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  • 特開-筋機能回復方法及びキット 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022039122
(43)【公開日】2022-03-10
(54)【発明の名称】筋機能回復方法及びキット
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20220303BHJP
   A61B 18/02 20060101ALI20220303BHJP
   A61K 38/16 20060101ALI20220303BHJP
   A61P 21/00 20060101ALI20220303BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220303BHJP
【FI】
A61K45/00
A61B18/02
A61K38/16
A61P21/00
A61P43/00 111
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020143975
(22)【出願日】2020-08-27
(71)【出願人】
【識別番号】503420833
【氏名又は名称】学校法人常翔学園
(74)【代理人】
【識別番号】100122828
【弁理士】
【氏名又は名称】角谷 哲生
(72)【発明者】
【氏名】石道 峰典
(72)【発明者】
【氏名】五丁 龍志
【テーマコード(参考)】
4C084
4C160
【Fターム(参考)】
4C084AA01
4C084AA02
4C084AA17
4C084BA22
4C084CA03
4C084NA05
4C084NA14
4C084ZA94
4C084ZB01
4C084ZC01
4C160JJ01
4C160MM32
(57)【要約】
【課題】 ほ乳類の筋細胞中のアクアポリンの増強を促すことによる、筋機能回復方法を提供する。
【解決手段】 運動神経を一時的に麻痺させ、その後、神経の機能が回復する過程において、筋肉組織でのアクアポリン4の発現増強を促すことを含む筋機能を回復させる。
【選択図】 図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運動神経を一時的に麻痺させることを含む筋機能回復方法。
【請求項2】
筋肉量の回復を伴う、請求項1記載の方法。
【請求項3】
運動神経を一時的に麻痺させることを含む筋組織のアクアポリン発現増強方法。
【請求項4】
神経伝達阻害物質のアクアポリン発現増強のための使用。
【請求項5】
ボツリヌス毒素のアクアポリン発現増強のための使用。
【請求項6】
神経伝達阻害剤と注射器とを含む筋機能回復のためのキット。
【請求項7】
神経伝達阻害剤と注射器と含むアクアポリン発現増強のためのキット。
【請求項8】
神経伝達阻害剤がボツリヌス毒素である請求項6又は請求項7記載のキット。




【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ほ乳類の筋細胞中のアクアポリンの増強を促すことによる、筋機能回復方法、該筋機能回復方法を応用したキットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
アクアポリン(以下「AQP」と表記する。)は細胞への水取り込みに関与する蛋白質で300個以下のアミノ酸からなる比較的小さい蛋白質である。通常、細胞膜を6回貫通し、N末端とC末端はいずれも細胞内に伸びる構造を有している。アスパラギン、プロリン、アラニンからなる保存された領域(NPAボックス)が配列中に2回存在し、これはほぼ全てのアイソフォームで保存されており、水の透過性を規定する役割をしている。細胞膜では通常4分子が集まって4量体で存在し、1つの分子に1つずつ約0.3nmの小さな孔が開いており、一般的には水分子だけを選択的に通すことができるといわれている。アクアポリンには水だけでなく、水よりも分子径が大きく細胞内での水保持に重要なグリセロールや尿素などの分子を通過させる一群が存在し、アクアグリセロポリンと呼ばれる。アクアグリセロポリンでは、孔の径が少し広めになっている。このように、アクアポリンは水チャネルとして水透過に働く以外にもグリセリンや尿素などの小物質やガスの透過、細胞接着、細胞遊走などに働き、多様性があることが明らかになってきている。
【0003】
アクアポリンは細菌から哺乳類、植物にまで普遍的に存在し、哺乳類では現在までに13種類のアクアポリンアイソフォームの存在が確認されている。アクアポリンのアイソフォームは水を選択的に透過させるAQP0、AQP1、AQP2、AQP4、AQP5と、水のほかにグリセロールや尿素などの小分子を透過させるアクアグリセロポリンであるAQP3、AQP7、AQP9、AQP10、さらには、いずれにも分類されがたいAQP6、AQP8、AQP11、AQP12の3つのグループに分けられる(非特許文献1)。
【0004】
アクアポリンは、全身の臓器に分布しており、様々な疾病と関係があることも知られている(非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5)。AQP2は腎臓の集合管に存在して尿濃縮に重要な役割を果たしており、この遺伝子変異により腎性尿崩症になる。また、目の水晶体に存在するAQP0の遺伝子変異では白内障が起こる。一方、後天的な病気であるドライアイ、ドライマウスを主訴とするシェーグレン症候群では、AQP5の細胞内での分布異常が原因であることが報告されている。ノックアウトマウスやラットの解析などからは、AQP1、3、4が尿濃縮に、AQP1、2、3が膣の潤滑に、AQP3が皮膚の湿潤保持、創傷治癒や小腸での水の吸収に、AQP5が唾液分泌に、AQP7がグリセロールの代謝を介して脂質代謝に、AQP4が脳浮腫形成に関与していること等が分かってきている。
【0005】
AQP4は筋組織にも発現しているが、AQP4は、所在する筋組織を支配する興奮性神経の除去により、発現レベルが減少することが知られている。
AQP3はピロリドンカルボン酸やL-アルギニンなど、AQP7はαリノレン酸の投与により発現が増強することが知られている(特許文献1、特許文献2)が、筋組織で恣意的にAQP4を増加させることができることは知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-134751
【特許文献2】特開2018-203680
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Annu Rev Physiol、70、301-327、2008
【非特許文献2】日本薬理学雑誌 122(3), 280,273, 2003
【非特許文献3】第19回「大学と科学」 みずみずしい体のしくみ-水の通り道「アクアポリン」の働きと病気-、102-118、154-169、2005
【非特許文献4】J.Mol.Med.86、221-231、2008
【非特許文献5】J.Sex.Med.2008、5、77-82
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、保水に関与する分子であるアクアポリンの発現量を筋組織で増やすことを課題とする。また、併せて筋肉の機能を維持する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、AQP4のほ乳類の筋肉細胞における神経支配との関連性を検討する中で、上記の課題に対する解決手段として、筋肉中のアクアポリンの発現量が、筋肉に対する神経再支配時に増加することを見いだし、かかる事象に基づき、筋機能回復方法、アクアポリンの発現増強方法、筋機能回復のためのキットを完成させた。
1.運動神経を一時的に麻痺させることを含む筋機能回復方法。
2.筋肉量の回復を伴う、1記載の方法。
3.運動神経を一時的に麻痺させることを含む筋組織のアクアポリン発現増強方法。
4.神経伝達阻害物質のアクアポリン発現増強のための使用。
5.ボツリヌス毒素のアクアポリン発現増強のための使用。
6.神経伝達阻害剤と注射器とを含む筋機能回復のためのキット。
7.神経伝達阻害剤と注射器と含むアクアポリン発現増強のためのキット。
8.神経伝達阻害剤がボツリヌス毒素である6又は7記載のキット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ほ乳類において、AQP4を一時的に増加させ、筋機能の回復を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】AQP4の発現量の増加を示す図である。
図2】Scheffeの分析を、one-way ANOVAにより行った結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.本発明方法
本発明方法は、運動神経を一時的に麻痺させることを含む筋機能回復方法である。
本発明により機能が回復する筋組織は、運動神経による神経支配がされている限りにおいて、随意筋であると不随意筋であるとを問わない。運動機能の改善により日常生活により大きく影響が生ずるのは随意筋であることから、本発明方法が適当される好ましい対象の筋組織は随意筋組織である。
【0013】
本発明方法において麻痺をさせる対象となる運動神経はそれらの筋肉の作動に関与する神経である限りにおいて、対象の筋組織と直接接合している運動神経に限られない。運動神経を麻痺させる方法は、神経伝達を一時的に機能しなくする方法であれば、得に限定はされないが、例えば、生物化学的な方法(例えば、破傷風毒素、ボツリヌス毒素などの神経に対する化学的阻害剤を使用する方法など)、物理的な方法(例えば、凍結処理など)が挙げられ、いずれの方法であっても本発明の効果を得ることができる。対象に対する負担・侵襲性は生物化学的方法が低いため、より好ましいが、この限りではない。
【0014】
運動神経を麻痺させておく期間は、あまりに長期間となると筋組織の劣化が進みすぎて好ましくない。従って、期間は1時間から5日(120時間)、好ましくは2時間から3日(72時間)、2時間から1日(24時間)が好ましい。本発明方法では、かかる期間中、神経が麻痺する程度の上述の生物化学的な方法、物理的な方法により、当業者であれば適宜調整して運動神経を麻痺させることにより実施することができる。
【0015】
本発明方法が適用される筋組織は、生体内に存在する筋組織であっても、生体外に存在する筋組織であってもよい。生体内に存在する筋組織に対して本発明方法を適用する場合には、その対象は、魚類、は虫類、両生類、鳥類、ほ乳類などが挙げられるが、その中でもほ乳類(ヒトを除く)が好ましい。
【0016】
一方、生体に存在する筋組織に対して本発明方法を適用する場合にも、その対象は魚類、は虫類、両生類、鳥類、ほ乳類などが挙げられるが、その中でもほ乳類が好ましい。かかる筋組織は、例えば、生体内から一時的に摘出し、生体外培養条件下において、本発明方法を適用することも可能で有り、また、幹細胞から人工的に分化させて形成した筋組織(当業者であれば間葉系多能性幹細胞から分化させて筋組織と神経組織を形成することができる)でも適用することが可能である。
【0017】
かかる本発明方法は、神経組織を一時的に麻痺させ、その後、麻痺からの回復期間中、筋組織と神経組織を温存することで、筋組織への神経再支配を経て筋組織の本来の機能を回復させることを達成する。かかる神経再支配に際し、筋組織においては、AQP4の発現量が一時的に上昇し、保水量の増加により筋肉量の増加とそれに伴う機能向上が図られる。
【0018】
本発明方法により、筋組織におけるAQP4の発現増強がなされるが、発現量の変化は、例えば、抗AQP4抗体を用いたウエスタンブロッティング法、リアルタイムPCR法、酵素結合免疫吸着検査法(ELISA法)、ポリアクリルアミドゲル電気泳動法(SDS-PAGEなど)など、既存の定量的又は定性的タンパク質発現検査法を用いることにより確認することができる。
【0019】
2.本発明キット
本発明キットは、神経伝達阻害剤と注射器とを含む筋機能回復のためのキットである。
本発明キットにおける神経伝達阻害剤は、神経繊維及び神経細胞を傷害する効果のない伝達阻害剤であり、好ましくは可逆的に神経伝達を阻害する物質である。かかる神経伝達阻害剤としては、例えばクロストリジウム毒素(例えば、ボツリヌス神経毒(BoNTs)、BoNT/A、BoNT/B、BoNT/C1、BoNT/D、BoNT/E、BoNT/F及びBoNT/G、及び破傷風神経毒(TeNT))、イモガイ属マリンスネイル毒由来のα-コノペプチド等のアミノ酸・タンパク質からなる神経伝達阻害剤が好ましい。
【0020】
神経伝達阻害剤は、例えばバイアル瓶等、通常用いられる容器に滅菌状態で封入された状態とすることが好ましく、凍結乾燥品、生理食塩水や5%程度のグルコース溶液への溶解液などでキットに使用することができる。特に、安定性が優れることから、凍結乾燥品であることが好ましい。
【0021】
キットに含まれる神経伝達阻害剤の量は、5から200単位程度で使用箇所に応じて変更することができる。かかる神経伝達阻害剤を溶解するための、整理食塩水や3から5%のグルコース溶液を更にキットには含んでも良く、これらを使用して神経伝達阻害剤を希釈化したうえで、使用に際して部位あたり1から5単位程度を注射により使用することができる。
【0022】
本発明キットは、神経伝達阻害剤を生体中に注入するための注射器及び注射針のいずれかを含むことが好ましい。注射針の長さや太さは適用箇所に応じて適宜選択しうる。
【実施例0023】
1.マウスにおけるAQP4発現増強の確認
生後8週間の雌のマウスを3群に分けて使用した。
坐骨神経の冷凍・脱神経支配処理は、先の研究に基づいた手段により実施した。
一 マウスに麻酔をかける(本実施例ではPentobarbitalを使用した);
二 右側の臀部の肌を切り、右坐骨神経をさらし、周辺組織と坐骨神経に分ける;
三 右の坐骨神経をピンセットで持ち上げ、液体窒素で冷やされた液体窒素で冷やしたステンレスの棒を接触させる;
四 切開部を縫合する;
その後、1群:脱神経支配処理後4週飼育群、2群:脱神経支配処理後6週間飼育群、3群:脱神経支配処理をしていない群のそれぞれのラットを安楽死させた後、下肢の前脛骨筋を摘出し、Western Blotting法によりAQP4の発現量を比較した(方法は、J Muscle Res Cell Motil 39:17-23に従った)。その結果、1群において顕著にAQP4の発現量の増加が確認された(図1図2)。図1中、TRVP4はtransient receptor potential isoform 4を、NKCC1はNa+-K+-Cl- cotransporter 1を、GAPDHはGlyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenaseをそれぞれ示す。図2、StatView(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)により、Scheffeの分析を、one-way ANOVAにより行った結果である。
【0024】
2.キットの作成
下記 一から四をキットとした。
一 ボツリヌス毒素(100U:凍結乾燥品) 5ml用バイアル瓶封入品
(人血清アルブミン0.5mg、塩化ナトリウム0.9mgを含む)
二 生理食塩水 2ml バイアル瓶封入品
三 5ml用注射器
四 23ゲージ注射針

図1
図2