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特開2023-83700軌道状態推定方法、軌道状態推定装置及び車両
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023083700
(43)【公開日】2023-06-16
(54)【発明の名称】軌道状態推定方法、軌道状態推定装置及び車両
(51)【国際特許分類】
   B61K 9/08 20060101AFI20230609BHJP
   G01B 21/00 20060101ALI20230609BHJP
   G01B 21/22 20060101ALI20230609BHJP
【FI】
B61K9/08
G01B21/00 A
G01B21/22
G01B21/00 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021197539
(22)【出願日】2021-12-06
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】加藤 宗
(72)【発明者】
【氏名】久積 和正
【テーマコード(参考)】
2F069
【Fターム(参考)】
2F069AA01
2F069AA71
2F069BB25
2F069DD19
2F069GG41
2F069NN02
2F069NN06
(57)【要約】
【課題】稼働車両を利用して簡易に軌道検測することの可能な軌道状態推定方法を提供する。
【解決手段】車両の走行速度に基づいて、車両の車体または軸箱に設置された慣性計測装置により計測された3軸加速度から、車両の加減速により発生する加速度ノイズを除去する加速度ノイズ除去ステップと、加速度ノイズが除去された3軸加速度及び慣性計測装置により計測された3軸角速度に基づいて、慣性計測装置の設置位置における水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定ステップと、推定された水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出ステップと、を含む、軌道状態推定方法が提供される。
【選択図】図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の走行速度に基づいて、前記車両の車体または軸箱に設置された慣性計測装置により計測された3軸加速度から、車両の加減速により発生する加速度ノイズを除去する加速度ノイズ除去ステップと、
前記加速度ノイズが除去された3軸加速度及び前記慣性計測装置により計測された3軸角速度に基づいて、前記慣性計測装置の設置位置における水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定ステップと、
推定された前記水平傾斜角及び前記前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出ステップと、
を含む、軌道状態推定方法。
【請求項2】
前記傾斜角推定ステップでは、
前記加速度ノイズが除去された3軸加速度から、車両走行時の並進加速度成分をフィルタリング処理により抽出し、
抽出された前記並進加速度成分に基づいて、カルマンフィルタの観測モデルの誤差共分散行列を設定し、
前記誤差共分散行列が設定された観測モデルにより構成される状態空間モデルから定式化されたカルマンフィルタを用いて、前記加速度ノイズが除去された3軸加速度及び前記3軸角速度から前記慣性計測装置の設置位置における水平傾斜角及び前後傾斜角を推定し、
前記軌道状態算出ステップでは、推定された前記前後傾斜角に基づいて、前記軌道状態情報として高低変位を算出する、請求項1に記載の軌道状態推定方法。
【請求項3】
前記軌道状態算出ステップでは、算出した前記高低変位に対して、低周波成分の推定誤差を除去するハイパスフィルタ処理を行う、請求項2に記載の軌道状態推定方法。
【請求項4】
前記並進加速度成分は、前記3軸加速度のうち左右加速度及び前後加速度に対して、軌道変位の卓越する周波数成分を除去するバンドパスフィルタ処理により抽出される、請求項2または3に記載の軌道状態推定方法。
【請求項5】
前記誤差共分散行列は、対角成分に、抽出された前記並進加速度成分に対して所定の係数を乗じた値を加算して設定される、請求項2~4のいずれか1項に記載の軌道状態推定方法。
【請求項6】
前記加速度ノイズ除去ステップでは、前記慣性計測装置により計測された3軸加速度の前後加速度成分から、前記車両の走行速度から算出される加速度成分を減算して、前記3軸加速度に含まれる加速度ノイズを除去する、請求項1~5のいずれか1項に記載の軌道状態推定方法。
【請求項7】
車両の走行速度に基づいて、前記車両の車体または軸箱に設置された慣性計測装置により計測された3軸加速度から、車両の加減速により発生する加速度ノイズを除去する加速度ノイズ除去処理部と、
前記加速度ノイズが除去された3軸加速度及び前記慣性計測装置により計測された3軸角速度に基づいて、前記慣性計測装置の設置位置における水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定部と、
推定された前記水平傾斜角及び前記前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出部と、
を備える、軌道状態推定装置。
【請求項8】
車両の走行速度を測定する速度計測装置と、
前記車両の車体または軸箱に設置された慣性計測装置と、
前記車両の走行速度に基づいて、前記慣性計測装置により計測された3軸加速度から、車両の加減速により発生する加速度ノイズを除去する加速度ノイズ除去部と、
前記加速度ノイズが除去された3軸加速度及び前記慣性計測装置により計測された3軸角速度に基づいて、前記慣性計測装置の設置位置における水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定部と、
推定された前記水平傾斜角及び前記前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出部、を有する軌道状態推定装置と、
を備える、車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軌道状態推定方法、軌道状態推定装置及び車両に関する。
【背景技術】
【0002】
レール上を走行する車両の脱線要因の1つとして、元位置に対するレールの不整(以下、「軌道変位」ともいう。)がある。軌道変位は脱線に直接的に影響することから、軌道変位を適切に点検し整備することが、脱線のリスクを低減するために重要である。
【0003】
軌道変位の点検(以下、「軌道検測」ともいう。)は、例えば、手押し式の軌道検測装置を用いて行われている。しかし、軌道検測対象となるレールが長くなると、高い頻度で検測することは難しい。また、手押し式の軌道検測装置による軌道検測は、脱線時の状況とは異なる無負荷時状態での静的検測である。このため、車両走行時の動的検測を高い頻度で実施できることが望まれている。
【0004】
車両走行時の動的検測を高い頻度で実施するための一手法として、稼働車両を利用して軌道検測を行うことが考えられる。車両を利用した軌道検測装置として、例えば、特許文献1には、車両の台車枠に各種検出器から構成される検出器ユニットを取り付け、車両走行時に慣性正矢法に基づき軌道変位5項目を検測する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3411861号公報
【特許文献2】特許第6674544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載の技術では、検出器ユニットにより軌道変位5項目を検測することはできるが、検出器ユニットによる検測機構が複雑であり高価となる。また、加速度信号を二回積分して変位を算出しているため、例えば、製鉄所において重量の大きい資材等を搬送するために使用される車両のように、車両の走行速度が低速である場合には積分誤差の蓄積により測定精度が大きく低下する。
【0007】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、稼働車両を利用して簡易に軌道検測することの可能な、軌道状態推定方法、軌道状態推定装置及び車両を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、車両の走行速度に基づいて、車両の車体または軸箱に設置された慣性計測装置により計測された3軸加速度から、車両の加減速により発生する加速度ノイズを除去する加速度ノイズ除去ステップと、加速度ノイズが除去された3軸加速度及び慣性計測装置により計測された3軸角速度に基づいて、慣性計測装置の設置位置における水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定ステップと、推定された水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出ステップと、を含む、軌道状態推定方法が提供される。
【0009】
傾斜角推定ステップでは、加速度ノイズが除去された3軸加速度から、車両走行時の並進加速度成分をフィルタリング処理により抽出し、抽出された並進加速度成分に基づいて、カルマンフィルタの観測モデルの誤差共分散行列を設定し、誤差共分散行列が設定された観測モデルにより構成される状態空間モデルから定式化されたカルマンフィルタを用いて、加速度ノイズが除去された3軸加速度及び3軸角速度から慣性計測装置の設置位置における水平傾斜角及び前後傾斜角を推定し、軌道状態算出ステップでは、推定された前後傾斜角に基づいて、軌道状態情報として高低変位を算出してもよい。
【0010】
軌道状態算出ステップでは、算出した高低変位に対して、低周波成分の推定誤差を除去するハイパスフィルタ処理を行ってもよい。
【0011】
並進加速度成分は、3軸加速度のうち左右加速度及び前後加速度に対して、軌道変位の卓越する周波数成分を除去するバンドパスフィルタ処理により抽出してもよい。
【0012】
誤差共分散行列は、対角成分に、抽出された並進加速度成分に対して所定の係数を乗じた値を加算して設定してもよい。
【0013】
加速度ノイズ除去ステップでは、慣性計測装置により計測された3軸加速度の前後加速度成分から、車両の走行速度から算出される加速度成分を減算して、3軸加速度に含まれる加速度ノイズを除去してもよい。
【0014】
また、上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、車両の走行速度に基づいて、車両の車体または軸箱に設置された慣性計測装置により計測された3軸加速度から、車両の加減速により発生する加速度ノイズを除去する加速度ノイズ除去処理部と、加速度ノイズが除去された3軸加速度及び慣性計測装置により計測された3軸角速度に基づいて、慣性計測装置の設置位置における水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定部と、推定された水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出部と、を備える、軌道状態推定装置が提供される。
【0015】
さらに、上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、車両の走行速度を測定する速度計測装置と、車両の車体または軸箱に設置された慣性計測装置と、車両の走行速度に基づいて、慣性計測装置により計測された3軸加速度から、車両の加減速により発生する加速度ノイズを除去する加速度ノイズ除去部と、加速度ノイズが除去された3軸加速度及び慣性計測装置により計測された3軸角速度に基づいて、慣性計測装置の設置位置における水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定部と、推定された水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出部、を有する軌道状態推定装置と、を備える、車両が提供される。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したように本発明によれば、稼働車両を利用して簡易に軌道検測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態に係る車両の概略構成を示す模式図である。
図2】高低変位を説明するための模式図である。
図3】慣性計測装置が車体部に設置されている場合に算出される高低変位を示す模式図である。
図4】慣性計測装置が軸箱に設置されている場合に算出される高低変位を示す模式図である。
図5】慣性計測装置による計測値を説明するための説明図である。
図6】慣性計測装置による計測値を説明するための輪軸断面模式図である。
図7】前後加速度の加速度ノイズを除去する処理を説明するためのグラフである。
図8】並進加速度を表す指標Rの一算出例を示すグラフである。
図9】並進加速度を表す指標Rの一算出例を示すグラフである。
図10】同実施形態に係る軌道状態推定装置の構成を示す機能ブロック図である。
図11】同実施形態に係る軌道状態推定方法の一例を示すフローチャートである。
図12】ハイパスフィルタ適用前後の高低変位の一例を示すグラフである。
図13】実施例における高低変位の推定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0019】
[1.車両構成]
まず、図1に基づいて、本発明の一実施形態に係る車両1の概略構成について説明する。図1は、本実施形態に係る車両1の概略構成を示す模式図である。
【0020】
本実施形態に係る車両1は、枕木(図2の符号7)上に延設された一対のレール5上を走行可能に構成されている。車両1は、図1に示すように、車両の主構造部分である構体からなる車体部10と、車体部10を支持し、走行機構を有する台車部20とにより構成される。なお、以下では、車両進行方向(前後方向)をX方向、幅方向(左右方向)をY方向、高さ方向(上下方向)をZ方向とする。
【0021】
図1に示す車両1の台車部20には、車両進行方向に4つの車輪対が配置されている。各車輪対は、幅方向に対となる2つの車輪23が輪軸25によって連結されることにより構成されている。各輪軸25の両端には、輪軸25の軸受部分である軸箱27が設けられている。軸箱27は、コイルばね29により台車枠21に接続されている。なお、図1では、輪軸25を示すために、1つの車輪23にのみ軸箱27及びコイルばね29を記載しているが、すべての車輪23が軸箱27及びコイルばね29を備えている。
【0022】
本実施形態に係る車両1は、車体部10または各車輪23の軸箱27のうち、少なくともいずれか1つに慣性計測装置(IMU:Inertial Measurement Unit)30を備えている。図1に示す車両1には、車体部10及び1つの車輪23の軸箱27に、それぞれ1つの慣性計測装置30が設けられているが、いずれか1つのみ設置すればよい。慣性計測装置30は、3次元の慣性運動(直行3軸方向の並進運動及び回転運動)を検出する装置である。慣性計測装置30は、加速度センサにより並進運動を検出し、角速度センサにより回転運動を検出する。慣性計測装置30による計測値は、車両1が走行するレール5の軌道状態を推定する軌道状態推定装置(図10の軌道状態推定装置100)へ出力される。
【0023】
また、本実施形態に係る車両1は、レール5上の車両1の絶対位置を検出する位置検出装置(図示せず。)と車両1の走行速度を測定する速度計測装置(図10の速度計測装置40)を備えている。位置検出装置は、例えばRFID(Radio Frequency Identification)リーダであってもよい。この場合、一対のレール5の幅方向中間位置に予め設定されているRFIDタグをRFIDリーダによって読み取ることにより、車両1の絶対位置を検出することができる。なお、車両1の絶対位置を検出する方法はかかる例に限定されず、周知の技術を用いてもよい。例えば、車両1の絶対位置として、人工衛星からの電波を用いて得られる位置情報を利用してもよい。速度計測装置は、例えば車体部10に設置されたレーザードップラー速度計であって、レーザードップラー速度計から算出される地表面からの相対速度を車両1の走行速度としてもよい。
【0024】
[2.軌道状態の推定]
レールの軌道状態としては、平面性変位、通り変位、高低変位、水準変位、軌間変位がある。以下では、軌道状態として、脱線を間接的に引き起こす可能性のある高低変位を推定する場合について説明する。高低変位とは、図2に示すように、レール5の頭頂面の車両進行方向(前後方向)に高さの違いをいう。高低変位hは、レール5の頭頂面において、車両進行方向に所定の間隔dだけ離れた2点を結んだ線と、2点の中間位置におけるレール5の頭頂面との垂直距離で表される。
【0025】
通常、高低変位は10m弦正矢法と呼ばれる方法により定義され、レール上の10m離れた2点に弦を張り、その中点におけるレールとの離隔を計測することにより得られる。一方、10m弦正矢法とは検測特性は異なるが、前後支点間の高低差もレールの高さ方向の不整を表す高低変位の一種と考えることができる。そこで、本実施形態では、車体構造に応じた基準長Lの長さにおける高低差を、高低変位hとして算出する。前後傾斜角をφ、支点間距離をLとすると、高低変位hは下記式(1)で表すことができる。
【0026】
h=L×tanφ ・・・(1)
【0027】
本実施形態では、車体部10または軸箱27に設置された慣性計測装置30の計測値のみを用いて、高低変位を検測する。図3に示すように慣性計測装置30が車体部10に設置されている場合には、慣性計測装置30により車体部10の前後傾斜角φを計測し、高低変位として前後の台車部20の高低差を算出する。このとき、支点間距離Lは、当該車体部10の前後の台車部20間の距離とする。また、図4に示すように慣性計測装置30が台車部20(軸箱27)に設置されている場合には、慣性計測装置30は台車部20の前後傾斜角φを計測し、高低変位として前後の輪軸25の高低差を算出する。このとき、支点間距離Lは、台車部20の前後の輪軸25間の距離とする。
【0028】
ここで、傾斜角推定における誤差要因として、車両走行に伴う衝撃的な振動に起因するノイズや、車両の加減速ノイズ等がある。特に、慣性計測装置30を軸箱27に設置した場合には、車輪直下の軌道変位を検測することができる一方で、上述のノイズも計測しやすくなる。そこで、本実施形態では、これらのノイズの影響を低減し、レールの軌道状態を表す1つの指標である高低変位を推定する手法を提示する。
【0029】
なお、高低変位を推定する手法として、例えば特許文献2には、車両が走行する軌道について高低狂い等の軌道狂いを検測する検測装置が開示されている。かかる検測装置では、所定の長さを有する梁部材を2つのローラーでレール上を移動させた場合に、梁部材に作用する角速度と2つのローラーのとの積により2つの接触点の中点における高低狂いを算出している。しかし、特許文献2では、レールを走行する実車両とは異なる装置を用いるため、やはり簡便にレールの軌道状態を検測することができない。また、特許文献2の検測装置は剛体である梁部材の応答を計測しており、ばね等の弾性体を備える車両とは応答性が異なると考えられる。
【0030】
以下、軌道状態として高低変位を推定する軌道状態推定手法の詳細と、軌道状態推定手法に基づく軌道状態推定処理を実行する軌道状態推定装置、及び、軌道状態推定方法について説明する。
【0031】
[2-1.軌道状態推定手法]
まず、図5図9に基づいて、本実施形態に係る軌道状態を推定する軌道状態推定手法について説明する。図5は、慣性計測装置30による計測値を説明するための説明図である。図6は、慣性計測装置30による計測値を説明するための輪軸断面模式図である。図7は、前後加速度の加速度ノイズを除去する処理を説明するためのグラフであり、上側のグラフに慣性計測装置30により計測された前後加速度と、速度計測装置により計測された車両速度から算出した加速度成分とを示し、下側のグラフに加速度ノイズが除去された補正後の前後加速度を示す。図8は、並進加速度を表す指標Rの一算出例を示すグラフである。図9は、並進加速度を表す指標Rの一算出例を示すグラフである。
【0032】
以下の説明においては、慣性計測装置30により計測された時刻kにおける3軸加速度の計測値をaxk、ayk、azk、3軸角速度の計測値をωxk、ωyk、ωzkとする。また、図5に示すように、時刻kにおけるロール角をθ、ピッチ角をφ、ヨー角をψとする。
【0033】
本実施形態では、カルマンフィルタ(Kalman Filter)を用いて、慣性計測装置30の計測値から輪軸25のロール角θxを推定する。カルマンフィルタは、データ同化手法の1つであり、ベイズ推定を利用し観測量との誤差を最小化する状態量を逐次的に推定する手法である。3軸加速度の計測値から得られるロール角推定値及びピッチ角推定値を観測量とし、絶対座標におけるロール角速度及びピッチ角速度の積分による時間更新式から、カルマンフィルタを定式化することができる。
【0034】
状態ベクトルxは、下記式(2)で定義される。
【0035】
【数1】
【0036】
また、観測ベクトルyは、図6に示す、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの低周波成分を抽出した重力加速度gの3軸方向の射影の関係から、下記式(3)のように表すことができる。観測ベクトルyにおいて、θ0kは時刻kにおけるロール角の推定値、φ0kは時刻kにおけるピッチ角の推定値である。
【0037】
【数2】
【0038】
ここで、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkには、車両1の加減速により発生する加速度ノイズが含まれている。本実施形態では、まず、車両1の走行速度に基づいて、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkのうち、前後加速度axkから加減速ノイズを除去する。実際の車両走行においては、車両1は加速減速を繰り返しながら一定速度を保って走行しており、前後方向の加減速影響は前後加速度波形から明確に観測することができる。ここで、車両の速度の計測は所定の周期(例えば0.1秒に1回)で実施されるため、前後加速度波形はステップ状となる。したがって、特定周波数のフィルタリングによっては加減速ノイズを除去することができない。
【0039】
そこで、本実施形態では、速度計測装置により測定された時刻iにおける車両1の走行速度Vから車両1の加減速による加速度成分aViを下記式(4)により算出する。
【0040】
【数3】
【0041】
ここで、波形平滑化のため、速度計測装置により測定した車両1の走行速度Vに対して、ローパスフィルタを適用してもよい。ローパスフィルタのカットオフ周波数は、例えばVave/2(Vaveは平均速度[m/s])としてもよい。そして、上記式(4)に基づき算出した加速度成分aから、慣性計測装置30により計測された前後加速度axIMUを下記式(5)のように補正して、補正後の前後加速度a IMUを求める。
【0042】
【数4】
【0043】
図7の上側のグラフは、慣性計測装置30により計測された前後加速度axIMUと、このとき速度計測装置により計測された車両速度から上記式(4)に基づき算出した加速度成分aとを示している。上記式(5)に基づき慣性計測装置30により計測された前後加速度axIMUから加速度成分aを差し引くと図7の下側のグラフのようになり、加速度ノイズが除去された補正後の前後加速度a IMUを得ることができる。図7の例では120m付近で車両1の加速による加速度ノイズが生じており、図7の下側のグラフを見るとその影響が除去されていることがわかる。
【0044】
以降の処理において、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkのうち、前後加速度axkについては加速度ノイズが除去された補正後の前後加速度a IMUを用いることで、軌道状態の推定精度を高めることができる。なお、以下の説明においても3軸加速度の前後加速度の計測値をaxkと記載するが、実際には上記式(5)による補正後の前後加速度a IMUを用いる。
【0045】
3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの重力加速度射影成分は、加速度低周波成分であり、例えば0~1Hzの成分とする。例えばローパスフィルタにより、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから重力加速度射影成分を抽出し得る。
【0046】
時間更新式は、絶対座標系における角度の積分から導かれ、状態ベクトルについて非線形の関係式となる。そこで、本実施形態では、状態ベクトルxk-1の周辺で線形化を行う拡張カルマンフィルタ(Extended Kalman Filter)を用いる。このとき、システム方程式は、下記式(6)で表される。vはプロセスノイズである。
【0047】
【数5】
【0048】
また、観測ノイズw、観測行列Hをとしたとき、観測方程式は下記式(8)で表される。
【0049】
【数6】
【0050】
上記式(6)~式(8)で表される状態空間モデルに基づくカルマンフィルタにより、3軸加速度の計測値axk、ayk、azk及び3軸角速度の計測値ωxk、ωyk、ωzkからロール角θ及びピッチ角φを推定することができる。
【0051】
ここで、本実施形態では、慣性計測装置30の計測値に含まれる車両走行時の並進加速度成分による誤差影響を低減するため、誤差因子となる車両走行時の3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから並進加速度成分をフィルタリング処理により抽出し、抽出された並進加速度成分に基づいてカルマンフィルタの観測誤差共分散行列を設定してもよい。
【0052】
急曲線部分において車輪フランジがレールに接触する際に発生する衝撃応答は、角度推定値の誤差要因となる。角速度の積分から角度を算出する上記式(3)、及び、加速度低周波成分(すなわち重力加速度の射影成分)から角度を算出する上記式(8)において、プロセスノイズv及び観測ノイズwは平均値ゼロのガウスノイズと仮定される。このノイズ設定は各関係式の誤差成分を表す。プロセスノイズvは、角速度データの計測誤差、及び、積分誤差を意味する。観測ノイズwは、加速度データの計測誤差、及び、加速度から抽出された重力加速度射影成分の推定誤差を意味する。
【0053】
急曲線部分において、車輪フランジがレールに接触する際には、角速度計測値及び加速度計測値のいずれにも衝撃的な応答が見られる場合があるが、衝撃的な応答は全周波数帯において卓越するという特徴がある。ここで、上記式(3)は衝撃応答の有無にかかわらず成立するが、上記式(8)の観測ベクトルyは、重力加速度射影成分から算出された角度であり、慣性計測装置30に並進加速度が作用する場合には誤差要因となる。すなわち、このような走行区間においては、観測ノイズwを大きな値に設定することにより、上記式(8)の確からしさを低減させる(換言すると、上記式(6)の確からしさを増大させる)ことで、実応答を適切に表現する。
【0054】
そこで、慣性計測装置30に作用する並進加速度の大きさに応じて観測ノイズwを設定し、角度推定値の精度向上を図る。具体的には、並進加速度を表す指標R、Rを導入し、並進加速度成分の大きさに応じた観測ノイズwの共分散行列Rを逐次的に設定する。
【0055】
観測ベクトルyのロール角θ0k及びピッチ角φ0kの算出精度は、それぞれ左右加速度ayk、前後加速度axkに支配され、いずれも並進加速度により誤差が生じうる。左右加速度aykについては急曲線通過時の衝撃応答が並進加速度として現れ、前後加速度axkについては車両速度を一定に保つための加減速が並進加速度として現れる。そこで、それぞれの並進加速度を表す指標R、Rを定義する。
【0056】
指標Rは、前後加速度の測定値aからバンドパスフィルタにより高周波成分のみを抽出し、抽出した値を二乗した後、所定区間(移動平均サンプル数)の移動平均を取った値とする。指標Rは、左右加速度の測定値aからバンドパスフィルタにより高周波成分のみを抽出し、抽出した値を二乗した後、所定区間(移動平均サンプル数)の移動平均を取った値とする。指標R、Rは、低周波の応答(すなわち、重力加速度射影成分から推定される傾斜角)を補正する指標であることから、二乗して移動平均をとることにより高周波を除いた値とすることで、推定値を安定化させる。例えば、抽出する高周波成分は1~7Hzの周波数成分とし、移動平均サンプル数は250サンプル時間としてもよい。
【0057】
衝撃応答あるいは加減速による応答は、外部から作用する強制的な応答であり、全周波数成分において卓越していると仮定できる。一方、例えば1Hz未満の低周波数帯では角度変化による成分が卓越しており、例えば7Hz超の高周波数帯では計測ノイズが卓越していると考えられる。そこで、バンドパスフィルタを用いてこれらの帯域の周波数成分を除去する。
【0058】
詳細には、車両速度がほぼ一定状態であると仮定すると、フィルタリングを施す計測データ中の車両の平均速度をVave[m/s]、軌道変位の最大空間周波数Fspace[cycle/m]としたとき、時刻歴波形のカットオフ周波数Ftime[Hz]は下記式(9)により表すことができる。
【0059】
time=Fspace×Vave ・・・(9)
【0060】
高周波のカットオフ周波数Ftime_hについては、経験式として、下記式(10)のような一般性を持った形として表すことができる。
【0061】
time_h=7×Fspace×Vave ・・・(10)
【0062】
指標R、Rの移動平均サンプル数sについては、経験式として、計測値のサンプリング周波数fs[Hz]から下記式(11)により表すことができる。
【0063】
s=fs/(2×Ftime) ・・・(11)
【0064】
例えば、サンプリング周波数fs=500Hz、カットオフ周波数Ftime=1Hzであるとき、移動平均サンプル数sは250サンプル時間となる。
【0065】
図8は並進加速度を表す指標Rの一例であり、図9は並進加速度を表す指標Rの一例である。図8において、破線枠で示した指標Rの値が大きい位置では、車両速度を一定に保つための加減速の影響を受けていることを表している。また、図9において、破線枠で示した指標Rの値が大きい位置では、急曲線通過時の衝撃の影響を受けていることを表している。
【0066】
次に、算出された指標R、Rを用いて、並進加速度成分の大きさに応じた観測ノイズwを逐次的に設定する。誤差共分散行列R(k)は、対角成分に、抽出された並進加速度成分に対して所定の係数を乗じた値を加算して設定してもよい。具体的には、時刻kにおける観測ノイズwの分散共分散行列R(k)は、並進加速度成分を表す指標R(k)、R(k)、及び、指標R(k)、R(k)に対する係数K、Kを用いて、下記式(12)のように設定される。
【0067】
【数7】
【0068】
また、プロセスノイズQは、時刻によらず一定とし、例えば下記式(13)のように設定してもよい。
【0069】
【数8】
【0070】
なお、係数K、Kは、指標R(k)、R(k)から上記式(8)で表される観測方程式のノイズ分散を設定するための値であり、理論的に導出することはできない。このため、係数K、Kには、高低変位の推定精度が最も高くなる値が最適値として設定される。プロセスノイズQも、高低変位の推定精度が最も高くなる値に基づき、適宜設定される。
【0071】
このように、本実施形態では、時刻kにおける観測ノイズwの分散共分散行列R(k)を上記式(12)のように設定し、上記式(8)に示した観測方程式の観測ノイズwを並進加速度成分の大きさに応じて逐次的に設定する。これにより、慣性計測装置30の計測値に含まれる、車両走行時の並進加速度成分による誤差影響を低減することができる。その結果、時刻kにおける観測ベクトルy、すなわち、ロール角の推定値θ0k及びピッチ角の推定値φ0kを精度よく求めることができる。式(6)~式(8)で表され、式(12)により観測ノイズwの分散共分散行列R(k)が設定された状態空間モデルに基づくカルマンフィルタにより、ロール角θ及びピッチ角φが推定されれば、上記式(1)を用いて、高低変位hを算出することができる。
【0072】
[2-2.軌道状態推定装置]
図10に基づいて、上述の軌道状態推定手法に基づき軌道状態を推定する軌道状態推定装置100の構成について説明する。図10は、本実施形態に係る軌道状態推定装置100の構成を示す機能ブロック図である。軌道状態推定装置100は、図10に示すように、加速度ノイズ除去部110と、傾斜角推定部120と、軌道状態算出部130とを有する。
【0073】
加速度ノイズ除去部110は、車両1の走行速度に基づいて、慣性計測装置30により計測された3軸加速度axk、ayk、azkのうち、前後加速度axk(=axIMU)について、加減速ノイズを除去する。加速度ノイズ除去部110は、車両1に設置されている速度計測装置40により走行速度Vを取得すると、上記式(4)に基づき車両1の加減速による加速度成分aを算出する。そして、慣性計測装置30の計測値である前後加速度axkを上記式(5)に基づき補正する。加速度ノイズ除去部110は、補正後の前後加速度axk(=a IMU)を傾斜角推定部120へ出力する。
【0074】
傾斜角推定部120は、慣性計測装置30により計測された3軸加速度axk、ayk、azk及び3軸角速度ωxk、ωyk、ωzkに基づいて、車体部10または輪軸25の水平傾斜角(ロール角θ)及び前後傾斜角(ピッチ角φ)を推定する。なお、3軸加速度の前後加速度axkには、加速度ノイズ除去部110により補正された補正後の前後加速度axk(=a IMU)を用いる。
【0075】
まず、傾斜角推定部120は、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから重力加速度射影成分と並進加速度成分とを抽出する。また、傾斜角推定部120は、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから抽出された並進加速度成分から、並進加速度を表す指標R、Rを算出し、上記式(12)を用いて時刻kにおける観測ノイズwの分散共分散行列R(k)を設定する。そして、傾斜角推定部120は、上記式(8)において、設定した分散共分散行列R(k)を用いて、観測ベクトルy(ロール角の推定値θ0k及びピッチ角の推定値φ0k)を算出する。さらに、傾斜角推定部120は、式(6)~式(8)で表され、式(12)により観測ノイズwの分散共分散行列R(k)が設定された状態空間モデルに基づくカルマンフィルタにより、ロール角θ及びピッチ角φを算出する。傾斜角推定部120は、算出したロール角θ及びピッチ角φを、軌道状態算出部130へ出力する。
【0076】
軌道状態算出部130は、輪軸25の水平傾斜角(ロール角θ)及び前後傾斜角(ピッチ角φ)に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する。本実施形態では、軌道状態情報として、高低変位が算出される。高低変位を軌道状態情報として求める場合、軌道状態算出部130は、傾斜角推定部120により算出されたピッチ角φに基づき、上記式(1)を用いて、高低変位hを算出する。
【0077】
ここで、算出された高低変位hには低周波成分の推定誤差が生じる。かかる推定誤差は、カルマンフィルタにより算出された水平傾斜角、前後傾斜角には角速度の積分誤差が一部含まれているために生じるものと考えられる。そこで、算出した高低変位hに対して、ハイパスフィルタを適用してもよい。ハイパスフィルタのカットオフ周波数は、取得したい高低変位hの波長に応じて決定すればよく、例えばVave/30(Vaveは平均速度[m/s])としてもよい。ハイパスフィルタを適用することで、慣性計測装置30により3軸加速度及び3軸角速度を計測する度に推定される高低変位hにずれが生じるのを抑制することができ、再現性のある推定値を取得することができる。
【0078】
軌道状態算出部130は、算出した高低変位hを、例えば出力装置200へ出力する。出力装置200は、例えばディスプレイ等の表示装置であってもよい。
【0079】
本実施形態に係る軌道状態推定装置100は、例えばCPU(Central Processing Unit)やDSP(Digital Signal Processor)等の各種のプロセッサによって構成され、当該プロセッサが所定のプログラムにしたがって動作されることにより上記機能を実現し得る。
【0080】
本実施形態に係る軌道状態推定装置100は、車両1に設置されてもよく、別途の場所に設置されていてもよい。慣性計測装置30による3軸加速度の計測値axk、ayk、azk及び3軸角速度の計測値ωxk、ωyk、ωzkと、速度計測装置40により測定された車両1の走行速度Vとは、位置検出装置によって検出されたレール5上の車両1の絶対位置に関連付けて、記憶装置(図示せず。)に記録されている。軌道状態推定装置100は、記憶装置に記録された3軸加速度の計測値ayk、azk、3軸角速度の計測値ωxk、ωyk、ωzk、走行速度V、及び、車両1の絶対位置を取得することにより、軌道状態を推定し得る。
【0081】
[2-3.軌道状態推定方法]
図11に基づいて、本実施形態に係る軌道状態推定装置100により実施される軌道状態推定方法を説明する。図11は、本実施形態に係る軌道状態推定方法の一例を示すフローチャートである。
【0082】
(S10、S20:3軸加速度及び3軸角速度の取得)
まず、車両1の車体部10または軸箱27に設置された慣性計測装置30により、3軸加速度axk、ayk、azk及び3軸角速度ωxk、ωyk、ωzkが計測される(S10、S20)。慣性計測装置30により計測された3軸加速度及び3軸角速度の計測値axk、ayk、azk、ωxk、ωyk、ωzkは、軌道状態推定装置100の加速度ノイズ除去部110及び傾斜角推定部120へ出力される。
【0083】
(S30:車両の走行速度の取得)
また、車両1に設置されている速度計測装置40により走行速度Vが計測される(S30)。速度計測装置40により計測された車両1の走行速度Vは、軌道状態推定装置100の加速度ノイズ除去部110へ出力される。
【0084】
(S40:加速度ノイズ除去)
次いで、加速度ノイズ除去部110は、ステップS30により取得した車両1の走行速度に基づいて、ステップ20にて取得された3軸加速度axk、ayk、azkのうち、前後加速度axk(=axIMU)について、加減速ノイズを除去する(S40)。加速度ノイズ除去部110は、上記式(4)に基づき車両1の走行速度Vから車両1の加減速による加速度成分aを算出する。そして、加速度ノイズ除去部110は、慣性計測装置30の計測値である前後加速度axkを上記式(5)に基づき補正する。加速度ノイズ除去部110は、補正後の前後加速度axk(=a IMU)を傾斜角推定部120へ出力する。
【0085】
(S50:重力加速度射影成分の抽出)
次いで、傾斜角推定部120は、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから、重力加速度射影成分を抽出する(S50)。なお、3軸加速度の前後加速度axkには、ステップS40にて加速度ノイズ除去部110により補正された補正後の前後加速度axk(=a IMU)を用いる。3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの重力加速度射影成分は、加速度低周波成分であり、例えば0~1Hzの成分とする。傾斜角推定部120は、例えばローパスフィルタにより、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから重力加速度射影成分を抽出し得る。
【0086】
(S60:並進加速度成分の抽出)
また、傾斜角推定部120は、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから、並進加速度成分を抽出する(S60)。3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの並進加速度成分は、加速度高周波成分であり、例えば1~7Hzの成分とする。傾斜角推定部120は、例えばバンドパスフィルタにより、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから並進加速度成分を抽出し得る。傾斜角推定部120は、並進加速度成分を抽出し、並進加速度を表す指標R、Rを算出する。
【0087】
(S70:傾斜角の推定)
次いで、傾斜角推定部120は、車体部10または輪軸25の傾斜角を推定する(S70)。傾斜角は、上記式(6)~式(8)で表される状態空間モデルに基づくカルマンフィルタを用いて算出し得る。ここで、傾斜角推定部120は、ステップS60にて算出した指標R、Rを用いて、上記式(12)から時刻kにおける観測ノイズwの分散共分散行列R(k)を設定する。これにより、上記式(8)に示した観測方程式の観測ノイズwが、並進加速度成分の大きさに応じて逐次的に設定される。その結果、計測値に含まれる、車両走行時の並進加速度成分による誤差影響が低減され、観測ベクトルy(ロール角の推定値θ0k及びピッチ角の推定値φ0k)を精度よく求めることができる。
【0088】
傾斜角推定部120は、式(6)~式(8)で表され、式(12)により観測ノイズwの分散共分散行列R(k)が設定された状態空間モデルに基づくカルマンフィルタにより、ロール角θ及びピッチ角φを算出する。そして、傾斜角推定部120は、算出した車体部10または輪軸25のロール角θ及びピッチ角φを、軌道状態算出部130へ出力する。
【0089】
(S80:軌道状態情報の推定)
その後、軌道状態算出部130は、車体部10または輪軸25の水平傾斜角(ロール角θ)及び前後傾斜角(ピッチ角φ)に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する(S80)。本実施形態では、軌道状態情報として、高低変位が算出される。高低変位を軌道状態情報として求める場合、軌道状態算出部130は、ステップS70にて算出された車体部10または輪軸25のピッチ角φに基づき、上記式(1)を用いて、高低変位hを算出する。
【0090】
ここで、ステップS80にて算出した高低変位hに対して、ハイパスフィルタを適用してもよい。上述したように、算出された高低変位hには低周波成分の推定誤差が生じる。ハイパスフィルタを適用することで、慣性計測装置30により3軸加速度及び3軸角速度を計測する度に推定される高低変位hにずれが生じるのを抑制することができ、再現性のある推定値を取得することができる。ハイパスフィルタのカットオフ周波数は、取得したい高低変位hの波長に応じて決定すればよく、例えばVave/30(Vaveは平均速度[m/s])としてもよい。
【0091】
図12に、ステップS80にて算出した高低変位hについて、ハイパスフィルタ処理の適用前と適用後の値の一例を示す。図12には、手押し式の軌道検測装置により測定された10m弦正矢法による高低変位を真値として示している。ここでは、ハイパスフィルタのカットオフ周波数としてVave/30を設定した。図12に示すように、ハイパスフィルタ処理を適用することで、算出した高低変位hの真値からのずれを小さくすることができることがわかる。軌道状態算出部130は、算出した高低変位hを出力装置200へ出力する。
【0092】
[3.まとめ]
以上、本発明の一実施形態に係る車両と、軌道状態として高低変位を推定する軌道状態推定装置及び軌道状態推定方法とについて説明した。本実施形態によれば、車両の車体部または軸箱に慣性計測装置を設置し、当該慣性計測装置により計測された3軸加速度及び3軸角速度に基づいて、慣性計測装置の設置位置における水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する。水平傾斜角及び前後傾斜角はカルマンフィルタにより推定し得る。この際、3軸加速度の前後加速度から加速度ノイズを除去した後、水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する。また、慣性計測装置の計測値に含まれる車両走行時の並進加速度成分による誤差影響を低減するため、車両走行時の3軸加速度の計測値から誤差因子となる並進加速度成分をフィルタリング処理により抽出し、抽出された並進加速度成分に基づいてカルマンフィルタの観測誤差共分散行列を逐次的に設定する。これにより、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を精度よく推定することができる。高精度に輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定することで、高低変位の推定精度を高めることができる。また、車両を走行させれば3軸加速度及び3軸角速度を測定することができるため、簡易に検測することができる。
【実施例0093】
上記実施形態に係る軌道状態推定手法の有効性を検証するため、当該軌道状態推定手法による高低変位の推定値を評価した。検証に使用した車両は、図1に示した構成の車両であり、図3に示したように車体部の台車部との連結箇所近傍に慣性計測装置を設けた。支点間距離(基準長)Lは6.3mであった。
【0094】
本検証では、手押し式の軌道検測装置により測定された10m弦正矢法による高低変位を真値とした。また、上記実施形態に係る軌道状態推定手法を用いて高低変位を推定した。このとき、係数K、Kはともに1.0×10-6とし、上記式(12)の分散共分散行列Rを設定した。プロセスノイズQは上記式(13)とした。高低変位の推定は、慣性計測装置の計測値をそのまま用いた場合(すなわち、補正前の前後加速度を用いた場合)と、前後加速度から加速度ノイズを除去した補正後の前後加速度を用いた場合とについて行った。
【0095】
【数9】
【0096】
図13に、上記実施形態に係る軌道状態推定手法を用いて推定された高低変位と、10m弦正矢法による高低変位とを示す。なお、図13において、10m弦正矢法による高低変位は、対となる2本のレールの結果をそれぞれ示している。図13に示すように、上記実施形態に係る軌道状態推定手法を用いて推定された高低変位はおおよそ真値に追従している。また、高低変位の推定において補正後の前後加速度を用いた場合、補正前の前後加速度を用いた場合に比べて真値からのずれが小さくなっており、最大5~10mm程度誤差が小さくなった。これより、上記実施形態に係る軌道状態推定手法を適用することで、車両走行時の衝撃応答による影響をはじめとする並進加速度による誤差影響が低減されるとともに、車両の加減速による加速度ノイズの影響が低減され、高低変位の推定精度を高めることができることが示された。
【0097】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0098】
例えば、上記実施形態では、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの重力加速度射影成分である加速度低周波成分を0~1Hzの成分とし、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの並進加速度成分である加速度高周波成分を1~7Hzの成分としたが、本発明はかかる例に限定されない。上記加速度低周波成分及び加速度高周波成分の周波数帯域は、例えば、製鉄所において重量の大きい資材等を搬送するために使用される、低速走行車両を想定して設定されたものである。加速度低周波成分及び加速度高周波成分の周波数帯域は、例えば上記式(9)及び式(10)に基づき、車両の走行速度に応じて適宜設定すればよい。指標R、Rの移動平均サンプル数sについても、上記式(11)に基づき設定すればよい。
【符号の説明】
【0099】
1 車両
5 レール
10 車体部
20 台車部
21 台車枠
23 車輪
25 輪軸
27 軸箱
29 コイルばね
30 慣性計測装置
40 速度計測装置
100 軌道状態推定装置
110 加速度ノイズ除去部
120 傾斜角推定部
130 軌道状態算出部
200 出力装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13