(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022072438
(43)【公開日】2022-05-17
(54)【発明の名称】フレキシブル熱電発電素子の作製に用いるn型半導体材料、及びフレキシブル熱電発電素子、並びにそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 35/24 20060101AFI20220510BHJP
H01L 35/34 20060101ALI20220510BHJP
H01L 35/26 20060101ALI20220510BHJP
【FI】
H01L35/24
H01L35/34
H01L35/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020181877
(22)【出願日】2020-10-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 刊行物名: Journal of Materials Chemistry A DOI:10.1039/d0ta04524a (オンライン版) https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2020/TA/D0TA04524A#!divAbstract 発行者 ROYAL SOCIETY OF CHEMISTRY(英国王立化学会) 公開日(ウェブサイト) 2020年6月17日 ウェブサイトの掲載アドレス: https://www.oit.ac.jp/japanese/pressrelease/show.php?id=7037 ウェブサイトの掲載日 2020年7月9日 ウェブサイトの掲載アドレス: https://orist.jp/kouhou/press_release/143788.html ウェブサイトの掲載日 2020年7月9日 刊行物名: 日刊工業新聞 2020年8月3日付、第25面 発行者 日刊工業新聞社 発行日 2020年8月3日 ウェブサイトの掲載アドレス: http://www.amfpd.jp/symposium.html ウェブサイトの掲載日 2020年9月1日 展示会名: INNOVATION DAYS 2020 智と技術の見本市 展示日 2020年9月28日 開催場所: オンライン開催 https://www.research.oit.ac.jp/sangaku/event/OITID-2020/seeds/seeds-2837/
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、「π拡張型ジチオラート金属錯体を用いた中性熱電材料の創製」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】503420833
【氏名又は名称】学校法人常翔学園
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【弁理士】
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【弁理士】
【氏名又は名称】上代 哲司
(74)【代理人】
【識別番号】100118382
【弁理士】
【氏名又は名称】多田 央子
(72)【発明者】
【氏名】村田 理尚
(57)【要約】
【課題】粒径が小さいポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレート微粒子水系分散液、及びその製造技術、n型の熱電発電性能を有する熱電発電性薄膜及びその製造技術、並びに前記熱電発電性薄膜を構成要素とし優れたn型の熱電発電性能を有するとともに、大気中にて安定で、柔軟性にも優れたn型のフレキシブル熱電発電素子及びその製造技術を提供する。
【解決手段】平均粒子径が300nm以下のポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレート微粒子水系分散液、平均粒子径が300nm以下のポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレートの粒子を含み、厚みが1~50μmであり、パワーファクターが25μWm-1K-2以上のn型の熱電発電性薄膜、及び、前記熱電発電性薄膜及びフレキシブルな絶縁性の基材からなるフレキシブル熱電発電素子、並びに前記水系分散液、熱電発電性薄膜、及びフレキシブル熱電発電素子の製造方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレートの平均粒子径が300nm以下である粒子を、水又は水を主成分とする分散媒に分散してなるポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレート微粒子水系分散液。
【請求項2】
ポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレートの平均粒子径が200nm以下である粒子を、水又は水を主成分とする分散媒に分散してなるポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレート微粒子水系分散液。
【請求項3】
平均粒子径が300nm以下であるポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレートの粒子を含み、厚みが1~50μmであり、パワーファクターが25μWm-1K-2以上のn型の熱電発電性能を有する熱電発電性薄膜。
【請求項4】
平均粒子径が200nm以下であるポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレートの粒子を含み、厚みが1~50μmであり、パワーファクターが30μWm-1K-2以上のn型の熱電発電性能を有する熱電発電性薄膜。
【請求項5】
請求項3又は請求項4に記載の熱電発電性薄膜及びフレキシブルな絶縁性の基材からなり、前記熱電発電性薄膜が前記基材上に形成されているフレキシブル熱電発電素子。
【請求項6】
1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオン及びニッケル(II)含有化合物を、DMF又はDMFを主体とする溶媒中で、アルカリ金属アルコキシドの存在下で反応させる工程、前記反応の生成物を酸化する工程、及び酸化された反応生成物を水又は水を主成分とする分散媒に分散させる工程を有するポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレート微粒子水系分散液の製造方法。
【請求項7】
前記ニッケル(II)を含有する化合物が、ニッケル(II)アセテートテトラハイドレートである請求項6に記載のポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレート微粒子水系分散液の製造方法。
【請求項8】
請求項1または請求項2に記載のポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレート微粒子水系分散液にエチレングリコールを加え混合した分散液を、基材上に塗布した後、前記分散媒を乾燥、除去して成膜することを特徴とするポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレートの粒子を含有する熱電発電性薄膜の製造方法。
【請求項9】
前記分散媒を乾燥、除去して成膜するときに、エチレングリコールの除去に必要な熱履歴より大きな熱履歴を加えるアニール工程を有することを特徴とする請求項8に記載のポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオレートの粒子を含有する熱電発電性薄膜の製造方法。
【請求項10】
フレキシブルな絶縁性の基材上に、請求項8又は請求項9に記載の熱電発電性薄膜の製造方法により熱電発電性薄膜を形成する工程を有するフレキシブル熱電発電素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フレキシブル熱電発電素子の作製に用いるn型半導体材料、及びフレキシブル熱電発電素子、並びにそれらの製造方法に関する。より詳細には、ニッケルと硫黄を含む有機化合物であるポリニッケル1,1,2,2-エテンテトラチオラート(アルカリ金属塩:以下、「Ni-ETT」と称する)の微粒子を分散するNi-ETT微粒子水系分散液、前記水系分散液より作製されるNi-ETT微粒子からなるn型の熱電発電性薄膜、及び前記熱電発電性薄膜を構成要素とするフレキシブル熱電発電素子に関し、さらに、前記水系分散液、前記熱電発電性薄膜及び前記フレキシブル熱電発電素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本で消費されるエネルギーの約2/3は排熱(未利用熱)として捨てられており、その有効利用が望まれている。特に、未利用熱の約7割を占める200℃以下の排熱は薄く広く排出され又様々な形状の熱源から放出されているのでその有効利用が難しい。
そこで、軽量で様々な熱源に貼り付けることができ、前記熱源から放出される200℃程度以下の未利用熱から発電し有効利用することができる熱電発電素子の適用が期待されている。特に、様々な形状の熱源への形状対応が可能な柔軟性を有するフレキシブル熱電発電素子の開発が望まれている。
【0003】
熱電発電素子の製造には、p型およびn型の半導体材料が必要であり、これらの半導体材料を基材に塗布する塗布法により熱電発電素子を製造する方法も知られている。又、軽量でかつフレキシブルな熱電発電素子の製造のためには、有機材料からなる半導体材料が望まれている。
【0004】
有機p型半導体材料としては、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリ(4-スチレンスルホネート)(PEDOT:PSS)やその誘導体等が優れた性能を示す材料として知られている。一方、従来知られているほとんどの有機n型半導体材料は、熱電発電性能が低く、又、ドープすると大気中で不安定となり熱電発電性能が経時的に低下し、塗布法による熱電発電素子の製造に好適に適用できる半導体材料ではなかった。
【0005】
熱電発電性能に優れ、かつ大気中でも安定な有機n型熱電材料としては、Ni-ETTが報告されており(非特許文献1、2、3)、Ni-ETTは有望な有機n型熱電材料と考えられている。そして、Ni-ETTを用いて熱電発電素子を製造する方法として塗布法によりNi-ETTを含有する複合材料フィルムを製造する方法も知られている。
【0006】
しかし、Ni-ETTは、溶剤に不溶であり塗布法によるフィルムの製造に適用するためには技術的課題があった。そこで、ドデシルトリメチルアンモニウム塩やポリフッ化ビニリデン(PVDF)を界面活性剤として利用し、Ni-ETTの粒子を溶剤中に分散して、前記複合材料フィルムの製造に適用する方法が開示されている(非特許文献1等)。しかし、この方法により得られた複合材料フィルムは熱電発電性能が低いものであった。
又、Ni-ETTをメタノール中で合成した後、絶縁性ポリマーならびにジメチルスルホキシド(DMSO)を加え、ボールミルを用いて機械的に粉砕することによりNi-ETTの分散液を得て、その分散液を用い塗布法を適用してフィルムを製造する方法も開示されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】N.Toshima,et al.,Chemistry Letters,Vol.44,No.9,pp1185-1187(2015)
【非特許文献2】S.K.Yee,et al.,Adv.Funct.Mater.2018,28,1801620
【非特許文献3】D.Zhu,et al.,Adv.Mater.2016,28,3351
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、前記のNi-ETTの分散液の製造方法では、分散しているNi-ETTの粒子の粒径が大きい(平均粒子径は650nm程度より大きい)、DMSOなど有機溶剤を用いる必要があるので環境調和性が低い、との問題があり、さらにNi-ETTの粒子の粒径が大きいこと等により前記分散液から塗工法により製造される塗布膜の熱電発電性能も十分とは言えなかった。
【0009】
本発明は、従来技術の前記の問題の解決を課題とし、具体的には、
Ni-ETT粒子の粒径が、従来技術で得られるNi-ETT粒子分散液より小さく、有機溶剤を実質的に含有せず環境調和性に優れるNi-ETT微粒子水系分散液、及びその製造技術、
前記Ni-ETT微粒子水系分散液の塗布により得られ、Ni-ETTを用いる従来の熱電発電性薄膜では得られない優れたn型の熱電発電性能を有し、大気中にて安定な熱電発電性薄膜、及びその製造技術、並びに
前記熱電発電性薄膜を構成要素とし優れたn型の熱電発電性能を有するとともに、大気中にて安定で、柔軟性にも優れたn型のフレキシブル熱電発電素子、及びその製造技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、前記課題を解決するために検討を重ねた結果、Ni-ETTの合成において、従来技術で溶媒として使用されていたメタノールに換えてジメチルホルムアミド(DMF)を溶媒とすることにより、機械的粉砕等の微粒化工程を設けなくても、またDMSO等の有機溶媒を使用しなくても、従来技術よりも粒径の小さいNi-ETT粒子が均一に分散した水系の分散液が得られることを見出した。
本発明者は、又、DMFを溶媒として作製した前記の水系分散液に、エチレングリコールを添加した塗工液を基材に塗布・成膜すると、大気中で安定であるとともに従来技術で得られない高い熱電発電性能を有するn型の熱電発電性薄膜が得られること、そして、この熱電発電性薄膜を構成要素として、高い熱電発電性能を有し大気中にて安定なフレキシブル熱電発電素子が得られることを見出した。
すなわち、前記の本発明の課題は、下記の構成からなる発明により解決される。
【0011】
本発明の第1は、Ni-ETTの平均粒子径が300nm以下である粒子を、水又は水を主成分とする分散媒に分散してなるNi-ETT微粒子水系分散液である。
本発明の第2は、本発明の第1の好ましい態様であり、Ni-ETTの粒子の平均粒子径が200nm以下であるNi-ETT微粒子水系分散液である。
【0012】
非特許文献2等で開示されている従来のNi-ETT粒子分散液では、Ni-ETT粒子の平均粒子径は、最も小さい場合でも650nm程度であり、より小さい平均粒子径のNi-ETT微粒子を分散するものは得られていなかった。本発明の第1、第2の水系分散液は、平均粒子径が650nmよりもはるかに小さいNi-ETT微粒子を分散するものであり、特に本発明の第2の水系分散液は、平均粒子径が従来技術の4分の1程度以下であり、熱電発電性薄膜、フレキシブル熱電発電素子の製造に好適に用いられる。
【0013】
本発明の第3は、平均粒子径が300nm以下であるNi-ETTの粒子を含み、厚みが1~50μmであり、パワーファクターが25μWm-1K-2以上のn型の熱電発電性能を有する熱電発電性薄膜である。
本発明の第4は、本発明の第3の好ましい態様であり、平均粒子径が200nm以下であるNi-ETTの粒子を含み、厚みが1~50μmであり、パワーファクターが30μWm-1K-2以上のn型の熱電発電性能を有する熱電発電性薄膜である。
【0014】
従来は、Ni-ETTの粒子を含む熱電発電性薄膜であって優れた熱電発電性能を示すものは知られていない。従来技術の中で最も優れた熱電発電性能を示すものとして、非特許文献2に開示されている熱電発電性薄膜を挙げることができるが、この熱電発電性薄膜においてもパワーファクターは23μWm-1K-2であった。本発明の第3、第4の熱電発電性薄膜は、これらの従来技術よりも、優れた熱電発電性能(大きいパワーファクター)を有するものであり、特に本発明の第4では、従来技術の1.3倍以上のパワーファクターを有するものである。
【0015】
本発明の第5は、前記本発明の第3又は第4の熱電発電性薄膜及びフレキシブルな絶縁性の基材からなり、前記熱電発電性薄膜が前記基材上に形成されているフレキシブル熱電発電素子である。この熱電発電素子は、前記本発明の第3又は第4の熱電発電性薄膜を構成要素とするので、従来技術よりも優れた熱電発電性を奏し、又フレキシブルな絶縁性の基材を用いているので、フレキシブルであり、様々な形状の熱源に対する形状対応に優れるものである。
【0016】
本発明の第6は、1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオン及びニッケル(II)含有化合物を、DMF又はDMFを主体とする溶媒中で、アルカリ金属アルコキシドの存在下で反応させる工程、前記反応の生成物を酸化する工程、及び酸化された反応生成物を水又は水を主成分とする分散媒に分散させる工程を有するNi-ETT微粒子水系分散液の製造方法である。本発明の第7は、本発明の第6の好ましい態様であって、前記ニッケル(II)を含有する化合物が、ニッケル(II)アセテートテトラハイドレートである製造方法である。
これらの製造方法により、機械的粉砕の工程を要することなく、従来の方法により得られるNi-ETT粒子水系分散液の場合よりも小さい平均粒子径を有するNi-ETT微粒子を分散するNi-ETT微粒子水系分散液を得ることができる。又、DMSO等の有機溶媒を使用しないので、環境問題を生じる有機溶材を含まない環境調和性に優れた水系分散液を得ることができる。
【0017】
本発明の第8は、本発明の第1または第2のNi-ETT微粒子水系分散液にエチレングリコールを加え混合した分散液を、基材上に塗布した後、前記分散媒を乾燥、除去して成膜することを特徴とするNi-ETTの粒子を含有する熱電発電性薄膜の製造方法である。エチレングリコールを加えることを特徴とするこの方法により、高い熱電発電性能を有し、大気中でも安定な厚み1~50μmの熱電発電性薄膜を得ることができる。
【0018】
本発明の第9は、本発明の第8の好ましい態様であり、前記分散媒を乾燥、除去して成膜するときに、エチレングリコールの除去に必要な熱履歴より大きな熱履歴を加えるアニール工程を有することを特徴とするNi-ETTの粒子を含有する熱電発電性薄膜の製造方法である。アニール工程を有するこの方法により、従来技術により得られていたNi-ETTの粒子を含有する熱電発電性薄膜よりも、はるかに高い熱電発電性能を有し、大気中でも安定な厚み1~50μmの熱電発電性薄膜を得ることができる。
【0019】
本発明の第10は、フレキシブルな絶縁性の基材上に、本発明の第8または第9の熱電発電性薄膜の製造方法により熱電発電性薄膜を形成する工程を有するフレキシブル熱電発電素子の製造方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明のNi-ETT微粒子水系分散液は、従来技術では得られない小さい平均粒子径を有するNi-ETT微粒子の分散液であり、又、DMSOなどの有機溶剤を用いずに水又は水を主体とする溶剤を分散媒としているので環境調和性にも優れ、n型の熱電発電性薄膜、さらには前記薄膜を用いる熱電発電素子の製造に好適に用いることができる。
このNi-ETT微粒子水系分散液は、従来技術では製造できなかったが、本発明のNi-ETT微粒子水系分散液の製造方法により製造することができる。
本発明の熱電発電性薄膜は、従来技術では得られない優れた熱電発電性能を有し、大気中で安定であり、フレキシブル熱電発電素子の製造に好適に用いることができる。この熱電発電性薄膜は、前記のNi-ETT微粒子水系分散液にエチレングリコールを加え混合した分散液を用いること、好ましくはさらにアニール工程を有することを特徴とする本発明の熱電発電性薄膜の製造方法により製造することができる。
本発明のフレキシブル熱電発電素子は、大気中で安定であり、従来技術では得られない優れた熱電発電性を有し、かつ軽量でフレキシブルなので、様々な形状の熱源に適用して200℃程度以下の未利用熱からの発電をすることができ、排熱の有効利用に好適に適用できる。このフレキシブル熱電発電素子は、本発明のフレキシブル熱電発電素子の製造方法により製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態についてより具体的に説明するが、本発明の範囲は、以下の形態に限定されない。
【0022】
1.Ni-ETT微粒子水系分散液およびその製造方法
本発明の第1であるNi-ETT微粒子水系分散液は、水系の分散媒中にNi-ETT微粒子を均一に分散したものであり、Ni-ETTの平均粒子径は300nm以下、好ましくは200nm以下であり、Ni-ETTの平均粒子径が従来技術で得られるNi-ETT粒子分散液よりも小さいことを特徴とする。
平均粒子径が小さい微粒子からなることにより、本発明のNi-ETT微粒子水系分散液は、塗布法による成膜が容易になり、分散媒を除去して成膜した際の熱電発電性能の向上も容易である。
【0023】
Ni-ETTの平均粒子径は、動的光散乱(DLS)測定器により測定される値である。
【0024】
Ni-ETTの分子量は特に限定さない。後述のNi-ETT微粒子水系分散液の製造方法により、平均粒子径を300nm以下とすることができ、かつNi-ETT微粒子として水系分散液中に均一に分散できるとともに、この水系分散液を後述のように加工して得られる熱電発電性薄膜が優れた熱電発電性能を示す範囲内の分子量であればよい。
【0025】
Ni-ETT微粒子を分散する分散媒は、水又は水を主成分とする分散媒である。水を主成分とする分散媒とは、水と相溶する物質と水との溶液(均一混合液)であってこの液中の最大質量の成分が水であるものを言う。好ましくは、前記混合物中の水の割合は60質量%以上であり、より好ましくは、80質量%以上である。
水と相溶する物質としては、好ましくは、水と相溶する液体、例えば低級アルコールを挙げることができるが、水に溶解する固体又は気体でもよい。なお、本発明の主旨を損ねない範囲であれば、Ni-ETT以外にも、分散媒中に少量の水と相溶しない物質が含まれていても良い。
【0026】
Ni-ETT微粒子水系分散液中のNi-ETT微粒子の含有割合は、通常、0.5~10質量%であり、1~5質量%の範囲が好ましい。
【0027】
(Ni-ETT微粒子水系分散液の製造方法)
本発明のNi-ETT微粒子水系分散液は、DMF又はDMFを主体とする溶媒中で、1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオン及びニッケル(II)含有化合物を、アルカリ金属アルコキシドの存在下で反応させた後、反応生成物を酸化し、得られた酸化物を水又は水を主体とする分散媒中に分散する方法により製造することができる。
【0028】
DMFを主体とする溶媒とは、無水DMFを最大質量の成分とするがDMFに溶解する他の成分も含む溶媒である。他の成分の種類は、DMFに溶解し本発明の主旨を損ねない成分である限り特に限定されない。例えば、メタノール等の低級アルコールも、本発明の主旨を損ねない範囲であれば、DMFに少量混合されていてもよい。
DMFを主体とする溶媒としては、好ましくは、無水DMFを80質量%以上含む溶媒が使用される。
【0029】
ニッケル(II)含有化合物としては、好ましくはDMFに溶解するニッケル(II)有機酸塩又はその水和物が用いられ、中でも、ニッケル(II)有機カルボン酸塩の水和物が好ましく、特に、ニッケル(II)アセテートテトラハイドレートが好ましい。
【0030】
アルカリ金属アルコキシドのアルカリ金属としては、ナトリウムやカリウムが例示される。これらのアルカリ金属の中では、Ni-ETT微粒子水系分散液を後述のように加工して熱電発電性薄膜を作製したとき、優れた熱電発電性(高いパワーファクター)を得る観点からは、ナトリウムが好ましい。又、アルコキシドの炭素数は小さい方が好ましい。従って、アルカリ金属アルコキシドとしては、ナトリウムメトキシドが好ましい。
【0031】
前記反応に使用される(反応系に添加される)1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオンとニッケル(II)含有化合物のそれぞれの量比は、反応の諸条件を考慮して適宜調整されるが、これらは同当量で反応するので、通常、同当量に近い量比が採用される。
アルカリ金属アルコキシドは、1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオンやニッケル(II)含有化合物に対して、通常1~10倍モル量使用されるが、好ましくは3~7倍モル量で使用される。
【0032】
1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオンとニッケル(II)含有化合物の前記反応は、この反応中での反応生成物の酸化を防ぐため、窒素雰囲気下等の酸素が除去された雰囲気で行うことが好ましい。
【0033】
1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオンとニッケル(II)含有化合物の前記反応は、通常0~100℃の範囲、好ましくは、20~80℃の範囲で撹拌しながら行われる。
【0034】
1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオンとニッケル(II)含有化合物の前記反応後、反応生成物は、導電性を付与するために酸化される。酸化は、ヨウ素の添加により行うことができ、例えば、前記反応の反応生成物にメタノールに溶解したヨウ素を添加することにより行うことができる。この酸化も、通常0~100℃の範囲、好ましくは、20~80℃の範囲で撹拌しながら行われる。なお、前記反応後、酸化を行う前に、酸の添加等により反応系を中和してもよい。
【0035】
酸化により、溶媒に不溶な生成物粒子(Ni-ETTの微粒子と考えられる)が溶媒中に分散した分散液が得られるが、通常、遠心分離による生成物粒子の分散液からの分離や、生成物粒子のメタノール、水、DMSO等による洗浄等により精製がされ、生成物粒子からなる黒色固形物が得られる。この黒色固形物を、水又は水を主成分とする分散媒に加え、超音波処理等により生成物粒子を分散させると前記本発明のNi-ETT微粒子水系分散液が得られる。
【0036】
本発明のNi-ETT微粒子水系分散液の製造方法は、1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオンとニッケル(II)含有化合物の反応によるNi-ETTの合成において、前記の従来技術で使用されていたメタノールに換えてDMFを主体とする溶媒を反応溶媒とすることを特徴とする。DMFを主体とする溶媒を反応溶媒とすることにより、従来技術よりも粒径の小さいNi-ETT微粒子が、機械的粉砕等の微粒化工程を設けなくても得られる。
すなわち、従来技術では、反応により生成されたNi-ETTを、絶縁性ポリマーならびにDMSO等の有機溶剤とともに、ボールミル等により機械的に粉砕する必要があり、得られる粒子の平均粒子径も650nm程度以上であった。一方本発明によれば、DMFを主体とする溶媒を反応溶媒として用いることにより、ボールミル等により機械的に粉砕する機械的手段に頼ることなく、平均粒子径が300nm以下、好ましくは200nm以下の微粒子が水中に均一分散されるもの(水系分散液)を製造できる。その結果、Ni-ETT微粒子水系分散液を用いて製造される熱電発電性薄膜、熱電発電素子の高性能化(熱電発電性能の向上)につながる。
【0037】
また、従来技術では、前記のようにDMSOなどの有機溶剤を用いる必要であったのに対し,本発明の製造方法では水系の溶剤を用い、環境に影響を与える有機溶剤を用いなくてもよい。すなわち、本発明の製造方法は、環境調和性に優れ、又製造されるNi-ETT微粒子水系分散液も環境調和性に優れるものである。
【0038】
2.熱電発電性薄膜及びその製造方法
本発明の熱電発電性薄膜は、前記本発明のNi-ETT微粒子水系分散液を基材上に塗布した後、前記分散媒を乾燥、除去して成膜する塗布法により製造される。本発明の熱電発電性薄膜の製造方法は、塗布される塗布液として、Ni-ETT微粒子水系分散液にエチレングリコールを加え混合した分散液を用いることを特徴とする。
そして、エチレングリコールを塗布液に添加することにより、熱電発電性薄膜の熱電発電性能は向上し、大気中で安定なn型の熱電発電性薄膜としては、従来技術では得られなかったこれまでで最も高い熱電発電性能が得られた。
【0039】
エチレングリコールは、p型材料であるPEDOT:PSSの塗布膜の作製にも添加剤として利用されているが、本発明により、構造と性質が全く異なるNi-ETTの塗布膜(n型の熱電発電性薄膜)の作製にも、エチレングリコールの添加が有効であり、高い熱電発電性能を有する熱電発電性薄膜が得られることが初めて見出された。エチレングリコールによるNi-ETT微粒子の高分散化により熱電発電性能が向上したと考えられる。
【0040】
塗布液に添加されるエチレングリコールの量は、本発明の主旨を損ねない範囲であり、熱電発電性能の向上が得られる範囲であれば特に限定されないが、通常、Ni-ETT微粒子水系分散液に対して、質量比で1/100~1/1の範囲で添加される。エチレングリコールの量が少な過ぎる場合は、熱電発電性能の向上が不十分となる可能性も考えられる。
【0041】
本発明の熱電発電性薄膜の製造方法では、Ni-ETT微粒子水系分散液にエチレングリコールを加え混合した分散液を塗布液として基材上に塗布した後、分散液のフィルム中の分散媒やエチレングリコールを乾燥、除去して成膜することにより、熱電発電性薄膜が作製される。
前記乾燥は、前記フィルム中のエチレングリコールを揮散し除去するために、エチレングリコールの沸点以上の温度への加熱下又は減圧下にて、除去に必要な時間で行うことが好ましい。
しかし、この乾燥の工程を、エチレングリコールの除去に必要な加熱温度・時間(熱履歴)より大きな熱履歴を、前記フィルムに加えるアニール工程とすると、熱電発電性能がさらに向上した熱電発電性薄膜が得られるのでより好ましい。アニールにより、Ni-ETT粒子間の空間配置の変更、接触界面の増加又は変性等が生じ、その結果、熱電発電性能がさらに向上するとも考えられる。
【0042】
本発明の熱電発電性薄膜の製造方法において、前記分散液が塗布される基材は、前記分散液の塗布及び乾燥、場合によりアニールが可能となる基材であれば、特に、その材料や形状等は限定されない。しかし、柔軟性を有し機械的強度も優れた有機樹脂製のフィルムを基材として用いれば、塗布された分散液を乾燥、場合によりアニールをするのみで、本発明のフレキシブル熱電発電素子が作製されるので好ましい。一方、他の基材、例えばガラス板やステンレスベルト等の柔軟性が小さい基材上で、前記分散液の塗布、乾燥、場合によりアニールを行い本発明の熱電発電性薄膜を作製した後、作製された膜を、前記有機樹脂製のフィルム等に転写して本発明のフレキシブル熱電発電素子を作製してもよい。
【0043】
本発明の熱電発電性薄膜の膜厚は、通常1~50μmである。
本発明の熱電発電性薄膜は、高い熱電発電性能を有するだけでなく、大気中での熱電発電性能の安定性にも優れる。従来は、フレキシブル熱電発電素子の製造に用いることができ、塗工法により得ることができ、大気中にて安定で高性能なn型材料は知られていなかった。しかし、本発明により、大気中にて安定で、熱電発電性能も最も高い、n型の熱電発電性薄膜が初めて得られたのである。
【0044】
3.フレキシブル熱電発電素子及びその製造方法
本発明のフレキシブル熱電発電素子は、フレキシブルな絶縁性の基材と、その上に塗工されている前記本発明の熱電発電性薄膜から構成され、前記絶縁性の基材の上に、前記本発明の熱電発電性薄膜を形成することにより製造することができる。
フレキシブルな絶縁性の基材としては、柔軟性を有し機械的強度も優れた有機樹脂製のフィルムが好ましく用いられる。
【0045】
柔軟性を有し機械的強度も優れた樹脂製のフィルムの材質としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル樹脂、ポリイミド等の高強度の樹脂を挙げることができるが、前記の本発明の主旨、すなわち、様々な形状の熱源に貼り付けられる柔軟性と機械的強度を有するものであれば、他の樹脂でもよく、例示された樹脂に限定されない。フィルムの厚みも、柔軟性や機械的強度を損ねない範囲であればよいが、通常0.01~1mmの範囲のフィルムが基材として使用される。
【0046】
フレキシブルな絶縁性の基材上への熱電発電性薄膜の形成は、本発明のNi-ETT微粒子水系分散液にエチレングリコールを加え混合した塗布液を基材表面に塗布し、乾燥して分散媒を除去して成膜することにより行うことができる。
このようにして得られる本発明のフレキシブル熱電発電素子は、本発明の熱電発電性薄膜をその構成要素とするので、高い熱電発電性能を有し、大気中で安定である。又、フレキシブルな基材上をその構成要素とするので、柔軟性に優れ、様々な形状の熱源に貼り付けて、当該熱源からの排熱を有効利用して発電することができる。
【実施例0047】
本発明の製造方法に基づきNi-ETT微粒子水系分散液の作製、n型熱電発電薄膜の作製を行った実験例、及び本発明例との比較のために行った比較実験例を以下に示す。
実験例、比較実験例で使用した化合物や溶媒は、全て試薬である。又、実験例、比較実験例で行った平均粒子径、熱電発電性能は以下に示す方法により測定した。
【0048】
(平均粒子径の測定)
動的光散乱(DLS)測定器Malvern Zeta Sizer Nano Series Nano-ZS(Malvern Panalytical製)を用いて測定した。
(熱電発電性能の測定)
熱電特性評価装置ZEM-3L(アドバンス理工社製)を用いて、面内方向について、導電率σ、ゼーベック係数S、パワーファクターPF(=S2σ)を測定した。
【0049】
実験1 Ni-ETT微粒子水系分散液の作製
ナトリウムメトキサイドを5mol/Lで溶解したメタノール溶液の0.25mL(ナトリウムメトキサイドを1.25mmol含有)を、60℃で、窒素雰囲気下で、1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオン(50mg:0.24mmol)及びニッケル(II)アセテートテトラハイドレート(60mg:0.25mmol)を無水DMF(2.5mL)に溶解した溶液に加えて撹拌した。24時間撹拌して反応させた後、反応系を中和するために、酢酸(0.1mL)及びメタノール(1.0mL)の混合物を加えた。
【0050】
その後、メタノール(0.5mL)に溶解したヨウ素(30mg:0.12mmol)を加えることにより、生成したNi-ETTを酸化した。24時間撹拌後、得られた反応混合物を、遠心分離管に移し、2900rpmで遠心分離を行った。遠心分離とデカンテーションやピペット吸引等による上澄み除去によりメタノール、水及びDMSOに溶解する成分の除去を繰り返して当該反応混合物を精製したところ、黒色固形物が得られた。得られた黒色固形物に水を加え、20分間、超音波処理をして水中に分散することにより、Ni-ETTの微粒子が濃度30mg/mLで水に均一に分散した分散液(Ni-ETT微粒子水系分散液)が得られた。
【0051】
(Ni-ETT微粒子の粒径の測定)
実験1で得られたNi-ETT微粒子水系分散液について、分散しているNi-ETT微粒子の平均粒子径を測定したところ、190nmであった。
前記のように、従来技術で得られるNi-ETT粒子の平均粒子径は最も小さい場合でも650nm程度であるが、実験1(本発明のNi-ETT微粒子水系分散液の製造方法)により、機械的粉砕等をすることなく、従来技術と比較して1/4程度まで小さい平均粒子径のNi-ETT微粒子を分散する水系分散液が得られることが示された。
【0052】
比較実験1
無水DMFの代わりに、メタノールを溶媒として使用した以外は、実験1と同様にしてナトリウムメトキサイド、1,3,4,6-テトラチアペンタレン-2,5-ジオン及びニッケル(II)アセテートテトラハイドレートの反応を行い、Ni-ETTの合成を行った。しかし、反応中に多量の固体が析出し水分散液を調整することができなかった。従って、熱電発電性能を測定することができなかった。
【0053】
実験2 Ni-ETT水系分散液を用いたn型熱電発電薄膜の作製
1.5cm×1.5cmのガラス基材を、水、アセトン、2-プロパノールで十分に洗浄した。
実験1で得られたNi-ETT水系分散液にエチレングリコール(EG)を体積比10:1で加え、得られた混合液を20分間超音波処理した。
このようにして得られた、EGを含有するNi-ETT水系分散液の50μLを、前記ガラス基材上に、滴下して広げて分散液のフィルムを形成した。
前記分散液のフィルムがその上に形成された前記ガラス基材を70℃で30分間,大気中で加熱したところ、分散媒が除去されて黒色フィルムが得られた。得られた黒色フィルムは、熱電発電性能を示すと考えられるが、さらにこの黒色フィルムを大気中で210℃、30分間でアニーリングしたところ、下記のように優れた熱電発電性能を示す、膜厚5.3μmの薄膜が得られた。
【0054】
(n型熱電発電薄膜の熱電発電性能の測定)
前記の実験により得られた膜厚5.3μmの薄膜について、熱電発電性能を測定したところ、表1に示す結果が得られた。得られた薄膜は、n型の熱電発電薄膜であり、パワーファクター(PF)は33μWm-1K-2であった。このパワーファクター(熱電発電性能)は、従来技術のn型の熱電発電薄膜について知られている最も高いパワーファクター(非特許文献2に記載)と比較して約1.5倍高い値である。
又、前記の実験により得られた薄膜を、大気中、室温で13日間保管したが、保管中に熱電発電性能の有意な変化は見られず、得られた薄膜は大気中で安定であることが確認された。
【0055】
比較実験2
実験1で得られたNi-ETT水系分散液にエチレングリコール(EG)を加えない以外は、実験2と同様にしてn型の熱電発電薄膜を作製し、その熱電発電性能を同様に測定したところ、パワーファクター(PF)は10μWm-1K-2であった。(測定結果を表1に示す。)
【0056】
フレキシブル熱電発電素子は、200℃以下程度の熱源からの発電を可能にするものであるので、様々な熱源からの排熱を有効利用して発電する電源としての利用が期待される。例えば、IoT社会において膨大な数の使用が見込まれる無線センサー用の電源などとしての用途が見込まれる。フレキシブル熱電発電素子を電源とすれば、壁からの配線の必要がなく、交換の必要がないなど、利便性の観点からの大きな利点がある。又、人の衣服や比較的低温の発熱原を有する建造物等、その他自動車の排熱、工場配管、動物の体等に発電装置として設置して、簡便な小電力の供給元としての利用が考えられる。