(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023080572
(43)【公開日】2023-06-09
(54)【発明の名称】機能性ゲル層により被覆された生物個体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/10 20060101AFI20230602BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230602BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230602BHJP
C12N 11/04 20060101ALN20230602BHJP
【FI】
C12N1/10
C12Q1/02
C12M1/00
C12N11/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021193994
(22)【出願日】2021-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】境 慎司
(72)【発明者】
【氏名】ムバロク ウィルダン
(72)【発明者】
【氏名】小嶋 勝
【テーマコード(参考)】
4B029
4B033
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029CC05
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4B033NA17
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4B065CA46
(57)【要約】
【課題】種々の材料を使用して作製可能であり、かつ安定性が向上した機能性ゲル層により体表が被覆された生物個体を提供する。
【解決手段】体表に結合された結合分子と、結合分子を介して結合された触媒分子と、触媒分子が寄与する架橋反応によって架橋された架橋性分子を含む機能性ゲル層とを備え、当該機能性ゲル層によって体表の少なくとも一部が被覆された生物個体。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
体表に結合された結合分子と、結合分子を介して結合された触媒分子と、触媒分子が寄与する架橋反応によって架橋された架橋性分子を含む機能性ゲル層とを備え、当該機能性ゲル層によって体表の少なくとも一部が被覆された生物個体。
【請求項2】
前記生物個体が無脊椎動物である、請求項1に記載の生物個体。
【請求項3】
前記生物個体が線虫である、請求項1または2に記載の生物個体。
【請求項4】
前記機能性ゲル層が、ナノ粒子、マイクロ粒子、磁性体、薬剤、薬剤前駆物質、細菌類、細胞、酵素、細胞外小胞、タンパク質、核酸、高分子および肥料から選択される1種類以上を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の生物個体。
【請求項5】
前記結合分子が細胞膜修飾剤である、請求項1~4のいずれか1項に記載の生物個体。
【請求項6】
前記触媒分子がペルオキシダーゼ、フェノールオキシダーゼ、カテコールオキシダーゼ、ヘモグロビン、トランスグルタミナーゼ、ソルターゼ、リシルオキシダーゼ、金属ポルフィリン錯体、トリス(2,2-ビピリジル)ルテニウム(II)、光重合開始剤から選択される1種類以上を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の生物個体。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の生物個体を含むバイオセンサー。
【請求項8】
生物個体の体表に結合分子、および結合分子を介して触媒分子を結合させる表面修飾工程と、架橋性分子を含む溶液に表面修飾工程を経た生物個体を接触させて、触媒分子が寄与する架橋反応によって溶液に含まれる架橋性分子を架橋させることにより、前記生物個体の体表の少なくとも一部を機能性ゲル層により被覆する架橋工程とを含む、体表の少なくとも一部が機能性ゲル層により被覆された生物個体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は機能性ゲル層により被覆された生物個体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
線虫等の生物個体を被覆することにより機能化し、バイオセンシング等に利用する技術の研究が活発化している。このような機能化の方法として例えば、非特許文献1には、異なる電荷の高分子水溶液に線虫を交互に浸し、線虫の体表に静電的に結合化ポリイオンコンプレックス層を作製する方法が記載されている。
【0003】
また、細胞を被覆する方法としては、特許文献1に記載の技術が挙げられる。特許文献1には特定の結合分子を介して触媒分子を標的細胞に結合させ、触媒分子が寄与する架橋反応によって、標的細胞の表面を被覆する被覆層を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Langmuir,2011,27,7708-7713
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した非特許文献1に記載の技術は使用可能な機能層の材料が限定され、かつ機能層の安定的な保持の観点から改善の余地があった。また特許文献1に記載の技術は主に単離された細胞の被覆を意図しており、生物個体全体を被覆することについては記載されていない。
【0007】
本発明の一態様は、種々の材料を使用して作製可能であり、かつ安定性が向上した機能性ゲル層により体表が被覆された生物個体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の発明者は鋭意検討した結果、結合分子、触媒分子および架橋性分子を用いることにより、種々の材料を使用して機能性ゲル層を作製可能であり、かつ機能性ゲル層を安定的に保持できることを見出した。また、機能性ゲル層の厚さを十分薄くすることができるため、生物個体の運動を妨げにくいことも見出した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の構成を含む。
【0010】
<1>体表に結合された結合分子と、結合分子を介して結合された触媒分子と、触媒分子が寄与する架橋反応によって架橋された架橋性分子を含む機能性ゲル層とを備え、当該機能性ゲル層によって体表の少なくとも一部が被覆された生物個体。
<2>前記生物個体が無脊椎動物である、<1>に記載の生物個体。
<3>前記生物個体が線虫である、<1>または<2>に記載の生物個体。
<4>前記機能性ゲル層が、ナノ粒子、マイクロ粒子、磁性体、薬剤、薬剤前駆物質、細菌類、細胞、酵素、細胞外小胞、タンパク質、核酸、高分子および肥料から選択される1種類以上を含む、<1>~<3>のいずれかに記載の生物個体。
<5>前記結合分子が細胞膜修飾剤である、<1>~<4>のいずれか1項に記載の生物個体。
<6>前記触媒分子がペルオキシダーゼ、フェノールオキシダーゼ、カテコールオキシダーゼ、ヘモグロビン、トランスグルタミナーゼ、ソルターゼ、リシルオキシダーゼ、金属ポルフィリン錯体、トリス(2,2-ビピリジル)ルテニウム(II)、光重合開始剤から選択される1種類以上を含む、<1>~<5>のいずれか1項に記載の生物個体。
<7><1>~<6>のいずれか1項に記載の生物個体を含むバイオセンサー。
<8>生物個体の体表に結合分子、および結合分子を介して触媒分子を結合させる表面修飾工程と、架橋性分子を含む溶液に表面修飾工程を経た生物個体を接触させて、触媒分子が寄与する架橋反応によって溶液に含まれる架橋性分子を架橋させることにより、前記生物個体の体表の少なくとも一部を機能性ゲル層により被覆する架橋工程とを含む、体表の少なくとも一部が機能性ゲル層により被覆された生物個体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様によれば、種々の材料を使用して作製可能であり、かつ安定性が向上した機能性ゲル層により体表が被覆された生物個体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一態様に係る生物個体の製造方法を示した模式図である。
【
図2】本実施例における機能性ゲル層により被覆された線虫を示す図である。
【
図3】本実施例における機能性ゲル層により被覆された線虫を示す図である。
【
図4】本実施例における機能性ゲル層により被覆されたアニサキスを示す図である。
【
図5】本実施例における機能性ゲル層により二重に被覆されたアニサキスを示す図である。
【
図6】本実施例における機能性ゲル層により被覆された線虫を示す図と、機能性ゲル層の厚さの測定結果を示すグラフである。
【
図7】本実施例における走化性試験および運動性試験の実験方法の模式図である。
【
図8】本実施例における走化性試験および運動性試験の結果を示すグラフである。
【
図9】本実施例における生存性試験の結果を示すグラフである。
【
図10】本実施例における紫外線透過性試験および紫外線照射試験の結果を示すグラフである。
【
図11】本実施例における過酸化水素耐性の試験結果を示すグラフである。
【
図12】本実施例における癌細胞への影響の試験結果を示す図およびグラフである。
【
図13】本実施例における癌細胞への影響の試験結果を示す図およびグラフである。
【
図14】本実施例における機能性ゲル層により被覆された水棲微生物を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔1.生物個体〕
<1-1.本発明の概要>
本発明の一実施形態に係る生物個体(以下、本生物個体とも称する。)は、体表に結合された結合分子と、結合分子を介して結合された触媒分子と、触媒分子が寄与する架橋反応によって架橋された架橋性分子を含む機能性ゲル層とを備え、当該機能性ゲル層によって体表の少なくとも一部が被覆されている。
【0014】
上述した通り、特許文献1の技術は線虫の体表にポリイオンコンプレックス層を形成する。ポリイオンコンプレックス層の作製には、プラスの電荷を有する高分子およびマイナスの電荷を有する高分子が必要となる。そのため、そもそも電荷を有しない高分子等は材料として使用できず、安定性の観点からも改善の余地があった。また、特許文献1の技術は、主に単離された細胞を対象としてヒドロゲルによる被覆を行っているため、生物個体の運動性、走性については考慮されていなかった。
【0015】
本生物個体においては、機能性ゲル層に架橋性分子が含まれる。換言すれば、機能性ゲル層は、架橋性分子によって形成されている。架橋性分子としては種々の材料が存在しており、架橋された架橋性分子は物理的、化学的に安定な性質を示す。そのため、本生物個体の機能性ゲル層は種々の材料を使用して製造可能であり、架橋性分子を含むことにより、機能性ゲル層の安定性を向上させることが可能となる。また、機能性ゲル層の厚みを十分に薄くできるため、生物個体の運動性、および走性を妨げない。そのため、任意の物質を機能性ゲル層に含有させることにより、当該任意の物質を本生物個体により運搬することが可能となる。加えて、結合分子および触媒分子が存在する特定の領域にのみ機能性ゲル層を形成可能であるため、本生物個体は大量生産が容易である。
【0016】
本明細書において、「生物個体」とは、単離された細胞自体またはその培養物ではなく、1個体の生物として生存するために必要な機能および構造を備えた不可分な単位を意味する。「生物個体」は、1個体の生物として活動可能な単位とも言える。本生物個体の種類は特に限定されない。生物個体は、動物であってもよく、植物であってもよい。また、生物個体は、多細胞生物であってもよく、単細胞生物であってもよい。生物個体は、例えば脊椎動物、無脊椎動物、植物、微生物であってもよい。脊椎動物としては、例えば哺乳類、爬虫類、鳥類、両生類、および魚類等であってもよい。無脊椎動物としては、例えば、線形動物(線虫)、類線形動物、軟体動物、節足動物、環形動物、棘皮動物等であってもよい。微生物としては、例えば原核生物、アメーバ、ゾウリムシ、ミドリムシ等の真核生物の単細胞生物等であってもよい。植物としては例えば種子植物、コケ植物、シダ植物、藻類等であってもよい。
【0017】
本生物個体として用いられる生物個体は無脊椎動物であってもよく、取り扱いが容易であり、バイオセンシング等に利用する研究が進行している観点から、線虫であることが好ましい。前記線虫としては例えば、カエノラディティス・エレガンス(C.elegans)、アニサキス、回虫、ネコブセンチュウ類(Meloidogyne spp.)、ネグサレセンチュウ類(Platylenchus spp.)、シストセンチュウ類(Heterodera spp.)等が挙げられる。
【0018】
本生物個体は、機能性ゲル層に様々な物質を含有可能であり、また様々な生物個体を使用可能であるため、多岐にわたる用途に使用することができる。例えば、特定の分子を分解する酵素を機能性ゲル層に含有させ、当該酵素の分解産物に対して走化性を示す生物個体を使用すれば、間接的に酵素による分解前の物質を検出することが可能となる。また別の例としては、癌組織に対して走化性を示す生物個体を使用して、機能性ゲル層に抗癌剤等を含有させれば、自律的に癌組織を攻撃するシステムを構築することが可能となる。さらなる例としては、機能性ゲル層に光、電磁波等の外部からの刺激に応答する材料を含有させることにより、ウェットロボティクスの分野においても使用の可能性が存在する。
【0019】
生物個体は、例えば走性を示す生物個体であってもよい。そのような生物個体としては、線虫、ミミズ、ヒル等が挙げられる。
【0020】
<1-2.機能性ゲル層>
機能性ゲル層は、溶液中に含まれる架橋性分子を架橋させることによって得ることができる。好ましくは、機能性ゲル層の主成分はヒドロゲルである。ヒドロゲルは水を多く含む物質であるため、生物個体として線虫等を用いた場合に、線虫等の生存に必要な湿潤環境を維持することができる。
【0021】
機能性ゲル層は、本生物個体の体表の少なくとも一部を被覆している。好ましくは本生物個体の体表面積の5%以上、より好ましくは30%以上、さらに好ましくは50%以上が機能性ゲル層によって被覆されている。被覆率の上限値は特に限定されないが、本生物個体は体表面積の100%が機能性ゲル層によって被覆されていてもよい。前記被覆率が前記範囲内であれば、機能性ゲル層による効果が向上する。
【0022】
本生物個体の機能性ゲル層は一層のみが形成されていてもよいし、二層以上の多層構造であってもよい。また、機能性ゲル層が多層構造を有する場合、各層は同じ種類の架橋性分子を含んでいてもよいし、異なる種類の架橋性分子を含んでいてもよい。
【0023】
前記機能性ゲル層の厚さは、前記生物個体(但し、生物個体が運動可能な場合)が運動可能な厚さであってもよい。「生物個体が運動可能な厚さであること」は、機能性ゲルによって被覆された生物個体が運動可能であるか目視で(必要に応じて顕微鏡を用いて)確認することにより判断できる。また、機能性ゲルの厚さは、前記生物個体(但し、生物個体が走性を示す場合)が走性を示すことが可能な厚さであってもよい。「生物個体が走性を示すことが可能な厚さであること」は、例えば実施例5に記載の走化性応答試験によって確認することが可能である。機能性ゲルの厚さは、好ましくは0.1μm以上であり、より好ましくは1μm以上、さらに好ましくは3μm以上である。また、機能性ゲルの厚さは、好ましくは500μm以下であり、より好ましくは100μm以下、さらに好ましくは50μm以下、特に好ましくは20μm以下、最も好ましくは10μm以下である。前記機能性ゲル層の厚みが0.1μm以上であれば、機能性ゲル層の強度および安定性が向上し、500μm以下であれば、生物個体の運動性、走性が低下しにくい。前記機能性ゲル層の厚みは、例えば後述する架橋性分子を含む溶液の粘度を変更することにより調整することができる。
【0024】
機能性ゲル層はゲル自体が機能性を有していてもよいし、ゲルが別途機能性物質を含むことにより機能性を有してもよい。例えばゲル自体が、生物個体を保護する機能、細胞などを担持する機能を有してもよい。機能性ゲル層は例えば細胞、細菌類、微生物等を含んでいてもよい。また、前記機能性物質としては例えば、ナノ粒子、マイクロ粒子、磁性体、薬剤、薬剤前駆物質、酵素、細胞外小胞、タンパク質、核酸、高分子および肥料等が挙げられる。
【0025】
前記細胞としては例えば、任意の生物個体の細胞、幹細胞、分化細胞、初代細胞、継代細胞、株化細胞、培養細胞等が挙げられる。任意の生物個体としては、上述した本生物個体として用いられる生物個体が挙げられる。幹細胞としては、多分化能と自己複製能とを有する細胞であれば特に限定されない。分化細胞は、分化した細胞であれば特に限定されない。
【0026】
細菌類としては例えば、大腸菌、アゾトバクター、菌根菌、および乳酸菌等が挙げられる。ナノ粒子、マイクロ粒子としては例えば、カーボンナノファイバー、グラフェン、グラファイト、金属ナノ粒子、蛍光粒子、およびシリカナノ粒子等が挙げられる。磁性体としては例えば、金属ナノ粒子、酸化鉄ナノ粒子、磁性ラテックス粒子および磁性シリカ粒子等が挙げられる。薬剤としては例えば、治療薬、洗浄薬および農薬等が挙げられる。酵素としては例えば、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、グリコシダーゼおよびリパーゼ等が挙げられる。タンパク質としては例えば、ヘモグロビン、コラーゲン、ゼラチンおよび塩基性線維芽細胞増殖因子等が挙げられる。核酸としては、デオキシリボ核酸とリボ核酸が挙げられる。高分子としては例えば、多糖、多糖修飾物、界面活性剤、脂質、ポリビニルアルコール、およびポリエチレングリコール等が挙げられる。肥料としては、窒素質肥料、リン酸質肥料、および複合肥料などが挙げられる。
【0027】
前記機能性ゲル層は、生物個体の体表に結合された結合分子を含む。前記結合分子は生物個体の体表に結合可能な分子であれば特に限定されない。結合分子は例えば、細胞表面の特定分子(例えば、タンパク質、糖タンパク質、ペプチド、糖鎖、受容体、人為的に結合された分子)に特異的に結合するタンパク質(例えば、抗体、レクチン、アルギン酸結合性タンパク質)、ペプチド(例えば、コラーゲン結合性ペプチド)および核酸分子(例えば、DNAアプタマー、RNAアプタマー、ペプチドアプタマー)であってもよく、細胞膜に直接結合可能な物質であってもよい。なお、抗体は、例えば、フラグメント抗体であることとしてもよい。また、例えば、特定分子が受容体である場合、結合分子は、当該受容体に対するリガンドであることとしてもよい。
【0028】
前記結合分子は例えば細胞表面の特定分子と静電的な結合、あるいはそれ以外の方法で非特異的に直接結合していてもよい。あるいは、生物個体の表面を任意の他の分子で覆った後、当該分子と静電的な結合、水素結合、あるいはそれ以外の方法で非特異的に結合してもよい。
【0029】
前記結合分子は、細胞膜に直接結合可能な物質であることが好ましい。そのような物質としては例えば、細胞膜修飾剤(BAM)、細胞膜構成分子に対する抗体および脂質等が挙げられる。特に細胞膜修飾剤を用いることにより、細胞膜修飾と結合分子の結合を同時に行うことができるため、生物個体ごとに結合分子を変更する必要がなく、あるいは生物個体の表面に特定分子を結合する必要がなく、より効率的に生物個体の体表を被覆することができる。細胞膜修飾剤としては例えば、オレイル基とポリエチレングリコール鎖とを有する細胞膜修飾剤等が挙げられる。
【0030】
前記機能性ゲル層は、前記結合分子を介して結合された触媒分子を含む。ただし、機能性ゲル層を形成した後に触媒分子が機能性ゲル層から離脱する場合もある。触媒分子の種類は特に限定されず、例えば活性酸素種(ROS)または酸素の存在下で架橋反応を触媒してもよいし、活性酸素種(ROS)を生成する反応を触媒してもよいし、熱架橋反応を触媒してもよいし、光架橋反応を触媒してもよい。なお、ROSは、例えば、スーパーオキシド、ヒドロキシラジカル、過酸化水素および一重項酸素であってもよい。
【0031】
具体的に、触媒分子は例えば、ペルオキシダーゼ、フェノールオキシダーゼ、カテコールオキシダーゼ、ヘモグロビン、トランスグルタミナーゼ、チロシナーゼ、ソルターゼ、リシルオキシダーゼ、金属ポルフィリン錯体、トリス(2,2-ビピリジル)ルテニウム(II)、光重合開始剤、ハロゲン化合物、過酸化物、ジアゾニウム塩、スルホニウム塩、ヨードニウム塩、ホスフィン酸塩等が挙げられる。ペルオキシダーゼ、ヘモグロビン及び金属ポルフィリン錯体は、ROSの存在下で架橋性分子の架橋反応を触媒する。トランスグルタミナーゼ、ソルターゼ、リシルオキシダーゼ、フェノールオキシダーゼおよびカテコールオキシダーゼは、酸素の存在下で架橋性分子の架橋反応を触媒する。過酸化物、ハロゲン化合物、ジアゾニウム塩、スルホニウム塩、ヨードニウム塩、ホスフィン酸塩、トリス(2,2-ビピリジル)ルテニウム(II)、光重合開始剤は光架橋反応を触媒する。好ましくは、触媒分子はペルオキシダーゼ、フェノールオキシダーゼ、カテコールオキシダーゼ、ヘモグロビン、トランスグルタミナーゼ、ソルターゼ、リシルオキシダーゼ、金属ポルフィリン錯体、トリス(2,2-ビピリジル)ルテニウム(II)、光重合開始剤から選択される1種類以上である。
【0032】
ペルオキシダーゼは、例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼ、大豆由来ペルオキシダーゼ、ミエロペルオキシダーゼ、ラクトペルオキシダーゼ、好酸球ペルオキシダーゼおよびチロイドペルオキシダーゼ等から選択される1種以上であってもよい。フェノールオキシダーゼは、例えば、ラッカーゼおよび/またはチロシナーゼ等であってもよい。金属ポルフィリン錯体は、例えば、鉄ポルフィリン錯体および/または銅ポルフィリン錯体であってもよい。鉄ポルフィリン錯体は、例えば、ヘミン(ヘマチン)、ヘモグロビン、フェリヘムおよびヘモクロム等から選択される1種以上であってもよい。過酸化物は、過硫酸ナトリウム、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム、アシルホスフィンオキシド類、ジ-t-ブチルパーオキサイド、過酸化ベンゾイルおよび過酸化水素等から選択される1種類以上であってもよい。ハロゲン化物は、塩化バリウム、トリス(2,2-ビピリジル)ルテニウム(II)クロライド、フェナシルクロライド、トリハロメチルフェニルスルホンまたはこれらの水和物であってもよい。ホスフィン酸塩は、例えばリチウムフェニル-2,4,6-トリメチルベンゾイルホスフィナート(LAP)、フェニル(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィン酸エチル等が挙げられる。その他、光重合開始剤であるエオシン-Y、リボフラビン、カンファーキノン、Irgacure 2959、2,2’-アゾビス[2-メチル-N-(2-ヒドロキシエチル)プロピオンアミド]等が挙げられる。
【0033】
また、触媒分子は、特定の2種類以上の組み合わせを使用してもよい。例えば、架橋触媒はROSを生成する化学反応を触媒する第1の触媒分子と、第1の酵素により生成されたROSの存在下で架橋反応を触媒する第2の触媒分子とを含んでいてもよい。第1の触媒分子はROSを生成する化学反応を触媒する活性を示す分子であれば特に限定されず、例えば、グルコースオキシダーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ、アミノ酸オキシダーゼ、コリンオキシダーゼ、アルコールオキシダーゼ、ピルビン酸オキシダーゼ、コレステロールオキシダーゼから選ばれる1種類以上であってもよい。また、第2の触媒分子はペルオキシダーゼおよびグルコースオキシダーゼから選ばれる1種類以上であってもよい。
【0034】
本生物個体は、結合分子および触媒分子を結合する位置を適宜調整することにより、生物個体の体表の特定の領域のみを機能性ゲル層により被覆することができる。そのため、機能性ゲル層により局所的に被覆された生物個体、多層構造の機能性ゲル層を有する生物個体、またはこれらの両方を有する生物個体の大量生産を行うことが容易である。
【0035】
前記機能性ゲル層は、架橋された架橋性分子を含む。架橋性分子は、当該架橋性分子を含む溶液中において、架橋反応により架橋される分子であれば特に限定されない。架橋性分子は、架橋性基を有する分子であり、架橋性基を有する親水性分子であることが好ましい。架橋性基は、分子の架橋構造の形成に寄与する官能基であれば特に限定されない。架橋性基は、例えば、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、メタクリロイル基、メタクリレート基、チオール基及びビニル基からなる群より選択される1種以上であってもよい。水酸基は、例えば、ベンゼン環に結合した水酸基であってもよい。ベンゼン環に結合した水酸基は、例えば、フェノール性水酸基(フェノール基)および/またはカテコール基であってもよい。アミノ基は、例えば、ベンゼン環に結合したアミノ基であってもよい。また、例えば、架橋性分子がシュガービートペクチンである場合、当該シュガービートペクチンに含まれるフェルラ酸部分および/またはジヒドロフェルラ酸部分を架橋性基として利用してもよい。
【0036】
架橋性分子の分子量は、特に限定されないが、例えば、100Da以上であることとしてもよく、300Da以上であってもよい。架橋性分子の分子量の上限値は特に限定されないが、当該分子量は、例えば、107Da以下であってもよい。
【0037】
架橋性分子は、例えば、架橋性高分子であってもよい。架橋性高分子は、架橋性基を有する高分子であり、架橋性基を有する親水性高分子であることが好ましい。架橋性高分子は、架橋性基を有する天然高分子および/または合成高分子であってもよい。天然高分子は、例えば、タンパク質、多糖類、核酸、ポリフェノール重合体及びこれらの誘導体からなる群より選択される1つ以上であってもよい。
【0038】
タンパク質は、例えば、ゼラチン、コラーゲン、アルブミン、グロブリン、フィブリンおよびこれらの誘導体からなる群より選択される1つ以上であってもよい。多糖類は、例えば、アルギン酸、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、デンプン、デキストラン、プルラン、セルロース、ペクチン、シュガービートペクチン、アミロペクチン、キチン、キトサン、アミロース、ヘパリン、ヘパラン硫酸およびこれらの誘導体、並びにこれらの塩からなる群より選択される1種以上であってもよい。核酸は、例えば、デオキシリボ核酸、リボ核酸及びこれらの誘導体からなる群より選択される1種以上であってもよい。ポリフェノール重合体は、例えば、タンニン重合体、カテキン重合体及びこれらの誘導体からなる群より選択される1種以上であってもよい。合成高分子は、例えば、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル及びこれらの誘導体からなる群より選択される1種以上であってもよい。
【0039】
前記架橋性分子としては特に限定されず、例えば、光架橋性分子、熱架橋性分子、放射線架橋性分子、電子線架橋性分子等が挙げられる。架橋性分子としては例えば、タンパク質、多糖類、核酸、ポリフェノール重合体に架橋性基を導入した誘導体が挙げられる。これらの具体例としては例えば、ゼラチン、アルギン酸、キトサン、ポリビニルアルコール、ヒアルロン酸、コラーゲン、フィブロイン、セリシン、およびポリエチレングリコール等に架橋性基を導入した誘導体が挙げられる。前記架橋性基としては例えば、フェノール基、メタクリロイル基、メタクリレート基、およびビニル基等が挙げられる。
【0040】
架橋性分子の架橋は、当該架橋性分子の架橋性基同士が新たな化学結合を形成することにより行われてもよいし、当該架橋性分子同士が、他の分子を介して新たな化学結合を形成することにより行われてもよい。架橋性分子同士が、他の分子を介して新たな化学結合を形成する場合、例えば、当該架橋性分子の第一の架橋性基と、当該他の分子の第二の架橋性基とが化学的に反応して当該新たな化学結合を形成してもよい。前記他の分子としては、例えば、複数のフェノール性水酸基を有するポリフェノール化合物を使用してもよい。
【0041】
架橋性分子は、例えば、架橋された後に分解可能な分子であってもよい。すなわち、架橋性分子は、例えば、架橋された後に酵素により分解可能な分子であってもよい。具体的に、例えば、架橋性分子がタンパク質である場合、当該架橋性分子は、架橋後であっても、タンパク質分解酵素により分解される。また、例えば、架橋性分子が多糖類である場合、当該架橋性分子は架橋後であっても、多糖類分解酵素により分解される。
【0042】
架橋性分子は、架橋性基を導入することにより得られたものであってもよい。架橋性基を導入する方法は特に限られないが、例えば、架橋性基が導入されるべき分子(基礎分子)と、当該基礎分子に当該架橋性基を導入するための化合物とを化学的に反応させることにより行うこととしてもよい。基礎分子と、当該基礎分子に架橋性基を導入するための化合物との化学反応は、特に限られず、例えば、縮合反応であってもよい。
【0043】
前記基礎分子は、架橋性基を導入可能な分子であれば特に限られない。前記基礎分子は、例えば、上述したような天然高分子および/または合成高分子であって、架橋性基を有しない高分子、または被覆層を形成するために十分な量の架橋性基を有しない高分子であってもよい。
【0044】
基礎分子に架橋性基を導入するための化合物は、当該基礎分子と結合する化合物であれば特に限られない。基礎分子と、当該基礎分子に架橋性基を導入するための化合物との結合は、例えば、共有結合、静電的結合、疎水的結合及び水素結合からなる群より選択される1種以上であってもよい。
【0045】
具体的に、基礎分子に架橋性基を導入するための化合物は、例えば、基礎分子と化学的に反応して化学結合を形成する反応性官能基と、当該基礎分子に導入されるべき架橋性基とを有する化合物であってもよい。この場合、反応性官能基は、例えば、カルボキシル基、アミノ基、水酸基、チオール基、マレイミド基、スクシミド基、アジド基及びアルキンからなる群より選択される1種以上であってもよい。
【0046】
より具体的に、基礎分子に架橋性基を導入するための化合物は、例えば、チラミン、フェニルプロピオン酸、アニリン、カテコールアミン(例えば、アドレナリン、ノルアドレナリン及びドーパミンからなる群より選択される1種以上)およびこれらの誘導体からなる群より選択される1種以上であってもよい。
【0047】
前記機能性ゲル層は架橋性分子以外に、添加剤として蛍光性色素、増粘剤および蛍光粒子等を含んでいてもよい。蛍光性色素としては、例えば緑色蛍光タンパク質、赤色蛍光タンパク質、ローダミン、フルオレセイン等が挙げられる。増粘剤としては、例えばヒアルロン酸、デキストラン、アルギン酸、ポリエチレングリコール等が挙げられる。蛍光粒子としては、例えば蛍光ポリスチレン粒子等が挙げられる。
【0048】
<1-3.バイオセンサー>
本発明の一実施形態に係るバイオセンサー(以下、本バイオセンサーとも称する)は、本生物個体を含む。本バイオセンサーは本生物個体を含んでいれば特に限定されるものではなく、その他の具体的な構成、大きさ、形状等については、特に限定されるものではない。
【0049】
本バイオセンサーが検出する対象は特に限定されず、例えば任意の化学物質、生体組織、生物、外部刺激等が挙げられる。任意の化学物質としては例えば、本生物個体が走化性を示す物質、特定の酵素により分解される化学物質、がん組織により生産される物質および毒性を持つ物質等が挙げられる。生体組織としては例えば、がん細胞およびがん組織等が挙げられる。生物としては例えば、寄生虫、細菌類、およびウイルス等が挙げられる。外部刺激としては例えば、光、音、磁力、熱および電磁波等が挙げられる。
【0050】
本バイオセンサーが検出する対象は、本生物個体の種類を変更することによって適宜設定することができる。例えば、生物個体が線虫である場合、本バイオセンサーはがん細胞あるいはがん組織により生産される物質等を検出することができる。
【0051】
本バイオセンサーは、本生物個体の機能性ゲル層に様々な物質を含有可能であるため、様々な検出対象を選択可能であるだけでなく、必要に応じて薬剤を放出する、物質を分解する等の、検出以外の機能も有することができる。
【0052】
〔2.生物個体の製造方法〕
本生物個体の製造方法(以下、本製造方法とも称する。)は、生物個体の体表に結合分子、および結合分子を介して触媒分子を結合させる表面修飾工程と、架橋性分子を含む溶液(以下、架橋性分子溶液とも称する。)に表面修飾工程を経た生物個体を接触させて、触媒分子が寄与する架橋反応によって溶液に含まれる架橋性分子を架橋させることにより、前記生物個体の体表の少なくとも一部を機能性ゲル層により被覆するヒドロゲル化工程と、を含む。
【0053】
架橋性分子、機能性ゲル層、生物個体、結合分子、触媒分子等については、〔1.生物個体〕において既に説明した事項を適宜援用できる。
【0054】
本製造方法における表面修飾工程は、生物個体の体表に結合分子、および結合分子を介して触媒分子を結合させることができる方法であれば特に限定されず、任意の方法によって行うことができる。表面修飾の方法としては例えば、塗布、噴霧、浸漬等が挙げられる。また、結合分子にあらかじめ触媒分子を結合させてから表面修飾を行ってもよいし、最初に結合分子を生物個体の体表に結合させてから、同様の方法で触媒分子を結合分子に結合させてもよい。表面修飾工程は例えば、結合分子および結合分子に結合した触媒分子を含む溶液に、生物個体を10秒~30分間浸漬させることによって行ってもよい。
【0055】
本製造方法における架橋工程は、架橋性分子溶液に表面修飾工程を経た生物個体を接触させて、触媒分子が寄与する架橋反応によって溶液に含まれる架橋性分子を架橋させることにより行われる。接触の方法としては上述した表面修飾工程において使用した方法を適宜選択することができる。なお、本製造方法における架橋工程は、架橋性分子の種類に応じて追加の工程を含んでいてもよい。例えば、架橋性分子が熱架橋性分子である場合には加熱する工程を含んでもよいし、光架橋性分子である場合は、可視光、紫外線、赤外線等を照射する工程を含んでもよい。
【0056】
前記架橋性分子溶液は、架橋性分子を含む。架橋性分子溶液中の架橋性分子の濃度は、例えば0.1~30w/v%であってもよく、0.5~10w/v%であってもよく、1~5w/v%であってもよい。架橋性分子の濃度が前記範囲であれば、後述する架橋性分子溶液の粘度が好ましい範囲となり、機能性ゲル層が十分な強度を有する。
【0057】
前記架橋性分子溶液の粘度は、好ましくは5~20000mPa・sであり、より好ましくは10~5000mPa・sであり、さらに好ましくは50~2000mPa・sである。架橋性分子溶液の粘度が前記範囲内であれば、機能性ゲル層が十分な強度を有し、かつ生物個体の運動性、走性等を妨げにくい。
【0058】
触媒分子がROSの存在下で架橋性分子の架橋反応を触媒する場合、架橋性分子溶液はさらに、当該ROSを含んでいてもよい。架橋性分子溶液に含まれるROSは、外的に添加されてもよいし、溶液中で当該ROSを生成する化学反応を触媒する他の触媒分子により生成されてもよいし、当該溶液中で電気化学的に生成されてもよいし(例えば、特開2004-10904号公報参照)、当該溶液中で光触媒(例えば、酸化チタン)に光を照射することにより生成されてもよい。また、触媒分子が上述した特定の2種類以上の組み合わせである場合は、架橋性分子溶液が単独で架橋しないように触媒分子を含めばよい。具体的には例えば、第2の触媒分子が結合分子に結合されており、第1の触媒分子が架橋性分子溶液に含まれていてもよい。
【0059】
前記架橋性分子溶液は、上述した成分以外に、〔1.生物個体〕において説明した機能性ゲル層に含まれ得る添加剤等を含んでいてもよい。
【0060】
本製造方法の具体例としては例えば、触媒分子が酸素の存在下で架橋性分子の架橋反応を触媒する場合、表面修飾された生物個体と酸素とを含む溶液に、当該架橋性分子溶液を添加することにより、当該架橋性分子の架橋反応を開始してもよい。
【0061】
また、本製造方法の別の具体例としては例えば、ROSの存在下で架橋性分子の架橋反応を触媒する触媒分子が結合した生物個体を含む溶液に、当該架橋性分子及びROSを添加することにより、当該架橋性分子の架橋反応を開始することとしてもよい。
【0062】
本製造方法は、必要に応じて機能性ゲル層の表面に機能性分子を結合する機能化工程をさらに含んでいてもよい。機能化工程は架橋工程の後に行ってもよいし、架橋工程と同時に行ってもよい。機能化工程は例えば、架橋性分子溶液に機能性分子を添加することによって行うことができる。
【0063】
以下、
図1を用いて本製造方法について具体的に説明する。なお、
図1に示されるのは架橋性分子としてフェノール基が導入された誘導体を用い、生物個体として線虫を用い、結合分子として細胞膜修飾剤(BAM)を用い、触媒分子として西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)を用いた場合の一例であり、本発明は
図1に示される事項に限定されるものではない。
図1は、本生物個体の製造方法の一例を示した模式図である。まず、末端にHRPを結合させたBAM(BAM-HRP)を含む溶液を調製し、当該溶液に線虫を浸すことにより、表面修飾工程を行う。これにより、線虫の体表には結合分子を介して触媒分子が結合されることとなる。次に、架橋性高分子および過酸化水素を含む溶液に線虫を浸漬させる架橋工程を行う。これにより、架橋性高分子は線虫体表の触媒分子が寄与する触媒反応によって架橋され、線虫の体表が機能性ゲル層により被覆される。さらに、必要に応じて機能性ゲル層に任意の機能性分子を含有させる、機能化工程を行うことができる。これにより、用途に応じて生物個体に様々な機能を持たせることができる。
【0064】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0065】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0066】
〔実施例1.機能性ゲル層による被覆〕
<1-1.線虫の培養>
生物個体として、線虫であるC.elegansを用いた。C.elegans野生型N2株を、線虫生育培地(NGM)(1.7%寒天、0.25%ペプトン、50mM NaCl、5mg/mLコレステロール、1mM CaCl2、1mM MgSO4、20mM KPO4)上で培養した。前記NGMには、栄養源として大腸菌OP50を播種した。
【0067】
<1-2.機能性ゲル層の形成用溶液の調製>
機能性ゲル層を形成するために、以下の材料を用いた。
【0068】
[結合分子]
BAM-NHS(商品名:Sunbright(登録商標)OE-080CS)(NOF製)
[触媒分子]
西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP、180Umg-1)(和光純薬製)
[架橋性分子]
アルギン酸ナトリウム(Alg)(I-1G、グルロン酸高含有)(キミカ製)、ゼラチン(Gela)(タイプB、ゲル強度(ブルーム値):~225g)(Sigma-Aldrich製)、ポリビニルアルコール(PVA)(AF-17、ケン化度:96.5mol%、19.6%繰り返し単位、4%溶液粘性率:30mPa s)(日本酢ビ・ポバール社製)
[結合分子および触媒分子の調製]
0.3w/v%のHRPを含有するPBS(8.0g/L NaCl、0.29g/L KCl、2.89g/L Na2HPO4・12H2O、0.2g/L KH2PO4)と、1.2w/v%BAM-NHSのジメチルスルホキシド溶液とを、体積比95:5で混合した。室温で2時間混合した後、分画分子量10000Daで超遠心分離(14000×g、30分、4℃)を行い、残っているBAM-NHSを除去した。BAM-HRPの含有量はブラッドフォード法により特定した。得られたBAM-HRPはPBSに溶解し、4℃で保存した。
【0069】
[架橋性分子の調製]
N-ヒドロキシこはく酸イミド(NHS)(和光純薬製)、および水溶性カルボジイミド塩酸塩(WSCD)(ペプチド研究所製)を用いて、チラミン塩酸塩(Chem-Imprex製)との脱水縮合反応により、アミノフルオロセイン(AF)により標識されたフェノール性水酸基をアルギン酸ナトリウムに導入して、アルギン酸ナトリウム-Ph-AF(1.5x10-4mol-Ph g-1)を得た。また、同様の方法により、ゼラチンにはrhodamine(Rho)、PVAには1,5-EDANS水和物(EDANS)により標識されたフェノール性水酸基を導入して、それぞれゼラチン-Ph-Rhodamine(2.4x10-4mol-Ph g-1)、PVA-Ph-EDANS(4.3x10-5mol-Ph g-1)を得た。なお、ゼラチンに対してはチラミン塩酸塩の代わりに、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を用いた。
【0070】
[架橋性分子溶液の調製]
調製した架橋性分子を以下の組成でPBSに溶解し、架橋性分子溶液を調製した。なお、過酸化水素としては過酸化水素水(31wt%)(和光純薬製)を用いた。
・アルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液:1.0w/v%アルギン酸ナトリウム-Ph-AF、0.1mM H2O2
・ゼラチン-Ph-Rhodamine溶液:5.0w/v%ゼラチン-Ph-Rhodamine、0.1mM H2O2
・PVA-Ph-EDANS溶液:5.0w/v%PVA-Ph-EDANS、0.1mM H2O2
【0071】
<1-3.機能性ゲル層の形成>
培地から取り出した線虫をPBSで2回洗浄した後、12μg/mL BAM-HRP溶液に10分浸した。溶液から取り出した線虫をPBSで2回洗浄した後、<1-2>で調製した各溶液に10分浸し、PBSで2回洗浄して、線虫の被覆を行った。比較対象として、BAM-HRP溶液に浸さずアルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液にのみ浸した線虫、およびBAM-HRP溶液の代わりに同量のHRPを溶解させた溶液に浸した線虫も作製した。1Mアジ化ナトリウム(麻酔)を2μL添加した線虫培地上に各線虫を置き、蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)によって線虫を観察した。結果を
図2~3に示す。
【0072】
図2中、Phase contrastは位相差観察像、Fluorescenceは蛍光観察像を示す。また、
図2中、「HRPのみ」はHRPのみを含むPBSに、「BAM-HRP無し」はアルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液のみに浸した線虫を示す。
図2より、BAM-HRP溶液およびアルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液に浸した場合には、線虫表面に蛍光が観察された。一方で、HRPのみを含むPBSにのみ浸した場合、またはアルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液にのみ浸した場合には、蛍光が観察されなかった。すなわち、BAM-HRP溶液およびアルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液の両方に浸さなかった場合は、機能性ゲル層が形成されていないと推測される。また、アルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液の代わりに、ゼラチン-Ph-Rhodamine溶液またはPVA-Ph-EDANS溶液に浸した場合の線虫を蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)により観察したところ、線虫体表に蛍光が観察された。したがって、結合分子および触媒分子を使用することにより、架橋性分子を架橋して機能性ゲル層を形成できることが示された。
【0073】
また、蛍光が観察されたアルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液に浸した線虫を線虫培地上で培養し続けて、1日置きに観察を行った。結果を
図3に示す。
図3中、D0が培養開始日であり、D1~D3はそれぞれ培養開始から1~3日後を意味する。
図3より、3日後も蛍光が観察された。したがって、線虫の体表の機能性ゲル層は、少なくとも3日維持されることが分かった。
【0074】
〔実施例2.アニサキスの被覆〕
<2-1.アニサキスの培養>
実施例2においては、線虫としてアニサキス(A.simplex)を使用した。アニサキスは、日本海において捕獲されたマサバ(学名:Scomber japonics Houttyun)およびゴマサバ(学名:Scomber australasicus)より採取した。アニサキスのうち、A.simplexの、成長段階がL3の個体は宿主の魚の消化器官から採取した。アニサキスをPBSによって数回ゆすいだ後、それぞれを30分間抗生物質に浸した。また、宿主の魚の組織から他の成長段階のアニサキスを取り出すために、pH5.6のRPMI-1640培養培地(ニッスイ製)に、5時間浸した。
【0075】
<2-2.機能性ゲル層の形成>
線虫としてアニサキスを用いたこと以外は実施例1と同様にして、アルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液またはゼラチン-Ph-Rhodamine溶液を用いた線虫の被覆を行った。また、比較対象として、PBSのみに浸した線虫を用いた。得られた線虫を蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)により観察した。結果を
図4に示す。
【0076】
図4中、Phase contrastは位相差観察像、Fluorescenceは蛍光観察像を示す。
図4より、線虫がアニサキスであったとしても実施例1の結果と同様に線虫体表に蛍光性が観察された。したがって、線虫の種類が異なっても機能性ゲル層による被覆が可能であることが示された。
【0077】
〔実施例3.機能性ゲル層の二重被覆〕
線虫をゼラチン-Ph-Rhodamine溶液に浸した後、さらに同じ線虫をアルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液に10分間浸してPBSで2回洗浄したこと以外は実施例2と同様にして、線虫の被覆を行った。洗浄後、蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)および共焦点レーザ走査型顕微鏡(FluoView1000、オリンパス製)によって線虫を観察した。結果を
図5に示す。
【0078】
図5の観察結果より、アニサキス表面にアルギン酸ナトリウム被膜およびゼラチン被膜による二重の機能性ゲル層が形成されていることが分かる。したがって、複数層の機能性ゲル層により線虫を被覆できることが示された。
【0079】
〔実施例4.機能性ゲル層の厚み〕
実施例1と同様にして、アルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液を用いて、線虫64個体の体表を機能性ゲル層で被覆した。1Mアジ化ナトリウム(麻酔)を2μL添加した線虫培地上にて、各個体について、共焦点レーザ走査型顕微鏡(C2、ニコン製)を使用して写真を撮影し、ImageJを用いて機能性ゲル層の厚みを測定した。結果を
図6に示す。
【0080】
図6中「Brightfield」は明視野観察像、「Confocal」は共焦点レーザ走査による観察像を示す。
図6の観察結果より、機能性ゲル層が十分に薄いことが分かる。
図6のグラフ中、横軸の数値は対象の数値をxとした場合、x-1<x≦x+1の範囲を含む。すなわち、例えば機能性ゲル層の厚みが5.0μmより厚く、7.0μm以下の個体は、
図6のグラフ中では6μmと表される。
図6のグラフより、機能性ゲル層の厚みが7.0μmより大きく、9.0μm以下の個体が最も多かったことが分かる。したがって、十分な薄さを有する機能性ゲル層を形成可能であることが示された。
【0081】
〔実施例5.機能性ゲル層により被覆した線虫の走化性応答および運動性〕
線虫としてC.elegansを用いて、走化性応答および運動性試験を行った。実施例1と同様にして、アルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液を用いて線虫の表面を機能性ゲル層で被覆した。
【0082】
次に、
図7の模式図に示すように、寒天培地の左側(領域A)には濃度1%のイソアミルアルコール2μL、右側(領域B)には水2μLを添加した。なお、イソアミルアルコールは線虫の誘引物質として知られている。さらに、観察を容易にするための麻酔として両方の領域に1Mアジ化ナトリウム2μLを添加した。その後、その後、機能性ゲル層に被覆された線虫を中央に配置して、1時間後に各領域に存在する個体数を数え、下記計算式(1)により走化性指数を計算した。また、機能性ゲル層に被覆されていない線虫に関しても同様の方法により走化性指数を計算した。
(走化性指数)=(A-B)/(A+B)・・・(1)
なお、計算式(1)中、A、Bはそれぞれ領域A、Bに存在した線虫の個体数を意味する。
【0083】
また、走化性試験時に、ステレオマイクロスコープ上に設置したカメラを使用して線虫の平均移動速度に基づく運動性を併せて測定した。平均移動速度は60FPSで記録した映像から、ImageJを用いて算出した。
【0084】
結果を
図8のグラフに示す。
図8中「Non-coated」は被覆前、「coated」は機能性ゲル層により被覆後の線虫の結果を意味する。
図8の走化性を示すグラフより、機能性ゲル層による被覆前と後で線虫の走化性に差はなかった。また、
図8の平均速度を示すグラフより、機能性ゲル層による被覆前と後で線虫の運動性に差はなかった。したがって、機能性ゲル層で被覆したとしても線虫の嗅覚に基づく走化性および線虫の運動性は損なわれないことが示された。
【0085】
〔実施例6.機能性ゲル層により被覆した線虫の生存性〕
実施例1および実施例2の方法に基づいて、機能性ゲル層により被覆されたC.elegansおよびアニサキスを得た。各線虫について、BAM-HRPによる被覆前後、および機能性ゲル被覆後一定時間ごとに接触による機械刺激後の線虫の運動に基づき生存率を測定した。
【0086】
結果を
図9に示す。
図9より、各線虫のいずれにおいても、BAM-HRPおよび機能性ゲル層による被覆による生存率への影響はほとんどないことが示された。
【0087】
〔実施例7.機能性ゲル層の紫外線耐性〕
0.1w/v%アルギン酸ナトリウム溶液、0.1w/v%アルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液、アルギン酸ナトリウム-Ph-AFヒドロゲル(1.0w/v%Alg-Ph-AF、12μg/mL BAM-HRPおよび0.1mM H2O2の混合物)について、UV-Vis測定器(UV-2600)(島津製)を用いて、波長220~600nmの透過性を測定した。また、実施例1に記載の方法により、アルギン酸ナトリウム-Ph-AFヒドロゲルにより被覆された線虫および被覆されていない線虫について、UVランプ(TOSHIBA GL-15)を用いてUV-C(波長254nmの光)をそれぞれ0、250、500、1000J/m2となるように照射し、照射後の生存率を接触による機械刺激後の線虫の運動に基づき測定した。
【0088】
結果を
図10に示す。
図10のUV-Visのグラフより、ヒドロゲルは特に有害である波長220~254nmの光の散乱が可能であることが分かった。また、
図10のUV-Cグラフより、ヒドロゲルにより被覆された線虫は、通常の線虫よりも紫外線照射下での生存率が高いことが分かった。したがって、ヒドロゲルによる被覆は紫外線耐性を付与することが示された。
【0089】
〔実施例8.機能性ゲル層の過酸化水素耐性〕
架橋性分子の代わりにカタラーゼを使用して、チラミン塩酸塩を3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸としたこと以外は実施例1の[架橋性分子の調製]と同様にして、カタラーゼ-Phを得た。アルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液に1.0w/v%のカタラーゼ-Phを添加したこと以外は実施例1と同様にして、線虫の被覆を行った。機能性ゲル層により被覆した線虫、および被覆していない線虫をそれぞれ100μLの1M H2O2に60分浸した。浸してから0、1、10、30、60分後の線虫の生存率を測定した。なお、測定は最低でも15匹の線虫を用いて3回行った。生存率の測定は機械刺激を与えて行った。
【0090】
図11より、ヒドロゲルにより被覆された線虫は、通常の線虫よりも過酸化水素の存在下での生存率が高いことが分かった。したがって、機能性ゲル層の表面にカタラーゼを担持させることにより、生物個体にH
2O
2耐性を付与可能であることが示された。
【0091】
〔実施例9.機能性ゲル層により被覆された線虫の癌細胞への影響〕
アルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液に0.1mg/mLのグルコースオキシダーゼ(GOX)を添加したこと以外は実施例1と同様にして、線虫の被覆を行った。HeLa細胞を6ウェルプレート上で異なる培地に入れて培養した。培養から24時間後、カルセイン-AMにより生きたHeLa細胞、ブロビジウムヨウ化物により死んだHeLa細胞を染色して、蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)により生存率を測定した。培養時に播種したHeLa細胞の数は2.0×104細胞/ウェルである。使用した培地の組成は以下の通りである。
・Control:通常培地(ダルベッコ最少培地:DMEM)(ニッスイ製)、10v/v%ウシ胎児血清(FBS)、2v/v%抗生物質、低グルコース
・GOX培地:Control培地に0.1mg/mL GOXを添加した培地
・NAGOX培地:Control培地に機能性ゲルにより被覆された線虫(NAGOX)を1匹加えた培地
また、NAGOXを加えたウェルにおいては、NAGOXからの距離に応じたHeLa細胞の生存率も測定した。
【0092】
結果を
図12および
図13に示す。
図12の観察像は、
図12のグラフを算出するために使用した像の一例である。
図12のグラフより、NAGOX培地内で培養したHeLa細胞は、他の培地に比べて生存率が低いことが分かる。したがって、NAGOXは癌細胞に対する毒性を有することが示された。
【0093】
図13の模式図は、ウェル内における線虫(NAGOX)の位置を示す。
図13の観察像は、それぞれウェル内のNAGOXから近い位置(0~800μm)および遠い位置(20000~24000μm)の蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)による観察像である。また、
図13のグラフより、NAGOXに近い位置にある細胞は、生存率が低かったが、NAGOXから遠い位置にある細胞は生存率が高いことが分かる。したがって、NAGOXは癌細胞に対する局所的な毒性を有することが示された。
【0094】
〔実施例10.線虫以外の生物個体の機能性ゲルによる被覆〕
水棲微生物として、珪藻、緑藻、プランクトン等が含まれる水を大阪大学 乳母谷池および中山池から回収した。回収した水30mLに対して、3500rpmで10分間遠心分離を行った。沈殿した微生物に対して、実施例1と同様にして、アルギン酸ナトリウム-Ph-AF溶液を用いて、微生物の体表を被覆した。これらの微生物を蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)によって観察した。
【0095】
結果を
図14に示す。
図14中「Phase contrast」は位相差観察像、「Fluorescence」蛍光観察像を意味する。
図14より、水棲微生物に対してもヒドロゲルによるコーティングが可能であることが示された。