(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023063041
(43)【公開日】2023-05-09
(54)【発明の名称】膜タンパク質を含む人工生体膜
(51)【国際特許分類】
G01N 33/543 20060101AFI20230427BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230427BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20230427BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20230427BHJP
C07K 7/08 20060101ALN20230427BHJP
C07K 14/705 20060101ALN20230427BHJP
【FI】
G01N33/543 525U
C12Q1/02 ZNA
C12M1/34 B
G01N33/543 525W
G01N33/53 D
C07K7/08
C07K14/705
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021173293
(22)【出願日】2021-10-22
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100183656
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100224786
【弁理士】
【氏名又は名称】大島 卓之
(74)【代理人】
【識別番号】100225015
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 彩夏
(72)【発明者】
【氏名】森垣 憲一
(72)【発明者】
【氏名】林 文夫
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029BB15
4B029BB20
4B029DG10
4B029FA15
4B063QA20
4B063QQ70
4B063QQ79
4B063QR45
4B063QR48
4B063QR90
4B063QS36
4B063QS39
4B063QX01
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA17
4H045CA40
4H045DA50
4H045EA50
(57)【要約】
【課題】側方拡散性を保持した膜タンパク質を含む人工生体膜を提供する。さらには側方拡散性を保持した膜タンパク質を含む人工生体膜の作製方法を提供する。
【解決手段】基板(a)表面にポリマー脂質膜(b)を部分的に積層し、前記ポリマー脂質膜(b)が積層されていない基板(a)表面に、ペプチドナノディスクとともに膜タンパク質(d)とともに流動性脂質膜(c)を積層する工程を含む、人工生体膜の作製方法による。作製された人工生体膜には膜タンパク質(d)が高確率で再構成され、側方拡散性も保持する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板(a)表面にポリマー脂質膜(b)を部分的に積層し、前記ポリマー脂質膜(b)が積層されていない基板(a)表面に、両親媒性ペプチドを含むナノディスクに含まれた膜タンパク質(d)とともに流動性脂質膜(c)を積層する工程を含み、前記膜タンパク質(d)が側方拡散性を保持した状態で再構成されていることを特徴とする人工生体膜の作製方法。
【請求項2】
基板(a)表面にポリマー脂質膜(b)を部分的に積層する工程が、基板(a)表面に重合性脂質(モノマー)の脂質膜を吸着し、光重合によりポリマー脂質膜(b)を形成させることによる、請求項1に記載の人工生体膜の作製方法。
【請求項3】
以下の(1)~(4)の工程を含む、請求項1又は2に記載の人工生体膜の作製方法:
(1)基板(a)表面に重合性脂質(モノマー)の脂質膜を吸着させる工程;
(2)前記吸着した脂質膜の一部を光照射から保護し、光照射から保護されていない重合性脂質(モノマー)を光照射して重合させ、ポリマー脂質膜(b)を基板(a)表面にパターン化形成させる工程;
(3)前記(2)の工程で、光重合反応から保護された脂質膜を界面活性剤又は有機溶媒によって基板(a)表面から除去する工程;
(4)前記(3)の工程で、基板(a)表面から脂質膜が除去された部位に膜タンパク質(d)とともに流動性脂質膜(c)を積層する工程。
【請求項4】
基板(a)表面に脂質膜が積層されてなる人工生体膜であって、前記積層される脂質膜がポリマー脂質膜(b)と膜タンパク質(d)を含む流動性脂質膜(c)を含み、前記膜タンパク質(d)が側方拡散性を保持した状態であることを特徴とする人工生体膜。
【請求項5】
前記ポリマー脂質膜(b)が、基板(a)表面に部分的に積層されており、前記ポリマー脂質膜(b)が積層されていない基板(a)表面に、膜タンパク質(d)を含む流動性脂質膜(c)が積層されていることを特徴とする、請求項4に記載の人工生体膜。
【請求項6】
前記ポリマー脂質膜(b)が、光重合性脂質膜である請求項4又は5に記載の人工生体膜。
【請求項7】
前記ポリマー脂質膜(b)がパターン化形成されて基板(a)表面に積層されており、前記ポリマー脂質膜(b)が積層されていない基板(a)表面に、膜タンパク質(d)を含む流動性脂質膜(c)が積層されていることを特徴とする請求項4~6のいずれかに記載の人工生体膜。
【請求項8】
請求項1~3のいずれかに記載の作製方法で作製されており、膜タンパク質(d)が側方拡散性を保持した状態で再構成されていることを特徴とする基板(a)表面に脂質膜が積層されてなる人工生体膜。
【請求項9】
膜タンパク質(d)が、1種又は2種以上の膜タンパク質である請求項4~8のいずれかに記載の人工生体膜。
【請求項10】
膜タンパク質(d)の少なくとも1種が、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)に分類されるタンパク質である請求項9に記載の人工生体膜。
【請求項11】
請求項4~10のいずれかに記載の人工生体膜を用いることを特徴とする、膜タンパク質(d)機能の解析方法。
【請求項12】
請求項4~10のいずれかに記載の人工生体膜を用いることを特徴とする、膜タンパク質(d)を標的とする物質の評価方法。
【請求項13】
請求項4~10のいずれかに記載の人工生体膜を含む膜タンパク質(d)に係る検査用デバイス。
【請求項14】
請求項13に記載の検査用デバイスを少なくとも含み、さらに膜タンパク質(d)の検査に必要な試薬及び/又は器具を含む、膜タンパク質(d)に係る検査用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜タンパク質を含む人工生体膜に関し、より詳しくは側方拡散性を保持した膜タンパク質含む人工生体膜に関する。さらに本発明は膜タンパク質を含む人工生体膜の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体膜と同等の機能や生体適合性を得るために、生体膜と同等な構造を持つ脂質膜を光又は熱で重合して安定化する研究は数多く行われている。本発明者らのグループは、光重合脂質膜を光リソグラフィー技術で重合して天然脂質と組み合わせるパターン化人工生体膜を開発した(非特許文献1、特許文献1、2)。
【0003】
パターン化人工生体膜の技術を利用したナノギャップ構造型基板を含むナノ流体デバイスについても開示がある(特許文献3)。ここでは脂質膜と固相の間に厚さが5~200nmで制御されたナノ空間(ナノギャップ構造)を含む基板が示されており、生体分子を高感度計測可能なバイオセンサー、バイオチップなどに利用可能であることが示されている。しかしながら膜タンパク質を含む膜については記載がない。
【0004】
膜タンパク質は生体内で非常に重要な役割を果たし、医薬品等の主要標的分子でもあるが、脂質膜に組み込まれた状態でのみ正しい構造、機能を持つ。これまで、生体膜を模倣した人工生体膜を支持体である基板表面に作製して膜タンパク質の物性や機能を計測することが試みられてきた。しかしながら、人工生体膜における膜タンパク質を生体膜と同様に膜内拡散性、機能などを保持して再構成することは困難であった。
【0005】
パターン化人工生体膜の技術を利用し、流動性脂質膜部分に膜結合型チトクロームP450(P450)を含む膜画分を固定化した基板について開示がある(特許文献4)。膜結合型P450の膜への固定化は、該タンパク質含有膜画分を20%グリセロール及び2-mercaptoethanol(2-ME)を含んだ緩衝液で適当な濃度に希釈し、パターン化疑似生体膜に添加することで行われた。ここではP450の膜への固定化が示されているものの、流動性や側方拡散性については何ら示されていない。
【0006】
界面活性剤に可溶化した膜タンパク質(ロドプシン)を、水溶液中で急速に希釈することでパターン化人工生体膜に導入する技術の開示がある(非特許文献2)。しかし、(1)導入効率が低い(膜タンパク質密度が低い)、(2)固定化した(側方拡散性を有しない)膜タンパク質の割合が高い、(3)界面活性剤の作用により、膜に欠損や変形が生じる可能性がある、(4)ポリマー脂質膜表面に膜タンパク質が非特異的に吸着する、(5)界面活性剤を希釈する際に、膜タンパク質が凝集して活性を失う可能性がある、などの問題点があった。
【0007】
ナノディスクは両親媒性タンパク質(membrane scaffold protein:MSP)が脂質二分子膜をベルト状に取り囲んだ円盤状のナノ粒子であり、一般的には血中の高密度リポプロテイン(HDL)粒子を人工的に再構成したディスク状のナノ粒子が知られている。界面活性剤を使用することなくナノディスクを簡便かつ短時間で調製可能とする界面活性ペプチドについて開示がある(特許文献5)。また、MSPの代わりに両親媒性ペプチド(A18ペプチド)で囲まれた脂質ナノディスクについても報告がある(非特許文献3)。前記A18ペプチドで囲まれた脂質ナノディスクを基板表面上の脂質膜に再構成させたことの報告がある(非特許文献4、5)。しかしながら、両親媒性ペプチドで囲まれた脂質ナノディスクを用いても、脂質膜内での膜タンパク質の再構成率は低く、さらに膜タンパク質の非特異敵吸着や失活等の課題が残されている。また再構成された膜タンパク質は固定化されており、側方拡散性は有さない。膜タンパク質は、生体膜内を2次元に拡散することで、特定タンパク質と相互作用して複合体を形成したり、特定脂質領域に集積することを通じてシグナル伝達、エネルギー変換などの機能を発現している。そのため、側方拡散性を保持した膜タンパク質を含む人工生体膜の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-309464号公報(特許第4150793号公報)
【特許文献2】特開2011-226920号公報(特許第5532229号公報)
【特許文献3】特開2016-125946号公報
【特許文献4】特開2008-187975号公報
【特許文献5】特開2017-039673号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Okazaki et al., Langmuir, 2009 Jan 6;25(1):345-51
【非特許文献2】Tanimoto et al., Biophys. J. 2015, 109, 2307-2316
【非特許文献3】Midtgaard et al., Soft Matter, 2014, 10, 738-752
【非特許文献4】Luchini et al., Anal. Chem. 2020, 92, 1081-1088
【非特許文献5】Luchini et al., Journal of Colloid and Interface Science 585 (2021) 376-385
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、膜タンパク質を含む人工生体膜に関し、より詳しくは側方拡散性を保持した膜タンパク質を含む人工生体膜を提供することを課題とする。さらに本発明は膜タンパク質を含む人工生体膜の作製方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、光重合脂質膜を光リソグラフィー技術で重合してポリマー脂質膜を形成させ、膜タンパク質を含むペプチドナノディスクを含む流動性脂質膜と組み合わせてパターン化人工生体膜を作製する手法を見出した。パターン化人工生体膜に膜タンパク質を含むペプチドナノディスクを用いるパターン化人工生体膜の作製方法によれば、ポリマー脂質膜辺縁部より膜タンパク質を含む流動性脂質膜が伸展し、再構成された膜タンパク質も側方拡散性を保持することを初めて確認し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち本発明は、以下よりなる。
1.基板(a)表面にポリマー脂質膜(b)を部分的に積層し、前記ポリマー脂質膜(b)が積層されていない基板(a)表面に、両親媒性ペプチドを含むナノディスクに含まれた膜タンパク質(d)とともに流動性脂質膜(c)を積層する工程を含み、前記膜タンパク質(d)が側方拡散性を保持した状態で再構成されていることを特徴とする人工生体膜の作製方法。
2.基板(a)表面にポリマー脂質膜(b)を部分的に積層する工程が、基板(a)表面に重合性脂質(モノマー)の脂質膜を吸着し、光重合によりポリマー脂質膜(b)を形成させることによる、前項1に記載の人工生体膜の作製方法。
3.以下の(1)~(4)の工程を含む、前項1又は2に記載の人工生体膜の作製方法:
(1)基板(a)表面に重合性脂質(モノマー)の脂質膜を吸着させる工程;
(2)前記吸着した脂質膜の一部を光照射から保護し、光照射から保護されていない重合性脂質(モノマー)を光照射して重合させ、ポリマー脂質膜(b)を基板(a)表面にパターン化形成させる工程;
(3)前記(2)の工程で、光重合反応から保護された脂質膜を界面活性剤又は有機溶媒によって基板(a)表面から除去する工程;
(4)前記(3)の工程で、基板(a)表面から脂質膜が除去された部位に膜タンパク質(d)とともに流動性脂質膜(c)を積層する工程。
4.基板(a)表面に脂質膜が積層されてなる人工生体膜であって、前記積層される脂質膜がポリマー脂質膜(b)と膜タンパク質(d)を含む流動性脂質膜(c)を含み、前記膜タンパク質(d)が側方拡散性を保持した状態であることを特徴とする人工生体膜。
5.前記ポリマー脂質膜(b)が、基板(a)表面に部分的に積層されており、前記ポリマー脂質膜(b)が積層されていない基板(a)表面に、膜タンパク質(d)を含む流動性脂質膜(c)が積層されていることを特徴とする、前項4に記載の人工生体膜。
6.前記ポリマー脂質膜(b)が、光重合性脂質膜である前項4又は5に記載の人工生体膜。
7.前記ポリマー脂質膜(b)がパターン化形成されて基板(a)表面に積層されており、前記ポリマー脂質膜(b)が積層されていない基板(a)表面に、膜タンパク質(d)を含む流動性脂質膜(c)が積層されていることを特徴とする前項4~6のいずれかに記載の人工生体膜。
8.前項1~3のいずれかに記載の作製方法で作製されており、膜タンパク質(d)が側方拡散性を保持した状態で再構成されていることを特徴とする基板(a)表面に脂質膜が積層されてなる人工生体膜。
9.膜タンパク質(d)が、1種又は2種以上の膜タンパク質である前項4~8のいずれかに記載の人工生体膜。
10.膜タンパク質(d)の少なくとも1種が、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)に分類されるタンパク質である前項9に記載の人工生体膜。
11.前項4~10のいずれかに記載の人工生体膜を用いることを特徴とする、膜タンパク質(d)機能の解析方法。
12.前項4~10のいずれかに記載の人工生体膜を用いることを特徴とする、膜タンパク質(d)を標的とする物質の評価方法。
13.前項4~10のいずれかに記載の人工生体膜を含む膜タンパク質(d)に係る検査用デバイス。
14.前項13に記載の検査用デバイス及び膜タンパク質(d)の検査に必要な試薬を含む、膜タンパク質(d)に係る検査用キット。
【発明の効果】
【0013】
従来は、人工生体膜では膜タンパク質は側方拡散性や安定性が保持されておらず、人工生体膜内で十分に膜タンパク質が再構成されているとはいえなかった。一方、本発明の膜タンパク質を含む人工生体膜は、再構成された膜タンパク質は側方拡散性を保持し、生体膜と同等の機能を有することが確認された。さらに本発明の膜タンパク質を含む人工生体膜の作製方法によれば、ポリマー脂質膜がパターン化形成されていることにより流動性脂質膜を区画に分別することができ、区画ごとに膜タンパク質の種類や濃度(密度)を変えた流動性脂質膜を目的に応じて適宜配置することができる。
【0014】
本発明の膜タンパク質を含む人工生体膜を用いることで、in vitroの系で、目的に応じて膜タンパク質の種類や濃度(密度)等の条件を整え、膜タンパク質の機能解析や膜タンパク質を標的とする物質の評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の人工生体膜の作製方法及びパターン化形成の概念を示す図である。
図1Aは光重合性脂質を示し、
図1Bは光照射によるパターン化人工生体膜の作製方法を示す。
図1Cは作製されたパターン化人工生体膜を示す。(実施例1)
【
図2】膜タンパク質(d)としてロドプシン(Rh)を含む人工生体膜の作製方法を示す図である。流動性脂質膜(c)(二分子膜)の形成過程と膜タンパク質(d)を含む人工生体膜を示す。(実施例1)
【
図3】ペプチドナノディスクの精製過程を示す図である。
図3Aは人工生体膜の作製に使用するロドプシン(Rh)を含んだペプチドナノディスク(Rh-ND)について、サイズ排除クロマトグラフィー(Size exclusion chromatography:SEC)を用いた精製過程を示す図である。両親媒性を持つペプチド(A18ペプチド)と脂質(POPC)を溶媒中で混合して、ガラスバイアル中で乾燥フィルムを形成させ、可溶化されたRhを含む水溶液を添加した後、SECによって界面活性剤を除去することでナノディスクを形成した。分画7-10はRh含有ナノディスク(Rh-ND)であり、分画15-16は脂質のみのナノディスク(Empty-ND)であった。このEmpty-NDは副次的に得られるもので、微量のRhを含むなどするため支持脂質二分子膜(Supported Lipid Bilayer:SLB)形成時には使用しない。
図3Bは脂質のみを含むペプチドナノディスク(Lipid-ND)についてSECを用いた精製過程を示す図である。(実施例1)
【
図4】人工生体膜において、流動性脂質膜(c)の形成態様を示す図である。格子状のポリマー脂質膜(b)に囲まれた領域(区画)にペプチドナノディスクを導入した。
図4Aはポリマー脂質膜(b)辺縁部(境界部)から流動性脂質膜(c)が形成される様子を蛍光顕微鏡で観察した結果を示し、
図4Bは
図4Aの結果を120秒までの蛍光度で数値化した結果を示す。
図4Cはポリマー脂質膜(b)との境界部(辺縁部)及びポリマー脂質膜(b)のない区画の中心部について、流動性脂質膜の伸展速度を測定した結果を示す。(実験例1)
【
図5】区画内に再構成されたCy7標識ロドプシン(Cy7-NT-Rh)分子について、1分子蛍光追跡によって各分子の2次元拡散速度を測定した結果を示す図である。N = 116での中央値は0.24 μm
2s
-1であった。(実験例2)
【
図6】膜タンパク質(d)を含む人工生体膜に関し、Cy7-NT-Rh含有ペプチドナノディスク(Rh-ND)又は界面活性剤で処理したCy7-NT-Rhを用いた場合での流動性脂質膜(c)におけるCy7-NT-Rhの再構成を確認した結果を示す図である。
図6Aは、各々について蛍光顕微鏡で観察した結果を示し、
図6BはCy7-NT-Rhの再構成を数値化した結果を示す。(比較例1)
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、膜タンパク質を含む人工生体膜に関し、より詳しくは基板表面に脂質膜が積層されてなる人工生体膜であって、前記積層される脂質膜がポリマー脂質膜と膜タンパク質を含む流動性脂質膜を含む脂質膜であることを特徴とする人工生体膜に関する。前記ポリマー脂質膜は、基板表面に部分的に積層されており、前記ポリマー脂質膜が積層されていない基板表面に、膜タンパク質を含む流動性脂質膜が積層されている。前記ポリマー脂質膜は、好ましくは光重合性脂質膜である。
【0017】
本明細書において「人工生体膜」とは、前記生体膜の基本物性を保持しつつ人工的に作製された生体膜をいう。生体膜は、脂質分子が表裏二層に並んだ二分子膜構造を有し、分子が側方拡散できるという基本物性(流動性)を保持する。本発明の人工生体膜は、支持体である基板表面上に作製された脂質二分子膜である。基板表面上の人工生体膜を支持脂質二分子膜(Supported Lipid Bilayer:SLB)ともいう。
【0018】
本発明の人工生体膜は、パターン化人工生体膜であるのが好適である。本明細書において、「パターン化人工生体膜」とは、流動性を有しないポリマー脂質膜が基板表面上にパターン化された形状で配置されており、ポリマー脂質膜が配置されていない基板表面上に流動性脂質膜が配置されている人工生体膜をいう。パターン化形成の方法については後述する。
【0019】
本明細書における「基板」は、生体膜が支持され、生体膜が物理的相互作用又は化学的結合で結合可能な固体であればよく、特に限定されない(
図1、
図2参照)。基板の材料としては例えばガラス、石英、プラスチック、セラミック、金属等が挙げられ、適宜選択することができる。好適には、ガラス、石英、高分子エラストマー、酸化シリコン等が挙げられる。高分子エラストマーとはゴム状の弾力性を有する工業用材料の総称をいい、具体的にはスチレン系、オレフィン系、塩ビ系、ウレタン系、アミド系等のエラストマーが挙げられる。より具体的には、例えばポリジメチルシロキサン(Polydimethylsiloxane: PDMS)のようなシリコンエラストマーが挙げられる。またその形状は平板であっても曲線状であってもよい。
【0020】
本明細書において「脂質膜」は、天然又は合成の起源に由来してよく、リン脂質、例えばフォスファチジルコリンを有する脂質膜が挙げられる。前記脂質膜は二分子脂質膜であってもよいし、単分子脂質膜であってもよいが、特に好適には二分子脂質膜である(
図1、
図2参照)。
【0021】
本明細書において「ポリマー脂質膜」とは、生体膜と同等の膜構造を有するポリマー脂質膜であって、光重合性脂質膜であるのが好ましく、疑似生体膜であってもよい。光重合性脂質膜としては、光重合性基を少なくとも一つ有する脂質であればよく、特に限定されない。光重合性基としては、二重結合、三重結合、エポキシ塩、α、β-不飽和カルボニル基などが例示され、好ましくは二重結合又は三重結合である。光重合性基は、1つの脂質分子あたり1~10個、より好ましくは2~6個含まれる。具体的には、特許文献1に示すポリマー二分子構造からなる脂質膜が好適である。重合可能な脂質としては、リン脂質が例示され、具体的にはホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリンの1又は2のアシル基が光重合性基を少なくとも1個含む直鎖又は分岐状で、通常C6~C30好ましくはC6~C24、より好ましくはC12~C22の脂肪族のカルボン酸に由来する基であるのが好ましい。脂質は2つのアシル基を有するグリセロリン脂質が好ましいが、リン脂質のアシル基の1つが加水分解された、アシル基(光重合性基を有する) が1つのリン脂質を併用することも可能である。
【0022】
光重合性基と脂質モノマーの構造は特許文献1又は2を参照することができる。脂質膜に関し、光重合性脂質分子の親水性部位に化学反応性を持つ1級アミンなどの反応性基を導入することで、ポリマー脂質膜表面に生体関連分子を化学結合して生体機能を有する人工生体膜を作製することができる。光重合性リン脂質1,2-bis(10,12-tricosadiynoyl)-sn-glycero-3-phosphochorine(以下「DiynePC」)は、親水部が化学的に不活性なコリン基である。
【0023】
DiynePCにおいて、ジアセチレン基は炭化水素鎖のいずれの位置にあってもよく、例えばいずれかの末端側に存在していてもよい。ジアセチレン基は炭素数10~30、好ましくは14~28、より好ましくは18~26の脂肪酸に組み込まれ、この脂肪酸が2個グリセロール基とエステルを形成してジアセチレン基を持つ光重合性脂質となる。
【0024】
ジアセチレン基を持つ光重合性脂質のモノマーからなる脂質膜を基板表面に形成する場合、脂質分子が規則正しく配向した結晶状態を実現するため、基板の温度はジアセチレン基を持つ光重合性脂質のモノマーの相転移温度より5℃以上低くするのが好適である。例えば光重合性リン脂質DiynePCの脂質膜の相転移温度は38℃であるので、基板の温度は33℃以下が好適であり、10℃以下とするのがより好適である。相転移温度はジアセチレン基を持つ光重合性脂質により異なるため、脂質に応じて好ましい温度で用いられる。
【0025】
本明細書において「流動性脂質膜」とは、生体膜と同等の膜構造を有し、細胞膜と同様に流動性(分子側方拡散性)を有する脂質膜をいう。本明細書において「側方拡散性」とは、膜の性質として一般的に示される意味で用いられ、具体的には膜を構成する脂質分子が膜内を拡散運動する性質をいう。脂質二分子膜の中でリン脂質分子は共有結合をしていないため、さまざまな分子運動が可能である。脂質分子がその位置を入れかえる運動(diffusive motion)で、同一単分子層内を横方向に移動する運動を側方拡散運動という。細胞膜は細胞内外を単に隔てている静的な構造体ではなく、特異的なチャネルによってイオンなどの低分子を透過させたり、受容体を介して細胞外からのシグナルを受け取る機能、細胞膜の一部を取り込んで細胞内に輸送する機能など、細胞にとって重要な機能を担っている。また、親水性基板では物理的相互作用によって吸着した脂質膜と基板との間には水和層が存在するため、親水性基板上に形成される脂質分子も生体膜と同様に側方拡散することができる.
【0026】
本発明における「膜タンパク質」は、微生物から動物、植物に至るすべての細胞や細胞内小器官の生体膜に付着するタンパク質をいう。膜タンパク質は、内在性膜タンパク質と表在性膜タンパク質に分類される。さらに膜タンパク質は、膜に挿入される方向やシグナルペプチドの有無、タンパク質内の膜貫通ドメインの位置によって複数のタイプに分類される。膜タンパク質の機能としてイオン、栄養素など生命維持に必要な物質の運搬、ホルモン、光、熱、音などの感覚受容器といわれる細胞外情報の高感度センサーなどが挙げられる。膜タンパク質は具体的には、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)、イオンチャネル、膜結合型酵素、トランスポーターなどに分類される。GPCRの例として、ロドプシン様受容体(クラスA)、セクレチン様受容体(クラスB)、代謝型グルタミン酸受容体(クラスC)やFrizzled/Smoothened(クラスF)などの受容体群があり、具体的には、ロドプシン、アドレナリン受容体、ヒスタミンH1受容体、ヒスタミンH2受容体、セロトニン受容体、ドーパミン受容体等が挙げられる。その他の膜タンパク質としてシトクロムP450やATP合成酵素等が挙げられる。
【0027】
本発明の膜タンパク質を含む人工生体膜は、基板表面にポリマー脂質膜を部分的に積層し、前記ポリマー脂質膜が積層されていない基板表面に、膜タンパク質とともに流動性脂質膜を積層することで作製することができる。
【0028】
本発明の人工生体膜の作製において、ポリマー脂質膜と流動性脂質膜との配置は、光リソグラフィー技術を用いて任意に決定することができる。光重合性のポリマー脂質膜を、例えば特許文献2(特許第5532229号公報)に示す光重合法に従って基板上に付着させ、二分子構造からなる脂質膜を形成させることができる。光重合法に従って基板上に付着させ、二分子構造からなる脂質膜を形成させる場合において、前記吸着した重合性脂質(モノマー)の一部を光照射から保護し、光照射から保護されていない重合性脂質(モノマー)を光照射して重合させ、ポリマー脂質膜を形成させることができる。この場合に、光照射から保護する部位は任意に決定することができ、光照射する部位の形状をパターン化することができる。本明細書において「パターン化形成」とは、光照射する部位の形状をパターン化させることをいう。具体的には、例えば
図1Bに示す格子状のパターンが挙げられるが、このような形状に限定されず目的に応じて任意に形状を決定することができる。重合されたポリマー脂質膜がパターン化形成されている膜タンパク質を含む人工生体膜は、例えば以下の方法により作製することができる。これにより、ポリマー脂質膜と流動性脂質膜を組み合わせたハイブリッド膜に、膜タンパク質を含む人工生体膜を基板上に作製することができる(
図1B参照) 。
【0029】
本発明の膜タンパク質を含む人工生体膜は、具体的には以下の(1)~(4)の工程を含む方法により作製することができる。以下は
図1B又は
図2に示す記号に基づいてより具体的に説明する。
(1)基板(a)表面に重合性脂質(モノマー)の脂質膜を吸着させる工程。
(2)前記吸着した脂質膜の一部を光照射から保護し、光照射から保護されていない重合性脂質(モノマー)を光照射して重合させ、ポリマー脂質膜(b)を基板(a)表面にパターン化形成させる工程。
(3)前記(2)の工程で、光重合反応から保護された脂質膜を界面活性剤又は有機溶媒によって基板(a)表面から除去する工程。
(4)前記(3)の工程で、基板(a)表面から脂質膜が除去された部位に膜タンパク質(d)とともに流動性脂質膜(c)を積層する工程。
【0030】
上記(2)及び(3)の工程で、光重合性のポリマー脂質膜(b)を、例えば特許文献3(特許第5532229号公報)又は非特許文献4(Langmuir 2013 29 (8), 2722-2730)に示す光重合法に従って基板上に付着させ、二分子構造からなる脂質膜を任意にパターン化形成することができる。
【0031】
上記(4)の工程で、基板(a)表面に膜タンパク質(d)とともに流動性脂質膜(c)への積層は、膜タンパク質(d)を含む流動性脂質懸濁溶液を基板(a)表面に滴下することで達成される。この場合において、膜タンパク質(d)は、両親媒性ペプチドを含むナノディスクに含まれた状態で、流動性脂質懸濁溶液とともに滴下するのが好適である。
【0032】
本明細書における「両親媒性ペプチドを含むナノディスク」とは、両親媒性タンパク質(membrane scaffold protein:MSP)の代わりに両親媒性ペプチドを含む円盤状のナノ粒子をいう。両親媒性ペプチドを含むナノディスクとともに膜タンパク質(d)を取り扱うことで生体膜から分離した膜タンパク質(d)を安定的に使用可能である。しかしながら、前記両親媒性ペプチド囲まれた脂質ナノディスクを基板(a)表面上の脂質膜に再構成させた場合であっても、従来では膜タンパク質(d)は固定化されており、側方拡散性を有するものではなかったことは背景技術の欄にも示す通りである(非特許文献3~5)。
【0033】
ナノディスクに利用可能な両親媒性ペプチドを用いて、リン脂質リポソームを可溶化し、円盤状の集合体(ナノディスク)を形成することができる。リン脂質と両親媒性ペプチドのモル比が33:1 ~ 23:1の場合において、円盤状脂質二分子膜の縁がペプチドの疎水性側面によって被覆され、準安定状態のナノディスクを形成することができる。このようなナノディスクにロドプシン(Rh)等の膜タンパク質(d)を含めさせる場合は、界面活性剤で可溶化した膜タンパク質と、脂質、そして両親媒性ペプチドを混和し、その溶液から界面活性剤を除去することによって目的を達成することができる。本発明のナノディスクに含まれる両親媒性ペプチドのアミノ酸配列は、例えば以下の配列番号1で特定するアミノ酸配列が例示されるが、ナノディスクに利用可能な両親媒性ペプチドであればよく、そのアミノ酸配列は特に限定されない。
A18ペプチド:DWLKAFYDKVAEKLKEAF(配列番号1)
【0034】
本発明における人工生体膜のパターン化形成の態様は
図1を参照することができる。本発明の人工生体膜は、ポリマー脂質膜(b)により囲まれた区画(corrals)内に膜タンパク質(d)とともに流動性脂質膜(c)を積層することで作製される。膜タンパク質(d)の種類及び濃度は適宜変更することができる。
【0035】
本明細書における「両親媒性ペプチドを含むナノディスク」は、具体的には背景技術の欄で示す非特許文献3-5に示すナノディスクを使用することができる。本明細書において、前記両親媒性ペプチドを含むナノディスク(以下単に「ペプチドナノディスク」という。)に含まれた膜タンパク質(d)は、流動性脂質膜(c)とともに基板(a)表面に積層される。基板(a)表面へは、膜タンパク質(d)を含むペプチドナノディスク懸濁液と、膜タンパク質(d)を含まないペプチドナノディスク懸濁液を任意の比率で混合し、混合液を基板(a)表面へ滴下し、タンパク質組込流動性脂質膜(c)を形成させて積層することができる。この流動性脂質膜(c)はポリマー脂質膜(b)の辺縁部から伸展して形成される(
図2、4参照)。これは基板(a)表面に予め形成されたポリマー脂質膜(b)が、流動性脂質膜(c)の再構成に重要な役割を果たしていることを示唆している。
【0036】
すなわち、基板(a)表面にポリマー脂質膜(b)がない場合には、ポリマー脂質膜(b)がある状態と比較して流動性脂質膜(c)の形成に時間を要し、その結果膜タンパク質(d)を含むナノディスクが基板(a)に固定化され、流動性が失われる。ポリマー脂質膜(b)の辺縁部から流動性脂質膜(c)が伸展して形成されることで、膜タンパク質(d)の流動性が保持され、側方拡散性も保持される。
【0037】
本発明において作製された膜タンパク質(d)を含む人工生体膜は、ポリマー脂質膜(b)のパターン化形成により流動性脂質膜(c)を区画に分別することができる。区画ごとに分別された流動性脂質膜(c)に任意に膜タンパク質(d)の種類や濃度(密度)を変えて配置することができる。さらに膜タンパク質(d)の種類を複数種組み合わせて導入することもできる。前記導入した膜タンパク質(d)を標的とする物質について相互作用を計測することもできる。かかる人工生体膜を用いることで膜タンパク質(d)の機能を解析したり、膜タンパク質(d)を標的とする物質の評価を行うことができる。膜タンパク質(d)を標的とする物質としては、前記膜タンパク質(d)と相互作用しうる物質であればよく特に限定されないが、例えば医薬品等の薬剤、食品に含まれる成分、生体内のバイオマーカー等が挙げられる。従来は、人工生体膜に含まれる膜タンパク質は側方拡散性が保持されていなかったため、当該膜タンパク質の機能が人工生体膜上で十分に反映されているとはいえなかったが、本発明の膜タンパク質を含む人工生体膜を用いることで、in vitroの系で、膜タンパク質の機能解析や膜タンパク質を標的とする物質の評価を行うことができる。本発明は本発明の人工生体膜を用いることによる膜タンパク質機能の解析方法や、膜タンパク質を標的とする物質の評価方法にも及ぶ。
【0038】
本発明は、前記人工生体膜を含む膜タンパク質(d)に係る検査用デバイスにも及ぶ。検査用デバイスは、基板(a)表面に脂質膜が積層されてなる人工生体膜であって、前記積層される脂質膜がポリマー脂質膜(b)と膜タンパク質(d)を含む流動性脂質膜(c)を含み、前記膜タンパク質(d)が側方拡散性を保持した状態であることを特徴とする人工生体膜そのものであってもよいし、さらに前記人工生体膜を持ち運びや測定機器に適用可能なようにトレーなどに設置したものであってもよい。ここにおいて、「膜タンパク質(d)に係る検査」とは、膜タンパク質(d)の機能解析や膜タンパク質(d)を標的とする物質の評価に係る検査を意味する。膜タンパク質(d)に係る検査用デバイスには、前記の如く、ポリマー脂質膜(b)のパターン化形成により流動性脂質膜(c)を区画に分別することができる。区画ごとに分別された流動性脂質膜(c)に任意に膜タンパク質(d)の種類や濃度(密度)を変えて配置することができる。さらに膜タンパク質(d)の種類を複数種組み合わせて導入することもできる。これにより検査の目的に応じて、パターンの形状、膜タンパク質の種類、膜タンパク質の濃度等を適宜カスタマイズした検査用デバイスを提供することができる。
【0039】
本発明は、膜タンパク質(d)に係る検査用デバイスを少なくとも含み、さらに膜タンパク質(d)の検査に必要な試薬及び/又は器具を含む、膜タンパク質(d)に係る検査用キットにも及ぶ。ここにおいて、「膜タンパク質(d)の検査に必要な試薬」とは、例えば補酵素など膜タンパク質の機能に必要な水溶性試薬、検体希釈用バッファー試薬、検査用マーカー試薬等が挙げられるが、これらに限定されずキットとして使用可能なあらゆる試薬が挙げられる。また、「膜タンパク質(d)の検査に必要な器具」とは、例えば検査用デバイスに検体や試薬などを導入し溶液交換を行うための器具、測定を行うための器具、検査用デバイスを保護するための器具等が挙げられるが、これらに限定されずキットとして使用可能なあらゆる器具が挙げられる。
【実施例0040】
本発明の理解を深めるために、図面に記載の内容を参照しつつ、実施例、実験例及び比較例を示して本発明の内容をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではないことは明らかである。
【0041】
(実施例1)膜タンパク質(d)を含むパターン化人工生体膜の作製
本実施例では、膜タンパク質(d)を含むパターン化人工生体膜の作製方法を説明する。脂質二分子膜は、ポリマー脂質膜(b)をベシクル融合法により基板(a)表面に固定化して調製した。本実施例では、基板(a)としてガラス基板を用い、膜タンパク質(d)としてロドプシン(Rh)を用いた。
【0042】
1-1.ポリマー脂質膜(b)の調製
光重合性脂質(DiynePC)10 mgに最終濃度が3 mMになるように超純水を加え、さらにベシクルの融合を促進させるために界面活性剤(DHPC-C6)溶液(0.15 mM)を添加して混合し、DiynePC懸濁液を調製した。前記DiynePC懸濁液を液体窒素で凍結し、60℃で融解し、これを5回繰り返した。凍結融解後、超音波ホモジナイザー(Branson Sonifier(R) 150, Emerson)を用いて、60℃、出力設定3 W、30秒ずつ2回ホモジナイズした。氷上で洗浄した基板(a)上に、前記作製したDiynePC懸濁液を堆積させ、単量体二分子膜を直ちに冷却した。
【0043】
前記基板(a)表面に付着したDiynePC脂質二分子膜を純水中に保持した。脂質二分子膜の光重合を行うにあたり、溶液中の酸素を除くために不活性ガス(アルゴン又は窒素)をパージした水溶液をポンプにより循環した。充分に脱気した後に、DiynePC脂質二分子膜が積層した基板(a)を、波長300 nm以下の波長に強い輝線を持つ深紫外光露光ランプ(USHIO SP-9, Ushio)を用いて紫外光照射を行った。その際、干渉フィルター又はレーザー用干渉ミラーを用いて光化学反応に最も有効である波長250 nm付近の光を選択的に照射した。また、特定のパターンを転写するためには、基板(a)に積層した脂質二分子膜の面が上面になるようにして水平に置き、その上に遮光するためのマスクをのせた(
図1B参照)。光照射後、界面活性剤溶液(Sodium Dodecyl Sulfate:SDS、100 mM)にて30分30℃湯浴を行い、その後純水で10回洗浄した。これにより、光照射された部位の脂質二分子膜は、基板(a)表面にポリマー脂質膜(b)として積層され、光照射されなかった部位では洗浄除去され、ポリマー脂質膜(b)についてパターン化形成された(
図1B、C参照)。
【0044】
光重合に好適な条件の例
温度 : 0℃~4℃(氷浴)
照射波長:深紫外光露光ランプ(USHIO SP-9, Ushio)、300 nm以下
照射光強度: 160 mW/cm2(254 nm)
照射時間: 100 秒
照射光量: 照射光量 16.0 J/cm2
【0045】
1-2.ロドプシン(Rh)を含むペプチドナノディスク(Cy7-Rh-ND)の調製
ロドプシン(以下、単に「Rh」ともいう)を含む流動性脂質膜(c)の形成に必要な脂質ナノディスク(Cy7-Rh-ND)を以下の方法で調製した。Rhは、ウシガエル視細胞より取得した。視細胞外節膜(タンパク質の90%以上はRh)を低張処理してRh以外のタンパク質を除き、10 mM過ヨウ素酸処理によってRhのN末糖鎖を酸化した。酸化糖鎖にCy7-hydrazideを反応させ、Rhを蛍光標識した。蛍光標識Rh(Cy7-NT-Rh)を含む外節膜を0.1 %アゾレクチン共存下50 mM オクチルグルコシドで可溶化した。Cy7-NT-Rhは2段階のサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)(Superose
(R) 12 3.2×300, Pharmacia; 0.1 %アゾレクチンと50 mMオクチルグルコシドを含むバッファーで平衡化)で精製した。パルミトイルオレオイルフォスファチジルコリン(POPC:1mM)70μg、蛍光脂質(NBD-PE)0.3μg、及び両親媒性ペプチド(A18ペプチド:配列番号1)0.1 mg をメタノール中で混合し、小型褐色瓶内でアルゴン及び真空により乾燥してペプチド脂質フィルムを作製した。ペプチド脂質フィルムに50 mMオクチルグルコシドと0.1% アゾレクチンを含むバッファー A(100 mM NaCl, 10 mM CaCl
2, 10 mM Tris-HCl pH7.5)を100μl添加し、アルゴン環境下においてボルテックスと超音波処理を施して溶解した。この溶液に50μgの可溶化Cy7-NT-Rh(50μl)を加え、室温で30分インキュベーション後、0.22μmのフィルターにより凝集体を除去し、SEC(Superdex
(R) 200 2/300, Pharmacia)によりCy7-NT-Rhナノディスク(Cy7-Rh-ND)とRhを含まないペプチドナノディスク(Empty-ND)を分離精製した(
図3A)。
【0046】
1-3.流動性脂質膜(c)の形成に必要な脂質ナノディスク(Lipid-ND)の調製
流動性脂質膜(c)を積層するための脂質ナノディスク(Lipid-ND)懸濁溶液を次の方法で調製した。POPC(1 mg)、蛍光脂質(NBD-PE)(1 mol%)からなる脂質懸濁溶液(POPC (1 mM), NBD-PE (1 mol%))をクロロホルムに溶かし、小型褐色瓶に入れ、N
2ガスを吹き付けて15分間クロロホルムを乾燥させた。Rhにバッファー Aを0.5 ml加え、簡単な超音波処理後37℃で一晩静置した。この操作で脂質のみを内包する脂質ナノディスクが形成される。過剰なペプチドを除く目的でSEC(Superdex
(R) 200 10×300, Pharmacia)による脂質ナノディスクの精製を行った(
図3B)。
【0047】
1-4.Rhを含むパターン化人工生体膜の調製
前記1-2で調製したCy7-Rh-NDと1-3で調製したLipid-NDの混合物を、前記1-1で作製したパターン化ポリマー脂質膜(b)で囲まれた区画(corrals)内の基板(a)表面に滴下してSLB(流動性脂質膜(c))を自発形成させた(
図1B、
図2参照)。滴下後120秒で流動性脂質膜(c)が形成された(
図4A)。
【0048】
Cy7-Rh-NDと、Lipid-NDを60:1の比率で混合し、パターン化ポリマー脂質膜(b)を搭載した基板(a)に添加した。15分間、25℃でインキュベーションした後、バッファー Aで溶液交換して基板(a)表面に吸着しなかった余剰のペプチドナノディスクを除去した。さらに、溶液を蛍光色素の褪色防止に適した顕微鏡観察用酸素除去バッファー(グルコース(4.5 mg/ml)、グルコースオキシダーゼ (216μg/ml)、カタラーゼ (36μg/ml)を含む擬似生理食塩水(ポタシウムグルコネート (98.7 mM)、KCl (2.5 mM)、塩化マグネシウム (1 mM)、HEPES (10 mM))に交換し、倒立蛍光顕微鏡(Olympus IX73, Olympus)でパターン化人工生体膜中のCy7-NT-Rhを蛍光一分子観察した。ポリマー脂質膜(b)と、流動性脂質膜(c)及びCy7-NT-Rをそれぞれ異なる波長で励起して蛍光を観察した(
図4、5参照)。流動性脂質膜(c)は、NBD-PEを励起波長470-495 nm、蛍光波長510-550 nmで観察した。Cy7-NT-Rhは、励起波長750 nm、蛍光波長780-840 nmで観察した。
【0049】
(実験例1)流動性脂質膜の形成態様の確認
実施例1で作製した流動性脂質膜(c)の形成態様を確認した。流動性脂質膜(c)はポリマー脂質膜(b)辺縁部から形成され伸長した。ポリマー脂質膜(b)とポリマー脂質膜(b)との境界部及び区画内の中心部の蛍光度を測定した。
図4Aに示す各パターンの右下区画断面に沿った蛍光強度の時間推移を確認した結果、120秒までの短い時間の経過とともに膜形成が促進していることが確認された(
図4B)。各境界部及び中心部について膜形成速度を比較した結果、境界部での膜形成速度が速いことが確認された(
図4C)。これらの結果からも、基板(a)表面に形成されたポリマー脂質膜(b)が、流動性脂質膜(c)内の膜タンパク質(d)の再構成に重要な役割を果たしていることを示唆している。
【0050】
(実験例2)再構成されたCy7-NT-Rh分子の側方拡散性
区画内に再構成されたCy7-NT-Rh分子は、ほぼすべてが側方拡散していることが観察された。1分子蛍光追跡によって各分子の2次元拡散速度を決定すると、
図5に示される分布となり中央値は0.24 μm
2s
-1となった(N = 116)。この拡散速度は、非特許文献2に示す急速希釈法により作製した界面活性剤で処理したRh含有パターン化人工生体膜とほぼ同等であった。
【0051】
(比較例1)ペプチドナノディスクによる膜タンパク質組込と界面活性剤の急速希釈による膜タンパク質組込の比較
実施例1と同手法で作製したCy7-NT-Rh含有ペプチドナノディスク(Rh-ND)又は界面活性剤(オクチルグルコシド:OG)で処理したCy7-NT-Rhを含む流動性脂質膜(c)におけるRhの再構成について確認した。また、再構成されたRhの側方拡散性についても確認した。
【0052】
本比較例で使用する流動性脂質膜(c)を積層するための脂質懸濁溶液を次の方法で調製した。パルミトイルオレオイルフォスファチジルコリン(POPC:1mM)、蛍光脂質(NBD-PE: [N-(7-Nitrobenz-2-oxa-1, 3-diazol-4-yl)-1, 2-dihexadecanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine, triethylammonium salt)(1 mol%)からなる脂質懸濁溶液(POPC (1 mM), NBD-PE (1 mol%))をクロロホルムに溶かし、丸底フラスコに入れ、N2ガスを吹き付けて、15分間クロロホルムを乾燥させた。さらに真空乾燥を4時間行い、丸底フラスコの底に脂質フィルム(脂質二分子膜が多数積層したもの)を調製した。前記脂質フィルムを含む丸底フラスコにリン酸緩衝液(PBS)を入れ、一晩静置することで脂質フィルムを膨潤させ脂質膜懸濁液を作製した。
【0053】
・界面活性剤(OG)で処理したRh含有パターン化人工生体膜の調製
急速希釈法により、Cy7-NT-Rh含有パターン化人工生体膜を調製した。上記調製した脂質懸濁溶液(POPC (1mM), NBD-PE (1 mol%))を、超音波ホモジナイザー(Branson Sonifier
(R) 150, Emerson)を用いて、60℃、出力設定3 W、30秒ずつ3回ホモジナイズした。前記実施例1の1-1で作製したパターン化ポリマー脂質膜(b)のうち、光照射されずにポリマー脂質が除去された部位に、前記作製した脂質懸濁溶液を滴下してSLBを自発形成させた(
図1B、
図2参照)。前記実施例1の1-2と同手法で作製したCy7-NT-Rhについて OG(50 mM)で可溶化し、最終濃度 3 mM以下になるように前記SLB上部の水相に添加し、水相を攪拌しながら25℃で10分間インキュベーションし、急速希釈した。前記SLBに再構成されなかったCy7-NT-Rhは、バッファー Aでリンスして除去した。
【0054】
(比較実験結果)
実施例1で調製したナノディスクで処理したRhを含むパターン化人工生体膜(Nanodisc)と、界面活性剤(OG)で処理したRh含有パターン化人工生体膜(OG)について蛍光顕微鏡画像により比較した。Nanodiscの方が界面活性剤(OG)を用いた場合よりも、区画内(corrals)に多くのCy7-NT-Rh分子の再構成を確認した(
図6A) 。区画内(corrals)とポリマー脂質膜(b)部位(Polymer)の蛍光強度を比較した結果、Nanodiscの方が界面活性剤(OG)を用いた場合よりも区画内へのCy7-NT-Rh分子の導入量は約35倍に増加し、ポリマー脂質膜への非特異的吸着量は、約0.6倍に減少したことが確認された(
図6B)。
【0055】
界面活性剤を用いて可溶化した膜タンパク質を人工生体膜に導入する場合、(1)導入効率が低い(膜タンパク質密度が低い)、(2)固定化した(側方拡散性を有しない)膜タンパク質の割合が高い、(3)界面活性剤の作用により、膜に欠損や変形が生じる可能性がある、(4)ポリマー脂質膜表面に膜タンパク質が非特異的に吸着する(
図6B)、(5)界面活性剤を希釈する際に、膜タンパク質が凝集して活性を失う可能性がある等の問題がある。
【0056】
一方、本発明の方法で作製した膜タンパク質を含むパターン化人工生体膜は、膜タンパク質の導入効率が高く(膜タンパク質密度が高い)、安定的に側方拡散性を有し、ポリマー脂質膜表面への膜タンパク質が非特異的吸着の程度が低い点で優れている。さらに本発明の膜タンパク質を含むパターン化人工生体膜は、製造工程で界面活性等を除去するため、膜への欠損や変形、膜タンパク質の凝集等の悪影響も軽減化される。上記により、本発明のナノディスクで処理した膜タンパク質含有パターン化人工生体膜は界面活性剤で処理した膜タンパク質含有パターン化人工生体膜に比べて優れていることが確認された。
以上詳述したように、本発明の膜タンパク質を含む人工生体膜で再構成された膜タンパク質は側方拡散性を保持し、本発明の人工生体膜は生体膜と同等の機能を有する。さらに本発明の膜タンパク質を含む人工生体膜の作製方法によれば、ポリマー脂質膜のパターン化により流動性脂質膜を区画に分別することができ、区画ごとに膜タンパク質の種類や濃度(密度)を変えた流動性脂質膜を目的に応じて適宜配置することができる。
膜タンパク質は生体内で非常に重要な役割を果たし、医薬品等の主要標的分子でもあるが、脂質膜に組み込まれた状態でのみ正しい構造、機能を持つため、in vitroの系で十分な機能解析を行うことは困難であった。本発明の膜タンパク質を含む人工生体膜を、例えば検査用デバイスやキットに利用して用いることで、in vitroの系で、目的に応じて条件を整え、膜タンパク質の機能解析や膜タンパク質を標的とする物質、例えば医薬品等の薬剤、食品、膜タンパク質と相互作用しうる可能性のあるあらゆる物質について評価を行うことができる。これにより、従来はin vivoの系でしか評価できず、またヒト以外の動物を用いなければ評価が困難であったのに対し、ヒトの系で、条件を変えて簡便に評価することが可能となり、経済的にも十分に産業上の利用可能性が期待できる。