(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022025386
(43)【公開日】2022-02-10
(54)【発明の名称】液体推進剤
(51)【国際特許分類】
C06D 5/00 20060101AFI20220203BHJP
C06D 5/08 20060101ALI20220203BHJP
C06D 5/10 20060101ALI20220203BHJP
C06B 31/00 20060101ALI20220203BHJP
C06B 47/00 20060101ALI20220203BHJP
F42B 5/16 20060101ALI20220203BHJP
F02K 9/42 20060101ALN20220203BHJP
【FI】
C06D5/00 A
C06D5/08
C06D5/10
C06B31/00
C06B47/00
F42B5/16
F02K9/42
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020128170
(22)【出願日】2020-07-29
(71)【出願人】
【識別番号】513244753
【氏名又は名称】カーリットホールディングス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】早田 葵
(72)【発明者】
【氏名】戸田 光洋
(72)【発明者】
【氏名】久保田 一浩
(57)【要約】
【課題】着火性・液化性および理論比推力を向上させた液体推進剤の提供。
【解決手段】
アンモニウムジニトラミドと、モノメチルアミンナイトレートと、ヒドラジド化合物を含有する液体推進剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニウムジニトラミドと、モノメチルアミンナイトレートと、ヒドラジド化合物を少なくとも含有する液体推進剤。
【請求項2】
ヒドラジド化合物の含有量に対する、アンモニウムジニトラミドとモノメチルアミンナイトレートとの合計含有量の質量比が3~9である請求項1記載の液体推進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体推進剤、詳しくは、アンモニウムジニトラミドとアミンナイトレートを含む液体推進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
液体推進剤は一般にロケット等の飛翔体の推進源として用いられている。宇宙用ロケットの分野では燃焼の中断や再点火により推力の制御が可能であるため、ロケットのメインエンジンの他、スラスタを用いて人工衛星の姿勢制御等に利用されている。
【0003】
液体推進剤は、一般に二液混合系と一液系の2種類がある。二液混合系は液体酸化剤と液体燃料を用い燃焼させることで大きな推力を得ることができるが、供給装置が二系統必要となるため、システムが複雑となる。一液系は触媒への接触や外部エネルギーにより燃焼させることができるため、システムを簡略化できるといった特徴があり、人工衛星の軌道変換や姿勢制御用スラスタに使用されている。
【0004】
人工衛星の軌道変換や姿勢制御用スラスタに使用される一液系推進剤は、ヒドラジンを含む推進剤が利用されている。
【0005】
ヒドラジンは毒性が高く蒸発しやすいため、取扱い時には特殊スーツの着用とそのための空気供給設備が必要となる。さらに特定作業要員と医療要員が必要となり、また充填作業時には平行作業が禁止されるなど、運用に際しては安全対策等にコストがかかり、また、打上作業の作業効率を著しく低下させるといった問題点を有している。
【0006】
特許文献1には、ヒドラジンに替わる液体推進剤として、酸化剤にアンモニウムジニトラミド(ADN)、燃料にアルコールを用いた推進剤が開示されている。毒性が減されており、特に好ましい配合物としてADNと水とグリセロールが例示されている。
【0007】
特許文献2にもヒドラジンに替わる液体推進剤として、ジニトラミドの塩を酸化剤として用いた推進剤が開示されている。特に好ましい配合物としてアンモニウムジニトラミド(ADN)、モノメチルアミンナイトレート(MMAN)、尿素(Urea)が例示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2002-537218号公報
【特許文献2】特許第5819011号公報
【特許文献3】特開2019-199395号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】宇宙航空研究開発機構, 高エネルギー物質研究会令和元年成果報告書, JAXA-RR-19-003, pp.27-34
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1の技術では、ADNを液体推進剤として使用するためには、水又はアルコール等溶剤が必要となり、着火性が低下する傾向がある。また、水又はアルコール等溶剤を含むため密度や比推力が低下する。特許文献2の技術では、液体推進剤の調合として溶剤は必須ではないが、融点降下剤として用いる尿素の吸熱分解反応に起因し、着火温度が450℃程と、着火性が比較的良好ではないという問題がある。また、尿素の標準生成エンタルピーは約-333.3kJ/molであり、液体推進剤組成に利用するには比較的低い値を有しているため、理論比推力の向上に寄与していない。以上を鑑み、本発明は、優れた着火性をもち、理論比推力を向上させたADN系共融イオン液体推進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは鋭意検討した結果、以下に示す本発明を完成した。
【0012】
(1)アンモニウムジニトラミドと、モノメチルアミンナイトレートと、尿素代替物質としてのヒドラジド化合物を少なくとも含有する液体推進剤。
(2)ヒドラジド化合物の含有量に対する、アンモニウムジニトラミドとモノメチルアミンナイトレートの合計含有量の質量比が3~9である(1)の液体推進剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、ADN系共融イオン液体を用いた、着火性および理論比推力が向上した液体推進剤が提供される。比推力とは、推進剤の性能基準の一つであり、単位重量当たりの推進剤が単位推力を維持できる時間を表す。比推力が高いほど、少量の推進剤で所定の推力を持続できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、アンモニウムジニトラミドと、モノメチルアミンナイトレートと、ヒドラジド化合物を少なくとも含有する液体推進剤である。
【0015】
ここで、液体推進剤とは、液体推進剤がロケットエンジンシステムの上で供給、噴出される際に、流動性を有している推進剤を指す。液体推進剤は流動性を損なわなければ固体物質を含有してもよい。
【0016】
アンモニウムジニトラミド(ADN)は下記化学式(1)で表される化合物である。
【0017】
【0018】
ADNは公知化合物であり、例えば、特表平5-500795号公報に記載の製造方法に倣って、対応するカチオンを調製することにより、上記化学式(1)のアンモニウムジニトラミドを得ることができる。
【0019】
モノメチルアミンナイトレート(MMAN)は下記一般式(2)で表される化合物である。
【0020】
【0021】
モノメチルアミンは公知化合物であり、市販のものを用いたり、公知の製法により得られたものを用いることができる。前記製法としては、例えば、モノメチルアミンと硝酸とを反応させることなどが挙げられ、具体例は後述の実施例にて記載される。
【0022】
ヒドラジド化合物は下記一般式(3)で表される、化合物末端にヒドラジド基を有する化合物である。ヒドラジド化合物は、市販のものを用いたり、公知の製法により得られたものを用いることができる。
【化3】
(式中、Rは水素原子又は置換基を表す。)
【0023】
上記一般式(3)において、置換基は、ヒドラジノ基(NH2NH-)、アミノ基、アルキル基、アリール基、ヒドロキシ基、ハロゲン基等があげられ、これらの中で、ヒドラジノ基(NH2NH-)、炭素数1~3のアルキル基が好ましい。
【0024】
ヒドラジド化合物の存在により液体推進剤の着火性が向上する。着火性が向上するメカニズムは詳細には判明していないが、概ね、以下のように推察される。ADNは熱分解時の主要な分解生成ガスの一つとして、二酸化窒素を生成し、ヒドラジド化合物の多くは、熱分解時の分解生成ガスとして、ヒドラジンを生成する。非特許文献1に示すように、二酸化窒素とヒドラジンは理論計算上、特異的な反応を示し、窒素を生成する過程で多量の熱を放出することが報告されている。従って、ADNの熱分解より生じた二酸化窒素とヒドラジド化合物の熱分解により生じたヒドラジンの反応が着火要因となり、結果として着火性が向上すると推察される。
【0025】
本発明の液体推進剤は、ヒドラジンを用いる必要が無いため、ヒドラジンを用いる液体推進剤と比べ毒性が低く、防護服等により安全性を確保しなくても容易に取り扱え、かつ、これまでの液体推進剤よりも比推力に優れる。よって、好ましくは、本発明の液体推進剤にはヒドラジンが実質的に含まれない。ヒドラジンが実施的に含まれないとは、例えば、含有量が1wt%以下であることを意味する。また、好ましくは、本発明の液体推進剤には、上述のADN、MMAN、ヒドラジド化合物の総量が80wt%以上、より好ましくは95wt%以上、さらに好ましくは99.5%以上を占める。
【0026】
本発明の液体推進剤は、ヒドラジド化合物を含有するため反応過程でヒドラジンを発生させる可能性があるが、推進剤の毒性が問題となるのは推進剤の輸送や充填作業時であるため、推進剤反応時にヒドラジンが生じたとしても運用上問題にならない。
【0027】
液体推進剤におけるADNとMMANの比率に関しては特に限定は無く、(ADNの質量)/(MMANの質量)の比率は、好ましくは0.5~2.5であり、より好ましくは0.6~2.0である。該範囲にすることで、液体としての推進剤を得やすくなり、優れた比推力を得ることができる。また、ADN及びMMANは共融系を成していることが好ましい。
【0028】
液体推進剤に含まれるヒドラジド化合物の質量は、ADN及びMMANの質量より少ないことが好ましく、(ADN及びMMANの合計質量)/(ヒドラジド化合物の質量)の比率は好ましくは3~9である。該範囲にすることで、液体としての推進剤を得やすくなり、優れた比推力を得ることができる。なお、液体推進剤全質量に占めるヒドラジド化合物の質量の割合は、好ましくは0.5~20wt%である。
【0029】
本願発明の液体推進剤には、液体推進剤の凝固点等を降下させる目的で、適宜水を加えて用いてもよい。
【0030】
本発明の液体推進剤には、諸性能を調節するために、燃料を用いてもよい。燃料としては、アルコール類、アミノ類、ケトン類等が挙げられる。
アルコール類としては、メタノール、エタノール、エタンジオール、プロパノール、イソプロパノール、プロパンジオール、プロパントリオール、ブタノール、ブタンジオール等が挙げられる。
アミノ類としては、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン等が挙げられる。
ケトン類としては、アセトン、メチルエチルケトン、メチルプロピルケトン、メチルイソブチルケトン、ジメチルケトン、ジエチルケトン、メチルアミルケトン、シクロヘキサノン、イソホロン等が挙げられる。
【0031】
本発明の液体推進剤には、添加剤を含有させて用いてもよい。添加剤としては、燃焼触媒、燃焼助剤等が挙げられる。
【0032】
燃焼触媒とは、燃焼を促進させる触媒のことであり、詳細には、反応活性を上昇させ、低温でも着火が可能となり、幅広い範囲で用いることができる。燃焼触媒としては、ロジウム、ルテニウム、白金、パラジウム、イリジウム等が挙げられる。
【0033】
燃焼助剤とは、液体推進剤の比推力を向上させる添加剤であり、アルミニウム、マグネシウム、ホウ素、チタン、グラファイト等の粉末が挙げられる。
【0034】
燃焼助剤として、着火性を向上させる目的で、特許文献3に示すテトラアンミン硝酸銅、塩基性硝酸銅等の銅化合物を添加しても良い。
【実施例0035】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明するが、本発明は、本実施例により何ら限定されるものではない。
【0036】
実施例及び比較例で用いる各化合物は以下のようにして得た。
【0037】
モノメチルアミンナイトレートは、以下のように合成した。
モノメチルアミン40%水溶液146.5部に、70%硝酸187.6部を滴下して10℃以下で撹拌して反応させた。反応後、得られた水溶液を60℃、30mmHgの条件で水を留去させ、モノメチルアミンナイトレートの飽和水溶液を得た。モノメチルアミンナイトレートの飽和水溶液をイソプロピルアルコール280部に入れ撹拌させて、モノメチルアミンナイトレートの結晶を析出させた。得られた結晶を濾別し、イソプロピルアルコールで洗浄し、乾燥させて、モノメチルアミンナイトレート186.4部を得た。
【0038】
ADN、カルボヒドラジド、ホルムヒドラジド、アセトヒドラジド、尿素は、市販品を用いた。
【0039】
液体推進剤の理論比推力は化学平衡計算により実施した。理論比推力は、燃焼室圧力0.5MPa、ノズル開口比50の条件で算出した。
【0040】
上記算出に用いた標準生成エンタルピーは下記の通りである。
アンモニウムジニトラミド(N4H4O4) :-148.5 kJ/mol
モノメチルアミンナイトレート(CH6N2O3):-338.8 kJ/mol
カルボヒドラジド(CH6N4O) :-81.3 kJ/mol
ホルムヒドラジド(CH4N2O) :-114.8 kJ/mol
アセトヒドラジド(C2H6N2O) :-168.1 kJ/mol
尿素(CH4N2O) :-333.3 kJ/mol
【0041】
液体推進剤を製造するために、アンモニウムジニトラミドと、モノメチルアミンナイトレートと、ヒドラジド化合物を室温にて混合し、24時間静置し、液化させて共融イオン液体を得た。
【0042】
製造した液体推進剤の組成は表1に示すとおりである。なお、一部の組成は凝固点を降下させる目的で5~10wt%水を添加した。
【0043】
【0044】
表1の略語は下記の通りである。
ADN:アンモニウムジニトラミド
MMAN:モノメチルアミンナイトレート
【0045】
表1によれば、同量のADN含有組成で比較した場合、全ての組成において、ヒドラジド化合物を用いた組成の方が尿素を用いた組成より理論比推力が高いことがわかる。
【0046】
得られた液体推進剤の低温条件下での液化状態を評価するため、冷却試験を実施した。-60℃で一度液体推進剤を凝固させ、24時間毎に10℃間隔で昇温し、目視で液化状態の確認を行い固体の析出が全く認識できない温度を液化温度とした。
【0047】
得られた液体推進剤の着火温度を測定した。50℃間隔で加熱したホットプレート上に液体推進剤を1滴滴下し、着火する際のホットプレートの最低温度を、着火温度として評価した。
【0048】
製造した液体推進剤の評価結果は表2のとおりである。
【0049】
【0050】
以上のとおり、実施例では、同一の組成比において比較例よりも着火温度が低く、同等以下の液化温度を示す液体推進剤が得られた。
本発明の液体推進剤は、着火性に優れるため、一液系液体推進剤としてだけではなく、二液系液体推進剤への適用が可能である。さらに、ホットプレートによる加熱着火方式だけではなく、電気着火方式、レーザ着火方式、触媒着火方式等、各種着火方式への適用が可能である。