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特開2023-45843システム、情報処理方法及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023045843
(43)【公開日】2023-04-03
(54)【発明の名称】システム、情報処理方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06Q 40/04 20120101AFI20230327BHJP
【FI】
G06Q40/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021154441
(22)【出願日】2021-09-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、文部科学省 科学技術試験研究委託事業「知的量子設計による量子ソフトウェア研究開発と応用」に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】514053169
【氏名又は名称】株式会社メルカリ
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】久保 健治
(72)【発明者】
【氏名】宮本 幸一
【テーマコード(参考)】
5L055
【Fターム(参考)】
5L055BB53
(57)【要約】
【課題】複数の原資産を有するデリバティブを評価する際の処理負荷を低減することができるシステム、情報処理方法及びプログラムを提供する。
【解決手段】システム10は、量子プロセッサ20を含み、量子プロセッサ20が、複数の原資産の価格の各々、複数の原資産のボラティリティの各々、複数の原資産の価格の相関行列、及び無リスク金利に基づくデリバティブの時価評価に関する偏微分方程式に、各グリッドにおける時価の値を別々の基底状態の振幅として保持するような量子状態を出力する量子アルゴリズムを適用し、満期時点から、任意の時点まで量子アルゴリズムを実行することで得られる任意の時点における各グリッドの時価が埋め込まれた第1量子状態を生成する量子回路と、任意の時点における複数の原資産の価格の確率分布が埋め込まれた第2量子状態を生成する量子回路とを用いて、デリバティブの現在時価を求める、処理を実行する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
システムであって、
量子プロセッサを含み、
前記量子プロセッサが、
複数の原資産の価格の各々、複数の原資産のボラティリティの各々、複数の原資産の価格の相関行列、及び無リスク金利に基づくデリバティブの時価評価に関する偏微分方程式に、各グリッドにおける時価の値を別々の基底状態の振幅として保持するような量子状態を出力する量子アルゴリズムを適用し、
満期時点から、現時点から所定の将来時点までの期間の任意の時点まで前記量子アルゴリズムを実行することで得られる前記任意の時点における各グリッドの時価が埋め込まれた第1量子状態を生成する量子回路と、前記任意の時点における複数の原資産の価格の確率分布が埋め込まれた第2量子状態を生成する量子回路とを用いて、
前記第1量子状態と前記第2量子状態との内積を推定し、当該推定に基づき、前記任意の時点におけるデリバティブの割引時価の期待値を算出し、
前記期待値に基づいて、デリバティブの現在時価を出力する、
処理を実行する、システム。
【請求項2】
前記量子プロセッサは、
前記第1量子状態と前記第2量子状態との内積を量子振幅推定により推定する、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記所定の将来時点は、原資産の価格の分布の広がりが前記偏微分方程式の境界条件の境界値と略一致する時点である、請求項1又は2に記載のシステム。
【請求項4】
前記任意の時点は、前記将来時点である、請求項3に記載のシステム。
【請求項5】
前記境界条件は、前記デリバティブの種類に応じて変更される、請求項3又は4に記載のシステム。
【請求項6】
前記複数の原資産を入力し、当該複数の原資産に対応する前記複数の原資産の価格の各々、複数の原資産のボラティリティの各々、複数の原資産の価格の相関行列、及び無リスク金利を前記パラメータとして前記量子プロセッサに出力するコンピュータを含み、
前記コンピュータは、決定された前記デリバティブの現在時価を取得し、出力装置に出力する、請求項1から5のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項7】
量子プロセッサを含むシステムが実行する情報処理方法であって、
前記量子プロセッサが、
複数の原資産の価格の各々、複数の原資産のボラティリティの各々、複数の原資産の価格の相関行列、及び無リスク金利に基づくデリバティブの時価評価に関する偏微分方程式に、各グリッドにおける時価の値を別々の基底状態の振幅として保持するような量子状態を出力する量子アルゴリズムを適用し、
満期時点から、現時点から所定の将来時点までの期間の任意の時点まで前記量子アルゴリズムを実行することで得られる前記任意の時点における各グリッドの時価が埋め込まれた第1量子状態を生成する量子回路と、前記任意の時点における複数の原資産の価格の確率分布が埋め込まれた第2量子状態を生成する量子回路とを用いて、
前記第1量子状態と前記第2量子状態との内積を推定し、当該推定に基づき、前記任意の時点におけるデリバティブの割引時価の期待値を算出し、
前記期待値に基づいて、デリバティブの現在時価を出力する、
情報処理方法。
【請求項8】
システムに含まれる量子プロセッサに、
複数の原資産の価格の各々、複数の原資産のボラティリティの各々、複数の原資産の価格の相関行列、及び無リスク金利に基づくデリバティブの時価評価に関する偏微分方程式に、各グリッドにおける時価の値を別々の基底状態の振幅として保持するような量子状態を出力する量子アルゴリズムを適用し、
満期時点から、現時点から所定の将来時点までの期間の任意の時点まで前記量子アルゴリズムを実行することで得られる前記任意の時点における各グリッドの時価が埋め込まれた第1量子状態を生成する量子回路と、前記任意の時点における複数の原資産の価格の確率分布が埋め込まれた第2量子状態を生成する量子回路とを用いて、
前記第1量子状態と前記第2量子状態との内積を推定し、当該推定に基づき、前記任意の時点におけるデリバティブの割引時価の期待値を算出し、
前記期待値に基づいて、デリバティブの現在時価を出力する、
処理を実行させる、プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、システム、情報処理方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、量子アルゴリズムを用いてデリバティブの時価を評価する研究が行われている。例えば、下記非特許文献1には、偏微分方程式を用いた手法(PDEアプローチ)に対して量子アルゴリズムを適用することで、デリバティブの時価を評価する研究が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Javier Gonzalez-Conde, Angel Rodfguez-Rozas, Enrique Solano, and Mikel Sanz, "Pricing financial derivatives with exponential quantum speedup", arXiv:2101.04023, 2021
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の技術においては、複数の原資産を有するデリバティブを評価する際の処理負荷を低減するうえでなお改善の余地があった。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、複数の原資産を有するデリバティブを評価する際の処理負荷を低減することができるシステム、情報処理方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一態様に係るシステムは、量子プロセッサを含み、量子プロセッサが、複数の原資産の価格の各々、複数の原資産のボラティリティの各々、複数の原資産の価格の相関行列、及び無リスク金利に基づくデリバティブの時価評価に関する偏微分方程式を、各グリッドにおける時価の値を別々の基底状態の振幅として保持するような量子状態を出力する量子アルゴリズムに適用し、満期時点から、現時点から所定の将来時点までの期間の任意の時点まで量子アルゴリズムを実行することで得られる将来時点における各グリッドの時価が埋め込まれた第1量子状態を生成する量子回路と、任意の時点における複数の原資産の価格の確率分布が埋め込まれた第2量子状態を生成する量子回路とを用いて、第1量子状態と第2量子状態との内積を推定し、この推定に基づき、任意の時点におけるデリバティブの割引時価の期待値を算出し、算出した期待値に基づいてデリバティブの現在時価を出力する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、複数の原資産を有するデリバティブを評価する際の処理負荷を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本開示の実施形態に係るシステムの概要を示す図である。
図2】原資産の価格の分布の広がりのイメージを示す図である。
図3】本実施形態に係るクライアントコンピュータの構成を示す図である。
図4】本実施形態に係るサーバコンピュータの構成を示す図である。
図5】本実施形態に係るシステムにより実行される処理の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示の実施形態について図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0010】
図1は、本開示の実施形態に係るシステム10の概要を示す図である。システム10は、クライアントコンピュータ500、サーバコンピュータ600及び量子プロセッサ20を含む。クライアントコンピュータ500及びサーバコンピュータ600は、後に詳細に説明するように、汎用の古典コンピュータで構成される。量子プロセッサ20は、複数の物理量子ビットを備え、量子ビットに対してゲート操作を行うことで量子演算を行う量子コンピュータであってもよい。
【0011】
クライアントコンピュータ500は、インターネット等の通信ネットワークを介してサーバコンピュータ600と接続される。サーバコンピュータ600は、LAN(Local Area Network)等の通信ネットワークを介して量子プロセッサ20と接続される。クライアントコンピュータ500のユーザは、クライアントコンピュータ500を操作することで、間接的に量子プロセッサ20に指令を送り、量子プロセッサ20を用いて、量子演算を実行する。なお、システム10の構成は本適用例に示すものに限られず、例えば、量子プロセッサ20は、サーバコンピュータ600を介さずに、LAN等の通信ネットワークを介してクライアントコンピュータ500と接続されてもよい。
【0012】
本実施形態に係るシステム10は、複数の原資産の価格の各々、複数の原資産のボラティリティの各々、複数の原資産の価格の相関行列、及び無リスク金利をパラメータとするデリバティブの時価評価に関する偏微分方程式を、各グリッドにおける時価の値を、別々の基底状態の振幅として保持するような量子状態を出力する量子アルゴリズムに適用し、デリバティブの現在時価を決定する。この場合、システム10は、例えば、サーバコンピュータ600がクライアントコンピュータ500を通じて評価の対象となる原資産の種別の指定をユーザから受け付け、受け付けた原資産の種別に関する情報を量子プロセッサ20に受け渡し、量子プロセッサ20により決定されたデリバティブの現在時価をサーバコンピュータ600を介してクライアントコンピュータ500に出力してもよい。
【0013】
具体的には、まず、システム10は、d個の原資産の価格St=(S1,t,・・・,Sd,t)を参照し、オプション契約の満期TでペイオフfPay(ST)が生じるようなオプションの時価V(t,St)の現在の時価V(0,S0)を、以下の〔数1〕に示す偏微分方程式の下で算出することが求められる。ここで、σiはSi,tのボラティリティ、ρijはSi,tとSj,tの変動の相関、rは無リスク金利である。
【数1】
【0014】
〔数1〕に示す偏微分方程式には、例えば、〔数2〕、〔数3〕、〔数4〕で示す境界条件が設定されている。
【数2】
【数3】
【数4】
【0015】
〔数5〕、〔数6〕、〔数7〕に示す変数変換が行われた場合、〔数8〕に示すように、〔数1〕が変形される。
【数5】
【数6】
【数7】
【数8】
【0016】
xを変数とする微分に対して離散近似が導入されることで、〔数9〕に示す線形常微分方程式が得られる。
【数9】
【0017】
〔数9〕の両辺がτで積分されることで、〔数10〕が得られる。
【数10】
【0018】
~→(τ)は、離散グリッド{X(i) gri=1、・・・、Ngr上でのオプション価格を示している。〔数11〕に示すように、グリッドは、各Xi方向において、[li,ui](ui:=logUi, li:=logLi)をngr+1等分したものである(ただしli,ui は除く)。グリッドの数はNgr:=nd grとなる。
【数11】
【0019】
〔数9〕における行列Fは、〔数8〕においてXによる微分を離散化することで得られるものであり、〔数12〕に示すようなNgr×Ngr行列である。
【数12】
【0020】
1stは、〔数13〕に示すようなngr×ngr行列である。
【数13】
【0021】
2ndは、〔数14〕に示すようなngr×ngr行列である。
【数14】
【0022】
Iは、ngr×ngr単位行列である。
【0023】
C(τ)は〔数15〕に示すように表される。以降、C(τ)はτに依存しないと仮定する。
【数15】
【0024】
〔数16〕は、Ngr(q+1)次元線形方程式系を示している。ただし、q:=m(k+1)+2p+1であり、m、k、pは任意の正整数であり、htは正の定数であり、γ:=(γ,...,γ)T∈RNgrは正の定数γを並べたベクトルであり、e iは第i成分のみ1であり他は0であるようなq+1次元単位ベクトルである。
【0025】
【数16】
【0026】
〔数16〕の解は、〔数17〕のように記載される。このとき、Y~→(τter)は、時間ステップ幅ht(>0)によって時間方向に離散近似した上で〔数9〕をτter=mhtまで解いた場合の近似解となっており、〔数9〕の解Y~→(τter)に近い。
【0027】
【数17】
【0028】
そして、量子プロセッサ20は、〔数16〕に示す線形方程式を量子アルゴリズムによって解くことにより、〔数18〕に示すY~→(τter)が振幅エンコーディングされた量子状態|Ψmod>に近い量子状態|Ψ mod>を生成する。ただし、〔数18〕において|Ψgar>はτ=0からτ=τterまでのY~→(τ)の値を反映した量子状態であり、本実施形態においてオプションの現在価格を求めるにあたっては不要な情報となる。
【0029】
【数18】
【0030】
ここで、現在時刻t=0(τ=Tに相当)におけるオプション価格を求めるときには、例えば、以下のような手順が考えられる。まず、τter=Tとして、Y~→(T)を求める。Y~→(T)には、t=0で原資産の価格が様々な値を取った場合のオプション時価が含まれるが、そのうち、実際の現在の原資産の価格S 0に対応するオプション時価を取得する。すなわち、S 0に対応するx空間上のグリッド点をx→(k)としたとき、Y~→(T)の第k成分Y~→(T,x→(k))を求めればよい。そのため、量子プロセッサ20は、τter=Tとして、量子状態|Ψmod>を生成し、Y~→(T,x→(k))に対応するある1つの計算基底状態の振幅を読み取る。しかしながら、この場合には以下のような問題がある。すなわち、グリッドの数が多い場合、この振幅は非常に小さくなる。したがって、|Ψmod>からこの振幅を読み取るのに多大な計算量を要することになる。なお、非特許文献1に記載の方法を用いた場合でも、詳細は異なるものの、時刻t=0における各グリッド点でのオプション時価を振幅エンコーディングした量子状態が生成されるため、上記のような計算量の問題が生じる。
【0031】
そこで、本実施形態では、量子プロセッサ20は、デリバティブの現在時価V0を、〔数19〕に示す時点tterにおける割引デリバティブ時価の期待値E[e-γtterV(tter,S(tter))]として計算する。例えば、量子プロセッサ20は、〔数9〕に示す線形常微分方程式をT-tter(以降これをτterとする)まで解いて得られるY~→(τter)と、〔数20〕に示すような、時点tterでの原資産の価格の離散グリッド{X(i) gri=1、・・・、Ngr上の分布確率を成分に持つベクトルpとの内積を算出し、V0をe-rT・Y~→(τter)(後述の〔数25〕)と近似する。なお、tterは、原資産の価格の分布の拡がりが〔数3〕、〔数4〕の境界に概ね達する時刻である。ここで、正の実数A0,A1,…,Adが存在して、fpay(S)≦Σd i=1ii+A0なる条件が満たされると仮定した。
【数19】
【数20】
【0032】
上記式を量子アルゴリズムとして実現するには以下のようにする。まず、量子プロセッサ20は、初期状態|0>|0>から|Ψ mod>を生成するための量子回路UΨmodを構成する。次に、量子プロセッサ20は、〔数21〕に示すような量子状態|Π>を初期状態|0>|0>から生成する量子回路UΠを構成する。
【数21】
【0033】
次に、量子プロセッサ20は、量子状態|Ψ mod>と|Π>の内積の推定値E1を出力する。これは、UΨ modおよびUΠの逆回路U+ Πを用いて生成される状態U+ ΠΨ mod|0>|0>における|0>|0>の振幅を、量子振幅推定(quantum amplitude estimation)により推定することによってなされる。なお、当該内積は、〔数22〕に示される内積<Π|Ψmod>に近い値を取る。
【数22】
【0034】
なお、量子状態|Π>及び量子状態|Ψ mod>の生成には公知の任意の方法を用いることができる。
【0035】
次に、量子プロセッサ20は、|Ψ mod>を測定したときに第1レジスタにp(k+2)+1,...,p(k+3)+1のいずれかを観測する確率の推定値E2を、量子振幅推定によって出力する。なお、当該確率は、〔数23〕に近い値を取る。
【数23】
【0036】
最後に、量子プロセッサ20は、〔数24〕に示す値を計算し、これをオプション現在時価の推定値とする。〔数24〕に示す値は、〔数25〕に近く、デリバティブ現在時価の近似値となる。
【数24】
【数25】
【0037】
量子プロセッサ20が上述のようなアルゴリズムを適切な計算設定の下で実行したとき、デリバティブ時価を高々εの誤差で求めることができ、計算負荷は〔数26〕に示される。また〔数27〕、〔数28〕に示すような関係式を仮定する。この場合、〔数26〕に含まれるパラメータは、〔数29〕に示すような関係式を満たす。
【数26】
【数27】
【数28】
【数29】
【0038】
図2は、原資産の価格の分布の広がりを示すイメージ図である。同図に示すように、現在の時点t(=0)からの時間の経過とともに、原資産の価格の分布の広がりが次第に大きくなる。同図に示すように、時刻tterにおいて、原資産の価格の分布の広がりが、〔数2〕、〔数3〕、〔数4〕に示す境界条件の境界と概ね一致する。一方、〔数1〕、〔数2〕、〔数3〕、〔数4〕を数値的に解くと、境界内に設定したグリッド点それぞれにおけるデリバティブ時価が求まる。ゆえに、時刻tterにおける割引デリバティブ時価の期待値としてデリバティブ現在時価を求めることは、数値求解結果を過不足なく利用することに相当する。上述の量子アルゴリズムにおいては、|Ψ mod>に振幅エンコーディングされたY~→(τter)の情報を、過不足なく利用することになる。これに対して、非特許文献1において説明された手法は、時点t=0でのデリバティブ時価が振幅エンコーディングされた量子状態を作り、その一つの振幅のみを取り出すため、多大な計算量がかかる。非特許文献1の手法や古典的な有限差分法では原資産数dに対して計算量がO(exp(poly(d)))の形で増大する一方、本手法では〔数26〕に示す通りこのようなファクターが無いため、dを増加させることが可能になる。
【0039】
<構成の一例>
図3は、一実施形態に係るクライアントコンピュータ500を示すブロック図である。クライアントコンピュータ500は、例えば、1つ又は複数の処理装置(CPU)502と、1つ又は複数のネットワーク通信インタフェース508と、メモリ504と、これらの構成要素を相互接続するための1つ又は複数の通信バス514とを含む。
【0040】
クライアントコンピュータ500は、例えば、ディスプレイ510と、キーボード及び/またはマウス512とを備えるユーザインタフェース506を含む。ディスプレイ510は、出力装置の一例であり、出力装置は、スピーカなどの音声を出力する装置であってもよい。
【0041】
メモリ504は、例えば、DRAM、SRAM、DDRRAM、ランダムアクセス固体記憶装置などの高速ランダムアクセスメモリである。メモリ504は、例えば、磁気ディスク記録装置、光ディスク記録装置、フラッシュメモリデバイスなどの不揮発性メモリでもよい。メモリ504は、CPU502から遠隔に設置される1つ又は複数の記憶装置でもよい。メモリ504は、例えば、プログラム、モジュール、データ構造、又はそれらのサブセットを格納する。
【0042】
オペレーティングシステム516は、例えば、様々な基本的なシステムサービスを処理するとともにハードウェアを用いてタスクを実行するためのプロシージャを含む。
【0043】
ネットワーク通信モジュール518は、例えば、クライアントコンピュータ500を、1つ又は複数の通信ネットワークを介して、他のコンピュータに接続する。1つ又は複数の通信ネットワークは、例えば、インターネット、他の広域ネットワーク、ローカルエリアネットワーク、メトロポリタンエリアネットワークを含む。
【0044】
量子プロセッサ制御モジュール520は、例えば、量子プロセッサ20によって論理量子ビットを構成するための情報の入力をキーボード及び/又はマウス512により受け付けて、サーバコンピュータ600に送信する。例えば、論理量子ビットを構成するための情報は、複数の原資産の種別又は複数の原資産の価格、デリバティブの種類、境界条件などのうち、少なくとも1つを含む。量子プロセッサ制御モジュール520は、例えば、キーボード及び/又はマウス512から受信したデータ項目、および、量子プロセッサ20による演算結果を、メモリ504に局所的にキャッシュする。量子プロセッサ制御モジュール520は、量子プロセッサ20による演算結果(例、デリバティブの現在時価)を出力装置に出力して、ユーザに報知するようにする。
【0045】
クライアントアプリケーション522は、例えば、ウェブブラウザなどを含む。
【0046】
1つ又は複数の処理装置(CPU)502は、メモリ504からモジュールを読み出して実行する。1つ又は複数の処理装置(CPU)502は、例えば、メモリ504に格納されているネットワーク通信モジュール518を実行する。1つ又は複数の処理装置(CPU)502は、メモリ504に格納されている量子プロセッサ制御モジュール520を実行する。
【0047】
量子プロセッサ制御モジュール520は、クライアントコンピュータ500のメモリ504に格納されるスタンドアロンアプリケーションでもよい。スタンドアロンアプリケーションとしては、例えば、量子プロセッサ制御アプリケーションが挙げられる。量子プロセッサ制御モジュール520は、別のアプリケーションへのアドオン又はプラグインでもよいし、ウェブブラウザアプリケーション又は電子メールアプリケーションへのプラグインでもよい。
【0048】
図4は、一実施形態に係るサーバコンピュータ600を示すブロック図である。サーバコンピュータ600は、例えば、1つ又は複数の処理装置(CPU)602と、1つ又は複数のネットワーク通信インタフェース608と、メモリ604と、これらの構成要素を相互接続するための1つ又は複数の通信バス610とを含む。
【0049】
サーバコンピュータ600は、例えば、ディスプレイと、キーボード及び/またはマウスとを備えるユーザインタフェース606を含む。サーバコンピュータ600は、ユーザインタフェース606を省略してもよい。
【0050】
メモリ604は、例えば、DRAM、SRAM、DDRRAM、ランダムアクセス固体記憶装置などの高速ランダムアクセスメモリである。メモリ604は、例えば、磁気ディスク記録装置、光ディスク記録装置、フラッシュメモリデバイスなどの不揮発性メモリでもよい。メモリ604は、CPU602から遠隔に設置される1つ又は複数の記憶装置でもよい。メモリ604は、例えば、プログラム、モジュール、データ構造、又はそれらのサブセットを格納する。
【0051】
オペレーティングシステム612は、例えば、様々な基本的なシステムサービスを処理するとともに、ハードウェアを用いてタスクを実行する。
【0052】
ネットワーク通信モジュール614は、例えば、サーバコンピュータ600を1つ又は複数の通信ネットワークを介して他のコンピュータに接続する。1つ又は複数の通信ネットワークは、例えば、インターネット、他の広域ネットワーク、ローカルエリアネットワーク、メトロポリタンエリアネットワークを含む。
【0053】
量子プロセッサ制御モジュール616は、例えば、量子プロセッサ20によって論理量子ビットを構成するための情報をクライアントコンピュータ500から受信し、量子プロセッサ20を制御する。一例として、量子プロセッサ制御モジュール616は、クライアントコンピュータ500から複数の原資産の種別を取得すると、複数の原資産に対応する原資産の価格、原資産のボラティリティ、原資産の価格の相関行列、低リスク金利を、各原資産の価格を管理する所定のプラットフォームから参照し、取得してもよい。量子プロセッサ制御モジュール616は、取得した複数の原資産に対応する原資産の価格、原資産のボラティリティ、原資産の価格の相関行列、低リスク金利を量子プロセッサ20に出力する。なお、量子プロセッサ20は、少なくとも、複数の原資産に対応する原資産の価格を量子プロセッサ制御モジュール616から取得すればよく、例えば、複数の原資産に対応する原資産のボラティリティ、原資産の価格の相関行列、低リスクのうち、少なくとも一部のパラメータは事前に設定されておいてもよい。
【0054】
また、量子プロセッサ制御モジュール616は、クライアントコンピュータ500からデリバティブの種類を取得した場合、取得されたデリバティブの種類に対応する境界条件を特定し、特定した境界条件を量子プロセッサ20に出力する。量子プロセッサ制御モジュール616は、デリバティブの種類と境界条件とを対応付けた関連情報を参照して、境界条件を特定するようにすればよい。この関連情報は、メモリ604に記憶されていればよい。例えば、関連情報は、ヨーロピアン・コールオプションの場合の第1境界条件、プットオプションの場合の第2境界条件、バリアオプションの場合の第3境界条件などを対応づけた情報である。
【0055】
量子プロセッサ20は、量子プロセッサ制御モジュール616から取得した複数の原資産に対応する原資産の価格、原資産のボラティリティ、原資産の価格の相関行列、低リスク金利を参照する。量子プロセッサ20は、現在の時点よりも後の所定の将来時点までの所定の期間内の任意の時点tを設定する。ここで、所定の将来時点は、本実施形態を適用する臨界値として、原資産の価格の分布の広がりが偏微分方程式の境界条件の境界値と概ね一致する時点が設定されてもよい。また、任意の時点は、本実施形態における最適な値として、原資産の価格の分布の広がりが偏微分方程式の境界条件の境界値と一致する時点が設定されてもよい。そして、量子プロセッサ20は、デリバティブの時価に関する偏微分方程式を離散近似した線形常微分方程式を満期に相当する時点から時点tまで遡って解くことで得られる、離散グリッド上のデリバティブ時価を成分として持つベクトルと、時点tにおける原資産の価格の離散グリッド上の分布確率を成分として持つベクトルとの内積を出力するような量子アルゴリズムを実行することで、時点tにおける割引デリバティブ時価の期待値として、デリバティブの現在時価を求める。割引デリバティブ時価の期待値は、その値がデリバティブの現在時価として設定されてもよいし、その値が所定の方法(補正項やオフセットの追加など)により補正されたりしてデリバティブの現在価格に設定されてもよい。
【0056】
量子プロセッサ制御モジュール616は、量子プロセッサ20により決定されたデリバティブの現在時価に関する情報を量子プロセッサ20から取得し、取得した情報を、複数の原資産の種別に関する情報の送信元となるクライアントコンピュータ500に送信する。クライアントコンピュータ500は、取得したデリバティブの現在時価に関する情報をディスプレイ510に表示するよう制御する。
【0057】
<動作説明>
次に、本実施形態に係るシステム10の動作について説明する。図5は、本実施形態に係るシステム10の処理の一例を示すフローチャートである。
【0058】
まず、サーバコンピュータ600は、クライアントコンピュータ500を通じて評価の対象となるデリバティブの種別や原資産の種別等の指定を受け付ける(ステップS10)。なお、システム10の設計により、必要な入力パラメータは変更されうる。
【0059】
次に、サーバコンピュータ600は、クライアントコンピュータ500から受け付けたデリバティブの種別や原資産の種別に関する情報に基づいて、量子プロセッサ20を制御する(ステップS11)。
【0060】
次に、量子プロセッサ20は、先のステップS10において指定されたデリバティブの種別や原資産の種別等に対応する原資産の価格、原資産のボラティリティ、原資産の価格の相関行列、ならびに無リスク金利を参照する(ステップS12)。
【0061】
次に、量子プロセッサ20は、現在の時点よりも後の任意の時点tを設定し、デリバティブの時価に関する偏微分方程式を離散近似した線形常微分方程式を満期に相当する時点から時点tまで遡って解くことで得られる、離散グリッド上のデリバティブ時価を成分として持つベクトルと、時点tにおける原資産の価格の離散グリッド上の分布確率を成分として持つベクトルとの内積を出力するような量子アルゴリズムを実行することで、時点tにおける割引デリバティブ時価の期待値として、デリバティブの現在時価を算出する(ステップS13)。
【0062】
次に、量子プロセッサ20は、先のステップS13において決定したデリバティブの現在時価をサーバコンピュータ600に出力する(ステップS14)。
【0063】
そして、サーバコンピュータ600は、量子プロセッサ20から出力されたデリバティブの現在時価を、原資産の種別等の指定元となったクライアントコンピュータ500に出力する(ステップS15)。
【0064】
これにより、本実施形態に係るシステム10は、微分方程式求解の量子アルゴリズムがもたらす古典アルゴリズム対比の計算高速化と、当該アルゴリズムが出力する量子状態に振幅エンコーディングされたデリバティブ時価の情報の効率的な読み出しを両立することで、複数の原資産を有するデリバティブを評価する際の処理負荷を低減することができる。また、本実施形態にかかる手法によれば、複数の原資産の数dの増加により、計算量はO(exp(poly(d)))のような形では増加しないため、数dを増加させることができる。
【0065】
なお、開示技術は、上述した実施形態に限定されるものではなく、開示技術の要旨を逸脱しない範囲内において、他の様々な形で実施することができる。このため、上記実施形態はあらゆる点で単なる例示にすぎず、限定的に解釈されるものではない。例えば、上述した各処理ステップは処理内容に矛盾を生じない範囲で任意に順番を変更し、または並列に実行することができる。
【0066】
本開示の実施形態のプログラムは、コンピュータに読み取り可能な記憶媒体に記憶された状態で提供されてもよい。記憶媒体は、「一時的でない有形の媒体」に、プログラムを記憶可能である。プログラムは、限定でなく例として、ソフトウェアプログラムやコンピュータプログラムを含む。また、本開示のシステム10は、銀行や証券会社などの金融機関におけるシステムにおいて構築されることが好適である。例えば、サーバコンピュータ600は、金融機関のサーバであり、クライアントコンピュータ500は、金融機関の従業員が利用するコンピュータである。例えば、従業員が、クライアントコンピュータ500を利用して、所定のデリバティブを指定すると、サーバコンピュータ600によりこのデリバティブが参照する複数の原資産の価格、ボラティリティ、相関、及び無リスク金利が特定され、量子プロセッサ20に複数の原資産の価格、ボラティリティ、相関、及び無リスク金利を用いてデリバティブの現在時価を算出する処理を実行するよう指示する。この算出結果がサーバ600コンピュータを介してクライアントコンピュータ500に出力される。なお、サーバコンピュータ600とクライアントコンピュータ500とは一体のコンピュータとして形成されてもよい。
【符号の説明】
【0067】
10…システム、20…量子プロセッサ、500…クライアントコンピュータ、502…CPU、504…メモリ、506…ユーザインタフェース、508…ネットワーク通信インタフェース、510…ディスプレイ、512…キーボード/マウス、514…通信バス、516…オペレ―ティングシステム、518…ネットワーク通信モジュール、520…量子プロセッサ制御モジュール、530…クライアントアプリケーション、600…サーバコンピュータ、602…CPU、604…メモリ、606…ユーザインタフェース、608…ネットワーク通信インタフェース、610…通信バス、612…オペレ―ティングシステム、614…ネットワーク通信モジュール、616…量子プロセッサ制御モジュール。
図1
図2
図3
図4
図5