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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023001347
(43)【公開日】2023-01-04
(54)【発明の名称】セルロースを溶解する方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 1/00 20060101AFI20221222BHJP
【FI】
C08B1/00
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022180782
(22)【出願日】2022-11-11
(62)【分割の表示】P 2018038297の分割
【原出願日】2018-03-05
(31)【優先権主張番号】P 2017061043
(32)【優先日】2017-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106116
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100131495
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 健児
(72)【発明者】
【氏名】青木 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】川島 知子
(72)【発明者】
【氏名】楠亀 晴香
(72)【発明者】
【氏名】谷池 優子
(57)【要約】
【課題】セルロース分解酵素(すなわち、セルロースを加水分解できる酵素)を用いずにセルロースを溶解する方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、セルロースを溶解する方法であって、(a)イオン液体組成物にセルロースを添加する工程を具備し、ここで、前記イオン液体組成物は、イオン液体および水を含有し、前記イオン液体は、以下の化学式(I)で表され、
[(CHN(CHOH][NH-L―COO] (I)
Lは、-(CH-であり、
[(CHN(CHOH]の[NH-L-COO]に対するモル比は0.86以上1.12以下であり、かつ前記イオン液体組成物に対する水の重量比は、4.7%以下である、方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースを溶解する方法であって、
(a) イオン液体組成物にセルロースを添加する工程
を具備し、
ここで、
前記イオン液体組成物は、イオン液体および水を含有し、
前記イオン液体は、以下の化学式(I)で表され、
[(CHN(CHOH][NH-L―COO] (I)
Lは、-(CH-であり、
[(CHN(CHOH]の[NH-L-COO]に対するモル比は0.86以上1.12以下であり、かつ
前記イオン液体組成物に対する水の重量比は、4.7%以下である、方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、
前記イオン液体組成物は、セルロースを加水分解可能な酵素を含有しない、方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって、
[(CHN(CHOH]の[NH-L-COO]に対するモル比は、0.89以上1.10以下である、方法。
【請求項4】
請求項1に記載の方法であって、
前記イオン液体組成物に対する前記水の重量比は、1.6%以上である、方法。
【請求項5】
請求項1に記載の方法であって、さらに
(b1) 工程(a)の後、前記セルロースが添加されたイオン液体組成物を加熱して、前記セルロースを前記イオン液体組成物に溶解させる工程
を具備する方法。
【請求項6】
請求項1に記載の方法であって、さらに
(b2) 工程(a)の後、前記セルロースが添加されたイオン液体組成物を静置して、前記セルロースを前記イオン液体組成物に溶解させる工程
を具備する方法。
【請求項7】
請求項1に記載の方法であって、さらに
(b3) 工程(a)の後、前記セルロースが添加されたイオン液体組成物を撹拌して、前記セルロースを前記イオン液体組成物に溶解させる工程
を具備する方法。
【請求項8】
請求項1に記載の方法であって、
前記イオン液体組成物は、非プロトン性極性溶媒をさらに含有する、方法。
【請求項9】
請求項8に記載の方法であって、
前記非プロトン性極性溶媒が、ジメチルスルホキシドである、
方法。
【請求項10】
請求項9に記載の方法であって、
前記イオン液体に対する前記ジメチルスルホキシドの重量比が309%以下である、
方法。
【請求項11】
セルロースフィルムを製造する方法であって、
(a) セルロースをイオン液体組成物に添加して、セルロース溶液を調製する工程、
(b) 前記セルロース溶液を基板の表面に塗布して、前記表面上に膜を形成する工程、
(c) 溶媒を用いて、前記膜から前記イオン液体組成物を除去する工程、および
(d) 前記膜から前記溶媒を除去する工程
を具備し、
ここで、
前記イオン液体組成物は、イオン液体および水を含有し、
ここで、前記イオン液体は、以下の化学式(I)で表され、
[(CHN(CHOH][NH-L―COO] (I)
Lは、-(CH-であり、
[(CHN(CHOH]の[NH-L-COO]に対するモル比は0.86以上1.12以下であり、かつ
前記イオン液体組成物に対する前記水の重量比は、4.7%以下である、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースを溶解する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、セルロース系バイオマスの酵素糖化前処理剤としてイオン液体を用いることを開示している。特許文献1は、その段落番号0037において、イオン液体としてコリン酢酸を開示している。さらに、特許文献1は、段落番号0022において、イオン液体のアニオンの例がグルタミン酸アニオンのようなアミノ酸アニオンであることを開示している。
【0003】
特許文献2は、イオン液体、イオン液体の精製方法、およびセルロース系バイオマスの処理方法を開示している。特許文献2は、その段落番号0024~0026において、イオン液体のアニオンの例が、アラニン、リシン、トレオニン、イソロイシン、アスパラギン、バリン、フェニルアラニン、チロシン、メチオニン、ロイシン、またはオルニチンのようなアミノ酸のアニオンであることを開示している。
【0004】
非特許文献1および非特許文献2は、[(CHNCHCHOH][NH(CHCH(NH)COO]からなるイオン液体(以下、「[Ch][Lys]」という)の分解促進剤と共にセルロース分解酵素(すなわち、セルロースを加水分解できる酵素)を用いたセルロースの分解を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-096255号公報
【特許文献2】特開2012-144441号公報
【特許文献3】特開2016-154272号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ning Sun et. al., "Understanding pretreatment efficacy of four cholinium and imidazolium ionic liquids by chemistry and computation", Royal Society of Chemistry, Green Chem., 2014, 16, 2546-2557
【非特許文献2】Qiu-Ping Liu et. al., "Ionic liquids from renewable biomaterials: synthesis, characterization and application in the pretreatment of biomass", Green Chemistry, 2012, 14, 304-307
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、セルロース分解酵素(すなわち、セルロースを加水分解できる酵素)を用いずにセルロースを溶解する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、セルロースを溶解する方法であって、(a)イオン液体組成物にセルロースを添加する工程を具備し、ここで、前記イオン液体組成物は、イオン液体および水を含有し、前記イオン液体は、以下の化学式(I)で表され、
[(CHN(CHOH][NH-L―COO] (I)
Lは、-(CH-であり、
[(CHN(CHOH]の[NH-L-COO]に対するモル比は0.86以上1.12以下であり、かつ前記イオン液体組成物に対する水の重量比は、4.7%以下である、方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、セルロース分解酵素(すなわち、セルロースを加水分解できる酵素)を用いずにセルロースを溶解する方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、実施例1Aにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
図2図2は、実施例1Bにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
図3図3は、実施例1Cにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
図4図4は、比較例1Aにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
図5図5は、比較例1Bにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
図6図6は、実施例2Aにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
図7図7は、実施例2Bにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
図8図8は、実施例2Cにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
図9図9は、比較例2Aにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
図10図10は、比較例2Bにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態が説明される。
本実施形態によるイオン液体は、以下の化学式(I)により表される。
[(CHN(CHOH][NH-L-COO] (I)
Lは、-(CH-または-(CH-である。
【0012】
本実施形態によるイオン液体組成物は、化学式(I)により表されるイオン液体および水を含有する。非特許文献1および非特許文献2に開示された内容とは異なり、本実施形態によるイオン液体組成物は、セルロース分解酵素(すなわち、セルロースを加水分解可能な酵素)を含有しない。
【0013】
イオン液体組成物に含有されるイオン液体の[(CHN(CHOH]の[NH-L-COO]に対するモル比は0.86以上1.12以下である
【0014】
イオン液体組成物に対する水の重量比は、4.7%以下である
【0015】
後に詳細に説明されるが、セルロースが本実施形態によるイオン液体組成物に添加される。このようにして、セルロースはイオン液体組成物中に溶解し、セルロース溶液を得る。望ましくは、セルロースは3万以上の重量平均分子量を有する。より望ましくは、セルロースは50万以下の重量平均分子量を有する。
【0016】
よく知られているように、イオン液体は、カチオンおよびアニオンからなる。本実施形態においては、カチオンは化学式[(CHN(CHOH](以下、「[Ch]」と言う)により表されるコリンカチオンである。コリンは、人に不可欠な水溶性の栄養素である。本実施形態においては、アニオンは化学式[NH-L-COO]により表される。Lは化学式-(CH-により表されるリンカーである(ここで、nは2または3である)。言い換えれば、アニオンは、化学式[NH-CH-CH-COO]により表されるβ-アラニンアニオンであるか、または化学式[NH-CH-CH-CH-COO]により表されるγ-アミノ酪酸アニオンである。β-アラニンおよびγ-アミノ酪酸は、アミノ酸の1種である。表記を簡素にするために、本実施形態によるイオン液体は、コリンカチオン、β-アラニンアニオン、およびγ-アミノ酪酸アニオンは、それぞれ、[Ch]、[β-Ala]、および[GABA]と記載され得る。
【0017】
[Ch]、[β-Ala]、及び[GABA]は人の体内に存在し、また体内に代謝経路を保有するなど生体に対する安全性が高い材料である。
【0018】
また、β-アラニン由来またはγ―アミノ酪酸由来のアミノ基またはカルボキシル基の水素結合力は、セルロース鎖間のOH基同士の水素結合力よりも大きいことなどにより、本開示のイオン液体はセルロース鎖間の水素結合を弱めることが可能となり、セルロースの溶解性を高める効果が期待できる。
【0019】
一例として、化学式[Ch][β-Ala]により表されるイオン液体は、以下の化学反応式(II)に基づいて合成され得る。以下の化学反応式(II)に示されるように、コリンがβ―アラニンと混合される。コリンのモル量は、β-アラニンのモル量と等量である。コリンおよびβ-アラニンを含有する混合溶液は減圧下で加熱され、次いで乾燥され、コリンの水酸基イオンおよびβ―アラニンのカルボキシル基の水素イオンの間の脱水反応を介して本実施形態によるイオン液体が提供される。化学式[Ch][GABA]により表されるイオン液体もまた同様に合成され得る。
【0020】
【化1】
【0021】
本実施形態においては、[(CHN(CHOH]の[NH-L-COO]に対するモル比は、0.86以上1.12以下である。実施例および比較例から明らかなように、当該モル比が0.86未満である場合には、セルロースは48時間以内にイオン液体に溶解されない。当該モル比が1.12を超える場合もまた、セルロースは48時間以内にイオン液体に溶解されない。
【0022】
イオン液体組成物に対する水の重量比は、4.7%以下である。後述される実施例および比較例からも明らかなように、当該重量比が4.7%を超える場合には、セルロースは48時間以内にイオン液体に溶解されない。重量比の低下に伴い、セルロースを溶解するために必要とされる時間も減少する。従って、重量比は小さいことが望ましい。一例であるが重量比の下限は1.6%である。ただし、重量比が1.6%未満であってもセルロースは溶解し得る。化学反応式(II)から明らかなように、イオン液体の合成時に水が副生成物として発生することに留意せよ。
【0023】
1つの実施形態として、本実施形態によるイオン液体は、セルロースが本実施形態によるイオン液体に添加された後、48時間以内に、望ましくは24時間以内に、セルロースを溶解する。非特許文献1および非特許文献2の開示内容とは異なり、本実施形態においては、セルロース分解酵素は用いられない。特許文献3に開示されているように、イオン液体組成物に溶解されたセルロースから、セルロースシートが形成される。
【0024】
セルロースが添加されたイオン液体は、溶解を促進するため、加熱されることが望ましい。1つの実施形態として、セルロースが添加されたイオン液体は、摂氏70度以上摂氏100度以下の温度、圧力が0.01~0.1MPaで48時間以下の間、加熱される。
【0025】
セルロースが添加されたイオン液体は、セルロースがイオン液体に溶解するまで、静置され得る。セルロースが添加されたイオン液体は、撹拌されてもよい。
【0026】
本開示のイオン液体で溶解可能なセルロースの種類は特に限定されない。例えば、植物種由来の天然セルロース、生物由来の天然セルロース、またはセロハンのような再生セルロースまたはセルロースナノファイバーのような加工したセルロースが適用され得る。また、元のセルロースの結晶状態には依存しない。すなわち、セルロースはI~IV型の結晶構造及び非晶構造を持つことが知られている。どのような構造を有するセルロースでも溶解し得る。
【0027】
本実施形態によるイオン液体組成物は、上記のイオン液体および他の成分を含有する。他の成分の例は、非プロトン性極性溶媒である。本実施形態によるイオン液体組成物は、液状である。
【0028】
上記のように、本実施形態によるイオン液体組成物は、その粘度を制御するために、非プロトン性極性溶媒を含有し得る。非プロトン性極性溶媒の例は、ジメチルスルホキシドである。イオン液体組成物中において、非プロトン性極性溶媒のイオン液体に対する重量比は309%以下であり得る。また、ジメチルスルホキシドの添加はセルロースを溶解する前でもセルロースを溶解している途中でも溶解後でもよい。
【0029】
非特許文献1および非特許文献2の開示内容とは異なり、本実施形態によるイオン液体組成物は、セルロース分解酵素を含有しない。
【0030】
(実施例)
以下、本発明が以下の実施例を参照しながら、より詳細に説明される。
【0031】
(実験例1)
実験例1は、実施例1A~実施例1Hおよび比較例1A~比較例1Dから構成される。実験例1では、カチオンはコリン由来であり、かつ、アニオンはβ-アラニン由来であった。
【0032】
(実施例1A)
β-アラニン(東京化成工業株式会社から入手、8.9グラム、100ミリモル)を、コリン水溶液(東京化成工業株式会社から入手、24.7グラム、100ミリモル)に混合して、混合液を得た。混合液は、摂氏100度、減圧下で3時間かけて乾燥された。このようにして、化学式[Ch][β-Ala]によって表されるイオン液体を含有するイオン液体組成物を得た。
【0033】
このようにして得られた[Ch][β-Ala]イオン液体組成物は、核磁気共鳴スペクトル測定を用いることによって確認された。なお、本実施例で作製したイオン液体組成物の構造は、核磁気共鳴スペクトル(Varian社製Unity Inova―400にて測定、400 MHz:1H-NMR)で決定した。測定は重DMSOを用いて行い、テトラメチルシラン(TMS)を内部標準にした時のδ値(ppm)で示した。図1は、実施例1Aにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。
【0034】
また、[Ch][β-Ala]イオン液体組成物(500ミリグラム)に含まれる水分量をカールフィッシャー法で測定した。その際、[Ch][β-Ala]イオン液体組成物の重量を三回測定し平均重量を求め、微量水分測定装置 CA-100(三菱化学アナリテック社製)にこのイオン液体組成物を注入し、残存する水分の質量を求め、イオン液体組成物の重量で割った水分比率を求めた。その結果、[Ch][β-Ala]イオン液体組成物の水分量は、1.7%(8.5ミリグラム)であった。
【0035】
0.97グラムの重量を有する[Ch][β-Ala]イオン液体組成物が、ガラス瓶に注入された。セルロース(0.03g、シグマアルドリッチ社から入手、商品名:Avicel PH-101、ゲル浸透クロマトグラフ/多角度レーザ光散乱法によって測定された重量平均分子量:おおよそ3万)がガラス瓶に添加された。摂氏90度、0.02MPa条件下でこの溶液を静置し、添加されたセルロースが、[Ch][β-Ala]イオン液体組成物に溶解するかどうかが目視により観察された。その結果、イオン液体組成物およびセルロースの混合から15時間が経過した後に、セルロースは、[Ch][β-Ala]イオン液体組成物に溶解した。また、本発明者らは、X線回折分析結果においてセルロースの結晶性に由来するピークが消失していることをも根拠として、セルロースが溶解したことを確認した。
【0036】
得られた[Ch][β-Ala]の[β-Ala]アニオンに対する[Ch]カチオンの比率は、以下のように算出された。図1に示されるH-NMRスペクトルにおいて、3.0以上のシフト値を有する3つのピークは、コリン由来である。3つのピークの面積比の値は、0.18、0.19、および0.81である。コリンは、14個の水素原子を有する。しかし、コリンに含まれる1つの水酸基は、H-NMRスペクトルに現れなかった。従って、図1には、コリンに含まれる13個の水素原子が現れている。一方、3.0未満のシフト値を有する2つのピークは、β-アラニン由来である。これらの2つのピークの面積比の値は、0.16、0.20である。β-アラニンアニオンは、6個の水素原子を有する。しかし、β―アラニンに含まれるアミノ基に含まれる2つの水素原子は、H-NMRスペクトルに現れない。従って、図1には、β-アラニン分子に含まれる4個の水素原子が現れている。
【0037】
よく知られているように、H-NMRスペクトルの面積は、水素原子の個数に比例する。従って、[Ch][β-アラニン]イオン液体組成物の[β-アラニン]アニオンに対する[Ch]カチオンの比率RCAは、以下の数式(X)に基づいて算出される。

RCA=((カチオン由来のピークの面積比の合計)/(カチオンに含まれ、かつH-NMRスペクトルに現れた水素原子の個数))/((アニオン由来のピークの面積比の合計)/(アニオンに含まれ、かつH-NMRスペクトルに現れた水素原子の個数)) (X)
【0038】
実施例1A(すなわち、図1)では、
カチオン(すなわち、コリン)由来のピークの面積比の合計=0.18+0.19+0.81=1.18
カチオン(すなわち、コリン)に含まれ、かつH-NMRスペクトルに現れた水素原子の個数=13
アニオン(すなわち、β-アラニン)由来のピークの面積比の合計=0.16+0.20=0.36
アニオン(すなわち、β-アラニン)に含まれ、かつH-NMRスペクトルに現れた水素原子の個数=4
である。従って、RCAは、以下の数式のように、おおよそ1.01と算出される。

RCA=(1.18/13)/(0.36/4)=おおよそ1.01
【0039】
(実施例1B)
β-アラニンの重量が10.2g(およそ0.115モル)であったこと以外は、実施例1Aと同様の実験が行われた。図2は、実施例1Bにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。図2に基づいて算出されたRCAは0.86に等しかった。実施例1Bでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から15時間後に、セルロースは溶解した。
【0040】
(実施例1C)
β-アラニンの重量が7.9g(およそ0.089モル)であったこと以外は、実施例1Aと同様の実験が行われた。図3は、実施例1Cにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。図3に基づいて算出されたRCAは1.12に等しかった。実施例1Cでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から15時間後に、セルロースは溶解した。
【0041】
(実施例1D)
実施例1Dでは、セルロース(商品名:Avicel)に代えて、木材を原料とした漂白パルプ(平均重量分子量:およそ30~50万)が用いられたこと以外は、実施例1Aと同様の実験が行われた。実施例1Dでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から48時間後に、セルロースは溶解した。
【0042】
(実施例1E)
実施例1Eでは、実施例1Aによるイオン液体組成物0.97グラムがさらに水(0.029グラム、4.7重量%)を含有したこと、およびセルロース(商品名:Avicel)に代えて、木材を原料とした漂白パルプ(平均重量分子量:およそ30~50万)が用いられたこと以外は、実施例1Aと同様の実験が行われた。実施例1Eでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から48時間後に、セルロースは溶解した。
【0043】
(比較例1A)
比較例1Aでは、β-アラニンの重量が11.0g(およそ0.123モル)であったこと以外は、実施例1Aと同様の実験が行われた。図4は、比較例1Aにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。図4に基づいて算出されたRCAは0.79に等しかった。比較例1においては、セルロースは溶解しなかった。
【0044】
(比較例1B)
比較例1Bでは、β-アラニンの重量が7.5g(およそ0.084モル)であったこと以外は、実施例1Aと同様の実験が行われた。図5は、比較例1Bにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。図5に基づいて算出されたRCAは1.19に等しかった。240時間が経過した後でもセルロースは溶解しなかった。比較例1Bでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から240時間が経過した後であっても、セルロースは溶解しなかった。
【0045】
(比較例1C)
比較例1Cでは、実施例1Aによるイオン液体組成物0.97グラムがさらに水(0.049グラム、6.7重量%)を含有したこと、およびセルロース(商品名:Avicel)に代えて、木材を原料とした漂白パルプ(平均重量分子量:およそ30~50万)が用いられたこと以外は、実施例1Aと同様の実験が行われた。比較例1Cでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から240時間が経過した後であっても、セルロースは溶解しなかった。
【0046】
以下の表1は、上記の実施例1A~比較例1Cの結果を示す。
【0047】
【表1】
【0048】
表1から明らかなように、RCAの値がおよそ0.86以上1.12以下であれば、イオン液体組成物およびセルロースの混合後、48時間以内にセルロースはイオン液体組成物に溶解する。一方、RCAの値がおよそ0.86未満である場合または1.12を超える場合には、240時間後であってもセルロースはイオン液体組成物に溶解されない。
【0049】
さらに、水分量が4.7%以下であれば、イオン液体組成物およびセルロースの混合後、48時間以内にセルロースはイオン液体組成物に溶解する。一方、水分量が6.7%以上である場合には、240時間後であってもセルロースはイオン液体組成物に溶解されない。
【0050】
この実験例では、セルロース分解酵素は使われていないことは明らかであろう。
【0051】
(実施例1H)
実施例1Hでは、実施例1Dで得たセルロースの溶解液1.00gに1.00gのジメチルスルホキシド(以下、「DMSO」という。イオン液体[Ch][β-Ala]に対する重量比:103%)を添加した。次いで、摂氏90度、常圧条件下でこの溶液を48時間保管し、両者が相溶するかどうかが目視により観察された。
【0052】
(実施例1I)
実施例1Iでは、2.00g(イオン液体[Ch][β-Ala]に対する重量比:206%)のDMSOが用いられたこと以外は、実施例1Hと同様の実験が行われた。
【0053】
(実施例1J)
実施例1Jでは、3.00g(イオン液体[Ch][β-Ala]に対する重量比:309%)のDMSOが用いられたこと以外は、実施例1Hと同様の実験が行われた。
【0054】
(比較例1D)
比較例1Dでは、4.00g(イオン液体[Ch][β-Ala]に対する重量比:412%)のDMSOが用いられたこと以外は、実施例1Hと同様の実験が行われた。
【0055】
以下の表2は、上記の実施例1H~比較例1Dの結果を示す。
【0056】
【表2】
【0057】
表2から明らかなように、[Ch][β-Ala]により表されるイオン液体組成物に対するDMSOの重量比が309%以下である場合には48時間以内に相溶する。一方、DMSOの重量比が412%以上である場合には48時間経つ間にセルロースが析出する。このように、イオン液体[Ch][β-Ala]にセルロースが溶解しているセルロース溶液に309%以下の重量比を有するDMSOを添加した場合には、48時間以内にセルロースが析出することなく両者が相溶される。
【0058】
(実施例2)
実験例2は、実施例2A~実施例2Hおよび比較例2A~比較例2Dから構成される。実験例2では、カチオンはコリン由来であり、かつアニオンはγ―アミノ酪酸由来であった。
【0059】
(実施例2A)
γ―アミノ酪酸(和光純薬工業株式会社から入手、10.3グラム、100ミリモル)を、コリン水溶液(東京化成工業株式会社から入手、24.7グラム、100ミリモル)に混合して、混合液を得た。混合液は、摂氏100度、減圧下で3時間かけて乾燥された。このようにして、[Ch][GABA]イオン液体を含有するイオン液体組成物を得た。実施例1Aと同様に、得られた[Ch][GABA]イオン液体組成物は、核磁気共鳴スペクトル測定を用いることによって確認された。[Ch][GABA]イオン液体組成物の水分量は、1.6%(8.0ミリグラム)であった。
【0060】
図6は、実施例2Aにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。図6に基づいて算出されたRCAは1.00に等しかった。実施例2Aにおいては、セルロースは溶解した。また、本発明者らは、X線回折分析結果においてセルロースの結晶性に由来するピークが消失していることをも根拠として、セルロースが溶解したことを確認した。
【0061】
(実施例2B)
γ-アミノ酪酸の重量が11.5グラム(およそ112ミリモル)であったこと以外は、実施例2Aと同様の実験が行われた。図7は、実施例2Bにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。図7に基づいて算出されたRCAは0.89に等しかった。実施例2Bでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から13時間後に、セルロースは溶解した。
【0062】
(実施例2C)
γ-アミノ酪酸の重量が9.1グラム(およそ88ミリモル)であったこと以外は、実施例2Aと同様の実験が行われた。図8は、実施例2Cにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。図8に基づいて算出されたRCAは1.10に等しかった。実施例2Cでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から13時間後に、セルロースは溶解した。
【0063】
(実施例2D)
実施例2Dでは、セルロース(商品名:Avicel)に代えて、木材を原料とした漂白パルプ(平均重量分子量:およそ30~50万)が用いられたこと以外は、実施例2Aと同様の実験が行われた。実施例2Dでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から44時間後に、セルロースは溶解した。
【0064】
(実施例2E)
実施例2Eでは、実施例2Aによるイオン液体組成物(0.97グラム)がさらに水(0.029グラム、4.6重量%)を含有したこと、およびセルロース(商品名:Avicel)に代えて、木材を原料とした漂白パルプ(平均重量分子量:およそ30~50万)が用いられたこと以外は、実施例2Aと同様の実験が行われた。実施例2Eでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から44時間後に、セルロースは溶解した。
【0065】
(比較例2A)
比較例2Aでは、γ―アミノ酪酸の重量が12.8グラム(およそ124ミリモル)であったこと以外は、実施例2Aと同様の実験が行われた。図9は、比較例2Aにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。図9に基づいて算出されたRCAは0.79に等しかった。比較例2Aでは、セルロースは溶解しなかった。
【0066】
(比較例2B)
比較例2Bでは、γ―アミノ酪酸の重量が7.0グラム(およそ67.8ミリモル)であったこと以外は、実施例2Aと同様の実験が行われた。図10は、比較例2Bにおける核磁気共鳴スペクトルH-NMR測定の結果を示す。図10に基づいて算出されたRCAは1.19に等しかった。比較例2Bでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から240時間が経過した後であっても、セルロースは溶解しなかった。
【0067】
(比較例2C)
比較例2Cでは、実施例2Aによるイオン液体組成物(0.97グラム)がさらに水(0.049グラム、6.6重量%)を含有したこと、およびセルロース(商品名:Avicel)に代えて、木材を原料とした漂白パルプ(平均重量分子量:およそ30~50万)が用いられたこと以外は、実施例2Aと同様の実験が行われた。比較例2Cでは、イオン液体組成物およびセルロースの混合から240時間が経過した後であっても、セルロースは溶解しなかった。
【0068】
以下の表3は、上記の実施例2A~比較例2Cの結果を示す。
【0069】
【表3】
【0070】
表3から明らかなように、RCAの値がおよそ0.89以上1.10以下であれば、イオン液体組成物およびセルロースの混合後、44時間以内にセルロースはイオン液体組成物に溶解する。一方、RCAの値がおよそ0.89未満である場合または1.10を超える場合には、240時間後であってもセルロースはイオン液体組成物に溶解されない。
【0071】
さらに、水分量が4.6%以下であれば、イオン液体組成物およびセルロースの混合後、48時間以内にセルロースはイオン液体組成物に溶解する。一方、水分量が6.6%以上である場合には、240時間後であってもセルロースはイオン液体組成物に溶解されない。
【0072】
この実験例では、セルロース分解酵素は使われていないことは明らかであろう。
【0073】
(実施例2F)
実施例2Fでは、実施例2Dで得たセルロースの溶解液1.00gに1.00gのジメチルスルホキシド(以下、「DMSO」という。イオン液体[Ch][GABA]に対する重量比:103%)を添加した。次いで、摂氏90度、常圧条件下でこの溶液を48時間保管し、両者が相溶するかどうかが目視により観察された。
【0074】
(実施例2G)
実施例2Gでは、2.00g(イオン液体[Ch][GABA]に対する重量比:206%)のDMSOが用いられたこと以外は、実施例2Fと同様の実験が行われた。
【0075】
(実施例2H)
実施例2Hでは、3.00g(イオン液体[Ch][GABA]に対する重量比:309%)のDMSOが用いられたこと以外は、実施例2Fと同様の実験が行われた。
【0076】
(比較例2D)
比較例2Dでは、4.00g(イオン液体[Ch][GABA]に対する重量比:412%)のDMSOが用いられたこと以外は、実施例2Fと同様の実験が行われた。
【0077】
以下の表4は、上記の実施例2F~比較例2Dの結果を示す。
【0078】
【表4】
【0079】
表4から明らかなように、[Ch][GABA]により表されるイオン液体に対するDMSOの重量比が309%以下である場合には、DMSOおよびイオン液体は、48時間以内に相溶する。一方、DMSOの重量比が412%以上である場合には48時間経つ間にセルロースが析出してしまった。このように、[Ch][GABA]にセルロースを溶解させた液体にDMSOを309%まで添加した際には、48時間以内にセルロースが析出することなく両者が相溶される。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明は、セルロース分解酵素(すなわち、セルロースを加水分解できる酵素)を用いずにセルロースを溶解する方法を提供する。
図1
図2
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図10