(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023094940
(43)【公開日】2023-07-06
(54)【発明の名称】梁接合構造
(51)【国際特許分類】
E04B 1/24 20060101AFI20230629BHJP
E04B 1/58 20060101ALI20230629BHJP
【FI】
E04B1/24 L
E04B1/58 508S
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021210560
(22)【出願日】2021-12-24
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】二階堂 真人
(72)【発明者】
【氏名】清水 信孝
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 圭一
(72)【発明者】
【氏名】平山 博巳
(72)【発明者】
【氏名】北岡 聡
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 浩資
(72)【発明者】
【氏名】吉本 隼
(72)【発明者】
【氏名】加賀美 安男
(72)【発明者】
【氏名】安藤 顕祐
(72)【発明者】
【氏名】板谷 俊臣
【テーマコード(参考)】
2E125
【Fターム(参考)】
2E125AA03
2E125AA13
2E125AB01
2E125AB16
2E125AC15
2E125AC16
2E125AG03
2E125AG56
2E125BA55
2E125BB08
2E125BB16
2E125BD01
2E125BE08
2E125BF01
2E125CA90
(57)【要約】
【課題】梁接合構造において、フランジの端部にウェブとは反対側に向けて開いた開先が形成される場合にひずみの集中や破断を防止する。
【解決手段】支持部材に対向するH形鋼梁の材軸方向の端部で、少なくとも一方のフランジに、H形鋼梁のウェブとは反対側に向けて開いた開先が形成され、開先に隣接するウェブの材軸方向の端部にスカラップが形成され、スカラップの開口縁は少なくとも一方のフランジから離間して形成され、スカラップの開口縁と少なくとも一方のフランジとの間のフィレット削り残し部の端部には少なくとも一方のフランジに対して傾斜した第1の傾斜面が形成され、平坦面と、平坦面に対して傾斜して形成された第2の傾斜面とを有する裏当て金が、平坦面が少なくとも一方のフランジに当接して開先の底部をふさぎ、第2の傾斜面が第1の傾斜面に当接するように配置され、開先に溶接金属が充填または積層される。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
H形鋼梁と支持部材との間に形成される梁接合構造であって、
前記支持部材に対向する前記H形鋼梁の材軸方向の端部で、少なくとも一方のフランジに、前記H形鋼梁のウェブとは反対側に向けて開いた開先が形成され、
前記開先に隣接する前記ウェブの前記材軸方向の端部にスカラップが形成され、前記スカラップの開口縁は前記少なくとも一方のフランジから離間して形成され、
前記スカラップの開口縁と前記少なくとも一方のフランジとの間のフィレット削り残し部の端部には前記少なくとも一方のフランジに対して傾斜した第1の傾斜面が形成され、
平坦面と、前記平坦面に対して傾斜して形成された第2の傾斜面とを有する裏当て金が、前記平坦面が前記少なくとも一方のフランジに当接して前記開先の底部をふさぎ、前記第2の傾斜面が前記第1の傾斜面に当接するように配置され、
前記開先に溶接金属が充填または積層される梁接合構造。
【請求項2】
前記スカラップの開口縁は、湾曲部分と直線状部分とを含み、
前記材軸方向について、前記湾曲部分と前記直線状部分との境界から、前記少なくとも一方のフランジと前記第1の傾斜面との境界までの距離が14mm以上である、請求項1に記載の梁接合構造。
【請求項3】
前記第1の傾斜面が前記少なくとも一方のフランジに対して傾斜している角度が60°以下である、請求項1または請求項2に記載の梁接合構造。
【請求項4】
前記第2の傾斜面は、前記裏当て金の断面において対角にあたる2つの角部の少なくとも一つの角部に形成される、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の梁接合構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、梁接合構造に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば柱に接合されるH形鋼梁の端部には、フランジに接するウェブの一部分を切り欠いたスカラップが形成される。スカラップを形成することによって、H形鋼梁の端部でフランジに形成される溶接部とウェブとの干渉を避けることができる。しかしながら、地震時に断面欠損部分であるスカラップにひずみが集中することによってき裂が発生し、き裂の進展によってフランジが破断することもあった。
【0003】
この問題に対し、例えば特許文献1には、フランジの外側にテーパープレートを接合することによってH形鋼梁でスカラップが形成される部分を補強する技術が記載されている。特許文献2には、フランジの溶接後にスカラップを溶接で充填して補強する技術が記載されている。また、特許文献3には、スカラップのフランジ側の開口縁がフランジの内面から離間した直線状に形成され、フランジに形成される溶接のための開先面がフランジの内面よりもウェブ側まで延びてスカラップの開口縁に交差する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013-7194号公報
【特許文献2】特開2015-224427号公報
【特許文献3】特開2020-133218号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の特許文献3の技術によれば、フランジに接するスカラップ底部におけるひずみの集中や破断を防止することができる。しかしながら、特許文献3にはH形断面梁のフランジ端部に形成される開先がウェブ側に開く、いわゆる内開先の場合についてしか記載されていない。例えば現場溶接の場合、下フランジ側は内開先となるが、上フランジ側ではフランジ端部に形成される開先がウェブとは反対側に開く、いわゆる外開先になるため、特許文献3に記載された下フランジ側の構成はとることができない。また、例えば工場溶接の場合などには、フランジの上下に関わらず外開先になる場合がある。
【0006】
そこで、本発明は、H形鋼梁と支持部材との間に形成される梁接合構造において、フランジの端部にウェブとは反対側に向けて開いた開先が形成される場合にひずみの集中や破断を防止することが可能な梁接合構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
[1]H形鋼梁と支持部材との間に形成される梁接合構造であって、上記支持部材に対向する上記H形鋼梁の材軸方向の端部で、少なくとも一方のフランジに、上記H形鋼梁のウェブとは反対側に向けて開いた開先が形成され、上記開先に隣接する上記ウェブの上記材軸方向の端部にスカラップが形成され、上記スカラップの開口縁は上記少なくとも一方のフランジから離間して形成され、上記スカラップの開口縁と上記少なくとも一方のフランジとの間のフィレット削り残し部の端部には上記少なくとも一方のフランジに対して傾斜した第1の傾斜面が形成され、平坦面と、上記平坦面に対して傾斜して形成された第2の傾斜面とを有する裏当て金が、上記平坦面が上記少なくとも一方のフランジに当接して上記開先の底部をふさぎ、上記第2の傾斜面が上記第1の傾斜面に当接するように配置され、上記開先に溶接金属が充填または積層される梁接合構造。
[2]上記スカラップの開口縁は、湾曲部分と直線状部分とを含み、上記材軸方向について、上記湾曲部分と上記直線状部分との境界から、上記少なくとも一方のフランジと上記第1の傾斜面との境界までの距離が14mm以上である、[1]に記載の梁接合構造。
[3]上記第1の傾斜面が上記少なくとも一方のフランジに対して傾斜している角度が60°以下である、[1]または[2]に記載の梁接合構造。
[4]上記第2の傾斜面は、上記裏当て金の断面において対角にあたる2つの角部の少なくとも一つの角部に形成される、[1]から[3]のいずれか1項に記載の梁接合構造。
【発明の効果】
【0008】
上記の構成によれば、フィレット削り残し部とフランジとの交差部に勾配がつけられ、また、この交差部を溶接部に近づけられるため、交差部におけるひずみの集中や破断を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の実施形態に係る梁接合構造の全体の構成例(第1の例)を示す図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る梁接合構造の全体の構成例(第2の例)を示す図である。
【
図3】
図1および
図2に示された梁接合構造における上フランジ溶接部を拡大して示す図である。
【
図4】裏当て金の形状についての変形例を示す図である。
【
図6】本発明の実施形態における溶接部の寸法の例について説明するための図である。
【
図7A】角度θが30°の場合の解析条件を示す図である。
【
図7B】
図7Aの場合の相当塑性ひずみの分布を示すコンター図である。
【
図7C】
図7Aの場合の相当塑性ひずみの分布を示すコンター図である。
【
図8】角度θが30°の場合の距離xに対する相当塑性ひずみの変化を示すグラフである。
【
図9A】角度θが60°の場合の解析条件を示す図である。
【
図9B】
図9Aの場合の相当塑性ひずみの分布を示すコンター図である。
【
図9C】
図9Aの場合の相当塑性ひずみの分布を示すコンター図である。
【
図10】角度θが60°の場合の距離xに対する相当塑性ひずみの変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省略する。
【0011】
図1および
図2は、本発明の実施形態に係る梁接合構造の全体の構成例を示す図である。図示された例では、H形鋼梁1と支持部材2Aまたは支持部材2Bとの間の梁接合構造が現場溶接によって形成される。H形鋼梁1は、上フランジ11、下フランジ12およびウェブ13を含む。
図1の例において、支持部材2Aは角形鋼管あるいは溶接組立箱形断面柱で構成される柱21Aと、柱21Aに取り付けられる通しダイアフラム22A,23Aとを含む。この場合、梁溶接構造では、H形鋼梁1の上フランジ11および下フランジ12がそれぞれ通しダイアフラム22A,23Aの端面に溶接される。一方、
図2の例において、支持部材2Bは角形鋼管あるいは溶接組立箱形断面柱で構成される柱21Bと、柱21Bに取り付けられる内ダイアフラム22B,23Bとを含む。この場合、梁接合構造では、H形鋼梁1の上フランジ11および下フランジ12がそれぞれ柱21Bの側面を構成する角形鋼管の外周面または溶接組立箱型断面柱のスキンプレートに溶接される。
【0012】
なお、H形鋼梁1のフランジが
図1の例のように通しダイアフラム22A,23Aの端面に溶接される場合も、
図2の例のように柱21Bの側面に溶接される場合も、以下で説明するフランジと支持部材との溶接部の構成は同様である。また、それぞれの例において、H形鋼梁1のウェブ13は柱21Aまたは柱21Bの側面に接合されるが、ウェブ13の接合方法は特に限定されない。例えば、図示された例のようにウェブ13がこれらの面に溶接されてもよいし、これらの面に溶接されたシャープレートにウェブ13がボルト接合されてもよい。
【0013】
図3は、
図1および
図2に示された梁接合構造における上フランジ溶接部を拡大して示す図である。図示された例において、支持部材(図示せず)に対向するH形鋼梁1の材軸方向の端部で、上フランジ11には、外開先、すなわちウェブ13とは反対側に向けて開いた開先111が形成される。開先111の底部を裏当て金3でふさぎ、開先111内に溶接金属4を充填または積層することによって溶接部が形成される。開先111に隣接するウェブ13の材軸方向の端部には、このような溶接部との干渉を避けるための切り欠きであるスカラップ131が形成される。図示された例において、スカラップ131はウェブ中心側の小径円弧部分と、上フランジ11側の大径円弧部分とを含む複合円型であるが、この例には限定されず各種のスカラップ形状が適用可能である。スカラップ131の上フランジ11側の開口縁132は、上フランジ11から離間して形成されている。開口縁132と上フランジ11との間の部分を、フィレット削り残し部133ともいう。フィレット削り残し部133が形成されることによって、スカラップ131と、上フランジ11とウェブ13との連結部(溶接組立H形断面梁における溶接部、圧延H形鋼におけるフィレット部)とが交差しやすくなる。地震時には交差部にせん断ひずみが高まることから、スカラップ131の上フランジ11側の円弧部底部におけるひずみの集中や破断を回避することができる。なお、スカラップ131の高さh、および開口縁132から上フランジ11までの離間距離dは特に限定されないが、高さhは溶接の作業性およびウェブ13の強度確保の観点から例えば25mm以上40mm以下である。離間距離dは、上フランジ11とウェブ13との間に形成されるフィレット部に開口縁132を形成する観点から、例えば2mm以上13mm以下である。
【0014】
本実施形態において、フィレット削り残し部133の端部には、上フランジ11に対して傾斜した傾斜面134が形成される。裏当て金3は、上フランジ11に当接して開先111の底部をふさぐ平坦面31と、平坦面31に対して傾斜して形成され、フィレット削り残し部133の端部の傾斜面134に当接する傾斜面32とが形成される。平坦面31に対して傾斜面32が傾斜する角度は、フィレット削り残し部133の端部が上フランジに対して傾斜する角度に対応する。なお、本明細書において、「当接する」ことは、2つの面の少なくとも一部が接触していることを意味し、必ずしも面全体が隙間なく密着することを意味しない。また、
図3に示すように、開先111を形成する上フランジ11の端部の傾斜面112、および開先111の底部をふさぐ裏当て金3の平坦面31の一部は、溶接金属4に溶け込んでいる。
【0015】
上記のようにフィレット削り残し部133の端部に傾斜面134を形成することによって、フィレット削り残し部133と上フランジ11との交差部Pに勾配がつけられる。また、裏当て金3にも傾斜面134に対応する角度で傾斜面32を形成することによって、裏当て金3を平坦面31および傾斜面32の両方でそれぞれ上フランジ11および傾斜面134に当接させることができ、傾斜面32の分だけ交差部Pがスカラップ131の底部から遠ざけられ、溶接部、具体的には溶接金属4に近づけられる。スカラップ131の底部は地震時に塑性化およびひずみ集中を起こしやすいため、交差部Pがスカラップ131から遠く、平坦面132が長く、フィレット削り残し部133を多く確保できる方が、交差部Pにおけるひずみの集中は低減される。また、溶接金属4は母材であるH形鋼梁1よりも強度が高く、地震時などに塑性化しにくいため、交差部Pが溶接部に近い方が、交差部Pにおけるひずみの集中は低減される。交差点Pがスカラップ131の底面から遠ざけられれば十分にひずみの集中は低減できるが、交差点Pをフランジ外面の溶接止端をフランジ内面に投影した点Qよりも溶接部に近づけた方が、交差部Pが地震時に塑性化するフランジ外面の溶接止端近傍から遠ざけられるため、よりひずみの集中を低減できる。このように、本実施形態では、フィレット削り残し部133と上フランジ11との交差部Pに勾配をつけ、かつ交差部Pをスカラップ131の底部から遠ざけることによって、交差部Pにおけるひずみの集中を低減することができる。
【0016】
さらに、本実施形態は、裏当て金3を
図3に示したような単一の断面で形成できるため、裏当て金3の加工が容易である点でも有利である。変形例として、
図4に示すように、裏当て金3Aの断面において対角にあたる2つの角部にそれぞれ傾斜面32A,32Bを形成してもよい。裏当て金の断面は通常矩形であり、この矩形の角部を切り落とす、または削り落とすことによって傾斜面が形成される。2つの傾斜面32A,32Bを有する裏当て金3Aも単一の断面であるため加工は容易である。また、裏当て金3Aは、現場溶接で梁接合構造を形成するときに、裏表どちらの面を使っても傾斜面32Aまたは傾斜面32Bをフィレット削り残し部133の端部の傾斜面134に当接させられるため、施工が容易である。
【0017】
また、上記の裏当て金3は、
図5の例に示すように下フランジ12側の溶接部でも使用することができる。
図5の例では、上フランジ11側と同様に下フランジ12側でもウェブ13にスカラップ135が形成され、スカラップ135の開口縁136と下フランジ12との間にフィレット削り残し部137が形成される。フィレット削り残し部137の端部および下フランジ12の端部の傾斜面138,122によって内開先、すなわちウェブ13側に向けて開いた開先121を形成し、開先121の底部を裏当て金3の平坦面31でふさぎ、開先121内に溶接金属4を充填または積層することによって溶接部が形成される。この場合において、裏当て金3に傾斜面32が形成されていても、平坦面31を下フランジ12に当接させることには支障がない。図示していないが、
図4に示された裏当て金3Aを用いる場合も同様である。
【0018】
なお、
図5の例のような内開先の溶接部の構成については、例えば特開2020-133218号公報に記載された構成が適用可能であり、またこの例に限らず公知のさまざまな開先形状および溶接方法を適用可能である。また、他の実施形態において、例えば梁接合が工場溶接によって形成される場合は、下フランジ12側についても外開先、すなわちウェブ13とは反対側に向けて開いた開先が形成される。この場合は、下フランジ12側についても、上記で
図3を参照して説明した例と同様の溶接部が形成されてもよい。
【0019】
図6は、本発明の実施形態における溶接部の寸法の例について説明するための図である。なお、
図6には
図3と同様の裏当て金3が図示されているが、
図4に示された裏当て金3Aを用いる場合も同様である。また、
図6では説明のため、一部の符号が省略されている。図示された例ではスカラップ131の開口縁が上記の複合円を含む湾曲部分と直線状部分とを含み、湾曲部分と直線状部分との境界が点Aとして、直線状部分と傾斜面134との境界が点Bとしてそれぞれ図示されている。さらに、傾斜面134と上フランジ11との接点(
図3に示された交差部P)が点Cとして図示されている。フィレット削り残し部133と上フランジ11との交差部(点C)におけるひずみの集中をより効果的に低減するためには、点AC間の距離xを大きくすること、さらには傾斜面134が上フランジ11に対して傾斜している角度θ(0<θ<90°)を小さくすることが望ましい。
【0020】
具体的には、一般的なH形鋼梁のサイズを想定した場合、角度θについては60°以下とすることが望ましく、距離xについては14mm以上とすることが望ましい。なお、本明細書において、距離xはH形鋼梁1の材軸方向における点Aと点Cとの間の距離である。ただし、後述する解析結果にも示されるように、例えば角度θまたは距離xのいずれか一方が上記の範囲外である場合にも、他方を調節することによって点Cにおけるひずみの集中を低減できるため、必ずしも角度θおよび距離xが上記の範囲にある必要はない。
【0021】
以下、
図7Aから
図11Bを参照して、本発明の実施形態の効果を検証するための解析の結果について説明する。各例の解析モデルに共通して、H形断面梁の断面は高さ(上フランジの上面から下フランジの下面までの距離)700mm、フランジ幅200mm、ウェブ板厚12mm、フランジ板厚19mmである。モデルは対称性を考慮した1/2モデルであり、H形鋼梁の一方の端部のみが固定端支持される片持ち梁形式とした。片持ち梁の長さは3500mmであり、固定端とは反対側の梁端部に強制変位を一方向に与える単調載荷とした。モデル化の要素には20節点構造ソリッドを用いた。応力-ひずみ関係は過去の実験で用いた素材の引張試験結果を真応力-真ひずみ関係に変換し、多直線近似したものを用いた。降伏条件としてはフォンミーゼスの降伏条件を採用し、ソルバーには汎用の非線形構造解析プログラムである「ANSYS 2021 R1」を用いた。降伏点はフランジおよびウェブについて367N/mm
2とし、梁の全塑性モーメントは1705kNm、全塑性曲げモーメント時の梁端の回転角は0.00765radとした。以下に示す相当塑性ひずみは、いずれも梁端部の変位が3.0δ
P(δ
Pは梁の全塑性モーメント時の変形量)の時点の値である。また、コンター図には裏当て金が示されていない。
【0022】
図7Aから
図7Cおよび
図8は、角度θが30°の場合について解析条件および結果を示す図である。
図7Aに示すように、フィレット削り残し部が上フランジに対して傾斜している角度θを30°とし、スカラップ開口縁の湾曲部分と直線状部分との境界から傾斜面までの距離xを変化させた。
図7Bおよび
図7Cのコンター図は、それぞれx=14.3mmの場合およびx=17.3mmの場合の相当塑性ひずみの分布を示す。いずれの場合も、フィレット削り残し部と上フランジとの交差部(C点)におけるひずみの集中が低減されていることがわかる。
図8のグラフは、距離xに対するC点、およびスカラップ底部の節点のうち最もひずみが高い節点の相当塑性ひずみε
eqの変化を示す。θ=30°の場合、距離xが14mm以上であれば、C点のひずみがスカラップ底部のひずみレベルを下回り、ひずみの集中が十分に低減されているといえる。
【0023】
図9Aから
図9Cおよび
図10は、上記と同様に角度θが60°の場合について解析条件および結果を示す図である。
図9Aに示すように角度θを60°とし、距離xを変化させた。
図9Bおよび
図9Cのコンター図は、それぞれx=11.3mmの場合およびx=17.3mmの場合の相当塑性ひずみの分布を示す。いずれの場合も、C点におけるひずみの集中が低減されていることがわかる。
図10のグラフに示されるように、θ=60°の場合、距離xが12mm以上であれば、C点のひずみがスカラップ底部のひずみレベルを下回り、ひずみの集中が十分に低減されているといえる。
【0024】
図11Aおよび
図11Bは、比較例としてフィレット削り残し部の端部に傾斜面を形成しなかった場合について解析条件および結果を示す図である。
図11Aに示すように傾斜面を形成せず、スカラップ開口縁の湾曲部分と直線状部分との境界から9.5mmの位置でフィレット削り残し部を上フランジに対して垂直に切り落とし、裏当て金は通常の矩形断面とした。
図11Bのコンター図に示される相当塑性ひずみの分布から、フィレット削り残し部と上フランジとの交差部(C点)でひずみが集中していることがわかる。
【0025】
以上のような解析の結果から、フィレット削り残し部の端部に傾斜面を形成し、距離xを適切に設定することが、フィレット削り残し部と上フランジとの交差部におけるひずみの集中を低減するために有効であることがわかった。θ=60°の場合のように、角度θをより大きくすれば、距離xが比較的短くても平坦面が確保でき、ひずみの集中が効果的に低減される。また、θ=30°の場合のように、平坦面が比較的小さい場合でも、距離xを長くすればひずみの集中が効果的に低減される。角度θを大きくするか、距離xを長くするかは、例えば裏当て金のサイズに応じて適宜選択することができる。
【0026】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はこれらの例に限定されない。本発明の属する技術の分野の当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0027】
1…H形鋼梁、11…上フランジ、12…下フランジ、13…ウェブ、2A,2B…支持部材、21A…角形鋼管柱、21B…組立溶接箱型断面柱、22A,23A…通しダイアフラム、22B,23B…内ダイアフラム、3,3A…裏当て金、4…溶接金属、31…平坦面、32,32A,32B…傾斜面、111,121…開先、112,122…傾斜面、131,135…スカラップ、132,136…開口縁、133,137…フィレット削り残し部、134,138…傾斜面。