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特開2023-73238肝硬変または非アルコール性脂肪肝炎の合併症を評価するための検出方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023073238
(43)【公開日】2023-05-25
(54)【発明の名称】肝硬変または非アルコール性脂肪肝炎の合併症を評価するための検出方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6851 20180101AFI20230518BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20230518BHJP
   C12N 15/113 20100101ALN20230518BHJP
【FI】
C12Q1/6851 Z
G01N33/50 P ZNA
C12N15/113 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022182515
(22)【出願日】2022-11-15
(31)【優先権主張番号】P 2021185392
(32)【優先日】2021-11-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「遠隔臓器間の病態伝播を担う内在性微粒子 microparticle の機能解明」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(74)【代理人】
【識別番号】100108280
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 洋平
(72)【発明者】
【氏名】江口 暁子
(72)【発明者】
【氏名】岩佐 元雄
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045DA14
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR72
4B063QS25
(57)【要約】
【課題】 肝硬変の合併症としての肝性脳症、または非アルコール性脂肪肝炎の合併症としてのサルコペニアを血液サンプルから評価するためのデータの一つを検出するための方法を提供すること。
【解決手段】 肝硬変を有する被験者から採取された血液サンプルの細胞外微粒子(EVs;Extracellular Vesicles)について、miR-6748, miR-4287, miR-12114, miR-891, miR-345, miR-1200, miR-365, miR-3679, miR-425及びmiR-4271のマイクロRNA(miR)からなる群から選択される少なくとも1個以上からなるmiRを測定し、健常人の血液サンプルから得られたデータと比較することにより、肝硬変病態が肝性脳症を伴うか否かを評価するためのデータの一つを得ることを特徴とする検出方法によって達成される。
【選択図】 図41
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝硬変を有する被験者から採取された血液サンプルの細胞外微粒子(EVs;Extracellular Vesicles)について、miR-6748, miR-4287, miR-12114, miR-891, miR-345, miR-1200, miR-365, miR-3679, miR-425及びmiR-4271のマイクロRNA(miR)からなる群から選択される少なくとも1個以上からなるmiRを測定し、健常人の血液サンプルから得られたデータと比較することにより、肝硬変病態が肝性脳症を伴うか否かを評価するためのデータの一つを得ることを特徴とする検出方法。
【請求項2】
非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を有する被験者から採取された血液サンプルの細胞外微粒子(EVs;Extracellular Vesicles)について、miR-378, miR-181, miR-30, miR-4642, miR-1250, miR-7151, miR-1290, miR-6070, miR-615, miR-486及びmiR-6769のマイクロRNA(miR)からなる群から選択される少なくとも1個以上からなるmiRを測定し、健常人の血液サンプルから得られたデータと比較することにより、NASHがサルコペニアを伴うか否かを評価するためのデータの一つを得ることを特徴とする検出方法。
【請求項3】
miR-6748, miR-4287, miR-12114, miR-891, miR-345, miR-1200, miR-365, miR-3679, miR-425及びmiR-4271のマイクロRNA(miR)からなる群から選択される少なくとも1個以上からなるmiRについて、肝硬変を有する被験者から採取された血液サンプル中の遺伝子発現を測定できる検査キットであって、
前記miRに特異的に結合する結合剤と、
前記miRの発現レベルを測定する試薬を含み、前記肝硬変が肝性脳症を伴うか否かを評価するためのデータの一つを得ることを特徴とする検査キット。
【請求項4】
miR-378, miR-181, miR-30, miR-4642, miR-1250, miR-7151, miR-1290, miR-6070, miR-615, miR-486及びmiR-6769のマイクロRNA(miR)からなる群から選択される少なくとも1個以上からなるmiRについて、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を有する被験者から採取された血液サンプル中の遺伝子発現を測定できる検査キットであって、
前記miRに特異的に結合する結合剤と、
前記miRの発現レベルを測定する試薬を含み、前記NASHがサルコペニアを伴うか否かを評価するためのデータの一つを得ることを特徴とする検査キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝硬変または非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の合併症を評価するための検出方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓は、糖及び脂肪代謝を担う中心臓器であり、重症の肝疾患を患うと、遠隔臓器において合併症を併発する臓器連携(肝臓-骨格筋)が知られている。そのような臓器連繋として、NASHでは肝線維化の進行度とサルコペニアが相関することが、複数の肝疾患ではサルコペニアを併発した群で生存率が有意に低下することが、それぞれ報告されている。
肝疾患が誘発するサルコペニアのメカニズム解明は始まったばかりであり、臓器連携を繋ぐ新たな液性因子の同定が期待されている。サルコペニアは国際疾病分類第10版(ICD10)に登録されており、肝疾患とサルコペニアとの連携に関する研究の重要性が増している。
【0003】
また、慢性肝疾患の終末像である肝硬変では、肝性脳症・肝腎症候群・門脈圧亢進症・肝肺症候群等の合併症を併発する。但し、合併症の発症メカニズムは十分に解明されておらず、バイオマーカーも存在しない。肝性脳症では、血中アンモニア濃度の上昇やナトリウム濃度の低下が発症に関与することが知られている(非特許文献1:Iwasa et al. Hepatol Res 2015)。しかし、低アンモニア濃度でも肝性脳症を発症する症例も多く「肝臓-脳」を繋ぐ別の液性因子の存在が示唆される。さらに、脳MRI画像解析により脳症の本態はグリア細胞の膨化と機能異常であり(非特許文献2:Iwasa et al. Metab Brain Dis 2012)、その誘因として炎症に伴う血液脳関門の脆弱化が関与している(非特許文献1)。肝由来の炎症性サイトカインが血流を介して脳に到達した際の局所濃度は極めて低値であることから、グリア細胞を活性化する肝由来の別の液性因子の存在が示唆されている。また、マウスやヒト慢性肝疾患においても、脳の中枢神経系に変化がみられ、サイトカインや単球が関与していることが報告された(非特許文献3:D’Mello and Swain. Am J Physiol Gatrointest Liver Physiol 2011)ものの、中枢神経系に影響を及ぼす因子等を含む分子メカニズムの全容は解明されていない。
このように現在の技術では、慢性肝疾患からの合併症併発の有無や、骨格筋・脳・腎・肺などのどの臓器に合併症が生じるのかを予測することはできない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Iwasa et al. Cirrhosis-related hyponatremia and the role of tolvaptan, Hepatology Research 2015; 45:E163-E165
【非特許文献2】Iwasa et al. Regiona l reduction in gray and white matter volume in brains of cirr hotic patients: voxel-bas ed analysis of MRI, Metab Brain Dis 2012; 27:551-557
【非特許文献3】Charlotte D’Mello et al. Liver-brain inflammation axis, Am J Physiol Gatrointest Liver Physiol 2011; 301: G749-G761
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
現在、サルコペニアの診断は、握力の計測・CTやインピーダンス法による骨格筋量の測定により行われており、サルコペニアを予測するバイオマーカーは存在しない。肝疾患では、患者の高齢化が進んでいる上に、治療の進歩により生命予後が延長したため、更に高齢化に拍車がかかっている。
そこで、加齢に伴うサルコペニアと肝性サルコペニアを鑑別する血中バイオマーカーが求められている。また、肝性脳症には、臨床症状が軽微な不顕性肝性脳症が存在することや、低アンモニア濃度で発症する例も多く、臨床症状や血中アンモニア濃度を指標とする現在の診断は十分とは言えない。
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、肝硬変の合併症としての肝性脳症、または非アルコール性脂肪肝炎の合併症としてのサルコペニアを血液サンプルから評価するためのデータの一つを検出するための方法を提供することにある。なお、最終的な判断は、本発明により得られたデータを含む総合的な知見に基づき、医師等の専門的なライセンスを備えた者が行う。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記の問題を解決するため、鋭意検討した結果、被験者から採取された血液サンプル中の所定のmiRNAの増減データが、合併症の増悪の評価を行うために指標として使用できること及びこれらのデータをAIで解析することにより感度及び特異度を向上させたmiRNAセットを抽出できることを見出し、基本的には本発明を完成するに至った。
こうして、本願発明に係る肝硬変病態が肝性脳症を伴うか否かを評価するためのデータの一つを得ることを特徴とする検出方法は、肝硬変を有する被験者から採取された血液サンプルの細胞外微粒子(EVs;Extracellular Vesicles)について、miR-6748, miR-4287, miR-12114, miR-891, miR-345, miR-1200, miR-365, miR-3679, miR-425及びmiR-4271のマイクロRNA(miR)からなる群から選択される少なくとも1個以上からなるmiRを測定し、健常人の血液サンプルから得られたデータと比較することを特徴とする。
別の発明に係る非アルコール性脂肪肝炎(NASH)がサルコペニアを伴うか否かを評価するためのデータの一つを得ることを特徴とする検出方法は、NASHを有する被験者から採取された血液サンプルの細胞外微粒子(EVs;Extracellular Vesicles)について、miR-378, miR-181, miR-30, miR-4642, miR-1250, miR-7151, miR-1290, miR-6070, miR-615, miR-486及びmiR-6769のマイクロRNA(miR)からなる群から選択される少なくとも1個以上からなるmiRを測定し、健常人の血液サンプルから得られたデータと比較することを特徴とする。
【0007】
別の発明に係る検査キットは、miR-6748, miR-4287, miR-12114, miR-891, miR-345, miR-1200, miR-365, miR-3679, miR-425及びmiR-4271のマイクロRNA(miR)からなる群から選択される少なくとも1個以上からなるmiRについて、肝硬変を有する被験者から採取された血液サンプル中の遺伝子発現を測定できるものであって、前記miRに特異的に結合する結合剤と、前記miRの発現レベルを測定する試薬を含み、前記肝硬変が肝性脳症を伴うか否かを評価するためのデータの一つを得ることを特徴とする。
また、別の発明に係る検査キットは、miR-378, miR-181, miR-30, miR-4642, miR-1250, miR-7151, miR-1290, miR-6070, miR-615, miR-486及びmiR-6769のマイクロRNA(miR)からなる群から選択される少なくとも1個以上からなるmiRについて、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を有する被験者から採取された血液サンプル中の遺伝子発現を測定できるものであって、前記miRに特異的に結合する結合剤と、前記miRの発現レベルを測定する試薬を含み、前記NASHがサルコペニアを伴うか否かを評価するためのデータの一つを得ることを特徴とする。
また、別の発明に係る特定疾患に関連するmiRを検出する方法は、特定疾患を有さないコントロール者及び前記特定疾患を有する被験者から採取された血液サンプルから細胞外微粒子(EVs;Extracellular Vesicles)を分離するEV分離工程、前記EV抽出工程により抽出されたEVsに含まれるmiRを検出するmiR検出工程、前記miR検出工程によって検出されたmiRについて、前記コントロール者と被験者との間の比較により、有意に増加または減少するmiRを関するmiRを特定する有意変動miR特定工程、有意変動miR特定工程によって特定されたmiRについて、前記特定疾患とmiRとの間の関係を人工知能(AI)を用いて解析することにより、前記特定疾患の状態を検出可能なmiRセットを抽出するmiRセット特定工程を備えたことを特徴とする。多くの疾患とmiRとの関係については、十分に研究されているとは言い難く、今後の研究課題とされている。本願発明によれば、特定疾患に関するmiRについて、感度及び特異度を向上させたmiRNAセットを抽出できる。
【0008】
上記発明において、miR-12114はCAGGUGGAGGUGUGAGGUC(配列番号1)、miR-4271はGGGGGAAGAAAAGGUGGGG(配列番号2)、miR-4287はUCUCCCUUGAGGGCACUUU(配列番号3)、miR-1200はCUCCUGAGCCAUUCUGAGCCUC(配列番号4)、miR-891(特にmiR-891a-5p)はUGCAACGAACCUGAGCCACUGA(配列番号5)、miR-365(特にmiR-365b-5p)はAGGGACUUUCAGGGGCAGCUGU(配列番号6)、miR-3679(特にmiR-3679-3p)はCUUCCCCCCAGUAAUCUUCAUC(配列番号7)、miR-425(特にmiR-3p)はAUCGGGAAUGUCGUGUCCGCCC(配列番号8)、miR-181(特にmiR-181c-3p)はAACCAUCGACCGUUGAGUGGAC(配列番号9)、miR-378(特にmiR-378a-5p)はCUCCUGACUCCAGGUCCUGUGU(配列番号10)、miR-615(特にmiR-615-5p)はGGGGGUCCCCGGUGCUCGGAUC(配列番号11)、miR-486(特にmiR-486-3p)はCGGGGCAGCUCAGUACAGGAU(配列番号12)、miR-6769(特にmiR-6769a-5p)はAGGUGGGUAUGGAGGAGCCCU(配列番号13)、miR-6748(特にmiR-6748-3p)はUGUGGGUGGGAAGGACUGGAUU(配列番号14)、miR-345(特にmiR-345-5p)はGCUGACUCCUAGUCCAGGGCUC(配列番号15)、miR-30(特にmiR-30b)はUGUAAACAUCCUACACUCAGCU(配列番号16)、miR-4642はAUGGCAUCGUCCCCUGGUGGCU(配列番号17)、miR-1250(特にmiR-1250-5p)はACGGUGCUGGAUGUGGCCUUU(配列番号18), miR-7151はCUACAGGCUGGAAUGGGCUCA(配列番号19), miR-1290はUGGAUUUUUGGAUCAGGGA(配列番号20), miR-6070はCCGGUUCCAGUCCCUGGAG(配列番号21)の配列を持つマイクロRNAを意味する。
【0009】
血液サンプルとは、被験者から採取された血液について、全血・血漿・血清などを意味する。
「miR」は動物や植物で発見された低分子ノンコーディングRNAのことを意味する。miRは約22個程度のヌクレオチドからなり、遺伝子発現の転写調節や転写後調節において機能する。miRは、真核細胞の核DNAにコードされており、mRNA分子内の相補性配列との間で塩基対合を介して機能することにより、転写抑制または標的分解を介して遺伝子のサイレンシングを生じる。
miRを測定する方法としては、例えばイムノアッセイ(例えばELISA)、分子的または生化学的アッセイ(定量PCR、比色定量アッセイ)、分析法(例えば質量分析)などの当技術分野において周知の慣用的な方法によって決定できる。
また、血液サンプルからは全RNAの測定を行うことができる。このとき、適切な内部対照(例えば公知の配列及び量のmiR(例えば線虫のmiR-39)をRNA抽出前に試料に加えても良い。Cq値が、定量PCRを使用して決定される。このようなアッセイを実施するために市販のキットを利用することができる。例えば、Taqman miRNA qRT-PCRアッセイ:TaqmanマイクロRNA逆転写キット、TaqManマイクロRNAアッセイ20x、及びTaqManユニバーサルマスターミックスII(アプライドバイオシステムズ社)を製造業者の説明書に従って使用できる。逆転写反応には、GeneAmp PCRシステム9700サーマルサイクラー(アプライドバイオシステムズ社)などの市販のPCRシステムを用い、適切なサイクリングパラメーター(例えば16℃で30分間、42℃で30分間及び85℃で5分間、その後4℃で保持)と共に使用できる。また、逆転写反応はマルチプレックスフォーマットで実行できる。
【0010】
次いで、定量PCR反応をCFX96 リアルタイムシステム(C1000Touch サーマルサイクラー:バイオラッド社)などの定量PCRシステムを使用して実施する。サイクリング条件としては、例えば95℃で10分間、その後95℃で15秒間及び60℃で60秒間を1サイクルとして50サイクル繰り返した後、30℃で30秒間反応する。
検査キットに用いる「結合剤」とは、標的とするmiRを認識して結合するものを意味しており、例えば標的miRに相補的な配列を備えたDNAプローブを用いることができる。このときDNAプローブをビオチンで標識しておく(ビオチン化DNAプローブ)ことができる。
「測定する試薬」とは、例えばELISAシステムを用いる場合には、miR/DNAハイブリッド鎖を特異的に認識する抗体、発色用酵素(アビジン化酵素(例えば西洋わさびパーオキシダーゼ(HRP))、及び発色用基質(例えば、TMB(3,3',5,5'-テトラメチルベンジジン)、PNPP(p-ニトロフェニルリン酸ジナトリウム塩)、ABTS(2,2'-アジノビス[3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸]-ジアンモニウム塩)、OPD(o-フェニレンジアミン二塩酸塩)など)が含まれる。
他に、miRを検出・測定できる市販品(例えば、Mir-X miRNA qRT-PCR TB Green Kit、microRNA Enzyme Immunoassay Kit (miREIA)、TaqMan miRNA アッセイ、TaqMan miRNA アレイカード、TaqMan miRNA OpenArray パネル)を使用できる。
【0011】
ELISAシステムを用いる場合には、次の手順によって、標的とするmiRを測定できる。標的miRを含み得る血液サンプルとビオチン化DNAプローブとをハイブリダイズさせる。一方、miR/DNAハイブリッド鎖を特異的に認識する抗体をマイクロプレートのウエル中にコートしておく。このウエル内にmiR/DNAハイブリッド鎖を含み得るサンプルを滴下し、適当な時間だけインキュベートした後、ウエルを洗浄し、ストレプトアビジン結合酵素を含む溶液をウエル内に添加し、ビオチンに結合させて洗浄した後、適当な基質と反応させることにより、標的miRを測定できる。
「コントロール者」とは、好ましくは健常者であるが、別の疾患を持っているものの対象となる特定疾患を持たない者を含む。
「人工知能(AI)を用いて解析」とは、膨大なデータ(本願では特定疾患と有意変動miRとを含むデータ)について、AIに分析させることにより、特定疾患の発症状態・進展状態・治癒状態などを評価可能なmiRセットを特定させる解析方法を意味する。そのようなAIとしては、市販のソフトウエアキット、自社開発のソフトウエアなどを使用できる。AI分析では、いくつかのモデルを設定し、複数回の検証を行った後、検出感度及び特異度(本願では、特定疾患の状態を精度良く特定できる程度の割合)が十分に良好な結果を提供する。一般にAI分析では、パラメータλ(ラムダ)を適当に設定し、損失関数f(x)を最小とする一方で、λとの兼ね合いでペナルティ項を小さくするパラメータセットを求める。このとき、λを適当に変化させることにより、異なるmiRセットが特定されることがあり得る。本願発明では、例えばλを1, 0.1, 0.01, 0.001などに変更した上でmiRセットを特定し、その際の特定疾患との間で感度及び特異度を求めて、より良いものを決めることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、肝硬変の合併症としての肝性脳症、または非アルコール性脂肪肝炎の合併症としてのサルコペニアを血液サンプルから評価するためのデータの一つを検出するための方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】NASHマウスの食後の血中グルコース濃度を調べた結果を示すグラフである。図中、「Control」は正常マウスのコントロールを、「NASH」はNASHモデルマウスの初期状態を、「Ad NASH」はNASHの病態が進行したNASHモデルマウスをそれぞれ示す(以下の図においても同じ)。また、図中、「*」はP<0.05、「**」はP<0.01、「***」はP<0.001、「****」はP<0.0001で有意差が認められたことを示す(以下の図においても同じ)。
図2】肝臓の組織像を調べたときの顕微鏡写真図である。(A)Control、(B)NASH、(C)Ad NASHのものを示す。
図3】(A)体重あたりの肝臓重量、(B)脾臓重量が増加することを示すグラフである。
図4】肝組織をSirius Red染色して、線維化を調べたときの顕微鏡写真図である。(A)Control、(B)NASH、(C)Ad NASHのものを示す。
図5】肝細胞中の(A)α-SMA、(B)collagen-1a(Col-1A)、(C)TIMP-1の発現レベルを調べた結果を示すグラフである。
図6】肝細胞中の(A)TNF-α、(B)KC(neutrophil chemokine)の発現レベルを調べた結果を示すグラフである。
図7】脳中のIba1、IL-1b、MCP-1、GFAPの発現レベルを調べた結果を示すグラフである。
図8】腓腹筋の組織像を調べたときの顕微鏡写真図である。(A)Control、(B)NASH、(C)Ad NASHのものを示す。
図9】腓腹筋中のPEPCK、SREBP1c、USP3、PGC1a、FOXO1の発現レベルを調べた結果を示すグラフである。
図10】腓腹筋中のMfn1、Opa1、Drp1、mtCOX2、Tfamの発現レベルを調べた結果を示すグラフである。
図11】腓腹筋の電子顕微鏡写真図である。(A)Control、(B)NASH、(C)Ad NASHのものを示す。
図12】体重あたりの腓腹筋(Gastrocnemius)の重量(筋重量比)、Pax7、Pax3、Myh5、MyoG、Myostatinの発現量を比較した結果を示すグラフである。
図13】腓腹筋中のIba1、CD11b、TNFα、IL-1b、CCL2の発現レベルを調べた結果を示すグラフである。
図14】腎臓の組織像を調べたときの顕微鏡写真図である。(A)Control、(B)NASH、(C)Ad NASHのものを示す。
図15】BUN(尿中窒素)、Cre(血中クレアチニン)、BUN/Cre、U-Cre(尿中クレアチニン)、U-UN(尿中尿素窒素)を調べた結果を示すグラフである。
図16】腎臓中のTXNIP、Hmox1、SOD2、Gtam、SLC4a4、FABP1、Pfktb3の発現レベルを調べた結果を示すグラフである。
図17】腎臓中のa-SMA、Col4a1、Fn1、CTGF、Drp1、Tfam、mtCOX2の発現レベルを調べた結果を示すグラフである。
図18】腎臓中のIba-1、GFAP、RAGE、Fizz1、NOS2の発現レベルを調べた結果を示すグラフである。
図19】(A)脳、(B)腓腹筋、(C)腎臓において、Tomato色素を用いてHC-EVを確認したときの蛍光写真図である。NASHとAd NASH(特にAd NASH)では、各臓器にTomato蛍光が顕著に認められた。なお、図中には、2種類のコントロール(Tomato-HCなし、Tomato-HCあり)が含まれる(図20~22、24、26においても同じ)。
図20】(A)肝臓、(B)血漿、(C)血漿中EV、(D)腎臓、(E)脳、(F)腓腹筋、(G)心臓のTomato蛍光強度を調べた結果を示すグラフである。
図21】(A)肺、(B)ヒラメ筋、(C)脾臓のTomato蛍光強度を調べた結果を示すグラフである。
図22】脳組織をTomato認識抗体を用いて組織染色(Tomato染色)したときの顕微鏡写真図である。(A)ControlTomato-HCなし、(B)Control Tomato-HCあり、(C)NASH、(D)Ad NASHのものを示す。
図23】脳組織を2色の色素で染色したときのAd NASHの顕微鏡写真図である。(A)Microgliaを茶色素、HC-EVを赤色素で染色した結果、(B)Neuronを赤色素、HC-EVを茶色素で染色した結果をそれぞれ示す。
図24】腓腹筋組織をTomato染色したときの顕微鏡写真図である。(A)Control Tomato-HCなし、(B)Control Tomato-HCあり、(C)NASH、(D)Ad NASHのものを示す。
図25】腓腹筋組織をTomato染色したときに確認された染色細胞のタイプを(A)Type I、(B)Type IIb、(C)Type IIaに分けた顕微鏡写真図である。
図26】腎臓組織(近位尿細管(刷子縁・細胞内)と糸球体)の顕微鏡写真図である。(A)Control Tomato-HCなし、(B)Control Tomato-HCあり、(C)NASH、(D)Ad NASHのものを示す。
図27】肝細胞を分離し、培地中で培養したときの様子を観察した顕微鏡写真図である。(A)Control、(B)NASH、(C)Ad NASHのものを示す。
図28】細胞培地中のHC-EVをqEVカラムで分離したときのチャート図である。(A)Control、(B)NASH、(C)Ad NASHのものを示す。
図29】HC-EVをナノトラッキング法により粒径を解析したときのチャート図である。(A)Control、(B)NASH、(C)Ad NASHのものを示す。
図30】(A)培地1μL中のHC-EV数を比較したグラフ、(B)HC-EVの平均サイズを比較したグラフ(図29で得られた数値を平均化したもの)、(C)HC-EVを電気泳動してタンパク質の分子量を解析した結果を示す写真、それぞれ示す図である。1はコントロール HC-EV、2はNASH HC-EV、3はAd NASH HC-EVのものを示す。
図31】コントロール-HC-EV、NASH-HC-EV、Ad NASH-HC-EV中のタンパク質の変動を調べた結果を示す図である。P<0.05にて有意差を示す228個のタンパク質のうち、右側カッコに示す166個は、NASH-HC-EVまたはAd NASH-HC-EVで有意に増加した166個のタンパク質である。
図32】166個のタンパク質についてSTRINGSで解析した結果を示すネットワーク図である。
図33図32の解析結果に基づき、関連する遺伝子群の特性をまとめた図である。
図34】Ad NASH-HC-EVのみで上昇した21個のタンパク質についてSTRINGSで解析した結果を示すネットワーク図である。
図35】コントロール-HC-EV、NASH-HC-EV、Ad NASH-HC-EV中のmiRの変動を調べた結果を示す図である。P<0.05にて有意差を示す199個のmiRのうち、右側カッコに示す「(Down)109個」は、NASH-HC-EVまたはAd NASH-HC-EVで有意に発現が減少したもの、「(Up)90個」は、有意に発現が減少したものである。
図36】マウス筋芽細胞から分化した筋管細胞にHC-EVを添加し、24時間後の遺伝子発現を調べた結果を示すグラフである。(A)筋ミトコンドリア中で作用する遺伝子(Mfn1、OPA1、mtCOX2)、(B)筋代謝に関連する遺伝子(SREBP1c、Ugp2、UCP3、PGC1a)の発現レベルを調べた結果を示すグラフである。
図37】マウス初代培養グリア細胞にHC-EVを添加し、16時間後の遺伝子発現を調べた結果を示すグラフである。炎症に関連する遺伝子Iba1、GFAP、MCP-1の発現量を調べた結果を示す。
図38】NASH患者、NASH及び肝性サルコペニア患者の2群でmiRの発現量について、有意差検定を行った結果を示す図である。(A)P<0.1で有意差が認められたもの(59個)、(B)P<0.05で有意差が認められたもの(35個)を示す。
図39】健常者、NASH患者、NASH及び肝性サルコペニア患者の3群でmiRの発現量について、有意差検定を行った結果を示す図である。(A)P<0.1で有意差が認められたもの、(B)P<0.05で有意差が認められたものを示す。四角で囲んだmiRは、健常者やNASHでは変化せず、NASH+肝性サルコペニアのみで変化したものである。
図40】肝硬変患者、肝硬変及び肝性脳症の2群でmiRの発現量について、有意差検定を行った結果を示す図である。(A)P<0.1で有意差が認められたもの(58個)、(B)P<0.05で有意差が認められたもの(35個)を示す。
図41】健常者、肝硬変患者、肝硬変及び肝性脳症の3群でmiRの発現量について、有意差検定を行った結果を示す図である。(A)P<0.1で有意差が認められたもの、(B)P<0.05で有意差が認められたもの(8個)を示す。四角で囲んだmiRは、健常者や肝硬変では変化せず、肝硬変+肝性脳症のみで変化したものである。
図42】AI解析の概要を示す図(1)である。多項式あてはめにl2正則化を用いたときの正則化と汎化誤差最小化の関係を示す図である。
図43】AI解析の概要を示す図(2)である。正則化と解のスパース性を説明する図である。
図44】(A)ある人の状態が「A」、「B」のいずれであるかの二律背反的に判定する分類器の性能評価を説明する図、(B)この分類器の2値判定に影響を及ぼすmiRの種類を選択する手順の性能評価を行う際の回帰式を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施できる。
<試験方法及び結果>
肝細胞由来の細胞外小胞(HC-EV:Hepatocyte-derived Extracellular Vesicles)は遠隔臓器間の病態伝搬体であることを証明するために下記試験を行った。HC-EVの遠隔臓器へのイメージングが可能な肝細胞に蛍光Tomatoを発現するマウス作製を行った。このマウスを用いて慢性肝疾患であるNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)マウスを作製し、イメージングを用いてHC-EVの体内動態と肝障害が誘発する遠隔臓器(腓腹筋と脳と腎臓)での病態とその分子メカニズムを解明した。
即ち、HC-EVのタンパク質やmicroRNA(miR)成分を同定し、どの成分が病態情報体になるのか探索した。
次に、ヒト正常人・肝硬変患者・肝性脳症を有する肝硬変患者から血液サンプルを採取し、血中EVのmiR成分を同定することで、EV成分がバイオマーカーとして有用であることを検証した。
従来、肝臓由来EVを用いて合併症のメカニズムを解明する研究はなされておらず、合併症と関連するHC-EVのプロファイルも解析されていなかった。
【0015】
1.慢性肝疾患マウスが遠隔臓器(腓腹筋、脳、腎臓)の障害を併発する(ヒトの慢性肝疾患+合併症の類似モデルの構築)
NASHマウスを作成したところ、図1に示すように、初期モデルマウス(NASH)や進行NASHマウス(Ad NASH)は、正常群(Control)に比較し、食後の血中グルコース濃度が有意に増加し、ヒトNASHと同様にインシュリン抵抗性を示した。図2には、肝臓の組織像を調べたときの顕微鏡写真図を示した。NASHマウスやAd NASHマウスでは、組織中に脂肪滴(空洞)が認められた。図3に示すように、NASHマウスやAd NASHマウスでは、正常群に比較し、体重あたりの肝重量と脾臓重量が有意に増加した。これは、肝線維化の進行によって門脈圧が上昇し、脾臓が肥大したものである。図4には、肝線維化を染色するSirius Red染色(肝線維化は赤)を行って、組織中の線維化を調べたときの顕微鏡写真図を示した。NASHマウスでは、強い肝線維化が形成されていることが分かった。
図5及び図6には、肝障害を調べた結果を示した。図5には、に示すように、肝線維化を示すα-SMA、collagen-1a(Col-1A)及びTIMP-1の遺伝子発現もNASHマウスの肝臓で有意に上昇した。また、図6に示すように、TNF-αやKC(neutrophil chemokine)という炎症関連遺伝子の有意な上昇が認められた。
【0016】
図7には、脳を調べた結果を示した。図7には、脳の炎症像に関するデータを調べた結果を示した。脳内の炎症に関する因子(炎症性サイトカインであるIba1, IL-1Bと、炎症性ケモカイン遺伝子であるMCP-1, GFAP)は、NASHマウスにおいて増加傾向を示した。特に、GFAPでは、コントロールとNASHとの間に有意差が認められた。
図8図13には、腓腹筋を調べた結果を示した。図8には、顕微鏡写真図を示した。正常マウスに比べ、NASHマウス(NASH、Ad NASH)では、炎症像が認められた。図9図10図12及び図13には、骨格筋内に発現する64個の遺伝子の発現量を比較した代表的な結果を示した。図9には、代謝関係の遺伝子として、PEPCK、SREBP1c、USP3、PGC1a、HOXO1の発現量を比較した結果を示した。NASHマウスでは、PEPCK、SREBP1cの有意な増加と、UCP3、FOXO1の有意な減少を示した。図10には、ミトコンドリア関係の遺伝子として、Mfn1、Opa1、Drp1、mtCOX2、Tfam、の発現量を比較した結果を示した。NASHマウスではMfn1、Opa1、mtCOX2の有意な減少を示した。図11には、腓腹筋の電子顕微鏡写真を示した。この図より、NSAHマウスでは、ミトコンドリアの形態異常が明らかとなった。図12には、体重あたりの腓腹筋重量(筋重量比)、Pax7、Pax3、Myh5、MyoG、Myostatinの発現量を比較した結果を示した。その結果、NASHマウスでは、筋重量比やPax3、MyoGが有意に低下した。図13には、Iba1、CD11b、TNFα、IL-1b、CCL2の発現量を比較した結果を示した。NASHマウスでは、炎症を示すIba1、CD11b、TNFα、IL-1b、CCL2遺伝子の有意な増加を示した。これらのデータより、NASHマウスの腓腹筋では、糖・脂質代謝の異常や、ミトコンドリア生合成の低下や、炎症の上昇が起こっていることが分かった。
【0017】
図14図18には、腎臓を調べた結果を示した。図14には、顕微鏡写真図を示した。NASHマウスでは、糸球体の形態学的な異常が認められた。図15には、BUN(尿中窒素)、Cre(血中クレアチニン)、BUN/Cre、U-Cre(尿中クレアチニン)、U-UN(尿中尿素窒素)を調べた結果を示した。NASHマウスでは、血中及び尿中の腎障害マーカーの有意な変動が認められた。図16には、TXNIP、Hmox1、SOD2、Gtam、SLC4a4、FABP1、Pfktb3の各遺伝子の発現量を調べた結果を示した。TXNIP、Hmox1、SOD2、Gtam、FABP1、Pfktb3の6種類の遺伝子は、NASHマウス及びAd NASHマウスでは、正常マウスに比べ、有意に発現量が減少した。SLC4a4は、NASHマウスでは有意に発現量が増加した。図17には、a-SMA、Col4a1、Fn1、CTGF、Drp1、Tfam、mtCOX2の各遺伝子の発現量を調べた結果を示した。a-SMA、Col4a1、Drp1、Tfam、mtCOX2の5種類の遺伝子は、NASHマウス及びAd NASHマウスでは、正常マウスに比べ、発現量が減少した。図18には、Iba-1、GFAP、RAGE、Fizz1、NOS2の各遺伝子の発現量を調べた結果を示した。GFAP、RAGE、NOS2の3種類の遺伝子は、Ad NASHマウスでは、正常マウスに比べ、有意に発現量が減少した。Fizz1は、NASHマウス及びAd NASHマウスは、有意に発現量が増加した。このように、NASHモデルマウスでは、腎障害を示す発現量の変化が認められた。
これらの結果より、腓腹筋障害(重量低下及び機能異常)、脳内炎症及び腎障害を有する遠隔臓器合併症併発マウスモデル(NASHマウス)の作製に成功したと判断した。
【0018】
2.慢性肝疾患においてHC-EVは遠隔臓器に到達する
NASHマウスを用いた実験の結果、ヒトの慢性肝疾患において合併症が生じる臓器と同じ臓器において、遠隔臓器はヒトの慢性肝疾患で合併症が生じる臓器と一致した。図19及び図20に示すように、遠隔臓器である脳・腓腹筋・腎臓・心臓にTomato蛍光が観察された。この蛍光強度は慢性肝疾患モデルで高い傾向を示したことから、慢性肝疾患において肝細胞由来EVが遠隔臓器に到達していることが明らかとなった。また、慢性肝疾患依存的(NASHからAd NASH)に血中のTomato蛍光は増加し、精製した血中EVでもこの傾向は同じであった。これらの臓器の細胞に取り込まれていることも組織の染色により確認した。図21に示すように、肺・ヒラメ筋・脾臓などの臓器では、Tomato蛍光の明確な上昇は観察されなかった(胃~腸でも同様の結果を確認した)。
図22及び図23には、脳の顕微鏡写真図を示した。NASHマウスでは、脳内にHC-EV由来のTomato蛍光を発する細胞(ミクログリアや、形状より、アストロサイトであると考えられた)が認められた。図24及び図25には、腓腹筋組織の顕微鏡写真図を示した。NASHマウスでは、HC-EV由来の蛍光が認められた。図26には、腎臓の顕微鏡写真図を示した。NASHマウスでは、HC-EV由来の蛍光が認められた。
【0019】
これらの結果より、慢性肝疾患由来のEVには何らかの臓器指向性があることが示唆された。NASHマウスにおいてHC-EVが伝播された腎臓・脳・腓腹筋は、ヒトの慢性肝疾患患者が合併症を高率に発症する3臓器と一致していたことから、NASHマウスはヒトの臨床状態に非常に近いものであると考えられた。ヒトNASH患者は動脈硬化症を伴い心血管イベントを高率に発症する。NASHマウスを用いた結果で、HC-EVが心臓に伝播されたというデータが認められたことから、ヒト患者でも同様の現象が発生し、心血管イベントを発症していることが考えられた。これらの事実から、NASHマウスにおけるHC-EVの指向性を明らかにできれば、ヒトの慢性肝疾患の合併症メカニズム解明にも応用できると考えられた。従来には、慢性肝疾患のHC-EVが遠隔臓器に到達し、その遠隔臓器がヒトの慢性肝疾患における臓器合併症と類似しているという報告は認められず、本研究者らの知見が初めてのものである。
【0020】
(2)次に、NASHマウスから分離した肝細胞を培養し、インビトロにおけるHC-EVの特性を調べた。正常マウス、NASHマウス及びAd NASHマウスから肝細胞を分離し、培地中にて培養した。図27には、培養開始から3時間後及び24時間後(オイルレッドO染色)の顕微鏡写真図を示した。NASH及びAd NASHでは、24時間後にオイルレッドOで染色される脂肪細胞及び中性脂肪が多く認められた。
次に、サイズ排除クロマトグラフィ(qEVカラム)を用いて、細胞培地中のHC-EVを分離し、その特性を調べた。図28には、培地を分離したときの結果を示した。横軸にフラクション番号を縦軸に吸光度を示した。図29には、HC-EVをナノトラッキング法により解析した結果を示した。横軸にサイズを示した。
図30には、(A)培地1μL中のHC-EV数、(B)HC-EVの平均サイズ、(C)HC-EVを電気泳動してタンパク質の分子量を解析した結果をそれぞれ示した。(C)に示す写真のレーンは左から、分子量マーカー(M)、コントロール HC-EV(1)、NASH HC-EV(2)、Ad NASH HC-EV(3)である。
NASHマウスから分離した肝細胞の上清中HC-EV数は、コントロールと比べて有意に上昇した。精製したEVの直径は、200nm-300nmであった(図30(B))。また、精製したHC-EVを電気泳動したところ、培養液中に含有するアルブミンが検出されるものの(分子量約6.6万に認められる太いバンド)、その量は相対的には多くなく、その他の個々のタンパク質を同定可能な純度であった(図30(C))。
このように、インビトロ試験においても、HC-EVは培養グリア細胞や骨格筋細胞に対し障害を与えることが明らかとなった。
【0021】
3.慢性肝疾患マウスの分離肝細胞の上清からHC-EVを精製し、HC-EV成分を同定する
次に、HC-EVのタンパク質成分をnanoLC-MS/MSにて検出し、有意差検定を行ったところ、図31に示すように、コントロール-HC-EVと比較してNASH-HC-EVやAd NASH-HC-EVで有意に変動したタンパク質は228個(減少62個、上昇166個)であった。このうち、図中(Up)と記載されたタンパク質(NASH-HC-EVやAd NASH-HC-EVで有意に上昇した166個のもの)について、STRINGS(Search Tool for the Retrieval of Interacting Genes/Proteins)で解析したところ、図32に示すように、複数のグループが形成されることが明らかとなった。これらのグループは、図33に示すように、主にmetabolic pathways, proteosome, protein processing in ER, ribosome, endocytosis, peroxisome, spliceosomeであった。これらのことより、HC-EVには、肝細胞障害に関連するタンパク質が含有されていることが分かった。
【0022】
上記166個のタンパク質中には、microparticleのマーカーとして知られるAnnexin Vが含まれていた。ヒトNASH患者ではannexinがバイオマーカーになるとの報告があり、本結果と一致した。さらに、Ad NASH-HC-EVのみで上昇する21個のタンパク質は、annexins, initiation factors, RNA-binding, phosphoproteinsに属するタンパク質であった。これら21個のタンパク質をSTRINGSで解析したところ、図34に示す通りであった。Annexin 2受容体は、主に心筋細胞に発現しているとの報告があることから、HC-EVのNASHマウス心臓への指向性はannexin 2が担っている可能性が考えられた。
次に、HC-EVのmiR成分をmiR arrayにて検出し、有意差検定を行ったところ、図35に示すように、199個のmiRが有意に変動していた。このうち、NASHからAd NASHの病態進行に伴い減少するmiR が109個(Down)、上昇する miR が90個(Up)であった。NASH-HC-EVに比べ、Ad NASH-HC-EVで1.5倍以上上昇するmiR が61個あった。例えば、let-7e-5p, let-7f-5p, let-7g-5p, miR-1298-5p, miR-26a-5p, miR-26b-5p, miR-494-3p, miR-6351, miR-6934-5p, miR-6949-5p, miR-6997-5p, miR-7063-5pが認められた。この中には肝臓で発現が高いmicroRNA-122やlet-7 familyが含まれていた。有意に変動したmiR の標的タンパク質をデータベースで調べたところ、controlからNASHでは1278個、NASHからAd NASHでは832個のタンパク質がHC-EV- miR により制御されている可能性が示唆された。今回の試験は、合併症がある慢性肝疾患マウスから直接肝細胞を分離して得られたHC-EVプロファイルとしては、初めてのデータである。
【0023】
4.HC-EVは遠隔臓器における障害を惹起する遠隔臓器病態情報伝播体である
腓腹筋の標的細胞であるマウス培養骨格筋細胞(C2C12細胞)におけるHC-EVの作用を検討した。HC-EVを分化4日後のC2C12に添加し、24時間後の遺伝子発現を検討した。
その結果、図36に示すように、ミトコンドリア関連遺伝子や筋代謝に関連する遺伝子発現がNASH-HC-EVやAd NASH-HC-EVの添加により有意に減少した。これらの遺伝子変化はNASHやAd NASHマウスの腓腹筋の変化と一致していた。この結果から、HC-EVはNASHやAd NASHマウスにおける腓腹筋障害を惹起する因子の1つであることが分かった。
次に、脳内の標的細胞であるマウス初代培養グリア細胞にHC-EVを添加し、16時間後の遺伝子発現を検討した。その結果、図37に示すように、Iba1(ミクログリアの活性化)やGFAP(アストロサイトの活性化)の遺伝子発現がAd NASH-HC-EVの添加により有意に上昇した。Iba1の遺伝子発現はNASH-HC-EVでも上昇傾向であった。活性化ミクログリアやアストロサイトが放出することで知られるMCP-1(炎症性ケモカイン)も、NASHやAd NASH-HC-EVで上昇傾向を示した。この結果から、HC-EVはNASHやAd NASHマウスにおける脳炎症を惹起する因子の1つであると考えられた。HC-EVの中に多く含有されているlet7 familyはミクログリア細胞の活性化に関与していることが報告されたことから、HC-EVが脳内のミクログリア細胞に取り込まれることで、let7 familyを受け渡しミクログリアの活性に関与している可能性が考えられた。
【0024】
5.HC-EVの成分は合併症を伴うヒト慢性肝疾患患者の血中EV成分と一部一致する
健常者を含めてヒトだけで解析した場合にも、慢性肝疾患の合併症で特異的に変動する血中EV成分がある。慢性肝疾患と合併症における血中EVのプロファイルを同定するため、まず健常者・NASH患者・NASH+肝性サルコペニア(疾患に伴う二次性サルコペニア)の3グループにおいて、血中EVを分離し(EV分離工程)、miR arrayにて全miR成分を検出した(miR検出工程)。
まず、NASH患者・NASH+肝性サルコペニアの2群で有意差検定を行ったところ、図38に示すように、59個(P<0.1)または35個(P<0.05)のmiR が有意に変動していた(有意変動miR特定工程)。具体的には、miR-181(より詳細にはmiR-181c)、miR-378(より詳細にはmiR-378a)、miR-615、miR-486及びmiR-6769(より詳細にはmiR-6768a)の5個のmiRであった。これらのmiRのうち、NASH+肝性サルコペニア群では、miR-181(より詳細にはmiR-181c), miR-615, miR-486が減少し、miR-378(より詳細にはmiR-378a), miR-6769(より詳細にはmiR-6769a)が増加した。一方、マウスHC-EV-miRでは、miR-181(より詳細にはmiR-181d), miR-615, miR-6769(より詳細にはmiR-6769b)が減少し、miR-378(より詳細にはmiR-378b), miR-486(より詳細にはmiR-486a)が増加した。このうち、P<0.05の有意差があったmiRと図35のマウスHC-EV-miRのプロファイルを比較したところ、miR-181・miR-615の減少とmiR-378の上昇が一致した。また、有意に変動したmiRとして、miR-486・miR-6769も例示されるものの、ヒトとマウスの動きが逆であった。健常者を入れてヒトのデータのみで有意差解析を行ったところ、図39に示すように、肝性サルコペニアのみで特異的に変動するmiRがあることが明らかとなった。マウスとヒトでは種が異なることを考えると、肝性サルコペニアのみで特異的に変動するmiRもバイオマーカーの候補として考えられた。
【0025】
次に、健常者・肝硬変(脳症なし)・肝性脳症を伴う肝硬変の3つのグループの血中EVを分離してmiR arrayにて全miR成分を検出した。まず肝硬変と肝硬変+肝性脳症の2群で有意差検定を行ったところ(有意変動miR特定工程)、図40に示すように、58個(P<0.1)または35個(P<0.05)のmiRが有意に変動していた。P<0.05で有意差があったmiRと図35のマウスHC-EV-miRのプロファイルを比較したところ、miR-195とmiR-365の有意な変動が一致した。このうち、miR-365の有意な上昇が一致した。但し、miR-195の動きは、ヒトとマウスで逆であった。健常者を入れてヒトの遺伝子発現のみで有意差検定を行ったところ、図41に示すように、健常者や肝硬変では変化せず、肝硬変+肝性脳症のみで特異的に変動するmiRがあることが明らかとなった。具体的には、miR-12114、miR-4271、miR-4287、miR-1200、miR-891(より詳細にはmiR-891a)、miR-365(より詳細にはmiR-365b)、miR-3679及びmiR-425の8個のmiRであった。慢性肝疾患マウスの脳炎は変化が軽度であることに対して、肝性脳症患者では認知・行動障害が生じていることを考慮すると、マウスとヒトのプロファイルの比較から得られたmiRと、肝性脳症患者においてのみ変動したmiRの両方をバイオマーカーとして考慮するのが良いと考えられた。
これらのヒトの血中EVのmiRのプロファイルは世界でも報告例がなく、本発明者に依る今回のデータが最初のものである。
【0026】
6.AI解析によるマイクロRNAの特定(miRセット特定工程)
次に、上記で特定されたmiRについて、次に示す方法でAIで解析することにより感度及び特異度を向上できるmiRセットを特定した。
図42には、多項式あてはめにl2正則化を用いたときの正則化と汎化誤差最小化を説明するための図を示した。AI解析において、訓練データへの過度な適応によって、解析結果を訓練データに合わせすぎてしまう過学習の発生を防止するために、正則化を行うことにより、より良好なモデルを得ることができる。(A)は、過学習によって、訓練データへの過度な適応を行ったときのグラフ、(B)は、真のモデルを示すグラフ、(C)は、良好な推定ができたときのグラフ、(D)は、訓練データに対する過小学習しかできていないときのグラフをそれぞれ示している。良好な結果は、過学習に陥ることなく、過小学習に留まらない、より良好な結果が得られること(図42(B)または(C))である。
具体的には、訓練データのみを用いて損失関数の最小化を行うと、データへの過度の適合(過学習)が生じてしまう。そこで、各学習に応じて損失関数に対して、パラメータに対する罰則項(λ:2項のバランスを調整する)を加えたものを最小化する。下記式(1)には、第1項が学習毎に定義される損失(手元のデータへの当てはまり度合い)を、第2項がλを含む正則化項である。
【0027】
【数1】
図43には、正則化と解のスパース性を説明する図を示した。(A)は、l2-ノルムによる正則化(l2正則化)を、(B)はl1-ノルムによる正則化(l1正則化)の結果を示した。正則化項を適当に選択することにより、より望ましい解(代表的にはスパースな解)を得ることができる。図43では、(B)l1-ノルムによる正則化の方が、解が軸に乗りやすいため、疎な解が得られやすいことを示している。
図44には、(A)ある人のmiRデータ(microRNA蛍光強度測定データ)を入力し、その人の状態が「A」または「B」のいずれであるかを二律背反的に判定する分類器を開発し、その分類機の性能評価を行ったときの様子と、(B)この分類器の2値判定に影響を及ぼすmiRの種類を選択する手順の性能評価を行う際の回帰式を説明する図を示した。
ある人の状態分類を行う核となる要素は、ロジステック回帰式であった(A)。このとき、l1正則化を通じた属性選択を伴うロジステック回帰式の最適化が最も良好であった。
【0028】
(1)肝硬変病態が肝性脳症を伴うか否かを評価するためのmiRセットの抽出
次に、肝硬変病態が肝性脳症を伴うか否かを評価するためのmiRセットの抽出をAI解析により実施した。有意変動miR特定工程によって特定されたmiR(の全部または一部)を用いて、λとして1, 0.1, 0.01, 0.001などに変更した上でmiRセットを特定した。各実施工程について得られたmiRセットに関し、肝性脳症との間で感度及び特異度を求め、より良いmiRセットを特定した。
その結果、miR-6748, miR-4287, miR-12114, miR-891, miR-345, miR-1200, miR-365, miR-3679, miR-425及びmiR-4271の10個からなるmiRセットを使用することにより、良好な感度及び特異度を得た。
上記miRセットを抽出するに際し、AI解析のcross-validationを行った。具体的にはλを新しく設定し、いくつかの区分にランダムに分けてvalidationを繰り返すことにより、より深い解析を行った。
このように、統計解析により有意差がついたmiRのみを用いてAI解析を行い、AIが抽出した感度、特異度の高いmiRの組み合わせての中からいくつかのmiRを特定できることが分かった。
(2)NASHがサルコペニアを伴うか否かを評価するためのmiRセットの抽出
次に、変動有意miR特定工程によってmiR(の全部または一部)を用い、上記(1)と同様の操作を行い、より良いmiRセットを特定した。
その結果、miR-378, miR-181, miR-30, miR-4642, miR-1250, miR-7151, miR-1290, miR-6070, miR-615, miR-486及びmiR-6769 の11個からなるmiRセットを使用することにより、良好な感度及び特異度を得た。
上記miRセットを抽出するに際し、AI解析のcross-validationを行った。具体的にはλを新しく設定し、いくつかの区分にランダムに分けてvalidationを繰り返すことにより、より深い解析を行った。
このように、統計解析により有意差がついたmiRのみを用いてAI解析を行い、AIが抽出した感度、特異度の高いmiRの組み合わせの中からいくつかのmiRを特定できることが分かった。
【0029】
なお、今回の研究で得られたmiRに関するデータのみで疾患の判断を行うものではなく、最終的には、本実施形態により得られたデータを含む総合的な知見に基づき、医師等の専門的なライセンスを備えた者が行うことになる。
このように、本実施形態によれば、肝硬変の合併症としての肝性脳症、または非アルコール性脂肪肝炎の合併症としてのサルコペニアを血液サンプルから評価するためのデータの一つを検出するための方法を提供することができた。また、これらのデータをAIで解析することにより、感度及び特異度を向上させたmiRNAセットを抽出できた。
図1
図2
図3
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図5
図6
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図8
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図11
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図39
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図43
図44
【配列表】
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