(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023112391
(43)【公開日】2023-08-14
(54)【発明の名称】医療用シート
(51)【国際特許分類】
A61B 90/00 20160101AFI20230804BHJP
A61F 13/00 20060101ALI20230804BHJP
G01B 3/02 20200101ALI20230804BHJP
A61L 31/04 20060101ALI20230804BHJP
A61L 31/10 20060101ALI20230804BHJP
A61L 31/14 20060101ALI20230804BHJP
【FI】
A61B90/00
A61F13/00 301C
A61F13/00 301Z
A61F13/00 305
A61F13/00 Z
G01B3/02
A61L31/04
A61L31/10
A61L31/14 400
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022014150
(22)【出願日】2022-02-01
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】凸版印刷株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】植田 玲子
【テーマコード(参考)】
2F061
4C081
【Fターム(参考)】
2F061AA16
2F061CC10
2F061JJ02
2F061VV41
4C081AC16
4C081BB01
4C081DA02
(57)【要約】
【課題】顕微手術時における組織の正確な寸法把握に寄与でき、シート上に散布された生理食塩水等を長時間保持できる医療用シートを提供する。
【解決手段】医療用シート1は、シート状の本体10と、本体に形成され、複数の線を有する画線部20とを備える。本体は、多孔質の保水層15を有し、かつ画線部が位置する側の面に保水層の少なくとも一部が露出している。複数の線のピッチは500μm以下であり、複数の線の幅は100μm以下である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート状の本体と、
前記本体に形成され、複数の線を有する画線部と、
を備え、
前記本体は、多孔質の保水層を有し、かつ前記画線部が位置する側の面に前記保水層の少なくとも一部が露出しており、
前記複数の線のピッチが500μm以下であり、
前記複数の線の幅が100μm以下である、
医療用シート。
【請求項2】
前記本体は、
前記保水層の上側に位置し、貫通孔を有する上層と、
前記保水層の下側に位置する下層と、を有し、
前記医療用シートの平面視における周縁部において前記上層と前記下層とが接合されている、
請求項1に記載の医療用シート。
【請求項3】
前記画線部は、前記線の配置間隔および前記線の幅の少なくとも一方を表示する情報部を含む、
請求項1に記載の医療用シート。
【請求項4】
前記本体が可撓性を有する、
請求項1に記載の医療用シート。
【請求項5】
前記画線部を被覆するコーティングをさらに備える、
請求項1に記載の医療用シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用シート、より詳しくは、術場に配置して各種計測等に使用する医療用シートに関する。
【背景技術】
【0002】
手術用顕微鏡を用いて血管や神経等の微細な組織を剥離、縫合する顕微手術(マイクロサージャリー)が各種臓器を対象として広く行われている。
【0003】
顕微手術では、直径50μmから100μm程度の針と、直径10μmから20μm程度の糸とが用いられる。針及び糸のいずれも微細であり、極めて精密な作業が要求される。
また、組織の縫合においては、縫合される2つの組織の寸法を合わせることが要求される場合があり、組織の寸法を術場で正確に把握することが重要である。
【0004】
医療用途の計測部材として、特許文献1には、医療用の目盛付粘着テープが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の目盛付粘着テープは、治療経過を写真で記録することを目的としており、患部に貼り付けて使用される。すなわち、体内の臓器に対して使用することは考慮されていない。
さらに、顕微手術では、処置対象の組織に目盛付粘着テープを貼り付けることはできないため、特許文献1に記載の目盛付粘着テープを適用できない。
【0007】
また、手術中の照明等の影響により組織の温度が上昇すると、たんぱく質の変性により細胞が傷害されたり壊死したりする可能性がある。
これを防ぐため、術野内に生理食塩水等を散布して温度上昇を抑えることが行われているが、散布した生理食塩水等が強い照明等により短時間で乾くこともあり、この場合散布動作の頻度が増加して煩雑になる。このような観点からは、シート上に散布された生理食塩水等が長時間保持されることも求められている。
【0008】
上記事情に鑑み、本発明は、顕微手術時における組織の正確な寸法把握に寄与でき、シート上に散布された生理食塩水等を長時間保持できる医療用シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、シート状の本体と、本体に形成され、複数の線を有する画線部とを備えた医療用シートである。
本体は、多孔質の保水層を有し、かつ画線部が位置する側の面に保水層の少なくとも一部が露出した構造を有する。
複数の線のピッチは500μm以下であり、複数の線の幅は100μm以下である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の医療用シートは、顕微手術時における組織の正確な寸法把握に寄与でき、シート上に散布された生理食塩水等を長時間保持できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態に係る医療用シートの平面図である。
【
図4】本発明の変形例に係る医療用シートの模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態について、
図1から
図3を参照しながら説明する。
図1は、本実施形態に係る医療用シート1の平面図である。医療用シート1は、シート状の本体10と、外部から視認可能に本体10に形成された画線部20とを備えている。
【0013】
図2に、医療用シート1の模式断面図を示す。
図2に示すように、本体10は、本体の外面を構成する表層11と、表層11内に配置された保水層15とを備えている。表層11は、上側に位置する上層12と、下側に位置する下層13とを有し、上層12と下層13とが、医療用シート1の平面視における周縁部において接合されることにより、表層11を構成している。
【0014】
本体10の各層は、残留溶媒分のない材料で形成されている。具体例として、シリコーン、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエステル、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリメチルメタクリレート、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリスルホン(PSU)、ポリフェニルスルホン(PPSU)、ポリアセタール(POM)、ポリフェニルスルフィド(PPS)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリイミド(PI)、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン等の高分子、これらの高分子の共重合体、またチタン合金やステンレス、コバルト合金等の金属とその酸化物、シリコーンゴム、ウレタンゴム、フッ素ゴム、天然ゴム、合成ゴム等の熱硬化系エラストマーや、ポリスチレン系(TPS)、ポリオレフィン系(TPO)、ウレタン系(TPU)、ポリエステル系(TPEE)等の熱可塑性エラストマーなどの弾性を有する材料を例示できる。また、上記で示された高分子のバインダーに無機の粉体を含有してもよい。無機の粉体は、シリカ、アルミナ、酸化亜鉛、酸化チタンとできる。無機の粉体の含有量は、重量比で5%から70%とできる。また無機の顔料を含有してもよい。
本体10の形態としては、フィルム状、板状のいずれでもよい。さらに、可撓性を有するフレキシブルなものと、実質的に曲がらない剛性のあるもののいずれでもよく、対象とする臓器や手技等を考慮して適宜選択できる。
【0015】
表層11を構成する上層12と下層13とは、同一材料からなることが好ましい。上層12と下層13の材質が同一であると、加熱により簡便に接合できる。上層12と下層13の加熱接着が難しい場合には、例えばカップリング剤や上層12と下層13の表面を化学溶解する材料を塗布してから加熱、もしくは自身が溶融することで接着する材料を上層12と下層13の間に配し加熱することで両者を接合できる。
【0016】
保水層15は、多孔質構造を有し、術野に散布された生理食塩水等の水分を孔内に保持できる。典型例において、保水層15は、合成樹脂で形成された多孔質のフィルムである。材質としては、ポリエステル、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリエチレン等を例示できる。
【0017】
医療用シート1が透明であると、医療用シート1上においた組織が見にくくなることがある。この観点からは、本体10は、不透明であることが好ましく、可視光線の透過率が1%以下であるとより好ましい。本体10の画線部20が設けられている面とは反対側の面に接している生体組織が、本体10を通して視認されなければ、顕微手術時における組織を正確に確認することができる。
【0018】
本体10の色は、生体組織の補色が好ましい。この補色は青,緑みの青、青緑、青みの緑、緑、黄みの緑、黄緑の青から黄緑までの色とできる。この青から黄緑までの色は、マンセル色標でのB、BG,G,GYにあたる。本体10の色彩を青から黄緑までの色とすることで、生体組織が視認しやすくなる。具体的には、本体10のL*ab色空間におけるL*,a,bの範囲は、それぞれ、25以上80以下、-80以上0以下、-50以上50以下が好ましい。
本体10においては、可視光線(波長帯域350nm~800nm程度)のうち、570nmから800nmでのスペクトル反射率が20%以下であることが好ましい。上述した金属で本体を形成する等の場合は、塗料の全面印刷等により上記色彩を実現できる。本体10の明度が低いと、生体組織とのコントラストが良好となり好ましい。このような明度を有する本体の可視光線のピーク反射率は、概ね10%以下である。
【0019】
本体10の厚さに特に制限はないが、15μm以上、2mm以下とできる。高弾性材料の場合は0.1mm~1.0mm程度、低弾性の材料の場合は0.02mm~0.2mm程度、金属の場合は0.01mm~0.1mm程度とできる。
【0020】
本実施形態で例示された本体10の平面視形状は、角丸四角形であるが、本体10の平面視形状はこれには限られず、三角形、円形等、適宜決定できる。角丸の多角形であると、術野に置いた際に組織を傷つけにくく、ピンセットやマニピュレータでつまみやすい。また、多角形は凸包とできる。凸包であれば組織に引っかかりづらい。
【0021】
画線部20は、印刷により本体10上に形成されている。本実施形態において、画線部20は、
図2に示すように上層12の上面に設けられているが、画線部20が上層12側から視認できればその形成位置に特に制限はない。例えば、上層12が透明性を有する場合は、画線部20が上層12の下面(保水層15側の面)に設けられてもよいし、保水層15の上面(上層12側の面)に設けられてもよい。
【0022】
画線部20は、複数の線により構成されている。
図1には、画線部20が、互いに直交格子を形成する複数の線20aと、この複数の線の一部を等間隔で区切る目盛り20bとを有する例を示しているが、画線部20における線の配置態様は、これに限られず測定対象物等に応じて適宜設定できる。例えば、平行に延びる複数の線のみで構成された罫線状や、同心円状、放射状などを例示できる。
【0023】
画線部20における線の幅は100μm以下であり、平行に延びて隣り合う線の距離(ピッチ。
図1に符号Pで示す。)は500μm以下である。この範囲内であれば、画線部20は幅の異なる2種類以上の線を含んでもよいし、ピッチPが異なる複数の領域を有してもよい。このような寸法の画線部は、肉眼では見にくいが、マイクロサージャリーにおいて拡大鏡で見ると、好適に視認できる。
【0024】
本実施形態の画線部20は、上述した線20aおよび目盛り20bに加えて、情報部21を有する。
図3に、情報部21を拡大して示す。情報部21は、画線部20の仕様に関する情報を含む医療用シート1に関する情報を表示する。したがって、情報部の内容は、画線部20の態様により異なる。
図4に示す例では、情報部21は「P 500」および「L 25」の2つの文字列からなる。「P 500」は、ピッチが500μmであることを示し、「L 25」は、線幅が25μmであることを示している。
【0025】
本実施形態において、情報部21は、
図1に示すように一部の格子内に設けられているが情報部の数や配置間隔、適宜設定できる。医療用シートは、術野や術場の大きさ等に応じて、一部を小さく切り出して使用される場合があるため、切り出された領域に少なくとも一つの情報部が存在する程度に数や配置間隔を設定するのが好ましい。
なお、情報部は任意の構成であり、省略されてもよい。
【0026】
画線部20を形成するためのインキは、発色用顔料と、バインダーとを有する。
発色用顔料として、有機顔料、無機顔料のいずれも使用できる。
無機顔料としては、チタン、亜鉛、金、銀、銅、鉄等の金属の、酸化物、水酸化物、硫化物、セレン化物、フェロシアン化物、もしくは、それらの金属のクロム酸塩、硫酸塩、炭酸塩、ケイ酸塩、燐酸塩が使用できる。さらに上述の金属の単体もしくはそれらの合金等、炭素、パール顔料であるオキシ塩化ビスマス、雲母チタン、魚鱗箔等を例示できる。その中でも、生体適合性を有する、二酸化チタン(チタニア)、酸化亜鉛、タルク、シリカ、マイカ、アルミナ、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、ケイ酸バリウム、ケイ酸カルシウム、金属石鹸、シリコーンが好ましい。
有機顔料としては、ニトロソ系、ニトロ系、アゾ系、レーキ系、フタロシアニン系、縮合多環材料、その他の炭素化合物を例示できる。
【0027】
バインダーとしては樹脂を使用できる。樹脂は、組成物とでき、組成物は、オリゴマー、ポリマーの混合とできる。樹脂は可溶性のものとできる。樹脂は、硬化性樹脂でもよい。硬化性樹脂は、電離放射線硬化樹脂、熱硬化樹脂とできる。電離放射線硬化樹脂は、紫外線硬化樹脂、電子線硬化樹脂とできる。樹脂の種類は、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、チオール樹脂またはこれらの混合とできる。アクリル樹脂としては、フッ素系アクリル樹脂、シリコーン系アクリル樹脂、エポキシアクリレート樹脂、アクリロニトリルスチレン樹脂、またはこれらの混合を用いることができる。その他の樹脂としては、メチルスチレン樹脂、フルオレン樹脂、ポリプロピレン、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PC(ポリカーボネート)、PS(ポリスチレン)、COC(環状オレフィン・コポリマー)、COP(シクロオレフィンポリマー)、MS(メタクリル酸スチレン共重合体)、AS(アクリロニトリルスチレン共重合体)、PEN(ポリエチレンナフタレート)、PI(ポリイミド)、フェノール樹脂やメラミン樹脂、エポキシ樹脂、アルキド等を用いることが可能である。
【0028】
また、上記以外にも、PBT(ポリブチレンテレフタレート)、POM(ポリオキシメチル)、PA(ポリアミド)、PPS(ポリフェニルサルフィド)等のエンジニアプラスチックや、スーパーエンジニアプラスチックをバインダーとして用いることも可能である。
【0029】
画線部20を形成するためのインキには、本体10の表面の特性に応じて、水性インキ、非水性インキを使い分けることが好ましい。本体10の表面が親水性である場合は水性インキを用いることが好ましい。本体10の表面が疎水性である場合は非水性インキを用いることが好ましい。
インキの固形分および粘度の調製には、各種溶媒を使用できる。例えば、水性インキでは水(精製水)やアルコールを使用することができる。非水性インキでは、常温で蒸発しにくい沸点の高い溶剤(脂肪族炭化水素、グリコールエーテル、高級アルコールなど)や、常温で蒸発しやすい沸点の低い溶剤(MEK、エタノール、アセトンなど)を単独または組み合わせて使用できる。他に、ドデカン、テトラデカン、トルエン等も使用できる。
【0030】
インキは、有機微粒子や無機微粒子を含有してもよい。具体例としては、アクリル系粒子、スチレン粒子、スチレンアクリル粒子及びその架橋体や、メラミン‐ホルマリン縮合物の粒子、ポリウレタン系粒子、ポリエステル系粒子、シリコーン系粒子、フッ素系粒子、エポキシ粒子これらの共重合体、スメクタイト、カオリナイト、タルク等の粘土化合物粒子、シリカ、酸化チタン、アルミナ、シリカアルミナ、ジルコニア、酸化亜鉛、酸化バリウム、酸化ストロンチウム等の無機酸化物粒子、炭酸カルシウム、炭酸バリウム、炭酸マグネシウム、塩化バリウム、硫酸バリウム、硝酸バリウム、水酸化バリウム、水酸化アルミニウム、炭酸ストロンチウム、塩化ストロンチウム、硫酸ストロンチウム、硝酸ストロンチウム、水酸化ストロンチウム、ガラス粒子等の無機微粒子等を挙げることができる。
これらの粒子は、単独または適宜組み合わせて使用できる。さらに、塗工や蒸着等によって表面加工を施してから使用されてもよい。
【0031】
画線部20を形成するための印刷方法には特に制限はない。印刷方法として、オフセット印刷、グラビア印刷、フレキソ印刷、スクリーン印刷、グラビアオフセット印刷、反転オフセット印刷、スクリーンオフセット印刷、タンポ印刷、インクジェット印刷などを例示できる。
これらのうち、グラビアオフセット印刷やスクリーンオフセット印刷は、幅の小さい線を安定して形成できるため、特に好適である。
【0032】
画線部20を形成するインキは、生体適合性を有する材料で形成されていることが好ましい。生体適合性を有する材料で形成されていないインキで画線部20を形成した後に、透明性を有する生体適合性のコーティングでインキ部分を覆うことにより、医療用シート1の生体適合性を確保することもできる。この場合、コーティングは、画線部20のみを被覆してもよいし、本体10の全面を覆ってもよい。
コーティングの材料としては、本体10および画線部20を形成するインキに使用できる生体適合性を有する材料を使用することができる。好ましくは、シリコーン樹脂やフッ素樹脂等を例示できる。
【0033】
上層12は、画線部20が形成する格子内に貫通孔4を有する。貫通孔4は、上層12を厚さ方向に貫通しているため、画線部20が位置する医療用シート1の上面において、上層12の下に位置する保水層15の一部が貫通孔4に露出している。
図1では、すべての格子内に貫通孔4が設けられている例を示しているが、貫通孔のない格子が存在してもよい。また、貫通孔の平面視形状や寸法等に特に制限はなく、一つの格子内に小さな貫通孔が複数設けられてもよい。さらに、貫通孔の態様が格子ごとに異なっていてもよい。
【0034】
上記の様に構成された医療用シート1の使用時の動作について説明する。
医療用シート1は、そのまま、あるいは適宜の大きさに切って処置が行われる術場に置かれる。術場に置く前に、生理食塩水等に浸してもよい。医療用シート1を液体に浸すと、液体は、貫通孔4を通って本体10内に浸入し、その一部が保水層15の多孔質構造内に保持される。
【0035】
処置対象の臓器や組織を医療用シート1上の適宜の位置に置いたり、医療用シート1のわずかに上方に位置させたりすると、画線部20に基づいて、臓器や組織の寸法を把握することができる。
【0036】
術野を照らす照明の輻射熱等は、医療用シート1の温度を上昇させる方向に作用するが、保水層15が生理食塩水等を保持していると、これが気化することにより温度上昇を抑制するとともに乾燥を防ぎ、シート上に置かれた組織やシートが接触する組織へのダメージを低減する。
術中に散布された生理食塩水等も、並行して保水層15に保持され、上記作用の持続時間を延長する。
【0037】
保水層15が保持する液体が生理食塩水や輸液等のアイソメトリックな液体であると、血液と浸透圧がどうようであるため、術場に生じた血液が保水層に入り込みにくい。その結果、医療用シートに置かれた組織が視認しにくくなる等の事態を抑制できる利点がある。
【0038】
生理食塩水により希釈された血液が保水層15に保持された場合、多少着色が生じることがあるが、希釈されて濃度が低いため、視認性を大きく損ねることはない。
保水層15に水分を多量に含ませると、医療用シート1上で血液が乾燥して固着することによる医療用シート1の汚れ、およびこれに伴う組織視認性の低下を防止することができる。これにより、使用者は術野への生理食塩水の散布頻度を低減でき、使用に耐えなくなった医療用シートを新しいものと交換する頻度も著しく下げられる。
【0039】
本実施形態に係る本体は、保水層15を挟んだ上層と下層の周縁部を接合する構造により、接着剤等を用いずに保水層を内部に備える構造を実現している。したがって、接着剤に関する規制が厳しい医療器具にも適用しやすい構造となっている。
【0040】
本実施形態において、画線部20と本体10とは、一定以上の明度差があると、コントラストが良好になり、好ましい。例えば、可視光線の平均反射率(%)の差が30ポイント程度あるとコントラストが良好となる。または、画線部20と本体10のコントラストは、色濃度差で、0.1以上、2.0以下とでき、より視認性を上げるためには0.5以上、1.5以下が好ましい。
【0041】
画線部20の高さ(本体10上に形成される層の厚さ)は、視認のしやすさから1μm以上10μm以下が好ましい。画線部20の断面形状は、半円形、半楕円形、三角形、台形、矩形、台形または矩形の上部が凸状の曲面となった形状などが例示できる。断面形状の角にエッジがあると、画線部20上に表面張力により血液や洗浄液が残留しやすくなるが、断面形状における角部が丸まっていると、画線部20上に血液や洗浄液が滞留しにくくなるので好ましい。さらに、好ましくは、半円形、半楕円形、三角形、台形であると、画線部20上に血液や洗浄液等が滞留しにくくなり、医療用シートからも流れやすくなるため、顕微手術中の画線部20の視認性を保ちやすい。
画線部20の高さは、本体10へインキを印刷する際に、同一箇所に重ねて印刷する等により、容易に調節できる。
【0042】
本発明に係る医療用シートについて、実施例を用いてさらに説明する。本発明は、以下の各実施例の具体的内容によって何ら限定されない。
【0043】
(実施例)
2液硬化型のシリコーン樹脂を用いた注型成型により、厚さ0.2mmの上層および下層となる樹脂シートを作製した。上層となるシートには、注型成型時に複数の貫通孔(内径0.05mm)を形成した。
【0044】
上層となるシート上に、ピッチ100μmの格子状の画線部を印刷により形成した。格子は、貫通孔が格子内に位置するように設定した。基本の線幅を20μmとし、計測の目安とする目的で、5本ごとにより広い30μmとした。画線部を形成するインキは、シリコーン樹脂に酸化チタンを顔料として40wt%添加した白色のインキである。
印刷後にインキを140℃で10分加熱硬化することにより、実施例1に係る上層を得た。画線部の線幅を測定したところ、加熱前に比して2%程度増加したが、10%以上の変化はなく目盛りとしての寸法精度に支障はなかった。
【0045】
保水層として、ポリビニルアルコールからなる緑色の多孔質シートを準備し、上層と下層とで挟むように配置した。この状態で、平面視における周縁部を全周にわたり熱プレスで一体に接合した。
以上により、実施例に係る医療用シートを作製した。この医療用シートは、可撓性を有する。
【0046】
実施例1の医療用シートを、生理食塩水に浸した後に双眼顕微鏡を用いて倍率40倍で観察したところ、画線部と本体とのコントラストは良好であり、画線部を明瞭に視認できた。
医療用シートにブタの血管を置いて双眼顕微鏡で観察したところ、画線部に基づいて長さ、直径等の寸法を容易に把握することができた。医療用シート上は、保水層から順次供給される生理食塩水により湿潤な状態に保持され、置いたブタの血管が乾燥することが抑制された。保水層を有さない樹脂フィルム上に置いたブタの血管と比較すると、生理食塩水を追加散布しなくても乾燥するまでの時間を20分程度遅延させることができた。
また、医療用シートに付着して硬化しつつある血液は、生理食塩水を散布することにより、硬化を抑制して除去することができた。これにより、画線部の視認性を長時間保持することができた。
【0047】
以上、本発明の各実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の構成の変更、組み合わせなども含まれる。以下にいくつか変更を例示するが、これらはすべてではなく、それ以外の変更も可能である。これらの変更が2以上適宜組み合わされてもよい。
【0048】
・上層と下層とで保水層を挟み込む上記構造においては、必ずしも周縁全体が接合されなくてもよい。例えば、平面視周縁部に保水層が逸脱しない程度に未接合領域を有してもよい。未接合領域を有すると、本体の側方からも生理食塩水等が保水層に供給されることが期待できる。
【0049】
・下層に貫通孔を設けたり、メッシュ状のシートを下層としたりしてもよい。このようにすると、散布されてシートの下側に回り込んだ生理食塩水等を保水層に供給でき、乾燥抑制効果等の持続時間をさらに延長できる。
【0050】
・線や情報部を形成するインキが生体適合性を有するものであっても、コーティングを設けてもよい。医療用シートの使用中においては、乾燥を防ぐために継続して生理食塩水等がかけられるため、コーティングにより、生理食塩水等による線や情報部へのアタックを抑制することができる。
【0051】
・本体と画線部とを合わせた医療用シートの総厚は、例えば0.02mm以上1.0mm以下とできる。0.02mm以上とすることで、製造時の搬送性が保持され、画線部の寸法精度も担保しやすい。1.0mm以下であることで可撓性を発揮させやすく、マイクロサージャリーにおいて使用しやすい。
【0052】
・本体の構造は、上述したものには限定されない。
図4に示す変形例の医療用シート1Aに係る本体10Aは、多孔質でない樹脂フィルムからなるコア層16に画線部20が形成され、コア層16および画線部20が多孔質構造を有する保水層15で被覆された構成を有する。
本体10Aの製造方法は、本体10と概ね同様で、多孔質の上層および下層でコア層16を挟んだ状態で周縁を加熱接合することで形成できる。加熱された周縁部においては多孔質構造が破壊されて保水性が消失するが、コア層16の上方に位置する保水層においては良好な保水性が維持され、本体10同様接着剤等を用いずに製造できる。
多孔質の上層は白濁した外見を有するため、保水層に覆われた画線部20が視認しにくくなる場合がある。この場合は、必要に応じて上層を薄くしたり、上層に画線部を形成したりすればよい。
本体10Aにおいては、コア層の下側で保持された液体がコア層の上側に異動することによる長時間の効果持続も期待できる。
【符号の説明】
【0053】
1、1A 医療用シート
4 貫通孔
10、10A 本体
12 上層
13 下層
15 保水層
20 画線部
20a 線
21 情報部