(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023072944
(43)【公開日】2023-05-25
(54)【発明の名称】船外機用シリンダブロック及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 11/00 20060101AFI20230518BHJP
C25D 11/18 20060101ALI20230518BHJP
F02F 1/00 20060101ALI20230518BHJP
【FI】
C25D11/00 303
C25D11/00 308
C25D11/18 301A
F02F1/00 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021185696
(22)【出願日】2021-11-15
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】村上 春彦
(72)【発明者】
【氏名】藤田 昌弘
【テーマコード(参考)】
3G024
【Fターム(参考)】
3G024AA22
3G024AA25
3G024AA36
3G024CA05
3G024DA18
3G024EA11
3G024FA09
3G024FA14
3G024GA02
3G024GA18
3G024HA02
3G024HA07
(57)【要約】
【課題】 鋳鉄製の円筒状シリンダスリーブがアルミニウム合金に鋳包まれた構成の船外機用シリンダブロック本体に対して、シリンダスリーブの鋳鉄が溶解することなく、陽極酸化処理および封孔処理を施すことができる船外機用シリンダブロック及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 シリンダボア11の内周面11Sのうち、鋳包まれたシリンダスリーブ12の鋳鉄と母材のアルミニウム合金との境界11Bを包含する領域を弾性治具20で押圧し、この状態でシリンダブロック本体10を陽極酸化処理し、アルミニウム合金の表面部分に陽極酸化皮膜を形成した後、封孔処理をして陽極酸化皮膜の細孔を封孔する。これにより、シリンダヘッドと接合される接合面10Tとウォータジャケット13の内周面とに、封孔された陽極酸化皮膜を備えた船外機用シリンダブロックを得ることができる。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
船外機用シリンダブロックの製造方法であって、
船外機用シリンダブロック本体が、シリンダヘッドと接合される接合面において、シリンダボアと、前記シリンダボアの周囲にウォータジャケットが形成されており、前記シリンダボアの内周面に鋳鉄製の円筒状シリンダスリーブが母材のアルミニウム合金に鋳包まれており、前記シリンダボアの内周面の前記接合面側において、前記アルミニウム合金が露出し、前記鋳鉄と前記アルミニウム合金との境界が存在しており、
前記シリンダボアの内周面の前記境界を包含する領域を弾性治具で押圧する工程と、
前記領域を押圧した状態で陽極酸化処理をして、前記船外機用シリンダブロック本体の前記アルミニウム合金の部分の表面に陽極酸化皮膜を形成する工程と、
前記領域を押圧した状態で封孔処理をして、前記陽極酸化皮膜の表面を封孔する工程と
を含む、船外機用シリンダブロックの製造方法。
【請求項2】
前記弾性治具で押圧する工程において、前記弾性治具が弾性栓体であり、前記弾性栓体を前記シリンダボアに前記接合面の側から差し込むことで、前記領域を押圧する、請求項1に記載の船外機用シリンダブロックの製造方法。
【請求項3】
前記陽極酸化皮膜を形成する工程において、前記船外機用シリンダブロック本体を前記接合面が上に向いた状態で、処理液が溜められた処理槽に沈めて、前記弾性栓体の底面と前記シリンダボアの内周面と前記処理液の液面とで形成された閉じられた空間に、空気溜まりを生じさせた状態で電圧を印加して前記陽極酸化処理をする、請求項2に記載の船外機用シリンダブロックの製造方法。
【請求項4】
前記弾性治具で押圧する工程において、前記弾性治具が、ガス供給部を備えた弾性袋体であり、前記弾性袋体を前記シリンダボア内に配置し、前記ガス供給部からガスを供給して前記弾性袋体を膨らまし、前記シリンダボアの内周面全面を前記弾性袋体で覆うことで、前記領域を押圧する、請求項1に記載の船外機用シリンダブロックの製造方法。
【請求項5】
船外機用シリンダブロックであって、この船外機用シリンダブロックは、シリンダヘッドと接合される接合面において、シリンダボアと、前記シリンダボアの周囲にウォータジャケットとを有し、
前記シリンダボアの内周面に母材のアルミニウム合金に鋳包まれた鋳鉄製の円筒状シリンダスリーブを備え、
前記シリンダボアの内周面の前記接合面側において、前記アルミニウム合金が露出し、前記鋳鉄と前記アルミニウム合金との境界が存在しており、
前記接合面および前記ウォータジャケットの内周面を覆う陽極酸化皮膜を更に備え、
前記陽極酸化皮膜の細孔は封孔生成物で封孔されている、船外機用シリンダブロック。
【請求項6】
前記アルミニウム合金がADC材又はAC材である請求項5に記載の船外機用シリンダブロック。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船外機用シリンダブロック及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
産業用内燃機関では、性能を維持するために冷却水を循環して、内燃機関の温度を制御している。一般的に使用される自動車用冷却水には、エチレングリコールなどが添加された水が利用され、減少した場合、その不足分を補充する必要がある。一方、船外機等のエンジンでは、使用環境下で容易に入手できる海水(塩水)等を冷却水として取り入れて利用している。
【0003】
しかしながら、船外機の各部材は多くの種類の金属材料から構成されていることから、海水に接する各部材の金属材料の違いによって電位差を生じ、自然電位が低い金属材料は海水中に溶け出してしまうため、腐食の発生原因となり得る。特に、船外機のシリンダブロックなどに用いられるアルミニウム合金は、他の材料に比べると、腐食が発生しやすい金属である。
【0004】
このような腐食の発生を防ぐために、例えば、特許文献1には、アルミニウム合金よりもさらに電位の低い亜鉛などの金属を犠牲陽極としてシリンダブロックの海水接触部分、例えば、ウォータジャケットと呼ばれる冷却水流路に設けることが記載されている。
【0005】
一方で、一般に、アルミニウム合金の耐食性を向上させる方法として、アルミニウム合金の表面に陽極酸化皮膜を形成する陽極酸化処理が従来から知られている。陽極酸化処理では、アルミニウムが酸化されて多孔質の陽極酸化皮膜が形成されるが、この多孔質性は耐食性の低下の一因となることから、耐食性を改善するため、陽極酸化処理の後に、孔を塞ぐ封孔処理が行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
シリンダブロックのある船外機の燃焼室付近は、非常に高温となることから腐食に対して厳しい状況下に置かれる。よって、シリンダブロックのウォータジャケットの内周面に陽極酸化皮膜を形成するだけではなく、このシリンダヘッドとの接合面にも陽極酸化皮膜を形成することが望まれる。
【0008】
しかしながら、船外機用シリンダブロックは、シリンダボアの内周面に鋳鉄製の円筒状シリンダスリーブが母材であるアルミニウム合金に鋳包まれた構成となっている。このような構成のシリンダブロックを陽極酸化処理するためにシリンダブロック全体を陽極酸化処理の処理液に浸漬すると、シリンダスリーブの鋳鉄が溶解し、孔食が発生してしまうという問題がある。そのため、本発明者らは、シリンダボアの内周面全面にマスキング剤によるマスキングを施して陽極酸化処理を行ったが、マスキング剤が一部剥離してしまい、その下の鋳鉄が溶解するという問題の解決には至らなかった。
【0009】
そこで本発明は、上記の問題に鑑み、鋳鉄製の円筒状シリンダスリーブがアルミニウム合金に鋳包まれた構成の船外機用シリンダブロック本体に対して、シリンダスリーブの鋳鉄が溶解することなく、陽極酸化処理およびその後の封孔処理を施すことができる船外機用シリンダブロック及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、本発明は、その一態様として、船外機用シリンダブロックの製造方法であって、船外機用シリンダブロック本体は、シリンダヘッドと接合される接合面において、シリンダボアと、前記シリンダボアの周囲にウォータジャケットが形成されており、前記シリンダボアの内周面に鋳鉄製の円筒状シリンダスリーブが母材のアルミニウム合金に鋳包まれており、前記シリンダボアの内周面の前記接合面側において、前記アルミニウム合金が露出し、前記鋳鉄と前記アルミニウム合金との境界が存在しており、この製造方法は、前記シリンダボアの内周面の前記境界を包含する領域を弾性治具で押圧する工程と、前記領域を押圧した状態で陽極酸化処理をして、前記船外機用シリンダブロック本体の前記アルミニウム合金の部分の表面に陽極酸化皮膜を形成する工程と、前記領域を押圧した状態で封孔処理をして、前記陽極酸化皮膜を封孔する工程とを含む。
【0011】
また、本発明は、別の態様として、船外機用シリンダブロックであって、この船外機用シリンダブロックは、シリンダヘッドと接合される接合面において、シリンダボアと、前記シリンダボアの周囲にウォータジャケットとを有し、前記シリンダボアの内周面に母材のアルミニウム合金に鋳包まれた鋳鉄製の円筒状シリンダスリーブを備え、前記シリンダボアの内周面の前記接合面側において、前記アルミニウム合金が露出し、前記鋳鉄と前記アルミニウム合金との境界が存在しており、前記接合面および前記ウォータジャケットの内周面を覆う陽極酸化皮膜を更に備え、前記陽極酸化皮膜の細孔は封孔生成物で封孔されている。
【発明の効果】
【0012】
このように本発明によれば、鋳鉄製の円筒状シリンダスリーブがアルミニウム合金に鋳包まれた構成の船外機用シリンダブロック本体に対して、シリンダスリーブの鋳鉄が溶解することなく、陽極酸化処理およびその後の封孔処理を施すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明に係る船外機用シリンダブロックの製造方法において処理対象となる船外機用シリンダブロック本体の一例を示す斜視図である。
【
図2】
図1の船外機用シリンダブロック本体のシリンダボアの内部を示す断面斜視図である。
【
図3】
図1の船外機用シリンダブロック本体のシリンダボアの内部を示す断面正面図である。
【
図4】本発明に係る船外機用シリンダブロックの製造方法の第1の実施形態を説明する船外機用シリンダブロック本体の一部断面正面である。
【
図5】本発明に係る船外機用シリンダブロックの製造方法の第2の実施形態を説明する船外機用シリンダブロック本体の一部断面正面である。
【
図6】本発明に係る船外機用シリンダブロックの製造方法の実施例および比較例の試験結果を示す船外機用シリンダブロックの画像である。
【
図7】
図6のAで示した部分を拡大した拡大画像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る船外機用シリンダブロック及びその製造方法の一実施の形態について説明する。
【0015】
本実施の形態の船外機用シリンダブロックの製造方法は、船外機用シリンダブロック本体のシリンダボアの内周面の鋳鉄とアルミニウム合金との境界を包含する領域を弾性治具で押圧する押圧工程と、当該領域を押圧した状態で陽極酸化処理をして、船外機用シリンダブロック本体のアルミニウム合金の部分の表面に陽極酸化皮膜を形成する陽極酸化処理工程と、当該領域を押圧した状態で封孔処理をして、陽極酸化皮膜を封孔する封孔処理工程とを含む。
【0016】
先ず、本方法において各処理の対象となる船外機用シリンダブロック本体について説明する。
図1~
図3に示すように、船外機用のシリンダブロック本体10は、シリンダヘッド(図示省略)と接合される接合面10Tにおいて、複数のシリンダボア11と、これらシリンダボア11の周囲にウォータジャケット13が形成されている。なお、これら図では、3つのシリンダボア11が水平方向に並んだ状態でシリンダブロック本体10を示しているが、実際の船外機(図示省略)には、シリンダブロック本体10はシリンダボア11が鉛直方向に並んだ状態で搭載される。また、シリンダボア11の数は単気筒エンジン用に1つであってもよい。
【0017】
シリンダボア11の各内周面には、鋳鉄製の円筒状のシリンダスリーブ12が、母材であるアルミニウム合金に鋳包まれている。このような鋳包みによる方法では、通常、シリンダボア11の内周面全面がシリンダスリーブ12にはならず、接合面10T側の端部11Aにおいて、母材であるアルミニウム合金が内周面に露出することとなる。よって、シリンダボア11の内周面には、アルミニウム合金と鋳鉄という異なる金属材料の境界11Bが存在することとなる。
【0018】
このようなシリンダブロック本体10に対して陽極酸化処理を行うにあたって、本実施の形態では、先ず、シリンダボア11の各内周面の鋳鉄とアルミニウム合金との境界11Bを包含する領域を、それぞれ弾性治具で押圧する押圧工程を行う。このように境界11Bを包含する領域を押圧し、その状態で次工程の陽極酸化処理をすることで、鋳鉄とアルミニウム合金との境界11Bにまで処理液が浸み込むのを防ぐことができる。
【0019】
鋳鉄とアルミニウム合金との境界11Bを包含する領域としては、例えば、シリンダボア11の内周面の接合面10T側の端から、鋳鉄とアルミニウム合金との境界11Bまでの領域とすることが好ましく、シリンダボア11の内周面の接合面10T側の端から、境界11Bよりも奥へ500mmの位置までの領域とすることがより好ましい。
【0020】
弾性治具の素材としては、シリンダボア11の内周面の全周にわたり均一に押圧できる程度の弾性を有する素材であればよく、例えば、ゴムや熱可塑性エラストマーなどが挙げられる。ゴムとしては、例えば、シリコーンゴムや、ニトリルブタジエンゴム(NBR)、スチレンゴム(SBR)、ブチルゴム(IIR)、フッ素ゴム(FKM)などが挙げられる。熱可塑性エラストマーとしては、例えば、ポリエステル系(TPC)、ポリウレタン系(TPU)、ポリ塩化ビニル系(TPVC)などが挙げられる。特に弾性治具は、次工程の陽極酸化処理で処理液と接することから、耐薬品性に優れたものが好ましく、例えば、シリコーンゴムを用いることがより好ましい。
【0021】
弾性治具の寸法として、外径は、例えば、シリンダボア11の内径よりも大きい外径とすることが好ましく、また、シリンダボア11の内周面に着脱可能な外径とすることが好ましい。また、長さは、例えば、シリンダボア11の内周面の接合面10T側のアルミニウム合金の端部11Aの長さ、すなわち接合面10T側の端から境界11Bまでの長さよりも長くすることが好ましく、シリンダボア11の内周面の長さよりも長くしてもよい。このような寸法であれば、各種の形態の弾性治具を用いることができる。
【0022】
また、次工程の陽極酸化処理においてシリンダボア11内の鋳鉄製のシリンダスリーブ12が処理液と接するのを防ぐため、シリンダスリーブ12の表面全体を弾性治具によって覆うようにしてもよいし、別の治具を用いる等してもよい。例えば、シリンダボア11の接合面10T側を弾性治具で塞ぐとともに、反対側を同様の弾性治具または別の治具で塞いでもよい。また、弾性治具で押圧する前に、シリンダボア11の内周面にマスキング剤を塗布しておいてもよい。マスキング剤としては、市販されている金属表面処理用のマスキング剤を用いることができる。
【0023】
押圧工程は、例えば、弾性治具として弾性栓体を用いて、この弾性栓体をシリンダボア11に接合面10T側から差し込むことで、境界11Bを包含する領域を押圧してもよいし(第1の実施形態)、又は弾性治具として、ガス供給部を備えた弾性袋体(または風船体)を用いて、この弾性袋体をシリンダボア11内に配置し、ガス供給部からガスを供給して弾性袋体を膨らまし、シリンダボア11の内周面全面を弾性袋体で覆うことで、境界11Bを包含する領域を押圧してもよい(第2の実施形態)。弾性袋体としては、例えば、エアピッカーという名称で市販されている、ガス圧によって弾性の袋部が膨縮可能な治具を用いることができる。
【0024】
陽極酸化処理工程は、シリンダブロック本体10を処理液に浸漬して電解処理を行い、シリンダブロック本体10の表面に多孔質の陽極酸化皮膜を形成する工程である。電解処理により、シリンダブロック本体10の母材であるアルミニウム合金が溶解し、溶解したアルミニウムが処理液中の酸素と結合して、シリンダブロック本体10のアルミニウム合金部分の表面に酸化アルミニウムの皮膜が形成される。
【0025】
陽極酸化処理の処理液としては、硫酸、シュウ酸、リン酸、クロム酸等の酸性浴、又は水酸化ナトリウム、リン酸ナトリウム、フッ化ナトリウム等の塩基性浴のいずれを用いてもよい。電解処理は、シリンダブロック本体10を陽極とし、チタンやカーボンなどの電極板(図示省略)を陰極とし、電圧を印加することで行う。
【0026】
陽極酸化処理工程で形成される陽極酸化皮膜の膜厚は、特に限定されないが、例えば、1~60μmが好ましく、3~20μmがより好ましい。
【0027】
陽極酸化処理では、シリンダブロック本体10の母材中のアルミニウムが酸化されて皮膜が形成される際に、アルミニウムが酸化アルミニウムに変化することで体積の膨張が生じる。すなわち、形成される陽極酸化皮膜は、膜厚の約半分が、アルミニウム合金の母材表面に対して奥へ浸透した浸透皮膜であり、膜厚の残りの約半分が、母材表面から成長した成長皮膜となる。
【0028】
上記の第1の実施形態で押圧工程を行った場合の陽極酸化処理工程について、
図4を参照して説明する。
図4に示すように、弾性栓体20をシリンダボア11に接合面10T側から差し込むことで、境界11Bを包含する領域を押圧することができる。弾性栓体20の長さは、シリンダボア11の接合面10T側の端から、境界11Bよりも奥の位置までの長さであればよく、これにより、アルミニウム合金の端部11Aを十分に押圧することができる。
【0029】
そして、この弾性栓体20を差し込んだシリンダブロック本体10全体を、接合面10Tが上に向いた状態で処理液40が溜められた処理槽(図示省略)に沈める。弾性栓体20は、シリンダボア11の接合面10T側の開口にしか差し込まれていないものの、弾性栓体20の底面20Bと、シリンダボア11の内周面11Sと、処理液40の液面40Sとで形成される閉じられた空間に、空気溜まりが生じ、空気溜まりの気圧によって処理液40の液面40Sの上昇が抑制され、処理液40の液面40Sがシリンダスリーブ12に達するのを防ぐことができる。この状態で電圧を印加することで、シリンダスリーブ12の鋳鉄が溶解することなく、シリンダブロック本体10の接合面10Tおよびウォータジャケット13の内周面に陽極酸化皮膜(図示省略)が形成される。
【0030】
また、シリンダボア11の接合面10T側に弾性栓体20を差し込んでいても、処理液40がシリンダボア11の内周面11Sと弾性栓体20との間に全く浸み込まない訳ではない。しかし、この時、シリンダボア11の接合面10T側のアルミニウム合金の端部11Aで電解反応が生じても、当該部はアルミニウム合金で覆われていることから陽極酸化処理され、皮膜が弾性栓体20側に成長することでわずかな隙間が無くなり、処理液40の浸み込みをより抑制することができ、アルミニウム合金と鋳鉄との境界11Bを超えて処理液40がシリンダスリーブ12の部分にまで浸み込んでシリンダスリーブ12の鋳鉄を溶解することを防ぐことができる。
【0031】
なお、
図4では、シリンダブロック本体10を、接合面10Tが上に向いた状態で処理液40に浸漬させることで、シリンダボア11内に空気溜まりを生じさせ、シリンダボア11内のシリンダスリーブ12の位置まで処理液40の液面40Sが上昇するのを防いだが、本発明はこれに限定されず、例えば、シリンダボア11の接合面10Tとは反対側の端に、弾性栓体20又は他の治具を差し込むことでも、シリンダボア11内に空気溜まりを生じさせることができる。この場合、シリンダブロック本体10を処理液40に浸漬させる際、接合面10Tが上に向いた状態でなくてもよい。また、
図4の場合と比べて、浸漬時や陽極酸化処理時に処理液40が跳ねてシリンダスリーブ12の内周面に付着するのを防ぐことができる。
【0032】
上記の第2の実施形態で押圧工程を行った場合の陽極酸化処理工程について、
図5を参照して説明する。
図5に示すように、ガス供給部(図示省略)を備えた弾性袋体30を用い、この弾性袋体30を縮んだ状態でシリンダボア11内に装填し、ガス供給部からガスを供給することで、破線矢印のように、弾性袋体30を膨らますことができる。弾性袋体30は、膨らんだ状態で、少なくともアルミニウム合金と鋳鉄との境界11Bを包含する領域を押圧できる大きさを有し、特に、
図5に示すように、膨らんだ状態で、シリンダボア11の内周面全面に対して密着し、押圧することができる大きさを有することが好ましい。
【0033】
そして、弾性袋体30がシリンダボア11の内周面全面を覆うように膨らんだ状態でシリンダブロック本体10を処理槽(図示省略)に浸漬させて、電圧を印加することで、シリンダブロック本体10の接合面10Tおよびウォータジャケット13の内周面に陽極酸化皮膜(図示省略)が形成される。
【0034】
一方、シリンダボア11の内周面11Sは、弾性袋体30によって覆われていることから、処理液に接することなく、シリンダスリーブ12の鋳鉄の溶解を防ぐことができる。また、シリンダボア11の接合面10T側において、処理液が弾性袋体30とシリンダボア11との間から浸み込み、シリンダボア11の接合面10T側のアルミニウム合金の端部11Aで電解反応が生じても、当該部はアルミニウム合金で覆われていることから陽極酸化処理され、皮膜が弾性栓体20側に成長することでわずかな隙間が無くなり、処理液40の浸み込みをより抑制することができ、アルミニウム合金と鋳鉄との境界11Bを超えて処理液40がシリンダスリーブ12の部分にまで浸み込んでシリンダスリーブ12の鋳鉄を溶解することを防ぐことができる。
【0035】
陽極酸化処理工程について、更に説明すると、電解法としては、直流電解法や、交直重畳電解法を用いることができる。どちらの電解法であっても形成される陽極酸化皮膜は、上述したように、浸透皮膜と成長皮膜とを備える陽極酸化反応であるが、得られる陽極酸化皮膜の性状が異なる。
【0036】
直流電解法で形成した陽極酸化皮膜は、母材面に対して垂直方向に侵食しながら直線的に成長したセルを有するものとなる。アルミニウム合金中に不純物または添加物(シリコンなど)が多く存在する場合、表面近くの不純物または添加物周辺ではセルが成長せず、不純物または添加物が析出している箇所では表面に凹部が発生し、表面粗さの大きい陽極酸化皮膜が形成される。また、膜厚のばらつきが大きい陽極酸化皮膜が形成される。
【0037】
交直重畳電解法で形成した陽極酸化皮膜は、セルがセル径の2倍に満たない高さで球又は楕円形状をほぼ連続的に作り、そのセルがより集まってぶどうの房状を形成した構造を有する。よって、交直重畳電解法で形成した陽極酸化皮膜は、セルの壁に対するセルが内包する孔の体積の割合が低い。これに対し、直流電解法で形成した陽極酸化皮膜は、セルが連続した筒状に形成されることから、セルの壁に対するセルが内包する孔の体積の割合は高い。
【0038】
また、交直重畳電解法で形成した陽極酸化皮膜は、セルが成長する過程で、セルの成長の阻害となる不純物または添加物が存在しても、不純物または添加物を回避し、包含しながらセルが成長するため、不純物または添加物によりセルの成長が阻害されることなく、母材の表面にほぼ均等な膜厚を有する。このように交直重畳電解法で形成した陽極酸化皮膜は、セルの成長方向が母材の表面に対してランダムな方向に微細に折れ曲がっているため、方向が変わる箇所においては、侵入してきた水に対する抵抗が生じ、母材にまで水が進行するのを防ぐことができる。よって、直流電解法で形成した陽極酸化皮膜よりも耐食性が高い。
【0039】
封孔処理工程は、陽極酸化皮膜を表面に形成したシリンダブロック本体10を封孔処理液に浸漬する、又は封孔処理液を塗布することによって行う。これにより多孔質の陽極酸化皮膜の孔が塞がれて、陽極酸化皮膜の耐食性を向上させることができる。なお、封孔処理を行う前に、付着した陽極酸化処理の処理液が封孔処理液に混入することを防止するため、また、陽極酸化皮膜の孔内に残存する処理液を除去するため、水洗浄等の前処理を行うことが好ましい。
【0040】
封孔処理工程は、例えば、水熱法、沸騰水法、酢酸ニッケル法、水酸化リチウム法などの公知の方法を採用することができる。例として、自己修復機能を発現する水酸化リチウム法について説明する。封孔処理液としては、リチウムイオンを含む水溶液を用いる。リチウムイオン又はリチウムイオン源となる薬品としては、水酸化リチウム、硫酸リチウム、塩化リチウム、ケイ酸リチウム、硝酸リチウム、炭酸リチウム、リン酸リチウム、水酸化リチウムなどを使用することができる。その内、水溶液が塩基性を示すものとして水酸化リチウム、炭酸リチウム、ケイ酸リチウムが好ましい。但し、ケイ酸リチウムは毒性が強く、水に溶け難いので実用的でなく、よって、水酸化リチウム、炭酸リチウムがより好適である。
【0041】
水酸化リチウム法では、封孔処理液によって陽極酸化皮膜の表面および細孔内部がごくわずかに溶解した後、溶けた皮膜成分と封孔処理液成分が反応し、封孔生成物として析出する。この封孔生成物によって、皮膜の細孔内部が塞がれるとともに、皮膜表層が緻密な封孔生成物層へ変化することで完全に皮膜の細孔は塞がれる。よって、陽極酸化皮膜の表面および細孔内には、リチウムとアルミニウムと酸素の封孔生成物が存在している。
【0042】
このように押圧工程、陽極酸化処理工程、封孔処理工程を行うことで、シリンダスリーブ12の鋳鉄が溶解することなく、シリンダブロックの接合面10Tおよびウォータジャケット13の内周面に、封孔された陽極酸化皮膜を備える船外機用シリンダブロックを製造することができる。シリンダブロックの接合面10Tおよびウォータジャケット13の内周面は、燃焼室に近く、高温の状況下に置かれ、且つ冷却水(海水)と接触する又はその可能性が高く、腐食が発生し易い箇所であるから、封孔された陽極酸化皮膜を形成することで、船外機用シリンダブロックに腐食が生じるのを防ぐことができる。特にアルミニウム合金として安価なADC材やAC材を用いる場合、耐食性に劣ることから、封孔された陽極酸化皮膜を形成するメリットが高い。
【実施例0043】
以下、本発明の実施例および比較例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0044】
鋳鉄製のシリンダスリーブが鋳包まれたアルミニウム合金ADC12材のシリンダブロックを準備した。このシリンダブロックの各シリンダボアの内周面の接合面側において、母材であるアルミニウム合金が露出し、鋳鉄とアルミニウム合金との境界が存在することを確認した。各シリンダボアの内周面全面にマスキング剤(化工機商事社製、MS8-01ST)を刷毛塗りで塗布してマスキングを施した。また、最大径がシリンダボアの内径よりも大きい弾性栓体を準備した。そして、1つのシリンダボアには接合面側から弾性栓体を差し込み、接合面から前記境界よりも奥の部分までを含む領域を弾性栓体で押圧した(実施例1)。また、1つのシリンダボアには、接合面側から弾性栓体を差し込み、上記と同様に境界を含む領域を押圧するとともに、接合面とは反対側からも別途、弾性栓体を差し込んだ(実施例2)。比較のため、1つのシリンダボアには弾性栓体を差し込まず、マスキング剤のみとした(比較例)。
【0045】
そして、このシリンダブロックに陽極酸化処理を施した。陽極酸化処理は、交直重畳電解法により行い、温度20℃、濃度200g/Lの硫酸浴中にシリンダブロックの接合面が上に向くように浸漬し、正極40V、負極2V、周波数10kHzの条件で10分間電圧を印加した。その結果、シリンダブロックの接合面およびウォータジャケットの内周面に5~15μmの陽極酸化皮膜を形成した。
【0046】
次に、シリンダブロックを水洗した後、1.7g/Lのリチウムイオン濃度、pH13、温度25℃の封孔処理液にシリンダブロックを1分間浸漬し、封孔処理を行った。そして再度、水洗処理を行なった後、シリンダボアから弾性栓体を全て取り除いた。
【0047】
このようにして封孔された陽極酸化皮膜をシリンダブロックの接合面およびウォータジャケットの内周面に形成したシリンダブロックについて、シリンダボアの内周面を観察した。その結果を
図6及び
図7に示す。
【0048】
図6のシリンダブロックの写真において、左が、接合面側から弾性栓体を差し込んだシリンダボア(実施例1)、中央が、接合面側およびその反対側からそれぞれ弾性栓体を差し込んだシリンダボア(実施例2)、右が、弾性栓体を差し込まず、マスキング剤のみのシリンダボア(比較例)である。また、
図7は、
図6の右のシリンダボア(比較例)の内周面の接合面付近の箇所Aの拡大写真である。
図6及び
図7に示すように、比較例のシリンダボアの内周面では、鋳鉄とアルミニウム合金との境界を含む広い範囲にわたって、マスキング剤の剥離Bが生じていた。そして、マスキング剤が剥離していた鋳鉄製のシリンダスリーブの部分では、鋳鉄が溶解していることが確認された。
【0049】
一方、弾性栓体を差し込んだ実施例1および実施例2のシリンダボアでは、マスキング剤の剥離も鋳鉄の溶解も確認されなかった。実施例1では、接合面を上向きにして処理液にシリンダブロックを沈めて陽極酸化処理を行ったところ、シリンダスリーブ内に空気溜まりが形成され、シリンダボア内のシリンダスリーブの部分に硫酸溶液の液面が届くのを防ぐことができることが確認された。
【0050】
また、交直重畳電解法にかえて直流電解法を用いた点を除いて上記と同様の条件で、鋳鉄製のシリンダスリーブが鋳包まれたアルミニウム合金のシリンダブロックに陽極酸化処理および封孔処理を行う試験を行った。直流電解法による陽極酸化処理の条件は、温度20℃、濃度200g/Lの硫酸浴中に浸漬し、電流密度1.5A/dm2で20分間行い、5~15μmの陽極酸化皮膜を形成した。
【0051】
このように陽極酸化処理を直流電解法で行った試験でも、得られたシリンダブロックを観察したところ、交直重畳電解法の場合と同様に、弾性栓体を差し込まなかったシリンダボアの内周面では、鋳鉄とアルミニウム合金との境界を含む広い範囲にわたって、マスキング剤の剥離が生じ、シリンダスリーブの鋳鉄が溶解している部分があることが確認された。一方、弾性栓体を差し込んだシリンダボアでは、マスキング剤の剥離も鋳鉄の溶解も確認されなかった。
【0052】
このように比較例のシリンダボアの内周面には、鋳鉄とアルミニウム合金との境界が存在し、この境界を横断する広い範囲にわたってマスキング剤を塗布したものの、マスキング剤の剥離および鋳鉄の溶解が生じていたのは、以下の理由からと推測される。陽極酸化処理で使用する硫酸溶液が、シリンダボアの内周面のシリンダブロックの接合面に対する縁部から染み込み、アルミニウム合金が陽極酸化されて、体積膨張が起こったことから、これによりマスキング剤が剥がれたと考えられる。これに対し、実施例1、2では、弾性栓体がシリンダボアの内周面を押圧していることから、陽極酸化処理されて、皮膜が弾性栓体20側に成長することでわずかな隙間が無くなり、これにより硫酸溶液の更なる染み込みを抑制したと考えられる。
【0053】
よって、弾性栓体をシリンダボアに差し込むという実施例の方法の他、シリコーン等の弾性治具でシリンダボアの内周面の鋳鉄とアルミニウム合金との境界を含む領域を押圧することで、硫酸溶液の染み込み及びアルミニウム合金の陽極酸化を十分に抑制できると考えられる。なお、実施例1、2及び比較例ではいずれもマスキング剤を使用したが、上述した理由から、マスキング剤を使用せずに、弾性治具でシリコーンボアの内周面の上記境界を含む領域を押圧しても、硫酸溶液の染み込みを抑制する効果があることがわかる。