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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022034747
(43)【公開日】2022-03-04
(54)【発明の名称】試料支持体
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20220225BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20220225BHJP
   B82Y 30/00 20110101ALI20220225BHJP
【FI】
G01N27/62 F
G01N27/62 G
H01J49/04 180
B82Y30/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020138592
(22)【出願日】2020-08-19
(71)【出願人】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100183081
【弁理士】
【氏名又は名称】岡▲崎▼ 大志
(72)【発明者】
【氏名】田代 晃
(72)【発明者】
【氏名】大村 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】小谷 政弘
(72)【発明者】
【氏名】池田 貴将
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA03
2G041GA16
2G041JA06
(57)【要約】
【課題】高感度な質量分析を可能にする試料支持体を提供する。
【解決手段】試料支持体1は、試料Sの成分のイオン化に用いられる試料支持体であって、第1表面2a及び第1表面2aに開口する複数の孔2cを有する基板2と、第1表面2a上において孔2cを塞がないように設けられた導電層5と、を備える。導電層5は、複数のナノ粒子51によって構成され、30nm以上の厚みを有している。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の成分のイオン化に用いられる試料支持体であって、
第1表面及び前記第1表面に開口する複数の孔を有する基板と、
前記第1表面上において前記孔を塞がないように設けられた導電層と、を備え、
前記導電層は、複数のナノ粒子によって構成され、30nm以上の厚みを有している、試料支持体。
【請求項2】
前記ナノ粒子は、前記第1表面、及び前記孔の内壁面における前記第1表面側の一部に堆積している、請求項1に記載の試料支持体。
【請求項3】
前記ナノ粒子の平均粒径は、100nm以下である、請求項1又は2に記載の試料支持体。
【請求項4】
前記導電層は、300nm以下の厚みを有している、請求項1~3のいずれか一項に記載の試料支持体。
【請求項5】
前記複数の孔のそれぞれの幅は、50nm~400nmである、請求項1~4のいずれか一項に記載の試料支持体。
【請求項6】
前記複数の孔は、前記基板の厚み方向に沿って規則的に延在している、請求項1~5のいずれか一項に記載の試料支持体。
【請求項7】
前記基板は、前記第1表面とは反対側の第2表面を有し、
前記複数の孔のそれぞれは、前記第1表面から前記第2表面にかけて前記基板を貫通している、請求項1~6のいずれか一項に記載の試料支持体。
【請求項8】
前記導電層の厚みの前記孔間のピッチに対する比は、0.5~1である、請求項6又は7に記載の試料支持体。
【請求項9】
前記導電層の材料は、白金又は金である、請求項1~8のいずれか一項に記載の試料支持体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料支持体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、試料の質量分析において、試料の成分をイオン化するための試料支持体が知られている(例えば、特許文献1参照)。このような試料支持体は、第1表面、第1表面とは反対側の第2表面、並びに第1表面及び第2表面に開口する複数の貫通孔を有する基板を備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6093492号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したような質量分析においては、イオン化された試料(試料イオン)が検出され、その検出結果に基づいて試料の質量分析が実施される。このような質量分析においては、感度(信号強度)の向上が望まれている。
【0005】
そこで、本発明の一側面は、高感度な質量分析を可能にする試料支持体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一側面に係る試料支持体は、試料の成分のイオン化に用いられる試料支持体であって、第1表面及び第1表面に開口する複数の孔を有する基板と、第1表面上において孔を塞がないように設けられた導電層と、を備え、導電層は、複数のナノ粒子によって構成され、30nm以上の厚みを有している。
【0007】
この試料支持体は、第1表面及び第1表面に開口する複数の孔を有する基板を備えている。これにより、複数の孔に試料の成分が導入されると、成分が第1表面側に留まる。さらに、導電層に電圧が印加されつつ基板の第1表面に対してレーザ光等のエネルギー線が照射されると、第1表面側における成分にエネルギーが伝達される。このエネルギーによって、成分がイオン化されることで、試料イオンが生じる。ここで、導電層は、複数のナノ粒子によって構成され、30nm以上の厚みを有している。これにより、導電層の表面にナノ粒子としての性質を持たせることで、導電層の表面を試料の成分のイオン化に適した状態にすることができる。したがって、この試料支持体によれば、試料イオンの信号強度を向上させることができ、高感度な質量分析が可能となる。
【0008】
ナノ粒子は、第1表面、及び孔の内壁面における第1表面側の一部に堆積していてもよい。この場合、複数の孔に導入された試料の成分がナノ粒子と接触しやすくなるため、試料の成分がよりイオン化されやすくなる。
【0009】
ナノ粒子の平均粒径は、100nm以下であってもよい。この場合、導電層のナノ粒子としての性質を適切に確保することができる。
【0010】
導電層は、300nm以下の厚みを有していてもよい。導電層の厚みが比較的大きくなると、導電層のナノ粒子としての性質を確保しにくい場合がある。導電層の厚みを300nm以下にすることで、導電層のナノ粒子としての性質をより適切に確保することができる。
【0011】
複数の孔のそれぞれの幅は、50nm~400nmであってもよい。この場合、複数の孔に導入された試料の成分を基板の第1表面側に適切に留まらせることができる。
【0012】
複数の孔は、基板の厚み方向に沿って規則的に延在していてもよい。この場合、複数の孔に導入された試料の成分をそれぞれの孔ごとに基板の第1表面に留まらせることができる。これにより、試料の成分を適切にイオン化させることができる。
【0013】
基板は、第1表面とは反対側の第2表面を有していてもよく、複数の孔のそれぞれは、第1表面から第2表面にかけて基板を貫通していてもよい。この場合、試料支持体の第2表面が試料に対向するように、試料支持体を試料上に配置することで、毛細管現象を利用して、基板の第2表面側から複数の孔を介して第1表面側に向けて試料の成分を移動させることができる。これにより、試料を構成する分子の二次元分布を画像化するイメージング質量分析を行うことができる。
【0014】
導電層の厚みの孔間のピッチに対する比は、0.5~1であってもよい。この場合、孔間のピッチに基づいて導電層の厚みを設定することで、導電層のナノ粒子としての性質を適切に確保することができる。
【0015】
導電層の材料は、白金又は金であってもよい。この場合、ナノ粒子としての性質を確保するのに適した導電層を容易に得ることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一側面によれば、高感度な質量分析を可能にする試料支持体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】一実施形態に係る試料支持体の平面図及び断面図である。
図2図1に示される試料支持体の拡大断面図である。
図3図1に示される基板の厚み方向から見た当該基板の拡大像を示す図である。
図4図2に示される基板の貫通孔の模式図、及び導電層のナノ粒子の模式図である。
図5図2に示される試料支持体の厚み方向から見た導電層の拡大像を示す図である。
図6図2に示される試料支持体の厚み方向に交差する方向から見た導電層の拡大像を示す図である。
図7図2に示される試料支持体の導電層を構成するナノ粒子の粒径分布を示す図である。
図8図1に示される試料支持体を用いた質量分析方法の手順を示す図である。
図9】試料支持体を用いた質量分析方法において導電層の厚みによる信号強度への影響を示す図である。
図10】変形例に係る試料支持体の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、各図において同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0019】
[試料支持体の構成]
図1の(a)、図1の(b)及び図2に示されるように、試料の成分のイオン化に用いられる試料支持体1は、基板2と、フレーム3と、導電層5と、を備えている。基板2は、例えば長方形板状を呈している。基板2の一辺の長さは、例えば数cm程度である。基板2の厚みは、例えば1μm~50μmである。
【0020】
基板2は、第1表面2a及び第2表面2b並びに複数の孔2cを有している。第2表面2bは、第1表面2aとは反対側の表面である。複数の孔2cのそれぞれは、基板2の厚み方向(第1表面2a及び第2表面2bに垂直な方向)に沿って規則的に延在している。具体的には、複数の孔2cのそれぞれの軸線は、厚み方向に沿って延在しており、互いに略平行である。複数の孔2cのそれぞれの軸線は、互いに交差していない。本実施形態では、複数の孔2cのそれぞれは、基板2に一様に(均一な分布で)形成されている。複数の孔2cのそれぞれは、第1表面2aから第2表面2bにかけて基板2を貫通している。つまり、複数の孔2cのそれぞれは、第1表面2a及び第2表面2bのそれぞれに開口している。
【0021】
基板2の厚み方向から見た場合における孔2cの形状は、例えば略円形である。孔2cの幅は、50nm~400nmである。本実施形態では、孔2cの幅は、200nm程度である。孔2cの幅とは、厚み方向から見た場合における孔2cの形状が略円形である場合には、孔2cの直径を意味し、当該形状が略円形以外である場合には、孔2cに収まる仮想的な最大円柱の直径(有効径)を意味する。本実施形態では、各孔2c間のピッチは、260nm程度である。各孔2c間のピッチとは、厚み方向から見た場合における孔2cの形状が略円形である場合には、当該各円の中心間距離を意味し、当該形状が略円形以外である場合には、孔2cに収まる仮想的な最大円柱の中心軸間距離を意味する。
【0022】
孔2cの幅は、以下のようにして取得される値である。まず、基板2の第1表面2a及び第2表面2bのそれぞれの画像を取得する。図3は、基板2の第1表面2aの一部の走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)画像の一例を示している。当該SEM画像において、黒色の部分は孔2cであり、白色の部分は孔2c間の隔壁部である。続いて、取得した第1表面2aの画像に対して例えば二値化処理を施すことで、測定領域R内の複数の第1開口(孔2cの第1表面2a側の開口)に対応する複数の画素群を抽出し、1画素当たりの大きさに基づいて、第1開口の平均面積を有する円の直径を取得する。同様に、取得した第2表面2bの画像に対して例えば二値化処理を施すことで、測定領域R内の複数の第2開口(孔2cの第2表面2b側の開口)に対応する複数の画素群を抽出し、1画素当たりの大きさに基づいて、第2開口の平均面積を有する円の直径を取得する。そして、第1表面2aについて取得した円の直径と第2表面2bについて取得した円の直径との平均値を孔2cの幅として取得する。
【0023】
各孔2c間のピッチは、以下のようにして取得される値である。まず、上述したように、測定領域R内の複数の第1開口に対応する複数の画素群を抽出し、互いに隣り合う第1開口の中心位置間の平均距離を取得する。同様に、測定領域R内の複数の第2開口に対応する複数の画素群を抽出し、互いに隣り合う第2開口の中心位置間の平均距離を取得する。そして、第1表面2aについて取得した平均距離と第2表面2bについて取得した平均距離との平均値を各孔2c間のピッチとして取得する。
【0024】
図3に示されるように、基板2には、略一定の幅を有する複数の孔2cが一様に形成されている。測定領域Rにおける孔2cの開口率(基板2の厚み方向から見た場合に測定領域Rに対して全ての孔2cが占める割合)は、実用上は10~80%であり、特に20~40%であることが好ましい。複数の孔2cの大きさは互いに不揃いであってもよいし、部分的に複数の孔2c同士が互いに連結していてもよい。
【0025】
図3に示される基板2は、Al(アルミニウム)を陽極酸化することにより形成されたアルミナポーラス皮膜である。具体的には、Al基板に対して陽極酸化処理を施し、酸化された表面部分をAl基板から剥離することにより、基板2を得ることができる。なお、基板2は、Ta(タンタル)、Nb(ニオブ)、Ti(チタン)、Hf(ハフニウム)、Zr(ジルコニウム)、Zn(亜鉛)、W(タングステン)、Bi(ビスマス)、Sb(アンチモン)等のAl以外のバルブ金属を陽極酸化することにより形成されてもよいし、Si(シリコン)を陽極酸化することにより形成されてもよい。
【0026】
図1及び図2に示されるように、フレーム3は、基板2の厚み方向から見た場合に基板2とほぼ同じ外形を有している。フレーム3は、第3表面3a及び第4表面3b並びに複数の開口3cを有している。第4表面3bは、第3表面3aとは反対側の表面であり、基板2側の表面である。開口3cは、第3表面3a及び第4表面3bのそれぞれに開口している。複数の開口3cのそれぞれは、フレーム3の厚み方向から見た場合に、マトリクス状に配置されている。複数の開口3cのそれぞれは、複数の測定領域Rを画定している。つまり、基板2には、複数の測定領域Rが形成されている。それぞれの測定領域Rには、試料が配置される。フレーム3は、基板2に取り付けられている。本実施形態では、基板2の第1表面2aと、フレーム3の第4表面3bのうち複数の開口3c以外の領域とが、接着層4によって互いに固定されている。
【0027】
接着層4の材料は、例えば、放出ガスの少ない接着材料(低融点ガラス、真空用接着剤等)である。試料支持体1では、基板2のうちフレーム3の開口3cに対応する部分が、複数の孔2cを介して第2表面2b側から第1表面2a側に試料の成分を移動させるための測定領域Rとして機能する。このようなフレーム3によって、試料支持体1のハンドリングが容易化すると共に、温度変化等に起因する基板2の変形が抑制される。
【0028】
図2に示されるように、導電層5は、基板2の第1表面2a側に設けられている。導電層5は、第1表面2aに直接的に(すなわち、別の膜等を介さずに)設けられている。具体的には、導電層5は、基板2の第1表面2aのうちフレーム3の複数の開口3cに対応する領域(すなわち、複数の測定領域Rに対応する領域)、複数の開口3cの内面、及びフレーム3の第3表面3aに一続きに(一体的に)形成されている。導電層5は、測定領域Rにおいて、基板2の第1表面2aのうち孔2cが形成されていない部分を覆っている。つまり、測定領域Rにおいては、各孔2cが開口3cに露出している。導電層5は、第1表面2a上において各孔2cを塞がないように設けられている。なお、導電層5は、第1表面2aに間接的に(すなわち、別の膜等を介して)設けられていてもよい。
【0029】
導電層5は、導電性材料によって形成されている。ただし、導電層5の材料としては、以下に述べる理由により、試料との親和性(反応性)が低く且つ導電性が高い金属が用いられることが好ましい。
【0030】
例えば、タンパク質等の試料と親和性が高いCu(銅)等の金属によって導電層5が形成されていると、試料のイオン化の過程において、試料分子にCu原子が付着した状態で試料がイオン化された結果、イオン化された試料がCu付加分子として検出されるため、検出結果がずれるおそれがある。したがって、導電層5の材料としては、試料との親和性が低い貴金属が用いられることが好ましい。
【0031】
一方、導電性の高い金属ほど一定の電圧を容易に且つ安定して印加し易くなる。そのため、導電性が高い金属によって導電層5が形成されていると、測定領域Rにおいて基板2の第1表面2aに均一に電圧を印加することが可能となる。また、導電層5の材料としては、基板2に照射されたレーザ光のエネルギーを、導電層5を介して試料に効率的に伝えることが可能な金属であることが好ましい。例えば、MALDI(Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization)等で使用される標準的なレーザ光(例えば波長が355nm程度の三倍高調波Nd、YAGレーザ又は波長が337nm程度の窒素レーザ等)が照射される場合には、導電層5の材料としては、紫外域における吸収性の高いAl、Au(金)又はPt(白金)等であることが好ましい。
【0032】
以上の観点から、導電層5の材料としては、例えば、Au、Pt等が用いられることが好ましい。本実施形態では、導電層5の材料は、Ptである。導電層5の厚みは、30nm~300nmであり、特に好ましくは50nm~150nmである。本実施形態では、導電層5の厚みは、100nm程度である。導電層5の厚みの孔2c間のピッチに対する比(すなわち、「導電層5の厚み/孔2c間のピッチ」)は、0.5~1であり、特に好ましくは0.8~1である。
【0033】
導電層5は、例えば、蒸着膜、スパッタ膜又は原子堆積膜等である。つまり、導電層5は、蒸着法、スパッタ法又は原子堆積法(ALD:Atomic Layer Deposition)等によって形成され得る。或いは、導電層5は、例えばメッキ法によって形成されてもよい。本実施形態では、導電層5は、蒸着膜であり、電子ビーム蒸着法によって形成されている。導電層の蒸着は、一般的には、導電層の平坦性を確保するため、加熱された基板に対して行われる。これに対して、導電層5の蒸着は、常温の(加熱されていない)基板2及びフレーム3に対して行われ得る。これにより、効果的に導電層5にナノ粒子としての性質を持たせることができる。また、導電層の蒸着は、一般的には、真空度が10-4Pa程度の条件下において行われる。これに対して、導電層5の蒸着は、一般的な場合に比べ、より高い圧力状態(低真空状態)において行われ得る。具体的には、導電層5の蒸着は、好ましくは真空度が10-4Pa以上、特に好ましくは真空度が10-3Pa~10-2Pa程度の条件下において行われ得る。これにより、効果的に導電層5にナノ粒子としての性質を持たせることができる。本実施形態では、導電層5の蒸着は、真空度が10-3Pa~10-2Pa程度の条件下において、且つ常温(加熱されていない)の基板2及びフレーム3に対して行われている。このように好適な真空度及び温度の条件下で導電層5の蒸着を行うことにより、一層効果的に導電層5にナノ粒子としての性質を持たせることができる。
【0034】
導電層5の材料としては、例えば、Cr(クロム)、Ni(ニッケル)、Ti(チタン)等が用いられてもよい。また、導電層5の材料としては、例えばSi(シリコン)等の半導体が用いられてもよい。なお、図1においては、導電層5の図示が省略されている。
【0035】
導電層5の厚みは、蛍光X線(XRF:X-Ray Fluorescence)による膜厚測定によって取得されてもよい。また、導電層5の厚みは、SEMによる断面観察及び膜厚算出によって取得されてもよい。この場合、導電層5の断面は、例えば、集束イオンビーム(FIB:Focus Ion Beam)、クロスセクションポリシャ(CP:Cross section Polisher)又は破断によって形成することができる。また、導電層5の厚みは、透過電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)による透過像観察及び膜厚算出によって取得されてもよい。また、導電層5の厚みは、共焦点レーザ顕微鏡による膜厚算出によって取得されてもよい。また、導電層5の厚みは、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)による高さ測定及び膜厚算出によって取得されてもよい。また、導電層5の厚みは、X線光電子分光(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)、オージェ電子分光(AES:Auger Electron Spectroscopy)、又は二次イオン質量分析法(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)による深さ(depth)プロファイルの測定によって取得されてもよい。
【0036】
次に、各孔2c及び導電層5について詳細に説明する。図4の(a)に示されるように、基板2の各孔2cは、筒部21cと、テーパー部22cと、を含んでいる。筒部21cは、基板2の厚み方向に沿って延在している。テーパー部22cは、筒部21cの軸方向における両端に形成されている。筒部21cの両端に形成されているテーパー部22cのそれぞれは、同じ構成を有しているため、筒部21cの一端に形成されているテーパー部22cのみについて説明し、筒部21cの他端に形成されているテーパー部22cの説明については、省略する。テーパー部22cは、筒部21cの一端と第1表面2aとを接続している。テーパー部22cは、例えば円錐台状を呈している。テーパー部22cは、第1表面2aに近づくに従って広がっている。つまり、テーパー部22cの幅は、第1表面2aに近づくに従って大きくなっている。
【0037】
図4の(b)に示されるように、導電層5は、複数のナノ粒子51によって構成されている。ナノ粒子とは、粒径が所定値よりも小さい粒子のことを意味する。本実施形態では、ナノ粒子51の平均粒径は、100nm以下である。複数のナノ粒子51は、第1表面2a、各孔2cの内壁面における第1表面2a側の一部に堆積している。具体的には、複数のナノ粒子51は、第1表面2a、テーパー部22c及び筒部21cにおけるテーパー部22c側の一部において一続きとなるように、堆積している。なお、図4は、ナノ粒子51が第1表面2a、テーパー部22c及び筒部21cにおけるテーパー部22c側の一部の上に一段のみ形成された状態を概略的に示しているが、実際には、複数のナノ粒子51が、多段に積層され得る。
【0038】
ナノ粒子51の平均粒径は、SEMによって取得される値である。具体的には、まず、導電層5のSEM画像を取得する。続いて、取得した導電層5の画像に対して例えば二値化処理を施すことで、導電層5の複数のナノ粒子51に対応する複数の画素群を抽出し、1画素当たりの大きさに基づいて、複数のナノ粒子51の平均面積を有する円の直径を複数のナノ粒子51の平均粒径として取得する。
【0039】
導電層5の表面5aは、複数のナノ粒子51の表面によって構成されている。具体的には、表面5aは、複数のナノ粒子51が堆積することによって形成された複数の微細な凹凸を含んでいる。表面5aには、ナノ粒子51間に形成された微細な溝が形成されている。表面5aの表面積は、表面5aが平坦面である場合に比べて大きい。表面5aは、ナノ粒子としての性質を有している。
【0040】
図5は、蒸着法によって形成された導電層5の拡大像を示す図である。図5の(a)に示される導電層5の厚みは、50nm程度である。図5の(b)に示される導電層5の厚みは、100nm程度である。図5の(c)に示される導電層5の厚みは、150nm程度である。図5の(a)~(c)に示されるように、導電層5は、複数のナノ粒子51によって構成さており、導電層5の厚みが大きくなるに従って、ナノ粒子51の堆積量が増えると共にそれぞれのナノ粒子51が際立つようになる。また、導電層5の厚みが大きくなるに従って、ナノ粒子51の粒径が大きくなる傾向にある。なお、図5の(a)~(c)の各拡大像においては、五角形又は六角形の筋状の構造が視認されるが、これは、基板2の第1表面2aが当該筋状の凸部を有しているためである。
【0041】
図6は、試料支持体1の厚み方向に交差する方向から見た図5の(b)に示される導電層5の拡大像を示す図である。図6に示されるように、導電層5の複数のナノ粒子51は、基板2の孔2c間の隔壁部における第1表面2a側の一部を覆うように第1表面2a上に堆積しており、導電層5の表面5aは、第1表面2aに沿って広がる複数の凹凸によって構成されている。図7は、図5の(b)に示される導電層5のナノ粒子51の粒径分布の一例を示す図である。図7の例では、ナノ粒子51の粒径は、数nm~35nm程度の範囲に分布している。なお、図7に示されるナノ粒子51の粒径は、SEM画像を目視することによって測定された値である。
【0042】
[イオン化方法及び質量分析方法]
次に、試料支持体1を用いたイオン化方法及び質量分析方法について説明する。まず、図8の(a)に示されるように、試料支持体1を用意する。試料支持体1は、イオン化方法及び質量分析方法の実施者によって製造されることにより用意されてもよいし、試料支持体1の製造者又は販売者等から譲渡されることにより用意されてもよい。なお、図8に示される試料支持体1は、図1に示される試料支持体1とは異なる数の測定領域Rを有しているが、図1図7を用いて説明した構造と同様の構造を有している。
【0043】
続いて、試料Sの成分を試料支持体1の複数の孔2c(図2参照)に導入する。具体的には、試料支持体1の各測定領域Rに試料Sを配置する。本実施形態では、例えばピペット8によって、試料Sを含む溶液を各測定領域Rに滴下する。これにより、試料Sの成分は、複数の孔2cを介して基板2の第1表面2a側から第2表面2b側に移動する。試料Sの成分は、例えば表面張力によって第1表面2a側に留まる。続いて、図8の(b)に示されるように、試料Sの成分が導入された試料支持体1をスライドグラス7の載置面7a上に配置する。スライドグラス7は、ITO(Indium Tin Oxide)膜等の透明導電膜が形成されたガラス基板であり、載置面7aは、透明導電膜の表面である。なお、スライドグラス7に代えて、導電性を確保し得る部材(例えば、ステンレス等の金属材料等からなる基板等)を載置部として用いてもよい。
【0044】
続いて、導電性を有するテープ(例えば、カーボンテープ等)を用いて、スライドグラス7に試料支持体1を固定する。続いて、試料Sの成分をイオン化させる。具体的には、試料支持体1が配置されたスライドグラス7を質量分析装置の支持部(例えば、ステージ)上に配置する。続いて、質量分析装置の電圧印加部を動作させて、スライドグラス7の載置面7a及びテープを介して試料支持体1の導電層5に電圧を印加しつつ、質量分析装置のレーザ光照射部を動作させて、基板2の第1表面2aのうち測定領域Rに対応する領域に対してレーザ光(エネルギー線)Lを照射する。
【0045】
以上のように導電層5に電圧が印加されつつ基板2の第1表面2aに対してレーザ光Lが照射されると、第1表面2a側に留まっている試料Sの成分にエネルギーが伝達されて、試料Sの成分がイオン化されることで、試料イオンS2(イオン化された成分)が生じる。具体的には、第1表面2a側に留まっている試料Sの成分にエネルギーが伝達されると、試料Sの成分が気化し、試料イオンS2が生じる。以上の工程が、試料支持体1を用いたイオン化方法(本実施形態では、レーザ脱離イオン化方法)に相当する。
【0046】
続いて、放出された試料イオンS2を質量分析装置のイオン検出部において検出する。具体的には、放出された試料イオンS2が、電圧が印加された導電層5とグランド電極との間に生じる電位差によって、試料支持体1とイオン検出部との間に設けられた当該グランド電極に向かって加速しながら移動し、イオン検出部によって検出される。本実施形態では、導電層5の電位は、グランド電極の電位よりも高く、正イオンをイオン検出部へ移動させている。つまり、試料イオンS2は、ポジティブイオンモードによって検出される。そして、イオン検出部が、試料イオンS2を検出することにより、試料Sを構成する分子のマススペクトルを取得する。質量分析装置は、例えば、飛行時間型質量分析方法(TOF-MS:Time-of-Flight Mass Spectrometry)を利用する走査型質量分析装置である。以上の工程が、試料支持体1を用いた質量分析方法に相当する。
【0047】
以上説明したように、試料支持体1は、第1表面2a及び第1表面2aに開口する複数の孔2cを有する基板2を備えている。これにより、複数の孔2cに試料Sの成分が導入されると、成分が第1表面2a側に留まる。さらに、導電層5に電圧が印加されつつ基板2の第1表面2aに対してレーザ光L等のエネルギー線が照射されると、第1表面2a側における成分にエネルギーが伝達される。このエネルギーによって、成分がイオン化されることで、試料イオンS2が生じる。ここで、導電層5は、複数のナノ粒子51によって構成され、30nm以上の厚みを有している。これにより、導電層5の表面5aにナノ粒子としての性質を持たせることで、導電層5の表面5aを試料Sの成分のイオン化に適した状態にすることができる。したがって、試料支持体1によれば、試料イオンS2の信号強度を向上させることができ、高感度な質量分析が可能となる。試料支持体1によれば、例えば、従来の表面支援レーザ脱離イオン化法(SALDI:Surface-Assisted Laser Desorption/Ionization)では検出が困難であった高分子又は低濃度の試料の高感度な質量分析が可能となる。
【0048】
質量分析においては、感度(信号強度)の向上が望まれている。本発明者らは、信号強度は、導電層5の表面状態に影響されることを見出した。すなわち、本発明者らは、導電層5の表面5aがナノ粒子としての性質を有していると、信号強度が向上することを見出した。更に、本発明者らは、導電層5の表面状態は、導電層5の厚みに相関があることを見出した。すなわち、本発明者らは、導電層5の厚みが所定値よりも大きくなると、導電層5の表面5aがナノ粒子としての性質を有することになることを見出した。このように、本発明者らは、質量分析における信号強度の向上の観点から、導電層5の表面状態及び導電層5の厚みに着目することで、試料支持体1の発明に至った。
【0049】
図9は、試料支持体を用いた質量分析方法において導電層の厚みによる信号強度への影響を示す図である。図9の例では、それぞれの導電層の厚みが20nm、50nm、100nm及び150nm程度である複数の試料支持体を用いて、m/z1046程度のAngiotensinII(アンジオテンシンII)の信号を複数回検出した。図9に示されるように、導電層の厚みが50nm以上である場合には、導電層の厚みが20nmである場合に比べて、信号強度が向上した。特に、導電層の厚みが100nmである場合には、導電層の厚みが20nmである場合の30倍以上の信号強度が得られた。このように、導電層5の厚みが大きくなると導電層5の表面5aがナノ粒子としての性質を有することになり、その結果、信号強度も向上することが確認された。これは、導電層5の表面5aがナノ粒子としての性質を有すると、表面5aの表面積が増加し、その結果、レーザ光L等のエネルギー線のエネルギーが表面5aを介して第1表面2a側に留まっている試料Sの成分に伝わりやすくなることで、レーザ光Lのエネルギーの吸収の向上によって試料Sの成分が急速に加熱されるためであると推測される。また、これは、導電層5の表面5aがナノ粒子としての性質を有すると、導電層5の表面プラズモン効果等が向上するためであると推測される。
【0050】
ナノ粒子51は、第1表面2a、及び孔2cの内壁面における第1表面2a側の一部に堆積している。これにより、複数の孔2cに導入された試料Sの成分がナノ粒子51と接触しやすくなるため、試料Sの成分がよりイオン化されやすくなる。
【0051】
ナノ粒子51の平均粒径は、100nm以下である。これにより、導電層5のナノ粒子としての性質を適切に確保することができる。
【0052】
導電層5は、300nm以下の厚みを有している。導電層5の厚みが比較的大きくなると、導電層5のナノ粒子としての性質を確保しにくい場合がある。導電層5の厚みを300nm以下にすることで、導電層5のナノ粒子としての性質をより適切に確保することができる。
【0053】
複数の孔2cのそれぞれの幅は、50nm~400nmである。これにより、複数の孔2cに導入された試料Sの成分を基板2の第1表面2a側に適切に留まらせることができる。
【0054】
複数の孔2cは、基板2の厚み方向に沿って規則的に延在している。これにより、複数の孔2cに導入された試料Sの成分をそれぞれの孔2cごとに基板2の第1表面2aに留まらせることができる。そのため、試料Sの成分を適切にイオン化させることができる。
【0055】
複数の孔2cのそれぞれは、基板2の第1表面2aから第1表面2aとは反対側の第2表面2bにかけて基板2を貫通している。これにより、試料支持体1の第2表面2bが試料Sに対向するように、試料支持体1を試料S上に配置することで、毛細管現象を利用して、基板2の第2表面2b側から複数の孔2cを介して第1表面2a側に向けて試料Sの成分を移動させることができる。これにより、試料Sを構成する分子の二次元分布を画像化するイメージング質量分析を行うことができる。
【0056】
導電層5の厚みの孔2c間のピッチに対する比(すなわち、「導電層5の厚み/孔2c間のピッチ」)は、0.5~1である。これにより、孔2c間のピッチに基づいて導電層5の厚みを設定することで、導電層5のナノ粒子としての性質を適切に確保することができる。
【0057】
導電層5の材料は、白金又は金である。これにより、ナノ粒子としての性質を確保するのに適した導電層5を容易に得ることができる。
【0058】
導電層5は、蒸着膜である。これにより、導電層5のナノ粒子としての性質を適切に確保することができる。
【0059】
孔2cは、テーパー部22cを含んでいる。これにより、ナノ粒子51が孔2cの内壁面における第1表面2a側の一部に堆積しやすくなるため、導電層5のナノ粒子としての性質を確保しやすくなる。
【0060】
[変形例]
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではない。例えば、各構成の材料及び形状には、上述した材料及び形状に限らず、様々な材料及び形状を採用することができる。
【0061】
また、上記実施形態では、複数の孔2cのそれぞれが基板2を貫通しているが、複数の孔は、基板を貫通しなくてもよい。具体的には、試料支持体1は、基板2に代えて、図10に示される基板2Aを備えてもよい。図10に示されるように、基板2Aは、複数の孔2cに代えて、複数の孔2dを有している点で、基板2と相違している。複数の孔2dのそれぞれは、基板2Aを貫通していない。つまり、複数の孔2dのそれぞれは、第1表面2aに開口しており、第2表面2bには開口していない。基板2Aは、例えば、SALDIに用いられる陽極酸化アルミナポーラス皮膜等であってもよい。
【0062】
また、上記実施形態では、複数の孔2cのそれぞれが、基板2に一様に形成されている例を示したが、基板2は、例えば不規則な多孔質構造を有する基板(例えばガラスビーズの焼結体等)であってもよい。
【0063】
また、孔2cが筒部21c及びテーパー部22cを含んでいる例を示したが、孔2cは、テーパー部22cを含んでいなくてもよい。この場合、筒部21cの両端のそれぞれが、第1表面2a及び第2表面2bに接続されている。
【0064】
また、上記実施形態では、フレーム3に設けられた複数の開口3cによって複数の測定領域Rが画定されていたが、試料支持体には1つの測定領域Rのみが設けられていてもよい。また、上記実施形態では、試料Sの成分のマススペクトルを取得したが、試料Sを構成する分子の二次元分布を画像化するイメージング質量分析を行ってもよい。
【0065】
また、導電層5は、少なくとも基板2の第1表面2a上に設けられていれば、基板2の第2表面2b上及び各孔2cの内壁面に設けられていてもよいし、設けられていなくてもよい。
【0066】
また、試料支持体1の用途は、レーザ光Lの照射による試料Sのイオン化に限定されない。試料支持体1は、レーザ光、イオンビーム、電子線等のエネルギー線の照射による試料Sのイオン化に用いることができる。
【符号の説明】
【0067】
1…試料支持体、2,2A…基板、2a…第1表面、2b…第2表面、2c,2d…孔、5…導電層、51…ナノ粒子、S…試料。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10