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  • 特開-ボルト 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023090155
(43)【公開日】2023-06-29
(54)【発明の名称】ボルト
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230622BHJP
   C22C 38/24 20060101ALI20230622BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230622BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20230622BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/24
C22C38/60
C21D9/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021204966
(22)【出願日】2021-12-17
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】小林 由起子
(72)【発明者】
【氏名】梅原 美百合
(72)【発明者】
【氏名】谷口 俊介
(72)【発明者】
【氏名】松井 直樹
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 真吾
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA08
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DE02
(57)【要約】
【課題】高い強度と、優れた耐水素脆化特性とを有する、ボルトを提供する。
【解決手段】本開示によるボルトは、質量%で、C:0.30~0.50%、Si:0.01~0.30%、Mn:0.10~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.01~0.80%、Mo:0.70~1.50%未満、V:0.01~0.50%、Al:0.005~0.100%、N:0.0010~0.0300%、及び、残部はFe及び不純物からなり、引張強度TSが1300MPa以上であり、ボルト中のMC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上であり、MC型炭化物中の原子%でのC含有量を[C]と定義し、原子%でのMo含有量を[Mo]と定義し、原子%でのV含有量を[V]と定義したとき、式(1)で定義されるC比率Rcが0.30~0.42である。
Rc=[C]/([C]+[Mo]+[V]) (1)
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.30~0.50%、
Si:0.01~0.30%、
Mn:0.10~1.50%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Cr:0.01~0.80%、
Mo:0.70~1.50%未満、
V:0.01~0.50%、
Al:0.005~0.100%、及び、
N:0.0010~0.0300%、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
引張強度TSが1300MPa以上であり、
MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上であり、
前記MC型炭化物中の原子%でのC含有量を[C]と定義し、原子%でのMo含有量を[Mo]と定義し、原子%でのV含有量を[V]と定義したとき、式(1)で定義されるC比率Rcが0.30~0.42である、
ボルト。
Rc=[C]/([C]+[Mo]+[V]) (1)
【請求項2】
請求項1に記載のボルトであってさらに、
Feの一部に代えて、
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、
B:0.0100%以下、
Zr:0.300%以下、
Hf:0.100%以下、
Ta:0.100%以下、
W:0.20%以下、
Ti:0.100%以下、
Nb:0.100%以下、
Ca:0.0050%以下、
Bi:0.020%以下、及び、
Te:0.010%以下、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
ボルト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ボルトに関する。
【背景技術】
【0002】
ボルトは、産業機械、自動車、橋梁に代表される建築物等に利用される。近年、産業機械及び自動車の高性能化、及び、建築物等の大型化に伴い、ボルトの高強度化が求められている。具体的には、1300MPa以上の引張強度を有するボルトが求められている。
【0003】
1300MPa以上の引張強度を有するボルトでは、水素脆化感受性が高まる。そのため、1300MPa以上の引張強度を有するボルトでは、優れた耐水素脆化特性が求められる。
【0004】
特開2019-218584号公報(特許文献1)、国際公開第2017/094487号(特許文献2)、及び、特開2013-163865号公報(特許文献3)は、高い強度と優れた耐水素脆化特性とを有するボルトを提案する。
【0005】
特許文献1に開示されるボルトは、質量%で、C:0.22~0.40%、Si:0.10~1.50%、Mn:0.20~0.40%未満、Cr:0.70~1.60%未満、Al:0.005~0.060%、Ti:0.010~0.050%、B:0.0003~0.0040%、N:0.0015~0.0080%、Cu:0.50%以下、Ni:0.30%以下、Mo:0.05%以下、V:0.050%以下、Nb:0.050%以下を含有し、さらに、Sb:0.001~0.100%、Sn:0.001~0.100%、及び、Bi:0.001~0.100%からなる群から選択される1種以上を含有し、さらに、O:0.0020%以下、P:0.020%以下、S:0.020%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなる。このボルトはさらに、式(1)(0.50≦C+(1/10)×Si+(1/5)×Mn+(5/22)×Cr≦0.85)と、式(2)(0.003≦Sb+Sn+Bi≦0.100)とを満たす。
このボルトでは、化学組成中のSb、Sn及びBiの含有量を式(2)を満たすように調整することにより、軸部の引張強度が1000~1300MPaであっても、優れた耐水素脆化特性が得られる、と特許文献1には記載されている。
【0006】
特許文献2に開示されるボルトは、質量%で、C:0.22~0.40%、Si:0.10~1.50%、Mn:0.20~0.40%未満、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.70~1.45%、Al:0.005~0.060%、Ti:0.010~0.045%、B:0.0003~0.0040%、N:0.0015~0.0080%、O:0.0020%以下、Cu:0~0.50%、Ni:0~0.30%、Mo:0~0.04%、V:0~0.05%、及び、Nb:0~0.050%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。このボルトはさらに、式(1)(0.50≦C+Si/10+Mn/5+5Cr/22≦0.85)と、式(2)(Si/Mn>1.0)とを満たす。
このボルトでは、式(1)を満たすことによりボルトの強度を1000~1300MPaに高め、式(2)を満たすことにより、ボルトの耐水素脆化特性を高める、と特許文献2には記載されている。
【0007】
特許文献3に開示されるボルトは、質量%で、C:0.30~0.50%、Si:1.0~2.5%、Mn:0.1~1.5%、P:0.015%以下(0%を含まない)、S:0.015%以下(0%を含まない)、Cr:0.15~2.4%、Al:0.10%以下(0%を含まない)、及び、N:0.015%以下(0%を含まない)を含有し、さらに、Cu:0.10~0.50%、及び、Ni:0.1~1.0%を、[Ni]/[Cu]≧0.5を満たすように含有し、さらに、Ti:0.05~0.20%、及び、V:0.20%以下(0%を含む)を、[Ti]+[V]:0.085~0.30%を満たすように含有し、残部がFeおよび不純物からなる。このボルトはさらに、ボルト軸部のオーステナイト結晶粒度番号が9.0以上であり、ボルト軸部のオーステナイト結晶粒界に析出した炭化物の割合を示すG値(%)が、式(1)(G値:(L/L0)×100≦60、なお、L:オーステナイト結晶粒界に析出した厚さ50nm以上の炭化物の合計長さ、L0:オーステナイト結晶粒界の長さを示す)を満たす。
このボルトでは、粒界に析出する炭化物を抑制することにより、高強度であっても、優れた耐水素脆化特性が得られる、と特許文献3には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2019-218584号公報
【特許文献2】国際公開第2017/094487号
【特許文献3】特開2013-163865号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1~3に開示されるボルトは、高い強度と、優れた耐水素脆化特性とを有する。しかしながら特許文献1~3と異なる手段により、高い強度と、優れた耐水素脆化特性とが得られてもよい。
【0010】
本開示の目的は、高い強度と、優れた耐水素脆化特性とを有する、ボルトを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示のボルトは、次の構成を有する。
【0012】
質量%で、
C:0.30~0.50%、
Si:0.01~0.30%、
Mn:0.10~1.50%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Cr:0.01~0.80%、
Mo:0.70~1.50%未満、
V:0.01~0.50%、
Al:0.005~0.100%、及び、
N:0.0010~0.0300%、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
引張強度TSが1300MPa以上であり、
MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上であり、
前記MC型炭化物中の原子%でのC含有量を[C]と定義し、原子%でのMo含有量を[Mo]と定義し、原子%でのV含有量を[V]と定義したとき、式(1)で定義されるC比率Rcが0.30~0.42である、
ボルト。
Rc=[C]/([C]+[Mo]+[V]) (1)
【発明の効果】
【0013】
本開示によるボルトは、高い強度と、優れた耐水素脆化特性とを有する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本実施形態のボルトの一例を示す側面図である。
図2図2は、化学組成中の各元素含有量は本実施形態の範囲内であり、引張強度TSが1300MPa以上であり、MC型炭化物の個数密度が2.0×1022個/m以上であるボルトにおける、MC型炭化物中のC比率Rcと、限界水素量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、1300MPa以上の引張強度TSと、優れた耐水素脆化特性とを有するボルトの検討を行った。その結果、本発明者らは、次の知見を得た。
【0016】
まず本発明者らは、高い強度と、優れた耐水素脆化特性とを有するボルトについて、化学組成の観点から検討した。その結果、本発明者らは、質量%で、C:0.30~0.50%、Si:0.01~0.30%、Mn:0.10~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.01~0.80%、Mo:0.70~1.50%未満、V:0.01~0.50%、Al:0.005~0.100%、及び、N:0.0010~0.0300%、Cu:0~0.40%、Ni:0~0.40%、B:0~0.0100%、Zr:0~0.300%、Hf:0~0.100%、Ta:0~0.100%、W:0~0.20%、Ti:0~0.100%、Nb:0~0.100%、Ca:0~0.0050%、Bi:0~0.020%、Te:0~0.010%、及び、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有するボルトであれば、1300MPa以上の引張強度TSと、優れた耐水素脆化特性とを両立できる可能性があると考えた。
【0017】
そこで、上述の化学組成を有するボルトのミクロ組織の観点から、強度と耐水素脆化特性とを高める手段を検討した。その結果、ボルト中に微細な析出物を多数分散させることにより、1300MPa以上の引張強度TSを有するボルトであっても、耐水素脆化特性を高められることを本発明者らは知見した。
【0018】
発明者らはさらに、析出物の種類が、ボルトの耐水素脆化特性に影響すると考えた。そこで、さらなる検討を行った。ここで、本発明者らは、合金炭化物の中でも、MC型炭化物に着目した。MC型炭化物は、その他の合金炭化物(例えば、MC型炭化物、セメンタイト等)と比較して、粗大化しにくく、微細なまま維持されやすい。微細な析出物は、水素のトラップサイトとなり、水素を吸蔵する。そのため、水素脆化割れに至るまでに貯蔵可能な水素量(以下、限界水素量という)を高めることができる。したがって、ボルト中にMC型炭化物の個数密度を高めれば、ボルトの耐水素脆化特性が高まる可能性がある。
【0019】
そこで本発明者らは、上述の化学組成を有するボルト中の、MC型炭化物の個数密度と、限界水素量との関係を調査した。その結果、MC型炭化物の個数密度が2.0×1022個/m以上であれば、1300MPa以上の引張強度TSを有するボルトであっても、十分な限界水素量が得られ、その結果、優れた耐水素脆化特性が得られる可能性があることが判明した。
【0020】
しかしながら、上述の化学組成を有し、MC型炭化物の個数密度が2.0×1022個/m以上であるボルトであっても、引張強度TSが1300MPa以上である場合に、依然として十分な耐水素脆化特性が得られない場合があった。
【0021】
そこで、本発明者らはさらに検討を行った。ここで、本発明者らは、MC型炭化物の個数密度だけでなく、MC型炭化物の組成も、水素の吸蔵作用に影響すると考えた。そこで、MC型炭化物の組成と限界水素量との関係について検討を行った。その結果、MC型炭化物中の原子%でのC含有量を[C]と定義し、原子%でのMo含有量を[Mo]と定義し、原子%でのV含有量を[V]と定義したとき、式(1)で定義されるC比率Rcが0.30~0.42であれば、引張強度TSが1300MPa以上のボルトであっても、優れた耐水素脆化特性が得られることが判明した。
Rc=[C]/([C]+[Mo]+[V]) (1)
【0022】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態によるボルトは、次の構成を有する。
【0023】
[1]
質量%で、
C:0.30~0.50%、
Si:0.01~0.30%、
Mn:0.10~1.50%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Cr:0.01~0.80%、
Mo:0.70~1.50%未満、
V:0.01~0.50%、
Al:0.005~0.100%、及び、
N:0.0010~0.0300%、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
引張強度TSが1300MPa以上であり、
MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上であり、
前記MC型炭化物中の原子%でのC含有量を[C]と定義し、原子%でのMo含有量を[Mo]と定義し、原子%でのV含有量を[V]と定義したとき、式(1)で定義されるC比率Rcが0.30~0.42である、
ボルト。
Rc=[C]/([C]+[Mo]+[V]) (1)
【0024】
[2]
[1]に記載のボルトであってさらに、
Feの一部に代えて、
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、
B:0.0100%以下、
Zr:0.300%以下、
Hf:0.100%以下、
Ta:0.100%以下、
W:0.20%以下、
Ti:0.100%以下、
Nb:0.100%以下、
Ca:0.0050%以下、
Bi:0.020%以下、及び、
Te:0.010%以下、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
ボルト。
【0025】
以下、本実施形態によるボルトについて詳述する。なお、元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0026】
[ボルトの構成]
本実施形態のボルトの形状は、周知の構造を有する。図1は、本実施形態のボルトの一例を示す側面図である。図1を参照して、本実施形態のボルトは、頭部10と、首下部11と、軸部12とを備える。首下部11は、頭部10と軸部12とをつなぐ部分であり、表面が湾曲している。つまり、首下部11の表面は曲率を有する。軸部12は、首下部11からボルトの中心軸方向に延びている。軸部12は、少なくとも一部の周表面に、ねじが形成されている。
【0027】
[本実施形態のボルトの特徴]
本実施形態のボルトは、次の特徴を備える。
(特徴A)化学組成が下記に示すとおりである。
(特徴B)引張強度TSが1300MPa以上である。
(特徴C)MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上である。
(特徴D)MC型炭化物のC比率Rcが0.30~0.42である。
以下、各特徴について説明する。
【0028】
[(特徴A)化学組成]
本実施形態によるボルトの化学組成は、次の元素を含有する。
【0029】
C:0.30~0.50%
炭素(C)は、鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。C含有量が0.30%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、C含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、ボルトの耐水素脆化特性が低下する。
したがって、C含有量は0.30~0.50%である。
C含有量の好ましい下限は0.32%であり、さらに好ましくは0.35%である。
C含有量の好ましい上限は0.48%であり、さらに好ましくは0.45%である。
【0030】
Si:0.01~0.30%
シリコン(Si)は、鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。Si含有量が0.01%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Si含有量が0.30%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、ボルトの耐水素脆化特性が低下する。
したがって、Si含有量は0.01~0.30%である。
Si含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。
Si含有量の好ましい上限は0.25%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0031】
Mn:0.10~1.50%
マンガン(Mn)は、鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。Mn含有量が0.10%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Mn含有量が1.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、ボルトの耐水素脆化特性が低下する。
したがって、Mn含有量は0.10~1.50%である。
Mn含有量の好ましい下限は0.15%であり、さらに好ましくは0.20%である。
Mn含有量の好ましい上限は1.30%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.10%である。
【0032】
P:0.030%以下
燐(P)は不純物である。つまり、P含有量の下限は0%超である。P含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Pが粒界に偏析する。その結果、ボルトの耐水素脆化特性が低下する。
したがって、P含有量は0.030%以下である。
P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。
P含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0033】
S:0.030%以下
硫黄(S)は不純物である。つまり、S含有量の下限は0%超である。S含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Sが粒界に偏析する。その結果ボルトの耐水素脆化特性が低下する。
したがって、S含有量は0.030%以下である。
S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。
S含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0034】
Cr:0.01~0.80%
クロム(Cr)は、鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。Crはさらに、鋼材の焼戻し軟化抵抗を高めて、ボルトの強度を高める。Cr含有量が0.01%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Cr含有量が0.80%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Pの粒界偏析が助長される。その結果、ボルトの耐水素脆化特性が低下する。
したがって、Cr含有量は0.01~0.80%である。
Cr含有量の好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Cr含有量の好ましい上限は0.70%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0035】
Mo:0.70~1.50%未満
モリブデン(Mo)は、鋼材の焼戻し軟化抵抗を高めて、ボルトの強度を高める。Moはさらに、MC型炭化物に濃化して、MC型炭化物の水素トラップ機能を高める。その結果、高強度を有するボルトの耐水素脆化特性を高める。Mo含有量が0.70%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Mo含有量が1.50%以上であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材が過剰に硬くなる。この場合、冷間加工性が低下する。
したがって、Mo含有量は0.70~1.50%未満である。
Mo含有量の好ましい下限は0.75%であり、さらに好ましくは0.80%である。
Mo含有量の好ましい上限は1.40%であり、さらに好ましくは1.30%である。
【0036】
V:0.01~0.50%
バナジウム(V)は、MoとともにMC型炭化物を形成して、ボルトの耐水素脆化特性を高める。V含有量が0.01%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、V含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材が過剰に硬くなる。この場合、冷間加工性が低下する。
したがって、V含有量は0.01~0.50%である。
V含有量の好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
V含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%である。
【0037】
Al:0.005~0.100%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Alはさらに、Nと結合してAl窒化物を形成する。Al窒化物は、ピンニング効果により結晶粒の粗大化を抑制する。その結果、ボルトの耐水素脆化特性が高まる。Al含有量が0.005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Al含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なAl窒化物が生成する。粗大なAl窒化物は破壊の起点になる。そのため、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Al含有量は0.005~0.100%である。
Al含有量の好ましい下限は0.006%であり、さらに好ましくは0.007%であり、さらに好ましくは0.008%である。
Al含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
本実施形態の鋼材の化学組成において、Al含有量は、全Al(Total-Al)含有量を意味する。
【0038】
N:0.0010~0.0300%
窒素(N)は、Alと結合してAl窒化物を形成する。Al窒化物は、ピンニング効果により結晶粒の粗大化を抑制する。その結果、ボルトの耐水素脆化特性が高まる。N含有量が0.0010%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、N含有量が0.0300%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が生成する。粗大な窒化物は破壊の起点になり、鋼材の加工性を低下させる。
したがって、N含有量は0.0010~0.0300%である。
N含有量の好ましい下限は0.0020%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
N含有量の好ましい上限は0.0290%であり、さらに好ましくは0.0280%であり、さらに好ましくは0.0270%であり、さらに好ましくは0.0250%であり、さらに好ましくは0.0200%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0100%である。
【0039】
本実施形態によるボルトの化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、化学組成における不純物とは、ボルトを工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態によるボルトに悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0040】
[任意元素(Optional Elements)]
[Cu、Ni、B、Zr、Hf、Ta、及び、Wについて]
本実施形態によるボルトの化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Cu、Ni、B、Zr、Hf、Ta、及び、Wからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Cu、Ni、B、Zr、Hf、Ta、及び、Wは、鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。
【0041】
Cu:0.40%以下
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。
Cuが含有される場合、つまり、Cu含有量が0%超である場合、Cuは鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Cu含有量が0.40%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、焼入れ性が高くなりすぎる。その結果、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Cu含有量は0~0.40%であり、含有される場合、Cu含有量は0.40%以下(0超~0.40%)である。
Cu含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Cu含有量の好ましい上限は0.35%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.25%である。
【0042】
Ni:0.40%以下
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。
Niが含有される場合、つまり、Ni含有量が0%超である場合、Niは鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ni含有量が0.40%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、焼入れ性が高くなりすぎる。その結果、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Ni含有量は0~0.40%であり、含有される場合、Ni含有量は0.40%以下(0超~0.40%)である。
Ni含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。
Ni含有量の好ましい上限は0.35%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.25%である。
【0043】
B:0.0100%以下
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、B含有量は0%であってもよい。
Bが含有される場合、つまり、B含有量が0%超である場合、Bは鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。Bはさらに、Pの粒界偏析を抑制して、ボルトの耐水素脆化特性を高める。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、B含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なB窒化物が生成する。粗大なB窒化物は破壊の起点になる。その結果、鋼材の加工性が低下する。
したがって、B含有量は0~0.0100%であり、含有される場合、B含有量は0.0100%以下(0超~0.0100%)である。
B含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0008%である。
B含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
【0044】
Zr:0.300%以下
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Zr含有量は0%であってもよい。
Zrが含有される場合、つまり、Zr含有量が0%超である場合、Zrは鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。Zrが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Zr含有量が0.300%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なZr窒化物が生成する。粗大なZr窒化物は破壊の起点になる。その結果、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Zr含有量は0~0.300%であり、含有される場合、Zr含有量は0.300%以下(0超~0.300%)である。
Zr含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。
Zr含有量の好ましい上限は0.280%であり、さらに好ましくは0.250%であり、さらに好ましくは0.200%であり、さらに好ましくは0.150%であり、さらに好ましくは0.100%である。
【0045】
Hf:0.100%以下
ハフニウム(Hf)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Hf含有量は0%であってもよい。
Hfが含有される場合、つまり、Hf含有量が0%超である場合、Hfは鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。Hfが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Hf含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なHf窒化物が生成する。粗大なHf窒化物は破壊の起点になる。その結果、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Hf含有量は0~0.100%であり、含有される場合、Hf含有量は0.100%以下(0超~0.100%)である。
Hf含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Hf含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.050%である。
【0046】
Ta:0.100%以下
タンタル(Ta)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ta含有量は0%であってもよい。
Taが含有される場合、つまり、Ta含有量が0%超である場合、Taは鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。Taが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ta含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なTa窒化物が生成する。粗大なTa窒化物は破壊の起点になる。その結果、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Ta含有量は0~0.100%であり、含有される場合、Ta含有量は0.100%以下(0超~0.100%)である。
Ta含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Ta含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.050%である。
【0047】
W:0.20%以下
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、W含有量は0%であってもよい。
Wが含有される場合、つまり、W含有量が0%超である場合、Wは鋼材の焼入れ性を高めて、ボルトの強度を高める。Wが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、W含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、焼入れ性が高くなりすぎる。その結果、鋼材の加工性が低下する。
したがって、W含有量は0~0.20%であり、含有される場合、W含有量は0.20%以下(0超~0.20%)である。
W含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。
W含有量の好ましい上限は0.15%であり、さらに好ましくは0.12%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0048】
[Ti及びNbについて]
本実施形態によるボルトの化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ti及びNbからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Ti及びNbは、析出物を形成し、結晶粒を微細化する。その結果、ボルトの耐水素脆化特性が高まる。
【0049】
Ti:0.100%以下
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ti含有量は0%であってもよい。
Tiが含有される場合、つまり、Ti含有量が0%超である場合、TiはTi炭化物等の微細な析出物を形成し、結晶粒を微細化する。その結果、ボルトの耐水素脆化特性が高まる。Tiが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ti含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なTi窒化物が生成する。粗大なTi窒化物は破壊の起点になる。その結果、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Ti含有量は0~0.100%であり、含有される場合、Ti含有量は0.100%以下(0超~0.100%)である。
Ti含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
Ti含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.075%である。
【0050】
Nb:0.100%以下
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。
Nbが含有される場合、つまり、Nb含有量が0%超である場合、NbはNb炭化物等の微細な析出物を形成し、結晶粒を微細化する。その結果、ボルトの耐水素脆化特性が高まる。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なNb炭化物等が生成する。粗大なNb炭化物等は破壊の起点になる。その結果、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Nb含有量は0~0.100%であり、含有される場合、Nb含有量は0.100%以下(0超~0.100%)である。
Nb含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。
Nb含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0051】
[Ca、Bi及びTe]
本実施形態によるボルトの化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ca、Bi及びTeからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Ca、Bi及びTeは、鋼材の被削性を高める。
【0052】
Ca:0.0050%以下
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。
Caが含有される場合、つまり、Caが0%超である場合、Caは鋼材の被削性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ca含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Ca含有量は0~0.0050%であり、含有される場合、Ca含有量は0.0050%以下(0超~0.0050%)である。
Ca含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0005%である。
Ca含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0053】
Bi:0.020%以下
ビスマス(Bi)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Bi含有量は0%であってもよい。
Biが含有される場合、つまり、Biが0%超である場合、Biは鋼材の被削性を高める。Biが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Bi含有量が0.020%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Bi含有量は0~0.020%であり、含有される場合、Bi含有量は0.020%以下(0超~0.020%)である。
Bi含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Bi含有量の好ましい上限は0.018%であり、さらに好ましくは0.015%である。
【0054】
Te:0.010%以下
テルル(Te)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Te含有量は0%であってもよい。
Teが含有される場合、つまり、Teが0%超である場合、Teは鋼材の被削性を高める。Teが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Te含有量が0.010%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の加工性が低下する。
したがって、Te含有量は0~0.010%であり、含有される場合、Te含有量は0.010%以下(0超~0.010%)である。
Te含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。
Te含有量の好ましい上限は0.009%であり、さらに好ましくは0.008%である。
【0055】
[ボルトの化学組成の測定方法]
本実施形態のボルトの化学組成は、周知の成分分析法で測定できる。具体的には、ドリルを用いて、ボルトの軸部の表面から1mm深さ以上の内部から、切粉を採取する。採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得る。溶液に対して、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)を実施して、化学組成の元素分析を実施する。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法(燃焼-赤外線吸収法)により求める。N含有量については、周知の不活性ガス溶融-熱伝導度法を用いて求める。
【0056】
なお、各元素含有量は、本実施形態で規定された有効数字に基づいて、測定された数値の端数を四捨五入して、本実施形態で規定された各元素含有量の最小桁までの数値とする。例えば、本実施形態の鋼材のC含有量は小数第二位までの数値で規定される。したがって、C含有量は、測定された数値の小数第三位を四捨五入して得られた小数第二位までの数値とする。
【0057】
本実施形態の鋼材のC含有量以外の他の元素含有量も同様に、測定された値に対して、本実施形態で規定された最小桁までの数値の端数を四捨五入して得られた値を、当該元素含有量とする。
【0058】
なお、四捨五入とは、端数が5未満であれば切り捨て、端数が5以上であれば切り上げることを意味する。
【0059】
[(特徴B)引張強度TS]
本実施形態によるボルトは、引張強度TSが1300MPa以上である。本実施形態によるボルトは、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内(特徴A)であり、さらに、特徴C及び特徴Dを有する。その結果、本実施形態によるボルトでは、引張強度TSが1300MPa以上であっても、優れた耐水素脆化特性が得られる。
【0060】
引張強度TSの好ましい下限は1320MPaであり、さらに好ましくは1350MPaである。なお、引張強度TSの上限は特に限定されない。本実施形態によるボルトの引張強度TSの上限は、例えば1700MPaであり、例えば1650MPaである。
【0061】
[引張強度TSの測定方法]
本実施形態において、引張強度TSは次の方法で求めることができる。JIS Z 2241:2011に準拠して、常温(20±15℃)の大気中にて、引張試験を実施して、引張強度TS(MPa)を得る。なお、引張試験片は、ボルトの軸部を含むように採取し、引張試験片の中心軸は、ボルトの軸部と同軸とする。
【0062】
[(特徴C)MC型炭化物の個数密度ND]
本実施形態のボルトではさらに、MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上である。
【0063】
MC型炭化物は、セメンタイトやMC型炭化物等の他の合金元素と比較して、微細である。そのため、MC型炭化物は、他の合金炭化物と比較して、水素をトラップしやすい。そこで、本実施形態のボルトでは、MC型炭化物の個数密度NDを高めて、ボルトの限界水素量を高める。
【0064】
MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上であれば、他の特徴(A、B、D)を満たすことを前提として、優れた耐水素脆化特性が得られる。
【0065】
MC型炭化物の個数密度NDの好ましい下限は、2.2×1022個/mであり、さらに好ましくは2.4×1022個/mであり、さらに好ましくは2.6×1022個/mである。MC型炭化物の個数密度NDの上限は特に限定されない。しかしながら、ボルトの化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内である場合、MC型炭化物の個数密度NDの上限は例えば、200.0×1022個/mであり、さらに好ましくは100.0×1022個/mである。
【0066】
[MC型炭化物中の個数密度NDの測定方法]
ボルト中のMC型炭化物の個数密度NDは走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いて、次の方法で測定できる。
初めに、STEM用薄膜試料を次の方法で作製する。ボルトの軸部をボルトの軸方向(長手方向)に垂直に切断し、軸方向の厚さが約2mmの円板を採取する。エメリー紙を用いて、円板の両側(表面、裏面)を研磨する。このとき、円板の表面が裏面と平行になるように、研磨する。円板の表面及び裏面の一方を観察面と定義する。観察面をさらに鏡面研磨する。鏡面研磨した観察面をさらに、コロイダルシリカを砥粒に用いて研磨する。
【0067】
MC型炭化物は母相(Fe)に対して特定の結晶方位関係を有する。具体的には、MC型炭化物は、母相の{100}面に沿って延びた、板状の粒子である。そこで、研磨後の観察面に対して電子ビーム後方散乱回折(EBSD)を実施して、母相の結晶方位を特定する。そして、特定された母相の結晶方位に基づいて、薄膜の観察面の垂直方向(観察方向)が母相の<001>結晶方位となるように、円板に対して集束イオンビーム加工(FIB加工)を実施して、STEM用薄膜試料を作製する。
【0068】
FIB加工によるSTEM用薄膜試料の作製は、周知の方法で実施すればよい。例えば、加速電圧30kVのガリウム(Ga)イオンビームを用いたリフトアウト法により、STEM用薄膜試料を作製する。
【0069】
加速電圧30kVのイオンビームにより作製されたSTEM用薄膜試料の表層には、転位ループやアモルファスが存在し、数nmのMC型炭化物の観察には適さない。そこで、1kV以下の低加速電圧のイオンビームを用いて、STEM用薄膜試料の表面を研磨する。以上の製造工程により、厚さが100nm以下のSTEM用薄膜試料を作製する。
【0070】
作製された薄膜試料をSTEMの光学系で観察する。具体的には、STEM用薄膜試料中の母相のマルテンサイトの結晶方位<001>の晶帯軸入射となるように、STEM用薄膜試料を傾斜する。観察倍率を32万倍とし、加速電圧を300kVとする。検出器を公知の高角環状暗視野(HAADF)の条件、公知の低角環状暗視野(LAADF)、及び公知の明視野(BF)の条件で設定して、任意の10箇所の観察視野を観察する。各観察視野において、これらの観察条件で画像を作製する。各観察視野で生成した画像のうち、MC型炭化物を最も明瞭に認識できる画像を採用する。
【0071】
各観察視野の面積は280nm×280nmとする。全ての観察視野において、電子エネルギー損失分光法(EELS)のLog-ratio法によりSTEM薄膜の厚さを測定する。
【0072】
各観察視野で採用した画像において、析出物はコントラストにより特定できる。そこで、特定された析出物のうち、最大長さが2nm以上の析出物を特定する。ここで、STEMでの観察における「最大長さ」とは、析出物と母相との界面の任意の2点を選択し、その2点を結ぶ線分全体が当該析出物内に含まれる場合の、最大の線分長さを意味する。最大長さが2nm未満の析出物は、認定が極めて困難である。そこで、本実施形態では、最大長さが2nm以上の析出物を特定する。
【0073】
最大長さが2nm以上の析出物のうち、MC型炭化物を、次の方法で特定する。最大長さが2nm以上の析出物に対して、電子ビームを照射して、電子回折図形を得る。MC型炭化物と、他の析出物とは、電子回折図形が異なる。そこで、得られた電子回折図形に基づいて、特定された析出物の中から、MC型炭化物を特定する。
【0074】
上述の方法により全ての観察視野で特定されたMC型炭化物の総個数と、全ての観察視野と厚さから算出する総体積とに基づいて、MC型炭化物の個数密度ND(個/m)を求める。
【0075】
なお、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内である場合、STEMでの観察において析出物の電子回折図形を得た結果、最大長さが10nm以下の析出物はほぼMC型炭化物であり、MC型炭化物以外の他の析出物はほとんど存在しなかった。そして、MC型炭化物やセメンタイト等のMC型炭化物以外の他の析出物の最大長さは、いずれも10nmを大きく超えた。したがって、上述のMC型炭化物の特定方法として、電子回折図形に代えて、最大長さが10nm以下(つまり、最大長さが2~10nm)の析出物をMC型炭化物と特定してもよい。
【0076】
[(特徴D)MC型炭化物中のC比率Rc]
本実施形態のボルトではさらに、MC型炭化物中のC比率Rcが0.30~0.42である。ここで、C比率RcはMC型炭化物中のC、Mo、Vの総原子数のうちの、C原子数の割合を意味する。C比率Rcは次のとおり定義される。
【0077】
MC型炭化物中の原子%でのC含有量、Mo含有量、V含有量を次のとおり定義する。
[C] :MC型炭化物中の原子%でのC含有量
[Mo]:MC型炭化物中の原子%でのMo含有量
[V] :MC型炭化物中の原子%でのV含有量
この場合、MC型炭化物中のC比率Rcは、次の式(1)で定義される。
Rc=[C]/([C]+[Mo]+[V]) (1)
本実施形態のボルトでは、MC型炭化物中のC比率Rcが0.30~0.42である。
【0078】
図2は、化学組成中の各元素含有量は本実施形態の範囲内であり、引張強度TSが1300MPa以上であり、MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上であるボルトにおける、MC型炭化物中のC比率Rcと、限界水素量(質量ppm)との関係を示すグラフである。図2は後述の実施例に記載の試験方法により得られた。
【0079】
上述のとおり、限界水素量が多いほど、水素のトラップ機能に優れ、耐水素脆化特性に優れることを意味する。図2を参照して、C比率Rcが0.42以下の場合、C比率Rcが0.42超の場合と比較して、限界水素量が顕著に多くなる。
【0080】
したがって、本実施形態のボルトでは、MC型炭化物中のC比率Rcが0.42以下である。
【0081】
なお、MC型炭化物中のC比率Rcの下限は特に限定されない。しかしながら、MC型炭化物中のC比率Rcの下限には、化学組成に起因した限界がある。上述の化学組成のボルトの場合、MC型炭化物中のC比率Rcの下限は0.30である。
【0082】
MC型炭化物中のC比率Rcの好ましい上限は0.41であり、さらに好ましくは0.40である。C比率Rcの好ましい下限は0.31であり、さらに好ましくは0.32であり、さらに好ましくは0.33であり、さらに好ましくは0.34であり、さらに好ましくは0.35であり、さらに好ましくは0.36である。
【0083】
MC型炭化物中のC比率Rcが0.30~0.42である場合に限界水素量が多くなるメカニズムについては、定かではない。しかしながら、次のメカニズムが考えられる。
【0084】
MC型炭化物は通常、Cと、M(金属元素)との原子比率が1:1である。特徴Aの化学組成を有する本実施形態のボルトにおいて、MC型炭化物中の金属元素のほとんどがV及びMoである。したがって、通常、MC型炭化物のCの原子数と、Mo及びVの総原子数との比率は1:1となる。つまり、通常のMC型炭化物では、C比率Rcは0.50近傍である。
【0085】
これに対して、本実施形態のボルトでは、MC型炭化物のC比率Rcを0.42以下にする。C比率Rcが0.42以下であれば、MC型炭化物のCサイトの一部が空孔となっている。このようなCサイトに格子欠陥を有するMC型炭化物では、MC型炭化物や、格子欠陥を有さないMC型炭化物と比較して、水素トラップ機能が高まる。したがって、MC型炭化物のC比率Rcが0.42以下であれば、限界水素量が顕著に多くなり、ボルトの耐水素脆化特性が高まると考えられる。
【0086】
上述のメカニズムは推定であるため、異なるメカニズムにより、限界水素量が高まっている可能性もある。しかしながら、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、引張強度TSが1300MPa以上であり、MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上であるボルトにおける、MC型炭化物中のC比率Rcが0.42以下であれば、限界水素量が高まることは、後述の実施例で証明されている。
【0087】
[C比率Rcの測定方法]
MC型炭化物のC比率Rcは、次の方法で求めることができる。ボルトの軸部の表面から1mm深さ以上の内部から、サンプルを切り出す。切り出されたサンプルに対して、周知の集束イオンビーム加工又は電解研磨を実施して、先端の曲率半径が50nm程度の針状試験片を作製する。
【0088】
針状試験片に対して、三次元アトムプローブ分析を実施する。具体的には、三次元アトムプローブ分析により、針状試験片中のMC型炭化物を特定する。三次元アトムプローブ分析では、針状試験片中に存在する析出物を三次元的に検出できる。
【0089】
三次元アトムプローブ分析では、レーザー波長(λ)を355nmとし、レーザーパワーを30pJとし、針状試験片の温度を50Kとする。三次元アトムプローブ分析に用いる装置は特に限定されない。三次元アトムプローブ分析装置は例えば、アメテック株式会社製の商品名LEAP4000XHRである。
【0090】
取得した測定データの再構築により三次元原子マップを得る。具体的には、装置の検出効率を用い、鉄(Fe)の測定において{110}原子面の間隔が0.20nmとなるように調節することにより、測定データを再構築して三次元原子マップを得る。
【0091】
三次元原子マップにおいて、針状試験片のうち、三次元アトムプローブ分析された領域は、ボクセルと呼ばれる微小立方体に区画されている。ボクセルの一辺は1.0nmとする。ボクセル内の元素濃度(原子%)は、ボクセル内に含まれる当該元素の原子個数を、ボクセル内の全元素の原子個数で除した値で定義される。
【0092】
各ボクセルでのC濃度、Mo濃度及びV濃度の合計を、特定元素濃度(原子%)と定義する。特定元素濃度が6%となるボクセルをつなぐ等濃度面を作成する。等濃度面で囲まれる領域内は、特定元素濃度が高い。等濃度面で囲まれた領域を、析出物と認定する。
【0093】
認定された析出物のうち、最大長さが2~10nmの析出物を特定する。ここで、三次元的に検出された析出物の表面(つまり、析出物と鋼材母相との界面)の任意の2点を結ぶ線分のうち、線分全体が当該析出物に含まれる線分を、「特定線分」と定義する。そして、当該析出物の特定線分の最大長さを、当該析出物の最大長さと定義する。最大長さが10nm以下の析出物を、MC型炭化物と特定する。
【0094】
上述のとおり、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内である場合、STEM観察において、ボルト中の析出物のうち、最大長さが2~10nmの析出物はほぼMC型炭化物であり、MC型炭化物以外の他の析出物はほとんど存在しない。そして、MC型炭化物やセメンタイト等のMC型炭化物以外の他の析出物の最大長さは、いずれも10nmを大きく超える。そこで、三次元アトムプローブ分析で得られた、針状試験片中の析出物のうち、最大長さが10nm以下の析出物は、MC型炭化物であると特定する。
【0095】
三次元原子マップではさらに、特定されたMC型炭化物に含まれる元素の種類、及び、各元素の原子数も把握できる。そこで、特定された複数のMC型炭化物のうち、任意の20個のMC型炭化物を選択する。そして、選択された各MC型炭化物に含まれる元素のうち、C含有量[C](原子%)、Mo含有量[Mo](原子%)、V含有量[V](原子%)をそれぞれ求める。得られた[C]、[Mo]、[V]に基づいて、各MC型炭化物のC比率Rcを、式(1)を用いて求める。求めた各MC型炭化物のC比率Rcの算術平均値を、MC型炭化物中のC比率Rcと定義する。
【0096】
[本実施形態のボルトの効果について]
以上の説明のとおり、本実施形態のボルトは、次の特徴を有する。
(特徴A)化学組成が本実施形態の範囲内である。
(特徴B)引張強度TSが1300MPa以上である。
(特徴C)MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上である。
(特徴D)MC型炭化物のC比率Rcが0.30~0.42である。
上述の特徴A~特徴Dを有する本実施形態のボルトでは、引張強度TSが1300MPa以上と高くても、優れた耐水素脆化特性が得られる。
【0097】
耐水素脆化特性の指標として、上述のとおり、限界水素量を用いることができる。限界水素量が高いほど、耐水素脆化特性に優れることを意味する。限界水素量とは、鋼材が遅れ破壊を起こさない上限の水素量を意味する。
【0098】
本実施形態のボルトでは、限界水素量が1.5質量ppm以上となる。限界水素量の好ましい下限は、2.0質量ppmであり、さらに好ましくは2.5質量ppmである。
【0099】
[限界水素量の測定方法]
限界水素量は、次の方法で求めることができる。ボルトの表面から1mm深さ以上の内部から、環状切欠き付き丸棒試験片(以下、単に丸棒試験片という)を採取する。丸棒試験片のサイズは特に限定されないが、例えば、平行部の直径7mm、長さ70mmである。丸棒試験片の長手方向の中央位置には、周方向に延びる環状の切欠きが形成されている。切欠きの底部のR(曲率半径)は0.175mmである。
【0100】
丸棒試験片を複数準備する。陰極水素チャージ法により、丸棒試験片に対して、種々の条件で水素をチャージする。陰極水素チャージ法は次のとおりである。3質量%の塩化ナトリウム水溶液1Lに対し、0~20gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の水溶液(陰極チャージ溶液)を準備する。陰極チャージ溶液中に丸棒試験片を浸漬した状態で、72時間、カソード電流密度を0.03~1.00mA/cmの範囲で制御した定電流を発生させて、丸棒試験片に水素を添加する。陰極チャージ溶液中のチオシアン酸アンモニウムの濃度と、カソード電流密度とを調整することにより、丸棒試験片の水素量を調整する。
【0101】
陰極水素チャージ法を実施した後、丸棒試験片を室温で96時間放置する。その後、水素がチャージされた丸棒試験片の表面に、亜鉛めっき被膜を形成し、丸棒試験片内の水素が外部に漏れないようにする。丸棒試験片に対して引張強度TSの90%の負荷が掛かるように、常温、大気圧で一定荷重を負荷する定荷重試験を実施する。試験時間は最大で100時間とし、100時間以上丸棒試験片が破断せずに耐久した場合は試験を停止する。種々の条件で水素チャージした複数の丸棒試験片を用いて定荷重試験を実施する。
【0102】
100時間経過後、破断しなかった丸棒試験片の水素量を求める。具体的には、初めに、丸棒試験片の表面の亜鉛めっき被膜を除去する。亜鉛めっき被膜を除去した後、丸棒試験片に対して、ガスクロマトグラフによる昇温脱離水素分析を実施する。昇温脱離水素分析では、常温から600℃まで昇温速度100℃/時間で昇温する。昇温中に丸棒試験片から放出される水素量を測定する。測定された水素量(質量ppm)を、その丸棒試験片にチャージされていた水素量(質量ppm)とする。
【0103】
100時間の定荷重試験で破断しなかった丸棒試験片の水素量のうち、最大の水素量を、「限界水素量」(質量ppm)と定義する。
【0104】
[ボルトのミクロ組織]
本実施形態のボルトのミクロ組織は、面積率で90%以上の硬質相を含む。ここでいうボルトのミクロ組織とは、後述する製造工程において、焼入れ及び焼戻しが施されて製造されたボルトのミクロ組織を意味する。また、硬質相は、マルテンサイト及び/又はベイナイトからなる。ボルトのミクロ組織に硬質相以外の他の相が含まれる場合、ボルトのミクロ組織において、硬質相以外の残部は、残留オーステナイト、フェライト、パーライトからなる群から選択される1種以上からなる。好ましくは、ミクロ組織は、面積率で90%以上の硬質相を含有し、残部は残留オーステナイトからなる。なお、ボルトの引張強度は、ミクロ組織と相関する。
【0105】
[製造方法]
本実施形態によるボルトの製造方法の一例を説明する。以降に説明するボルトの製造方法は、本実施形態によるボルトを製造するための一例である。したがって、上述の構成を有するボルトは、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態によるボルトの製造方法の好ましい一例である。
【0106】
本実施形態によるボルトの製造方法の一例は、次の工程を含む。
(工程1)鋼材準備工程
(工程2)ボルト製造工程
以下、各工程について説明する。
【0107】
[(工程1)鋼材準備工程]
鋼材準備工程では、ボルトの素材となる鋼材(ボルト用鋼材)を準備する。ボルト用鋼材を製造してもよい。また、第三者がボルト用鋼材を準備してもよい。鋼材準備工程では、化学組成が特徴Aを満たす鋼材を準備する。
【0108】
ボルト用鋼材を製造する場合、例えば、次の方法で鋼材を製造する。初めに、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内である溶鋼を製造する。溶鋼を用いて、素材を製造する。例えば、溶鋼を用いて連続鋳造法により、素材であるブルーム(鋳片)を製造してもよいし、溶鋼を用いて造塊法により、素材であるインゴットを製造してもよい。製造された素材(ブルーム又はインゴット)に対して粗圧延(分塊圧延、又は、分塊圧延及び連続圧延機での熱間圧延)を実施して、ビレットを製造する。
【0109】
ビレットに対して連続圧延機を用いた仕上げ圧延を実施して、鋼材(ボルト用鋼材)を製造する。鋼材は例えば棒鋼又は線材である。
【0110】
[(工程2)ボルト製造工程]
ボルト製造工程では、上述の鋼材(ボルト用鋼材)を用いてボルトを製造する。ボルト製造工程は、次の工程を含む。
(21)伸線加工工程
(22)ボルト成形工程
(23)熱処理工程
以下、各工程について説明する。
【0111】
[(21)伸線加工工程]
伸線加工工程では、上述の鋼材に対して周知の伸線加工を実施して鋼線を製造する。伸線加工は、一次伸線のみであってもよいし、二次伸線等、複数回の伸線加工を実施してもよい。
【0112】
[(22)ボルト成形工程]
ボルト成形工程では、伸線加工工程後の鋼線を所定の長さに切断し、切断された鋼線を冷間鍛造、転造又は切削加工して、頭部、首下部及び軸部を備えたボルト中間品を製造する。
【0113】
ボルト成形工程は、次の工程を含む。
(221)頭部成形工程
(222)ねじ成形工程
以下、各工程について説明する。
【0114】
[(221)頭部成形工程]
頭部成形工程では、鋼線に対して冷間鍛造を実施して、ボルト形状の中間品(ボルト中間品)を成形する。具体的には、初めに、鋼線を所定の長さに切断する。その後、パンチ及びダイスを用いて、鋼線を圧造して、頭部10、首下部11及び軸部12を備えたボルト中間品を成形する。
【0115】
頭部成形工程において、ボルト中間品には歪が導入される。ボルト中間品に導入された歪は、次工程の熱処理工程において、MC型炭化物を生成する駆動力となる。頭部成形工程で中間品に導入される歪については、後述する。
【0116】
[(222)ねじ成形工程]
ねじ成形工程では、ボルト中間品の軸部12の少なくとも一部に、ねじ部を成形する。ねじ成形工程では、周知の転造により軸部12の少なくとも一部にねじ部を形成してもよい。また、転造に代えて、切削加工により、軸部12の少なくとも一部にねじ部を形成してもよい。後述するとおり、ねじ成形工程を、頭部成形工程後であって熱処理工程前に実施せず、熱処理工程後に実施してもよい。
【0117】
[(23)熱処理工程]
熱処理工程では、ボルト成形工程後の中間品に対して、次の工程を実施する。
(231)焼入れ工程
(232)焼戻し工程
以下、各工程について説明する。
【0118】
[(231)焼入れ工程]
焼入れ工程では、周知の焼入れを実施する。焼入れ温度及び焼入れ温度での保持時間は特に限定されない。焼入れ温度は例えば、870~970℃である。焼入れ温度での保持時間は例えば、15分~240分(4時間)である。保持時間経過後のボルト中間品を急冷する。具体的には、中間品に対して水冷又は油冷を実施する。
【0119】
[(232)焼戻し工程]
焼戻し工程では、焼入れ工程後のボルト中間品に対して、焼戻しを実施する。焼戻し工程での条件は次のとおりである。
(条件1)焼戻し温度T :570~650℃
(条件2)焼戻し温度での保持時間t:0.5~5.0時間
(条件3)焼戻しパラメータFn :-13500~13500
ここで、焼戻しパラメータFnは式(A)で定義される。
Fn=(ε-0.5)×((T+273)×(20+Log(t))×((Mo/96)/(Mo/96+V/51))×(1+(Mo/96)/(V/51+Mo/96))-25000) (A)
式(A)中のεにはボルト成形工程においてボルトの首下部に付与される歪が代入される。Tには焼戻し温度(℃)が代入される。tには焼戻し温度での保持時間(時間)が代入される。Moにはボルト中のMo含有量(質量%)が代入される。Vにはボルト中のV含有量(質量%)が代入される。
【0120】
ボルト成形工程においてボルトの首下部に付与される歪εは、次の有限要素法(FEM解析)により求める。具体的には、解析対象のボルトについて、形状の対称性から、1/6サイズの軸対称モデルを作成する。解析対象の1/6軸対称モデルを、四面体一次要素で、四面体の一辺が0.05~1.0mmとなるよう、複数の要素に分割する。
【0121】
上述の要素数に分割されたモデルに対して、FEMによる三次元弾塑性解析を実施する。解析には、市販の鍛造解析コードを使用すればよい。市販の鍛造解析コードは例えば、商品名DEFORM-3Dである。
【0122】
被加工材(ボルト用鋼材)は弾塑性体、金型は剛体と仮定する。被加工材の流動応力は、JIS G 4053:2016に規定のSCM435の球状化焼鈍材の実測値を用いる。被加工材の物性値として、ヤング率:210GPa、ポアソン比:0.30を用いる。金型は、被加工材に対し十分大きな寸法に設定する。被加工材と金型間のクーロン摩擦係数は、μ=0.05に設定する。以上の条件でFEM解析を実施して、ボルトの首下部に付与される歪εを求める。
【0123】
以下、焼戻し工程の条件1~条件3について説明する。
【0124】
[焼戻し温度T及び保持時間tについて]
焼戻し温度Tは570℃~650℃である。
焼戻し温度Tが570℃未満であれば、MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m未満となる。焼戻し温度Tが650℃超であれば、引張強度TSが1300MPa未満となる。
また、焼戻し温度Tでの保持時間tは0.5時間~5.0時間である。
保持時間tが0.5時間未満であれば、MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m未満となる。保持時間tが5.0時間を超えれば、引張強度TSが1300MPa未満となる。
【0125】
[焼戻しパラメータFnについて]
焼戻し工程ではさらに、式(A)で定義される焼戻しパラメータFnが-13500~13500である。
Fnは、MC型炭化物の組成及び生成量に関する条件式である。Fnが13500を超えれば、生成するMC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m未満となる。一方、Fnが-13500未満であれば、MC型炭化物の個数密度NDは2.0×1022個/m以上となるものの、MC型炭化物のC比率Rcが0.42を超える。
【0126】
Fnが-13500~13500であれば、特徴Aを満たす化学組成を有するボルトにおいて、MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m以上となり(特徴C)、さらに、MC型炭化物中のC比率Rcが0.30~0.42となる(特徴D)。さらに、引張強度TSを1300MPa以上に調整できる(特徴B)。
【0127】
以上の製造方法により、本実施形態によるボルトを製造することができる。なお、上述の製造方法は、本実施形態によるボルトの製造方法のうち、好ましい一例である。したがって、上述の製造方法以外の他の製造方法によって、上述の構成を有するボルトを製造してもよい。要するに、上述の構成を有する本実施形態のボルトを製造できれば、製造方法は特に限定されない。
【0128】
[その他の工程について]
本実施形態によるボルト製造工程は、上述の工程以外の他の工程を含んでいてもよい。例えば、伸線加工工程後であってボルト成形工程前に、球状化熱処理工程を実施してもよい。また、ねじ成形工程を、頭部成形工程後であって熱処理工程前に実施せず、熱処理工程後に実施してもよい。さらに、熱処理工程後、圧縮残留応力付与工程を実施してもよい。
【実施例0129】
実施例により本実施形態のボルトの効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態のボルトの実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態のボルトはこの一条件例に限定されない。
【0130】
表1に示す化学組成を有する、ボルトの素材となる鋼材(棒鋼)を準備した。
【0131】
【表1】
【0132】
表1中の「化学組成」欄の「-」は、対応する元素含有量が、本実施形態に規定の有効数字(最小桁までの数値)において、0%であることを意味する。換言すれば、対応する元素含有量において、上述の本実施形態で規定の有効数字(最小桁までの数値)での端数を四捨五入した場合に0%であることを意味する。
【0133】
例えば、Cu含有量では、本実施形態に規定の有効数字が小数第二位までの数値である。そのため、試験番号1のCu含有量は、小数第三位の数値を四捨五入した結果、0%であったことを意味する。同様に、Ni含有量では、本実施形態に規定の有効数字が小数第二位までの数値である。そのため、試験番号1のNi含有量は、小数第三位の数値を四捨五入した結果、0%であったことを意味する。
【0134】
[鋼材準備工程]
各鋼種番号の鋼材を次の方法で製造した。表1に記載の化学組成を有するブルームに対して、粗圧延(分塊圧延及び連続圧延機での熱間圧延)を実施して、ビレットを製造した。ブルームの加熱温度は1200℃であった。製造されたビレットに対して、仕上げ圧延を実施して、直径20mmの棒鋼を製造した。仕上げ圧延時のビレットの加熱温度は1200℃であった。
【0135】
[ボルト成形工程]
製造された鋼材を用いて、ボルトを製造した。初めに、表2に示す各試験番号の直径20mmの鋼材に対して、各試験番号で同じ条件で伸線加工を実施して、直径16mmの鋼線を製造した。各試験番号の鋼線に対して、頭部成形工程を実施して、対角距離30mm、頭部高さ10mm、呼び長さ100mmの六角ボルト形状のボルト中間品を製造した。頭部成形工程後、ねじ成形工程を各試験番号で同じ条件で実施して、ボルト中間品の軸部にねじ部を成形した。
【0136】
【表2】
【0137】
なお、ボルト成形工程により製造されたボルト中間品の首下部に付加された歪εを、上述のFEM解析を実施して求めた。求めた歪εを表2の「ボルト成形工程」欄の「歪ε」欄に示す。
【0138】
さらに、ボルト成形工程後のボルト中間品に割れが発生しているか否かを、目視により判断した。ボルト中間品の表面において、長さが1mm以上の割れが確認された場合、冷間鍛造性が低いと判断した(表2中の「ボルト成形工程」欄の「冷間鍛造性」欄で「F(Fail)」で表記)。一方、ボルト中間品の表面において、長さが1mm以上の割れが確認されなかった場合、冷間鍛造性が良好と判断した(表2中の「ボルト成形工程」欄の「冷間鍛造性」欄で「P(Pass)」で表記)。なお、冷間鍛造性が低かった鋼材については、製造を中止し、次工程の熱処理工程及び後述の評価試験を実施しなかった。
【0139】
冷間鍛造性が良好であった試験番号のボルト中間品に対して、熱処理工程を実施した。始めに、ボルト中間品に、各試験番号で同じ条件で焼入れ工程を実施した。焼入れ工程では、各試験番号ともに、焼入れ温度を880~970℃、焼入れ温度での保持時間を60分(1時間)とした。保持時間経過後のボルトを水冷した。
【0140】
焼入れ後のボルト中間品に対して、焼戻しを実施した。各試験番号の焼戻し温度T(℃)、焼戻し温度Tでの保持時間t(時間)は、表2に示すとおりであった。さらに、式(A)で定義されるFnは、表2に示すとおりであった。
以上の製造工程により、各試験番号のボルトを製造した。
【0141】
[評価試験]
各試験番号のボルトに対して、次の評価試験を実施した。
(試験1)化学組成分析試験
(試験2)引張試験
(試験3)MC型炭化物の個数密度ND測定試験
(試験4)MC型炭化物のC比率Rc測定試験
(試験5)限界水素量測定試験
【0142】
[(試験1)化学組成分析試験]
上述の[ボルトの化学組成の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号のボルトの化学組成を分析した。その結果、各試験番号のボルトの化学組成は、表1に記載のとおりであった。
【0143】
[(試験2)引張試験]
上述の[引張強度TSの測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号のボルトの引張強度TS(MPa)を求めた。求めた引張強度TSを表2中の「TS(MPa)」欄に示す。
【0144】
なお、得られた引張強度TSが1300MPa未満であった試験番号では、以降の評価試験(試験3~試験5)を実施しなかった。
【0145】
[(試験3)MC型炭化物中の個数密度ND測定試験]
上述の[MC型炭化物中の個数密度NDの測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号のボルトのMC型炭化物中の個数密度ND(個/m)を求めた。求めた個数密度NDを表2中の「個数密度ND(×1022個/m)」欄に示す。
【0146】
[(試験4)MC型炭化物のC比率Rc測定試験]
上述の[C比率Rcの測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号のボルトのMC型炭化物中のC比率Rcを求めた。求めたC比率Rcを、表2中の「C比率Rc」欄に示す。
【0147】
[(試験5)限界水素量測定試験]
上述の[限界水素量の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号のボルトの限界水素量(質量ppm)を測定した。得られた限界水素量(質量ppm)を表2中の「限界水素量(質量ppm)」欄に示す。
【0148】
[評価試験結果]
評価結果を表2に示す。表1及び表2を参照して、試験番号1~23のボルトでは、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、引張強度TSが1300MPa以上であった。さらに、MC型炭化物の個数密度NDは2.0×1022個以上であり、C比率Rcは0.30~0.42であった。その結果、これらの試験番号のボルトの限界水素量は1.5ppm以上であり、耐水素脆化特性に優れた。
【0149】
一方、試験番号24では、ボルト中のMo含有量が低すぎた。そのため、引張強度TSが1300MPa未満と低かった。
【0150】
試験番号25では、ボルト中のMo含有量が高すぎた。そのため、ボルト成形工程後のボルト中間品で割れが確認され、冷間鍛造性が低かった。
【0151】
試験番号26では、ボルト中のV含有量が低すぎた。そのため、ボルト中のMC型炭化物の個数密度NDが低すぎた。その結果、限界水素量が1.5ppm未満であり、耐水素脆化特性が低かった。
【0152】
試験番号27では、ボルト中のV含有量が高すぎた。そのため、ボルト成形工程後のボルト中間品で割れが確認され、冷間鍛造性が低かった。
【0153】
試験番号28では、ボルト中のCr含有量が高すぎた。そのため、限界水素量が1.5ppm未満であり、耐水素脆化特性が低かった。
【0154】
試験番号29では、ボルトの化学組成は適切であったものの、焼戻し温度Tが低すぎた。そのため、ボルト中のMC型炭化物の個数密度NDが低すぎた。その結果、限界水素量が1.5ppm未満であり、耐水素脆化特性が低かった。
【0155】
試験番号30では、ボルトの化学組成は適切であったものの、焼戻し温度Tが高すぎた。そのため、引張強度TSが1300MPa未満と低かった。
【0156】
試験番号31では、ボルトの化学組成は適切であったものの、焼戻し温度Tでの保持時間tが短すぎた。そのため、ボルト中のMC型炭化物の個数密度NDが低すぎた。その結果、限界水素量が1.5ppm未満であり、耐水素脆化特性が低かった。
【0157】
試験番号32では、ボルトの化学組成は適切であったものの、焼戻し温度Tでの保持時間tが長すぎた。そのため、引張強度TSが1300MPa未満と低かった。
【0158】
試験番号33~35では、ボルトの化学組成は適切であったものの、焼戻しパラメータFnが低すぎた。そのため、C比率Rcが高すぎた。その結果、限界水素量が1.5ppm未満であり、耐水素脆化特性が低かった。
【0159】
試験番号36~38では、ボルトの化学組成は適切であったものの、焼戻しパラメータFnが高すぎた。そのため、ボルト中のMC型炭化物の個数密度NDが低すぎた。その結果、限界水素量が1.5ppm未満であり、耐水素脆化特性が低かった。
【0160】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2