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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023019522
(43)【公開日】2023-02-09
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   F02F 3/00 20060101AFI20230202BHJP
   F02F 3/10 20060101ALI20230202BHJP
   F16J 1/04 20060101ALI20230202BHJP
   C23F 1/00 20060101ALI20230202BHJP
   C23F 1/02 20060101ALI20230202BHJP
   C23F 1/36 20060101ALI20230202BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20230202BHJP
【FI】
F02F3/00 G
F02F3/00 M
F02F3/10 B
F16J1/04
C23F1/00 B
C23F1/00 101
C23F1/00 104
C23F1/02
C23F1/36
C23C26/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021124298
(22)【出願日】2021-07-29
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】増原 真也
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 伸行
【テーマコード(参考)】
3J044
4K044
4K057
【Fターム(参考)】
3J044AA04
3J044BA04
3J044BA06
3J044BB37
3J044BB39
3J044BC04
3J044DA09
4K044AA06
4K044AB10
4K044BA21
4K044BB01
4K044BC01
4K044BC05
4K044CA02
4K044CA04
4K044CA07
4K044CA53
4K044CA62
4K057WA05
4K057WA07
4K057WB05
4K057WB17
4K057WC01
4K057WC03
4K057WE21
4K057WE22
4K057WE23
4K057WF10
4K057WG01
4K057WG02
4K057WG03
4K057WG06
4K057WK01
4K057WK07
4K057WK10
4K057WN06
(57)【要約】
【課題】 樹脂コートの密着性と耐焼付き性に優れた内燃機関用ピストンの製造方法を提供する。
【解決手段】 内燃機関用ピストンの製造方法20は、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンが、内燃機関のシリンダボアの内壁面を摺動するスカート部を有し、このスカート部の外表面には、周方向に延びる複数の溝部が設けられ、これら複数の溝部は、軸方向に間隔を空けて配置され、軸方向に隣り合う溝部の間には、中間面部が設けられており、そして、この内燃機関用ピストンのスカート部をアルカリエッチング24して、スカート部の外表面に設けられた溝部と中間面部の構成を維持しつつスカート部の外表面に溝部よりも微細な凹部を複数形成し、アルカリエッチングによってスカート部の外表面に生成したスマットを酸洗浄25により除去し、スマットを除去したスカート部の外表面を表面処理27して、樹脂コートを形成する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関用ピストンを製造する方法であって、
アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンが、内燃機関のシリンダボアの内壁面を摺動するスカート部を有し、このスカート部の外表面には、周方向に延びる複数の溝部が設けられ、これら複数の溝部は、軸方向に間隔を空けて配置され、軸方向に隣り合う前記溝部の間には、中間面部が設けられており、この内燃機関用ピストンのスカート部をアルカリエッチングして、前記スカート部の外表面に設けられた前記溝部と前記中間面部の構成を維持しつつ前記スカート部の外表面に前記溝部よりも微細な凹部を複数形成するアルカリエッチング工程と、
前記アルカリエッチングよって前記スカート部の外表面に生成したスマットを除去する洗浄工程と、
前記スマットを除去したスカート部の外表面に、樹脂コートを形成する表面処理工程と
を含む内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項2】
前記洗浄工程が、前記スカート部の外表面に酸性溶液を接触させて前記スマットを除去する請求項1に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項3】
前記洗浄工程の前又は/及び後に、超音波振動を加えた水に、前記スカート部の外表面を接触させる超音波水洗工程を更に含む請求項1又は2に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項4】
前記アルカリエッチング工程後の前記スカート部の外表面のプラトー率を0.12~0.15の範囲とする請求項1~3のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項5】
前記アルカリエッチング工程の前後における前記スカート部の外表面のプラトー率の変化量を0.05以下とする請求項1~4のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両に設けられるエンジン等の内燃機関において、ピストンは、直線状の長手軸線に沿って延びるシリンダボア内を長手軸線に沿った方向にて往復移動する。このとき、ピストンの外周部はシリンダボアの内周部に対して摺動する。典型的に、ピストンは、シリンダボアの内周部に対して摺動可能である外周部を有するピストン本体と、このピストン本体の外周部からシリンダボアの底側に延びる2つのスカートとを含んでおり、さらに、ピストンにおいては、シリンダボアの内周部に対するピストンの外周部の摩擦抵抗を低減するために、各スカートの外表面には樹脂コートが形成されている。
【0003】
このようなピストンの一例としては、特許文献1に、鋳造により形作られたピストンにおける2つのスカートの外表面に、複数のディンプルを形成するように、硬質粒子等のショット材をショットピーニングによって均一に吹き付けて、その後、2つのスカートの外表面に、所定の粒子が分散した樹脂で潤滑被膜(樹脂コート)を形成したピストンが記載されている。このように複数のディンプルを形成したスカート部の外表面では、潤滑被膜の表面粗さを低減することができ、潤滑被膜の初期馴染み性が高まる。
【0004】
また、特許文献2には、潤滑性を高めるために、スカート部の外表面に、多数の条痕を形成することが記載されている。ここで条痕について説明する。条痕とは、スカート部の外表面において、周方向に延びるように形成された凹溝である。軸方向に隣り合う溝部の間には、中間面部(プラトー部)が設けられている。条痕の溝部にオイルが溜ることにより、スカート部の外表面と、シリンダボアの内壁面との間で、良好な潤滑状態が保たれる。その結果、ピストンが高速で往復動しても、オイル切れが発生することなく、スカート部の外表面とシリンダボアの内壁面との間で焼付きの発生が防止される。また、オイルに異物が混入した場合に摺動面に摩耗が進行し易くなるが、条痕の溝部によって周方向に延びるポケットが形成され、異物が排出されるため、摩耗が抑制され、耐焼付き性を確保できる。特に、特許文献2には、燃焼時の側圧が付与されるスラスト側のスカート部は、シリンダボアの内壁面と高圧面状態で摺接するため、フリクションが増大し、焼付きが生じ易いことが記載されている。そこで、条痕におけるプラトー部の比率を高めることで、面圧が下がり、フリクションが低減することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2016-160293号公報
【特許文献2】特開2008-232172号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載されているピストンでは、ショットピーニングによって吹き付けられたショット材が、スカート部の外表面に残存するおそれがある。このようなスカート部の外表面には樹脂コートが密着し難く、ピストンの摺動性能が低下するおそれがある。また、このようなショットピーニングを特許文献2に記載されている多数の条痕を有するピストンに適用すると、条痕の形状が概形を維持できず、耐焼付き性が損なわれる。
【0007】
近年、環境規制対応に伴うエンジンの高効率化や高圧縮比化、過給エンジンの要望が高まっており、エンジンの最高燃焼圧力が上昇している。本背景に伴い、ピストンのスカート部において更なる樹脂コートの密着性と耐焼付き性の向上が望まれている。
【0008】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、樹脂コートの密着性と耐焼付き性に優れた内燃機関用ピストンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法は、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンが、内燃機関のシリンダボアの内壁面を摺動するスカート部を有し、このスカート部の外表面には、周方向に延びる複数の溝部が設けられ、これら複数の溝部は、軸方向に間隔を空けて配置され、軸方向に隣り合う前記溝部の間には、中間面部が設けられており、そして、この内燃機関用ピストンのスカート部をアルカリエッチングして、前記スカート部の外表面に設けられた前記溝部と前記中間面部の構成を維持しつつ前記スカート部の外表面に前記溝部よりも微細な凹部を複数形成するアルカリエッチング工程と、前記アルカリエッチングよって前記スカート部の外表面に生成したスマットを除去する洗浄工程と、前記スマットを除去したスカート部の外表面に、樹脂コートを形成する表面処理工程とを含む。
【発明の効果】
【0010】
このような本発明によれば、樹脂コートの密着性と耐焼付き性に優れた内燃機関用ピストンの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】内燃機関用ピストンの一例を模式的に示す正面図である。
図2】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態を説明するためのフロー図である。
図3】内燃機関用ピストンのスカート部の外表面に形成されている条痕を模式的に示す断面図である。
図4図3に示す条痕のアルカリエッチング後の状態を模式的に示す断面図である。
図5図4に示す条痕の酸洗浄後の状態を模式的に示す断面図である。
図6】アルカリエッチングによるスカート部の粗さ曲線の変化を示すグラフである。
図7】アルカリエッチングによるスカート部の表面粗さRaの変化を示すグラフである。
図8】アルカリエッチングによるスカート部の表面粗さRzの変化を示すグラフである。
図9】ショットブラストによるスカート部の粗さ曲線の変化を示すグラフである。
図10】ショットブラストによるスカート部の表面粗さRaの変化を示すグラフである。
図11】ショットブラストによるスカート部の表面粗さRzの変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施形態について、図1図5を参照しながら説明する。
【0013】
先ず、内燃機関用ピストン10について説明する。本実施形態の内燃機関用ピストン10は、シリンダボア(図示省略)の内部を往復移動する部材で、アルミニウム合金によって形成されている。アルミニウム合金としては、アルミニウム合金は、耐摩耗性および耐アルミ凝着性に寄与する成分として、シリコン(Si)が含有される。このようなアルミニウム合金としては、例えば、ピストンとしてAC4、AC8、AC8A、AC9等のAC材、ADC10~ADC14等のADC材、A4000等がある。
【0014】
内燃機関用ピストン10は、略円筒形状を有し、図1に示すように、その外周面にピストン冠面11側から順に、第1リング溝13、第2リング溝15、オイルリング溝17を有している。外周面は、ピストン冠面11と第1リング溝13の間を第1ランド12といい、第1リング溝13と第2リング溝15の間を第2ランド14といい、第2リング溝15とオイルリング溝17の間を第3ランド16といい、オイルリング溝17以降をスカート部18という。
【0015】
スカート部18は、ピンボス部19を間に置いて両側に配置されている。スカート部18の外表面がシリンダボアの内壁面上を摺動しながら、ピストン10はシリンダボアの内部を往復移動する。
【0016】
次に、本実施の形態の内燃機関用ピストンの製造方法について説明する。内燃機関用ピストンの製造方法20は、図2に示すように、ピストンを鋳造する工程21と、鋳造したピストンを熱処理する工程22と、熱処理したピストンを機械加工する工程23と、ピストンのスカート部をアルカリエッチングする工程24と、アルカリエッチングで生じたスマットを除去するために酸洗浄を行う工程25と、更に水洗を行う工程26と、ピストンのスカート部に樹脂コートを被膜するために表面処理を行う工程27とを含む。
【0017】
上記の鋳造、熱処理、機械加工の各工程21、22、23は、一般的な内燃機関用ピストンを製造する際に用いられる工程と同様であるので、ここでの詳しい説明は省略する。
【0018】
アルカリエッチング工程24は、アルカリ性のエッチング液を用いて、内燃機関用ピストン10のスカート部18の外表面の主にアルミニウム成分を溶出させる工程である。なお、機械加工工程22で表面に残存した切削油は、アルミニウム成分の溶出を阻害する要因となるため、必要に応じて、アルカリエッチング工程24の前に、中性脱脂、アルカリ脱脂等などの脱脂工程(図示省略)を行ってもよい。または、アルカリ性のエッチング液に脱脂効果のある薬剤を入れて、脱脂とアルカリエッチングを同時に実施してもよい。アルカリエッチングをスカート部18の外表面のみに実施するため、適宜、その他の部分をマスキングしてよい。
【0019】
スカート部18の外表面の断面形状を拡大して図3に示す。なお、図3は、図1を左に90°回転させた関係にある。図3に示すように、スカート部18の外表面には、当該外表面とシリンダボアの内壁面との間で耐焼付き性を向上させるために、条痕30が形成されている。
【0020】
条痕30は、スカート部18の外表面において周方向に延びるように形成された断面U字状の複数の溝部31を有している。複数の溝部31は、軸方向に間隔を空けて配置されている。溝部31の深さは、例えば、5~15μmの範囲である。また、軸方向に隣り合う溝部31の間には、断面の径方向外側端が軸方向に直線的に延びる中間面部(プラトー部)32が設けられている。
【0021】
プラトー部32の軸方向の幅(すなわち、隣接する溝部31の間隔)Waは、例えば、10~100μmの範囲である。また、溝部31の軸方向の幅Wbは、例えば、150~400μmの範囲である。そして、プラトー部32の幅Waと溝部31の幅Wbを用いて以下の式1で表されるプラトー率は、例えば、0.02~0.4の範囲である。プラトー率は、条痕30の形状を表す指標の1つとして従来から用いられているものである。
【0022】
【数1】
【0023】
アルカリ性のエッチング液に用いる薬剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、水酸化アンモニウムなどが挙げられ、これらのうち、安価かつアルミニウムの溶解性が高いことから、水酸化ナトリウム水溶液が好ましい。また、エッチング液には、グルコン酸ナトリウムなどのキレート剤を添加してもよい。以下に、例として、エッチング液として水酸化ナトリウムを用いたアルミニウムのアルカリエッチングの反応式を示す。
【0024】
【化1】
【0025】
アルカリエッジング工程24後のスカート部18の外表面の断面形状を図4に示す。アルカリエッジングにより、アルミニウム合金中のアルミニウム成分のみが溶出されるため、図4に示すように、スカート部18の外表面には、条痕30の溝部31よりも微細な複数の凹部33が形成される。
【0026】
アルカリエッチング工程24では、アルカリエッチングの処理時間が長いほど、微細な凹部33の大きさが大きくなることから、スカート部18の外表面の条痕30の形状に与える影響が大きくなる。スカート部18の外表面の条痕30は、ピストンの耐焼付き性の向上を図るためのものであることから、条痕30の形状を維持する必要がある。よって、アルカリエッチングの処理時間は、アルカリエッチング工程24後のスカート部18の外表面のプラトー率を0.12~0.15の範囲に維持する処理時間が好ましい。プラトー率が0.12未満であると、局所に作用する面圧が非常に大きくなり、焼付きが生じ易くなるおそれがある。一方、プラトー率が0.15を超えると、異物を排出する効果を十分確保できず、焼付きが生じ易くなるおそれがある。
【0027】
また、アルカリエッチング工程34の前後におけるスカート部18の外表面のプラトー率の変化量を0.05以下に抑える処理時間が好ましい。プラトー率の変化量が0.05を超えると、条痕30の形状の概形が変わってしまうとともに、ピストン基準径のバラツキが大きくなるおそれがある。プラトー率の変化量の下限は、特に限定されないが、0.00以上が好ましい。このような処理時間の具体例としては、エッチング液の薬剤の種類や濃度によって異なるものの、例えば、20分未満が好ましい。一方、処理時間の下限は、多数の微細な凹部33がスカート部18の外表面に形成されればよく、例えば、1分以上が好ましい。
【0028】
また、アルカリエッジング工程24では、微細な凹部33とともに、スカート部18の外表面には、アルミニウム合金中のアルミニウム以外の成分が黒色の付着物として生成し、この付着物はスマット34と呼ばれている。スマット34が樹脂コートを成膜する前にスカート部18の外表面に残留していた場合、表面処理工程26において、樹脂コートのスカート部18の外表面に対する密着性を低下させるおそれがある。そのため、スマット34を除去する必要がある。
【0029】
酸洗浄工程25は、酸性の洗浄液にスカート部18の外表面を接触させることで、スマット34を生成するアルミニウム以外の成分を溶出させる工程である。酸性の洗浄液に用いる薬剤として、例えば、硝酸、フッ酸、硝酸とフッ酸の混酸などが挙げられる。通常、濃度30wt%程度の硝酸でスマット34を除去することができる。以下に、硝酸を用いたスマット除去の反応式を示す。なお、式中のMは、アルミニウム合金のアルミニウム以外の成分を示す。
【0030】
【化2】
【0031】
内燃機関用ピストンの鋳造には、上述したように、ケイ素を含有するアルミニウム合金が用いられる場合が多く、この場合、スマット34にはケイ素が含まれている。硝酸ではケイ素は反応しないことから、ケイ素を含有するアルミニウム合金製の内燃機関用ピストンの場合、硝酸とフッ酸の混酸を用いることが好ましい。ケイ素とフッ酸の反応式を以下に示す。
【0032】
【化3】
【0033】
このようにスマット34を除去することで、図5に示すように、スカート部18の外表面において、微細な凹部33を覆うように生成していたスマット34が除去され、微細な凹部33がスカート部18の外表面にきれいに露出することとなる。
【0034】
なお、酸洗浄工程25によってスマット34を除去することについて説明してきたが、本発明はこれに限定されず、スマット34を除去するために、例えば、シアン化ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸などのアルカリ液を用いた陽極電解法や、電解研磨法、バレル研磨法などの研磨法や、超音波による手法を用いてもよい。
【0035】
水洗工程26は、酸洗浄工程25で用いた酸性の洗浄液を、水洗によってスカート部18から除去する工程である。水洗工程26としては、超音波水洗を行うことが好ましい。例えば、1~100kHzの超音波振動を加えた水に、スカート部18を1~10分間接触させる。超音波水洗によって、酸洗浄工程25で除去し切れなかったスマット34を洗浄することが可能である。
【0036】
また、必要に応じて、水洗工程26は、酸洗浄工程25の前に行ってもよい。これにより、アルカリエッチング工程24で用いたアルカリ性のエッチング液が、酸洗浄工程25の酸性の洗浄液に持ち込まれることを防ぐことができる。また、この場合も、超音波水洗で行うことが好ましく、これにより、酸洗浄工程25の前に、スカート部18の外表面に生成したスマット34の大部分を除去することができる。よって、酸洗浄工程25の負荷を軽減することが可能である。水洗工程26は、酸洗浄工程25の前と後の両方で行ってもよいし、一切行わなくてもよい。
【0037】
表面処理工程27は、微細な凹部33が形成され、露出したスカート部18の外表面に、樹脂コート(図示省略)を成膜する工程である。表面処理工程27としては、例えば、スプレー法やスクリーン印刷法などによって、スカート部18の外表面に樹脂コート薬剤を塗布し、焼成を行うことで、樹脂コートを成膜することができる。樹脂コート薬剤としては、内燃機関用ピストンのスカート部18に用いられている公知の薬剤を用いることができ、例えば、デュポン・東レ・スペシャリティ・マテリアル社製のMOLYKOTE D-10-GBLや、MOLYKOTE PA-744などが挙げられる。
【0038】
このように内燃機関用ピストンのスカート部18の外表面には微細な凹部33が多数形成され、これら微細な凹部33内に樹脂コート薬剤が充填されることから、アンカー効果によって母材のアルミニウム合金と樹脂コートとの密着性を高めることができる。また、微細な凹部33が多数形成されても、スカート部18の外表面の条痕30の形状は維持されるため、条痕30の溝部31による良好な潤滑状態が保たれ、条痕30のプラトー部32によるフリクション低減効果も維持されることから、優れた耐焼付き性を確保することができる。
【0039】
なお、本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法は、上記の実施形態に限定されず、その他の工程を含むことができる。例えば、酸洗浄工程25と表面処理工程27との間で、陽極酸化処理工程または化成処理工程を実施してもよい。陽極酸化処理により、スカート部18の外表面に多孔質の陽極酸化皮膜が形成される。膜厚を数μm以下にすることで、スカート部18の外表面の条痕30の形状を維持したまま陽極酸化皮膜を形成することができる。陽極酸化皮膜の微細孔に樹脂コート薬剤が充填されることで、さらなる密着性の向上が期待できる。また、化成処理により、スカート部18の外表面の一部が化学的に反応した化成皮膜が形成される。その膜厚は数μmであるため、スカート部18の外表面の条痕30の形状を維持したまま化成皮膜を形成することができる。化成皮膜は粒状に生成し凹凸を有することから、この凹凸に樹脂コート薬剤が充填されることで、さらなる密着性の向上が期待できる。なお、陽極酸化処理を行う場合、スカート部18と同時に第1リング溝13と第2リング溝15にも陽極酸化処理を行うことができ、これによりこれらfリング溝に耐摩耗性を付与することができる。
【実施例0040】
以下、本発明に係る実施例及び比較例について説明する。なお、本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法は、以下の実施例及び比較例によって限定されない。
【0041】
[実施例]
高温域の機械的特性を向上させた高強度材であるAl-Si系のアルミニウム合金鋳造材で内燃機関用ピストンを作製し、そのスカート部に旋削用工具を用いて条痕を形成した。そして、このスカート部にアルカリエッチング液(奥野製薬社製、トップアルソフト108、濃度15~25g/Lに希釈した水溶液、pH13)を用いて脱脂、アルカリエッチングを同時に実施した。液温度は30~40℃とし、浸漬時間による粗面化状況を確認するために、浸漬時間は、5分、10分、20分とした。
【0042】
次に、アルカリエッチング後の各ピストンのスカート部表面に、黒色の付着物(スマット)が生成していたことから、超音波水洗を行った後、硝酸(濃度20~30wt%、pH1.7)を用いて酸洗浄を行った。液温度は20~30℃とし、5分間にわたり酸洗浄を行った後、再び超音波水洗を行った。スカート部表面の黒色の付着物はきれいに除去されていた。
【0043】
このようにして得たピストンの評価として、(1)表面粗さの測定による表面性状、(2)ピストン基準径の測定による処理前後での基準径の変化、および(3)プラトー率の変化量について評価した。なお、これら評価を行うために、アルカリエッチング前のピストンについても同様の測定を行った。
【0044】
表面粗さの測定は、JIS B 0601-2001に準拠して、ピストンのスカート部の粗さ曲線を測定するとともに、その結果から、算術平均粗さを表す表面粗さRaと、最大高さを表す表面粗さRzをそれぞれ算出した。
【0045】
ピストン基準径の測定は、20~25℃の部屋に一晩置くことで温度を一定にした各ピストンに対して、ピストンのスカート部の基準径をダイヤルゲージで測定した。
【0046】
プラトー率は、上記の粗さ曲線の測定結果から、任意の3つの条痕についてプラトー部の幅(Wa)と溝部の幅(Wb)を計測し、上記の式1から算出し、その平均値とした。また、アルカリエッチング前のピストンのプラトー率とアルカリエッチング後のピストンのプラトー率との差より、プラトー率の変化量を算出した。
【0047】
更に、上記の評価を行った後、アルカリエッチングをした各ピストンに対して樹脂コートを成膜した。樹脂コートは、デュポン・東レ・スペシャリティ・マテリアル社(旧東レ・ダウコーニング社)製のMOLYKOTE D-10-GBLを用いた。ピストンを洗浄した後、スクリーン印刷法にて、樹脂コート薬剤を印刷し、200℃以下の温度で焼成することで、ピストンのスカート部に樹脂コートを成膜した。
【0048】
そして、この樹脂コートを成膜したピストンについて、(4)樹脂コートの密着性を評価する試験を行った。密着性の試験は、ウォータージェット(W/J)法と呼ばれる、樹脂コートの直上から水をノズルにより高圧噴射した後、樹脂コート表面の様相から密着性を評価する手法を用いて評価した。なお、参考のため、アルカリエッチングをせずに樹脂コートを成膜したピストンについても、同様の試験によって樹脂コートの密着性を評価した。
【0049】
[比較例]
実施例と同様にして内燃機関用ピストンを作製し、スカート部に条痕を形成した後、比較例では、スカート部に対して、アルカリエッチングに替えて、ショットブラストを実施した。ショットブラストのショット材(メディア)はガラスビーズ♯150を用い、投射圧力を0.4MPa、投射ノズルとスカート部との間の距離(投射距離)を50cmとしてショットブラストを行った。投射時間による粗面化状況を確認するために、投射時間は5秒、10秒、30秒とした。そして、ショットブラスト後に、エアブロー、洗浄、乾燥を行った。
【0050】
このようにして得た各ピストンの評価として、実施例と同様に、(1)表面粗さの測定による表面性状、(2)ピストン基準径の測定による処理前後での基準径の変化、および(3)プラトー率の変化量について評価した。なお、これら評価を行うために、アルカリエッチング前のピストンについても同様の測定を行った。更に、これに樹脂コートを成膜したピストンについて、(4)樹脂コートの密着性を評価する試験を行った。
【0051】
上記の(1)~(4)の評価結果について説明する。アルカリエッチングを行った実施例の各ピストンおよびアルカリエッチング未処理のピストンの粗さ曲線を図6に示す。また、アルカリエッチングを行った実施例の各ピストンの表面粗さの結果を図7図8に示す。ショットブラストを行った比較例の各ピストンおよびショットブラスト未処理のピストンの粗さ曲線を図9に示す。また、ショットブラストを行った比較例の各ピストンの表面粗さの結果を図10図11に示す。更に、これら実施例、比較例の各ピストンのプラトー率、およびそれらの未処理のピストンのプラトー率からの変化量について、表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
図6は、(a)がアルカリエッチング前の粗さ曲線で、(b)がアルカリエッチングの処理時間が5分の粗さ曲線、(c)が処理時間10分の粗さ曲線、(d)が処理時間20分の粗さ曲線である。図6に示すように、実施例では、アルカリエッチングの処理時間が長くなるほど、表面の微細な凹部は増大する傾向にあったが、条痕形状は維持している様相が確認された。表1に示すように、アルカリエッチングの処理時間が10分の場合、未処理のプラトー率からの変化量が0.03であり、図6(c)に示すように、条痕の形状は明確に維持されていた。一方で、アルカリエッチングの処理時間が20分の場合、プラトー率の変化量が0.06であり、10分と比べて変化が大きく、図6(d)に示すように、条痕の形状は維持されているものの、条痕の形状が崩れてきており、プラトー率の変化量は0.05以下とすることが好ましいことが分かった。
【0054】
また、図7図8に示すように、アルカリエッチングの処理時間が長くなると、算術平均粗さを表す表面粗さRaは微増である一方、最大高さを表す表面粗さRzは大きく増加した。これは、スカート部の表面が、条痕の形状を維持したまま微細な凹部が増大したためと推測される。
【0055】
図9は、(a)がショットブラスト前の粗さ曲線で、(b)がショットブラストの処理時間が5秒の粗さ曲線、(c)が処理時間10秒の粗さ曲線、(d)が処理時間30秒の粗さ曲線である。図9に示すように、比較例では、ショットブラストの処理時間が長くなるほど、条痕の形状が消失して平らな形状に近づいている様相が確認された。図9(b)に示すように、ショットブラストの処理時間が5秒で、既に条痕の形状は大きく崩れ、プラトー部分も確認できない様相である。また、プラトー率の算出は困難であったため、表1にプラトー率は掲載していない。
【0056】
また、図10図11に示すように、ショットブラストの処理時間が長いほど、表面粗さRa、表面粗さRzのどちらも減少した。これは、微細な凹部が形成された一方で、条痕の形状が次第に消失していったためと推測される。
【0057】
ピストンの基準径の測定結果を表2に示す。なお、表2には、アルカリエッチングまたはショットブラストの処理前後でのピストンのスカート部の基準径の変化量を示した。変化量は、プラスが処理後での基準径の増加を示し、マイナスが処理後での基準径の減少を示す。また、実施例は、アルカリエッチングの処理時間が5分のピストンについて測定し、比較例は、ショットブラストの処理時間が10秒のピストンについて測定した。また、実施例、比較例ともにそれぞれピストンのサンプル5つについて測定した結果である。
【0058】
【表2】
【0059】
表2に示すように、実施例のピストンはアルカリエッチング前に比べて、後では基準径が9~11μm減少していた。これは、スカート部表面のアルミニウムが溶出したことによるものと推測される。N=5のばらつきは2μmの範囲に抑えられており、ばらつきは少なかった。これは、アルカリエッチングでは、粗面化しつつ、アルミニウム合金が表面から徐々に溶解していったためと推測される。一方、比較例のピストンは、ショットブラスト処理前に比べて、処理後で基準径が0~7μm増加していた。これは、ショットブラストによってスカート部表面のアルミニウム合金が径方向外方に塑性変形したためであると推測される。N=5のばらつきは7μmであり、アルカリエッチングの実施例と比較してばらつきが大きいという結果であった。
【0060】
表3に、樹脂コートの密着性の評価結果を示す。評価の基準は、樹脂コートを観察して、剥離がないものを「〇」と評価し、樹脂コートに点剥離があったものを「△」と評価し、アルミニウム合金母材からの樹脂コートの界面剥離があったものを「×」と評価した。なお、実施例は、アルカリエッチングの処理時間が10分のピストンについて観察し、比較例は、ショットブラストの処理時間が5秒のピストンについて観察した。
【0061】
【表3】
【0062】
表3に示すように、参考例のアルカリエッチングもショットブラストも行っていないピストンでは、樹脂コートに界面剥離が観察された。一方で、アルカリエッチングをした実施例のピストンも、ショットブラストをした比較例のピストンも、樹脂コートに界面剥離も点剥離も観察されなかった。このことから、アルミニウム合金表面をアルカリエッチングまたはショットブラストによって微細な凹部を形成してから樹脂コートを成膜することで、微細な凹部のアンカー効果により樹脂コートの密着性を向上させる効果があることが明確になった。
【符号の説明】
【0063】
10 内燃機関用ピストン
18 スカート部
20 内燃機関用ピストンの製造方法
30 条痕
31 溝部
32 中間面部(プラトー部)
33 微細な凹部
34 スマット
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11