(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022058236
(43)【公開日】2022-04-11
(54)【発明の名称】光学多層膜の製造方法及び光学部材
(51)【国際特許分類】
G02B 1/115 20150101AFI20220404BHJP
C23C 14/32 20060101ALI20220404BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20220404BHJP
C03C 17/34 20060101ALI20220404BHJP
【FI】
G02B1/115
C23C14/32 F
C23C14/06 P
C03C17/34 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021156644
(22)【出願日】2021-09-27
(31)【優先権主張番号】P 2020165030
(32)【優先日】2020-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021044686
(32)【優先日】2021-03-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000707
【氏名又は名称】特許業務法人竹内・市澤国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 元太郎
(72)【発明者】
【氏名】田中 祐文
【テーマコード(参考)】
2K009
4G059
4K029
【Fターム(参考)】
2K009AA05
2K009CC03
2K009DD03
4G059AA11
4G059AC04
4G059EA01
4G059EA03
4G059EA05
4G059EB03
4G059EB05
4G059GA02
4G059GA04
4G059GA12
4K029AA09
4K029AA24
4K029BA43
4K029BA44
4K029BA45
4K029BA46
4K029BC07
4K029BD09
4K029CA09
4K029DB05
4K029EA01
4K029GA00
(57)【要約】
【課題】光学多層膜の製造方法及び光学部材を提供する。
【解決手段】二酸化ケイ素と、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物を含む下地膜形成材料を用いて下地膜を形成することと、前記下地膜の上に薄膜形成材料を非酸化雰囲気中でイオンビームアシスト蒸着法により堆積させて前駆体薄膜を形成することを含む、光学多層膜の製造方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物を含む下地膜形成材料を用いて下地膜を形成することと、
前記下地膜の上に薄膜形成材料を非酸化雰囲気中でイオンビームアシスト蒸着法により堆積させて前駆体薄膜を形成すること、を含む、光学多層膜の製造方法。
【請求項2】
前記前駆体薄膜を形成する工程における前記薄膜形成材料が、少なくとも酸化インジウムと一酸化ケイ素を含む、請求項1に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項3】
前記前駆体薄膜を形成する工程の後に、前記前駆体薄膜に酸性溶液を接触させることにより、酸化インジウムを溶出させて、二酸化ケイ素を含有する骨格を含む薄膜を形成することを含む、請求項2に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項4】
前記下地膜を形成する工程における前記下地膜の膜厚が1nm以上1μm以下の範囲内である、請求項1から3のいずれか1項に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項5】
前記下地膜を形成する工程における前記下地膜を物理蒸着法により形成する、請求項1から4のいずれか1項に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項6】
前記下地膜を形成する工程において、前記第1酸化物に含まれる元素とは異なる金属元素を含む第2酸化物を、前記下地膜形成材料の全体量に対して10質量%以下含む、請求項1から5のいずれか1項に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項7】
前記前駆体薄膜を形成する工程後であって、前記薄膜を形成する工程の前に、第1ケイ素化合物を含む平坦膜形成材料用溶液を前記前駆体薄膜に塗布して平坦膜を形成する工程を含む、請求項1から6のいずれか1項に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項8】
前記第1ケイ素化合物が、ポリシラザン化合物又はアルコキシシランである、請求項7に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項9】
前記薄膜を形成する工程後に、第2ケイ素化合物を含有する第2ケイ素化合物含有溶液を準備し、前記第2ケイ素化合物含有溶液を前記薄膜上又は前記平坦膜上に塗布して、前記第2ケイ素化合物含有溶液を前記薄膜内に浸入させて、前記骨格の表面に第2ケイ素化合物を付着させる工程を含む、請求項7又は8に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項10】
前記第2ケイ素化合物が、ポリシラザン化合物又はアルコキシシラン化合物である、請求項9に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項11】
前記ポリシラザン化合物が、1分子中に少なくとも1つ以上のヒドロシリル基を含有する無機ポリシラザン化合物及び有機ポリシラザン化合物からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項8又は10に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項12】
前記下地膜と薄膜とを含む光学多層膜を、60℃以上100℃未満で、相対湿度60%以上100%以下の雰囲気中に1時間以上5時間以内保持する高湿度処理を行う、請求項3から11のいずれか1項に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項13】
前記下地膜と薄膜とを含む光学多層膜を、超音波により洗浄する、請求項3から12のいずれか1項に記載の光学多層膜の製造方法。
【請求項14】
被成膜物と、
空隙率が30%以上90%以下の範囲内であり、屈折率が1.380以下である、二酸化ケイ素を含有する骨格を含む薄膜と、
前記被成膜物と前記薄膜との間に配置され、前記薄膜に接する、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物を含む下地膜と、を備え、
前記下地膜の屈折率が前記薄膜よりも大きい光学部材。
【請求項15】
前記下地膜の膜厚が1nm以上である、請求項14に記載の光学部材。
【請求項16】
前記薄膜の表面に第1ケイ素化合物を含む平坦膜を備えた、請求項14又は15に記載の光学部材。
【請求項17】
前記薄膜の断面において、前記骨格の表面に第2ケイ素化合物が付着されている、請求項14から16のいずれか1項に記載の光学部材。
【請求項18】
前記薄膜の表面に50nm以上10μm以下の範囲内の粒径の粒子が存在しない、請求項14から17のいずれか1項に記載の光学部材。
【請求項19】
前記平坦膜の表面に50nm以上10μm以下の範囲内の粒径の粒子が存在しない、請求項16から17のいずれか1項に記載の光学部材。
【請求項20】
前記平坦膜側から測定される400nm以上700nm以下の波長範囲の反射率が0.1%以下である、請求項14から19のいずれか1項に記載の光学部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光学多層膜の製造方法及び光学部材に関する。
【背景技術】
【0002】
カメラや望遠鏡のレンズ表面には、反射光を低減するために薄膜がコーティングされている。反射光の低減効果を単層膜にて得ようとする場合、被成膜物の屈折率の平方根の数値と近い数値となる屈折率を有する光学薄膜を、被成膜物の最表面に形成することが効果的である。広域の波長に対する反射防止効果を得る場合には、多層膜を形成する必要がある。そのような多層膜でも、斜入射光に対する反射防止効果を高めるには、被成膜物の平方根を下回る屈折率を有する光学薄膜が必要とされる。
【0003】
特許文献1には、レンズ、プリズム、ガラス等の基材の表面に順に、金属酸化物等の無機材料又は無機微粒子と樹脂等のバインダからなる複合層からなる緻密層と、シリカエアロゲル多孔質層が形成された反射防止膜が開示されている。
特許文献2には、ガラス又は樹脂からなる透明基材の表面に順に、SiO2微粒子及びマトリックスからなり、屈折率が1.30から1.44である下層と、SiO2粒子及びマトリックスからなり、屈折率が1.10から1.29である上層からなる低反射膜を有する物品が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006-215542号公報
【特許文献2】国際公開第2012/086806号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
光学薄膜を得る場合に、光学薄膜形成時に異物の混入や欠損が生じると、混入した異物や欠損によって光が吸収され、光学薄膜が形成された光学部材の光の透過率が低下する場合がある。
本発明の一態様は、高い透過率を維持し、屈折率が低い薄膜を含む光学多層膜の製造方法及び光学部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第一の態様は、二酸化ケイ素と、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物を含む下地膜形成材料を用いて下地膜を形成することと、前記下地膜の上に薄膜形成材料を非酸化雰囲気中でイオンビームアシスト蒸着法により堆積させて前駆体薄膜を形成すること、を含む、光学多層膜の製造方法である。
【0007】
第二の態様は、被成膜物と、空隙率が30%以上90%以下の範囲内であり、屈折率が1.380以下である、二酸化ケイ素を含有する骨格を含む薄膜と、前記被成膜物と前記薄膜との間に配置され、前記薄膜に接する、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物を含む下地膜と、を備え、前記下地膜の屈折率が前記薄膜よりも大きい光学部材である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、高い透過率を維持し、屈折率が低い薄膜を含む光学多層膜の製造方法及び光学部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、光学多層膜の製造方法の第1実施態様に係るフローチャートである。
【
図2】
図2は、光学多層膜の製造方法の第2実施態様に係るフローチャートである。
【
図3】
図3は、光学多層膜の製造方法の第3実施態様に係るフローチャートである。
【
図4】
図4は、光学多層膜の製造方法の第4実施態様に係るフローチャートである。
【
図5】
図5は、光学部材の第1例を示す模式的断面図である。
【
図6】
図6は、光学部材の第2例を示す模式的断面図である。
【
図7】
図7は、参考例7に係り、平坦膜を形成した光学部材の端面の一部のSEM写真である。
【
図8】
図8は、比較例5に係り、平坦膜を形成していない光学部材の端面の一部のSEM写真である。
【
図9】
図9は、実施例1に係り、光学部材の薄膜側の表面の外観写真である。
【
図10】
図10は、参考例10に係り、光学部材の薄膜側の表面の外観写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示に係る光学多層膜の製造方法及び光学部材の一実施態様に基づいて説明する。ただし、以下に示す実施態様は、本発明の技術思想を具体化するための例示であって、本発明は、以下の光学多層膜の製造方法及び光学部材に限定されない。
【0011】
光学多層膜の製造方法
光学多層膜の製造方法は、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物を含む下地膜形成材料を用いて下地膜を形成することと、前記下地膜の上に薄膜形成材料を非酸化雰囲気中でイオンビームアシスト蒸着法により堆積させて前駆体薄膜を形成すること、を含む。
【0012】
本明細書において、下地膜と薄膜とを含む2層以上の層を含む構造を、光学多層膜という。本明細書において、後述する2層以上の層が形成された多層膜と、下地膜と、薄膜と、が積層された多層構造も、光学多層膜という。また、下地膜と、薄膜と、薄膜の表面に平坦膜が形成された構造も、光学多層膜という。本明細書において、多数の前駆体薄膜が積層された多層構造を、多層前駆体薄膜ともいう。光学多層膜は、被成膜物の光の入射面上、光の出射面上、又は光取り出し面上に形成されることが好ましい。
【0013】
以下、図を参照にして、光学多層膜の製造方法を説明する。
図1は、光学多層膜の製造方法の第1実施態様に係るフローチャートである。光学多層膜の製造法は、下地膜を形成する工程S101と、下地膜の上に前駆体薄膜を形成する工程S102と、を含む。
【0014】
図2は、光学多層膜の製造方法の第2実施態様に係るフローチャートである。光学多層膜の製造法は、前駆体薄膜を形成する工程S202の後に、前駆体薄膜を酸性溶液に接触させて、薄膜を形成する工程S203を含む他は、第1実施態様と同様に、下地膜を形成する工程S201と、下地膜の上に前駆体薄膜を形成する工程S202とを含む。
【0015】
図3は、光学多層膜の製造方法の第3実施態様に係るフローチャートである。光学多層膜の製造法は、前駆体薄膜を形成する工程S302の後であって、薄膜を製造する工程S304の前に、平坦膜を形成する工程S303を含む他は、第2実施態様と同様に、下地膜を形成する工程S301と、前駆体薄膜を形成する工程S303と、薄膜を形成する工程S304を含む。
【0016】
図4は、光学多層膜の製造方法の第4実施態様に係るフローチャートである。光学多層膜の製造法は、薄膜を形成する工程S404の後に、薄膜の骨格に第2ケイ素化合物を付着させる工程S405を含む他は、第3実施態様と同様に、下地膜を形成する工程S401と、前駆体薄膜を形成する工程S402と、平坦膜を形成する工程S403と、薄膜を製造する工程S404と、を含む。
【0017】
下地膜を形成する工程
被成膜物は、ガラスから形成されたものであってもよく、プラスチックから形成されたものであってもよい。ガラスとしては、光学ガラスが挙げられる。例えば、プラスチックとしては、ポリエステル系、アクリル系、ポリカーボネート系、ポリアミド系、ポリイミド系、ポリエーテルスルホン系、ポリスルホン系、ポリオレフィン系の樹脂が挙げられる。被成膜物の形態は、例えば平板状又は曲面を有するレンズ状の基板であってもよく、フレキシブルシートであってもよい。後述する下地膜の形成工程及び前駆体薄膜の形成工程において、比較的低温でも下地膜及び前駆体薄膜の形成が可能であるので、耐熱性の低い材料から形成された被成膜物に対しても、高い透過率を維持し、屈折率が低い薄膜を含む光学多層膜を形成することができる。
【0018】
被成膜物は、光の透過率が高いものであることが好ましい。被成膜物の透過率としては、例えば、280nm以上780nm以下の範囲内の可視光の波長範囲で測定される範囲の光の透過率が70%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましい。被成膜物の透過率は、例えば分光光度計によって280nm以上780nm以下の範囲の波長の光の透過率を測定することができる。
【0019】
光学多層膜の製造方法は、下地膜を形成する前に、被成膜物に2層以上の複数の層が積層された多層膜を形成する工程を含んでいてもよい。被成膜物に形成する多層膜は、生産現場における光学薄膜の設計・作製・評価技術、2001年、技術情報協会に記載された方法を参照にして製造してもよい。多層膜は、被成膜物と、下地膜の間に配置されることが好ましい。多層膜は、被成膜物に接触して形成された第1層と、前記第1層に接触して第n層(nは、2以上の整数)が形成されていることが好ましい。多層膜の第n層は、第1層又は第n-1層とは屈折率が異なることが好ましい。多層膜は、第1層と第2層が交互に2回以上繰り返して積層されていてもよい。多層膜は、第n層のnが3以上の整数の場合は、小さい数字の第n層から順次大きい数字の第n層が積層され、この順序で複数回繰り返して積層されていてもよい。
【0020】
下地膜形成材料は、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される1種の第1酸化物からなるものであってもよく、2種以上の第1酸化物を含むものであってもよい。下地膜形成材料は、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物と、前記第1酸化物に含まれる元素とは異なる金属元素を含む第2酸化物を、下地膜形成材料の全体量に対して10質量%以下含むものであってもよい。第2酸化物に含まれる金属元素としては、例えば、チタン、タンタル、ニオブ等が挙げられる。二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物とは異なる第2酸化物の具体例としては、例えば、酸化チタン、酸化タンタル、酸化ニオブ等が挙げられる。これにより、後述する前駆体薄膜の形成工程において、非酸化雰囲気中でイオンビーム蒸着法により前駆体薄膜を形成した場合においても、下地膜で被成膜物又は多層膜の表面を保護し、亜酸化物や欠損の生成を抑制することができる。
【0021】
下地膜を被成膜物に形成する工程における下地膜の形成方法は、後述する前駆体薄膜を形成する方法と同様の方法を用いて形成してもよく、異なる方法を用いて形成してもよい。下地膜は、物理蒸着法により形成することが好ましい。物理蒸着法によれば、比較的短時間で安定した組成の略均等な厚みの下地膜を形成することができる。
【0022】
物理蒸着法としては、電子ビーム蒸着法、抵抗加熱蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタ法等が挙げられる。中でも、電子ビーム蒸着法又は抵抗加熱蒸着法、を用いることが好ましく、電子ビーム蒸着法を用いることがより好ましい。電子ビーム蒸着法又は抵抗加熱蒸着法は、大面積又は曲率半径の小さい曲面にも均一に前駆体薄膜を形成することができる。さらに電子ビーム蒸着法は、下地膜形成材料に電子ビームを直接照射して加熱するため熱効率がよく、高融点で熱伝導率の低い酸化物等の下地膜形成材料であっても効率良く気化させて、比較的短い時間で被成膜物に、下地膜形成材料の組成に基づく安定した組成を有する前駆体薄膜を形成することができる。さらに下地膜は、後述する前駆体薄膜を形成する方法と同様に、イオンビームアシスト蒸着法を用いて形成してもよい。イオンビームアシスト蒸着法を用いて下地膜を形成する場合であっても、下地膜形成材料が二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物を含み、加速イオンとして酸素(O)を用いることにより、被成膜物又は多層膜の最上層の表面から酸素原子が抜け出て、体色が黒色の亜酸化物が生成されるのを抑制することができ、酸素不足による欠損の生成を抑制することができる。下地膜を形成するためにイオンビームアシスト蒸着法を用いる場合、イオンビームアシストのためのイオン源は酸素ガスイオンであることが好ましい。イオンビームアシストのためのガスイオンは、不活性ガスイオンと酸素ガスイオンの混合物であってもよく、不活性ガスイオンは、Arイオン又はHeイオンが挙げられ、好ましくはArイオンである。下地膜を形成するためにイオンビームアシスト蒸着法を用いる場合、イオン源が酸素ガスイオンと不活性ガスイオンの混合物である場合、主成分は酸素ガスイオンであることが好ましく、導入するイオン源の50%以上が酸素ガスイオンであることが好ましい。
【0023】
下地膜の膜厚は、1nm以上1μm以下の範囲内であることが好ましく、2nm以上900nm以下の範囲内であることがより好ましく、3nm以上800nm以下の範囲内であることがさらに好ましく、4nm以上700nm以下の範囲内であることがよりさらに好ましく、5nm以上500nm以下の範囲内であることが特に好ましい。下地膜の膜厚が1nm以上1μm以下の範囲内であれば、例えば物理蒸着法による同じバッチ内で膜厚にばらつきが生じることなく、被成膜物又は多層膜に均等な下地膜が形成される。また、被成膜物又は多層膜に形成された下地膜の膜厚が1nm以上1μm以下の範囲内であれば、後述する前駆体薄膜の形成工程において、非酸化雰囲気中でイオンビームアシスト蒸着法により加速イオンが被成膜物又は多層膜にぶつかって、被成膜物又は多層膜の表面に亜酸化物や欠損が生成されるのを抑制することができ、被成膜物の透過率又は多層膜の透過率の低下を抑制することができる。被成膜物又は多層膜に形成された下地膜の膜厚(物理膜厚)が1μm以下であれば、目標とする光学多層膜の分光特性を維持できる。被成膜物又は多層膜に形成された下地膜の膜厚(物理膜厚保)の上限値は、光学多層膜の設計時に最適膜厚を算出し、目標とする光学多層膜の分光特性を維持できる膜厚(物理膜厚)である。下地膜の膜厚は、水晶式膜厚計により測定することができる。
【0024】
前駆体薄膜を形成する工程
光学多層膜の製造方法において、前駆体薄膜を形成する工程は、下地膜の上に薄膜形成材料を非酸化雰囲気でイオンビームアシスト蒸着法により堆積させて前駆体薄膜を形成する。
【0025】
非酸化雰囲気中で、イオンビームアシスト蒸着法により、窒素イオン、アルゴンイオン、又はヘリウムイオン等の加速イオンが照射されると、被成膜物の表面にも加速イオンが到達し、加速イオンのエネルギーにより、被成膜物又は多層膜から被成膜物又は多層膜に含まれる例えば酸素等の原子が抜け出て、亜酸化物や欠損が形成される場合がある。被成膜物又は多層膜の表面に黒色の体色を有する亜酸化物や欠損が形成されると、亜酸化物や欠損部分で光が吸収され、被成膜物の透過率が低下する。下地膜によって被成膜物又は多層膜の表面が保護されていると、イオンビームアシスト蒸着法を用いて前駆体薄膜を形成した場合であっても、亜酸化物が生成を抑制することができ、被成膜物又は多層膜の表面の欠損の生成を抑制することができ、薄膜の高い透過率を維持することができる。
【0026】
薄膜形成材料は、少なくとも酸化インジウムと酸化ケイ素を含むことが好ましい。薄膜形成材料は、少なくとも酸化インジウム及び酸化ケイ素を含み、酸化インジウムが酸化ケイ素1モルに対して0.230モル以上0.270モル以下である混合物であることが好ましい。
【0027】
薄膜形成材料の原料に用いる酸化インジウムは、酸化インジウム(III)(In2O3)であることが好ましい。酸化インジウム(III)(In2O3)は、不可避的不純物を含んでいてもよい。原料として用いる酸化インジウム(III)(In2O3)中、酸化インジウム(III)(In2O3)の含有量は、好ましくは90質量%以上、より好ましくは95質量%以上、さらに好ましくは99質量%以上である。
【0028】
薄膜形成材料の原料に用いる酸化ケイ素は、主成分として一酸化ケイ素(SiO)であることが好ましい。本明細書において、「主成分として一酸化ケイ素(SiO)である」とは、原料の酸化ケイ素中、一酸化ケイ素(SiO)の含有量が50質量%以上であることを意味する。原料の酸化ケイ素中、一酸化ケイ素(SiO)の含有量は、より好ましくは80質量%以上、さらに好ましくは90質量%以上、よりさらに好ましくは99質量%以上である。
【0029】
前駆体薄膜を形成する工程において、薄膜形成材料を用いて、非酸化雰囲気中でイオンビームアシスト蒸着法により、被成膜物又は多層膜に形成された下地膜上に前駆体薄膜を形成する。前駆体薄膜は、薄膜形成材料に含まれている酸化インジウム(III)(In2O3)と一酸化ケイ素(SiO)が反応して、二酸化ケイ素(SiO2)及び酸化インジウム(I)(In2O)が含まれる。前駆体薄膜中には、極微量の酸化インジウム(III)(In2O3)、及び/又はインジウム(In)を含む場合がある。薄膜形成材料に含まれる酸化インジウム(III)(In2O3)は、非酸化雰囲気中のイオンビームアシスト蒸着により、酸化インジウム(I)(In2O)とインジウム(In)と酸素(O)に解離される。薄膜形成材料に含まれる一酸化ケイ素(SiO)は、一酸化ケイ素(SiO)の酸化の標準生成自由エネルギーが酸化インジウム(I)(In2O)の酸化の標準生成自由エネルギーよりも低いため、優先的に酸素(O)と反応して二酸化ケイ素(SiO2)を生成する。非酸化雰囲気中で薄膜形成材料を用いてイオンビームアシスト蒸着法により前駆体薄膜を形成すると、酸化インジウム(III)(In2O3)から解離した酸素(O)は、優先的に一酸化ケイ素(SiO)に吸収されて二酸化ケイ素(SiO2)を生成する。そのため、前駆体薄膜中には一酸化ケイ素(SiO)がほとんど残存せず、体色が黒色である一酸化ケイ素(SiO)由来の可視光の吸収を生じない。また、薄膜形成材料に含まれる酸化インジウム(III)(In2O3)から解離した酸素(O)は、一酸化ケイ素(SiO)に吸収されて二酸化ケイ素(SiO2)を生成するため、解離した酸化インジウム(I)(In2O)のさらなる酸化による酸化インジウム(III)(In2O3)の生成を抑えることができる。
【0030】
酸化インジウム(III)(In2O3)が解離して生成されたインジウム(In)は、酸化インジウム(III)(In2O3)から解離した雰囲気中に含まれるインジウム(In)ガスの量が、3~5体積%程度(「酸化物の熱力学」イ・エス・クリコフ著、日ソ通信社、p.146、1987年)であり、前駆体薄膜の形成時に雰囲気中に極微量含まれる場合がある。
【0031】
酸化インジウム(III)(In2O3)から解離した蒸気中にインジウム(In)が存在する場合には、インジウム(In)が酸化インジウム(III)(In2O3)へ酸化する標準生成自由エネルギーが、一酸化ケイ素(SiO)が二酸化ケイ素(SiO2)へ酸化する標準生成自由エネルギーよりもさらに低いため、インジウム(In)が酸素と反応して再び生成された酸化インジウム(III)(In2O3)が前駆体薄膜中に含まれる原因となる場合がある。
【0032】
しかしながら、酸化インジウム(In2O3)と一酸化ケイ素(SiO)を含み、酸化インジウムが一酸化ケイ素1モルに対して0.230モル以上0.270モル以下の範囲で含まれる薄膜形成材料を用いて形成した前駆体薄膜中には、極微量の酸化インジウム(III)(In2O3)及び/又はインジウム(In)しか含まれない。
前駆体薄膜中に酸化インジウム(III)(In2O3)が存在する場合は、後述するように、前駆体薄膜を酸性溶液に接触させて透明な薄膜が得られた場合であっても、この薄膜をさらにpH2.0以下の強酸性溶液に浸漬すると、薄膜の屈折率が低下する。強酸性溶液に接触させた薄膜の屈折率が低下する場合には、薄膜中に酸化インジウム(III)(In2O3)が残存していることが確認できる。酸性溶液に接触させる前の前駆体薄膜中にインジウム(In)が含まれる場合には、前駆体薄膜を酸性溶液に接触させた際に、得られる薄膜の体色が黒色から灰色に変化し、その後透明になることからインジウム(In)が残存していることが分かる。
【0033】
薄膜形成材料に含まれる酸化インジウム(III)(In2O3)のモル比が、一酸化ケイ素1モルに対して0.230モル以上0.270モル以下であると、薄膜形成材料中に含まれる一酸化ケイ素(SiO)が全て酸化されて二酸化ケイ素(SiO2)となって前駆体薄膜中に含まれ、未反応の一酸化ケイ素(SiO)由来の可視光の吸収がなくなり、屈折率が低くなる薄膜を得ることができる。また、薄膜形成材料に含まれる酸化インジウム(III)(In2O3)のモル比が、一酸化ケイ素1モルに対して0.230モル以上0.270モル以下であると、薄膜中に屈折率を低下させるために空隙を形成するのに適度な量の酸化インジウム(I)(In2O)及び/又はインジウム(In)が前駆体薄膜中に生成される。薄膜形成材料に含まれる酸化インジウム(III)(In2O3)のモル比は、一酸化ケイ素1モルに対して、0.230モル以上0.270モル以下の範囲であり、好ましくは0.240以上0.270モル以下の範囲であり、より好ましくは0.240以上0.265以下の範囲であり、さらに好ましくは0.250以上0.260以下の範囲であり、よりさらに好ましくは0.252以上0.258以下の範囲である。
【0034】
薄膜形成材料は、酸化インジウム及び一酸化ケイ素の他に、酸化ジルコニウム及び酸化ハフニウムからなる群から選択される少なくとも1種を含んでいてもよい。薄膜形成材料に含まれる酸化ジルコニウム又は酸化ハフニウムは、酸化インジウム及び一酸化ケイ素の合計を1モルとして、酸化ジルコニウムが0.0010モル以上0.15以下の範囲内であることが好ましく、酸化ハフニウムが0.0006モル以上0.09モル以下の範囲内であることが好ましい。
【0035】
酸化ジルコニウム(ZrO2)又は酸化ハフニウム(HfO2)は、薄膜形成材料から飛散し難いため、薄膜形成材料の蒸発面に蓄積される傾向がある。この薄膜形成材料の蒸発面には、薄膜形成材料中に含まれる材料中で最も蒸気圧が高い二酸化ケイ素(SiO2)が蓄積される。例えば蒸着法として、電子ビーム(電子線)を薄膜形成材料に照射して、薄膜形成材料から原子を放出して蒸着させる蒸着法を選択した場合、二酸化ケイ素(SiO2)は電子線に反射しやすい傾向がある。酸化ジルコニウム(ZrO2)又は酸化ハフニウム(HfO2)は、表面に蓄積しやすい二酸化ケイ素(SiO2)のさらに表面を覆うことにより、薄膜形成材料の電子ビームの吸収を高めることができ、薄膜形成材料から二酸化ケイ素(SiO2)の蒸発量を高め、好適な量の二酸化ケイ素(SiO2)を含む前駆体薄膜を形成することができる。
【0036】
酸化ジルコニウム(ZrO2)及び酸化ハフニウム(HfO2)は、蒸気圧が酸化インジウム(In2O3)及び酸化ケイ素(SiO、SiO2)に比べて非常に低いため、イオンビームアシスト蒸着法により加熱しても薄膜形成材料から飛散せずに、薄膜形成材料中に残存し、前駆体薄膜中には含まれない。イオンビームアシスト蒸着法により薄膜形成材料に電子ビームが照射されると、薄膜形成材料の蒸発面に酸化ジルコニウム及び酸化ハフニウムからなる群から選択される少なくとも1種の酸化物が蓄積される。薄膜形成材料の蒸発面に蓄積された酸化ジルコニウム及び酸化ハフニウムからなる群から選択される少なくとも1種の酸化物は、二酸化ケイ素に比べて電子線を吸収しやすく、電子線の吸収を高めて、二酸化ケイ素(SiO2)の蒸発量を増やし、安定した前駆体薄膜を形成することができる。
【0037】
薄膜形成材料に酸化ジルコニウムが含まれる場合には、酸化ジルコニウムが主成分として二酸化ジルコニウム(ZrO2)を含むことが好ましい。原料の酸化ジルコニウム中の二酸化ジルコニウム(ZrO2)の含有量は、酸化ジルコニウムの全体量に対して、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは99質量%以上である。薄膜形成材料に酸化ジルコニウムが含まれる場合には、前駆体薄膜を酸性溶液に接触させた後に得られる薄膜の屈折率の所望の範囲で低くなり、薄膜の光の吸収が大きくなりすぎない範囲であることが好ましい。薄膜形成材料に酸化ジルコニウムが含まれる場合には、酸化ジルコニウムのモル比は、酸化インジウム及び一酸化ケイ素の合計1モルに対して、好ましくは0.0010以上0.15以下の範囲内であり、より好ましくは0.0025以上0.14以下の範囲内であり、さらに好ましくは0.0050以上0.13以下の範囲内であり、よりさらに好ましくは0.0060以上0.12以下の範囲内であり、特に好ましくは0.0070以上0.11モル以下の範囲内である。
【0038】
薄膜形成材料に酸化ハフニウムが含まれる場合には、酸化ハフニウムが主成分として二酸化ハフニウム(HfO2)を含むことが好ましい。原料の酸化ハフニウム中の二酸化ハフニウム(HfO2)の含有量は、酸化ハフニウムの全体量に対して、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは99質量%以上である。薄膜形成材料に酸化ジルコニウムが含まれる場合には、前駆体薄膜を酸性溶液に接触させた後に得られる薄膜の屈折率の所望の範囲で低くなり、薄膜の光の吸収が大きくなりすぎない範囲であることが好ましい。
【0039】
薄膜形成材料には、酸化ジルコニウム及び酸化ハフニウムの両方が含まれていてもよい。薄膜形成材料に酸化ジルコニウム及び酸化ハフニウムの両方が含まれている場合には、酸化インジウム及び一酸化ケイ素の合計1モルに対して、酸化ジルコニウム及び酸化ハフニウムの合計が0.0006モル以上0.15モル以下の範囲内であることが好ましく、より好ましくは0.0007モル以上0.12モル以下の範囲内であり、さらに好ましくは0.0008モル以上0.1モル以下の範囲内である。薄膜形成材料に酸化ジルコニウム及び酸化ハフニウムの両方が含まれている場合には、酸化ジルコニウムと酸化ハフニウムのモル比(酸化ジルコニウム:酸化ハフニウム)は、1:99以上99:1以下の範囲内でもよく、2:98以上98:2以下の範囲内でもよく、5:95以上95:5以下の範囲内でもよい。
【0040】
薄膜形成材料は、酸化インジウム(III)(In2O3)、酸化ケイ素(SiO、SiO2)、必要に応じて酸化ジルコニウム(ZrO2)、及び必要に応じて酸化ハフニウム(HfO2)の各原料を混合して、原料混合物とし、この原料混合物をプレス成形して成形物とし、この成形物を焼成した焼結体であることが好ましい。薄膜形成材料として焼結体を用いると、後述する非酸化雰囲気でイオンビームアシスト蒸着法により、焼結体中の各成分が均等に気化し、酸化インジウム(III)(In2O3)の熱分解により生じた酸化インジウム(I)(In2O)と、二酸化ケイ素(SiO2)が略均一に混合されて、被成膜物に形成された下地膜上に、略均等に堆積された前駆体薄膜を得ることができる。
【0041】
原料混合物を成形した成形物を焼成する温度は、好ましくは500℃以上900℃以下の範囲内であり、より好ましくは600℃以上880℃以下の範囲内であり、さらに好ましくは700℃以上860℃以下の範囲内である。原料混合物を焼成する温度が上限値を超えると、酸化インジウム(III)(In2O3)から還元された金属インジウム(In)が溶解、蒸発し、目的とした組成の薄膜形成材を得ることができない。原料混合物を焼成する温度が下限値未満であると、焼結体の強度が不足するため蒸着中に熱応力により焼結体が割れる懸念がある。蒸着中に薄膜形成材料である焼結体が割れると、蒸発量が大きく変わってしまうため、安定した前駆体薄膜を成膜できない場合がある。
【0042】
原料混合物を成形した成形体を焼成する雰囲気は、不純物の混入を低減した焼結体を得るために、不活性雰囲気であることが好ましい。不活性雰囲気は、アルゴン(Ar)、ヘリウム(He)を雰囲気中の主成分とする雰囲気を意味する。本明細書において、雰囲気中の主成分とは、雰囲気中に50体積%以上含まれる成分(ガス)をいう。不活性雰囲気は、必然的に不純物として酸素を含むことがあるが、本明細書において、雰囲気中に含まれる酸素の濃度が15体積%以下であれば不活性雰囲気とする。不活性雰囲気中の酸素の濃度は、好ましくは10体積%以下、より好ましくは5体積%以下、さらに好ましくは1体積%以下である。不活性雰囲気中の酸素の濃度は少ないほど好ましく、よりさらに好ましくは0.1体積%以下、特に好ましくは0.01体積%以下であり、最も好ましくは0.001体積%以下(10体積ppm以下)である。原料混合物を成形した成形体は、不活性雰囲気中で焼成することにより、薄膜形成材料である焼結体を得ることができ、薄膜形成材料中に余分な酸化物を可能な限り含まないようにすることができる。
【0043】
前駆体薄膜を形成する工程において、下地膜上に、薄膜形成材料を用いて、非酸化雰囲気中でイオンビームアシスト蒸着法により前駆体薄膜を形成する。イオンビームアシストのためのイオン源は不活性ガスイオンであることが好ましい。イオンビームアシストのための不活性ガスイオンは、Arイオン又はHeイオンが挙げられ、好ましくはArイオンである。イオンビームアシスト蒸着法による前駆体薄膜を形成する工程において、下地膜を形成した被成膜物の温度は、室温以上400℃以下の範囲内であればよく、60℃以上350℃以下の範囲内であってもよく、80℃以上300℃以下の範囲内であってもよい。
【0044】
非酸化雰囲気は、不活性雰囲気、還元雰囲気、及び真空を含み、いずれか1つ以上の雰囲気であればよい。不活性雰囲気は、原料混合物を成形した成形物を焼成する不活性雰囲気と同様に、雰囲気中に含まれる酸素の濃度が15体積%以下であれば不活性雰囲気をいう。還元雰囲気は、水素、一酸化炭素等を含む混合ガスを雰囲気の主成分とする雰囲気をいう。真空とは圧力が1.0×10-5Pa以上1.0×10-2Pa以下の雰囲気をいう。本明細書において、真空とは、不活性雰囲気の主成分となるアルゴン(Ar)ガス、ヘリウム(He)ガス等の不活性ガス、又は、水素、一酸化炭素等を含む混合ガスを雰囲気中に導入せずに、圧力が1.0×10-5Pa以上1.0×10-2Pa以下であり、酸素の濃度が15体積%以下である雰囲気をいう。非酸化雰囲気が真空である場合、雰囲気中のガス成分の大部分は水蒸気である。
前駆体薄膜を形成する工程における非酸化雰囲気が、水素、一酸化炭素を含む混合ガスを導入した還元性雰囲気又は真空であると、一酸化ケイ素に対する酸化インジウム(In2O3/SiO)のモル比が比較的高くなり、薄膜形成材料から生成される蒸気中の酸素量が増加した場合であっても、薄膜形成材料から生成された酸化インジウム(I)(In2O)が酸化するよりも速く、雰囲気中の混合ガス中に含まれる水素もしくは一酸化炭素、又は真空中に含まれる水素の方が優先して酸化し、前駆体薄膜中の酸化インジウム(III)(In2O3)の生成を抑制することができる。
【0045】
前駆体薄膜の形成工程における、非酸化雰囲気中の酸素濃度は、15体積%以下であればよく、好ましくは10体積%以下、より好ましくは5体積%以下、さらに好ましくは1体積%以下である。所望の屈折率を有する薄膜を得るために、前駆体薄膜を成膜するときの非酸化雰囲気中の酸素の濃度は低い程好ましく、よりさらに好ましくは0.1体積%以下、特に好ましくは0.01体積%以下であり、最も好ましくは0.001体積%以下(10体積ppm以下)である。前駆体薄膜形成時の非酸化雰囲気中の酸素濃度が高いと、雰囲気中の酸素によって、生成された酸化インジウム(I)(In2O)及び/またはインジウム(In)が再び酸化して、前駆体薄膜中に酸化インジウム(II)(In2O3)が生成されて、前駆体薄膜中に残存する場合があり、前駆体薄膜を酸性溶液に接触させた後に、所望の低い屈折率を有する薄膜が得られない場合がある。酸化インジウム(III)(In2O3)は、屈折率が約2.0程度と比較的高く、前駆体薄膜中に酸化インジウム(III)(In2O3)が残存すると、前駆体薄膜を酸性溶液に接触させた後も所望の低い屈折率を有する薄膜が得られない。一方、前駆体薄膜形成時の非酸化雰囲気中の酸素濃度が低いと、雰囲気中の酸素が少ないため、薄膜形成材料から生成された酸化インジウム(I)(In2O)が雰囲気中の酸素によって再び酸化されることを抑制することができ、前駆体薄膜中に酸化インジウム(III)が生成されることを抑制することができる。
【0046】
前駆体薄膜を形成する工程における非酸化雰囲気の圧力は、好ましくは1.0×10-5Pa以上5.0×10-2Pa以下の範囲内であり、より好ましくは1.0×10-5Pa以上1.0×10-2Pa以下の範囲内であり、さらに好ましくは5.0×10-5Pa以上1.0×10-2Pa以下の範囲内である。非酸化雰囲気の圧力は、具体的には、イオンビームアシスト蒸着を行う蒸着装置内の圧力である。非酸化雰囲気が真空である場合は、不活性ガス又は混合ガスを雰囲気中に導入していない雰囲気の圧力が、1.0×10-5Pa以上1.0×10-2Pa以下の範囲内であればよい。前駆体薄膜を形成する工程における非酸化雰囲気の圧力が前記範囲であると、薄膜形成材料から形成された酸化インジウム(I)(In2O)が雰囲気中の酸素によって再び酸化されることを抑制することができ、前駆体薄膜を酸性溶液に接触させた後の薄膜中に酸化インジウム(III)(In2O3)が生成されることを抑制することができる。前駆体薄膜を形成する工程における非酸化雰囲気の圧力は、例えば、蒸着装置内にアルゴン等の不活性ガス又は混合ガスを導入することによって制御することができる。
【0047】
非酸化雰囲気中で一酸化ケイ素(SiO)を原料として含む薄膜形成材料を用いて前駆体薄膜を形成すると、体色が黒色である一酸化ケイ素(SiO)が前駆体薄膜に含まれる可能性があり、この前駆体薄膜を酸性溶液に接触させて得られる薄膜が光学多層膜として利用できなくなる場合がある。それにもかかわらず非酸化雰囲気中で前駆体薄膜を形成するのは、一酸化ケイ素(SiO)を優先的に酸素と反応させて二酸化ケイ素(SiO2)を生成させて、酸性溶液に対して溶解性が低い酸化インジウム(III)(In2O3)の生成を抑制するためである。一酸化ケイ素(SiO)は、酸化インジウム(I)(In2O)よりも酸化しやすいため、薄膜形成材料中に含まれる酸化インジウム(III)(In2O3)から解離した酸素により一酸化ケイ素(SiO)が優先的に酸化されて二酸化ケイ素(SiO2)となる。一方、酸化インジウム(I)(In2O)は酸化されにくく、酸化インジウム(I)(In2O)が酸化された酸化インジウム(III)(In2O3)は生成されにくくなる。
【0048】
前駆体薄膜を形成する工程において、少なくとも酸化インジウム及び一酸化ケイ素を含む前記薄膜形成材料を第1薄膜形成材料とし、少なくとも二酸化ケイ素を含み、酸化インジウムを含まない薄膜形成材料を第2薄膜形成材料として、被成膜物上に形成した下地膜上に、第1薄膜形成材料を、非酸化雰囲気中でイオンビームアシスト蒸着法により堆積させた第1前駆体薄膜を得る工程と、この第1前駆体薄膜上に第2薄膜形成材料を、非酸化雰囲気中で物理蒸着法により堆積させた第2前駆体薄膜を得る工程と、を含んでいてもよい。第1前駆体薄膜を得る工程と第2前駆体薄膜を得る工程は複数回繰り返して、多層の第1前駆体薄膜と第2前駆体薄膜がこの順序で積層された多層構造を得てもよい。
【0049】
第2薄膜形成材料は、二酸化ケイ素(SiO2)を含み、実質的に酸化インジウム(III)(In2O3)を含まないことが好ましい。第2薄膜形成材料を物理蒸着法により第1前駆体薄膜上に堆積させるのは、前駆体薄膜の膜方向に連続して酸化インジウム(I)(In2O)が大きく凝集しないようにするためである。第2薄膜形成材料中に実質的に酸化インジウム(III)(In2O3)を含まないとは、第2薄膜形成材料中に意図的に酸化インジウム(III)(In2O3)を含有させないことをいい、不可避的に含まれる酸化インジウム(III)(In2O3)を含んでいてもよい。第2薄膜形成材料は、具体的には、酸化インジウム(III)(In2O3)の含有量が、二酸化ケイ素(SiO2)1モルに対して、0.01モル以下であり、0.001モル以下であってもよい。第2薄膜形成材料は、主成分として二酸化ケイ素(SiO2)を含むことが好ましい。主成分として二酸化ケイ素(SiO2)を含むとは、第2薄膜形成材料に二酸化ケイ素(SiO2)を50質量%以上含むことをいう。第2薄膜形成材料中の二酸化ケイ素(SiO2)の含有量は、好ましくは70質量%以上であり、より好ましくは80質量%以上、さらに好ましくは90質量%以上、よりさらに好ましくは99質量%以上である。第2薄膜形成材料は、具体的には、二酸化ケイ素(SiO2)を、一定の粒度になるよう粉砕、分級した塊を用いることができる。一定の粒度とは、0.1mm以上20mm以下の粒度であり、より好ましくは0.5mm以上10mm以下であり、さらに好ましくは1.0mm以上5.0mm以下の粒度である。二酸化ケイ素(SiO2)の粒度が0.1mm以下では、蒸着室を真空状態にし始めたとき、二酸化ケイ素(SiO2)が蒸着室内に飛散し、蒸着室内に配置した他材料へ付着する原因となるだけでなく、蒸着を望まない部位にも付着し第2前駆体薄膜の外観不良の原因となる場合がある。二酸化ケイ素(SiO2)の粒度が10mm以上では、電子ビーム照射面が一定でなくなり、二酸化ケイ素(SiO2)の蒸発方向が不安定化する。
【0050】
第2前駆体薄膜は、第1前駆体薄膜を形成した方法と同様に、非酸化雰囲気中でイオンビームアシスト蒸着法により第2薄膜形成材料を用いて形成することが好ましい。非酸化雰囲気及びイオンビームアシスト蒸着は、第1前駆体薄膜を形成した条件と同様の条件を適用することができる。
【0051】
第1前駆体薄膜を形成する工程と、第2前駆体薄膜を形成する工程は、この順序で交互に繰り返して、第1前駆体薄膜と第2前駆体薄膜を交互に積層させた多層構造を形成してもよい。第1前駆体薄膜を形成する工程と第2前駆体薄膜を形成する工程をこの順序で交互に繰り返すことによって、第1前駆体薄膜中で酸化インジウム(I)(In2O)が膜厚方向に連続して凝集するのを第2前駆体薄膜が抑制し、酸化インジウム(I)(In2O)が膜厚方向に凝集するサイズを小さくすることができる。また、第1前駆体薄膜と第2前駆体薄膜を交互に積層させることによって、第1前駆体薄膜中で凝集した酸化インジウム(I)(In2O)の周囲に付着するように凝集し、第1前駆体薄膜を酸性溶液に接触させることによって得られる第1薄膜の骨格となる二酸化ケイ素(SiO2)を、第2薄膜を構成する二酸化ケイ素(SiO2)で支持し、所望の屈折率を有し、膜強度を向上した下地膜の他に薄膜が多数積層された多層薄膜を形成することができる。第1前駆体薄膜を形成する工程と第2前駆体薄膜を形成する工程は、交互に2回以上繰り返してもよく、交互に3回以上繰り返すことが好ましく、交互に5回以上繰り返してもよく、交互に10回以下繰り返すことが好ましい。第1前駆体薄膜を形成する工程と第2前駆体薄膜を形成する工程を交互に2回以上繰り返すことによって、所望の屈折率を有し、膜強度が向上された第1薄膜と第2薄膜が積層された多層薄膜を製造することができる。また、第1前駆体薄膜を形成する工程と第2前駆体薄膜を形成する工程を交互に10回以下繰り返すことによって、第1薄膜形成材料と第2薄膜形成材料の利用効率を低減させることなく、下地膜の他に第1薄膜と第2薄膜が積層された多層薄膜を形成できる。
【0052】
平坦膜を形成する工程
光学多層膜の製造方法は、前駆体薄膜を形成する工程後であって、後述する薄膜を形成する工程前に、第1ケイ素化合物を含有する平坦膜形成材料用溶液を前駆体薄膜に塗布して平坦膜を形成する工程を含む、ことが好ましい。
平坦膜形成材料用溶液中の第1ケイ素化合物の固形成分濃度が0.10質量%以上2.0質量%以下の範囲内である、ことが好ましい。平坦膜形成材料用溶液中の第1ケイ素化合物の固形成分濃度が0.10質量%以上2.0質量%以下の範囲内であれば、前駆体薄膜の表面に平坦な膜を形成することができ、後述する薄膜を形成する工程で前駆体薄膜から酸化インジウムを溶出させて二酸化ケイ素を含有する骨格を含む薄膜が形成された後、低い反射率を維持しながら、薄膜を平坦膜で補強することができる。薄膜が平坦膜で補強されていると、製造過程で付着した油分を拭き取ることができ、付着した油分を起因として生じやすい画像の曇りを抑制することができる。平坦膜形成材料用溶液中の第1ケイ素化合物の固形成分濃度は、より好ましくは0.15質量%以上1.5質量%以下の範囲内であり、さらに好ましくは0.20質量%以上1.2質量%以下の範囲内であり、特に好ましくは0.25質量%以上1.0質量%以下の範囲内である。
【0053】
平坦膜形成材料用溶液は、例えばスピンコート法、ディップコート法、スプレーコート法、フローコート法、バーコート法、リバースコート法、グラビアコート法、印刷法等によって、前駆体薄膜に塗布することができる。平坦膜は、平坦膜形成材料溶液が前駆体薄膜に塗布された直後に、平坦膜形成材料溶液中の固形成分濃度が特定の範囲であると、表面が平坦となる膜が形成される。例えば平坦膜形成材料用溶液中の第1ケイ素化合物がポリシラザンの場合は、平坦膜形成材料溶液中の第1ケイ素化合物の固形成分濃度が0.10質量%以上2.0質量%以下の場合には、表面が平坦となる膜が形成される。本明細書において、「表面が平坦」とは、例えば、油分が光学多層膜の表面に付着した場合に、油分を拭き取った場合に油分が残らない程度に表面の凹凸が小さくなっている場合を、表面が平坦であるという。
【0054】
第1ケイ素化合物は、ポリシラザン化合物又はアルコキシシランを用いることができる。ポリシラザン化合物は、1分子中に少なくとも1つ以上のヒドロシリル基を含有する無機ポリシラザン化合物及び有機ポリシラザン化合物からなる群から選択される少なくとも1種を用いることができる。第1ケイ素化合物としてポリシラザン化合物を用いると、前駆体薄膜上に表面が平坦な平坦膜を形成することができる。
【0055】
無機ポリシラザン化合物は、-(SiH2NH)-を基本単位とし、この基本単位が連なったパーヒドロポリシラザンを使用することができる。無機ポリシラザン化合物は、有機溶剤に可溶であり、例えばジブチルエーテルの溶液に、各種の固形成分濃度の無機ポリシラザン化合物を溶解した有機溶剤溶液として商品化されている。例えば、無機ポリシラザンの例としては、トレスマイル(登録商標)(サンワ化学株式会社製)等が挙げられる。
【0056】
有機ポリシラザン化合物は、炭素の有機成分を含むポリマー化合物である。有機ポリシラザン化合物は、例えば、-(SiR1R2NR3)-(式中、R1、R2及びR3は、それぞれ独立して、水素原子、炭素数が1から6のアルキル基又はビニル基である)を基本単位として、この基本単位が連なった有機ポリシラザンを使用することができる。有機ポリシラザンの例としては、例えば、ヘキサメチルジシラザン、オクタメチルシラザン、シクロテトラシラザン及びテトラメチルジシラザンからなる群から選択される少なくとも1種が挙げられる。有機ポリシラザンの例としては、例えばトレスマイル(登録商標)(サンワ化学株式会社製)が挙げられる。
【0057】
アルコキシシランとしては、アルコキシル基を2つ以上有する化合物であることが好ましい。アルコキシシランとしては、ジメチルジエトキシシラン、ジエチルジエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(GPTMS)、テトラメトキシシラン(TMOS)、テトラエトキシシラン(TEOS)、テトライソプロポキシシラン、及びテトラブトキシシランからなる群から選択される少なくとも1種を用いることができる。
【0058】
第1ケイ素化合物がアルコキシシランである場合、平坦膜形成材料用溶液には、溶媒を含み、溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ブタノール等のアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサンノン、イソホロン等のケトン類が挙げられる。溶媒は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。第1ケイ素化合物がアルコキシシランである場合、平坦膜形成材料用溶液は、酸性溶液が添加されていてもよい。平坦膜形成材料用溶液に含まれる酸性溶液を、後述する前駆体薄膜を接触させる酸性溶液と区別して、第2酸性溶液という場合がある。平坦膜形成材料用溶液に含まれる第2酸性溶液は、pH0.8以上pH1.8以下の範囲であることが好ましく、pH1.0以上pH1.5以下であってもよい。平坦膜形成材料用溶液に含まれる第2酸性溶液に含まれる酸性物質としては、塩酸、硫酸、硝酸、シュウ酸及び酢酸からなる群から選択される少なくとも1種が挙げられる。平坦膜形成材料用溶液に、pH0.8以上1.8以下の範囲の第2酸性溶液が含まれる場合、平坦膜形成材料用溶液に含まれるアルコキシシラン化合物を加水分解して、その後脱水縮合させることによって、平坦膜を得ることができる。
【0059】
薄膜を形成する工程
光学多層膜の製造方法は、前駆体薄膜を形成する工程の後に、前駆体薄膜を第1酸性溶液に接触させることにより酸化インジウムを溶出させて、二酸化ケイ素を含有する骨格を含む薄膜を形成する工程を含むことが好ましい。前駆体薄膜を接触させる酸性溶液を第1酸性溶液という。
【0060】
前駆体薄膜中に含まれる凝集した酸化インジウム(I)(In2O)と、極微量含まれる場合があるインジウム(In)は、酸性物質に対する溶解性が非常に高いため、第1酸性溶液に前駆体薄膜を接触させることによって、前駆体薄膜に含まれる酸化インジウム(I)(In2O)と、極微量含まれている場合にはインジウム(In)が、優先的に溶出され、二酸化ケイ素を含有する骨格が残存し、所望の屈折率を満たす空隙が形成された薄膜が形成される。
【0061】
前駆体薄膜の表面に平坦膜が形成されている場合であっても、薄膜の一部には平坦膜が付着していない部分が存在する。平坦膜及び前駆体薄膜を第1酸性溶液に接触させることによって、平坦膜で覆われていない部分から前駆体薄膜に含まれる酸化インジウム(I)(In2O)と、極微量含まれている場合にはインジウム(In)が、溶出され、二酸化ケイ素を含有する骨格を含む薄膜が形成される。
【0062】
前駆体薄膜が、第1前駆体薄膜と第2前駆体薄膜を含む場合には、第1酸性溶液に接触させる工程において、第1前駆体薄膜から凝集した酸化インジウム(I)(In2O)が溶出されると、酸化インジウム(I)(In2O)の周囲に堆積した二酸化ケイ素(SiO2)が第1薄膜の骨格となり、骨格間に空隙が形成された第1薄膜が得られる。第2前駆体薄膜は、酸化インジウムを実質的に含まない第2薄膜形成材料から形成されるため、第2前駆体薄膜中には酸化インジウム(I)は含まれていないと推測される。第2蒸着膜(第2前駆体薄膜)を第1酸性溶液に接触させても酸化インジウム(I)(In2O)が溶出されないため、酸化インジウム(I)(In2O)が溶出されることによって形成される空隙が存在しないと推測される。第1薄膜の骨格を形成する二酸化ケイ素(SiO2)は、第1薄膜と交互に堆積された第2薄膜によって支持される。第1薄膜と第2薄膜が積層した多層構造の多層薄膜は、第1薄膜の骨格と第2薄膜によって構成され、第1薄膜の骨格が第2薄膜によって支持されるため、膜強度が向上された空隙を有する多層構造の多層薄膜を得ることができる。
【0063】
第1酸性溶液は、pH2.5以上pH3.5以下の範囲内であることが好ましく、pH2.7以上pH3.2以下の範囲内であることがより好ましい。第1酸性溶液は、pH2.5以上pH3.5以下の範囲内であれば、下地膜と前駆体薄膜の密着性が高く、前駆体薄膜(第1前駆体薄膜を含む)中に含まれる、酸化インジウム(I)(In2O)と極微量含まれる場合にはインジウム(In)を短時間で溶解させ、効率よく空隙を有し、二酸化ケイ素を含有する骨格を含む薄膜(空隙を有する第1薄膜を含む)を製造することができる。
【0064】
第1酸性溶液に含まれる酸性物質としては、塩酸、硫酸、硝酸等の無機酸と、酢酸、クエン酸、シュウ酸等の有機酸からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。酸性物質は、緩衝作用のある複数の酸解離定数を持つ酸が好ましく、弱酸性物質であるクエン酸、シュウ酸がより好ましい。緩衝作用のない酸では、pHが上昇しやすいため、酸処理時間が長時間になりやすい。第1酸性溶液に含まれる酸性物質が弱酸酸性物質であると、前駆体薄膜が第1前駆体薄膜と第2前駆体薄膜を含む多層構造の多層前駆体薄膜である場合に、第2前駆体薄膜に影響を与えることなく、第1前駆体薄膜中の酸化インジウム(I)(In2O)と、極微量含まれる場合にはインジウム(In)を溶出させて、二酸化ケイ素(SiO2)の骨格が形成され、所望の空隙率を有する第1薄膜を得ることができる。
【0065】
前駆体薄膜(第1前駆体薄膜及び第2前駆体薄膜を含む)を第1酸性溶液に接触させる温度は、室温であればよい。具体的には、室温は15℃以上28℃以下の範囲内であり、好ましくは15℃以上25℃以下の範囲内である。前駆体薄膜を第1酸性溶液に接触させる温度は、高いほど、前駆体薄膜に含まれる酸化インジウム(I)(In2O)と極微量含まれる場合にはインジウム(In)の溶出を促進させることができ、接触時間を短縮できることができるので、製造上好ましい。温度が高すぎると、第1酸性溶液の溶媒が蒸発し、pHが下がってしまうため、密閉容器とするか、pHを常時監視し、調整するための設備が必要となるので、製造コストが高くなる場合がある。温度が低すぎると、冷却装置が必要となる場合があるので製造コストが高くなる場合がある。前駆体薄膜を第1酸性溶液に接触させる時間は、作業性を低下させることなく得られる薄膜全体を透明にすることができる時間であればよい。
【0066】
前駆体薄膜(第1前駆体薄膜及び第2前駆体薄膜を含む)を第1酸性溶液に接触させる方法は、一般的には第1酸性溶液中に前駆体薄膜を被成膜物及び下地膜とともに浸漬させる方法や、前駆体薄膜部分のみを第1酸性溶液中に浸漬させる方法が挙げられる。多層膜又は平坦膜を含む場合には、第1酸性溶液に、被成膜物、多層膜、下地膜及び平坦膜とともに前駆体薄膜を第1酸性溶液に浸漬させてもよく、平坦膜及び前駆体薄膜のみを第1酸性溶液に浸漬させてもよい。場合によっては凝集した酸化インジウム(I)(In2O)に取り囲まれた二酸化ケイ素(SiO2)が酸化インジウム(I)(In2O)と共に溶出する場合もある。
【0067】
前駆体薄膜を第1酸性溶液に接触させた後に、二酸化ケイ素(SiO2)を含有する骨格を含み空隙を有する薄膜が、下地膜上に形成された光学多層膜が得られる。薄膜が第1薄膜及び第2薄膜を含む多層薄膜である場合には、第1前駆体薄膜と第2前駆体薄膜を第1酸性溶液に接触させた後に、二酸化ケイ素(SiO2)を含有する骨格を含み空隙を有する第1薄膜と第2薄膜が交互に複数回積層された多層構造の多層薄膜が、下地膜上に形成された光学多層膜が得られる。
【0068】
前駆体薄膜を第1酸性溶液に接触させる前に、前駆体薄膜中に極微量のインジウム(In)が含まれる場合であっても、前駆体薄膜中に含まれる酸化インジウム(III)(In2O3)及び/又はインジウム(In)の量は、前駆体薄膜をpHが2.0以下の第1酸性溶液に接触させた後に得られる薄膜の屈折率が約0.01低下する程度の極微量である。薄膜の屈折率が約0.01低下する程度の極微量とは、極微量の酸化インジウム(III)(In2O3)とインジウム(In)と極微量の二酸化(SiO2)が共に脱離した場合に、薄膜の空隙率が約3%増加する程度の量である。
【0069】
酸化インジウム(I)(In2O)は、体色が黒色であり、薄膜に酸化インジウム(I)(In2O)が残存していると、可視光を吸収する。例えば分光光度計で薄膜の吸収率{100-(透過率+反射率)}を測定することによって、薄膜が可視光を吸収した場合に薄膜の吸収率が上昇する。薄膜の吸収率が上昇している場合には、薄膜中に酸化インジウム(I)(In2O)及び/又はインジウム(In)が残存していると推測できる。
【0070】
薄膜の骨格に第2ケイ素化合物を付着させる工程
光学多層膜の製造方法は、薄膜を形成する工程後に、第2ケイ素化合物を含有する第2ケイ素化合物含有溶液を準備し、前記第2ケイ素化合物含有溶液を、前記薄膜又は前記平坦膜上に塗布して、前記第2ケイ素化合物含有溶液を前記薄膜内に浸入させて、前記骨格の表面に第2ケイ素化合物を付着させる工程、を含む、ことが好ましい。薄膜の骨格の表面に第2ケイ素化合物を付着させることによって、低い反射率を維持しながら、薄膜の強度を向上することができる。薄膜の強度を向上することができると、例えば平坦膜から製造過程で付着した油分等を拭き取る際に、薄膜に形成された空隙等が拭き取る際の加圧によって潰されることなく、低い反射率を維持した光学多層膜を形成することができる。
【0071】
第2ケイ素化合物含有溶液中の第2ケイ素化合物の固形成分濃度が0.050質量%以上0.50質量%以下の範囲内であることが好ましい。第2ケイ素化合物含有溶液中の第2ケイ素化合物の固形成分濃度が0.050質量%以上0.50質量%以下の範囲内であれば、薄膜又は平坦膜の表面に第2ケイ素化合物含有溶液を塗布することによって、薄膜中に第2ケイ素化合物含有溶液が浸入し、薄膜の二酸化ケイ素を含有する骨格の表面で第2ケイ素化合物含有溶液が硬化して第2ケイ素化合物が骨格の表面に付着する。第2ケイ素化合物は、骨格の表面に膜状に付着されてもよく、塊状又は粒状に付着されてもよい。第2ケイ素化合物は、薄膜の空隙を埋めることなく、空隙による低い反射率を維持したまま、骨格を補強して薄膜の強度を向上することができる。第2ケイ素化合物含有溶液中の第2ケイ素化合物の固形成分濃度は、より好ましくは0.060質量%以上0.40質量%以下の範囲内であり、さらに好ましくは0.070質量%以上0.30質量%以下の範囲内であり、特に好ましくは0.080質量%以上0.20質量%以下の範囲内である。
【0072】
第2ケイ素化合物は、ポリシラザン化合物又はアルコキシシラン化合物である、ことが好ましい。ポリシラザン化合物又はアルコキシシラン化合物は、第1ケイ素化合物として用いたポリシラザン化合物又はアルコキシシラン化合物と同様のものを用いることができる。ポリシラザン化合物は、第1ケイ素化合物と同様に、1分子中に少なくとも1つ以上のヒドロシリル基を含有する無機ポリシラザン化合物及び有機ポリシラザン化合物からなる群から選択される少なくとも1種を用いることができる。また、第2ケイ素化合物含有溶液は、第2ケイ素化合物の固形成分濃度が前述の範囲内のものであればよく、第2ケイ素化合物がアルコキシシラン化合物である場合、前述の平坦膜形成材料用溶液と同様の溶媒及び第2酸性溶液を含む溶液であってもよい。
【0073】
第2ケイ素化合物含有溶液は、前述の平坦膜形成材料用溶液と同様に、スピンコート法、ディップコート法、スプレーコート法、フローコート法、バーコート法、リバースコート法、グラビアコート法、印刷法等によって、薄膜又は平坦膜に塗布して、空隙を有する薄膜内に浸入させて、第2ケイ素化合物を、薄膜の骨格の表面に付着させることができる。第2ケイ素化合物含有溶液は、薄膜又は平坦膜に塗布されて、薄膜の空隙内に浸入した直後に硬化し、第2ケイ素化合物が、薄膜の骨格の表面に付着される。
【0074】
加熱工程
光学多層膜の製造方法において、平坦膜を形成する工程及び/又は第2ケイ素化合物を付着させる工程を含む場合であって、第1ケイ素化合物又は第2ケイ素化合物が、ポリシラザン化合物を含む場合には、ポリシラザン化合物を縮合するために、加熱工程を含んでいてもよい。加熱工程は、80℃以上150℃以下の範囲内で、5分以上5時間以内の加熱を行うことが好ましい。
【0075】
光学多層膜の製造方法において、平坦膜を形成する工程及び/又は第2ケイ素化合物を付着させる工程を含む場合であって、第1ケイ素化合物又は第2ケイ素化合物が、アルコキシシランを含む場合には、アルコキシシランを加水分解するために、加熱工程を含むことが好ましい。加熱工程は、250℃以上350℃以下の範囲内で行うことが好ましく、280℃以上320℃以下の範囲内で行ってもよい。加熱処理は、0.5時間以上3時間以内で行うことが好ましく、0.5時間以上2時間以内で行ってもよい。
【0076】
高湿度処理工程
光学多層膜の製造方法は、前駆体薄膜を酸性溶液に接触させて薄膜を得た後、下地膜と薄膜とを含む光学多層膜を、高湿度処理する高湿度処理工程を含むことが好ましい。高湿度処理工程は、光学多層膜を60℃以上100℃未満の範囲内で、相対湿度60%以上100%以下の雰囲気中の環境下において、1時間以上5時間以内保持することによって行うことが好ましい。高湿度処理工程における温度は、60℃以上90℃以下の範囲内でもよく、65℃以上85℃以下の範囲内でもよい。高湿度処理の雰囲気は相対湿度65%以上95%以下の範囲内でもよく、相対湿度70%以上90%以下の範囲内でもよい。平坦膜を形成する工程及び/又は第2ケイ素化合物を付着させる工程を含む場合であって、第1ケイ素化合物及び/又は第2ケイ素化合物が、ポリシラザン化合物を含む場合には、高温多湿処理工程を行うことによって、ポリシラザン化合物が縮合し、薄膜を平坦膜及び第2ケイ素化合物で補強することができ、製造過程で付着した油分等の拭き取りによる薄膜構造の破壊を防止できる。高湿度処理によって、下地膜と薄膜とを含む光学多層膜の光学特性の経時変化の抑制が可能である。
【0077】
超音波洗浄工程
光学多層膜の製造方法は、高湿度処理工程を行った後、下地膜と薄膜をと含む光学多層膜を、超音波により洗浄する超音波洗浄工程を含むことが好ましい。超音波洗浄工程は、発振周波数が30kHz以上3MHz以下の環境下において、10秒以上1時間以内保持することによって行うことが好ましい。超音波洗浄工程における発振周波数は、35kHz以上1MHz以下の範囲内でもよく、40kHz以上500kHz以下の範囲内でもよい。超音波による洗浄は、脱イオン水又はエタノール等の溶剤を用い、光学多層膜を溶剤中に浸漬させて行うことができる。平坦膜を形成する工程及び/又は第2ケイ素化合物を付着させる工程を含む場合であって、第1ケイ素化合物及び/又は第2ケイ素化合物が、ポリシラザン化合物を含む場合には、超音波洗浄工程を行うことによって、薄膜又は平坦膜の表面に存在する粗大粒子を取り除くことができる。薄膜表面に粗大粒子が存在すると、製造過程で付着した油分等の拭き取るために粗大粒子が薄膜に押し付けられて拭き取りによる摩擦により、薄膜の表面に浅い溝のような傷が形成され、薄膜が破損する場合がある。超音波洗浄工程を行うことによって、製造過程で付着した油分等の拭き取りにより粗大粒子が起因となる薄膜の破損を防止できる。薄膜の表面に存在する粗大粒子は、光学多層膜の薄膜又は平坦膜の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)より光学多層膜の薄膜又は平坦膜の表面を観察したときに、粒径が50nm以上10μm以下の粒子をいう。SEMにより表面を観察したときの粒子の粒径は、SEM写真上で外観を確認できる粒子の中心を通る最長径をいう。
【0078】
光学多層膜の製造方法は、例えば特開2019-19390号公報、特開2020-50945号公報、又は、特開2021-55149号公報を参照することもできる。
【0079】
光学部材
光学部材は、被成膜物と、空隙率が30%以上90%以下の範囲内であり、屈折率が1.380以下である、二酸化ケイ素を含有する骨格を含む薄膜と、被成膜物と薄膜の間に配置され、薄膜に接する二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物を含む下地膜と、を備え、下地膜の屈折率が薄膜よりも大きいものである。薄膜は、空隙を有する第1薄膜と空隙を有していない第2薄膜とを交互に積層した多層構造の多層薄膜であってもよい。
【0080】
図5は、光学部材の第1例を示す模式的断面図である。光学部材1は、被成膜物2と、空隙率が30%以上90%以下の範囲内であり、屈折率が1.380以下である薄膜4と、被成膜物2と薄膜4の間に配置され、薄膜4に接する、下地膜3とを備える。薄膜4は、模式的に表した二酸化ケイ素(SiO
2)を含有する骨格5及び空隙6を含む。
【0081】
薄膜
薄膜は、上述の製造方法によって製造されたものであることが好ましい。上述の製造方法によって製造された薄膜は、二酸化ケイ素を含む骨格と空隙を含む。薄膜は、下地膜から薄膜の表面まで二酸化ケイ素(SiO2)を含有する骨格が連続する単一層からなる薄膜であってもよい。薄膜は、二酸化ケイ素を含む骨格と、骨格間に形成された空隙を含む第1薄膜と、空隙を含まない第2薄膜とが交互に積層された多層構造の多層薄膜であってもよい。
【0082】
薄膜の屈折率が1.380以下であると、可視域全体にわたり反射防止効果を高めることができる。薄膜の反射防止効果を高めるために、薄膜の屈折率は、1.250以下であることが好ましく、1.200以下であることがより好ましい。薄膜の屈折率は、分光光度計で反射スペクトルを測定し、この反射スペクトルから入射光強度を100としたときの反射光強度の極小値を反射率として測定し、この測定した反射率の極小値からフレネル係数を用いて算出することができる。
【0083】
薄膜が、空隙を有する第1薄膜と空隙を有していない第2薄膜とが交互に積層された多層薄膜である場合には、多層薄膜全体の屈折率が1.380以下であればよい。空隙を有する第1薄膜と第1薄膜上に形成された第2薄膜が交互に積層された薄膜は、第1薄膜の骨格及び第2薄膜が同一成分である二酸化ケイ素(SiO2)からなるものであるため、第1薄膜と第2薄膜が連続し、区別がつかない場合もある。
【0084】
薄膜は、薄膜の光学特性(制御波長λ、屈折率n)から物理膜厚を算出することができる。具体的には、以下の式(a)に基づき、物理膜厚を算出することができる。薄膜が第1薄膜と第2薄膜とを有する薄膜の場合においても、同様に以下の式(a)に基づき、物理膜厚を算出することができる。
【0085】
【0086】
式(a)中、dは薄膜の物理膜厚であり、λは制御波長、nは屈折率である。式(a)は、小檜山光信著、「光学の基礎理論-フレネル係数、特性マトリクス-」、株式会社オプトロニクス社出版、平成23年2月25日、増補改訂版第1刷の61頁を参照にした。
【0087】
薄膜は、空隙率が30%以上90%以下の範囲内であることが好ましい。薄膜の空隙率が30%以上であれば屈折率を低くすることができる。薄膜は、空隙率が90%以下であれば、膜強度を維持することができる。薄膜が、下地膜から薄膜の表面まで二酸化ケイ素(SiO2)の骨格が連続する単一層からなる場合も、骨格間に形成された空隙を有する第1薄膜と第2薄膜が交互に積層された薄膜である場合であっても、空隙率が30%以上90%以下の範囲内であることが好ましい。薄膜の空隙率は、より好ましくは40%以上90%以下の範囲であり、さらに好ましくは50%以上90%以下の範囲内であり、よりさらに好ましくは60%以上85%以下の範囲内である。薄膜の空隙率(全気孔率Vp)は、後述する実施例に基づき、Lorenz-Lorenz式を用いて求めることができる。
【0088】
薄膜の断面において、二酸化ケイ素(SiO2)を含有する骨格の表面には、第2ケイ素化合物からなる二酸化ケイ素(SiO2)が付着されていることが好ましい。第2ケイ素化合物は、上述の製造工程によって薄膜の骨格の表面に付着されることが好ましい。第2ケイ素化合物は、ポリシラザン化合物又はアルコキシシランであることが好ましく、上述の第2ケイ素化合物を付着する工程で用いるポリシラザン化合物又はアルコキシシランを含むものであることが好ましい。第2ケイ素化合物は、薄膜を構成する骨格の表面に膜状に付着されていてもよく、塊状又は粒状に付着されていてもよい。薄膜の表面に第2ケイ素化合物からなる二酸化ケイ素(SiO2)が付着されていることによって、薄膜の空隙を埋めることなく、空隙による低い反射率を維持したまま、骨格を補強して薄膜の強度を向上することができる。
【0089】
下地膜
下地膜は、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物を含む。下地膜は、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物の他に、第1酸化物に含まれる元素とは異なる金属元素を含む第2酸化物を含んでいてもよい。金属元素としては、例えばチタンが挙げられる。下地膜は、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム及び酸化ジルコニウムからなる群から選択される少なくとも1種の第1酸化物のみからなるものであってもよく、2種を以上の酸化物からなるものであってもよい。下地膜は、例えば二酸化ケイ素と酸化アルミニウムからなるものであってもよく、酸化ジルコニウムと酸化チタンからなるものであってもよい。
【0090】
下地膜の膜厚は1nm以上であることが好ましい。下地膜の膜厚が1nm以上であれば、薄膜の反射防止効果を維持することができ、下地膜と薄膜とを含む多層構造を有する光学部材の分光特性を維持することができる。下地膜の膜厚は、1μm以下であってもよい。下地膜の膜厚(物理膜厚保)の上限値は、多層構造を有する光学部材の多層膜の設計時に最適膜厚を算出し、目標とする光学部材の多層膜の分光特性を維持できる膜厚(物理膜厚)である。
【0091】
下地膜の屈折率は、薄膜の屈折率よりも大きく、薄膜の屈折率が1.380以下である場合には、下地膜の屈折率は1.400以上であればよい。
【0092】
下地膜の空隙率は20%以下であることが好ましく、10%以下でもよく、5%以下でもよく、1%以下でもよい。下地膜は、イオンビーム照射時の加速イオンから被成膜物を保護するために、ある程度の強度を有することが好ましい。下地膜の空隙率は0%であることが望ましいが、空隙が含まれてしまう場合もあり、空隙が含まれる場合であっても、空隙率が20%以下であればよい。下地膜に空隙が含まれない場合には空隙率は0%であり、下地膜に空隙を含んでしまう場合には、空隙率が1%以上であってもよい。下地膜に空隙を含んでしまう場合には、下地膜の空隙率(全気孔率Vp)は、後述する実施例に基づき、Lorenz-Lorenz式を用いて求める場合もある。
【0093】
平坦膜
光学部材は、薄膜の表面に第1ケイ素化合物を含む平坦膜を備えることが好ましい。
平坦膜は上述の製造方法によって製造されたものであることが好ましい。また、第1ケイ素化合物は、ポリシラザン化合物又はアルコキシシランであることが好ましく、上述の平坦膜を形成する工程で用いるポリシラザン化合物又はアルコキシシランを含むものであることが好ましい。光学部材は、薄膜の表面に第1ケイ素化合物を含む平坦膜を備えることによって、薄膜が補強され、油分の拭き取りによって油分が残らない程度に表面の凹凸が低減されているので、製造過程で付着した油分等を拭き取りやすい。
【0094】
図6は、光学部材の第2例を示す模式的断面図である。光学部材1は、薄膜4の表面に第1ケイ素化合物を含む平坦膜7を備える。第2例の光学部材1は、平坦膜7を備えていること以外は、第1例の光学部材1と同様に、被成膜物2と、下地膜3と、骨格5及び空隙6を含む薄膜4と、を備える。
【0095】
被成膜物に、下地膜と薄膜とを備えた2層以上の層を含む光学多層膜を備え、薄膜の表面に平坦膜を備えた光学部材は、平坦膜側から測定される400nm以上700nm以下の波長範囲の反射率が0.1%以下であることが好ましい。光学部材は、高い透過率を維持しながら、屈折率が低い薄膜を備えるため、反射率を0.1%以下と小さくすることができる。
【0096】
光学多層膜の薄膜又は平坦膜の表面には、走査型電子顕微鏡(SEM)で表面を観察したときに、粒径が50nm以上10μm以下の粗大粒子が存在しないことが好ましい。光学多層膜の薄膜又は平坦膜の表面の粗大粒子は、前述の超音波による洗浄によって除去することができる。光学多層膜の表面に粒径が50nm以上10μm以下の粗大粒子が存在しないため、製造過程で付着した油分等の拭き取りにより粗大粒子が起因となる薄膜の破損を防止できる。
【0097】
光学多層膜は、天体望遠鏡、眼鏡レンズ、カメラ、バンドパスフィルター、ビームスプリッター等の光学ピックアップ部品を備えたディスクドライブ装置、高精細の液晶パネルを備えた表示装置等の光学部材に利用することができる。また、光学多層膜を発光装置の外部への光の取り出し部分に適用することで、発光装置から外部へ光の射出を促進させ、発光装置における光の取り出し効率の向上や放熱性の向上を期待することができる。
【実施例0098】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0099】
実施例1
材料の準備
被成膜物として、円板状の両面研磨板ガラス(株式会社オハラ製、S-BSL7)を用いた。
下地膜形成材料として、二酸化ケイ素(SiO2)の純度が99.9質量%の二酸化ケイ素(SiO2)を用いた。
薄膜形成材料は、次のように製造した。酸化インジウム(III)粉末(In2O3)(純度:99.00質量%)160gと、一酸化ケイ素粉末(SiO)(純度:99.9質量%)100gと、酸化ジルコニウム(ZrO2)(純度:99.9質量%)13.0gを1Lのナイロンポットに投入し、これらの粉末とともに直径20mm(φ20)のナイロンボールを投入し、凝集物をほぐしながら30分混合し、原料混合物を得た。一酸化ケイ素1モルに対する酸化インジウムのモル比(In2O3/SiOモル比)は、0.254であり、酸化インジウムと一酸化ケイ素の合計1モルに対する酸化ジルコニウムモル比(ZrO2/In2O3+SiOモル比)は0.022であった。原料混合物をポットからとりだし、プレス成形して成形体とした。この成形体を不活性雰囲気(アルゴン(Ar):99.99体積%)中で、800℃で2時間焼成し、薄膜形成材料(焼結体)T1を得た。
【0100】
下地膜を形成する工程
蒸着装置内に、被成膜物と、下地膜形成材料と、薄膜形成材料を配置し、蒸着装置内の圧力を1.0×10-4Paまで減圧した状態で、被成膜物の片面に電子ビーム(日本電子株式会社製、JEBG-102UHO)を照射し、成膜時の温度を80℃とした被成膜物の片面に物理膜厚で約90nmの二酸化ケイ素(SiO2)からなる下地膜を形成した。実施例及び比較例において、下地膜の膜厚の測定方法は、後述する。
【0101】
前駆体薄膜を形成する工程
薄膜形成材料(焼結体)T1を用いて、イオンビームアシスト蒸着により酸化インジウム(I)(In2O)と二酸化ケイ素(SiO2)とを含む前駆体薄膜を形成した。前駆体薄膜の形成時にイオン銃(株式会社シンクロン、NIS-150)から放出されたArイオンによるイオンビームアシスト蒸着(IAD)(加速電圧値-加速電流値=800V-800mA)を用いた。被成膜物のチャージアップを防止するため、ニュートラライザー(株式会社シンクロン、RFN-2、バイアス電流値=1000mA)を併用した。
【0102】
薄膜を形成する工程
pH3.2のシュウ酸溶液を酸性溶液として用い、この酸性溶液に前駆体薄膜が形成された被成膜物を室温で浸漬し、最表面の前駆体薄膜から酸化インジウム(I)(In2O)を優先的に溶出させて、二酸化ケイ素を含む骨格と、骨格間に形成された空隙を有する薄膜を得た。前駆体薄膜と酸性溶液との接触時間(浸漬時間)は、90分間とし、下地膜と薄膜とを含む光学多層膜を形成した。後述する測定方法で測定した薄膜の屈折率nは1.137であった。後述する測定方法で測定した薄膜の空隙率は67.5%であった。
【0103】
高湿度処理工程
下地膜と薄膜とを含む光学多層膜を形成した被成膜物を、80℃、相対湿度50%の雰囲気の恒温恒湿槽(エスペック社製、LHU-114)内に15時間静置し、高湿度処理を行い、下地膜と薄膜を含む光学多層膜と、被成膜物とを有する光学部材を製造した。
【0104】
超音波洗浄工程
高湿度処理を行った下地膜と薄膜とを含む光学多層膜を形成した被成膜物を、発振周波数120kHzの超音波洗浄器(アズワン株式会社製、HFC-3D)にて5分間、超音波により洗浄する超音波洗浄処理を行い、下地膜と薄膜を含む光学多層膜と、被成膜物とを有する光学部材を製造した。
【0105】
実施例2
下地膜形成材料として、二酸化ケイ素(SiO2)の代わりに酸化アルミニウム(Al2O3)の純度が99.9質量%の酸化アルミニウム(Al2O3)を用いて、被成膜物の片面に物理膜厚で約90nmの酸化アルミニウム(Al2O3)からなる下地膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして、光学多層膜と被成膜物と、を有する光学部材を製造した。
【0106】
実施例3
下地膜形成材料として、二酸化ケイ素(SiO2)の代わりに酸化ジルコニウム(ZrO2)の純度が99.9質量%の酸化ジルコニウム(ZrO2)を用いて、被成膜物の片面に物理膜厚で約90nmの酸化ジルコニウム(ZrO2)からなる下地膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして、光学多層膜と被成膜物を有する光学部材を製造した。
【0107】
実施例4
下地膜形成材料として、二酸化ケイ素(SiO2)の代わりに酸化ジルコニウム(ZrO2)の純度が99.9質量%の酸化ジルコニウム(ZrO2)90質量%と、酸化チタン(TiO2)の純度が99.9質量%の酸化チタン(TiO2)10質量%を含む混合物を用いて、被成膜物の片面に物理膜厚で約90nmの酸化ジルコニウム(ZrO2)及び酸化チタン(TiO2)を含む下地膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして、光学多層膜と被成膜物を有する光学部材を製造した。
【0108】
比較例1
下地膜形成材料として、二酸化ケイ素(SiO2)の代わりに酸化タンタル(Ta2O5)の純度が99.9質量%の酸化タンタル(Ta2O5)を用いて、被成膜物の片面に物理膜厚で約90nmの酸化タンタル(Ta2O5)からなる下地膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして、光学多層膜と被成膜物を有する光学部材を製造した。
【0109】
比較例2
下地膜形成材料として、二酸化ケイ素(SiO2)の代わりに酸化ニオブ(Nb2O5)の純度が99.9質量%の酸化ニオブ(Nb2O5)を用いて、被成膜物の片面に物理膜厚で約180nmの酸化ニオブ(Nb2O5)からなる下地膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして、光学多層膜と被成膜物を有する光学部材を製造した。
【0110】
比較例3
下地膜形成材料として、二酸化ケイ素(SiO2)の代わりに酸化チタン(TiO2)の純度が99.9質量%の酸化ニチタン(TiO2)を用いて、被成膜物の片面に物理膜厚で約90nmの酸化チタン(TiO2)からなる下地膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして、光学多層膜と被成膜物を有する光学部材を製造した。
【0111】
比較例4
下地膜形成材料として、二酸化ケイ素(SiO2)の代わりにフッ化マグネシウム(MgF2)の純度が99.9質量%のフッ化マグネシウム(MgF2)を用いて、被成膜物の片面に物理膜厚で約90nmのフッ化マグネシウム(MgF2)からなる下地膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして、光学多層膜と被成膜物を有する光学部材を製造した。
【0112】
光学部材の評価
以下のように実施例及び比較例の光学部材の評価を行なった。結果を表1に示す。
【0113】
下地膜の膜厚の測定方法
実施例及び比較例における下地膜とは別に、実施例及び比較例と同様にして、膜厚測定用の各下地膜を形成した。膜厚測定用の各実施例及び比較例に対応する各下地膜の膜厚を、成膜中の水晶式膜厚計の値とした。
【0114】
膜厚の測定方法
実施例及び比較例における薄膜とは別に、実施例及び比較例と同様にして、薄膜測定用の各薄膜を形成した。膜厚測定用の薄膜の光学特性から物理膜厚を算出し、その値を薄膜の膜厚とした。光学特性(制御波長λ、屈折率n)から物理膜厚を算出するには、前記式(a)を用いた。
【0115】
屈折率の測定方法
実施例及び比較例における下地膜とは別に、実施例及び比較例と同様にして、屈折率測定用の各下地膜を形成した。実施例及び比較例における薄膜とは別に、実施例及び比較例と同様にして、屈折率測定用の各薄膜を形成した。
分光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、U-4100、入射角5°)を用いて、各下地膜又は各薄膜の反射スペクトルを測定した。入射光強度を100としたときの反射光強度の極小値を反射率として測定し、この測定した反射率からフレネル係数を用いて屈折率を算出した。
実施例及び比較例において、薄膜を形成する基板状の被成膜物として両面研磨ガラスを用いていることから、測定から得られた反射率R’は、裏面反射を含む多重繰り返し反射を含んでいる。測定された反射率R’は、多重繰り返し反射を含んでいることから、薄膜の反射率Rは、以下の式(1)で表すことができる。
【0116】
【0117】
前記式(1)中において、Roは基板(被成膜物)の反射率である。屈折率の測定方法において、被成膜物を基板ともいう。実際に測定された下地膜又は薄膜の反射率R’から式(1)に基づき、下地膜又は薄膜の反射率Rを算出した。下地膜又は薄膜の反射率Rは、裏面からの反射を考慮しない反射率である。
下地膜又は薄膜の反射率Rは、フレネル係数を用いると、基板(被成膜物)の屈折率nmと下地膜又は薄膜の屈折率nを以下の式(2)を用いて表すことができる。
【0118】
【0119】
ここで、大気の屈折率を1と近似し、基板の屈折率nmの平方根よりも下地膜又は薄膜の屈折率nが大きい場合には、以下の式(3)で下地膜又は薄膜の屈折率nを表すことができる。
【0120】
【0121】
また、基板の屈折率nmの平方根よりも下地膜又は薄膜の屈折率nが小さい場合には、以下の式(4)で下地膜又は薄膜の屈折率nを表すことができる。
【0122】
【0123】
前記式(1)ないし(4)に基づき、下地膜又は薄膜の屈折率nを算出した。なお、下地膜又は薄膜の屈折率nに関して、「小檜山光信著、「光学薄膜の基礎理論-フレネル係数、特性マトリクス-」、株式会社オプトロニクス社出版、平成23年2月25日、増補改訂版第1刷」を参照にした。
【0124】
空隙率(%)
薄膜の空隙率(全気孔率Vp)は、下記式(5)に示すLorenz-Lorenz式を用いて求めた。下記式(5)において、nfは薄膜の観測された屈折率であり、nb薄膜の骨格の屈折率である。薄膜の屈折率nfは、前記式(1)から(4)に基づき求めた薄膜の屈折率である。薄膜の骨格の屈折率nbは、主に二酸化ケイ素(SiO2)から構成されているため、二酸化ケイ素(SiO2)の屈折率(1.460)を用いて求めた。
【0125】
【0126】
光学部材の光の吸収率の測定方法
分光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、製品名:U-4100、入射角5°)を用いて、実施例及び比較例の光学部材の吸収率を測定した光学多層膜の膜吸収を測定した。入射光強度を100としたときの透過率と反射率を390nmから410nmの範囲で測定し、この測定した透過率と反射率から光学部材の光の吸収率(100-(透過率+反射率))を算出した。
【0127】
【0128】
表1に示すように、実施例1から4に係る光学多層膜を備えた光学部材は、光の吸収率が1.0%を下回っており、下地膜によって被成膜物が保護され、イオンビーム蒸着法により薄膜を形成した場合であっても、被成膜物表面に亜酸化物や欠損がなく、十分な透過率を有していた。一方、比較例1から4に係る光学多層膜を備えた光学部材は、光の吸収率が1.0%を超えており、被成膜物の表面に亜酸化物や欠損が形成されて光の吸収率が実施例1から4に係る光学部材よりも大きくなったと推測された。実施例1から4に係る光学部材の表面及び比較例1から4に係る光学部材の表面は、SEMにより光学部材の表面を観察したときに粒径50nm以上の粗大粒子が存在しなかった。
図9は、実施例1に係り、光学部材の薄膜側の表面を示す外観写真である。実施例1に係る光学部材は、薄膜の表面の油分を拭き取った場合に、薄膜の表面に粗大粒子が存在しないため、薄膜は破損せず、傷がつかなかった。
【0129】
参考例5
下地膜を形成しないこと以外は、実施例1と同様にして、前駆体薄膜を形成した。
平坦膜を形成する工程
第1ケイ素化合物として、無機ポリシラザン(パーヒドロポリシラザン)をジブチルエーテルに溶解した平坦膜形成材料用溶液(固形成分濃度0.25質量%)を準備し、前駆体薄膜に平坦膜形成材料用溶液をスピンコーター(ミカサ株式会社製、1H-DX2)を用い、5000rpmで10秒間保持して、スピンコートし、平坦膜を形成した。
薄膜を形成する工程
実施例1と同様にして、平坦膜と前駆体薄膜が形成された被成膜物を酸性溶液に室温で浸漬し、平坦膜が形成されていない部分から前駆体薄膜中の酸化インジウム(I)(In2O)を優先的に溶出させて、二酸化ケイ素を含有する骨格と、骨格間に形成された空隙を有する薄膜を得た。
薄膜の骨格に第2ケイ素化合物を付着させる工程
第1ケイ素化合物として、無機ポリシラザン(パーヒドロポリシラザン)をジブチルエーテルに溶解した第2ケイ素化合物含有溶液(固形成分濃度0.10質量%)を準備し、前駆体薄膜に第2ケイ素化合物含有溶液をスピンコーター(ミカサ株式会社製、1H-DX2)を用い、5000rpmで10秒間保持して、スピンコートした。
加熱工程及び高湿度処理工程
第2ケイ素化合物含有溶液をスピンコートした平坦膜と薄膜と下地膜と被成膜物とを備えた光学多層膜を、120℃で30分間加熱した。加熱後、85℃、相対湿度90%の雰囲気の恒温恒湿槽(エスペック社製、LHU-114)内に3時間保持し、高湿度処理を行い、下地膜と薄膜と平坦膜とを含み、薄膜の骨格に第2ケイ素化合物が付着された光学多層膜と、被成膜物とを有する光学部材を製造した。
【0130】
参考例6
固形成分濃度が0.5質量%である前駆体薄膜に平坦膜形成材料用溶液を用いたこと以外は、参考例5と同様にして、下地膜と薄膜と平坦膜とを含み、薄膜の骨格に第2ケイ素化合物が付着された光学多層膜と、被成膜物とを有する光学部材を製造した。
【0131】
参考例7
固形成分濃度が1.7質量%である前駆体薄膜に平坦膜形成材料用溶液を用いたこと以外は、参考例5と同様にして、下地膜と薄膜と平坦膜とを含み、薄膜の骨格に第2ケイ素化合物が付着された光学多層膜と、被成膜物とを有する光学部材を製造した。
【0132】
参考例8
固形成分濃度が2.5質量%である前駆体薄膜に平坦膜形成材料用溶液を用いたこと以外は、参考例5と同様にして、光学多層膜と、被成膜物とを有する光学部材を製造した。
【0133】
参考例9
固形成分濃度が0.063質量%である前駆体薄膜に平坦膜形成材料用溶液を用いたこと以外は、参考例5と同様にして、光学多層膜と、被成膜物とを有する光学部材を製造した。
【0134】
参考例10
超音波洗浄をしないこと以外は、実施例1と同様にして、薄膜を形成し、下地膜と薄膜を含む光学多層膜と、被成膜物とを有する光学部材を製造した。
【0135】
比較例5
下地膜を形成しないこと以外は、実施例1と同様にして、薄膜を形成し、薄膜と被成膜物とを有する光学部材を製造した。
【0136】
油分の拭き取り評価
平坦膜を形成した参考例5から9に係る光学部材の平坦膜と、平坦膜を形成していない比較例5の光学部材の薄膜の表面にオレイン酸をピペットで滴下して、塗布した。
比較例5に係る光学部材は、平坦膜が形成されていないため、薄膜の表面に微細な凹凸が存在し、油分を拭き取ることができなかった。
参考例5から7に係る光学部材は、平坦膜が形成されているため、油分を拭き取ることができた。このため、参考例5から7に係る光学部材は、油分を拭きとった場合に油分が残らない程度に表面の凹凸が小さくなっており、表面が平坦な平坦膜が形成されていることが確認できた。
参考例8に係る光学部材は、平坦膜に含まれる第1ケイ素化合物の固形成分濃度が2.5質量%と大きく、前駆体薄膜から酸化インジウム(I)(In
2O)が溶出されずに残存し、薄膜が可視光を吸収した場合に薄膜の吸収率が上昇し、光学薄膜として不適であった。
参考例9に係る光学部材は、平坦膜に含まれる第1ケイ素化合物の固形成分濃度が0.063質量%と小さく、油分を拭き取った場合に油分が残らない程度に表面の凹凸が小さくなっておらず、薄膜の表面に微細な凹凸が存在し、油分を拭き取ることができなかった。 参考例10に係る光学部材は、超音波により洗浄しなかったため、SEMにより光学部材の表面を観察したときに粒径50nmの粗大粒子が存在した。
図10は、参考例10に係り、光学部材の薄膜側の表面を示す外観写真である。参考例10に係る光学部材は、薄膜の表面の油分を拭き取った場合に、薄膜の表面に存在した粗大粒子により、薄膜の表面に浅い溝のような浅い傷が数本発生した。
【0137】
屈折率差の測定
参考例5から7に係る光学部材の平坦膜を備えた薄膜について、前述の屈折率の測定方法に基づいて、屈折率を測定した。オレイン酸を塗布する前の屈折率と、オレイン酸を塗布して拭き取った後の屈折率の差をそれぞれ測定した。
参考例5に係る光学部材の平坦膜を備えた薄膜の屈折率差は-0.018であった。
参考例6に係る光学部材の平坦膜を備えた薄膜の屈折率差は-0.003であった。
参考例7に係る光学部材の平坦膜を備えた薄膜の屈折率差は-0.001であった。
参考例5から7に係る光学部材のように、薄膜の表面に平坦膜が形成され。骨格に第2ケイ素化合物が付着されていると、薄膜構造の破壊を防止して油分を拭き取ることができる。また、平坦膜を形成する平坦膜形成材料用溶液中の第1ケイ素化合物の固形成分濃度が0.10質量%以上2.0質量%以下の範囲内であると、油分を拭き取った後も、屈折率の変化が小さく、所望の屈折率を維持できていることが確認できた。
【0138】
SEM写真
走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、参考例7に係る光学部材のサンプルの端面と、比較例5に係る光学部材のサンプルの端面の一部のSEM写真を得た。
図7は、参考例7に係る光学部材の端面のSEM写真である。
図8は、比較例5に係る光学部材の端面の一部のSEM写真である。
図7に示すように、平坦膜を形成した参考例7に係る光学部材の表面は、
図8と比べて凹凸が非常に小さく、表面が平坦となっていた。
図8に示すように、平坦膜を形成していない比較例5に係る光学部材の表面には、SEM写真において確認できる程度の凹凸が存在しており、表面が平坦ではなかった。
本発明の一態様に係る製造方法によって製造される光学多層膜は、カメラレンズ、高精細液晶パネルに利用できる。また、本発明の一態様の光学部材は、天体望遠鏡、眼鏡レンズ、カメラ、バンドパスフィルター、ビームスプリッター等の光学ピックアップ部品を備えたディスクドライブ装置、高精細の液晶パネルを備えた表示装置の光学部材に利用することができる。