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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022084371
(43)【公開日】2022-06-07
(54)【発明の名称】高分子材料の相互作用の解析方法
(51)【国際特許分類】
   G16C 10/00 20190101AFI20220531BHJP
   G06F 30/10 20200101ALI20220531BHJP
   G06F 30/20 20200101ALI20220531BHJP
   G01N 33/44 20060101ALI20220531BHJP
【FI】
G16C10/00
G06F17/50 638
G06F17/50 612A
G01N33/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020196212
(22)【出願日】2020-11-26
(71)【出願人】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104134
【弁理士】
【氏名又は名称】住友 慎太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100156225
【弁理士】
【氏名又は名称】浦 重剛
(74)【代理人】
【識別番号】100168549
【弁理士】
【氏名又は名称】苗村 潤
(74)【代理人】
【識別番号】100200403
【弁理士】
【氏名又は名称】石原 幸信
(74)【代理人】
【識別番号】100206586
【弁理士】
【氏名又は名称】市田 哲
(72)【発明者】
【氏名】図師 知文
【テーマコード(参考)】
5B046
5B146
【Fターム(参考)】
5B046JA04
5B146AA10
5B146DJ11
(57)【要約】
【課題】 高分子と有機分子との間の相互作用エネルギーを精度良く計算することができる方法を提供する。
【解決手段】 高分子と有機分子との間の相互作用を解析するための方法である。この方法は、コンピュータが、高分子モデル及び有機分子モデルを含む混合系モデルを対象に、分子動力学計算に基づく構造緩和を計算する工程S6と、構造緩和後の混合系モデルから、一つの有機分子モデルと、その有機分子モデルの周囲に配置された複数の高分子モデルとを含む局所モデルを抽出する工程S7と、局所モデルを対象に、フラグメント分子軌道法に基づいて、高分子モデルと有機分子モデルとの間の相互作用エネルギーを計算する工程S8とを実行する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子と有機分子との間の相互作用を解析するための方法であって、
前記高分子をモデリングした複数の高分子モデルを、コンピュータに入力する工程と、
前記有機分子をモデリングした少なくとも一つの有機分子モデルを、前記コンピュータに入力する工程とを含み、
前記コンピュータが、
前記高分子モデル及び前記有機分子モデルを含む混合系モデルを対象に、分子動力学計算に基づく構造緩和を計算する工程と、
前記構造緩和後の前記混合系モデルから、一つの有機分子モデルと、その有機分子モデルの周囲に配置された複数の高分子モデルとを含む局所モデルを抽出する工程と、
前記局所モデルを対象に、フラグメント分子軌道法に基づいて、前記高分子モデルと前記有機分子モデルとの間の相互作用エネルギーを計算する工程とを実行する、
高分子材料の相互作用の解析方法。
【請求項2】
前記局所モデルを抽出する工程は、前記有機分子モデルから予め定められた距離を隔てた領域を定義する工程と、
前記領域の外部に配された前記高分子モデルが除外されるように、前記局所モデルを抽出する工程とを含む、請求項1に記載の高分子材料の相互作用の解析方法。
【請求項3】
前記距離は、前記高分子モデルと前記有機分子モデルとの間で相互作用の大きさがゼロになる距離である、請求項2に記載の高分子材料の相互作用の解析方法。
【請求項4】
前記局所モデルを抽出する工程は、前記領域の境界を跨る前記高分子モデルのうち、前記領域の内部に配されている部分を切断した切断モデルを、前記局所モデルに含める工程を含む、請求項2又は3に記載の高分子材料の相互作用の解析方法。
【請求項5】
前記高分子モデルは、全原子モデルであり、
前記局所モデルを抽出する工程は、前記切断モデルに、水素原子をモデリングした水素原子モデルを結合して、前記切断モデルの安定構造を得る工程を含む、請求項4に記載の高分子材料の相互作用の解析方法。
【請求項6】
前記高分子モデルは、前記高分子のモノマーをモデリングしたモノマーモデルを、複数連結することで定義された全原子モデルであり、
前記局所モデルを抽出する工程は、前記モノマーモデルが前記境界を跨る場合、そのモノマーモデルを前記切断モデルに含める工程を含む、請求項4又は5に記載の高分子材料の相互作用の解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料の相互作用の解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1には、高分子材料の相互作用ポテンシャルを決定するための方法が記載されている。この方法では、フィラーと分子鎖との界面での相互作用エネルギーが計算されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-042434号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、ゴムなどの高分子材料には、その物性を向上させるために、例えば、有機分子からなる添加剤が配合されている。このような混合系の材料の物性は、高分子と有機分子との間の相互作用エネルギーが影響していると考えられている。したがって、混合系の高分子材料の開発には、前記相互作用エネルギーを精度良く計算することが求められる。
【0005】
本発明は、以上のような実状に鑑み案出されたもので、高分子と有機分子との間の相互作用エネルギーを精度良く計算することができる方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、高分子と有機分子との間の相互作用を解析するための方法であって、前記高分子をモデリングした複数の高分子モデルを、コンピュータに入力する工程と、前記有機分子をモデリングした少なくとも一つの有機分子モデルを、前記コンピュータに入力する工程とを含み、前記コンピュータが、前記高分子モデル及び前記有機分子モデルを含む混合系モデルを対象に、分子動力学計算に基づく構造緩和を計算する工程と、前記構造緩和後の前記混合系モデルから、一つの有機分子モデルと、その有機分子モデルの周囲に配置された複数の高分子モデルとを含む局所モデルを抽出する工程と、前記局所モデルを対象に、フラグメント分子軌道法に基づいて、前記高分子モデルと前記有機分子モデルとの間の相互作用エネルギーを計算する工程とを実行することを特徴とする。
【0007】
本発明に係る前記高分子材料の相互作用の解析方法において、前記局所モデルを抽出する工程は、前記有機分子モデルから予め定められた距離を隔てた領域を定義する工程と、前記領域の外部に配された前記高分子モデルが除外されるように、前記局所モデルを抽出する工程とを含んでもよい。
【0008】
本発明に係る前記高分子材料の相互作用の解析方法において、前記距離は、前記高分子モデルと前記有機分子モデルとの間で相互作用の大きさがゼロになる距離であってもよい。
【0009】
本発明に係る前記高分子材料の相互作用の解析方法において、前記局所モデルを抽出する工程は、前記領域の境界を跨る前記高分子モデルのうち、前記領域の内部に配されている部分を切断した切断モデルを、前記局所モデルに含める工程を含んでもよい。
【0010】
本発明に係る前記高分子材料の相互作用の解析方法において、前記高分子モデルは、全原子モデルであり、前記局所モデルを抽出する工程は、前記切断モデルに、水素原子をモデリングした水素原子モデルを結合して、前記切断モデルの安定構造を得る工程を含んでもよい。
【0011】
本発明に係る前記高分子材料の相互作用の解析方法において、前記高分子モデルは、前記高分子のモノマーをモデリングしたモノマーモデルを、複数連結することで定義された全原子モデルであり、前記局所モデルを抽出する工程は、前記モノマーモデルが前記境界を跨る場合、そのモノマーモデルを前記切断モデルに含める工程を含んでもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の高分子材料の相互作用の解析方法は、上記の工程を採用することにより、高分子と有機分子との間の相互作用エネルギーを精度良く計算することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】高分子材料の相互作用の解析方法を実行するためのコンピュータの一例を示す斜視図である。
図2】高分子の一例を示す構造式である。
図3】高分子材料の相互作用の解析方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図4】高分子モデルの一例を示す概念図である。
図5】有機分子モデルの一例を示す概念図である。
図6】高分子モデル及び有機分子モデルが配置されたセルの一例を示す概念図である。
図7】力場の一例を説明する概念図である。
図8】構造緩和後の混合系モデルの一例を示す概念図である。
図9】抽出工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図10】混合系モデルに定義された領域の一例を示す概念図である。
図11】局所モデルの一例を示す概念図である。
図12】(a)、(b)は、切断モデルの一例を説明する概念図である。
図13】第2実施形態の抽出工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図14】(a)は、安定構造とされる前の切断モデルの一例を示す概念図、(b)は、切断モデルの安定構造の一例を示す概念図である。
図15】第3実施形態の抽出工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図16】(a)は、切断前の高分子モデルの一例を示す概念図、(b)は、モノマーモデルが含められた切断モデルの一例を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。なお、各図面は、発明の内容の理解を高めるためのものであり、誇張された表示が含まれる他、各図面間において、縮尺等は厳密に一致していない点が予め指摘される。
【0015】
本実施形態の高分子材料の相互作用の解析方法(以下、単に「解析方法」ということがある。)は、高分子と有機分子との間の相互作用を解析するための方法である。本実施形態の解析方法には、コンピュータが用いられる。
【0016】
[コンピュータ]
図1は、高分子材料の相互作用の解析方法を実行するためのコンピュータ1の一例を示す斜視図である。コンピュータ1は、本体1a、キーボード1b、マウス1c及びディスプレイ装置1dを含んで構成されている。この本体1aには、例えば、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリ、磁気ディスクなどの記憶装置、及び、ディスクドライブ装置1a1、1a2が設けられている。記憶装置には、解析方法を実行するためのソフトウェア等が予め記憶されている。
【0017】
[高分子材料]
高分子材料には、例えば、ゴム、樹脂又はエラストマー等が含まれる。高分子材料を構成する高分子及び有機分子は、相互作用の解析対象であれば、特に限定されない。
【0018】
[高分子]
図2は、高分子2の一例を示す構造式である。本実施形態の高分子2は、スチレンブタジエンゴムである場合が例示されるが、その他の高分子(例えば、イソプレンゴムなど)であってもよい。本実施形態の高分子(分子鎖)2は、モノマー(本例では、スチレンブタジエンゴムのモノマー)3が、重合度nで連結されることによって形成されている。
【0019】
[有機分子]
本実施形態の有機分子は、高分子材料の物性を向上させるための添加剤として構成されている。添加剤(有機分子)の一例としては、フェノール樹脂や、テルペン樹脂等が挙げられる。このような有機分子は、高分子材料において、高分子2(図2に示す)のネットワーク構造に加えて、新たなネットワーク構造を形成することができるため、高分子材料の物性を向上させることができる。本実施形態の有機分子は、フェノール樹脂が採用される。
【0020】
[高分子材料の相互作用の解析方法]
次に、高分子材料の相互作用の解析方法の処理手順の一例が説明される。図3は、高分子材料の相互作用の解析方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0021】
[高分子モデル入力工程]
本実施形態の解析方法では、先ず、高分子2をモデリングした複数の高分子モデルが、コンピュータ1に入力される(工程S1)。図4は、高分子モデル5の一例を示す概念図である。
【0022】
本実施形態の高分子モデル5は、全原子モデルとして構成されている。なお、高分子モデル5は、例えば、ユナイテッドアトムモデル(図示省略)等として構成されてもよい。本実施形態では、高分子2のモノマー3(図2に示す)をモデリングしたモノマーモデル6が、複数連結(ボンド8を介して連結)されることによって、高分子モデル5が定義される。
【0023】
本実施形態のモノマーモデル6は、図2に示した高分子2を構成する原子をモデリングした原子モデル7と、原子モデル7、7間を結合するボンド(結合鎖モデル)8とを含んで構成されている。
【0024】
原子モデル7は、後述の分子動力学計算に基づくシミュレーションにおいて、運動方程式の質点として取り扱われる。原子モデル7には、例えば、質量、直径、電荷、又は、初期座標などのパラメータが定義される。本実施形態の原子モデル7は、高分子2(図2に示す)の炭素原子をモデリングした炭素原子モデル7Cと、高分子2の水素原子をモデリングした水素原子モデル7Hとが含まれる。
【0025】
ボンド8は、隣接する原子モデル7、7を拘束するためのものである。本実施形態のボンド8には、炭素原子モデル7C、7Cを連結する主鎖8Aと、炭素原子モデル7Cと水素原子モデル7Hとの間を連結する側鎖8Bとが含まれる。
【0026】
モノマーモデル6には、各原子モデル7、7間の結合長さである結合長や、ボンド8を介して連続する3つの原子モデル7がなす角度である結合角が定義される。さらに、モノマーモデル6には、ボンド8を介して連続する4つの原子モデル7において、隣り合う3つの原子モデル7が作る二面角などが定義される。これにより、高分子モデル5の三次元構造が定義される。このようなモノマーモデル6は、慣例に従い、外力又は内力を受けることによって、結合長、結合角及び二面角が変化する。これにより、モノマーモデル6の三次元構造が変化する。
【0027】
結合長、結合角及び二面角は、適宜定義されうる。本実施形態の結合長、結合角及び二面角を定義するためのポテンシャルの各定数は、論文(Huai Sun等著、「COMPASS II: extended coverage for polymer and drug-like molecule databases」、J. Mol. Model. vol. 22、no. 2、article 47、2016年、pp.1-10)に記載されているCOMPASS II力場に基づいて定義される。
【0028】
本実施形態の工程S1では、上記のモノマーモデル6が複数連結されることによって、一つの高分子モデル5が定義される。一つの高分子モデル5に含まれるモノマーモデル6の個数は、例えば、図2に示した高分子2の重合度nに基づいて、適宜設定されうる。
【0029】
工程S1では、複数の高分子モデル5が定義される。各高分子モデル5のモノマーモデル6の個数は、同一であってもよいし、異なるものが含まれてもよい。高分子モデル5の作成には、例えば、ダッソー・システムズ社製のシミュレーションソフトウェア(Materials Studio(「Materials Studio」は登録商標))等が用いられうる。複数の高分子モデル5は、コンピュータ1に記憶される。
【0030】
[有機分子モデル入力工程]
次に、本実施形態の解析方法では、有機分子をモデリングした少なくとも一つの有機分子モデルが、コンピュータ1に入力される(工程S2)。本実施形態では、一つの有機分子モデル10が入力されるが、複数の有機分子モデル10が入力されてもよい。図5は、有機分子モデル10の一例を示す概念図である。
【0031】
本実施形態の有機分子モデル10は、全原子モデルとして構成されている。なお、有機分子モデル10は、例えば、ユナイテッドアトムモデル(図示省略)等として構成されてもよい。本実施形態の有機分子モデル10は、有機分子(図示省略)を構成する原子をモデリングした原子モデル11と、原子モデル11、11間を結合するボンド(結合鎖モデル)12とを含んで構成されている。
【0032】
原子モデル11及びボンド12は、図4に示した高分子モデル5(モノマーモデル6)の原子モデル7及びボンド8と同様に定義される。原子モデル11には、炭素原子モデル11Cと水素原子モデル11Hとが含まれる。本実施形態のボンド8には、炭素原子モデル11C、11Cを連結する主鎖12Aと、炭素原子モデル11Cと水素原子モデル11Hとの間を連結する側鎖12Bとが含まれる。
【0033】
有機分子モデル10の結合長、結合角及び二面角は、上述の論文に基づいて定義される。有機分子モデル10の作成には、上述のシミュレーションソフトウェアが用いられうる。有機分子モデル10は、コンピュータ1に記憶される。
【0034】
[セル入力工程]
次に、本実施形態の解析方法では、高分子材料(図示省略)の一部に対応する仮想空間であるセルが、コンピュータ1に入力される(工程S3)。図6は、高分子モデル5及び有機分子モデル10が配置されたセル15の一例を示す概念図である。図6では、高分子モデル5の一部のみが示されている。
【0035】
本実施形態のセル15は、少なくとも互いに向き合う一対の面16、16(本実施形態では、互いに向き合う三対の面16、16)を有している。本実施形態のセル15は、直方体又は立方体(本実施形態では、立方体)として定義されている。各面16、16には、周期境界条件が定義されている。セル15の一辺の各長さL1は、例えば、特許文献(特開2019-032278号公報)の記載に基づいて、適宜設定されうる。セル15は、コンピュータ1に記憶される。
【0036】
[配置工程]
次に、本実施形態の解析方法では、セル15の内部に、複数の高分子モデル5及び少なくとも一つの有機分子モデル10が配置される(工程S4)。高分子モデル5の個数は、例えば、コンピュータ1の計算能力、セル15の大きさ及び高分子モデル5の大きさ(重合度)等に基づいて、適宜設定されうる。一方、本実施形態の有機分子モデル10の個数は、一つである。
【0037】
本実施形態の工程S4では、コンピュータ1によって、複数の高分子モデル5、及び、少なくとも一つ(本例では、一つ)の有機分子モデル10が、ランダムに配置される。これらをランダムに配置する手順は、特に限定されない。本実施形態では、例えば、修正マルコフ法に基づいて、高分子モデル5及び有機分子モデル10がランダムに配置される。これらの配置(初期配置)には、例えば、上記のシミュレーションソフトウェア等が用いられうる。
【0038】
工程S4では、高分子モデル5及び有機分子モデル10が、セル15の内部に配置されることにより、高分子モデル5及び有機分子モデル10を含む混合系モデル18が定義される。混合系モデル18は、コンピュータ1に記憶される。
【0039】
[力場定義工程]
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、混合系モデル18に含まれる高分子モデル5及び有機分子モデル10に、力場(相互作用)Fが定義される(工程S5)。本実施形態の力場Fは、コンピュータ1によって定義される。図7は、力場Fの一例を説明する概念図である。図7では、一部の力場Fのみが代表して示されている。
【0040】
本実施形態の力場Fには、第1力場Fa、第2力場Fb及び第3力場Fc(図示省略)が含まれる。第1力場Faは、隣接する高分子モデル5、5の原子モデル7、7間(全ての原子モデル7、7の組合せ)に定義される。第2力場Fbは、高分子モデル5の原子モデル7と、有機分子モデル10の原子モデル11との間(全ての原子モデル7と全ての原子モデル11との組合せ)に定義される。第3力場Fcは、隣接する有機分子モデル10、10の原子モデル11、11間(全ての原子モデル11、11の組合せ)に定義される。
【0041】
これらの力場F(第1力場Fa~第3力場Fc)は、適宜定義されうる。本実施形態では、上述のCOMPASS II 力場に基づいて、第1力場Fa~第3力場Fcがそれぞれ定義される。力場Fの定義には、例えば、上記のシミュレーションソフトウェア等が用いられうる。力場F(第1力場Fa~第3力場Fc)は、コンピュータ1に記憶される。
【0042】
[構造緩和計算工程]
次に、本実施形態の解析方法では、コンピュータ1が、高分子モデル5及び有機分子モデル10を含む混合系モデル18(図6に示す)を対象に、分子動力学計算(Molecular Dynamics : MD )に基づく構造緩和を計算する(工程S6)。工程S6では、例えば、図6に示したセル15(混合系モデル18)について所定の時間、高分子モデル5及び有機分子モデル10が古典力学に従うものとして、ニュートンの運動方程式が適用される。そして、工程S6では、予め定められた時間刻み(シミュレーションの単位時間(微小時間))Δtで、高分子モデル5及び有機分子モデル10の運動が進展される。
【0043】
本実施形態の構造緩和の計算は、セル15(混合系モデル18)において、圧力及び温度が一定、又は、体積及び温度が一定に保たれる。これにより、工程S6では、実際の高分子材料の分子運動に近似させて、高分子モデル5及び有機分子モデル10の初期配置が精度よく緩和されうる。
【0044】
工程S6では、高分子モデル5及び有機分子モデル10の初期配置が十分に緩和されるまで、構造緩和が計算される。これにより、工程S6では、高分子モデル5及び有機分子モデル10が平衡状態となった(人為的影響が取り除かれた)混合系モデル18が作成されうる。図8は、構造緩和後の混合系モデル18の一例を示す概念図である。
【0045】
緩和計算には、例えば、上記のシミュレーションソフトウェアが用いられうる。構造緩和後の混合系モデル18は、コンピュータ1に記憶される。
【0046】
ところで、高分子モデル5と有機分子モデル10との間の相互作用エネルギーは、後述のフラグメント分子軌道法(FMO法)に基づいて計算することができる。しかしながら、
図8に示した混合系モデル18の全体を対象とした大規模計算に、フラグメント分子軌道法を適用することは困難である。このため、本実施形態の解析方法では、混合系モデル18から抽出した局所モデル20(図11に示す)を対象に、高分子モデル5と有機分子モデル10との間の相互作用エネルギーが計算される。
【0047】
[抽出工程(第1実施形態)]
次に、本実施形態の解析方法では、コンピュータ1が、構造緩和後の混合系モデル18から、局所モデル20を抽出する(抽出工程S7)。本実施形態の抽出工程S7では、構造緩和後の混合系モデル18(図8に示す)から、一つの有機分子モデル10と、その有機分子モデル10の周囲に配置された複数の高分子モデル5とを含む局所モデル20(図11に示す)が抽出される。これにより、有機分子モデル10と、その有機分子モデル10に相互作用する複数の高分子モデル5が抽出されうる。図9は、抽出工程S7の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0048】
[抽出工程(領域定義工程)]
本実施形態の抽出工程S7では、先ず、局所モデル20を抽出するための領域21が定義される(工程S71)。図10は、混合系モデル18に定義された領域21の一例を示す概念図である。図10では、図8に示した構造緩和後の混合系モデル18が、簡略化して示されている。
【0049】
本実施形態の工程S71では、有機分子モデル10から予め定められた距離L2を隔てた領域21が定義される。なお、混合系モデル18に複数の有機分子モデル10が含まれる場合には、先ず、それらから解析対象の有機分子モデル10が選択される。そして、選択された有機分子モデル10を基準として、領域21が定義される。
【0050】
本実施形態の領域21は、セル15(混合系モデル18)の一部分を仮想的に区分するためのものである。本実施形態の領域21は、セル15の座標値等によって特定される。また、領域21には、高分子モデル5及び有機分子モデル10に対して影響を及ぼす条件等(例えば、力場等)が定義されない。このため、混合系モデル18の緩和構造が維持される。
【0051】
本実施形態の領域21は、立方体として定義されているが、特に限定されるわけではない。領域21は、例えば、直方体、球、及び、楕円体(長球)であってもよい。本実施形態の領域21には、領域21の内外を区切る面22が定義されている。このような面22により、領域21の境界23が定義される。本実施形態の領域21は、立方体として定義されているため、互いに向き合う三対の面22、22が定義される。
【0052】
本実施形態の領域21の各面22は、有機分子モデル10の中央部25から上述の距離L2を隔てた位置に定義されている。中央部25は、領域21の中心側に有機分子モデル10を定義することができれば、特に限定されない。本実施形態の中央部25は、有機分子モデル10の重心に設定される。
【0053】
本実施形態の距離L2は、有機分子モデル10の中央部25から、領域21の各面22までの最短距離として定義される。距離(最短距離)L2は、適宜設定されうる。本実施形態の距離L2には、高分子モデル5と有機分子モデル10との間において、相互作用(本例では、第2力場Fb(図7に示す))の大きさがゼロになる距離が設定される。これにより、領域21の内部には、有機分子モデル10に相互作用する複数の高分子モデル5のみが配置される。
【0054】
相互作用の大きさがゼロとなる距離は、適宜設定されうる。本実施形態では、有機分子モデル10を構成する原子モデル11のうち、中央部25に最も近い位置に配置されている原子モデル11に対する相互作用がゼロとなる距離として特定される。領域21は、コンピュータ1に記憶される。
【0055】
[抽出工程(除外工程)]
次に、本実施形態の抽出工程S7では、領域21の外部に配された高分子モデル5が除外されるように、局所モデル20が抽出される(工程S72)。本実施形態の工程S72では、領域21の境界23(面22)を跨ることなく、領域21の外部に配された高分子モデル5が、局所モデル20を構成する高分子モデル5から除外される。さらに、本実施形態の工程S72では、領域21の境界23(面22)を跨る高分子モデル5も除外されている。
【0056】
上述のとおり、本実施形態の距離(即ち、有機分子モデル10から境界23(面22)までの距離)L1は、高分子モデル5と有機分子モデル10との間の相互作用(本例では、第2力場Fb)の大きさがゼロになる距離が設定される。これにより、工程S72では、有機分子モデル10に相互作用しない高分子モデル(すなわち、領域21の外部に配された高分子モデル)5が除外された局所モデル20が定義される。図11は、局所モデル20の一例を示す概念図である。
【0057】
ところで、領域21の境界23(面22)を跨る高分子モデル5のうち、領域21の内部に配されている部分(原子モデル7)は、有機分子モデル10に対して相互作用する。このため、このような部分を局所モデル20に含めて、高分子モデル5と有機分子モデル10との間の相互作用エネルギーが計算されるのが望ましい。
【0058】
[抽出工程(切断工程)]
本実施形態の抽出工程S7では、領域21の境界23(面22)を跨る高分子モデル5のうち、領域21の内部に配されている部分を切断した切断モデル26が、局所モデル20に含められる(工程S73)。図12(a)、(b)は、切断モデル26の一例を説明する概念図である。
【0059】
本実施形態の工程S73では、先ず、図12(a)に示されるように、高分子モデル5のうち、領域21の境界23(面22)を跨るボンド8(二点鎖線で示す)が削除される。なお、高分子モデル5の原子モデル7が境界23を跨っている場合(図示省略)には、その境界23から最も近いボンド8が削除される。そして、図12(b)に示されるように、工程S73では、領域21の内部に配されている部分が、切断モデル26として定義される。
【0060】
工程S73では、一つの高分子モデル5において、領域21の境界23に複数のボンド8が跨っている場合、それらのボンド8が削除されてもよい。これにより、一つの高分子モデル5から複数の切断モデル(図示省略)が定義されうる。
【0061】
このように、本実施形態の抽出工程S7では、構造緩和後の混合系モデル18から、一つの有機分子モデル10(図示省略)と、領域21の内部に配された高分子モデル5(本例では、切断モデル26を含む)とを含む局所モデル20(図11に示す)が抽出される。局所モデル20は、コンピュータ1に記憶される。
【0062】
[相互作用エネルギー計算工程]
次に、本実施形態の解析方法では、コンピュータ1が、局所モデル20を対象に、フラグメント分子軌道法に基づいて、高分子モデル5と有機分子モデル10(図10に示す)との間の相互作用エネルギーを計算する(工程S8)。
【0063】
フラグメント分子軌道法(FMO法)とは、分子系を小さなフラグメントに分割して、相互作用エネルギーを計算することが可能な量子化学的手法である。なお、フラグメント分子軌道法の詳細は、例えば、文献(中野達也ら著、「フラグメント分子軌道法入門 ― ABNIT-MPによるタンパク質の非経験的量子化学計算 ―」、アドバンスソフト(株)、2004年7月10日)に記載のとおりである。
【0064】
本実施形態の工程S8では、先ず、局所モデル20に含まれる高分子モデル5と有機分子モデル10が、フラグメントに分割される。次に、隣接するフラグメント間の相互作用エネルギー(例えば、静電、分極、交換、及び、電荷移動エネルギーなど)が計算(FMO計算)される。そして、有機分子モデル10のフラグメントに、高分子モデル5のフラグメントから作用する相互作用エネルギーの和が計算される。これにより、高分子材料に含有されている高分子と有機分子との間の相互作用エネルギーが計算されうる。
【0065】
本実施形態の局所モデル20(図11に示す)は、図8に示した混合系モデル18のうち、有機分子モデル10と、その有機分子モデル10に相互作用する複数の高分子モデル5(図12(b)に示した切断モデル26を含む)とが抜き出されたものである。このような局所モデル20を対象に、フラグメント分子軌道法に基づいて相互作用エネルギーEが計算されることにより、高分子材料に含有されている高分子と有機分子との間の相互作用エネルギーが、精度良く計算されうる。
【0066】
フラグメント分子軌道法に基づく相互作用の計算には、例えば、量子化学計算用のソフトウェア(例えば、GAMESS又はABINIT-MP等)や、分子モデリングソフトウェア(例えば、Facio)などが用いられる。相互作用エネルギーは、コンピュータ1に記憶される。
【0067】
本実施形態の解析方法で計算された相互作用エネルギーは、所望の物性を有する高分子材料の設計及び製造に役立つ。
【0068】
[抽出工程(第2実施形態)]
ところで、図12(b)に示されるように、これまでの実施形態の抽出工程S7(切断する工程S73)において、高分子モデル5のモノマーモデル6(図4に示す)の内部で切断されると、切断モデル26に、不対電子をもつ原子モデル7が含まれることがある。このような切断モデル26は、化学的に不安定である。したがって、このような切断モデル26に基づいて、高分子モデル5と有機分子モデル10との間の相互作用エネルギーが計算されると、十分な精度で相互作用エネルギーを計算できない場合がある。
【0069】
この実施形態の抽出工程S7では、切断モデル26の安定構造が得られる。図13は、第2実施形態の抽出工程S7の処理手順の一例を示すフローチャートである。この実施形態において、これまでの実施形態と同一の構成については、同一の符号が付され、説明が省略されることがある。
【0070】
[抽出工程(安定構造取得工程)]
本実施形態の抽出工程S7では、切断モデル26に、水素原子をモデリングした水素原子モデル7Hを結合して、切断モデル26の安定構造が得られる(工程S74)。図14(a)は、安定構造とされる前の切断モデル26の一例を示す概念図である。図14(b)は、切断モデル26の安定構造の一例を示す概念図である。
【0071】
本実施形態の工程S74では、切断モデル26(図14(a)に示す)を構成する原子モデル7の原子価や混成軌道に基づいて、切断モデル26の末端の原子モデル(不対電子をもつ原子モデル7)に、水素原子モデル7H(図14(b)に示す)が結合される。これにより、図14(b)に示されるように、ラジカルが中和された化学的に安定した切断モデル26の安定構造が得られる。
【0072】
そして、本実施形態の工程S8では、切断モデル26の安定構造が含まれる局所モデル20(図11に示す)を対象に、高分子モデル5と有機分子モデル10との間の相互作用エネルギーが計算される。これにより、本実施形態の解析方法では、相互作用エネルギーがより精度よく計算されうる。
【0073】
[抽出工程(第3実施形態)]
前実施形態(第2実施形態)の抽出工程S7では、相互作用エネルギーをより精度よく計算するために、切断モデル26の安定構造が取得されたが、このような態様に限定されない。図15は、第3実施形態の抽出工程S7の処理手順の一例を示すフローチャートである。この実施形態において、これまでの実施形態と同一の構成については、同一の符号が付され、説明が省略されることがある。
【0074】
[抽出工程(第2切断工程)]
本実施形態の抽出工程S7では、モノマーモデル6が境界23を跨る場合、そのモノマーモデル6が切断モデル26に含められる(工程S75)。図16(a)は、切断前の高分子モデル5の一例を示す概念図である。図16(b)は、モノマーモデル6が含められた切断モデル26の一例を示す概念図である。
【0075】
本実施形態の工程S75では、先ず、全ての切断モデル26(図12(b)に示す)のうち、図16(a)に示した切断される前の高分子モデル5において、モノマーモデル6(二点鎖線で示す)が境界23を跨っていた切断モデル26が特定される。そして、図16(b)に示されるように、特定された切断モデル26について、境界23を跨るモノマーモデル6が、切断モデル26に含められる。
【0076】
この実施形態の切断モデル26は、モノマーモデル6で切断されないため、不対電子をもつ原子モデル7が含まれていない。このため、化学的に安定した切断モデル26の安定構造が得られる。
【0077】
そして、本実施形態の工程S8では、切断モデル26の安定構造が含まれる局所モデル20を対象に、高分子モデル5と有機分子モデル10との間の相互作用エネルギーが計算される。これにより、本実施形態の解析方法では、相互作用エネルギーがより精度よく計算されうる。
【0078】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
【実施例0079】
図3に示した処理手順に基づいて、高分子と有機分子との間の相互作用が解析された(実施例1~3)。実施例1~3では、図9に示した処理手順に基づいて、領域の外部に配された高分子モデルが除外されるように、局所モデルが抽出された。
【0080】
実施例1では、領域の境界を跨る高分子モデルのうち、領域の内部に配されている部分を切断した切断モデルが、局所モデルに含められた。実施例2では、図13に示した処理手順に基づいて、実施例1の切断モデルに、水素原子モデルを結合して、切断モデルの安定構造が得られた。実施例3では、図15に示した処理手順に基づいて、実施例1の切断モデルに、領域の境界を跨るモノマーモデルが含められた。
【0081】
そして、実施例1~3の局所モデルを対象に、フラグメント分子軌道法に基づいて、高分子モデルと有機分子モデルとの間の相互作用エネルギー(分散エネルギー)が計算された。共通仕様は、次のとおりである。
高分子材料:
高分子:スチレンブタジエンゴム
有機分子:フェノール樹脂
局所モデル:
形状:立方体
一辺の長さ:4nm
【0082】
実施例1~3の相互作用エネルギーは、実際の高分子と有機分子の相互作用エネルギーと近似した。したがって、実施例1~3は、高分子と有機分子との間の相互作用エネルギーを精度良く計算することができた。さらに、実施例2及び3は、切断モデルの安定構造が用いられているため、実施例1に比べて、相互作用エネルギーを精度良く計算できた。
【符号の説明】
【0083】
S6 混合系モデルを対象に構造緩和を計算する工程
S7 混合系モデルから局所モデルを抽出する工程
S8 局所モデルを対象に相互作用エネルギーを計算
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16