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  • 特開-微生物の質量分析方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023037252
(43)【公開日】2023-03-15
(54)【発明の名称】微生物の質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/04 20060101AFI20230308BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20230308BHJP
【FI】
C12Q1/04
G01N27/62 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021143889
(22)【出願日】2021-09-03
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】児嶋 浩一
【テーマコード(参考)】
2G041
4B063
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA04
2G041DA05
2G041EA03
2G041FA10
2G041FA12
2G041JA20
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ05
4B063QR41
4B063QS39
4B063QX10
(57)【要約】
【課題】微生物の質量分析において、マススペクトル上に含まれるピークの中から、特定の分子に由来するピークを見つけやすくする。
【解決手段】被検微生物を、第1の液体に懸濁することによって第1懸濁液を調製し(11)、前記第1懸濁液に対して第1の遠心分離処理を行うことによって、前記第1懸濁液を第1の沈殿物と第1の上清に分離し(12)、前記第1の沈殿物を、前記第1の液体よりもpHの低い第2の液体に懸濁することによって第2懸濁液を調製し(14)、前記第2懸濁液に対して第2の遠心分離処理を行うことによって、前記第2懸濁液を第2の沈殿物と第2の上清に分離し(15)、前記第2の上清について質量分析を行う(16、20)。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検微生物を、第1の液体に懸濁することによって第1懸濁液を調製し、
前記第1懸濁液に対して第1の遠心分離処理を行うことによって、前記第1懸濁液を第1の沈殿物と第1の上清に分離し、
前記第1の沈殿物を、前記第1の液体よりもpHの低い第2の液体に懸濁することによって第2懸濁液を調製し、
前記第2懸濁液に対して第2の遠心分離処理を行うことによって、前記第2懸濁液を第2の沈殿物と第2の上清に分離し、
前記第2の上清について質量分析を行う、
微生物の質量分析方法。
【請求項2】
更に、前記第1の上清について質量分析を行う、
請求項1に記載の微生物の質量分析方法。
【請求項3】
更に、
前記第2の沈殿物を、前記第2の液体よりも脂溶性の高い第3の液体に懸濁することによって第3懸濁液を調製し、
前記第3懸濁液に対して第3の遠心分離処理を行うことによって、前記第3懸濁液を第3の沈殿物と第3の上清に分離し、
前記第3の上清について質量分析を行う、
請求項1又は2に記載の微生物の質量分析方法。
【請求項4】
前記第2の液体が、酸を含む液体である請求項1~3のいずれかに記載の微生物の質量分析方法。
【請求項5】
前記酸が、ギ酸、酢酸、又はトリフルオロ酢酸である請求項4に記載の微生物の質量分析方法。
【請求項6】
前記第3の液体が、有機溶媒を含む液体である請求項3~5のいずれかに記載の微生物の質量分析方法。
【請求項7】
前記第1の液体が、有機溶媒を含む液体である請求項1~6のいずれかに記載の微生物の質量分析方法。
【請求項8】
前記有機溶媒が、エタノール、メタノール、又はアセトニトリルである請求項6又は7に記載の微生物の質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(Matrix-assisted laser desorption/ionization:MALDI)による試料のイオン化を行う質量分析装置(MALDI-MS)を用いた微生物同定技術(例えば、非特許文献1を参照)が、臨床医学及び品質管理等の分野で急速に広がっている。この方法は、微生物試料を用いて得られるマススペクトルに基づいて微生物の同定を行う手法であり、ごく微量の試料で分析が可能である、短時間で分析結果を得ることができる、多検体の連続分析が可能である、といった利点がある。
【0003】
MALDI-MSによる微生物同定の一手法として、バイオマーカーピークを用いる方法がある。この方法では、分類上異なるグループに属する微生物(例えば、同一の種であるが株が異なる微生物)の間で、マススペクトル上での位置や高さが異なるピークがバイオマーカーピークとされ、被検微生物のマススペクトルを既知微生物のマススペクトルにおけるバイオマーカーピークと照合することによって、被検微生物の同定を行う。このような手法では、バイオマーカーピークとしてタンパク質のピークが用いられることが多い。例えば、非特許文献2では、特定の7種類のタンパク質のピークをバイオーカーピークとし、大腸菌をMALDI-MSで分析して得られたマススペクトルに基づいて病原性の大腸菌と非病原性のものを区別する試みが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】株式会社島津製作所分析計測事業部,「AXIMA 微生物同定システム 操作ガイド」,株式会社島津製作所,平成23年12月
【非特許文献2】"Rapid identification of protein biomarkers of Escherichia coli O157:H7 by matrix-assisted laser desorption ionization-time-of-flight-time-of-flight mass spectrometry and top-down proteomics.", Fagerquist CK, Garbus BR, Miller WG, Williams KE, Yee E, Bates AH, Boyle S, Harden LA, Cooley MB, Mandrell RE., Anal Chem. 2010 Apr 1;82(7):2717-25.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、一般的に、微生物をMALDI-MS等で質量分析して得られるマススペクトルには、当該微生物に由来する多数のピークが含まれる。そのため、該マススペクトル上において、特定の分子(例えば、バイオマーカー分子)に由来するピークを見つけるのが難しいという問題があった。
【0006】
本発明は上記の点に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、微生物の質量分析において、マススペクトル上に含まれるピークの中から、特定の分子に由来するピークを見つけやすくすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係る微生物の質量分析方法は、
被検微生物を、第1の液体に懸濁することによって第1懸濁液を調製し、
前記第1懸濁液に対して第1の遠心分離処理を行うことによって、前記第1懸濁液を第1の沈殿物と第1の上清に分離し、
前記第1の沈殿物を、前記第1の液体よりもpHの低い第2の液体に懸濁することによって第2懸濁液を調製し、
前記第2懸濁液に対して第2の遠心分離処理を行うことによって、前記第2懸濁液を第2の沈殿物と第2の上清に分離し、
前記第2の上清について質量分析を行うものである。
【発明の効果】
【0008】
上記構成を有する本発明に係る微生物の質量分析方法によれば、マススペクトル上に含まれるピークの中から、特定の分子に由来するピークが見つけやすくなる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の一実施形態に係る微生物の質量分析方法における試料の調製及び該試料に対する質量分析の実行手順を示すフローチャート。
図2】従来法による微生物の質量分析結果を示すマススペクトル。
図3】本発明に係る方法による微生物の質量分析結果を示すマススペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0010】
まず、本実施形態に係る微生物の質量分析方法の特徴について説明する。
【0011】
MALDI-MSを用いた微生物分析においては、まず、分析担当者によって微生物とマトリクス物質との混合結晶が調製され、その後、MALDI-MS内で該混合結晶にレーザー光を照射することによって微生物由来の成分がイオン化される。一般的に、前記混合結晶の調製時には、被検微生物の集塊を、ギ酸等の有機酸と有機溶媒との混合液に懸濁することによって、該被検微生物から微生物の構成成分を抽出し、その抽出液をマトリックス物質の溶液と混合した後に乾燥させて結晶化していた。
【0012】
しかしながら、上記従来の一般的な方法で調製された混合結晶をMALDI-MSで分析した場合、その分析結果として得られるマススペクトルは、被検微生物の多種多様な構成成分に由来するピークを含んだ複雑なものとなるため、該マススペクトル中から目的のピークを見つけ出すのが難しいという問題があった。
【0013】
これに対し、本実施形態に係る方法では、複数の異なる液体を用いて被検微生物の構成成分を多段階に抽出し、各段階で得られた抽出液について、それぞれMALDI-MSによる分析を行う。これにより、被検微生物の多種多様な構成成分が、各段階の抽出液に分散して含まれることとなるため、質量分析によって得られるマススペクトルの複雑性が低減され、該マススペクトル中から目的とするピークが見つけやすくなる。
【0014】
以上の方法を用いることで、微生物に由来する多種多様な分子を複数の分画に分けて質量分析法で測定することが可能になる。その結果、従来よりも複雑性が低減されたマススペクトルを得ることができ、特定の分子に由来するピークが見つけやすくなる。
【0015】
以下、このような方法による微生物試料の調製及び該試料に対する質量分析の実行手順について、図1のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0016】
まず、被検微生物の集塊を、酸を含まない液体である第1の液体に懸濁する(ステップ11)。これにより得られた懸濁液を、以下「第1懸濁液」とよぶ。前記第1の液体としては、例えば、水、有機溶媒、又はそれらの混合液を使用することができるが、これに限定されるものではない。なお、前記有機溶媒としては、例えば、エタノール、メタノール、又はアセトニトリル等を好適に用いることができるが、これらに限らず、極性溶媒且つ水に溶けるものであればよく、例えばアセトンなどを用いることもできる。
【0017】
前記被検微生物は、典型的には細菌又は酵母であるが、これに限定されるものではなく、例えば、糸状菌又はウイルスなど、いかなる微生物であってもよい。前記被検微生物の集塊としては、例えば、固体培地の表面から被検微生物を掻き取ったもの、又は液体培地から遠心分離等によって被検微生物を分離・回収したものなどを使用することができる。
【0018】
続いて、前記第1懸濁液を遠心分離処理(以下これを「第1の遠心分離処理」とよぶ)することによって、上清と沈殿物に分離させる(ステップ12)。そして、前記第1の遠心分離処理によって生じた上清(本発明における「第1の上清」に相当)を、第1試料として回収する(ステップ13)。この第1試料には、主に、被検微生物の細胞外に分泌される分子(被検微生物がウイルスである場合はウイルス粒子(ビリオン)の外部に存在する分子)が含まれる。
【0019】
次に、前記第1の遠心分離処理によって生じた沈殿物(本発明における「第1の沈殿物」に相当)を、酸を含み且つ有機溶媒を含まない液体である第2の液体に懸濁する(ステップ14)。これにより得られた懸濁液を、以下「第2懸濁液」とよぶ。前記第2の液体としては、例えば、ギ酸、トリフルオロ酢酸、又は酢酸等の有機酸の水溶液を好適に用いることができる。但し、前記第2の液体に含まれる酸の種類は、これに限定されるものではなく、例えば塩酸などを用いることもできる。また、第2の液体における酸の濃度は、例えば、トリフルオロ酢酸の場合は1体積%以上とすることができ、ギ酸又は酢酸の場合は70体積%以上とすることができる。
【0020】
続いて、前記第2懸濁液を遠心分離処理(以下これを「第2の遠心分離処理」とよぶ)することによって、上清と沈殿物に分離させる(ステップ15)。そして、前記第2の遠心分離処理によって生じた上清(本発明における「第2の上清」に相当)を、第2試料として回収する(ステップ16)。この第2試料には、主に、被検微生物の細胞(又はウイルス粒子)の内部に存在していた分子が含まれる。これは、前記第2の液体に含まれる酸の作用によって被検微生物の細胞膜(又はカプシド若しくはエンベロープ)の透過性が増し、細胞(又はウイルス粒子)内の分子の抽出率が向上するためである。また、前記第2の液体は有機溶媒を含まないため、前記第2試料には、被検細胞の細胞内(又はウイルス粒子内)に存在する分子のうち、比較的親水性のもの(例えば、タンパク質)が主に含まれる。
【0021】
次に、前記第2の遠心分離処理によって生じた沈殿物(本発明における「第2の沈殿物」に相当)を、有機溶媒を含む液体である第3の液体に懸濁する(ステップ17)。これにより得られた懸濁液を、以下「第3懸濁液」とよぶ。前記第3の液体に含まれる有機溶媒としては、例えば、エタノール、メタノール、又はアセトニトリル等を好適に用いることができるが、これらに限らず、極性溶媒且つ水に溶けるものであればよく、例えばアセトンなどを用いることもできる。前記第3の液体における有機溶媒の濃度は、例えば35~85体積%(望ましくは50~70体積%)とすることができるが、これに限定されるものではない。なお、前記第3の液体は、有機溶媒に加えて酸を含有するものであってもよい。その場合、前記第3の液体に含まれる酸の種類又は濃度は、例えば、前記第2の液体に含まれる酸の種類又は濃度と同様とすることができる。
【0022】
続いて、前記第3懸濁液を遠心分離処理(以下これを「第3の遠心分離処理」とよぶ)することによって、上清と沈殿物(本発明における「第3の沈殿物」に相当)に分離させる(ステップ18)。そして、前記第3の遠心分離処理によって生じた上清(本発明における「第3の上清」に相当)を、第3試料として回収する(ステップ19)。この第3試料には、被検微生物の細胞内(又はウイルス粒子内)に存在する分子のうち、前記第2の液体では抽出されなかった、比較的疎水性の分子(例えば、脂質)が主に含まれる。
【0023】
以上で回収された前記第1試料、前記第2試料、及び前記第3試料が、それぞれ本発明における「質量分析用試料」に相当する。
【0024】
その後は、前記第1試料、前記第2試料、及び前記第3試料について質量分析を行う(ステップ20)。
【0025】
具体的には、まず、エッペンドルフチューブ等のマイクロチューブ内で、マトリックス物質の溶液(マトリックス溶液)と前記第1試料、前記第2試料、又は前記第3試料とを混合し、得られた混合物を、それぞれサンプルプレート上の互いに異なるウェルに滴下して乾燥させることによって、各試料とマトリックス物質との混合結晶を形成させる。あるいは、サンプルプレート上の互いに異なるウェルに、前記第1試料、前記第2試料、又は前記第3試料を滴下した後に、その上から、マトリックス溶液を滴下して、ウェル上で各試料とマトリックス溶液を混合して乾燥させることによって、各試料とマトリックス物質との混合結晶を形成させるようにしてもよい。ここで、マトリックス物質の種類は特に限定されず、CHCA(α-cyano-4-hydroxycinnamic acid)、SA(シナピン酸)、又はDHB(2,5-dihydroxybenzoic acid)等を適宜用いることができる。また、前記マトリックス溶液における溶媒は、アセトニトリル等の有機溶媒を数十体積%含む水溶液にトリフルオロ酢酸(TFA)が0~3体積%程度(望ましくは0.05~0.2体積%)添加されたもの等を用いることができるが、これに限定されるものではない。
【0026】
その後、前記混合結晶が保持されたサンプルプレートをMALDI-MSにセットして質量分析を行う。MALDI-MSにおいて、前記各混合結晶へのレーザー照射によって発生したイオンは、MALDI-MS内に設けられた質量分離器によって、m/zに従って分離され、質量分離器の後段に設けられたイオン検出器によって順次検出される。そして、そのときのイオン検出器からの検出信号に基づいて、各イオンの検出強度を縦軸に、各イオンのm/zを横軸にとったマススペクトルが生成される。
【0027】
なお、ここでは、ステップ20において、MALDI-MSによる質量分析を行うものとしたが、他の種類の質量分析装置、例えば、エレクトロスプレーイオン化法による試料のイオン化を行う質量分析装置(ESI-MS)によって、前記第1試料、第2試料、及び第3試料の質量分析を行うようにしてもよい。その場合には、上記のような試料とマトリックス溶液との混合及び結晶化を行うことなく、各試料をそのままイオン化室に導入し、エレクトロスプレーイオン化による試料成分のイオン化、発生したイオンのm/zに基づく分離、及びイオンの検出を行う。
【0028】
このように、本実施形態に係る微生物の質量分析方法では、組成の異なる複数の液体(すなわち、前記第1の液体、前記第2の液体、及び前記第3の液体)を用いて被検微生物の構成成分を多段階に抽出する。これにより、被検微生物に由来する多種多様な成分が、各段階の抽出液である前記第1試料、第2試料、及び第3試料に分散して含まれることとなる。そのため、各試料を質量分析して得られたマススペクトルは、その複雑さが比較的低減されたものとなり、特定の分子に由来するピーク(例えば、バイオマーカーピーク)が見つけやすくなる。
【0029】
以上、本発明を実施するための形態について具体例を挙げて説明を行ったが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が可能である。
【0030】
例えば、上記実施形態では、第1の液体として酸を含まない液体を用いるものとしたが、本発明における第1の液体はこれに限定されるものではなく、第2の液体よりも酸性度が低い(すなわちpHが高い)ものであればよい。第1の液体としては、例えば、pHが5.5~8.5の液体を用いることができ、第2の液体としては、例えば、pHが1.0以上5.5未満の液体を用いることができる。また、上記実施形態では、第2の液体として酸を含み有機溶媒を含まない液体を用いるものとしたが、本発明における第2の液体はこれに限定されるものではなく、第1の液体よりも酸性度が高く(すなわちpHが低く)、第3の液体よりも脂溶性が低いものであればよい。
【0031】
目的の分子が前記第1の液体又は前記第2の液体によって抽出されることが分かっている場合には、前記第3の液体による抽出(すなわちステップ17~19)は必ずしも行わなくてよい。その場合、ステップ20では、ステップ13で得られた第1試料と、ステップ16で得られた第2試料について、それぞれ質量分析を行うものとする。また、目的の分子が前記第2の液体又は前記第3の液体によって抽出されることが分かっている場合には、前記第1の遠心分離処理(ステップ12)で生じた上清は、前記第1試料として回収することなく廃棄してもよい。その場合、ステップ20では、前記第2試料及び前記第3試料のいずれか一方又は両方についてのみ質量分析を行うものとする。
【実施例0032】
本発明による効果を確認するため、従来法による微生物の質量分析と、本発明に係る方法による微生物の質量分析を行い、その結果を比較した。なお、いずれにおいても分析対象の微生物(被検微生物)としては大腸菌K12株を使用した。
【0033】
従来法による微生物試料の調製は、以下の手順で行った。まず、大腸菌K12株を液体培地(IFO-802)で一晩培養し、その後、前記液体培地を遠心して上清を捨て、沈殿物、すなわち菌体の沈渣を得た。その後、前記沈渣を50体積%のアセトニトリル、1体積%トリフルオロ酢酸水溶液によって濁度が約2.5となるように再懸濁し、そのうち150μLを遠心して、上清を回収した(以下、この上清を「比較例の試料」とよぶ)。
【0034】
一方、本発明に係る方法における微生物試料の調製は、以下の手順で行った。まず、大腸菌K12株を液体培地(IFO-802)で一晩培養し、その後、前記液体培地を遠心して上清を捨て、菌体の沈渣を得た。その後、前記沈渣を50体積%のアセトニトリル水溶液によって濁度が約2.5となるように再懸濁し、そのうちの150μLを遠心して上清を回収した(以下、この上清を「実施例の試料1」とよぶ)。更に、上記の遠心で得られた沈渣を、150μLの1体積%トリフルオロ酢酸水溶液で再懸濁し、それを遠心して上清を回収した(以下、この上清を「実施例の試料2」とよぶ)。更に、上記の遠心で得られた沈渣を、150μLの50体積%のアセトニトリル、1体積%トリフルオロ酢酸水溶液で再懸濁し、それを遠心して上清を回収した(以下、この上清を「実施例の試料3」とよぶ)。
【0035】
以上で調製された比較例の試料及び実施例の試料1~3を、それぞれマトリックス溶液と混合し、得られた混合液をサンプルプレートに滴下して乾燥させることによって、各試料について、試料とマトリックス物質との混合結晶を得た。なお、前記マトリックス溶液としては、10mg/mLのCHCA溶液(溶媒は50体積%アセトニトリル、0.1体積%トリフルオロ酢酸水溶液)を使用した。そして、各試料について得られた前記混合結晶について、それぞれマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計(島津製作所、MALDI-8020)による質量分析を行うことにより、各試料に関するマススペクトルを取得した。
【0036】
以上により得られた各試料に関するマススペクトルを図2及び図3に示す。図2は比較例の試料に関するマススペクトルであり、図3は実施例の試料1~3に関するマススペクトルである。なお、図3の下段が実施例の試料1に関するマススペクトルであり、同図の中段が実施例の試料2に関するマススペクトル、同図の上段が実施例の試料3に関するマススペクトルである。
【0037】
図2に示すように、比較例の試料に関するスペクトルでは、1つのマススペクトル上で多数のピークが確認された。これに対し、実施例の試料においては、前記比較例の試料で観測された多数のピークが、3つのマススペクトル(図3)に分散して現れており、特に試料3に関するマススペクトル(図3上段)と試料2に関するマススペクトル(図3下段)では、いずれも観測されたピーク数が比較例よりも少なかった。更に、実施例の試料1に関するマススペクトル(図3下段)では、非特許文献2にて病原性大腸菌を区別するのに有用なバイオマーカーとして示されているm/z 9065.7のピーク及びm/z 9742.2のピークが明瞭に観察された。このことから、本発明に係る微生物の質量分析方法によれば、従来法(比較例)に比べて、目的分子に由来するピークを明瞭に観測できるようになることが確認された。また、実施例の試料1~3に関する3つのマススペクトル(図3)上のピークを合計すると、比較例の試料に関するマススペクトル(図2)よりもピーク数が多くなっていた。このことから、本発明に係る微生物の質量分析方法によれば、従来法では検出できなかったピークが検出可能となり、マススペクトルに基づく微生物同定の精度が向上できると考えられる。
【0038】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0039】
(第1項)本発明の一態様に係る微生物の質量分析方法は、
被検微生物を、第1の液体に懸濁することによって第1懸濁液を調製し、
前記第1懸濁液に対して第1の遠心分離処理を行うことによって、前記第1懸濁液を第1の沈殿物と第1の上清に分離し、
前記第1の沈殿物を、前記第1の液体よりもpHの低い第2の液体に懸濁することによって第2懸濁液を調製し、
前記第2懸濁液に対して第2の遠心分離処理を行うことによって、前記第2懸濁液を第2の沈殿物と第2の上清に分離し、
前記第2の上清について質量分析を行うものである。
【0040】
第1項に記載の微生物の質量分析方法では、被検微生物の構成成分が、互いに組成の異なる前記第1の液体と前記第2の液体とによって、段階的に抽出される。これにより、被検微生物に由来する多種多様な成分を、複数の分画に分散させて抽出することができる。そのため、得られた分画(前記第2の上清)を質量分析して得られたマススペクトルは、その複雑さが比較的低減されたものとなり、特定の分子に由来するピーク(例えば、バイオマーカーピーク)が見つけやすくなる。
【0041】
(第2項)第1項に記載の微生物の質量分析方法は、
更に、
前記第1の上清について質量分析を行うものであってもよい。
【0042】
第2項に記載の微生物の質量分析方法では、前記第1の上清と前記第2の上清のそれぞれについて質量分析を行う。これにより、目的とする分子がいずれの上清中に抽出されるかが事前に分かっていない場合においても、目的の分子に由来するピークをより確実に見つけられるようになる。
【0043】
(第3項)第1項又は第2項に記載の微生物の質量分析方法は、
更に、
前記第2の沈殿物を、前記第2の液体よりも脂溶性の高い第3の液体に懸濁することによって第3懸濁液を調製し、
前記第3懸濁液に対して第3の遠心分離処理を行うことによって、前記第3懸濁液を第3の沈殿物と第3の上清に分離し、
前記第3の上清について質量分析を行うものであってもよい。
【0044】
第3項に記載の微生物の質量分析方法では、前記第1の液体、前記第2の液体、及び前記第3の液体を用いた3段階の抽出を行うことにより、被検微生物に由来する成分を、より多くの分画に分散させて抽出することができる。そのため、各分画を質量分析して得られたマススペクトルを、その複雑さがより一層低減されたものとすることができる。
【0045】
(第4項)第1項~第3項のいずれかに記載の微生物の質量分析方法は、前記第2の液体が、酸を含む液体であってもよい。
【0046】
(第5項)第4項に記載の微生物の質量分析方法は、前記酸が、ギ酸、酢酸、又はトリフルオロ酢酸であってもよい。
【0047】
(第6項)第3項~第5項のいずれかに記載の微生物の質量分析方法は、前記第3の液体が、有機溶媒を含む液体であってもよい。
【0048】
(第7項)第1項~第6項のいずれかに記載の微生物の質量分析方法は、前記第1の液体が、有機溶媒を含む液体であってもよい。
【0049】
(第8項)第6項又は第7項に記載の微生物の質量分析方法は、前記有機溶媒が、エタノール、メタノール、又はアセトニトリルであってもよい。
図1
図2
図3