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特開2023-83966抵抗スポット溶接継手及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023083966
(43)【公開日】2023-06-16
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接継手及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/16 20060101AFI20230609BHJP
   B23K 11/11 20060101ALI20230609BHJP
   B23K 11/24 20060101ALI20230609BHJP
【FI】
B23K11/16 311
B23K11/11 540
B23K11/24 315
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021198001
(22)【出願日】2021-12-06
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
(72)【発明者】
【氏名】竹田 健悟
(72)【発明者】
【氏名】光延 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】吉永 千智
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
【テーマコード(参考)】
4E165
【Fターム(参考)】
4E165AA02
4E165AA03
4E165AB02
4E165AC01
4E165BB02
4E165BB12
4E165CA02
4E165CA05
4E165CA06
4E165DA11
4E165DA13
4E165EA03
(57)【要約】
【課題】高強度鋼板を含む抵抗スポット溶接継手であって、スポット溶接時のLME割れの発生を抑制できる抵抗スポット溶接継手及びその製造方法を提供する。
【解決手段】重ね合わされた複数の鋼板と、前記鋼板を接合するナゲット、並びに、前記ナゲットの周囲に形成されたコロナボンド及び熱影響部を有する溶接部とを備える抵抗スポット溶接継手であって、前記複数の鋼板のうち1枚以上が、引張強さが980MPa以上の高強度鋼板であり、前記高強度鋼板が亜鉛系めっきを有するか、又は、前記高強度鋼板と隣接する鋼板が亜鉛系めっきを有し、前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面において、前記母材表面から10~60μmの深さ領域の硬さが、前記母材表面から1~10μmの深さ領域の硬さ及び前記母材表面から60μm以上の深さ領域の硬さよりも低いことを特徴とする抵抗スポット溶接継手及びその製造方法が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重ね合わされた複数の鋼板と、
前記鋼板を接合するナゲット、並びに、前記ナゲットの周囲に形成されたコロナボンド及び熱影響部を有する溶接部と
を備える抵抗スポット溶接継手であって、
前記複数の鋼板のうち1枚以上が、引張強さが980MPa以上の高強度鋼板であり、
前記高強度鋼板が亜鉛系めっきを有するか、又は、前記高強度鋼板と隣接する鋼板が亜鉛系めっきを有し、
前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面において、
前記母材表面から10~60μmの深さ領域の硬さが、前記母材表面から1~10μmの深さ領域の硬さ及び前記母材表面から60μm以上の深さ領域の硬さよりも低いことを特徴とする、抵抗スポット溶接継手。
【請求項2】
前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面が、重ね合わされた複数の鋼板の重ね面に位置し、
前記母材表面から1~10μmの深さ領域に直径0.1μm未満の析出物が10~200個/μm2の数密度で存在しており、
前記母材表面から10~60μmの深さ領域の固溶C量が0.20質量%未満であることを特徴とする、請求項1に記載の抵抗スポット溶接継手。
【請求項3】
前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面が位置する前記複数の鋼板の重ね面のコロナボンド内における前記亜鉛系めっきのη相の量が20面積%以下であることを特徴とする、請求項2に記載の抵抗スポット溶接継手。
【請求項4】
前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面が、重ね合わされた複数の鋼板の最も外側の表面に位置し、
前記母材表面から1~10μmの深さ領域に直径0.1μm未満の析出物が10~200個/μm2の数密度で存在しており、
前記母材表面から10~60μmの深さ領域の固溶C量が0.20質量%未満であることを特徴とする、請求項1に記載の抵抗スポット溶接継手。
【請求項5】
前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面が位置する前記複数の鋼板の最も外側の表面の溶接部肩部における前記亜鉛系めっきのη相の量が20面積%以下であることを特徴とする、請求項4に記載の抵抗スポット溶接継手。
【請求項6】
重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と、
前記複数の鋼板への加圧を維持しながら前記電極の間の電流値を0まで連続的に低下させる工程と
を備えることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項7】
重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と、
前記複数の鋼板への加圧を維持しながら前記電極の間の電流値を0まで低下させる工程と
を備え、前記ナゲットの形成が完了した時点での電極間の電流値をIと定義し、前記鋼板の単位mmでの合計板厚の1/2をtmと定義した場合に、
前記電極の間の前記電流値を0まで低下させる際又は0まで低下させた後0.04秒未満の間に、前記電極の間の電流値を、0.9×Iから0.3×Iまでの範囲内において、単位secで0.12×tm以上、一定値に保持することを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項8】
重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に予備通電して前記鋼板を予備加熱する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と、
を備えることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項9】
重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と、
前記複数の鋼板への加圧を維持しながら前記電極の間の電流値を0まで低下させる工程と、
前記電極の間の前記電流値を0にした状態で、0.2sec以上0.4sec以下、前記加圧力を0.8×P以上に保持する工程と
を備え、Pは前記ナゲットの形成が完了した時点での加圧力であることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抵抗スポット溶接継手及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車業界では、燃費向上の観点から車体の軽量化が求められている。車体の軽量化と衝突安全性を両立するためには、骨格部品等において使用する鋼板の高強度化が有効な方法の一つであり、このような背景から高強度鋼板の開発が進められている。
【0003】
自動車等で用いられる高強度鋼板は優れた溶接施工性が求められる。自動車車体の組立及び部品の取付けなどの工程では、主として抵抗スポット溶接が利用されているが、特に亜鉛めっき鋼板同士の抵抗スポット溶接又は亜鉛めっき鋼板と非めっき鋼板の抵抗スポット溶接においては、液体金属脆化(Liquid Metal Embrittle:LME)割れを抑制する必要がある。この現象は、溶接入熱により液相化した亜鉛が粒界に沿って鋼板内部に侵入したところに、溶接により発生する引張応力が作用することで生じる割れである。高強度鋼板を用いたスポット溶接において、このようなLME割れが生じると、溶接継手の強度が確保できなくなるために、当該高強度鋼板の使用が阻害される場合がある。
【0004】
これに関連して、特許文献1では、重ね合わされた複数の鋼板が抵抗溶接されてなる接合構造体であって、前記複数の鋼板の内、少なくとも1枚の前記鋼板は、炭素当量Ceqが0.53%以上となる化学成分を有し、引張強度が590MPa以上である高張力鋼板であり、前記高張力鋼板は、重ね合わせ面側と溶接電極側の少なくとも一方の表面に形成される亜鉛系めっき層と母材との間、又は、重ね合される亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層と隣り合う重ね合わせ面に脱炭層を有し、前記脱炭層は、5μm以上、200μm以下の厚さを有することを特徴とする接合構造体が記載されている。また、特許文献1では、母材と比較してA3点が高く、オーステナイト変態(逆変態)しにくい脱炭層が亜鉛系めっき層と母材との間に存在することで、溶接時にHAZ(熱影響部)表層が粗大なオーステナイト組織となりにくく、その結果、溶接時に亜鉛系めっき層の溶融した亜鉛が分散してHAZの結晶粒界へ侵入する亜鉛による脆化が抑制され、溶融亜鉛存在時にたとえ引張応力が働いたとしても割れを防止できると記載されている。
【0005】
特許文献2では、複数の鋼板がスポット溶接されたスポット溶接部材であって、前記複数の鋼板の少なくとも1つが、表面にめっき層を有しない、引張強さが780MPa以上の高強度冷延鋼板であり、前記複数の鋼板の少なくとも1つが、表面に亜鉛系めっき層を有する亜鉛系めっき鋼板であり、スポット溶接部のコロナボンドの内部における表層Zn濃度が1質量%以上、25質量%未満であるスポット溶接部材が記載されている。また、特許文献2では、スポット溶接部のコロナボンドの内部における表層Zn濃度を制御することにより、スポット溶接部材が高強度冷延鋼板を含むにもかかわらず、溶接部におけるもらいLME割れ(高強度鋼板と溶接される相手材が亜鉛系めっき層を有している場合に生じるLME割れ)を抑制することができると記載されている。
【0006】
特許文献3では、所定の成分組成を有し、フェライトの面積率が15%以上55%以下、硬質相の面積率が40%以上85%以下、残留オーステナイトの体積率が4%以上20%以下、前記残留オーステナイト中の炭素濃度が0.55%以上1.10%以下、鋼板中の拡散性水素量が0.80質量ppm以下、表層軟化厚みが5μm以上150μm以下および高温引張試験後の鋼板表層の対応粒界頻度が0.45以下である鋼組織を有し、引張強さが980MPa以上である高強度鋼板が記載されている。また、特許文献3では、高温引張試験後の鋼板表層の対応粒界頻度を0.45以下、かつ、表層軟化厚みを5μm以上150μm以下に制御することで、耐LME特性に優れた高強度鋼板を実現することができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-082102号公報
【特許文献2】特開2020-179413号公報
【特許文献3】国際公開第2020/184154号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般に、LME割れは、比較的高い強度を有する鋼板をスポット溶接した場合にその発生が顕著となり、鋼板を高強度化するほどLME割れの感受性が高まる傾向にあることが知られている。一方で、自動車業界等では、鋼板のさらなる軽量化も求められており、このような軽量化を達成するためには、鋼板をこれまで以上に高強度化する必要が生じる。したがって、従来と同等又はそれ以上の高強度化を行った鋼板を用いてスポット溶接した場合においても、LME割れの課題を解決し得ることに対して継続したニーズがあり、従来技術の溶接部材や高強度鋼板においてもこの観点で依然として改善の余地がある。
【0009】
そこで、本発明は、新規な構成により、高強度鋼板を含む抵抗スポット溶接継手であって、スポット溶接時のLME割れの発生を抑制できる抵抗スポット溶接継手及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、LME割れの発生を抑制又は低減するための手法について、特に抵抗スポット溶接継手において使用される高強度鋼板に着目して検討を行った。その結果、本発明者らは、亜鉛系めっきと接する高強度鋼板の母材表面からの深さ領域を1~10μmの第1の深さ領域、10~60μmの第2の深さ領域、及び60μm以上の第3の深さ領域に分けた場合に、第2の深さ領域の硬さを第1及び第3の深さ領域の硬さよりも低くした3層構造とすることにより、スポット溶接時の変形により高強度鋼板に導入される歪を比較的硬さの軟らかい層(第2の深さ領域)が担うことができ、それによって最表層(第1の深さ領域)における歪の過度な増加を抑えることで鋼板内部への溶融亜鉛の侵入を抑制することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
上記目的を達成し得た本発明は下記のとおりである。
(1)重ね合わされた複数の鋼板と、
前記鋼板を接合するナゲット、並びに、前記ナゲットの周囲に形成されたコロナボンド及び熱影響部を有する溶接部と
を備える抵抗スポット溶接継手であって、
前記複数の鋼板のうち1枚以上が、引張強さが980MPa以上の高強度鋼板であり、
前記高強度鋼板が亜鉛系めっきを有するか、又は、前記高強度鋼板と隣接する鋼板が亜鉛系めっきを有し、
前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面において、
前記母材表面から10~60μmの深さ領域の硬さが、前記母材表面から1~10μmの深さ領域の硬さ及び前記母材表面から60μm以上の深さ領域の硬さよりも低いことを特徴とする、抵抗スポット溶接継手。
(2)前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面が、重ね合わされた複数の鋼板の重ね面に位置し、
前記母材表面から1~10μmの深さ領域に直径0.1μm未満の析出物が10~200個/μm2の数密度で存在しており、
前記母材表面から10~60μmの深さ領域の固溶C量が0.20質量%未満であることを特徴とする、上記(1)に記載の抵抗スポット溶接継手。
(3)前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面が位置する前記複数の鋼板の重ね面のコロナボンド内における前記亜鉛系めっきのη相の量が20面積%以下であることを特徴とする、上記(2)に記載の抵抗スポット溶接継手。
(4)前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面が、重ね合わされた複数の鋼板の最も外側の表面に位置し、
前記母材表面から1~10μmの深さ領域に直径0.1μm未満の析出物が10~200個/μm2の数密度で存在しており、
前記母材表面から10~60μmの深さ領域の固溶C量が0.20質量%未満であることを特徴とする、上記(1)に記載の抵抗スポット溶接継手。
(5)前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面が位置する前記複数の鋼板の最も外側の表面の溶接部肩部における前記亜鉛系めっきのη相の量が20面積%以下であることを特徴とする、上記(4)に記載の抵抗スポット溶接継手。
(6)重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と、
前記複数の鋼板への加圧を維持しながら前記電極の間の電流値を0まで連続的に低下させる工程と
を備えることを特徴とする、上記(1)~(5)のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
(7)重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と、
前記複数の鋼板への加圧を維持しながら前記電極の間の電流値を0まで低下させる工程と
を備え、前記ナゲットの形成が完了した時点での電極間の電流値をIと定義し、前記鋼板の単位mmでの合計板厚の1/2をtmと定義した場合に、
前記電極の間の前記電流値を0まで低下させる際又は0まで低下させた後0.04秒未満の間に、前記電極の間の電流値を、0.9×Iから0.3×Iまでの範囲内において、単位secで0.12×tm以上、一定値に保持することを特徴とする、上記(1)~(5)のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
(8)重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に予備通電して前記鋼板を予備加熱する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と、
を備えることを特徴とする、上記(1)~(5)のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
(9)重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と、
前記複数の鋼板への加圧を維持しながら前記電極の間の電流値を0まで低下させる工程と、
前記電極の間の前記電流値を0にした状態で、0.2sec以上0.4sec以下、前記加圧力を0.8×P以上に保持する工程と
を備え、Pは前記ナゲットの形成が完了した時点での加圧力であることを特徴とする、上記(1)~(5)のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高強度鋼板を含む抵抗スポット溶接継手であって、スポット溶接時のLME割れの発生を抑制できる抵抗スポット溶接継手及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造を模式的に示す図であり、(a)は抵抗スポット溶接継手の製造前の状態を示し、(b)は抵抗スポット溶接を行った際の状態を示している。
図2】2枚の鋼板を重ね合わせた場合の本発明の好ましい実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の模式図である。
図3】3枚の鋼板を重ね合わせた場合の本発明の好ましい実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の模式図である。
図4】製造方法1における電流の経時変化を概略的に示す図である。
図5】製造方法1の好ましい実施形態における電流と加圧力の経時変化を概略的に示す図である。
図6】製造方法2における電流の経時変化を概略的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<抵抗スポット溶接継手>
本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手は、
重ね合わされた複数の鋼板と、
前記鋼板を接合するナゲット、並びに、前記ナゲットの周囲に形成されたコロナボンド及び熱影響部を有する溶接部と
を備え、
前記複数の鋼板のうち1枚以上が、引張強さが980MPa以上の高強度鋼板であり、
前記高強度鋼板が亜鉛系めっきを有するか、又は、前記高強度鋼板と隣接する鋼板が亜鉛系めっきを有し、
前記高強度鋼板の母材が前記亜鉛系めっきと接する母材表面において、
前記母材表面から10~60μmの深さ領域の硬さが、前記母材表面から1~10μmの深さ領域の硬さ及び前記母材表面から60μm以上の深さ領域の硬さよりも低いことを特徴としている。
【0015】
先に述べたとおり、LME割れは、比較的高い強度を有する鋼板をスポット溶接した場合にその発生が顕著となり、鋼板を高強度化するほどLME割れの感受性が高まる傾向にあることが知られている。高強度鋼板を少なくとも1枚以上含む2枚以上の鋼板を重ねてスポット溶接して継手を作製する際、打角(電極の軸方向と、鋼板の表面に垂直な方向とがなす角度)や板間の隙間などの外乱の程度が増大すると、溶接金属(ナゲット)の外側に形成される圧接部(コロナボンド)の内部若しくはそのすぐ外側又は電極側の表面でLME割れが発生する場合がある。LME割れは、亜鉛が溶融した状態又は融点に近い温度で引張応力が負荷されると発生する。その引張応力の大きさは、電極による加圧力や溶接部の膨張収縮、電極解放時のスプリングバックなど多くの要因に影響される。LME割れの発生はこのように温度や引張応力の大きさに影響されるため、LME割れを抑制するためには、温度や引張応力の上昇を抑制することが重要となる。しかしながら、接合に十分なナゲット径を得るためには溶接入熱を高めて温度上昇を図る必要がある。このため、温度上昇を抑制することは困難な場合がある。そこで、本発明者らは、スポット溶接時に負荷される応力を抑制又は低減することでLME割れに対処すべく、抵抗スポット溶接継手において使用される高強度鋼板に着目し、当該高強度鋼板の構成をより適切なものとする観点から検討を行った。
【0016】
より具体的には、本発明者らは、まず、LME割れの発生には、スポット溶接の際に負荷される応力に起因して高強度鋼板の表層に導入される“歪”の影響が大きいことを見出した。例えば、同じ通電サイクル(熱履歴)であっても、鋼板の塑性変形量を大きくするようにスポット溶接を行うと、LME割れの発生が顕著となることがわかった。LME割れが“歪”の増加に伴って生じやすくなる理由は、鋼板表層における歪の増加に伴い、鋼板の表層から内部への溶融亜鉛の侵入が起こりやすくなるためと考えられる。したがって、鋼板表層における歪の増加を防ぐことで、高強度鋼板をスポット溶接して溶接継手を製造した場合においてもLME割れの発生を抑えることが可能となる。本発明者らは、鋼板表層の歪増加を防ぐための手段として、鋼板表層において板厚方向に硬度差を与えることが有効であることを見出した。具体的には、亜鉛系めっきと接する高強度鋼板の母材表面からの深さを1~10μmの第1の深さ領域、10~60μmの第2の深さ領域、及び60μm以上の第3の深さ領域に分けた場合に、第2の深さ領域の硬さが第1及び第3の深さ領域の硬さよりも低くなるように制御される。高強度鋼板の板厚方向における母材表面からの深さ領域を第2の深さ領域の硬さが第1及び第3の深さ領域の硬さよりも低くなるよう制御された3層構造とすることにより、スポット溶接時の変形により高強度鋼板の表層に導入される歪を比較的硬さの軟らかい層(第2の深さ領域)が担うことができ、それによって最表層(第1の深さ領域)における応力の上昇ひいては歪の過度な増加を抑えることが可能となる。したがって、上記の3層構造からなる深さ領域を有する高強度鋼板を使用することで、スポット溶接時における溶融亜鉛の鋼板内部への侵入を抑制してLME割れの発生を顕著に抑制又は防止することができ、その結果として健全な継手強度を有する抵抗スポット溶接継手を得ることが可能となる。
【0017】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手についてより詳しく説明するが、これらの説明は、本発明の好ましい実施形態の単なる例示を意図するものであって、本発明をこのような特定の実施形態に限定することを意図するものではない。
【0018】
図1は、本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造を模式的に示す図であり、図1(a)は抵抗スポット溶接継手の製造前の状態を示し、図1(b)は抵抗スポット溶接を行った際の状態を示している。図1(a)を参照すると、980MPa以上の引張強さを有する高強度鋼板11がその両方の表面に亜鉛系めっき12を有しており、当該高強度鋼板11が亜鉛系めっきを有していない鋼板11’と重ね面15において隣接した状態で重ね合わされている。次に、図1(b)において示すように、重ね合わされた2枚の鋼板が対向する一対の電極Aを用いて加圧される。そして、2枚の鋼板を加圧しながら電極Aの間に通電することによりナゲット13及びコロナボンド14が形成され、最終的に、重ね合わされた2枚の鋼板11及び11’と、これらの鋼板を接合するナゲット13並びに当該ナゲット13の周囲に形成されたコロナボンド14及び熱影響部16を有する溶接部17とを備えた抵抗スポット溶接継手1が製造される。ナゲット13の形状及び構造等は特に限定されないが、例えば、ナゲット13は一重構造又は二重構造を有し、好ましくは一重構造を有する。抵抗スポット溶接の際にナゲットが凝固する程度の短時間のクール時間(無通電時間)を経た後、再通電を行う場合がある。このような場合には、クール時の冷却と再通電後の冷却とで2段階の冷却を行うため、ナゲットが二重構造を有することとなる。本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1は、このようなクール時間の有無に関係なく製造できるため、ナゲット13は一重構造と二重構造の両方が可能であるが、好ましい実施形態によれば、抵抗スポット溶接継手1のナゲット13は一重構造を有する。
【0019】
図1(b)においては、高強度鋼板11がその両方の表面に亜鉛系めっき12を有するため、高強度鋼板11の母材が亜鉛系めっき12と接する母材表面は、重ね面15と、その反対側すなわち重ね合わされた2枚の鋼板の最も外側(電極A側)の表面の両方に位置することとなる。この場合には、スポット溶接時の変形により高強度鋼板11に導入される歪に起因して、高強度鋼板11の両側すなわち重ね面15側と電極A側の両方においてLME割れが生じる可能性がある。より具体的には、例えば、重ね面15のコロナボンド14の内部又はそのすぐ外側や、電極A側の表面の熱影響部(例えば電極圧痕部の外縁に対応する溶接部肩部18又はその周辺)などにおいてLME割れが生じる可能性がある。しかしながら、本発明の実施形態によれば、高強度鋼板11の母材表面からの深さ領域が、上記のとおり第2の深さ領域の硬さが第1及び第3の深さ領域の硬さよりも低くなるよう制御された3層構造を有することで、第2の深さ領域がスポット溶接時の変形により鋼板に導入される歪を第1の深さ領域よりも多く吸収することが可能となり、その結果として高強度鋼板11の重ね面15側と電極A側の両方においてLME割れの発生を抑制することが可能となる。
【0020】
図1(a)及び(b)では、理解を容易にするため、2枚の鋼板のみを重ね合わせて、しかも一方の高強度鋼板11のみに亜鉛系めっき12を施した溶接継手の場合について説明したが、本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1は、必ずしもこのような溶接継手には限定されず、高強度鋼板11の母材が亜鉛系めっき12と接する種々の構成を有する溶接継手を包含し得る。例えば、980MPa以上の引張強さを有する高強度鋼板11が亜鉛系めっき12を有する場合には、2枚以上の複数の鋼板、例えば3枚の鋼板のうち少なくとも1枚の高強度鋼板11が一方又は両方の表面に亜鉛系めっき12を有していればよく、他の鋼板は高強度鋼板11であってもよいし又は高強度鋼板11でなくてもよい。また、これらの他の鋼板は亜鉛系めっき12を有していてもよいし又は亜鉛系めっき12を有していなくてもよい。図1(a)及び(b)では、高強度鋼板11が両方の表面に亜鉛系めっき12を有している場合について示しているが、例えば、高強度鋼板11が重ね面15側のみに亜鉛系めっき12を有していてもよい。この場合には、重ね面15のコロナボンド14の内部又はそのすぐ外側などにおいてLME割れが生じる可能性があるものの、本発明の実施形態によれば、亜鉛系めっき12を備えた高強度鋼板11の母材表面からの深さ領域が上記の3層構造を有するため、第2の深さ領域がスポット溶接時の変形により鋼板に導入される歪を確実に吸収することで、高強度鋼板11の重ね面15側のコロナボンド14の内部やそのすぐ外側などにおいてLME割れが発生するのを確実に抑制することができる。同様に、高強度鋼板11が電極A側のみに亜鉛系めっき12を有する場合には、通常は、電極A側の表面の熱影響部などにおいてLME割れが生じる可能性があるものの、本発明の実施形態によれば、亜鉛系めっき12を備えた高強度鋼板11の母材表面からの深さ領域が上記の3層構造を有するため、第2の深さ領域がスポット溶接時の変形により鋼板に導入される歪を確実に吸収することで、高強度鋼板11の電極A側の表面の熱影響部などにおいてLME割れが発生するのを確実に抑制することができる。
【0021】
一方で、高強度鋼板11が亜鉛系めっき12を有していない場合には、1枚以上の他の鋼板のうち当該高強度鋼板11と重ね合わされる鋼板が少なくとも重ね面15側に亜鉛系めっき12を有していればよい。これら2枚の鋼板以外に追加の鋼板を含む場合には、当該追加の鋼板は高強度鋼板11であってもよいし又は高強度鋼板11でなくてもよく、亜鉛系めっき12を有していてもよいし又は亜鉛系めっき12を有していなくてもよい。例えば、両方の表面に亜鉛系めっき12を有する比較的低い引張強さの鋼板11’の両側に亜鉛系めっき12を有していない高強度鋼板11を重ね合わせた3枚組の鋼板をスポット溶接する場合には、鋼板11’の両側の重ね面15側のコロナボンド14の内部等でLME割れが生じる可能性がある。しかしながら、他の2枚の高強度鋼板11として上記の3層構造からなる深さ領域を有する高強度鋼板を使用することで、これらの高強度鋼板における第2の深さ領域がスポット溶接時の変形により鋼板に導入される歪を確実に吸収することで、高強度鋼板11の重ね面15側のコロナボンド14の内部等においてLME割れが発生するのを確実に抑制することができる。
【0022】
図2は、2枚の鋼板を重ね合わせた場合の本発明の好ましい実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の模式図である。図2(a)及び(b)の両方において、高強度鋼板11は両方の表面に亜鉛系めっき12を有し、図2(a)は図1の場合と同様の構成を有するのに対し、図2(b)は、亜鉛系めっき12を有する2枚の高強度鋼板11が重ね面15において隣接した状態で重ね合わされている。図2(a)では、図1に関連して説明したとおり、1枚の高強度鋼板11の重ね面15側と電極A側の2つの領域がLME割れのリスクにさらされることになる。一方で、図2(b)では、重ね面15側と各高強度鋼板11の電極側の合計3つの領域がLME割れのリスクにさらされることになる。しかしながら、高強度鋼板11の母材表面からの深さ領域を上記のとおり10~60μmの第2の深さ領域の硬さが1~10μmの第1の深さ領域及び60μm以上の第3の深さ領域の硬さよりも低くした3層構造とすることで、上記の全ての領域においてLME割れのリスクを回避することができるか又は確実に抑制することができる。また、図2(b)において、2枚の高強度鋼板11のうち一方のみを上記3層構造を有する鋼板としてもよく、このような実施形態も本発明に包含される。この場合、両方の高強度鋼板11が上記3層構造を有する抵抗スポット溶接継手の場合と比較して継手強度が幾分低下する可能性はあるものの、上記3層構造を有する高強度鋼板を使用する枚数及び位置は、所望の継手強度等を考慮して適宜決定すればよい。
【0023】
図3は、3枚の鋼板を重ね合わせた場合の本発明の好ましい実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の模式図である。図3(a)~(e)の全ての実施形態において、高強度鋼板11は両方の表面に亜鉛系めっき12を有している。この場合、高強度鋼板11の全ての母材表面が亜鉛系めっき12と接することになる。このため、図3(a)~(e)では、高強度鋼板11が配置される重ね面15側及び電極側の全ての領域がLME割れのリスクにさらされることになる。しかしながら、高強度鋼板11の母材表面からの深さ領域を上記のとおり10~60μmの第2の深さ領域の硬さが1~10μmの第1の深さ領域及び60μm以上の第3の深さ領域の硬さよりも低くした3層構造とすることで、上記の全ての領域においてLME割れのリスクを回避することができるか又は確実に抑制することができる。また、図3(c)~(e)において、複数枚の高強度鋼板11のうち一枚のみを上記3層構造を有する鋼板としてもよく、このような実施形態も本発明に包含される。この場合、全ての高強度鋼板11が上記3層構造を有する抵抗スポット溶接継手の場合と比較して継手強度が幾分低下する可能性はあるものの、上記3層構造を有する高強度鋼板を使用する枚数及び位置は、所望の継手強度等を考慮して適宜決定すればよい。
【0024】
図3(a)~(e)では、理解を容易にするため、全ての高強度鋼板11が両方の表面に亜鉛系めっき12を有している場合について説明したが、本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1は、必ずしもこのような溶接継手には限定されず、高強度鋼板11の母材が亜鉛系めっき12と接する種々の構成を有する溶接継手を包含し得る。例えば、高強度鋼板11が亜鉛系めっき12を有する場合には、少なくとも1枚の高強度鋼板11が一方又は両方の表面に亜鉛系めっき12を有していればよく、他の鋼板は高強度鋼板11であってもよいし又は高強度鋼板11でなくてもよい。また、これらの他の鋼板は亜鉛系めっき12を有していてもよいし又は亜鉛系めっき12を有していなくてもよい。一方で、高強度鋼板11が亜鉛系めっき12を有していない場合には、2枚の他の鋼板のうち当該高強度鋼板11と重ね合わされる鋼板が少なくとも重ね面15側に亜鉛系めっき12を有していればよい。残りの1枚の鋼板は高強度鋼板11であってもよいし又は高強度鋼板11でなくてもよく、亜鉛系めっき12を有していてもよいし又は亜鉛系めっき12を有していなくてもよい。以下、本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手において使用される高強度鋼板についてより詳しく説明する。
【0025】
[高強度鋼板]
本発明の実施形態に係る高強度鋼板は、980MPa以上の引張強さを有し、亜鉛系めっきと接する母材表面からの深さ領域を第2の深さ領域(母材表面から10~60μmの深さ領域)の硬さが第1及び第3の深さ領域(母材表面から1~10μm及び60μm以上の深さ領域)の硬さよりも低くなるよう制御された3層構造とする任意の材料であってよい。一般的に、鋼板は強度が高くなるほどLME割れに対する感受性が高まる傾向にあり、引張強さが980MPa以上の場合にその傾向が特に強くなる。したがって、980MPa以上の引張強さを有する高強度鋼板に対して上記の3層構造を適用することで、LME割れの抑制効果が特に顕著なものとなる。例えば、引張強さは1080MPa以上、1180MPa以上又は1200MPa以上であってもよい。上限は特に限定されないが、例えば、引張強さは2300MPa以下、2000MPa以下、1800MPa以下又は1500MPa以下であってもよい。引張強さは、試験片の長手方向が鋼板の圧延直角方向と平行になる向きからJIS5号試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に準拠して引張試験を行うことで測定される。
【0026】
第2の深さ領域の硬さは、第1及び第3の深さ領域の硬さよりも低ければよく特に限定されない。ここで、本発明において、第2の深さ領域(母材表面から10~60μmの深さ領域)の硬さとは、第2の深さ領域の平均ビッカース硬さをいうものである。したがって、本発明において、「第2の深さ領域(母材表面から10~60μmの深さ領域)の硬さが第1及び第3の深さ領域(母材表面から1~10μm及び60μm以上の深さ領域)の硬さよりも低い」とは、第2の深さ領域の平均ビッカース硬さが第1及び第3の深さ領域の平均ビッカース硬さよりも低いことを意味する。例えば、第2の深さ領域の平均ビッカース硬さは、第1及び/又は第3の深さ領域の平均ビッカース硬さの0.98倍以下であってもよい。第1の深さ領域に生じる歪の増加を抑える観点からは、第2の深さ領域の平均ビッカース硬さは相対的により低いことが好ましい。したがって、第2の深さ領域の平均ビッカース硬さは、第1及び/又は第3の深さ領域の平均ビッカース硬さの0.95倍以下であることが好ましく、0.92倍以下であることがより好ましく、0.90倍以下であることが最も好ましい。下限は特に限定されないが、例えば、第2の深さ領域の平均ビッカース硬さは、第1及び/又は第3の深さ領域の平均ビッカース硬さの0.60倍以上又は0.70倍以上であってもよい。
【0027】
本発明において、「第1の深さ領域の硬さ」、「第2の深さ領域の硬さ」及び「第3の深さ領域の硬さ」は、JIS Z 2244-1:2020に準拠したビッカース硬さ試験を行うことで以下のようにして決定される。まず、高強度鋼板の熱影響を受けていない熱影響部の外側領域における母材表面から2μmの深さ位置から板厚方向に3μm間隔で3点のビッカース硬さを押し込み荷重20g重で測定し、それらの平均値が第1の深さ領域の硬さとして決定される。次に、母材表面から10μmの深さ位置から板厚方向に10μm間隔で6点のビッカース硬さを押し込み荷重20g重で測定し、それらの平均値が第2の深さ領域の硬さとして決定される。最後に、母材表面から60μmの深さ位置から板厚方向に100μm間隔で5点のビッカース硬さを押し込み荷重20g重で測定し、それらの平均値が第3の深さ領域の硬さとして決定される。
【0028】
[高強度鋼板の好ましい実施形態]
以下、第2の深さ領域の硬さが第1及び第3の深さ領域の硬さよりも低くなるよう制御された3層構造からなる深さ領域を有する高強度鋼板を実現するための好ましい構成について説明するが、これらの説明は、本発明の好ましい実施形態の単なる例示を意図するものであって、本発明をこのような特定の実施形態に限定することを意図するものではない。
【0029】
[母材表面から1~10μmの第1の深さ領域における直径0.1μm未満の析出物の数密度が10~200個/μm2
高強度鋼板では、母材表面から1~10μmの第1の深さ領域において直径0.1μm未満の析出物を10~200個/μm2の数密度で存在させることが好ましい。このような微細な析出物が多数存在することにより、第1の深さ領域の鋼板組織が微細化し、その結果、鋼板の第1の深さ領域における強度及び硬さを第2の深さ領域の強度及び硬さよりも高くすることができる。このため、スポット溶接時に高温まで加熱された段階での第1の深さ領域における鋼板の変形抵抗を増加させることができる。したがって、スポット溶接時に電極を鋼板に押し付けて通電させ、高温保持中に荷重を加える際、鋼板の第1の深さ領域における塑性歪の増加を抑えることができる。溶接時の変形抵抗を高めてLME割れを抑制する観点から、第1の深さ領域における直径0.1μm未満の析出物の数密度下限値を10個/μm2以上とすることが好ましく、15個/μm2以上、30個/μm2以上、60個/μm2以上又は90個/μm2以上であってもよい。一方で、析出物の数密度が多すぎると、高密度に酸化物が存在することで鋼板表面の電気抵抗が増加し、鋼板表層における発熱量が高くなり、その結果として溶接性が低下する場合がある。このため、第1の深さ領域における直径0.1μm未満の析出物の数密度は200個/μm2以下とすることが好ましく、150個/μm2以下又は120個/μm2以下であってもよい。上記の析出物は、任意の析出物であってよく特に限定されないが、例えばTi析出物、W析出物を含み、より具体的にはTi酸化物、Ti炭化物を含む。本発明における析出物とは、例えば酸化物や炭化物の粒子であり、TiO、TiO2、Ti23、Ti35、TiCである。
【0030】
[母材表面から1~10μmの第1の深さ領域における直径0.1μm未満の析出物の数密度の測定方法]
母材表面から1~10μmの第1の深さ領域における析出物の直径と数密度の測定は、鋼の断面における組織観察を行うことで決定される。析出物の分散状態はRD方向(鋼板の圧延方向)又はTD方向(鋼板の幅方向)のそれぞれの観察の方向で変わらないため、ND面(母材表面)に対して垂直な面において組織観察を行えばよい。試料は高強度鋼板の熱影響を受けていない熱影響部の外側領域における母材表面から採取される。機械研磨により研磨面を鏡面に仕上げる予備処理を施した素材の表層部分から、集束イオンビーム(FIB:Focus Ion Beam)加工装置により、観察用の試料を切り出し、電界放出型透過型電子顕微鏡(FE-TEM:Field Emission Transmission Electron Microscopy)による倍率が5万倍での観察と、エネルギー分散型X線検出器(EDX:Energy Dispersive X-raySpectrometry)による組成分析を併用し、析出物の特定とともに個々の析出物粒子の直径を求める。観察の視野は、板厚方向に10μmであり、かつ、板厚方向を2次元図である観察像における高さ方向とする時に、この高さ方向に直交する横方向の長さが5μmである領域、即ち50μm2とし、観察及び組成分析で得た直径0.1μm未満の析出物の総数を、この面積で除すことにより、単位面積あたりの析出物の個数(数密度)を求める。また、この領域が含まれる寸法であれば観察に供する試料の面積に制限はないものの、後述する表層部の固溶C量を測定するために試料の高さは60μm超であることが望ましい。更に、試料の膜厚が変わると測定される炭化物の総数は変化し得るため、試料の膜厚は10~30nmとし、15~25nmの膜厚で試料を作製することが好ましい。
【0031】
[母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量が0.20質量%未満]
一般的に、固溶C量は鋼の強度に影響を与え、固溶C量が多いほど変形抵抗が増加する。一方で固溶C量が少ないほど鋼の強度が低下し、すなわち鋼が比較的軟らかくなる。先に述べたとおり、スポット溶接時にLME割れが発生するのを抑えるためには、鋼板表層における歪の増加を防ぐことが重要である。したがって、本発明の実施形態に係る高強度鋼板では、母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量を少なくすること、好ましくは鋼板全体のC含有量と比較して少なくすることで、第2の深さ領域の強度及び硬さを第1の深さ領域よりも低下させることができる。その結果として、第2の深さ領域が、スポット溶接時の熱間変形により鋼板に導入される歪を第1の深さ領域よりも多く吸収することが可能となり、LME割れを抑えることが可能となる。第2の深さ領域の固溶C量が高すぎると、第2の深さ領域における鋼の強度及び硬さが増し、第1の深さ領域に生じる歪の増加を第2の深さ領域が十分に抑制することができない場合がある。このため、第2の深さ領域の固溶C量は0.20質量%未満とすることが好ましく、0.19質量%以下、0.18質量%以下又は0.17質量%以下であってもよい。下限値は特に限定されず0質量%であってもよい。例えば、固溶C量は0.01質量%以上、0.05質量%以上又は0.10質量%以上であってもよい。
【0032】
[母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量の測定方法]
第2の深さ領域の固溶C量は、第1の深さ領域における析出物の数密度の測定方法に関連して説明した手順と同様にして評価用の試料を切り出し、FE-TEMによる観察及びEDXによる分析から求める。母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の組成を求めるため、試料の高さは少なくとも60μm超である必要がある。Cが固溶Cではなく析出物として存在する場合、その存在形態は酸化物を含む非金属介在物と炭化物の2種に限定される。酸化物を含む非金属介在物や炭化物におけるCの濃度は、鋼板の平均成分値の2倍を超える値を持つ。このため、母材表面から10~60μmの第2の深さ領域におけるFE-TEM及びEDXによるマップ分析値において、鋼板の平均組成の2倍以下の領域を鋼母相とみなし、その領域の平均C量を固溶C量とする。
【0033】
高強度鋼板全体の化学組成におけるC含有量は0.20~0.40質量%であることが好ましい。本発明の実施形態に係る高強度鋼板では、母材表面から10~60μmの第2の深さ領域よりも内部(鋼板の深さ方向中心)側では、平均炭素濃度が母材の炭素濃度とほぼ同じか又は完全に同じとなる。このため、高強度鋼板のC含有量を0.20~0.40質量%とすることで、母材表面から10~60μmの第2の深さ領域と比較して、より硬い層が母材表面から60μm以上深い領域に存在することを確実にすることができる。高強度鋼板のC含有量は0.21質量%以上、0.22質量%以上、0.23質量%以上又は0.24質量%以上であってもよい。同様に、高強度鋼板のC含有量は0.38質量%以下、0.36質量%以下又は0.34質量%以下であってもよい。
【0034】
[板厚]
高強度鋼板の板厚は、特に限定されないが、剛性を高める観点からは0.2mm以上であることが好ましく、0.3mm以上、0.6mm以上、1.0mm以上又は2.0mm以上であってもよい。一方で、板厚が厚すぎると、張出成形時の成形荷重が増加し、金型の損耗や生産性の低下を招く場合がある。このため、高強度鋼板の板厚は6.0mm以下であることが好ましく、5.0mm以下又は4.0mm以下であってもよい。
【0035】
上記の好ましい高強度鋼板を用いた場合のより具体的な実施形態としては、亜鉛系めっきと接する高強度鋼板の母材表面が、重ね合わされた複数の鋼板の重ね面に位置する実施形態1と、重ね合わされた複数の鋼板の最も外側(すなわち電極側)の表面に位置する実施形態2と、その両方(実施形態3)とが挙げられ、下記のとおりである。
[実施形態1]
高強度鋼板の母材が亜鉛系めっきと接する母材表面が、重ね合わされた複数の鋼板の重ね面に位置し、当該母材表面から1~10μmの第1の深さ領域に直径0.1μm未満の析出物が10~200個/μm2の数密度で存在しており、当該母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量が0.20質量%未満である。
[実施形態2]
高強度鋼板の母材が亜鉛系めっきと接する母材表面が、重ね合わされた複数の鋼板の最も外側の表面に位置し、当該母材表面から1~10μmの第1の深さ領域に直径0.1μm未満の析出物が10~200個/μm2の数密度で存在しており、当該母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量が0.20質量%未満である。
[実施形態3]
高強度鋼板の母材が亜鉛系めっきと接する母材表面が、重ね合わされた複数の鋼板の重ね面及び最も外側の表面に位置し、当該母材表面から1~10μmの第1の深さ領域に直径0.1μm未満の析出物が10~200個/μm2の数密度で存在しており、当該母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量が0.20質量%未満である。
【0036】
[複数の鋼板の重ね面のコロナボンド内における亜鉛系めっきのη相の量が20面積%以下]
実施形態1及び3に関連する本発明のさらに好ましい実施形態によれば、高強度鋼板の母材が亜鉛系めっきと接する母材表面が位置する複数の鋼板の重ね面のコロナボンド内における亜鉛系めっきのη相の量は20面積%以下である。亜鉛系めっきのη相とは、Znを主体(例えばZn含有量が95~100質量%)とし、Feなどの他の元素が固溶状態で含まれている相を意味する。溶接の入熱によって亜鉛系めっきと鋼板との間で合金化が進行すると、鋼板の重ね面に形成されるコロナボンド内において、初期の亜鉛系めっきからZnを主体とするη相の割合が減少することとなる。通常の溶接方法と比較して、より入熱の多い溶接方法を実施することで、亜鉛系めっきと鋼板との間の合金化をさらに促進させることができるため、コロナボンド内における亜鉛系めっきのη相の量を20面積%以下まで低減することが可能となる。スポット溶接時の入熱によって重ね面側の亜鉛系めっきの合金化が進行することで当該亜鉛系めっきの融点が高くなる。このため、η相の割合が比較的高い場合と比較して、溶融亜鉛の鋼板内部への侵入を抑制又は低減することができ、重ね面におけるLME割れの抑制効果をさらに高めることが可能となる。LME割れの抑制効果を高める観点からは、コロナボンド内における亜鉛系めっきのη相の量はより小さいことが好ましく、例えば18面積%以下又は15面積%以下であってもよい。
【0037】
コロナボンド内における亜鉛系めっきのη相の面積率の測定は、以下のようにして行われる。SEM-EDSにより溶接部断面におけるコロナボンドのZn及びFe元素分布像を撮影する。その像におけるη相を、Zn濃度が95%以上及びFe濃度が5%以下の領域と定義する。この定義を満たす部分とそれ以外の部分を画像解析ソフトにより二値化し、コロナボンド内の亜鉛系めっきに占めるη相の面積率を算出する。測定領域は、例えば横方向に100μm、高さ方向に10μmの矩形とすればよい。ただし、高さ方向はコロナボンド内めっき層厚みに応じて増加させる必要がある。合計のめっき層厚みが10μmを超える場合は測定領域の高さは10μmを超える値に設定する。この測定領域の内のη相の面積を同領域内のZnが存在する領域の面積で除せばη相の面積率が求まる。η相の面積率は、コロナボンドの外側端部で測定する。
【0038】
[複数の鋼板の最も外側の表面の溶接部肩部における亜鉛系めっきのη相の量が20面積%以下]
実施形態2及び3に関連する本発明のさらに好ましい実施形態によれば、高強度鋼板の母材が亜鉛系めっきと接する母材表面が位置する複数の鋼板の最も外側すなわち電極側の表面の溶接部肩部における亜鉛系めっきのη相の量は20面積%以下である。溶接の入熱によって亜鉛系めっきと鋼板との間で合金化が進行すると、先に説明したコロナボンド内だけでなく、電極側の熱影響部内においても、初期の亜鉛系めっきからZnを主体とするη相の割合が減少することとなる。したがって、通常の溶接方法と比較して、より入熱の多い溶接方法を実施することで、亜鉛系めっきと鋼板との間の合金化をさらに促進させることができるため、電極側の熱影響部内における亜鉛系めっきのη相の量を20面積%以下まで低減することが可能となる。本実施形態においては、電極側の熱影響部を代表して溶接部肩部における亜鉛系めっきのη相の量が規定される。先に説明したのと同様に、スポット溶接時の入熱によって電極側の亜鉛系めっきの合金化が進行することで当該亜鉛系めっきの融点が高くなる。このため、η相の割合が比較的高い場合と比較して、溶融亜鉛の鋼板内部への侵入を抑制又は低減することができ、電極側の表面におけるLME割れの抑制効果をさらに高めることが可能となる。LME割れの抑制効果を高める観点からは、溶接部肩部における亜鉛系めっきのη相の量はより小さいことが好ましく、例えば18面積%以下又は15面積%以下であってもよい。
【0039】
溶接部肩部における亜鉛系めっきのη相の面積率の測定は、以下のようにして行われる。SEM-EDSにより溶接部断面における溶接部肩部の外側境界(溶接中の電極加圧を受け電極形状を反映した曲率を持つ部分から、電極が接触しない平坦な部分に急に形状を変化する部位)を中心とした横方向に100μm、高さ方向に10μmの矩形の範囲のZn及びFe元素分布像を撮影する。ただし、高さ方向は上記肩部のめっき層厚みに応じて増加させる必要がある。合計のめっき層厚みが10μmを超える場合は測定領域の高さは10μmを超える値に設定する。その像におけるη相を、Zn濃度が95%以上及びFe濃度が5%以下の領域と定義する。この定義を満たす部分とそれ以外の部分を画像解析ソフトにより二値化し、溶接部肩部における亜鉛系めっきに占めるη相の面積率を算出する。具体的には、この測定領域の内のη相の面積を同領域内のZnが存在する領域の面積で除せばη相の面積率が求まる。
【0040】
[高強度鋼板の好ましい化学組成]
先に述べたとおり、本発明の実施形態に係る高強度鋼板は、980MPa以上の引張強さを有し、亜鉛系めっきと接する母材表面からの深さ領域を第2の深さ領域の硬さが第1及び第3の深さ領域の硬さよりも低くなるよう制御された3層構造とする任意の材料であってよい。したがって、高強度鋼板の化学組成は、特に限定されず、上記の要件を満たす範囲で適切に決定すればよい。より詳しくは、本発明は、上記のとおり、高強度鋼板を含み、スポット溶接時のLME割れの発生を抑制できる抵抗スポット溶接継手を提供することを目的とするものであって、980MPa以上の引張強さを有し、上記の3層構造からなる深さ領域を有する高強度鋼板を使用することによって当該目的を達成するものである。したがって、高強度鋼板の化学組成自体は、本発明の目的を達成する上で必須の技術的特徴でないことは明らかである。以下、本発明の実施形態に係る高強度鋼板の好ましい化学組成について詳しく説明するが、これらの説明は、上記の要件を満たすための高強度鋼板の好ましい化学組成の単なる例示を意図するものであって、本発明をこのような特定の化学組成を有する高強度鋼板に限定することを意図するものではない。また、以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。さらに、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0041】
[C:0.20~0.40%]
Cは、安価に引張強さを増加させる元素であり、鋼の強度を制御するために重要な元素である。このような効果を十分に得るために、C含有量は0.20%以上とすることが好ましい。C含有量は0.21%以上、0.22%以上、0.23%以上又は0.24%以上であってもよい。一方で、Cを過度に含有すると、伸びの低下を招く場合がある。このため、C含有量は0.40%以下とすることが好ましい。C含有量は0.38%以下、0.36%以下又は0.34%以下であってもよい。
【0042】
[Si:0.01~2.00%]
Siは、脱酸剤として作用し、冷延板焼鈍中の冷却過程における炭化物の析出を抑制する元素である。このような効果を十分に得るために、Si含有量は0.01%以上とすることが好ましい。Si含有量は0.10%以上、0.30%以上又は0.80%以上であってもよい。一方で、Siを過度に含有すると、鋼強度の増加とともに伸びの低下を招く場合がある。このため、Si含有量は2.00%以下とすることが好ましい。Si含有量は1.80%以下、1.50%以下又は1.20%以下であってもよい。
【0043】
[Mn:0.10~4.00%]
Mnは、鋼のフェライト変態に影響を与える因子であり、強度上昇に有効な元素である。このような効果を十分に得るために、Mn含有量は0.10%以上とすることが好ましい。Mn含有量は0.50%以上、1.00%以上又は1.50%以上であってもよい。一方で、Mnを過度に含有すると、鋼強度の増加とともに伸びの低下を招く場合がある。このため、Mn含有量は4.00%以下とすることが好ましい。Mn含有量は3.30%以下、3.00%以下又は2.70%以下であってもよい。
【0044】
[P:0.0200%以下]
Pは、フェライト粒界に強く偏析し粒界の脆化を促す元素である。P含有量は少ないほど好ましいため、理想的には0%である。しかしながら、P含有量の過度な低減はコストの大幅な増加を招くため、P含有量は0.0001%以上としてもよく、0.0010%以上又は0.0050%以上であってもよい。一方で、Pを過度に含有すると、上記のとおり粒界偏析により鋼の脆化を招く場合がある。このため、P含有量は0.0200%以下とすることが好ましい。P含有量は0.0180%以下、0.0150%以下又は0.0100%以下であってもよい。
【0045】
[S:0.0200%以下]
Sは、鋼中でMnS等の非金属介在物を生成し、鋼材部品の延性の低下を招く元素である。S含有量は少ないほど好ましいため、理想的には0%である。しかしながら、S含有量の過度な低減はコストの大幅な増加を招くため、S含有量は0.0001%以上としてもよく、0.0002%以上、0.0010%以上又は0.0050%以上であってもよい。一方で、Sを過度に含有すると、冷間成形時に非金属介在物を起点とした割れの発生を招く場合がある。このため、S含有量は0.0200%以下とすることが好ましい。S含有量は0.0180%以下、0.0150%以下又は0.0100%以下であってもよい。
【0046】
[Al:1.500%以下]
Alは、鋼の脱酸剤として作用しフェライトを安定化する元素であり、必要に応じて含有されてもよい。Alは含有されていなくてもよいため、Al含有量の下限は0%である。その効果を十分に得るためには、Al含有量は0.001%以上とすることが好ましく、0.010%以上、0.050%以上又は0.100%以上であってもよい。一方で、Alを過度に含有すると、冷延板焼鈍において冷却過程でのフェライト変態及びベイナイト変態が過度に促進するため鋼板の強度が低下する場合がある。このため、Al含有量は1.500%以下とすることが好ましい。Al含有量は1.400%以下、1.200%以下又は1.000%以下であってもよい。
【0047】
[N:0.0200%以下]
Nは、鋼板中で粗大な窒化物を形成し、鋼板の加工性を低下させる元素である。また、Nは、溶接時のブローホールの発生原因となる元素である。N含有量は少ないほど好ましいため、理想的には0%である。しかしながら、N含有量の過度な低減は製造コストの大幅な増加を招くため、N含有量は0.0001%以上としてもよく、0.0005%以上、0.0010%以上又は0.0050%以上であってもよい。一方で、Nを過度に含有すると、Tiと結合して多量のTiNを生成させるため、鋼板中の固溶Ti量が少なくなり、鋼板表層における析出物(例えばTi酸化物)の生成を制御できなくなる場合がある。このため、N含有量は0.0200%以下とすることが好ましい。N含有量は0.0150%以下、0.0100%以下又は0.0080%以下であってもよい。
【0048】
[Ti:0.005~0.500%]
Tiは、冷延板焼鈍における加熱及び均熱の工程において、焼鈍雰囲気から鋼の表層に侵入する酸素と結び付いて鋼板表層に微細な析出物(例えばTi酸化物)を形成するのに必要な元素である。このような析出物を十分に形成させるために、Ti含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Ti含有量は0.010%以上、0.050%以上、0.100%以上又は0.150%以上であってもよい。一方で、Tiを過度に含有すると、過剰な析出物の形成を引き起こしたり、冷延板焼鈍中の冷却過程においてフェライト変態を促進して強度の低下を引き起こしたりする場合がある。このため、Ti含有量は0.500%以下とすることが好ましい。Ti含有量は0.450%以下、0.400%以下、0.350%以下又は0.300%以下であってもよい。
【0049】
高強度鋼板の好ましい基本化学組成は上記のとおりである。さらに、高強度鋼板は、必要に応じて、残部のFeの一部に代えて、Co:0~0.5000%、Ni:0~1.0000%、Mo:0~1.0000%、Cr:0~2.0000%、O:0~0.0200%、B:0~0.0100%、Nb:0~0.5000%、V:0~0.5000%、Cu:0~0.5000%、W:0~0.1000%、Ta:0~0.1000%、Sn:0~0.0500%、Sb:0~0.0500%、As:0~0.0500%、Mg:0~0.0500%、Ca:0~0.0500%、Y:0~0.0500%、Zr:0~0.0500%、La:0~0.0500%、及びCe:0~0.0500%からなる群より選択される1種又は2種以上を含有してもよい。各元素は0.0001%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。
【0050】
本発明の実施形態に係る高強度鋼板において、上記の元素以外の残部は、Fe及び不純物からなる。不純物とは、高強度鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。
【0051】
高強度鋼板の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、高強度鋼板の化学組成は、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES:Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。C及びSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。高強度鋼板の表面に亜鉛系めっきを備える場合は、機械研削により亜鉛系めっきを除去してから化学組成の分析を行えばよい。
【0052】
[高強度鋼板の製造方法]
次に、本発明の実施形態に係る高強度鋼板の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る高強度鋼板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該高強度鋼板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0053】
本発明の実施形態に係る高強度鋼板の製造方法は、例えば、高強度鋼板に関連して上で説明した化学組成を有する鋼片を熱間圧延し、次いで580℃以下で巻き取る工程、
得られた熱延鋼板を酸洗して前記熱延鋼板の表面上に存在する酸化スケールを除去するとともに前記熱延鋼板の表層を少なくとも5μm除去する工程、及び
前記熱延鋼板を冷間圧延し、次いで焼鈍する工程であって、前記焼鈍は、得られた冷延鋼板を露点が-20~20℃の雰囲気中200~400℃の温度域で20~180秒間保持し、次いで露点が-20~20℃の雰囲気中740~900℃の温度域で45~300秒間保持することを含む工程
を含むことを特徴としている。以下、各工程について詳しく説明する。
【0054】
[熱間圧延及び巻き取り工程]
本工程では、高強度鋼板に関連して上で説明した化学組成を有する鋼片が熱間圧延に供される。使用する鋼片は、生産性の観点から連続鋳造法によって鋳造することが好ましいが、造塊法又は薄スラブ鋳造法によって製造してもよい。また、鋳造された鋼片に対し、板厚調整等のために、任意選択で仕上げ圧延の前に粗圧延を施してもよい。このような粗圧延は、所望のシートバー寸法が確保できればよく、その条件は特に限定されない。熱間圧延は、特に限定されないが、一般的には仕上げ圧延の完了温度が650℃以上となるような条件下で行われる。仕上げ圧延の完了温度が低すぎると、圧延反力が高まり、所望の板厚を安定して得ることが困難となるからである。上限は特に限定されないが、一般的には仕上げ圧延の完了温度は950℃以下である。
【0055】
[巻き取り温度]
熱間圧延後、得られた熱延鋼板は580℃以下の巻き取り温度で巻き取られる。巻き取り温度は、オーステナイトからフェライト、パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトへの鋼組織の変態挙動を制御するとともに、Tiの析出挙動を制御する重要な因子である。比較的高い温度で巻き取ると、巻き取り後に鋼組織中で粗大なTi析出物が生成する場合がある。このような場合には、後で詳しく説明される冷延板焼鈍の後に鋼板の表層組織に特性(強度、硬さ等)の十分な傾斜(すなわち第2の深さ領域の硬さが第1の深さ領域の硬さよりも低くなるような特性の傾斜)を付与することができなくなる。したがって、このような粗大なTi析出物の生成を抑えるために、巻き取り温度はできるだけ低いほうが好ましく、具体的には580℃以下とする。巻き取り温度は好ましくは550℃以下である。例えば、巻き取り温度は室温以下であってもよいが、室温以下の温度で巻き取るためには鋼板を冷却する水の温度を室温以下に下げる必要があり、製造コストの増加を引き起こす。また、急冷により鋼板内の残留応力が高まるため、例えば、10℃未満の温度で鋼板を巻き取ると、後工程の酸洗においてコイルをほどく際に、鋼板の割れを招き、生産性が低下する。このため、特に限定されないが、巻き取り温度の下限値は一般的には10℃以上であり、好ましくは50℃以上である。
【0056】
[酸洗工程]
巻取った熱延鋼板を巻き戻し、酸洗に供する。酸洗を行うことで、熱延鋼板の表面上に存在する酸化スケールを除去して、冷延鋼板の化成処理性や、めっき性の向上を図ることができる。酸化スケールとは、鋼板の表面に形成された酸化物の層(外部酸化層)をいうものであり、鋼板との界面に生成するFeOとSiO2の複合酸化物であるファイアライト(Fe2SiO4)等を含む。加えて、酸洗では鋼板の表層の溶解を促進させ、熱延鋼板の表層において酸化スケールの下すなわち鋼板内部に生成した酸化物(内部酸化物)も完全に取り除かれる。鋼板内部に生成した酸化物を完全に取り除くこと、すなわち鋼板内部に生成した内部酸化層の厚さを0μmとすることで、鋼中のTiが酸素と結びつくのを抑制してTiを固溶状態で存在させることが可能となる。ここで、内部酸化層の厚さは、鋼板の表面から鋼板の板厚方向(鋼板の表面に垂直な方向)に進んだ場合における鋼板の表面から内部酸化物が存在する最も遠い位置までの距離をいうものである。酸洗後に現れた新生面から板厚内部において固溶Tiを残すことにより、冷延板焼鈍後に鋼板の最表層に微細なTi析出物を多く生成することができ、その結果として表層組織に特性の十分な傾斜を付与することができる。酸洗は一回でもよいが、熱延鋼板の酸化スケールの下に生成した鋼中の酸化物をより確実に取り除くために、複数回に分けて行ってもよく、酸洗の前後に研削ブラシなどによる機械研磨を施してもよい。また、酸洗前後での板厚の変化の測定に代替して、酸洗前後のコイル重量の変化から鋼板表層の除去量を求めてもよい。鋼板表層の除去量が5μm未満では、酸化スケール下の酸化物は完全には除去されず、すなわち内部酸化層の厚さが0μm超となり、冷延板焼鈍時の加熱工程において、鋼板表層に残存する内部酸化物から酸素の供給を受けて、鋼板表層においてTi酸化物が析出及び粗大化し、冷延板焼鈍後に鋼板の表層組織に特性の十分な傾斜を付与することができなくなる。このため、鋼板表層の除去量は5μm以上、より具体的には片面で5μm以上とし、好ましくは7μm以上、より好ましくは10μm以上である。酸洗による鋼板表層の除去量は多いほど好ましいものの、過度な鋼の溶損は、酸洗速度の低下及び歩留まり低下による生産性の低下を引き起こす。このため、上限値は一般的には150μm以下であり、120μm以下、100μm以下、70μm以下、50μm以下又は30μm以下であってもよい。
【0057】
[冷間圧延及び焼鈍工程]
最後に、得られた熱延鋼板は、冷間圧延、次いで所定の焼鈍(以下、「冷延板焼鈍」ともいう)を施され、本発明の実施形態に係る高強度鋼板が得られる。冷間圧延における圧下率は、特に限定されず、任意の適切な値であってよい。例えば、当該圧下率は5%以上、10%以上若しくは30%以上であってよく、及び/又は90%以下、75%以下若しくは50%以下であってもよい。以下、冷延板焼鈍について詳しく説明する。
【0058】
[冷延板焼鈍]
[200~400℃の温度域での露点]
冷延板焼鈍中の加熱工程において、炉内におけるガス雰囲気の露点を高めること、具体的には露点を-20~20℃の範囲内に制御することにより鋼板内部への酸素の侵入を促し、鋼板の最表層部に微細なTi析出物を生むことができる。これらの微細なTi析出物を核として、加熱処理に続く均熱処理において母材表面から1~10μmの第1の深さ領域に直径0.1μm未満の析出物を10個/μm2以上生成させ、冷延板焼鈍後の鋼板における最表層の硬さを増加させることができる。露点が低すぎると、鋼板内に侵入する酸素の量が足りず、微細なTi析出物の核が少なくなるため、冷延板焼鈍後の鋼板の最表層において析出物を十分な量で析出させることができなくなる。このため、露点の下限値は-20℃以上とし、好ましくは-15°以上である。一方で、露点が高いと、鋼板内に侵入する酸素の量が過剰となり、粗大なTi析出物が低い数密度で生成することとなる。このため、露点の上限値は20℃以下とし、好ましくは15℃以下である。
【0059】
[200~400℃の温度域での保持時間]
冷延板焼鈍中の加熱工程において、鋼板の最表層部に微細なTi析出物を生むためには、露点とともに、200~400℃の温度域での保持時間を制御することが効果的である。ここで、保持時間とは、200~400℃の温度域に滞在している時間をいうものであり、よって200~400℃の間で徐々に昇温されている場合の時間を包含するものである。保持時間が短いと、鋼板内に侵入する酸素の量が足りず、微細なTi析出物の核が少なくなるため、冷延板焼鈍後の鋼板の最表層において析出物を十分な量で析出させることができなくなる。このため、保持時間の下限値は20秒以上とし、好ましくは30秒以上である。一方で、保持時間が長いと、鋼板内に侵入する酸素の量が過剰となり、粗大なTi析出物が低い数密度で生成することとなる。このため、保持時間の上限値は180秒以下とし、好ましくは150秒以下である。
【0060】
[740~900℃の温度域での露点]
冷延板焼鈍において、200~400℃の温度域における露点と保持時間を最適化して鋼板の最表層部に微細なTi析出物を生成させた後、これらの微細なTi析出物を核として、740~900℃における露点を制御することにより、鋼板の最表層において析出物を十分な量で析出させることができる。さらに、740~900℃での保持では、200~400℃での保持に比べて鋼中の合金元素の拡散が促進されるため、鋼中に固溶していたCが酸素と結びつき、雰囲気中に脱離(脱炭反応)して固溶C量が低下する。この効果により母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量を0.20質量%未満に低減でき、この領域に軟質層を新たに作ることが可能となる。露点が低すぎると、鋼板内に侵入する酸素の量が足りないため、Ti析出物並びに当該Ti析出物を核としたSi及びMn酸化物の粗大化が足りず、冷延板焼鈍後の鋼板の最表層において析出物を十分な量で析出させることができず、加えて、母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量を低減できなくなる。このため、露点の下限値は-20℃以上とし、好ましくは-15℃以上である。一方で、露点が高いと、鋼板内に侵入する酸素の量が過剰となり、Ti析出物並びに当該Ti析出物を核としたSi及びMn酸化物の粗大化及び合体を抑えることができなくなり、析出物の数密度が低下する。このため、露点の上限値は20℃以下とし、好ましくは15℃以下である。
【0061】
[740~900℃の温度域での保持時間]
冷延板焼鈍において、200~400℃の温度域における露点と保持時間を最適化して鋼板の最表層部に微細なTi析出物を生成させた後、これらの微細なTi析出物を核として、740~900℃における保持時間を制御することにより、鋼板の最表層において析出物を十分な量で析出させることができる。さらに、740~900℃での保持では、200~400℃での保持に比べて鋼中の合金元素の拡散が促進されるため、鋼中に固溶していたCが酸素と結びつき、雰囲気中に脱離(脱炭反応)して固溶C量が低下する。この効果により母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量を0.20質量%未満に低減でき、この領域に軟質層を新たに作ることが可能となる。ここで、保持時間とは、740~900℃の温度域に滞在している時間をいうものであり、よって740~900℃の間で徐々に昇温されている場合の時間を包含するものである。保持時間が短いと、鋼板内に侵入する酸素の量が足りないため、Ti析出物並びに当該Ti析出物を核としたSi及びMn酸化物の粗大化が足りず、冷延板焼鈍後の鋼板の最表層において析出物を十分な量で析出させることができず、加えて、母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量を低減できなくなる。このため、保持時間の下限値は45秒以上とし、好ましくは48秒以上又は60秒以上である。一方で、保持時間が長いと、鋼板内に侵入する酸素の量が過剰となり、Ti析出物並びに当該Ti析出物を核としたSi及びMn酸化物の粗大化及び合体を抑えることができなくなり、析出物の数密度が低下する。このため、保持時間の上限値は300秒以下とし、好ましくは250秒以下である。
【0062】
本発明の実施形態に係る高強度鋼板の製造方法では、上記のとおり、鋼板表層に微細な析出物(例えばTi酸化物)を形成させるためにTiを含有させており、より具体的には、Tiを含有する熱延鋼板を巻き取り工程において580℃以下の比較的低い巻き取り温度で巻き取ることで、鋼組織中の粗大なTi析出物の生成が抑制され、次の酸洗工程において熱延鋼板表層の除去量を5μm以上とすることで外部酸化物に加えて内部酸化物も完全に取り除かれ、鋼中のTiが酸素と結びつくのを抑制してTiを固溶状態で存在させることを可能とする。次に、焼鈍工程において200~400℃での制御された焼鈍(露点:-20~20℃、保持時間:20~180秒)により微細なTi析出物を生成し、次いで740~900℃での制御された焼鈍(露点:-20~20℃、保持時間:40~300秒)により、上記の微細なTi析出物を核として鋼板の最表層に析出物を十分な量で析出させることができる。このような析出物に起因する析出強化によって最表層の硬さを増加させることができる。さらに、このような高温下で鋼中の合金元素の拡散が促進され、鋼中に固溶していたCが酸素と結びついて雰囲気中に脱離し、母材表面から10~60μmの第2の深さ領域の固溶C量を0.20質量%未満に低減することができる。その結果として、この領域に最表層に比べて軟らかい層を形成することができる。すなわち、本発明の実施形態に係る高強度鋼板の製造方法では、Tiの存在を前提として、これを含有する鋼を特に巻き取り工程、酸洗工程、及び焼鈍工程の製造条件を適切に制御することにより、鋼板の表層組織に硬さ等の特性の十分な傾斜を付与することを可能としている。
【0063】
焼鈍後の冷却、焼戻し及びめっき処理等の操作は、特には限定されず、他の所望の特性を考慮して、任意の適切な条件を適宜選択して実施すればよい。
【0064】
[高強度鋼板以外の鋼板]
本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手において使用される複数の鋼板のうち上で説明した高強度鋼板以外の鋼板としては、任意の適切な鋼板を使用することが可能である。このような鋼板としては、例えば、同様に引張強さが980MPa以上であって、母材表面からの深さ領域が上記の3層構造を有していない高強度鋼板であってもよい。一方で、このような鋼板が低強度鋼板である場合には、当該鋼板は、引張強さが980MPa未満であること以外は、化学組成、金属組織、及び形状等は特に限定されない。したがって、上で説明した高強度鋼板以外の鋼板については、抵抗スポット溶接継手の用途や所望の特性、例えば所望の継手強度などに応じて、適切な鋼板を適宜選択すればよい。
【0065】
[亜鉛系めっき]
亜鉛系めっきは、特に限定されず、任意の適切な亜鉛系めっきであってよい。亜鉛系めっきは、溶融亜鉛めっき及び電気亜鉛めっきのいずれでもよい。溶融亜鉛めっきは、例えば、溶融亜鉛めっき(GI)に加えて、合金化溶融亜鉛めっき(GA)、溶融Zn-Al合金めっき、溶融Zn-Al-Mg合金めっき、溶融Zn-Al-Mg-Si合金めっき等を含む。電気亜鉛めっきは、例えば、電気亜鉛めっき(EG)に加えて、電気Zn-Ni合金めっき等を含む。好ましくは、亜鉛系めっきは、溶融亜鉛めっき(GI)、合金化溶融亜鉛めっき(GA)、又は電気亜鉛めっき(EG)である。めっき付着量は、特に制限されず一般的な付着量でよい。亜鉛系めっきは、最終的な抵抗スポット溶接継手において高強度鋼板の母材と接していればよく、スポット溶接前は、高強度鋼板及びそれ以外の鋼板のいずれに施されていてもよい。
【0066】
<抵抗スポット溶接継手の製造方法>
本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手は、上記の高強度鋼板に亜鉛系めっきを施し、それを他の鋼板と重ね合わせた複数の鋼板、又は上記の高強度鋼板を亜鉛系めっきを有する他の鋼板と重ね合わせた複数の鋼板を、当業者に公知の任意の適切なスポット溶接方法を用いて製造することが可能である。したがって、例えば、上記のようにして重ね合わされた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧しながら通常の条件下で電極間に通電することによりナゲット及びその周囲にコロナボンドを形成することで本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手を製造することが可能である。以下では、このような通常のスポット方法と比較して、さらにLME割れを抑制することが可能なより好ましい抵抗スポット溶接継手の製造方法について詳しく説明する。
【0067】
[製造方法1:ダウンスロープの利用]
製造方法1は、亜鉛系めっきを有する高強度鋼板を含むか又は亜鉛系めっきを有する鋼板及び当該鋼板と隣接する高強度鋼板を含む重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と(S1)、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と(S2)、
前記複数の鋼板への加圧を維持しながら前記電極の間の電流値を0まで連続的に低下させる工程と(S3)
を備えることを特徴としている。
【0068】
図4は、製造方法1における電流の経時変化を概略的に示す図である。図4を参照すると、工程S1において高強度鋼板を含む複数の鋼板を対向する一対の電極を用いて加圧し、次いで工程S2において複数の鋼板を加圧しながら電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成した後、工程S3において複数の鋼板への加圧を維持しながら電極の間の電流値を0まで連続的に低下させている。このような電流値の連続的な低下、すなわち電流値のダウンスロープを利用することで、電流値Iを1段階で急速に低下させた場合と比較して、冷却時の引張応力の増大を抑制することが可能となる。LME割れは溶接時に発生する引張応力が作用することで生じる。したがって、このような電流値のダウンスロープを利用した製造方法によって引張応力の増大を抑制することで、LME割れの発生を抑制することが可能となる。加えて、電流値のダウンスロープを利用することで、電流値を1段階で急速に低下させた場合と比較して、溶接入熱を高めることができ、それゆえ亜鉛系めっきと鋼板との間の合金化を促進させることができる。その結果として、コロナボンド内及び/又は溶接部肩部における亜鉛系めっきのη相の量を低減し、より具体的には20面積%以下まで低減することが可能となる。このような合金化によって亜鉛系めっきの融点が高くなるため、η相の割合が比較的高い場合と比較して、溶融亜鉛の鋼板内部への侵入を抑制又は低減することができ、鋼板の重ね面及び/又は電極側の表面におけるLME割れの抑制効果をさらに高めることが可能となる。
【0069】
[製造方法1の好ましい実施形態]
製造方法1の好ましい実施形態は、亜鉛系めっきを有する高強度鋼板を含むか又は亜鉛系めっきを有する鋼板及び当該鋼板と隣接する高強度鋼板を含む重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と(S1)、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と(S2)、
前記複数の鋼板への加圧を維持しながら前記電極の間の電流値を0まで連続的に低下させる工程と(S3)
を備え、前記ナゲットの形成が完了した時点での前記電極の間の電流値Iと、前記ナゲットの形成が完了した前記時点から前記電流値を0とした時点までの期間である第1期間における前記電極の間の電流値の平均値Iaveとが、0.30×I≦Iave≦0.90×Iの関係を満たし、
前記電流値を0.90×Iとした時点から、前記電流値を0.30×Iとした時点までの期間である第2期間の長さを420msec以上とし、かつ、
前記第1期間における加圧力を、常に、前記ナゲットの形成が完了した前記時点での加圧力Pの1.1倍以上とすることを特徴としている。
【0070】
図5は、製造方法1の好ましい実施形態における電流と加圧力の経時変化を概略的に示す図である。図5を参照すると、まず、工程S1において高強度鋼板を含む複数の鋼板を対向する一対の電極を用いて加圧し、次いで工程S2において複数の鋼板を加圧しながら電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する。次に、工程S3において、当該工程S3の期間に対応する第1期間、すなわちナゲットの形成が完了した時点から電流値を0とした時点までの期間に対応する第1期間にわたり加圧力を常にナゲットの形成が完了した時点での加圧力Pの1.1倍に維持しつつ、電極の間の電流値Iを0まで連続的に低下させている。加えて、本実施形態では、第1期間において、電極間の電流値の時間積分値の平均に対応する平均値Iaveが0.30×I≦Iave≦0.90×Iの関係を満たし、さらに電流値を0.90×Iとした時点から0.30×Iとした時点までの期間に対応する第2期間の長さが420msec以上となるように制御している。LME割れは、高強度鋼板と液体亜鉛とが接した状態で当該高強度鋼板に引張応力がかけられたときに生じ、とりわけ電極解放時にこのような引張応力が増大しやすい。また、例えば、コロナボンドにおいて高強度鋼板と液体亜鉛とが接し得るのは、コロナボンドの温度が907℃(亜鉛蒸気が液化する可能性がある温度)以下でかつ420℃(液体亜鉛が凝固する可能性がある温度)以上のときである。したがって、コロナボンドの温度が確実に約420℃を下回るまでの期間、好ましくは第1期間にわたって電極により印加される加圧力を、ナゲットの形成が完了した時点での加圧力Pの1.1倍以上に維持することで、高強度鋼板と液体亜鉛とが接している間にコロナボンドに生じる引張応力を緩和することができる。
【0071】
加えて、ナゲットの形成が完了した時点での電流値Iと第1期間における電流値の平均値Iaveとが0.30×I≦Iave≦0.90×Iの関係を満たし、かつ、第2期間の長さを420msec以上とすると、溶接部の冷却速度が低下する。また、この場合、電極による抜熱が小さくなり、溶接部からその周囲の鋼板への熱移動が促進される。その結果、溶接部の温度低下の際に、溶接部の収縮は緩やかとなり、その一方で、溶接部周囲の鋼板による溶接部の拘束力は小さくなる。このようなメカニズムにより、溶接部における引張応力が一層低減されると考えられる。したがって、製造方法1の好ましい実施形態によれば、当該製造方法1に関連して説明したダウンスロープの利用によるLME割れ抑制効果に比べて、さらに高いLME割れ抑制効果を達成することが可能となる。特に限定されないが、I及びIaveは、0.45×I≦Iave≦0.85×Iの関係を満たすように制御してもよい。
【0072】
[製造方法2:後通電の利用]
製造方法2は、亜鉛系めっきを有する高強度鋼板を含むか又は亜鉛系めっきを有する鋼板及び当該鋼板と隣接する高強度鋼板を含む重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と(S1)、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と(S2)、
前記複数の鋼板への加圧を維持しながら前記電極の間の電流値を0まで低下させる工程と(S3)
を備え、前記ナゲットの形成が完了した時点での電極間の電流値をIと定義し、前記鋼板の単位mmでの合計板厚の1/2をtmと定義した場合に、
前記電極の間の前記電流値を0まで低下させる際又は0まで低下させた後0.04秒未満の間に、前記電極の間の電流値を、0.9×Iから0.3×Iまでの範囲内において、単位secで0.12×tm以上、一定値に保持することを特徴としている。
【0073】
図6は、製造方法2における電流の経時変化を概略的に示す図である。図6を参照すると、工程S1において高強度鋼板を含む複数の鋼板を対向する一対の電極を用いて加圧し、次いで工程S2において複数の鋼板を加圧しながら電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成した後、工程S3において複数の鋼板への加圧を維持しながら電極の間の電流値を0まで低下させる際に、工程S2における電流値Iに対して0.9×Iから0.3×Iまでの範囲内の一定値で所定の時間にわたり保持させている。スポット溶接時に溶接金属が凝固する過程で当該溶接金属中に含まれるPなどの元素が凝固偏析し、継手強度を低下させる場合がある。これに対し、工程S2においてナゲット及びコロナボンドを形成した後、電流値Iを急激に低下させずに、一旦、0.9×Iから0.3×Iまでの範囲内の一定値で所定の時間にわたり保持(後通電)することで、凝固偏析を分散させることができ、このような偏析緩和効果により継手強度の低下を抑制することが可能となる。加えて、このような後通電を利用することで、ダウンスロープの利用の場合と同様に、電流値Iを1段階で急速に低下させた場合と比較して、溶接入熱を高めることができ、それゆえ亜鉛系めっきと鋼板との間の合金化を促進させることができる。その結果として、コロナボンド内及び/又は溶接部肩部における亜鉛系めっきのη相の量を低減し、より具体的には20面積%以下まで低減することが可能となる。このような合金化によって亜鉛系めっきの融点が高くなるため、η相の割合が比較的高い場合と比較して、溶融亜鉛の鋼板内部への侵入を抑制又は低減することができ、鋼板の重ね面及び/又は電極側の表面におけるLME割れの抑制効果をさらに高めることが可能となる。
【0074】
上記の偏析緩和効果及び合金化促進効果を確実に得る観点からは、後通電の際の電流値は高いことが好ましく、具体的には0.9×Iから0.8×Iまでの範囲内の一定値であることが好ましい。保持時間は、重ね合わされた複数の鋼板の合計板厚が厚くなるほど長くする必要があり、具体的には、保持時間は、当該複数の鋼板の単位mmでの合計板厚の1/2をtmと定義した場合に、単位secで0.12×tm以上とすることが必要である。上限は特に限定されないが、例えば、保持時間は0.6sec以下であってもよい。偏析緩和効果を高める観点からは、工程S3において、通電をしないクール時間を経ずに電流値を0.9×Iから0.3×Iまでの範囲内の一定値で保持することが好ましい。しかしながら、比較的短時間であれば、工程S3において通電をしないクール時間を経た後、電流値を上記の一定値に保持してもよい。このようなクール時間(無通電時間)は、電流値を0まで低下させた後0.04秒未満又は0.03秒以下であることが好ましい。これにより偏析緩和効果をある程度維持しつつ、合金化促進効果に基づいて鋼板の重ね面及び/又は電極側の表面におけるLME割れの抑制効果をさらに高めることが可能となる。電流値Iは、特に限定されないが、一般的には5~12kAである。
【0075】
[製造方法3:予備通電]
製造方法3は、亜鉛系めっきを有する高強度鋼板を含むか又は亜鉛系めっきを有する鋼板及び当該鋼板と隣接する高強度鋼板を含む重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に予備通電して前記鋼板を予備加熱する工程と、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と、
を備えることを特徴としている。
【0076】
製造方法3では、ナゲット及びコロナボンドを形成する本通電の前に予備通電を行うことで、予備通電を行わない場合と比較して、溶接入熱を高めることができ、それゆえ亜鉛系めっきと鋼板との間の合金化を促進させることができる。その結果として、製造方法1及び2の場合と同様に、コロナボンド内及び/又は溶接部肩部における亜鉛系めっきのη相の量を20面積%以下まで低減することが可能となる。その結果として、溶融亜鉛の鋼板内部への侵入を抑制又は低減することができ、鋼板の重ね面及び/又は電極側の表面におけるLME割れの抑制効果をさらに高めることが可能となる。予備通電の具体的な条件は特に限定されず、当業者に公知の任意の適切な条件を選択すればよい。例えば、予備通電は、本通電よりも低い一定の電流値を所定の時間にわたって通電させることによって実施してもよいし又は電流を徐々に増大させる通電、すなわちアップスロープ通電としてもよい。
【0077】
[製造方法4:保持延長]
製造方法4は、亜鉛系めっきを有する高強度鋼板を含むか又は亜鉛系めっきを有する鋼板及び当該鋼板と隣接する高強度鋼板を含む重ね合わせられた複数の鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と(S1)、
前記複数の鋼板を加圧しながら前記電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程と(S2)、
前記複数の鋼板への加圧を維持しながら前記電極の間の電流値を0まで低下させる工程と(S3)、
前記電極の間の前記電流値を0にした状態で、0.2sec以上0.4sec以下、前記加圧力を0.8×P以上に保持する工程と(S4)
を備え、Pは前記ナゲットの形成が完了した時点での加圧力であることを特徴としている。
【0078】
製造方法4では、電極の間の電流値を0まで低下させた後、すぐに電極を解放させずに所定の期間及び加圧力にて電極の保持を延長し、次いで解放することで引張応力の発生を低減するようにしている。より詳しく説明すると、まず、工程S1において電極によって鋼板が室温のまま加圧されて鋼板に負荷される引張応力が増大し、次いで工程S2における通電による温度上昇に伴い、鋼板の材料強度が低下するとともに引張応力が低下する。次に、工程S3において通電を停止すると、鋼板が冷却され、それに伴い引張応力が回復することとなる。この状態で電極を直ちに又は比較的短い保持時間で解放してしまうと、解放した瞬間に引張応力が大きく増大し、しかも比較的高温の状態であることから、溶融亜鉛が十分に固まっておらず、LME割れのリスクが高まることになる。そこで、製造方法4では、工程S3の後に、工程S4において加圧力を少し低下させた状態で0.2sec以上0.4sec以下の時間保持することで、電極を直ちに又は0.1sec程度の比較的短い保持時間で解放した場合と比較して引張応力の増大を抑制することができ、さらには十分に温度を低下させた後に電極を解放するため、溶融亜鉛を完全に又は十分に凝固させることができる。したがって、製造方法4によれば、工程S4を含まない場合と比較してLME割れのリスクを大きく低減することが可能となる。電極保持時間を0.4sec超にすると、溶接部の焼入れ速度が高くなり、溶接部硬さが上昇傾向を示す場合がある。この場合、溶接部、特にナゲットの靭性が劣化し、継手強度や耐水素脆化特性の観点で劣位となる場合があるため、電極保持時間は0.4secを上限とする。引張応力の低減効果を高める観点から、工程S4における加圧力は工程S2の加圧力P、すなわちナゲットの形成が完了した時点での加圧力Pに対して0.8×P以上とする必要がある。上限は特に限定されないが、例えば、工程S4における加圧力は0.9×Pであってもよい。加圧力Pは、特に限定されないが、一般的には2~8kNである。
【0079】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例0080】
以下の実施例では、高強度鋼板を種々の条件下で製造し、得られた高強度鋼板を用いて複数の製造方法によって本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手を製造して、その際のLME割れの発生の有無について調べた。
【0081】
[例1]
[高強度鋼板の製造]
質量%で、C:0.22%又は0.24%、Si:0.41%、Mn:0.64%、P:0.0190%、S:0.0038%、Al:0.717%、N:0.0021%、Ti:0.470%、並びに残部:Fe及び不純物からなる化学組成を有する鋼を溶製して鋼片を製造した。これらの鋼片を1220℃に加熱した炉内に挿入し、60分間保持する均一化処理を与えた後に大気中に取出し、熱間圧延して板厚2.6mmの鋼板を得た。熱間圧延における仕上げ圧延の完了温度は910℃であり、550℃まで冷却して巻き取った。続いて、この熱延鋼板の酸化スケールを酸洗により片面10μmの厚みを鋼板の両面の表層から除去し(酸洗後冷間圧延前の内部酸化層の厚さは0μm)、圧下率45%の冷間圧延を施し、板厚を1.6mmに仕上げた。さらに、この冷延鋼板を焼鈍し、具体的には860℃まで昇温する際、200~400℃の温度範囲を露点-5℃(比較鋼板1及び2は25℃)の雰囲気に制御し、その温度範囲における保持時間を30秒とし、加えて、740~900℃の温度範囲を露点5℃の雰囲気に制御し、その温度範囲における保持時間を120秒(比較鋼板1は35秒)とした。最後に、冷延鋼板を所定の条件下で冷却し、次いで合金化溶融亜鉛めっき(GA)を通常の条件下で施して、亜鉛系めっきを有する高強度鋼板(高強度鋼板1及び2並びに比較鋼板1及び2)を製造した。各高強度鋼板の特性は表1に示すとおりである。引張強さは、試験片の長手方向が鋼板の圧延直角方向と平行になる向きからJIS5号試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に準拠して引張試験を行うことで測定した。
【0082】
[抵抗スポット溶接継手の製造:同種2枚組]
次に、表1に示す高強度鋼板について、同じ鋼板を2枚重ね合わせて抵抗スポット溶接を行うことにより抵抗スポット溶接継手を製造した。表1中の通常(1段通電)とは、重ね合わせられた2枚の高強度鋼板を、対向する一対の電極を用いて加圧する工程と、これらの高強度鋼板を加圧しながら電極の間に通電することにより、ナゲット及びコロナボンドを形成する工程とを備えた方法によって製造したことを意味する。他の製造方法1~4は本明細書中で説明した製造方法に対応している。詳細な製造条件は下記のとおりである。
【0083】
2枚の鋼板は略水平に配置し、一対の電極はこれらの鋼板を挟むように配置した。一方の鋼板の上に配された電極を可動電極とし、他方の鋼板の下に配された電極を固定電極とし、上方の電極を下方の電極に向けて移動させることにより、鋼板を加圧した。通電の開始にあたっては、電流値を瞬間的に所定値まで上昇させ、その後ナゲット完成まで電流値を一定に維持した。その他の溶接条件を以下に示す。打角とは、可動電極の軸方向と、鋼板の表面に垂直な方向とがなす角度である。クリアランスとは、鋼板表面と電極の間隔のことであり、ここでは、溶接前の下側電極の先端と鋼板表面が最も近接している個所の間隔と定義する。打角及びクリアランスは抵抗スポット溶接の外乱要素であり、LME割れを生じさせる要因である。打角及びクリアランスを以下のように設定することで、LME割れが比較的生じやすい条件とした。加圧力は、ナゲット形成後、表1に記載の保持時間において加圧力P:4kNのまま保持した。
溶接機:サーボ加圧定置式溶接機 単相交流(周波数50kHz)
電極:ドームラジアス(DR)Cr-Cu
電極先端の形状:φ6mm、R40mm
通電及び保持の間の加圧力P:4kN
ナゲットの形成が完了した時点での電流値I:8kA(5.5~6.5mmのナゲットを形成する条件)
本通電(ナゲットを形成する際)の通電時間:18サイクル(360ms)
打角:5°
クリアランス:0.3mm
【0084】
[耐LME割れ性の評価]
各高強度鋼板につき10回ずつ抵抗スポット溶接を実施した。これにより得られた抵抗スポット溶接継手を、ナゲットの中心を通り鋼板表面に垂直な面で切断し、断面を適宜調製して光学顕微鏡で割れの有無を確認した。試験数10回のうち割れ数(試験数10回のうちの割れ発生の回数)が3以下の場合を合格とし、スポット溶接時のLME割れの発生を抑制できる抵抗スポット溶接継手として評価した。その結果を表1に示す。
【0085】
【表1】
【0086】
表1を参照すると、比較例1では、第2の深さ領域の硬さが第1及び第3の深さ領域の硬さよりも低いという要件を満足しなかったために、スポット溶接時の変形により鋼板に導入される歪を第2の深さ領域が十分に吸収することができず、第1の深さ領域における歪の過度な増加を招いたものと考えられる。その結果として、鋼板の表層から内部への溶融亜鉛の侵入が生じたものと考えられ、LME割れの発生を十分に抑制することができなかった。比較例2では、第2の深さ領域の硬さは第3の硬さ領域の硬さよりも低く制御できていたものの、第2の深さ領域の硬さが第1の深さ領域の硬さよりも低いという要件を満足しなかったために、同様にスポット溶接時の変形により鋼板に導入される歪を第2の深さ領域が十分に吸収することができず、第1の深さ領域における歪の過度な増加を招いたものと考えられる。その結果として、鋼板の表層から内部への溶融亜鉛の侵入が生じたものと考えられ、LME割れの発生を十分に抑制することができなかった。
【0087】
これとは対照的に、本発明例3~10では、第2の深さ領域の硬さを第1の深さ領域の硬さ及び第3の深さ領域の硬さよりも低く制御することで、スポット溶接時の変形により鋼板に導入される歪を第2の深さ領域が十分に吸収することができ、第1の深さ領域における歪の過度な増加を抑えることができたものと考えられる。その結果として、全ての本発明例においてLME割れの発生を十分に抑制することができた。とりわけ、製造方法1~3によって製造された本発明例4~7及び10では、重ね面におけるコロナボンド内及び電極側の表面の溶接部肩部におけるη相の面積率が20面積%以下であったために、LME割れが全く観察されず、非常に高い耐LME割れ性を達成することができた。また、本発明例3~10のうち製造方法においてクール時間を設けた本発明例6では、ナゲットが二重構造を有していたのに対し、他の全ての本発明例では、ナゲットは一重構造を有していた。
【0088】
[例2]
[抵抗スポット溶接継手の製造:異種2又は3枚組]
本例では、例1の高強度鋼板2と引張強さが603MPaの低強度鋼板を用いて表2に示す組み合わせにより2枚組又は3枚組の抵抗スポット溶接継手を製造した。製造条件の詳細は例1及び表2に示すとおりである。また、各鋼板の亜鉛系めっき(合金化溶融亜鉛めっき)の有無についても表2に示すとおりである。耐LME割れ性の評価についても、例1の場合と同様に、試験数10回のうち割れ数が3以下の場合を合格とし、スポット溶接時のLME割れの発生を抑制できる抵抗スポット溶接継手として評価した。その結果を表2に示す。
【0089】
【表2】
【0090】
表2を参照すると、本発明例11~13の全てにおいて、第2の深さ領域の硬さが第1の深さ領域の硬さ及び第3の深さ領域の硬さよりも低い高強度鋼板2を使用することで、LME割れの発生を十分に抑制することができた。
【符号の説明】
【0091】
1 抵抗スポット溶接継手
11 高強度鋼板
11’ 鋼板
12 亜鉛系めっき
13 ナゲット
14 コロナボンド
15 重ね面
16 熱影響部
17 溶接部
18 溶接部肩部
A 電極
図1
図2
図3
図4
図5
図6