(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023061189
(43)【公開日】2023-05-01
(54)【発明の名称】動脈硬化の検出を補助するための方法、測定装置、層別化装置、モニタリング装置及び予測装置
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20230424BHJP
【FI】
G01N33/48 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021171028
(22)【出願日】2021-10-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「革新的先端研究開発支援事業ユニットタイプ「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」研究開発領域」「医歯工連携によるユーザーフレンドリーなメタボロミクス技術の開発ならびに生活習慣病研究への応用」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂中 哲人
(72)【発明者】
【氏名】久保庭 雅惠
(72)【発明者】
【氏名】片上 直人
(72)【発明者】
【氏名】福▲崎▼ 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】下村 伊一郎
(72)【発明者】
【氏名】天野 敦雄
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CB07
2G045DA77
2G045JA01
(57)【要約】
【課題】痛みを伴うリスクがなく、被検体自身が採取可能な唾液を用いて、動脈硬化の検出を補助するための方法、動脈硬化のリスクを層別化するための方法、動脈硬化の進行をモニタリングするための方法及び動脈硬化の進行のレベルを予測するための方法等を提供することを課題とする。
【解決手段】動脈硬化の検出を補助するための方法であって、被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を測定することを含み、前記唾液試料中の代謝物質の存在量が基準範囲外の時、前記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、方法により、課題を解決する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
動脈硬化の検出を補助するための方法であって、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を測定することを含み、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が基準範囲外の時、前記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、
方法。
【請求項2】
前記代謝物質が、アラントイン、リンゴ酸、及び1,5-アンヒドロ-D-グルシトールから選択される少なくとも一種である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記代謝物質が、アラントインであるとき、唾液試料中のアラントイン存在量が閾値以上である時に、唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、
前記代謝物質がリンゴ酸であるとき、唾液試料中のリンゴ酸存在量が閾値を下回った時に、唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、又は
前記代謝物質が1,5-アンヒドロ-D-グルシトールであるとき、唾液試料中の1,5-アンヒドロ-D-グルシトール存在量が閾値を下回った時に、唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、
請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記被検体が、高脂血症、及び糖尿病から選択される少なくとも一種を有する、請求項1から3のいずれか一項に記載の、方法。
【請求項5】
動脈硬化の検出を補助するための測定装置であって、
前記測定装置は、測定部を備え、
前記測定部は、被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量の測定値を取得し、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が基準範囲外の時、前記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、
測定装置。
【請求項6】
動脈硬化の検出を補助するための検出補助装置であって、
前記検出補助装置は、制御部を備え、
前記制御部は、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得し、
前記データを対応する代謝物質の基準範囲と比較し、
前記被検体の代謝産物の存在量を示すデータが基準範囲外である時、被検体は動脈硬化を有すると決定する、及び/又は
被検体の代謝産物の存在量を示すデータが基準範囲内である時、被検体は動脈硬化を有さないと決定する、
検出補助装置。
【請求項7】
動脈硬化のリスクを層別化するための層別化装置であって、
前記層別化装置は、制御部を備え、
前記制御部は、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得し、
前記データを対応する代謝物質の基準レベルと比較し、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータが所定の基準レベルに属する時に、被検体が前記基準レベルに対応する動脈硬化のリスクレベルであると決定する、
層別化装置。
【請求項8】
動脈硬化の進行をモニタリングするためのモニタリング装置であって、
前記モニタリング装置は、制御部を備え、
前記制御部は、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得し、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して高い場合に、被検体において動脈硬化が進行していると決定する、及び/又は
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して同程度か低い場合に、被検体において動脈硬化が進行していないと決定する、
モニタリング装置。
【請求項9】
動脈硬化の進行のレベルを予測するための予測装置であって、
前記予測装置は、制御部を備え、
前記制御部は、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得し、
前記データを対応する代謝物質の基準レベルと比較し、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータが所定の基準レベルに属する時に、被検体が前記基準レベルに対応する動脈硬化の進行レベルであると決定する、
予測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書には、動脈硬化の検出を補助するための方法、測定装置、動脈硬化のリスクを層別化するための層別化装置、動脈硬化の進行をモニタリングするためのモニタリング装置及び動脈硬化の進行のレベルを予測するための予測装置等が開示される。
【背景技術】
【0002】
動脈硬化を判定する検査として、超音波を用いて頚動脈の血管壁の厚みを評価する方法や、血管壁に沿って伝わる波の速度から血管の硬さを評価する方法等が一般的である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、従来の検査はいずれも特殊な装置を必要とするとともに、検査のために一定時間患者を拘束しなければならい。また、動脈硬化の予測の検査として行われている生化学的な検査には、採血が必要である。しかし、採血は、患者が来院する、若しくは医師や看護師が患者を訪問する等して行わなければならない。このため、患者が一人で検体を採取することができないという課題がある。また、動脈硬化は経過観察のため、長期間検査を続ける必要があり、そのたびに採血を行うことは患者に心理的な負担をかけることとなる。
【0004】
本発明は、痛みを伴うリスクがなく、被検体自身が採取可能な唾液を用いて、動脈硬化の検出を補助するための方法、動脈硬化のリスクを層別化するための方法、動脈硬化の進行をモニタリングするための方法及び動脈硬化の進行のレベルを予測するための方法等を提供することを課題とする。また、これらの方法に使用するための装置、及び/又はコンピュータプログラムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下の態様を含む。
項1.
動脈硬化の検出を補助するための方法であって、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を測定することを含み、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が基準範囲外の時、前記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、
方法。
項2.
前記代謝物質が、アラントイン、リンゴ酸、及び1,5-アンヒドロ-D-グルシトールから選択される少なくとも一種である、項1に記載の方法。
項3.
前記代謝物質が、アラントインであるとき、唾液試料中のアラントイン存在量が閾値以上である時に、唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、
前記代謝物質がリンゴ酸であるとき、唾液試料中のリンゴ酸存在量が閾値を下回った時に、唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、又は
前記代謝物質が1,5-アンヒドロ-D-グルシトールであるとき、唾液試料中の1,5-アンヒドロ-D-グルシトール存在量が閾値を下回った時に、唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、
項2に記載の方法。
項4.
前記被検体が、高脂血症、及び糖尿病から選択される少なくとも一種を有する、項1から3のいずれか一項に記載の、方法。
項5.
動脈硬化の検出を補助するための測定装置であって、
前記測定装置は、測定部を備え、
前記測定部は、被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量の測定値を取得し、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が基準範囲外の時、前記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する、
測定装置。
項6.
動脈硬化の検出を補助するための検出補助装置であって、
前記検出補助装置は、制御部を備え、
前記制御部は、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得し、
前記データを対応する代謝物質の基準範囲と比較し、
前記被検体の代謝産物の存在量を示すデータが基準範囲外である時、被検体は動脈硬化を有すると決定する、及び/又は
被検体の代謝産物の存在量を示すデータが基準範囲内である時、被検体は動脈硬化を有さないと決定する、
検出補助装置。
項7.
コンピュータに実行させた時に、コンピュータに、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得するステップと、
前記データを対応する代謝物質の基準範囲と比較するステップと、
前記被検体の代謝産物の存在量を示すデータが基準範囲外である時、被検体は動脈硬化を有すると決定するステップ、及び/又は
被検体の代謝産物の存在量を示すデータが基準範囲内である時、被検体は動脈硬化を有さないと決定するステップ、と
を実行させる、動脈硬化の検出を補助するための検出補助プログラム。
項8.
動脈硬化のリスクを層別化するための方法であって、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を測定することを含み、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が所定の基準レベルに該当する時に、被検体が前記基準レベルに対応する動脈硬化のリスクレベルであることを示唆する、
方法。
項9.
動脈硬化のリスクを層別化するための層別化装置であって、
前記層別化装置は、制御部を備え、
前記制御部は、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得し、
前記データを対応する代謝物質の基準レベルと比較し、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータが所定の基準レベルに属する時に、被検体が前記基準レベルに対応する動脈硬化のリスクレベルであると決定する、
層別化装置。
項10.
コンピュータに実行させた時に、コンピュータに、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得するステップと、
前記データを対応する代謝物質の基準レベルと比較するステップと、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータが所定の基準レベルに属する時に、被検体が前記基準レベルに対応する動脈硬化のリスクレベルであると決定するステップ、と
を備える、動脈硬化のリスクを層別化するための層別化プログラム。
項11.
動脈硬化の進行をモニタリングするための方法であって、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を測定することを含み、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して高い場合に、被検体において動脈硬化の進行を示唆する、
方法。
項12.
動脈硬化の進行をモニタリングするためのモニタリング装置であって、
前記モニタリング装置は、制御部を備え、
前記制御部は、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得し、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して高い場合に、被検体において動脈硬化が進行していると決定する、及び/又は
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して同程度か低い場合に、被検体において動脈硬化が進行していないと決定する、
モニタリング装置。
項13.
コンピュータに実行させた時に、コンピュータに、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得するステップと、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して高い場合に、被検体において動脈硬化が進行していると決定するステップ、及び/又は
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して同程度か低い場合に、被検体において動脈硬化が進行していないと決定するステップ、と
を備える、動脈硬化の進行をモニタリングするためのモニタリングプログラム。
項14.
動脈硬化の進行のレベルを予測するための方法であって、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を測定することを含み、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量が所定の基準レベルに該当する時に、被検体が前記基準レベルに対応する動脈硬化の進行度のレベルであることを示唆する、
方法。
項15.
動脈硬化の進行のレベルを予測するための予測装置であって、
前記予測装置は、制御部を備え、
前記制御部は、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得し、
前記データを対応する代謝物質の基準レベルと比較し、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータが所定の基準レベルに属する時に、被検体が前記基準レベルに対応する動脈硬化の進行レベルであると決定する、
予測装置。
項16.
コンピュータに実行させた時に、コンピュータに、
被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを取得するステップと、
前記データを対応する代謝物質の基準レベルと比較するステップと、
前記唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータが所定の基準レベルに属する時に、被検体が前記基準レベルに対応する動脈硬化の進行レベルであると決定するステップ、と
を備える、動脈硬化の進行のレベルを予測するための予測プログラム。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、被検体から採取した唾液を用いた動脈硬化に関連する検査が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】動脈硬化の検出を補助するための検査システム1000のシステム構成を示す。
【
図3】検出補助プログラム1042の処理の流れを示す。
【
図4】動脈硬化のリスクを層別化するための層別化システム2000のシステム構成を示す。
【
図5】層別化プログラム2042の処理の流れを示す。
【
図6】動脈硬化の進行モニタリングするためのモニタリングシステム3000のシステム構成を示す。
【
図7】モニタリングプログラム3042の処理の流れを示す。
【
図8】動脈硬化の進行のレベルを予測するための予測システム4000のシステム構成を示す。
【
図9】予測プログラム4042の処理の流れを示す。
【
図10A】糖尿病患者のmaxIMT値の分布を示すスコアプロットを示す
【
図10B】被検体の生化学的マーカー及び唾液のメタボロームデータとmaxIMT値との相関を示すローディングプロットを示す。
【
図10C】
図10Bの変数分布のうちmaxIMT値との相関の大きかった生化学的マーカー及び唾液のメタボロームデータを棒グラフで示す。
【
図10D】アラントイン、リンゴ酸、又は1,5-アンヒドロ-D-グルシトールとmaxIMT値との相関を示す。
【
図11】生化学マーカーである血中のHDL-コレステロール(HDL-C)、グルコアルブミン(GA)、及びトリグリセリド(TG)の組み合わせ(符号a)、唾液中のアラントイン、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール及びリンゴ酸の組み合わせ(符号b)、唾液中のアラントイン(符号c)のROC曲線を示す。
【
図12A】唾液中の1,5-アンヒドロ-D-グルシトールの存在量のROC曲線を示す。
【
図12B】唾液中のリンゴ酸の存在量のROC曲線を示す。
【
図13B】唾液中の1,5-アンヒドロ-D-グルシトールの結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
1.動脈硬化の検出を補助するため方法
本発明のある実施形態は、動脈硬化の検出を補助するため方法に関する。前記方法は、被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を測定することを含む。
本明細書において、動脈硬化には、細動脈硬化、粥状硬化、中膜硬化等を含み得る。
【0009】
被検体は、制限されない。好ましくは、被検体は、哺乳動物であり得る。哺乳動物として、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ等を例示できる。被検体として好ましくはヒトである。
【0010】
被検体として、動脈硬化を有すると決定されていない個体、動脈硬化の予備群であると決定された個体、又は動脈硬化を有すると決定された個体を挙げることができる。動脈硬化を有するかいなかは、頚動脈のエコー検査、血管造影検査、MRI検査、CT検査等に基づいて決定できる。例えば、頸動脈エコー検査では、総頸動脈、及び/又は内頸動脈における血管径、頸動脈の内膜中膜複合体厚(IMT)、ドプラ法による血流検査等により動脈硬化の有無を決定することができる。好ましくは、被検体の総頸動脈のmaxIMT値を基準値と比較し、被検体のmaxIMT値が、基準値よりも高い場合に、被検体が動脈硬化を有すると決定することができる。また、被検体のmaxIMT値が、基準値よりも低い場合に、被検体が動脈硬化を有さないと決定することができる。
【0011】
動脈硬化の予備群は、動脈硬化は有さないものの、例えば高脂血症を有する、糖尿病及び/又は高血圧症を有する被検体を含む。高脂血症には、高コレステロール血症、高LDLコレステロール血症、低HDLコレステロール血症、高トリグリセリド血症等を含む。各疾患の診断は、日本動脈硬化学会、糖尿病学会等が提供する診断基準にしたがう。
【0012】
唾液試料には、被検体から採取した唾液そのもの、唾液を前処理した試料等を含み得る。唾液の前処理には、例えば遠心分離による固形分の除去、除タンパク、脱脂等が含まれ得る。遠心分離は、例えば、800g ~5,000g程度で5分から15分間行うことができる。徐タンパク法は、代謝物質に応じて、トリクロロ酢酸法、水酸化亜鉛法(Somogyi法)、過塩素酸法から選択することができる。脱脂には、クロロホルム等の有機溶媒を使用することができる。
【0013】
また、唾液試料は、唾液そのもの、若しくは前処理済みの試料を濃縮、又は希釈したものであってもよい。試料の濃縮方法として、例えば、限外濾過法、遠心方式濃縮法、静置式法を挙げることができる。濃縮には、例えばメルクミリポア社のマイクロコン(商標)シリーズ、又はアミコン(商標)シリーズ等を使用することができる。試料の希釈は、生理食塩水、水、有機溶媒等を使用して行うことができる。
【0014】
代謝物質には、化合物;核酸;糖質;脂質;糖タンパク質;糖脂質;リポタンパク質;アミノ酸;ペプチド;タンパク質;ポリフェノール類;及びケモカイン等の終末代謝産物、中間代謝産物、及び合成原料物質からなる群から選択される少なくとも一種の代謝物質を含み得る。代謝物質は、好ましくはガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)法により検出が可能な物質である。GC-MSにより検出が可能な代謝物質は、例えば分子量が1,000以下、好ましくは800以下、より好ましくは500以下、さらに好ましくは200以下である。代謝物質の分子量の下限値は100程度であることが好ましい。また、代謝物質は、300℃程度で気化し、分解しない化合物である。さらに、代謝物質は、好ましくは有機化合物である。
【0015】
代謝物質として、さらにより好ましくは、アラントイン、リンゴ酸、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール、γ-アミノ酪酸(GABA)、クレアチニン、及びプロピレングリコールから選択される少なくとも一種最もこの好ましくは、アラントイン、リンゴ酸、及び1,5-アンヒドロ-D-グルシトールから選択される少なくとも一種である。
【0016】
代謝物質の存在量は、公知の方法にしたがって測定することができる。例えば、測定方法として、クロマトグラフィー法、化学的測定法(化学反応法、酵素法、試験紙法等を含む)、免疫学的測定法を挙げることができる。クロマトグラフィー法として、例えばGC-MS法、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法、親水性相互クロマトグラフィー(HILIC)法等を挙げることができる。
例えば、GC-MS法により、唾液試料中の代謝物質を測定する方法は、以下のとおりである。
【0017】
はじめに、例えば、水とアセトニトリルを用いて唾液試料中から代謝物の抽出を行い、真空濃縮機で30分間乾燥させる。乾燥試料に対して、シリル化、トリメチルシリル化、メトキシム化、アシル化等の前誘導体化を行う。これらの方法は公知である。
【0018】
ガスクロマトグラフ質量分析は、例えばオートサンプラーAOC-20i(島津製作所)、SKYTMライナー(Restek, Bellefonte, PA, United States)、およびInertCap 5MS/NPキャピラリーカラム(0.25 mm × 30 m, 0.25 μm; GL Sciences, Tokyo, Japan)を搭載したGCMS-TQ8040を用いて、フルMSスキャンモードで行うことができる。サンプル(各1μl)を、例えばスプリットモード(スプリット比1:10)で注入する。例えば、ヘリウムガスのカラムを通過する流量を1.5ml/minに設定し、カラム温度はまず80℃程度で2分程度維持し、その後15分程度かけて325℃程度まで上昇させ、その後10分間程度保持する。GCとMS間のインタフェースの温度は、例えば、310℃に、イオン源は280℃程度に設定する。質量範囲は、例えば85-500m/zに設定し、電子衝撃イオン化を行う。
【0019】
GC-MSにより得られたデータは、例えばABFフォーマットに変換された後、MS-DIAL(理研)を用いて、特徴検出、スペクトルデコンボリューション、代謝物の相対定量等を行う。GC-MS分析において、存在量は、各代謝物質のピーク面積に基づく相対値等で表され得る。例えば、相対値は、唾液試料に既知量のリビトール等を内部標準物質として使用し、この内部標準物質のピーク面積に対する各測定対象の代謝物質のピーク面積の比として表すことができる。さらに、相対値に対して、唾液重量による補正、炭化水素混合試料による補正(カラムや気圧の違いによる保持時間の違いを補正)、全唾液試料を混合したQuality Control試料(外部標準)によるLAWESS補正(質量分析装置の感度や誘導体化効率の違いを補正)等を行って代謝物質の存在量としてもよい。
【0020】
化学的測定法は、測定対象となる代謝物質によって異なる。例えば、アラントインは、Young-Conway法により測定することができる。リンゴ酸は、2-(4-ヨードフェニル)-3-(4-ニトロフェニル)-5-(2,4-ジスルフォフェニル)-2H-テトラゾリウム,ナトリウム塩(WST-1)、電子メディエーター、およびL-リンゴ酸脱水素酵素(MDH)を含むColorimetric Probeを用いたMalate Assay Kits(Cell Biolabs社)等を使用して測定することができる。1,5-アンヒドロ-D-グルシトールは、ADP依存性ヘキソキナーゼ(ADP-HK)とアデノシン-5’- 二リン酸(ADP)により、1,5-アンヒドログルシトール-6-リン酸(AG-6-P)を生成させ、AG-6-Pと酸化型β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP+)にAG-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(AG6P-DH)を作用させ生成した還元型β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)を定量することにより、測定することができる。このような測定を行うキットとして、デタミナーL 1,5-AG(ミナリスメディカル株式会社)を使用することができる。GABAは、例えば特開2020-018204号公報に記載の方法により測定することができる。クレアチニンは、ヤッフェ法、酵素法、硫酸銅を用いた試験紙法等により、測定可能である。
【0021】
唾液試料中の代謝物質の存在量が基準範囲外の時、前記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する。言い換えると、唾液試料中の代謝物質の存在量が基準範囲外の時、前記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有すると決定することができる。また、唾液試料中の代謝物質の存在量が基準範囲内の時、前記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有さないことを示唆する。言い換えると、唾液試料中の代謝物質の存在量が基準範囲内の時、前記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有さないと決定する決定することができる。
【0022】
唾液試料中の代謝物質の存在量は、唾液の単位容積あたりの代謝物質の濃度、又は代謝物質の絶対量であってもよい。また、唾液中の基準となる物質に対する代謝物質の相対量であってもよい。
【0023】
基準範囲は、上述した判定基準にしたがって動脈硬化を有していないと判定された固体(陰性対照ともいう)から採取された唾液試料中の代謝物質の存在量と、動脈硬化を有していると判定された固体(陽性対照ともいう)の対応する代謝物質の存在量とを識別できる限り制限されない。例えば、基準範囲を設定するための、陰性対照と陽性対照を識別するための閾値は、陰性対照の唾液試料中の代謝物質の存在量の上限値、中央値、又は平均値;陽性対照の唾液試料中の代謝物質の存在量の下限値、中央値、平均値;陰性対照の唾液試料中の代謝物質の存在量と陽性対照の唾液試料中の代謝物質の存在量の中央値、平均値、最頻値等とすることができる。また、閾値は、ROC曲線(Receiver Operatorating Characteristic curve、受信者動作特性曲線)、判別分析法、モード法、Kittler法、3σ法、p‐tile法等により算出してもよい。
【0024】
代謝物質が、アラントインであるとき、唾液試料中のアラントインの存在量が閾値以上である時に、記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する。
【0025】
前記代謝物質がリンゴ酸、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール、γ-アミノ酪酸、クレアチニン、或いはプロピレングリコールであるとき、唾液試料中の代謝物質の存在量が閾値を下回った時に、記唾液を採取した被検体が動脈硬化を有することを示唆する。
ここで、陰性対照、陽性対照、及び被検体の動物種は同一であることが好ましい。
【0026】
さらに、動脈硬化の検出を補助するため方法は、唾液を採取した被検体と同一の個体であって、動脈硬化を有することが示唆された個体から、血液、又は尿を採取し、これらの試料に含まれる動脈硬化に関連するバイオマーカー(動脈硬化関連マーカーともいう)の測定値を取得してもよい。血液、又は尿中の動脈硬化関連マーカーの測定値が基準範囲外であった時に、被検体が動脈硬化を有する可能性がより高いことを示唆してもよい。あるいは、血液、又は尿中の動脈硬化関連マーカーの測定値が基準範囲外であった時に、被検体が動脈硬化を有する可能性がより高いと決定してもよい。血中、及び尿中の動脈硬化関連マーカーは公知である。具体的には、動脈硬化関連マーカーとして、血中HDLコレステロール、血中トリグリセリド、血中グルコアルブミン、血中総コレステロール、血中LDLコレステロール、血中γ-GTP、血中クレアチニン、ヘモグロビンA1C、空腹時血糖、尿中クレアチニン、尿中アルブミン、血中N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)、血中リンゴ酸、血中イノシトール、血中グルタミン酸、血中尿素、血中アルロース、血中尿酸、血中マンノース、血中グリセリン酸、血中アラビノース等を挙げることができる。動脈硬化関連マーカーとして好ましくは、血中HDLコレステロール、血中トリグリセリド、及び血中グルコアルブミンから選択される少なくとも一種である。
血中、又は尿中の動脈硬化関連マーカーの測定方法も公知であり、基準範囲も公知である。
【0027】
ここで、動脈硬化を有する可能性がより高いと判定するとき、例えば、ROC曲線から求められる感度を示す値、特異度を示す値、又はAUC値を使用することができる。例えば、唾液試料中の単独または複数の代謝物質の存在量を動脈硬化診断マーカーとして用いたとき、感度(陽性率)と1-特異度からROC曲線が求められる。前記ROC曲線におけるAUC値から前記動脈硬化診断マーカーの性能が評価でき、感度(陽性率)と1-特異度から動脈硬化を有する可能性ありと判定するカットオフ値が設定できる。前記カットオフ値の設定には一般的な手法の中から、ROC曲線の縦座標(0,1)からROC曲線までの最短距離を利用してもよい。被験者の唾液試料中の代謝物質の存在量が設定したカットオフ値より高いもしくは低くなる場合、動脈硬化を有する可能性がより高いと判定できる。ここで「-」は減算を示す。
【0028】
2.検査キット
本発明は、上記1に記載した、動脈硬化の検出を補助するため方法を実施するための検査キットを含む。
【0029】
例えば、アラントインを測定するための検査キットは、Young-Conway法に使用する試薬を含む。また、検査キットには、徐タンパク試薬、脱脂試薬等を含んでいてもよい。リンゴ酸を測定するための検査キットは、2-(4-ヨードフェニル)-3-(4-ニトロフェニル)-5-(2,4-ジスルフォフェニル)-2H-テトラゾリウム,ナトリウム塩(WST-1)、電子メディエーター、およびL-リンゴ酸脱水素酵素(MDH)等を含む。1,5-アンヒドロ-D-グルシトールを測定する試薬には、ADP依存性ヘキソキナーゼ(ADP-HK)、ジアホラーゼ、アデノシン-5’-二リン酸(ADP)、酸化型β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP+)、WST-1、AG-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(AG6P-DH)等を含む。GABAを測定するための検査キットには、L-グルタミン酸オキシダーゼ、アスコルビン酸オキシダーゼ、カタラーゼ、GABAトランスアミナーゼ、カタラーゼ失活剤、カプラー化合物、トリンダー試薬、ペルオキシダーゼα-ケトグルタル酸等を含む。クレアチニンを測定するための検査キットには、ヤッフェ試薬(ピクリン酸等を含む)、酵素試薬(クレアチナーゼ、サルコシンオキシダーゼ、ペルオキシダーゼ、色原体等を含む)、又は硫酸銅を用いた試験紙法等を含む。
【0030】
3.動脈硬化の検出を補助するための検査システム
本発明のある実施形態は、動脈硬化の検出を補助するために使用される測定装置50(以下、単に測定装置50と称する)と、情報処理装置10とを備える動脈硬化の検出を補助するための検査システム1000(以下、単に検査システム1000と称する)に関する。
図1に、検査システム1000、測定装置50、及び情報処理装置10のハードウエアの構成を示す。
本実施形態において、上記1.と重複する用語については、上記1.の説明をここに援用する。
【0031】
3-1.測定装置50
(1)ハードウエア構成 測定装置50は、唾液試料中の代謝物質の量を示す生データを計測する測定部51と、測定装置50を制御する制御部52を備える。測定部51は、代謝物質、若しくは代謝物質に由来する光学的な情報を取得する検出器であり得る。制御部52は、CPU(Central Processing Unit)521と、通信インタフェース(I/F)531と、記録デバイス540を備える。CPU521は、測定部51が計測した生データに基づいて被検体の唾液試料中の代謝物質の存在量を示すデータを生成する等の情報処理を行う。通信I/F531は、生成した前記データを情報処理装置10に送信する。記録デバイス540は、測定装置50を動脈硬化の検出を補助する装置として機能させるための測定プログラム541と、各代謝物質の生データを対応する代謝物質の存在量に換算するための検量線を記録した検量線データベース(DB)542を格納する。
【0032】
(2)測定プログラムの処理
測定プログラム541が行う処理を
図2に示す。
制御部52は、ステップS1において、測定部51から代謝物質の測定値である生データを取得する。続いて、ステップS2において、制御部52はステップS1において取得した生データに基づいて、代謝物質の存在量を示すデータを取得する。代謝物質の存在量を示すデータの生成は、例えば、測定値をあらかじめ作成した検量線等にしたがって存在量を示すデータに変換することにより行うことができる。検量線に関する情報は、検量線データベース542に格納されている。続いて、ステップS3において、制御部52はステップS2において取得した代謝物質の存在量を示すデータを、通信I/F531を介して、情報処理装置10に出力してもよい。また、図示しないが、測定装置50が表示部やプリンタを備えている場合、表示部やプリンタに代謝物質の存在量を示すデータを出力してもよい。
【0033】
3-2.情報処理装置10
(1)ハードウエアの構成
情報処理装置10は、上記1.で述べた検出補助方法を実現する。言い換えると、情報処理装置10は、動脈硬化の検出補助装置10とも呼ぶことができる。
図1に示すように、情報処理装置10は、汎用コンピュータであり得る。情報処理装置10は、入力デバイス111と、出力デバイス112と、メディアドライブ113と通信可能に接続されている。情報処理装置10は、CPU101と、メモリ102と、ROM(read only memory)103と、記録デバイス104と、通信インタフェース(I/F)105と、入力インタフェース(I/F)106と、出力インタフェース(I/F)107と、メディアインターフェース(I/F)108とを備える。情報処理装置10内の各構成はバス109によって互いにデータ通信可能に接続されている。
【0034】
記録デバイス104は、ハードディスク、フラッシュメモリ、Solid State Drive (SSD)、光ディスク等によって構成される。記録デバイス104には、オペレーティングシステム(OS)1041と、後述する検出補助プログラム1042と、基準範囲データベース(DB)DB1と、が格納されている。検出補助プログラム1042は、オペレーティングシステム1041と協働して、コンピュータを情報処理装置10として機能させる。基準範囲データベースDB1は、唾液試料における各代謝物質の基準範囲、血中又は尿中の動脈硬化関連マーカーを格納する。
CPU101は、本実施形態において制御部101とも呼ばれる。
基準範囲データベースDB1は、上記1.で述べた基準範囲を格納している。
【0035】
入力デバイス111は、タッチパネル、キーボード、マウス、ペンタブレット、マイク等から構成され、情報処理装置10に文字入力または音声入力を行う。入力デバイス111は、制御部101の外部から接続されても、情報処理装置10と一体となっていてもよい。
出力デバイス112は、例えばディスプレイ等の表示デバイス、プリンタ等で構成され、各種操作ウインドウ、検出補助結果等を出力する。
メディアドライブ113は、USBドライブ、フレキシブルディスクドライブ、CD-ROMドライブ、またはDVD-ROMドライブ等であり得る。
通信I/F105は、測定装置50から生データの群の受信を行う。出力I/F107は、出力デバイス112への結果の送信を行う。(2)検出補助プログラムの動作
図3を参照して、検出補助プログラム1042の動作について説明する。
ステップS11において、制御部101は、上記測定装置50が生成した被検体の代謝産物の存在量を示すデータを取得する。
【0036】
続いて、ステップS12において、制御部101は、ステップS11において取得した被検体の代謝産物の存在量を示すデータと、記録デバイス104内の基準範囲DB1に格納されている、被検体の代謝産物の存在量を示すデータに対応する代謝物質の基準範囲と比較する。ステップS12において、被検体の代謝産物の存在量を示すデータが基準範囲外である時(「NO」である時)、制御部101はステップS13に進み、被検体は動脈硬化を有すると判定する。ステップS12において、被検体の代謝産物の存在量を示すデータが基準範囲内である時(「YES」である時)、制御部101はステップS14に進み、被検体は動脈硬化を有さないと判定する。
制御部101は、ステップS13又はS14の後にステップS15に進み、判定結果を出力デバイス112に出力する。
【0037】
4.動脈硬化のリスクの層別化方法
本発明のある実施形態は、動脈硬化のリスクの層別化方法に関する。層別化方法は、被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を測定することを含む。層別化方法において、前記唾液試料中の代謝物質の存在量が所定の基準レベルに該当する時に、被検体が前記基準レベルに対応する動脈硬化のリスクレベルであることを示唆する。
【0038】
動脈硬化のリスクとは、被検体が動脈硬化を有している可能性を意図する。
【0039】
基準レベルは、陽性対照の代謝物質の存在量に基づいて決定される代謝物質の存在量を示すデータの数値範囲を意図する。各数値範囲に対応する動脈硬化を有する可能性がリスクレベルとなる。例えば、代謝物質がアラントインである場合、唾液中のアラントインの存在量が、0~3である時にはリスクレベルは“低い”、4~6である時にはリスクレベルは“中等度”、7~10である時にはリスクレベルは“高い”と決定することができる。代謝物質がリンゴ酸である場合、唾液中のリンゴ酸の存在量が、7~10である時にはリスクレベルは“低い”、4~6である時にはリスクレベルは“中等度である”、0~3である時にはリスクレベルは“高い”と決定することができる。代謝物質が1,5-アンヒドロ-D-グルシトールである場合、唾液中の1,5-アンヒドロ-D-グルシトールの存在量が、7~10である時にはリスクレベルは“低い”、4~6である時にはリスクレベルは“中等度である”、0~3である時にはリスクレベルは“高い”と決定することができる。
【0040】
また、基準レベルの数値範囲は、例えば存在量の所定の数値範囲における陽性対照者及び/又は陰性対照者が動脈硬化を有している確率を統計学的に算出し、この値に基づいて決定することができる。統計学的に算出される値として、例えば尤度、陽性的中率、陰性的中率等を挙げることができる。統計学的に算出される値を複数の分位し、これらに対応する各代謝物質の存在量の数値範囲を基準レベルとして決定できる。複数の分位は、少なくとも、2であり、好ましくは、3、4、又は5である。基準レベルは分位された結果に基づいて複数存在し、所定の基準レベルは、分位された複数の基準レベルの1つを意図する。
【0041】
本実施形態が適用される被検体は制限されないが、糖尿病を有する被検体に適用することが好ましい。
【0042】
本実施形態において、上記1.と重複する用語については、上記1.の説明をここに援用する。
【0043】
5.動脈硬化のリスクを層別化するための層別化システム
本発明のある実施形態は、動脈硬化のリスクを層別化するために使用される測定装置50(以下、単に測定装置50と称する)と、情報処理装置20とを備える動脈硬化のリスクを層別化するための層別化システム2000(以下、単にシステム2000と称する)に関する。
図4に、システム2000、測定装置50、及び情報処理装置20のハードウエアの構成を示す。
なお、上記1.、3.、4.と重複する用語の説明は、本実施形態の説明にも援用する。
【0044】
5-1.測定装置50
測定装置50のハードウエア構成、及び測定プログラムの処理は、上記6.に記載したとおりである。
【0045】
5-2.情報処理装置20
(1)ハードウエアの構成
情報処理装置20は、上記4.で述べた層別化方法を実現する。言い換えると、情報処理装置20は、動脈硬化のリスクの層別化装置20とも呼ぶことができる。
図4に示すように、情報処理装置20は、汎用コンピュータであり得る。情報処理装置20のハードウエア構成は、記録デバイス204に層別化プログラム2042と基準範囲データベース(DB)DB2を備える点を除き、情報処理装置10と同様である。したがって、上記6-2.の説明をここに援用する。しかし、上記6-2.に記載の入力デバイス111と、出力デバイス112と、メディアドライブ113と、CPU101と、メモリ102と、ROM103と、記録デバイス104と、通信インタフェース(I/F)105と、入力インタフェース(I/F)106と、出力インタフェース(I/F)107と、メディアインターフェース(I/F)108と、バス109は、入力デバイス211と、出力デバイス212と、メディアドライブ213と、CPU201と、メモリ202と、ROM203と、記録デバイス204と、通信インタフェース(I/F)205と、入力インタフェース(I/F)206と、出力インタフェース(I/F)207と、メディアインターフェース(I/F)208と、バス209と読み替えるものとする。
基準範囲データベース(DB)DB2は、各代謝物質の基準レベルとこれに対応するリスクレベルを示すラベルを格納する。ラベルは、「低い」、「中程度」、「高い」等のテキストであってもよく、「1」、「2」、「3」等の数値等であってもよい。
(2)動脈硬化のリスクの層別化プログラムの動作
図5を参照して、動脈硬化のリスクの層別化プログラム2042の動作について説明する。
ステップS21において、制御部201は、上記測定装置50が生成した被検体の代謝産物の存在量を示すデータを取得する。
【0046】
続いて、ステップS22において、制御部201は、ステップS21において取得した被検体の代謝産物の存在量を示すデータと、記録デバイス204内の基準範囲DB2に格納されている、被検体の代謝産物の存在量を示すデータに対応する代謝物質の基準レベルと比較する。ステップS22において、被検体の代謝産物の存在量を示すデータがレベルと比較し、前記データが属する基準レベルを決定する。制御部201はステップS23に進み、基準範囲データベースDB2から、前記データが属する基準レベルが対応するリスクレベルを読み出し、読み出したリスクレベルを被検者の動脈硬化のリスクレベルであると決定する。
制御部201は、ステップS23の後にステップS24に進み、決定結果を出力デバイス212に出力する。
【0047】
6.動脈硬化の進行をモニタリングするための方法
本発明のある実施形態は、動脈硬化の進行をモニタリングするためのモニタリング方法に関する。モニタリング方法は、被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を測定することを含む。モニタリング方法において、前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して高い場合に、被検体において動脈硬化が進行していること示唆する。モニタリング方法において、前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して同等であるか低い場合に、被検体において動脈硬化が進行していないことを示唆する。
【0048】
モニタリング方法において、前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して高い場合に、被検体において動脈硬化が進行していると決定してもよい。モニタリング方法において、前記唾液試料中の代謝物質の存在量が、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝物質について測定された存在量と比較して同等であるか低い場合に、被検体において動脈硬化が進行していないと決定してもよい。
【0049】
本実施形態において、「過去」に採取されたとは、例えば、1ヶ月前、3ヶ月前、6ヶ月前、1年前、2年前、5年前、10年前等を意図する。また、代謝物質の存在量の測定方法は、異なる時点において、同一であることが好ましい。しかし、異なる時点において異なる測定方法により各代謝物質の存在量が測定された場合には、一方の測定方法によって取得された存在量をもう一方の測定方法によって取得されうる存在量に換算してもよい。
【0050】
本実施形態において、上記1.と重複する用語については、上記1.の説明をここに援用する。
【0051】
7.動脈硬化の進行モニタリングするためのモニタリングシステム
本発明のある実施形態は動脈硬化の進行をモニタリングするために使用される測定装置50(以下、単に測定装置50と称する)と、情報処理装置30とを備える動脈硬化の進行モニタリングするための層別化システム3000(以下、単にシステム32000と称する)に関する。
図6に、システム3000、測定装置50、及び情報処理装置30のハードウエアの構成を示す。
なお、上記1.、3.、6.と重複する用語の説明は、本実施形態の説明にも援用する。
【0052】
8-1.測定装置50
測定装置50のハードウエア構成、及び測定プログラムの処理は、上記6.に記載したとおりである。
【0053】
8-2.情報処理装置30
(1)ハードウエアの構成
情報処理装置30は、上記7.で述べたモニタリング方法を実現する。言い換えると、情報処理装置30は、動脈硬化の進行モニタリングするためモニタリング装置30とも呼ぶことができる。
図6に示すように、情報処理装置60は、汎用コンピュータであり得る。情報処理装置30のハードウエア構成は、記録デバイス304に層別化プログラム3042と基準範囲データベース(DB)DB3を備える点を除き、情報処理装置10と同様である。したがって、上記6-2.の説明をここに援用する。しかし、上記6-2.に記載の入力デバイス111と、出力デバイス112と、メディアドライブ113と、CPU101と、メモリ102と、ROM103と、記録デバイス104と、通信インタフェース(I/F)105と、入力インタフェース(I/F)106と、出力インタフェース(I/F)107と、メディアインターフェース(I/F)108と、バス109は、入力デバイス311と、出力デバイス312と、メディアドライブ313と、CPU301と、メモリ302と、ROM303と、記録デバイス304と、通信インタフェース(I/F)305と、入力インタフェース(I/F)306と、出力インタフェース(I/F)307と、メディアインターフェース(I/F)308と、バス309と読み替えるものとする。
基準範囲データベース(DB)DB3は、被検体から過去に採取された唾液試料中の代謝物質の存在量を格納している。
(2)動脈硬化の進行モニタリングするためのモニタリングプログラムの動作
図7を参照して、検出補助プログラム3042の動作について説明する。
ステップS31において、制御部301は、上記測定装置50が生成した被検体の代謝産物の存在量を示すデータを取得する。
【0054】
続いて、ステップS32において、制御部301は、ステップS31において取得した被検体の代謝産物の存在量を示すデータと、記録デバイス304内の基準範囲DB3に格納されている、過去に同一被検体から採取された唾液試料中の同一の代謝産物の存在量を示すデータ(以下、「過去データ」とよぶ)と比較する。ステップS32において、被検体の代謝産物の存在量を示すデータが過去データよりも高い時(「YES」である時)、制御部301はステップS33に進み、被検体において動脈硬化が進行していると判定する。ステップS32において、被検体の代謝産物の存在量を示すデータが過去データと同程度か低い時(「NO」である時)、制御部301はステップS34に進み、被検体は動脈硬化を有さないと判定する。
制御部301は、ステップS33又はS34の後にステップS35に進み、判定結果を出力デバイス112に出力する。
【0055】
9.動脈硬化の進行のレベルの予測方法
本発明のある実施形態は、動脈硬化の進行のレベルの予測方法に関する。予測方法は、被検体から採取した唾液試料中の代謝物質の存在量を測定することを含む。予測方法において、前記唾液試料中の代謝物質の存在量が所定の基準レベルに該当する時に、被検体が前記基準レベルに対応する動脈硬化の進行レベルであることを示唆する。
【0056】
動脈硬化の進行とは、被検体が有している動脈硬化の増悪を意図する。好ましくはmaxIMT値の増加を意図する。
【0057】
基準レベルは、陽性対照の代謝物質の存在量に基づいて決定される代謝物質の存在量を示すデータの数値範囲を意図する。各数値範囲に対応する動脈硬化の進行度が進行レベルとなる。例えば、代謝物質がアラントインである場合、唾液中のアラントインの存在量が、0~3未満である時には進行レベルは“低い”、3~3.5未満である時には進行レベルは“中等度”、3.5~5である時には進行レベルは“高い”と決定することができる。代謝物質がリンゴ酸である場合、唾液中のリンゴ酸の存在量が、4.8~5である時には進行レベルは“低い”、4.2~4.8未満である時には進行レベルは“中等度である”、0~4.2未満である時には進行レベルは“高い”と決定することができる。代謝物質が1,5-アンヒドロ-D-グルシトールである場合、唾液中の1,5-アンヒドロ-D-グルシトールの存在量が、4.5~5である時には進行レベルは“低い”、3.5~4.5未満である時には進行レベルは“中等度である”、0~3.5未満である時には進行レベルは“高い”と決定することができる。また、進行レベルをmax IMTにより評価する場合、進行レベルは、max IMT値の数値範囲で示されてもよい。
【0058】
また、基準レベルの数値範囲は、例えば存在量の所定の数値範囲における陽性対照者及び/又は陰性対照者が有している動脈硬化の程度を示す回帰式を使って統計学的に算出された値に基づいて決定することができる。陽性対照者及び/又は陰性対照者が有している動脈硬化の程度を示す値を複数の分位し、これらに対応する各代謝物質の存在量の数値範囲を基準レベルとして決定できる。複数の分位は、少なくとも、2であり、好ましくは、3、4、又は5である。基準レベルは分位された結果に基づいて複数存在し、所定の基準レベルは、分位された複数の基準レベルの1つを意図する。
【0059】
本実施形態において、上記1.と重複する用語については、上記1.及び4.の説明をここに援用する。
【0060】
10.動脈硬化の進行のレベルを予測するための予測システム
本発明のある実施形態は、動脈硬化の進行のレベルを予測するために使用される測定装置50(以下、単に測定装置50と称する)と、情報処理装置40とを備える動脈硬化の進行のレベルを予測するための予測システム4000(以下、単にシステム4000と称する)に関する。
図8に、システム4000、測定装置50、及び情報処理装置40のハードウエアの構成を示す。
なお、上記1.、4.、6.と重複する用語の説明は、本実施形態の説明にも援用する。
【0061】
10-1.測定装置50
測定装置50のハードウエア構成、及び測定プログラムの処理は、上記6.に記載したとおりである。
【0062】
10-2.情報処理装置40
(1)ハードウエアの構成
情報処理装置40は、上記9.で述べた予測方法を実現する。言い換えると、情報処理装置40は、動脈硬化の進行のレベルの予測装置20とも呼ぶことができる。
図8に示すように、情報処理装置260は、汎用コンピュータであり得る。情報処理装置20のハードウエア構成は、記録デバイス204に層別化プログラム2042と基準範囲データベース(DB)DB2を備える点を除き、情報処理装置10と同様である。したがって、上記6-2.の説明をここに援用する。しかし、上記6-2.に記載の入力デバイス111と、出力デバイス112と、メディアドライブ113と、CPU101と、メモリ102と、ROM103と、記録デバイス104と、通信インタフェース(I/F)105と、入力インタフェース(I/F)106と、出力インタフェース(I/F)107と、メディアインターフェース(I/F)108と、バス109は、入力デバイス411と、出力デバイス412と、メディアドライブ413と、CPU401と、メモリ402と、ROM403と、記録デバイス404と、通信インタフェース(I/F)405と、入力インタフェース(I/F)406と、出力インタフェース(I/F)407と、メディアインターフェース(I/F)408と、バス409と読み替えるものとする。
基準範囲データベース(DB)DB4は、各代謝物質の基準レベルとこれに対応する進行レベルを示すラベルを格納する。ラベルは、「低い」、「中程度」、「高い」等のテキストであってもよく、「1」、「2」、「3」等の数値等であってもよい。進行レベルは、max IMT値の数値範囲で表されてもよい。
(2)動脈硬化の進行の予測プログラムの動作
図9を参照して、動脈硬化の進行の予測プログラム4042の動作について説明する。
ステップS41において、制御部401は、上記測定装置50が生成した被検体の代謝産物の存在量を示すデータを取得する。
【0063】
続いて、ステップS42において、制御部401は、ステップS41において取得した被検体の代謝産物の存在量を示すデータと、記録デバイス404内の基準範囲DB2に格納されている、被検体の代謝産物の存在量を示すデータに対応する代謝物質の基準レベルと比較する。ステップS42において、被検体の代謝産物の存在量を示すデータがレベルと比較し、前記データが属する基準レベルを決定する。制御部401はステップS43に進み、基準範囲データベースDB4から、前記データが属する基準レベルが対応する進行レベルを読み出し、読み出したリスクレベルを被検者の動脈硬化の進行レベルであると決定する。
制御部401は、ステップS43の後にステップS44に進み、決定結果を出力デバイス212に出力する。
11.プログラムを記録した記憶媒体
本発明のある実施形態は、検出補助プログラム1042、層別化プログラム2042、モニタリングプログラム3042、又は予測プログラム4024を記録した、記録媒体等のプログラム製品に関する。すなわち、前記コンピュータプログラムは、ハードディスク、フラッシュメモリ等の半導体メモリ素子、光ディスク等の記録媒体に格納され得る。記録媒体へのプログラムの記録形式は、評価装置10がプログラムを読み取り可能である限り制限されない。前記記録媒体への記録は、不揮発性であることが好ましい。
【実施例0064】
以下に実施例を示して、本発明についてより詳細に説明する。ただし、本発明は、実施例に限定して解釈されるものではない。
【0065】
1.被検者及び検体
糖尿病患者31名、健常人ボランティア30名から、血液、尿、及び吐出全唾液を採取した。血液検体は通常の血漿分離用の採血管と、フッ化ナトリウムを含む採血管で採血した。血漿と唾液は採取後測定まで-80℃で保存した。フッ化ナトリウムを含む採血管で採取した血液は、冷蔵保存し、ヘモグロビンA1cの測定に使用した。
【0066】
2.生化学的測定
大阪大学医学部附属病院にて通常の生化学検査、一般検査を行った。
3.メタボローム解析
【0067】
Milli-Q水とアセトニトリルを用いて唾液試料中から代謝物の抽出を行い、真空濃縮機で30分間乾燥させた後、一晩凍結乾燥した。誘導体化は、ピリジンを加えたメトキシアミン塩酸塩溶液を20 mg/mLの濃度で使用し、その後、N-メチル-N-(トリメチルシリル)-トリフルオロアセトアミド(MSTFA)を用いてシリル化を行った。
ガスクロマトグラフ質量分析は、オートサンプラーAOC-20i(島津製作所)、SKYTMライナー(Restek, Bellefonte, PA, United States)、およびInertCap 5MS/NPキャピラリーカラム(0.25 mm × 30 m, 0.25 μm; GL Sciences, Tokyo, Japan)を搭載したGCMS-TQ8040を用いて、フルMSスキャンモードで行った。サンプル(各1μl)をスプリットモード(スプリット比1:10)で注入した。ヘリウムガスのカラムを通過する流量を1.5ml/minに設定し、カラム温度はまず80℃で2分維持し、その後15分かけて325℃まで上昇させ、その後10分間保持した。GCとMS間のインタフェースの温度は310℃に、イオン源は280℃に設定した。質量範囲は85-500m/zに設定し、電子衝撃イオン化を行った。
【0068】
GC-MSにより得られたデータはABFフォーマットに変換された後、MS-DIAL(理研)を用いて、特徴検出、スペクトルデコンボリューション、代謝物の相対定量を行った。GC-MS分析において、存在量は、唾液試料に既知量のリビトールを内部標準として添加し、この内部標準物質のピーク面積に対する各測定対象の代謝物質のピーク面積の比として表した。
【0069】
4.maxIMT値の取得
各被検体の動脈硬化の指標として、maxIMT値を測定した。大阪大学医学部附属病院にて7.5 MHzのライナー型トランスデューサを用いて頸動脈のBモード超音波検査を行った。検査は日本超音波医学会のガイドラインに沿って検査技師が行った。総頸動脈のIMTの最も太い点を個別に測定し、その中で最も高い値を各個人の代表的な値であるmax-IMTとした。
【0070】
5.データ解析
データ解析には、SIMCA(商標)-P software(ライフサイエンス領域研究支援ITソリューション)、R packageを使用した。
【0071】
6.結果
図10Aに糖尿病患者のmaxIMT値の分布を示すスコアプロットを示す。横軸は線形次元圧縮によりmaxIMT値の変動を最も反映した第一成分を示し、縦軸は第一成分に直交する成分、すなわちmaxIMT値以外の要素による変動を示す。糖尿病患者のmaxIMT値の分布は分散しており、要素に偏りはなかった。
【0072】
図10Bに、被検体の生化学的マーカー及び唾液のメタボロームデータとmaxIMT値との相関を示すローディングプロットを示す。横軸はスコアプロット同様に第一成分を示し、縦軸は第一成分に直交する成分を示す。
図10Cには、
図10Bの変数分布のうちmaxIMT値との相関の大きかった生化学的マーカー及び唾液のメタボロームデータを棒グラフで示す。解析の結果、唾液中のアラントインの存在量は、maxIMT値に対して正の相関を示した。リンゴ酸、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール、GABA、クレアチニン、及びプロピレングリコールは、maxIMT値に対して負の相関を示した。これらの結果から、唾液中のアラントイン、リンゴ酸、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール、GABA、クレアチニン、及びプロピレングリコールは、maxIMT値との相関が高く、動脈硬化の指標として使用できることが示された。
【0073】
図10Dに、アラントイン、リンゴ酸、又は1,5-アンヒドロ-D-グルシトールとmaxIMT値との相関を示す。縦軸はmaxIMT値を示し、横軸は各代謝物質の存在量を示す。アラントインはr=0.496、p=1.17×10-
2を示し、リンゴ酸はr=-0.437、p=2.88×10-
2を示し、1,5-アンヒドロ-D-グルシトールはr=-0.493、p=1.22×10-
2を示した。
【0074】
図11に、生化学マーカーである血中のHDL-コレステロール(HDL-C)、グルコアルブミン(GA)、及びトリグリセリド(TG)の組み合わせ(符号a)、唾液中のアラントイン、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール及びリンゴ酸の組み合わせ(符号b)、唾液中のアラントイン(符号c)のROC曲線を示す。従来の動脈硬化関連マーカーである血中のHDL-コレステロール(HDL-C)、グルコアルブミン(GA)、及びトリグリセリド(TG)の組み合わせのAUC値は95.1%を示した。唾液中のアラントインの存在量のAUC値は72.9%であり、感度、特異度共に良好であった。また、唾液中のアラントイン、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール及びリンゴ酸の存在量を組み合わせた場合のAUC値は87.5%であり、より動脈硬化の予測精度が上がることが示された。
【0075】
図12Aに、唾液中の1,5-アンヒドロ-D-グルシトールの存在量のROC曲線を示す。また、
図12Bに、唾液中のリンゴ酸の存在量のROC曲線を示す。唾液中の1,5-アンヒドロ-D-グルシトールの存在量のAUC値は86.1%であり、感度、特異度共に良好であった。唾液中のリンゴ酸の存在量のAUC値は、66.7%であり、動脈硬化の予測に使用できる可能性が示された。
【0076】
唾液中のアラントイン、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール、又はリンゴ酸と他の動脈硬化の臨床マーカーとの相関を検討した。
図13Aは唾液中のアラントインの結果を示し、
図13Bは唾液中の1,5-アンヒドロ-D-グルシトールの結果を示す。
図13において、p[1]は
図10Bの横軸の値を示す。p(corr)[1]はp[1]を-1~1で表現した値を示し、絶対値0.3以上で有意と定義した。VIPpredはモデル化における寄与値を示し、1以上で有意と定義した。rはSpearmanの相関係数を示し、絶対値0.3以上で有意と定義した。pはSpearmanの相関係数におけるp値を示し、0.05以下で有意と定義した。
【0077】
唾液中のアラントインの存在量は、グルコアルブミンとの相関が認められた。唾液中の1,5-アンヒドロ-D-グルシトールの存在量は、トリグリセリド、ヘモグロビンA1c、グルコアルブミン、HDL-コレステロールとの相関が認められた。
以上の結果から、唾液中のアラントイン、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール、又はリンゴ酸は、動脈硬化の指標となり得ることが示された。