(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023028382
(43)【公開日】2023-03-03
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストン及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F02F 3/10 20060101AFI20230224BHJP
F02F 3/12 20060101ALI20230224BHJP
【FI】
F02F3/10 B
F02F3/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021134054
(22)【出願日】2021-08-19
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】石橋 亮
(57)【要約】
【課題】 遮熱性能とガス温度追従性の双方に優れ、且つ急加速・減速時などサーマルショックがピストンに繰返し加わる状況においても亀裂や剥離を抑制することができる内燃機関用ピストン及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体のピストン冠面11にレーザを照射する際に、レーザの照射出力を変化させることで、ピストン冠面内の表面における共晶Siの平均粒径を、ピストン冠面の吸気側5から排気側6に向かって漸次大きくした後、ピストン冠面を陽極酸化処理して陽極酸化皮膜12を形成する。これにより、吸気側5から排気側6に向かって、陽極酸化皮膜12の膜厚が漸次厚くなっており、陽極酸化皮膜12内のSi粒子の平均粒径およびピストン冠面内の皮膜直下における共晶Siの平均粒径が漸次大きくなっており、ピストン冠面内の皮膜直下における共晶Siに占める針状Siの割合が漸次多くなっている内燃機関用ピストンを得る。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストン冠面を有するとともに、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体と、
前記ピストン冠面を覆うとともに、シリコン粒子を含有する陽極酸化皮膜と
を備える内燃機関用ピストンであって、
前記陽極酸化皮膜の膜厚が、前記ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次厚くなっており、
前記陽極酸化皮膜内のシリコン粒子の平均粒径および前記ピストン冠面内の前記陽極酸化皮膜直下における共晶シリコンの平均粒径が、前記ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次大きくなっており、
前記ピストン冠面内の前記陽極酸化皮膜直下における共晶シリコンに占める針状シリコンの割合が、前記ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次多くなっている内燃機関用ピストン。
【請求項2】
前記陽極酸化皮膜内のSi粒子の平均粒径および前記ピストン冠面内の前記陽極酸化皮膜直下におけるSi粒子の平均粒径が、前記ピストン冠面の吸気側から排気側へと従って凹状曲線的に大きくなっている請求項1に記載の内燃機関用ピストン。
【請求項3】
アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体のピストン冠面にレーザを照射する工程であって、前記レーザの照射出力を変化させることで、前記ピストン冠面内の表面における共晶シリコンの平均粒径を、前記ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次大きくする工程と、
前記ピストン冠面を陽極酸化処理して陽極酸化皮膜を形成する工程と
を含む内燃機関用ピストンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストン及びその製造方法に関し、より詳しくは、ピストン冠面に陽極酸化皮膜を備える内燃機関用ピストン及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、内燃機関の燃焼室を形成する部品又は内燃機関用ピストンの一部に、アルミニウム合金が用いられる場合には、アルミニウム合金表面に遮熱膜が形成されている。遮熱膜は、低熱伝導率および低体積比熱容量の物質および構造によって構成され、内燃機関の燃焼サイクルにおいて、アルミニウム合金母材への熱伝導を抑制すると共に、遮熱膜自体は周囲のガス温度変化に追従する機能を有する。この機能により、ピストン冠面を含む燃焼室壁面と筒内ガス温度との差ΔTをより小さくできるため、外部への熱エネルギー流出抑制による冷却損失改善が図れ、燃料消費量の低減に寄与する。
【0003】
また、周囲のガス温度の変化に追従する性能は、遮熱膜の熱容量(比熱×密度×体積)に依存するため、遮熱膜の物質および構造が一律であれば、その膜厚が支配的となる。この場合、遮熱膜の膜厚が厚い程、遮熱性能は良好な一方、ガス温度追従性は悪くなる傾向を示す。逆に、遮熱膜の膜厚が薄い程、遮熱性能は低くなる一方、ガス温度追従性は良好となる傾向を示す。これは、遮熱性能とガス温度追従性は、トレードオフの関係を表すと共に、均一の膜厚の仕様では、どちらかの性能を優先しなければならないことを示唆している。
【0004】
そこで、例えば、特許文献1には、圧縮着火式エンジンにおいて、シリンダブロックとシリンダヘッドとピストンとにより燃焼室が画成され、この燃焼室の中心軸を挟んで、一方側に吸気ポートの開口部が位置されると共に他方側に排気ポートの開口部が位置され、そして、ピストンの冠面に遮熱材層が形成され、この遮熱材層のうち、排気ポートの開口部に対峙する側となる排気側遮熱材層の熱容量が、吸気ポートの開口部に対峙する側となる吸気側遮熱材層の熱容量に比して高くなるように設定することが記載されている。具体例として、吸気側遮熱材層の厚さが、排気側遮熱材層の厚さに比して小さくされた構成が記載されている。
【0005】
また、例えば、特許文献2には、内燃機関において、シリンダヘッドの底面と、シリンダヘッドに開設された吸気ポート内の吸気バルブおよび排気ポート内の排気バルブのそれぞれの底面と、シリンダブロックのボアと、ボア内を摺動するピストンの頂面とから燃焼室が構成され、燃焼室を構成する壁面の一部もしくは全部には遮熱膜が形成され、シリンダヘッドの底面において吸気ピストンと排気ピストンの間に点火プラグが位置して燃焼室に臨んでおり、そして、点火プラグを境界として燃焼室を吸気バルブ側の領域と排気バルブ側の領域に区分けした際に、吸気バルブ側の領域の壁面の少なくとも一部の遮熱膜の断熱性能が少なくとも排気バルブ側の領域の壁面の遮熱膜に比して高くすることが記載されている。具体例として、排気バルブ側の領域の遮熱膜に比して、吸気バルブ側の領域の遮熱膜の膜厚を厚くした構成が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2019-124189号公報
【特許文献2】特開2013-24143号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、このようなピストン冠面の遮熱材層ないし遮熱膜の膜厚を薄くした部位においては、急加速・減速時など熱衝撃(サーマルショック)がピストンに繰返し加わるような場合に、熱疲労による微細な亀裂が生じ得るという問題がある。特に、アルミニウム合金中の共晶シリコンは、通常、サイズが大きく、針状の金属組織形状を有していることから、それを起因として長手方向に沿って亀裂が進展しやすいという問題がある。
【0008】
また、ピストン冠面に膜厚が異なる遮熱材層または遮熱膜を設けると、その膜厚が異なる境界部分に段差が形成され、このことにより、エンジン熱負荷時、特に上記サーマルショックが加わる状況において、線膨張係数の差異やピストン冠面の熱変形分布により、段差部位において亀裂や剥離が生じ得るという問題がある。特に、エンジン高負荷時では、燃焼時にノッキングなどの異常燃焼が頻発し得るという問題がある。
【0009】
特許文献2には、異なる膜厚を有する遮熱膜を形成する方法として、ピストン冠面のうち、排気バルブ側の領域にマスキングを施して、吸気バルブ側の領域にアルマイト皮膜を成長させて吸気バルブ側の遮熱膜を形成し、次いで、マスキングを剥がし、形成された遮熱膜にマスキングを施して、排気バルブ側の領域にアルマイト皮膜を成長させて排気バルブ側の遮熱膜を形成することが記載されているが、このような方法では、膜厚が異なる境界部分に段差が形成されるのを避けることができないという問題がある。
【0010】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、遮熱性能とガス温度追従性の双方に優れ、且つ急加速・減速時などサーマルショックがピストンに繰返し加わる状況においても亀裂や剥離を抑制することができる内燃機関用ピストン及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明は、その一態様として、内燃機関用ピストンであって、この内燃機関用ピストンは、ピストン冠面を有するとともに、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体と、前記ピストン冠面を覆うとともに、シリコン粒子を含有する陽極酸化皮膜とを備え、前記陽極酸化皮膜の膜厚は、前記ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次厚くなっており、前記陽極酸化皮膜内のシリコン粒子の平均粒径および前記ピストン冠面内の前記陽極酸化皮膜直下における共晶シリコンの平均粒径は、前記ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次大きくなっており、前記ピストン冠面内の前記陽極酸化皮膜直下における共晶シリコンに占める針状シリコンの割合は、前記ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次多くなっている。
【0012】
また、本発明は、別の態様として、内燃機関用ピストンの製造方法であって、この方法は、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体のピストン冠面にレーザを照射する工程であって、前記レーザの照射出力を変化させることで、前記ピストン冠面内の表面における共晶シリコンの平均粒径を、前記ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次大きくする工程と、前記ピストン冠面を陽極酸化処理して陽極酸化皮膜を形成する工程とを含む。
【発明の効果】
【0013】
このように本発明によれば、遮熱膜である陽極酸化皮膜の膜厚が、ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次厚くなっているとともに、陽極酸化皮膜内のシリコン粒子の平均粒径およびピストン冠面内の陽極酸化皮膜直下における共晶シリコンの平均粒径が、ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次大きくなっているため、遮熱性能とガス温度追従性の双方に優れ、且つサーマルショックがピストンに繰返し加わる状況においても亀裂や剥離を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態を説明するための、内燃機関を示す模式図である。
【
図2】
図1に示す内燃機関用ピストンのピストン冠面に形成された陽極酸化皮膜を示す平面図である。
【
図3】ピストン冠面の位置に対してアルミニウム合金中の共晶シリコンの平均粒径の変化を示すグラフである。
【
図4】ピストン冠面の位置に対してアルミニウム合金中の共晶シリコンに占める針状シリコンの割合の変化を示すグラフである。
【
図5】ピストン冠面の位置に対してピストン冠面の熱伝導率の変化を示すグラフである。
【
図6】実施例および比較例におけるレーザ出力とアルミニウム合金中の共晶シリコンの平均粒径との関係を示すグラフである。
【
図7】実施例および比較例におけるアルミニウム合金中の共晶シリコンの平均粒径と陽極酸化皮膜の膜厚との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る内燃機関用ピストン及びその製造方法の一実施の形態について説明する。なお、以下の実施の形態は内燃機関がガソリンエンジンの場合であるが、本発明はこれに限定されず、内燃機関はディーゼルエンジンであってもよい。
【0016】
図1に示すように、本実施の形態の内燃機関用ピストン10は、内燃機関1を構成する一部品であり、内燃機関1の燃焼室2は、シリンダブロック(図示省略)とシリンダヘッド(図示省略)と内燃機関用ピストン10とで画成される。内燃機関1は、燃焼室2に開口する吸気ポート3と排気ポート4を備える。吸気ポート3には、開口を開閉するための吸気バルブ5が昇降自在に設けられ、排気ポート4には、開口を開閉するための排気バルブ6が昇降自在に設けられている。吸気ポート3は、クランク軸方向(
図1の紙面直角方向)に間隔をあけて2つ設けられている。同様に、排気ポート4も、クランク軸方向に間隔をあけて2つ設けられている。そして、これらの中心に燃料噴射弁7が配設されている。
【0017】
内燃機関用ピストン10の本体は、アルミニウム合金材料で形成されており、アルミニウム合金材料には、耐摩耗性および耐アルミ凝着性に寄与する成分として、一般に、シリコン(Si)が含有されている。このようなアルミニウム合金材料としては、例えば、ピストンとしてAC4、AC8、AC8A、AC9等のAC材、ADC10~ADC14等のADC材、A4000等がある。
【0018】
内燃機関用ピストン10の燃焼室2側の面、すなわちピストン冠面11には、遮熱膜として陽極酸化皮膜12が成膜されている。この陽極酸化皮膜12の膜厚は、
図1に示すように、吸気ポート3がある吸気側から、排気ポート4がある排気側に向かって、漸次厚くなっている。
【0019】
また、この陽極酸化皮膜12を燃焼室2側から見た
図2において、陽極酸化皮膜12の膜厚の違いを色の濃さで示した。膜厚が厚い部分ほど、色を濃く表している。また、吸気ポート3の燃焼室2への開口の位置3a、3bと、排気ポート4の燃焼室2への開口の位置4a、4bを破線で示している。
図2に示すように、吸気ポートの開口3a、3bがある吸気側から、排気ポートの開口4a、4bのある排気側に向かって、陽極酸化皮膜12の膜厚は漸次厚くなっている。換言すれば、陽極酸化皮膜12の膜厚は、排気側から吸気側に向かって漸次薄くなっている。
【0020】
陽極酸化皮膜12は多孔質であり、陽極酸化皮膜12の膜厚を薄くすることで体積比熱容量をより低くすることができ、よって、陽極酸化皮膜12の表面温度は、燃焼室2内のガス温度変化に対してより小さな時間遅れとより小さな温度差で追従することができる。吸気ポート3のある燃焼室2の吸気側では、燃焼室2への新気導入によって筒内ガス温度は低くなり、これに追従して陽極酸化皮膜12の表面温度は低くなる。よって、吸気側の陽極酸化皮膜12の膜厚を薄くすることで、体積効率を高めることができ、エンジン出力を向上させることができる。
【0021】
一方、排気ポート4のある燃焼室2の排気側は、通常、吸気ポート3のある燃焼室2の吸気側よりも筒内ガス温度が高いため、排気側の陽極酸化皮膜12の膜厚を厚くすることで、体積比熱容量を大きくして、遮熱性能を高め、よって、ピストンの冷却損失を抑えることができる。
【0022】
そして、陽極酸化皮膜12の膜厚は漸次変化していることから、膜厚の厚い部分と薄い部分との境界において段差が無く、陽極酸化皮膜12はピストン冠面11の吸気側の端から排気側の端まで傾斜した形状を有したものなっている。よって、亀裂または剥離が生じ得る起点が無いことから、急加速・減速時などサーマルショックがピストンに繰返し加わるような場合であっても、亀裂または剥離が発生するのを抑制することができ、また、エンジン高負荷時におけるノッキングなどの異常燃焼を抑制することができる。
【0023】
陽極酸化皮膜12の膜厚の漸次変化は、燃焼室内の乱流抑制の観点から、
図1に示すように、直線的に、すなわちピストン冠面の吸気側と排気側間の距離に比例して一次関数的に変化することが好ましい。しかし、本発明はこれに限定されず、陽極酸化皮膜12の膜厚の漸次変化は、曲線的なものでもよく、例えば、燃焼室2側に膨らんだ凸状曲線的に又は燃焼室2側にへこんだ凹状曲線的に漸次変化してもよい。
【0024】
陽極酸化皮膜12の吸気側の膜厚は、排気側の膜厚よりも薄くなっていればよいが、出力性能の観点から、例えば、排気側の膜厚を1とした場合の相対値で、0.25以下が好ましく、0.1以下がより好ましく、0.05以下が更に好ましい。この膜厚の相対値の下限は、特に限定されないが、0.005以上が好ましく、0.01以上がより好ましい。また、陽極酸化皮膜12の排気側の膜厚は、具体的には、遮熱性能と信頼性の両立の観点から、例えば、4~100μmの範囲が好ましく、25~75μmの範囲がより好ましい。陽極酸化皮膜12の吸気側の膜厚は、具体的には、燃焼室内の過熱抑制の観点から、例えば、0.5~5.0μmの範囲が好ましく、1.0~2.5μmの範囲がより好ましい。
【0025】
また、内燃機関用ピストン10本体のアルミニウム合金において、シリコン(Si)は共晶シリコンとして晶出している。本実施の形態の内燃機関用ピストン10のピストン冠面11では、陽極酸化皮膜12直下における共晶シリコンの平均粒径は、吸気ポート3がある吸気側から、排気ポート4がある排気側に向かって、漸次大きくなっている。換言すれば、内燃機関用ピストン10のピストン冠面11内の陽極酸化皮膜12直下における共晶シリコンの平均粒径は、排気側から吸気側に向かって漸次小さくなっている。
【0026】
特に、アルミニウム合金中の共晶シリコンは、針状シリコンとして存在していることが多いが、本実施の形態の内燃機関用ピストン10のピストン冠面11では、このような針状シリコンが球状化されていることによって、共晶シリコンの平均粒径が小さくなっている。よって、ピストン冠面内の陽極酸化皮膜直下における共晶シリコンに占める針状シリコンの割合は、ピストン冠面の吸気側から排気側に向かって漸次多くなっている。換言すれば、この共晶シリコンに占める針状シリコンの割合は、ピストン冠面の排気側から吸気側に向かって漸次少なくなっている。なお、針状シリコンとは、アスペクト比(縦横比)が2以上のものをいう。
【0027】
このようなピストン冠面11に形成されている陽極酸化皮膜12においても、陽極酸化皮膜12内のシリコン粒子の平均粒径は、吸気ポート3がある吸気側から、排気ポート4がある排気側に向かって、漸次大きくなっている。換言すれば、陽極酸化皮膜12内のシリコン粒子の平均粒径は、排気側から吸気側に向かって漸次小さくなっている。これは、陽極酸化皮膜12がアルミニウム合金の表面を酸化して形成されるものであり、アルミニウム合金中のシリコンを内包しながら皮膜成長することから、共晶シリコンの平均粒径が小さいピストン冠面の部分には、平均粒径が小さいシリコン粒子を含む陽極酸化皮膜が形成され、共晶シリコンの平均粒径が大ききピストン冠面の部分には、平均粒径が大きいシリコン粒子を含む陽極酸化皮膜が形成されるからである。
【0028】
このように陽極酸化皮膜12の膜厚を薄くした側のピストン冠面11内の共晶シリコンの平均粒径を小さくし、また針状シリコンの割合を少なくしたことから、急加速・減速時などサーマルショックが陽極酸化皮膜12の膜厚を薄くした部分に繰返し加わるような場合であっても、針状シリコンの大きさや形状を起因とした亀裂または剥離の進展を抑制することができる。
【0029】
また、アルミニウム合金内に含まれる針状のシリコンが球状化すると、アルミニウム合金の熱抵抗が低下し、その結果、熱伝導率が向上する。よって、陽極酸化皮膜12直下のピストン冠面11の熱伝導率は、排気ポート4のある排気側から、吸気ポート3のある吸気側に向かって、漸次大きくなっている。陽極酸化皮膜12の膜厚が薄い吸気側では、燃焼室2から受け取る熱が大きくなるが、このように吸気側のピストン冠面11の熱伝導率は高くなっていることから、
図1の矢印Hに示すように、ピストンリングやスカートを介して吸気側のシリンダ壁面に効率良く熱を逃がすことができるため、内燃機関用ピストン10の温度上昇を緩やかにすることができる。
【0030】
温度上昇が急激であると、ピストン母材とトップリング溝側の母材が高温になり、母材が軟化して、トップリング溝の平滑度が損われるおそれがある。平滑度が損なわれると、ピストンリングとトップリング溝とのシール性が低下し、内燃機関の潤滑等に用いられるオイルが燃焼室側へ流入する現象(オイル上り)が発生して、燃焼室内でオイルが燃焼し、PM(ParticulateMatter)といった欧州環境規制対象物質の発生要因や、PN(ParticleNumber)といったこの物質の数を増大させる要因となるおそれがある。よって、本実施の形態では、内燃機関用ピストン10の温度上昇を緩やかにできるので、PMやPNの欧州環境規制対象物質の発生、これらの物質の数の増大を抑制することができる。
【0031】
特に、ピストン冠面11内の陽極酸化皮膜12直下における共晶シリコン(Si)の平均粒径の漸次変化は、
図3のグラフに示すように、ピストン冠面11の吸気側の端(
図3のx軸の0の位置)から吸気側の端(
図3のx軸の1の位置)へと従って凹状曲線的に大きくなっていることが好ましい。なお、
図3のy軸の共晶シリコンの平均粒径は、最大の平均粒径を1とした場合の相対値で表している。また、「凹状曲線的に大きく」とは、例えば、2次関数的に、指数関数的に、または凹状楕円弧的に大きくなっていることを含む。
図3には、2次関数的に大きくなっている場合を表している。
【0032】
図3のように共晶シリコンの平均粒径が変化する場合の共晶シリコンに占める針状シリコンの割合の変化を、
図4に示すとともに、同様の場合の熱伝導率の変化を
図5に示す。なお、
図4、
図5のx軸は、
図3と同様に、ピストン冠面の位置を、吸気側の端を0とし排気側の端を1とした場合の相対値で表している。
図4のy軸の針状シリコンの割合は、最大の割合を1とした場合の相対値で表している。
図5のy軸の熱伝導率は、最大の熱伝導率を1とした場合の相対値で表している。
【0033】
上述したように、共晶シリコンの微細化によって、針状シリコンは球状化し、また、これによりアルミニウム合金の熱伝導率が向上する。よって、
図4に示すように、共晶シリコンに占める針状シリコンの割合は、ピストン冠面11の吸気側から吸気側に従って凹状曲線的に高くなっており、また、
図5に示すように、その場合の熱伝導率は、ピストン冠面11の吸気側から吸気側へと従って凸曲線的に低くなっている。このように共晶シリコンの平均粒径が吸気側から吸気側へと従って凹状曲線的に大きくすることで、ピストン冠面11の吸気側の広い領域で熱伝導率を大幅に向上させることができることから、上述したように、陽極酸化皮膜12の膜厚が薄い吸気側でピストン10が受け取った熱を吸気側のシリンダ壁面に逃がしてピストン10の温度上昇を緩やかにする効果を、より一層高めることができる。
【0034】
共晶シリコンの吸気側の平均粒径は、排気側の平均粒径よりも小さくなっていればよいが、膜厚の成長安定性と素材の熱物性の両立の観点から、例えば、排気側の平均粒径を1とした場合の相対値で、0.1以下が好ましく、0.025以下がより好ましく、0.01以下が更に好ましい。この平均粒径の相対値の下限は、特に限定されないが、0.001以上が好ましく、0.005以上がより好ましい。
【0035】
共晶シリコンに占める針状シリコンの割合は、排気側よりも吸気側の方が低くなっていればよいが、素材の熱物性の観点から、例えば、吸気側の割合は、排気側の割合を1とした場合の相対値で、0.1以下が好ましく、0.05以下がより好ましく、0.01以下が更に好ましい。この針状シリコンの割合の相対値の下限は、特に限定されないが、0.001以上が好ましく、0.005以上がより好ましい。
【0036】
ピストン冠面11表面の熱伝導率は、排気側よりも吸気側が高くなっていればよいが、出力性能の観点から、例えば、吸気側の熱伝導率を1とした場合の相対値で、0.5以下が好ましく、0.25以下がより好ましく、0.1以下が更に好ましい。この熱伝導率の相対値の下限は、特に限定されないが、0.01以上が好ましく、0.05以上がより好ましい。
【0037】
次に、本実施の形態の内燃機関用ピストンの製造方法について説明する。本方法は、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体のピストン冠面にレーザを照射するレーザ照射工程と、レーザを照射したピストン冠面に陽極酸化皮膜を形成する陽極酸化処理工程とを含む。各工程について、より詳しく説明する。
【0038】
[レーザ照射工程]
ピストン冠面に照射するレーザとしては、金属加工用のレーザであれば特に限定されないが、例えば、CO2レーザ、YAGレーザ、ファイバーレーザなどを単独で又はこれらを組み合わせて用いることができる。アルミニウム合金材料のピストン冠面にレーザを照射することで、レーザ照射を受けた部分のアルミニウム合金が局所加熱されて溶融し、その後、冷却されることで、アルミニウム合金中の共晶シリコンを微細化することができる。微細化された共晶シリコンの粒子径は、レーザの照射出力が高い程、小さくなる。また、共晶シリコンとしては、金属組織形状が針状である針状シリコンが多く存在するが、微細化によって球状となる。共晶シリコンに占める針状シリコンの割合は、レーザの照射出力が高い程、小さくなる。
【0039】
よって、ピストン冠面にレーザを走査する際、吸気側から排気側に向かってレーザの照射出力を徐々に低くすることで、ピストン冠面内の表面に存在する共晶シリコンの平均粒径を、吸気側から排気側に向かって漸次大きくすることができる。又は、排気側から吸気側に向かってレーザの照射出力を徐々に高くすることで、ピストン冠面内の表面に存在する共晶シリコンの平均粒径を、排気側から吸気側に向かって漸次小さくすることができる。なお、レーザの走査には、スポット状またはシート状のパルスレーザを用いてもよい。例えば、ピストン冠面の全面をレーザで走査する際に、スポット状のパルスレーザの場合であれば、ピストン冠面の一方の端から他方の端までを繰返し往復させて走査する必要があるが、シート状のパルスレーザであれば、一方の端から他方の端までを一度走査すればよい。
【0040】
[陽極酸化処理工程]
このようなレーザを照射したピストン冠面を陽極酸化処理して、ピストン冠面に陽極酸化皮膜を形成する。陽極酸化処理工程では、アルミニウム合金の表面に陽極酸化皮膜を形成することができる従来の陽極酸化処理を広く採用することができる。例えば、硫酸、シュウ酸、リン酸、クロム酸等の酸性の処理浴や、水酸化ナトリウム、リン酸ナトリウム、フッ化ナトリウム等の塩基性の処理浴に、陰極としてチタンやカーボンなどの電極板と、陽極として内燃機関用ピストン本体のピストン冠面を浸漬し、電気分解を行うことで、ピストン冠面表面のアルミニウム合金材料を酸化させて、陽極酸化皮膜を形成することができる。
【0041】
電解法としては、一般的に直流電解法や交直重畳電解法などがあり、いずれも採用することができるが、交直重畳電解法を用いることが好ましい。交直重畳電解法は、電解処理対象であるアルミニウム合金材料に、プラス電圧を印加する工程と、電荷を除去する工程とを繰り返して陽極酸化処理を行う方法である。交直重畳電解法で陽極酸化処理する場合、交直重畳電解法で形成された陽極酸化皮膜は、アルミニウム合金材料の表面に対してランダムな方向に成長し、配向性を持たないことから、電解処理対象であるアルミニウム合金材料に含まれる共晶シリコンを、ランダムな方向に枝分かれした状態で内包しながら成長し、よって、緻密で平滑な表面の陽極酸化皮膜を形成することができる。
【0042】
直流電解法は、電解処理対象であるアルミニウム合金材料に、一定の直流電圧をかけて陽極酸化処理を行う方法である。直流電解法で陽極酸化処理する場合、直流電解法で形成された陽極酸化皮膜は、アルミニウム合金材料の表面に対して垂直方向に成長する。なお、直流電解法では、電解処理対象であるアルミニウム合金材料に含まれる共晶シリコンによって、陽極酸化皮膜の成長が阻害されることから、直流電解法による皮膜表面は、交直重畳電解法による皮膜表面よりも表面粗さが大きいが、このような陽極酸化皮膜であっても本発明の内燃機関用ピストンに採用することができる。
【0043】
そして、このような陽極酸化処理では、アルミニウム合金中の共晶シリコンの粒径が細かい程、陽極酸化皮膜の成膜速度は遅くなる。よって、陽極酸化処理の条件が同じ場合、共晶シリコンの平均粒径が小さいアルミニウム合金の部位では、共晶シリコンの平均粒径が大きいアルミニウム合金の部位よりも、形成される陽極酸化皮膜の膜厚が薄くなる。したがって、レーザ照射工程で、ピストン冠面にレーザを照射する際のレーザの照射出力を徐々に変化させて、ピストン冠面内の表面に存在する共晶シリコンの平均粒径を、吸気側から排気側に向かって漸次大きくすることで、陽極酸化処理工程によって、吸気側から排気側に向かって膜厚が漸次厚くなっている陽極酸化皮膜がピストン冠面に形成された内燃機関用ピストンを容易に製造することができる。
【実施例0044】
以下、本発明の実施例および比較例について説明する。先ず、アルミニウム合金(種類:AC8A-T6材)製の試験片(寸法:φ64mm)を準備し、脱脂、酸による洗浄(酸化膜除去)を行った後、レーザ加工機を用いて、試験片の表面にレーザを照射した。そして、レーザの照射出力を変えて、複数の試験片にレーザ照射を行った。
【0045】
このようにしてレーザ照射を行った各試験片について、レーザを照射した部分のアルミニウム合金中の共晶シリコンの平均粒径を、電子走査型顕微鏡を用いて測定した。また、比較のため、レーザを照射しなかった試験片についても、共晶シリコンの平均粒径を測定した。これらの結果を
図6に示す。なお、平均粒径は、倍率1000倍で視野サイズ50×50μmをデジタル撮影し、一つの共晶シリコンを円相当径にて算出し、平均粒径の算出には、視野内平均値を使用した。
【0046】
図6に、レーザ出力に対するアルミニウム合金中の共晶シリコン(Si)の平均粒径の変化を示す。なお、レーザ出力は、最大のレーザ出力を1とした相対値で表した。また、平均粒径は、レーザを照射しなかった比較例の試験片の平均粒径を1とした相対値で表した。
図6に示すように、レーザの照射出力が増加するほど、共晶シリコンの平均粒径が小さくなることが分かった。共晶シリコンの平均粒径は、ある程度の照射出力で当初の平均粒径に対する相対値で0.4以下や0.2以下に容易にできることが分かった。
【0047】
次に、上記のようにレーザ照射した各試験片を硫酸浴中に浸漬し、所望の膜厚となるまで通電することで、陽極酸化処理を行った。そして、これら試験片に成膜された陽極酸化皮膜の膜厚を、渦電流式膜厚測定器(フィッシャー・インストルメンツ社製、型番:MMS PC2)を用いて測定した。その結果を
図7に示す。
【0048】
図7に、アルミニウム合金中の共晶シリコン(Si)の平均粒径に対する陽極酸化皮膜の膜厚の変化を示す。なお、平均粒径は、
図4と同様の相対値で表した。膜厚は、レーザを照射しなかった比較例の試験片の陽極酸化皮膜の膜厚を1とした相対値で表した。
図7に示すように、アルミニウム合金中の共晶シリコンの平均粒径が小さくなる程、その上に形成される陽極酸化皮膜の膜厚は薄くなることが分かった。共晶シリコンの平均粒径を変化させることで、同一条件の陽極酸化処理で、形成される陽極酸化皮膜の膜厚を、最大の膜厚に対する相対値で0.4以下や0.2以下に容易にできることが分かった。