、工業的または実験的に用いられる溶媒抽出法における有機相用として用いられる有機溶液であれば、どのようなものであってもとくに限定されない。
【0021】
例えば、一般的な有機溶媒や抽出剤などを1種または2種以上を混合したものを有機溶液として使用することができる。一般的な有機溶媒としては、例えば、ヘキサン、イソオクタン、ドデカンなどの炭化水素系や、ベンセン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素、クロロホルム、ジクロメタンなどのハロゲン系溶媒など様々な化合物を挙げることができる。抽出剤としては、例えば、有価金属などの抽出に用いられるアミン系抽出剤や燐酸エステル系酸性抽出剤、カルボン酸系抽出剤、燐系中性抽出剤などの有機抽出剤など様々な抽出剤として用いられる化合物を挙げることができる。また、上記の有機溶液には、メタノールやデカノールなどのモディファイアーなど工業的・実験的に使用される様々な添加物等も含んでもよいのはいうまでもない。
【0022】
また、例えば、ニッケルの湿式製錬法において、酸性水溶液中のニッケルとコバルトの分離に用いられる溶媒抽出法では、抽出始液のアニオンが塩化物イオンの場合は、アミン系抽出剤が使用される。このアミン系抽出剤としては、3級アミンが用いられ、3級アミンとしては、例えば、TNOA(Tri-n-octylamine)またはTIOA(Tri-i-octylamine)等を挙げることができる。
また、アニオンが硫酸イオンの場合は、燐酸エステル系酸性抽出剤が使用される。この燐酸エステル系酸性抽出剤としては、例えば、商品名PC-88A(主成分:2-エチルヘキシルホスホン酸2-エチルヘキシル)やD2EHPA(Di-(2-ethylhexyl)phosphoricacid)等を挙げることができる。
ここで、アミン系抽出剤の方が、燐酸エステル系酸性抽出剤に比べてより高いコバルトとニッケルの分離係数を持つことが知られている。
このため、ニッケルの湿式製錬法のニッケルとコバルトの分離精製においては、一般的に、アミン系抽出剤が使用されることが多い。とくに、反応性の高さや水に対する溶解度の低さ等の観点から3級アミン系抽出剤が用いられることが多く、その中でも、取り扱い性や価格等の点では、TNOAまたはTIOAが多く採用されている。つまり、工業的な溶媒抽出法では、有機相にアミン系抽出剤であるTNOAまたはTIOAを含むもの使用される傾向にある。
【0023】
本明細書の逆ミセルの形成を抑制の対象となる溶媒抽出法も、とくに限定されない。
例えば、非鉄金属の湿式製錬に使用される溶媒抽出法や、一般的な化学処理工程における溶媒抽出法など、工業的または実験的に用いられる溶媒抽出法を対象にできる。
【0024】
本明細書のエントレイメントとは、抽出操作により生じる有機相中に微細な液滴の形態として含まる水溶液(水相)のことをいう。以下、このエントレイメントを水滴エマルションということもある。
本明細書の逆ミセルとは、エントレイメントのうち、非極性溶媒中で界面活性剤分子の親水基部を内側に、疎水基部を外側に向けた分子集合体のことをいう。この分子集合体は熱力学的に安定で、その内部に多量の水相を可溶化する能力を有する。逆ミセルは、安定な形態で有機相中に存在するものであれば、その大きさいはとくに限定されない。例えば、1000nm以下(例えば1nm~1000nm)程度の大きさのものをいう。
【0025】
(スルホランの添加タイミング)
スルホランを有機相に添加するタイミングは、上述した状態の有機相であれば、どの状態の有機相に添加してもよい。具体的には、溶媒抽出法において溶媒抽出処理を行う前の有機相(水相に接触する前の有機溶液の状態の有機相、抽出処理を行う前の水相と接触した状態の有機相)や抽出処理中の有機相、に添加することができる。
【0026】
なお、スルホランを有機相に添加するタイミングは、上記のとおりとくに限定されないが、操作性の観点では、つぎの順に添加するのが好ましい。第一が水相に接触させる前の有機溶液の状態の有機相に添加するのが好ましく、第二が抽出処理を行う前で水相に接触した状態の有機相であり、第三が抽出処理中の有機相である。例えば、溶媒抽出処理に先立って第一の状態の有機相にスルホランを添加した後、この有機相を抽出処理工程へ供給することができる。また、抽出処理前の状態に添加すれば、逆ミセルの形成抑制を向上させる傾向にある。
【0027】
(スルホランの添加量)
スルホランの添加量は、逆ミセルの形成を抑制することができる量であれば、とくに限定されない。例えば、スルホランの添加量は、経済的かつ逆ミセルの形成を適切に抑制するという観点では、有機相中の含まれる逆ミセルの形成に起因する物質M(以下、単に「逆ミセル形成起因物質M」という)との関係に基づいて添加する量を調整することができる。
【0028】
具体的には、スルホランを、抽出処理を行う前の有機相(つまり、上述したスルホランの添加タイミングにおける、第一の有機相または第二の有機相)に含まれる逆ミセル形成起因物質M1当量に対して0.1当量以上となるように添加する。例えば、実施例に記載するように、逆ミセル形成起因物質Mがヘプタン酸でその濃度が3.5mmol/Lの場合には、スルホランを0.35mmol/L以上となるように添加すれば、逆ミセルの形成を抑制できる。
【0029】
スルホランの添加量が逆ミセル形成起因物質M1当量に対して0.1当量よりも低いと有機相中のスルホランの濃度が低くなりすぎて逆ミセルの抑制率が低下する傾向にあるからである。一方、スルホランの添加量の上限はとくに限定されないが、スルホランを逆ミセル形成起因物質M1当量に対して10当量以上添加しても逆ミセルの形成抑制の効果は向上しない傾向にある。
したがって、逆ミセル形成起因物質Mに基づいてスルホランの添加量を調整する場合には、スルホランの添加量は、逆ミセル形成起因物質M1当量に対して0.1当量以上10当量以下が好ましく、より好ましくは0.1当量以上5当量以下であり、さらに好ましくは0.1当量以上3当量以下である。
【0030】
なお、逆ミセル形成起因物質Mの上記有機相中の濃度は、一般的な測定方法に求めることができる。例えば、カルボン酸の場合、ガスクロマトグラフィー法(JIS K 0123:2018)により測定することができ、ヘプタン酸の場合には、液体クロマトグラフィー質量分析法や上記ガスクロマトグラフィー法により測定することができる。
【0031】
(逆ミセル化率E
rmの算出方法)
逆ミセル形成起因物質Mとは、上記のごとく逆ミセルの形成に起因する物質のことをいう。この逆ミセル形成起因物質Mは、逆ミセル化率E
rmに基づいて特定することができる。
以下、逆ミセル化率E
rmの算出方法を
図1に基づいて説明する。
まず、概略について簡単に説明する。
【0032】
本明細書では、有機溶液Lに添加した水溶液Aのうち、逆ミセルの内部に取り込まれた水相(水溶液Aの一部)の比率を逆ミセル化率E
rmとして定義する。
そして、この逆ミセルの内部の水相(水溶液Aの一部)は、有機溶液Lと水溶液Aを混合した際に有機相に抽出された状態と見なすこともできる。この場合には、逆ミセル化率E
rmを逆ミセル抽出率と考えることもできる。
なお、上記のごとき逆ミセルは、1000nm以下(1nm~1000nm)程度の大きさであれば、遠心分離処理S1、S3を施しても
図1の有機相中に分散した状態で残留した状態となる。
【0033】
まず、水分率Wを測定するための試料を調製する。
所定の有機相L0(抽出操作に用いられる有機相)から試料を分取し、分取した分取有機溶液L1を遠心分離処理S1に供して水分を除去して第一水分除去有機溶液L2を調製する。ついで、この第一水分除去有機溶液L2に対して所定量の水溶液Aを添加し、撹拌等により水溶液Aを分散S2させた水相分散有機溶液L3を調製する。この水相分散有機溶液L3を再度、遠心分離処理S3に供して水分を除去して第二水分除去有機溶液L4を調製する。
【0034】
ついで、調製した各試料の水分率Wを測定する。
調製した第一水分除去有機溶液L2と第二水分除去有機溶液L4から、それぞれの水分率W(水分率Wb、水分率Wrm)を測定する。
第二水相分散有機溶液L4においては、第一水分除去有機溶液L2の水分率Wbから増加した水分率ΔWrmを後述する式3)または式4)より算出する。
そして、(水溶液Aの体積)/{(第一水分除去有機溶液L2の体積)+(水溶液Aの体積)}から求められる理論上の水分率W0を後述する式5)または式6)より算出する。
ついで、算出した水分率W0と水分率ΔWrmを後述する式7)に代入することにより、水相分散有機溶液L3中に含まれる微細な液滴(つまりエントレイメント)のうち逆ミセルの形態で存在するエントレイメントの逆ミセル化率Ermを算出する。
【0035】
算出された逆ミセル化率Ermが大きければ有機溶液L中に含まれる微小なエントレイメント(つまり逆ミセルの形態で存在するエントレイメント)が多くなることを意味し、その逆に、逆ミセル化率Ermが小さければ有機溶液L中に含まれる微小なエントレイメントが少なくなることを意味する。
【0036】
以下具体的に説明する。
<有機相L0の調整>
逆ミセル化率Ermの算出に用いられる有機相L0は、上述した、抽出処理前の有機相(溶媒抽出法において水相に接触する前の有機相(有機相の状態となる前の有機溶液)または水相に接触した状態で抽出処理前の有機相)を用いる。
例えば、上述したニッケルの湿式製錬法の溶媒抽出法において有機相として用いられる有機溶液に相当するものを実験室レベルで調製し用いてもよいし、操業で使用されている有機相を用いてもよい。
【0037】
有機相L0は、上述したように対象となる有機相を調製してもよいし、操業用に使用されているそのものを用いてもよい。例えば、有機相L0は、上述した一般的な有機溶媒の他、アミン系抽出剤や燐酸エステル系酸性抽出剤、カルボン酸系抽出剤、燐系中性抽出剤などの有機抽出剤などを用いて調製することができる。
とくに、対象となる有機相がニッケルの湿式製錬法の場合、上述したように、ニッケルの湿式製錬法のニッケルとコバルトの分離精製においては、一般的に、アミン系抽出剤が使用されることが多い。とくに、反応性の高さや水に対する溶解度の低さ等の観点から3級アミン系抽出剤が用いられることが多く、その中でも、取り扱い性や価格等の点では、TNOAまたはTIOAが多く採用されている。このため、このような有機相を対象とする場合には、有機相Lにアミン系抽出剤であるTNOAまたはTIOAを含むように調製するのが好ましい。
【0038】
そして、対象となる有機相が複数の種類の溶媒や溶剤を使用している場合には、同様に2種以上を混合して有機相L0を調製すればよい。例えば、上述したニッケルの湿式製錬法の溶媒抽出法においては、上記有機抽出剤と希釈剤として機能させる上記有機溶媒を混合して有機相L0を調製することができる。
希釈剤として機能させる有機溶媒は、上記のごとくとくに限定されない。例えば、水に対する溶解度の低さや良好な油水分離性の観点では、芳香族炭化水素や、ナフテン系炭化水素などを用いることができる。
【0039】
なお、有機抽出剤と有機溶媒(希釈剤)の混合物中における有機抽出剤の濃度は、所望とする有機相L0の粘度範囲に応じて適宜調整することが好ましい。例えば、使用する有機溶液全体の10~40体積%の範囲内となるように調整することができる。
【0040】
有機相L0には、上記有機溶媒または有機抽出剤以外にも上述したモディファイアーを含んでもよい。
【0041】
(逆ミセル形成起因物質M)
逆ミセル形成起因物質Mは、溶媒抽出法における有機相中の逆ミセルの形態で存在するエントレイメント(以下、単に逆ミセルともいう)の増加に寄与すると想定される物質を有機相Lに添加して、かかる逆ミセル形成起因物質Mと逆ミセルとの関係性から特定することができる。
【0042】
この逆ミセル形成起因物質Mは、例えば、調製した有機相L0、分取有機溶液L1または水溶液Aに添加してもよいし、有機相L0、分取有機溶液L1、水溶液Aのうち2以上の溶液に添加してもよい。
つまり、逆ミセル形成起因物質Mは、上記3つの溶液のうちいずれか1つの溶液に添加してもよいし、2つの溶液に添加してもよいし、3つ全ての溶液に添加してもよい。さらに、後述するように逆ミセル形成起因物質Mとして複数の物質を検討する場合には、同じ溶液に添加してもよいし、それぞれ異なる溶液に添加してもよい。
添加濃度は、逆ミセルとの関係性を評価することができる濃度であれば、とくに限定されず、例えば、工業的に混入すると想定される範囲内となるように適宜調整すればよい。
【0043】
この逆ミセル形成起因物質Mとしては、操業上、想定される種々の物質を評価対象とすることができる。
例えば、アミン系抽出剤が低級化した物質や、メタン酸、エタン酸、プロパン酸、ブタン酸、ペンタン酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸などのカルボン酸、アミド化合物などを挙げることができるが、かかる物質に限定されない。
また、例えば、MNOA(Mono-n-octylamine)やメタンスルホン酸のほか、アミン系抽出剤として利用されるTNOAも逆ミセル形成起因物質Mとしての評価対象として挙げることができる。
さらに、この逆ミセル形成起因物質Mは、1種に限定されず、2種以上の物質を採用してもよい。例えば、異なる物質を逆ミセル形成起因物質M1、逆ミセル形成起因物質M2として採用してもよい。この場合の添加方法としては、例えば、逆ミセル形成起因物質M1、M2をそれぞれ異なる溶液に添加(例えば、分取有機溶液L1に逆ミセル形成起因物質M1を添加し、水溶液Aに逆ミセル形成起因物質M2を添加)してもよいし、同じ溶液に添加してもよい。また、逆ミセル形成起因物質Mが、2種以上の逆ミセル形成起因物質M1、M2・・を含むように調製してもよい。
【0044】
(遠心分離処理S1、S3)
第一水分除去有機溶液L2は、有機相L0から所定量を分取し、分取した分取有機溶液L1を遠心分離機に供した後、水相を除去して調製される。
また、第二水分除去有機溶液L4は、水溶液Aを分散させた水相分散有機溶液L3を遠心分離機に供した後、水相を除去して調製される。
遠心分離処理S1は、見た目ではわからない水分が溶存していることがあることから、遠心分離により分離可能な水分を有機溶液L1から除去する操作である。
遠心分離処理S3は、分離可能な水相および有機相中の遠心分離可能な水分を除去する操作である。つまり、この遠心分離処理S3は、分散処理S2により有機相中に分散された、大きさが1000nmよりも大きなエントレイメントを水相分散有機溶液L3から除去する操作である。言い換えれば、遠心分離処理S3より、水相分散有機溶液L3中には、エントレイメントのうち、大きさが1000nm以下の逆ミセルの形態で極めて安定的に存在するエントレイメントだけを含んだ状態にする操作である。
なお、遠心分離処理S1、S3に用いられる装置等は、上記のごとき機能を発揮することができる機器や装置等であれば、とくに限定されず、例えば、市販の遠心分離器等を採用することができる。
【0045】
(分散処理S2)
水相分散有機溶液L3は、上述した方法で分離可能な水分を遠心分離により分離して水相を除去した第一水分除去有機溶液L2から所定量(体積Vorg1)を分取して、この所定量(体積Vorg1)の水分除去有機溶液L2に対して、所定量(体積Vaq1)の水溶液Aを添加して、撹拌等により分散S2させて調製する。
【0046】
第一水分除去有機溶液L2の量(体積Vorg1)は、とくに限定されない。例えば、操作性の観点では、10ml~100mlとなるように調製することができる。
【0047】
添加する水溶液Aの量は、第一水分除去有機溶液L2が確実に連続相となるように調整するのが好ましい。例えば、水溶液Aの添加量(体積Vaq1)が水分除去有機溶液L2(体積Vorg1)に対して10体積%以下とすることが好ましい。
水溶液Aの添加量が過小であると水分率の測定が困難になるため全体の液量やサンプリング量等を考慮して、測定が適切に実施できる範囲に設定することが好ましい。分散処理S2は室温近傍の温度で行うことが好ましいが、有機溶液(水分除去有機溶液L2)の粘性が大きい場合は昇温しても良い。ただし、昇温する場合は水分の蒸発による減少分を考慮する必要がある。
【0048】
分散処理S2は、水溶液Aを第一水分除去有機溶液L2に分散させることができれば、使用する器具・装置等はとくに限定されず、市販の撹拌装置等を採用することができる。例えば、市販のマグネチックスターラーを用いた場合には、処理条件として、回転速度500rpm~2000rpm、撹拌時間1分以上とすれば、水相分散有機溶液L3を調製することができる。
【0049】
(分散時間)
とくに、分散処理S2における分散時間(撹拌時間)は、添加した水溶液Aが安定した状態となれば、とくに限定されず、処理条件等により適宜調整すればよい。
例えば、所定量の水溶液Aを処理条件が、室温(温度25℃前後)、回転速度500~1500rpmの場合、1分以上が好ましく、より好ましくは3分以上であり、さらに好ましくは5分以上となるように撹拌する。
【0050】
添加した水溶液Aが適切に分散した状態は、分散時間(撹拌時間)と水相分散有機溶液L3における増加水分率ΔWとの関係から把握することができる。
例えば、
図2は、水分除去有機溶液L2に対して3000体積ppmに相当する水溶液Aを添加した場合、分散処理S2における分散時間(撹拌時間)と水相分散有機溶液L3中の増加水分率ΔWの関係を示した図である。
【0051】
水相分散有機溶液L3中の増加水分率ΔWは、サンプリングした有機相(つまり水相分散有機溶液L3)の水分率Waと後述するバックグラウンドの水分率Wb(つまり水分除去有機溶液L2の水分率W)の差から算出することができる。
具体的は、水相分散有機溶液L3中の増加水分率ΔWは、下記の式1)あるいは下記の式2)から算出することができる。
ΔW={Wa×(Vorg+Vaq)-Wb×Vorg}/(Vorg+Vaq) ・・・式1)
【0052】
なお、Vorg≫Vaqの場合、
ΔW≒Wa-Wb ・・・式2)
と、近似することができる。
【0053】
なお、
図2に示すように、撹拌の初期は撹拌時間の増大とともに水相の添加によって増加した水分率ΔWは増加し、安定するまで5分程度要すると考えられる。このため、上記のごとき条件下で所定の量の水溶液Aを添加した場合には、5分以上の撹拌を行ってからサンプリングを行うのが好ましい。
【0054】
また、サンプリングをする箇所は、水分除去有機溶液L2を入れた容器において、水分除去有機溶液L2の底から3分の1以上の高さが好ましい。かかる理由は、水溶液Aが水分除去有機溶液L2に分散しいくい場合、水溶液Aの比重が有機溶液よりも大きい可能性があり、この場合には、水溶液Aが底の方に偏在しやすくなるためである。
【0055】
(水分率Wの測定)
調製した第一水分除去有機溶液L2、水相分散有機溶液L3、第二水分除去有機溶液L4の水分率W(Wb、Wa、Wrm)は、カールフィッシャー法(JIS K0113に準拠)により測定することができる。
【0056】
とくに、遠心分離処理S1によって遠心分離可能な溶存水分を除去しても完全に水分を除去することはできず、一定量の水分子が第一水分除去有機溶液L2中に存在する。このため、カールフィッシャー水分計を用いて、第一水分除去有機溶液L2中の水分率Wを測定して、遠心分離処理S1では除去しきれない第一水分除去有機溶液L2中に存在するバックグラウンドの水分率Wbを把握するのが望ましい。
【0057】
また、第二水分除去有機溶液L4中の第一水分除去有機溶液L2の水分率Wbからの増加分水分率ΔWrmは、下記の式3)あるいは下記の式4)から算出することができる。
なお、式中のVaq1は、添加した水溶液Aの添加した体積量であり、Vorg1は、調製した第一水分除去有機溶液L2の体積であり、Vorg2は、調製した第二水分除去有機溶液L4の体積である。
ΔWrm=(Wrm×Vorg2-Wb×Vorg1)/Vorg2 ・・・式3)
【0058】
なお、Vorg1≫Vaq1の場合、Vorg1≒Vorg2となり、
ΔWrm≒Wrm-Wb ・・・式4)
と、近似することができる。
【0059】
(逆ミセル化率Ermの算出)
まず、(添加した水溶液Aの体積)/{(第一水分除去有機溶液L2の体積)+(添加した水溶液Aの体積)}から求められる水分率W0を下記の式5)あるいは式6)より算出する。
添加した水溶液Aが均一に分散した理想状態の場合、どこをサンプリングしても水分率W0となる。
W0=Vaq1/(Vorg1+Vaq1) ・・・式5)
【0060】
なお、Vorg1≫Vaq1の場合、
W0≒Vaq1/Vorg1 ・・・式6)
と、近似することができる。
また、Vaq1の代わりに(ΔWrm×Vorg2+Vaq2)を用いても同様の結果を得ることができる。
【0061】
上記の水分率W0と、第二水分除去有機溶液L4中の第一水分除去有機溶液L2の水分率Wbからの増加分水分率ΔWrmを用いて逆ミセル化率Ermを下記の式7)によって求める。
Erm=ΔWrm/W0 ・・・式7)
【0062】
なお、水溶液Aの分散状態は必ずしも均一とは限らないことがあるため、サンプリングは、複数回実施し平均値を求めて評価することが好ましい。また、カールフィッシャー水分計の測定値の精度を向上するためには、複数回測定した平均値を用いることが望ましい。
【0063】
すると、有機相中に分散させた水溶液Aが微細な液滴の逆ミセルの形態で存在する逆ミセル化率Ermを簡単に算出することができる。
この有機相L中に分散させた水溶液Aは、微細な液滴の形態で含まれており、溶媒抽出法における有機相中のエントレイメントに相当し、このエントレイメントのうち、逆ミセルの形態で存在するエントレイメントは、一般的な遠心分離S1、S3では有機相から分離されにくいさらに微細な液滴のものに相当する。
つまり、上記方法を用いれば、従来の方法では把握が困難であった逆ミセル化したエントレイメントを簡単に把握することができるようになる。そして、算出された逆ミセル化率Ermに基づいて、逆ミセル形成起因物質Mを適切に特定することができる。言い換えれば、算出された逆ミセル化率Ermの値の増減に基づいて微小なエントレイメントである逆ミセルの形成に対して影響を及ぼす物質(逆ミセル形成起因物質M)を容易に特定することができるのである。
【0064】
以上のごとく、溶媒抽出法における有機相にスルホランを添加することにより、抽出操作により生じるエントレイメントの一種である逆ミセルの形成を抑制できるようになる。しかも、逆ミセルの形成に寄与する逆ミセル形成起因物質Mを特定し、かかる物質との関係性に基づいてスルホランの添加量を調整すれば、より適切に逆ミセルの形成を抑制することができるようになる。
【0065】
しかも、溶媒抽出法における有機相に存在する逆ミセル化したエントレイメントの形成を抑制することができれば、従来では把握することが困難であった工業製品中における微細な不純物(逆ミセル化の形態で存在する微小なエントレイメント)を適切に抑制することができるようになるので、品質の高い工業製品を適切に管理することができるようになる。例えば、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液から、アミン系抽出剤を含む有機相を用いてコバルトを溶媒抽出することによりコバルトを分離回収して塩化コバルト水溶液を製造する場合、アミン系抽出剤を含む有機相に所定量のスルホランを添加することにより、操業中の塩化コバルト水溶液中に逆ミセルの形態で含まれる微量なニッケルを抑制できるから、塩化コバルト水溶液の品質を高い状態になるように適切に管理することができるようになる。
【実施例0066】
以下、本発明の実施例を示してより具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に何ら限定されない。
【0067】
(実験1)
実験1では、スルホラン自体が逆ミセルの形成に起因しないことを確認した。
アミン系抽出剤TNOA(花王株式会社製ファーミンT-08)を含む有機溶媒(丸善石油株式会社製 商品名スワゾール1800)(本実施形態の有機相L0に相当)から所定量を分取して、この分取した有機溶媒にスルホラン(富士フィルム和光純薬株式会社社製、型番195-05703)を添加して有機溶液(本実施形態の分取有機溶液L1に相当)を調製した。
調製した有機溶液を遠心分離機(久保田商事株式会社製5220)を用いて遠心分離処理(回転速度3000rpm、処理時間10分)した(本実施形態の遠心分離処理S1に相当)。遠心分離により分離された水相を除去して、25mLの有機相(本実施形態の第一水分除去有機溶液L2に相当)を作製した。
なお、後述のヘプタン酸(本実施形態の逆ミセル形成起因物質Mに相当)は含有していない。
作製した有機相(本実施形態の第一水分除去有機溶液L2に相当)からマクロシリンジを用いて10μLを採取して、カールフィッシャー水分計(京都電子工業株式会社製MKH-710M)で水分率Wbを測定した。
【0068】
つづいて、この有機相(本実施形態の第一水分除去有機溶液L2に相当)に水相として有機相の3000体積ppmに相当する溶媒抽出工程の抽出始液であるコバルトを含有する塩化ニッケル溶液(本実施形態の水溶液Aに相当)を添加後、室温(約25℃)にて回転速度800rpmで10分間撹拌(本実施形態の分散処理S2に相当)を行い、塩化ニッケル溶液を分散させた有機相(本実施形態の水相分散有機溶液L3)を作製した。
この作製した有機相(本実施形態の水相分散有機溶液L3)からマクロシリンジを用いて10μLの有機相を採取して、カールフィッシャー水分計を用いて水分率Waを測定した。
【0069】
つぎに、この有機相(本実施形態の水相分散有機溶液L3)を再度、遠心分離(本実施形態の遠心分離処理S3に相当)を行い有機相から水相を分離して、再度の遠心分離を行って有機相(本実施形態の第二水分除去有機溶液L4)を作製した。
この作製した有機相(本実施形態の第二水分除去有機溶液L4)から、マクロシリンジによって10μLの有機相を採取した。
採取した有機相の水分率Wは、カールフィッシャー水分計で水分率Wrmを測定した。
【0070】
そして、塩化ニッケル溶液を分散させた有機相(本実施形態の水相分散有機溶液L3)について、上記の式7)により逆ミセル化率Ermを算出した。
【0071】
(実験結果)
実験(1)の結果を
図3に示す。
図3には、有機相に添加したスルホラン濃度(mmol/L)と有機相中の微小なエントレイメントの逆ミセル化率(%)の関係を示す。いずれの条件(0mmol/L、0.7mmol/L、2.5mmol/L、3.5mmol/L、7.0mmol/L)においても、スルホランの添加に関わりなく、逆ミセル化はほぼ発生しなかった。すなわち、スルホラン自身は逆ミセルの原因とはならないことを確認した。
【0072】
(実験2)
アミン系抽出剤TNOA(花王株式会社製ファーミンT-08)を含む有機溶媒から所定量を分取した有機溶媒に、ヘプタン酸3.5mmol/Lを添加して有機溶液(本実施形態の分取有機溶液L1に相当)を作製したこと以外は、実験(1)と同様の方法で、逆ミセル化率(%)を算出した。
なお、スルホランの添加量は、0mmol/L、0.35mmol/L、1.41mmol/L、2.47mmol/L、3.50mmol/Lとした。つまり、ヘプタン酸1当量に対して、それぞれ0当量、0.1当量、0.4当量、0.7当量、1当量となるように添加した。
【0073】
(実験結果)
実験(2)結果を
図4に示す。
図4には、有機相に添加したスルホラン濃度(mmol/L)と有機相中の微小なエントレイメントの逆ミセル化率(%)の関係を示す。
図4に示すように、スルホランの添加量がゼロの場合、ヘプタン酸の添加によって80%を超える逆ミセル化率となることから、ヘプタン酸が逆ミセルの起因物質(原因物質)であることが確認できた。
そして、スルホラン濃度が増加するのに伴って、逆ミセル化率が低下し、ヘプタン酸と当量のスルホランを添加したことに相当する3.5mmol/Lの濃度で、逆ミセルの形成を完全に抑制できた。
本発明の溶媒抽出法における逆ミセル形成の抑制方法は、非鉄金属の湿式製錬などで用いられる溶媒抽出における有機相中の逆ミセル化の形態で存在するエントレイメントの形成を抑制する方法に適している。