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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023131198
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】練り込み用可塑性油脂組成物
(51)【国際特許分類】
   A23D 9/00 20060101AFI20230914BHJP
   A21D 13/00 20170101ALI20230914BHJP
   A21D 2/16 20060101ALI20230914BHJP
【FI】
A23D9/00 502
A21D13/00
A21D2/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022035793
(22)【出願日】2022-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000227009
【氏名又は名称】日清オイリオグループ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】内藤 真紀
(72)【発明者】
【氏名】▲羽▼染 芳宗
(72)【発明者】
【氏名】小林 賢司
(72)【発明者】
【氏名】小笠 勇馬
【テーマコード(参考)】
4B026
4B032
【Fターム(参考)】
4B026DC06
4B026DG02
4B026DG03
4B026DG04
4B026DH01
4B026DH02
4B026DH03
4B032DB08
4B032DB40
4B032DK18
4B032DL08
4B032DL20
4B032DP73
(57)【要約】
【課題】
冷蔵保存されても、ジューシーな食感を有すると共に、べたつきが少ないベーカリー食品を提供することにある。
【解決手段】
以下の条件(a)から(f)までを満たす油脂を含有する、練り込み用可塑性油脂組成物。
(a)SSSの含有量が0~7.0質量%である
(b)S2Uの含有量が3~25質量%である
(c)SU2の含有量が3~25質量%である
(d)UUU含有量が0~25質量%である
(e)LaTGの含有量が35~60質量%である
(f)構成脂肪酸全量に占めるP含有量に対するSt含有量の質量比(St/P)が0.05~0.7である
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の条件(a)から(f)までを満たす油脂を含有する、練り込み用可塑性油脂組成物。
(a)SSSの含有量が0~7.0質量%である
(b)S2Uの含有量が3~25質量%である
(c)SU2の含有量が3~25質量%である
(d)UUU含有量が0~25質量%である
(e)LaTGの含有量が35~60質量%である
(f)構成脂肪酸全量に占めるP含有量に対するSt含有量の質量比(St/P)が0.05~0.7である
ただし、S、U、La、P、St、SSS、S2U、SU2、UUUおよびLaTGは、以下を意味する。
S:炭素数16~24の飽和脂肪酸
U:炭素数16~24の不飽和脂肪酸
La:ラウリン酸
P:パルミチン酸
St:ステアリン酸
SSS:グリセロール1分子に3分子のSが結合したトリアシルグリセロール
S2U:グリセロール1分子に2分子のSと1分子のUが結合したトリアシルグリセロール
SU2:グリセロール1分子に1分子のSと2分子のUが結合したトリアシルグリセロール
UUU:グリセロール1分子に3分子のUが結合したトリアシルグリセロール
LaTG:グリセロール1分子に少なくとも1分子のLaが結合したトリアシルグリセロール
【請求項2】
前記油脂に含まれる、ラウリン系油脂と非ラウリン系油脂とを含む混合油脂のエステル交換油脂の含有量が70~100質量%である、請求項1に記載の練り込み用可塑性油脂組成物。
【請求項3】
前記練り込み用可塑性油脂組成物が、冷蔵保存ベーカリー食品の練り込み用可塑性油脂組成物である、請求項1または2に記載の練り込み用可塑性油脂組成物。
【請求項4】
請求項1から3までの何れか1項に記載の練り込み用可塑性油脂組成物が練り込まれた状態にある、ベーカリー生地。
【請求項5】
請求項4に記載のベーカリー生地が焼成された状態にある、ベーカリー食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷蔵保存ベーカリー食品の製造に適した練り込み用可塑性油脂組成物に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
焼き菓子等のベーカリー食品は、食した時の食感が楽しまれるものである。そのため、ベーカリー食品の食感は、消費者がベーカリー食品を購入する上での重要なポイントとなる。ベーカリー食品の食感のなかでも、近年はジューシーな食感の製品が人気を集めている。ジューシーな食感を有するベーカリー食品としては、例えば、特許文献1~5等が提案されている。
【0003】
ベーカリー食品のジューシーな食感とは、ベーカリー食品を咀嚼した際に、ベーカリー食品から油脂がじゅわっと染み出てくる食感である。そのため、ジューシーな食感を有するベーカリー食品は、比較的油脂が染み出しやすいように設計されていることが多い。しかしながら、ベーカリー食品から、油脂が染み出しやすいと、保存時にベーカリー食品の表面に油脂が染み出し、染み出した油脂によって包材が汚れるという問題があった。従って、ジューシーな食感を有するベーカリー食品には、保存時に油脂が染み出しにくく、べたつきの少ないことが求められていた。
【0004】
また、ベーカリー食品は、常温保存される製品が多い。常温保存されるベーカリー食品は、賞味期限が短いのが一般的である。しかしながら、近年は、賞味期限切れで廃棄される食品、いわゆる、フードロスが社会問題となっている。従って、フードロスの問題を解決するために、ベーカリー食品においても、賞味期限をいかに延長するかが課題となっている。
食品の賞味期限を延長する方法としては、冷蔵保存することが考えられる。ベーカリー食品も冷蔵保存することで、賞味期限を延長することができる。しかしながら、ジューシーな食感を有するベーカリー食品のなかには、冷蔵保存されると、ジューシーな食感が低下するという問題があった。
【0005】
以上のような背景から、冷蔵保存されても、ジューシーな食感を有すると共に、べたつきが少ないベーカリー食品の開発が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-145619号公報
【特許文献2】特開2018-113910号公報
【特許文献3】国際公開第2017/082113号
【特許文献4】特開2016-21941
【特許文献5】特開2015-12829
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、冷蔵保存されても、ジューシーな食感を有すると共に、べたつきが少ないベーカリー食品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った。その結果、ベーカリー食品に配合される、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂が、特定のトリアシルグリセロールの構成を有することにより、本課題が解決できることが見いだされた。これにより、本発明が完成するに至った。すなわち、本発明は以下の態様であり得る。
【0009】
すなわち、本発明の第1の発明は、以下の条件(a)から(f)までを満たす油脂を含有する、練り込み用可塑性油脂組成物である。
(a)SSSの含有量が0~7.0質量%である
(b)S2Uの含有量が3~25質量%である
(c)SU2の含有量が3~25質量%である
(d)UUU含有量が0~25質量%である
(e)LaTGの含有量が35~60質量%である
(f)構成脂肪酸全量に占めるP含有量に対するSt含有量の質量比(St/P)が0.05~0.7である
ただし、S、U、La、P、St、SSS、S2U、SU2、UUUおよびLaTGは、以下を意味する。
S:炭素数16~24の飽和脂肪酸
U:炭素数16~24の不飽和脂肪酸
La:ラウリン酸
P:パルミチン酸
St:ステアリン酸
SSS:グリセロール1分子に3分子のSが結合したトリアシルグリセロール
S2U:グリセロール1分子に2分子のSと1分子のUが結合したトリアシルグリセロール
SU2:グリセロール1分子に1分子のSと2分子のUが結合したトリアシルグリセロール
UUU:グリセロール1分子に3分子のUが結合したトリアシルグリセロール
LaTG:グリセロール1分子に少なくとも1分子のLaが結合したトリアシルグリセロール
本発明の第2の発明は、前記油脂に含まれる、ラウリン系油脂と非ラウリン系油脂とを含む混合油脂のエステル交換油脂の含有量が70~100質量%である、第1の発明に記載の練り込み用可塑性油脂組成物である。
本発明の第3の発明は、前記練り込み用可塑性油脂組成物が、冷蔵保存ベーカリー食品の練り込み用可塑性油脂組成物である、第1の発明または第2の発明に記載の練り込み用可塑性油脂組成物である。
本発明の第4の発明は、第1の発明から第3の発明までの何れか1つの発明に記載の練り込み用可塑性油脂組成物が練り込まれた状態にある、ベーカリー生地である。
本発明の第5の発明は、第4の発明に記載のベーカリー生地が焼成された状態にある、ベーカリー食品である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、冷蔵保存されても、ジューシーな食感を有すると共に、べたつきが少ないベーカリー食品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の練り込み用可塑性油脂組成物について順を追って記述する。なお、本発明において、A(数値)~B(数値)は、A以上B以下を意味する。なお、以下で例示する好ましい態様やより好ましい態様などは、「好ましい」や「より好ましい」などの表現にかかわらず適宜相互に組み合わせて使用することができる。また、数値範囲の記載は例示であって、「好ましい」や「より好ましい」などの表現にかかわらず各範囲の上限と下限並びに実施例の数値とを適宜組み合わせた範囲も好ましく使用することができる。
【0012】
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物は、以下の条件(a)から(f)までを満たす油脂を含有する、練り込み用可塑性油脂組成物である。
(a)SSSの含有量が0~7.0質量%である
(b)S2Uの含有量が3~25質量%である
(c)SU2の含有量が3~25質量%である
(d)UUU含有量が0~25質量%である
(e)LaTGの含有量が35~60質量%である
(f)構成脂肪酸全量に占めるP含有量に対するSt含有量の質量比(St/P)が0.05~0.7である
【0013】
<条件(a)>
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、SSSを含有する。本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂に占める、SSSの含有量は、0~7.0質量%であり、好ましくは1.0~5.0質量%であり、より好ましくは2.0~4.5質量%である。以下、SおよびSSSは次を意味する。Sは、炭素数16~24の飽和脂肪酸である。SSSは、グリセロール1分子に3分子のSがエステル結合したトリアシルグリセロールである。SSSを構成するSは、同じ飽和脂肪酸であってもよいし、互いに異なる飽和脂肪酸であってもよい。Sは、好ましくは炭素数16~20の飽和脂肪酸であり、より好ましくは炭素数16~18の飽和脂肪酸である。Sは好ましくは直鎖脂肪酸である。Sとしては、例えば、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸が挙げられる。
【0014】
<条件(b)>
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、S2Uを含有する。本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂に占める、S2Uの含有量は、3~25質量%であり、好ましくは6~20質量%あり、より好ましくは7~13質量%である。以下、UおよびS2Uは、次を意味する。Uは、炭素数16~24の不飽和脂肪酸である。S2Uは、グリセロール1分子に2分子のSと1分子のUがエステル結合したトリアシルグリセロールである。S2Uを構成するSは、同じ飽和脂肪酸であってもよいし、互いに異なる飽和脂肪酸であってもよい。Uは、好ましくは炭素数16~20の不飽和脂肪酸であり、より好ましくは炭素数16~18の不飽和脂肪酸である。Uは、好ましくは直鎖脂肪酸である。Uとしては、例えば、パルミトイン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、エイコセン酸などが挙げられる。
【0015】
<条件(c)>
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、SU2を含有する。本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂に占める、SU2の含有量は、3~25質量%であり、好ましくは6~20質量%あり、より好ましくは7~13質量%である。以下、SU2は、次を意味する。SU2は、グリセロール1分子に1分子のSと2分子のUがエステル結合したトリアシルグリセロールである。SU2を構成するUは、同じ不飽和脂肪酸であってもよいし、互いに異なる不飽和脂肪酸であってもよい。
【0016】
<条件(d)>
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、UUUを含有する。本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂に占める、UUUの含有量は、0~25質量%であり、好ましくは2~20質量%であり、より好ましくは4~12質量%である。以下、UUUは、次を意味する。UUUは、グリセロール1分子に3分子のUがエステル結合したトリアシルグリセロールである。UUUを構成するUは、同じ不飽和脂肪酸であってもよいし、互いに異なる不飽和脂肪酸であってもよい。
【0017】
<条件(e)>
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、LaTGを含有する。本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂に占める、LaTGの含有量は、35~60質量%であり、好ましくは38~53質量%であり、より好ましくは42~48質量%である。以下、LaおよびLaTGは、次を意味する。Laはラウリン酸である。LaTGは、構成脂肪酸として少なくとも1分子のLaを有するトリアシルグリセロールである。
【0018】
<条件(f)>
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、構成脂肪酸全量に占めるP含有量に対するSt含有量の質量比(St/P)が0.05~0.7であり、好ましくは0.07~0.4であり、より好ましくは0.09~0.22である。以下、Pはパルミチン酸を意味し、Stはステアリン酸を意味する。
【0019】
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂が、上記条件(a)~(f)を満たすと、冷蔵保存されても、ジューシーな食感を有すると共に、べたつきが少ないベーカリー食品が得られる。
【0020】
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、S2U、SU2およびLaTGを、合計(S2U+SU2+LaTG)で、好ましくは50~80質量%含有し、より好ましくは55~75質量%含有し、さらに好ましくは60~70質量%含有する。
【0021】
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、S2UとSU2の合計含有量に対するLaTGの含有量の質量比(LaTG/(S2U+SU2))が、好ましくは1.0~3.5であり、より好ましくは1.2~3.3であり、さらに好ましくは1.5~3.0である。
【0022】
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、構成脂肪酸の全量に占めるLaの含有量が、好ましくは8~25質量%であり、より好ましくは10~23質量%であり、さらに好ましくは13~20質量%である。
【0023】
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、構成脂肪酸全量に占めるSの含有量が、好ましくは20~45質量%であり、より好ましくは23~40質量%であり、さらに好ましくは28~37質量%である。
【0024】
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、構成脂肪酸全量に占めるベヘン酸(以下、Bとも表す)の含有量は、好ましくは0~1質量%であり、より好ましくは0~0.8質量%であり、さらに好ましくは0~0.5質量%である。
【0025】
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、構成脂肪酸全量に占めるUの含有量は、好ましくは30~55質量%であり、より好ましくは33~52質量%であり、さらに好ましくは37~48質量%である。
【0026】
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、構成脂肪酸全量に占めるトランス脂肪酸(以下、TAとも表す)の含有量は、好ましくは0~3質量%であり、より好ましくは0~2質量%であり、さらに好ましくは0~1質量%である。
【0027】
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、上記(a)、(b)、(c)、(d)、(e)および(f)の条件を満たせば、特に限定されない。食用に適した油脂(食用油脂)が使用できる。食用油脂は、食用に適するように、適宜精製処理されていてもよい。食用油脂としては、例えば、大豆油、菜種油、コーン油、ひまわり油、紅花油、胡麻油、綿実油、米油、オリーブ油、落花生油、亜麻仁油、パーム油、パーム核油、ヤシ油、カカオ脂、乳脂など、および、これらの油脂の混合油、これらの油脂または混合油の加工油脂(エステル交換、分別、水素添加などの加工処理が、1または2以上なされた油脂)などを用いることができる。食用油脂は、1種または2種以上を適宜選択して使用してもよい。
【0028】
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、上記LaTGを含有するために、LaTGを豊富に含む油脂(40質量%以上、好ましくは50質量%以上のLaTGを含む油脂)を含んでもよい。LaTGを豊富に含む油脂(以下、LaTG油脂とも表す)は、例として、ラウリン系油脂(油脂を構成する脂肪酸全量に占めるラウリン酸の含有量が30質量%以上である油脂)や、ラウリン系油脂と油脂を構成する脂肪酸全量のうち90質量%以上が炭素数16以上である非ラウリン系油脂とを含む混合油脂をエステル交換反応処理したエステル交換油脂であってもよい。エステル交換反応処理前のラウリン系油脂と非ラウリン系油脂とを含む混合油脂は、ラウリン系油脂と非ラウリン系油脂とを、好ましくは30:70~65:35の質量比で含み、より好ましくは、35:65~57:43の質量比で含み、さらに好ましくは38:62~52:48の質量比で含む。当該混合油脂に含まれるラウリン系油脂は2種類以上であってもよいし、非ラウリン系油脂も2種類以上であってもよい。
【0029】
上記の、ラウリン系油脂と非ラウリン系油脂とを含む混合油脂のエステル交換油脂は、ヨウ素価が30~45であるエステル交換油脂Aであってもよい。エステル交換油脂Aは、単独で用いられてもよいし、ラウリン系油脂と非ラウリン系油脂との混合比率が異なる2種類以上のエステル交換油脂が混合されてヨウ素価30~45に調整されてもよい。エステル交換される混合油脂に含まれる非ラウリン系油脂としては、好ましくはパーム系油脂が用いられる。ここでパーム系油脂は、パーム油、パーム油の分別油、および、それらの加工油脂(硬化、エステル交換および分別のうち1以上の処理がなされたもの)であれば何れでもよい。パーム系油脂としては、具体的には、パーム油の1段分別油であるパームオレインおよびパームステアリン、パームオレインの2段分別油であるパームオレイン(パームスーパーオレイン)およびパームミッドフラクション、パームステアリンの2段分別油であるパームオレイン(ソフトパーム)およびパームステアリン(ハードステアリン)などが例示できる。エステル交換油脂Aは、St/Pが、好ましくは0.05~0.7であり、より好ましくは0.07~0.4であり、さらに好ましくは0.09~0.22である。エステル交換油脂Aは、LaTGの他、適量のS2UおよびSU2を含むので、上記条件(a)から(f)の調整が容易である。
【0030】
エステル交換油脂の製造に用いられるエステル交換の方法は、特に制限はない。通常のエステル交換方法を用いることができる。ナトリウムメトキシドなどの合成触媒を使用した化学的エステル交換、及び、リパーゼを触媒とした酵素的エステル交換のうちのどちらの方法を用いても本発明の実施の形態に係るエステル交換油脂を製造することができる。しかし、エステル交換反応は、好ましくは、位置特異性がない全ランダムエステル交換反応か、位置特異性の乏しいエステル交換反応である。
【0031】
本発明の一態様によれば、練り込み用油脂組成物に含まれる油脂に占める、LaTG油脂の含有量は、好ましくは70~100質量%であり、より好ましくは80~100質量%であり、さらに好ましくは80~98質量%であり、最も好ましくは90~97質量%である。
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれるLaTG油脂は、好ましくはラウリン系油脂と非ラウリン系油脂とを含む混合油脂のエステル交換油脂である。
【0032】
<その他>
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、液状油を含有してもよい。液状油は、構成脂肪酸全量に占める不飽和脂肪酸の含有量が70質量%以上の油脂である。液状油としては、例えば、大豆油、菜種油、コーン油、ひまわり油、紅花油、などが挙げられる。練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂に占める、液状油の含有量は、好ましくは0~30質量%であり、より好ましくは0~20質量%であり、さらに好ましくは0~12質量%であり、最も好ましくは3~8質量%である。
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、パーム系油脂を含有してもよい、当該パーム系油脂は、好ましくはヨウ素価25~55のパーム油脂であり、より好ましくはヨウ素価30~35のパーム系油脂である。練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂に占める、パーム系油脂の含有量は、好ましくは0~15質量%であり、より好ましくは0~10質量%であり、さらに好ましくは0~8質量%であり、最も好ましくは0~3質量%である。
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、乳由来の油脂(バター、乳脂肪ならびにその分別油など)を含有してもよい。練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂は、乳由来の油脂を、好ましくは0~20質量%含有し、より好ましくは0~15質量%含有し、さらに好ましくは0~10質量%含有し、最も好ましくは0~5質量%含有する。
【0033】
<分析方法>
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂の、SSS含有量、S2U含有量、SU2含有量、UUU含有量、およびLaTG含有量は、例えば、JAOCS,Vol.70,no.11,1111-1114(1993)に準じて、ガスクロマトグラフィー法で測定できる。また、油脂の構成脂肪酸は、例えば、AOCS Official Method Ce 1f-96に準じて、ガスクロマトグラフィー法で測定できる。また、油脂のヨウ素価は、例えば、「基準油脂分析試験法(社団法人日本油化学会編)」の「2.3.4.1-1996 ヨウ素価(ウィイス-シクロヘキサン法)」で測定できる。
【0034】
<練り込み用可塑性油脂組成物>
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物は、通常ベーカリー食品の製造に用いられる油脂組成物に配合される、油脂以外の成分を配合できる。油脂以外の成分としては、例として、水、乳化剤、増粘安定剤、食塩および塩化カリウムなどの塩味剤、アミラーゼ、ヘミセルラーゼなどの酵素、酢酸、乳酸およびグルコン酸などの酸味料、糖類、糖アルコール類、ステビアおよびアスパルテームなどの甘味料、β-カロテン、カラメルおよび紅麹色素などの着色料、トコフェロール、茶抽出物(カテキンなど)およびルチンなどの酸化防止剤、小麦蛋白および大豆蛋白などの植物蛋白、卵、卵加工品、酵素、香料、全脂粉乳、脱脂粉乳および乳清蛋白などの乳製品、調味料、pH調整剤、食品保存料、果実、果汁、コーヒー、ナッツペースト、香辛料、カカオマス、ココアパウダー、穀類、豆類、野菜類、肉類および魚介類などの食品素材もしくは食品添加物が挙げられる。
【0035】
本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物は、例えば、水相を有するマーガリン、ファットスプレッドや、水相を有さないショートニング、などの態様が挙げられる。水相を有する乳化物の場合、好ましくは油中水型乳化物である。しかし、乳化物は、逆相(水中油型乳化物)であっても、また、複合乳化型であってもよい。練り込み用可塑性油脂組成物に含まれる油脂の含有量は、好ましくは60~100質量%であり、より好ましくは72~96質量%であり、さらに好ましくは78~92質量%である。また、練り込み用可塑性油脂組成物が油中水型乳化物の場合、水の含有量は、好ましくは2~40質量%であり、より好ましくは4~25質量%であり、さらに好ましくは5~20質量%である。
【0036】
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物の製造方法は、特に制限されない。公知の練り込み用可塑性油脂組成物の製造条件および製造方法が適用できる。具体的には、油脂組成物は、配合する油溶成分を混合溶解した油相を、必要に応じて、調製した水相と混合乳化した後、冷却し、結晶化させる工程により製造できる。冷却、結晶化の工程では、油脂組成物は、好ましくは冷却可塑化される。冷却条件は、好ましくは-0.5℃/分以上、より好ましくは-5℃/分以上である。この際、冷却は、徐冷却より急冷却の方が好ましい。また、油相の調製後又は混合乳化後、油脂組成物は、好ましくは殺菌処理される。殺菌方法としては、タンクでのバッチ式や、プレート型熱交換機、掻き取り式熱交換機を用いた連続式、が挙げられる。冷却する機器としては、密閉型連続式チューブ冷却機、例えば、ボテーター、コンビネーター、パーフェクターなどのマーガリン製造機や、プレート型熱交換機、などが挙げられる。また、冷却する機器としては、開放型のダイアクーラーとコンプレクターとの組み合わせも挙げられる。
【0037】
本発明の練り込み用可塑性油脂組成物が練り込まれたベーカリー生地を、加熱焼成して得られるベーカリー食品は、冷蔵保存されても、ジューシーな食感を有すると共に、べたつきが少ないベーカリー食品である。したがって、本発明の一態様によれば、練り込み用可塑性油脂組成物は、好ましくは冷蔵保存ベーカリー食品練り込み用可塑性油脂組成物である。本発明で冷蔵保存ベーカリー食品とは、冷蔵保存されるベーカリー食品のことである。また、本発明で冷蔵保存とは、5~10℃での保存のことである。
【0038】
<ベーカリー生地>
本発明の一態様によれば、ベーカリー生地は、練り込み用可塑性油脂組成物が穀粉類生地に練り込まれた、ベーカリー食品を製造するための焼成前の生地である。本発明の一態様によれば、ベーカリー生地は、好ましくは菓子類生地であり、より好ましくは焼き菓子生地である。
なお、本発明で穀粉類とは、穀物やナッツを挽いて粉状にしたもののことである。ベーカリー生地に使用される穀粉類は、通常、ベーカリー食品に使用される穀粉やナッツ粉末でよい。穀粉類の具体例としては、小麦粉(強力粉、中力粉、薄力粉等)、ナッツ粉末(アーモンド粉末等)大麦粉、米粉、とうもろこし粉、ライ麦粉、そば粉、大豆粉、などが挙げられる。穀粉類には、活性グルテン、澱粉および加工澱粉、などを含めてもよい。穀粉類は、好ましくは小麦粉、アーモンド粉末を含む。穀粉類に占める小麦粉及びアーモンド粉末の合計含有量は、好ましくは50質量%以上であり、より好ましくは70質量%以上であり、さらに好ましくは90質量%以上である。
【0039】
本発明の一態様によれば、ベーカリー生地は、ベーカリー生地に配合される穀粉類100質量部に対して、練り込み用可塑性油脂組成物が好ましくは20~180質量部配合され、より好ましくは40~140質量部配合され、さらに好ましくは80~120質量部配合され、最も好ましくは100~120質量部配合される。
【0040】
本発明の一態様によれば、ベーカリー生地は、ベーカリー生地に配合される穀粉類100質量部に対して、卵類が20~160質量部配合され、より好ましくは40~140質量部配合され、さらに好ましくは70質量部~120質量部配合され、最も好ましくは100~120質量部配合される。
なお、ベーカリー生地の製造に使用される卵類は、全卵、液卵、卵黄、卵白やこれらの凍結品等であり、好ましくは卵白である。
【0041】
本発明の一態様によれば、ベーカリー生地は、ベーカリー生地に配合される穀粉類100質量部に対して、糖質が20~160質量部配合され、より好ましくは40~140質量部配合され、さらに好ましくは80質量部~125質量部配合され、最も好ましくは100~125質量部配合される。なお、本発明で糖質は、炭水化物から食物繊維を除いたもののことである。糖質の具体例は、糖類、糖アルコール(マルチトール、キシリトール、エリスリトール、ソルビトール、ラクチトール、マンニトール、還元水飴等)、でんぷん、オリゴ糖、デキストリン等である。また、本発明で糖質は、糖質そのものであり、その他の原材料(例えば、粉乳等)に含まれる糖質は含めない。また、本発明で糖類は、単糖類、二糖類(ブドウ糖、果糖、ガラクトース、砂糖(上白糖、グラニュー糖、粉糖、ショ糖)、乳糖、麦芽糖等)のことである。
ベーカリー生地の製造に使用される糖質は、好ましくは糖類であり、より好ましくは砂糖である。
【0042】
本発明の一態様によれば、ベーカリー生地は、練り込み用可塑性油脂組成物、穀粉類、卵類、糖質以外の食品素材として、例えば、セルロース粉末、ココアパウダーなどの粉類、イースト、イーストフード、酵素、食塩、脱脂粉乳、牛乳などの乳製品、水、豆乳などの水性成分、などを配合できる。
【0043】
<ベーカリー生地の製造方法>
本発明の一態様によれば、ベーカリー生地は、焼き菓子生地などの通常のベーカリー生地と同様の製造条件及び製造方法により製造できる。例えば、シュガーバッター法、フラワーバッター法、後油法等により、練り込み用可塑性油脂組成物を、穀粉類を含む生地に添加混合することで製造できる。
【0044】
本発明の一態様によれば、ベーカリー食品は、練り込み用可塑性油脂組成物が穀粉類生地に練り込まれたベーカリー生地が、加熱焼成されることにより得られる。ここで加熱焼成は、好ましくはオーブン加熱や直焼である。しかし、蒸し焼き、揚げる、蒸す、高周波加熱(電子レンジ加熱)などの加熱調理の態様全般であり得る。オーブン加熱の場合、例えば、160~240℃で5~70分間、加熱焼成すればよい。
【0045】
本発明の一態様によれば、ベーカリー食品は、例えば、ビスケット、クッキー、クラッカー、乾パン、プレッツェル、カットパン、ウェハース、サブレ、ラングドシャ、マカロン、タルト、フィナンシェ等の焼き菓子、パウンドケーキ、フルーツケーキ、マドレーヌ、バウムクーヘン、チーズケーキ、カステラ等のバターケーキ、ショートケーキ、ロールケーキ、トルテ、デコレーションケーキ、シフォンケーキ等のスポンジケーキ、ガトーショコラ、蒸しケーキ、シュー菓子、発酵菓子、パイ、ワッフル等の菓子類、菓子パン、フランスパン、シュトーレン、パネトーネ、ブリオッシュ、ドーナツ、デニッシュ、クロワッサン等のパン類である。ベーカリー食品は、好ましくは焼き菓子であり、より好ましくはフィナンシェである。
【0046】
本発明のベーカリー食品は、冷蔵保存されても、ジューシーな食感を有すると共に、べたつきが少ないベーカリー食品である。したがって、本発明の一態様によれば、ベーカリー食品は、好ましくは冷蔵保存ベーカリー食品である。
【実施例0047】
次に実施例により本発明を説明する。しかし、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0048】
〔分析方法〕
油脂の、SSS含有量、S2U含有量、SU2含有量、UUU含有量、およびLaTG含有量は、ガスクロマトグラフィー法(JAOCS,Vol.70,no.11,1111-1114(1993))に準じて測定された。また、油脂の構成脂肪酸は、ガスクロマトグラフィー法(AOCS Official Method Ce 1f-96)に準じて測定された。また、油脂のヨウ素価は、例えば、「基準油脂分析試験法(社団法人日本油化学会編)」の「2.3.4.1-1996 ヨウ素価(ウィイス-シクロヘキサン法)」で測定された。
【0049】
〔油脂の調製〕
以下の油脂を調製した。油脂は、必要に応じて、食用に適するように精製処理された。
(エステル交換油脂1):60質量部のパーム油(ヨウ素価52)および40質量部のパーム核油(La含有量47.1質量%)の混合油が、ナトリウムメチラートを触媒としたランダムエステル交換により、エステル交換された。得られたエステル交換油脂(ヨウ素価39、LaTG含有量49.0質量%、La含有量18.8質量%、St/P=0.12)をエステル交換油脂1とした。
(エステル交換油脂2):50質量部のパームステアリンの極度硬化油および50質量部のパーム核オレイン(La含有量47.1質量%)の極度硬化油の混合油が、ナトリウムメチラートを触媒としたランダムエステル交換により、エステル交換された。得られたエステル交換油脂(ヨウ素価1以下、LaTG含有量58.4質量%、、La含有量20.3質量%、St/P=1.04)をエステル交換油脂2とした。
(液状油1):菜種油(U含有量92.5質量%)を液状油1とした。
(パーム系油脂1):パームステアリン(ヨウ素価32)をパーム系油脂1とした。
(パーム系油脂2):パーム油(ヨウ素価52)をパーム系油脂2とした。
(パーム系油脂3):パームミッドフラクション(ヨウ素価45)をパーム系油脂3とした。
(パーム系油脂4:パームオレイン(ヨウ素価56)のランダムエステル交換油脂をパーム系油脂4とした。
(ラウリン系油脂1):ヤシ極度硬化油(LaTG含有量81.7質量%、La含有量47.9質量%)をラウリン系油脂1とした。
【0050】
〔練り込み用可塑性油脂組成物の調製〕
表1、2の配合に従って、油脂1から7を調製した。表3の配合1に従って油脂1から4を使用した実施例1から4の練り込み用マーガリン、表3の配合2に従って油脂5を使用した比較例1の練り込み用マーガリン、表3の配合3に従って油脂6を使用した比較例2の練り込み用マーガリン、表3の配合4に従って油脂7を使用した比較例3の練り込み用ショートニングを、常法に従って製造した。具体的には、油相と水相とをそれぞれ調製し、油相に水相を混合、乳化し、得られる乳化物を、急冷混捏することで、各練り込み用マーガリンを製造した。また、練り込み用ショートニングは、油脂と香料を混合した後、急冷混捏することで製造した。各油脂の配合、トリアシルグリセロール(TAG)および脂肪酸(FA)の分析値を、表1、2に示した。
【0051】
〔フィナンシェの製造〕
上白糖115質量部、食塩0.8質量部、卵白110質量部、薄力粉50質量部、アーモンド粉末50質量部、ベーキングパウダー1質量部、各練り込み用可塑性油脂組成物110質量部の配合で、後油法により、融かした各練り込み用可塑性油脂組成物を練り込み、フィナンシェ生地を製造した。該フィナンシェ生地をオーブンで焼成(上火温度:180℃、下火温度:170℃、時間:55分間)することでフィナンシェを製造した。得られたフィナンシェの食感及びべたつきを、以下の基準に従って評価した。結果を表1、2に示した。
【0052】
〔食感の評価基準〕
焼成後、ポリプロピレン製の包材に入れて密閉し、5℃で72時間保存した後のフィナンシェの食感を、ベーカリー食品の評価に精通した3名のパネラーにより、以下の評価基準に従って、採点した。

噛んだ時に、油脂がかなり染み出し、非常にジューシーである 2点
噛んだ時に、油脂が染み出し、ジューシーである 1点
噛んだ時に、油脂が染み出さず、ジューシーでない 0点

パネラーの平均点により、以下の評価とした。

1.5点以上 ◎
0.5点以上1.5点未満 ○
0.5点未満 ×
【0053】
〔べたつきの評価基準〕
焼成後、ポリプロピレン製の包材に入れて密閉し、5℃で72時間保存した後のフィナンシェの包材へのべたつきを、以下の評価基準に従って、評価した。

包材に油脂が付着していない ◎
包材に油脂がわずかに付着している ○
包材に油脂が付着し、べたついている ×
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
【表3】
【0057】
実施例の練り込み用マーガリンを使用して製造したフィナンシェは、冷蔵保存後も、ジューシーな食感を有すると共に、べたつきが少なかった。
一方、比較例1、2の練り込み用マーガリンを使用して製造したフィナンシェは、冷蔵保存後に、ジューシーな食感を有していなかった。また、比較例3の練り込み用ショートニングを使用して製造したフィナンシェは、冷蔵保存後に、べたついていた。