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特開2023-83748魚介類の幼生の輸送方法及び飼育方法並びに魚介類の養殖方法
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  • 特開-魚介類の幼生の輸送方法及び飼育方法並びに魚介類の養殖方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023083748
(43)【公開日】2023-06-16
(54)【発明の名称】魚介類の幼生の輸送方法及び飼育方法並びに魚介類の養殖方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 61/50 20170101AFI20230609BHJP
   A01K 63/04 20060101ALI20230609BHJP
   A01K 63/02 20060101ALI20230609BHJP
【FI】
A01K61/50
A01K63/04 C
A01K63/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021197615
(22)【出願日】2021-12-06
(71)【出願人】
【識別番号】503277455
【氏名又は名称】株式会社ヒューマンクリエートコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】100187838
【弁理士】
【氏名又は名称】黒住 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100220892
【弁理士】
【氏名又は名称】舘 佳耶
(74)【代理人】
【識別番号】100205589
【弁理士】
【氏名又は名称】日野 和将
(74)【代理人】
【識別番号】100194478
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 文彦
(72)【発明者】
【氏名】赤埴 薫
【テーマコード(参考)】
2B104
【Fターム(参考)】
2B104AA26
2B104BA03
2B104BA06
2B104CA09
2B104DA00
2B104EB00
(57)【要約】
【課題】
魚介類の幼生を衰弱しにくい状態で輸送する。また、魚介類の幼生を、衰弱しにくい状態でかつ省スペースで飼育する。さらに、これらの輸送方法や飼育方法を用いた魚介類の養殖方法も提供する。
【解決手段】
魚介類の幼生の輸送方法において、魚介類の幼生を、ウルトラファインバブルを含有する輸送用水に入れた状態で目的地まで輸送するようにした。これにより、魚介類の幼生を衰弱しにくい状態で(元気な状態で)輸送することができる。また、飼育容器に入れた飼育用水内で魚介類の幼生を飼育する魚介類の幼生の飼育方法において、飼育用水がウルトラファインバブルを含有するとともに、飼育用水に1×10個体/L以上の数密度、又は、60mg/L以上の質量密度で前記幼生を入れるようにした。これにより、魚介類の幼生を、衰弱しにくい状態でかつ省スペースで飼育することができる。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚介類の幼生を、ウルトラファインバブルを含有する輸送用水に入れた状態で目的地まで輸送することを特徴とする魚介類の幼生の輸送方法。
【請求項2】
輸送用水に1×10個体/L以上の数密度で前記幼生を入れた状態とする請求項1記載の魚介類の幼生の輸送方法。
【請求項3】
輸送用水に60mg/L以上の質量密度で前記幼生を入れた状態とする請求項1又は2記載の魚介類の幼生の輸送方法。
【請求項4】
前記幼生が、
人工授精により前記魚介類の受精卵を得る人工授精工程と、
人工授精工程で得られた前記受精卵から孵化した前記幼生を、輸送できる大きさまで飼育する初期飼育工程と
を経て得られたものである請求項1~3いずれか記載の魚介類の幼生の輸送方法。
【請求項5】
前記魚介類が貝類であり、
前記幼生が浮遊幼生である
請求項1~4いずれか記載の魚介類の幼生の輸送方法。
【請求項6】
請求項1~5いずれか記載の輸送方法により輸送された前記幼生を輸送先で成育させる魚介類の養殖方法。
【請求項7】
飼育容器に入れた飼育用水内で魚介類の幼生を飼育する魚介類の幼生の飼育方法であって、
飼育用水がウルトラファインバブルを含有するとともに、
飼育用水に1×10個体/L以上の数密度、又は、60mg/L以上の質量密度で前記幼生を入れる
ことを特徴とする魚介類の幼生の飼育方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚介類の幼生の輸送方法に関する。本発明はまた、魚介類の幼生の飼育方法にも関する。本発明はさらに、魚介類の養殖方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
近年、気候変動や海洋環境の変化に伴い、天然の魚介類を安定して漁獲することが難しくなってきている。このため、養殖による魚介類の安定供給のニーズが高まっている。
【0003】
例えば、特許文献1には、牡蠣の養殖方法が開示されている。同文献の段落0002等にも記載されているように、一般的な牡蠣の養殖では、「採苗」と呼ばれる工程と、「抑制」と呼ばれる工程と、「本養殖(筏養殖)」と呼ばれる工程とを経て収穫が行われる。ここで、「採苗」とは、牡蠣の浮遊幼生を採苗器(ホタテ貝殻が用いられることが多い。同文献の図3の採苗器40も参照。)に付着(着底)させる工程である。また、「抑制」とは、採苗後の採苗器を潮の満ち引きがある浅瀬に設置し、採苗器に付着した牡蠣が海水に浸かる時間を制限することで、牡蠣の成長を抑制して大きくなり過ぎないようにしながら、環境の変化に対する抵抗力を牡蠣に付与する工程である。さらに、「本養殖(筏養殖)」とは、抑制後の採苗器を、養分の多い海域に浮かべた筏等から海中に吊るし、採苗器に付着した牡蠣を成長させる工程である。
【0004】
このうち、「採苗」には、天然採苗と人工採苗とがある。天然採苗は、天然の牡蠣の浮遊幼生が多く生息する海域に採苗器を沈めることにより採苗を行う方法である。この天然採苗は、手間やコストが少ない半面、環境や天候の影響を受けやすく安定性に欠けるという問題を有している。特に近年では、温暖化による海水温上昇の影響か、天然採苗が不調の年が増えてきている。一方、人工採苗は、人工授精により得た受精卵から産まれた浮遊幼生を、タンク等の中で所定の大きさになるまで飼育(初期飼育)した後、採苗器と共に着底用プール(例えば、特許文献1の図3に記載の着底用フィルター型プール20)の中に入れて採苗(着底)を行う方法である。人工採苗は、天然採苗に比べて環境や天候の影響を受けにくく、安定的に採苗を行うことができるという点で優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-121578号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、人工採苗は、導入ハードルが非常に高いという問題を有している。というのも、人工授精や初期飼育には熟練された高い技術力と細やかな管理が必要とされるからである。特に、孵化から着底前までの浮遊幼生は、非常にデリケートであり、ちょっとしたストレスで斃死してしまうこともあるため、飼育が非常に難しい。このため、牡蠣の養殖業者の多くは、安定性に欠ける天然採苗を行っている。
【0007】
そこで、本発明者は、人工授精及び初期飼育の技術を既に有している専門業者が育てた浮遊幼生を、各地の牡蠣の養殖業者に提供することを考えた。しかし、そのような専門業者と養殖業者とは地理的に離れていることも多いところ、着底前の浮遊幼生を衰弱しにくい状態で輸送する技術は未だ確立されていない。牡蠣の浮遊幼生は非常にデリケートであるため、後述する実験の結果でも示されるように、従来の魚介類の輸送方法を用いて輸送すると、そのほとんどが輸送中に衰弱するか斃死してしまい、輸送先で採苗器に着底することができない。
【0008】
加えて、輸送先においては、天候その他の都合により、受け取った浮遊幼生をすぐに着底用プールに入れることができない場合も想定される。その場合、受け取った幼生をしばらく(1日~数日程度)飼育する必要があるが、輸送先の養殖業者は幼生を飼育するための十分な施設やスペースを有していないのが通常である。魚介類は、一般的に、幼生の時期が最も脆弱であるため、同様の課題は牡蠣以外の魚介類においても生じ得ると考えられる。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために為されたものであり、魚介類の幼生を衰弱しにくい状態で輸送することができる魚介類の幼生の輸送方法を提供するものである。また、魚介類の幼生を、衰弱しにくい状態でかつ省スペースで飼育することができる魚介類の幼生の飼育方法を提供することも本発明の目的である。さらに、これらの輸送方法や飼育方法を用いた魚介類の養殖方法を提供することも本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は、
魚介類の幼生を、ウルトラファインバブルを含有する輸送用水に入れた状態で目的地まで輸送することを特徴とする魚介類の幼生の輸送方法
を提供することによって解決される。
【0011】
ここで、「ウルトラファインバブル」とは、ISO 20480-1及びJIS B8741-1に定義されるように、体積相当の直径が1μm未満の気泡のことをいう。以下においても同様とする。
【0012】
上記の輸送方法では、ウルトラファインバブルを含有する輸送用水に入れた状態で魚介類の幼生を輸送することにより、魚介類の幼生を、衰弱しにくい状態で輸送することができる。したがって、例えば、高い技術を有する専門業者により育てられた幼生を、元気な状態で各地の養殖業者に届けることができ、魚介類の安定供給を実現することができる。
【0013】
上記の魚介類の幼生の輸送方法においては、ウルトラファインバブルの効果により、幼生を高密度で輸送したとしても、幼生が衰弱しにくい状態を維持することができる。具体的には、輸送用水に1×10個体/L以上の数密度で前記幼生を入れた状態とすることができる。あるいは、輸送用水に60mg/L以上の質量密度で前記幼生を入れた状態とすることができる。これにより、小さい輸送容器で多くの幼生を輸送することができるため、輸送コストを削減することができる。ここで、「質量密度」とは、単位体積(1L)あたりの輸送用水(又は後述する飼育用水)に含まれる幼生の乾燥質量のことをいう。また、幼生の数密度及び質量密度を計測するタイミングは、特に限定されないが、通常、輸送の開始時点とされる。以下においても同様とする。
【0014】
上記の魚介類の幼生の輸送方法において、輸送用水に入れる前記幼生は、海や河川等から採取した天然幼生であってもよい。ただし、前記幼生は、人工授精により前記魚介類の受精卵を得る人工授精工程と、人工授精工程で得られた前記受精卵から孵化した前記幼生を、輸送できる大きさまで飼育する初期飼育工程とを経て得られたものであることが好ましい。これにより、幼生が輸送に適した大きさになった頃を見極めて輸送することができるため、幼生をより衰弱しにくくすることができる。
【0015】
上記の魚介類の幼生の輸送方法は、対象とする魚介類の種類を特に限定されない。ただし、種々の魚介類の中でも、特に貝類は、幼生期(特に浮遊幼生期)の斃死率が高く、幼生の飼育が難しいことが知られている。このため、上記の魚介類の幼生の輸送方法において、前記魚介類を貝類とし、前記幼生を浮遊幼生とすると、上記の輸送方法を採用する意義が高まるため好ましい。ここで、「浮遊幼生」とは、浮遊手段(例えば、繊毛等)によって水中を浮遊することができる幼生のことをいう。貝類においては、通常、トロコフォア幼生及びベリジャー幼生がこれに該当する。
【0016】
上記の魚介類の幼生の輸送方法は、これにより輸送された前記幼生を輸送先で成育させる魚介類の養殖方法に用いることができる。これにより、魚介類の養殖効率を劇的に向上させることができ、魚介類の安定供給を実現することができる。
【0017】
上記課題は、また、
飼育容器に入れた飼育用水内で魚介類の幼生を飼育する魚介類の幼生の飼育方法であって、
飼育用水がウルトラファインバブルを含有するとともに、
飼育用水に1×10個体/L以上の数密度、又は、60mg/L以上の質量密度で前記幼生を入れる
ことを特徴とする魚介類の幼生の飼育方法
を提供することによっても解決される。
【0018】
これにより、魚介類の幼生を、衰弱しにくい状態でかつ高密度で(すなわち省スペースで)飼育することができる。この飼育方法は、例えば、上記の輸送方法により輸送された幼生を、本格的な飼育設備(例えば、海中に浸漬した着底用プール)に移すまでの間、一時的に飼育しておくために用いることができる。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明によって、魚介類の幼生を衰弱しにくい状態で輸送することができる魚介類の幼生の輸送方法を提供することが可能になる。また、魚介類の幼生を、衰弱しにくい状態でかつ省スペースで飼育することができる魚介類の幼生の飼育方法を提供することも可能になる。さらに、これらの輸送方法や飼育方法を用いた魚介類の養殖方法を提供することも可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本実施形態の輸送方法を用いた魚介類の養殖方法を説明するフロー図である。
図2】牡蠣の発生過程を示す図である。
図3】着底工程で用いることができる着底用プールの一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の好適な実施形態について、より具体的に説明する。以下においては、本発明に係る輸送方法及び養殖方法を、牡蠣を対象として用いる場合を例に挙げて説明する。ただし、これにより本発明を使用する対象の魚介類の種類を限定するものではない。
【0022】
0.概要
本実施形態の輸送方法は、牡蠣の浮遊幼生を、ウルトラファインバブルを含有する輸送用水に入れた状態で目的地まで輸送することを特徴としている。これにより、牡蠣の浮遊幼生を、衰弱しにくい状態で輸送することができる。
【0023】
図1は、本実施形態の輸送方法を用いた魚介類の養殖方法を説明するフロー図である。図1に示す養殖方法は、人工授精工程S1と、初期飼育工程S2と、輸送用水製造工程S3と、輸送工程S4と、着底工程S5と、抑制工程S6と、本養殖工程S7(筏養殖工程)と、収獲工程S8とを経るものとなっている。これにより、一の土地で育てられた牡蠣の浮遊幼生を、本実施形態の輸送方法を用いて衰弱しにくい状態で他の土地に輸送し、当該他の土地で着底及び本養殖することができる。
【0024】
輸送に用いる魚介類の幼生は、その取得方法を特に限定されない。幼生は、天然から採取したものを用いることもできるが、その場合には、発生過程における最適なタイミングで輸送を行うことが難しくなり、輸送中の幼生の衰弱を防ぎにくくなるおそれがある。このため、本実施形態の輸送方法においては、図1に示すように、人工授精工程S1及び初期飼育工程S2を経て得られた幼生を輸送するようにしている。
【0025】
図2は、牡蠣の発生過程を示す図である。輸送に用いる魚介類の幼生は、その発生段階(成長具合)も特に限定されない。ただし、孵化直後の幼生を用いると、輸送中に衰弱しやすくなるおそれがある。このため、例えば対象魚介類を貝類とする場合には、トロコフォア幼生ではなくベリジャー幼生を用いて輸送を行うことが好ましい。本実施形態における対象魚介類である牡蠣は、図2に示すように、トロコフォア幼生(体長約50μm)として孵化した後、D型幼生(体長約70~80μm)、殻頂期幼生(体長約100~300μm。アンボ期幼生とも呼ばれる。)を経て、眼点を有する着底期幼生(体長約330~350μm)へと成長する。このうち、特にD型幼生から殻頂期幼生への移行期に斃死率が高いことが知られている。また、着底期幼生になってから輸送を行うと、幼生が輸送容器等に着底してしまうおそれがある。このため、輸送は、殻頂期幼生(体長約100~300μm、孵化後約6~17日)の時期に行うことが好ましい。中でも、体長約150~250μm(孵化後約7~14日)の時期に輸送を行うことがより好ましく、体長約180~220μm(孵化後約8~12日)の時期に輸送を行うことがさらに好ましい。以下、図1に記載の各工程について順に説明する。
【0026】
1.人工授精工程
人工授精工程S1は、人工授精により魚介類の受精卵を得る工程である。人工授精は、対象の魚介類に応じて公知の方法を採用することができる。牡蠣の人工授精には、切開法と産卵誘発法とがあるが、本実施形態においては、切開法を採用している。得られた受精卵を水温約25°C程度の海水中で静置すると、卵割を経て、図2に示すように、トロコフォア幼生(体長約50μm)の形態で孵化し、海水中に浮遊するようになる。
【0027】
2.初期飼育工程
初期飼育工程S2は、人工授精工程S1で得られた受精卵から孵化した幼生を、輸送できる大きさまで飼育する工程である。初期飼育の方法は、対象の魚介類に応じて公知の方法を採用することができる。本実施形態においては、海水中に浮遊してきた牡蠣のトロコフォア幼生を、1tタンク等に入れた海水中に100万個程度入れ(幼生の数密度約1×10個/L)、エアレーション(目視できる大きさの気泡を発生させる通常のエアレーション。以下同じ。)と給餌を行いながら常温で飼育するようにしている。幼生が体長約180~220μmに成長した段階で初期飼育工程S2を終了し、後述する輸送工程S4を行う。
【0028】
3.輸送用水製造工程
輸送用水製造工程S3は、ウルトラファインバブルを含有する輸送用水を製造する工程である。輸送用水製造工程S3は、初期飼育工程S2と並行して行うことができる。輸送用水は、ウルトラファインバブルを含有していれば、その具体的な製造方法を特に限定されない。輸送用水は、通常、原料水と原料ガスとをウルトラファインバブル生成装置(以下、単に「バブル生成装置」と呼ぶことがある。)に供給することによって製造される。バブル生成装置は、その種類を特に限定されず、例えば、スタティックミキサー式、旋回液流式、加圧溶解式等のものを採用することができる。本実施形態においては、スタティックミキサー式のバブル生成装置を採用している。
【0029】
輸送用水の原料水は、対象の魚介類に応じて適宜選択される。原料水としては、例えば、海水、淡水(例えば、川、湖、池、沼等から採取した水等)、水道水、純水又はこれらの混合物等を用いることができる。また、原料水又は輸送用水には、任意の添加材等を加えることもできる。原料ガスは、その具体的な組成を限定されない。原料ガスとしては、例えば、濃縮酸素(高圧酸素)、高圧空気、常圧空気、常圧酸素等を用いることができる。本実施形態においては、原料水として海水を使用し、原料ガスとして濃縮酸素を採用している。
【0030】
輸送用水は、これに含まれるウルトラファインバブルの個数を特に限定されない。ただし、輸送用水中のウルトラファインバブルの個数が少なすぎると、輸送中の幼生の衰弱を防ぎにくくなるおそれがある。このため、輸送用水は、後述する輸送工程S4の開始時点において、輸送用水に照射したレーザー光線(例えば、市販のレーザーポインタの光線)の軌跡がはっきりと目視できる程度に多数のウルトラファインバブルを有していることが好ましい。
【0031】
より具体的には、輸送用水は、後述する輸送工程S4の開始時点において、1×10個/1mL以上(動的光散乱法による測定個数。以下同じ。)のウルトラファインバブルを含むことが好ましい。輸送工程S4開始時点における輸送用水は、1×10個/1mL以上のウルトラファインバブルを含むことがより好ましい。輸送用水に含まれるウルトラファインバブルの個数の上限は特に限定されないが、通常、輸送工程S4の開始時点において、1×1010個/1mL以下とされる。なお、ウルトラファインバブルは、水中で長期間(数週間~数ヶ月程度)安定して存在できることが知られている。このため、後述する輸送工程S4においては、輸送用水製造工程S3で製造された直後の輸送用水だけでなく、製造後しばらく(例えば、1日~1ヶ月程度。好ましくは、1日~1週間程度。)経った輸送用水を用いることもできる。
【0032】
輸送用水は、酸素を多く含むことが好ましい。具体的には、輸送工程S4開始時点において、輸送用水の溶存酸素量(DO)を市販の溶存酸素計を用いて25°Cで計測した場合の値(以下、単に「輸送用水のDO」と表現することがある。)が、7.0mg/L以上であることが好ましい。輸送工程S4開始時点における輸送用水のDOは、10.0mg/L以上であることがより好ましく、12.0mg/L以上であることがさらに好ましい。輸送工程S4開始時点における輸送用水のDOの上限は、特に限定されないが、通常、50mg/L以下とされる。
【0033】
4.輸送工程
輸送工程S4は、魚介類の幼生を、ウルトラファインバブルを含有する輸送用水に入れた状態で目的地まで輸送する工程である。輸送用水及び幼生は、通常、輸送容器に入れた状態で輸送される。輸送容器は、輸送用水をこぼれにくい状態で保持することができるものであればその種類を限定されず、剛性のもの(例えば、樹脂製ケース、タンク、ボトル等)でも、可撓性のもの(例えば、樹脂製バッグ等)でもよい。輸送容器は、密閉できるものであっても良いが、輸送途中に飼料を与える場合には、開閉可能なものが好ましい。
【0034】
ところで、牡蠣の浮遊幼生を容器内(例えば1tタンク等)で飼育する場合には、通常、幼生の数密度を0.5~1×10個体/L程度かそれ以下に調整する。というのも、幼生の密度を高くしすぎると、幼生が衰弱又は斃死しやすくなる傾向があるからである。これに対し、本発明に係る輸送方法(輸送工程S4)においては、ウルトラファインバブルの効果により、輸送用水内における幼生の密度を高い状態としても幼生が衰弱しにくくすることができる。
【0035】
具体的には、輸送容器内の幼生の数密度(輸送工程S4の開始時点における数密度。以下同じ。)を、1×10個体/L以上とすることができる。これにより、小さな輸送容器で多くの幼生を輸送することができるため、輸送コストを低く抑えることができる。幼生の数密度は2×10個体/L以上とするとより好ましく、3×10個体/L以上とするとさらに好ましい。ただし、幼生の密度を高くしすぎると、幼生の衰弱を防ぎにくくなるおそれがある。このため、幼生の数密度は、1×10個体/L以下とすると好ましく、1×10個体/L以下とするとより好ましい。
【0036】
なお、後述する実験の結果でも示されるように、体長180~220μm程度の岩牡蠣の浮遊幼生約1×10個体の乾燥質量は、約60mg程度である。すなわち、輸送工程S4においては、輸送容器内の幼生の質量密度(輸送工程S4の開始時点における質量密度。以下同じ。)を、60mg/L以上とすることができる。幼生の質量密度は、120mg/L以上とすることがより好ましく、180mg/L以上とすることがさらに好ましい。また、幼生の質量密度は、6000mg/L以下とすることが好ましく、600mg/L以下とすることがより好ましい。
【0037】
輸送工程S4における輸送距離は特に限定されない。ただし、輸送距離が長い方が、本発明に係る輸送方法を用いる意義が高まる。このため、輸送工程S4における輸送距離は、10km以上であることが好ましい。輸送距離は、50km以上であることがより好ましく、100km以上であることがさらに好ましい。輸送距離の上限は特に限定されないが、通常、1万km以下とされる。輸送工程S4における輸送時間も特に限定されない。ただし、輸送時間が長い方が、本発明に係る輸送方法を用いる意義が高まる。このため、輸送工程S4における輸送時間は、12時間以上であることが好ましい。輸送時間は、24時間(1日)以上であることがより好ましい。一方、輸送時間が長すぎると、幼生の衰弱を防ぎにくくなるおそれがある。このため、輸送工程S4における輸送時間は、10日以下であることが好ましい。輸送時間は、7日以下であることがより好ましい。
【0038】
輸送工程S4で用いる輸送手段は、海路、陸路、空路のいずれでもよく、これらを組み合わせてもよい。従来の活魚の輸送方法の中には、エアレーションを行いながら輸送するものも散見されるが、本実施形態の輸送方法においては、輸送工程S4中、輸送容器内へのエアレーションは行わない。これにより、輸送容器の構成をシンプルにすることができる。また、輸送容器と合わせてエアポンプ等を輸送する必要がないため、輸送コストを低く抑えることができる。輸送工程S4においては、輸送に要する日数の長さに応じて、輸送容器内の幼生に飼料を与えてもよい。また、輸送工程S4の最中に輸送用水を新しいものに取り換えてもよい。
【0039】
輸送工程S4が完了し、輸送先に幼生が到着すると、次の工程(本実施形態においては着底工程S5)を行う。ただし、輸送先の天候や海域の条件等によっては、輸送工程S4を終えた後、次の工程を速やかに行うことが難しい場合もある。この場合には、輸送工程S4の後に、高密度飼育工程を行うことができる。
【0040】
高密度飼育工程は、飼育容器に入れた飼育用水内で魚介類の幼生を高密度で飼育する工程である。飼育用水として、ウルトラファインバブルを含有するものを用いることで、飼育容器内の幼生の数密度を1×10個体/L以上(又は質量密度を60mg/L以上)とすることができる。これにより、幼生を衰弱しにくい状態でかつ省スペースで飼育することができる。飼育用水としては、前述した輸送用水と同様の構成を採用することができる。飼育用水は、飼育日数に応じて適宜新しいものに交換してもよい。この高密度飼育工程は、例えば、輸送先に幼生の飼育設備や飼育スペースがない場合に、幼生を数日程度衰弱しにくい状態で飼育するのに有用である。この場合には、輸送容器を飼育容器として流用し、輸送用水を飼育用水として流用することで、手間やコストをかけずに高密度飼育工程を行うことができる。ただし、高密度飼育工程の用途は、これに限定されず、幼生を省スペースで飼育するためのあらゆる目的に使用することができる。
【0041】
飼育容器内の幼生の数密度は、2×10個体/L以上(又は質量密度120mg/L以上)とすると好ましく、3×10個体/L以上(又は質量密度180mg/L以上)とするとより好ましい。ただし、幼生の密度を高くしすぎると、幼生の衰弱を防ぎにくくなるおそれがある。このため、幼生の数密度は、1×10個体/L以下(又は質量密度6000mg/L以下)とすると好ましく、1×10個体/L以下(又は質量密度600mg/L以下)とするとより好ましい。
【0042】
6.着底工程
着底工程S5は、輸送工程S4で輸送された浮遊幼生を、輸送先で採苗器等に着底させる工程である。着底工程S5は、対象魚介類が着底しない種である場合には省略することができる。
【0043】
図3は、本実施形態の輸送方法を用いた養殖方法における着底工程S5で用いた着底用フィルター型プール10の断面図である。本実施形態においては、図3に示すように、海中に浸漬された着底用フィルター型プール10内の海水に、輸送工程S4を経た牡蠣の幼生と採苗器20とを入れることにより、牡蠣の幼生を採苗器20に着底させる。着底用フィルター型プール10は、海上に浮かべた筏30に設置されており、着底用フィルター型プール10の隔壁は、フィルターシート11で形成されている。このフィルターシート11は、牡蠣幼生の餌となる植物プランクトン(通常、体長10μm程度)を通過させながらも、輸送工程S4を経た牡蠣幼生(限定されないが、体長150μm以上である場合が多く、体長180μm以上である場合がより多い)が通過できない大きさの目開きを有している。このため、着底用フィルター型プール10内の幼生は、着底用フィルター型プール10の内外を行き来する豊富な植物プランクトンを食べることができながら、着底用フィルター型プール10の外には逃げられないようになっている。本実施形態におけるフィルターシート11の目開きは、約100μm程度である。
【0044】
採苗器20は、牡蠣の幼生が定着できるものであれば特に限定されない。従来の牡蠣の養殖方法では、ホタテ等の貝殻が採苗器20として用いられることが多い。本実施態様の牡蠣の養殖方法においても、ホタテの貝殻を採苗器20として用いている。具体的には、図3に示すように、他数枚のホタテの貝殻(採苗器20)を、ワイヤー等の線材40で2cm程度の間隔で連結したものを、着底用フィルター型プール10内の海水に吊るしている。ホタテの貝殻(採苗器20)を線材40で連結したものは、「採苗連」と呼ばれる。
【0045】
7.抑制工程、本養殖工程及び収獲工程
抑制工程S6は、採苗後の採苗器を潮の満ち引きがある浅瀬(干潟)に設置する工程である。本養殖工程S7(筏養殖工程)は、抑制工程S6を終えた後の採苗器を、養分の多い海域に浮かべた筏等から海中に吊るし、採苗器に付着した牡蠣を収穫できる大きさまで成長させる工程である。収穫工程は、本養殖工程S7を終えた牡蠣を収穫する工程である。抑制工程S6、本養殖工程S7及び収獲工程S8については、公知の方法を採用することができるため、詳しい説明を割愛する。抑制工程S6、本養殖工程S7及び収獲工程S8は、それぞれ、対象魚介類に応じて適当な工程に置き換えるか、省略することができる。
【0046】
8.実験
本発明の効果を確認するため、岩牡蠣を対象として以下の要領で実験を行った。
【0047】
8.1 人工授精及び初期飼育
切開法により得た岩牡蠣の卵子と精子とを人工授精させ、受精卵を得た(人工授精工程)。受精卵から孵化した浮遊幼生100万個体程度を、1tタンクに入れた海水中に入れ、体長180~220μm程度に成長するまで初期飼育した(初期飼育工程)。初期飼育は、平均気温25°C程度の環境下で温度調節をせずに行った。初期飼育中、幼生には飼料としてキートセロス及びナンノクロロプシスを適量与え、1tタンク内の海水には連続的にエアレーションを行った。初期飼育に要した日数は、人工授精後8日間程度であった。
【0048】
8.2 輸送実験
[実験1]
北海道ニチモウ株式会社製のウルトラファインバブル生成装置「AQUASILK」を使用し、海水と濃縮酸素とを混合することによって、ウルトラファインバブルを含有する輸送用水を製造した(輸送用水製造工程)。溶存酸素計を用いて測定したところ、輸送用水の溶存酸素量は14.5mg/Lであった。この輸送用水と、「8.1 人工授精及び初期飼育」で得られた岩牡蠣の浮遊幼生とを、容量18Lの輸送容器に入れた。このとき、約100万個体の幼生を、各輸送容器内の幼生の数密度が約1×10個体/Lとなるように、複数の輸送容器に分けて入れた。輸送用水と幼生とが入った輸送容器を、約250km離れた養殖場まで海路及び陸路で輸送した(輸送工程)。輸送には約2日間を要した。輸送中、輸送容器内の輸送用水にはエアレーションを行わなかった。養殖場に到着した幼生は、輸送容器内で約半日間静置した後、海中に浸漬した着底用フィルター型プール10(図3)の中に、ホタテ貝殻製の採苗器20と共に投入した。すると、着底用フィルター型プール10への投入から約4日後にほぼ全ての採苗器に多数の幼生の着底が確認された。
【0049】
[対照実験1]
活魚の輸送に従来用いられてきた角底袋(うなぎ袋)に海水を入れ、濃縮酸素でバブリングを行って溶存酸素量を略飽和状態とした後、「8.1 人工授精及び初期飼育」で得られた岩牡蠣の幼生を入れた。このとき、約100万個体の幼生を、各角底袋内の幼生の数密度が約1×10個体/Lとなるように、複数の角底袋に分けて入れた。海水と幼生とが入った角底袋を、約250km離れた養殖場まで輸送し、上記[実験1]と同様の方法で着底用フィルター型プール10内に採苗器20と共に投入した。しかし、着底用フィルター型プール10への投入から7日経っても、幼生の着底はほとんど確認できなかった。角底袋を用いる代わりに、活魚の輸送に従来用いられてきた低温無水搬送や無水保湿素材を用いた方法も試してみたが、結果は同様であった。
【0050】
以上の実験から、本発明に係る輸送方法を用いることで、従来の方法では輸送が難しかった岩牡蠣の浮遊幼生を衰弱しにくい(元気な)状態で輸送できることが示された。対照実験1では、海水の溶存酸素量を略飽和状態としておいたにもかかわらず、幼生を元気な状態で輸送することができなかった。このことから、ウルトラファインバブルの効果は、単に溶存酸素量を高めることに留まらないことが示唆される。
【0051】
8.3 高密度飼育実験
北海道ニチモウ株式会社製のウルトラファインバブル生成装置「AQUASILK」を使用し、海水と濃縮酸素とを混合することによって、ウルトラファインバブルを含有する飼育用水を製造した(飼育用水製造工程)。溶存酸素計を用いて測定したところ、飼育用水の溶存酸素量は14.5mg/Lであった。この飼育用水は、実験の都合上、製造後3日間程度静置した。
【0052】
容量3Lの飼育容器を5つ(飼育容器A~E)用意し、静置後の飼育用水と、「8.1 人工授精及び初期飼育」で得られた岩牡蠣の浮遊幼生とを、下記の数密度で飼育容器に入れて飼育した(高密度飼育工程)。高密度飼育中は、飼料としてキートセロス及びナンノクロロプシスを与え、飼育用水へのエアレーションは行わなかった。
飼育容器A:約1×10個体/L
飼育容器B:約2×10個体/L
飼育容器C:約3×10個体/L
飼育容器D:約5×10個体/L
飼育容器E:約1×10個体/L
【0053】
浮遊幼生は、斃死すると飼育容器の底に沈むため、目視にて生存又は斃死を判断した。飼育容器A~Cの幼生は、高密度飼育開始後11日目まではほとんど斃死せず、12日後にほぼ全個体が斃死した。飼育容器D及びEの幼生は、高密度飼育開始後3日目まではほとんど斃死せず、4日目にほぼ全個体が斃死した。
【0054】
以上の実験から、本発明に係る飼育方法を用いることで、斃死率が高いことで知られる岩牡蠣の浮遊幼生を高密度で飼育したとしても、数日~10日間程度は斃死率を低く保つことができることが示された。なお、高密度飼育実験の開始時期の浮遊幼生(体長約180~220μm)を熱風で乾燥させて乾燥質量を測定したところ、浮遊幼生約1×10個体の乾燥質量は、約60mg程度であった。
【0055】
9.対象魚介類
本発明に係る魚介類の幼生の輸送方法及び飼育方法並びに魚介類の養殖方法は、これを用いる魚介類の種類を特に限定されない。魚介類としては、例えば、貝類(二枚貝、巻貝、ヒザラガイ、ツノガイ等)、魚類、甲殻類、棘皮動物等が挙げられる。
【0056】
これらのうち、貝類は、幼生が極めて脆弱であり輸送や飼育が従来難しかったところ、本発明を用いることで、貝類の幼生を衰弱しにくい状態で輸送する(又は飼育する)ことができるため、本発明を用いる対象として好適である。特に、固着性の貝類は、一旦採苗器等に固着してしまうと嵩張るため、固着前の浮遊幼生期に輸送を行うことが望ましいところ、浮遊幼生期は極めてデリケートで衰弱しやすいため、本発明を用いて輸送する(又は飼育する)ことの意義が大きい。中でも、牡蠣は市場規模が大きいため、本発明を用いるメリットが大きい。牡蠣としては、例えば、岩牡蠣、真牡蠣、板甫牡蠣、住之江牡蠣、シカメガキ、ヨーロッパヒラガキ等が挙げられる。
【符号の説明】
【0057】
10 着底用フィルター型プール
11 フィルターシート
20 採苗器
30 筏
40 線材
S1 人工授精工程
S2 初期飼育工程
S3 輸送用水製造工程
S4 輸送工程
S5 着底工程
S6 抑制工程
S7 本養殖工程(筏養殖工程)
S8 収獲工程
図1
図2
図3