(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022076856
(43)【公開日】2022-05-20
(54)【発明の名称】純チタンまたはチタン合金の鋳塊
(51)【国際特許分類】
B22D 21/06 20060101AFI20220513BHJP
B22D 27/02 20060101ALI20220513BHJP
【FI】
B22D21/06
B22D27/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020187478
(22)【出願日】2020-11-10
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】特許業務法人梶・須原特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 瑛介
(72)【発明者】
【氏名】椿 翔太
(72)【発明者】
【氏名】西村 友宏
(72)【発明者】
【氏名】神崎 文兵
(72)【発明者】
【氏名】中尾 ありさ
(57)【要約】
【課題】偏析が少なく、かつ、生産性が高い純チタンまたはチタン合金の鋳塊を提供する。
【解決手段】純チタンまたはチタン合金からなる円柱状の鋳塊において、鋳塊の半径をR、鋳塊の中心軸から径方向の距離をr、鋳塊上端から軸方向の距離をL(mm)、鋳塊の中心軸を通る縦断面において鋳塊の中心軸より外側に形成された柱状組織の成長方向と鋳塊の中心軸とのなす鋭角をθ(deg)としたとき、
3/8×R≦r≦5/8×RかつL≦600mmにおけるθの最大値が70°以上であり、
かつ、
3/8×R≦r≦5/8×Rかつ200mm≦L≦600mmにおけるθの最小値が50°以下である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
純チタンまたはチタン合金からなる円柱状の鋳塊であって、
鋳塊の半径をR、鋳塊の中心軸から径方向の距離をr、鋳塊上端から軸方向の距離をL(mm)、鋳塊の中心軸を通る縦断面において鋳塊の中心軸より外側に形成された柱状組織の成長方向と鋳塊の中心軸とのなす鋭角をθ(deg)としたとき、
3/8×R≦r≦5/8×RかつL≦600mmにおけるθの最大値が70°以上であり、
かつ、
3/8×R≦r≦5/8×Rかつ200mm≦L≦600mmにおけるθの最小値が50°以下であることを特徴とする純チタンまたはチタン合金の鋳塊。
【請求項2】
3/8×R≦r≦5/8×Rかつ300mm≦L≦600mmにおけるθの最大値が70°以上であることを特徴とする請求項1に記載の純チタンまたはチタン合金の鋳塊。
【請求項3】
3/8×R≦r≦5/8×Rかつ200mm≦L≦300mmにおけるθの最小値が50°以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の純チタンまたはチタン合金の鋳塊。
【請求項4】
3/8×R≦r≦5/8×Rかつ200mm≦L≦300mmにおけるθの最小値が40°以上50°以下であることを特徴とする請求項3に記載の純チタンまたはチタン合金の鋳塊。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、純チタンまたはチタン合金の鋳塊に関する。
【背景技術】
【0002】
チタンは酸素に対して活性であるため、純チタンまたはチタン合金の溶解および鋳造には、酸素の影響を受けにくい真空アーク溶解法(VAR)などが利用される。純チタンまたはチタン合金には、合金元素や介在物などの溶質元素が含まれる。鋳塊の凝固過程において、溶質元素のマクロ偏析が生じることにより、鋳塊に成分の偏りが生じることがある。そのため、鋳塊トップ部で、溶質元素濃度が高くなることがある。溶質元素濃度が所定の濃度を超えた部分については切り捨てる必要があるが、歩留まりの低下につながる。そのため、偏析の生成を抑制する技術が提案されている。
【0003】
特許文献1には、消耗電極下端から溶湯面までの距離であるアークギャップを、溶製されるチタンインゴットの種類によって変更するチタンインゴットの溶製方法が開示されている。溶製する金属の種類によって異なったアークギャップを選択することにより、合金成分の偏析を効率よく回避できる。
【0004】
特許文献2には、鋳型内に溶製されたインゴットと鋳型との間の空間にヘリウムガスを流しつつ溶解操業を行う金属の真空アーク溶解方法が開示されている。インゴットと鋳型との間の空間にヘリウムガスを流すことで、成分偏析の少ない合金インゴットを溶製することができる。
【0005】
特許文献3には、鋳塊の内部であって、鋳塊の中央よりも外側に形成された柱状晶組織の成長方向と鋳塊の中心軸とがなす鋭角の最大値θが閾値θcr以下である鋳塊が開示されている。鋭角の最大値θが閾値θcr以下になるように鋳塊を製造することにより、合金成分の偏りが少ない鋳塊を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-116581号公報
【特許文献2】特開2010-116589号公報
【特許文献3】特開2019-122980号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
純チタンまたはチタン合金の鋳塊は、偏析が少ないことに加え、生産性が高い鋳塊であることが望ましい。生産性を高める方法として、鋳塊の製造時、純チタンまたはチタン合金の溶解速度を速くすることが考えられる。しかし、溶解速度が速いほど、鋳塊トップ部に偏析が多くなりやすいことがわかっている。
【0008】
本発明は、偏析が少なく、かつ、生産性が高い純チタンまたはチタン合金の鋳塊を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の純チタンまたはチタン合金の鋳塊は、純チタンまたはチタン合金からなる円柱状の鋳塊であって、鋳塊の半径をR、鋳塊の中心軸から径方向の距離をr、鋳塊上端から軸方向の距離をL(mm)、鋳塊の中心軸を通る縦断面において鋳塊の中心軸より外側に形成された柱状組織の成長方向と鋳塊の中心軸とのなす鋭角をθ(deg)としたとき、
3/8×R≦r≦5/8×RかつL≦600mmにおけるθの最大値が70°以上であり、
かつ、
3/8×R≦r≦5/8×Rかつ200mm≦L≦600mmにおけるθの最小値が50°以下である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、偏析が少なく、かつ、生産性が高い純チタンまたはチタン合金の鋳塊を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2A】溶解電流と、溶解速度と、溶解時間との関係を示す図である。
【
図2B】鋳塊の製造時の鋳型内の経時変化を順に示す模式図である。
【
図5】溶解電流と溶解時間との関係の例を示す図である。
【
図6】溶解速度と溶解時間との関係の例を示す図である。
【
図7】実施例1、2および比較例1、2の溶解電流と溶解速度と溶解時間との関係を示す図である。
【
図8】鋳塊の縦断面において柱状組織の成長方向と鋳塊の中心軸Oとのなす鋭角θを測定する位置を説明するための図である。
【
図9】実施例1、2および比較例1、2の鉄の径方向の偏析度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0013】
本実施形態に係る鋳塊は、円柱状の純チタン鋳塊またはチタン合金鋳塊である。純チタンおよびチタン合金として、例えば、JIS H4600(2012)に規定された純チタンおよびチタン合金が挙げられる。
【0014】
「純チタン鋳塊」とは、純チタンを溶解し、鋳造することによって製造された鋳塊である。本発明において、「純チタン鋳塊」を、「純チタンの鋳塊」または「純チタンからなる鋳塊」と称することがある。「純チタン鋳塊」には、純チタンを溶解中または鋳造中に生成した介在物などが含まれていてもよい。
【0015】
「チタン合金鋳塊」とは、チタン合金を溶解し、鋳造することによって製造された鋳塊である。本発明において、「チタン合金鋳塊」を、「チタン合金の鋳塊」または「チタン合金からなる合金」と称することがある。「チタン合金鋳塊」に、チタン合金を溶解中または鋳造中に生成した介在物などが含まれていてもよい。
【0016】
図1に、本実施形態に係る鋳塊を製造する装置の一例を示している。
図1には、真空アーク溶解法により鋳塊を製造する真空アーク溶解炉1を示している。
【0017】
真空アーク溶解炉1は、鋳型2と、電極支持体3と、コントローラ4と、を有している。電極支持体3は、鋳型2内に昇降可能に配置されている。電極支持体3の下部に、鋳塊の原料である消耗電極10が取り付けられる。鋳型2と消耗電極10との間に所定の電圧を印加することで、鋳型2と消耗電極10との間にアーク放電が発生する。アーク放電により、消耗電極10が溶解して滴下する。鋳型2内には、溶滴が集まった溶湯プール5が形成される。また、溶湯が鋳型2によって冷却されることにより、凝固シェル6が形成される。ここでの「溶湯」とは、溶解した消耗電極である。電極支持体3の昇降や、溶湯プール5の湯面への入熱量は、コントローラ4によって制御される。
【0018】
図2Aに、鋳塊を製造するときの溶解電流および溶解速度の例を示している。
図2Bに、鋳型2内の経時変化を順に示している。「溶解電流」とは、
図1に示す鋳型2および消耗電極10に流れる電流である。「溶解速度」とは、消耗電極10が溶解する速度である。溶解速度は、例えば、消耗電極10の重量および溶解時間をもとに算出される。溶解電流が大きいほど、アーク放電による放電量が多いため、溶解速度が速い。
【0019】
鋳塊を製造している間は、
図2Aおよび
図2Bに示すように、溶解初期と、定常期と、ホットトップ期との3つに大きく分けられる。消耗電極10の溶解開始後、
図2Aに示すように、溶解電流が増加し、所定の電流値に達する(溶解初期)。溶解電流の増加にともない、溶解速度が増加し、所定の速度に達する(溶解初期)。その後、溶解電流および溶解速度がほぼ一定となる(定常期)。その後、溶解電流が降下し、所定の低電流まで降下した後、所定の低電流が維持される(ホットトップ期)。溶解電流の降下にともない、溶解速度が減少し、最終的に溶解速度がゼロになる(ホットトップ期)。
【0020】
鋳型2内では、
図2Bに示すように、溶解初期に、溶湯プール5の大きさが徐々に大きくなっていき、所定の大きさに達する。溶湯プール5が大きくなるにつれて、溶湯プール5が深くなる。定常期に、溶湯プール5はほぼ一定の大きさに維持されている。溶湯プール5の深さもほぼ一定に維持されている。その後、ホットトップ期に、溶湯プール5が小さくなっていく。溶湯プール5が小さくなるにつれて、溶湯プール5が浅くなる。鋳型2内の溶湯が全て凝固することにより、鋳塊が得られる。鋳塊は、例えば、直径が700mm以上1200mm以下であり、軸方向長さが1000mm以上3000mm以下の円柱状の鋳塊である。
【0021】
図2Aおよび
図2Bから、溶解速度が速いほど、溶湯プール5が深いことがわかる。なお、溶解初期、定常期およびホットトップ期のそれぞれの時間の長さおよび比率は変更可能であり、
図2Bに示す長さおよび比率に限定されない。
【0022】
[鋳塊の組織形態]
図3に、鋳塊の組織形態の模式図を示している。
図3には、円柱状の鋳塊の中心軸Oを通る縦断面を示している。
図3に示す図は、Hayakawa,H.,et al.,ISIJ Int.,Vol.31,No.8,pp.775-784(1991)に記載されている図である。
【0023】
鋳造中、鋳型の底面および側面に接していた部分は、鋳型による急冷によってチル層と呼ばれる急冷等軸粒組織CHとなっている。鋳塊の中央付近における軸方向に沿った部分は、等軸粒組織EAとなっている。鋳塊のその他の部分は、柱状晶組織COとなっている。
【0024】
柱状晶組織CO内に一点鎖線で示した部分は、鋳造中、溶湯プール5と凝固シェル6との界面(凝固界面)であった部分である(
図2A参照)。
図3において、矢印で示す凝固界面の法線方向は、鋳塊の中央よりも外側に形成された柱状晶組織COの凝固方向であって、鋳塊の中央よりも外側に形成された柱状晶組織COの成長方向である。柱状晶組織COの成長方向と鋳塊の中心軸Oとがなす鋭角をθ[degree]としている。柱状組織の成長方向は、例えば、鋳塊の縦断面を酸などにより腐食させることによって視認可能となる。
【0025】
鋳造中、溶湯プール5が深いときに凝固した部分では、θが大きい。そのため、鋳塊の縦断面において、大きなθが存在する部分は、溶湯プール5が深いときに凝固した部分であると考えられる。一方、溶湯プール5が浅いときに凝固した部分では、θが小さい。そのため、鋳塊の縦断面において、小さなθが存在する部分は、溶湯プール5が浅いときに凝固した部分であると考えられる。ここで、
図2Aおよび
図2Bから、溶解速度が速いほど、溶湯プールが深いことがわかる。したがって、鋳塊の縦断面において、大きなθが存在する部分は、溶解速度が速いときに凝固した部分であると考えられる。鋳塊の縦断面において、小さなθが存在する部分は、溶解速度が遅いときに凝固した部分であると考えられる。
【0026】
[本実施形態に係る鋳塊]
本実施形態に係る鋳塊Iは、中心軸Oを通る縦断面において、鋳塊Iの半径をR、鋳塊Iの中心軸Oから径方向の距離をr、鋳塊上端から軸方向の距離をL(mm)、鋳塊Iの中心軸Oを通る縦断面において鋳塊Iの中心軸Oより外側に形成された柱状組織の成長方向と鋳塊Iの中心軸Oとのなす鋭角をθ(deg)としたとき、
図4に示すように、
(1)3/8×R≦r≦5/8×RかつL≦600mmの領域X
1におけるθの最大値が70°以上であり、
かつ、
(2)3/8×R≦r≦5/8×Rかつ200mm≦L≦600mmの領域X
2におけるθの最小値が50°以下である、
円柱状の純チタン鋳塊またはチタン合金鋳塊である。
図4には、「領域X
1」に色を付し、「領域X
2」にハッチングを付している。「領域X
1」および「領域X
2」は、鋳塊Iの上端に近い部分である。
「鋳塊の上端」とは、鋳塊Iの軸方向の一端および他端のうち、鋳造中に鋳型の底面および側面に接していない一端である。鋳造中に鋳型の底面と接していた鋳塊Iの他端は、「鋳塊の下端」である。
【0027】
「領域X
1におけるθの最大値が70°以上である」とは、領域X
1に大きなθが存在することを意味する。上述したように、大きなθが存在する部分は、溶解速度が速いときに凝固した部分であると考えられる。
図2Bから、溶解速度は、定常期に速い。そうすると、「領域X
1におけるθの最大値が70°以上である」とは、領域X
1に、定常期に凝固した部分が存在するとともに、定常期の溶解速度が速いことを意味する。溶解速度が速いほど、製造時間が短くなるため、生産性が高い。したがって、本実施形態に係る鋳塊Iは、生産性が高い鋳塊である。
【0028】
ここで、定常期の溶解速度が速い既存の製造方法では、定常期の後、溶解速度を短時間で急速に低下させる。そのため、ホットトップ期が短い。本発明者らの知見から、溶解速度が速い既存の製造方法で鋳塊を製造した場合、溶質元素濃度が鋳塊の径方向に大きく変化することにより、鋳塊トップ部に偏析が多くなることがわかった。「鋳塊トップ部」とは、鋳塊の上端付近であり、例えば、鋳塊の上端から軸方向に約200mm以内の範囲である。
【0029】
本実施形態に係る鋳塊Iは、「領域X
1におけるθの最大値が70°以上である」ことに加え、「領域X
2におけるθの最小値が50°以下である」。
「領域X
2におけるθの最小値が50°以下である」とは、領域X
2に比較的小さなθが存在することを意味する。上述したように、小さなθが存在する部分は、溶解速度が遅いときに凝固した部分であると考えられる。この領域X
2が、鋳塊Iの上端から200mm以上600mm以下に存在する(
図4参照)。鋳塊Iの上端から600mm以下の領域X
1には、定常期に凝固した部分が存在すると考えられるため、領域X
2に比較的小さなθが存在することは、溶解速度が比較的早い時期に低下したことを意味すると考えられる。また、溶解速度が低下していくホットトップ期が長く、ホットトップ期で溶解速度が時間をかけて緩やかに低下したと考えられる。そのため、定常期の溶解速度が速くても、ホットトップ期に、溶質元素濃度が鋳塊の径方向に変化することが抑えられたことにより、鋳塊トップ部の偏析が少ないと考えられる。
【0030】
上記より、本実施形態に係る鋳塊Iは、「領域X1におけるθの最大値が70°以上である」ことに加え、「領域X2におけるθの最小値が50°以下である」ことにより、生産性が高く、かつ、偏析が少ない鋳塊である。
【0031】
領域X1において、θの最大値が70°以上であれば、最大値以外のθは70°未満でもよい。領域X1に、70°以上のθが1つだけ存在してもよく、70°以上のθが2つ以上存在してもよい。領域X1のθの最大値の上限は、特に限定されない。
【0032】
領域X2において、θの最小値が50°以下であれば、最小値以外のθは50°を超えてもよい。領域X2に、50°以下のθが1つだけ存在してもよく、50°以下のθが2つ以上存在してもよい。領域X2のθの最小値の下限は、特に限定されない。
【0033】
本実施形態に係る鋳塊Iにおいて、上記(1)かつ(2)に加え、(3)3/8×R≦r≦5/8×Rかつ300mm≦L≦600mmにおけるθの最大値が70°以上であってもよい。この場合、300mm≦L≦600mmの領域に、溶解速度が速い定常期に凝固した部分が存在すると考えられる。
【0034】
本実施形態に係る鋳塊Iにおいて、上記(1)かつ(2)に加え、(4)3/8×R≦r≦5/8×Rかつ200mm≦L≦300mmにおけるθの最小値が50°以下であってもよい。この場合、鋳塊上端から少なくとも300mm以内の領域が、溶解速度が低下しているホットトップ期に凝固した部分であると考えられる。そのため、ホットトップ期が長いとともに、溶解速度が確実に時間をかけて緩やかに減少したと考えられえる。これにより、偏析の生成が確実に抑えられたと考えられる。
本実施形態に係る鋳塊Iは、上記(1)かつ(2)に加え、上記(3)および(4)を満たす鋳塊でもよい。
【0035】
本実施形態に係る鋳塊Iにおいて、上記(1)かつ(2)に加え、(5)3/8×R≦r≦5/8×Rかつ200mm≦L≦300mmにおけるθの最小値が40°以上50°以下であってもよい。この場合、上記(4)による効果に加え、ホットトップ期で、溶解速度が時間をかけてより緩やかに減少したと考えられる。これにより、偏析の生成が確実に抑えられたと考えられる。
本実施形態に係る鋳塊は、上記(1)かつ(2)に加え、上記(3)および(5)を満たす鋳塊でもよい。
【0036】
本実施形態に係る鋳塊Iは、上記(1)かつ(2)を満たしていれば、上記(3)~(5)を満たしていなくてもよい。本実施形態に係る鋳塊は、上記(1)かつ(2)を満たしていれば、上記(3)~(5)のいずれか1つまたは2つだけを満たしていてもよい。
【0037】
次に、本実施形態に係る鋳塊を製造するときの溶解電流および溶解速度の一例を説明する。
【0038】
図5に、溶解電流と溶解時間との関係を示している。
図6に、溶解速度と溶解時間との関係を示している。
図5および
図6に示す例1は、定常期の溶解速度が速い既存の製造方法の例である。
図5および
図6に示す本例は、本実施形態に係る鋳塊の製造方法の例である。
【0039】
例1では、
図5に示すように、定常期の溶解電流が大きい。例1では、
図6に示すように、定常期の溶解速度が速い。そのため、生産性が高い。例1では、
図5に示すように、定常期が比較的長く、ホットトップ期で、溶解電流が短時間で急速に降下している。例1では、
図6に示すように、ホットトップ期で、溶解速度が短時間で急速に低下している(
図6参照)。この条件で鋳塊を製造した場合、鋳塊トップ部に偏析が多くなりやすい。そのため、例1の条件で製造された鋳塊は、生産性が高いが、偏析が多い鋳塊である。
【0040】
本例では、
図5に示すように、溶解電流を、例1の定常期の溶解電流と同等の電流値まで増加させる。これにより、
図6に示すように、溶解速度が、例1の定常期の溶解速度と同等の速度まで増加する。そして、
図5に示すように、例1より早い時期に、溶解電流を低下させる。また、溶解電流を、例1より時間をかけて緩やかに所定の電流値まで下げる。これにより、
図6に示すように、溶解速度が、例1より早い時期に低下する。溶解速度は、例1より時間をかけて緩やかに低下し、最終的にゼロになる。
【0041】
本例の定常期は、例1の定常期より短いが、本例のホットトップ期は、例1のホットトップ期より長い。本例の溶解速度は、例1の溶解速度より時間をかけて緩やかに低下している。
【0042】
上述した条件で鋳塊を製造した場合、定常期の溶解速度が例1の溶解速度と同等の速さであるため、例1のように生産性が高い。それに加え、例1より早い時期に、溶解速度が低下する。溶解速度は、例1の溶解速度より時間をかけて緩やかに低下する。そのため、鋳塊トップ部に偏析が生成しにくい。これにより、本例の条件で製造された鋳塊は、偏析が少なく、かつ、生産性が高い鋳塊となる。
【0043】
なお、
図5および
図6では、例1の溶解初期の時間と本例の溶解初期の時間とがほぼ同じであるが、例1の溶解初期の時間と本例の溶解初期の時間とが異なっていてもよい。
【0044】
次に、上記知見を得るために行った実験を説明する。
【0045】
(鋳塊の製造)
図1に示す装置を用いて、真空アーク溶解法(VAR)により、チタン合金の鋳塊を製造した。溶湯成分は、64合金(Ti-6Al-4V)である。鋳塊は、直径が820mmである円柱状の鋳塊である。鋳型の内径は、840mmであった。
【0046】
図7に、溶解電流および溶解時間を示している。
比較例1では、定常期の溶解速度が速い。また、溶解速度が、短時間で急速に低下している。
比較例2では、定常期の溶解速度が遅い。定常期が長く、溶解時間が長い。
実施例1および実施例2では、定常期の溶解速度が、比較例1と同等の速い速度である。実施例1および実施例2では、比較例1より早い時期に溶解速度が低下している。溶解速度は、比較例1より時間をかけて緩やかに低下している。
【0047】
(評価1)
マクロ偏析(正偏析)が顕著に現れやすい鉄(Fe)の偏析度から、鋳塊の偏析を評価した。チタン合金の鉄(Fe)の含有量は微量であるが、品質が要求される濃度範囲は狭い。鉄(Fe)の偏析度を、以下の方法によって求めた。
偏析が生成しやすい鋳塊トップ部を含む、鋳塊上端から軸方向に600mmの範囲において、鋳塊上端から軸方向に所定のピッチで、鋳塊中央(鋳塊の軸中心)と鋳塊表層において鉄の濃度を測定した。「鋳塊中央の鉄の濃度」に対する「鋳塊中央と鋳塊表層の濃度差」を、偏析度とした。
鉄の偏析度が40%未満の場合、品質の基準を満たす。鉄の偏析度が40%以上の場合、品質の基準を満たさない。鉄の偏析度が40%以上である領域は、切り捨てられる。
【0048】
(評価2)
「比較例1の製造条件で6tonの鋳塊を溶製した場合のトータル溶解時間」に対する(各例の)「溶解時間」の比率により、生産性を評価した。比率が1.2未満の場合、生産性が高いと判断し、比率が1.2以上の場合、生産性が低いと判断した。
【0049】
(評価3)
鋳塊の中心軸Oを通る縦断面を酸により腐食させた後、その断面において、鋳塊Iの中心軸Oより外側に形成された柱状組織の成長方向と鋳塊Iの中心軸Oとのなす鋭角をθ(deg)を測定した。θの測定は、鋳塊上端から軸方向に600mmの範囲において、鋳塊上端から軸方向に50mmピッチで、鋳塊中心軸から径方向の距離rが150mm、200mm、250mm、300mmのライン上で行った(
図8参照)。
【0050】
下記表1に、鋳塊の製造条件と評価1、2の結果を示している。
図9に評価1の結果を示している。
【表1】
【0051】
表1の「最終の低電流保持時間の比率」における「最終の低電流保持時間」とは、定常期の後、溶解電流を低下させ、所定の低電流に達した後の低電流保持時間である。表1の「最終の低電流保持時間の比率」とは、比較例1の最終の低電流保持時間を基準とし、「比較例1の最終の低電流保持時間」に対する(各例の)「最終の低電流保持時間」の比率である。
【0052】
【0053】
比較例1の鋳塊は、生産性が高いが、品質が低い鋳塊であった。比較例1では、
図9に示すように、鋳塊トップ部で、鉄の径方向の偏析度が40%を超えていた。偏析度が40%を超えた部分は切り捨てる必要があるため、比較例1では、歩留まりが低い。
【0054】
比較例2の鋳塊は、表1に示すように、品質が高い鋳塊であるが、生産性が低い鋳塊であった。比較例2では、
図9に示すように、鋳塊トップ部で、鉄の径方向の偏析度が30%未満であった。
【0055】
実施例1および実施例2の鋳塊は、表1に示すように、品質が高く、かつ、生産性が高い鋳塊であった。実施例1および実施例2では、
図9に示すように、鋳塊トップ部で、鉄の径方向の偏析度が35%未満であった。比較例1と比べると、鋳塊トップ部の偏析度が10~20%程度改善された。
【0056】
次に、
図10~
図13を参照しつつ、柱状組織の成長方向と鋳塊Iの中心軸Oとのなす鋭角θについて検討する。以下において、「鋳塊上端からの軸方向の距離L」を、「鋳塊上端からの距離」、「鋳塊上端からの距離L」または「L」と称することがある。
【0057】
ここで、θの測定は、
図8に示すように、中心軸0の両側で測定している。例えば、中心軸0に対して、図中右側のr=150mmの位置と、図中左側のr=150mmの位置とで、θを測定している。
図10~13に示す各図には、縦方向に、2つのプロットがある場合と、1つのプロットがある場合とがある。縦方向に2つのプロットがある場合、その2つのプロットは、それぞれ、鋳塊の中心軸0に対して図中右側で測定したθと図中左側で測定したθとである。縦方向に1つのプロットがある場合、鋳塊の中心軸0に対して図中右側で測定したθと図中左側で測定したθとが同じであり、これらのプロットが重なることにより1つのプロットにみえる。
【0058】
比較例1では、
図10に示すように、鋳塊上端からの距離Lが100mm以上600mm以内の領域に、70°以上の大きなθが存在した。比較例1では、定常期の溶解速度が速いため、70°以上の大きなθが存在したと考えられる。
比較例1では、鋳塊上端からの距離Lが100mm以下の領域だけに、40°以下の小さなθが存在する。この領域のθは全て40°以下である。この領域の偏析度は高かった(
図9参照)。この領域は、溶解速度を急速に低下させたときに凝固した部分であると考えられる。このような組織を有する鋳塊は、生産性が高いが、品質が低い鋳塊であった。
【0059】
比較例2では、
図11に示すように、鋳塊上端からの距離Lが600mm以内の領域で、全てのθが70°未満である。鋳塊上端からの距離Lが500mm以内の領域で、50°以下の比較的小さなθが存在する。比較例2では、溶解速度が遅いため、θが小さかったと考えられる。このような組織を有する鋳塊は、生産性が低いが、品質が高い鋳塊であった。
【0060】
実施例1では、
図12に示すように、鋳塊上端からの距離Lが600mm以内の領域に、70°以上の大きいθが存在した。これは、定常期の溶解速度が速かったからと考えられる(
図7参照)。特に、鋳塊上端からの距離Lが300mm以上600mm以内の領域に、70°以上のθが存在した。
それに加え、実施例1では、
図12に示すように、鋳塊上端からの距離Lが200mm以上600mm以内の領域に、50°以下の比較的小さなθが存在した。これは、溶解速度が早い時期に低下し始めたからと考えられる(
図7参照)。
また、
図12に示すように、鋳塊上端からの距離Lが300mm以内の領域では、θが徐々に小さくなっている。例えば、鋳塊上端からの距離Lが200mm以上300mm以内の領域では、θの最小値が50°以下であるが、θの最小値は40°以上である。鋳塊上端からの距離Lが100mm以上200mm以内の領域では、θの最大値が50°以上である。これは、溶解速度が時間をかけて緩やかに低下したためと考えられる(
図7参照)。
このような組織を有する鋳塊は、品質が高く、かつ、生産性が高い鋳塊であった。
【0061】
実施例2でも、実施例1と同様な傾向がみられた。鋳塊上端からの距離Lが600mm以内の領域に、70°以上の大きいθが存在した。鋳塊上端からの距離Lが200mm以上600mm以内の領域に、50°以下の比較的小さなθが存在した。鋳塊上端からの距離Lが300mm以内の領域では、θが徐々に小さくなっていた。実施例2の組織を有する鋳塊も、品質が高く、かつ、生産性が高い鋳塊であった。
【0062】
上記より、鋳塊上端からの距離Lが600mm以内の領域に存在するθの最大値が70°以上であり、かつ、鋳塊上端からの距離Lが200mm以上600mm以内の領域に存在するθの最小値が50°以下である鋳塊は、品質が高く、かつ、生産性が高い鋳塊であることがわかった。
【0063】
ここで、本実験では、直径が820mmの鋳塊において、鋳塊の中心軸Oから径方向の距離rが、150mm、200mm、250mmおよび300mmのライン上でθを測定している(
図8参照)。これらのライン上でθを測定したとき、鋳塊上端からの距離Lが600mm以内の領域に存在するθの最大値が70°以上であり、かつ、鋳塊上端からの距離Lが200mm以上600mm以内の領域に存在するθの最小値が50°以下である鋳塊は、品質が高く、かつ、生産性が高い鋳塊であった。
このことから、鋳塊の中心軸Oから径方向の距離rが150mm以上300mm以内の範囲内におけるθが上記を満たす鋳塊は、品質が高く、かつ、生産性が高い鋳塊であると考えられる。
そうすると、鋳塊の中心軸Oから径方向の距離rが150mm以上300mm以内の範囲内にある3/8×R≦r≦5/8×R(Rは、鋳塊の半径)の範囲におけるθが上記を満たす鋳塊も、品質が高く、かつ、生産性が高い鋳塊であると考えられる。
【0064】
上記より、中心軸Oを通る縦断面において、鋳塊の半径をR、鋳塊の中心軸から径方向の距離をr、鋳塊上端から軸方向の距離をL(mm)、鋳塊の中心軸を通る縦断面において鋳塊の中心軸Oより外側に形成された柱状組織の成長方向と鋳塊の中心軸とのなす鋭角をθ(deg)としたとき、
(1)3/8×R≦r≦5/8×RかつL≦600mmの領域X1におけるθの最大値が70°以上であり、
かつ、
(2)3/8×R≦r≦5/8×Rかつ200mm≦L≦600mmの領域X2におけるθの最小値が50°以下である場合、
鋳塊の品質が高く、かつ、生産性が高い鋳塊であるという知見が得られた。
【0065】
なお、上記実験では、チタン合金の鋳塊を使用したが、純チタンの鋳塊でも上記と同様な結果が得られる。
【0066】
以上、本発明の実施形態について図面に基づいて説明したが、具体的な構成は、これらの実施形態に限定されるものでないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0067】
例えば、上述した実施形態では、真空アーク溶解法により鋳塊を製造する方法について説明したが、鋳塊の製造方法は上述した方法に限定されない。また、鋳塊の製造条件(溶解電流、溶解速度など)は、上述した実施形態および実験の条件に限定されない。
【符号の説明】
【0068】
1 真空アーク溶解炉
2 鋳型
3 電極支持体
4 コントローラ
5 溶湯プール
6 凝固シェル
10 消耗電極
I 鋳塊
O 鋳塊の中心軸